言語活動を効果的に位置づけた高校理科・化学の指導法の研究

言語活動を効果的に位置づけた高校理科・化学の指導法の研究
-実験・観察と言語活動の有機的な結びつきを目指して-
研究の概要
本研究は,実験・観察の仮説設定段階における言語活動を触媒とした「教えること」と「考えさせ
ること」を関連づける指導方法,即ち基本的知識・技能を「教え」,これをもとに「考えさせ」,さ
らに実験・観察で確認するという一連の指導を言語活動を介して有機的に結びつける方法の有効性に
ついて検証を行った。
キーワード
教えること・考えさせること
Ⅰ
仮説・予想
言語活動
実験・観察
高校理科
主題設定の理由
自然の事物・現象に対する関心を高め,科学的に探求する能力と態度を育てるためには,実験・観
察を効果的に活用することが重要である。しかし現実には,高等学校の理科授業は限られた時間で多
くの内容を扱わざるを得ないため,実験の時間を十分に確保することが難しい状況にある。また扱わ
れる実験も多くは検証実験であり,受け身で意欲的な取組が見られないことも少なくないだけでなく,
目的や方法,実験器具の操作等の理解が十分でないため主体的な取組ができない状況も見られる。
文科省は、PISA2003 及び TIMSS2003 における科学的リテラシーの論述式問題での結果を受けて,
「科学的に解釈する力や表現する力の育成を目指した指導の推進」をあげ,「観察・実験の積極的な
実施と,観察・実験のねらいを明確化した指導」,「観察・実験における予想や仮説,その検証方法,
考察,結果等を自分なりにまとめ表現する活動」を適切に行うことの重要性を指摘(注1)した。つまり,
実験・観察を単に実施するだけでなく,生徒自身による仮説の記述,あるいは他者とのコミュニケー
ションを通じた比較等で,科学的な思考力・判断力・表現力を育成するような理科授業への転換を求
めたのである。また,国立教育政策研究所は「PISA2006 の科学的リテラシーに関する意識調査」の
速報 (注2)の中で,理科教育に対し「科学に関する自信,自己効力感を高める必要性」「理科や科学を
学ぶ価値や意義を実感させる必要性」「科学に関連する職業意識を養う必要性」「対話しながらの思
考や,応用に関する学習を重視する必要性」等様々な課題を指摘している。新しい学習指導要領の改
訂に先立つ中央教育審議会答申(注3)においては,理数教育の充実と重要性とともに国語以外の各教科
での言語活動の重要性が指摘されている。これは新学習指導要領(注4)にも反映され,指導計画の作成
等に当たって配慮すべき事項として「生徒の思考力,判断力,表現力等をはぐくむ観点から,基礎的
・基本的な知識及び技能の活用を図る学習活動を重視するとともに,言語に対する関心や理解を深め,
言語に関する能力の育成を図る上で必要な言語環境を整え,生徒の言語活動を充実すること」があげ
られている。加えて中央教育審議会答申では,学習指導要領の理念を実現するための具体的な手立て
として,教えて考えさせる指導を徹底し、基礎的・基本的な知識・技能の習得を図るとともに,これ
を行うにあたって,「教えること」と「考えさせること」の両者を関連づけることの重要性もまた指
摘されている。
以上を踏まえ本研究では,実験・観察の重要性を認識しつつも,高等学校におけるその位置づけが
既習事項の検証であることを特に鑑み,実験・観察の事前の仮説設定に重きを置いた指導が有効かつ
- 1 -
実践可能なものであるとの考えを出発とした。そして,その上で仮説設定段階における言語活動によ
り,「教えること」と「考えさせること」を関連づけ,思考と活動を相乗的に育成し,以て学びの自
覚と言葉を介した的確な理解の深化で生徒の興味関心を一層高め,結果として上記課題に対する処方
となることを目指し本主題を設定した。
Ⅱ
研究のねらい
言語活動を実験・観察に先立つ指導に取り入れることで,予想や仮説と検証方法について十分に理
解させる。また,予想や仮説をグループで検討させることで,自らの考えや集団の考えを確認・発展
させ,学習単元における知識・技能の効果的な習得を図る。さらには,目的意識を明確に持たせるこ
とで,全員が主体的に学習に参加することを促すとともに,より安全かつ有効な観察・実験となるこ
とを目指す。
Ⅲ
研究の基本的な考え方
理科授業における実験・観察は,図1 A ~ C
のような位置づけが考えられるが,高校現場で
