アメリカのカレッジ・スポーツ

25 アメリカのカレッジ・スポーツ
アキ・ロバーツ
大学スポーツに熱狂するアメリカ人
アメリカ人のスポーツ観戦好きには辟易することがある。スタジ
アムなどでの試合中の熱狂はもちろん、バーなどにあるマルチスク
リーンで何試合も同時に観戦するという強者もいる。職場の雑談で
もスポーツが話題になることが多い。多彩なバックグラウンドを持
つアメリカ人にとってスポーツ観戦は数少ない共通項で、人種や宗
教の壁を越えて国民が一つになれるイベントなのかもしれない。ア
メリカでとくに人気のあるのは4大プロリーグのNFL(アメリカ
ン・フットボール)、NBA(バスケットボール)、MLB(野球)と
NHL(アイスホッケー)であるが、大学スポーツ(カレッジ・ス
ポーツ)の観戦も盛んだ。フットボールとバスケットボールはプロ
リーグに匹敵する人気である。
大学のスポーツチームは全米大学体育協会(NCAA)という団体
の管理下にあり、大きく三つの区分け(ディビジョン)で格付けさ
れている。フットボールでは上位のディビジョン1はさらにディビ
ジョン1−Aと1−AA に分けられている。最上位のフットボール・
ボウル・サブディビジョン(FBS)とも呼ばれるディビジョン1−A
の大学の試合はメジャーなチャンネルで放映され、全米のファンが
©2016 Institute of Statistical Research
26
学際
第2号
テレビに釘付けになる。バスケットボールはフットボールほどでは
ないが、「マーチ・マッドネス」(三月の狂乱)と呼ばれる全米トー
ナメントなどは高視聴率となる。各ディビジョン内でそれぞれの大
学はアマチュア・リーグのようなカンファレンスに属するが、中西
部の強豪14大学が属する「ビッグ・テン」というカンファレンス
などは独自のテレビネットワークを持っているほどである。フット
ボールのスタジアムの大きさのランキングでも上位に名を連ねてい
るのは大学チームで、プロチームよりはるかに多い。第1位は11
万人近くもの観客を収容できるビッグ・テンのミシガン大学であ
る。ちなみにミシガン大学の学生数は約4万人。この全員が観戦に
行くとは考えにくいので、ほとんどの観客席は大学外のファン用で
ある。
大学スポーツのファンは贔屓チームへの入れ込み方も尋常ではな
い。歴史の古いアメリカの大学スポーツは長年のライバル同士の大
学があり、ファン同士のライバル意識も強い。そのため乱闘や、酷
いときには暴動が起こり警察が出動する騒ぎになることも珍しく
ない。大学スポーツと犯罪の関係は学術研究でも証明されている。
コロラド大学のリーズ教授がディビジョン1−Aのフットボール・
チームの試合と犯罪のデータを比較している。試合の当日は地元で
暴行や器物破損が激増する傾向にあり、特に地元のチームが負けた
1)
時には犯罪件数が最高潮に達したことがわかった。 逆に勝ち試合
の時は大学外でも地元のレストランなどがファンにデザートを無料
で提供し、自分のことのように喜んで勝利を祝う。
アメリカの大学スポーツファンにはプロの同じスポーツにはまっ
たく興味を持たない人も多い。私が以前勤めていたニューメキシコ
大学のバスケットボール・チームはディビジョン1の中堅である
が、私のアメリカ人の夫は20年来の大ファンで、勤務先がウィス
コンシン大学に移った現在も毎年飛行機で6時間以上もかけて試合
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
27 を見に行くほどである。今住んでいるミルウォーキーのプロバス
ケットボールを見に行ってくれたほうが家計的には助かるのだ
が、カレッジ・バスケットボールのほうが断然面白いそうである。
人気の理由は?
