清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 北村透谷の﹁楚囚之詩﹂論 にする。︶また、五七調や七五調は踏襲していないものの、繰り返し 夢と現実を中心に を多用し、韻を多く踏むことで、漢語調の荒々しさに対抗するだけの 梶 田 弥 生 部生命論﹂等の評論を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。 独特のリズムが生まれ、それがある種の滑らかさ、やわらかさにつな ﹁内 北村透谷といえば、﹁厭世詩家と女性﹂や﹁心機妙変を論ず﹂、 ﹂ ― がっているとも考えられる。だが一番の要因は、この詩で表現されて 思想上の二大恩人 ― の中で、﹁厭世詩家と女性﹂について、 ﹁ 恋 愛 は 人 生 の 秘 鑰 な り。 後年、木下尚江氏が﹁福沢諭吉と北村透谷 ︵ 注1 ︶ いる夢と現実の境の曖昧さからくるのではないか、と私は考える。そ こ の 一 句 は ま さ に 大 砲 を ぶ ち こ ま れ た 様 な も の で あ っ た。 ﹂と述べた のことを明らかにするためにも﹁楚囚之詩﹂全体に亘って、夢と現実 中の引用部分の頁数は、全てこれによる。 ︵ 注4︶ 全三巻を使用する。本稿 尚、テキストとしては、﹃透谷全集﹄ を見つけることから始めていきたい。 ように、透谷の作品は当時の若者に衝撃をもって迎えられた。 そんな透谷が最初に世に出したのが、﹁日本ではじめての自由律長 纂叙事詩﹂︵注2︶であり、 ﹁近代的自我意識とその苦悩とを正面からと り上げた﹂︵注3︶といわれる﹁楚囚之詩﹂である。 それだけをみると悲惨で深刻であるはずなのに、この詩を読んで受け ﹁ 楚 囚 之 詩 ﹂ は 主 人 公 が 牢 獄 に 捕 ら わ れ て い る と い う 設 定 で あ り、 る印象はどこか明るく、ふわふわとして摑みどころの無い頼りなさの 第一スタンザから第三スタンザまでは、現実世界の描写である。主 人公や四人の囚人の様子や心情、そして彼らが捕らえられている牢獄 に牢獄の描写にいたっては、牢獄がどのような構造になっていて、主 ようなものがある。 その理由として、主人公が最終的に大赦によって牢獄から出るとい う構成が関係していることを挙げる人もいるだろう。︵しかしこれは 人 公 や 四 人 の 囚 人 が ど の よ う な 配 置 で 捕 ら え ら れ て い る の か 等、 詳 の説明がされている。ただし、これらの説明は非常に簡略である。特 見せかけの明るさである。これについてはまた後で詳しく述べること 一 を失わせようとしているかのように現実感は希薄である。これに対し しいことは何も分からない。現実を描写しながらも、意識的に現実感 確に隔てるものを無くそうとする透谷の意図を、そこに強く感じるの たのではないだろうか。現実と回想の境をあやふやにして、二つを明 ギャップを小さくし、あるいはそのギャップを無くしてしまおうとし 二 て、第四スタンザ以降になると、主人公は饒舌になって昔の思い出を である。 兎は言へ、猶ほ彼等の魂は縛られず、 透谷はまた、第五スタンザで、 語り始める。このことには桶谷秀昭氏が﹃北村透谷﹄︵注5︶の中で触れ られていて、﹁この牢獄が具体的にどこにあって、その内部の構造が どんな具合になっているのかは、さっぱりわからない。それで構わな 磊落に遠近の山川に舞ひつらん、 とゞま いのであるが、それに較べて牢獄の外の、回想にあらわれる自由な過 彼の富士山の頂に汝の魂は留りて、 たま 去の情景が、釣合を失って具体的﹂であると指摘している。しかし桶 雲に駕し月に戯れてありつらん、 いたゞき 谷氏はそれに対する自説を展開しておらず、わずかに﹁回想の主題に 嗚呼何ぞ穢なき此の獄舎の中に、 汝の清浄なる魂が暫時も居らん! 斯く云ふ我が魂も獄中にはあらずして 日々夜々軽るく獄窓を逃伸びつ 余が愛する少女の魂も跡を追ひ . 限って言えば、第四、 五、 六節あたりの地名が喚起する具体性は、詩よ り散文的効果に奉仕するように思え、しかしそういう散文的裾野がか えって詩的頂上の純粋性を目立たせるうえに役立っていることに気が つく。﹂と述べるにとどまっている。 読み手がうんざりするほど執拗に事実を書き連ね、それによって他 諸共に、昔の花園に舞ひ行きつ 其名もゆかしきフォゲツトミイナツト 塵なく汚なき地の上にはふバイヲレツト の虚構の部分も事実であるかのような印象を読む側に与えるという手 法は、森鷗外が一連の歴史物の中で好んで用いたやり方である。もち ︵第一巻・十二頁︶ とかなりの行数を費やして、牢獄に捕らわれた主人公や四人の囚人の 他のひとふさは我が愛に与へつ 其他種々の花を優しく摘みつ ひとふさは我胸にさしかざし ろん透谷の方は鷗外のように徹底しているわけではなく、詩と小説と いう違いもある。だが鷗外が用いた手法と全く逆の手法を用いて、透 谷もまた、結局は鷗外と同じ効果を狙ったのではないだろうか。 存在するかのように鮮やかに繰り広げられる回想を対比させること つ ま り、 ま る で 現 実 味 の 無 い 現 実 と、 あ た か も 今 目 の 前 に 現 実 に によって、現実と回想の逆転とまではいかなくても、現実と回想との 魂の様子を描写している。 そこで使われている﹁舞ひつらん﹂や﹁軽るく獄窓を逃伸びつ﹂ ﹁昔 の花園に舞ひ行きつ﹂等の言葉は、魂があたかも蝶であるかのような を受けた形で出てきていることや、その魂が﹁日夜独り迷﹂っている 状態だということによって強調されていると思うのだ。 世界の太陽と獄舎の太陽とは物異れり ︵第一巻・十四頁︶ 蝶によって夢へと導かれた世界は、回想もまた夢へと変容させてい く。 イ ヲ レ ツ ト ﹂ や﹁ フ ォ ゲ ツ ト ミ イ ナ ツ ト ﹂ ﹁種々の花﹂等の言葉も意 錯覚を我々にもたらす。そう考えるなら、唐突に出された感のある﹁バ 味のあるものになるのだ。そしてなぜ蝶なのかというのも、先に引用 此中には日と夜との差別の薄かりき、 した部分のすぐ後に、 なっているということを暗示している。従ってそれに続く第七スタン 目覚めているときと眠っているとき、つまり現実と夢との境が曖昧に で始まる第六スタンザでは、 昼と夜の差別が薄いということによって、 ︵第一巻・十三頁︶ ホツ! 是は夢なる! と、﹁夢﹂ という言葉が出てくるからと考えるのは飛躍しすぎだろうか。 が混ざり合った幻想的で不思議な、独特の世界が創り出されていくの である。 ザ以降がもはや単なる現実や回想であり得るはずもなく、現実と回想 というのも、蝶と夢といえばやはり連想するのは、荘子の﹁胡蝶の 夢 ﹂︵注6︶の﹁ 不 レ知 下周 之 夢 為 二胡 蝶 一与、 胡 蝶 之 夢 為 レ周 与 二。﹂︵ 周 の 夢 に 胡 蝶 と 為 り し か、 胡 蝶 の 夢 に 周 と 為 り し か を 知 ら ず。 ︶という一 節だからである。 腰なる秋水のいと重し、 牢番は疲れて快く眠り、 牢中の人は知らず余の醒たるを⋮⋮⋮ ︵第一巻・十五頁︶ そのつもりで詩を読み進んでいくと、第七スタンザの 節が浮かんでいたとするのは甚だ強引かもしれないが、それでも私は 蝶と夢を同じ舞台に登場させたときに、透谷の頭のどこかにこの一 ﹁︵略︶荘周が蝶になった夢を見たのだろうか、蝶が荘周になった夢を 眠の極楽⋮⋮尚ほ彼はいと快し また、第六スタンザでは してふさわしい。 というフレーズは、単なる現実や回想ではない世界への誘いの言葉と 見たのだろうか。 ﹂というあたりは、 ﹁楚囚之詩﹂での夢と現実の境の 曖昧さに通じるものがあると考える。そしてそれは、蝶を連想させる 余の魂は日夜独り迷ふなり! ﹁魂﹂という語が、回想を述べる第四スタンザの最終行の ︵第一巻・十一頁︶ 三 余には日と夜との区別なし、 此中には日と夜との差別の薄かりき、 であった主人公の意識が、第十一スタンザには ︵第一巻・二十頁︶ ︵第一巻・十九頁︶ ︵第一巻・十九頁︶ に変化しているということも、注意しておく必要があるだろう。 往けり、我愛も! また同盟の真友も! 第十スタンザで 噫偽りの夢! 皆な往けり! 朝寝の中に見たる夢の偽なりき、 第九スタンザで 罪も望も、世界も星辰も皆尽きて、 ― 余にはあらゆる者皆、⋮⋮無に帰して たゞ寂寥、⋮⋮微かなる呼吸 ひゞき 甘き愛の花嫁も、身も抛ちし国事も 生死の闇の響なる、 忘れはて、もう夢とも又た現とも! と描写されているように、第六スタンザの 此中には日と夜との差別の薄かりき、 から、第十一スタザの 余には日と夜との区別なし、 四 特に第九スタンザで花嫁が他の三人の囚人と共に﹁余が睡眠の中に に至るまでに、夢と現実の混同は徐々に強くなってきている。 移された﹂︵第一巻・十八頁︶のは、主人公がまだ眠っている間の出 来事だっただけに、事実として認識する機会を主人公は奪われたこと になる。目覚めたばかりの、まだ完全に覚醒しきっていない状態の主 人公が、たった一人で牢獄に取り残されたことを本当のことだと認め ることができないのは、感情面からも無理からぬことである。 余には日と夜との区別なし、 そして、第十一スタンザで と言い切った透谷には、既にどこからどこまでが現実で、どこからど こまでが夢なのかを見極める力はもはや無い。 このような状態では、この後蝙蝠が主人公のもとを訪れ、その蝙蝠 を主人公が逃がしてやるといった一連の出来事も、どこからどこまで が現実なのかを判別するのは難しい。そもそもこの詩の設定自体が、 現実味の薄いものであることに、 今更ながらに気付かされるのである。 わるのだ。 そしてあやふやな思いを一層強くするかのように、季節は春へと変 この春の使い方が面白いので、少し見ていくことにする。 第 十 四 ス タ ン ザ 以 降 の 季 節 は ほ と ん ど が 春 な の だ が、 ﹁春﹂という 語が詩の中で使われているのは五回だけである。第十四スタンザの九 行 目 ま で で 五 つ の﹁ 春 ﹂ の う ち 四 つ ま で が 使 わ れ、 残 り の 一 つ は 第 十六スタンザの三行目に使われている。ではその間はどうなっている ︵第一巻・二十八頁︶ のかというと、﹁春﹂という語の代わりに鶯が登場してくる。その様 子を詩では 遂に余は春の来るを告られたり、 鶯に! 鉄窓の外に鳴く鶯に! ﹂ と表現している。そして第十六スタンザの三行目で﹁春﹂という語が 使われるまでに、﹁鶯﹂という語は十回、鶯のことを指す﹁此鳥﹂や﹁ 等という語を含めると、実に二十回も使われている。春を代表する鳥 である鶯が間断なく使われることによって、詩は春のイメージを色濃 く持つことになる。 けの明るさだと言ったのは、もちろんそれだけが理由ではない。 それを知る手掛かりになるのが、第十六スタンザの七行目に使われ ている﹁放されて﹂ ︵第一巻・三十三頁︶という言葉だろう。 は﹁許﹂が二回、﹁容﹂と﹁放﹂がそれぞれ一回ずつである。 ﹁容﹂も﹁放﹂ まずわざわざ﹁放﹂という文字を使っていることが目を引く。 ﹁ ゆ る す ﹂ と い う 語 句 は、 詩 の 中 で 四 度 用 い ら れ て い る。 う ち わ け も元来﹁ゆるす﹂という訓みはないので、ルビがふってある。そのう ち﹁容﹂は、第三スタンザで 四人は一室にありながら 物語りする事は許されず、 四人は同じ思いを持ながら そを運ぶ事さへ容されず、 ︵第一巻・九頁︶ というように、 ﹁許﹂と共に対句として用いられているので、﹁容﹂と のレベルにまで達している感じさえする。しかしそう言い切ってしま いう文字自体に何か特別な意味を持たそうとしたのではなくて、 ﹁許﹂ 春を前面に押し出すことによって、詩は明るさを増す。それはキリ スト教的なものを連想させる数々の言葉ともあいまって、いっそ救い うことができないのは、春という季節が明るいイメージを創り出すと を﹁容﹂に変えることによって、読者の視覚に変化を与えようとした ﹁放﹂の場合は、 単独で第十六スタンザに使われているのだ。 ところが ﹁許﹂という文字では表すことができない何かを、 ﹁放﹂という文字を と考えられる。また、﹁許容﹂という熟語による使用だとも考えられる。 使うことによって表現している、と考えることができるだろう。それ 同時に、夢と現実の境があやふやになってしまうような不安も呼び起 最初にこの詩が感じさせる明るさの理由を考えたとき、大赦によっ て主人公が牢獄から出るという構成をその理由の一つに挙げ、しかし が何かを知るためにも、その場面を詳しく見ていくことにする。 こすからに他ならない。 それは見せかけの明るさであると述べたが、春だけがもつ不思議な力 牢 獄 に 捕 ら わ れ て い た 主 人 公 は、 第 十 六 ス タ ン ザ で 大 赦 に よ っ て が、大赦などどこか遠くで起こった幸せな夢のように現実感を失わせ、 主人公の存在すらあやふやなものにしてしまうのだ。だが私が見せか 五 ︶ 第 三 巻・ 百 六 十 五 頁 ︶ こ し て自由の犠牲にもならんと思ひ起﹂︵注9︵ が、 少 年 だ っ た 透 谷 は﹁ 政 治 家 た ら ん と 目 的 を 定 む る に 至 り、 奮 っ 透谷と自由民権運動との出会いは、明治十四年である。自由民権運 動が最も高揚したこの年、透谷はわずか十二歳の少年にすぎなかった 六 う意味を表現しようとしたのだ。しかし、それだけなら、 ﹁放されて﹂ こでは﹁放﹂という文字で、 ﹁ときはなす、自由にさせる﹂︵注7︶とい ている。その後多少の紆余曲折を経て、明治十七年には﹁名利を貪ら 牢獄から出ることができた。拘束から自由へ。つまり解放である。こ とせず、﹁解放されて﹂の意味で﹁放たれて﹂とすればよかったはずだ。 んとするのは念虜は全く消え、隣む可き東洋の衰運を快復す可き一個 の 大 政 治 家 と な り て、 己 れ の 一 身 を 苦 し め、 万 民 の 為 め に 大 に 計 る あえて﹁放﹂を﹁ゆるす﹂と訓ませた透谷の意図は、どこにあったの ︶ 第 三 巻・ 百 六 十 七 頁 ︶ こ し、 ﹁己れの 所あらんと熱心に企て起﹂︵注 ︵ だろうか。 第十二スタンザにも用いられていたのだ。それは偶然牢獄に飛び込ん ﹁放﹂という文字が、 これを考えていて、面白いことに気がついた。 いった場面で、 ﹁余は彼を放ちやれり、 ﹂︵第一巻・二十三頁︶と表現 できた蝙蝠を、側に留めておこうとした主人公が結局逃がしてやると 百六十七頁︶むほどになっている。しかもその考えは、 殆ど一年の間、 ︶ 第三巻・ 身を宗教上のキリストの如くに政治上に尽力せんと望﹂︵注 ︵ ︶ 一分も頭から離れなかったということだ。 ︵注 11 ではないのだ。ここに、精神的なものの存在を予感させる第十六スタ ま で も﹁ 余 は 彼 を 放 ち や れ り、 ﹂ で あ っ て、﹁ 余 は 彼 を 放 し や れ り、﹂ していた豪農層は次々と姿を消し、新たな局面を迎えることになった 一層拍車をかけることになった。これによって、それまで運動を指導 からだ。それに加えて各種の税負担が加重され、農民の窮乏と没落に ︶ ンザの、﹁放﹂と、ただ肉体的に解放するという意味しか持たない第 では、主人公が許してもらいたかったものとは、一体何だったのか。 ︵ 注8 ︶ と の 関 係、 と り わ け こ れ を 考 え る と き、 透 谷 と 自 由 民 権 運 動 大矢正夫との関係に触れなければならないだろう。 運動は過激化への道を辿ることになるのだ。 ︵注 に陥り、特に米価の著しい低落となって農民を圧迫することになった と呼ばれるデフレ政策が施行されることによって、日本は深刻な不況 しかし透谷が本格的に自由民権運動に身を投じようとした明治十七 年には、運動そのものに翳りが見え始めていた。というのも松方財政 12 十二スタンザの、 ﹁放﹂との違いがある。 しかし第十二スタンザの場合は、文字通りの解放でしかない。あく スタンザでは主人公が解放されるという共通点を持っている。 このように第十二スタンザと第十六スタンザは、﹁放﹂という同じ 文字が使われているだけでなく、第十二スタンザでは蝙蝠が、第十六 されている。 10 の身となった人物である。 大矢正夫は、自由民権運動時代の透谷と最も深く係わり、また透谷 が自由民権運動から去るきっかけとなった大阪事件 ︵注 ︶で捕らわれ 13 14 大矢から朝鮮革命計画の資金集めのために一緒に強盗をすることを 求められた透谷は、頭を剃って川口村秋山方の大矢を訪ね、漂泊の旅 れてしまったことを思うとき、自分の中に恐怖心や卑怯な気持ちが全 ていないと信じてはいても、それでも大矢が捕らえられ牢獄に入れら 離脱のときには頭を剃り、漂泊の旅に出るなど、まったく仲間から不 り、彼を絶えず苦しめることになる。小田切秀雄氏は、透谷が﹁この きの離脱の経験は、その後も透谷の心に大きな苦悩となってのしかか きなかったのか、またそう試みてみなかったのか、という一種の後ろ ら、なぜ間違った道を行こうとする大矢や仲間を引き止めることがで と煩悶を繰り返しただろうし、本当に自分が正しいと信じていたのな くなかったのか、自分のとるべき道は本当に離脱しかなかったのか、 である。