雑誌エンゲージメントから考える 効果的な雑誌広告

識者に聞く
松本 大吾
雑誌エンゲージメントから考える
効果的な雑誌広告
1.メディア・エンゲージメントとは何か
早稲田大学商学学術院 助教
早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単
位取得満期退学。
専門は広告、マーケティング・コミュニケーショ
ン。 著 書に「わ かりや す い 広 告 論」(共 著・
2008, 八千代出版)など。2007 年日本ダイレク
トマーケティング学会「田島記念賞」共同受賞。
松本 大吾
早稲田大学商学学術院 助教
的には新聞のほうが雑誌よりも優位になりますが、メ
に取り組みました。質問紙では現れにくい実際の雑誌エ
集中力を維持し、広告そのものも情報として捉えられる
ディア・エンゲージメントを考慮し質的にメディアを評
ンゲージメントの状況を把握することが目的です。調査
ため、好意的に評価される可能性があると言えます。言
広告媒体としての雑誌の価値を高めるにはどうすれば
価すれば、結論が変わるかもしれません。あるいは、雑
概要は表 1にまとめました。
い換えれば、雑誌エンゲージメントを考慮した広告は評
よいのでしょうか。また、雑誌広告の効果を高めるには
誌 A と雑誌 B のどちらかを選択する場合、ターゲット・
調査対象者には調査目的を雑誌に関する調査である
価に繋がり、オーディエンスの広告反応が高くなること
どうすればよいのでしょうか。そうした疑問に対してヒ
オーディエンスのエンゲージメントがより高い方を選択
と説明し、広告に関する調査であることは知らせていま
が推測できます。
ントを与えてくれるのが「メディア・エンゲージメント」
すれば、広告効果が高まることが予想されます。
せん。インタビューでは、各自の自己紹介といくつか雑
誌や広告に関する質問をした後、20 分間、雑誌を自由
という考え方です。
そもそもエンゲージメントとは「ある対象に対する短
2.雑誌エンゲージメントの研究
4.インターネット調査
に閲読してもらいました。雑誌は 15 冊ほど用意しまし
た。男性、女性に共通の雑誌に加え、男性グループには
次に、グループ・インタビューの結果を踏まえて、イ
こで言う対象には媒体、広告、ブランドが該当します。
以上のように、メディア・エンゲージメントは広告媒
男性向け雑誌を、女性グループには女性向け雑誌を準
ンターネット調査を行いました。この調査の目的は、雑
例えば、エンゲージメントが高い状態とは、媒体、広告、
体戦略に非常に役立つ質的評価軸になり得るのですが、
備しました。20 分後、閲読した雑誌に対する評価やそ
誌エンゲージメントを量的に測定するための尺度を検討
ブランドに対して消費者(あるいはオーディエンス)が集
まだ研究の蓄積が多くありません。そうした状況を受け、
の中で気になった記事と広告、その理由を質問しました。
すること、そして、雑誌エンゲージメントと広告効果の
時間の引きつけ効果」と定義されます(石崎 2009)
。こ
(注)
中している状態を表しています。ただし、その集中力が
私たちの研究グループ
続けて、記事のコンテンツとマッチしている広告への評
因果関係について、精緻なモデルを構築することです。
ずっと続くことはありません。だからエンゲージメント
究プロジェクトにおいて雑誌を対象にしたメディア・エ
価などを質問しました。
インターネット調査はプリテストと本調査の2回行いま
は短時間の引き付け効果と言われています。本稿で扱う
ンゲージメント、つまり、
「雑誌エンゲージメント」に関
その結果、男女ともに広告そのものに対してはあまり
したが、ここでは 2 回目の本調査を紹介します。
メディア・エンゲージメントとは、その名の通り、ある
は、日本広告学会の 2010 年研
する調査を行いました(石崎、中野、松本、五十嵐、朴
好意的ではないことが分かりました。彼らは雑誌を読ん
調査概要は表 2 にまとめました。呈示素材は、調査用
媒体に対してオーディエンスが、短期的にどの程度引き
2010)
。調査は大きく2 つに分けられます。ひとつはグ
でいるのであり、その流れを邪魔する広告に対しては否
