鮮度と鮮度の評価 おいしさを科学する

おいしさを科学する
「鮮度」
魚介類や野菜にとって鮮度は最も重要なおいしさの要素
です。ただし、同じ生鮮食品でも果物や肉の場合は、
必ずしも新しければいいというわけではありません。
時間の経過は食品にどのような変化を起こすのでしょう。
鮮度とおいしさの関係を探ってみました。
鮮度と鮮度の評価
鮮度とは新鮮さの度合いで、一般には収穫時に最高で時間
の経過とともに低下します。しかし、鮮度の定義は必ずしも
確立しているわけではありません。
●図表1 農水産物の鮮度指標
鮮度指標
しかし、果物や畜肉などでは収穫後や食肉処理後に熟成や追熟
生化学的
K値、生菌数、分解生成物、トリメチルアミ
しおれ、水分、生菌
ン・ポリアミン・揮発性塩基窒素・アンモニ
数、分解生成物
ア・有機酸含量・pH
色彩・光沢
一致しません。そのため、時間的な鮮度指標を「品質が最高
光学的
い光沢を示し色調が鮮やか、えらの色は鮮紅色、眼は血走っ
てなくみずみずしい透明、お腹の張りがある、かすかな潮の
香りをともなった匂いで生臭臭がない、などがあります。
青果物では品目固有の表皮の色つやや光沢の良否、しおれ
の有無などのほか、パリパリした咀嚼音の有無など、視覚的
な要素とともに噛みごたえによる硬さや弾力性の有無など
も、鮮度を判定する要素となります。
これらの古来から行われてきた人の感覚による判断は、現在
も重要な鮮度の評価方法ですが、評価を数値化しにくい欠点
があります。農水産物は、時間の経過によって光学・電気・
磁気・力学的性質が変化します(図表1参照)。そこで、これ
らに対応したセンサーによる鮮度の科学的判定法が研究開発
され、用いられるようになっています。
肉色・光沢
反射・透過分光特性
。
ています(図表1参照)
たとえば新鮮な魚の見分け方には、魚の皮膚がみずみずし
畜肉
品質が最高となった時点(収穫・即殺・食肉処理または熟成)をスタート
とする基準的保存条件における経過時間
が必要なものがあり、その場合、食べ頃と鮮度の最高時点は
となった時点をスタートとする」、鮮度の新しい定義がされ
魚介類
時間的
とれたてや活きのよさがおいしさをほぼ決定づける農産物
や魚介類では、鮮度が最高のときが品質も最高となります。
青果物
紫外線励起蛍光、自家蛍光
電気的
力学的
抵抗・インピーダンスの低下、容量・緩和周波数の増大
硬度・目減り
硬直指数、硬さ、粘着性
加藤宏郎「農林水産物のおいしさと鮮度評価の現状と展望」農林水産技術研究ジャーナル 30(6)2007
より作成
おいしさを科学する
「 鮮度 」
「あらい」と「刺身」
活きのいい魚が手に入ったとき、一番に考える食べ方とい
えば刺身でしょう。刺身は新鮮な魚貝類ならではの食べ方。
鮮度が落ちると刺身では食べられなくなります。
生きたまま食べる「おどり食い」は別格として、刺身以上
に鮮度が求められる魚の調理法に「あらい」があります。で
きれば生きた魚をその場でシメて、薄くそぎ切りにし、氷水
の中でさっと振り洗いして、身をキュツとひきしめる。こり
こりした独特の歯ごたえが特徴です。
●図表2
魚の死後変化
生
魚は死んですぐは、身が柔らかくだらりとしていますが、
死後硬直
完全硬直
高い
しばらくすると死後硬直といって硬くなります。さらに時間
がたつと再び柔らかくなってきます。新鮮で「活きがよい」
死
といえるのは、死後硬直中のものです。「あらい」にするな
鮮魚
活きが悪い
活きがよい
ら死後硬直前。死後硬直後ではいくら冷水にさらしても、
「あらい」独特の身が引き締まり反り返ったような状態には
酵素作用(自己分解)
なりません。
細菌作用
また、魚肉が柔らかくなってくると自己消化が進行し、
分解物としてタンパク質からグルタミン酸、ATP(アデノシ
ン三リン酸)からイノシン酸といったうまみ成分が生成され
てきます。つまり、死後しばらく時間が経過したほうが魚は
うまさを増します。
刺身でも食感はおいしさの重要な要素です。白身魚では、
低い
鮮度
生鮮魚
活魚
腐敗
解硬
高級刺身用
おどり
あらい
調理用
刺身
渡辺悦生・加藤登・大熊広一・浜田奈保子『ビジュアルでわかる魚の鮮度ーおいしさと安全へのこだわ
りー』成山堂書店2007ほかより作成
硬直中の締まった肉質で、なおかつうまみ成分も生じてきた
死後硬直のメカニズム
