ネオリベラル・グローバリゼーションにおける アメリカ「帝国」の覇権(上)

ネオリベラル・グローバリゼーションにおける
アメリカ「帝国」の覇権(上)
奥
村
皓
一
要旨 21 世紀に入り、
「冷戦」が終わって 10 年以上過ぎたというのに
「帝国」
「帝国主義」が、世界人類の当面、最大課題となり始めた。ソ連
邦が崩壊し、旧社会主義陣営の国々が資本主義市場経済を受け入れ始め
る一方で、資本主義大国間のグローバル競争が激化し始めた。加えて中
国、ロシア、ブラジル、インドといった新興の市場経済大国は、興隆を
はたすなかで経済超大国をも目指し始めたのである。唯一超大国のアメ
リカは、経済力の相対的な地盤沈下のなか圧倒的な軍事力を活用して、
全世界を制覇し、米国のビッグビジネス(メジャーズ)をスーパーメ
ジャーズに編成して、先進国世界のみならず、GAP と呼ばれる第三世
界、開発途上諸国、旧社会主義国のすべてをその勢力下に組み込もうと
するようになった。米国国際石油資本をはじめとする米国の多国籍企業
は、グローバルに展開できるスーパー・メジャーとして、全地球的に展
開し始めたのである。国際競争力が相対低下してアメリカのビッグビジ
ネスは、アメリカの軍事力を活用したセオドア・ルーズベルト型の「軍
事帝国主義」を背景に「自由とデモクラシー」の旗を掲げたウィルソン
型の「理想主義的帝国主義」を前面に全地球的展開を開始した。
その典型は、ネオコンサーバティブの主導するイラク単独進攻と占領
である。世界で石油埋蔵量第 2 位のイラクの石油開発、生産を独り占
めにし、イラクの「民主化」による親米政権の樹立とイラクの軍事基地
化によって、中東と北アフリカ、中央アジア(中東)の油田地帯にアメ
リカの石油秩序を確立しようとしている。さらに、アメリカは南西アフ
リカ、南アジア、ラテンアメリカへと「帝国」を広げようとしており、
米国の軍事関与は百数カ国に及び、冷戦下では実現できなかった戦線の
拡張である。だが資本展開の膨張に米軍事力は無限に応ずることはでき
ず、米国の単独主義の行きつくところは自己破産であり、軌道修正を迫
られる。
キーワード 「帝国」
、
「帝国主義」
、
「ネオリベラル帝国」
、
「多国籍企業」
、
「国家利益」
、
「グローバリゼーション」
、
「ネオリベラル型グローバリゼー
ション」
、
「米国の世界秩序」
、
「G8 と G20」
、
「自由主義とデモクラシー」
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はじめに
21 世紀になって、冷戦が終わったといわれ 10 年以上過ぎたというのに、
なぜ世界は 100 年前の「帝国主義」の現実に直面せざるを得なくなった
のか。グローバリゼーションが進めば進むほど、米欧先進世界でも、中東、
東アジア、アフリカ、ラテンアメリカそして旧社会主義国でも唯一超大国
となった米国の軍事力を先行させた「帝国」の覇権に直面せざるを得なく
なった。なによりも、米国内で、ウォール街やワシントンの有識者たちを
含めた広範な知識層の間でネオコンサーバティブ(新保守主義)の主導す
る「帝国」の議論が盛んである。ベトナム戦争期と同じく、国家世論は 2
つに分かれている。そして世界中で、
とりわけ大陸欧州ではアメリカの「新
帝国秩序(Le nouvel ordre impérial)
」への警戒が強まっている。
「冷戦が終わった」世界において、米ソを主軸に資本主義陣営と社会主
義陣営に分かれて地球を二分する時代は終わり、フランシス・フクヤマ流
の表現を借りれば、「歴史の終わり(The end of history)
」となった 20 世
紀末以来、米国のビッグ・ビジネスが、米国内と先進国市場で競争力を失
いつつある現実の中で、米国株式会社は、グローバル戦略を拡大させ、先
進 国 中 心(Core)か ら 周 辺 諸 地 域(periphery GAP)な い し「第 三 世 界
(Le tiers monde, the third world)
」といわれた開発途上諸国へと展開し始め
た(フランシス・フクヤマの正式書名は、“The end of History and the Last
Man”, Penguin, 1992)。いまや、社会主義圏に対抗して、アメリカ帝国主
義の個別戦略を追及する必要はなくなり、多国籍企業が新自由主義に基づ
き、米国の圧倒的な軍事力を背景にデモクラシーを全地球的に普及しつつ、
自由の帝国を築く時代になったというのである。
AT&T, IBM, フォードといった米国産業史の世界的発展(「20 世紀はア
メリカの時代」とジョン・ルイスが豪語した)のシンボルであった国民的
ビッグ・ビジネス=多国籍企業が斜陽化するなかで、先進国中心の発展を
してきた米国株式会社(American Inc.)は、国際石油資本を先頭に、開発
途上国への本格的な進出を開始し、ここにアメリカの独占的な地歩を築き、
日本や欧州のライバル企業に対する競争力を回復せざるを得なくなった。
自由経済競争への参入を急ぐ、中国、ロシア、ポーランドなど旧社会主
義圏諸国も、国際石油資本・化学資本から自動車・電機エレクトロニクス、
医薬、アグリビジネスなど広範な分野の米国多国籍企業にとって、利益の
多いフロンティアとなりつつある。
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80 年代から米国主導の下で、新自由主義を掲げた産業主義的グローバ
リゼーション(neo-liberal globalization)は、20 世紀末(冷戦終結)から
第 2 段階に入り、先進諸国間の多国籍企業の相互浸透によるグローバル
展開から、広大な開発途上の第三世界(旧帝国主義時代の植民地・従属国
の歴史を持つ)に重点に移したグローバリゼーションの時代へと移ったの
である。
新自由主義のグローバリゼーションを掲げて、新たに第三世界へ勢力を
拡張する国際石油資本はじめ米国多国籍企業の「帝国」づくりは、世界の
軍事費の半分以上を投ずる米国産軍複合体の軍事力によって保障されてこ
そ、発展が可能であるとネオコンサーバティブ主導下のブッシュ・ドクト
リンは主張している。
この帝国主義は、公然たる植民地支配を行うのではなく、枢要地域を直
接占領することすらなく経済的な覇権を確保することを目的としている。
イラクを単独軍事占領した米国は、イラクを植民地として直接支配するつ
もりはない。①イラク原油開発生産をはじめとする経済的な覇権を確立し、
その足場を強固なものとすることと、②イラクの軍事基地化により、中東
の新軍事拠点を構築し、③親米的な現地政権の確立(これを「自由と民主
主義のイラク」とブッシュ政権は名づける)を終えた後に米国は速やかに
撤退しようと考えている。
米国主導の産業・金融グローバリゼーションの行き着くところは、アメ
リカの秩序による「帝国」の構築だとする見解とは別に、米国の覇権主義
を否定する見解もある。マイケル・ハートとアントニオ・ネグリの著書で
ある「帝国(Empire)
」は、国民国家がグローバリゼーションの中で衰退
しているという主張を述べ、多数の国民国家で構成されるシステムが出来
上がっている以上、特定の国家利益に沿った覇権などはありえないと結論
している。米国や日本では礼賛されるこの理論も、後に検討するように、
米国の単独主義の現実からは大きく隔たっているといわなければならな
い。今日では典型的な「帝国」賛美論といえよう。グローバル経済の覇権
を確保するためには、多数の現地国家を管理する必要があることは事実だ
が、それを一つに束ねて主導するのが米国という国民国家であるといえよ
う。国民国家に代わって、世界に必要な秩序を構築し、保証するグローバ
ル国家というものは存在しない。
米国資本主義=多国籍企業が経済的に到達できる範囲は急拡大してきた
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が、それを政治的に制する範囲(米国軍事力とアメリカ流の自由と民主主
義による)とのギャップは拡大してきた。その経済力も以前ほどの強みを
維持していないために、グローバル拡大によって補強しなければならない。
その「ネジレ」ないし、「ギャップ」を埋めようとするのが米国の軍事ド
クトリンではないかと考える。
21 世紀に入って、急拡大する米国の軍事介入について、2004 年秋に訪
れたニューヨーク、ボストンはじめ東部の大学、2003 年春と秋に訪れた
米国カリフォルニアの大学の学者研究者たちも、この問題に真剣に取り組
んでいたことに感銘した。本学経済経営研究所のグローバリゼーション・
プロジェクト・チームの研究に、さらに本誌上の「平和研究」シリーズに
啓蒙されて、この小論をまとめることができた。
Ⅰ
ネオ・グローバリズムの「帝国」と「帝国主義」
1. ネオリベラル「帝国」
ソ連邦と旧ソ連圏の崩壊とともに、米国は「世界大国による力の空白
(the vacuum of world power)
」をうめるべく、中東、「アフリカの角」と中
央アジア、旧ユーゴスラビアへ軍事展開を直ちに開始した。2002 年 9 月
のニューヨーク貿易センタービル(世界の金融と情報の中枢の象徴として
の)攻撃の後に、米国はアフガニスタンとイラクに遠征軍を送って占領し、
旧ソビエト共和国の中央アジア(カスピ海)諸国には、90 年代央に軍事
基地を構築し始めていた。以前には、決して近づくことのできなかった地
域への軍事展開である。西南アフリカの軍事ビルトアップにも着手し、世
界の中心的な油田地帯を独占できる地位を確立する戦略に乗り出した。
アメリカ帝国の拡張は、国際石油資本はじめ多国籍企業のグローバル展
開の第 2 段階(ネオリベラル・グローバリゼーション)を反映するもので
あり、米国の経済力増強によって可能となり、その要請に基づく至上命令
に従ったものである。アメリカのネオリベラル「帝国」の市場経済の中に、
石油資本をはじめとする米国多国籍企業が展開して、「第三世界」の国々
を取り込もうと、「ペンタゴン−デモクラシー(Pentagon-Democracy)
」を
拡張している。
「このジオポリティクスとジオエコノミクスは、他のどの地域でも融合
している。ブッシュ大統領は、全地球にデモクラシーと自由市場主義を広
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げるための(軍事)介入をしばしば声高に表明する。彼にとって、デモク
ラシーと資本主義は同じゴールを持つ。
」とフォーリンアフェアーズ誌の
ジェフェリー・E・ガーテン論文はいう。ここでいうデモクラシーとは、
ペンタゴンが介入して開拓し、安全保障を与えるデモクラシーと自由市場
経済であり、また、資本主義とは米国多国籍企業を主軸とするアメリカン・
キャピタリズムである 1)。
ガーデン教授はまた、「ソビエト・ユニオン崩壊後、ジョージ・H・W・
ブッシュ及びビル・クリントンの両政権は、海外・国内政策において、グ
ローバル市場における競争力を強化し、米国スタイルの資本主義を海外に
拡大することに、その努力の大半を投入してきた。この間、米国は EU や
日本とでなく、新興経済勢力として台頭するラテン・アメリカ、東ヨーロッ
パ、アジア(東・南アジアと中国)との間に政策相互作用(関係協力)強
化の重点を置いてきた」と付け加えている 2)。
ニクソン、フォード、カーター、クリントン政権に仕え、ウォール街の
金融中枢にあった M&A(企業買収・合併)専門の投資銀行グループのブ
