中国の軍事情勢とアジアの安全保障

7.『中国の軍事情勢とアジアの安全保障』
拓殖大学 国際学部
教授 茅原 郁生
【はじめに】
中国をウォッチしている者からしますと、このところの日中関係は経済の相互依存が深
まり、お互いに無くてはならない存在になりながら、しかし多くの問題も増えております。
年明けから毒餃子事件があり、昨今はチベット問題が絡み、安全保障面でも課題を抱える
など複雑になっています。
わが国の中国に対する認識は、今日、厳しい状況にあります。しかし中国は大変厄介な
隣人ではありますけれども、好むと好まざるとに拘らずこの国とうまく付き合って行くこ
とが、わが国の将来の発展と繁栄には必要であることも事実です。そこで今日は安全保障、
軍事という観点から中国を私なりに読み解いてみたいと思います。しかし、「群盲象を撫
ず」という諺があるように私の場合、中国の象の牙の部分だけ撫でて、これは大変な軍事
力だというような、見方になるのかも知れません。その辺は、皆様方からご質問やご批判
を頂く中で、お互いに勉強してみたいと思います。
日中関係は小泉総理時代に靖国参拝の問題が尾を引いて政冷・経熱ともいわれるような
冷え切った状態になりました。しかし 2006 年秋に当時の安部総理が最初に中国を訪問し、
凍りついた日中関係の氷を砕き、去年の春には温家宝総理が来日して氷を溶かす旅とし、
そして去年の暮れの福田総理訪中でその溶けた水の流れを川としました。たぶん5月頃来
日される胡錦濤主席によって川に流れる水を平和と友好の海に流す・・というような楽観
的な希望を描くことも出来ます。
しかしそういう中にあってチベットでの人権抑圧のような問題が発生しました。この夏
のオリンピックに向けて燃え上がるナショナリズムがあり、中国は大国意識を強めながら
国家威信の昂揚を図っております。しかし中国にはチベット問題で露呈したような問題点
が内部には多くあり、中国が北京五輪を開催するには国際社会には違和感が存在していま
す。いつもギラギラと軍事力が「衣の下の鎧」として見え隠れしており、この国をどう見
たら良いのか、どこまで信用できるのか、という思いが皆様の中にお有りではないかと思
います。
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Ⅰ 中国はアジアの安全保障のパートナーになるのか?
・・・最近の懸念される軍事動向から
まずは、おどろおどろしくなりますけれども中国がわが国の、或いはアジアの平和と安
定のパートナーに成り得るのか。それとも、安全保障上脅威なのか。とういう辺りから話
しを始めたいと思います。
この所、中国に関して軍事力をバックとした懸念すべき事項を8つほどに纏めてみます。
その多くはいろいろな形で報道されており、反復するかも知れませんが私なりに整理して
みます。
【チベット人権問題への不信】
去る3月 10 日にラサ市内で、ラマ教の僧侶約 300 人がデモ行進をし、公安当局に抑え
られました。その後、ラサ市では市民を巻き込む騒乱に発展し、チベット族の反政府行動
として中国は強権を発動して制圧しました。中国側の表現で言いますと、暴動を鎮圧した
ということになるわけです。しかしこれが武装警察部隊で鎮圧すべき暴動であったのかは
大いに論議があるところです。
ご承知のように中国は国家統合という大きな問題を抱えています。中国は 56 の民族が
合体した多民族国家です。しかも 13 億人という世界人口の 20%を抱えた巨大な国体の中
で北京が中央集権的な統治をしているわけです。どのように巨大国家の統合を守るかとい
う問題は、中国にとって非常に大きな政治課題であるわけです。さらに縁辺地域には 55
種の少数民族が散居しており、その中でもチベット族の外にウイグル族、モンゴル族とか、
或いは朝鮮族とか、かつて中国とは違う独自の問族国家を持った体験を持つ民族がおり、
中国に対して共産党の独裁統治に反旗を翻すという動きこれまでもありました。今回のチ
ベット騒乱もその一端であり、ある意味で中国の少数民族抑圧政策の不備が露呈したと言
えます。
とりわけチベット族について言えば、かつて7世紀には吐蕃王国が遠く中原近くまで支
配したこともあり、当時の唐からはこの国への宥和政策の印とし文成公主がお妃として送
り込まれていたのです。今日、ポタラ宮を見学しましても歴代のラマ教の活仏が祭られて
おりますが、その中にソンツェン・ガンポ国王の像が祭られ、その横に唐とネパールから
送られた二人のお后の小さな像が並んでいます。これらからチベット族が覚えている歴史
体験から独自国家を繁栄させた民族の自負があり、ラマ教と政教一致の安定した統治への
思いがあるわけです。何のゆえに今日、中国の共産党独裁統治の中に従わなければならな
いのか、などの素朴な疑念がふつふつとあったわけです。
このラマ教の中では活仏、生き仏の問題があるわけです。その最高位のダライ・ラマで
すが、この人が東チベットの法王であり、西チベットの法王はパンチェン・ラマです。こ
のパンチェン・ラマ 10 世は、実はわれわれの記憶の新しい段階で亡くなりました。パン
チェン・ラマ 11 世を選ぶのに宗教的な方針で従えば、亡くなった頃に生まれた男の子を
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全国から探し出して、高僧が定めたいくつかの条件に合う人を選び出す。世襲制度ではな
くてある意味では理に適った制度で、常に新しい人を最高位に相応しい条件を整えた子供
を選別し、小さい時から帝王学を学ばせるというシステムであると思うのです。しかし中
国が後継パンチェン・ラマ人選に介入し、別人を選定しました。現在チベットには、伝統
方式によって選ばれたパンチェン・ラマと中国共産党が任命したパンチェン・ラマと二人
居るわけです。このような事態から、チベットでは改革開放政策の中でお金持ちになった
人は別としても、豊かな精神生活の中で、伝統生活を維持したいと願う人達からすると、
中国の少数民族の統治のやり方には我慢ならないということなのだろうと思います。
そういう意味ではダライ・ラマ法王も、老齢化する中で自分の後どういうダライ・ラマ
がどのように任命されるのか、という不安がつのっています。そこで大きく方針転換をし、
独立は求めないけれども、広範な自治を認めるような要求となり共産政権に話しかけてい
るのですが、一向に埒が明かない。
中国としてはこの夏のオリンピックの成功に向けて、すべて不都合なものを封印しなが
ら、世界に向けて立派にオリンピック開催という意欲と成功を誇示したい思いがあって、
ダライ・ラマからの要求に反発しているのだと思います。
3月に発生したチベット騒乱は謎の多い事件でして、ひょっとしたら騒いだ坊さんは解
放軍の軍人が僧衣を着て、やらせだったのではないかという見方も報道されています。さ
らにもろもろの情報がありますが、いずれにしても官憲にとって都合の悪い騒ぎは強権で
弾圧し、封殺してしまうという中国の体質はこれまでもありましたし、今回の可能性も否
定できません。このような中国の姿勢に懸念が抱かれているわけです。
