野球観戦だったので

カナダ体験記
高校一年
T・K
はじめに
二〇一二年七月二十一日~八月七日の高一カナダ語学研修に参加した体験について書い
ていこうと思う。
一日目 七月二十一日(土)
家族と別れた後、父と二人で新宿駅スバルビルに向かった。全員で集合した後、お別れ
をしてからバスに乗り、成田空港に向かった。
私にとってこの研修が初めての海外旅行だった。不安も少しばかりあったものの、どち
らかというと、やっと海外に行くんだという期待や楽しみの方が大きかった。
成田に到着してしばらくした後、第一の困難に直面した。それは出国の手続きであった。
国内線にしか乗ったことのなかった私は、手続きの多さに苦戦を強いられたのであった。
とうとう飛行機に乗り込んだ。もちろん機内には日本人だけでなく外人のキャビンアテ
ンダントもいるため、注文したいときは英語を使わなければならなかった。ここが最初の
英語を使う機会となった。”Orange juice, please.” というたった一言でも通じたのが嬉
しかった。十三時間というフライトは長かったが、そこまで辛いものではなかった。
長い空の旅を経て、やっとのことトロント空港に到着すると、恐れていた入国審査を通
らなければならなかった。体格の大きい女性の方の検問をなんとかすり抜けた後、みんな
と同じように出口を出ようとすると、なぜか係の人に止められ、そのまま違う部屋に連れ
去られた。恐怖で心臓をバクバクさせながら向かい、再び検問を受けさせられた。”Is this
the first trip?” ”How many days?” などと無表情で尋ねられた私は、声を震わせなが
らもなんとか答え、無事に入国することができたのであった。
空港を出てバスに乗り、トロント市内のデルタホテルに到着した。ホテルは思っていた
より豪華でよかったが、夕食がバーガー+ポテト(野菜なし)というなかなかヘビーなもの
だった。また、海外と日本の様式が違っていたので、シャワーの出し方も分からなかった。
テレビももちろん全て英語だったのであまり理解できなかったが、コメディー番組は分
かりやすく、また日本ではできないようなことをやっていてとても滑稽で楽しめた。
その日はさすがに疲れていて、時差ボケも治さなければならなかったため、早めに就寝
した。
二日目 七月二十二日(日)
あまりの疲れになかなか起床することができず、危うく朝食の時間に遅れるところだっ
た。朝食はまたも野菜なしで、食生活に不安を覚えた。
ホテルを出て CN タワーを見学した。エレベーターに乗りながらタワーの高さに圧倒され
た。エレベーターを降りるときにガイドのお兄さんが「気ヲツケテクダサイ」といったの
で、みんな盛り上がった。おみやげに班のメンバーで撮ってもらった合成写真を買うこと
にした。
「六人分買うと一人当たりいくらですか?」ということを伝えたくて必死に説明し
たら、店員さんも理解してくれて親切に教えてくれた。写真を買えたことよりも、自分の
英語が(めちゃくちゃだが)実際に伝わったことの方がうれしかった。
州議事堂で集合写真を撮り、市庁舎などを車窓見学したあと、港町のレストランで昼食
をとった。ここでも特大ハンバーガーと大量のポテトだった。
とうとうベアークリーク高校に向かうことになり、ホームステイのことで不安になって
そわそわしていたが、そこに着いた途端、たくさんのファミリーからものすごい歓迎をさ
れた。ウェルカムセレモニーで、ホストマザーのアメリアとファーザーのジェフと対面し
た。とても陽気で優しそうな夫婦だったので、少し安心した。会った時のためにたくさん
話すことを用意していたのにふっとんでしまい、”How do you do?”くらいしか言えなかっ
た。しかし、ファミリーは簡単な文法を使ってゆっくり話しかけてくれたので、聞き取る
ことができてよかった。
ファミリーの家に着くと、娘のジェニファーとおばあちゃんのピエリーナと柴犬のルカ
が歓迎してくれた。みんな優しくてさっきまでの不安はすでになくなっていた。自分の部
屋にはカナダのお土産がおかれていて嬉しかった。
少しお茶をしたら、マザーとファーザーとジェニファーが車で町案内をしてくれた。帰
りにティムホートンでジェニファーおすすめのアイスモカを買ってくれた。甘かったがと
ても美味しかった。
家に帰って日本からのお土産(しめ縄やハンカチ・漆の小物入れ)を渡したらよろこんで