ラックストーン社で最高経営陣の代表=マネージング・ディレクターとし
て活動してきたガーテン教授は、米国多国籍企業の 90 年代以後のグロー
バル展開が開発途上国に向けて勢力拡張をはかり、ペンタゴン・デモクラ
シーによる自由市場経済地域を築こうとしてきたことを如実に述べてい
る 3)。
アメリカの経済力が、日本やドイツ、フランスに比べて相対的に落ち込
んできた段階にあって、米国政府とウォール街はソビエト崩壊による「冷
戦の勝利(the victory of cold war)
」を、専らアメリカの世界リーダーシッ
プ回復のための経済支配力強化に活用しようとした。米国内での 90 年代
における史上最大の M&A の新興と同時に、開発途上諸国、中国や中東欧
など旧社会主義圏諸国への多国籍企業展開によって、石油、ガスなどの資
源支配、電機エレクトロニクスをはじめとする全産業(ソフト・ハード)
の、ネオリベラル帝国の構築を図ろうとしてきたのである。
2. 新自由主義下のグローバル帝国
21 世紀にはいって、 米国は、その経済力の相対的弱体化の中にあって、
唯一超大国として、圧倒的な軍事力と自由、デモクラシーを活用して、新
たにグローバリゼーションを強化しようとする中で、全世界からこれまで
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以上に「帝国主義列強(Imperial Power)
」とみられるようになった。1991
年の湾岸戦争以来、ソ連邦をはじめ社会主義圏という敵手が無くなる過程
で、ワシントン−ニューヨークには、皮肉にも米国の「帝国」を脅かす第
三世界の国々が「急増」し始めたのである。そこで、軍事力による全世界
での介入は、1990 年代以後頻繁になり、米国政府と多国籍企業単独の要
求を追及するようになった。90 年代以後を見てもエルサルバドル(1981-
92 年)、ニカラグア(1981-90 年)、パナマ(1989-90 年)、ユーゴスラビ
ア(1999)
、アフガニスタン(2001 から現在)と続き、ブッシュ第 2 期政
権は、イランとシリアを次なる攻撃目標と定めつつある。
いずれも、米国の単独目標を追求するものであると同時に、膨大な規模
の軍事展開は、その軍事基地によって全地球を覆い尽くすようになってき
た こ と か ら も 明 ら か で あ る。と こ ろ が、「帝 国 の 悲 し み(Sorrows of
Empire)」の著者、チャールズ・ジョンソン教授(カリフォルニア大学サ
ンディエゴ)が指摘するように、「地球上の他の人々と著しく対照的なこ
とは、ほとんどのアメリカ人たちが『米国が軍事力によって世界を支配し
ている』という事実を認識していないか、認識しようとしていないという
ことである。政府が秘密にしていることもあって、米国政府が全地球を武
装化していることも知らない例が多い。彼らはまた、広大なる米国軍事基
地網が南極大陸を除く全ての大陸を覆い、これが新しい形態の帝国を構成
しているのだという事実に気づいていない。
」と述べている 4)。
1970 年と 80 年代は、カーター政権、レーガン政権下で、ベトナム戦争
での敗北やイラン革命での米系国際石油資本のイラク油田からの完全追放
などで「アメリカ帝国(the American Imperium)
」は打ち返され後退する
かに見えたが、その栄光の記録は忘れられず、ワシントンは、次なる拡張・
巻き返しの機をうかがっていたのである。1990 年初のソ連邦の急速な没
落過程は、米国の中東への「本格的な軍事介入(a full-scale U.S. military
intervention)」の道を拓き、91 年の米国−イラク間の湾岸戦争の勃発がそ
の機会を与えた。
唯一超大国となった米国にとって、湾岸戦争を通ずる軍事介入は、
(1)
日本やドイツ、サウジアラビアなどに戦費を負担させつつ、ワシントン−
ヒューストン/ニューヨークの単独目標=中東油田地域の新支配秩序の形
成に向けたものであると同時に、(2)第三世界の革命運動に対する軍事
介入というより、「世界の現勢力地図(The global status quotation)
」を圧
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倒的な軍事力で如何なる方向にでも変えることができるということを、世
界に知らしめようとするものでもあった。フォスター/クラーク論文は、
グローバル資本主義の特色をビジネスウィークの表現を借用して「バーバ
リズムの新時代、(A new age of barbarism)と規定しそのバーバリズムの
深さを掘りさげようとすれば、帝国主義の戦いの中心地点であるイラクに
おいて、米英が行っている事態を分析しなければならない」と述べる 5)。
2002 年 9 月の「米国の国家安全保障戦略」では、2001 年 9 月のテロ以
来、好戦的で、モンロー主義的とでもいうべきブッシュ政権のグローバル
戦略が表現されている。米国は、軍事領域において、「もう一つの対等な
競争者(another peer competitor)
」が出現するのを全力を挙げて阻止し、
「先制介入(preemptive intervention)
」を戸惑うことなく手がけ、国家安全
保障の利益を守ると宣言している。
マンスリー・レビュー誌の共同論文「帝国の失敗(Failure of Empire)
」
は、前述の宣言について、「これは永久戦争(perpetual war)宣言に他な
らず、あえて軍事力を振りかざし、帝国拡張を進め、遂には世界の地政学
的な拠点の全てを制圧することを明言するものである。現代世界の歴史に
おいて、限界なきグローバル制覇に向けた広大な戦略を主張した国家はな
い。
」と述べている 6)。
ブッシュ大統領の 2002 年の「テロとの戦争」を掲げた新たな軍事ドク
トリンは、終わりなき戦争を宣告したのである。「先制的介入」
「予防的介
入」は、「封じ込め」と「抑止」という冷戦時代の軍事ドクトリンとの決
別を意味していた。唯一超大国(軍事超大国)となった米国は、自国の国
家利益、安全保障の観点から選択した場所と時間に、予防的先制介入によ
る大規模攻撃を行う権利があると主張するようになったのである。
米国は、明確な理由も無いまま軍事的な脅威が存在していなくても将来
の危険が予測されるというだけで、いや、将来にわたってその危険が無く
ても自由に攻撃ができることになったと確信するようになった。後述のご
とく、大量殺戮兵器の保有を口実に、単独攻撃を行ったイラク戦争は、実
はそのような危険な兵器などないことを確信した上でなされたのである。
イラクの次なる先制戦略目標には、イランを選択しており、ブッシュ政
権 2 期目のコンドリーサ・ライス国務長官は、欧州主要国に核開発を理
由にイラン攻撃の了解を取り付けようとし、チェイニー副大統領は、米国
によるイランへの武力行使をほのめかし、ブッシュ大統領はイランの「体
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制変革(regime change)
」をほのめかし、国務省の高官たちは、「自由を
愛するイラン人の熱望を支援すべきだ」と主張し始めた 7)。
三者はいずれも国際石油資本やテキサス地場石油会社・石油エンジニア
リング多国籍企業(ハリバートン)の元社外重役であり、ワシントンの任
務を終われば、再び元の古巣へ帰りつくことが約束されている。
ワシントン−ヒューストン/ニューヨークは、イラン、イラクの油田支
配は米国の「死活的国家利益(vital national interest)
」の回復であり、イ
ラク占領によるメソポタミア油田制圧、ペンタゴン主導の軍事化と「民主
化」は、中東(北アフリカを含む拡大中東)での米国の秩序形成の橋頭堡
であると確信している。彼等の次の目標は、79 年の革命で米国国際石油
資本を完全に追放したイラン・イスラム共和国である。米国には、1953
年に英国石油(現 BP、当時はアングロ・イラニアン石油)を接収した民
族主義的モサデグ政権を CIA のクーデターによって打倒し、リサ・パー
レビⅡ世国王による親米英軍事専制に取り換えた歴史的経験があり、
「体
制変革」によって、イラン原油の支配権を英国石油資本から米国石油資本
の手に獲得したのである。
いま、唯一超大国となった米国には、この「歴史的成功」に学び、イラ
ン先制攻撃を準備し、イラン国内に特殊部隊を送り込んだと、ニューヨー
クタイムスはリークしている。このようにして、「イラク占領」→「現地
親米政権の樹立」による「民主化」と軍事ビルトアップ(中東最大の軍事
基地の構築)を基礎に、イラン、サウジアラビアおよびクウェートなど湾
岸諸国を包み込んだ軍事同盟に裏打ちされた米国主導の中東石油秩序を形
成し始めた。さらに北アフリカやコーカサス、カスピ海諸国の油田地帯ま
でその米(英)石油秩序を広げようという戦略的狙いを持っている。
そして、ワシントン政府は旧フセイン軍事独裁政権や、イラン・イスラ
ム共和国、フランス、ドイツ、ロシア、中国が連合して米英石油戦略に対
抗しようとするのを阻止しつつ、ここに米(英)の石油秩序を軍事力を背
景に再構築しようとしている。中東の「民主化」
「自由の回復」は、もっ
ぱら、ワシントン−ヒューストン/ニューヨークの「資本の帝国(Empire
of Capital)」の回復・拡張を目指している。米(英)国際石油資本が独仏
露中の国際石油企業の進出を排除して、特権的な地位を占め続けるために
は、中東、中央アジア、西アフリカ、ラテン・アメリカをはじめとする油
田地帯における「終わり無き戦争」が必要であるというのが、ブッシュ・
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ドクトリンの真髄である。
中東およびそれと国境を接するコーカサスや中央アジアもまた、帝国主
義とりわけ米国のヘゲモニーのために、戦略上、地政学上重要である。
(1)
世界の石油埋蔵量の 70% を占めること、(2)旧帝国主義列強(米・英・
独・仏・日・露)の中央に位置する地政学的位置、(3)世界の安全保障
システムのなかでは「防備の手薄な下腹部(The soft underbelly of world
system)」を形成しているという事実から、米(英)石油レジームの維持
のために、「終わり無き戦争」を決意し、1950 年代のイラン中心の中東軍
事同盟であった中央アジア条約地域(CENTO)に習ってイラク軍事拠点
中心の軍事システムを用意し始めている 8)。
新しいブッシュ軍事ドクトリンは、古い戦略的なビジョンを極限まで拡
大しようとしている。
Ⅱ
膨張する「アメリカ資本の帝国」
1. 米国多国籍企業の帝国
「資本の帝国(Empire of Capital)
」の著者エレン・メイクキンス・ウッ
ド(Ellen Meiksins Wood)氏によれば、「現在ではアメリカの経済力は、
もはや他国を圧倒するものではない。ところが、軍事的には巨大で他国を
寄せ付けない」ものとなった。ライバルの友好国はアメリカに対抗する軍
事力を構築するコストを負担することに意味を見出せなくなった。こうし
た状況において、アメリカが軍事力を展開することで覇権を補強し、原油
市場の支配など経済的な分野でも覇権の恩恵を享受しているのは不思議な
ことではない。
」と述べる 9)。
圧倒的な軍事力を背景に、相対的に弱体化した経済力をグローバリゼー