時期が刺身の食べ頃といえます。マグロやブリでは、ある
まず魚が死ぬと酸素の供給を断たれることで、すぐに自己消化と呼ばれる現
象が始まります。魚自身の酵素によって、タンパク質などの物質が分解してい
K値20%
K値5%
きます。死後硬直に関係があるのは、筋肉を動かすエネルギー源であるグリコ
ーゲンとATP(アデノシン三リン酸)という物質です。これらが分解する過程
で筋肉が収縮し、硬直が起こります。
「あらい」は、薄くそぎ切りにした魚肉を水にさらすことで死後硬直と同じ状
態を作り出します。そのため、グリコーゲンやATPが分解してしまった死後硬
直後では「あらい」にはならないのです。
程度柔らかい方が好まれ、硬直が解けうまみが増した時期が
おいしいといわれています。刺身では獲れたてが必ずしも
一番おいしいとは言えないのです。
「あらい」は食感を優先させた調理法、刺身はうまみも味
わう調理法といえます。ですから、二つの調理法では食べ頃
が異なるのです(図表2参照)
。
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「 鮮度 」
「サバの生き腐れ」「腐っても鯛」
魚は細菌などの微生物による腐敗が起こる前から、自己消化
によって鮮度は低下していきます。自己消化とは魚自身の酵
●図表3
主要魚の氷蔵中のK値の変化
100
マダラ
80
スケソウダラ
素によってたんぱく質などの物質が分解していくこと。自己
消化が進んでいくと、最終的にはうまみ成分も分解してしま
い、今度は腐敗も始まります。
死後硬直の継続時間や自己消化の進行速度は、筋肉を動か
すエネルギー源であるグリコーゲンやATPの量などが影響し、
魚の種類によって異なりますが、漁法やシメ方、温度によっ
ても左右されます。
魚の鮮度指標としてK値と呼ばれる数値が広く使われてい
ます。K値の変化をみると、鮮度低下の速度は一般にタラ類
60
K
値
︵
% 40
︶
カツオ
ソウダカツオ
クロダイ
20
0
マダイ
0
2
4
6
8
10
氷蔵日数
12
14
16
岡崎恵美子・大村裕治・木宮隆「魚介類のおいしさと鮮度評価」農林水産技術研究ジャーナル30(6)2007
は早く、タイやヒラメの白身魚では遅くなっています(図表
サバやイワシなどの青魚も死後硬直の時間が短く、自己消化
も早く進行します。「サバの生き腐れ」といわれるのは、
鮮度低下の速度が早いとともに、自己消化による分解物とし
て中毒を起こすヒスタミンを生じることがあるためでもあり
ます。
漁法やシメ方が影響するのは、魚が死ぬまでにあばれたり、
時間がかかると、筋肉中のグリコーゲンやATPを消費してし
まうからです。その場合、死後硬直が早く始まり、継続時間
も短くなります。即死させる活きジメがいいのはそのためで、
●図表4
ATPの分解とK値
エネルギー源
アデノシン
死後、分解していく
三リン酸
ATP → ADP → AMP → IMP
アデノシン
二リン酸
が、最も活きがいいといわれています。
温度は高いほど自己消化の進行が早まります。あらいを
氷水でさらすのにはちゃんとした理由があるのです。
K値
(%)
=
アデノシン
一リン酸
HxR
イノシン酸
→
魚の体調を回復させるために一日生けすに置いてシメるの
魚肉中のATPの死後変化と鮮度指標K値
鮮魚の鮮度低下は、微生物の増殖が原因ではなく、酵素による自己消化の段階
ですでに始まっています。そこで、魚肉中のATPが変化した最終段階であるHxR
とHxが全ATP分解成分に占める割合をK値(%)として、鮮度を測る指標として
います。K値は低いほどATPの分解が進んでいないことを示し、鮮度がよいこと
を表します。K値が約20%までは、刺身として適当とされ、60∼80%に達するも
のは腐敗が始まっています。
→
3・4参照)
。
HxR + Hx
ATP + ADP + AMP + IMP + HxR + Hx
Hx
×100
渡辺悦生・加藤登・大熊広一・浜田奈保子『ビジュアルでわかる魚の鮮度ーおいしさと安全へのこだわ
りー』成山堂書店2007ほかより作成
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「 鮮度 」
熟成させてはじめて食肉
牛、豚、鶏などの肉もまた、死後、魚と同じメカニズムが
働きますが、硬直中の肉は硬いうえに風味もなく、煮ても焼