【台湾海峡の緊張問題への憂慮】
台湾統一問題について、中国は国共内戦の延長論で統一を追求しています。中国は共産
党統治の正統性をかけて蒋介石国民党政権の延長にある台湾の統一を求めているのです。
しかし台湾ではご承知のように今日、民主化され、経済発展の成果を享受しています。台
湾では国民党統治の中であって経済発展を遂げ、豊かさを享受できる中産階級層を生み、
その多様な政治的欲求が民進党などの多党制を生み、今日の民主化された台湾に繋がって
いっているわけです。そうゆう中で台湾では 85%の住民が中国との統一を希望しない、台
湾は中国とは別な存在だという意識があるわけです。
他方、中国は「中国は一つ」、「台湾は中国の一部である」という立場を捨ててはいない。
1996 年には、国民の自由選挙による総統選挙で李登輝さんを選出し、2000 年の選挙では
台湾独立を求める野党・民進党の陳水扁さんを辛勝させ、2004 年には連続して選出してき
ました。今年3月の選挙では国民党の英才・馬英九さんが当選して政権を奪還しました。
台湾では、この 1 月にあった立法院選挙で中国からみた与しやすい国民党が圧勝しました。
これは小選挙区制のなせるわざで、実際の総得票数の比例配分と違った3分の2以上の議
席を国民党が独占しています。その上に3月 22 日の総統選挙では再び国民党の馬英九さ
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んが勝利するという、国民党の時代を迎えました。しかし馬英九さん自身は、後でご質問
が出来れば一緒に考えてみたいのですが、必ずしも中国との統一を進めるとは限りません。
「独立しない、統一もしない、武力行使もしない」という「三不政策」をスローガンとし
ており、対米関係の重視など、必ずしも中国の期待に迎合するものではありません。
台湾海峡が危険度を高めることは少なくなりましたが、依然として台湾海峡の軍事的緊
張が無くなることはないと見ております。
【東シナ海の資源開発問題に関わる懸念】
中国との海洋問題は、東シナ海で日本名・白樺(中国名の春暁)、樫(同天崖天)など
のガス田開発を、中国が続けていることにあります。そもそも中国の海洋進出は、海洋資
源の取得のため、沿海地帯の安全保障のため、シーレーン防衛のため、の3つが狙いであ
ると見ております。言うまでもなく中国はユーラシア大陸の東端にある大陸国家です。し
かし中国は近年、海洋国家と自称するようになり、13 億人もの人口の扶養のために海洋進
出を進めています。中国の海洋進出が成功するか、大きな賭です。実際、冷戦時代にかつ
てのソ連が空母を作り、海洋進出を進めてもついにアメリカ海軍力に太刀打ちできずに消
滅しました。それにも関わらず中国が海洋進出を積極的に進める意図は何か、に懸念が抱
かれております
中国の海洋進出の第1の狙いは海洋資源の獲得で、現に東シナ海や南シナ海で海底天然
ガス田の開発に加えて漁業資源の獲得もあります。特にわが国と中国の排他的経済水域の
境界線近傍で中国が、日本国外務省からの度重なる勧告にもかかわらず、わが方の資源を
奪いかねない海底ガス田の開発を進めています。東シナ海では、わが領域内のガス資源を
吸い取ってしまうことが懸念される海洋資源の争奪を巡る国益の紛争要因を内在させてい
ることです。
第2は中国の安全保障上からの対策で、中国の近海防御戦略につながります。中国の今
日の高度経済成長を支えているものは言うまでもなく沿海地方の経済活動です。しかし沿
海地方は太平洋正面からの攻撃に対しては無防備に近い脆弱性を備えております。解放軍
の現状では、アメリカがイラク攻撃などで見せつけたように水平線の彼方からトマホーク
というような巡航ミサイルを撃ってきて、それがピンポイント目標に命中するという攻撃
を受けた場合、防ぎようがありません。今日の中国経済の原動力になっている沿海都市の
破壊は中国経済を崩壊させかねません。中国としては西太平洋の沖合にバッファゾーンを
構築してアメリカ空母を近づけないようにし、トマホークミサイルなどの射程外に米艦艇
を排除するような近海防御戦略を追求しているわけです。中国軍艦側が南西諸島周辺に進
出し、また沖ノ鳥島周辺の海洋調査を進める所以ですが、これがわが領域を不安定にし、
排他的経済水域内に出没して憂慮を抱かせているのです。
第3は、中国の遠洋進出の不気味さです。膨大な人口の圧迫に喘ぐ中国はまずエネル
ギー資源の不足に悩み始めました。今日、中国は多くの重要資源の不足に窮しております
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が、特に石油資源の不足が深刻な問題です。06 年の統計では1億4千万トンの石油を海外
から輸入しました。中国の石油輸入量は 2020 年で2億5千万トンになると予測され、や
がて中国は世界最大の石油輸入国になるわけです。このため中国はアフリカ諸国や南米の
ベネズエラなどの産油国に活発な資源外交を展開しており、これ自体が欧州の言う新植民
地主義となっております。ともあれ、海外からの大量の石油搬入に当たって、インド洋を
含めてシーレーンの安全確保が大きな課題として浮上してきました。このため中国は海軍
力の強化を進め、空母保有が予測されるようになりました。このような力で海洋進出を進
めようとする中国は海洋国家としての日本に不安と脅威を感じさせているのです。
これらを背景として日中間の東シナ海問題は、安倍訪中、温家宝来日、そして昨年末の
福田訪中と両国の首脳の相互訪問にも関わらず一向に解決しない、重要な懸念材料であり
続けるわけです。(注:胡錦濤主席の5月の来日でも解決を見ず、継続審議とされた)
【米太平洋司令官が明らかにした警戒】
先に見たような中国の海洋進出の懸念に加えて、ハワイにある米太平洋軍司令官キーテ
ィング海軍大将が先般アメリカの上院外交委員会で中国の軍事力強化の意図について証言
をしたことから、警戒感が強まりました。それは彼が去年中国を訪問したときに会談した
中国の軍高官(中国海軍司令官だったと思われる)から太平洋の米中海軍による共同管理
案が示されたと言うことです。米海軍はハワイを基点とした東側の太平洋を、中国海軍は
ハワイから西の太平洋を、共に分割管理しようというものだった由です。これはキーティ
ング大将もジョークだと思うとしているように、白髪三千丈の世界の話かも知れません。
実際、現在の中国にはそのような海軍の実力は備わってはおりません。しかしやはり中国
が海洋進出に並々ならぬ野心を持ち、ひいては領地拡大、支配領域の拡大についての大き
な野望をもっているという証左と受け止められ、警戒されているわけです。
【米国防総省が指摘する中国軍事力への警戒】
米国防総省は毎年の議会宛に「中国軍事力」レポートを出しますが、今年は例年よりも
2ヶ月早く3月3日に提出され、同日公表されました。本年版の報告もまた中国で進めら
れる軍事力の強化動向に懸念を表明しております。2000 年以降、同レポートはだんだん中
国に対する警戒感を強めております。実際、中国の本年度の国防費は、昨年度に比べて 17.
