姫騎士征服戦争

姫騎士征服戦争
深見 真
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3 姫騎士征服戦争
目 次
プロローグ
第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章
第七章 第八章 第九章
エピローグ あとがき
口絵・本文イラスト 中乃空
プロローグ
︱
!﹂
ルアナ・ヘイスティングスは自信満々だ。
そう言ったお嬢様
名門ヘイスティングス家の跡継ぎ娘。
才気あふれる一五歳。
背は低いがスタイルがよく、いつも偉そうに胸をはっている。
強気そうな大きな目と八重歯が特徴的だ。
ルアナは続けて言う。
﹁必要な人員もリストアップしてある﹂
︱
﹁いきなりではない! ずっと前から考えていた﹂
華美な服装の少女が高らかに宣言した。
﹁いきなりなんなんスか、お嬢様﹂
﹁
﹃姫騎士これくしょん﹄計画発動である
4
ルアナは、一枚の紙をかたわらの少年に手渡す。少年はそれを一
5 姫騎士征服戦争
し、
﹁一流の人間がそろってますね﹂
︱
﹁そうッスね﹂
︱
︱
︱
えられていた。
さらには高貴な血筋の姫騎士とあいまみえることもあ
﹁まちがえた! 私は美しいものが好き! それだけ!﹂
﹁母上の?﹂
﹁それは、母上の⋮⋮﹂
﹁あ、わりとそのまんまなのか。なんで姫騎士なんスか?﹂
それが﹃姫騎士これくしょん﹄計画!﹂
ろう。そんな彼女らを捕らえて、いじめて、屈服させて、私のこれくしょんにしていく
﹁戦争になれば敵国の女性騎士
︱
﹁栄光ある我が魔族の帝国に逆らう愚かな国が、周辺にいくつも存在している﹂
﹁で、
﹃姫騎士これくしょん﹄ってなんなんでしょう、お嬢様﹂
いつも穏やかなベニーは、主人のルアナにはほとんど逆らわない。どんな無理難題を申
し付けられても、独特の荒んだ笑みを浮かべてやり遂げる。
この場合はルアナ
の 身 の 回 り を 世 話 し て、 武 器 防 具 の 整 備・ 運
従騎士は主人
搬・修理を行い、さらに鎧の装着を手伝う。
将来への期待をこめて、彼女には﹁祖魔の姫騎士﹂という称号が与
雑用係である。
そして従騎士とは、動力鎧騎士の﹁盾持ち﹂
ルアナ・ヘイスティングスは純粋な人間ではない。
魔族の末裔が支配するこの帝国において、ルアナの血筋は特別な意味を持つ。
﹁そうでありますか⋮⋮﹂
﹁そういうことである!﹂
﹁まあ、できないでしょうけど﹂
ルアナはふふんと鼻で笑って、
﹁陸軍省の連中が、この私に意見できるとでも?﹂
陸軍傘下の国境警備隊を経て、現在はルアナ専属の従騎士を務めている。
通称ベニーは幼年兵あがりの一七歳。
ベネディクト
死んだ魚のような目をしていて、どこか粗野な感じが抜け切らない話し方をする。背は
やや低めで、さらに猫背気味。短い髪は、くすんだ灰色だ。
︱
睨まれますよ﹂
任せられた少年
ベネディクト・マクアルパインは苦い顔をした。
﹁カナタとイアン軍曹は知り合いだしなんとかなると思う。でも、それやったら陸軍から
︱
﹁引き抜き、スカウトは任せる﹂
6
7 姫騎士征服戦争
﹁ああ、じゃあ、そういうことにしておきます﹂
︱
第一章
・
神
聖 集 合 性 帝 国 。この大陸でも屈指の強国のひとつ。帝国の住民はほとんどがかつて
世界を支配していた魔族の末裔である。魔族の血が濃いほど出世しやすい。
な異形の高層建築物が次々と建設された。
この世界、この大陸。
剣と魔法の社会が、人間の生命力・精神力を源とした特殊エネルギー﹁生 体 蒸 気﹂
の発見によって激変した。産業革命だ。街には生体蒸気機関があふれ、都会には半生物的
︱
そんな感じで
ルアナお嬢様とその忠実な従騎士ベニーの、姫騎士これくしょん計画がスタートした。
8
・
︱
この世界における﹁魔力が強い﹂とは﹁生体蒸気を使うのが上手い﹂と同じ意味になる。
そして生体蒸気を使った最強の兵器が﹁ 動 力 鎧 ﹂だ。
・
・
戦争が始まった。
ある日
神聖集合性帝国が、隣接する小国のひとつテスタニア王国に宣戦布告したのだ。
第四次テスタニア戦争。
9 姫騎士征服戦争
互
いの外交使節や従軍司祭が話し合い、その第一回会戦場がリガリア平原に決められた。
だだっ広いだけで障害物がなく、周囲に街や村がないリガリア平原は、理想的な動力鎧
の決戦場と言えた。
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﹁わかっているのだ!
堂々としていろ、と!
