船にかかわる省エネ技術の現状と今後の課題

JSE交流会船舶の省エネルギーについて
独立行政法人海上技術安全研究所
流体部門推進性能研究グループ長
佐々木紀幸氏
1.
船舶の省エネの原理と現状
船の省エネ対策の基本には、ふたつの方法があります。ひとつは、船を推進させる際に
捨てられるエネルギーをできるだけ小さくすること。もうひとつは、その捨てられたエネ
ルギーを再び回収することです。本日は実際にどのような省エネの方法が取られているか
をお話したいと思います。また、
船舶の省エネルギー系統図
海技研で取り組んでいる省エネプ
推進器の改善
ロジェクトについてもその一部を
推進効率の改善
マイクロバブル
省エネ付加物
耐航性の改善
ご紹介したいと思います。
船型
現在、燃料油価格が数年前の約
実海域適応船型
船型の軽量化
新形式船の開発
3倍にもなっています、ある船主
船舶そのものの技術
機関効率の改善
さんの話によれば、3%節約する
機関
スターリングエンジン
機関の小型軽量化
だけで一時期の営業利益に相当す
新形式機関の開発
電気推進
大出力
るようです。さらに今後もこの価
輸送システム
POD推進
格はなかなか下がらないだろうと
燃料電池
運航方法
運航に関わる技術
言われています。
メンテナンス
省エネの方法を分類すると
①船舶そのもの、すなわち船型
港湾設備
船舶支援設備
や機関を対象とするもの、②運航
修理ドック
方法を対象とするもの③支援設備
AFRAMAX TANKERのCO2排出量(25年間)
になりますが、本日は①に絞りま
す。
船のエネルギーの損失の主要な原因を挙げますと、先ず、船が起こす波による造波抵抗
があります。これは主に船首に生じますが、バルバスバウと呼ぶ水面下の球状の膨らみに
よってある程度軽減されます。また
エネルギー損失の模式図
船は運航中に風の抵抗も受けます。
これは居住区のある船尾部で大きく
なります。
抵抗のなかで、最も大きいのが流体
の粘性による抵抗であり、ここに最
も省エネの努力が払われています。
Energy Loss of a conventional ship
これは船尾へ近づくにつれて大きく
なります。
rudder resistance
rotational loss
推進器が船体に影響して船体抵抗
viscous loss
propulsion loss
momentum loss
が増加する現象もあります。また、 Thrust deduction
Wake gain
舵によるエネルギー損失もあります。 total
loss
これらの抵抗をいかに減らすかが、
viscous resistance
viscous resistance (2D boundary layer)
最初に述べた「船を推進する際に捨
wind resistance
wave resistance
てられるエネルギーをできるだけ小さくすること」に相当します。
省エネ対策は個々の原因を視野に入れ、全体のエネルギー収支を考慮しながら進めるこ
とが重要です。このアプローチにより何を省エネの対象とするかが明確になり、改善目標
が定量的になります。また、新しい発見につながる可能性もあります。
実際のエネルギー損失の計算例を2つ示します。ひとつは 15 ノットで航走する 28 万
DWT、1万 8 千馬力のエンジン搭載した VLCC です。この船のエネルギー損失の 70%は
粘性抵抗です。平水中の造波抵抗はたかだか 3%でしかありません。推力減少(プロペラ
により生じる船体抵抗)は 14%、そのほかの推進関係で生じる損失が 12%です。一方、
25ノットで走る 4 万 KW
エネルギー損失の計算例(平水中)
の大型コンテナ船の場合、
28万トンVLCCの例(15kts)
大型コンテナ船の例(25kts)
スピードが速いために造波
Kw
抵抗は 19%を占めますが、 20000 全体
45000
40000
洗練された現在の船型では、 18000
粘性
16000
35000
72%
省エネのねらいは、この造
14000
30000
12000
54%
波抵抗よりもやはり 54%
25000
10000
20000
の粘性抵抗です。また、あ
8000
推力減少
推進
15000
造波
6000
とで述べますが、実海域の
14%
19%
10000
4000
12%
14%
12%
3%
5000
性能を意識した省エネです。 2000
0
0
DHP
Rv
Rw
⊿T
⊿Prop
DHP
Rv
Rw
⊿T
⊿Prop
水面下の船体抵抗は造波
