初期う蝕-脱灰と再石灰化のメカニズム

歯科医の時間~デンタルサロン~
ラジオ NIKKEI 2007 年 7 月 31 日午後 9 時 15 分~午後 9 時 30 分放送
日本歯科医師会企画
キャドバリー・ジャパン株式会社提供
初期う蝕-脱灰と再石灰化のメカニズム
長崎大学口腔保健学准教授
飯島
洋一
●初期う蝕は削らなくても元に戻る●
聞き手
日本歯科医師会「歯科医の時間」のデンタルサロンです。今日は、講師に長崎大
学口腔保健学准教授・飯島洋一先生をお迎えして「初期う蝕-脱灰と再石灰化のメカニズ
ム」のお話をうかがいます。飯島先生、「う蝕」と言いますと、私どもは歯に穴のあいた状
態、う窩(うか)のできた状態を想像するわけですが、「初期う蝕」というものは、小さな
う窩のでき始めと考えてよろしいのでしょうか。
飯島
そうですね。昔、虫歯の多かった時代は、穴の空いた虫歯を直接見る機会が多かっ
たものですから、穴の空いたものを虫歯という、そういうふうに定義されていたのですが、
最近は虫歯も量的にもそれから質的にも減ってまいりました。量が減ってきたということ
を実感されている先生も多いと思いますけれども、質的にも穴の空いたものに比べると軽
いもの、ですから昔はC2とかC3とか、歯髄までいっていたようなものだったわけですが、
現在ではエナメル質に限局といいますか、エナメル質だけに侵襲を受けたようなもの、そ
ういうものもう蝕ですが、そこが初期の虫歯というところですね。
聞き手
飯島
私たちは口の中を見てわかるものでしょうか。
肉眼的に見ることもできますが、肉眼的に見えるというのは初期の虫歯でもかなり
進行したほうですね。もっと本当の意味での初期といいますと、かなり精密な機器で見る
こともできます(図1)
。一つはマイクロラジオグラフといって、レントゲンの精密のよう
な方法もありますし、あるいはレーザーですが、科学の光を当てて、そして人間の目では
なくて、レーザーの光を通じて見る。そうしますと、肉眼では見えない最初の状態、初期
の状態がはっきりとわかる。そういう形で確認はできますね。ただそれは研究用ですので、
実際に患者さんにも、自分に初期の虫歯があるかないかを確認していただくという意味で
は、やはり肉眼で見ていただくということですね。ただ、通常は、肉眼で見るというのも、
ただ見れば見ることができるというわけではございませんので、口の中をよく乾燥してい
ただく、口はふだん唾液で濡れていますので、ぬぐっていただいて乾燥すると白い歯がよ
り白く見えてくる。ただそれも、虫歯の好発部位というのですが、虫歯の起きやすいとこ
ろに一致してはっきりと白く見えてくる、それが肉眼的に目で見てわかるということです
ね。
聞き手
飯島
それは元に戻ることはできるのでしょうか。
そういう初期の状態で早期発見いたしますと、それに対しては積極的に従来歯を削
って、虫歯というと歯を削って処置をするということがよくやられていましたけれど、こ
の初期の虫歯に関しては、むしろ削ることなく、言ってみますと削るのが外科的な処置だ
としますと内科的な処置で保存ということができるわけです。
聞き手
ということは、私たちの歯の一番表面のエナメル質は壊れていない状態というこ
とですね。
飯島
白く見えるということは実はそういうことです。ただ表面から見て白く見えている
その下、表層下というのですが、なかなかイメージがわかないかと思いますが、そういう
意味では水面下という言葉もあるように、表面の下で選択的にといいますかエナメル質の
持っているカルシウムとかリンが溶けてしまう。選択的に溶け出して、その水面下で、表
面の下で、実は初期の最初の虫歯が始まっているということですね。
聞き手
穴が空いているのが虫歯、う蝕ということだと思っていましたけれど、穴が空い
ていなくてもう蝕状態ということがあるということですね。
飯島
そうですね。しかも、それを早期発見することによって大切な点は、元へ戻るとい
うことです。昔、私も学生のときには、虫歯というのは一度できたら治らない、元に戻ら
ないという、自然治癒はないと言われたのですが、実は表面があって下だけがカルシウム
とかリンが抜けている状態、脱灰の状態というのは、実は可逆的でいるということで、元
に戻るチャンスがあるわけですね。そういう処置を通じて、再石灰化治療というのですが、
失われたミネラルをもう一度内科的に戻してあげるという処置になるわけですね。
●脱灰と再石灰化は常に起こっている●
聞き手
ということは、この脱灰に対して再石灰化ということが行われるということです
ね。
飯島
そうですね。そういう意味では、一方的に脱灰だけが起きて、あるいはまた一方的
に再石灰化だけが起きるというのではなく、脱灰が起きたり、再石灰化が起きたり、また
脱灰が起きたりという、1日のなかで脱灰とか再石灰化のプロセスというのですが、それ
が常に行ったり来たりして、かなりダイナミックな、そういう反応系ということがわかっ
てきました。
聞き手
飯島
それは日常的に口の中で起こっているのでしょうか。
そうです。溶けることも日常的に起きているのですけれども、再石灰化も日常的に