そう言うのだろう!﹂
ルアナは耳たぶまで赤い。唇を八重歯で嚙んで下着姿の羞恥心に耐えている。
そんな顔をされたら、困ってしまう。
ベニーは決して女性経験が豊富なほうではない。
ベニーは動力鎧関連の様々なツールを用意しながら言った。
﹁ルアナお嬢様が恥ずかしそうにしていると、こっちまで申し訳ない感じに⋮⋮﹂
ルアナの体は、真夏に実ったフルーツのようだった。
﹁あのー﹂
びた胸やおしりを魅力的に演出している。
そうやってデザインされたルアナの下着は黒色で、ピンクのラインがアクセントとして
入れてあった。柔らかいシルクの質感と、少女の滑らかな肌の質感が相まって、丸みを帯
動力鎧騎士のつける下着は、なるべく面積が少ないことが推奨されている。万が一、内
部機構が布地を嚙んだりしないようにするためだ。
ベニー以外は誰もいないとはいえ、おそろしく扇情的な格好をしているという自覚
があるルアナは、ほとんど泣き顔で弱々しい声を漏らしてしまった。
︱
﹁ううう、ふえええ⋮⋮﹂
ルアナ専用なので、ベニー以外は誰もいない。
ここは、リガリア平原近くに設営されたテントのひとつ。
普通の動力鎧は、一人で身につけることはできない。複雑な生体蒸気機関の接続が背中
側に集中しているためだ。
かたわらで、従騎士のベニーが彼女の動力鎧関連装備を用意している。
る。
ルアナ・ヘイスティングスが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
それもそのはず、ルアナは台の上に寝転がって下着姿だった。薄く、高級な光沢のある
シルクの下着が、発展途上ながらも将来はグラマーになりそうな少女の胸や腰を包んでい
﹁うー⋮⋮!﹂
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11 姫騎士征服戦争
︱
女の子の半裸には興奮し、緊張もする。
自分の仕事をするために、そういった余計な感情を必死に抑えこんでいるというの
に。まったく、ルアナお嬢様ときたら。
そんなベニーの提案に、
﹁え⋮⋮そんなことができるの?﹂
︱
︱
ルアナは目を丸くした。
﹁この動力鎧
﹃スキュラクロウ﹄
か﹂
正式名称﹃EA N スキュラクロウ﹄。
﹁それができるんなら、最初からそうするのである!﹂
の構造は熟知してますし。手探りだけでなんと
﹁じゃあ自分、まぶたを閉じてやりましょうか?﹂
﹁だから、わかっているのだ!﹂
﹁動力鎧装着を手伝うのは従騎士の役目⋮⋮それに、これが初めてでもないでしょ﹂
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﹁我慢して下さい﹂
魔力伝達をスムーズにするアーマーオイルだ。
﹁何度やっても慣れないな⋮⋮これは⋮⋮!﹂
密着させるために、肌にはオイルを塗る。
そのためには、着用者の肌と動力鎧はできる限り密着していたほうがいい。
動力鎧は、生体蒸気で稼働する。
生体蒸気機関が、人間の生命力・精神力を動力に変換するのだ。
ベニーも男だ。
ルアナのためとはいえ、ちょっとだけもったいないな、とは思った。
﹁ふん⋮⋮!﹂
﹁了解﹂
﹁いいから、まぶたを閉じるのである!﹂
﹁でも、一応目を開けてるほうが早いのは早いので﹂
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の内側など敏感な場所にも触れる。
アーマーオイルなしでも動力鎧は稼働する。時間も手間もかかるが、塗れば八パーセン
ベニーの手が、ルアナのうなじや、わきの下や、太
丁寧に、繊細に。
ねっとりとしたオイルをルアナの肌に塗っていく。まぶたを閉じているベニーには見え
ないが、オイルがしみこんだ少女の肌が色っぽく照り輝く。
13 姫騎士征服戦争
トから一〇パーセントの性能向上が見込める。ここまで念入りに準備するのは、やはり大
アンダーウェアはバンド状で、体の重要部位に巻きつけて使う。この大陸に生息する、
人を襲う化け物の皮や腱でできている。蛇皮のような質感のバンドがルアナの体を締め付
アーマーオイルのあと、関節保護アンダーウェアをつける。動力鎧のハイパワーが着用
者の体を傷つけるという、本末転倒な事態が発生するリスクを軽減するための装備だ。
変な空気になったが、作業は続けねばならない。
ルアナは立ちあがった。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ルアナの顔がますます赤くなる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あ、その⋮⋮﹂
﹁私のせいじゃないのである! ベニーの手つきがなんかやらしくって⋮⋮!﹂
﹁丁寧にやってるんですよ! お嬢様の体が大事だから!﹂
﹁変な声出すなよ、お嬢様!﹂
﹁んっ﹂
きな戦いの前だからだ。
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15 姫騎士征服戦争
けて、その体の美しさを引き立てる。
祖魔の姫騎士。
動力鎧スキュラクロウは、実用性と見た目の美しさを兼ね備えている。色は真っ黒で曲
線を多用したデザインであり、まるでルアナの体のラインを強調するかのようだ。背中に
︱
すでにほとんどの動力鎧騎士とその従騎士たちが準備を整えていた。
ルアナとベニーが進み出ると、待機中の列から﹁おおっ﹂と感嘆のため息が漏れた。
士団の野営地。
神聖集合性帝国、天衣騎
分厚いキャンバス生地の、大型軍用テントが並んでいる。
2
﹁では、出陣といこうか⋮⋮!﹂
﹁生体蒸気機関の数値も問題ありません﹂
ベニーは背中の計器類をチェックし、
﹁うむ⋮⋮!﹂
﹁さあ、準備万全です、お嬢様﹂
けて出来上がり。
すね当て、胸当て、籠 手の順で固定する。それぞれのパーツに生体蒸気を通すための
チューブでつないで、機関部である背当てをはめる。最後に瞬間飛行用の﹁翼﹂を取り付
ルアナの動力鎧﹁スキュラクロウ﹂は、装甲パーツの数が少ない。防御力よりも反射速
度と小回りを重視したデザインだからだ。
動力鎧のパーツを組み合わせて、ルアナに装着していく。
ここでようやく、ベニーはまぶたを開けた。片膝をついて、うやうやしい態度で﹁かぽ
っ﹂と主人に鉄靴をはかせる。
﹁うん⋮⋮﹂
﹁ぎゅうぎゅうにしておかないと危ないッスからね﹂
﹁きつい⋮⋮﹂
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ルアナの主武装は、鞭だ。
調教用の鞭や乗馬鞭とは違う、武器としての鞭。
威力をあげるために、金属のブロックがいくつも取り付けられたメタルウィップだ。
は生体蒸気を噴き出す翼も生えていて、威容を演出するのに一役買っている。
17 姫騎士征服戦争
さらにルアナは騎士として、皇帝から授かった長剣も腰にさしている。
美 し い だ け で は な い。 ル ア ナ に は、 皇 帝 位 継 承 権 も あ る ヘ イ ス テ ィ ン グ ス 家 の 娘 に
相応しい威厳があった。
に、胸が大きく腰がくびれているのはいかにも女性らしい。
﹁ガブリエラ団長が味方じゃなかったら屈服させたい⋮⋮!