6%増額され、中国の国防近代化に賭ける強い意図を見せつけております。米国は、やが
て近代化を達成した中国軍事力は太平洋で米国益に挑戦してくる、世界的な覇権を追求す
る可能性もある、など厳しく警戒をしております。
【中国能中郷撃能力への懸念】
中国はなお記憶に新しい昨年1月に自国製ながら衛星をミサイルで撃破しました。中国
はかつて 90 年代に気象衛星「風雲一号」を打ち上げ、経年変化で役立たなくなった用済
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み後の気象衛星を 862 キロ上空で撃墜しました。太陽電池で発電するために羽を広げると幅
は9m位になる、本体の直径は 2,3mのこの小さな物体ですが、中国はこれを地上からミ
サイルで撃墜しました。このような能力を持っているのは冷戦時代のアメリカ、ソ連に次
いで中国が3番目の国になります。実はアメリカ、ソ連はすでに 1985 年から宇宙の安全
性のために、衛星撃破は相互に自粛してきました。実際、中国が今回打ち落とした衛星は
破片からチリ状まで含めれば 200 万個ともいわれる宇宙ゴミとなって雲のように地球を
回っているわけです。それは同じ軌道を回る他の衛星を傷つけ、障害をもたらします。実
際、今日の宇宙利用は携帯電話の送信から気象観測、映像送付、資源探査などと多様に拡
大されており、これら衛星による平和利用を含めた宇宙事業の大きな支障になるわけです。
中国の撃破行動の意図は明らかであり、米国の宇宙支配に挑戦するものと受け止められ
ております。今日、唯一の超大国の地位にあるアメリカは、その経済力や購買力だけでな
く軍事力の優越があります。イラク攻撃等で見せ付けた優れたアメリカの軍事力は、偵察
衛星、通信衛星などを最大限活用するもので、大部分は宇宙の軍事利用に依存しています。
中国は「宇宙を支配するものが将来戦を制す」と見ており、その意図は米国の宇宙独占体
制への挑戦と見て良いでしょう。
さらに日米で進めるミサイル防衛(MD)の機能を発揮させるためには、宇宙の利用は不
可欠で、中国の衛星攻撃能力の保持は、新しいわが国の防衛構想に穴を空けることになり
かねません。
また中国の衛星撃破は、宇宙にゴミの山を作ったということで平和事業の支障となるな
ど国際的な非難に遭遇しました。しかしそのリスクの中で中国は宇宙大国としての地位を
得て国威を発揚でき、自国の宇宙軍事力の強化を誇示できたメリットも享受しています。
しかしこのような自国の利益のために宇宙の平和利用を阻害し、宇宙攻撃力を見せつけ
る中国に国際社会は脅威を感じ、不信の目で見ております。
【増額が続く国防費への不審】
中国の軍事力を支えるものは言うまでもなく中国の国防費でありますが、つい先日閉幕
をした、年に1回開かれる日本の国会に当たる、全国人民代表大会で今年中国の国防予算
が 4190 億元(約6兆円)計上されました。わが国の約4兆円の予算からしても遙かに上
回り、もう去年からわが国を抜く国防予算に膨れあがりました。
しかもその増額ぶりは前年比で 17.6%の増加です。わが防衛費が前年費に比べ 08 年は
1%マイナスであるように冷戦後多くの国の国防費は平和の配当として縮小されました。
今日世界では、対前年比で二桁の国防費の伸びを示しているのはアメリカと中国だけです。
アメリカの場合はイラク戦争の戦費があってある程度はやむを得ない面がありますが、中
国には「誰も脅威を与えていないにも係わらず、なぜそんなに急いで国防力を強化するの
か」(ラムズフェルドもと国防長官)という疑問になります。中国は国防近代化の目的や
方向について明確に答えておらず、不透明性も加わって対中不審感が中国脅威論に繋がっ
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ています。
【不気味な上海協力機構の動向への憂慮】
近年の中国は上海協力機構に肩入れしており、ユーラシア大陸に新たな軍事同盟の出現
を予想させています。この機構は冷戦後に、ロシアの誕生で中央アジア地域にかつてソ連
の同盟国が独立しましたが、これら諸国に隣接する中ロ両国の新しい中央アジア諸国との
関係構築が追求されてきました。中央アジア地域は、中国と新しく生まれ変わったロシア
にとって両大国の間に挟まれたバッファゾーンのような存在です。中ロ両国とそれぞれの
裏庭にあたるキルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタンの5か国で「上海5」なる
地域組織を構築し、さらにウズベキスタンを加えて上海協力機構と発展させてきました。
これは国境線の確定やイスラム原理主義のテロ組織に対する共同対処を追求するという美
名のもとにできた組織でしたが、特に 06 年の上海で行われた 5 周年会議以来、反米的な
色彩を持った地域機構になりつつあります。現に5周年記念サミットでは、インドやイラ
ンなどをオブザーバーとして参加させ、主題も対米だけでなく石油の需給まで広範囲検討
を重ねておりました。ユーラシア大陸の東半分を占める主要な国々が同盟化しながら、海
洋国家群をにらんで結束強化を進める構図に見えるようになりました。
その所以は、アフガニスタンでの対テロ戦争に NATO 軍が参戦し、アルカイダ組織の撲
滅に向けて結束を強めており、これを支援するためにアメリカはこの地域の基地を強化し
駐留しているわけです。これはロシアや中国からすれば、雨戸さえない裏庭にアメリカが
ずかずかと軍靴で乗り込んできたように映ります。このような事態への対抗としての上海
協力機構の意義が増しつつあり、現にアメリカ軍に対して早くこの地から出て行くような
要求が出されております。
このように見てきますと、中国が今日のような経済発展の中で大国志向を強めていき、
それは必然的にアメリカというパワーと対決してくる、しかも地域ぐるみの機構で対抗し
ようとする動きに見えてきます。
このように見ていきますと、中国はアジア地域の安定の維持や安全保障環境を発展させ
るパートナーと言うより、この地域の安定に挑戦してくる要因を多く抱えていることが分
かると思います。その中国は自国の軍事強化だけでなく大陸国家群での結束をも進めてお
ります。わが国の平和と発展を考えるとき、隣接する大国のこのような側面を看過するこ
となく対応する必要があります。それはわが国が海洋国家として、米国と運命共同体的な
関係に置いて協力する必要が強まることになります。厄介な隣国との関係は、なお難しい
と言わざるを得ません。
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Ⅱ 何故、中国は軍事力にこだわるのか?・・・中国の特異な安全保障観と情勢認識
そこで中国は軍事力をどのように位置づけ、その軍事力の近代化、強化を進めようとし
ているのか、安全保障の観点からその実態に迫ってみたいと思います。
【中国の安全保障に関わる情勢認識】
中国はどのように世界情勢を見ているか、ということです。外から見れば中国は核兵器
を持ち国連常任理事国として立派な世界の大国に位置づけられます。しかし中国の自己認
識は、なお開発途上段階にあると自己弱小化した感覚を持っています。
その観点から中国は二重の包囲感に苛まれております。1 つは太平洋正面からのアメリ
カの圧力と西の方からの NATO の東方拡大による被包囲感です。特に最近は、前述のアフ
ガニスタンの対テロ戦争対処としてのアメリカの進出に苛立っております。もう 1 つの対
中包囲は、太平洋正面からの日本とアメリカという強力な同盟関係が中国を挟み撃ちして
いる、という見方です。この中国の被害者意識から、冷戦後久しく中国周辺では紛争が無
いにもかかわらず中国はまだ天下は太平でない、日米同盟から挑戦を受けているというよ
うな情勢認識に立っているわけです。
同時に中国は、国家威信やナショナリズムに燃える一方で、アヘン戦争で半植民地化さ
れた屈辱の歴史体験から抜け出てはいない面があります。中国はアジア地域に対して長ら
く、アジアで華夷秩序といわれる中華思想を基にした中国を中心とした世界観の中で、君
臨してきました。しかし眠れる獅子といわれた清朝がもろくもアヘン戦争で負けて以来欧
米列強からは半植民地化されてきました。遂にはかつて中国から見れば、中国の文化の外
にある「東夷」だと思われた日本とも 1937 年には日中戦争が勃発しました。それに先
立って日本は明治維新後の努力で近代化を達成し、その勢いで当時の帝国主義時代の波の
中で朝鮮半島を併合し、満州国を建設しました。そして中国大陸でも8年に及ぶ日中戦争
となり、今日の歴史問題となりました。このような被害体験から中国は「力がなければや
られる」という力の信奉者的な安全保障観を抱くようになったものと見ております。
1945 年にわが国のポツダム宣言受諾に伴う大陸での戦争の終結を契機に、大陸では再び
国共内戦が勃発しました。それに勝利して 1949 年秋に中華人民共和国が建国したわけで
すが、毛沢東が「政権は銃砲から生まれる」と述べた所以です。そのように力(軍事力)
を重視する信条が今日でも中国には残っていると思います。
【今日、中国が追求している軍事力】
中国にとって今日、経済建設が最優先課題となっています。07 年の秋の第 17 回党大会
でも引き続き小康社会の全面的な建設は確認されましたし、今年の春の温家宝総理の政府
活動報告でも改革・開放政策の追求は明記されました。しかし中国の特色は経済建設を最
優先されながらも、そのためには国内外での平和で安定した戦略環境が必要と認識されて
いるところです。そして経済建設に必要な平和や安定は多くが軍事力によって保証される
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と見ています。わが国がややもすると憲法9条の精神を誠実に守り、平和の御題目を唱え
ることによって諸国民の公正の信義が期待できるという立場に立っているのとはおよそ異
なる現実的な見方をしているのです。
中国は、高度経済成長を続けることで世界の工場となり、その経済成果で自信を強め、
世界の大国だと自認するようになりました。しかしその割に世界は中国を大国として認め
てくれないというストレスも抱いております。この実態から、軍事の世界で米国がほぼ達
成している水軍事革命の準に追いつくことが大国化の条件と見て中国は国防近代化を急ぐ
動機としていると見ております。
実際、中国には 1980 年代の後半に、いわゆる「戦略的国境論」という論文が軍の機関
誌・『解放軍報』に出たことがあります。それは地上や海上に引かれた国境線は国民国家
体制では尊重しなければならいが、その地上の自然国境とは別に、力がある国はその戦力
投射能力(パワープロジェクション)により影響力を拡大でき、その範囲が「戦略国境」
という概念を打ち出しました。具体的には、例えばアメリカの空母機動部隊がインド洋に
進出すればそこにアメリカの支配力が及び、それがアメリカの戦略国境の拡大になるとい
う見方です。そして中国もまた軍事力やパワープロジェクションを強化することで、大国
に相応しい行動と影響力が行使できるとみて、空母保有を追求し、ロシアと共に世界の多
極化を志向することになっているのだと思います
Ⅲ 中国の軍事力の実態はどうなっているのか?