に作成した 2 種類の情報誌と、同じく調査用に作成した
付けられるのか、を指します。
ループ・インタビュー、もうひとつはインターネット調
定的、あるいは、そもそも目に入っていないようでした。
2 種類の広告素材を用意しました。調査ではこれらの雑
では、なぜメディア・エンゲージメントを考えること
査です。その成果を以下で紹介したいと思います。なお、
一方、記事内容と連動した広告は、広告というよりも、
誌と広告を組み合わせて、広告と雑誌内の特集記事と
が大切なのでしょうか。それは、広告効果は広告媒体の
詳細は近刊予定の
『広告科学』
に掲載されます。
記事や情報として受け止める傾向にあることが分かりま
の連動性が高い条件と低い条件を設定しました。こうし
した。ただし、記事との連動やタイアップに対して、逆
た条件を設定するために、広告素材のうちのひとつは各
に商業色を感じ、嫌悪感を抱く対象者もいました。
雑誌記事と組み合わせる際に、内容に合わせて若干の
以上の調査結果から、雑誌記事の内容との連動性の
修正を行いました。
本研究プロジェクトでは、まずグループ・インタビュー
高い広告は、記事内容の流れを邪魔することなく読者の
この調査では雑誌エンゲージメントを測定し、雑誌エ
表1 グループ・インタビューの調査概要
表 2 インターネット調査(本調査)の調査概要
効果が先に生じ、その後、広告表現の効果が生じてくる
ため、メディア・エンゲージメントが広告表現の効果に
3.グループ・インタビュー
影響を及ぼすからです(石崎 2009)
。簡単に言えば、雑
誌広告の場合、雑誌を読むことに集中すればするほど、
その雑誌に掲載されている広告も集中して見るため、広
告の表現内容の効果が高まるのです。
このようなメディア・エンゲージメントを実務的に捉
えれば、広告を出稿するメディアやビークルを選択する
際の評価軸になります。従来は、どの程度のオーディエ
▶ 対象者
(機縁法、雑誌を定期的に読む人を対象)
ンスに広告メッセージが到達(リーチ)できるか、といっ
女性グループ:20 代後半から 30 代半ば
た量的な観点からメディアを評価し選択することが多く
男性グループ:20 代後半から 30 代半ば
行われていました。それに対して、メディア・エンゲー
ジメントを用いると、メディアがオーディエンスをどの程
度引き付けられるのか(集中させることが可能か)という、
質的な観点からメディアを評価することができるのです。
▶ 調査日
女性グループ:2010 年 6 月 29 日
(火)19 時∼ 21時
男性グループ:2010 年 8 月7 日
(土)12 時∼ 14 時
▶ 場所
早稲田大学
例えば、新聞と雑誌をリーチだけで比較すれば、一般
▶ 調査手法
インターネッ
ト・モニターを用いた調査
▶ 調査機関
㈱マクロミル
▶ 調査時期
2010 年 9月9日∼ 11日
▶ 対象者
(関東圏在住の20 ∼ 40 代 男・女 計 942 名)
定期的に雑誌を見る習慣のある人
(立ち読みも含む)
食、健康に関心のある人
(無関心者を除く)
▶ 呈示素材
雑誌:調査用に作成された2種類の雑誌
広告素材:広告 A(※各雑誌にマッチさせるために2パターン)
と広告 B
▶ サンプルの割付
雑誌と広告素材の組み合わせ(2×2)4 種類にそれぞれ156 名、計
624 名。合わせて広告のみの評価も得るため、広告 Aに81名、広告
A'に81名、広告 Bに156 名を割付、合計 318 名。
▶ 調査票の内容
雑誌エンゲージメント、広告評価、ブランド態度についてそれぞれ5段階
尺度で測定。
▶ 調査の流れ
最初に3分程度、雑誌表紙、雑誌記事(2P 分)
を自由に閲読してもらっ
た後に、広告に接触。その後に設問へ。
【注】本研究グループのメンバーは石崎徹(研究代表者、専修大学教授)、中野香織(駒澤大学専任講師)
、松本大吾(早稲田大学助教)
、五十嵐正毅(当時・早稲田大学大学院博士後期課程、
現・九州産業大学講師)、朴正洙(当時・早稲田大学助手、現・専修大学非常勤講師)の5名で構成されます。
)
*
ンゲージメントによる、オーディエンスの広告態度やブ
があることが明らかになりました。そして、その関係は