と、ルアナが騎士団長を見て小声でつぶやいた。
ベニー以外には聞かれていない。
﹁それ、大声で言うなよ、お嬢様⋮⋮﹂
物資の運搬や食料などを用意する雑務の兵士が三〇〇名。
合計三六〇名。この大陸では一般的な﹁大軍﹂と言える。
それに対して、テスタニア王国軍は動力鎧騎士二〇名を出陣させた。
五〇名の動力鎧騎士が、二〇〇メートルほどの距離をおいて、リガリア平原で向かい合
う。
神聖集合性帝国軍、動力鎧騎士三〇名、その従騎士三〇名。
あの凜々しさ⋮⋮!﹂
髪の凜々しい女性だ。身につけた動力鎧はルアナのスキュラクロ
ガブリエラは長身で黒
ウと同じで、小回りと見た目を重視したタイプ。手足は剣術の鍛錬で引き締まっているの
そう高らかに告げたのは、天衣騎士団の女性団長ガブリエラだった。
けはするなよ!﹂
そういった動力鎧関連のルールは﹁戦時国際法﹂に定められ、多くの国が調印している。
﹁テスタニア王国はそれほど大きな国ではないが、騎士団は精鋭ぞろいだ。総員、油断だ
双方の無駄な人死にを防ぐための、この大陸で生きる人間なりの知恵だった。
戦う場所と時刻は話し合いで決まる。
どうせ一般の兵士では対抗できないので、戦いはすべて動力鎧騎士だけで行う。
いよいよ、合戦の時刻が近づいてきた。
昔の戦争と違って、現在は奇襲や遭遇戦はほとんど行われないようになっている。
︱
スボウを背負っている。
それに比べて、従騎士のベニーは軽装だ。防具はなめし革を組み合わせたもので、体の
あちこちにナイフを装備し、まるで猟師のようないでたちだ。武装として、短い槍とクロ
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開戦の合図は軍楽隊の仕事だ。
19 姫騎士征服戦争
まず、号音ラッパの音が響く。これは音楽というより信号の意味合いが強い。
そして、管楽器と打楽器による軍楽隊の演奏が始まる。
﹁バクスター だ﹂
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︱
ベニーは内心少し呆れているのだが、それを表情に出さず柔和な笑顔でごまかした。
﹁我が国の一番手は
﹂
ルアナはぴょんぴょん飛び跳ねている。
﹁よかったッスね、お嬢様﹂
﹁狙っていたやつだ!﹂
青と白のパーツでできた動力鎧姿だ。
羽根飾りのついた兜をかぶり、左右の手に一本ずつ打撃武器
モーニングスター・メ
イスを構えている。その威風堂々たる立ち姿が、ルアナの征服欲に火をつけた。
王位継承順位を持つ、立派な姫騎士の一人である。
髪は金色でとても長い。瞳の色は、サファイアの青。肌は真珠よりも白い。
声をあげた。
ルアナが興奮して歓
テスタニア王国の女性騎士、マリカ・ゴドレーシュ。
﹁きたーーッのである!﹂
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両軍のちょうど中間地点で、進み出てきた女性騎士が名乗りを上げた。
﹁いざ正々堂々と一騎打ちを所望する!﹂
﹁テスタニア王国、竜巣騎士団、ゴドレーシュ家のマリカ!﹂
女性騎士だったので、ルアナの目が輝く。
﹁あれはまさか⋮⋮!﹂
準備が整っていたら、相手側が返礼のラッパ、演奏を行う。
テスタニア王国側の一番手が出てきた。
宣戦布告したほうから先に演奏するのが普通である。
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動力鎧騎士は、どの国でも六対四の割合で女性が多い。詳しい理由はわからないが、女
性のほうが生体蒸気を使いこなすのにやや向いているのだ。そういう意味では、たくまし
バクスターが負ければいいのにな、とはさすがのルアナも言わなかった。
﹁ふぅむ﹂
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い大男であるバクスターは動力鎧騎士の﹁少数派﹂と言える。
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バクスターが反撃として大剣を振るった。
重さ一〇〇キロ近い大剣は、動力鎧騎士の武器としてはオーソドックスなものだ。
マリカはそれを軽やかにかわし、すかさず右のモーニングスターで打ち返す。
再び、金属質な打撃音。
動力鎧による筋力増加をフルに活かした強烈な一撃。
バクスターの体がそのまま後退する。
﹁くっ!﹂
0
0
まず、軽めに左のモーニングスター・メイス。
ガキンッ! と重い音が響き、盛大に火花も散った。モーニングスターが、バクスター
の胸部に命中したのだ。装甲がへこんだが、ダメージが体まで届くほどではなかった。
マリカが一気に間合いを詰めて、仕掛けた。
動力鎧の重量と構造が違うので、フットワークはマリカのほうが軽い。
﹁ふんっ﹂
いに足を使い出す。
少し距離をとって、互
それぞれの武器の先端を握手のように合わせて、一礼。
始まった。
﹁勝負!﹂
軍楽隊の演奏が止み、もう一度、号音ラッパが鳴った。
﹁いざ尋常に
﹂
0
片手持ちの武器で、八〇センチほどの棒に重い金属球を取り付けたもの。金属球にはび
っしりと相手を突き刺すためのトゲが伸びている。
二本のモーニングスター・メイス。
マリカも構えをとった。武器を上げて踏ん張ると、やはり同じように余
青い動力鎧
分な蒸気が漏れて音を立てる。
︱
バクスターが から大剣を抜いて中段に構えると、動力鎧の関節部から﹁プシュー!﹂
と微かに生体蒸気が噴き出す。エネルギーが鎧の隅々にまで行き渡っている証拠だ。
主武器は両手持ちの大剣だ。
﹁神聖集合性帝国、天衣騎士団! バクスター家のジェームズだ﹂
バクスターは重装甲の動力鎧を着用。
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マリカは敵を追いかけて、打撃武器の連打。
バクスターは大剣を盾のように使って、激しい攻撃をしのぐ。
23 姫騎士征服戦争
0
動きが激しくなると、過剰な生体蒸気が漏れて鋭い音を出す。
マリカは、バクスターが振るう大剣を右のモーニングスターで受けた。が、力で対抗し
ようとはしなかった。
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﹁二番手を希望、ッスね﹂