誤った方向に突き進んでいた運動から離れることは、間違っ に出るからと告げて盟友と行を共にしないことを詫びた。 ︵注 ︶このと 当に逃亡する転向者のような形になっているのは、大井らの朝鮮革命 大矢にはまた、次のような興味深い漢詩がある。 ︵注 去年今夜墨堤畔 去年の今夜墨堤の畔 壮士相約志盟成 壮士相約して志盟成る 今年今夜浪花獄 今年今夜浪花の獄 ︶ 月照鉄窓寂金声 月、鉄窓を照らして寂たり金声 敗衂歎楚囚恨 敗衂の歎き楚囚の恨み ︶ 透谷が運動から決 、 あらかじめ同志を死地におくため、強盗行為がおこなわれ、目的のた ︵注 めには手段をえらばぬという、ゆがんだ志士意識が見られた﹂と遠山 茂樹氏が当時の運動について指摘するように はどうあれ、親友である大矢を突き放してしまったことは、人間とし て許せる行為ではないと、透谷が思い悩んだとしても無理からぬこと 七 この﹁大阪獄中の作﹂と題した漢詩は、色川大吉氏の推定によると明 治十九年六月の作であり、 大矢が大阪の未決監獄で作ったものらしい。 に北海に在りて月明に哭せん 将在北海哭月明 将 終宵転側眠難就 終宵転側して眠り就り難し 明年今夜果何処 明年の今夜果して何処ぞ タンザの﹁放されて﹂の一語に託されているのではないだろうか。 自分を許すのは、最終的には自分自身でしかないにもかかわらず、 そうすることもできず、何かに縋ろうとした透谷の思いが、第十六ス めたさを伴った後悔の念をも抱いたことだろう。 と述べている。また色川大吉氏は﹁透谷を信じ、そのころの透谷 かえって深く煩悶させ、長く苦しめたのである。 ﹂︵注 ︶と述べている。 認めている。そして、このときの大矢の﹃寛容﹄こそが、また透谷を だけは、菊田らにたいしたような態度はとれなかった。透谷もそれを の気質や心情を、だれよりもよく知っていた大矢は、透谷にたいして ︶ 関 係 が 大 矢 ま た は 大 矢 ら と の あ い だ に あ っ た こ と を 示 し て い る。﹂︵注 共に行動するのがまったく自然かつ当然、と自他ともに見なすほどの 計画そのものへははじめから参加していなかったにしても、参加して 15 ﹁ 資 金 獲 得 の た め、 ま た 党 内 に 潜 入 し た 警 察 の ス パ イ の 防 衛 策 か ら 17 別することになった大阪事件は、まさにこれに当てはまる。だが理由 18 19 16 八 うに簡単に定義してしまうことができない。心の動きは目で見ること はできないし、第一、自分では許したと思っていても、本当に許して いるかどうかなど、本人ですら分からないからだ。それを第十六スタ ンザでは、﹁放されて﹂と受け身で使っている。許す側の気持ちです ということだから、透谷が大矢のこの漢詩の存在を知って い た 可 能性は十分考えられる。とすると、﹁敗衂歎楚囚恨﹂という一句が﹁楚 色川氏は﹁大矢が月明りのする鉄窓の下で楚囚の恨みをかこってい ﹁楚囚﹂と捉えることができる。 という言葉もただの囚人を意味するのではなく、大矢を念頭に置いた 22 すます言葉が意味するものはあやふやになる。にもかかわらず、 遂に余は放されて、 ︵第一巻・三十三頁︶ とあるとき、言葉が不確かであるがゆえに、逆に主人公の、言い換え 大赦の大慈を感謝せり。 第一にしあげた作品が﹃楚囚之詩﹄であったことはこの推定を裏書き れば透谷の、どうしても許されたいという強い願望が、浮かび上がっ 肉体は自由だが魂の自由を奪われた透谷の姿を、詩の構成さながらに 詩と結び付けることによって、文字通り牢獄に捕らわれている大矢と、 23 のを含んでいることは、第十二スタンザに使われている﹁放﹂との比 ところで、第十六スタンザの﹁放されて﹂という言葉が精神的なも 体と一緒に心の自由を求め、逃れられない罪から許されたいと切望し を﹁はなつ﹂ではなく﹁ゆるす﹂と訓ませたのは、それだけ透谷が肉 とができても、 心まで自由になれなかったからだろうし、それでも ﹁放﹂ のは、結局大赦が肉体にしか作用を及ぼさず、肉体は牢獄から出るこ ﹁許﹂ではなく﹁放﹂が使われている ﹁ゆるされて﹂という言葉に、 較で既に述べたが、そもそも﹁ゆるす﹂という言葉自体が、 ﹁はなつ﹂ 遂に余は許されて、 ていたからに違いない。それほど許されたいと願いながら、それでも 大赦の大慈を感謝せり。 とは書けなかったところに、かえって透谷のどうしようもない絶望の という動作に対して与えられた言葉であって、放つ側、或いは放たれ も﹁はなつ﹂という行為のみだ。一方﹁ゆるす﹂は、﹁はなつ﹂のよ る側の気持ちには何も関与しない。ここで問題になるのは、あくまで に比べると精神的な意味合いが強い。﹁はなつ﹂というのは、﹁はなつ﹂ 重ね合わせることができるのだ。 てくるように思われてならない。 しよう。 ﹂︵注 ︶と述べている。我々は﹁楚囚﹂という言葉を大矢の漢 感 じ て い た に ち が い な い。 三 年 後、 か れ が 光 を と り も ど し た と き に 、 たとき、透谷は敗北感と絶望にうちのめされたわが身を、魂の楚囚と たる主人公が推測して、自分は許されているとしているのだから、ま ら不確かなものなのに、その不確かな気持ちを、更に許される側にあ ︶ ︶ 大 矢 と 透 谷 は か つ て 互 い に 漢 詩 を 作 っ て 見 せ 合 っ た 仲 で あ り ︵注 、 また透谷は徳島監獄にいた大矢のもとに送金までしたことがあった ︵注 20 囚之詩﹂というタイトルと深くかかわってくることになり、︵注 ﹁︶楚囚﹂ 21 大きさを、癒すことのできない傷の深さを感じるのだ。 以上の意味はない。 ﹂︵注 ︶という評価のように、このスタンザに対し 門を出れば、多くの朋友、 その様子を少し抜き出してみよう。 その手下・その妻との間柄を説明している。第二、三連は主人公の現 ており、第一連は発端部、主人公が獄中に囚われの身となった次第と、 套 的 作 法 を 利 用 し て い る と し、 ﹁まず、この十六連は六部構成になっ ﹁楚囚之詩﹂はトマシェ また橋詰静子氏は﹃透谷詩考﹄︵注 ︶の中で、 フスキイによる︿発端↓複雑化↓クライマックス↓大団円﹀という常 てマイナスの評価しか与えていない。 中にも余が最愛の花嫁は、 在に光が当てられ、その容姿と獄内が描写される。第四から八連は同 志・花嫁ら登場人物の過去を説明し、第九から十二連はそれから全く 疎外された主人公と蝙蝠との出会いを語り、第十三から十五連までは、 蝙蝠に飛び去られたいっそうの孤独の後に訪れた鶯の描写、この鶯を の第十六連大詰はこれまでにでてきた同志・妻・鶯が再会し、 ﹃大赦﹄ 妻と観るところからくるクライマックスの部分を形造っている。最終 の 釈 放 の よ ろ こ び を も っ て 大 団 円 と す る 構 造 に な っ て い る。 ﹂︵注 ︶と 説明している。 公自身は決して晴れ晴れとした気持ちで牢獄から出てきているわけで ンザの中にモチイフの名にあたいするものを認めることができない。 緊張もなく、安っぽい壮士芝居の幕切れに堕している。私はこのスタ していちばん出来の悪いスタンザである。ここには、どんな韻律上の の 問 い か け で、 見 せ か け の 明 る さ と し た 所 以 で あ る。 こ れ ま で 研 究 公の心情を考えると、必ずしもそうではないと言えるだろう。私が先 られない。第十六スタンザは、形式上は大団円かもしれないが、主人 九 者によって低い評価しか与えられてこなかった第十六スタンザである はない。よって主人公がこのまま幸福になれるとは、私には到底信じ しかし﹁放されて﹂という語句に着目して述べてきたように、主人 よいだろう。 ﹂︵注 ︶という評価や、桶谷秀昭氏の﹁この最終節は詩と にひきだすような、筋展開の便宜主義的なあつかいは、この作品の問 27 題提起的な要素を明確にするどころか、あいまいにしているといって た。中村完氏の﹁幽閉された﹃余﹄をさしたる心理的抵抗なしに出獄 ︵第一巻・三十三頁︶ 再び美妙の調べを、衆に聞かせたり。 26 概して今までの研究者たちは、第十六スタンザを高く評価しなかっ 又た多数の朋友は喜んで踏舞せり、 先きの可愛ゆき鶯も爰に来りて 彼れが眼にも余が眼にも同じ涙 ― 走り来りて余の手を握りたり、 集ひ、余を迎へ来れり、 重く沈む心を抱えている主人公とは対照的に、第十六スタンザはま ばゆいばかりの輝きをはなち、出迎えた人々の喜びで満ち溢れている。 25 ただ、この叙事詩を形の上でのみ終らせるために、取ってつけた結末 24 が、本当は多くの問題を内包している重要なスタンザであることを、 是非ここに付け加えておきたい。 一〇 ︵第一巻・二百十八頁︶ という箇所である。ここでは﹁まこと﹂は平仮名で表記されているが、 ﹁平家蟹﹂ ︵注 ︶という詩の中で、 うな春の匂いに包まれて、夢と現実の境でどこにも行くことができな むかしの栄華は覚めたれど、 夢なりし、 いまま立ちつくすしかないのだ。迎えに来た﹁最愛の花嫁﹂や﹁多数 と、﹁現実﹂に﹁まこと﹂という訓みを付けたことがあることからも、 ︵第一巻・二百一頁︶ ︵第一巻・三十三頁︶入ってくる獄吏に大赦が 人 公 の﹁ 想 像 中 央 に ﹂ くのだ。夢と現実も例外ではない。春の中では、どちらもがうつろで スタンザで牢獄に捕らえられた主人公や四人の囚人の魂になぞらえた も 触 れ た が、 ﹁楚囚之詩﹂の第五スタンザの中に既に存在する。第五 と舞ひ行く﹂のは、タイト ﹁夢とまことの中間﹂を﹁ひら ルが示すように蝶である。そして、この蝶のイメージの原型は、前に きるだろう。 夢とまことの中間なり。 で使われている﹁まこと﹂は、﹁現実﹂の意であると解することがで そしてこれは果たして本当のことなのか、と戸惑う主人公の存在は、 どこまでも曖昧で頼りない。すべてを覆いつくす春によって、主人公 遠い。だからこそよけいに、夢と現実は主人公の中ではっきりとした 形で登場する蝶は、回想を夢へと変容させる導き手となって、私たち の迷いも戸惑いも、何もかもが輪郭を失い、ただぼんやりと霞んでい 像を結ぶことができないのだ。どちらかを選ぶことができない主人公 を夢と現実の境が曖昧な世界へ誘うのだ。 と舞ひ行くは、 要があるのではないだろうか。 夢と現実が、透谷詩の中で多くの研究者を惹きつけたように、﹁楚 囚之詩﹂の中にみられる夢と現実にも、我々はもう一度眼を向ける必 にとっては、夢も現実もどちらもが儚い幻であり、手にすることがで くく 告げられることによって、その思いはいっそう強くなる。 の朋友﹂が喜び、祝福すればするほど、主人公の戸惑いは際立つ。主 いまの現実はいつ覚めむ。 そして、これらの出来事が起こるのは、何度も繰り返すが春である。 春を象徴する鶯に導かれて牢獄から出た主人公は、しかし噎せ返るよ 29 きないものなのだ。 くく 間なり。 夢とまことの中 ひら 年に発表された叙情詩の中の さて、夢でもなく現実でもなくという透谷の心情を考えるとき、頭 に浮かぶ詩の一節がある。それは﹁蝶のゆくへ﹂︵注 ︶という透谷の晩 28 魂は、夢にも現実にも属することができないまま、今も彷徨っている ﹁蝶のゆくへ﹂で夢にも現実にも飛んでいくことができなかった蝶 のように、﹁楚囚之詩﹂で牢獄に捕らわれていた主人公、即ち透谷の か ら、 ﹁ 民 力 休 養 ﹂ が 主 張 さ れ る 第 四 議 会︵ 一 八 九 二 ︶ ま で 運 動 十分な改正案反対を中心とする三大事件建白運動、大同団結運動 期、八四年の激化事件で解体期に入り、八七年の不平等条約の不 注9に同じ。 注9に同じ。 石坂ミナ宛書簡 一八八七年八月十八日参考。 大久保和謙編﹃体系日本史叢書3 政治史Ⅲ﹄ ︵昭和四十二年一 月十五日、山川出版刊︶第三章参考。 遠山茂樹 ﹃岩波全書 日本近代史Ⅰ﹄︵昭和五十年四月二十六日、 岩波書店刊︶第二章参考。 自由民権運動の末期に、旧自由党の左派が、朝鮮の内政改革運 動を援助しようとくわだてた事件。︵略︶ 明治十八年、 大井憲太郎・ 小林樟雄・磯山清兵衛・新井章吾・稲垣示・景山︵福田︶英子ら 有志から資金を集め、爆弾をつくって準備をととのえたが、朝鮮 方など、大井の影響下にある旧自由党左派の青年分子が参加し、 に、同志をひきいて朝鮮に渡り、事大党政権を倒して独立党に政 8 日本のブルジョア民主主義革命運動。国会開設、憲法制定、地 租軽減、地方自治、不平等条約撤廃という五大要求を掲げ、明治 一一 権をとらせようと計画した。旧自由党の有一館の生徒や三多摩地 政府が意図する絶対主義的天皇制国家に対し、民主主義的な立憲 にわたるまぎわに磯山の変心から計画がもれ、長崎・大阪などで 9 石坂ミナ宛書簡 一八八七年八月十八日 年九月十日、小学館刊︶ は引き継がれる。︵相賀徹夫編﹃日本大百科全書Ⅱ ﹄昭和六十一 議院設立建白書の提出が運動の出発であり、八〇∼八一年が高揚 に違いない。 しみが、ここにある。 北村透谷集﹄ ︵昭和五十一年十月三十日、筑摩 夢と現実のどちらか一方を選んでしまうことができなかった者の苦 注1 ﹃明治文学全集 書房刊、所収︶三百四十三頁 阿部吉雄・山本敏夫 市川安司・遠藤哲夫 ﹃新釈漢文大系第七巻老子・荘子︵上︶ ﹄︵昭和四十一 2 ﹃北村透谷選集﹄注解︵昭和四十五年九月十六日、岩波書店刊︶ 3 ウラ・アオゾラブンコの北村透谷より引用。 4 第 一 巻 昭 和 二 十 五 年 七 月 十 日、 第 二 巻 昭 和 二 十 五 年 十 月 三十一日、第三巻 昭和三十年九月十日、岩波書店刊 5 昭和五十七年十一月二十五日、筑摩書房刊 6 年十月三十日、明治書院刊︶百八十五頁 282 制国家をつくろうとした。一八七四︵明治七︶板垣退助らの民撰 修館書店刊︶参照。 7 諸橋轍次﹃大漢和辞典﹄巻五︵昭和三十二年八月二十五日、大 13 12 11 10 14 29 四十七年一月一日、有精堂刊、所収︶ ﹃ 春 ﹄ と 透 谷 ﹂ 参 考。 ︵﹃明治文学全集 北 北 村 氏 未 亡 人 談﹁ 村透谷集﹄昭和五十一年十月三十日、筑摩書房刊、所収︶ 佐藤善也・佐藤勝注釈﹃日本近代文学大系9 北村透谷・徳富 29 蘆花集﹄ ︵昭和四十七年八月二十五日、角川書店刊︶四百二十頁 参考。 注 ︵九十八頁︶ ﹁ ﹃ 楚 囚 之 詩 ﹄ 考 ﹂︵ 日 本 文 学 研 究 資 料 刊 行 会 編﹃ 日 本 文 学 研 究資料叢書北村透谷﹄昭和四十七年一月一日、有精堂刊、所収︶ 二百八頁。 一二 昭和六十一年十月十五日、国文社刊 注 ︵二十六頁︶ 昭和二十六年九月三十日﹃三頼﹄七号に発表。 ﹃近代日本詩人選1 北村透谷﹄︵昭和五十六年十一月二十五日、 筑摩書房刊︶八十五頁。 昭和二十五年十二月三日﹃国民之友﹄百七十四号に発表。 25 ︵かじた やよい/一九八八年度ノートルダム清心女子大学卒業︶ 26 一三九名が逮捕され、外患罪などで処罰された。︵昭和出版研究 九十一頁。 書店刊︶百九頁。 注 ︵九十七頁︶ 北 村 透 谷 未 亡 人 談﹁ 国 府 津 時 代 と 公 園 生 活 ﹂ 参 考。 ︵日本文 学 研 究 資 料 刊 行 会 編﹃ 日 本 文 学 研 究 資 料 叢 書 北 村 透 谷 ﹄ 昭 和 17 17 29 28 27 26 所編﹃日本百科大事典3﹄昭和三十八年一月二十五日、 小学館刊︶ ︵三百九十九頁︶ 小田切秀雄編 透谷年譜参考。︵﹃明治文学全集 北村透谷集﹄ 昭和五十一年十月三十日、筑摩書房刊、所収︶ 注 29 ︵昭和五十年四月二十六日、岩波 ﹃岩波全書 日本近代史Ⅰ﹄ 282 中央公論社刊︶ ﹃新編明治精神史﹄︵昭和四十八年十月二十五日、 15 15 17 16 18 20 19 21 22 24 23 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 芥川龍之介の童話﹁魔術﹂ ミスラ君はなぜ魔術を教えたか 山 脇 佳 奈 から﹃魔術﹄に到る傾斜は、やがて、 ﹃杜子春﹄へ到るものかも知れ ない﹂ ︵注4︶という越智良二などが挙げられよう。これらの意見に見え ら れ る 機 会 は こ れ ま で あ ま り な か っ た。 そ の た め、 ﹁魔術﹂一作のみ はじめに 芥 川 が﹃ 赤 い 鳥 ﹄ に 執 筆 し た 童 話 第 三 作﹁ 魔 術 ﹂ ︵ 大 正 九 年 ︶ は、 決して研究の盛んな作品とはいえない。井上諭一は﹁周知の通り、こ 取り上げる行為自体に、すでに意義があると私は思う。そこで本論に るように、﹁魔術﹂は芥川童話の名作と見なされる﹁蜘蛛の糸﹂と﹁杜 の作品は谷崎潤一郎の﹃ハツサン・カンの妖術﹄を下敷きにした短い おいては、未だ数少ない﹁魔術﹂単独の論を展開したい。 子春﹂の橋渡し的存在に位置づけられてしまい、﹁魔術﹂自体が論じ ものであって、しかも、一見平凡な寓話にしかみえない。その評価が かつて高まらなかったのも当然のように思われる﹂だとか、そのデー 魔術師のミスラ君が約束通りさまざまな魔術を見せるといった流れに なっている。けれども、ミスラ君と﹁私﹂の接見は、魔術鑑賞だけに その﹁魔術﹂の概略は、魔術を見たいと訪ねてきた主人公の﹁私﹂に、 留まらなかった。 ﹁私﹂の要望は魔術鑑賞に限定されていたのにもか タとして﹁早くに吉田精一が﹃童話﹄と一語で片付けた﹂ ︵注1︶とかと 述べている。