ションと新自由主義(neo liberalism)を活用して世界的に展開させようと
いうのがブッシュ政権の新ドクトリンの狙いである。
「新世界秩序(the new world order)こそ日・欧のライバルに挑戦される
ことなく世界経済を支配しようと米国を駆り立てる上で重要な眼目であ
る。
」と 米 国 の グ ロ ー バ ル 戦 略 を 分 析 し 著 書「The global Gamble :
Washington’s Faustian Bid for World Dominance」で有名なピーター・ゴー
ワン教授はいう。
つまり、「21 世紀の全地球の主要な経済的、政治的成果の支配者として
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のアメリカ合衆国を拡張するためにグローバル化する(go global)
。そこ
で、グローバリゼーションと新自由主義が米国のグローバル支配(global
dominance)の戦略となる。これによって、各国をして米国の政治的、経
済的支配を引き続き受け入れようとする内外環境を米国が創出することが
許される。
」というのである10)。
米国が軍事力を世界各地で使用することが「許される」ようになった世
界政治の環境下での、新自由主義を掲げたグローバリゼーションこそ、ワ
シントン−ヒューストン/ニューヨークの戦略であり、ブッシュ・ドクト
リンはその代表的表現である。「米国の『帝国』膨張が、米国の覇権を増
大させる限り、米国企業の国際競争力は強まり、利益も増すのであり、
(中
略)これらの理由からアメリカ資本主義にしてみれば、軍国主義と帝国主
義は分離できないものである。
」とフォスター/マッチェスネイ共同論文
11)
はいう 。
後に紹介するハートとネグリ著書の「帝国」は、グローバリゼーション
は「目標を持たない過程(process without subject)
」と論じているが、ネ
オコンサーバティブの軍事ドクトリンが動かす現代アメリカ「帝国」の
「アカデミック賛美論的本質」と真の戦略目標を被い隠すことになる12)。
米国のグローバル戦略は、イラクに英国・日本・豪州やイタリーの軍事
力や経済力を活用しているように、しばしば「新集団帝国主義(the new
collective imperialism)」の形をとる。アメリカの軍事力行使は、数カ国に
よるグローバルなシステムを維持していく複雑な形態をとることにより、
ワシントン−ニューヨークの戦略目標を実現する。米(英)のイラク単独
占領下において、原油開発生産システムを独・仏・露・中を追い出して独
り占めにした米(英)国際石油資本には、その石油の販売先(購入者)と
しても、日本との共同は欠かせない。このような明確な事実がありながら
ハート・ネグリ流理論には米国の湾岸戦争やイラク戦略は、「目標を持た
ない過程」と理論づける役割を荷担っている。
ブッシュ・ジュニア政権の国防担当大統領補佐官(第一期目)にして国
務長官(二期目)のコンドリーサ・ライスの 2000 年の論文によれば「他国
間協定や多国間協力はただそれだけでは意味をなさない」と主張し、米国
外交は、国家利益に焦点を当てるべきであり、「アメリカの価値を貫徹し
た同盟関係」でなければならず「アメリカ的価値こそ万能(universal)
」
と主張している。
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そのアメリカ価値を実現する基盤こそ「自由(freedom)
」であり、「自
に不可欠(Freedom is short
for American values, short for “free enterprise”)」というわけである13)。
ブッシュ政権第二期は米国企業の自由を実現するアメリカ的価値に基づ
く、リベラル・インターナショナリズムの「帝国」を掲げ、米国の軍事力
を行使して「正義による世界支配」を創出すると誓い、極右ウィルソン主
義(米国企業の自由の王国)を実行しようとしている。
「アメリカ価値」に基づく「産業企業の自由」を、
軍事力を用いてグロー
バリゼーションのなかで実現しようというのがブッシュ Jr 政権下のワシ
ントン−ニューヨークの戦略である。自由とデモクラシーは、軍事力行使
と呼応している。イラク戦争での劣化ウラン兵器の自由な使用が米国国際
石油資本にイラク油田での自由をもたらすというのである。
軍事力を前面に立て(中東・中央アジア・東アフリカ・北アフリカを包
含する拡大中東では、米中央軍司令部)
、米国の「企業の自由」を最優先
し『自由とデモクラシー』を標榜しつつ米国の新秩序を構築しようという
のが、ブッシュ・ドクトリン下のグローバリゼーションなのである。
由こそアメリカ価値に、また、 自由な企業
2. グローバルな産業モンロー主義
米国経済の圧倒的優位性にもかかわらず、21 世紀に入ると米国製造業
の競争力低下が目立ち始めた。米国の貿易赤字が 89 年の 1000 億ドルか
ら、2002 年には 5000 億ドルに拡大、自動車・航空機など主要生産分野で
の競争力が失われていった。1990 年に 350 億ドルの黒字だったハイテク
製品分野での黒字も、21 世紀に入って赤字に転落した。
特に米国が抜きん出ていた航空宇宙の分野においても、その脆弱性が露
呈してきた。欧州のアリアン・ロケットと NASA、欧州エアバスとボー
イングとの競争においても、アメリカの優位性にほころびが生じ始めた。
米国はハイテク部門で、日米や欧州諸国の競争者に挑戦され、成熟産業部
門では、中国、韓国、ラテンアメリカに挑戦され、農業分野では欧州とラ
テンアメリカの競争力台頭に直面している。
米国が最も優位性を保っていた国際石油戦略による世界石油秩序形成に
おいても、新たな展開が見られるようになった。ロシアのプーチン政権に
よる国際石油戦略が 21 世紀から展開し始めた。フランスやドイツ、ノル
ウェー、イタリー、スペインなど欧州の国際石油、天然ガス企業が、ロシ
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アや中東(イラン、イラク)
、北アフリカ(アルジェリアなど)とのパー
トナーシップによって、米(英)国際石油資本の支配に挑戦し始めた。巨
大な原油・ガス購入者ともなった中国・インド・ブラジルも、ロシアと特
殊な連携を結んで新興巨大国家(BRICs)のグループを形成して、米(英)
国際石油資本やさらには非鉄資本の世界秩序にも対抗しようとしている。
そして、イラン、イラク(フセイン政権時代の)
、サウジアラビア、ク
ウェート、インドネシア、ベネズエラなどの国営石油会社も独仏英、ノル
ウェー、ロシア、中国などの国際石油企業と結んで米(英)国際石油秩序
の支配から脱しようとするようになった。
そこで、中近東・石油戦略における独仏露中の進出と団結協力(対米独
立)延長線上に、産油国国営石油会社との提携・協力が進まないようアメ
リカは中近東を軍事同盟と「親米民主化」で囲い込む必要が出てきた。こ
れがジョージ・ブッシュ政権下の湾岸戦争以来、米国が追求してきた「中
東石油秩序」であり、現代の中東における新たな産業モンロー主義といっ
たほうがより本質をついているであろう。この新たなモンロー主義は、ラ
テンアメリカや中東など特定地域だけに適用されるだけではなくて、新世
界秩序(New World Order)として世界の主要な戦略地域に適用されよう
としている。モンロー主義のグローバル化であり、欧州ではこれを「ブッ
シュ(父子)政権の『我が闘争(Mein Kampf)
』
」として、アドルフ・ヒ
トラーの「世界秩序」に似せて皮肉っている14)。
米国の政府と多国籍企業が、当面最も重要な経済戦略としているのが、
石油・ガスから非鉄・水にいたるまでの地球上の天然資源を制することで
ある。資源所有国のナショナリズムが台頭し、米国のライバルとして、欧
州や日本そして新興経済大国の資源世界戦略が展開するなかで、ブッシュ
政権は、地球上の天然資源を掌握支配しようとしている。
その上に、電機エレクトロニクスやソフト産業から自動車、医薬、食料
品にいたるソフト/ハードの製造拠点としてまた市場として南の国々を重
視し始めた。東アジアには 80 年代から、中国には 90 年代から、インド
でも、ソフトウェア産業を手始めに、数十億人の国内市場向けも含めて本
格的な生産移植をはかろうとしている。ラテンアメリカの大国も、21 世
紀の新たな「米多国籍企業の裏庭」として、日本・欧州・中国・東アジア
からの借入れが増大している。米国は、資本輸出超大国として、先進国市
場を超えて、東アジア、中国そして拡大中近東はじめ「第三世界」への多
―1
3
2―
国籍展開を開始し新たなヘゲモニーを追及し始めた。
「資本投下の『南』へ
の拡張は、安定をもたらすどころかホスト国内およびホスト国間の凄惨的
な抗争を巻き起こすことは必定である。
」とサミール・アミンの論文は述
べる15)。
しかも、ネオリベラル型グローバリゼーションは南北経済世界のコアと
ペリフェラルとの地理的分割の強化を正当化する。「南」の国々の労働力、
資源、市場が自由に移動できることが生産コストや労働条件を差別化する
ことであり、利益を多国籍企業にもたらす。世界経済・社会を差別化する
のである。米国企業の「南の国々」=「周辺地域(peripheries)
」への展
開によって膨大な過剰労働力を吸収することはできない。そこで、いま地
球の中枢(Core)よりも、周辺地域に人口は集中しており、この「自由
市場経済」のシステムの下では、周辺国は「暴風雨圏」のままとどまると
いうのである。
統合された中枢の部門にあってワシントン−ニューヨークを中軸とする
ネットワークで結ばれたアメリカのグローバリゼーションから切り離され
旧植民地ないし従属国で、経済的には後進的で、停滞ないし発展途上の地
域(米国では GAP と呼ばれる第三世界)や国々を、新たな拡大グローバ
ル秩序の管理下へ選択的に包摂し組織化していくのは大事業であり、
「終
わりなき戦い」である。GAP と呼ばれる戦略的低開発地域の国々は、ハ
イチ、コロンビア、ブラジル、アルゼンチン、旧ユーゴスラビア、コンゴ、
ルワンダ/ブルンジ、アンゴラ、南アフリカ、イスラエル/パレスチナ、
サウジアラビア、イラク、イラン、ソマリア、アフガニスタン、北朝鮮、
インドネシアである。中国、インドネシアは、統合された G7、G8+G20
に入る新メンバーにはなったものの、いずれ近いうちに脱落して独自のグ
ループ(たとえば新興超大国集団の BRICs)を結成したり、独仏・日と
組んで中東や東アジアなどに米国から独立した地域共同体を結成したり、
GAP(「第三世界」の米国式表現)の大国(反米的な国家を含む)と結ん
だりするかもしれない。
米国のグローバル資本主義の拡大再生産のために、他の先進資本主義国
と共同で築き上げた経済的な結びつき(多国籍企業の相互浸透)で成り立
つネットワークを今度は中心部(Core)以外の GAP の領域へ広げるとす
ればそれは極めて困難な作業である。だが、米国新秩序のこうした側面こ
そ現在の状況のなかでは緊要である。
―1
3
3―
圧倒的な軍事力とアングロサクソン資本主義文化の活用と資源支配力を
組み合わせて、新自由主義的な資本主義秩序を、「南」の国々をも包み込
むより大きなグローバル規模(グローバリゼーション 2 ないし、フェー
ズⅡと呼ばれる)で形成しようというのである。イラク単独攻撃と占領は、