起きています。そのポイントというのは唾液ですね。つばというのは、単に液体ではなく、
カルシウムとかリン、そういうものがたくさん入ったエナメル質を構成する成分が入って
いますので、私は唾液そのものを液体エナメルと呼んでいますが、通常は唾液を通じて再
石灰化が起きている。脱灰というのは、口腔内の細菌が産生した酸によって歯が溶ける過
程ですので、そうやって溶けたものを唾液が回復するという作用です。これが日常的に脱
灰が起きたり再石灰化が起きたりということで、プロセスとして行ったり来たりしている
と、そういうことが起きている。
聞き手
口の中、歯の健康のためにはプラークコントロールということがよく言われてい
ますが、それをしっかりしなければいけないということですね。脱灰と再石灰化というの
は、プラークのpHに左右されるということを聞きますけれど、そうしますとプラーク自体
がなければ脱灰はないのでしょうか。
飯島
究極的には、本当に完全にプラークが除去できるということになれば、確かに脱灰
とかということは原因がないわけですので、起きないということは言えるかと思いますが、
実際、口腔内の細菌、ミクロの世界ですので、実際に取れたと思っても口の中には細菌と
いうのは残っていることになるわけですよね。また、歯の表面だけではなく、口腔内、唾
液の中にも菌はおりますし、あとは口腔粘膜、舌の表面、たくさんいますので、そういう
意味では、目に見えないところでも、いま言った脱灰とか再石灰化のプロセスというのは
しょっちゅう起きているということになるわけですね。
聞き手
飯島
初期う蝕はいわば治る虫歯と考えてよろしいでしょうか。
そうですね。いわゆる初期の虫歯というのは、早期に対応していきますと治ってい
く虫歯。ですから昔は自然治癒はないというふうに私たちは学生のときに教わったのです
が、初期の虫歯であれば可逆的、元に戻る可能性、チャンスのある虫歯ということがいえ
ると思います。それといまのシーズンですと、ちょうどその初期の虫歯、学校の健診のな
かではCO、といって要観察歯として、学校歯科医をやられている先生なんかは多く学校健
診簿に記載をするチャンスがあると思うのですが、基本的には、概念的にはそれと同じも
のですね。ですからう蝕の好発部位に溶けたような結果、見える白いものがあったり、あ
るいは探針でそっと触れるのですが、探針が把持されるような感覚、これは触診ですが、
そういうものを学校健診ではCOというふうに呼んでますが、これも日本語では要観察、虫
歯になるのをただ黙って観察していなさいということではなくて、積極的な保護を加える、
ケアを加えたうえできちんと観察をしていっていただきたい(図2)
。そういう意味ではプ
ロフェッショナルケアあるいはセルフケアをやったうえで観察をするということが大切な
概念ということですね。
聞き手
そうしますと、初期う蝕への対処は、う蝕予防と同じと考えてよろしいでしょう
か。
飯島
そういう意味で、従来の削るということではなく、予防的な処置に似ていると思い
ますね。ただ、虫歯がたいへん多い時代というのは、そういう意味では集団に対して積極
的に応用していくという公衆衛生的な方法、もちろんそれは効果がないといけませんので、
効果があって、かつ、多くの方にやりますから、たいへん安い、安価であるということも
大事になってくるわけですが、最初にお話しましたように、量も減り、質も減ってきます
と、今度は個人的なアプローチというのはすごく大事になってくる。そのことの選択肢の
一つとして、再石灰化を促進する特定保健用食品をおおいに選択していただいて、日常利
用していくということがすごく大事になってまいります。
聞き手
飯島
食生活も大事ですか。
そうです。単に歯を磨くということだけではなく、一体どういうものをどの程度食
べるのかといった、食に対する情報というものもすごく大事になってきますね。そのこと
を合わせて、全体がセルフケアというわけですけれども、プロフェッショナルケアとあわ
せてこういうセルフケアに対する情報もしっかりお伝えしていくということがたいへん大
事だろうというふうに思います
聞き手
何か指標になる目盛のようなものと言いますか、自分で判断する材料のようなも
のはないでしょうか。
飯島
いまは専門家の方ですと、個人のリスク診断という、虫歯がどういうところが悪く
てあなたの場合には一番なりやすくなっているかということを評価してくれますので、い
ま言いました唾液の元に戻す力が弱い方、強い方、そういう診断もしてもらえますので、
ぜひそういう唾液の質の検査をしていただくと、それが一つのものさし、指標になるかと
思います。
聞き手
そうですね。先生、どうもありがとうございました。今日は、長崎大学口腔保健
学准教授・飯島洋一先生を講師にお迎えして、
「初期う蝕-脱灰と再石灰化のメカニズム」
のお話をおうかがいしました。8月28日のこの時間は、引き続き飯島先生に「ミニマルイ
ンターベンションにおけるプロフェッショナルケア」をテーマにお話をうかがいます。
図1
初期う蝕病変の断面像
図2
CO診断のポイント