なぜアメリカ人はこんなに大学スポーツに入れあげるのだろう
か。第1の理由は、アメリカのプロリーグのチームが大都市に集中
していることによる。それに対してアメリカの総合大学は広大な土
地を確保しやすい田舎にあることが多いので、田舎でのスポーツ観
戦の対象は気軽に行ける地元の大学のスポーツ・チームということ
になる。だから大学スポーツのファンは大学関係者以外の地元民や
近隣住民が多い。さきにふれたビッグ・テンの14大学は4校を除
いてすべて NBA や NFL のない土地にある。南部はとくにカレッ
ジ・フットボールに熱狂するが、南部の強豪14大学で構成される
サウス・イースタン・カンファレンス(SEC)も、ナッシュビルに
あるヴァンダービルト大学以外は NFL のない町にある。私の夫も
プロ・バスケットボールのチームのなかったピッツバーグで育った
せいで、地元の大学のバスケットボール・チームのファンになっ
て、今にいたっているわけである。それに田舎では大学スポーツの
観戦が数少ない娯楽だから、地元民に大切にされ愛されるというこ
ともあるだろう。試合開催時は地域外からのファンも大勢訪れるの
で経済効果も期待できるところもある。
プロリーグの NBA と NFL に実質的なマイナー・リーグがない
ことも、大学スポーツの中でとくにフットボールとバスケットボー
ルが人気となる理由である。NFL では大学生のドラフトも厳しい
規制がある。だから大学スポーツにプロで十分通用する選手が沢山
いて、試合がエキサイティングになるのかもしれない。アメリカ人
の多くはプロリーグの営利主義や、プロ選手の多額の契約金に違和
©2016 Institute of Statistical Research
28
学際
第2号
感や嫌悪感を持っているから、大学生のカレッジ・アスリートが無
償でスポーツに打ち込んでいる姿にすがすがしさを感じるところも
あるようだ。フットボールやバスケットボールでは、大学スポーツ
のほうがプロリーグより歴史が古いので、贔屓チームを家族で代々
引き継いで応援しているということもある。ところがカレッジ・ベ
ースボールのほうはあまり人気がない。アメリカのプロ野球は歴史
が古いことに加えて、メジャー・リーグと連結しているマイナー・
リーグがあることが関係しているのかもしれない。私の夫も野球だ
けは「プロ」野球のファンである。
大学スポーツはおカネになるのか?
近年アメリカの大学のほとんどは財政難に陥っている。州からの
補助金は減り続ける一方である。学生からの授業料に頼っても限界
がある。そこで大学はつねに利益が生まれる事業を探索している。
フットボールやバスケットボールの強い大学は、チケットやグッズ
の販売、テレビ放送権などから、高額の収入が期待できる。だから
世間では大学スポーツは大学に経済的利益をもたらすとみなされて
いる。ところが現実は真逆で、大学スポーツは大学にとって「金食
い虫」になる場合も多いのである。
スポーツでトップランクの大学は収入も多いが、チームの維持に
も多額の費用がかかる。強豪大学では、フットボールやバスケット
ボールの監督であるヘッド・コーチの給与は有名教授や大学総長よ
りもずっと高額である。ビッグ・テンに属しているパデュー大学に
はノーベル化学賞を受賞した根岸英一教授がいるが、2015年のデ
ータによると、フットボールとバスケットボールのヘッド・コーチ
の年俸は両者とも約200万ドル(約2億円)だった。根岸教授の年
俸はかれらの10分の1ほどにすぎない。アメリカの大学の総長は
日本より高給で、パデュー大学の総長の年俸も55万ドル(約5,500
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
29 万円)と高いが、上述のヘッド・コーチ達にはとても及ばない。ア
ラバマ大学フットボール部のセイバン・コーチの場合はパデュー大
学のヘッド・コーチの3倍以上の700万ドル(約7億円)もの年俸
である。これは NFL のどのヘッド・コーチより高い。大学は彼の
2)
300万ドル(約3億円)の大豪邸のローンと税金まで払っている。
アラバマ大学はセイバン・コーチの監督下で何回も全米チャンピオ
ンになっているが、それにしても優遇しすぎというものではなかろ
うか。
スタジアムやアリーナなどを建築し維持するには、コーチの給与
よりもっと莫大な費用がかかる。選手の奨学金や遠征費にも相当な
資金が必要だ。効率よく全米各地から優秀な選手を勧誘するため