抵抗と粘性抵抗を足したも
のになります。抵抗 Rt の
船が速度 Vs で走るとする
と Rt×Vs が船がする仕事
つまり有効馬力です。一方、
T(プロペラの推力)×Va(プロペラ付近の流速)がプロペラのする仕事でスラスト馬力と呼
びます。この有効馬力とスラスト馬力の比を船殻効率と言い、プロペラ付近の流速 Va が
小さいほど船殻効率が高くなりますから、流れの遅い船尾付近にプロペラを配置するわけ
です。タンカーで、もしプロペラを船首に付けたら船尾につけたプロペラにくらべて、実
に 30%近い省エネ効果が失われます。しかし船尾につけたとしても 2 軸船のように船体の
外側に出すと船殻効率は下がってしまいます。
次に船舶の抵抗の成分を説明します。まず始めは造波抵抗ですが、これはもちろん小さ
い方がいいに決まっています。
タンカーのような低速肥大船
船体抵抗から燃料消費まで
の場合は、船首部に破砕抵抗
造 波 抵 抗 + 粘 性 抵 抗 = 船体抵抗 RT
RW
RV
が加わるため、これにも対処
する必要があります。高速船
Vs
R ×Vs
有効馬力
の場合は、船尾で波が盛り上
船殻効率
がり、それによる圧力回復(エ
Vs
T ×Va
スラスト馬力
ネルギー回復)があります。
プロペラ効率
次に粘性抵抗ですが、高速
Vs
2πNQ
伝達馬力
船の場合は一般に小さい方が
伝達効率
いいのですが、肥大船の場合
Vs
2πNQ
主機馬力
は、必ずしも小さい方がいい
わけではありません。この理
燃料消費
由を簡単に説明します。
B
ηo (prop.Effciency)
ηo(propeller efficiency)
粘性抵抗は船の水面下の面積(浸水表面積)と同じ面積を持つ平板の抵抗を基本としま
す。同じ面積の平板の抵抗とくらべて何倍かという表現を使い、これを 3 次元影響と呼び
ます。3 次元影響は簡単に言えば渦の影響であり、これを減らすことが粘性抵抗の改善に
つながります。しかし、肥大船の場合は簡単ではありません。なぜなら、渦にも悪玉の渦
と良玉の渦があり、良玉の渦が現われて来るからです。この良玉の渦は、流れと同じ方向、
すなわち船体の縦方向にその軸を持っているので縦渦と呼ばれます。この流れと同じ方向
の渦(縦渦)は水流を遅くすると同時に、周囲の流れと垂直な方向にその軸を持つ悪玉渦
を巻き込みながら流れるという性格をしていますので、この縦渦をプロペラ付近に生じさ
せることで船殻効率が良くなります。よって、肥大船の場合は、この縦渦が適当にあった
方が、言い換えると適度に粘性抵抗があった方が省エネになると思います。
次に、プロペラ効率について説明します。プロペラ効率を低下させる原因はほとんど次
の3つで説明できます。すなわち、①運動量損失②粘性損失③回転損失の3つです。運動
量損失は、プロペラの宿命みたい
1.0000
なもので、プロペラが流体を蹴っ
0.9000
運動量
て進む限り避けては通れない損失
0.8000
理想効率
です。したがって、この損失だけ
を考慮した効率を理想効率と呼び、 0.7000
粘性・回転
プロペラの効率は、決してこの理
0.6000
想効率を超えることはありません。
0.5000
右の図は、ここ40年の間に建造
された種々の船型 146 隻のプロペ
0.4000
CT
ラ効率をプロペラのスラスト係数
0.3000
0.000
1.000
2.000
3.000
4.000
5.000
6.000
7.000
8.000
(Ct)に対してプロットしたもの
す。この中に理想効率を示すと、
先に述べた 3 種類の損失が見えてきます。そして、理想効率と実際の効率の差が粘性損失
と回転損失だと考えることができます。粘性の損失はプロペラが船体と同じように浸水面
積を持っていることによって生じていて、大雑把に言えば翼の面積に比例します。回転損
失は、プロペラが流体を回転させながら進んでいることによるもので、これは翼の捩れが
大きいプロペラほど大きくなります。したがって、実際のプロペラ効率を次式で修正する
と、かなり理想効率に近い値が得られます。
(1)
ηo(修正値) =ηo(実験値)+ 0.0641*EAR +0.0794*H/D +0.286*BR ・・・
ここで、EAR は翼の展開面積比、H/D はピッチ比、BR はプロペラボス比と言われている
1.0000
係数です。
0.9000
このように、プロペラの効率
というものは、非常に明快です。
0.8000
ηO(ideal)
ときどき、この明快なプロペラ
0.7000
効率を無視するようなすばらし
