亀頭部に乳房外Paget病様病変を生じた 膀胱癌の経尿道的直接浸潤例

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(6), 647-649, 1986 (昭61)
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亀頭部に乳房外Paget病様病変を生じた
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膀胱癌の経尿道的直接浸潤例
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平岩 厚郎
高井 和子* 岡村 菊夫* 安江
隆**
要 旨
既往歴:昭和55年に膀胱癌(浸潤癌grade
亀頭部に臨床的に乱病理組織学的にも乳房外
皮癌)の診断.高齢でもあるので膀胱部分切除および
m 移行上
Paget病(以下ep病)に酷似した病変を生じた膀胱癌
放射線治療を受げた.それ以後,膀胱洗浄液中には異
の経尿道的直接浸潤例を報告した.亀頭部にのみ皮疹
形細胞をしばしば認めるも,他臓器への転移は認めら
が見られ,外尿道口部より病変が遠心性に周囲に拡大
れずに現在に至っている.
したこと,組織学的に膀胱癌部より経尿道的な連続的
現病歴:昭和59年秋頃より外尿道口を中心として亀
浸潤がみられ,膀胱癌部,尿道浸潤部,および亀頭部
頭部に紅斑が出現し,少しずつ遠心性に拡大し,やがて
の腫瘍細胞が同一の形態的特徴を有し,かつ同一の特
一部にびらんを生じてきた.時に軽度の痛みがあった.
殊染色所見を示したことから,おそらく膀胱癌が経尿
泌尿器科にてステロイド含有軟膏の外用を行なってい
道的に陰茎亀頭部に浸潤,増殖したものと考えた.文
たが難治のため,昭和60年4月23日当科を受診した.
献的に調べ得た限りでは,本邦において膀胱癌の転移
初診時皮膚所見:外尿道口を中心として亀頭部の約
により陰茎亀頭部にep病様病変を生じたとの報告は
2/3にわたって境界明瞭な類円形の紅斑があり,その一
部にびらんが認められた(図1).浸潤は触れなかった.
なく,本症例が本邦における第一例と考えた.
KOH法にて,真菌は陰性であった.陰茎亀頭以外の部
緒 言
分には,皮疹は認められなかった.
ep病ぱ,内臓悪性腫瘍特に腺癌を時に合併すること
組織所見:亀頭皮疹部と亀頭無疹部より生検を行
が知られている1).一方, epidermotropic carcinoma
なった.亀頭皮疹部では,表皮内に一見Paget細胞を
の報告2)は非常に稀であるが,最近Metcalfら3)は膀胱
思わせる細胞群が認められた.これらの細胞は,淡染
癌由来の亀頭部のepidermotropic
性の明るい胞体と,大きな類円形の濃染性の時に偏在
carcinomaを報告
している.
する核を有し,異形性が強く,散在性,胞巣状に,表
我々は,臨床的にも,組織学的にもep病に類似し,
皮の一部あるいは表皮全体にわたって,浸潤が認めら
しかも亀頭部のepidermotropic carcinomaをも疑わ
れた.すなわち,一部では穎粒層内あるいは角層内に
せた,膀胱癌の陰茎亀頭部への経尿道的直接浸潤例を
まで腫瘍細胞の浸潤が認められた(図2).光頭的に,
経験したので報告する.
症 例
患者:75歳,男性.
主訴:亀頭部の皮疹.
家族歴:特記すべきことなし.
名鉄病院皮膚科(主任 高井和子部長)
*同泌尿器科
**名古屋大学医学部皮膚科教室(主任 大橋 勝教授)
Atsurou Hiraiwa, Kazuko
Takai, Kikuo
Okamura
and Takashi Yasue : A case of Paget's disease like metastatic skin carcinoma
involving
the
glans penis originating from bladder carcinoma
昭和60年12月25日受付,昭和61年3月3日掲載決定
別刷請求先:(〒451)名古屋市西区松前町3
鉄病院皮膚科 平岩 厚郎
−45 名
図1 陰茎亀頭部の皮疹
平岩 厚郎ほか
648
図2 亀頭皮疹部の組織像(HE染色×150)
図4 切断陰茎の縦断面
図3 膀胱癌の組織像(HE染色×150)
図5 尿道の組織像(HE染色×75)
↓:図5の部位.▼:尿道上皮内および表皮内に腫
ほとんどの腫瘍細胞質内に赤色に染まる穎粒が認めら
瘍細胞が認められる範囲
れ,多くはジアスターゼ消化性であった.また,アル
腫瘍細胞間に細胞間橋は見られず,正常細胞との間に
シャソブルー染色ではごく少数の腫瘍細胞のみ陽性
はcleftが認められた.真皮には表皮内に認められた
で,トルイジンブルー染色における異染性はみられな
様な腫瘍細胞は見られなかったが,真皮上層にリンパ
かった.