・・・米ロに比肩は出来ないが地域軍事大国
それでは中国の軍事力はどのくらいの実力と評価すべきか、を検討してみましょう。
【中国軍事力の任務と役割】
中国は兵力規模の大きな軍事力を保有しており、同時に非常に広範な任務を軍事力に与
えています。一般的には近代国民国家の軍隊は、国家主権の防衛隊として国境や国民の生
命・財産を防護することになっております。中国の場合は、革命軍が建国と共に国防軍化
しましたが、特色としては国防軍の外に国内安定、政権を支える共産党軍としての役割も
担い続けております。さらに時代の進展に伴い、海洋圏域とか経済建設を守るなど非常に
広範な任務が与えられております。
その背景には建軍の経緯を経る中で生産活動を重視する側面があります。国共内戦当時
に政権に反攻する軍として自ら耕しながら戦う歴史を担っており、今日のように近代軍化
しても自家消費的な野菜作りなど生産活動を続けております。実際、1975 年の憲法には解
放軍は「戦闘隊であり、政治工作隊であり、生産隊である」と規定されていました。戦闘
隊というのは防衛軍で、政治工作隊というのは共産党執政を支える政治色の強い党の軍隊
であり、生産隊は軍自体が生産活動をして自営できるように稼ぎ出す、という意味です。
その生産活動については 1980 年代に解放軍が兵器輸出の業務だけでなくホテル経営、
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総合商社の経営、さらには不動産、証券まで扱うような企業活動に拡大しておりました。
このような軍隊の企業経営や軍人の金儲けを戒めて 1998 年には中央軍事委員会と国務院
から禁止令が出されました。
このように解放軍は時代の経緯の中で広範な任務を持つ軍隊であったということが言え
ます。
【解放軍の軍事力の実態】
中国軍事力は、伝統的な非同盟の路線にあって、自己完結した戦力保持を追求していま
す。すなわち中国は核戦力と通常戦力の2本足の国防力を保持しています。ここでは専門
的な戦力評価までは踏み込みませんが、核戦力と陸・海・空軍に分けて中国の戦力を概観
しておきましょう。
○中国の核戦力
核戦力は核弾頭とその運搬手段に分けられ、またその投射距離によって大陸間弾道弾
ICBM,中距離弾道弾 IRBM、潜水艦搭載弾道弾 SLBM、長距離爆撃機に分かれます。中国は
1964 年に核実験に成功して以来、弾頭数は 400-500 個と見られ、小型化、多弾頭化から中
性子爆弾までを開発していると見られます。ミサイルでは米本土を射程に収める ICBM を
約 20 基 、周辺隣国を射程内に収める IRBM 約 40 基、夏型原子力潜水艦で SLBM12 基、加
えて H-6 爆撃機の一部が核搭載型に改善されています。
このように核戦力では、米ロの核大国には比肩すべきもない中級戦力ですが、運搬手段
が多岐にわたり、東風 31 号など車載移動式 ICBM の配備、その射程延長化、新型原潜晋級
の建造など強化が進んでおり、一応の最小限抑止力が期待できると見て良いでしょう。
○通常戦力の量的な戦力
中国の通常戦力には、正規軍である陸・海・空軍からなる解放軍と民兵や武装警察部隊
などの後備戦力があります。ここでは解放軍の軍種ごとに戦力を検討してみます。解放軍
の戦力を国際的に比較してみますと、まず陸軍が保有する 160 万人の兵力は、中国に続く
北朝鮮やインドの 100 万人台の国はあるものの、アメリカやロシア軍でも 50 万人以下に
なっており、圧倒的な戦力量です。
海軍力は中国の船腹量が 107 万トンとわが国の海上自衛隊の約 2.5 倍近い(42 万トン)
戦力です。海軍については 576 万トンを擁する米海軍が圧倒的で、11 隻の空母部隊体制は
世界が束になっても適わない海軍力です。次いでロシア海軍が 213 万トンと第2位であり、
中国は 3 番目となっています。
空軍は作戦機の数で見ると中国は約 3520 機になっており、これは 3840 機の米軍に迫り、
2180 機のロシアを凌駕しております。これを見ますと中国は世界で 1、2 を競う大軍事力
を持っているということがいえるわけです。
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○通常戦力の兵器などの質的戦力
軍事力は量だけの問題ではなく、兵器の性能など戦力の質の問題があります。イギリス
の国際戦略研究所のデータを使って、中国の兵器の質的な水準を検討してみましょう。中
国の地上軍は戦車 7580 両を持っています。これはロシアに次ぐ数で、アメリカの戦車よ
りも多い量です。(わが国の戦車は 700 両位)しかし戦車の性能面で見ますと、今日の最
新水準はイラク戦争でイラク軍を圧倒した米軍戦車は直径 120 ミリの滑空砲を装備するス
タビライザー付きで不整地を 70 キロで走る戦車です。これが今日世界で通用する戦車の
水準ですが、中国の場合は 7580 両あったとしても、120 ミリの大砲を備えた戦車はせいぜ
い 400 両くらいのものです。大部分の戦車は T-59 という 1959 年に型式化した 90 ミリ砲、
後に改造して 100 ミリ砲しか持たない戦車が大部分を占めているのです。
空軍については、現今、第4世代の飛行機が第1線機です。第4世代とはどんな飛行機
かというと、ある一定の高度まで何秒かで垂直的に上昇し(今の戦闘機はジェットエンジ
ンの推重比が6以上では垂直上昇できます)短い時間で敵機に有利な体勢で対抗でき、音
速マッハ2での運動性能を有し、ミサイルや爆弾の搭載量などが重要要件となります。例
えばわが国の航空自衛隊のF-15 戦闘機が第4世代機に該当します。中国の第4世代機は
保有戦闘機の 10%にも満たない 250 機から 300 機と見られます。昨年夏発行の防衛省が出
した防衛白書によれば、台湾軍が保有する第4世代機はアメリカから買った F-16 戦闘機、
フランスから買ったFミラージュ 2000-5 戦闘機、台湾が自ら開発した「経国」戦闘機な
ど合わせて 330 機あります。台湾海峡を挟む中国には、第4世代機が台湾と同程度の 300
機と評価しております。すなわち中国は反国家分裂法を制定して台湾海峡の波高し緊張感
が高まっているものの、航空戦力比では中国が台湾海峡で制空権を取れることは難しいと
言うことになります。しかし今後は中国が新型J-10 戦闘機の自力生産態勢に入っており、
将来は中国側が優位に推移することが予測されています。
これまで見てきたように、中国の軍事力は兵力量では世界一流の規模にあるが、その質
的な戦力はなお後進的で、軍から兵器近代化の要請は強いものがあると推測されます。
Ⅳ 中国は軍事革命を達成できるか?・・・・・・国防近代化の推進と制約
【兵器の近代化の経緯】
前項の中国の軍事力の評価から、解放軍の兵器の近代化推進の必要性は強いものがあり
ます。
今、軍事の世界では革命が進んでおります。それはこれまでの破壊力や機動力の強化か
ら、情報やコンピュータを利用したネットワークによるソフト戦力の統合運用を追求する、
いわゆる情報化の方向に進んでいます。
軍事革命とは別に目新しいことではなく、これまでも科学技術の画期的な進展で大きく
兵器が進歩することで、そのために軍事力の運用や戦争そのものが変化することです。実
際、これまでも人類は何回かこの軍事革命の波を乗り越えてきました。原始社会では人間
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は一人腕力で戦い、やがて棒きれや石で戦い、そして青銅器の出現で殺傷力の増した兵器