に、ジェット機を所有している大学もある。前述したセイバン・
コーチのいるアラバマ大学もその例である。大学同士の競争がヒー
トアップするので、近年 NCAA の規制が厳しくなっているが、ア
スリート専用の豪華な学生寮も選手獲得の有効な手段なので、いく
ら資金があっても足りないことになる。
大学内でスポーツ・チームは「アスレチック・デパートメント」
(Athletic Department)と呼ばれる運動部の管理下にあるが、そこ
にはフットボールやバスケットボールのように集客や利益を期待で
きないスポーツのチームも所属している。アスレチック・デパート
メントはこのようなマイナーなスポーツの存続のためにフットボー
ルやバスケットボールからの収益を使うこともある。利益の見込め
るスポーツだけを残して、「寄生虫」のような他のスポーツを排除す
るのが得策ということになるが、それはできないからだ。というの
は、アメリカの大学は、
「タイトル・ナイン」
(Title IX)という男女
平等の条例に従う義務があるので、アスリートの人数や奨学金の総
額に男女差があってはならない。フットボールのチームは全員男性
で、選手数も他のスポーツに比べて多いので、ほぼ同数の女性を確
©2016 Institute of Statistical Research
30
学際
第2号
保するには女性選手だけのソフトボールやフィールド・ホッケー、
女性の多い体操などのマイナーなスポーツ・チームも運動部内に確
保しないといけないからだ。
『ワシントン・ポスト』紙の分析によると、スポーツでトップラ
ンクの53の大学の中では、半分以上の28大学のアスレチック・デ
パートメントが赤字で、大学からの資金補助を必要としている。
すでにふれたパデュー大学もその中のひとつである。ニュージャー
ジー州にあるラトガース大学は、2014年に運動部の出した3,600万
ドル(約36億円)の大赤字を補填するために、3,000万ドルを大学
の資金から、残りの600万ドルを、一人当たり学生手数料を年間
3)
400ドル近く課すことで切り抜けたという。 莫大な興行収入など
を見込めるトップの大学でもこんな状態だから、このランクより下
の運動部のほとんどは、大学の援助がないと破綻してしまう。公式
のデータ上では大学に経済的利益をもたらしたとされる運動部で
も、大学が運動部に使っている資金は明確ではなく、いろいろな抜
け道があるので、本当のところは確かめようがない。例えばスタジ
アムの維持費を一般教育施設の維持費として計上し、運動部への出
費としない方法もあるからだ。
赤字が出ても大学が運動部に資金援助を続けるのは、スポーツは
間接的な利益を大学にもたらすと考えられているからだ。メジャー
なスポーツが全米大会で優勝したりすると、その年の入学志願者が
4)
増えると言われているし、 ファンからの寄付金も期待できる。志
願者が増えて入学の倍率が高くなると、難関校として『USニュー
ス』などの大学ランキングが上がる。ゴルフやラクロスなどの上流
階級のスポーツは奨学金なしで「表示」通りの授業料を払ってくれ
る裕福な学生の入学を増やすのにも効力があると思われている。し
かし、このような間接的な利益が本当にあるのかどうかの確証はな
い。運動部への過剰出費で、大学の本来の目的である教育と学生に
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
31 しわ寄せがいっているのは否定し難い。
搾取される選手たち
アメリカの大学の授業料は日本に比べてかなり高額だ。2015−
2016年度の私立の四年制大学の平均年間授業料は、3万2,000ドル
(約320万円)で、州立大学では、アウト・オブ・ステイトと呼ば
れる州外学生は2万4,000ドル(約240万円)、イン・ステイトと呼
5)
ばれる州住民の学生であれば9,400ドル(約94万円)である。
このため、返済不要のスポーツ奨学金は学生にとってかなりの誘い
水となる。ディビジョン1の大学ではメジャーなスポーツのほとん
どのアスリートに奨学金が与えられ、授業料や生活費などが全額カ
バーされる。しかし例外もあって、ハーバードやイェールを筆頭と
する8校で構成されるアイビー・リーグの大学はスポーツ奨学金は
出さない。スポーツ奨学金は学業を重んじるアイビー・リーグの校
風にあわないからだ。ちなみに「アイビー・リーグ」という名称は
日本では名門大学の集まりの代名詞となっているが、「アイビー・