﹁了解﹂
0
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﹁その通りである。バクスター
0
けがいた。ベニーは挨拶をして、膝をついてかしこまる。
︱
ベニーはすぐに駆け出した。
戦場での伝令役も、従騎士の大事な仕事のひとつだ。
騎士団長
ガブリエラのテントは、そのまま数十人で軍議を開くことができるほど大
きなものだった。今はそこに、ガブリエラとその従騎士である少女キャンディスの二人だ
敗北の悪い流れを断ち切る、と﹂
﹁ベニー、騎士団長に伝言頼む﹂
﹁あの強さ! あのセリフ! 姫騎士のお手本のようである!﹂
﹁確かに彼女、キマってますねえ﹂
味方が負けたというのに、ルアナが興奮に身を震わせていた。
﹁くぅ∼!﹂
束。捕虜にとられた。一番手の決闘がテスタニア側の
マリカの従騎士がバクスターを拘
勝利に終わったのだ。兵士たちが勝利の雄叫びをあげ、軍楽隊がファンファーレを鳴らす。
起き上がろうとしたバクスターに、マリカがモーニングスターを突きつけた。
﹁動力鎧騎士の礼儀だ。命まではとらん。しかし、身代金の心配はしておけ﹂
筋力・体格の差を技術でカバーできるのが動力鎧の特徴だ。
﹁ぐ!﹂
トゲだらけの金属球がめりこんで、とうとうバクスターの装甲を破壊した。胸部のパー
ツが火花とともに砕け散って、彼の巨体が宙に浮き、何度か回転してから地面に激突する。
マリカの、モーニングスター・メイスのひときわ強烈な一撃。
彼女は生体蒸気の使い方が上手いから、見た目よりも威力がある。
そこへ
﹁ふっ!﹂
︱
バクスターはバランスを崩し、無防備な姿をさらしてしまう。
0
モーニングスター先端のトゲを大剣に引っ掛けて、バクスターの力を後方に受け流す。
﹁!﹂
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25 姫騎士征服戦争
そして、事情を説明した。
﹁⋮⋮というわけです、ガブリエラ団長﹂
﹁ご武運を﹂
4
と、ガブリエラは高らかに告げた。
ベニーは立ち上がって、慌ててついていく。
テントから出るなり、
﹁二番手はルアナ・ヘイスティングス!﹂
ガブリエラは従騎士キャンディスとともに歩き出した。
戦争の研究、外交の一種でもあるが、この大陸で観戦武官団は動力鎧騎士戦闘の審判員
も兼ねる。卑怯な真似をすればたちまちその は全土に広がる。
この戦場には、少し離れた場所に観戦武官の一団がいる。
戦争に参加していない国でも、戦場に観戦・監視目的の軍人を送ることができる。それ
が観戦武官制度だ。
﹁ふむ⋮⋮﹂
勢いがついた相手は厄介だ。他国の観戦武官も天衣騎士団をあなどる﹂
ょう。そうなったら、この戦の流れは向こう側のものです。人数で勝っているとはいえ、
﹁団長か、副団長か、ルアナお嬢様。この御三方が出ない限り、七、八人はいかれるでし
ガブリエラはベニーの経歴、能力を知っているので、身分違いではあるが意見を求めて
くることが多い。
﹁何人抜かれると思う、ベニー?﹂
にこのまま何人も抜かせるほうがまずくないですか?﹂
﹁でも、二番手を外されたらルアナお嬢様が不機嫌になりますよ。マリカ・ゴドレーシュ
と扱いにくい部下だろう。
ガブリエラの言い分はわからんでもない、とベニーは思う。
ルアナは、実力があって家柄もいい。気分屋で、最大目的である﹁姫騎士これくしょん﹂
以外にはなかなか本気を出さない。口だけではなく結果を出すので、上司の立場からする
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ルアナに見せ場を用意してやるのもシャクだな﹂
﹁バクスターを一番手にしたのは私のミスだが⋮⋮﹂ガブリエラは苦い顔だ。﹁ここで、
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27 姫騎士征服戦争
﹁うむ!﹂
・
・
しかし、戦争は戦争。
ウィズアウト・ア・ネット宣言後の一騎打ちは、何があっても戦時国際法で裁かれるこ
とはない。
もともとは、身代金の支払い能力がない貧乏な騎士のための制度だった。﹁金はないし、
国にも家にも迷惑をかけたくない。命のやりとりにしてほしい﹂というわけだ。
そこで、ウィズアウト・ア・ネット宣言の出番だ。
裁判や身代金では都合の悪いものもいる。
裁判抜きで、その場で殺したいような敵もいる。
が必要になる。
換するのが当たり前になって
動力鎧騎士同士の戦いは、捕虜にとり、身代金や領地と交
いる。捕虜を虐待するのは戦時国際法によって禁止。捕虜を処刑するのにも、公的な裁判
それを聞いた両軍の騎士たちがざわめいた。
﹁命のやりとりである!﹂
﹁なに⋮⋮!﹂
ルアナが、戦場の隅々までよく通る声で言う。
﹁この一騎打ち、身代金不要としたい!﹂
﹁提案がある!﹂
﹁マリカ・ゴドレーシュ! 私の名はルアナ・ヘイスティングスなのである!﹂
﹁ヘイスティングス家随一の猛者と聞いた! 相手にとって不足なし!﹂
ご武運を、と言ったがベニーはルアナの幸運を願ったわけではなかった。不運が起こら
ないことを祈った。何かの間違いさえ起きなければそれでいい。
独りごちた。
﹁まあ、その心配はいらないか﹂
意気揚々とルアナが前に出ていく。
従騎士であるベニーは、神聖集合性帝国軍陣営にとどまって一騎打ちを見守る。もしも
ルアナが負けたら、最初の身代金交渉はベニーの仕事だが⋮⋮。
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そして、その﹁少数﹂にルアナが含まれている。
ルアナが姫騎士と戦うときは必ずこのウィズアウト・ア・ネットなのだが、この規模の
戦で宣言するのはこれが初めてだ。
勝つにしても負けるにしても、身代金交渉のほうが便利なので、この宣言を行うのはご
く少数だ。
29 姫騎士征服戦争
敵方の動力鎧騎士マリカ・ゴドレーシュは、予想通りの反応をした。
﹁面白い!﹂
︱
武器のリーチは、ルアナのほうが長かった。メタルウィップの先端が、マリカの頭部に
襲いかかる。
﹁はっ!﹂
ないパワーとスピードを得た少女二人が、激突する。
生体蒸気が、両者の動力鎧内に張り巡
目に見えない、いまだに の多いエネルギー
らされたチューブに充満する。パワーアシスト機関が高出力を発揮した。通常ではありえ