くれた。夕飯ではファーザーが作ったニョッキを食べた。すかさず”Delicious!!!!”と言
ったら喜んでいた。初めの方はあまり話しかけられずとりあえずニコニコしているだけだ
ったが、”Have you accepted Japanese girl?”などと質問したりして会話できた。言葉が
分からなくても、身振りなどで一生懸命伝えればファミリーも理解してくれたので、何で
も積極的に話しかけようと思った。
三日目 七月二十三日(月)
朝は無事に起きられた。マザーもファーザーも郵便の仕事で早朝にでていってしまうた
め、朝食の世話はおばあちゃんがしてくれた。たくさんパンを勧められたので断ったら、”
Don’t be shy!” と言われてしまい(遠慮しているわけではないのだが…)結局食べること
になってしまった。おばあちゃんともいろいろと話せた。時間になると友達の家のマザー
が一緒に送ってくれることになった。その家には十五歳と七歳の息子がいて、特に弟はけ
な気でかわいかった。ただ、その子は舌っ足らずで聞き取るのに苦労した。
学校に着いてホールに集まり点呼をとった。初めての授業に少し緊張した。しかし先生
は明るくてよい先生だった。また、先生のアシスタントとして娘のエリンカも教室に来て
いた。
授業では軽い自己紹介から始まって、ゲームや工作をしながら問題を解いたりして楽し
かった。
午後はバスに乗り、市内めぐりをした。公園で昼ご飯を食べ、図書館、市役所、美術館、
ダウンタウンを訪れた。歩く途中に、友達やエリンカと趣味などについて英語で会話でき
て楽しかった。最後に食べたアイスクリームの色が不気味だったが、味は美味しかった。
帰りはファーザーが迎えに来てくれて友達を家まで送ってから帰った。少し休んだ後、
夕飯の手伝いをして、バルコニーでマザーとジェニファーでいろいろなことを話した。た
まに聞き取れないことがあったが、分かるまで何度も言ってくれたので、安心した。ご飯
を食べた後、車に乗って買い物に行くと思いきや、Tim Horton というコーヒー店に連れて
行かれ、家族全員分を買って帰った。安さの割に美味しかった。”Do you like coffee?” と
聞かれたので、”Yeah. I love coffee!!” と答えたら、大のコーヒー好きだと思われ、毎
日このアイスモカを頂くことになるのだった…。
その後ファーザーとコメディー番組を見ながら大笑いして、風呂に入ったあと、疲れて
いたのですぐに寝てしまった。
四日目 七月二十四日(火)
朝は順調、前日と同じように学校に送ってもらい、授業を受けた。その後、お昼はいつ
もの友達だけでなくカナダの女の子たちと一緒にご飯を食べた。好きなものについてなど、
いろいろと話せた。食べ終わったあとは体育館で一緒にバスケやバドミントンをして遊ん
だ。
授業が終わって家に帰ったら、バルコニーでくつろぎ、ファーザーと二人で買い物に出
かけた。スーパーに売っている野菜の大きさに驚いた。また日本食コーナーが設けられて
いて、寿司や生春巻き(…は日本食なのか?)が売られていた。昼食の材料を買って帰った。
夕飯の手作りハンバーガー(特大)をなんとか食べきって、みんなで団らんした後、またも
アイスモカを飲んだ。授業のことや将来のこと、日本についてなど、たくさんのことをが
んばって話した。また、天ぷらを振舞ってもいいか聞いたら快諾してくれた。その日は特
にたくさん会話できた一日だった。
五日目 七月二十五日(水)
いつものように学校へ行き、午前中は授業をし、お昼を食べた。その後、ワイマーシュ
とセントマリーヒューロンを観光した。ワイマーシュでは、広大な森を通り抜けて湿地を
眺めた。たくさんの昆虫やカエルを見かけて、自然を感じた。展望台の上でみんなと写真
を撮った。セントマリーではカナダの文化の歴史について学んだ。それぞれ当時の衣装を
身に着けた人たちが説明をしてくれた。私が一番驚いたのは、狩りで獲った本物の毛皮が
展示されていたことだった。また、一番最初にできた教会もあって、とてもきれいだった。
帰りのバスでは、友達とエリンカ、サマンサの五人でおしゃべりをしたり歌ったりしな
がら帰った。趣味のおしゃれのこと、好きなアーティストのことなどたくさん話せて楽し
かった。また、二人の年齢を聞いたら、エリンカが十五歳、サマンサが十三歳で、驚いた。
外国の人は大人っぽく見えるので羨ましい!