いても食べられないほどです。
肉は死後硬直を経て、自己消化によって肉質が柔らかくな
りうまみを増して、はじめて風味のある食肉になります。肉
の場合はこの過程を熟成と呼びますが、魚に比べ筋肉組織が
●図表5 死後硬直が最大になる時期と食べ頃
密な分、そのスピードは緩慢です。牛で死後硬直が約1日、
熟成期間は数日におよびます。高温度下(体温のまま)では
熟成が早まりますが、微生物の増殖を招くため、一般に一度
牛・馬
冷却してから冷蔵して熟成させます。食べ頃になるまでの
時間は、身体の大きさに比例し、鶏、豚、牛の順で長くなり
ます(図表5参照)
。
豚
体の小さい鶏は熟成期間が短く劣化が早いため新しさが
要求されますが、牛の場合、特に柔らかさを出すために1か
月以上といった長期熟成を行うこともあります。鶏を除けば、
鶏
死後硬直が最大の時期
肉は新しいものイコールおいしいとはいえないのです。
ただし、店頭に並べられているのは、すでに熟成を経た食
魚
食べごろ(冷蔵した場合)
べ頃の肉です。購入後は早く食べるのにこしたことはありま
せん。
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15
(日)
杉田浩一「新装版『こつの科学』」柴田書店2006より作成
腐りにくい卵
生まれた卵は本来ならヒナがかえるまで21日間も温められます。その間に腐っ
てしまったら鶏はそもそも繁殖できません。卵にはもともとタンパク質の一種で
グロブリン、リゾチームという物質が含まれていて、これが細菌の侵入を阻止し
ています。卵はおそらく最も腐敗しにくい生鮮食品です。
ただし、産み落とされた卵は日がたつにつれて比重やpH値に変化が表れてき
ます。比重の変化は水分の蒸発によるもので、比重は1.08から1.03程度にまで軽
くなります。pH値はだんだん高くなります(アルカリ性になる)。産みたて卵のpH
値は7.6(7.0が中性)ですが、卵の自己消化によって放出した炭酸ガスが水に溶け
てアルカリ性の重炭酸カルシウムになるため、pH値は9.2程度にまで上がります。
卵白がアルカリ性になり、タンパク質が水に溶けやすくなるために、卵白は水っ
ぽくなってきます。粘性の強い濃厚卵白とそれより水っぽい水様卵白の割合は
当初6対4ですが、この比率が逆転します。日の経過した卵の卵黄が崩れやすくな
るのは、濃厚卵白が水っぽくなり卵黄を支えきれなくなるためです。
おいしさを科学する
「 鮮度 」
野菜・果物は生きている
青果物が魚や肉と大きく異なるのは収穫後も細胞が生きて
いる点です。生きているので呼吸もすれば水分も蒸発します。
呼吸とは、空気中の酸素を取り入れ内部の糖類や有機酸を
燃焼してエネルギーを作り出し、二酸化炭素を放出する生命
活動です。収穫後は、時間が経つほど蓄積していた養分を
消耗し、その分甘みや酸味は低下します。栄養的にも減少し
ます。そして、根からの水分補給がないのに水分が蒸発する
のでしおれてしまいます。
●図表6 収穫後も生きている野菜・果物
二酸化炭素
酸素
水分
エチレンガス
また、青果物は収穫後も呼吸促進や葉緑素分解、成熟促進
などを引き起こすエチレンガスなどの成熟ホルモンを作り続
けています(図表6参照)。これが消耗に拍車をかけます。そし
て、生命力が低下すると微生物の繁殖を招き、カビたり腐った
りするのです。
呼吸
蒸散
熟成・老化
野菜は採りたてが品質的にも最高の状態です。ただし、果物
のなかにはバナナや洋梨、メロンのように、収穣後、時間が
経ったほうが適度な柔らかさになり甘みが増し、追熟するも
野菜
果物
のがあります。これは、収穫後に果物中の酵素作用が活発に
なるためで、成分のデンプン質が糖に変化して甘味が増すの
です。置いておくと赤みが増すトマトもこの仲間です。
エチレン発生量の多い青果物
野菜や果物が吐き出すエチレンは、鮮度に大きく影響します。温度を低くす
ることでエチレンの発生は減少しますが、エチレン発生量の多いリンゴなどを
一緒にしておくと他の野菜や果物にも影響をおよぼします。冷蔵庫に入れると
きはビニール袋などに密閉することです。
流通段階では、エチレンを吸着する包装用のフィルムや袋、段ボール、吸着
剤なども利用されています。
芽キャベツ、ブロッコリー、ピーマン、トマト、バナナ、メロン、マンゴ、