リーグ」は8大学が属すカンファレンスの名前であり、「リーグ」
はスポーツのリーグが由来である。だから名門の州立大学の集まり
の俗称は、スポーツのリーグとは関係ないので、
「パブリック・アイ
ビー」で、
「パブリック・アイビー・リーグ」ではない。アイビー・
リーグのスポーツ・チームが正式に大学スポーツとなったのは
いにしえ
1950年代だが、非公式な活動の歴史は古く、 古 の8大学という
意味の「アンシエント・エイト」と大学スポーツで呼ばれたりす
る。
大学の授業料が世界一高いといわれているアメリカで、「無料」
で大学に行けるカレッジ・アスリートは垂涎のまとである。しか
し、彼らは大きな代償を払うことにもなる。NCAA の研究データ
によると、ディビジョン1のトップランクの大学にいるフットボー
©2016 Institute of Statistical Research
32
学際
第2号
ル選手は、週42時間も練習などのスポーツ関連の活動で拘束され
る。拘束時間はシーズンオフでもあまり変わらない。つまり彼らは
フルタイムの仕事をしながら大学に通っているようなものである。
サッカーや水泳などの他のスポーツでも週29時間も拘束されてい
6)
る。 これでは勉強や睡眠に割く時間が十分にとれなく、成績に悪
影響がでるのは避けられない。
カレッジ・アスリートはまた、健康面でも多くの犠牲を払う。と
くに怪我の多いフットボールでは、タックルなどが原因の頭の怪我
で一生脳に障害が残ったりと深刻だ。メンタルヘルスの問題もあ
る。陸上や体操では女性選手の摂食障害が問題になっている。大勢
の熱狂的なファンのいるトップランクの大学のフットボールとバス
ケットボールの選手にはプロ選手と同じぐらいのプレッシャーがつ
ねにかかっている。負け試合になれば大勢のファンからの野次や、
ネットでの中傷もある。そのうえ少ない時間でテストや宿題をこな
さないといけないので、鬱になったり、最悪の場合自殺にいたる場
合もある。いつも「強い」イメージを保たなければいけないアスリ
ートには、メンタル・カウンセリングを受けることにも抵抗があ
る。ストレスのためかカレッジ・アスリートの素行の悪さも問題に
なっている。
カレッジ・アスリートが練習時間や待遇の交渉をすることを可能
にするために、ノースウェスタン大学のフットボールの選手達は労
働組合結成の権利をアメリカ労働関係委員会(NLRB)に申し出
た。ノースウェスタン大学の地元シカゴにある NLRB の支部はこ
の申し出を認めたので、いったんはアスリート側の勝利となった
7)
が、最終的には本部によって却下されている。 選手の保護のため
にアイビー・リーグなどでは学生の拘束時間を減らしたり、フット
ボールでのタックルを禁止したりと自主規制をしている。アイビ
ー・リーグは大学スポーツが営利主義に傾くのを阻止する原動力と
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
33 なって、他の大学にも選手の保護対策を呼びかけているが、いまの
ところあまり成功していない。フットボールやバスケットボールで
は半分以上の選手が黒人で、高額の給料のヘッド・コーチや
NCAA の管理職は白人が多いことから、カレッジ・アスリートの
8)
搾取は昔の奴隷制度のようだと言う人すらいる。
プロへの夢は叶うのか
大学に無償で酷使されてもカレッジ・アスリートの多くはいつ
かはプロになって高額の報酬を得るという夢を持っている。しかし
ディビジョン1の大学でもアメリカでプロになれる選手は、ほとん
どのスポーツで全体の2パーセント以下と非常に少ない。NFL の
選手になれるのは1.6パーセントで、NBA は1.2パーセントだ。野
9)
球だけは少し高く9パーセントほどがプロになれる。 しかし、こ
れにはマイナー・リーグの選手になったケースも含まれているの
で、NBA や NFL にドラフトされるのとは意味が違う。
選手たちはもちろんプロへの道は狭き門だとは知っているが、自
分はなれると思い込みがちである。例えば NCAA のディビジョン
1の選手を対象とした調査によると、バスケットボールは80パー
セント近く、フットボールは半分ぐらいがゆくゆくはプロになれる
だろうと思っている。これはきわめて稀なサクセス・ストーリーが
大々的に報道されるせいでもあるが、スポーツ心理学専門のテネン
バーム教授は、カレッジ・アスリートの「勝者」としての今までの
人生にも原因があるとしている。カレッジ・アスリートになれるの