①読者が雑誌から知識・アイデア・アドバイスなどを得
への出稿を提案する場合、記事内容と広告内容に直接
ランドへの影響を検証します。このような複数の変数が
直接的ではなく、広告と雑誌・記事とがマッチしている
られると思う内容であるか、②読者が雑誌との絆を感じ
的な接点を持たせるよう提案することが可能です。例え
からむ因果関係を量的に把握するのに適しているのが共
といった「広告へのエンゲージメント評価」やオーディエ
ているか、③雑誌のデザインは読者にとって魅力的か、
ば、基本的なことですが、グルメ雑誌の場合、食品メー
分散構造分析と呼ばれる手法です。本研究ではインター
ンス個人と
「広告との関わり」
、オーディエンスによる
「広
④読者が雑誌を読むときリラックスできているか、を
カーや外食産業、スポーツ雑誌ならばスポーツ用品メー
ネット調査によって得られたデータから共分散構造分析
告の理解」といった、オーディエンスの広告への反応を
チェックすることが大切です。
カーなど、雑誌のテーマと共通性のある広告主を集める
を実施しました。その結果として得られたのが図 1 のモ
経ていることが分かりました。
第 2 に、雑誌広告の効果を高めるには、広告と雑誌・
ことが有効です。さらに一歩踏み込めば、広告の中に、
デルです。なお、モデルに含まれる変数の質問項目は、
さて、この結果はどんな意味を持つのでしょうか。結
記事とのマッチングが大切であるということです。モデ
記事の内容を取り込むことも有効です。例えば、お寿司
表 3と表 4 にまとめました。
果をモデルとともに解釈すると、大きく2 つのことが分
ルにある「広告へのエンゲージメント評価」とは、雑誌に
を特集した記事であれば、その雑誌に掲載する広告に
図 1 のモデルを見ると、雑誌エンゲージメントは「内
かります。そして雑誌広告を効果的に使用するためのヒ
掲載されている広告が雑誌や記事の内容と違和感が無
「自宅で手軽に食べるなら宅配寿司の⃝⃝」とか「お寿司
容評価」
「つながり」
「デザイン」
「居心地」という4 つの
ントになります。
く共通性があると、読者が感じている程度を表します。
と一緒に飲みたい日本酒⃝⃝」
(⃝⃝はブランド名)のよ
下位概念で構成されることが分かりました。また、雑誌
第 1に、雑誌エンゲージメントを向上すれば雑誌広告
モデルを見ると、読者は広告が雑誌や記事と良くマッチ
うなコピーを付ける、という具合です。
エンゲージメントは、
「広告へのエンゲージメント評価」
の効果を高めることができるということです。言い換え
していると感じるほど、自分にとって価値ある広告だと
グループ・インタビューの結果にあるとおり、広告を
「広告との関わり」
「広告理解」という3 つの広告への反
れば、雑誌のコンテンツを充実させ、雑誌自体の魅力を
感じ(広告との関わりが強くなる)
、また広告の内容がわ
記事と同化させ、記事の流れを中断しない工夫をするこ
応に正の影響を与えており、それらを媒介して、
「広告
アップすることで、雑誌の広告媒体としての価値も高ま
かりやすいと評価する
(広告理解の程度が高くなる)ので
とが大切です。したがって記事体広告も有効だと言える
態度」
、さらには、
「ブランド態度」と「購買意図」に正の
るということです。
す。当然、読者との
「関わり」が強く
「理解」
しやすい広告
でしょう。ただし、あまり商業色(売る気)を出してはい
影響を与えていることが分かりました。本調査での結果
では、どのようにすれば雑誌の魅力を高められるので
は、読者から注目されるし好きだと思われます(広告態
けません。記事との連動性がいやらしいと感じるという
はプリテストの結果とも一致していました。
しょうか。モデルはそれに対してもヒントをくれます。
度が高くなる)
。
意見もあるからです。大切なのは、読者はあくまで記事
モデルを見ると、エンゲージメントには「内容評価」
「つ
このことはグループ・インタビューの結果とも一致し
を読むために雑誌を手に取るということを認識し、記事
ながり」
「デザイン」
「居心地」という4 つの要素がある
ます。前述の通り、雑誌記事と広告の連動性が、広告に