イチジク、柿、リンゴ、モモ、洋ナシ、アボガド、パパイア、キウイなどがエチ
レン発生量の多い青果物です。
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「 鮮度 」
食べ頃を持続させる温度管理
生鮮食品は時間の経過によっておいしさに変化が生じ、
食べ頃を過ぎれば食品は劣化してまずくなっていきます。
それでは鮮度を保持しておいしさを持続させるにはどうすれ
ばいいのでしょう。
魚や肉の場合は自己消化を抑えること。野菜や果物では呼吸、
水分の蒸発、ホルモンの発生などの生命活動を抑えることで
す。そして、微生物の繁殖を抑え、腐敗を防ぐことです。
生鮮食品の鮮度保持に共通して効果的なのは温度を低くす
ることです。低温下では魚や肉の消化酵素の働きが抑えられ、
野菜や果物の生命活動も低下し、微生物の活動も弱まります。
●図表7
青果物の貯蔵適温
(℃)
20
青果物の場合は、生きていける最低の温度にすれば、細胞を
休眠させることになります。
トマト(緑熟)
15
野菜類の鮮度が劣化する率は、10℃の温度上昇に対して
2∼4倍進むといわれています。通常の室温では0℃のときに
比べて5∼10倍以上の鮮度劣化となります。そのため、収穫
ショウガ
サツマイモ
バナナ
青ウメ
10
された野菜は出荷前に適正温度まで冷却しておく、予冷され
スイカ ピーマン
ナス
オクラ
カボチャ キュウリ
メロン(ハネジュ)
サヤインゲン
ているケースが多く、卸売市場を通る大部分は低温管理され
ています。ただし、青果物の中にはバナナやトマト、ピーマン、
5
ジャガイモ
オクラなど熱帯地を原産とするもので、低温にすると変色や
斑点などの障害を起こすものがあり、種類ごとに適した保存
1
温度があます(図表7参照)
。
アスパラ
キャベツ
冷凍なら肉や魚の長期保存も可能です。マグロは−60℃で
約1年はおいしさを保てます。氷結する寸前の氷温温度帯
(0℃前後)や半凍結温度帯(パーシャル/−2∼3℃)での保存
は冷凍ほど長期保存はできませんが、食品のおいしさを損な
わない利点があります。
水分のコントロールも鮮度を保つ重要な要素ですが、魚・
肉と野菜とでは逆の関係にあります。魚や肉は水分が少ない
ほど微生物の繁殖を防げ、野菜は高湿度に置くことで水分の
蒸発を抑え乾燥を防ぐことになります。野菜の最適湿度は90
∼95%で、それより高いと結露してしまい、水の付着した
部分から傷み始めます。
生鮮食品にとって鮮度はやはりおいしさに不可欠の要素で
す。高品質の食品を提供するための鮮度保持の技術は、生産
や流通の投階でさまざまに取り入れられているのです。
※参考資料:渡辺悦生・加藤登・大熊広一・浜田奈保子『ビジュアルでわかる魚の鮮度ーおいしさと
安全へのこだわりー』成山堂書店2007●杉田浩一「新装版『こつの科学』
」柴田書店2006●加藤宏郎
「農林水産物のおいしさと鮮度評価の現状と展望」農林水産技術研究ジャーナル 30(6)2007●岡崎
恵美子・大村裕治・木宮隆「魚介類のおいしさと鮮度評価」農林水産技術研究ジャーナル30(6)2007●
野中健「魚介類の鮮度保持と温度」アクアネット2005.7●「生鮮野菜の輸送環境条件」フレッシュフ
ードシステムVol.31 No.2 2002
トマト
(成熟)
イチゴ
イチジク
カキ
ナシ
モモ
リンゴ
温州ミカン
メロン(カンタロープ)
カリフラワー
ダイコン(秋どり)
ニラ
ニンジン
ニンニク
ハクサイ
パセリ
ブロッコリー
ホウレンソウ
レタス
0
「生鮮野菜の輸送環境条件」フレッシュフードシステムVol.31 No.2
長期保存される果物
青果物を氷点下1∼2度に保つと細胞が冬眠した状態になります。この氷温貯蔵
によって、20世紀なしが半年以上も保存されています。
また、温度だけでなく周囲のガスもコントロールするCA(controled atmosphere)
技術というハイテク手法もあります。酸素濃度を減らし炭酸ガス濃度を高くし
て、青果物の呼吸を必要最小限にまで抑えるシステムで、リンゴの長期保存に一
部で使われています。
野菜の保存
冷蔵庫に入れるときは、乾燥を防ぐため、野菜の切り口から水分が蒸発しない
ようラップで覆ったりポリ袋に入れます。野菜をポリ袋に入れることは、呼吸に
必要な酸素の供給を断つ意味でも鮮度保持に効果があります。