フランス、ドイツ、カナダをはじめ中心的な資本主義諸国から未曾有の反
発を受けているが、ブッシュ政権に、「ベトナムの教訓」を学んでいる余
裕はなく、中東油田支配の基本と考えるイラク戦争は、ベトナム戦争より
はるかに重要と考えている。イラク再建のモデルとして、日本やドイツの
軍事占領による民主化過程を説明しているのは、イラクが、
「拡大中東」の
国々の全てを包み込んだ米国の石油支配秩序(G20 を越えて米中央軍が
管轄下に置く中東、北アフリカ、「アフリカの角」
、中央アジアのカスピ海
諸国の 29 ヵ国)をつくり上げようとの野望が背景にあるからである。
米国は、2003 年の段階で、153 カ国に軍事関与しており、それは、国
連加盟 189 カ国の 80% に及ぶ。うち、20 カ国に対して本格的な大規模軍
事関与を行っている。36 カ国の国々との間に軍事同盟ないし軍事協力協
定を結んでいる16)。
新たにブッシュ・ドクトリンが「帝国」に取り込もうとしている戦略対
象は、G20(the group of 20 developing countries)で、先進 7 カ国に対抗
して形成された途上国のグループであり、旧植民地宗主国を経由したり、
相互の地域経済産業協力を目差している。そのなかには、アルゼンチン、
ブラジル、メキシコ、中国、インド、南アフリカ、ナイジェリア、ベネズ
エラ、チリなどが入っているが、サウジアラビア、イラン、イラク、アン
ゴラ、インドネシアやカリブ海諸国グループの大原油資源国は入っていな
い。G20 の国々を親米にくくるだけでも容易ではない。対米関係は、さ
まざまであり、キューバのように米国が制裁中の国々もある。パキスタン
とインドはともに核保有国として緊張関係にある。ブラジル、ロシア、中
国、インドは、新興超大国連合を形成しようとしている。
特にアジアでは、中国・インドの経済成長が見せつける世界経済のなか
での存在感の増大と同時に、各国間の進路の相違と内部対立は強まり、
2001 年に米国防総省が指摘した「不安定の弧(soft underbelly of world
system, disconnectedness)」が存在する。1990 年代は、ソ連邦の崩壊後は
米軍が世界中に展開した 10 年(American G.I.’s go-go decade)であった
が、 先進国中心のグローバリゼーションの第 2 段階とは一体化できない。
―1
3
4―
「そこで 21 世紀の新情勢下での米国の国家目標は永久戦争や『帝国』
の拡大そのものではなく、グローバリゼーションのボディガード役を何時
でも何処でも GAP 地域において提供するということである。(中略)よ
り正確に表現すれば、米国の軍事力を途上国地域の GAP では巨大怪獣の
リバイアサンとして、深まる防衛型コミュニティとしての先進国中枢(the
Core)では、システムアドミニストレータの役割を果たすスキルを保有
している」とペンタゴンの理論家であるトーマス・P・M バネット=アナ
ポリス米海軍大学教授はいう17)。
アメリカの GAP 諸国に対する原則と戦略はまちまちであり、米国多国
籍企業の「帝国」は、ローマ帝国や大英帝国が「法原則による支配(The
Rule of Law)」による「平和(pax)」を創出していったのに対して、米国
グローバルビジネスの個別利害に立脚した「新帝国(the new empire)
」は
「力の支配(The rule of power)
」によって成り立ち「法の支配」ではな
かった。現在米国企業の主張する新自由主義的グローバリゼーション
(Neo liberal globalization)は、「法の支配=多国籍企業の自由な支配原則」
に基づいているが、新アメリカ帝国においては、
「自由と民主主義(freedom
and democracy)」と「軍事力行使(the use of military use)」はメダルの両
面をなして「リズムをなす(rhyme with)
」18)。
イラクでの「自由な劣化ウラン弾の使用」が「自由をもたらす」とブッ
シュ・ドクトリンは「帝国」のプラグマティズム原則を主張する。平和原
則の国際法の立場からみれば、「国際法ニヒリズム(international legal
nihilism)」の立場に立つのである。米(英)国際石油資本は石油エンジニ
アリングの多国籍企業がハリバートンなど民主主義や自由をスローガンに
掲げつつも、その経済関係が深まっている中国やロシアに対しては、政治
批判は避け、絶対君主制のサウジアラビアに対しても同義である。
「デモ
クラシーと(アメリカン)キャピタリズム拡張」は同じゴールを持ち、そ
の都度、使い分けがなされ、役割分担をはたす19)。
多国籍企業の支配力拡大と最大限利益獲得の段階をベースとした 21 世
紀型バーバリズムの帝国といわれるゆえんである。
「先制攻撃」や「永久戦争」という戦争の無限の可能性を掲げてグロー
バルなシステムとしての帝国の覇権を維持しようとするのがブッシュ軍事
ドクトリンである。もちろん、米国は力を誇示するだけの目的で戦争をす
るのではなく、一度に 3 ヵ所以上の場所で戦争をするのを避けてきた。
―1
3
5―
あらゆる場所で同時に軍事力を行使するのではなく、ウォール街やテキサ
ス資本の要請を配慮して実行し、不用意な攻撃を避けてきた。イラクへの
先制単独攻撃にブッシュ政権が踏み切る前には、国際石油資本やハリバー
トン、カーライルグループ、南部地場石油資本や軍用電子および通信各社
など軍需関連産業の 2 年にわたるロビー活動があった20)。
ロビー活動を背景に 1 年半におよぶ戦略準備が最初は国務省で最後に
は国防総省中心に展開されたのである。
アフガニスタン攻撃(米国が 1999 年まで援助してきたタリバン勢力へ
の攻撃)も、中央アジアの原油・天然ガスの巨大な資源を配慮し、中央ア
ジアにおける米国の軍事プレゼンスを強化するためである。アフガンその
ものには米国ビジネス世界の利害は薄く、「建国事業」は事実上放棄して
いる。
イラクは、サウジアラビアと並ぶ巨大資源を持ち、
中東油田中心部にあっ
て政治・軍事経済の中枢であり、米軍は、米(英)石油資本が同国の石油
生産の利益を独り占めにし、イラン、サウジアラビア、北アフリカ、中央
アジアをにらむ軍事基地を建設するまでは、駐留する。次には、南西アフ
リカ石油地帯への軍事展開も準備している21)。
国際石油資本をはじめとする特定の多国籍企業や特定の地元資本(テキ
サス地場企業)の多国籍企業の利益追求の実現のために、世界中に軍事力
を配置する体制を極限にまで広げるブッシュ・ドクトリンが目指す「帝国」
は、その行使の過程で、その目的が限定され、その利益に浴しない他の多
国籍企業や地場企業(カリフォルニア州のベクテルなど)からは「狭い利
益しか追求していない」との批判を招きつつある22)。
多国籍企業の帝国拡大の要求のすべてにブッシュ軍事ドクトリンが無限
にこたえつづけなければならない。その破綻は目に見えている。
イラクを直接占領し、軍事的に支配し、原油資源を米国石油資本が「独
り占め」ないし中心になって、イラク原油を管理する体制ができれば、次
なる目標である絶対君主制で反米色を内部に秘めたサウジアラビアや「反
米的」なイラン政権の「体制変革(regime change )
」へ、中東民主化の名
のもとにイラクを基地にイランはじめ拡大中東、中央アジア全域への「永
久戦争」と「民主化」を展開していこうとしている。
国防(軍事)担当のライス大統領補佐官が国務長官となり、ネオコンサ
バティブの代表で国防次官として、チェイニー副大統領とともにブッシュ
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3
6―
軍事ドクトリンを動かしてきたウォルフォビッツ氏が、世界銀行総裁とな
り、IMF とともに世界最大の国際金融機関(開発途上国向け金融機関)と
しての世界銀行(IBRD)を活用して、「南」の国々を、排除と選択的包摂
を通じて、米国のネオリベラル型グローバリゼーションの自由世界体制に
効果的に再統合させることにより、軍事帝国と民主帝国とを組み合わせた
「帝国」アメリカを拡張しようというものである。
ブッシュ政権はイラク戦争において 1970 年代に米帝国の限界を示した
「もう一つのベトナム(another Vietnam)
」に既になっているという教訓を
聞き入れることなく、拡大する財政赤字(2004 年 6000 億ドル)と貿易赤
字を含めた国際収支赤字(2004 年 6000 億ドル)にもかかわらず、2 兆
5000 億ドルの対外借入れに依存しつつ、多国籍企業のネオリベラル・グ
ローバリゼーションが要求する 21 世紀の「国家利益」に従ってアメリカ
の「帝国」を拡張しようとしている。
かくして、「アメリカ帝国(Imperial America)
」の拡張は明白であり、
これこそ GAP と呼ばれる途上国をも取り込む「現代のグローバリゼー
ション(contemporary globalization)
」に基づいて米国生産様式と支配力を
社会様式と領域を超えて流動化させる「新自由主義的グローバリゼーショ
ン(neo liberal globalization)
」であり、21 世紀型の新アメリカ帝国主義で
ある。それは圧倒的優位性を誇るアメリカの利益極大化を最優先し、圧倒
的な軍事力とアングロサクソン文化(自由と民主主義)を活用して、支配
力を拡張しようというものである。「新自由主義グローバリズムがアメリ
カの唯一主義的経済体制であったというなら、それはいまや政治・軍事的
単一国主義によって継承された」とヤン・ニーダーフォン・ピータース=
イリノイ大学教授は述べている23)。
けだし、このようなアメリカの唯一主義の「帝国」興隆の時代に「敵の
いない唯一超大国のアメリカ「帝国」は、ナショナリティを克服し、独自
の帝国主義的要求を持たなくなったという理論が米国はじめ先進国の支配
層では絶賛されている。
Ⅲ
ポスト「帝国」かネオリベラル「帝国」か
1. ネグリ/ハートの「帝国」
「帝国」の著書で世界的に有名になったハート/ネグリの理論が、世界
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3
7―
各国から注目されるのは、現代の米国の遂行する「終わりなき戦争」が
「米国の秩序」を目指す米国帝国主義単独の利益を追求するものではない
とグローバリゼーションを賛美・神格化している点にある。
ネグリ/ハートの著書では、冷戦後のアメリカによる秩序形成に、
ジョー
ジ・ブッシュ政権が手をつけた湾岸戦争についても、ソ連邦崩壊後の中東
における「勢力の空白」を活用して中東において、米(英)国際石油資本
による石油レジームを形成しようとするジョージ・ブッシュ政権による
「新秩序」構築の狙いには着目しようとしていない。
「湾岸戦争の重要性は、次の事実に由来する。この戦争によって、合衆
国は、それ自身の国家的利益や動機に応じてではなく、グローバルな法権
利の名において国際的正義を管理運用することのできる唯一の権力として
登場したということである。・・・(中略)・・・合衆国世界経済は、帝
国主義の利害関心ではなく、帝国の利害関心に基づいて行動する。この意
味で、ジョージ・ブッシュが主張したように、まさに湾岸戦争は、新世界
秩序の発生を告げるものであった24)。
」
ハート/ネグリの「帝国」は、湾岸戦争が米国主導の下に、フセインの
クウェート侵略を活用して、米国の中東石油秩序構築の第 1 段階として