(図1) 授業における実験の位置づけ
は系統性・体系性を考慮しつつ,学習のまとめ C
に位置づけるのが一般的である。このことは「子
どもは,現在の認識状態からは論理的に帰結で
きない内容を教師の指導のもと一時的に受け取
導
入
A
展
開
まとめ
B
C
A:興味関心の喚起,動機付け,問題提起
B:学習内容の説明強化,実物提示
C:学習内容の確認,整理
り,これを使用することによりその意味を獲得
する」(注5)という観点からは合理的であるといえるが,反面このような位置づけでは既習の確認・検
証という側面が大きく,受け身の生徒が多くレポート等も不十分なものとなる傾向は否めない。従っ
て本研究においては,言語活動の充実の必要性が指摘されている現状を踏まえ,言語活動を実験・観
察後ではなく直前に位置づけ,既習の内容を踏まえた予想及び結果確認への一連の活動が目的及び視
点の明確化,自ら進んで参加する姿勢の涵養,安全かつ円滑な実施,以て理科に求められる基礎的・
基本的な知識技能の効果的な習得等に有効であることを検証する。このことは,実験・観察から得ら
れる新しい発見や新鮮な驚きを否定するものではなく,むしろ事前に自らの言葉でまとめ,他とコミ
ュニケーションすることで,実験・観察を単なるトレースとせず,より効果的に学習成果が得られる
ことを期待するものである。更には,これら一連の活動で得た知識・技能が次の言語活動を支えるこ
とで,生徒個人のみならずクラス全体の理解が深まり,新たな知識・技能の習得に向かわせるといっ
た学びの相乗かつスパイラル的な向上をも図るものである。
Ⅳ
研究の方法と内容
1
研究の方法
(1)授業研究
ア
対象
山梨県内公立高校 3 年
イ
時期
平成 20 年 9 月~ 11 月
ウ
題材
科目:化学Ⅱ
単元:「化学平衡の移動」及び「タンパク質」
- 2 -
(2)研究手順
ア
研究協力員との協議による教材の設定及び指導モデルの作成
イ
研究者,研究協力員による研究協力校での授業実践
ウ
研究者,研究協力員による授業実践のデータ及び生徒アンケートに基づく検証・考察
2
研究の内容
本研究においては,下記の①~⑥を流れとした授業の構築・授業実践・評価及び検証を行う。
①
実験・観察のテーマや方法等の確認をする
②
生徒個々が予想を立て、一定の形式で記述する(「~なので~になる」)
③
生徒各自の予想を基にグループで検討し,考え方の再構築・整理をする
④
クラス全体でグループ毎の予想を比較する
⑤
検証実験を実施する
⑥
結果を評価し,仮説との比較,評価及び考察を行う
※ここでは,特に②~④の言語活動に焦点を当てることとする。
3
指導モデルと授業実践①
(1)
対象教科・科目
「理科・化学Ⅱ」
(2)
単元名
「化学平衡の移動」
(3)
単元の目標
ア
化学平衡の移動実験において,ルシャトリエの原理から,温度・圧力を変化させたときの平衡
の移動方向を予測し,その理由を考え説明することができる。
イ
化学平衡の移動の検証実験に主体的に参加し,化学平衡の移動を観察記録できる。
(4)
本時の学習について
ア
題材名
2NO2ÈN2O4の反応での化学平衡の移動
イ
本時の目標
①温度変化に伴う化学平衡の移動方向と色の変化を予想できる。
②圧力変化に伴う化学平衡の移動方向と色の変化を予想できる。
③①,②で立てた予想をグループ内で比較検証できる。
④①,②をグループ毎クラス全体に発表できる。
⑤グループで協力し,主体的に実験を行うことができる。
⑥実験結果を正しく観察・記録できる。
⑦実験結果と予想との比較検証ができる。
ウ
本時の評価
関心・意欲・態度
思考・判断
観察・実験の技能・表現
知識・理解
化学平衡やその移動に興味 化学平衡の移動実験で、温 化学平衡の移動実験及び窒 化学平衡の移動についてル
を持ち、調べる態度が育っ 度・圧力を変化させたとき 素酸化物の扱いを正しく行 シャトリエの原理をもとに
ている。
の移動方向を考えることが うことができる。
できる。
- 3 -
説明できる。
エ
段階
(分)
導
指導過程
指導内容
本時の目標確認
入
学習活動
・本時の目標を各自が理解する。
形態
一斉
・2 NO2ÈN2O4を題材とした実験概要を理解する。
(10) 本時の進め方の確認
ワークシート配布
【関・意・態】
・本時に自らがなすべきことを確認する。
展
実験手順の確認
・実験手順を正しく理解する。