の邪魔をしないよう、広告を上手く雑誌の中に溶け込ま
ことが分かります。つまり、読者が雑誌に引き付けられ
対する評価につながっていることが明らかになってお
せることなのです。
共分散構造分析によって得られたモデルを見ると、雑
ている(エンゲージメントが高い)ならば、これら 4 つの
り、そのことが統計的にも実証されたと言えます。
誌エンゲージメントと広告効果
(広告態度)
に確かに関係
要素が高まっていると言うことができます。したがって、
この結果を踏まえると、出版社が広告主に自社の雑誌
5.モデルからの示唆
表 3 雑誌エンゲージメントの構成因子
図 1 共分散構造分析による雑誌エンゲージメントと広告効果の関係
感情に訴え
0.89*
0.62 *
好き
注目
広告理解
信頼できる
説得力がある
わかりやすい
理解できる
この広告のブランドは買ってもいい
この広告のブランドを買いたい
邪魔しない
居心地
雑誌とマッチ
写真見たい
広告への
エンゲージメント評価
記事とマッチ
広告デザイン
*p < 0.001
広告態度
0.80*
食事・休憩
この広告に引きつけられた
この広告は好きだ
この広告に注目した
この広告はクオリティが高い
購買意図
カラフルな広告
0.53*
0.39*
0.88*
デザイン
ストレス解消
+
広告態度
この広告のブランドは好ましい
この広告のブランドは良い
生活と関わり
0.84*
エンゲージメント
やすらぐ
この広告は自分にとって価値がある
この広告は自分のような人を対象にしている
この広告は自分の生活と関わりがある
この広告は私の感情に訴えるものがある
この広告で言おうとしていることがよく理解できる
この広告はわかりやすい
この広告は説得力がある
この広告は信頼できる
自分が対象
0.88*
広告との関わり
0.83*
0.82*
気分転換
広告との関わり
つながり
リラックス
この広告はとなりの記事と合っている
この広告はこの雑誌に合っている
この広告は記事の邪魔をしないので好ましい
ブランド態度
価値がある
驚き
AGFI=0.810
CFI=0.918
TLI=0.912
RMSEA=0.060
引きつけ
内容評価
写真良い
広告理解
注:誤差変数は省略 N=624
カイ二乗値
=2226.032
自由度=691
P 値=0.00
GFI=0.832
絆
写真好き
表 4 雑誌エンゲージメントの結果変数
情 報を信 用
この雑誌は、私がリラックスするときのアイテムになる
この雑誌を読むことで、気分転換になる
この雑誌を読むことで心が安らぐ
この雑誌を読んだ後は、ストレスが軽くなる気がする
食事や休憩時に、この雑誌を読みたい
アイデア
深いところ
他人と
同じ事したい
居心地
この雑誌を読むことで、人生で大事なことを成し遂げられるような気持ちになった
この雑誌の記事は、私の心の深いところに響くものがある
この雑誌との絆
(きずな)
を感じる
この雑誌を読むことで、他の人と同じようなことがしたくなった
この雑誌には、私を驚かせるような何かがある
知識
つながり
大事なこと
覚えたい
デザイン
この雑誌の写真が好きである
写真が良いため、この雑誌を読みたいと思う
この雑誌のカラフルな広告が好きである
この雑誌の広告はデザインがいい
記事を読まなくても、この雑誌の写真を見たいと思う
アドバイス
内容評価
私はこの雑誌から知識を得られると思う
この雑誌から良いアドバイスを得られると思う
この雑誌で読んだ内容で、覚えておきたい情報がある
この雑誌から、何かしらアイデアを得られると思う
この雑誌の情報を信用している
広告へのエンゲージメント評価
■
クオリティ
好ましい
ブランド態度
良い
0.80*
買ってもいい
購買意図
買いたい
【参考文献】
石崎徹(2009)「広告媒体の質的効果の観点によるメディア・エンゲージメント概念の検討」『専修大学経営研究所報』専修大学経営研究所。
石崎徹、中野香織、松本大吾、五十嵐正毅、朴正洙(2010)「広告効果としてのメディア・ エンゲージメントの測定」
日本広告学会第 41 回全国大会配布資料。
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