︱
マリカは、二本のモーニングスター・メイスを構える。
ルアナは、愛用の金属片付き鞭を振り回し、風切り音を立てる。
ルアナの好みは、高貴で気丈な女性騎士だ。それが王位継承 順位を持つ姫騎士ならば、
なおいい。そんな女性たちを屈服させる瞬間に、ルアナは人生最高の喜びを感じる。
﹁いざ!﹂
﹁ルアナ・ヘイスティングス! こちらも戦場で命を惜しむつもりはない!﹂
﹁よく言った! さっそく始めようか
﹂
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31 姫騎士征服戦争
マリカは咄
﹁チッ﹂
︱
嗟に身をひいて
間合いが詰まった。
メタルウィップに有利な距離から、モーニングスター・メイスの距離に。
マリカの連打が始まった。
近距離で、太鼓を叩くように殴りまくる。
﹁さすがなのである!﹂
特に
マリカはむしろ﹁それ﹂を待っていた。
威
力がある攻撃ほど、大振りになる。
マリカは横に跳んでメタルウィップをかわした。狙いを外した鞭が、ズドン! と地面
にめり込む。舞い上がった土煙の中から、マリカが突進してくる。
しかし
﹁ふっ!﹂
︱
大量の火花に、目もくらむようだ。
ルアナはメタルウィップを振りかぶって、ひときわ強い力で振り下ろした。
まさに、鉄の暴風だった。
マリカは左右のモーニングスターを駆使して、鞭を打ち弾く。
︱
マリカの攻撃範囲外から、好き放題に鞭を連打する。
﹁
ッ!﹂
第一撃はかわされたが、ルアナは自分に有利な間合いを維持し、右側に回りこみながら
メタルウィップを立て続けに振った。
色々な武器を試してみて、もっともルアナに向いていたのが﹁メタルウィップ﹂だった。
しかもこの鞭には、様々な﹁仕掛け﹂が施してある。
︱
目的のためなら努力を惜しまない。
地味な基礎体力作り、剣術・槍術・その他武器術の訓練、生体蒸気魔法の研究
戦闘技術に関しては、ベニーがみっちり鍛え上げている。
ルアナは、ただのお嬢様ではない。
ダメージにはならなかったものの、完全にはかわせなかった。
金属片が兜をかすめた。鮮やかに火花が散る。
32
︱
ルアナはマリカの猛反撃を喜んだ。
バックステップしつつ、素早くメタルウィップをたぐり寄せる。
次の瞬間
33 姫騎士征服戦争
﹁なッ!﹂
長い鞭が、二本の短い鞭に。
!﹂
マリカが悲鳴をあげた。
ルアナのやり方は巧妙だった。生身の部分を直接打たずに、まずは動力鎧を徹底的に破
壊していった。兜や鎧の装甲を引き剝がし、アンダーウェア姿にしてしまう。壊れたのは
﹁くああっ
︱
マリカがバランスを崩したところに、左右のショート・メタルウィップを立て続けに打
ち込む。二匹の獰猛な蛇が、同じ獲物に襲いかかるように。
すぐに損傷箇所の閉鎖が自動的に行われたが、パフォーマンスの低下は明らかだった。
次に、右のショート・メタルウィップがマリカの肩を強打。装甲パーツの一部が吹き飛
んで、千切れたチューブから生体蒸気が噴き出す。
︱
ガキッ! と金属音が響いて、マリカの体がふらついた。
胸部の装甲がへこんでいる。
﹁しまっ
﹂
ずっと戦いを見守っていたベニーは、胸のうちで﹁決まったな﹂とつぶやく。
すさまじい金属音が鳴り響き、驚いたぶんマリカのほうが遅れた。ラッシュ、手数勝負
のなかでも、ルアナには上下に打ち分ける余裕があった。
マリカの高速連打に、ルアナは短くなったメタルウィップの高速回転で対抗した。
﹁!﹂
その滑らかさに、マリカは驚いたのだ。
ルアナのメタルウィップは、魔族の鍛冶師が製造した特別製のものだ。しかも、人間相
手にこの仕掛けを使ったのはこれが初めてになる。
︱
然に、まるで自分の意志を持っているかのように一瞬で、分離部分に触れることもなく
︱
マリカは驚きで目を丸くした。
ルアナのメタルウィップが、分離したのだ。
が、そういう仕掛けには普通ち
武器が分離する仕掛け自体は珍しいものではない。
ょっとしたジョイント部品を使う。ルアナのメタルウィップにはそれがなかった。ごく自
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動力鎧、大破!
見た目ではっきりわかるような外傷はないものの、マリカは脳を揺らされて朦朧とした。
︱
動力鎧でも、その衝撃は内部に伝わっている。
35 姫騎士征服戦争
﹁くぅ、う⋮⋮﹂
戦いが終わって、ベニーはルアナに駆け寄った。
マリカの従騎士は長い槍でルアナを狙っている。
ベニーは﹁任せてください﹂と前に出た。
﹁マリカ様!﹂
従騎士には、従騎士で対処する。
たかが従騎士におくれをとるルアナではないが、動力鎧の稼働には体力を使う。主人の
負担を減らすために、ベニーは自分が相手をしてやろうと決めた。
騎士の一騎打ちに従騎士が手を出すのは重大なルール違反だ。
ここで、なぜかマリカの従騎士も近づいてきた。
マリカの従騎士は若い男で、なにを血迷ったのか槍を構えている。それを見て、双方の
陣営から﹁ああっ!﹂という驚きの声があがった。いくら主人のピンチとはいえ、動力鎧
﹁! かはッ!﹂
鎖付きの手枷で拘束し、ウィズアウト・ア・ネットの決闘で負けた騎士の証である﹁敗
者のチョーカー﹂を首に巻き付ける。
ルアナはマリカを地面に叩きつけた。
︱
つまり、悪ぶる。自分が悪人だと無意味にアピールしたがる。
ああいうのやめればいいのにな、お嬢様。
﹁マリカ・ゴドレーシュの身柄は預かったのである⋮⋮!﹂
ルアナには露悪的なところがあった。
﹁おとなしくなったな⋮⋮!﹂
軍の兵士たちは目をそらすしかなかった。
マリカはほぼ抵抗できず、だらんと力なくぶら下がった。頭を締め付けられて、口の端
からよだれがこぼれている。半裸の女性騎士がさらし者のようにされて、テスタニア王国
﹁ああ⋮⋮﹂
ルアナは、分離したメタルウィップをまた一本に戻し、腰にさげた。それからマリカに
歩み寄って、頭をわしづかみにし、動力鎧の力を使って片手で持ち上げる。
﹁ふふふ⋮⋮!﹂
半
裸になったマリカの体が、アーマーオイルの光沢でぬらりと輝いていた。
動力鎧の下には、豊満で形のいい胸が隠されていた。下着はシルクではなく、より戦闘
的な革素材。レザーの質感が、マリカの体に食い込んで実に卑猥な見た目だ。
36
37 姫騎士征服戦争
﹁見苦しいな、お前!
