宇宙産業を事例としたグローバル社会インフラ市場への日本企業の深耕

宇宙産業を事例としたグローバル社会インフラ市場への日本企業の深耕
報告者:江崎康弘(埼玉大学大学院博士課程修了)
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1.研究の目的
OECD によれば 2010 年から 2030 年にかけて累計約 4000 兆円、年平均約 200 兆円もの世界的規模
の社会インフラ市場があり、特に水、電力、鉄道、道路や ICT 等の分野で日本企業はビジネスチャンスがあ
ると経済産業省(以下、経産省)は主唱している。日本企業がグローバル市場で競争優位性を発揮できる分
野として、水、石炭火力発電、送配電、原子力発電、鉄道、リサイクル、宇宙産業、スマートシティ、再生可能
エネルギー、情報通信および都市開発の社会インフラ事業があり、これら 11 分野をパッケージ型インフラ輸
出事業推進の中核分野である経産省は主唱している。しかし、インフラ輸出の実績を見ると、日本企業は米
国、中国や韓国企業の後塵を拝しているのである。
これに対して、宇宙産業は年間 20 兆円程度の市場規模ではあるが、衛星分野では参入企業が少なく主
要企業としては米国4社、欧州1社、日本2社の合計7社で中国や韓国等のアジア企業の参入が現時点では
限定的である。さらに市場自体も拡大することが予想されている。本研究ではこの宇宙産業を取り上げ、日
本企業のグローバル宇宙市場への深耕の可能性について論じる。
2.日本の宇宙産業の現況と課題 世界の宇宙産業需要は年々増加し、特に今後新興国で宇宙関連の事業が増加していくと見込まれてい
る(図 1)。しかし、日本企業はこれまでコンポーネント輸出が中心で、欧米企業にグローバル市場のシェアを
奪われている。これは宇宙産業が政府予算による官需が中心であり(図 2)、日欧米の宇宙関係の政府予算
の差に依拠するところが大きいのが主因である。また、衛星の製造から打ち上げ、利用サービス、人材育成
等までを含めるフル・パッケージで受注出来る体制が、日本企業には整備されておらず欧米企業と比べて
売り込む体制自体が不十分であった。
図 1.世界の宇宙産業の売上高推移1
図 2.日米欧の市場別売上規模
⽇日本<約2,600億円>
民需(推定)
5%
その他
3%
欧州<約9,000億円>
その他
2%
⽶米国<約45,000億円>
輸出
6%
官需
38%
民需
42%
官需
86%
軍需
(D O D )
56%
官需
(N A S A )
44%
軍需
18%
出所:2010年宇宙データブック、(社)日本航空宇宙工業会
3.衛星のグローバル市場への展開策
1出所:日本航空宇宙工業会”2012
年度宇宙産業データブック”
1
1)静止衛星:欧米企業 5 社でグローバル市場の 80%以上を占有している。商業衛星(通信・放送)に関して
は、米国企業が圧倒的に強い。1990 年の日米間の“非研究開発衛星調達手続”策定(いわゆる日米 90 年
衛星調達合意)以降、日本企業による日本国内の実用衛星の受注が停滞している。
「90 年合意:実用衛星→国際入札、科学実験衛星→国内調達」日米 90 年合意は、スーパー301 条と云う米
国の政治圧力を受け、必要以上に新規性を宇宙開発事業団(現在の JAXA)が専ら要求した結果、典型的
なガラパゴス化したのが国産の静止衛星であった。
2)周回衛星:小型周回衛星が、災害監視等に活用するため新興国市場で需要がある。日欧米企業共に今
後の課題と施策としては、以下の点を挙げることが出来る。
a)低コスト化と軌道上実証の確保、b)差別化仕様(高分解能)の実現 c)新興国市場向けとして、官民一体
となり相手国の基本計画策定段階からの関与や取り組みの強化。政府トップセールスや制度金融の利用促
進 d)リモートセンシング等の宇宙データ利用のためのアプリケーション提供および利用データの相手国内
での内製化を含めた宇宙システム全体への取り組み強化
4.宇宙産業の将来性
アジアを中心とした新興国市場では、大きな社会インフラ需要があるのは事実だが、欧米企業や中国・韓
国等の東アジア企業の後塵を拝している。一方、宇宙産業では、その市場や歴史的な背景に特殊性がある
ことは否めないが、現在日本では官民一体となったグローバル展開を期した戦略を講じてきている。このた
め日本の宇宙産業がグローバル小型周回衛星市場でイニシアティブを発揮することができるのではないか
との仮説に対して、宇宙産業の将来性に関する客観的な論拠として次の五つに整理した。
論拠1:競合企業が限定的である。論拠2: 通信事業者からの束縛がない。論拠3.国際標準規格の問題
から解放されている。論拠4.国内での参入企業が少ない。論拠5.参入障壁が高い。論拠6.日本での“も
のづくり”を継続発展することが可能である。論拠7.グローバル市場における成長性がある。
5.おわりに
上述の論拠のもと、宇宙産業は弛まない研究および実証実験の継続が必須である。民間企業側は多大な
投資を必要とするため事業再編や統合等を視野に入れた戦略が不可欠である。一方、政府側も研究開発の
推進や技術試験衛星の開発を通じた軌道上の実証機会の創出が必要である。
これらを踏まえ、宇宙産業としては、この経産省主導の流れに則して、政官民が一体となったオールジャ
パンとしてグローバル市場に向け事業創出を図る必要がある。3.11 以降、原子力発電に対する潮目が大き
く変わるなか、大規模自然災害による被害の抑制化に繋がる地球観測衛星に対する世の中の見方に変化
が見られる。もちろん、欧米企業が歴史的に先行している分野であり、新興国市場へ日本企業が進出するの
は容易ではない。しかし、中国や韓国企業の参入が限定的で、米国企業も安全保障等の制約で米国市場
に限定されている、さらに他のインフラ事業と異なり、事業運営自体への参入が相手国により法的に制約さ
れていること等より日本企業に機会があることも事実である。この時代の趨勢を逃すことなく、欧米企業の寡
占状態が続いてきたグローバル衛星市場に日本企業が風穴を開けることが出来る千載一遇の機会と考え、
日本企業に過去に捉われないダイナミックな対応が望まれる。
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