0.6000
いプロペラ効率を出される方が
0.5000
いますが、原理原則を無視した
(1)式で修正されたプロペラ効率
0.4000
発言のように感じます。
0.3000
次に、エネルギー回収の方法
0.2000
に着目してみます。なんらかの
0.1000
方法で一度捨てられたエネルギ
0.0000
ーを回収する装置を一般に省エ
0.000
1.000
2.000
3.000
4.000
5.000
6.000
ネ装置または省エネ付加物と呼
CT (Thrust Coefficient)
びます。
省エネ装置は、大きくプロペラ前方搭載型、プロペラ後方搭載型、新型プロペラに分類
できます。各々の省エネ装置は、そのメカニズムにしたがったエネルギー回収があり、こ
れを一覧表にしてみました。エネルギー回収のメカニズムが異なると、模型試験で得られ
た結果と実船で得られる結果に違いが生じます。したがって、省エネ装置の評価は、この
一覧表に示すような分類に従っていわゆる尺度影響を考慮すべきですが、残念ながら今は
そのようにはなっていません。
回収エネルギー
プロペラ
舵
船体
分類
粘性抵抗 回転流 粘性抵抗 粘性抵抗
推力
プレスワール型
○
◎
×
プロペラ前方搭載型
フィン型
○
ダクト型
◎
ステータ型
◎
プロペラ後方搭載型
整流型
○
複合型
◎
○
二重反転プロペラ
◎
×
新型プロペラ
ハブ渦低減型
○
△
小直径小面積型
○
○
ダクト
推力
◎
例えば、複数の省エネ装置を使った場合には、互いにその効果を相殺したり増幅したり
する場合があります。それは、その省エネ装置のメカニズムを正確に把握し、全体のエネ
ルギー収支を考慮するしか正しい方法はありません。
例えば二重反転プロペラは、プロペラの回転損失を回収する最良のシステムですが、舵
によって効果が減殺され、省エネ効果は最大で 7∼8%にしかならない場合も多く見られま
す。逆に、小面積小直径プロペラというものがありますが、これは従来よりも高ピッチに
なりプロペラ効率そのものは従来プロペラとあまりかわりませんが、舵が回収する回転損
失が増え結果的に推進効率が増加します。
2.今後の省エネの方向
エネルギー収支から予測される省エネ装置の効果
船体・舵抵抗改善
今後の船舶の省エネの方向として
は、単にひとつのエネルギー回収
というものでなく、2 つ以上の回
収メカニズムを持つ複合的な省エ
将来の
ネ装置が主流になると思います。
省エネ装置
8%
各省エネ対策、省エネ装置の原理
7%
をよく理解し、それぞれの効果が
6%
相殺されないよう、全体最適を図
3%
5%
4%
ることが重要です。右の図は、省
2%
エネ装置をそれらのメカニズムに
したがい分類したものですが、今
後は複数の省エネメカニズムを利
用した複合的な省エネ装置が高い
プロペラ回転流損失の回収・ダクトの推力
省エネ効果を持って現われるので
はないかと考えます。
省エネ装置と言えるかどうか分かりませんが、今後は実海域を視野に入れた船型を開発す
ることも重要です。
また平水中の模型試験によって確認された省エネ装置の効果が、実海域では発揮されな
いこともありえます。波のある実海域でも効果を上げることを目指すべきです。
実海域適応型の船型例としては
SEA ARROW(川崎造船)−バルブ上部を船体で埋めることで船首部分を鋭角にした
もので、中速船で効果がある。
AX BOW(ユニバーサル造船)−水面上の形状を鋭角にして波を切り、波のある海域
で効果がある。
High
DELTA BOW(住友重機械マリンエンジニア
SEA Arrow
リング) −砕波抵抗の大きい肥大船の船首を
Delta Bow
傾斜させ抵抗の軽減を狙うもので、砕氷性能も
良好。
SEA
などがあり、それらの適用範囲(肥脊係数 Cb,
速長比 Fn)を図に示しました。すでに実船が
何隻も建造されその効果が確認されています。
今後、ますます、このような波の中で良い性能
を示す船型が開発されていくと期待されます。
Fn
Ax-Bow
AX Bow
High
Cb
3.海技研が取り組んでいる3つのプロジェク
ト
プロペラ翼面積比が推進効率に及ぼす影響(25kts コンテナ船の例)
推進効率η= 船殻効率ηh*プロペラ効率ηo*伝達効率ηt
3.1.プロペラへの溶射皮膜適用に関する研究
海技研は、プロペラの表面にセラミックを溶射
し、エロージョン腐食を防止し、キャビテーショ
ン性能を向上させ(キャビテーションは発生する
ηo
が、振動が少ない設計にし、エロージョンにはつ
ながらない)
、粘性損失が約6%少ないプロペラを
開発中です。本プロジェクトは、溶射技術を持つ
トーカロと製造技術を担当するナカシマプロペラ
の 2 社との共同研究でもあります。試算では、
6000TEU、7 万馬力のコンテナ船に適用すると年
間で C 重油が 1 億円ほど節約できると期待されます。
5.8%
翼面積比
65%
80%
28万トンVLCCの例(15kts)
要目最適化システム
3.2.要目最適化システムの開発
船の設計の上流段階で要目が実海域に適した船型
を作るシステム開発です。本システムを利用すると、
エネルギー収支が手に取るように見えてきます。ど
こを狙えば最も費用対効果が得られるか一目瞭然で
す。これはコスト評価も織り交ぜながら操縦性、耐
航性、推進性能を同時に満たす設計のシステムで、
来年 3 月には NAPA ともリンクさせたシステムとし
ます。次年度には省エネ装置の評価も組み入れる予
定です。右の図は、波高3mの中を進む VLCC のエ
ネルギー損失を示しています。馬力のアップは1
25000
18%増加
20000
15000
10000
5000
0
DHP
Rv
Rw
⊿T
⊿Prop
Hw=3m
8%になっていますが、その原因が造波抵抗だけではないことが見えてきます。このシス
テムを用いると、船主側だけでなく建造側にもメリットが出ます。例えばケミカルタンカ
ーでは、プロペラ、舵の形状の最適化による省エネを実施した結果、1日当たり 2 トンの
燃料油、年間で約 2 千万円燃料の節約としたばかりでなく、プロペラ重量を 80%、舵の重
量を 70%に軽減し、コスト削減にも貢献した例があります。
3.3 海のテンモードプロジェクト
実海域における経済性の指標「海のテンモード」を検討しています。
実海域での波浪の影響を実験と計算によるハイブリッドな推定法で求めると同時に、船
型や省エネ装置の経済性をも評
:開発項目
全体スキーム
価するシステムの開発です。波
船社/造船所からの 申請
浪の抵抗、回頭中のあて舵、出
性能評価
性能評価
ユーザー支援ツール開発
(造船所・試験評価機関)
(造船所・試験評価機関)
力減少等を実験と計算を併用し
試験プログラム
水槽試験
解析(手法)
て実海域での性能評価を図りま
計算手法
シミュレーション計算
評価(手法)
す。現状では、実海域での性能
本船検証フィードバック
性能評価
の認証
を正確に求めようとすると、そ
性能評価の認証
(認証機関(NK等))
(認証機関(NK等))
の実験費用に莫大な投資が必要
となります。
開発要素(その2)
シミュレーション計算
* 省エネ装置評価システム
平水中の推進性能
水槽試験法
規則波中船体運動
•省エネ装置の原理に即した試験法の開発
平水中抵抗
規則波中抵抗増加
風圧抵抗
波スペクトラム
•GEOSIM模型による方法の確立
不規則波中抵抗増加
回頭運動・あて舵
有効馬力
波浪中推力減少率
風浪中所要推力
•荷重度変更試験を利用した解析法の確立
解析法
プロペラ荷重度
波浪中プロペラ特性
•大型モデルによる方法の確立
速力変更
速力変更
風浪中全抵抗
回転数(N)一定
所定回転数N
プロペラ作動点・効率
•乱流促進法の開発
•省エネ装置の原理に即した解析法の開発
No
N(wave)≒N
•GEOSIM模型試験の解析法
波浪中プロペラ効率比
Yes
wSTD = wMOM +wVOR + wRudder
船こく効率
t = t f +t p + t Rudder + t app
推進効率
•理論計算・CFDの利用法
伝達馬力
軸受け損失
トルク(Q)一定
軸馬力
軸馬力SHP一定
速力変更
SHP(wave)≒SHP
•大型模型単独試験結果の解析法
No
トルクQ
Q(wave)≒Q
Yes
試運転実施解析要領
•省エネ装置の効果確認のための試運転要領
•試運転実施要領
•加減速試験の実施要領
Yes
速力低下
•上記試験の解析要領
そこを、国内で培われてきた高い技術力と今後開発していく省エネ装置評価システムやハ
イブリッドな波浪中性能評価システムを用いてコストミニマムで実現するところが最大の
特徴です。国内には、LCV などに代表される波浪影響の評価技術がすでに存在します。本
システムは、それらをも含めた、よりグローバルなシステムでこのシステムが完成すれば、
実海域で最適化された船型にインセンティブを与えることが可能となり、いまよりもより
省エネが進んだ船型が数多く建造されるとともに、韓国や中国の船型との差別化にも貢献
できると期待されています。