︱
わきまえろ!﹂
しかし
﹁まあ、気持ちはわかるよ﹂
ベニーは軽やかなステップで従騎士の懐に潜り込む。
から抜こうとする。
︱
こうなると、長い槍は不利な要素でしかない。
ベニーは大型の武器を持っていない。短い槍、クロスボウ、そしてナイフ
だ。しかも、どの武器も構えようとしない。
分、ということだ。
この程度の相手は素手で充
﹁主人がつかまっちゃうなんて、悲しいよな﹂
従騎士は急いで槍から手を離し、副武器の長剣を腰の
折ってから、従騎士の股間に蹴りを一発。
急所を蹴られて苦悶する従騎士の首をつかんで投げる。
倒
した相手の顔面を上から蹴って、とどめ。
﹁なんという⋮⋮﹂
国境警備隊時代に身につけた軍隊格闘術だ。
そのまま、ベニーは従騎士の右腕を折る。
﹁でも、勝負ってのはそういうもんだよ﹂
ベニーは長剣を抜く従騎士の手首をつかんで、逆の手で肘を押さえながらひねり、関節
を極めた。
それだけ
従騎士は、体をひねって槍を振った。鉄の槍なので打撃武器としても使えるのだ。
ベニーは高速で、従騎士のサイドに回りこんでいた。
﹁く!﹂
︱
ベニーの動きは速かった。
﹁
!﹂
ベニーは、マリカの従騎士に向かって無造作に間合いを詰めていった。
従騎士は槍を突いてベニーの足を狙う。
﹁どけぇ! 従騎士!﹂
﹁どかねぇよ﹂
38
︱
﹁姫騎士これくしょん﹂計画は順調に進んでいた。
自分の従騎士の不始末に、マリカは悲痛な声を漏らした。
﹁よくやった、ベニー!﹂
39 姫騎士征服戦争
第二章
1
動力発生施設は、鉄骨でできた巨大なカタツムリの のようだ。鉄骨の隙間から空気の
取り込み口が突き出し、外側に配置されたクレーンを動かすための無数の歯車がギチギチ
建っていることが多い。
石とレンガの建物が密集し、軍事施設の高い塔が一定間隔で配置されている。陸軍が管
理する監視塔の隣には、生体蒸気を蓄積し、必要に応じて分配するための動力発生施設が
市が広々と拡大しつつある。
神聖集合性帝国、帝都オールドブラー。
昔は、ひとつの街全体を城壁で囲むのが当たり前だった。しかし生体蒸気が発見され、
動力鎧騎士たちが登場し、戦場が変容。城壁は不要となり、王城を中心に、一般市民の都
しかないだろう。
交部門の仕事だ。これだけひどい負けっぷりだと、神聖集合性帝国の要求を丸のみにする
天衣騎士団の圧勝。負けたのは最初の一人のみ。
テスタニア王国軍の動力鎧騎士はほとんどが捕虜になり、停戦交渉に移った。あとは外
その事実を突きつけられて、身代金交渉をあてにしていた連中の士気が落ちた。そうい
った悪い空気は、伝染病のように広がってやる気がある人間の足まで引っ張ってしまう。
神聖集合性帝国・天衣騎士団には、ウィズアウト・ア・ネットをためらわない、凄
腕の動力鎧騎士がいる。
リガリア平原の戦いは、テスタニア王国軍の敗北に終わった。
ルアナはマリカ・ゴドレーシュを捕虜にしたところで敵軍に興味を失い後方に引っ込ん
だが、その一戦で完全に流れが変わったのだ。
︱
40
この程度の勝利は﹁いつものこと﹂なので、規模は控えめだ。
近年の急速な人口増加の末に、八〇万人が暮らすようになった帝都オールドブラーの大
通りを、天衣騎士団の戦勝パレードが進んでいく。
と不気味な音を立てていた。
41 姫騎士征服戦争
それでも、動力鎧騎士の行進みたさに、通り沿いには見物客がひしめいている。男たち
が愛国心に高揚している。女たちは黄色い声をあげ、花を投げ、子どもたちは機能美に
︱
とよく嘆いている。
しかし、ルアナにメイドたちの衣装をまともにするつもりはない。
﹁⋮⋮捕虜はすでに、地下に運んであります﹂
ヘイスティングス家の現当主、大旦那様ことルアナの父親は近所の評判を気にしていて、
﹁メイドたちがあんな格好だと、当主の私がスケベなおっさんだと勘違いされる⋮⋮﹂
小さなエプロンに、布地の少ない水着とガーターベルトという組み合わせが、マニアッ
クな色気を醸し出している。
胸と腰を隠すのは黒い水着のみ。もちろんすべてルアナの趣味だ。
︱
玄関をくぐると、ずらりと並んだメイドたちが迎えてくれる。
ヘイスティングス家のメイドたちは、全員露出度が高い特殊な制服を着せられていた。
頭や手足の先にはメイド風のパーツ
カチューシャやつけ襟
がついているものの、
﹁お帰りなさいませ、ルアナお嬢様、ベニー様﹂
邸宅はレンガ造りの三階建て。壁の表面は化粧石で装飾され、敷地内に動力鎧の整備工
房や軍馬の 舎まであった。
貴族の官僚化、騎士の常備軍化も進んでいる。
ヘイスティングス家の大邸宅は、王城の近くに存在する。
神聖集合性帝国では、すでに絶対王政の中央集権化が完了しており、爵位はすべて名誉
称号的なものになっていた。
了 後に動力鎧を脱いで、ルアナとベニーは家に戻った。
パレード終
ベニーは目立ちたくないので、革の兜で顔を隠している。
夜には城の舞踏会の間で、皇帝も出席する祝賀会が開催される予定だ。
ナは完璧な姫騎士に見えるのだ。
動力鎧スキュラクロウは特に人気があった。そもそも、ルアナ自身が国民に人気があっ
た。人格というよりは、華やかな見た目と圧倒的な勝率が受けている。黙っていればルア
れた動力鎧を見て目を輝かせている。
42
ルアナは満足げにうなずいた。
アナスイは、かつて敵国の騎士であった。姫騎士これくしょん計画の、記念すべき最初
メイド長のアナスイがそう報告してきたので、
﹁うむ﹂
43 姫騎士征服戦争
の獲物だったのだ。胸がとてつもなく大きいので、ルアナが考案したメイド衣装を着ると
かつては南国の姫騎士だったアナスイ。
ロングの赤毛で、肌は健康的な褐色。
﹁南海の戦 人 魚﹂と異名をとった彼女も、今ではルアナに仕えるメイド長という立場を
﹁法に触れるのではないか?﹂と不安になるほど卑猥に見える。
44
とらわれた姫騎士、マリカ・ゴドレーシュがそこにいた。
︱
拘束台の隣には、木でできた棚がある。
棚には、鞭、ロウソク、ロープ、親指締め器、ワニ型のペンチ、火 、長い針、苦悩の
梨、貞操帯
などなど、さまざまな拷問具がみっしりと詰まっている。
そこは石の地肌がむき出しの、冷たい雰囲気の広い部屋だ。
拷問室というだけあって、天井には鎖を吊るすための滑車があり、捕虜を監禁するため
の檻があり、捕虜を大の字に固定するための拘束台があった。
ヘイスティングス家の大邸宅、その地下へと降りていく。
そこに、ルアナのための姫騎士拷問室がある。
鍵付きの、分厚い鋼鉄の扉をくぐり抜けた先の地下一階。
拾われた日から、そう決めている。
ベニーは気が進まないが、それを口に出したりはしない。お嬢様には絶対服従。彼女に
﹁もちろん、やるに決まっているのである!﹂
﹁⋮⋮やるんですか、お嬢様﹂
﹁ベニー、打ち合わせ通りにいくぞ﹂
2
で負けた騎士の証拠だ。
アナスイもルアナに負けた身なので、首には﹁敗者のチョーカー﹂が巻いてあった。そ
れは黒い首飾りで、小さなリボンがついている。ウィズアウト・ア・ネット宣言後の決闘
楽しんでいるようだ。
・
マリカは、黒革の極小下着を着せられている。体のラインがはっきり見える、というレ
ベルではない。ある意味全裸よりも恥ずかしい姿だ。
﹁貴様⋮⋮!﹂
﹁いい格好なのだ⋮⋮!﹂
45 姫騎士征服戦争
︱
︱
そんな姿で、さらにマリカは鉄の手枷で拘束されていた。長方形、板状の拘束具で、三
箇所
首と、左右の手首
を同時に固定する。
も捕虜を虐待するような真似は好まぬ。より効果的にいかせてもらう﹂
﹁⋮⋮効果的?﹂
﹁すぐにわかる﹂
と、ルアナは意味ありげに微笑んで、
﹁ベニー﹂
﹁はーい﹂
﹁クスリを塗り込め﹂
﹁わかりました﹂
拷問用具の棚に薬箱が置いてあったので、ベニーはその蓋を開けた。貝
を使ったクリ
﹁とはいえ、立派な姫騎士に対して単純な痛みの繰り返しがききそうにないのも事実。私
本当に屈服したくないのなら、もっとルアナお嬢様の性格を計算しないと。あえて
情けない態度をとるとか⋮⋮。
︱
ルアナはにんまりと笑った。
ベニーはこっそりため息をついた。マリカの言動は、ルアナを喜ばせるためにやってい
るとしか思えない。
﹁なるほど⋮⋮﹂
マリカは鼻で笑った。
﹁私は痛みに強いぞ! 何をされても屈服するものか!﹂
﹁ふん!﹂
﹁マリカ・ゴドレーシュ。お前には、私の軍門にくだってもらう﹂
﹁くっ⋮⋮!﹂
おそれはしない﹂
﹁神聖集合性帝国はもともと魔族の軍団である。みじめな敗北者に邪悪と呼ばれることを
﹁むしろ、殺すよりも邪悪な所業!﹂
いくらいなのである﹂
マリカの怒声を、ルアナは平然と受け止めた。
﹁ウィズアウト・ア・ネット宣言後に負けたら殺されても文句は言えぬ。礼を言って欲し
﹁ルアナ・ヘイスティングス! よくもこんなはずかしめを⋮⋮!﹂
足には棒状の拘束具がはめられていた。足首は棒の両端に縛り付けられ、はしたなく足
を開いたまま、自分の意志では閉じられないようになっている。
46
47 姫騎士征服戦争
ームのケースを手にとって、たっぷりとてのひらですくう。
﹁このクリームは⋮⋮!﹂
︱
﹂
マリカが戸惑いの声をあげた。
﹁神経を敏感にするクリームなのである﹂と、ルアナ。﹁材料は薬草、妖精の
の脱皮した抜け などなど
神聖集合性帝国の医学薬学は大陸でもトップクラス。
多種多様な材料を使って、強い効き目を発揮する。
﹁はっ、はっ、はあ⋮⋮!﹂
そんなルアナの笑い方は、とても高貴な生まれとは思えないものだった。
﹁そしていよいよ﹃クレイジーチックルくん﹄の出番なのである!﹂
マリカは色っぽい声をあげてしまった。
﹁ぐぅふっふっふ⋮⋮けひゃひゃ、うひひ﹂
それだけで、
﹁ひゃうん!﹂
ルアナはマリカの背中をつうっと指で撫でた。
すぐに神経クリームが効いてきて、マリカの汗の量が増えて、呼吸も荒くなった。
ベニーはマリカから離れて、乾いた布で手を拭く。
粉、魔獣
役得、と言いたいところだが
抗できない女性に好き勝手をしているという罪悪感はぬぐえない。天然の、ルアナの
抵
ようにはいかないのだ。
︱
な姫騎士の肌の感触が、クリームで強調されて伝わってくる。
マリカの引き締まったおなかや太 、もっときわどい場所にも指を滑り込ませる。その
たびに、彼女は顔を真っ赤にして手足に力をこめるが、拘束具はびくともしない。健康的
嬢様の命令は絶対なんスよ﹂
﹁俺が下郎であることは否定しないし、触れてほしくない気持ちもわかる。⋮⋮でも、お
そしてそれを、身動きがとれないマリカの体に塗りつける。
﹁下郎、触るな!﹂
48
を現す。
﹁なんだそれ⁉ 嫌な予感がするぞ!﹂とマリカが悲鳴。