球と組織球からなる帯状の細胞浸潤が認められた.皮
治療および経過:以上の所見より亀頭部への膀胱癌
疹部より約5mm離れた亀頭無疹部でも,前者と同様の
の経尿道的浸潤によるepidermotropic
所見が認められた.
考え,昭和60年6月5日陰茎を根部の一部を残して切
以前に切除した膀胱癌組織標本を詳細に観察したと
断した(図4).
ころ,非乳頭型移行上皮癌grade
陰茎組織所見:亀頭部以外の陰茎表皮内にも所々胞
m で筋層まで浸潤し
ていたが,ところにより扁平上皮化生や腺上皮化生が
carcinomaと
巣状に腫瘍細胞が浸潤増殖している像が認められた.
認められ,特に腺上皮化生部の所見は,亀頭部の腫瘍細
また,尿道上皮内にも腫瘍細胞の浸潤がみられ,この
胞に形態的に酷似していた(図3).また,膀胱粘膜のリ
所見は切除断端部から外尿道口までほぼ連続して認め
ンパ管と思われる管腔内にも腫瘍細胞が認められた.
られた(図5).尿道上皮内の腫瘍細胞の形態は多様で,
そのため,膀胱癌の経尿道的な陰茎亀頭部への浸潤
典型的な移行上皮癌の像を示す部分や,亀頭皮疹部表
を疑って,泌尿器科にて尿道生検を行なったが,この
皮内の腫瘍細胞と同様の形態を示す細胞が胞巣状に増
時には特に異常細胞は発見されなかった.
殖している部分などが認められた.また,一部リンパ
特殊染色所見:亀頭皮疹部標本および膀胱癌組織標
管と思われる管腔内に腫瘍細胞が認められた.
本を同一スライドにのせ同時に特殊染色を行なった.
考 按
両標本におげる腫瘍細胞はいずれもPAS染色では,
1) ep病との異同について
乳房外Paget病様膀胱癌皮膚転移
649
ep病は,臨床的には,外陰部や験嵩部等に生ずる境
われた報告7)はあるが,確実な亀頭部のepider-
界明瞭なやや浸潤を触れる潮紅局面という特徴と,組
motropic
carcinoma,
織学的には,
motropic
carcinomaの報告はない.
Paget細胞の存在という特徴を有する
clinicopathological entityである.
あるいは膀胱癌由来のepider-
一方,ep病は内臓悪性腫瘍,特に腺癌を時に合併す
発症機序については,種々の説があるが,いまだ定
ることが知られている.
説をみない4)5)
本症例の亀頭部病変が膀胱癌に関連して生じたと考
本症例をep病とした場合,陰茎には亀頭部以外に
えると,
は皮疹はないので,亀頭部に原発したep病というこ
亀頭部転移,すなわち,膀胱の移行上皮癌由来の亀頭
とになる.しかし,調べ得た限りでは亀頭部原発のep
部のepidermotropic
病の報告はない.ep病の起源は,いまだ不明であるが,
癌が経尿道的に亀頭部に直接浸潤し,増殖したのはい
a)
ep病と膀胱癌が合併した,b)膀胱癌の
carcinoma,
あるいは,c)膀胱
アポクリン汗器管由来と考える6)と,亀頭部には本来
ずれかと考えられる.a)については前述の点から否定
アポクリン汗腺はなく,この点からも亀頭部原発
的である.当初,我々は膀胱癌部のリンパ管と思われ
Paget病は考えにくい.組織学的には,通常のep病に
る管腔内に腫瘍細胞が認められたこと,尿道生検にて
比し,細胞の大小不同,核の異形性,核分裂像が著明
異常細胞が発見されなかったことから,本症例を,b)
であり,また,特染にても一部ジアスターゼ消化性の
であると考えた.しかし,陰茎切除標本より,膀胱癌
PAS陽性で,アルシャソブルー染色はごく一部のみ陽
が経尿道的に亀頭部へ直接浸潤,増殖している像が認
性,トルイジンブルー染色における異染性はみられな
められたことから,c)であると考えた.
