巨大隕石の衝突とエネルギー 1.隕石の衝突 恐竜の滅亡は隕石の衝突によって引き起こされた地球システムの乱れによるものと されています。この隕石衝突のエネルギーというのは、凄まじいものだったようです。 6500 万年前のユカタン半島は現在より東に位置し、数百メートルの海底下にあった と考えられています。そこに直径 10km を超える巨大隕石が、およそ 20km/s を超 える速さで衝突したのです。巨大隕石は地殻を突き破って、直径 200km にも及ぶク レーターを形成したわけですが、これによって、巨大地震、津波、森林火災、オゾン層 破壊、酸性雨などあらゆる種類の破壊が起こり、地球上の生物種の 70%が死滅して しまったといわれています。 隕石が衝突してからの様子を松井孝典氏の「地球の哲学」(PHP)から引用してみ ましょう。 隕石が衝突した瞬間、衝突地点はバーンと もの凄い勢いで吹き飛ばされ、大地は深くえ ぐられました。衝突天体の2倍くらいの岩石 が融け、300 倍くらいの質量が粉砕され、細 かな粉塵になって大気の上層に飛び散り、 大気圏を抜けて宇宙空間にまで大きく広がり ました。 ↓ 融けた岩石は上空で冷えて高熱のガラス 粒になり、岩石破片とともに火の粉のように いっせいに地球上に落ちてきました。 ↓ その結果、大地は過熱され、数百度の温度 になり、当時、今の3倍くらい広く地表をおお っていた森林が世界各地で燃え始めました。 そのススが大気中に舞い上がり、大気上層 に漂って太陽光線を遮り、地表はまさに「闇」 の状態に襲われました。 ↓ 衝突直後は視界はゼロに近く、大気中の 大きなチリが落ちて徐々に視界が回復しま すが、その明るさは満月の夜程度でした。こ れに大規模な森林火災によるススの影響も 加わり、暗闇状態は森林火災が終わるまで 続きました。 ↓ 激しい上昇気流の中で、チリやススのまわ りには水蒸気が凝結し、黒い雨が降りまし た。この雨が、猛火が地表の森林を焼き尽く す前に森林火災を鎮火させる役目を果たし ました。 ↓ 一方、衝突地点からは、大振幅の地震波 が広がっていきました。その衝突のエネルギ ーをマグニチュードでいえば13にもなるクラ スの地震エネルギーに匹敵します。我々が 今までに体験している最大規模の地震でも マグニチュード8をちょっと超えるくらいです から、その破壊力は想像もつかないほどで す。 ↓ 同時に海には巨大津波が発生します。な にしろ、直径数百kmの領域の水が瞬時に 蒸発して、変わりにそこに深さ30kmもの穴 が出来るわけですから、そこに周囲の水が 流れ込みます。そこで、今の対流圏の高さよ りも高い水柱が立ち上り、それが崩れて周囲 の海に伝わります。当時のその付近の海の 深さが1kmだったとしても、波高300m以上 の大津波が太平洋、大西洋に伝わっていっ たはずです。 ・・・・・・・・・・。 と、こんな風に続いていくわけですが、恐ろしい光景が目に浮かびますね。 このような環境変化に、当然ながら恐竜は耐えられませんでした。生物は環境に最 も適合したものが一番繁栄しますが、当時の生態系の頂点にいた恐竜は環境変化に 一番弱かったわけです。当時の生物圏の主要な生物種はことごとく絶滅に追いやら れています。 それにしても、このような地球のシステムを大きく変えるようなエネルギーは今の地 球上のエネルギーで考えるとどんなものに相当するのでしょうか。上の文章を参考に して、簡単な数式を使って考えて見ましょう。 2.エネルギーの変換率 エネルギーの話の前に、力学的エネルギー、熱エネルギー、電気エネルギーにつ いて触れておきましょう。これらのエネルギーは互いに行き来できる物理量です。そこ で、これらの換算率を示しておきましょう。 (1)質量1g の物体に働いて、1cm/s2 の加速度を生じさせる力の大きさを 1dyn (ダイン)といいます。 ある物体が、1dyn(ダイン)の大きさの力を受けて、その方向に1cm動いたときの 仕事の量は1erg(エルグ)といいます。すなわち、エネルギーのcgs単位はergです。 ここに、cgsとはセンチメートル(記号:c)、グラム(記号:g)、秒(記号:s)を意味します。 (2)質量1kgの物体に働いて、1m/s2 の加速度を生じさせる力の大きさを1N(ニュ ートン)といいます。 ある物体が、1Nの力を受けて、その方向に1m動いたときの仕事の量は1J(ジュー ル)といいます。すなわち、エネルギーのMKS単位はJです。ここに、MKSとはメート ル(記号:M)、キログラム(記号:K)、秒(記号:S)を意味します。 cgsとMKSの関係は、1J=107erg および 1dyn=10-5N です。 (3)水1g(グラム)の温度を摂氏1度だけ上昇させるのに必要な熱エネルギーを1cal (カロリー)といいます。また、熱の仕事当量は1cal=4.2Jです。 (4)1J(ジュール)は1W(ワット)の仕事率が1秒間にする仕事です。Wは、電力の単 位として使われています。 1kW時=3600 秒/時×103(W) =3.6×106(J) =3.6×1013(erg) =0.86×106(cal) のように換算することが出来ます。 3.エネルギーの比較 隕石を球体とすれば、隕石の運動エネルギーは で表されます。