家に帰って、ファーザーとテレビを見た後夕飯を食べた。そのあとおばあちゃんが洗濯
の面倒を見てくれた。団らんのときにファミリーに観光の写真を見せて、出来事を話した。
ジェニファーは虫が嫌いなようで、気持ち悪がっていたのが面白かった。
六日目 七月二十六日(木)
学校から帰って、少しゆっくりした後、私が前からショッピングをしたいと言っていた
ので、マザーが Georgian mall に連れて行ってくれた。そこにはいろんなお店が入ってい
て楽しかった。しかしあまり気に入ったものが見つけられなかったので、何も買わずにで
てしまった。「せっかく連れて行ってもらったのに何も買わなくってすみません。」といっ
たら、「私もジェニファーもいいものがないと買わないからいいわよ。」といってくれた。
帰りにまた Tim Horton に寄って、いつものアイスモカと、ジェニファーおすすめのドーナ
ツを買ってくれた。それを食べた後、次の日が野球観戦だったので、ファーザーに球場の
ことを聞いたら、わざわざインターネットで調べて見せてくれた。ますます楽しみになっ
てうきうきしていたら、”You look so excited! Hahaha”と言われてしまった…。その夜
は翌日に備えて早めに就寝した。
七日目 七月二十七日(金)
学校では、ミニオリンピックをした。午前は各クラスで応援旗やユニフォームを作り、
午後は体育館でクラス対抗のゲームをした。私のクラスはあまりいい成績ではなかったが、
準備のときのチームワークやアイデアはどのクラスよりも良かっただろう!
授業を終えると、全員でバスに乗り、トロント市内の ROGERS CENTRE に向かった。街並
みが日本よりもかっこよく、おしゃれだった。付近はお祭りのように盛り上がっており、
とてもうきうきした。
場内に入り、座席に着くと、ホットドックと飲み物と特大のポップコーンが配られ、し
ばらくして試合が開始された。その日の試合はトロントのブルージェイズと、アメリカの
デトロイトタイガースによるもので、日本人は誰一人いなかった。しかし応援するとなる
とみんな気合が入って(特にイケメン選手のとき)、周りのファンにまけないくらい盛り上
がった。
途中で友達と応援グッズを買いに行った。実をいうとこのときが初めての買い物で、店
の人に誰のどのTシャツの何サイズかを言わなければならなかったり、お金を間違いなく
払ったりするのに手こずった。お会計のときに、私がすべてピン札で払ったら、店員さん
に”Did you make them at home?”とジョークを言われた。しかしあまり聞き取れなかっ
たため”Ah…yes.”ととりあえず答えたら、”No,no!”と笑われてしまった。
そんなこんなでブルージェイズファンにすっかりなりきって、応援を続けていたのだが、
とうとう時間が遅くなってしまったために帰らなければならなくなってしまった。ギリギ
リまで粘ってみたものの結局しぶしぶと退散し、点呼をとって帰ろうとしたその時、ブル
ージェイズの勝利が決まった。地元のファンも生徒も先生も、全員で喜びを分かち合った。
初めての野球観戦だったが、こんなに面白いものだとは思っていなかった。帰りのバスで
は、疲れて眠ってしまうかと思いきや、二時間半ぶっ通しで全員で歌い続けたのであった。
学校に戻ったのが十一時すぎだったが、ファーザーがちゃんと迎えにきてくれて、野球の
話を聞いてくれた。とても楽しい一日だった。
八日目 七月二十八日(土)
いつもより遅めに起きて、準備をした後、マザー、ジェニファー、おばあちゃんで車に
のり、トロント中心部に向かった。最初、おばあちゃんが兄弟のお家に泊まることになっ
たため、兄弟のお家まで送った。少しお邪魔してお茶をしたが、おばあちゃん達の会話が
英語でなかったので、マザーに尋ねたら、彼女たちはイタリアから移住してきたらしい。”
You have to learn Italian!”と言われてしまった!