開
実験結果の予測
・化学平衡の移動方向と気体の色の変化について,
(30)
評価・備考
個人
【 思 ・ 判 】【 知 ・理 】
ワークシート記入
結果を予測しワークシートへ記入する。
※結論のみではなく根拠を明確にする。
(~だから~となる)
予測結果の比較・検討 ・グループ毎に予想した結果を比較検討する。
グループ 【思・判】
・予想の相違に対し、
グループ毎に整理
する。
・グループでの予想
ワークシート記入
結果をワークシー
トへ記入する。
予測結果の発表
・グループ毎に予想結果を発表する。
一斉
【思・判】【技・表】
※実験手順を確認しつつクラス全体に説明する。
・他グループの予想との比較を行う。
実験による検証
・検証実験を実施する。
グループ 【関・意・態】
【技・表】
※気体の取り扱い等、安全に注意する。
※ドラフトを使用
※実験後の器具,気
体の処理にも注意
する。
・実験結果について
ワークシート記入
正確に観察,記述
する。
ま
結果と予測の比較
と
め
(10)
・クラス全体で結果について確認する。
・実験結果と各々の予測とを比較する。
まとめ
※結果との相違点について各自で考察する。
・次時の予告をする。
- 4 -
一斉
【思・判】
ワークシート記入
オ
実験プリント及びワークシート
(図2) 実験プリント(化学平衡の移動)
本時で使用した実験プリントを右図2に示
す。操作にあるように,本来なら班ごとに二
酸化窒素の発生及び捕集をやるべきだが,実
際には時間短縮と思考のポイントを明確にす
るために,あらかじめ捕集した気体を入れた
試験管及び注射器をドラフト内に用意してお
いた。
各操作での結果予測及び実際の結果は,下
図3に示すようなワークシートに記述した。
ここでは,図にあるように,「自分で立てた予
想」→「グループで検討した結果」→「実験
結果」のように順次記述する形式をとり,事
後に思考の変化と実際の結果を比較できるよ
うにした。また,グループ毎の比較・検討も,
このワークシートに基づいて行った。
(図3) ワークシート(化学平衡の移動)
4
指導モデルと授業実践②
(1)
対象教科・科目
「理科・化学Ⅱ」
(2)
単元名
「タンパク質」
(3)
単元の目標
・α-アミノ酸の種類と構造,性質から,ペプチドの生成と構造,種類を理解する。
・タンパク質の立体構造とタンパク質の機能との関係などについて理解する。
- 5 -
・タンパク質の成分元素や,検出反応,塩析および変性等の性質について理解する。
・タンパク質を観察・実験などを通して探求し,種類と性質に興味をもち,調べる態度が育つ。
(4)
本時の学習について
ア
題材名
タンパク質の性質を調べる実験
イ
本時の目標
①タンパク質の性質を調べる実験操作をいえる。
②タンパク質の性質を調べる実験結果を予想できる。
③②で立てた予想をグループ内で比較検証できる。
④①,②を発表できる。
⑤グループで協力し,主体的に実験を行うことができる。
⑥実験結果を正しく観察・記録できる。
⑦実験結果と予想との比較検証ができる。
ウ
本時の評価
関心・意欲・態度
思考・判断
観察・実験の技能・表現
知識・理解
アミノ酸・タンパク質の性 アミノ酸・タンパク質の検 アミノ酸・タンパク質の検 アミノ酸・タンパク質の検
質に興味を持ち、調べる態 出反応,変性等について考 出反応,変性等を調べる実 出反応,変性等を説明でき
度が育っている。
えることができる。
エ
指導過程(省略)
オ
実験プリント及びワークシート
験方法を説明できる。
る。
(図4) 実験プリント(タンパク質の性質)
本時で使用した実験プリントを右図4に示
す。実際の実験は,時間短縮と思考のポイン
トを明確にするため,あらかじめ調整した卵
白水溶液を試験管に分取し用意しておいたた
め,生徒は操作3から行った。
また,各操作での結果予測及び実際の結果
は,図5に示すようなワークシートに記述し
た。前出の化学平衡の移動実験と同様に「自
分で立てた予想」→「グループで検討した結
果」→「実験結果」のように順次記述する形
式をとったが,知識・理解の検証傾向が大き
い実験のため,細かい項目が多く,記述スペ
ースが十分にとれなかった。また,後述する
ように,本実験を1回目に行った際,個人の
段階での予想に空欄が見られたことから,同
範囲を他クラスで実施する際には①の「自分