(後述)遂行されたという背景を無視している。「帝国」執筆の段階で冷戦
後での米国中東石油戦略は、世界中に知られた事実だった。(1)世界の
石油埋蔵用の 70% を有する中東地域に対する米・英・独・仏・日など世
界の旧帝国列強に加えて、ロシア・中国・インドなどの国家利害がいかに
深くからんでいるか。(2)台頭する資源ナショナリズムの下で、米(英)
国際石油資本の覇権がどのように揺らいでいるのか。(3)米国の歴代大
統領が(アイゼンハワーからカーター、ブッシュに至るまで)
「米国の死
活的利益」と呼んできた中東石油石油の覇権にいかに第一級の国家的エネ
ルギー(軍事・外交・経済)を投入してきたか。(4)特に 1980 年のイラ
ン革命で米国国際石油資本が完全に放逐され、イラク(中東第 2 の石油
資源国)のフセイン政権が、フランス、ロシア、中国から軍事援助を受け
石油開発、生産でも接近を開始したことによって、米国の中東石油覇権が
揺らぎ始めたことに対するワシントン−ニューヨーク(ヒューストン)の
あせりが強まっていたという事実は、世界中で知られていた。
湾岸戦争自体、米国の参戦を懸念していたフセインに、クウェート侵略
のフリーハンド(「米国不介入」をフセインに米国大使が示唆し、侵略を
―1
3
8―
なかば容認)を約束したのはジョージ・ブッシュ政権であったことは周知
の事実である。1990 年 6 月に駐イラク米国大使のエプリル・グラスパイ
(April Glaspie)は、フセインに対して、「
(米国は)イラク−クウェート
の国境紛争の類のアラブ諸国間の戦争に介入する意志は持っていない」と
述べ「米国不介入の保障」を与えた。米国務省もその前に「米国はク
ウェートに対して特別の防衛上、安全保障上のコミットメントをする意志
はない」とフセイン大統領に伝えていた。つまり、ワシントン政府は、フ
セインのクウェート侵攻を容認したわけではなかったが、事実上の青色信
号を出したことになる25)。
サダム軍事独裁政権が、1990 年 8 月にクウェート侵攻を開始し、国際
法違反を主張しつつ、ワシントンは多国籍軍を組織して米国の介入を正当
化した。「中東新秩序」というスローガンの下に、米国の湾岸戦争が遂行
された。戦後の大産油国クウェートの戦後復興(石油産業とインフラ、軍
事基地化)は、米軍が担当することとなった。カタールのドーハ統合基地
及びクウェートのジャハラ空軍基地は、イラク戦争における米英軍基地と
なり、イラク占領政策の遂行の前進基地ともなった。
ハート/ネグリの「帝国」は、湾岸戦争を説明しつつ、現実離れした分
析を行う。彼らは米国を中心とする「帝国」はグローバリゼーションのな
かで、帝国内部(inside)と外部(「第三世界」といわれる旧植民地や従属
国)との区別はなくなり、歴史は現代からポスト現代へと先進資本主義国
が、後進・開発企業世界を征服する帝国主義の時代から「帝国」の世界へ
と変化したと主張する。
ネグリ/ハートは、ソ連邦崩壊後の米国による全世界への軍事展開、特
に多国籍企業の開発途上国世界へのグローバル展開と機を一にした軍事力
の適用と「民主主義」
「自由経済市場」の強制拡大の「ネオリベラル帝国」
といわれる現実に目を閉じつつ、次のように論述する。
「軍事的な意味でも、外部はもはや存在しない。フランシス・フクヤマ
が述べているように、現代の歴史は終わり、新たなる移行期を迎えている
と述べて、大きな紛争の時代は終わりを迎えていると言おうとしている。
すなわち、(米国ような)主権的国家権力は、もはや、その他者に衝突し
たりその外部に直面したりすることなく全地球を自己の領地として包括す
るに至るまで、その領域を次第に拡大していくことになる。帝国主義戦争、
帝国主義国間の戦争、反帝国主義の歴史はもう終わった。そして、そうい
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3
9―
う歴史の終焉は、平和の治世の到来を告げているというわけである。ある
いは現実に、われわれはマイナーで内的な紛争の時代に足を踏み入れてい
るのである。帝国の戦争は全て内戦であり、警察行動なのである26)。
」
2. グローバリゼーションと米国型「帝国」の関連
帝国主義(覇権競争と書き改めてもよければ)の時代が終わり、世界が
「帝国」の時代に移ることによって、グローバリゼーションは「
(戦略)目
標のないプロセス(process without a subject)
」とするハート/ネグリの理
論は、米国の 90 年代の「グローバルな膨張のリアルなダイナミズム(The
real dynamics of U.S. global expansion)」を見逃し、米国の新型帝国主義の
「理論的偽装(an ideological cloak for U.S. imperialism)
」の役割を果たす。
グローバリゼーションとアメリカ帝国の関係性を分析した “The Global
Gamble-Washington’s Faustian Bid for World Dominance” の著者であるピー
ター・ゴーワン氏は、「アメリカン・エンパイアは、グローバリゼーショ
ンの真の目標であり、「新世界秩序(The new world order)
」の本質はアメ
リカが、世界経済を支配し、挑戦されないようにすることである。グロー
バル化していくことにより、21 世紀の世界経済と世界政治の成果を統括
できる強国としてのアメリカのために塹壕構築作業を行うことである」と
述べている27)。
グローバリゼーションとネオリベラリズム(新自由主義)こそ、米国の
グローバル支配の戦略であるというのである。
ハート/ネグリは、湾岸戦争をポスト帝国主義のステージの典型として
描いているが、ソ連邦崩壊後の世界で米国が仕掛けた最初の戦争としての
湾岸戦争こそ、グローバリゼーションにおけるワシントン−ニューヨーク
(ヒューストン)の野望実現のための「世界秩序作り」の第一歩であり、
唯一超大国としての米国のグローバリゼーションの劇的な進展を示すもの
であった。
クウェートは、米国の後ろ盾で復旧し、中東第一級の親米国家(王国)
となり、イラク戦争時最大の前線軍事基地を受け入れており、米国国際石
油資本は、英国の BP やロイヤル・ダッチ・シェルとともに主要な地位を
占めるようになった。クウェート石油公社、クウェート金融公社と、ヒュー
ストン、ニューヨーク(ウォール街)との関係は密接となった。何よりも、
クウェートはペンタゴンに対する中東最大の軍事基地の提供者となった。
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0―
そして湾岸戦争の緊要事態を活用して、ペンタゴンはペルシャ湾への米国
艦艇の常駐も進め、サウジアラビア内部への米軍の基地設定も黙認される
こととなった。ブッシュ・ジュニア政権はイラク単独攻撃開始にあたり、
イラン・ホメイニ革命(1979 年・80 年)で、米国石油資本が、中東第二
位の大産油国から追放され、イラク(同第 3 位)からも公式に追放され
た歴史の流れを変えて、新秩序を形成しようとの狙いを最初から持ってい
たのである。ソ連邦の崩壊という「力の空白」はそれを可能としたのであ
る。まさに、フランシス・フクヤマのいう「歴史の終わり」でなく、長年
秘めていた帝国主義戦略の始まりであった。
ソ連邦が崩壊して、イランやイラク、シリアが、その後背支援勢力を失っ
た段階で、両国の反米政権を倒壊させ、「ペンタゴン−デモクラシー」に
包み込んで中東新秩序を創出しようというものであった。「中東共同体市
場(Common Market of the Middle East)
」をワシントンは用意しており、
これが、ジョージ・ブッシュ大統領の「中東新秩序」の経済的基礎を成す
ものである。
この湾岸戦争時のブッシュ中東ドクトリン=中東新秩序は、フランスを
はじめとする欧州(EU)主要国の反発を招いた。EU は、独自に中東、
北アフリカとのパートナーシップである「ユーロ−地中海共同体(Euro-
Mediterranean partnership)」を目指していたのであり、反米的なイラン、
イラク、リビアとの積極的なつながりを求めようとしていた(軍事援助、
経済技術援助と引き換えの石油・ガス開発・生産協力)
。
ブッシュ中東ドクトリンの下における米国の中東新秩序の本質は、中東
さらにはアフリカの角を含めた北アフリカと中央アジア(カスピ海諸国)
を包み込んで米国独占支配の勢力圏にしようとする中東モンロー主義とも
いうべきものであり、これを拡大中東全域に適用し、石油資源支配を独り
占めにしようというのである。
ブッシュ父子およびチェイニー副大統領から、ライス国務長官にいたる、
国家最高指導者は、石油ビジネスの人的枢軸(oil axis)を形成する。附
言すれば、湾岸戦争への物資の運搬から兵員の派遣、油田火災の消火と油
田復旧、テレコミュニケーションや火力発電所、石油パイプライン、港湾
建設復旧などのインフラの建設を企画・運営したのはワシントンに本拠を
置く「政商型」の投資ファンドのカーライル・グループであり、ジョージ・
ブッシュは次の大統領選に敗れるとカーライルのアジア事業本部長とな
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り、ブッシュ家の 4 人の息子も同社に雇われた。
また、ジョージ・ブッシュ政権の国防長官であり、息子のジェームス・
ブッシュ政権の実力副大統領でもあるチェイニーが、CEO を 10 年近く勤
めたハリバートン KB グループもクウェートへの兵員、物資の調達、油田
火災の消火や復旧を中心となり請け負った。ペンタゴンとの間に独占排他
契約を結び、米軍との兵器システムの運搬および戦闘員、戦場技術者の派
遣を含めた密接協力による占領政策への介入と油田掌握とを結びつけた。
カーライル、ハリバートンに加えてテキサス資本のエネルギー複合企業
のエンロンもクウェートの発電所建設はじめエネルギーシステム構築で主
役を果たした。
湾岸戦争−イラク戦争は、一連のアメリカ「帝国」の石油資源支配秩序
の再構築のための戦争であり、イラン、サウジアラビアから北アフリカ、
中央アジアへと拡大して行く「終わりなき戦争」の中心基地となるもので
ある。そこで、イラク戦争の構図とグローバリゼーション 2 で全世界に
広がったアメリカの軍事展開の新たな形態(戦争の民営化、私企業化)の
広がりについても分析したい。
Ⅳ
ブッシュ・軍事ドクトリン下の「中東民主化」と地域石油安全保障
1. 軍事力で築く?「民主帝国」
ブッシュ政権は、2 期目に入って、セオドア・ルーズベルト型の「軍事
帝国主義」の色彩を増している。国防担当補佐管のコンドリーサ・ライス
氏が国防長官となり、歴史的に財務長官の地位が高かったホワイトハウス
において国防長官(ラムズフェルド)と同副長官(ウォルフォビッツ)の
発言力が強まり、副大統領でテキサスの石油関連多国籍企業の最高経営者
で、米国の拡大中東秩序構築の指導者として君臨してきたディック・チェ
イニー氏が背後から、これらの長官たちをバックアップしている。
ライス長官は、米国スーパー石油メジャーズのシェブロン・テキサコの
社外重役であり、ラムズフェルド氏は、国際医薬企業の最高経営者であり、
チェイニー氏は、多国籍石油エンジニアリング会社であり、多国籍軍事請
負会社でもあるハリバートンを最高経営者として育成し、イラク戦争で彼
の企業は、ペンタゴンと並ぶ、多角的な活動を展開してきた。その他、国