その後三人で、VAUGHAN Mills Mall というショッピングモールに行った。大きいショッ
ピングモールだったためにすごく混んでいたが、たくさん店が入っていて楽しかった。サ
ングラスやニットを買った。ニットは$56 だったものがセールで$20 ほどで買えてお買い
得であった。日本よりも物価が安いものが多くて驚いた。買い物好きなジェニファーの大
胆な買いっぷりにも驚いた。
昼はモールの中のハンバーガーショップで食べた。そこでハンバーガーのセットを頼ん
だら、ポテトが出てきたのだが、奇妙な液体がかかっていたのだった!これは Poutine と
いうカナダ発祥の料理らしく、大きめのポテトに温かい肉汁のソースをかけて、細切れに
ちぎったチェダーチーズをまぶしたものであった。ボリューミーでカロリーが高そうだっ
たが、とてもおいしかった。
帰りにスーパーで買い物をして帰った。たくさん歩き回ったため、疲れて車内で爆睡し
てしまった。
家に帰ると、ファーザーの兄弟が仲良くビールを飲みながら夕飯のチキンを焼いていた。
三兄弟はとても似ていて面白かった。途中でそれぞれの家族がやってきて、みんなで夕飯
を食べた。そのあとみんなで団らんしたが、たくさん質問されて答えるのに必死だった。
遅くまで話して、みんなが帰ったらすぐに寝てしまった。
九日目 七月二十九日(日)
朝はゆっくりオリンピックを見ながら準備して、十時過ぎにマザーと買い物をしに行っ
た。しかし日曜は一般的に教会に行く日なので、どこの店も十時まで開かなかった。しば
らくして買い物をし、ピザハットでお昼を食べた。日本のピザハットとは違い、ビュッフ
ェ方式でいろんなピザを食べることができた。
お昼を食べ終えて家に帰った後、ファーザーも加わって、三人で Wasaga Beach へ向かっ
た。しかし週末だったこともあり、たくさんの人で込み合っていて、車が止められなかっ
た。駐車場を何度も周ってみたものの駐車できなかったため、その日は諦めて、翌日学校
から帰ったあとに連れて行ってもらうことになった。帰りに自然食品のスーパーに寄って
アイスを買ってもらい、近くの畑でスイートコーンを大量に買った。
家に帰って、夕飯のホットドックを食べた後、ファーザーとオリンピックのシンクロを
見ながら、中国の強さについて語っていた。またバルコニーにでてマザーとコーンの皮を
むく手伝いをした。学校のことについてなどたくさんしゃべっていると、ジェニファーが
彼氏をつれて帰ってきた。二人でアイスホッケーの試合を見に行ったらしく、とても興奮
していた。ジェニファーが買ってきてくれたアイスモカを飲みながら三人で話した。
十日目 七月三十日(月)
今朝はいつも通り済ませ、送りの車を待っていたが、十五分ほど外で待っていてもなか
なか迎えに来なかった。不安になって連絡しようとしたが電話もメールもできないので、
仕方なくウロウロしながら待っていると、向こうから猛スピードで車がやってきて、無事
に送ってくれた。友達によると、お母さんが朝いつまでたっても起きてこず、友達が時間
ギリギリに起こし、慌てて準備してきたらしかった。なんとか遅刻せずに行けたのでよか
った。しかし、中には毎日のように遅刻してくる生徒もおり、ここは日本と違って時間に
ルーズなのだな、と思った。
授業では空箱や紙でクラスのトーテムポールを作り、私はクラスの象徴であるカーディ
ナルという鳥を作った。その後外に出て全体で集合写真を撮り、お昼を食べてバドミント
ンをした。午後は悪夢を捕まえていい夢だけを通すといわれているドリームキャッチャー
を作った。
帰ってすぐ、昨日の約束通り、マザーとファーザーに海へ連れて行ってもらった。昨日
よりはだいぶ空いていてよかった。裸足で海に入ると、けっこう浅瀬で、また冷たくて気
持ちよかった。その後ビーチのお店に入り、水着を買おうと思っていたが、どれも派手で
とても似合うとは思えなかったので買わなかった。ファーザーはサングラスを見ていて、
私がキラキラのストーンのたくさんついたサングラス(女性用)を勧めたら、”You’re so
funny!”と笑われた。棚にかわいいブレスレットやアンクレットがあったので見ていたら、
マザーがジェニファーとお揃いで買ってくれた。