で立てた予想」を「操作から思いつくキーワ
ードや関連した学習事項」に修正し,単語で
の記述も可とした。
- 6 -
(図5)
ワークシート
(化学平衡の移動)
Ⅴ
研究の結果と考察
1
授業実践での生徒の変容
(1)
化学平衡の移動について
授業実践①「化学平衡の移動」における加圧下での変化の予測を例にとると,ある生徒は自らの予
測で「高圧になり圧力を下げる向きに移動するので,平衡は左に移動し色が薄くなる」と,その変化
をルシャトリエの原理のみから考えていたものが,グループで検討した結果「加圧すると着色気体が
圧縮されるのでまず色が濃くなるが,圧力を下げる向きに平行は移動するため色は薄くなる」と,気
体の圧縮による変化と平衡移動を併せて考えるように思考が多様化したことが認められた。更に実験
で得た結果は「ピストンを押した瞬間には色が濃くなったが,時間がたつと平衡移動によりだんだん
薄くなった」と記述が簡潔かつ明確になっており,より正確に認知されたことがわかる。他の生徒に
も同様の記述が見られ,実験結果を事前に予測する過程を経るなかで,自らの思考が整理されるとと
もに理解が進んだことが伺えた。本授業の各自の予測に空欄は無く,どの生徒にも何らかの記述が見
受けられたが,これは平衡移動の原理を学んだ上で個々のケースを予測する学習内容なので,知識の
有無にあまり作用されず,仮に認識が曖昧であっても予測が可能となっていたことと,実験時間が比
較的短く予測に十分な時間を割くことができ,熟考しながら記述できたためと考えられる。
(2)
タンパク質の性質について
授業実践②「タンパク質の性質」におけるビウレット反応での変化の予測を例にとると,ある生徒
は,自らの予測で試薬の化学式を記述するだけのほとんど空欄の状態であり,内容も稚拙であった。
他の多くの生徒も程度の差はあるものの同傾向にあり,全くの白紙の者も見られた。これは本実験が
授業で得た知識・理解の検証的傾向が強いため,知識が整理され定着していないと何も書けないこと
が原因の1つと思われる。また,実験数が多く時間が比較的長くかかったため,予想に十分な時間を
割けなかったことも原因と思われる。この様な状態でグループ検討を行っても,他の生徒の予測を無
条件に受け入れるのみで,生徒相互のコミュニケーションが成立しないため,学習の効果は期待でき
ない。特にグループの検討が,記述も含め十分に機能するためには,授業が成立する前提として,ど
- 7 -
んな内容であっても何らかの予測がなされる必要があるといえる。
このことから,本授業の改善を図るため,個人レベルでの予測を,図6のように関連あるいは連想
すると思われるキーワードを書き出す形に改め,グループでこれを文章の形にまとめ上げることとし
た。このことにより,個人レベルで何も書けない
事態を回避し,少なくともグループでの話し合い
(図6)ワークシートの変更
①自分で立てた予想
の前提となるキーワードを想起させることで,生
徒相互のコミュニケーションを充実させられると
考えた。また,各自の予想する時間を短縮し,グ
②グループで検討した結果
③観察した結果
ループでの話し合いの時間をできるだけ確保する
ことを図った。
変更したワークシートを使い,別クラスで「タ
①操作から思いつくキーワードや関連した学習事項
ンパク質の性質」の授業を行ったところ,ある生
徒の加熱による変性を例にとると,キーワード(学
②この操作による変化を①を利用して文章で予想
習事項)には「凝固,加熱,白色」と書かれ,こ
れを基にしたグループの予想には「加熱により変
③実験・観察の結果
性がおき,凝固し白色に変化する」と文章化がな
されていた。他の生徒も同様に,各自の予想についての空欄はほとんどなくなり,何らかのキーワー
ドが書けるようになった。また結果についても「加熱すると白くなったが,凝固とまではいえず,ド
ロドロした感じになった」と,より具体的な記述がされるようになり,この様な傾向は,他の多くの
生徒についても程度の差はあるものの伺うことができた。
2
事後アンケート
そう思う
(1)
どちらかというとそう思う
どちらともいえない
化学平衡の移動
どちらかというとそう思わない
そう思わない
(図7)生徒アンケート結果(化学平衡の移動)
ワークシートへの記入ができた
班での話し合いで,より理解が深まる
友人の発表を聞くことで理解が深まる
実験前に予想することで実験の目的がはっきりする