ここに、ρ は隕石の密度、mは隕石の質量、vは隕石の速度、また、隕 石は半径Rの球形と仮定し、計算に用いる物理量は、それぞれ、ρ=5.0g/cm3、R= 5 km、v=20km/s とします。 したがって、隕石が持っているエネルギーは =5.2×1023(J) となります。そこで、この値が地球上の自然現象のエネルギーに比べてどの程度なの かをみてみましょう。 (1)まず、平均的な台風や火山活動の持つエネルギーは 1025erg(1018J)といわれて います。これを地球レベルの年間のエネルギーとして1桁上げて 1019(J)としておきま しょう。 隕石衝突のエネルギー/台風や火山活動のエネルギー=5.2×1023/1019=5.2×104 すなわち、隕石の衝突によるエネルギーは、台風や火山活動のエネルギーの1年 分に比べて、約 5 万倍も大きいことが判ります。 (2)次に、地震のエネルギーに比べるとどうでしょうか。地震が持つエネルギーは 2.0×1024erg(2.0×1017J、マグニチュードでいえば 8.3 相当)ですが、大型の地震でも この程度ですから、台風に比べれば1桁小さくなります。これも地球レベルの年間の エネルギーとして1桁上 2.0×1018Jとしておきましょう。 隕石衝突のエネルギー/地震のエネルギー=5.2×1023/2.0×1018=2.6×105 すなわち、隕石の衝突によるエネルギーは地震のエネルギーの1年分に比べて、26 万倍も大きいことが判ります。 地震のエネルギーとマグニチュードとの間には logE=11.8+1.5M の関係がある ことが知られています。そこで、隕石の衝突がどの程度の地震に相当するかをちょっ と計算してみましょう。ただし、Eはerg、Mはマグニチュードを表します。 log(5.2×1030)=11.8+1.5M 30.7=11.8+1.5M ∴ M≒13 となり、マグニチュードに直すと M=13 にもなるわけです。 坪井忠二氏によれば、M=8.6 が上限で、これ以上の地震が起きれば地球が破壊さ れる恐れがあるそうですが、隕石が衝突した時、地球は破壊されなかったわけですか ら、地球はさぞかし大きく揺れたのではないでしょうか。地球の固有振動数は約1時 間といわれていますから、この時地球は私達にとっては長い1時間の周期で大きく揺 れたと考えられます。 大津波で、10 万人以上の死者を出したスマトラ沖地震(2004.12)はマグニチュード 9 といわれており、地球上でも最大級の地震になります。 私が学生時代に東京で体験した新潟地震は振動周期が長く、貧血を起こしたのか と思ったくらいで、後で調べてみると地震の始まりから 10 秒ぐらいは周期の短い波が 続きますが、10 秒以後は 6 秒/サイクルという非常に長周期の波が続いていました。 それに比べ約1時間という地球の振動周期は人間には感じられないかも知れません ね。 いずれにしても、隕石の衝突に比べれば、自然界で起きる台風や地震のエネルギ ーの1年間分など比較になりません。このことを考えれば、直径 10kmもの隕石の落 下は、それは凄まじい光景だったに違いありません。 式 の意味するもの マグニチュード M の地震と、マグニチュード M+1 の地震を比較してみましょう。関係式は それぞれ となります。この2式より、次式が得られます。 すなわち、 となり、マグニチュードが1ランク上がると、32 倍ものエネルギーになります。このこと は、たとえばマグニチュード5の地震が 32 回発生して初めて、マグニチュード6の地震 1 個分のエネルギーが解放されるに過ぎないことを意味します。したがって、小規模の地震 が多発しても、大規模地震のエネルギーが解放されるというわけではないのです。 4.人間が消費するエネルギー ここでちょっと視点を変えて、人間が活動するためのエネルギーを考えてみましょう。 現在、世界の年間のエネルギー消費量は、石油に換算して 90 億トンといわれてい ます。1gあたりの燃焼熱は、石炭が 7000cal、石油が 10000cal 程度ですから、 世界の年間エネルギー消費量=9.0×109×106(g)×104(cal/g)=9.0×1019cal= 3.8×1020(J) となります。 さて、自然に関係する最大のエネルギーは太陽エネルギ ーです。その大きさを見積もってみましょう。 太陽光線に直面した1cm2 あたり、1分間に約2cal という 太陽定数に地球の断面積を掛け、さらに1年分の分数を掛 ければ求めることが出来ます。以下でやってみましょう。 太陽から地球に降り注ぐエネルギーは、毎分 2.0×πR cal です。 2 太陽定数 地球の半径を R=6400km=6.4×108cmとすれば、 1分間に太陽から受けるエネルギー=2.0×3.14×(6.4×108)2=2.57×1018 cal/分 これを1年間に直すと、 太陽から受けるエネルギー=365 日/年×24h/日×60 分/h×2.57×1018cal/分 =1.35×1024cal/年=5.7×1024J/年 となります。これは地球大気の上の縁への1年間に降り注ぐ太陽エネルギーで、こ れがそのまま地面に届くわけではありませんが、以下の議論ではこの値を用いること にします。 ここでも、隕石の衝突のエネルギーと比較しておきましょう。 隕石の衝突のエネルギー/太陽エネルギー=5.2×1023/5.7×1024=0.09 すなわち、隕石による衝突エネルギーは太陽エネルギーの約1割ということになりま す。地表面に到達する太陽エネルギーが半分だとしても、とても大きな値ですね。 比較のためにこれらのエネルギーを表1.に示しておきましょう。これを見ると、人間 活動のエネルギーの大きさに驚かされます。人間活動のエネルギーが、自然界の台 風や地震のエネルギーを超えていることや隕石の衝突や太陽から受けるエネルギー に比べれば小さいことが判ります。 表1. エネルギーの比較 エネルギー(J:年換算) エネルギー比 地震 2.0×1018 5.3×10-3 台風や火山活動 1.0×1019 2.6×10-2 人間活動 3.8×1020 1 隕石の衝突 5.2×1022 1.4×102 太陽 5.7×1024 1.5×104 種 類 表1.を図1.に判り易いように示しておきましょう。 図1. エネルギー比較 ここで、人間活動が地球に及ぼす影響はどう考えたらよいのでしょうか。疑問点をい くつか列挙しておきましょう。 (1)人類が生産と消費のために使用しているエネルギーは先ほど計算したように、 3.8×1020(J)ですが、これは地球に降り注ぐ太陽エネルギーの1/15000 (3.8×1020/5.7×1024=15080)です。 すなわち、地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、人間が消費するエネルギーの 15000 倍になります。 したがって、人間が現在の 15000 倍の規模でエネルギーを消費した時、地球の自然 エネルギーのバランスが乱されて、大変なことが起きるのではないかと心配するのは 杞憂ではないような気がします。 (2)人類が消費しているエネルギーを人間1人当たりに換算してみましょう。 3.8×1020(J)=9.0×1019(cal)を 60 億人で消費していると考えて、1日当たりのカロ リーに換算すれば 9.0×1019/6.0×109/365=1.5×1010(cal)/365=4.1×104 (kcal)/人 人間1人が生きていくのに必要なカロリーは1日 2400 kcal程度ですから、人間の 活動エネルギーは、この値の 17 倍(4.1×104/2.4×103=17)を超えていることになり ます。 すなわち、「大変な大食漢の生き物がこの地球上に 60 億匹も棲んでいる」というとん でもないことになっているわけです。想像するだけでも、この地球に大変なことが起こ っていることが判ります。 (3)表1.を眺めていると不吉な予感がします。というのも、世界のエネルギー消費量 は石油に換算して、1970 年で 50 億トン、2000 年に入ってから 90 億トンですから、こ のままこの状況が続けば、単純に外挿すると、あと 250 年ちょっとで、世界のエネルギ ー消費量は隕石の衝突のエネルギーを超えてしまいます(図 2.)。その時、何が起こ るのでしょうか? 図 2. 人間活動のエネルギーの予測 (4)地球そのものは有限ですから、そこから発生するエネルギーも有限です。これは 地震のエネルギーの分担分、これは太陽エネルギーの分担分というように、全体とし て地球に発生するエネルギーと放出されるエネルギーがバランスを保って、地球は温 暖な気候を保っているわけです。 ところが、「人間圏という新しいエネルギー源」が現れたため、地球のシステムを構 成していた他のエネルギーの流れが変わりつつあるというのが現在の環境問題の正 体です。 さらに、このエネルギーが地球上のあらゆるエネルギーを超えようとしているのです。 現代の科学では人間圏が地球システムに与える影響について解明するのは不可能 ですが、地球の過去に学ぶことは出来ます。同じようなことが過去になかったかどう かを調べることは出来ますし、調べて、今起きている問題と対比させることが出来れ ば、地球環境問題の正体もはっきりするかも知れません。 しかし、人間という特定の生物のみが増殖していくこのような構造は、がん細胞が異 常に増殖して人間を病死させるのと同様に、地球を死滅させることに繋がっていくの ではないでしょうか。宇宙学者のホーキング博士も、かって日本での講演の中で、「地 球のように過剰に進んだ文明を備えた惑星はその結果極めて不安定となり、宇宙全 体の時間からすれば一瞬に近い寿命を終えて消滅する」といっていた言葉を思い出 します。 「これまでの環境問題というのは、人間が生き延びるために環境をうまく管理しよう というだけであり、それでは永遠に環境はよくならない。人間も大自然の一要素として 考えるような環境政策をやらない限り、地球は救えない」とノルウェーの哲学者アル ネ・ネスも言っています。 環境問題は奥が深く、したがって若い人たちがこの分野の更なる解明に参加して、 活躍されることを切に希望します。 2004.4.16
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