帰ったあと夕食を食べ、翌日買いに行く天ぷらの材料を教えた。大根がカナダにはない
らしく、なかなか伝わらなくて苦労した。
十一日目 七月三十一日(火)
学校ではだんだんカナダ人の友達も増えてきて、お昼を食べている時に、七(しち or な
な)、四(し or よん)の違いを聞かれた。また、日本語の数え方を教えたり、彼女たちの名
前の漢字をつけてあげたりした。紙に書いて教えてあげると、彼女たちは喜んでコピーし
に行ったのだった。
午後はスーパーへ天ぷらの材料を買いに行った。なんとか大根を棚の端っこで見つけた
ものの、レジに持っていくと店員に”What’s this!?!?”と聞かれ、カタログで一生懸命
探していた。
帰りにまたまたアイスモカとドーナツを買い、食べながらオリンピックを見ていた。
十二日目 八月一日(水)
今日のお昼には、ひらがなを教えて、彼女たちの名前をひらがなで書いてあげた。する
とまたコピーをしに行き、喜んで帰ってきた。その後バドミントンをひたすらしていた。
もうすっかり仲良くなれて嬉しかった。
帰るとすぐに天ぷらづくりに取り掛かった。カナダに行く前に一度だけ練習したが、ち
ゃんとできるか心配だった。主に日本でよく使う材料を使ったが、カナダ人が好きそうな
ジャガイモとベーコンのかき揚げも作った。早めに準備したものの、作る量がとても多か
ったので、とても時間がかかってしまった。ファミリーに先に食べてもらうよう促したが、
作り終えるまで待ってくれた。いつもより一時間も夕食の時間が遅くなったにも関わらず、
みんな最後まで待ってくれて、美味しそうに食べてくれた。おろし大根が入ったつゆを不
思議そうに見ていたので、これは日本のだしが入ったソースで、大根は胃もたれを防ぐん
だよ、と説明したら、”We have to eat them every day!!”と笑っていた。つゆをつけて
食べてくれたものの、途中からチリソースをつけて美味しそうに食べていた。また、ジェ
ニファーは箸を上手に使って食べていて、感心した。おばあちゃんやマザーには”You’re
good at cooking.”と褒められて嬉しかった。結構たくさん作ったはずだったが、ほとん
ど食べてしまった。特に人気だったのはサツマイモの天ぷらとかき揚げで、それらはすぐ
になくなってしまった。予想以上に喜んでくれたので、作ってよかったと思った。しかし
キッチンを油だらけにしてしまったのは申し訳なかった…。
十三日目 八月二日(木)
学校に通う日も残り二日となった。そのため、授業ではフェアウェルパーティーに披露
する歌の練習をした。曲はカナダのオリンピックテーマソングに使われている Nikki
Yanofsky の’I Believe’だった。英詩だと早口な部分があって、歌うのが難しかったが、
何度も練習するうちにだんだん慣れてきて口ずさめるくらいになった。
お昼はいつものように日本語を教えたり一緒にバドミントンをしたりした。楽しかった
が、みんなでいろいろ話せるのもあと少しなんだと思うと少し悲しかった。
午後はホールで劇をした。クラス内で二チームに分かれてそれぞれの劇の練習を午前中
にやってから臨んだ。私たちが演じた話は、fry と fly がごちゃごちゃになってしまう、
という面白い劇だったのだが、どうも伝わりにくかったらしく、ウケは微妙なところだっ
た…。しかし、同じ話でもそれぞれのクラスによって工夫がされていたりして面白かった。
家に帰ったあと、私とマザーで再び Georgian mall に行った。なぜかというと、今まで
あまり買い物をしてなくてお金が余っていたのと、カナダの方が日本よりも物価が安いも
のが多いと聞いたからだった。二回も連れて行ってもらって申し訳なかったが、マザーは
快諾してくれた。欲しかったマニキュア(日本のおよそ三分の一の値段!)や雑誌などを最
後の最後に買うことができてよかった。
そして寝る前にはマザーといろんなことを話した。この二週間は長かったかそれとも短
かったかと聞かれ、私は何の躊躇いもなく短かったと答えたのだった。初めは不安で気も
使うし大変だったが、途中からは毎日が本当に楽しくて仕方がなかった。
部屋にもどって少しずつスーツケースに荷物をつめていた。もうそろそろお別れなんだ