防副長官のゼーリックはテキサス州の地場石油企業の社外重役を兼ねてい
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4
2―
る。
そして、拡大中東(中東・中央アジア・北アフリカ)に、アメリカの石
油秩序を構築し、やがて、第三世界にそれを広げようとするネオコンサー
バティブの代表であるウォルフォビッツ国防副長官が世界銀行総裁として
転出した(2005 年 3 月)
。
前面に出る軍事ドクトリンは、大合併を重ねてメガ国際企業=スーパー・
メジャー化する多国籍企業のグローバル展開の緊要性に機動的に対処しよ
うというものである。
「アメリカにとって中東における第一の国家利益はペルシャ湾岸地域の
石油が全世界へ自由かつ安定的に流れることを保障することである(中
略)
。過去 50 年間に構築されてきたグローバル経済は、安価で豊富な石
油の基礎の上に築かれてきた。もし、それがどこかへ行ってしまえば、グ
ローバル経済は即ちに崩壊するだろう」と、ブルッキングス研究所のケネ
ス・M・ポラック氏は述べる。
そして、21 世紀のアメリカの戦略は、ペルシャ湾からの石油の流れを
阻止すべく、中東地域の資源を支配しようという敵対国家の出現を防ぐこ
とだけでないとポラック論文は主張し、さらに「米合衆国は、中東・中央
アジア、東アフリカ、南アジアという地政学上重要な地域に軍事的プレゼ
ンスを維持しようとしている」と述べている28)。
ウォルフォビッツの世界銀行への転出は、いち早くイラク攻撃をブッ
シュ大統領に重ねて提言し(9・11 テロ直後に)米国軍事力による「民主
帝国」の世界秩序構築を主張するネオコンサーバティブの代表として、ア
メリカ主導の世界金融機関へ乗り出すことを意味する。イラク占領後の治
安状況は悪化、戦後復興どころか、米英国際石油資本による石油支配も計
画どおりに進まず29)、このため、世界最大の国際金融機関の世界銀行を活
用して、これをカバーしようとしている。ネオコン指導者としてのウォル
フォビッツの主張は、「アメリカの国家安全保障は、バランス・オブ・パ
ワーの原則により強化されるのではなく、アメリカの軍事力を使って「民
主思想」
(democratic ideals)を海外に広げることによってのみ強化され
る。
」と主張し、その実践の中枢であるイラク戦争と「復興」計画では「大
まかに見てイラクの石油収入は、ここ数年は 500 億ドルから 1000 億ドル
である。我々は、この国の復興にその財源を当てることができ、比較的す
みやかにやりすごせるだろう」と述べた「2003 年 3 月 27 日)
。だが、現
―1
4
3―
実には、イラクの石油増産はままならず、石油値上がりにもかかわらず、
年間石油収入は、250 億ドル止まりであり、これまでの戦費と復興費用は
2000 億ドルである。彼のイラク経営は、失策(bungling)であり、経営
手腕にも疑問が持たれている。ベトナム戦争の敗北で信用を失った花形国
防長官のロバート・マクナマラ氏が、世銀の総裁に転出し彼の 貧困との
戦い 政策が失敗した例にたとえられている。
エコノミスト誌の社説も「ネオコン強硬派でイラク戦争の知的設計者」
(hard-line neoconservative and intellectual architect of Iraq war)としての
ウォルフォビッツ氏は、「理想主義者であり、ある人々はユートピアンと
呼び、彼の生涯は世界に民主主義をもたらしたいという熱情(それがどの
ような野望からなるものであるかは別として)で貫かれていた。これまで
は、ウォルフォビッツは、デモクラシーと国家安全保障との関係に焦点を
当ててきたが、彼の民主権力信仰が、経済発展観を深めてきた」と述べる。
そして(さらに悪いことには)
「ウォルフォビッツの任命は、ブッシュ大
統領が世界銀行を占有し、アメリカの外交戦略の武器に使おうとしている
ことである。もしそうだとすれば、それは誤りである」と述べる30)。
しかも、同じネオコンサーバティブのジョン・ボルトン氏が、彼より 1 ヵ
月前に国連大使に任命されたことは、アメリカがイラク単独攻撃を決行し
たように、依然として単独主義を続けることを意味している。
「帝国アメリカが強引に自国の利益を追求するという最悪のシナリオが、
あと 4 年続くのか」とアンドリー・モラブテック=プリンストン大学 EU
研究センター所長は、ニューズウィーク誌の論文で論断した。彼は、フラ
ンスの元閣僚の表現を借りて「アメリカは最後のビスマルク型列強」であ
り、「局地的な武力行使が外交政策の決定的な手段になり得ると信ずる最
後の国」と見る31)。
イラクはじめ、イラン、サウジアラビア、中央アジアの大油田国、南ア
フリカ、東アフリカの油田国へと、米国多国籍企業の利権を国家利益とし
てグローバル競争の中で拡大し、圧倒的な武力を背景に、アメリカの民主
主義や自由貿易、投資の自由を世界に広げ「世界のアメリカ化」をはかる。
21 世紀の「アメリカ帝国のグローバリゼーションは、GAP と呼ばれる南
の資源大国や第三世界の制覇に主力を投入しようとしている。さらに、戦
略的、地政学的に重要な国々(アフガニスタンなど)の「帝国編入」も必
要となる。「帝国」の世界システムの中では、「軟弱な地帯=不安定の弧
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4
4―
(soft underbelly of world system)
」を、アメリカ正義と同義語である軍事
力の傘下に取り込もうとしている。
このため、超大国となったアメリカは、先進国中で軍事予算の拡張を行
なう唯一の先進国であり、その超帝国は、世界最大の債務国でもある。
「過
大拡張の帝国」
(Imperial Overstretch)という警告が国内から強まる中で、
イラク戦争を皮切りに、借金大国としての膨張をたどりつつ、
「永久戦争
(perpetual war)
」による「世界のアメリカ化」を歩み始めたのである。
2. 石油スーパー・メジャーズの「民主帝国」
グローバリーゼーションが、先進世界全体を目指す段階から、90 年代
末以降、第三世界中心のアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、そして旧社
会主義国全体を包み込む第二段階に入って、多国籍企業が経済的に到達で
きる範囲と、米国政府が、政治・軍事・外交的に掌握できる領域とのギャッ
プが拡大しつつある。ワシントンの巨大権力も、スーパー・メジャーズと
なった多国籍企業のグローバル戦略に沿って、地球全体を覆いつくすこと
はできない。そこで、ネオコンサーバティブ(新保守主義)に基づく、ア
メリカの軍事ドクトリンがこの距離を埋めようとしている。
20 世紀末に、米国の 1 位と 2 位の国際石油資本エクソンとモービルが
合併し 3 位・4 位のシェブロンとテキサコが合併し、続いて英国石油=BP
が、旧ロックフェラー・スタンダード系のアモコ(スタンダード・インディ
アナ)と ARCO を買収合併した。BP は 1980 年代にスタンダード・オハ
イオを買収している英国石油資本と旧スタンダード石油三社の統合体に出
来上がった。さらに、旧スタンダード系のコノコが、独立系の大石油資本
が合併して、さながら「スタンダード石油の復活」といわれた。
石油メジャーは、スーパー・メジャーとなり、中近東のみならずカスピ
海、西アフリカ・小アジアや南アジアに新油田を求めてグローバル展開を
はかろうとする時、最も重要な中東油田の中心地=イラクのメソポタミア
油田は、独裁者フセインの反米石油戦略によって、イラクの大油田は、ロ
シア、フランス、中国、イタリ−、スペインや韓国、インド、マレーシア、
インドネシアなどの石油会社に分譲されていたというのが 21 世紀初の有
様である。
加えて、米国と「特別な関係(ワシントン=リヤド枢軸)
」にある世界
最大の石油・ガス資源国のサウジアラビア王国の政情は不安定で、反米運
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4
5―
動が盛んである。中東三大油田の一つであるイランにいたっては、1980
年に米国国際石油資本を追放したままであり、ロシア・フランス・ドイツ・
中国との石油開発交渉も次々と実現している。英国や日本にも世界最大級
といわれるアザデガン油田開発への参加を呼びかけた。
中東油田地帯を「アメリカの死活的国家利益(national vital interest)
」
とアイゼンハワー以来の歴代米国大統領は呼んできたが巨額の資金力と経
営力を持つスーパー・メジャーが成立した段階で、米国の「中近東石油帝
国」は落日の危機を迎えていた。小アジア油田の前庭=アフガニスタンの
占領に続くイラク単独侵攻は、国際石油資本の力量に見合った軍事ドクト
リンの実現であった。
攻撃計画は、2001 年 9 月の同時多発テロ直後から最初は国務省で、続
いて国防総省で国際メジャー代表も参加して樹立され大量殺戮兵器などは
存在しないことを確かめた上で油田と石油省を避けて攻撃が実行された。
同時に、「中東の民主化」をブッシュ・ドクトリンは主張し続け、西欧式
の自由と民主主義の王国を拡大中近東(北アメリカと中東)へ広げ自由市
場経済に見合った政治的土台を築くと主張している。
3. 軍事帝国主義+理想主義的帝国主義
米国の歴史学者のポール・ケネディ=エール大学教授は、イラク侵攻・
イラク占領について「ウィルソン大統領の理想型帝国主義とレーガン大統
領型の力の政策の奇妙な合成体」と述べている。チャマーズ・ジョンソン
=カリフォルニア大学(サンディエゴ)教授は、「セオドア・ルーズベル
ト流の軍事的帝国主義とウドロ・ウィルソン流の理想的帝国主義の複雑な
重合」と定義している。
ジョンソン教授によれば、根底をなすネオコンサーバティブ思想は、
1930〜40 年代のトロツキズム運動に根を発し、冷戦期の 30 年間は、反共
自由主義(anti-communist liberalism)として生き、レーガン政権期に軍国
主義(militalism)と右翼帝国主義(right-wing imperialism)を吸収して、
イスラエルによるイラク原子炉への「先制攻撃(preventure war, 1981)
」と
「民主主義の強制普及(forcible spread of democracy)
」を主張してきた32)。
ネオコンの代表者である国防副長官ポール・ウォルビッツは、
「巨大な
米国軍事力を使って独裁政権をリベラル・デモクラティック政権に変える」
とイラク戦争直後の閣僚会議で強調し、座長のブッシュ大統領も「米国外
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4
6―
交の革命(revolution in American foreign policy)
」を宣言した。
これをブルッキングス研究所の論者たちは、
「ネオコン・クーデター(the
neoconservative coup)」と呼び「ブッシュは、ネオコン・イデオローグの
青二才の道具(the callow instrument of neoconservative ideologues)
」と呼
んでいる。ブッシュ大統領の最近の愛読書は、ネオコン外交の聖書といわ
れる「民主主義の擁護−独裁と恐怖に勝利するための自由の権力(The