井上の指摘通りこれまでの﹁魔術﹂研究は、原典である の物欲があらわになって、﹁私﹂は魔術を操るにふさわしくない人間 かわらず、ミスラ君は﹁私﹂に魔術を伝授しようとする。結果﹁私﹂ 谷崎作品との比較が主であった。 を芥川作品の流れに置いて﹁特に代表作﹃蜘蛛の糸﹄から、 また﹁魔術﹂ ﹃魔術﹄に次いで執筆された﹃杜子春﹄において、この﹃魔術﹄に、﹃過 は自分の恥をさらしてしまうことになったのである。手紙一通の存在 であることが暴露されてしまう。いわば予定外の出来事のために、﹁私﹂ ﹁主題は﹃蜘蛛の糸﹄のエゴイズム批判を継いでいる﹂ ︵注3︶とする三 によって成立できている物語にあって、この逸脱は不自然ともいえる。 ︶ が多かった。例としては、 度的﹄かつ﹃付属的﹄な価値を見出す﹂︵注2論 好行雄や、芥川の持つ芸術至上主義の終息の一部として﹁ ﹃蜘蛛の糸﹄ 一三 なぜミスラ君は、こうした当初の予定以外の行動にまで及んだのであ ミスラ君がどう感じたかを解明することが、魔術師としてのミスラ君 ればならない。さらに、そもそも特別親しくない﹁私﹂からの要望を う、行為の要因が潜んでいるであろうミスラ君の内面から確認しなけ 一四 ろうか。今回は、この予定外のミスラ君の行動理由を検討することを まず本文に見ると、ミスラ君が魔術師であるのは、 ﹁魔術﹂に描か れる日本においてはよく知られていると読み取れる。物語では﹁マテ な主義を持った魔術師なのだろうか。 人格のうち、特に魔術師としての姿勢に合わせる。ミスラ君は、どん この﹁一﹂では、魔術を見せて欲しいと望んできた﹁私﹂への感情 に影響するだろうと考えるため、人物分析の照準をミスラ君という一 一 ミスラ君の魔術師としての姿勢 まずこの点を考察していく。 が﹁私﹂に抱く感情の基礎となるだろうと思われるので、﹁一﹂では 第一義にして、分析を進めていきたい。 そもそも、インド人であるミスラ君と日本人の﹁私﹂はどのように して出会ったのであろうか。本文には﹁私は丁度一月ばかり以前から、 或友人の紹介でミスラ君と交際してゐました﹂とある。ミスラ君と ﹁私﹂ の間には共通の友人が介在しており、それぞれで知り合ったというわ けではない。また、出会ってまだ﹁一月﹂足らずで交流も浅く、特に 親密な関係でもないと見受けられる。 このように特別親しいとも思われない﹁私﹂から、ミスラ君は手紙 を受け取る。その内容は、当然魔術を見せてくれという希望の手紙で あった。それに対してミスラ君がどう返事をしたのか特に本文への記 ﹁私﹂の要望を受け入れたのだと推測される。ただ、﹁私﹂の要望に対 イラム・ミスラ君と言へば、もう皆さんの中にも、御存知の方が少く 述もないが、結局魔術を見せている以上、ミスラ君はとにもかくにも してミスラ君がどのように感じたかという問題は、要望の受理、不受 の経歴が紹介されている。ただし、 ﹁ 私 ﹂ は ミ ス ラ 君 と﹁ 政 治 経 済 の ないかも知れません。ミスラ君は永年印度の独立を計つてゐるカルカ 問題などはいろいろ議論したことがあつても、肝腎の魔術を使ふ時に ツタ生れの愛国者で、同時に又ハツサン・カンといふ名高い婆羅門の 以上のように魔術を見たいとミスラ君宅までやってきた﹁私﹂に、 なぜミスラ君は魔術を見せるだけに留まらず伝授したのかという疑問 は、まだ一度も居合せたことが﹂ないので、物語冒頭にあるように手 理とは別問題であり、そこからミスラ君の﹁私﹂に対する感情の一端 解決が、私にとってミスラ君分析における最重要課題なのである。た を知ることができるだろうと考える。 だ そ れ を 追 究 す る に は、 ま ず ミ ス ラ 君 が い か な る 人 物 で、 ﹁私﹂にど 紙を出して魔術の披露をミスラ君に請う運びとなった。 秘法を学んだ、年の若い魔術の大家なのです﹂というようにミスラ君 のような感情を持っているためにこのような行為に及んだのかとい る姿勢が挙げられると思われる。つまり、魔術とはこのようなもので 像できるだろうが、その他の原因として、ミスラ君自身の魔術に対す 時間の経過や、話に尾ひれがついて事実が誇張されたのが原因とも想 る。それほどに人々の﹁評判﹂は不確かな情報なのである。それには、 精霊があると思つたのは、もう何百年も昔のことです﹂と否定してい とかいふ名前でしたね﹂と確認すると、ミスラ君は﹁ヂンなどといふ れていた魔術に対する情報を﹁確あなたの御使ひになる精霊は、ヂン 上っても、実態はあまり知られていない。その証拠に、 ﹁私﹂が仕入 う感想を述べているだけで、ミスラ君は人々の口に﹁評判﹂としては 露されたときにも﹁いや、兼ね兼ね評判はうかがつてゐました﹂とい の実態は周りから伝え聞いたに過ぎなかった。ミスラ君から魔術を披 の著名ぶりとは反対に本文中には誰も出てこない。﹁私﹂自身、魔術 先の紹介にある通り、物語中の世界では﹁御存知の方﹂も少なくな いミスラ君の魔術であるが、その実態を詳細に知っている人物は、そ 相手ではあるけれども、それ以上の心を通わせる必要のない人物なの ラ君にとって﹁私﹂は﹁政治経済の問題などはいろいろ議論﹂できる 術の領域が侵されない種類の交流であったためであろう。ゆえにミス 魔術とは別次元の現実的な付き合いであり、ミスラ君が守っている魔 それでも、ただの人と交わることをやめてはいない。それは、 ﹁私﹂ とそれまで﹁政治経済の問題などはいろいろ議論﹂していたように、 て、自分自身もその領域から出ない閉鎖的なミスラ君の姿勢が窺える。 魔術を使える者のみが知る領域を他人には見せないかたくなさに加え 間違った情報が世間に流布しても、自分からは訂正しない。そこから、 れる。したがって、例えば魔術にはヂンという精霊が必要だといった ことをことさらに教えないのがミスラ君の信条なのであろうと推測さ ないということではないか。要望がない限りは、自分が魔術師である 返せば、ミスラ君が進んで自身の魔術を他人に見せびらかす人物では このとき初めて﹁私﹂が魔術を見る機会をえているということは、裏 披露される瞬間に﹁居合せ﹂るのを待っているだけであった。それで あると断定することができないほど、ミスラ君が魔術をみだりに他人 るはずの﹁私﹂に、自分が大切に守っている魔術をミスラ君は見せよ だと思われる。しかしそれにもかかわらず、そんな部外者の相手であ うとしているのだから妙である。ミスラ君はどうしてあえて主義を曲 へ見せていないのではないかと思われるのである。 認してみると、﹁私﹂とミスラ君との間に親密さがないことは先述し ここで、﹁私﹂がミスラ君を訪ねる原因となった箇所をもう一度確 げてまで、 ﹁私﹂に魔術を披露することにしたのだろうか。 の魔術を鑑賞できないことから、ミスラ君が魔術師として非常に閉鎖 ﹁私﹂が自ら頼まなければミスラ君 この﹁一﹂で分かったことは、 たけれども、それでも﹁一月﹂の付き合いはあることが分かる。した がって﹁いろいろ議論﹂をして交流を持った﹁一月﹂の間にも、 ﹁私﹂ 的な姿勢を取っているということである。したがって、魔術伝授どこ が魔術を見る機会はあったのだ。現に﹁一月﹂後、頼めばミスラ君は 魔術を見せてくれている。けれども﹁私﹂は﹁一月﹂の間は、魔術が 一五 いたことがここで判明する。そしてだからこそ、魔術師としてのミス ろう。ゆえに﹁私﹂はミスラ君の気が進まないであろうことを頼んで ろか魔術披露すら本来ならミスラ君の望むところではないといえるだ 魔術に対する知識のなさを如実に示した、先の精霊云々の言葉であっ 直前に﹁にやにや﹂笑う。この笑いの引き金になったのが、 ﹁私﹂の 情報のあまりに古い、時代遅れの認識であることを教えている。この のことです。アラビヤ夜話の時代のこととでも言ひませうか﹂とその 一六 ラ君が﹁私﹂を好ましくは思っていないであろうことが、まずは疑え た。それまでは何ら表情は描写されていないから、原因は﹁私﹂の言 判断しきってしまったといえるのである。 の会話の段階で、ミスラ君は﹁私﹂を魔術に関しては無知な者として らい情報だったのであろう。したがって、この魔術に関する情報交換 ぶりは悦に入って面白がるような、馬鹿にしたくなるような、薄っぺ 定する。加えて正しい情報を与える。ミスラ君にとって﹁私﹂の認識 葉にあると見てよかろう。そうして笑ってからその﹁私﹂の言葉を否 るのである。 二 ミスラ君の﹁私﹂に対する価値判断 ﹁ 一 ﹂ で、 ミ ス ラ 君 は﹁ 私 ﹂ を 好 ま し く 思 っ て い な い と 考 え ら れ る と短く述べた。そこでこの﹁二﹂では、﹁私﹂を好いてはいないミス ラ君の気持ちが読み取れる箇所を引用し、具体的にその感情の内容を 示していきたい。 では、その判断はどこから始まっていたのだろうか。そもそもミス ラ 君 は 魔 術 を 公 に す る こ と は 望 ん で い な い。 よ っ て 、 ﹁私﹂から手紙 を受け取った時点で断るのが、一番面倒がなくてよかったはずである。 しかし、ミスラ君はそれをしていない。それはどうしてだろうか。 いよいよ魔術を﹁私﹂に披露するというとき、ミスラ君の見せた表 情には﹁自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑ひながら、匂の好い 煙を吐いて﹂という表現があてられている。これは、﹁私﹂が仕入れ ふたりがミスラ君の家で最初に顔を合わせたとき、ミスラ君は﹁今 しかし﹁私﹂が返した言葉は﹁いや、あなたの魔術さへ拝見出来れば、 晩は、雨が降るのによく御出ででした﹂と労いの言葉をかけている。 た魔術の情報を否定する直前に見せたミスラ君の表情である。﹁にや ように、声を出さず薄笑いするさま。 ﹂ ︵注五︶というあまりよくない意 雨位は何ともありません﹂という魔術鑑賞の希望が先行した言葉だっ にや﹂には﹁ひとり悦に入ったり、意味ありげに、また、ばかにした 味がある。この意味をミスラ君の笑いに当てはめた場合、どのように た。魔術が見られなければ、我慢できない雨の降りであったとも取れ そんな魔術という未知の世界に夢中の﹁私﹂とは対照的に、魔術が そうな言葉である。 解釈できるであろうか。 ミスラ君は、﹁私﹂の﹁あなたの御使ひになる精霊は﹂という言葉 に対して﹁ヂンなどといふ精霊があると思つたのは、もう何百年も昔 る。こうした状況を踏まえると、自国で育まれた秘法をミスラ君は愛 魔術は、一国として立つべきインド独自の﹁婆羅門の秘法﹂なのであ ることを夢に見ている青年である。そうしてミスラ君の体得している したイギリスから逃れて、他の侵略を受けず単独で一国として存在す つてゐるカルカツタ生れの愛国者﹂である。加えてインドを植民地化 明 る み に 出 る こ と を 望 ん で い な い ミ ス ラ 君 は、 ﹁永年印度の独立を計 だのではないだろうか。 魔術にかかわるにふさわしいか判断する意味で、﹁私﹂の要求を飲ん た時点では、まだミスラ君は﹁私﹂の無知を知らないから、 ﹁私﹂が 味を持ったために気に入らないのだと思われる。ただ手紙を受け取っ せずうずうしく披露を望んできた﹁私﹂が、そもそも魔術に安易に興 に対する感情を読み取った。ミスラ君は、魔術に関して無知でそのく 合わせてからというもの魔術を見ることしか頭にない。それは正確に かも、﹁私﹂は魔術たるものをしっかりと理解せずに、そのくせ顔を 者ミスラ君にしてみれば、故郷が汚されるに等しいものであろう。し ないのではなかろうか。それは魔術師としてのミスラ君の姿勢を示し インド人としての使命感を持って魔術を保護するためにみだりに見せ 考えられる。ミスラ君は、 単に好悪のもとに魔術を秘すわけではなく、 て触れたが、それはミスラ君の愛国者としての立場が原因であろうと らかにした。ミスラ君が、魔術披露を好まないことは、 ﹁一﹂におい 国者ゆえに保護しようとしているのだとは考えられまいか。独立すべ いえば、顔を合わせてからといわずミスラ君が手紙を受け取ったとき ており、これ以後展開されていく披露について重要な要因となるもの 殊性のあるものという事情から、ミスラ君自身の魔術への考え方を明 から続いている。ミスラ君の立場から眺めれば、紙切れたった一枚で また物語中のミスラ君の描かれ方と、魔術が婆羅門独自の秘法で特 秘法を見せて欲しいと望んできた﹁私﹂は、ミスラ君の故郷インドに であろう。 き存在に部外者が首を突っ込もうとしているこの場面の事態は、愛国 土足で入り込んだイギリスのような存在なのだとはいえまいか。 していたことであるので、仕方ない。ただし、伝授まではしなくてよ そもそも魔術を披露することは、ミスラ君が﹁私﹂にもともと承諾 いのではないか、と考えることも可能である。しかし披露も断る道は て判断は、ミスラ君が手紙を落手したときから始まっていたのではな いか。そうして﹁私﹂がいよいよ我が国の秘法にかかわるにふさわし あるのだから、何もミスラ君が主義を曲げる必要もない。そこをミス ミスラ君が﹁私﹂を無礼と感じる要素は初めからあったのだ。よっ く な い 人 物 で あ る と 分 か っ て き た か ら こ そ、 ミ ス ラ 君 は﹁ に や に や ﹂ ラ君は、披露のみならず伝授まで﹁では教へて上げませう﹂と了承し するしかなかった、抜き差しならないミスラ君の事情を考えなければ た。むしろここから、断らずに﹁私﹂を判断し披露や伝授の道を選択 と笑ったのであろう。 こうして、この﹁二﹂では﹁私﹂と魔術について会話している際の ミ ス ラ 君 の﹁ に や に や ﹂ と い う 表 情 を 手 が か り に、 ミ ス ラ 君 の ﹁ 私 ﹂ 一七 ならないのではないか。さらにここで﹁私﹂が魔術を学びたいと思っ 手がかりをえることができるように思われる。 ミスラ君の発言の真意を探っていけば、自然と第一の疑問を解決する 一八 たきっかけについて、気にかかる事実がある。 て、﹁私﹂ とかかわりを持ち続け魔術の習得が可能なことを教えたうえ、 のなかから、ミスラ君が魔術関連の事項は隠したいとする主義を曲げ ﹁ 二 ﹂ ま で に、 ミ ス ラ 君 の 人 物 分 析 に つ い て 糸 口 と な る ミ ス ラ 君 の ﹁私﹂への感情は判明しているので、 ﹁三﹂よりは﹁私﹂とのやり取り 籍 と い っ た 三 種 の 変 事 を 目 撃 し、 一 度 催 眠 状 態 で は な く な っ た ﹁ 私 ﹂ と い う の も 物 語 中、 魔 術 と 呼 ば れ る 催 眠 術 を 行 使 し た ミ ス ラ 君 に よって、香る花柄のテーブル掛け、ひとりでに回るランプ、空飛ぶ書 は、実際に魔術を伝授してもらえることになった。これは﹁私﹂が﹁ ﹃私 魔術披露、伝授へと至っていく理由を探っていきたい。 この﹁三﹂では﹁二﹂で放置した、ミスラ君本人から魔術伝授の原 因となるような発言がなされた謎を解明する。そしてミスラ君の人物 三 ダッシュ記号とミスラ君の魔術伝授 の魔術などといふものは、あなたでも使はうと思へば使へるのです。﹄ といふ言葉を思ひ出し﹂て、ミスラ君に﹁ところで私のやうな人間に も、使つて使へないことのないと言ふのは、御冗談ではないのですか﹂ 分析において最大の疑問であった、予定外の魔術伝授へと至る理由を と話を振ったためである。でなければ、﹁では教へて上げませう﹂と 魔術を終えて、なおも催眠術を﹁私﹂に施すこともなかったわけであ 検討していきたい。 ミスラ君が申し出ることもなかった。つまりミスラ君が先述の三度の る。けれどもさらに元を正せば、魔術は誰にでも使えるものだという ミスラ君が、なぜそれ以上の行為に及んだのかという疑問に通ずる問 る疑問として提示していた、当初魔術を見せる予定だけだったはずの をしたのだろうか。これら二点の疑問は、そもそもこの論全体の最た 御覧なさい。この手を唯、かうしさへすれば好いのです。﹂ ― へば使へますよ。高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。 が ハ ツ サ ン・ カ ン か ら 学 ん だ 魔 術 は、 あ な た で も 使 は う と 思 ことです。アラビヤ夜話の時代のこととでも言ひませうか。私 ﹁ヂンなどといふ精霊があると思つたのは、もう何百年も昔の 君の会話文をもう一度引用しておきたい。 ここで、まず﹁私﹂が魔術を学びたいと考える原因となったミスラ 情報を与えたのは、ミスラ君本人である。この情報がなければ、私が 食いついてくることもなかった。したがって、伝授すなわちミスラ君 による﹁私﹂への催眠術が必要になった原因を作り出したのは、ミス 題であるといえよう。ミスラ君がこうした発言をしなければ、予定外 魔術について昔の知識しか持っていなかった﹁私﹂に、 ミスラ君は、 ラ君本人となる。ミスラ君はなぜ自ら自分の手を煩わせるような発言 の行為に及ぶこともなかったと考えられるためである。ゆえに、まず ういうものであっただろうか。この会話文に先行して、﹁私﹂は次の こうして新しい情報を与える。その無知な﹁私﹂の認識はそもそもど ﹁私﹂の疑問は解消できていたのである。だから二文は不要なのである。 催眠術で誰にでも容易に会得できる術である秘密をばらさなくても、 ないし、また魔術の方法論を述べているわけでもない。