ルアナが﹁パチン!﹂と指を鳴らした。
すると目には見えないが、ルアナの指先から生体蒸気の魔力が放たれた。それを受けて、
地下拷問室の奥にある倉庫から、奇妙な物体が﹁がっしょんがっしょん﹂と音を立てて姿
49 姫騎士征服戦争
クレイジーチックルくん。
ッ!﹂
マリカは歯を食いしばろうとして、結局悲鳴をあげた。
﹁
︱
多数のチューブの先端には、生体蒸気機関で稼働する極細のブラシがついていた。ブラ
シは細かく振動し、敏感になったマリカの肌をくすぐりにいく。
﹁! ひあっ⁉﹂
近づいてきたクレイジーチックルくんは、マリカに向かってチューブを伸ばした。
﹁クレイジーチックルくんは、くすぐり責めの生体蒸気魔法装置なのである﹂
それに関しては、ベニーもマリカに同意する。うん。かわいくはない。
﹁かわいくない!﹂とマリカ。
すべてのチューブが、うねうねと生物的にうごめいている。
﹁クレイジーチックルくん、かわいいヤツだにゃー﹂とルアナ。
その本体は、人間の生首を収納するのにちょうどいいサイズの四角い箱。
箱からは、直径一〇センチほどの太さのチューブが、イソギンチャクの触手のようにた
くさん飛び出していた。
50
51 姫騎士征服戦争
くすぐられて笑う、というよりは過呼吸に近い状態になる。
﹁もう、やめ⋮⋮やめて⋮⋮﹂
汗だくで、プライドを傷つけられた表情だ。
﹁いい感じに力が抜けたようだな﹂
と、ルアナはマリカに顔を近づける。
﹁ここで、いいことを教えてやろう﹂
﹁え⋮⋮?﹂
ルアナは服のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
﹁
﹃さらにゴドレーシュ家は、マリカの廃嫡を決定﹄﹂
﹁⋮⋮!﹂
ュの敗北をあげている﹄
﹂
敗因のひとつとしてウィズアウト・ア・ネットで無謀な戦いに臨んだマリカ・ゴドレーシ
︱
新聞の切り抜きだ。
﹁テスタニア王国、敗戦後の号外記事である。読んでやる。
﹃王国軍・竜巣騎士団は、
クレイジーチックルくんの動きがようやく止まったとき、マリカは壊れた人形のように
ぐったりとした。
﹁はあ⋮⋮ひあ⋮⋮﹂
3
こういうとき、ルアナお嬢様は本当に悪い顔をする、とベニーは思う。
とても楽しそうだ。
﹁
ッ! はっ、ひっ⋮⋮! たす、たすけて⋮⋮!﹂
﹁いい顔になってきたではないか⋮⋮!﹂
︱
足の指先まで突っ張らせて、ビクンビクンッと痙攣する。
動きは生物的だが、クレイジーチックルくんはあくまで機械装置だ。マリカがどんなに
追い詰められようと容赦がない。
52
マリカはゴドレーシュ家の正統後継者、テスタニア王国の女王になる可能性すらあった。
その権利をすべて、公的に失ったのだ。
廃嫡とは、主に長男・長女から相続権をとりあげることをいう。
ルアナは、証拠として記事をマリカの眼前に突きつけた。
﹁かわいそうに、戻る場所がなくなってしまったな﹂
53 姫騎士征服戦争
﹁そんな⋮⋮﹂
︱
マリカはくすぐりにくたびれて、すっかり判断能力が落ちている。
︱
によって、マリカはルアナに対する忠誠心に目覚めた。
マリカはルアナ専属の護衛係の一人に選ばれて、人目が少ない場所だと露骨に甘えた態
度をとるようになった。
執
調教ともいう
拗な説得
﹁ルアナお嬢様⋮⋮﹂
︱
それから数週間後。
マリカ・ゴドレーシュは、姓をベッキンセイルに改めて、正式にヘイスティングス家に
雇用された。
︱
優しいといえば、優しい。
的には自分のとりこにしてしまう。
急に優しくなって相手の心の隙に入り込んでいくわけだ。心を揺さぶり、つけこみ、最終
︱
まず戦いに勝ち互いの立場を決定する。捕虜にしてから相手のプライドを傷つけ、直後
に冷酷な現実を突きつける。そして仕上げ
精 神 状 態 が 限 界 に 近 づ い て き た と こ ろ で、
︱
ひどいことをしておきながら、まるでテスタニア王国軍のほうが悪いかのように誘
導していくこのやり口!
︱
そもそもルアナお嬢様がウィズアウト・ア・ネットなんて宣言しなければマリカも
こんな目にあわずにすんだのに!
︱
さすがお嬢様。
殺し文句が出た
このあたりのやり口は、ベニーも感心せざるを得ない。
﹁あ⋮⋮﹂
マリカの拘束具を解除していった。
そして、すべてを失った姫騎士の体をぎゅっと抱きしめる。
﹁お前のいるべき場所は、ここなのである﹂
ルアナは今までとは別人のように優しく微笑み、
﹁これ以上ひどいことはしない﹂
﹁安心せい﹂
て、今では捕虜としてなぶられ、国にも家にも捨てられた。
︱
マリカは大きく目を見開き、そこにたちまち涙があふれる。
姫騎士として凜々しく戦っていたマリカ。愛国心にあふれ、家の名をあげることに躍起
になっていた。まるで空を飛ぶかのような栄光の日々
。それが一戦の敗北で地に落ち
54
55 姫騎士征服戦争
﹁ここが私の居場所なのですね⋮⋮﹂
©Makoto Fukami, Sora Nakano 2014
そんなルアナとマリカを見て、ベニーは少しだけヘイスティングス家の将来を心配した。
﹁これでいいのかねえ⋮⋮﹂
甘えられたルアナは満足げに笑う。
﹁凜々しい姫騎士がかわいい子猫ちゃんになる瞬間は最高なのである⋮⋮!﹂
﹁にゃふふふ⋮⋮!﹂
﹁お嬢様のおそばにいることができて、幸せです﹂
﹁すっかりわかってくれたようだな﹂
56