実験前に予想することで手順の理解が深まる
実験前に予想することで実験結果の理解が深まる
実験前に予想することで意欲的に授業に参加できた
実験前に予想することで興味関心が高まる
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
本実験は,上述したように,平衡移動の原理を学んだ上で個々のケースを予測をする内容なので,
知識の有無にあまり作用されず,仮に認識が曖昧であっても何らかの予測が可能となっているため,
図7のように全員の生徒がワークシートへの記入ができたと回答している。また班の話し合いやクラ
ス全体の確認で理解が深まると,ほぼ全員の生徒が「そう思う」または「どちらかというとそう思う」
と肯定的に回答している。目的や手順あるいは結果の理解についても,全員の生徒が「そう思う」ま
たは「どちらかというとそう思う」と回答しており,実験前の予測が効果的だと実感していることが
わかる。特にこの3項目は,「そう思う」と回答した生徒が 90 %を超えており,実験全体への理解が
- 8 -
深まったとことが伺える。さらに,情意面での質問項目である関心・意欲についても,全員の生徒が
肯定的な回答をしており,本手法による授業実践が極めて効果的であることがわかる。
(2)
タンパク質の性質(1回目)
(図8)生徒アンケート結果(タンパク質の性質1回目)
ワークシートへの記入ができた
班での話し合いで,より理解が深まる
友人の発表を聞くことで理解が深まる
実験前に予想することで実験の目的がはっきりする
実験前に予想することで手順の理解が深まる
実験前に予想することで実験結果の理解が深まる
実験前に予想することで意欲的に授業に参加できた
実験前に予想することで興味関心が高まる
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
本実験は,タンパク質の性質を学んだ後,それらをトレースするものである。従って,授業で得た
知識が整理され定着していないと何も書けないこともあり得る。このため,アンケート結果も図8の
ように,ワークシートの記入ができたかどうかについて,「そう思う」または「どちらかというとそ
う思う」が 75 %程度あるものの,その中の「そう思う」は 2.9 %であり,化学平衡の移動実験に比
して記入できた実感が薄かったことが伺える。一方,班の話し合いで理解が深まると肯定的に考える
生徒が 92 %程度あり,話し合いがきっかけとなって知識が呼び覚まされたことが伺える。また,目
的や手順あるいは結果の理解についても,化学平衡の移動実験ほど高くはないものの,実験前の予測
が効果的だと実感している生徒が 80 ~ 90 %程度いるため,実験全体への理解についても一定の効果
があることが伺える。情意面についても,70 %以上の生徒が肯定的に回答しているものの,化学平
衡の移動実験ほど劇的に高い値を示したわけでは無く,興味・関心を高めるためには各自の予想の有
無が重要なファクターだと考えられる。
(3)
タンパク質の性質(2回目)
(図9)生徒アンケート結果(タンパク質の性質2回目)
ワークシートへの記入ができた
班での話し合いで,より理解が深まる
友人の発表を聞くことで理解が深まる
実験前に予想することで実験の目的がはっきりする
実験前に予想することで手順の理解が深まる
実験前に予想することで実験結果の理解が深まる
実験前に予想することで意欲的に授業に参加できた
実験前に予想することで興味関心が高まる
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
本実験は,(2)と同じ実験を,ワークークシートの一部を変更して別クラスで実施したものであ
る。具体的には前述したように,(2)で個人レベルでの予想がうまく立てられなかったアンケート
結果を踏まえ,ワークシートの予想欄を図6のように思いつくキーワードあるいは学習事項の記述に
とどめ,班での話し合いで予想をまとめ上げる形に変えたものである。このため,個人での予想は(2)
に見られた空欄はほとんど無くなり何らかの単語は書けていた。しかしその一方で,生徒アンケート
は図9のように,ワークシートの記入ができたかどうかについて,「そう思う」または「どちらかと
いうとそう思う」が 57.5 %と低下してしまった。このことから,文章に比して単語では記述した実
感を得にくいのではないかと思われる。ただ,班での話し合いによる理解の深まりに関しては「そう
思う」または「どちらかというとそう思う」がほぼ横ばいだったのに対して,その中の「そう思う」
- 9 -
は 55.0 %と大幅に増加した。一方,目的や手順あるいは結果の理解についても,実験前の予測が効
果的だと実感している生徒が 95 ~ 100 %と,実験全体への理解についての効果が確認できた。更に
情意面についても,95 %以上の生徒が肯定的に回答しており,本手法が興味・関心を高めるために
効果的だと考えられる。
3
事後アンケートにおける生徒の感想
(1)化学平衡の移動
化学平衡の移動に関する事後アンケートの自由記述部分を以下に示す。本手法については,ほとん
どが肯定的な意見であった一方で「予想とは違う結果について,その理由を知れるともっと良い」と,
一人一人の予想に対する事後フォロー求める意見があり,今後の課題として検討を要する。
・先に予想を立てておくことで,その予想が違ったとき受けるインパクトにより,より記憶に定着しやすいと思った。
・いつもより実験が楽しかった。前より化学が好きになった。
・思っても見なかったことが起こると面白いと思った。
・変化がわずかなものでも,あらかじめ予想しておくことで,その変化を見逃さないから予想することは大切だと思
った。
・予想とは違う結果について,その理由を知れるともっと良い。
・予想通りの結果だったから感動がなかった。
(2)タンパク質の性質1回目
タンパク質の性質に関する事後アンケートの自由記述部分を以下に示す。予想の大切さや班ごとの
話し合いの効果等,肯定的な意見が多くある一方で,学習が定着していないと予想を立てられないこ
とや,時間不足を伺わせる記述も見られた。
・何も習っていないうちに言われたまま実験をやって,何もわからないまま実験結果をとり,その後の授業で説明と
いう流れだった授業は,実験の目的がわからず全然面白くなかったけど,高校では目的や起こる反応がわかってい
てとても楽しいです。
・予習復習(特に復習)をしないと正しい予想ができないことがわかった。
・復習不足であまり予想を立てられなかったが,予想どおりのことが起こると楽しいし,予想があっていなくても記
憶に残るので予想実験は楽しい。
・実験前の復習は必須だと思った。そして更に実験後の確認で印象が強くなると思った。友人の意見を聞くのはとて
も効果的だと思う。もう少し時間が長くとれれば良かった。
・勉強をしていないと予想の時何を書いていいのかわからないと思った。実験量が多くてちょっと混乱した。
・もう少しタンパク質の反応や性質を自分が理解できていれば,予想も立てやすく授業の確認もできたと思った。
・予想はできたが,なぜそうなるかは書けないことが多かった。
・予想は実験の前日くらいに立てておいた方が,もう少し余裕が持てると思う。
・班で話し合うことで実験の目的がはっきり見えてくるので,実験がスムーズにできた。自分で予想を立てたことで,
実験結果もまとめやすかった。
・結果が予想と違うと「何でだろう?」って思うから,その後ノートで確認したときに印象が強く残った。
・今回のような三段階の予想ははじめてだったが,結果がどうなるかいつも以上に意欲的に取り組めよかった。
・事前に予想することで理解が深められた。友達の意見を聞くというのがよい。
・予想を立てた後,友達の予想を聞くことで「ああー!」っていうところが何回もあった。グループ予想だとあって
ると思ったところが実際実験すると違う反応だったりして,先に予想を立てることで「何で?」とか「そっか!」
って気づくことが多くなった。驚きもうれしさも倍になったなあと思った。すごく良かったです。
・予想を立てることの重要性を感じた。
・楽しい実験だった。面白かった。
・予想を立てる時間がもう少しほしかった。
(3)タンパク質の性質2回目
ワークシート修正後の,タンパク質の性質に関する事後アンケートの自由記述部分を以下に示す。
ここでも主として肯定的な意見が見られ,他範囲について本手法での再授業の要望もあった。
・実験前に予想することで,自ら実験に取り組んでいるという気がして,より意欲的に取り組め結果もあとで忘れる
こともなくなるから良いと思う。
・化学Ⅰ(以前の範囲)もやってほしい。
- 10 -
・事前に知識があることが前提だけど,予想を立てるなどして実験することで,より充実した授業になったと思う。
・実験前に予想を立てることで,その内容について詳しく観察できた。また,実験することにより,色が記憶に残る
のでとても良かった。
・授業したばかりの範囲で,あまり頭に入っていなかった。時間が無くて実験を急いでやらなければならなかったの
が大変だった。
・班のみんなで楽しく協力できた。
Ⅵ
研究のまとめと今後の課題
主題設定の理由で述べたように,新学習指導要領の改訂に先立つ中央教育審議会答申には,教えて
考えさせる指導の重要性とともに,これを行うにあたって「教えること」と「考えさせること」の両
者を関連付けることが重要であると示されている。このことについて,市川による「学習の習得サイ
クルと探究サイクル」
(注6)という考え方は貴重な示唆を与える。つまり,知識や技能を身につける「習
得サイクル」と、これを生かした「探究サイクル」のバランスを取り,リンクさせることが重要だと
いう考え方である。前述したように生徒達は,未知の認識できない内容に対して思考することは困難
であり,教えるべきことは教師がきちんと教えなければならない。一方日々の授業では,十分に考え
させる時間が保障されているとは言い難い状況があることも否めない。本研究においては,この様な
高校理科の現状を踏まえ,教えてから考えさせる手順として,単元のまとめにあたる実験を行う前に
探究場面,つまり学んだ知識や技能を使って予想を立てる活動を位置づけ,特にこの探究過程での生
徒相互の言語活動の充実を図り,授業の効果を向上させ,より確実な定着を図ることを試みたのであ
る。ここでは性格の異なる2種類の実験を題材とした。一つはルシャトリエの原理を学んだ上で個々
の反応について予想する「化学平衡の移動」に関する実験であり,もう一つは変性やキサントプロテ
イン反応などタンパク質について学んだ上でこれを実際に確認する「タンパク質の性質」に関する実
験である。前者が「教えること」と「考えさせること」が比較的明確に区分され連続したつながりを
持っているのに比し,後者は「教えること」≒「考えさせること」であり,探究過程というよりむし
ろ復習過程とも呼ぶべき,各自の理解確認の場ともいえるものである。これらを踏まえた上で,実験
後の生徒アンケート等を分析すると,本指導方法について次のようなことが明らかになったといえる。
・学習成果を得るために全般に有用な手法といえるが,知識の再確認である「タンパク質の性質」より知識を活用す
る「化学平衡の移動」の方が特に効果がある。
・上記と同様に,生徒は知識を活用する題材の方が予想を立てやすく,その後の活動も積極的な傾向が見られる。
・「タンパク質の性質」のような検証実験では,事前の学習が定着していないと何も予想を立てられず,達成感が乏
しくなる。
・「化学平衡の移動」「タンパク質の性質」のどちらの場合も,キーワードや語より文章で記述した方が予想を立てた
実感をもつ。
・「化学平衡の移動」「タンパク質の性質」のどちらの場合も,たとえ稚拙であっても何らかの予想があったほうが,
話し合い等の効果を肯定的にとらえる傾向がある。
・「化学平衡の移動」「タンパク質の性質」のどちらの場合も,班の話し合い等,相互の営みにより理解が深まると考
える生徒が多い。
・目的・手順・結果の理解に対して,実験前の予測が効果的だとほぼ全員の生徒が実感している。
・本手法により,目的や方法,実験器具の操作等の理解が進み,主体的に取り組めると考えている。
・本手法について,関心・意欲等の情意面で,ほとんどの生徒が肯定的にとらえている。
・グループでの予想は,時間を十分にとり余裕を持って行う必要がある。
・予想を立てることで,実験中に新しい気づきを認識することがある。
また,授業者の立場から本指導方法について考察を行うと,次のようなことがいえる。
・予想の文章化については,事前指導が必要である。本プロセスに不慣れなまま,いきなり「予想を立てなさい」で
は戸惑う生徒が多い。
・生徒予想やグループ検討の際,アドバイスを求められても 40 人規模の授業で対応するのは難しい。
・全部のグループ予想をきちんと把握し,更にクラス全体で共有させることは限られた時間の中では難しい。
・一連の指導の中で,特に少人数でのコミュニケーションとなる班ごとの話し合いが効果的である。
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・グループ内での話し合いは,教え込み授業に比して主体的に参加するため,学習の動機付けに効果的である。
・グループ内での話し合いを経ることで,実験操作に対し傍観者とならず主体的に行う傾向がある。
・グループ内での話し合いを経ることで,実験中のコミュニケーションも活発に行われた。
これらが明らかになった一方,反省点としては次のような点が挙げられる。
・今回の試みは「生徒個々の予想→グループでの検討→グループ間の予想比較→検証実験→結果の評価」を1単位
時間の中で行う形を基本としたため,それぞれが十分になされたとはいえなかった。特に実験後の結果処理は,片
付けに追われほとんど行うことができなかった。
・本手法は全般には効果的な指導方法といえるが,今回の試みでは個人・グループを問わず予想を立てることが主
たる活動となり,言語活動の中身にまで焦点を当てることができなかった。本来グループ内での相互の話し合いや
教え合いにより問題解決を図る探究活動を充実させる試みであることを考えると,不十分な取り組みだったと言わ
ざるを得ない。
・グループ間の比較についても,全部の予想を比較検討し生徒に考えさせることは,限られた時間の中では難しく,
今後の課題である。
言語活動の充実を,日々の授業の中で図るための実践的な指導法の工夫・改善を目指して本研究に
取り組んだ。しかし実験前の探究活動の有用性は確認できたが,言語活動そのものの在り方について
明確な方向性を示せたとは言い難い。また,扱う内容によってその効果に差違があるため,次のよう
な点で,今後更に研究を深めていく必要があろう。
・学校や生徒の実態に合わせた「教えること」と「考えさせること」が比較的明確に区分され連続したつながりを持
っているような,より効果的な題材を検討する。
・生徒個々が,予想を書き込みやすいワークシートの書式について工夫する。
・特に効果があると考えられる班ごとの話し合いに焦点を当て,その言語活動の在り方を工夫する。
・予想をどのように文章化するか等,事前に指導する時間を設定する必要がある。
・グループ間の差違をクラス全体で共有し,比較検証する指導方法を工夫する。
・実験結果の仮説との比較や評価及び考察等,実験後のまとめ方について,その指導方法を工夫する。
・圧倒的に時間確保が難しくなっている一方で,グループでの活動時間確保等,無理なく取り組める指導事例を検討
する。
一方的に知識を詰め込む従前どおりの教育活動が,学習の動機付けとなり得ないことは言うまでも
ないが,何十年と積み重ねられた研究の上に立つ自然科学にとって,教えずに考えさせる授業もまた
同様である。事実,ある生徒がアンケートに書いた「何も習っていないうちに言われたまま実験をや
って,何もわからないまま実験結果をとり,その後の授業で説明という流れだった授業は,実験の目
的がわからず全然面白くなかった」という意見は象徴的である。今回の研究を通じて,基本的な知識
・技能を教え,その知識・技能を使って考えさせ,考える過程で言語活動が活発に行われるような授
業の有効性が方向として見えてきた。今後さらに検討・検証を進め,より効果的な言語活動の在り方
や題材などを明らかにしていきたい。
引用・参考文献(注)
1)『小学校理科・中学校理科・高等学校理科指導資料
- PISA2003(科学的リテラシー)及び TIMSS2003
(理科)結果の分析と指導改善の方向-』(2005)
文部科学省
2)『PISA 調査のアンケート項目による中3調査集計
結果(速報)について』(2008)国立教育政策研究所
3)『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援
学校の学習指導要領等の改善について(答申)』
(2008)中央教育審議会
4)中学校学習指導要領(2008)
5)森本信也(1996)『子どものコミュニケーション活
動から生まれる新しい理科授業』東洋館出版社
6)市川伸一(2004)『学ぶ意欲とスキルを育てる,い
ま求められる学力向上策』小学館
研究協力校
山梨県立甲府東高等学校
校長
秋山教之
研究協力員
山梨県立甲府東高等学校
教諭
小野和子
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平成 20 年度
山梨県総合教育センター
執
研修主事
筆
者
中 山 真 男