かった.すなわち,HE染色でも特殊染色でも典型的
3)陰茎への転移性皮膚癌について
ep病のそれとは異なった所見を呈した.また,膀胱癌
陰茎への転移性皮膚癌の報告は稀で,久保ら8)によ
が5年先行しておりそれと染色動態をも含めて組織的
れば60例に満たず膀胱,前立腺,腎由来のものが多い.
に非常に似通っていたこと,しかも膀胱癌が膀胱組織
転移経路は不明が多いが,一般には直接浸潤,逆行
のリンパ管内にもみられ,尿道にもおよんでいたこと
性静脈性転移,逆行性リソ丿行性転移が考えられてい
が問題となる.
る.本症例も当初は,直接浸潤,逆行性静脈性転移,
2) epidermotropic
carcinoma
との異同について
逆行性リソ丿行性転移が考えられた.しかし,経尿道
悪性腫瘍の表皮内に限局した皮膚転移をepider-
的連続浸潤であることが,陰茎切除標本よりあきらか
motropic
となった.皮疹としては,孤立性硬結が一般的であり,
carcinoma
という.すなわち,皮膚へ転移し
た悪性腫瘍が,真皮の表在リンパ管などを経て表皮内
本例のごとく紅斑で初発するのは稀である.このこと
へ浸潤,増殖したものである.外国では,乳癌,胃癌,
は,他の症例がいずれも組織学的に真皮に腫瘍細胞が
子宮癌,肺癌,膀胱癌,エックリソ汗腺癌,アポクリ
存在することと関連していると思われる.
ン汗腺癌由来のepidermotropic
稿を終えるにあたり,病理学的立場から貴重な御助言を
carcinomaの報告が
なされているが,本邦では,内臓悪性腫瘍由来のもの
頂いた愛知医科大学第1病理学教室原 一夫助教授に深謝
は非常に稀である.本邦においては,前立腺の移行上
致します.
皮癌由来の亀頭部のepidermotropic
carcinomaが疑
文
献
1)林原義明,増田哲夫,斉藤公子,池田重雄,岡田耕
に電顕的研究,日皮会誌,91
市:膀胱癌患者にみられた外陰部Paget病,医薬
の門,25 : 69-74, 1985.
6)
2)川村太郎,池田重雄,船橋俊行:Epidermotropic
carcinoma.胆管癌の転移例を中心に,皮膚臨床,
an
9 : 764-776, 1967.
3) Metcalf JS, Lee RE,
7) Ikezawa
Maize JC : Epider-
Mazoujian
G,
: 1181-1219,
Pinkus
Extramammary
GS,
Paget's
apocrine
origin,
disease,
Aw
1981.
Haagensen
DE:
Evidence
J SurePath,8
for
: 43-50,
1984.
Matsuoka
Z, Ohashi
S : An
Paget's
Y, Nakajima
unusual
disease,
/
H, Nagai
case
motropic
urothelial carcinoma involving the
glans penis,Arch Derm, 121 : 532-534, 1985.
4)荒尾龍喜:Paget病および乳房外Paget病.現代
mary
Dermα
皮膚科学大系第9巻, p235,中山書店,東京, 1980.
5)大山勝郎:乳房外Paget病の臨床病理学ならび
文:陰茎に生じた転移性皮膚癌の1例,臨皮,37
of
R,
extramam-
氈C4:19-25,
1977.
8)久保和夫,橋爪鈴男,下田祥由,栗原正典,高橋俊
933-936,
1983.
: