2007 年 5 月 7 日 FASID ジュニア・プログラムオフィサー 高篠仁奈 開発援助の新しい潮流:文献紹介 No.68 Patrick Honohan and Thorsten Beck (2007), Making Finance Work for Africa, World Bank 1 【要約】 世界銀行は 2007 年 2 月,アフリカで金融セクターが機能するために必要な政策を 検討する報告書“Making Finance Work for Africa” (アフリカで金融セクターを機能 させる)を発行した.本報告書では,アフリカで金融セクターが大規模な金融(成長 のための金融)と小規模な金融(万人のための金融)の両面で機能するために必要な 政策を検討するために,証券市場,銀行規制,小規模融資(マイクロファイナンス) に関わる制度などを中心に分析している. 【背景】 アフリカでの金融アクセスの拡大は,貧困削減や輸出企業の発展に貢献すると考え られている.アフリカ各国政府は,これまで既に金融システムの改善に取り組んでき ているが,現状ではどの国も似たような課題に直面している.成長部門への安定した 資金流入をどのようにして得るべきか,長期でリスクをともなうプロジェクトへの融 資を獲得する方法はどうあるべきか,証券市場を他国と統合すべきか,アフリカの状 況に合った銀行やマイクロファイナンス機関への規制をどうデザインすべきか,政府 はどの分野を優先すべきか,などといった課題である. 本報告書は,優先度が高い課題についてアフリカの実情に即した政策を提示するこ とを目的としている.その際,筆者は報告書全体を通して①便益をもたらす明確な制 度設計は存在するが,普遍的な方法を地域ごとの条件下で適用するには限界もある, ②国際的な協調が重要な鍵である,③各国は包括的なアプローチ(全所得層・全部門の ための改革というだけでなく,規制が多様なタイプ・所有構造の金融機関や金融サー ビスの成長を促進すること)による便益を享受しているという,3つの考えを繰り返し 主張している. 1 報告書 Making Finance Work For Africa 全文は以下の URL からダウンロード可能. http://siteresources.worldbank.org/DEC/Resources/Making_Finance_Work_for_Africa.pdf 1 【内容】 1.概要 冒頭では,まず,アフリカにおける金融制度改革の歴史的経緯と現在直面する課題 を紹介し,成長に対する金融セクターの役割を指摘している.その上で,良い金融シ ステムを構築するには政府の適切な介入が必要であると述べている. 本報告書は,金融セクターを強化するために政策担当者が優先すべき政策課題とし て,2つの政策方針を提案している. ① 長期成長のために大規模な制度金融部門に焦点を当てる ② 低所得家計や小規模起業の金融サービスへのアクセス改善を目指す これらの政策方針を実現するために,アフリカにおける金融セクターは,生産的な 起業家に対する貸付の費用を下げ,低所得層と小規模起業家に対する基礎的な貯蓄・ 決済・貸付・保険サービスを,より容易に利用できるようにしければならない.アフ リカの金融システムは多様であるが,低い貯蓄率に加え,経済規模の小ささ,金融制 度と統治システムの脆弱性,政治的経済的ショック,という4つの類似性が指摘され ている. 次に,アフリカの金融改革の展望を考える上で重要であるモダニズムとアクティビ ズムという2つの見方を紹介している.モダニズムでは多数の利用者からなる市場メ カニズムとしての金融セクターの近代化を重視し,産業や政府と金融セクターの統合 が小規模起業を阻害している点において望ましくなく,政府の役割はマクロ経済安定 化や情報の非対称性の改善による投資環境の向上などにあると考える.一方,アクテ ィビズムは,市場の失敗が見られる領域での政府の介入を重視しており,金融機関へ の規制やターゲットを絞った小規模金融機関の運営,消費者保護などを提唱している. 本報告書はこれらの考えに対し,アフリカの現状に沿わない野心的な市場経済化は失 敗を招く危険性があり,両者の見方の適切な組み合わせが良い結果を生むと述べてい る. 第 1 章の最後に,金融セクター開発の2つの目標である成長と貧困削減の達成に向 け,銀行や保険会社,年金基金,証券投資家などの大規模な金融機関に関する政策展 望や,小規模企業や低所得層を対象とした市場への到達の難しさなど,第2章以降の 議論の背景を示した上で,本報告書の構成と各章の課題を提示している. 2.アフリカの金融システム:サービスの浸透度と効率性 第2章では,アフリカの金融システムの改善点を明らかにするため,統計データに よる国際比較を行っている.アフリカの金融システムは,絶対的・相対的にみて発展 2 度が低く,その多くはインフォーマルセクターであるという特徴がある. アフリカにおける金融の浸透度は,インフレや一人あたり所得の差を考慮に入れて も世界的な平均水準よりも低く,特に貸付市場の深化が遅れている.金融深化の度合 いと効率性について,何がアフリカの成果を下げているかという点について,本報告 書はまず銀行システムを概観し,金融が仲介される量が低いことと預金金利と貸出金 利の差が大きいことを指摘している.次に国際比較によりその要因は経済規模の小さ さ,競争の欠如などにあることを示している. 制度化された大規模な証券市場はほとんどなく,アフリカの証券市場の多くは規模 が小さく活発ではない.英国を旧宗主国とするいくつかの国を除き,年金の浸透率も 低い.政府債券が短期のものが多いため,金融取引全体に占める短期取引の占める割 合が高いという特徴もある.また,小規模金融については,規模が拡大し続けている が,その到達率はやはり他地域よりも遅れている. このように,アフリカの金融システムの発展度が低いため,投資家は銀行預金や不 動産に資金を集中させていることが指摘されている. 3.長期的成長のための金融:経済改革のための金融強化 第3章は,主流の金融機関を対象とし,貯蓄動員機関や保険提供者,中規模以上の 企業や政府への金融機関として機能させる方策について議論している. はじめに,金融深化を促進する方法,特に,銀行が資金を貸し出すことを奨励する 方法について議論している.そこでは,成長と安定への金融の役割と情報の非対称性 を改善する必要性を指摘した上で,銀行規制については,動員する資金を増加させつ つ,過度な規制によって金融深化を阻害しないよう,政策を慎重に立案する必要があ ると述べている. また,アフリカ銀行業における開発銀行や外資系銀行といった,さまざまな所有権 構造の役割についても概観している.長期金融のための最も良い手段は開発銀行によ る貸出ではなく年金基金のための長期資金であり,政府による統治の仕組みが改良さ れれば,その他の制度投資家はより安全な長期資金を提供すると考えられるため,政 府が安定したマクロ経済環境を整備する必要性を指摘している. さらに,活発な証券市場制度が価格の透明性を向上させることの必要性についても 述べている.アフリカ金融市場における現在の取引額・取引件数の少なさの1つの要 因は,現実に合わない野心的すぎる証券市場規制モデルにあると主張し,取引規模を 拡大し,投資家保護に過度の費用をかけることなく小規模企業のための利便性を改善 3 することが可能であることを指摘している. 最後に,金融システムの機能を決定付ける要素として,国内のマクロ経済・財政条 件について言及し,国際的な地域協力については,政策改善に貢献するかもしれない が,その際には多くのプロジェクトの中から最も有望なものを選ぶ必要性が指摘され ている. 4.万人のための金融 第4章は,貧困層や中小企業を対象とした金融について,貸付・保険市場および預 金・決済市場を拡大する上での課題を検討している. 章の前半では,アフリカのような環境下ではどのような金融手法が効果的に機能す るのかという問題について,金融手法の向上が解決の鍵であることを強調し,貸付 (農 家や被雇用者への貸付,住宅金融など)や保険,預金と決済(モバイルバンキングやス マートカード,国際送金など)について,アフリカの経験を振り返っている. この分野では実際の行動が求められるが,章の後半では,さまざまな主体が果たす 役割について議論している.本報告書は,金融サービスの大半は,協同組合やドナー の支援を受けるNGOなど,民間の金融業者によって提供されるという状況が続く傾向を 示している.政府は,これらの金融機関の費用対効果が改善する規模まで育成するよ うな政策を創出しなければならず,そのために,着手する分野についてなんらかの優 先基準を設定する必要があり,ドナーは独立した「抑制者」として,政府による権力 の乱用を防ぐことを支援できると述べている. 5.現在の条件下での政策選択 第5章では,政策の優先順位付けの問題について言及し,議論を結んでいる. 金融セクターの改革は長期に渡るが,取り組みにおいて政策立案者は,安定性と効 率性を損なうことなく短期化できるような手段がないか,注意を払うべきである.特 に外部機関が提供できる支援の利用を受け入れ,政策が包括的になるよう留意しなけ ればならない.そこで本報告書は,アフリカの多くの国で高い収益が期待される(a) 登記の強化と法務手続きの簡素化による資金流入の促進,(b)規制機関の独立性の向上 という,2つの実践的な領域を提言している. さらに一般的には,紛争終結後の国や産油国,小国,人口密度の低い国,国内資金 で運営可能な大国などの事例によって,優先度はアフリカ諸国が直面する個々の状況 に依存して異なることが示されている. 4 【コメント】 本報告書の主たるメッセージは, 「アフリカは多様であり,各国の経済的社会的状況 に合った金融セクター開発をすべき」という点にある.そのために,まず,各国の現 状を記述統計により確認し,アフリカ金融セクターに関する豊富な情報を提供してい る.そこでは,金融セクター開発がどれだけ進んでいるのか(あるいは進んでいない のか)ということについてグラフを活用し視覚に訴える形式で示している.アフリカ の開発問題について,特に金融セクターの基礎情報を確認する場合には有用な資料で ある. 