と思うと寂しくなってしまった。そこで私はファミリーにメッセージカードを渡すことを
決め、夜中ひたすらカードを作っていたのだった。
十四日目 八月三日(金)
とうとう学校で過ごす最後の日がやってきた。フェアウェルパーティーの浴衣を持って
向かった。
授業では、この二週間のことを日記に書き、またファミリーに渡すためのカードを書い
た。思い思いのことを書いて、先生に見てもらって完成した。また時間が余ったので、先
生とエリンカにも書いた。先生には友達と鶴を折って、羽にメッセージを書いて手渡した。
すると先生は嬉しそうな顔でハグしてくれた。エリンカには別の紙でかわいいカードを作
って渡した。エリンカは”I don’t want to part from you!!”と言ってハグしてくれた。
涙もろい私はもうすでに半泣き状態だった…。
お昼のあとはみんなで最後のバドミントンをした。楽しかった。日本語を教えるのもこ
れで最後だ。
午後はフェアウェルパーティーに向けて準備をした。教室においていた授業で作ったも
のたちを全て撤収して、ホールの前の廊下に飾った。それら一つ一つを見るたびに、その
時のことを思い出した。また、パーティーに向けて練習した歌のリハーサルをホールの壇
上でやった。いつもはダラダラ気味だったのだが、この日はみんな一生懸命歌っていたよ
うな気がした。歌声を聴いているうちにまた悲しくなってきて、ここでも私は危うく泣き
出すところであった。
リハーサルが終わり、軽食のピザを食べ、私たちは教室で浴衣に着替えた。日本で祖母
に教わったおかげでなんとか自分で着付けることができた。みんなとてもきれいで、私は
ひたすら写真を撮りまくっていた。
そしてとうとう本番、クラスごとに証書をもらった後、全員壇に上がって、’I Believe’
を歌った。思いがこみ上げてきたが、泣かずに歌うことができた。
その後、ファミリーのもとに行って、一緒にビンゴゲームなどを楽しんだ。珍しいこと
に早めにビンゴになった私は景品を取りに行ったが、ファーザーが暑そうにしていたので、
「祭」と大きく書かれたうちわをもらって、ファーザーにあげた。するとファーザーは喜
んでそれを必死に煽いでいた。パーティー委員の出し物も楽しかった。途中友達やエリン
カや先生と写真を撮ったりした。そんな風にパーティーを楽しんでいたのだが、時間の流
れは早く、あっという間に別れの時が来てしまった。帰り際にエリンカのもとに行き、”It’
s time to leave.というと、エリンカは悲しそうな顔をしてハグしてくれた。その瞬間に
私はとうとう泣いてしまった。エリンカと帰った後も連絡を取り合うことを約束して、惜
しみながらも別れたのだった。
浴衣のまま車に乗り、アイスモカを買って家に帰った。そのときまだファミリーで写真
を撮っていなかったので、お願いをして撮ってもらった。ジェニファーはおなかが痛いの
にも関わらず、中庭にでてくれて撮ってくれた。そのあと、家族でいろいろ話したりルカ
と遊んだりして過ごした。
夕食をとって少し団らんした後、部屋に戻って荷物の整理をしていた。すると、急にド
アをノックされ、開くとマザーとジェニファーが立っていた。マニキュアや雑誌、そして
撮った写真のアルバムをプレゼントしてくれたのだった。また、あなたはコーヒー好きだ
から、といってコーヒーのキャンディもくれた。私は本当に嬉しかった。夜中の二時頃ま
でスーツケースの整理をして寝た。
十五日目 八月四日(土)
とうとうファミリーとお別れをする日がやってきた。朝起きてまず、カードを手渡すか
ベッドに置いておくか悩んだ。結局別れ際に手渡すことに決めた。
朝食を食べて、荷物を車に乗せた。玄関先でおばあちゃんとハグをし、ルカをわしゃわ
しゃ撫でてから別れた。行く途中、マザーがこれが最後かもしれないから、といって Tim
Horton に寄ってアイスモカを買ってくれた。それを飲みながら学校へ向かった。
学校についてバスを待っていた。が、別れたくない!という気持ちが乗り移ってしまっ
たのか、時間になってもなかなかバスは来なかった。二十分ほど経ってバスがやってきた。
とうとうお別れなんだ、だんだんと悲しみがこみ上げてきた。手紙を手渡すと、マザーと