を使用し、軍隊として集団闘争が始まりました。次いで製鉄が軌道に乗り、火薬の発明に
より鉄砲ができ、内燃機関の発達により戦車や飛行機が生まれます。そして第 2 次世界大
戦では原爆やジェットエンジンが戦争様相を劇的に変えてきました。このように何段階か
近代化の波を潜り抜けて軍事力は変化してきたわけですが、今も人類は大きな新しい軍事
革命の渦中にあります。
本来、戦争の目的は相手に対してわが方の意思を強要することで、政治の目的に従う闘
争は手段でした。国民国家における戦争の目的は戦闘の累積によって相手の抵抗力を奪っ
て無条件の講和条約で屈服させることでした。軍事力は戦争の目的を達成する手段です。
そして戦争では相手を屈服させるためにより大きな破壊力をもって相手の軍事力の抵抗力
を奪うことを追求し、そのために火力や機動力をより大きなものにして相手の戦力を粉砕
できる方が勝ちとなるわけです。わが国が、1945 年に原爆の破壊力で戦意を失い、ポツダ
ム宣言を無条件で受け入れ、降伏したことはなお記憶されておられるでしょう。
【軍事革命とイラク戦争での活用状況】
ところがアメリカなど現代の軍事革命を成し遂げた国家の戦争は新たな戦略運用を追求
しています。アメリカのように高度に民主主義が発達した国家では、大統領が戦争権限を
与えられたとしてもその戦争で 100 人を超える戦死者を出せば国民の支持を失いかねない
のです。現実に 2003 年にイラクでフセイン軍に対するアメリカ軍の攻撃では、バグダッ
ドを陥落するまでに、戦死者を2桁以内に抑えています。それは3線に及ぶイラクの防御
戦の突破に当たって、従来の物理的な破壊力によるイラク軍事力の破砕ではなく、敵の指
揮中枢部を無能化することで第1線の抵抗力を麻痺させ、激戦を避けながら敵陣地の突破
を繰り返す軍の統合運用でバグダッドを陥落させたわけです。
イラク戦争を振り返ってみますと、アメリカが真っ先に攻撃したのはバグダッドにある
フセインの参謀本部と情報本部で、一気にこれを無力化しました。イラク軍の防衛構想は
大兵力をクウェートからバグダッドに至る砂漠地帯に3つのラインで防御線を構築してい
ました。しかしその防御戦闘で、現場の司令官にとって中央の参謀本部から情報や命令が
届かず対応を戸惑う中でアメリカ軍と戦闘を交わすことなく陣地を超越されて防御線の役
割を果たせなかったのです。また防御の現場でも司令部が開戦当初に爆撃や精密誘導弾攻
撃によって破壊され、機能を失って戦闘指揮が出来ないような事態がそれぞれの陣地線で
発生したようです。そのような指揮中枢部に対する米軍の精密攻撃が可能となったのは宇
宙に展開する各種の偵察衛星などによる監視の成果で重要目標が発見され、評定され、ピ
ンポイントでミサイルによって撃破され、無能化されたわけです。
余談ですが、私も陸上自衛隊幹部であったことから、昔の同僚とイラク攻撃に当たって
10 個師団はほしい、と予想しました。そして後方兵站部隊も含めれば総兵力で 40―50 万
位の部隊が必要だと見たわけです。その理由は、私の見積ではフセイン軍が3線の防御陣
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地を設けていることから、1つの防御線を突破するには3個師団並べた攻撃が必要であろ
う。数日の激烈な戦いで攻撃師団は突破に成功するとしても損害を受けてその戦力は 80%
か 70%までに低下し、次の陣地攻撃には部隊を交代させる必要がある。このような部隊運
用を3線にわたって繰り返すことになり、それに戦略予備を加えれば 10 個師団が必要に
なるというものでした。
しかし実際には、ご存じのように当時のラムズフェルド長官がシンセキ陸軍参謀総長の
進言を退けて 13 万人、4個師団しか投入しませんでした。クエートから発進した最初の
3個師団でバグダッドまで 500 キロを超える戦場機動を2週間で成功させました。まさに
軍事革命の成果で、これまで世界で例を見ない戦争でした。言うまでもなくバグダッドを
占領後の米軍はイラク全土の占領、支配という局面では兵力不足となり、逐次に戦力強化
を繰り返しても、なお完全な占領地行政は出来ないまま全土を不安定化させ、テロやゲリ
ラの攻撃の反復で、今や 3000 人を超える若い米兵の命が失われています。戦闘に勝利後
の占領地の治安維持や再建には昔と同じ多くの兵力が地域に呑み込まれて難渋しており、
戦争目的の達成という面では多くの損害を出し、戦争指導では錯誤を今なお反復しており
ます。
ともあれ、イラク戦争の当初の進攻のような軍事革命の戦果を見せつけられて、中国は
大きな衝撃を受けました。中国の将軍の言葉を借りれば、
「軍事力は 10 年遅れている」で
あり、「戦力の建設も従来の破壊力強化の機械化ではなくて、新しい情報化」が必要と軍
の近代化の方向に新しい検討が加えられてきました。このイラク戦争の教訓が、中国の国
防近代化を進める強い動機となって今日の国防近代化の指針となっているわけです。
【中国の国防近代化の位置づけ】
中国で軍事革命をどのように進めるか、中国では「中国の特色ある軍事変革」と呼ばれ
て国防近代化の柱になっています。07 年秋の第 17 回党大会での政治報告や 08 年春の全国
人民代表大会での政府活動報告あたりから探ってみますと国防近代化の方向を伺い知るこ
とが出来ます。まず胡錦濤主席の国防近代化に関する方針の表現は政治的で抽象的なもの
ですが、1 つは「経済建設と国防建設を統一的に計画し進める」ということです。これは
国防建設の政策的な優先度を示すもので、中国が最も重視する経済建設に準ずる優先度を
与えたと見ることが出来ます。振り返って、中国は 1978 年から鄧小平主導で改革開放政
策を進め、国民に豊かさを実感させなければ共産党の政権の正当性は認められないという
危機感の下で、「国防建設は経済建設を優先するという大局に従う」とされてきました。
すなわち軍は経済重視の方針に沿って我慢しろと押さえつけられてきました。そして、江
沢民時代もそれの路線に乗っかってきたのですが、第3世代の江沢民主席の場合は軍に対
する威厳がなく、将軍達の意を受けて国防費の大盤振る舞い始めて、その趨勢は今日に
至っています。
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【中国の国防費の問題】
国防近代化に迫られる中国では国防費は2つの留意すべき問題を抱えております。その
1つは、公表される国防費は中国内で国防正面に投下される全ての資金ではないことです。
中国に限らず、社会主義国家の計画経済体制では、国家予算で計上され、公表される国防
費とは別の多くの国防関連支出があるわけです。したがって全人代で採決される国防費だ
けではなく隠れた国防費があり、その不透明性がもたらす不審感があることです。
もう1つが中国の国防費の大幅な増額の連続への懸念です。日本のメディアは、中国の
国防費が 07 年には、17.8%増えたことを伝えております。実際その通りですが、しかし
中国の財政状況は、GNPが 11%増える中で中国の歳入を支える税収は 06 年より 30%増
えたと言われています。そのような国家の財政事情の中で国防費の増額を見る必要があり、
必ずしも国防費だけが突出して増額されるわけではありません。さらに国防費は、胡錦濤
政治報告にもありますように小康(ゆとりある)社会の前面的な建設に向けた「経済建設
のプロセスの中で国防建設を考える」となっており、私は総合的には国防建設は抑制され
る趨勢にあると見ております。さらに胡錦濤主席が強調する国際協調路線を進めるために