はほんの一握りの高校スポーツのスターだけで、これは NCAA に
よると、バスケットボールでは全体のたった3パーセント、フット
ボールでも6パーセントほどである。カレッジ・アスリートはすで
に一度狭き門をくぐり抜けている。そんな成功体験によって自分は
10)
プロにもなれると思うのだろう。
©2016 Institute of Statistical Research
34
学際
第2号
強豪大学のアスリートは大学内外でセレブのような扱いをうけ
る。雲の上のプロアスリートと違い、カレッジ・アスリートは身近
にいていつでも会いに行けるアイドルのようなものなのだ。NCAA
はファンからカレッジ・アスリートへの贈り物などを禁止している
が、地元の熱狂的なファンの中には車をプレゼントしようとした
り、レストランでいつのまにか会計をすませてくれたりということ
もあるようだ。若い時に周囲からこのようにちやほやされれば、自
己評価が過大になって勘違いしてしまうのも無理はない。
プロを目指すカレッジ・アスリートの多くは自分達が「学生」で
あるという自覚がないので、学業にあまり身が入らない。2万人近
くのカレッジ・アスリートを対象にした研究によると、「スポーツ
選手」としてのアイデンティティーが強いカレッジ・アスリート
11)
は、「学生」として自身を認識している者より成績が悪い。 この傾
向はどのディビジョンの大学でも見られ、男女の差もない。
たとえプロになれなくても大学を卒業して学位を取れば、大学に
4年間も無料奉仕した価値が十分あるといえる。スティーブ・ジョ
ブズやビル・ゲイツのような例外はあるが、大卒の学歴はアメリカ
ン・ドリームを実現させるために不可欠だからだ。都市部の貧困層
の黒人などはスポーツ奨学金が学歴をつけて社会的に上昇するため
の大切な手段になっている。しかし日本の大学と違い、入るのより
出るのが難しいといわれるアメリカの大学では、無事卒業できる保
証はない。ペンシルバニア大学の研究チームが、ディビジョン1の
大学のカレッジ・アスリートを入学から6年間追跡調査したとこ
ろ、卒業できたのは67パーセントほどで、黒人の男性選手では半
12)
分ほどだった。 アメリカの大学の卒業率は全般に低いので、非ア
スリートの卒業率はアスリートよりすこし高かったが、あまり差は
なかった。しかし確率的に卒業の可能性が低いことに変わりはな
い。カレッジ・アスリートはプロは絶望的だし、大卒になれるとい
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
35 う保障もない。
おわりに
NCAA のデータによると、ここ5年ほどカレッジ・フットボー
13)
ルの観客数は減り続けている。 これはアメリカの長引く経済停滞
のせいかもしれないが、セミプロ化したカレッジ・フットボールと
いろいろな問題を抱える大学スポーツに幻滅した人々が増えている
からかもしれない。しかし2016年のハリス・ポールの「最も好き
なスポーツ・ランキング」によると、カレッジ・フットボールはプ
ロ・フットボールとプロ野球に続いて3位で依然として大人気であ
る。カレッジ・バスケットボールも数あるスポーツの中で8位にラ
14)
ンクインしている。
日本でも、アメリカを範として大学スポーツの活性化を願う声が
大きくなっている。愛好心の養成や地域と大学の結びつきなどの効
用だけでなく、アメリカの大学スポーツの莫大な収入に着目して、
日本版 NCAA の創設でもって大学スポーツを産業化することで国
15)
内総生産(GDP)への寄与さえいわれている。 しかし、小論で述
べたように、アメリカでは大学スポーツがプロをしのぐ人気がある
ことが前提として重要である。アメリカのフットボールにあたる日
本の国民的スポーツは野球だが、日本のプロ野球には二軍があるの
で、大学には必ずしも優秀な選手が残らない。したがって、日本で
は大学外部からの大学スポーツへの集客はアメリカほどの期待はで
きないのではないだろうか。たとえファンを惹きつけられたとして
も、大学スポーツには、アメリカの場合をみてもコーチや日本版
NCAA の管理職の懐を潤すだけで、大学財政を悪化させる可能性
も十分ある。それに活性化のために練習時間が増えれば学業や健康
面などへの悪影響も懸念される。アメリカの大学スポーツの光の面
だけでなく、影の部分にも十分目配りして、これからの日本の大学
©2016 Institute of Statistical Research
36
学際
第2号
スポーツについて考えていくべきであろう。
〈註〉
1)Rees, Daniel and Schnepel, Kevin. (2009).
College Football
Games and Crime. Journal of Sports Economics, 10 (1), pp. 68−
87.
2)McKay, Tom. (2014, October 9). Upon further review, college
football is a giant waste of money for most schools. The Daily
Banter.
3)Hobson, Will and Rich, Steven. (2015, November 23). Playing in
the red. The Washington Post.
4)Pope, Devin G. and Pope, Jaren C.
(2009).
The impact of
college sports success on the quantity and quality of student
applications. Southern Economic Journal, 75 (3), pp. 750−780.
5 )College Board. Average published undergraduate charges by
sector, 2015−2016.
6)New, Jake. (2016, June 10). Example nobody follows. Inside
Higher Ed.
7)National Labor Relations Board. (2015, August 17). Board
unanimously decides to decline jurisdiction in Northwestern
case.
8)Yee, Donald H. (2016, January 8).
College sports exploits
unpaid black athletes. But they could force a change. The
Washington Post.
9)New, Jake. (2015, January 27). A long shot. Inside Higher Ed.
10)New, Jake. (2015, January 27). A long shot. Inside Higher Ed.
11)Beron, Kurt J. and Piquero, Alex R. (2016).
Studying the
Determinants of Student-athlete Grade Point Average: The Roles
of Identity, Context, and Academic Interest.
Social Science
Quarterly, 97(2), pp. 142−160.
12)Harper, S. R., Williams, C. D., and Blackman, H. W. (2013).
Black Male Student-athletes and Racial Inequalities in NCAA
Division I College Sports. Philadelphia: University of
Pennsylvania, Center for the Study of Race and Equity in
©2016 Institute of Statistical Research
アメリカのカレッジ・スポーツ
37 Education.
13)Solomon, Jon. (2015, December 18). College football attendance
drops for fifth straight year, but at slower rate. CBS Sports.
14)www.harrispoll.com
15)
「大学スポーツに経営力」『読売新聞』2016年5月11日、「大学スポ
ーツ
市場つくれるか」『朝日新聞』同年6月23日。
(Aki Roberts
ウィスコンシン大学社会学部准教授)
©2016 Institute of Statistical Research