本報告書の第 3 章および第 4 章では,金融セクターの詳細について,「成長のため の金融」および「万人のための金融」という2つの視点から整理を行い,基礎的な金 融市場・手法の整備が課題であることが指摘されていた.これらの課題は途上国全般 において共通であり,ある意味で一般的な主張である.しかし上述の通り, 「実際にど の分野を最優先課題とすべきか,という具体的な処方箋は各国の経済・社会的状況に 依存する」,ということが本報告書のメッセージであり,第 6 章ではこの点を事例分析 により強調していると考えられる.アフリカは広大な大陸であり,実に多様な国々が 存在するため,報告書で取り上げられる事例だけでは必ずしも十分とは言えないかも しれないが,その多様性の一部を取り上げて例示することにより,読者がアフリカの 現状について具体的なイメージを描く助けとなっている. アフリカで金融セクターを機能させるためには,金融セクター内の各機関が変化し た時の効果や影響を与える範囲が,その機関の特性にしたがって決定するということ を念頭に置き,対象地域の各金融部門の現状を踏まえた上で目標の実現に必要なプロ セスを描くような開発戦略の策定が望ましい. 第2章で述べられているように,アフリカでは多くのひとびとがインフォーマル金 融へのアクセスがあり,生活水準の維持向上に重要な役割を果たしている.本報告書 は,フォーマルな金融制度の構築と政策デザインに主眼を置いているため,インフォ ーマル金融に関する詳細な議論は行っていない(本報告書 pp140, BOX4.1 参照).しか しながら,このことはインフォーマル金融の重要性を否定するものではなく,小規模 融資機関の発展はインフォーマルな構造を基盤として成立しており,その現状を知る ことは肝要である.アフリカのインフォーマル金融組織を概観すると,すでにアフリ カでは各地の実情に適した金融組織が発展しており, 「金融セクターが機能」している 5 のではないか,という印象すら覚える 2.そのため,貧困層にターゲットを絞ったプロ グラムを実施する場合には,このようなインフォーマル金融組織の経験から学び,プ ログラムに生かそうとする姿勢が求められる. しかしながら,本報告書が指摘するように,このようなインフォーマル金融の規模 は小さく,国家レベルでのマクロ経済の活性化に与える影響は小さいといわざるを得 ない.インフォーマル金融組織は,地域内の資金を基盤に成立するという特徴から, 高い持続性を実現するという利点がある一方で,資金規模が小さいという限界を克服 することが難しい.そのため,マクロ経済の成長を目的とする場合には,本報告書に 描かれたような,アフリカの制度金融セクターが直面する課題を克服しなければなら ない. 参考文献 Bouman, F.J.A. (1994) "ROSCA and ASCRA: Beyond the Financial Landscape," in: F.J.A. Bouman and O. Hospes (eds.), Financial Landscapes Reconstructed: The Fine Art of Mapping Development. Boulder: Westview Press: 375-394. Dupuy, C. (1991) “Village Associations in Senegal: Economic Functions and Financing Methods.” EDI Working Paper, World Bank. Laffite, A. (1981) “Les Tontines.” Famille et Développement 25: 43-53. 泉田洋一 (2003)『農村開発金融論─アジアの経験と経済発展─』, 東京大学出版会 2. Bouman(1994)は , 事 例 と し て ア フ リ カ の イ ン フ ォ ー マ ル な 金 融 組 織 を 取 り 上 げ , 特 に 仏 語 圏 ア フ リ カ で Tontine と呼ばれる金融組織と,英語圏アフリカにおける Esusu と呼ばれる金融組織の特徴を既存研究に基づ き概観している.カメルーンで観察された Tontine は,①緊急時のための社会保障基金,②資金蓄積のない回 転型貯蓄信用講 ,③資金蓄積の ある銀行,④集 団での投資プロ ジェクト(タクシーやレストラ ンなど)という, 4つの機能を併せ持った相互扶助組織である[Laffite 1981](回転型貯蓄信用講の定義については泉田(2003) を参照されたい。).ただし,すべての Tontine がこのような特徴を備えているわけではなく,その形態は地域 によって多少異なっている.また,より高度な機能を持つ Tontine の例として,セネガルにおける政治的・商 業的な機関としての役割を持つ Tontine がある[Dupuy 1991]英語圏アフリカでは,特にナイジェリアのイボ族 のインフォーマル金融組織に関する研究が豊富に蓄積されている. 6
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