ファーザー、ジェニファーがハグしてくれた。その時はもう涙が止まらなくてどうしよう
もない状況だった。マザーは私にこういってくれた。”We don’t say good-bye. We can talk
by an e-mail, and you can stay here again!” 私はうなずいて笑顔で別れた。ステイ先
がこの家族で本当に良かったと思った。
泣き顔を友達に笑われつつ席に座り、バスはレストランのあるビルへ移動した。そこで
お土産などを買ったあと、中華のレストランに入った。美味しかったが、あまりにたくさ
んの料理が出てきて全部食べられなかった。
その後、ROM という博物館へ行った。そこでしばらく見学した後、再びバスに乗り、ナ
イアガラのホテルまで向かった。
到着すると、すでに大きな滝が見え、またカジノやカフェなどおしゃれでかっこいい雰
囲気の店がたくさん並んでいた。ホテルも大きくてとてもきれいだった。部屋からも滝が
眺められて最高だった。
その夜はナイアガラ周辺を散策する予定だったのだが、急な暴風雨により中止となった。
暇になったので、ロビーの売店で少し買い物をした。
夜は班のメンバーと一つの部屋に集まって、日本食パーティーをした。というのは、各
自で持参したレトルトの味噌汁などを持ち寄ってみんなで食べる、というだけである。ト
ランプをしたり話したりして楽しかった。
十六日目 八月五日(日)
朝食を食べたあと準備をし、徒歩でナイアガラの「霧の乙女号」の乗り場へ向かった。
船に乗って滝のそばまで近づくため、大きな雨合羽が配られた。船に乗り、滝を眺めてい
た。少し濡れるくらいだろう、と思っていた。滝に近づいた。大量の水が船にとびかかっ
てきた。一日観光だから歩くだろう、と考えてスニーカーを履いてきた私は大きなミスを
犯したのだった…。
その後テーブルロック周辺で自由時間を過ごし、お昼はレストランに入った。そのレス
トランは展望台のような設計で、回転しながら三百六十度回転してナイアガラ付近を一望
できるのである。きれいな景色を眺めながら、美味しいサーモンのステーキを食べた。
午後は、バスに乗ってナイアガラオンザレイクという町へ向かった。そこはきれいな建
物が多く立ち並んでいて、馬車も通ったりする美しい町であった。かわいいお店も数多く
あって、私たちは一軒一軒見て回った。少し買い物をして、ホテルへ戻った。
前日に、散策が中止となったので、この日に散策をすることになった。少し歩いた後、
かわいいレストランに入って、ステーキを食べた。食べ終わったら隣の売店で買い物をし
た。
帰って部屋に戻ると、また友達と集まってパーティーをした。とても楽しい最後の夜と
なった。
十七日目 八月六日(月)
ホテルで朝食をとった後、バスに乗ってトロント空港へ向かった。荷物を預けて、手続
きを行った。今度は審査がなくて安心した…。
搭乗の時間まで免税店などで買い物をした。余ったお金でアイスモカも買った。
とうとう飛行機に乗った。映画を見たりコメディーを見たりしていたが、疲れていたの
かたくさん寝ていた。
フライトを終えて七日に成田に到着した。荷物を受け取るときふと振り返ると、オリン
ピックのスーツを着た人々が大きな荷物を持ってぞろぞろと歩いていた。それは水泳選手
団だったらしく、北島選手や入江選手などを目撃した!たまたま隣のレーンがイギリス便
だったらしく、本当にラッキーだった。
バスに乗り、新宿へ向かう際、周りの建物の色味のなさに落胆したが、無事に日本へ戻
ってこられたという安堵は大きかった。そして家族と合流して我が家に戻ったのだった。
おわりに
この研修に参加したことによって、英語をペラペラ話せるようになった、とまではいか
ないが、少なくとも恐れずに外国の人と英語でコミュニケーションを図れるようになった
のではないか、と思った。初めは不安で仕方なかったホームステイも、毎日が本当に楽し
くて、別れ際には涙が止まらなくなるほどだった。
この研修は、生の英語に実際に触れ、コミュニケーション力を高めることができた貴重で
良い経験だった。ステイ先のファミリーやカナダの方々はもちろん、この機会を与えてく
れた家族や先生方に感謝している。これからも英語の習得に努めたい。
(おわり)