は世界から不審の目で見られている国防費の透明化と抑制の必要性は増しているわけです。
ともあれ、国際的な国防費の趨勢から見れば中国の国防費は突出して増額が進められて
いるわけですが、しかし中国が直面する軍事革命化の必要性とその資金需要を満たす観点
からは近代化資金の不足感は軍内には強いものと推察できます。
【中国の国防近代化目標】
中国の国防近代化の方向については、先にも見たように破壊力を強化する伝統的「機械
化」を達成するか、それとも「機械化」はまだ達成の道半ばだけれども「情報化」に向か
うか、の選択が迫られています。アメリカに太刀打ちできるようにするためには IT 革命
によるハイテク兵器の建設に向かう情報化に一気に移行すべきだと、いう論が強まる中で
胡錦濤主席は「複合的に発展させる」と主張しています。「複合的な発展」の意味が読み
とれないのは、この選択でトップの決断がまだできていないか、決断したくても出来ない
事情があると考えられます。結局、中国は依然として明確な近代化の方針が定まらないと
見て良いでしょう。
先に見たように通常戦力の質的戦力はなお後進性から抜けだせないままであり、特に陸
軍などからは新世代の戦車の増産の要求は強い。もう一方で米軍事力に対抗できるハイテ
ク兵器の開発生産も求められ、巡航ミサイル開発などにも着手されている。巡航ミサイル
とその精密誘導装置について言えば、既に 30 年以前に開発されたラムジェットのエンジ
ンで地上 50m位のレーダーに捕捉されにくい低空を飛翔し、弾頭部分に装着された誘導装
置が GPS と交信しながら目標に迫り、最終のピンポイント目標には弾頭に刷り込まれた映
像と現地現物の実像との整合を図って精密に命中するというシステムです。
このような精密誘導兵器が新しい戦争の主役となり、中国の国防近代化は宇宙を利用し
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た情報戦とコンピュータをシステム化して攻撃目標に向けて最適兵器の投射を瞬時に選定
し、指令を出すような統合運用を目標にしております。また精密誘導の兵器の知能化も重
要な近代化目標に組み込まれるでしょう。
【日米のミサイル防衛網建設を巡る中国の近代化問題】
中国の国防近代化の一環として、具体的には核ミサイルの世界でも新しいミサイル防衛
の考え方が国防近代化の目標となっております。
近年、日本と米国ではミサイル防衛システムを共同で配備するよう進めております。飛
来するミサイル弾頭を領域外で撃破する技術の限界に迫るシステムは高度な技術の結晶で
す。日本は、このシステムによって飛来する敵弾頭をまず海上におけるイージス艦のミサ
イルで撃ち落とし、なお突破して来る弾頭に対して第2段としては地上配備のペトリオッ
ト3型ミサイルで撃墜する方法を採用しております。米国のシステムは欧州ではポーラン
ドやチェコに地上レーダーを配備して対処すると共に米本土ではアラスカとカリフォルニ
ヤ西岸に地上レーダーを配備して撃破体制を固めています。太平洋には極東にイージス艦
を配備すると共に青森県の車力にレーダーを据えていて日本と協働で日本海などで撃破す
る体制を構築しています。
日本自体も撃破能力を有するイージス艦を増強しており、現にハワイ沖でイージス艦の
撃破訓練を重ねて実射演習に成功しています。このようなミサイル防衛能力を持っている
のは米国と日本だけといっても過言ではありません。このミサイル防衛システムは北朝鮮
向けに常時わが国のイージス艦を日本海に配備しており、米海軍も保有する 23 隻のイー
ジス艦の内数隻を日本に配備しております。わが国は北朝鮮との飛翔距離的に間合いが少
ない中で、至短時間に飛来するミサイルを撃破する必要があり、2段目のミサイルをわが
国土の要域に航空自衛隊の高射部隊を配備しています。現に東京周辺では入間基地、霞の
目基地、習志野基地、武山基地に新型のペトリオットミサイル射撃隊が配備されています。
このような日米のミサイル防衛網の構築に中国は神経を尖らせており、中国の核ミサイ
ルが無効化されるのを防ぐために、突破力を増すためのミサイルの増強や多弾頭化などが
進められているのです。また中国自体も核抑止力の強化のために自前のミサイル防衛網の
構築を検討しているとも伝えられており、中国の核ミサイル分野での国防近代化も多くの
投資を必要としてくるでしょう。
【国防近代化のネック】
これまで見てきたように、中国の国防近代化の要求は強いものがあり、また質的戦力の
近代化も広範にわたっており、これらの実現は容易なことではないでしょう。私は国防近
代化が全般にわたって簡単に進展することは難しいと見ております。
中国が「中国の特色ある軍事変革」を進める上で、大きなネックが3つあります。その
1 つが近代化資金の限界で、毎年2桁の国防費の増額がありますが、軍部側から見れば、
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これを達成する国防資金はなお不足し、資金的な飢餓感にあると思います。
2つ目は、軍事に転用できるハイテク技術が中国では未熟だという事実です。中国は、
製品を購入してそれを分解し、模倣して模造品を造るのが常套手段ですが、ハイテク兵器
はそのような物まねを簡単に許すような水準ではありません。一般にも中国は模造大国と
いわれ、これまでも技術やノウハウの流出が言われておりますが、超近代的な兵器という
のは自ら開発した能力によって使うことが出来るもので、設計思想や技術哲学が問われる
中で、部品だけ調達して、同じものを作って組み立てようとしても、決してうまくいくも
のではないようです。
3つ目には国防工業基盤の問題であります。例えば、国防工業は、中国では国有企業と
して手厚く保護されてきました。国有国防工業の司令塔としてあった国防科学技術工業委
員会が国務院内にありましたが、今春の国務院の機構改革によって合併し、情報関連の工
業部門に包含されてしまいました。さらに今日、国有企業である国防工業は全般に解放軍
の削減に伴う調達量や予算額が減る中で、結局、従業員のボーナスも払えないために民需
品を作りだしています。これは政府も奨励しているのですが、企業としては民需品での金
儲けの方に関心が集まる趨勢にあって国防工業の年間売り上げの 80%は民需品生産となっ
ているのです。このような趨勢は国防工業とそれを支える技術者や熟練工の分散、開発部
門の弱体化というような、多くの問題を生んできます。
共産党独裁の国ですから、有事に国防費を急増することは簡単に出来るでしょうが、だ
からといって短期間で新しい兵器を倍増するという話にはなかなか行かないという現実を
抱えています。
Ⅴ 中国が抱える課題・・・山積する国内の難題
【中国が抱える根本問題】
中国の政治体制、地政学的な特色などから中国は大きな問題を抱えています。その1つ
は、中国政治が共産党独裁統治にあることで政治学的に誰が共産党に独裁権を与えたのか、
という問題です。共産党は国共内戦にうち勝ち、国民の支持で共産革命を達成させたこと
を共産党独裁の正統性としています。その正統性の証のためにも台湾統一を始め少数民族
の分離独立を許さない国家統合を追求して多くの問題を派生させております。
その2に、共産党政権の執政の正当性の問題です。共産党政権は国民に幸せを与えるの
か、その執政への問いかけに応えることが求められています。胡政権は 2020 年までに
「小康(ゆとりある)社会の全面建設」を公約とし、経済建設を重視して 2020 年の国民
一人当たりの GDP を 2000 年次の4倍にすることを追求しています。同時に格差を是正し、
弱者に目を配る「和諧(調和のとれた)社会」を目指しているわけですが、実態はその実
現に難渋しております。
3つ目は、巨大人口の扶養の問題で、食糧や重要資源の確保や毎年 1000 万人の新規雇
用の創出など、多様化し、拡大する国民の欲望への対応に苦慮しているわけです。
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このように中国の政治体制は、政治改革が進展しない中で、根本的な問題に直面して難
渋しています。その1つが独裁的な政治体制の中でいかに多くの民意を政策に反映させる
か、これまで具体的な対策に手が付けられていない問題です。この制度に対する不満は、
チベット問題のように強権で抑圧しておりますが、多くの不安定要因になる可能性を秘め
ております。
【直面する多くの難題】
先の根本的な課題の上に中国は多くの重い問題を抱えていますが、簡単に触れます。
その1が、改革・開放政策のもたらすマイナスの面で貧富の格差の拡大の問題です。重
層的に拡大する経済格差をどのように収斂させるか、高度経済成長の持続に不安が抱かれ
始める中で、発展から取り残された改革開放のマイナスの遺産の処理があります。チベッ
ト問題もその吹き出物の1つと言えます。
その2が、これらを踏まえて拝金主義的な社会規範の変化です。党官僚の許認可権に関
わる汚職が多発し、上海市書記など大臣級を含めて 3.8 万人が汚職腐敗で有罪判決を受け
ているのです。これに対して不満を抱く国民が多く 06 年の統計で 87000 件の国内の暴動
が起きているわけです。警察部隊が出動して鎮圧する集団的行動は毎日平均して 300 件近
くになる勘定です。
このような不安定下の中で、解放軍や警察の役割は国家の安定を図り、政権を擁護する
ことが重視されております。巨大規模の国家の安定と反映を支えるためには、中国のよう
な政治体制にあっては大規模の軍事力が不可欠とされているわけです。
しかし小康社会の建設のためには経済建設が最重要課題となりますが、同時に国防建設
からも手が抜けない、その資源配分の優先度を巡るジレンマを抱えていると言えます。ま
た限られた国防投資で大量の兵力を維持するか、さらに軍事革命が進む中で対外的に有用
な精鋭化された国防力をどのように開発・建設するか、もまた大きなジレンマとなってい
ます。さらに核戦力か、通常戦力か、また陸軍か、海・空軍か、とジレンマは続きます。
以上見てきたような多くも課題を中国は抱えており、対外的に強面の中国だけでなく、
多くの矛盾やジレンマを抱える陰の部分についての理解も必要であると思います。
【中国に関わる危険なシナリオ】
中国の軍事力は既にアジア地域で他を圧倒する規模と水準にあります。さらに中国は軍
事力の近代化、強化を目指しており、どこまで軍事力を強化するのか、アジア地域に軍事
覇権を目指しているのか、に懸念が抱かれております。
これらを踏まえて、中国に関して好ましくないシナリオは極論すれば2つあると思いま
す。1つは、軍事力をさらに強化して軍事覇権国家となり、地域や国際秩序に介入してく
る、覇権国家・中国のシナリオです。言うまでもなく覇権国家・中国はアジア地域のみな
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らず太平洋地域にわたって、その平和と安定を見出し、対外的に強権を発動する危険性が
あります。
もう1つのシナリオは、中国の過大な国防への投資や国内の不安の拡大などから経済が
破綻し、その連鎖で内部不安が拡大し、分裂混乱の中国になるというものです。世界の投
資を呑み込んで自転車操業的な経済運営をする中国の破綻は国際経済に多大な影響を与え
ます。また 13 億人口を抱える中国の国家分裂と混乱は予想のつかない対外戦略の展開や
軍事力の暴走を巻き起こし、大量の難民が近隣国に流出するなどの深刻な事態が考えられ
ます。
言うまでもなく、この2つのシナリオは極論でありますが、これほど極端でないとして
もいずれも避けたい中国の行方を暗示しています。このようなシナリオに暴発しないよう
中国を誘導し、国際社会に引き込んで責任を果たす安定勢力化することが大事になること
は言を待ちません。
【中国軍事力に関わる問題】
ここで本日の論題である中国の軍事力についてまとめておきましょう。中国軍事力の評
価に関して2つの問題があると言われております。1つは、中国自身が自国の軍事力を過
大評価する危険性です。中国は大国志向を顕わにし、それに相応しい軍事力の保持を求め
ております。そして中国のネットなどに現れる国民意識で言えば、空母保有が熱く支持さ
れるような中で、中国は既に軍事大国であると誤認している危険性を指摘できます。
これは中国が軍事力をカサに着た冒険主義的な行動に走るリスクを内在してくる問題で
す。実際、中国は 1979 年にベトナムに対して、小覇権主義にレッスンを与えると、あた
かも宗主国のような立場であの中越戦争を起こしていました。その結果は中国が手痛い失
敗になったのですが、ともあれ中国の自己軍事力の過信が軍事力発動の敷居を低くした実
例であり、これは将来ともあり得ると見るべきでしょう。
もう1つは、米国などが逆に中国の軍事力を過小評価する危険性です。中国の軍事力は
既にアジア地域の最大規模と水準のもので、多くのアジア諸国は逆に過大評価をして脅威
に感じています。実際、多くのアジア諸国は地域の安定を多く米軍事力のプレゼンスに期
待し、依存しているのが実情です。
しかし米国は、公式レポートでは対中警戒感を示しておりますが、軍事のプロの世界で
は中国の軍事力の評価は正確と言うより過小気味の印象を受けます。米軍人は中国が西側
先進国のような思考過程に立ち、常に合理的な判断をするであろうという前提で見る危険
性があります。例えばアメリカの空母キティーホークがクリスマス休暇を香港で過ごそう
として、中国から拒絶されましたが、その見返しにキティーホークはわざわざ台湾海峡を
北上して中国を刺激しております。このような挑発は中国にさらなる国防近代化に拍車を
かけさせているのです。
これら2つの評価も極論に近いものですが、しかしこれらの誤解が相乗効果を起こした
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時に軍事衝突が起きる可能性は、2001 年春の海南島沖での米中作戦機の衝突事件の実例が
あるように、否定できません。
【中国への対応とわが国の安全保障】
わが国の安全保障の確保、特に中国との紛争を回避し、平和で安定した関係の維持のた
めには、相互に軍事力だけでなく総合的な安全保障を追求する時代になっております。日
中両国は、トップの政治対話を通じて「戦略的互恵関係の包括的構築」が政治約束となっ
ています。なお両国には海洋問題や知的財産などの経済問題が多くありますが、この解決
で直ちに軍事力に訴えることのないよう、回避できる安全弁の構築が必要になります。
いずれにしても中国が台湾海峡にしろ、東シナ海にしろ、軍事力の敷居を跨ごうとした
時に、それを思いとどまらせるような抑止力の構築がまず必要です。同時に万一の事態に
対応できるだけのわが方の防衛力と対応体制をしっかり整えることが重要です。そのため
には、現にアメリカが中国に対して関与戦略を展開し、地域大国として責任ある行動をと
るよう、ステークホルダーとなることを中国にことあるたびに迫っています。わが国もま
ず中国に対して、国際社会で大きな存在となった今、中国が地域の平和と安定に協力し、
国際的な協調路線を歩むよう働きかけていく必要があります。
同時にわが国は、自国の安全確保という観点からの自助努力が必要です。日本の防衛力
強化には多くの制約があって、中国情勢に応じてこれを強化するのには限界があります。
詰まるところわが国の施策は、日米安保体制を堅確に保持し、具体的には米軍トランスフ
ォーメーションへの協力やミサイル防衛網の構築など日米協力による防衛体制の整備をい
そぐことに依存せざるを得ないことになります。
しかし世界の大きな流れはアメリカの退潮傾向にあり、一部ではアメリカの核の傘の信
憑性に不安もでております。逆にロシアがエネルギー資源で力を持ち、台頭する中国と共
に強調している多極化に向かっている趨勢が加速していることも看過してはなりません。
その潮流の中で日本も多極の一翼を担うことになる日もあると見て、その事態に備える
ことが必要です。そのために日米安保体制を基盤としてわが国も相応の軍事力を保持でき
るよう、政治的な制約の見直しなど自らやるべきことに向かった努力に着手する時を迎え
ているのだと思います。
またアメリカとの同盟体制は日本にとって依然大事にしながら、同時にアジアに向けた
独自の対外戦略を展開する必要性も高まっております。かつて安倍内閣時代に手がけられ
たインドとの安全保障関係への働きかけ、海洋国家群としてのオーストラリアとの戦略的
関係の構築、さらに東南アジア諸国との関係強化、資源戦略で中国が手を付けたアフリカ
に対する関心の強化、などグローバルに友好関係を拡大し、思想心情的な信頼を共有でき
る国との安全保障を含む同盟関係の構築など、新たな国際関係の強化を考える時期にきて
いると考えます。どうもご清聴ありがとうございました。
19
【質疑応答】
Q:
当面の問題として、北朝鮮問題が日本の安全保障にとって、大変重要なことだと
思っています。6カ国協議の中で日米韓の対応の仕方というのは先生はどのようにお
考えになっていらっしゃるのか。
A:
北朝鮮の位置づけは、核問題で北東アジアの安全保障問題の核心だと思います。北
朝鮮の価値は6者協議の進展の中で吊り上っています。結局中国にとって北朝鮮はそ
の安全保障や繁栄、存続の上で不可欠の存在だと認識しています。かつての朝鮮戦争
の体験を踏まえて、北朝鮮は米国との直接対峙を回避できる重要な地政学的な存在だ
と思います。したがって中国の国益からは北朝鮮の体制がどうであれ、あの国が存続
すること、すなわち現状維持を追求していると思います。もちろん北朝鮮が主導する
形で朝鮮半島の統一がなされるのであればそれを支援するのでしょうが、現実にはほ
とんどありない話です。中国にとって在韓米軍の存在が問題であり、それを排斥でき
る統一には荷担するでしょう。
しかし、たとえ北朝鮮主導の統一が実現するにしても、次に起こる問題は高句麗問
題となります。今、鴨緑江と豆満江を朝鮮民族と中国との国境線にし、中国領内には
約 200 万を超える朝鮮族が中国国民として生活しております。しかし北朝鮮の地域か
ら一部の吉林省や遼寧省にかけて高句麗という古代国家が紀元前2世紀から6世紀に
かけて繁栄し、それを朝鮮族のルーツと朝鮮半島の人たちは考えているわけです。し
かし中国は高句麗を独立した国とは認めずに中国内の地方政府と位置づけて、06 年夏
には韓国との大論争になりました。この問題が中朝間で再燃することの恐れがありま
す。中国が抱える縁辺地域の少数民族の国家統合に対する挑戦の種が増えるわけです。
そういう意味で、中国にとって朝鮮半島は分断され、北と南がいがみ合う中で、北朝
鮮がどういう形であれ存続することがベストだと思われます。
万一、韓国の主導で統一された場合、繰り返しますが鴨緑江で米国勢力と対峠しな
ければいけない。これはかつて 1950 年の朝鮮戦争の悪夢の再現になるわけです。
ロシアについては、北朝鮮をめぐって、中国とロシアがせめぎ合って取り合うとい
うことにまでロシアが強行するか。現在のロシアにとっては、シベリア地方に流入し
て来る中国人をどう取り締まるか、シベリア開発に関与してきた中国パワーをどう押
し戻すかということの方が先決ではないかなと思っております。
アメリカの立場については、米軍事力が1つの大きな戦争の実施、1箇所の小さな
紛争対処、を遂行する程度の能力である、ということを前提に見る必要があります。
今日の軍事戦略はそれを前提の軍事力を建設しているわけです。イラクではすでに大
きな戦争になっています。イランの情勢も緊迫しています。これらから米国としては
極東地域では絶対に戦争を起こしたくはないので、だから北朝鮮の核拡散の危機につ
いては分かってはいても関われないのです。日本がもう少ししっかりしていれば6者
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協議のイニシアチブを日本に委ねたかもしれませんが、日本はそのような力もなけれ
ば、立場にもありません。結局、安保理常任理事国である中国に6者協議の外交的イ
ニシアチブをまかせたのです。中国にとっては、北朝鮮に対する影響力の行使にしろ、
大国の威信を満足させることせよ、非常に大きなメリットを得たのです。
しかし、アメリカは大国として2重外交をお構いなしに進めており、北朝鮮との2
国間対話に着手し、ドイツやシンガポールで会合するなど、6者協議の議長国である
中国のメンツを潰しています。これも一つの対中牽制だと思います。
もう1つは、韓国の政権が交代し、李明博新大統領の意向からもう一度、日米韓の
体制の立て直しをすることは可能だと見ております。将来は、日米韓関係を強化して、
アメリカを表に立てながら中国と北朝鮮の勢力に対抗するということが現実的な方策
ではないかと思っています。
Q:
私は日本が産業的に中国を侵略していると思っているのです。どんどん日本の産業
力とか工業力が中国を侵略したときに、中国が日本に対してどういう圧力をかけるか、
そのようなことはあり得るかどうか。その辺は先生はどのように見ていますか。
A:
中国は日本からの投資と技術を求めています。とりわけ、中国としては、環境対策
や省エネの分野の協力を求めております。現に中国では環境破壊・汚染が著しい、そ
の被害に自らが耐えられなくなっており生活環境改善のための技術、これは日本が最
も優れているわけですから、これを欲しがっています。
もう1つは第 11 次5ヵ年計画が 06 年から始まっているのですが、ここで中国が掲
げた目標に省エネ 20%というのがあります。中国の高度成長はエネルギーなり資源の
浪費の上に成り立つところが多々あるわけです。例えば石油エネルギーの海外からの
輸入は増加の一途をたどり、07 年で 1.4 億トンを輸入しております。将来、自動車化
社会へ移行する中で省エネ問題は深刻です。この実現のためにも我が国の省エネ技術
が必要とされ、この分野の要求は強まってきます。
したがって我が国は中国に対して、逆の発想になるかもしれませんが、常に中国か
ら請われるものを持ち続け、技術的優位性を保つことによって、中国と安全保障上の
関係も保てるだろうと思っています。
日本からは、世界の工場といわれる中国に安い労働コストを求めて多くの製造業が
出かけておりますが、中国内の経済体質が持つリスク、労働力も無限ではない、など
から対中投資はある程度のリスクを織り込んでかかる必要があります。中国としては、
述べてきたような経済発展の必要性から、引き続きわが国からの投資や技術移転を期
待していると見られます。なぜ安倍訪中があれだけ手の平を返したように歓迎され、
中国が日本に媚を売ってきたかというと、やはりその辺に理由があるのだろうという
ふうに思っています。
(平成 20 年 4 月 2 日開催)
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