Case for Democracy : The Power of Freedom to Overcome Tyranny and
Terror)」であり、著者はロシアから逃れてきたイスラエルの大臣経験者
のナタン・シャランスキー氏である。
「自由と民主主義」の旗を掲げて、米国の歴代政権は、イランのモサデ
ク政権を倒しキューバのカストロ政権の転覆をはかり、チリのアジェンデ
政権、ニカラガのサンディニスタ政権を倒し、セルビアのミロセビッチ政
権を追放してきた。これに続いて、ブッシュ政権はアフガニスタンのタリ
バン政権をイラクのフセイン政権をいう軍事独裁政権を倒したが、前の政
権との違いは、自ら進んで先制攻撃を仕掛ける「自発性」
(Willingness)に
ある33)。現代多国籍企業のグローバル戦略の要求にマッチしている。
そのために、テオドア・ルーズベルトやウドロ・ウィルソンの「帝国思
想」をネオコン流に活用する。周知のように、100 年前の帝国主義時代に、
世界の分割がほぼ完了した段階で、出遅れた米国が、非公式の軍事介入を
行なうべく、1904 年にセオドア・ルーズベルトが「国際的な警察権力」の
行使を表明し「偉大な自由の民は、悪の力(独裁と専制)を前にして無力
であってはならない。それは、自分に対する義務にして全人類に対する義
務である。
」と世界戦略を宣言した。
それは、パリ講和会議でのウドロ・ウィルソンが打ち上げた植民地・半
植民地・従属国の自由・独立・民主・互恵平等の「理想主義的帝国主義」
に通ずる。その延長線上の 1920 年代、ドイツが第 1 次世界大戦で敗北し
た後、英仏の独占支配に組み込まれようとしていたメソポタミア油田に、
ワシントン外交の圧力を活用してスタンダード石油が介入し、英国石油や
ロイヤル・ダッチ・シェルとともにバグダッドを米英国際石油資本の完全
な配下に置いた。フランスを漸次、隅に追いやりつつ、1930 年代前半に
は、中東全域を米英国際石油カルテルの下に治めた。
アメリカのコーポレート・リベラリズムが導いた「発展期」
(progressive
ages)のアメリカの夢を、スーパー・メジャー化した多国籍企業のグロー
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4
7―
バリゼーションの時代に再現しようというのである。途上国も含めた世界
中の国々を、多国籍企業のグローバル秩序の管理にふさわしいように変革・
改造し、グローバル資本主義の拡大再生産を拓くというのが米国の国家的
中心課題である。
グローバリゼーションは、20 世紀末の先進国中心から、開発途上国を
包含し、多国籍企業の途上国への生産と利益依存が急速に高まっている。
経済的権力の及ぶ範囲は急速に拡大して行くが、領土的には、はるかに限
られた範囲でしか、経済の至上命令を伝える行政力しかなく生産と市場経
済の運営に必要な社会秩序を維持することができない。グローバリゼー
ションでは、米国の国家としての領土的な境界と政治的な支配力をはるか
に超えた国際経済における覇権に依拠している。
グローバリゼーションの「帝国」は、「古典的帝国」のように軍事力で
はなく、経済力によって世界を支配しているが、軍事力の必要がなくなっ
たわけではない。いや、ビッグ・ビジネスのグローバルな資本の回転や展
開の必要性に米国の軍事力が対応しきれなくなったというのが現実である
(ペンタゴンは、世界の数カ国に常時軍事介入するようになった)
。
「米国の任務は、永久戦争をすることではないし、ましてや帝国の拡大
でもない。それは、グローバリゼーションのボディガードとして奉仕する
ことであり、何時でも何処へでも必要な時に開発途上国へ出動できること
である。
」より具体的には、「途上国では巨大怪獣のレバイアサンであり、
先進中核国コミュニティでは、『秩序の監督官(sysytem
administrator)』
となることである」とトーマス・P・M・バーネットのベストセラー「ペ
ンタゴン新地図(The Pentagon’s New Map)
」はいう34)。
ブッシュドクトリンの経済・軍事政策に米国金融エスタブリシュメント
の代表者であるボルカー(前 NY 連銀理事長)
、ルービン(前財務長官、
現シティグループ会長)たちがどんなにしかめ面をしても、ネオコン思想
を導き手としつつブッシュ政権は、多国籍企業のためのグローバル・ネッ
トワークの帝国秩序の構築に全力を上げているつもりなのである。
国際担当のライス大統領補佐官が国務長官となり、ラムズフェルド国防
長官の発言力が強化される第二期ブッシュ政権下で、この二人は、国際石
油資本(シェブロン・テキサコ)
、国際医薬資本(ファイザー)の社外重
役を務めてきたことを忘れることができない。国防長官としてのラムズ
フェルド氏は、1930 年代のベトナム戦争時には長期米軍の早期撤退を主
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張したが、同じ勝ち目のない戦争でありながら、イラク戦争後の米軍駐留
を主張している。国際石油資本の中東石油帝国の再構築を急がねば、米国
の「死活的国家利益」が失われると信じているからである。
4. イラク「民主化」と軍事基地網
ブッシュ政権にとって、イラクの民主化は「拡大中近東」の油田地帯要
衝として、ここに原油生産拠点の再構築して現代ペルシャ民主帝国の軍事
基地を親米現地政権下に樹立しようとしている。
そのために、ブッシュ大統領は、セオドア・ルーズベルトの「軍事帝国」
の前例に習い、軍事基地ネットワークを構築し、ウドロ・ウィルソンの「理
想主義的帝国主義」のモデルを活用して「軍事占領下」の総選挙を強行
し、親米政権の自治政府を樹立しようとしている。 イラクの民主化は、
メソポタミア油田の中心地を制圧したイラク戦争の延長線上にあり米国内
のイラク早期撤退論が強まる中で、早期に軍事基地を構築しようとしてい
る。米国内では、60 年代のベトナム戦争時ほどには反対論が強まってい
ないとしても、グローバリゼーションの中で広くコミットメントを地球上
に分布したブッシュ政権は、イラクに続いて、アフリカ、小アジア、南ア
ジアなどに、すみやかに兵力展開を行なわなければならない(ペンタゴン
の軍事基地再編成・図Ⅰ参照)
。
現代のアメリカ民主帝国は、経済力によって世界を支配するのであって、
古典的な帝国のように入植者たちが居すわって、抑圧と軍事力を行使する
のは時代にそぐわない。多国籍企業の見えざる権力によって操作される市
場の命令が遂行する。
スーパー・メジャーの至上命令が普遍的になったにもかかわらず、軍事
力の必要性が欠かせないところに問題がある。
ブッシュ政権の新しい民主帝国主義のドクトリンは、デモクラシーの拡
張とアメリカン・キャピタリズムの膨張とを一体化させているところに特
色がある。旧来の帝国主義のように領土的占領を目指さないにもかかわら
ず、軍事的介入を新たな段階へ高めようとする。
1951 年に、英国石油を接収した民族主義的なモサデク政権をアイゼン
ハワー政権が倒し、パーレビ二世の軍事独裁政権を押し立て、米英国石油
資本の王国を樹立したのに似ている。
ブッシュ政権は、米国撤退要求がイラク内外から高まる中にあって、効
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4
9―
果的な駐留軍撤退の「出口」を探る。けだし、ベトナム戦争よりは、イラ
ク戦争のほうがはるかに、ワシントンと多国籍企業にとって重要であり、
米軍の軍事コミットメントの基地と拠点を、撤収の前に構築しようとして
いる。20 万人の「イラク現地軍の育成」と同時に、バグダッドを石油生
産拠点のモスール、キルクークなど 14 ヵ所の米軍拠点では急ぎ、軍事イ
ンフラの構築がなされている。
ペンタゴンは、イラクの基地をつなぐハイテク通信網の構築に取りか
かった。つまり、イラク国内の 12 ヵ所に巨大軍用通信中枢を設け基地間
をグローバル・クロッシング社の光ファイバーを結び、アメリカ軍の緊急
展開や将来の地域軍事同盟拠点へ仕上げようとしている。
イラクのハイテク通信基地は、クウェート、カタールやアラブ首長国連
邦(UAE)の米軍基地をつなげる計画である。すでに、米軍はサウジア
ラビアの基地から撤退している(けだし、サウジの石油生産基地やパイプ
ライン石油化学コンプレックスは軍事衛星が監視する米軍システムによっ
て防衛されている)がイラク基地は、その米国サウジ基地の機能も代行し
ようというものである。
さらに、重要なことは、湾岸諸国の米軍基地やペルシャ湾の米海軍とも
つながる新鋭のイラク軍基地は、ブッシュ政権が、拡大中近東における最
大の仮想敵国とするイラクにも軍事圧力をかけようというものである。
不安定化するサウジアラビア有事の際とイランの「核疑惑圧力」に対応
できるのをはじめ、ペルシャ湾岸一帯を監視する恒久基地ネツトワークの
構築へとつながって行くのである。
日本のエンジニアリング会社や総合化学会社が受注しているサウジアラ
ビア、クウェート、カタールなど 25 カ国の石油関連プロジェクトもこの
中に組み込まれて行くことになろうとしている。
5. 新中東軍事同盟
基地の構築は、周辺国諸国との対立を強め米国の長期駐留は必要になる。
イランの核兵器開発を促進させる可能性もあり「湾岸協力機構(Gulf
Cooperation Council = GCC)」のバーレーン、クウェート、オマーン、サ
ウジアラビアと UAE 内部の不安定性が高まる可能性も強い。
そこで、イランを主敵として、アメリカ軍を中心に GCC 諸国とイラク
新国家との三勢力で軍事同盟を結ぼうとしている。かくしてペルシャ湾の
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油田地帯全体が軍事同盟に包まれ、ここにアメリカ型の民主主義が押しつ
けられて、国際石油資本はじめ米国多国籍企業の自由市場経済の王国を築
こうという戦略が動き出す。
それは、1954 年、パーレビ専制によってイラン油田での地歩を再構築
した米英が中東軍事同盟(Central Treaty Organization)と、イラン、イラ
ク、パキスタン、トルコ、英国で、バグダッド条約に基づいて樹立した先
例に習ったものである(58 年にイラクが、 79 年にイランが脱けて崩壊)
。
CENTO は、イラン革命によって、米英国際石油資本が完全に追放される
ことによって崩壊した。その後、アメリカがサダム・フセインを通じて、
支援したイラン・イラク戦争でも、イランの資源ナショナリズムによる米
国国際排除の体制は崩せなかった。予定されている新中東軍事同盟は、ア
メリカが中心となって(1)イラクの治安、(2)イランの「核武装」
(3)
ペルシャ湾協力機構諸国(バーレーン、クウェート、カタール、サウジア
ラビア、アラブ首長国連邦=UAE)内部の地域不安定の三要素に対して
軍事的に対抗しようというものである。この三つの要素を解決することは
容易ではない。イラクの治安悪化は親米新政権が成立してから激しさを増
し、イランの軍事力は、クウェートやサウジアラビアの軍事力を圧倒する
ことができる。サウジアラビア内部における反米感情の高まり、米−サウ
ジ政府間は緊張の度を増している。軍事同盟は米軍の中東プレゼンスを加
速する。
米第五艦隊はバーレーンに基地を置き、ペルシャ湾で活動し、米空軍は
カタールに新たな基地を置き、陸軍はクウェートとカタールにあって、中
東各国軍の訓練も行なっている。
だが、「イランの脅威」に対処するには不十分だというので、イラク新
政府をアメリカの庇護下に置きつつ、イラク内に空軍基地と陸軍の基地を
置き、イランとサウジアラビアを制空圏下に置き、油田地帯を、アメリカ
軍の統制下に置く。同時に、GCC 諸国とイラクとの政治関係を強め、「イ
ランの攻勢(Iranian aggression)
」に対しては、アメリカがこれを防衛す
るという姿勢を示しつつ、新たな米国−湾岸諸国−イラクの新軍協力体制
(security condminium)形成へ向かう。この三者の団結によって、イラン
への圧力をかけ、同国とこの軍事協力体制の中に引き入れ、
アメリカの「地
球の裏側からの中東プレゼンス」
(over-the-horizon American presence)を
基に歓迎されるものにして、「中東の平和」=アメリカの軍事力下の平和
―1
5
1―
と石油秩序を維持しようというのである35)。アメリカの「国家利益」と正
義と米軍事力は同一物であり、米(英)石油資本の「帝国」に、アメリカ
型デモクラシーを植えようというわけである。
現実には、石油生産の前に軍事力が先行し、ライス新国務長官は 2005
年 2 月に「圧政の拠点」
「主要なテロ支援国」とブッシュ大統領が呼ぶイ
ランに向けて、(1)デモクラシー国家の団結により、(2)共通の脅威に
向けた共同戦略で(3)自由と民主主義を広げて行く−の三段階攻撃論を
米議会公聴会で主張した36)。
世界最大の石油資源国のサウジ王国が内部から動揺し、OPEC 第二位の
石油産出国イランからは米国石油メジャーが完全追放されている状況を、
イラク戦争の延長線の軍事ビルトによって回復しようとしている。
日本、沖縄太平洋の米軍(陸・海・空)は南西シフトと同時に「急速展
開軍」または「遠征軍」化は「不安定の弧」をうめるために再編成され、
「西南シフト」を志向する自衛隊をも間接的ながら、これに巻き込もうと
している。ブッシュ・ネオコン型ドクトリンの先制攻撃志向(Willingness)
は早くも動き出している。
だが、イランは、独・仏・露・中が石油ガス開発協力で関係を深め、右
四カ国はイラクからは、米英単独占領によって、イラン油田開発権を奪い
去られた。4 ヵ国は、米国の新中東戦略やイラン攻撃に対抗する共通利益
を抱き、イラン石油ガス開発へ進み37)、日本と英国もまたイラン油田の開
発プロジェクトを持つ(米国が反対で調整中)
。米国のイラク攻撃の賛同
者なりえない。
特に中東のいずれの国々とも敵対関係にない唯一の国としての日本はま
た、イランやサウジアラビア、クウェート、アブダビ、カタールなど全湾
岸諸国の石油・天然ガス・石油化学プロジェクト主契約者として関与して
いる。独仏中露、また英国やインドとともに、湾岸のいずれの国との対立
とも国家的損失をこうむる。ましてや、「不安定の弧」の中の「グローバ
ルな新しい脅威」とブッシュ政権の主張するイランとの対立による石油輸
入の途絶は、日本はもとより、中国・韓国にも大打撃となる。米軍の南西
シフトと中東軍事同盟に自衛隊がイラクを契機に引き込まれて、南西展開
へ乗り出すこと。つまり、100 年前のセオドア・ルーズベルトの軍事帝国
主義に始まる旧米の石油帝国主義に取り込まれるとすれば、日本は中東、
アラブのみならず全アジアからも孤立する。
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2―
21 世紀の石油エネルギー外交の世界には、独仏伊やノルウェー、スペ
インの欧州石油メジャーズやロシア、中国、インド、ブラジル、東アジア
新興国の国営石油会社そして、サウジアラビア、イラン、ベネズエラ、ク
ウェートなどの国家石油会社も主役として動き始め、ブッシュ・ネオコン
型の「石油軍事帝国主義」による独壇場ではなくなった。独仏中露が「中
東の米国をいかに管理するか」を協議し、英国をにも参加をうながしてい
るのが現状である。日本がどこまで、米国のイラク戦略に協力するかを世
界が注目している。そして、100 年前の軍事的石油帝国主義によらない平
和的な、21 世紀型の国際石油取引と石油安全保障について、中国・ロシ
ア・欧州とも協議を開始する時である。
(注)
1 )Jeffery E. Garten, “The Global Economic Challenge”, Foreign Affairs, January/
February, 2004, p.39.
2 )Ibidi, p.37.
3 )Ibidi, p.37.
4 )Charles Johnson, “The sorrows of Empire, Militarism, Secrecy and the End of the
Republic”, New York Henry Holt, 2003, p.1.
5 )John Bellamy Foster and Brett Clank, “Empire of Barbarism”, Monthly Review,
December 2004, p.1
6 )Editor, “The Failure of Empire”, Monthly Review, January 2005, p.5.
7 )Guy Dimmore, “Would Condi and Dubbya really start another war?”, The New
statesman, February 14, 2005, p.16.
8 )Editor, “U.S. Imperialism, Europe, and the Middle East”, Monthly Review,
November 2004, p.19.
9 )Ellen Meiksins Wood, “Empire of Capitalism”, VERSOBOOKS, 2003, p.155.
10)Peter Gowan, “The Global Gamble”, VERSOBOOKS, 1999, p.87.
11)John Bellamy Foster and Robert W. Mackenzie, “The American Empire-Pay
America or Pax America”, Monthly Review, september 2004, p.1.
12)Bashir Abu-Manneh, “The Illusions of Empire”, Monthly Review, June 2004,
p.38.
13)Jan Nederveen Pieterse, “Globalization or Empire”, Routledge, 2004, p.42.
14)Samir Amin, “U.S. Imperialism, Europe, and the Middle East”, Monthly Review,
Novemer, 2004, p.21.
―1
5
3―
15)Ibidi, p.22.
16)Roger Burback & Jim Tarbell, “Imperial Overstretch, George W.Bush & the
Hubris of Empire”, ZED Books. (London, New York), 2004, p.194.
17)Thomas P.M.Barnett, “The Pentagon’s New Map”, G.F.Putman’s sons, 2004,
p.298.
18)Jan Nederveen Pieterse, op.cit., p.43.
19)Jeffery E. Garten, op.cit., p.39.
20)Roger Burbach & Jim Tarbell, op.cit., p.149.
21)Ellen Meiksins Wood, op.cit., p.166.
22)Jeffrey E. Garten, op.cit, p.45
23)Jan Nederveen Pieterse, op.cit., 2004, p.41.
24)Michael Hardt, Antonio Negri, “Empire”, Harvard, University Press, 2003, p.13.
25)John J.Measheimer and Stephen M.Walt, “An Unnecessary War”, Foreign Policy,
January-February, 2003, p.54.
26)Michaet Hardt, Antonio Negri, op.cit., p.189.
27)Peter Gowan, op.cit., p.25
28)Kenneth M.pollack, “Secure The Persian Gulf-Washington Must Manage Both
External Aggression and Internal Instability”, BROOKINGS REVIEW, Fall, 2003,
P.19.
29)Eric Watkins, “Iraqi Oil production will depend on political developments, Oil
minister says”, Oil & Gas Journal, February, 14, 2005, P.31.
30)Editor. “The World Bank, Wolf at the door”, The Economist, March 19th, 2005,
P.13.
31)Andrew Morablic, “Dream on America,”, Newsweek, February 2, 2005, PP.24.33.
32)Steven R. Weisman and David E. sanger, “Aid Says Democratization Bush
Speech Not a signal of New policy”, The New York Times, January 22, 2005
33)Ivo H. Daalder and James E. Lindsay, “America Unbound-the Bush revolution in
Foreign Policy”, BROOKINGS REVIEW, Fall, 2003, p5.
34)Thomas P.M.Barnett, “The Pentagon’s New Map-War and Peace in the Twenty-
First Century”, G.P.Putman’s sons, 2003, p298.
35)Kenneth M. Pollack (Senior fellow in the Brookings Foreign Policy
Studies Program), “Secure the Perisian Gulf”, BROOKING STUDIES
REVIEW, Fall, 2003. pp.21.22.
36)Guy Dinmore, “Rice pledges a war on ‘tyranny’”, Financial Times, January
―1
5
4―
19.
37)Matthew Karnitsching, “European Firm React to U.S. Hard Line on Iran”,
The Wall Street Journal, January 28, 2005
―1
5
5―