魔術がその実 それなのに、なぜこの二文はあるのだろうか。 ように述べている。 ﹁確あなたの御使ひになる精霊は、ヂンとかいふ名前でしたね。 するとこれから私が拝見する魔術と言ふのも、そのヂンの力を借 ないと指摘するのである。それから、﹁私﹂が﹁ヂンの力を借りてな ラ君はその認識は古く、﹁魔術﹂における現代の魔術にはふさわしく いう精霊を用いて魔術を行使するといった程度であった。だが、ミス ﹁ 私 ﹂ の 魔 術 に 対 す る 認 識 は、 右 の 引 用 文 の よ う に 魔 術 師 は ヂ ン と においては﹁①言い換えて︵﹃すなわち﹄の意︶説明する場合。 覧﹄︵注6︶ あろう。この記号は、何を意味しているのだろうか。 ﹃新詳説国語便 には、直後にあるこのダッシュ記号にも注意がはらわれて然るべきで として記されている点は無視できまい。ゆえに二文について考える際 ある。読解に慎重をきすべき文章の付近に、文字ではなく目立つ記号 ﹂で ― さるのですか﹂と質問するので、ミスラ君は﹁この手を唯、かうしさ / ②気分の転換や余情などを示す場合。 ﹂ と あ る。 こ の 定 義 を 踏 ま えつつ、また直前に句点があり、文章が終了していることに注意して 御 覧 な さ い。 ﹂にある﹁ ― へすれば好いのです﹂といって魔術には特別な道具は必要ない実状を 考えたい。 記号があることにも気づく。 ﹁ しかし、ここでその意義を考えるため二文を注視していると、下に 示す。つまり、 ﹁私﹂の言葉はヂンという精霊が未だ存在するという りてなさるのですか。﹂ 思い込みと、魔術にはヂンが利用されるのかという疑問に二分するこ とができるのである。そのため後に続くミスラ君の言葉は、この思い 術は、あなたでも使はうと思へば使へますよ。高が進歩した催眠術に じっているのに気づく。それは、﹁私がハツサン・カンから学んだ魔 そうした注目点からミスラ君の会話文を眺めると、不要な言葉が混 いように思われるのである。それは、﹁魔術﹂ におけるその他のダッシュ つまりこのダッシュ記号は②の内でも﹁気分の転換﹂が最もふさわし し、﹁ 余 情 ﹂ は 記 号 前 の 内 容 を 後 に ま で 引 き ず ら な け れ ば な る ま い。 の意であれば、ダッシュ記号の前後が同様の内容でなければならない は 魔 術 を 披 露 す る 場 面 と 内 容 に 変 化 が あ る。 こ こ が も し﹁ 言 い 換 え ﹂ 物語の流れを見ると、ダッシュ記号以前は魔術そのものの話、以後 過ぎないのですから﹂という二文である。ここは﹁二﹂の終盤にて指 記号の使用例を見ればより判然とする。﹁魔術﹂には﹁ 込みと疑問の二点を解決する内容であればいいのである。 摘した、ミスラ君の面倒を増やす原因となった部分でもある。この二 い。 ﹂の他に二箇所﹁ ﹂の記されている箇所が存在する。 ― 御覧なさ ― 文は、﹁私﹂が思い描いたヂンの存在に関して言及しているわけでは 一九 ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、 ① 壁側に手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ ― 外に ﹂と言ひ ― は唯我々の腰をかける、椅子が並んでゐるだけです。 ﹁ 使 へ ま す と も。 誰 に で も 造 作 な く 使 へ ま す。 唯 ② かけてミスラ君は、 の部屋の様子が描写されている箇所になる。また②の場面は、自分に ①の場面は、﹁私﹂がミスラ君宅に到着し部屋に通された際の、そ 二〇 なく打たれていることを考慮に入れれば、ますますいかにこのミスラ 君の会話文が途切れた形の、終了されていない言葉であるかが分かる であろう。そしてまた、だからこそダッシュ記号も直前の﹁唯﹂とい う言葉の影響を受け、 ﹁唯﹂が持つ内容を持続させる役割を負ってい るということができる。 御覧なさい。 ﹂のダッ ― シュ記号が物語にもたらしている効果、ダッシュ記号そのものの持つ 以上で、このふたつのダッシュ記号と﹁ 意味が決して同じではないことは、証明できたと思われる。先のふた い。 ﹂のダッシュ記号は直前の言葉から﹁御覧なさい。﹂を引き離す役 も魔術が使えるのかと尋ねる﹁私﹂へのミスラ君の答えである。 まず①においては、部屋にあるものが順番に列挙されていき、一度 ﹁窓の前﹂の﹁机﹂で止ってダッシュ記号を挟んでいる。それから﹁腰 目、魔術が催眠術であるという話題から魔術の方法論への意識転換の つのダッシュ記号は言葉の内容を引き伸ばす役目を担い、 ﹁御覧なさ をかける、椅子﹂もあることが遅れて示される。ダッシュ記号を挟ん 役目を担っているといえるのである。 それでは、なぜわざわざ意識の転換が必要であったのか。それまで の話題を一度終わらせ、次に進んでいる跡をくっきりと残しているの で並ぶ内容は、どちらも室内の家具についてであり、 ﹁窓の前﹂の﹁机﹂ で、室内の描写が終わっているわけではない。句点はあくまでも椅子 を描写してからついているのであり、ダッシュ記号には部屋の様子を の後に続くべきミスラ君の思いが、ダッシュ記号には託されているた である。にもかかわらず間にダッシュ記号が挟まれているのは、 ﹁唯﹂ 表現が見逃せない。つまり、カギ括弧の内容はまだ終了していないの いているようにも思えるが、その直後にある﹁と言ひかけて﹂という 続いて②の場面である。この場合は、括弧で括られており結末がつ は重要だったのである。したがって、魔術の伝授はミスラ君の望むと 質問には関係のない話題を﹁私﹂に提供することの方が、ミスラ君に と思へば使へますよ。高が進歩した催眠術に過ぎないのですから﹂と よりも、﹁私がハツサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使はう つ ま り、 ﹁私﹂の無知な二項目に分けられる質問に対して答えること まうほど、 ミスラ君にとって重要な話題だったからではないだろうか。 か。それはそれまでの内容が、捨てるとなるとどうしても意識してし めだと考えることができよう。だいたいこのミスラ君の会話文末には ころであり、 ﹁ 私 ﹂ が 手 紙 で 要 望 し た 内 容 を 逸 脱 す る こ と が、 む し ろ 継続させる機能がある。 句点がない。作者である芥川によって、他の会話文末には句点がもれ みと疑問を持った﹁私﹂への返答としては不自然な二文は、決して不 ミスラ君の目的だったのだと思われる。そのため、魔術に変な思い込 いたのではないか。それに加えて、紙切れ一枚で領域侵犯をしようと に増したわけではなく、手紙を落手したときすでにあらかた固まって 宅に﹁私﹂を招く、﹁私﹂と会話を交わすといった段階に従って徐々 ミスラ君は﹁にやにや﹂と笑って改めて﹁私﹂の無価値を痛感したの 要ではなかったといえよう。﹁私﹂を魔術伝授へと導くためには、必 ではないか。したがって、 ミスラ君の﹁にやにや﹂とした微笑みは﹁私﹂ している不届き者の﹁私﹂が、魔術に関して無知であるさまを目撃し、 ずのミスラ君が、なぜそれ以上の行為に及んだのかという問題は一部 これで、第一の疑問であった、当初魔術を見せる予定だけだったは に対する価値判断中の現象ではなく、結果がすでに出たあとの表情と 須の二文であったのだ。 解明できたと思われる。魔術伝授こそ主眼としているミスラ君は﹁あ いえよう。 インド人の聖域に入り込んだイギリス人のように、インドにおいて 育まれた魔術の世界に、﹁私﹂は紙切れ一枚で踏み込んでこようとし である魔術伝授の行動にはどういった意味が隠されているのだろう ﹁ 三 ﹂ に て、 む し ろ 魔 術 披 露 に 関 す る 手 紙 の 内 容 か ら 伝 授 へ と 脱 線 したかったミスラ君の姿を明らかにした。では、ミスラ君の真の目的 四 ミスラ君はなぜ魔術を教えたか なたでも使はうと思へば使へますよ﹂と﹁私﹂に話を振って﹁私﹂が 食いついてくるのを待った。けれども、ここでは食いついてこなかっ たのでダッシュ記号となって表されているように気分を改めて、ひと た。だが、 手紙には﹁魔術を使つて見せてくれ﹂と書かれてはいても、 か。前章までの内容を踏まえ、考察を進めていく。まず魔術伝授に今 まず魔術を披露することに決めたのではないだろうか。 魔術を伝授してくれとは書いていなかったはずである。私は﹁二﹂に ﹂と言ひ ― 一度話が及んだ場面を引用する。 出来ますか。 ﹂ ﹁唯、慾のある人間には使へません。ハツサン・カンの魔術を 習はうと思つたら、まづ慾を捨てることです。あなたにはそれが 目な口調になって、 かけてミスラ君は、ぢつと私の顔を眺めながら、いつになく真面 ﹁ 使 へ ま す と も。 誰 に で も 造 作 な く 使 へ ま す。 唯 おいて、ミスラ君が紙切れ一枚で易々と魔術を鑑賞しようとしている 無礼な﹁私﹂の価値を知る意味で、手紙の内容を承諾したと一度記し た。 ﹁私﹂への判断は手紙の落手から会話のなかにまで及ぶとの事柄 も述べた。しかし、ミスラ君の真の目的が魔術伝授にあったと判明し た﹁三﹂にあっては、﹁私﹂の価値を定めるに至るまでのミスラ君の 表情も、 すでに決定していた事項に対する最終確認の意味に変化する。 ミスラ君の﹁私﹂に対する好ましくない感情は、手紙を受け取る、自 二一 ﹁出来るつもりです。 ﹂︵中略︶ ﹁魔術さへ教へて頂ければ。 ﹂︵中略︶ ﹁では教へて上げませう。 ︵中略︶﹂ ミスラ君は、誰にでも魔術が簡単に使えることを再度認め、けれど も言葉を途中で切った。そして改めて﹁真面目な口調になつて﹂、魔 二二 真剣だから﹁私﹂が﹁御礼﹂をいおうとも﹁そんなことに頓着する﹂ 暇はない。とにかく呪文を唱えて、見事に﹁私﹂を夢の世界に入り込 ませることに成功した。 このうえミスラ君に残されている仕事は、﹁私﹂ が夢のなかで欲を出さないという掟を破るように、﹁私﹂を導くこと である。 術が﹁慾のある人間には使へ﹂ない内情を告知する。それまで、 ﹁私﹂ へ、引き当てた札を出して見せました。すると不思議にもその骨 私は勝ち誇つた声を挙げながら、まつ蒼になつた相手の眼の前 てゐるミスラ君と、向ひ合つて坐つてゐたのです。 ふと気がついてあたりを見廻すと、私はまだうす暗い石油ラン プの光を浴びながら、まるであの骨牌の王様のやうな微笑を浮べ です。 ︵中略︶ ﹁御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰リニナルサウダカラ、寝 床ノ支度ハシナクテモ好イヨ。 ﹂ と、 聞 き 覚 え の あ る 声 で 言 ふ の 牌の王様が︵中略︶にやりと気味の悪い微笑を浮かべて、 が一度目の誘いに乗ってこなかったため披露していた三種の魔術にお いては、 ミスラ君は始終﹁にやにや笑ひ﹂をして私を馬鹿にしていた。 つまり﹁真面目な口調﹂は、﹁いつになく﹂と評されるにふさわしく、 今まで﹁微笑を含んだ声で﹂喋っていたミスラ君には珍しい声色なの である。だが、ミスラ君はどうしてもいつもの自分の態度らしからぬ 硬い態度を取らずにはいられなかったのだ。それはいよいよ自分の計 画を実行するときがやってきたからであろう。魔術の実情をあらわに したくないミスラ君には、﹁私﹂に不本意ながらも魔術を伝授すると いう真の目的があった。魔術を秘めておきたいと考えているミスラ君 るのが王様であるために、 王様すなわちミスラ君と考えてよいだろう。 は催眠術で夢を操作するのがミスラ君であり、夢の内で夢を終わらせ がいい。けれども、﹁私﹂が不躾にも魔術に興味を持ってしまったか そのため、王様の視点もミスラ君の視点、現実世界でのミスラ君の微 右の引用中、骨牌の王様の微笑は﹁にやり﹂と表現されるが、これ ら仕方ない。いよいよ迫ってきた偽りの魔術伝授の瞬間に思わず、そ 笑も﹁まるであの骨牌の王様のやうな微笑﹂と例えられている通りと からしてみれば、できればやりたくない。やらないですむならその方 れこそを達成したいと考えているミスラ君は﹁真面目な﹂と﹁私﹂に 解釈できる。 こうして﹁私﹂は、掟を守れずに夢から帰ってきた。しかし、先ほ ども指摘したように、夢の世界を作り上げているのはミスラ君である 受け取られるような硬い口調にならざるをえなかったのであろう。 そして、欲のある人間に魔術は使えないという決まりを教えておい て、ミスラ君はいよいよ﹁私﹂を夢のなかに連れ込む呪文を唱える。 ることができよう。つまり﹁私﹂が欲を出し、夢を終わらせることが から、﹁私﹂はミスラ君の思惑によって故意に掟を破らされたと考え しかない﹁私﹂に、ミスラ君が向けたこの﹁気の毒さうな眼つき﹂と と思いやるような目つきもしている。ミスラ君にとって嘲りの対象で にかう私をたしなめました﹂と本文にあるように、 ﹁私﹂を﹁気の毒﹂ の毒﹂がるというのは考え難い。 ﹁私﹂が魔術習得に失敗することを いようにすることが総合的な目標であったミスラ君が、﹁私﹂を﹁気 ﹁私﹂の精神を完膚なきまでに痛めつけ、二度と魔術にかかわらな いう視線は何を意味するのか。 できるようにミスラ君に体よく誘導されたのである。 また、引用部にある﹁御客様ハ御帰リニナルサウダカラ﹂より、ミ ス ラ 君 に は﹁ 私 ﹂ の 意 志 を 無 視 し た 独 自 の 考 え の あ る こ と が 分 か る 。 に な っ て い る。 こ れ は も と も と ミ ス ラ 君 の 考 え に、 ﹁私﹂を自宅から 望んでいたのは、他ならぬミスラ君だからである。だが、その視線は ﹁私﹂は帰るなど一言もいってはいない。けれども無理やり帰ること 追い出すという項目があったためであろう。 に入り込んできた﹁私﹂を追い出すために、﹁私﹂にショックを与えて、 したがって、ミスラ君が魔術伝授を重んじていた真意はこれで明ら かになったと思われる。つまりミスラ君は、紙切れ一枚で魔術の聖域 に持っている感情は、総じて嫌悪感といえる。そしてそういった感情 ﹁ に や に や ﹂ と 笑 え る ほ ど、 嘲 笑 に 値 す る。 つ ま り ミ ス ラ 君 が﹁ 私 ﹂ しく魔術を見ようとする態度が気に入らないし、魔術の知識のなさも ろう。ミスラ君も ﹁私﹂に対して何も思っていないわけではない。軽々 思わず目を留めてしまうような、何か特徴的な色を帯びていたのであ 二度と魔術に興味を持たぬように仕向けるのに夢の世界を利用したの が基盤にあるからこそ、その対象である﹁私﹂を見る目つきにも特筆 されるだけの変化が表れているのだろう。ゆえに、この視線はミスラ ではないだろうか。こうした事情があったからこそ、﹁私﹂からの手 君が﹁私﹂を﹁気の毒﹂がっているというよりも、自らが無価値と断 紙の内容も受け入れ、自宅にも招き、魔術披露も行ったのだ。 実に余裕に溢れている。 こうして目的を無事に達成したミスラ君は、 定した﹁私﹂を見たがために特徴的になった視線を、﹁私﹂が勝手に﹁気 の毒﹂がってくれたと誤解しただけ、と考えるのが自然であろう。 るであの骨牌の王様のやうな微笑﹂を﹁にやり﹂と浮かべているだけ である。 それは、﹁私﹂と魔術談義をしていたときに浮かべた ﹁にやにや﹂ ﹁私﹂を催眠術にかけていた際の﹁真面目﹂ さはもはやどこにもなく、﹁ま 笑 い を 連 想 さ せ る。 ﹁私﹂を魔術に無知な者として嘲笑する微笑みで であるということができると思われる。 安易にかかわりを持ってきた人物に関しては容赦ない、閉鎖的な人物 これらのことによりミスラ君は、魔術師としてとにかく自分の領域 を強固に守り、関係のないものは愛国心ゆえに切り捨てる。さらに、 ある。 がら、緑へ赤く花模様を織り出したテエブル掛の上に肘をついて、静 だがその一方、ミスラ君は物語の最後﹁気の毒さうな眼つきをしな 二三 このように﹁四﹂では、伝授が告げられる場面と、催眠術が解かれ 結末へと至っていく場面を中心に論を展開した。﹁三﹂で明らかにし たように、魔術伝授がミスラ君の目的とはいっても、夢を操作し﹁私﹂ 二四 ずのミスラ君は、母国インドで習得した魔術を大切に保護し、露見し ないよう注意していると思われる。 気を引き﹁私﹂を追い出すことがミスラ君にとっての最終目標であり、 らに他ならない。つまりミスラ君は﹁私﹂の手紙を受け取りながらも、 な さ い。 ﹂のダッシュ記号に込められている意識の転換を迫られたか しかし、﹁私﹂との接見に限ってその主義を曲げて、ミスラ君が魔 術を部外者であるはずの﹁私﹂に披露したのは、そもそも﹁ ― 御覧 そこから浮き出てくるミスラ君の人物像は、閉鎖的で冷たいものと結 その他に目的を持っているのである。それが予定外の魔術伝授であっ に失敗するように仕向けたのもミスラ君である。ゆえに、魔術伝授で 論づけることができる。 た。一度この話を﹁私﹂に振った際、 ﹁私﹂は気に留める風もなくた だ魔術が見たいと切望したので、とりあえずミスラ君は三種類の魔術 きのように簡単に内容に触れるだけでなく、欲を捨てればよい、と具 ﹁私﹂は見事にミスラ君の思惑に乗ってきた。ミスラ君は一度目のと を披露した。このとき﹁私﹂を催眠状態に陥らせておくのが、ミスラ 以上、魔術師ミスラ君が、なぜ魔術伝授という予定外の行動を取っ たのかという問題を中心に据え、その問題に至るまでのミスラ君が持 体的な方法まで指し示す。そして、 ﹁私﹂には﹁真面目﹂と感じられ おわりに つ﹁私﹂への感情、魔術師としての姿勢を明らかにしながら、ミスラ 時に宣告される﹁私﹂の魔術知識の誤りから、ミスラ君が﹁私﹂を好 まず、ミスラ君が始終﹁私﹂に見せている﹁にやにや笑ひ﹂と、同 たことが分かる。 違う点で、 やはりミスラ君にとって、﹁私﹂ への魔術伝授こそが目的だっ る表情で魔術を施す。それまでの﹁にやにや﹂した表情とは明らかに 君の魔術の真相である。 そして二度目に魔術伝授の話をしたときには、 君の人物像解明を行った。その経過をまとめてみたい。 ましく思っていないことを明らかにした。また、それまで﹁一月﹂と ダ カ ラ ﹂ と い う 言 葉 か ら 判 然 と し て こ よ う。 ﹁私﹂はこのとき未だ夢 はいえ交流を持っている割に﹁私﹂は不思議とミスラ君の魔術には出 のなかにいるはずで、帰るなどとは一言もいっていない。﹁私﹂が帰 私を目覚めさせる呪文の一部であった、﹁御客様ハ御帰リニナルサウ すものではないと考えているのではないかと推測された。それは、愛 では、なぜ魔術伝授がミスラ君の目的であったのか。それは夢から 国者としてのミスラ君のあり方にも重なるといえる。イギリスからの ると決めたのはミスラ君である。つまりミスラ君の独断で﹁私﹂はミ くわしていないため、ミスラ君は基本的には魔術を他人に見せびらか 解放を望み、独立国家として他の干渉を受けたくないと感じているは スラ君の家から追い出されるはめになったわけである。私は、これが ミスラ君の本音であると考える。ミスラ君は﹁私﹂を夢のなかに入り 込ませて、欲のあることを実感させ、自分が魔術師にふさわしくない ことを﹁私﹂に思い知らせ、恥をかかせ、神聖なインド独自の魔術に もう二度と﹁私﹂が興味を抱かないように画策したのである。ミスラ 2 張宜樺﹁芥川龍之介﹃魔術﹄論 物語の構成をめぐって﹂ ︵﹃芸 ― 二〇〇三年一二月︶ 文研究﹄ 3 ﹁ 芥 川 龍 之 介︿ 御 伽 噺 ﹀ の 世 界 で ﹂ ︵﹃鴎外と漱石 明治のエー トス﹄ 一九八三年五月 力富書房︶ ﹃愛媛国文と教育﹄二十一 4 ﹁ 芥 川 童 話 の 展 開 を め ぐ っ て ﹂︵ 一九八九年一二月 ︶ ︵一九九五年一一月 5 松村明編﹃大辞林 第二版﹄ 三省堂︶ 二五 ︵やまわき かな/平成一七年度博士前期課程修了︶ テキストは岩波書店版﹃芥川龍之介全集﹄︵一九九六年︶に拠った。 外の行動であると同時に、ミスラ君にとっては手紙を受け取ったとき 6 中洌正尭他編 二〇〇二年二月 改訂八版 東京書籍 君 の 取 っ た こ の よ う な 行 動 は、 ﹁私﹂の手紙には記されていない予定 85 から決めていた予定の行動だったといえる。 そ し て こ れ ら の 事 柄 を 根 底 に す れ ば、 ミ ス ラ 君 が﹁ 私 ﹂ を﹁ 気 の 毒﹂がる目つきも決して文字通りの感情が元とはいえまい。ミスラ君 が﹁私﹂の魔術師として才能のなさを嘲笑う感情が、視線を特別なも のにしたため、それを受け止める﹁私﹂は自分が﹁気の毒﹂がられて いると誤解してしまっただけではないだろうか。 を持った、内向的な人物といえることが分かる。ただそれは性格の問 以上のようにまとめると、ミスラ君はインド人魔術師としての誇り 題 で は な く、 自 身 の 世 界 を 強 固 に 保 護 し よ う と す る が ゆ え の こ と で 、 部外者の安易な干渉は許さないため、他に対する攻撃性をはらんでい る。そうした自らの魔術に対する姿勢が、 ﹁私﹂になされた仕打ちと して、物語には記されているのである。 ﹃ハツサン・カンの妖術﹄か ― ﹂ ︵ ﹃弘学大国文﹄ 一九九一年九月︶ ― 注1 ﹁宇宙の妖術から室内の魔術へ らみた﹃魔術﹄ 17 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 名探偵・金田一耕助論 由利先生との比較 二六 木 村 由 花 に発表された。つまり戦前からの横溝ファンにとっては、横溝現代ミ ス テ リ ー の 探 偵 役 と い え ば 由 利 先 生 で あ り、 金 田 一 の 方 こ そ 第 二 の 歴を持つ人物とされる。それが突然政治的圧力によって失脚し、以来 はじめに 本稿は横溝正史︵一九一〇年∼八一年︶のいわゆる名探偵金田一耕 助とそのシリーズ作品の魅力とは一体何なのか、また金田一物がどの 三年間行方不明になっていた。 ﹃石膏美人﹄は行方不明後、三年ぶり 名 探 偵 な の で あ る。 由 利 先 生 は 本 名 由 利 麟 太 郎 と 言 い、 明 治 二 十 六 ようにして成立しているのかを、後に金田一物へと翻案された由利先 に姿を現した由利先生が最初に解決した事件を扱う ︵注1︶ 。 ︵一九〇一︶年生まれの白髪紳士で、元警視庁の名捜査課長という経 生物である﹃夜光怪人﹄︵一九四九年五月∼五〇年五月︶を対象とし て 考 察 す る こ と を 目 的 と す る。 さ ら に 横 溝 探 偵 小 説 の 系 譜 に お い て 、 年五月まで︵間に二ヶ月の空白があるが︶雑誌﹃少年少女譚海﹄に連 載された。それを昭和五十一︵一九七六︶年に山村正夫が改稿し、金 由利先生物の﹃夜光怪人﹄は昭和二十四︵一九四九︶年五月から翌 田一耕助を探偵役とする﹃夜光怪人﹄として生まれ変わらせて発表し 由利先生シリーズが金田一シリーズ成立の前段階作品であると推定 し、由利先生物の中のある作品が主人公を金田一と変更すればそのま 。 ﹁由利先生﹂が﹁金田一探偵﹂に変わったことで作品にどの ︵ 注2 ︶ 光怪人﹄のあらすじを記しておく。 由利先生物は現在容易に入手できない状態のため、由利先生版﹃夜 耕助という人物の特性を浮き彫りにしてみよう。 ような変化や不都合・不自然が生じたのか。この検討を通して金田一 た ま金田一物として成立する可能性を探ってみたい。 一 由利先生版﹃夜光怪人﹄と金田一版﹃夜光怪人﹄ 由利先生という探偵の登場時期は金田一耕助よりも早く、初登場作 の﹃石膏美人﹄は昭和十一︵一九三六︶年五月 講 ( 談社﹃講談倶楽部﹄ ) ﹃夜光怪人﹄は御子柴進少年が主人公となる児童向けの長期連 載ミステリーである。世間を騒がせている﹁夜光怪人﹂に御子柴 この話の探偵役を﹁由利先生﹂から﹁金田一耕助﹂に変えたのが山 村による金田一版﹃夜光怪人﹄であり、両作品は話の筋や台詞などに 藤子は、一柳博士が発見した海賊の宝物を狙う夜光怪人に父を殺 に 殺 さ れ た 一 柳 博 士 と い う 人 物 の 娘 で あ る 藤 子 が 戦 い に 加 わ る。 し抜かれ、古宮家の珠子嬢を誘拐されてしまう。ここで夜光怪人 戦場である華族・古宮家主催の仮面舞踏会でもまた夜光怪人に出 まんまと真珠は盗まれ、三人は最初の敗北を味わう。そして次の 者・三津木俊助と私立探偵・黒木と共に真珠の警護に当たるが、 つもりだと判明したことから物語は始まる。御子柴少年は新聞記 うって、地面に落ちてきたのだ。見ればその胸には一本の短刀が 利 先 生 版﹃ 夜 光 怪 人 ﹄ ︶ ↓﹁ ブ ラ ン コ か ら ジ ミ ー 小 島 が も ん ど り の で す。 見 れ ば そ の 胸 に は グ サ ツ ト 一 本 の 短 刀 が。 ⋮⋮﹂ ︵由 ﹁ ブ ラ ン コ か ら ジ ミ ー 小 島 が も ん ど り う つ て、 地 面 に 落 ち て き た 行怪人﹄ ︶ ︵注4︶ の春、 中学の三年生になったばかりの少年である﹂︵金田一版﹃夜 りの少年です﹂ ︵由利先生版﹃夜光怪人﹄ ︶ ︵注3︶↓﹁御子柴進はこ ﹁御子柴進君というのはこの春、新制中学の三年生になつたばか 関してはほとんど同じと言える。例えば次の通りである。 され、弟を人質にとられていたのである。藤子は復讐を誓って一 少年が遭遇し、そこで夜光怪人が﹁人魚の涙﹂という真珠を盗む 人で夜光怪人を追ってしまった。そこで登場するのが名探偵・由 で殺されたとばかり思われていた小田切準造翁ではありません ⋮⋮。 ﹂ ︵金田一版﹃夜行怪人﹄︶ ﹁おゝ、なんということでしよう。覆面の首領というのは、東京 か﹂ ︵由利先生版﹃夜光怪人﹄ ︶↓﹁ああ、 なんということだろう。 利麟太郎先生である。由利先生は話を聞いただけで夜光怪人の正 木探偵を追い詰めたが、実は替え玉だった彼を真犯人に殺され、 ふくめんの首領というのは、東京で殺されたとばかり思っていた 体は黒木探偵であると推理し、夜光怪人の隠れ家を突き止め、黒 取り逃がしてしまう。 いた﹁人魚の涙﹂の持主、小田切準造だった。そして宝物は亡く 共倒れした夜光怪人を発見したが、その正体は被害者と思われて 金田一版﹃夜光怪人﹄の方は﹁である調﹂という違いがある。これは るように、 全体の語りが由利先生版﹃夜光怪人﹄は﹁ですます調﹂で、 しかしながら、由利先生版﹃夜光怪人﹄と山村正夫の金田一版﹃夜 光怪人﹄は細かなところで差違が生じている。まず右の引用でも分か 小田切準造老人ではないか ﹂ ︵金田一版﹃夜行怪人﹄︶ なった一柳博士の遺志を継いで貧しい人々の役に立てると、藤子 ︵横溝作品は﹁である調﹂の方が多いのだが︶、由利先生物は児童向け て龍神島に入った由利先生一行は地元の海賊の首領と撃ち合って そして決戦は獄門島の隣島、龍神島で行われる。夜光怪人を追っ が宣言して物語の幕は閉じる。 ︵由利先生版﹃夜光怪人﹄︶ 二七 作品のため﹁ですます調﹂にしたものだろう。 さらに変更されている点は各章に付けられた小題である。由利先生 版﹃夜光怪人﹄は雑誌の連載作なので小題は各回の見出しだったが、 章︶ 金田一版﹃夜光怪人﹄︵全 章︶ モーターボートの怪人 夜光るイヌ トランクの物音 追われる怪人 麻酔薬 はなれわざ 哀れ人質 古宮家のなげき 由利先生登場 飛來の短剣 28 蘭堂いずこ 31 床の血溜り 38 それをそのまま使わず細かく変更している。同一題は省略し、漢字か ら平仮名への変更、または旧漢字の変換など単純な文字変換以外の変 由利先生版﹃夜光怪人﹄ ︵全 44 ︵昭和二十四∼二十五年︶ ︵昭和五十三年︶ 44 龍神島の血戦 40 地底の大宝窟 42 金田一耕助登場 飛んできた短剣 変装の名人 血ぞめの短刀 龍神島の撃ち合い 地底の大宝庫 二八 田一版では﹁怪人﹂に注目している。この第一章から﹁夜光怪人﹂と だが、由利先生版では出来事︵﹁怪﹂ ︶に注目しているのに対して、金 うち、隅田川での船頭の体験談を章の象徴としている点で両章は同じ そして表中の太字表記の小題に関してはモチーフそのものに変化が 見られる。第一章は、冒頭に記述されるいくつかの夜光怪人目撃談の 換えであろう。 四十四章﹁地底の大宝窟﹂↓﹁地底の大宝庫﹂も同じ意図による書き えたものと思われる。第二十一章の﹁大曲芸﹂↓﹁はなれわざ﹂ 、第 ム﹂という単語が何を意味するのか子供に気付かせるために小題を変 品 名 を 子 供 は 知 ら な い だ ろ う と の 配 慮 と、 本 文 中 の﹁ ク ロ ロ フ ォ ル 右のいくつかは子供には分かりにくい単語を言い換えたものであ る。例えば第十七章の﹁クロロフォルム﹂↓﹁麻酔薬﹂は専門的な薬 44 化が見られる小題のみを一覧表として次に示す。 章 1 隅田川の怪 3 少女と怪獣 8 トランクの怪 とゞろく呼笛 嘆きの古宮氏 哀れな人質 大曲芸 クロロフォルム 12 17 21 22 23 いう呼び名は登場するにもかかわらず、あえて﹁モーターボートの怪 怪人﹄は金田一が一方的に振り回されるだけの作品であるという印象 け、金田一に対する非難の声を抑えることで、読者に金田一版﹃夜光 らに第四十章の﹁血ぞめの短刀﹂で現場に残された血まみれの凶器を ほとんど変化が見られない。由利先生及び金田一登場の場面の例を挙 さらに二つの﹃夜光怪人﹄における文章そのものを細かく比較して みよう。﹃夜光怪人﹄は、由利先生版と金田一版では固有名詞以外に 二 二つの﹃夜光怪人﹄から読み取れる金田一耕助像 光怪人﹄の雰囲気を守ることであったと考えられる。 を与えず、狡賢い大悪党と名探偵との知恵比べという由利先生版﹃夜 人﹂としている。なぜこのような変更をしたのだろうか。 由 利 先 生 版﹃ 夜 光 怪 人 ﹄ の 第 三 十 八 章 タ イ ト ル﹁ 蘭 堂 ゐ ず こ ﹂ は 、 この章の末尾が﹁大江蘭堂はいまいずこ。 ﹂であることに由来して付 けられたものだろう。金田一版﹃夜光怪人﹄が由利先生版﹃夜光怪人﹄ に忠実に従おうとするならば小題をそのまま使用してもよいはずであ る。しかしここで山村は、蘭堂が小題通りの﹁変装の名人﹂であると 強調することで、そこで殺人が行われたと思わせ自分を被害者に仕立 げよう。 強調することで蘭堂がいかに手強い敵であるかを読者に念押しし、さ て上げて密かに身を隠した蘭堂の巧妙さに読者の注意を引き付けてい られるが、これは探偵小説として起こるべき殺人が、金田一が﹁頼り 金田一の特徴の一つとして﹁頼りない﹂という性質がしばしば挙げ ﹁ふむ、そのことだがね。実は⋮⋮あゝ、ちょうどいゝ ところへ 怪人﹄ ︶ たね。おい、怪少年、こっちへでてきたまえ﹂ ﹂︵金田一版﹃夜光 ↓﹁金田一耕助はにっこり笑うと、﹁ハッハッハッ、怪少年はよかっ ﹁由利先生はにつこり笑うと、 ﹁はつはつは、怪少年はよかつたね。 ない﹂ことによって行われているということを意味する。金田一の﹁頼 る。このことによって山村は﹁金田一が蘭堂に出し抜かれたのはやむ りなさ﹂は事件をより面白くするための重要な要素であると同時に、 やつてきた。紹介しておこう﹂︵由利先生版﹃夜光怪人﹄︶↓﹁フ おい、 怪少年、こつちへ出てきたまえ﹂﹂ ︵由利先生版﹃夜光怪人﹄︶ 金田一が事件関係者及び読者から﹁悲劇を防ぎ得たにもかかわらずそ ム、そのことだがね。実は⋮⋮ああ、ちょうどいいところへやっ を得ないことだった﹂と読者に訴えていると考えられる。 れを成し得なかった人物﹂として非難される危険性を持っている。つ てきた。紹介しよう﹂︵金田一版﹃夜光怪人﹄︶ い。また、行動の描写については、次の通りである。 このように、仮名遣いの相違くらいしか変化が見られないことが多 まり第三十八章、第四十章における山村の小題変更のねらいは、由利 先生と金田一の探偵としての印象の落差を緩和することである。大悪 党・大江蘭堂に出し抜かれた金田一探偵の失敗を露骨に表すことを避 二九 利先生版﹃夜光怪人﹄の第二十八章﹁由利先生登場﹂の冒頭では、 また、探偵の登場場面では大きな変化がもう一つ生じている。読者 が初めて目にする由利先生及び金田一の外見的印象の描写である。由 三〇 かく、 階段をおりていきます。 ﹂︵由利先生版﹃夜光怪人﹄︶↓﹁金 ﹁由利先生は懐中電灯で足下をてらしながら、一歩ゝゝ、注意ぶ 田一探偵は懐中電灯で足もとを照らしながら、一歩一歩、注意ぶ かく、階段をおりていく﹂︵金田一版﹃夜光怪人﹄︶ い眼光の持主。じつとにらめば、いかなる祕密も見とおさずには いかにも、それは由利先生でした。由利先生、五十にはまだ間 のある年ごろですが、頭髪雪のごとく、白くやせぎすながら、鋭 たが、 うつかり撃つことはできません。﹂ ︵由利先生版﹃夜光怪人﹄︶ おかぬという眼差しですが、につこり笑えば、幼児もなつこうと ﹁ あ な や と ば か り に 由 利 先 生 は、 ピ ス ト ル を 手 に 取 り な お し ま し ↓﹁すわとばかりに金田一耕助は、ピストルを手にとりなおした いう温顏でもありました。 いかにもそれは金田一耕助だった。例によってよれよれの着物 にはかますがたで、 スズメの巣のようなもじゃもじゃの髪の毛を、 とあるのに対して、金田一版では、 が、うっかり撃つことはできない。﹂ ︵金田一版﹃夜光怪人﹄︶ 右のように全体としては単に固有名詞を入れ替えただけの改稿で済 まされている。その中で金田一の言動に興味深い変化が見られる箇所 118 116 そうだよ。ねえ、三津木君 手でかきまわしている。 年の二年前︵一九七六年︶から始まった、市川崑監督による金田一耕 122 由利先生はパイプに火をつ けると、 となっている。これは小説のみならず、金田一版﹃夜光怪人﹄の刊行 金田一版﹃夜光怪人﹄ 122 そ、 そ う だ よ。 ね え 、 三 津 木くん 金田一耕助はどもりながら いうと、 た理由は、金田一耕助の象徴的な姿を登場場面で強調することで、山 この不自然なタイミングであえて金田一のこのような姿を読者に見せ て興奮するとも思えないこの場面でその癖がはっきりと現れている。 の興奮状態に陥った時に発動するものであるはずだが、金田一がさし 然である。というのも、金田一の頭をかき回すという癖は、彼が極度 しかし、この場面でこれらの金田一の特徴を描写するのは少々不自 ︵ 注5 ︶ で主演男優にも演じられている金田一耕助の 象徴的な姿である。 147 助の映画シリーズ は、 は い り た ま え。 三 津 木 俊助くん がいくつかある。それは主に探偵役登場の場面に多い。その例を左に 示す。 由利先生版﹃夜光怪人﹄ おはいり。三津木俊助君 150 ああ、ぼくも決心した 156 ふむ、わしも決心した 156 それじゃわたしについてきたまえ﹂と確認を取ったうえで率先して足 や御子柴少年に ﹁きみたち、 かくごはいいだろうね﹂﹁うん、 いい度胸だ。 げな穴に潜入する場面で、金田一版﹃夜光怪人﹄では金田一が三津木 また、由利先生物を金田一物に改稿した際に手直しされなかった部 分でも不自然な点がある。いよいよ夜光怪人の隠れ家と思われる怪し 利先生が金田一のように初期から友人知人に依頼されて事件に関わっ ある。よって事件との関わりは物語の後半からということが多く、由 途中参加して謎解きをしていくというのが由利先生の一つのやり方で を担う三津木俊助から相談を受けて、自分が興味を持った事件にのみ るいは前職の伝で事件の概要を聞き、あるいは由利先生の助手的役割 由利先生の事件との関わり方の特徴として、多くが能動的な関わり であるということが言える。新聞に掲載された事件の記事を読み、あ ではなぜ﹃夜光怪人﹄が数ある由利先生シリーズの作品群の中から選 を踏み入れているのだ。この行動力は、﹁頼りなく﹂運動音痴の金田 ていたにもかかわらず、犯罪を未然に防ぐことができなかったという 村は読者に﹁ここに登場したのは金田一耕助である﹂ということをよ 一にしては少々不自然である。このようなきびきびとした行動は由利 ばれたのだろうか。 先生の得意とするところであって、金田一は未知の領域に率先して踏 例はほとんどない。 り強く印象付けたかったからであろう。 み込むような人間ではない。後に続く二人の勇気を確かめて﹁いい度 胸だ﹂と評しているところなどはさらに金田一らしくない。金田一か し か し、 ﹃夜光怪人﹄での由利先生は御子柴少年に拝み倒されてし ぶしぶ出馬したとされており、さらに由利先生の登場直後、目と鼻の あるが金田一物でよく描かれる﹁薄汚い老婆﹂が死体となって発見さ 先でジミー小島が夜光怪人によって殺害されている。その上、由利先 れ、場面の不気味さを煽るという演出もされている。この事件への受 ら踏み込むとしてもこの場合なら飄々として﹁ひ、一つ中に入ってみ 動的参加と﹁頼りにならない﹂様子、﹁老婆﹂の登場という演出法が ましょうか﹂くらいのことを言いそうだが、この発言ではよく﹁頼り 金田一の象徴的な言動を印象的に織り込むことで金田一物として成立 しかし、これらの不自然さはあるものの、金田一版﹃夜光怪人﹄は 金田一物の特徴と一致しているのである。由利先生物の中でも﹃夜光 生の最初の推理は外れ、まんまと夜光怪人に出し抜かれた形となり、 している。多少の不自然さを覆い隠すほど、金田一のこの描写は強烈 怪人﹄はこれらの一致によって、金田一物への翻案が容易な作品だっ ない名探偵﹂と評される金田一が、正に由利先生のように用心深く頼 に﹁金田一耕助﹂を主張している。このことは金田一の右の描写を挿 結局は夜光怪人に始終振り回される形となっている。さらに脇役では 入することで他の由利先生シリーズの作品でも﹃夜光怪人﹄のように たと考えられる。 りがいのある人物に見えてしまう。 金田一物への翻案が実現し得るということを意味する。 三一 三二 トーリー展開に注目すると、金田一物初作の﹃本陣殺人事件﹄︵光文 社﹃宝石﹄一九四六年四月∼十二月︶は明らかに由利先生の﹁形式﹂ をそのまま継承している。由利先生物では、事件の前半は主に助手役 利先生による謎解きに入るというもので、由利先生はあくまで事件解 肝心の由利先生は物語の後半以降に登場し、登場してから間もなく由 三 金田一耕助誕生について 横溝正史が金田一耕助というキャラクターを生み出す際に、現代ミ ステリーの先輩探偵として彼はまず由利先生を意識したはずである。 である三津木か、もしくはその他事件関係者達によって展開される。 両 者 は 現 代 と い う 時 代 設 定、 ト リ ッ ク の 重 厚 さ に お い て 共 通 し て い 決部分のみの主役である。その登場の仕方も相談を受けて三津木に同 金田一シリーズ第二作目である﹃獄門島﹄︵ ﹃宝石﹄一九四七年一月 ∼四八年十月︶は殺人に使われたトリックや俳句を使った﹁見立て殺 る。また、作品の一部では由利先生物の﹃真珠郎﹄ ︵博文館﹃新青年﹄ 人﹂という斬新な発想という点において名作としての高い評価を受け 行するという形で事件の渦中に乗り込む場合と、新聞等により事件に ま ず 大 き く 違 う の は、 こ れ ま で に 見 て き た よ う に そ の 性 格 で あ る 。 落ち着きがあって真面目な紳士である由利先生と、どこかふらふらと ており、また﹃本陣殺人事件﹄に比べて金田一の登場場面が格段に増 一九三六年十月∼三七年二月︶のような独特の耽美的な世界観、探偵 していて頼りない、 くたびれたイメージの金田一では正反対だ。また、 えている。しかしその一方で、金田一の探偵としての頼りなさが最も 興味を持ち、能動的に事件に関わるという場合の、二つのパターンに 由利先生は探偵小説の探偵役としては、事件への読者の集中を邪魔し 顕著に表れた作品でもあった。金田一は事前に何らかの事件が起こる 大別される。﹃本陣殺人事件﹄では前者の受動的なパターンをそのま ないという点でもその警察関係者からの信頼度も推理力も申し分ない 可能性を鬼頭千万太の遺言によって知っていたのにもかかわらず、殺 役自身の﹁趣味的﹂な探偵であるという性格もよく似ている。しかし、 人物である。奇抜なトリックの難解な事件を由利先生が真面目に解い 人を未然に防ぐことはできなかった。もちろん探偵小説の読者にとっ こうした作品全体の雰囲気を引き継ぎながら由利先生には無い要素を ていくのが由利先生シリーズである。しかし横溝正史は意図して金田 てはそうでなければ話が始まらないのだが、現実的に見ると事件の規 ま採用している。 一をこの由利先生とは正反対の性格に作り上げた。つまり、金田一耕 模が小さく、事件被害者の数が少ない短編作品ならばともかく、長編 金田一耕助という人物は多く持っている。 助とは当初は作家・横溝正史の遊び心が作った試験的なキャラクター 作品では主人公としてあまりに情けなさ過ぎる。そこでそれ以降の金 であったと考えられる。 由 利 先 生 物 と 金 田 一 物 を 比 べ た 時、 探 偵 役 の 登 場 に 至 る ま で の ス 田一シリーズの作品では、由利先生の場合よりも少し早めの主人公の ぼくにとってはこのうえない報酬なんだ﹂ ︵注8︶という﹁趣味的探偵﹂ くの特殊な能力をじっさいに発揮できるというたのしみそのものが、 た名探偵の面影が自身のキャラクターに反映されたのだろう。 いる点では由利先生に既に組み込まれているが、横溝の長年憧れてい であるところなどは金田一耕助と共通する。探偵業を趣味的に営んで 登場という形に収まったと考えられる。 また、金田一の個性的な性格・外見にも由利先生の間接的な︵反作 用 と し て の ︶ 影 響 を 見 出 せ る。 由 利 先 生 は 紳 士 的 で 落 ち 着 い て お り 、 真面目で緻密な推理をするという、正統派の探偵である。この由利先 し し か 知 ら ず に 育 っ た 横 溝 が、 突 然 地 方 の 小 さ な 村 で 生 活 す る よ う 生と対極の位置に金田一を作り上げることが横溝の狙いであったと考 になって、毎日が新鮮な驚きでいっぱいであったことだろう。既に指 に な っ た、 直 接 的 な 要 因 の 一 つ と も 考 え ら れ る。 神 戸 で の 都 市 暮 ら ラクターと重ならないようにする。それが同じジャンルにおける過去 摘されていることだが、この岡田村での生活から得た着想は金田一シ また、この横溝の岡山県への疎開は金田一がこのような独特な性格 作品の主要キャラクターであればなおさらである。由利先生という既 えられる。新しいキャラクターを考える時は、当然既に存在するキャ 存の探偵があったからこそ、横溝は金田一耕助という新しい人物像を リーズ成功の大きな要因であろう。閉鎖的な地方の村、そこで昔から 美なタッチで描く独特の世界が当時の読者を惹きつけたのである。し う、昭和四十年代半ばに当時の日本から消えつつあったモチーフを妖 。 ︵注6︶ さらに作者が﹃本陣殺人事件﹄や﹃獄門島﹄の構想を練っていた時 期 は 戦 時 中 で あ り、 検 閲 の 厳 し さ か ら 探 偵 小 説 の 執 筆 が ま ま な ら な 造型することが出来たのである かった。そのような時に岡山県に疎開して今までに無い地方の風土に かし、この濃厚な雰囲気に陰惨な殺人事件を投入すると、小説全体の 一片の救いも無いまま幕を閉じることになるだろう。探偵が由利先生 場したとすると、人間の本性のおぞましさに目を覆うような悲劇は、 受 け 継 が れ て き た 古 い 因 習 や 迷 信、 村 の 大 家 で の 一 族 争 い な ど と い 触れ、新しい世界観を取り入れた探偵小説への創作意欲に燃えていた 空気が重くなりすぎてしまう。仮にここに由利先生が探偵役として登 ︵注 のである。実際に横溝は岡山県や瀬戸内海を舞台とした本格探偵小説 を書きたいということが理由で疎開を決意したと後に語っている 。 こ の よ う な 状 況 で、 横 溝 の 中 で 抑 圧 感 と 冒 険 心 が 通 常 以 上 に 育 っ 7︶ では真面目で真剣すぎて、読者は事件の悲劇性を直接的に受け止めて 力 を 抜 け さ せ る よ う な 雰 囲 気 が あ っ て こ そ、 ﹃八つ墓村﹄ ︵﹃ 新 青 年 ﹄ ていても何ら不思議は無いだろう。 さらに、金田一の人生や人物造型には幼い頃から親しんでいた海外 の名探偵にも影響を受けている。特にシャーロック=ホームズの影響 一九四九年三月∼五〇年三月、﹃宝石﹄一九五〇年十一月∼五一年一月︶ しまうのである。金田一のあっけらかんとした発言やどこか人の肩の が色濃く見られる。初期のホームズが薬物中毒者であることや、﹁ぼ 三三 三四 注1 由利先生シリーズとは一九三六年︵﹃石膏美人﹄︶から一九五〇 年︵ ﹃カルメンの死﹄まで執筆された横溝正史の現代ミステリー や﹃悪魔の手毬唄﹄ ︵﹃宝石﹄一九五八年七月∼五九年一月︶のように シ リ ー ズ の こ と で あ る︵ 由 利 先 生 が 登 場 す る 作 品 に 限 定 ︶ 。由利 3 ﹃夜光怪人﹄︵横溝正史著 一九五〇年刊 偕成社︶一四頁。以 下引用は本書による。 る。翌年、角川文庫でも出版。 年に発刊。著者・横溝正史、編集構成・山村正夫と記載されてい 2 ソノラマ文庫︵朝日ソノラマ︶にて﹃夜光怪人﹄として一九七六 ︵一九四六年︶からは金田一シリーズと同時進行で執筆された。 先 生 の 登 場 作 品 は 中 絶 作 品 も 含 め て 三 十 三 作。﹃ 蝶 々 殺 人 事 件 ﹄ 陰惨な事件を描き切れると考えられる。服装に関しても、 ﹃八つ墓村﹄ 。 ︵注9︶ や﹃犬神家の一族﹄の舞台には紳士的な洋装の由利先生よりもよれよ れ姿の和服の金田一の方が調和するのである おわりに 金田一耕助の最大の特徴はその個性的な外見及び一風変わった癖で ある。これらは極めて印象深いものであり、読者はこの特徴的な姿を 強く脳裏に焼きつける。それは金田一の魅力であると同時に金田一の 存 在 を 示 す 大 き な 目 印 で も あ り、 ﹁金田一耕助﹂の名前とこれらの描 き﹂を執筆しているが、編者としては名を記されていない。以下 4 ﹃ 夜 光 怪 人 ﹄︵ 横 溝 正 史 著 初 版 一 九 七 七 年 刊 角 川 書 店 ︶ 一二頁。著者は﹁横溝正史﹂とされており、山村正夫は﹁あとが 引用は本書による。 横溝ミステリーの骨子は既に由利先生物で完成されており、そこに岡 写があることで、読者は作品全体を金田一物と認識することになる。 山県への疎開経験から得た、地方寒村のおどろおどろしく、毒々しい 世界観が加わった。それらに由利先生とは違う要素を持たせられた主 クまで監督・市川崑、金田一耕助役・石坂浩二で制作された映画 5 一九七六年公開﹁犬神家の一族﹂から二〇〇六年の同作リメイ ものも多くある。由利先生物は金田一耕助物の母体としてもっと られた現在もいまだ知名度が低く、シリーズ作品には絶版状態の 6 由利先生物は金田一ブームによって横溝正史の名が全国的に知 開︶ ﹁病院坂の首縊りの家﹂ ︵一九七九年公開︶がある。 シリーズ。 ﹁悪魔の手毬唄﹂ ︵一九七七年公開︶ ﹁獄門島﹂︵同年公 人公金田一像が調和することによって、金田一シリーズが成立し、横 溝ミステリーは更なる発展を遂げたと言える。 すなわち、金田一の印象的な外見や癖の描写を織り込むことによっ て、金田一耕助像を由利先生シリーズに代入すると、いくつかの由利 先生物は﹃夜光怪人﹄のように、金田一物として生まれ変わる可能性 を十分持っているのである。 評価されるべきである。 7 ﹃横溝正史自伝的随筆集﹄ ︵横溝正史著 二〇〇二年刊 角川書 店︶収録 エッセイ﹁わが小説 ﹁ ﹂より ―獄門島﹂ た期間中に、横溝の中ではまず﹁閉ざされた村﹂ ﹁言い伝え﹂ ﹁一 8 ﹃ 四 つ の 署 名 ﹄ 一 八 九 〇 年 刊︵ シ ャ ー ロ ッ ク = ホ ー ム ズ 全 集 2 コナン=ドイル著 一九八三年刊 偕成社︶ 一〇頁 9 私見によれば、戦争によって探偵小説を思うままに書けなかっ 族﹂ ﹁老婆﹂などのモチーフが先に出来上がり、金田一の人物像 はそこに後から当てはめたものだったのであろう。そしてそれら が融合して形となった作品が﹃本陣殺人事件﹄であると思われる。 ︵きむら ゆか/二〇〇八年度ノートルダム清心女子大学卒業︶ 三五 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 遠藤周作﹃深い河﹄論 磯辺をめぐる現代日本人の﹁死﹂の問題 三六 井 上 万梨恵 あるように、宗教を持たない現代日本人を象徴する存在である。﹁第 た。輪廻転生はあるか、無になるか、いわゆるキリスト教でいう復活か。 の七年間だんだん年を取りながら、死んだらどうなるか考え続けてい 書き下ろし長篇となる﹃深い河﹄について、遠藤がその執筆直後、 ﹁こ に立ち、考え続けている。亡くなる三年前に発表した、最後の純文学 いと病の苦しみの中ですべての人に訪れる﹁死﹂を現代日本人の視点 床体験を通して、身近に迫る﹁死﹂と向き合い続け、特に晩年には老 遠 藤 周 作 は そ の 生 涯 を か け て、 ﹁死﹂の問題について深く考え続け た作家である。自身の戦中体験や、入院十回手術八回というほどの病 いに気づき、 実際に妻の生れ変りと出会う代わりに、 人生における﹁大 の問題に向き合うことによって﹁人生の次元﹂と﹁生活の次元﹂の違 と、 そこから情報を得て妻の生れ変りを探しに印度に行く。磯辺は ﹁死﹂ 導かれ﹁転生﹂についてアメリカの大学で研究されていることを知る て﹁死﹂の問題と向き合う。そして﹁眼にみえぬ何かの力の働き﹂に けて⋮⋮約束よ、約束よ﹂という言葉が忘れられず、残された者とし 生まれかわるから、この世界の何処かに。探して⋮⋮わたくしを見つ 出来事﹂と感じる。磯辺は妻の臨終の約束、﹁わたくし⋮⋮必ず⋮⋮ 一 はじめに 少なくとももう一つの世界があることの確信はあるが、それはどんな きな河﹂をみつけ、自分の中に妻の転生を実感する。この﹁磯辺﹂に た く 違 っ て 次 元 を 異 に し て ﹂ お り、 ﹁今まで一度も考えたことのない 一章 磯辺の場合﹂は、磯辺の妻啓子の、末期癌の宣告から始まる。 ﹁死﹂の世界に近づく妻を見ながら、磯辺は﹁生活上の挫折とはまっ 世界か。何らかの答えを出そうとして、この作品を書きました﹂︵注1︶と 遠藤が考え続けた現代日本人の﹁死﹂の問題が一番込められているこ ところで、その﹃深い河﹄も始めから﹁死﹂の問題をテーマとして とは確かであると考えられよう。 語っていることからも、 ﹁死﹂をテーマにしている点は明白である。 その﹃深い河﹄の登場人物﹁磯辺﹂は、﹁ほとんど多くの日本人と 同じように無宗教の彼には、死とはすべてが消滅することだった﹂と それが発表されたときの﹁解説﹂で高山鉄男は﹁悪や罪﹂をこえて﹁死 ﹃深い河﹄の執筆過程がわかる﹁ ﹃深い河﹄創作日記﹂が存在しており、 の問題が込められた壮年の男﹁磯辺﹂が生まれたのである。こうした ︶現代日本人の 念頭において﹂書くという構想に変化していき ︵注2、 ﹁死﹂ 書く、いずれも心理的な世界ではなくて、それぞれの﹃魂の問題﹄を む と い う 内 容 だ っ た。 そ れ が 執 筆 過 程 に お い て、 ﹁一人一人の人生を の登場人物の一人、成瀬美津子を主人公として﹁悪の問題﹂に取り組 た書き下ろし長篇﹃スキャンダル﹄の続編として構想されており、そ を直接扱い、﹁磯辺﹂の造形過程の問題を中心に論じている論稿はほ と位置づけられる。だが﹃深い河﹄の先行研究で﹁﹃深い河﹄創作日記﹂ 遠藤にとって﹁創作日記﹂は﹃深い河﹄と表裏になるほど重要なもの そういう気持になることも度々ある﹂︵注6︶ と書き記していることから、 創作日記を小説の後に印刷してもらったら面白いかもしれぬなどと、 し て い く か を 自 分 の た め だ け に 記 録 し た ﹂︵注5︶と 述 べ て お り、﹁ こ の うに意識下から浮かびあがり、実際の現実生活をものみこんで、進展 された。遠藤は創作日記をつけた理由について﹁自分の小説がどのよ ﹁ ﹃深い河﹄創作日記﹂は遠藤周作の死後、机の上に置かれているの を順子夫人が見つけ、加藤宗哉編集のもと﹁三田文学﹂において公開 執筆されていたのではない。当初﹃深い河﹄はその七年前に発表され のかなたになにものかを希望しえるか﹂という﹁救済﹂の物語への主 とんど見当たらない から現代日本人の問題が投影された﹁磯辺﹂がどのように造形された ︵注7︶ 。そこで、この節では、 ﹁ ﹃深い河﹄創作日記﹂ 題の変化を指摘し、﹁何人もの登場人物がいるなかで、磯辺が、最も かを、登場人物とテーマ変化に注目し考察する。なお、磯辺を含めた 。さら 重要人物であるような印象は否定できない﹂と述べている 主要登場人物五人の造形過程は表にまとめ、﹁ ﹃深い河﹄創作日記﹂主 ︵注3︶ に﹃深い河﹄のテーマについて、天羽美代子が﹁特定の宗教を持たぬ 要登場人物変遷表として末尾に掲載する。 日本人の救いという問題が深く掘り下げられている﹂と指摘している 。 ︵注4︶ いて注目すると、 ﹁ビルマ戦線にて戦友Aより転生をきく。戦友Aを探 まず﹁一九九〇年八月二十八日﹂に記された﹁ビルマの元兵士﹂につ 点は注目されよう て、﹁﹃深い河﹄創作日記﹂と﹃深い河﹄の構想執筆中の連載エッセイ しに彼は印度に来た。彼は昔、女性捕虜の性器を食べたことがある。/ そこで本論文では遠藤が描いた現代日本人の﹁死﹂の問題をめぐっ を取り上げ、特定の宗教を持たない日本人の﹁磯辺﹂の造形過程を考 外国人神父によって命を助けられた信者。神父の体を食べたことがあ であったことがわかる。しかし、この人物は明らかに﹁五章 木口の 最終的に磯辺に関わる重要な要素となる﹁転生﹂について触れる予定 る﹂と記されており、当初、遠藤が﹁ビルマの出兵元兵士﹂の筋書きで 察していきたい。 二 ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂に見られる﹁磯辺﹂の造形 三七 は 転 生 の 問 題 は 前 面 に 出 て こ な い。 そ し て、 こ こ か ら 一 年 間 ほ ど は び、 そ の 罪 意 識 で 苦 悩 す る﹁ 塚 田 ﹂ に つ な が る 人 物 で あ り、 そ こ で 場合﹂に登場する、人肉を食べることでビルマのジャングルを生き延 取れる。さらに引き続き﹁一九九二年一月十八日﹂にも﹁勝呂医師﹂ さ せ、 ﹁悪の問題﹂をテーマとして執筆している様子がここでも読み と記され、前作﹃スキャンダル﹄の主人公につながる﹁勝呂﹂を登場 の枯れきった美津子と勝呂医師とが愛の真似事の行為をする場面へ﹂ 三八 ﹁ 小 説 家 ﹂ の﹁ 悪 の 問 題 ﹂ を 含 ん だ 前 作﹃ ス キ ャ ン ダ ル ﹄ の テ ー マ を に関する筋書きが書かれているが、この日を境に﹁勝呂医師﹂の記述 がなくなる。これ以降、小説のテーマが﹁悪の問題﹂のテーマから新 中 心 に 構 想 を 続 け て い る 様 子 が 創 作 日 記 か ら 読 み 取 れ る。 そ の 一 方 、 ﹁一九九一年十一月*︵日付なし︶ ﹂の記述には﹁一日一日、自分の人 さて、このテーマ変化からは﹁深津︵大津︶﹂に関する記述が多く なる。﹁一九九二年五月三十一日﹂になると﹁木口﹂ ﹁沼田﹂ ﹁深津︵大 しい作品としてのテーマ﹁魂の問題﹂へと重点が移っていったと考え 津︶﹂ ﹁美津子﹂の四人の展開となるが、﹁どうも図式的﹂な展開とあり、 生 が 終 り に 近 づ き つ つ あ る こ と を 感 じ な い 日 は な い ﹂ と あ り、 差 し 苦悩している様子がうかがえる。﹁一九九二年六月十三日﹂ になると﹁小 られよう。この﹁悪の問題﹂から﹁魂の問題﹂というテーマ変化の大 記しており、 ﹁死﹂を強く意識し、 ﹃深い河﹄が最後の作品になるだろ 説、深津に視点をかえて、少し深味が出た。/しかし小説的エネルギィ 迫る﹁死﹂についての切実な思いがうかがえる。さらに﹁一九九一年 うという思いを持っている様子がわかる。年が明けた﹁一九九二年一 がない。これでは飽きられる﹂と記し、﹁白人の学者︵三十歳ぐらい︶ きなきっかけは先の﹁創作日記﹂の記事から遠藤自身に切迫したもの 月六日﹂には﹁挿入すべき話﹂として﹁①出ていく妻 人間の哀しみを を入れることを考える。彼は転生を研究している。ベナレスに過去を として実感される﹁死﹂の問題にあったと察せられる。 出す②あの手紙 桂林の夢 写真を見て夢の風景が出ていた﹂と今ま 記憶している子供のいることを聞き調査に来るのだ﹂と書き記され、 十二月三十一日﹂には﹁平成三年最後の日なり。余、病弱の身にて悉 での﹁悪の問題﹂中心の構想にはなかった趣旨の設定が現れ、 さらに﹁人 ﹁一九九〇年八月二十八日﹂以降見られなかった﹁転生﹂を用い、﹁転 く六十八の年齢を終えんとす。昔日、五十歳まで生きればと思いたる 間の哀しさが滲む小説を書きたい。それでなければ祈りは出てこない﹂ 生﹂を研究する新たな人物﹁白人の学者﹂を入れることを思いついて 事、夢の如し。今日まで生かしてくれた神に感謝せざるべからず﹂と と記されている。 ﹁一九九二年一月七日﹂ には﹁病院における成瀬夫人﹂ い る。 ﹁ 一 九 九 二 年 六 月 十 四 日 ﹂ に は﹁ や は り 白 人 の 男 は 出 し た よ う がよい。彼は白血病か、エイズである。死を間近にした彼はスティン とある他、 ﹁夫に会いにいく妻。共に癌﹂ 、﹁夫から離れる妻 夫は規 則 正 し い 夫 ﹂ と い う 新 し い 設 定 が 加 わ り、 日 本 人 夫 婦 を 扱 っ た ﹁ 死 ﹂ 筋書きに ﹁死﹂の問題が増える一方、﹁一九九二年一月十四日﹂ には﹁愛 をめぐる問題をテーマにした設定が加えられている。 え る わ。 生 れ 変 っ て、 ま た あ な た を 見 る つ も り だ わ ﹄ / 書 き 出 し は 、 たしは死んだらどこに行くの﹄/と彼女は言った。/﹃死んでも必ず会 ペンで書き込みがあり、﹁一九九二年六月十六日﹂の記述には、﹁ ﹃わ 年六月十五日﹂の記述でも文末に︵この白人は磯辺になった︶ ﹂と赤 れる。この赤ペンの書き込みは全体で四回存在する。続きの﹁一九九二 記﹂を読み返していた遠藤が後から赤ペンで付け加えたものと推察さ に太字で﹁ ︵この白人は磯辺に変る︶﹂と書き込まれ、これは﹁創作日 のだ﹂と白人の男についての展開を考えている。そして文末に赤ペン ブンソンの本によって転生の考えをたしかめるためにベナレスに来た ている部分は﹁磯辺﹂に関する記述だけであり、﹃深い河﹄の執筆過 二十二日︶を赤ペンで書き込んでいる。遠藤が赤ペンの書き込みをし のなのだ﹂と﹁磯辺﹂に関する最初の書き出しを思いついた日︵六月 の磯辺の部分は最初思いついておらず、無意識が私に教えてくれたも 強く思い返し、 ﹁この創作日記を再読してみると、 ︵六月二十二日︶こ と、﹁一九九二年六月二十二日﹂に﹁磯辺﹂の書き出しを決めた日を 白 し て い る。 そ し て つ い に﹁ 一 九 九 二 年 九 月 八 日 ﹂ 初 稿 が 完 成 す る ﹁この小説のなかには私の大部分が挿入されていることは確か﹂と告 その型がひょっとすると私の人生観、人間観なのかもしれぬ﹂と述べ、 トーリーには長い間の私の小説の型があるような気がしてならない。 つまり、﹁磯辺﹂の造形は遠藤の抱く﹁死﹂の問題をきっかけに小 説のテーマが ﹁悪の問題﹂から﹁魂の問題﹂ に変化したことに起因し、﹁魂 右のようなテーマに直接ふれること。/壮年の男。磯辺。それを確認 の問題﹂を突き詰める中で遠藤の構想の中に突如として現れたと言え 程において﹁磯辺﹂の成り立ちに大きな関心を抱いていることが読み 処かわからないけど⋮⋮あなたの生きている間、 この世界の何処かに、 る。その造形を遠藤は﹁無意識からのストーリー﹂と呼び、自らの人 に印度にやってくる﹂とここで始めて﹁磯辺﹂の具体的筋書きが構想 必ず生れてくるから﹄/﹃そうか﹄/磯辺は妻の手を握りしめながら強 生観の表出として強く関心を寄せている。この﹁無意識﹂が働き、﹁磯 取れる。 くうなずいた﹂と﹁磯辺﹂の重要な場面である妻の臨終の一節が書き される。さらに﹁一九九二年六月二十二日﹂の記述では﹁最初の書き とめられている。さらに遠藤は﹁この書き出しで読者を一挙につかむ 辺﹂が造形された経緯には、遠藤が長年考え続けた﹁死﹂をめぐる思 出しがやっと決まる﹂とあり、﹁ ﹃わたし必ず生れかわるわ。場所は何 事ができる。この書き出しで、この小説に叙情的な甘美さを与えるこ いが積み重なり、結実して執筆中に﹁無意識﹂から現れたからと考え られよう。 とができる﹂と記している。 ﹁この日記 遠 藤 は﹁ 一 九 九 二 年 七 月 三 十 日 ﹂ に も 日 記 を 読 み 返 し、 を読みかえしてみると、固い壁にぶつかるたび、それを乗りこえるの は 私 の 無 意 識 か ら 浮 か び あ が っ て く る ス ト ー リ ー で あ る が、 そ の ス 三九 三 連載エッセイ﹁花時計﹂と﹁万華鏡﹂ 磯辺との関連をめぐって ― 遠藤が考え続けてきたことの蓄積が﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂の造形に つながるまでの、作品準備段階の興味、関心を考える上で、 ﹃スキャ ンダル﹄以後、﹃深い河﹄に向けての構想、執筆期間の間に連載された、 注目すべき連載エッセイが二つ存在する。一つは産経新聞に八年間連 載されたエッセイ﹁花時計﹂、もう一つは﹃深い河﹄執筆中、朝日新 聞に一年間連載されたエッセイ﹁万華鏡﹂であるが、この連載エッセ イと﹃深い河﹄との関係について考察した先行研究はない。そこで、 この二つのエッセイが持つテーマと﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂に込められ たテーマとのつながりを考察していきたい。 エッセイ﹁花時計﹂は遠藤が最も長期にわたって連載した随筆であ り、 書 き 下 ろ し 純 文 学 作 品﹃ ス キ ャ ン ダ ル ﹄ 刊 行 の 約 一 年 後 と な る 一 九 八 七 年 五 月 か ら、 ﹃深い河﹄発表の約二年後の一九九五年四月ま で の 八 年 間 に わ た っ て 産 経 新 聞 に 連 載 さ れ、 ﹃変わるものと変わらぬ ︵注8︶ 。産経新聞の文化面 もの﹄、 ﹃心の砂時計﹄、﹃心の航海図﹄、 ﹃最後の花時計﹄の四冊の単行 本にまとめられ文芸春秋より刊行されている に掲載され、 一般の幅広い読者に向けて書かれているのが特徴である。 単行本未収録のエッセイ十七回分も含め初出の産経新聞から、 今回、 取り上げられている書籍、話題の傾向について分析すると、全三七八 回のエッセイのうち、 一番多く取り上げられた話題が﹁医療﹂であり、 四〇 書籍・関連人物等 それに関わる﹁死﹂の問題であった。﹁死﹂について触れた主なエッ セイを次の表に挙げる。 新聞掲載日 新聞掲載タイトル 一九八九年 一月二十四日 一九八八年 八月三十日 一九八八年 七月二十六日 一九八八年 六月七日 一九八八年 五月三十一日 一九八八年 三月十四日 十二月二十八日 一九八七年 一九八七年 七月二十日 デ神父の福祉賞に 心からおめでとう 不器用な愛情表現 何百倍もの価値が 老いと死をとらえ 味わいのある詩歌 死に臨んでもなお 我が子を思う親心 死を前にした態度 すべて神に委ね⋮ 古い写真の恐怖 死を考える年? 延命治療のむなしさ 生命は肉体だけか? 親友二人を失って 死を実感した一年 旅立つ気持ち秋晴れ ガンで二つの死に方 キューブラー・ロス︵精神科 医︶ 、カール・ベッカー︵学者︶ デーケン神父 デーケン神父、 重兼芳子﹃伴 侶に先立たれた時﹄ 山本健吉﹃雪月花の時﹄ ︵角 川 書 店 ︶/﹃ 古 典 逍 遥・ 及 辰園歌抄﹄ ︵短歌新聞社︶ デーケン神父﹁死の準備教 育﹂ 井上洋治神父、 椎名麟三︵作 家︶ 日野原重明﹃人生の四季に 生きる﹄ ︵岩波書店︶キュー ブラー・ロス﹃死ぬ瞬間﹄︵読 売新聞社︶ 一九八九年 四月二十五日 探究のメス入る 臨死体験の世界 キューブラー・ロス﹃死ぬ 瞬間﹄ 一九八九年 十月三十一日 10 30 41 52 53 60 64 81 91 116 195 190 ホスピスは医学の敗 北か 人生の終着駅近く 夕映えは穏やかに 英国のようなホスピス もっと日本に作りたい ﹁臨死体験﹂の新発見 心のナゾ知る礎石に 一九九一年 五月十五日 196 キューブラー・ロス 治療﹂の問題を起こしていると提言し、﹃死ぬ瞬間﹄を著したアメリ カの医師キューブラー・ロスを挙げて﹁﹃宗教なきこの時代﹄にいか に人間が死をこえられるか﹂という問題を現代人が本気で考えねばな らぬ時がきたと語っている。第一九五回、二九八回のエッセイは、日 本では当時少ないホスピスの増加を訴え、尊厳死の実現について主張 している。第一一六回、第一九〇回のエッセイではカール・ベッカー 教授とキューブラー・ロスの研究する﹁臨死体験﹂に触れており、﹁死﹂ に際して臨死体験の話が、肉体が死んだら無になると考える患者の精 二人を失って﹂では﹁親友たちが死ぬと、死は急にむきだしに迫って の﹁死の準備教育﹂ 、﹁悲しみの教育﹂について遠藤は﹁配偶者に先立 さらに、第八一回、九一回のエッセイでは、デーケン神父が提唱す る﹁死の準備教育﹂ 、﹁悲しみの教育﹂の必要性を取り上げている。そ 神的慰めになるのではという提案を読者に投げかけている。 くる﹂と告白し、﹁死に支度というか、死の準備をしっかりやらねば その試練に耐えるため、あらかじめ心の準備をする教育﹂ ︵注9︶と説明 たれた者がどうしても孤独と空虚のなかで押しつぶされていく 取り上げ、 ﹁周章狼狽﹂した﹁死﹂も﹁毅然とした死﹂もすべて﹁人 師から告げられ、周章狼狽したことに触れながら、イエスの死を再び として捉えている。第五三回のエッセイでは自らが上顎癌の疑いを医 とえある宗教を信じていなくても非常に宗教性がある﹂と指摘し、﹁転 伴侶と永遠にわかれねばならぬ時、右のような言葉を言える人にはた し﹁﹃今度、生まれ代わってくる時もお前と一緒だよ﹄︵中略︶まさに し、第八一回のエッセイでは、夫婦の永遠の別離のエピソードを引用 の二つの死の違いについて言及している。第三〇回のエッセイ﹁親友 ならぬ﹂と考えている。第五二回では古い写真や野球場のスタンドを 間をこえた大いなる天、大いなる命﹂に委ねられると﹁死﹂を前にし ら右にあげたような言葉は頭から出たものではない。知恵や心から出 生﹂の約束をするところに﹁日本人の宗教性﹂を見出だしている。さ また、第四一回のエッセイでは医療的観点から﹁死﹂について触れ ており、宗教を持たなくなり、﹁肉体の死だけがすべての終わり﹂と たものでもない、それは夫と妻とがたがいに魂から語りあった言葉な 四一 らに﹁多くの日本人の心のなかには宗教性がひそんでいる。/なぜな 考える現代日本人の﹁死の恐怖心﹂が、むなしさと無理を伴う﹁延命 た思いを語っている。 ― 見てもすべてを﹁死に結びつける﹂心情を吐露し、迫る﹁死﹂を実感 対し﹁すべてを委ねる﹂つもりで迎えることをすすめ、イエスと釈迦 第一〇回のエッセイ﹁癌で二つの死に方﹂で遠藤は﹁死﹂の恐怖に 一九九三年 八月十八日 一九九一年 六月二十六日 一九九一年 六月十九日 298 のだ﹂と記し、日本人が心の深奥に無意識に持つ魂の宗教性について 語っている。デーケン神父の話題をエッセイで六度取り上げているこ とから、遠藤の関心の高さがうかがえる。 一九八九年 十月三十一日 一九九〇年 三月二十日 探究のメス入る 臨死体験の世界 四二 キューブラー・ロス︵精神科 医︶ 、カール・ベッカー︵学者︶ 仏 教 研 究 誌﹁ 仏 教 ﹂/ ス 前 世 記 憶 の 学 問 的 研 テ ィ ー ヴ ン ソ ン﹃ 前 世 を 記 究について 憶する子どもたち﹄ ︵日本 教文社︶ かけられ、その﹁読者からの便り﹂を紹介している点である。 ﹁読者 関心の高さがうかがえる点が特徴である。第一回のエッセイから﹁読 一九八八年 三月七日 一九八七年 八月三十一日 一九八七年 七月六日 一九八七年 六月二十二日 一九八七年 五月十一日 古い品物にこもる 持ち主の姿や生活 誰かが守ってくれた 不思議さを信じたい 幽体離脱は幻覚が 学者が研究対象に 不思議な幽体離脱 もう一人の自分が 夢が現実となって 不思議な偶然の一致 面白体験おしえて 樹々と話ができる ワトソン﹃スーパーネイチャー Ⅱ﹄︵日本教文社︶/﹃生命潮流﹄ グリーンハウス﹃幽体離脱﹄ ︵国書刊行会︶ 湯浅泰雄﹃共時性とは何か﹄ ︵ 山 王 出 版 ︶/ ケ ス ト ラ ー ﹃偶然の本質﹄︵蒼樹書房︶ トムプキンズ、バード共著 ﹃植物の神秘生活﹄ ︵工作舎︶ 挙 げ、 ﹁先だった人が彼岸からじっと現世の我々のことを心配してく 生で体験する﹁誰かが守ってくれてくれた﹂と考えるような出来事を してならない﹂と告げている。第四〇回のエッセイは、多くの人が人 ている点について﹁時代のふかい変革が、かい間見られるような気が 上げなかったこれらの現象を、最近の学者たちが真面目に研究し始め どちらも幽体離脱の体験談であり、これまで学者や合理主義者が取り ﹁ 幽 体 離 脱 ﹂ に つ い て の﹁ 読 者 か ら の 便 り ﹂ が 二 通 紹 介 さ れ て い る。 とわかって頂けると思うから﹂と読者に呼びかけている。第一五回は 待って頂きたい。しばらくこの随筆を読みつづけてくだされば、きっ 関心があるのかとおっしゃるかもしれない。その答えはもうしばらく いて書籍を引用して触れ、﹁なぜ、そんな非科学的な、奇怪なことに 第六回のエッセイでは﹁偶然の一致﹂、第八回には﹁幽体離脱﹂につ を実際に体験された読者はお葉書をください﹂と文末に記している。 研究された書籍を引用した後、 ﹁もしこの本に書いてあるようなこと 者への質問﹂が試みられており、植物に人間の心が通じるかについて これらの話題は、他の話題に比べ書籍の引用が多く、遠藤の興味、 こうした﹁死﹂の問題に関する話題に加え、エッセイ﹁花時計﹂に お い て 特 徴 的 な 話 題 と し て 注 目 さ れ る の は、 ﹁読者への質問﹂が投げ 116 134 への質問﹂が文末にあるか、﹁読者からの便り﹂が紹介されているエッ 一九八八年 七月十二日 コ リ ン・ ウ ィ ル ソ ン﹃ ア ウ ト サ イ ダー﹄ ︵集英社︶/﹃オカルト﹄ ︵平河 出版社︶/﹃ミステリーズ﹄ ︵工作舎︶ 書籍・関連人物等 セイ二十五回のうち、主なものを次の表に挙げる。 新聞掲載日 新聞掲載タイトル 一九八九年 世にもふしぎな 二月二十一日 〝超現実〟の世界 1 6 8 15 40 58 85 れている﹂と感じた体験の募集をしている。第五八回、第八五回も書 こ う し た﹁ 読 者 へ の 質 問 ﹂ は エ ッ セ イ﹁ 花 時 計 ﹂ で は 一 九 八 七 年 か ら 一 九 九 〇 年 の 間 に 集 中 し て 見 ら れ る が、 一 九 九 一 年 十 一 月 か ら 一 九 九 二 年 十 月 の 一 年 間、 朝 日 新 聞 で 連 載 さ れ た エ ッ セ イ﹁ 万 華 鏡 ﹂ 籍から﹁超現実﹂の世界について紹介し、第一一六回には再びキュー ブラー・ロスの研究する﹁臨死体験﹂について挙げ、読者に﹁臨死体 ︶ 連 載 エ ッ セ イ﹁ 万 華 鏡 ﹂ は 単 行 本 化 の 際、 。 に受け継がれている 後については誰もわからない。しかし人間の長い思念のなかにはキリ 速一読、途中でやめられなかった﹂と語るほど興味を示しており、 ﹁死 スティーヴンソン博士の﹃前世を記憶する子どもたち﹄を紹介し、﹁早 らの感想文をあまた本のなかに入れさせて頂いた﹂ と述べ、﹁この四、五 いて﹁読者の感想文を挿入 ﹁読者か 新 し い 試 み の 随 筆 集 ﹂ と 題 し、 である。その方法については連載エッセイ﹁花時計﹂第二八〇回にお 従来の方法とは違い、 ﹁読者からの便り﹂が掲載されているのが特徴 ︵注 験﹂の体験談を募集している。第一三四回は﹃深い河﹄にも登場する スト教のいう復活、仏教の言う転生、そして死ねば無になるという三 年、私が考えてきた人生や人間の深さを語った﹂とそのテーマについ イ ラ・ プ ロ ゴ フ﹃ ユ ン グ と 共 時 性 ﹄︵ 創 元 社 ︶ / マ リ ー・ ル イ ゼ・ フ ォ ン・ フ ラ ン ツ﹃ 偶 然 の 一 致 の 心理学﹄ ︵たま出版︶/F・ D ・ ピ ー ト﹃ シ ン ク ロ ニ シティ﹄︵朝日出版社︶ スティーヴンソン著、笠原 敏雄訳﹃前世を記憶する子 どもたち﹄ ︵日本教文社︶ 書籍・関連人物等 て語っている。﹁読者からの便り﹂を掲載している主なエッセイを次 新聞掲載タイトル つの考えがあって、我々も死ぬ直前、この三つのうちのいずれかを選 新聞掲載日 転生︵一︶、 二 (︶ ばねばならなくなる﹂と現代日本人にとってこうした﹁前世﹂の学問 一九九一年 十二月八日・ 十五日 一九九二年 八月二日・九 日・十六日 一九九二年 十月十一日・ 十八日 四三 ダ ン﹃ 夢 と 時 間 ﹄ / イ ア 虫の知らせ︵一︶ ・ ︵二︶ ン・スティーヴンソン﹃虫 の知らせの科学﹄ 人 生 の 偶 然︵ 一 ︶ ∼ ︵三︶ の表に挙げる。 遠藤はなぜ﹁読者への質問﹂で非科学的、非合理的話題を取り上げ たのか。その理由は﹁延命治療﹂について触れた第四〇回のエッセイ で﹁本当に肉体死=すべての死なのかという現代の大事な問題にかす かにも触れたかったから﹂と答えていることから、遠藤が考え続けて いた現代日本人の﹁死﹂の問題と﹁読者への質問﹂が深く関わってい ることが理解できる。さらに第一九〇回のエッセイでは、 ﹁臨死体験﹂ に つ い て 述 べ た 後、 ﹁ 非 合 理 的 に み え、 奇 怪 に み え る 人 の 心 に こ そ、 人間の魂が何かを囁き、 何かを暗示している﹂と主張し、非科学的テー マが真剣に取りあげられだした現代の傾向を﹁新しい礎石﹂の一つと し て 注 目 し て お り、 ﹃宗教なきこの時代﹄にいかに人間が死をこえら れるかという問題を克服する助けになると提案している。 6・7 的研究も無意味ではないと語っている。 10 40 ∼ 42 50・51 四四 挙げ、エッセイ﹁花時計﹂に対して寄せられた﹁幽体離脱﹂に関する や関心を抱いておられる人が多いとは考えもしなかった﹂と﹁転生﹂ 反響をよぶとは思ってもいなかったし、御自分の前世にこれほど興味 んと前世記憶の話だった。私としては何げなしに書いた話がこれほど 者 へ の 礼 状 ﹂ と 題 し、 ﹁頂いた手紙のなかで圧倒的に多かったのはな の関係﹂と告げている。すなわち二つの連載エッセイは﹁ ﹃宗教なき ことは、人間の心のふしぎさ、深さであり、人間を包む大きな生命と うかがえる。遠藤は﹁万華鏡﹂の最終回で﹁私が言いたかった最大の の中で、関心の高いものが﹁万華鏡﹂でも再び取り上げられる傾向が 題に上っていることからも、遠藤がエッセイ﹁花時計﹂で扱った話題 られており、前世研究のスティーヴンソン博士にいたっては五回も話 計﹂で六回取り上げているデーケン神父も﹁万華鏡﹂で二回取り上げ に関する読者の関心の高さに驚いている。第四〇回から四二回は﹁人 この時代﹄にいかに人間が死をこえられるか﹂という現代日本人の﹁死 ﹁読者からの手紙﹂に読者の関心の高さを感じたと述べている。﹁花時 生の偶然﹂と題し、エッセイ﹁花時計﹂第六回でも扱った﹁偶然の一 第六回、七回は﹁転生﹂と題し、ここでスティーヴンソン著﹃前世 を記憶する子どもたち﹄を取り上げており、単行本では﹁手紙1﹂か 致﹂を取り上げ、偶然と思われるものは無意味なものではなく﹁人生 の問題﹂を提言し、 ﹁人間を包み込む大きな生命﹂、言い換えると人間 ら﹁手紙5﹂の﹁ [付]読者の手紙﹂が掲載されている。第一八回には﹁読 に何か深いもの﹂を語っていると述べている。第五〇回、五一回は﹃前 を包み込む﹁大きな河﹂を大きなテーマとしていると言える。 か﹂を﹁我々がとりくむべきテーマ﹂としており、宗教を持たない現 をされているが、無宗教の日本人に慰謝を与えるにはどうすればよい 慰めるか﹂ 、 ﹁日本では上智大学のデーケン教授が一所懸命にその活動 ﹁医学技術的に肉体的苦痛を軽減できても、死の孤独感や不安をどう だ け で な く そ の 話 題 に も あ り、 遠 藤 は 第 一 回 で﹁ ホ ス ピ ス ﹂ と 題 し 連載エッセイ﹁万華鏡﹂と﹁花時計﹂の共通点は﹁読者への質問﹂ について語り合う日本人夫婦に内在する、日本人本来の魂にある宗教 究 す る﹁ 転 生 ﹂ を 加 え よ う と 思 い つ き、 ﹁ 転 生 ﹂ に 関 連 し て﹁ 転 生 ﹂ 想に影響を与えていき、そしてその上に遠藤がスティーヴンソンの研 心の根底にあった﹁死﹂の問題が﹁無意識﹂からの働きかけとして構 を﹃深い河﹄に入れようと構想を練った。さらにそれに加え、遠藤の いる様子を﹁新しい時代の流れ﹂として確認し得たことから、 ﹁転生﹂ が﹁転生﹂や人間を超えた非合理的と思われるもの関心を持ち始めて 以 上 の よ う に、 ﹃ 深 い 河 ﹄ で﹁ 磯 辺 ﹂ が 造 形 さ れ る 過 程 に お い て、 遠藤ははじめ、﹁読者への質問﹂で既成の宗教を持たない現代日本人 世を記憶する子どもたち﹄を著したスティーヴンソンの﹃虫の知らせ の科学﹄を取り上げ﹁死や瀕死﹂のときの﹁心の領域の奥の奥﹂にあ 代日本人の﹁死﹂の問題について注目している。第一二回では﹁花時 性を実感したことが﹁無意識﹂からのストーリーとなり、 ﹁白人の男﹂ る﹁我々の思想をこえた力﹂の働きについて考えている。 計﹂で取り上げたキューブラー・ロスの﹁臨死体験﹂の研究を話題に 想変化につながった。つまり、宗教を持たない日本人﹁磯辺﹂を造形 から、転生した妻を探す壮年の男﹁磯辺﹂という﹁魂の問題﹂への構 観をめぐって対談している を企画した俳優の本木雅弘は遠藤と﹃深い河﹄に描かれた印度の死生 き﹁死﹂をめぐる問題を描き、 大きな反響を呼んでいる。 ﹁おくりびと﹂ ︵注 ︶ 。その対談で、遠藤は印度の聖地であ した﹁無意識﹂の根底には、連載エッセイで述べてきた﹁人間を包む 教なきこの時代﹄にいかに人間が死をこえられるか﹂という遠藤の問 大きな生命との関係﹂、 そして現代日本人の﹁死﹂の問題、すなわち﹁ ﹃宗 か﹂という質問を投げかけたことに対して、遠藤は﹁インドでは生活 しており、本木が﹁日本ではどうすれば﹃大きな河﹄が見つけられる るガンジス河を﹁生と死とが一緒になって住んでいる大きな河﹂と表 と人生が一緒になっている。日本では生活しかない﹂と述べ、年齢と 共に﹁人生の次元﹂と向き合っていくことの必要性を語っている。そ な﹁死﹂の問題を読者に投げかけてきた。さらに宗教を持たない日本 キューブラー・ロス、さらに﹁ホスピス﹂や、 ﹁延命治療﹂を含む様々 このように、遠藤は﹃深い河﹄にむけた準備期間、エッセイにおい て﹁死の準備教育﹂を提唱したデーケン神父や﹃死ぬ瞬間﹄を著した 考資料を見ると、遠藤がエッセイで再三取り上げ読者に紹介し続けた 間の根底に触れる﹁魂の問題﹂が描かれている。また﹃悼む人﹄の参 ﹁人生の次元﹂の顔が垣間見え、そこには﹃深い河﹄とも共通した人 真剣に﹁死﹂と向き合う主人公からは﹁生活の次元﹂の顔だけでなく うした本木の生と死をめぐる深い体験と思索が、この映画誕生のきっ 人の﹁死の恐怖感﹂の問題を挙げ、人間を包み込む大きなもの﹁人生 キューブラー・ロスの著作とデーケン神父の著作が挙げられており、 我々に突きつけられている。 かけにあったことは確かであり、﹁死﹂の恐怖と戦い納棺をしながら、 の 次 元 ﹂ に 気 づ く 必 要 性 に つ い て 考 え 続 け た 結 果、 そ れ が﹁ 無 意 識 ﹂ ﹁死﹂の問題は二十一世紀の現代文学のテーマとして受け継がれ、 今日、 人物である﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂に託されたテーマは、二十一世紀を 人の切実なテーマを先取りした作品として意味付けることができるの に託した遠藤の﹃深い河﹄は、今日注目されている二十一世紀の現代 である。 宗教なき時代の日本人の﹁死﹂をめぐる問題を﹁磯辺﹂ このように、 ないだろうか。今年、 米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画 ﹁お の﹁磯辺﹂のテーマと重なる宗教を持たない現代日本人が向き合うべ 四五 くりびと﹂も、 また直木賞を受賞した天童荒太の﹃悼む人﹄も、﹃深い河﹄ 生きる我々現代人が真剣に向き合うべきテーマの先駆けであると言え そうした宗教なき時代の日本人の﹁死﹂の問題の蓄積から生まれた からの働きかけとなり﹁磯辺﹂が造形されたのである。 四 おわりに 題意識があると結論付けられるのである。 11 注1 ﹁7年ぶり長編﹃深い河﹄ ﹂︵読売新聞夕刊、一九九三年七月︶ 魂の問題﹂ ︵﹁國文学﹂一九九三年九月号︶ 2 ﹁最新作﹃深い河﹄ ― 3 高山鉄男﹁ ﹃創作日記﹄解説﹂ ︵﹁三田文学﹂一九九七年夏季号︶ 4 天羽美代子﹁遠藤周作﹃深い河﹄論 ︿ ―多元的宗教観﹀の検証 と再定義 ― ﹂ ︵﹁高知大国文﹂二〇〇二年十二月︶ ︵﹁文学界﹂一九九二年五月号︶ 5 ﹁小説技術についての雑談﹂ ﹁別冊文芸春秋﹂一九九二年夏号︶ 6 ﹁執筆中の感想﹂︵ ﹃深い河﹄創作日記﹂を扱った先行研究は少なく、高山鉄男の 7 ﹁ ― ﹁﹃創作日記﹄解説﹂︵﹁三田文学﹂一九九七年夏季号︶の他に間瀬 啓允の﹁遠藤周作と宗教多元主義 ﹃ ―深い河﹄創作日記をめぐっ て﹂ ︵ ﹁三田文学﹂一九九七年秋季号︶と山根道公の﹁遠藤周作 夕暮れの眼差し﹂︵﹁三田文学﹂一九九七年秋季号︶等がわずかに 挙げられるが﹁美津子﹂と﹁大津﹂を中心に取り上げており、﹁磯 辺﹂に焦点を当てて言及しているものではない。 第五一回の連載記事末尾に﹁紙面刷新のため、夕刊のない地域の 8 ﹁ 花 時 計 ﹂ は 産 経 新 聞 の 月 曜 朝 刊 文 化 面 に 掲 載 さ れ て い た が、 方々には今回が最終回となりますが、夕刊地域では火曜日付に掲 載します﹂と記され第五二回から火曜夕刊文化面に掲載されてい る。第一四六回からは水曜日の夕刊文化面に連載されるが、記事 の関係により他の曜日に掲載されることもある。題字と挿絵は深 井国による。一九九〇年一月九日から題字のデザインが一回変更 している。連載は全三七七回だが、第九七回が重複しているため、 四六 実質全三七八回となる。第一三六回のみ回数の記載がなかった。 新聞掲載タイトルと単行本のタイトルはすべて異なっており、単 行本未収録のエッセイは十七回存在した。単行本未収録エッセイ の一覧は次のとおりである。 一九八七年 六月二十九日 素人的な疑問だが 五十の効果でもいい 遠 藤 周 作﹁ セ カ ン ド・ レ ディ﹂︵後に﹃ファースト・ レディ﹄に改題︶ エイズ・ノイローゼ男 ﹁週刊現代﹂三月十四日号 英国での〝苦労話〟 書籍・関連人物等 一九八七年 八月二十四日 不可解な総裁選挙 そう思いませんか ﹁心あたたかな病院を願う﹂ ヴォランティアの人募集 新聞掲載日 新聞掲載タイトル 一九八七年 九月二十八日 ヴォランティアで 病人にやすらぎを ある日突然訪れる死 一九八七年 十一月三十日 でも﹁明日﹂を信じたい 一九八八年 十一月一日 一九八八年 十月十一日 一九八八年 十月四日 一九八八年 七月十九日 一九八八年 四月十一日 女性会員を募集 宇宙棋院で歓迎 運転手さんの疑問 税金の無駄遣い 八百長相撲の謎 事実だったら⋮ お医者さまたちよ 人間的医療考えて 日本一の素人劇団 音痴にもいろいろ ﹁宇宙棋院﹂の会員募集 劇団﹁樹座﹂のオーディション 一九八七年 十月五日 7 14 18 19 26 45 59 67 68 71 一九八九年 七月十一日 一九八九年 六月二十日 世の中も自然も わけがわからぬ 死刑の是非考え 首相の周辺思う 豪勢に﹁椿姫﹂ 楽しい素人劇 人の不幸喜ぶ? わが文士交友録 都議選が忘れた 東京の持つ課題 一九八九年 八月一日 104 一九九〇年 九月五日 60 老人のボランティア﹁銀の 会﹂読者への呼びかけ︵住 所も記載︶ ﹁万華鏡﹂は一九九一年十一月三日から一九九二年十月二十五 我が子を思う親心﹂︵産経新聞﹁花時 9 ﹁ 死に臨んでもなお 計﹂一九八八年七月二十六日︶ 歯科プラス東洋医学の 不思議な効き目⋮ の感覚で 一九九〇年 〝西洋医学〟 八月二十九日 漢方薬を使わないで 一九八九年 九月二十六日 一九八九年 八月八日 105 日の一年間に渡り朝日新聞日曜文化面に掲載されている。紙面の 題字・挿絵は丹阿弥丹波子︿銅板画家﹀による。 ﹁深い河﹂をさぐる﹄︵文藝春秋、一九九四年十二月︶ ﹃ 98 101 112 156 157 10 11 資 料 ︵講談社文庫、二〇〇〇年九月︶ 一 本表は﹁﹃深い河﹄創作日記﹂ により、年月日、文中で取り上げられている書籍、﹃深い河﹄に 凡例 ﹁ ﹃深い河﹄創作日記﹂主要登場人物変遷表 関係する登場人物、︵木口、沼田、磯辺、美津子、大津︶に関わ る内容によって構成される。 四 第三列から第七列は、登場人物に関する内容を引用した。さら に第三列は木口、第四列は沼田、第五列は磯辺、第六列は美津子、 三 第二列は書籍に関わる箇所を引用し、著者名、書籍名を記載し た。 二 第一列は年月日を記載する。日付なしの場合は*で示した。日 付が重複している場合は記述にしたがい、そのまま記載した。 第七列は大津と、人物によって分けた。 文に従った。 原文に見られる赤ペンの書き込みは太字で記載した。傍線は原 五 四七 「 『深い河』創作日記」主要登場人物変遷表 日付 書籍 木口 沼田 『深い河』 磯辺 美津子 大津 新しい小説の漠然たるイメージがあるのだが、まだ着手していない。 『大友宗麟』 と『男の一生』とに追われて手がつかぬのだ。気持ちだけ焦燥しているが踏み出 せない。 1990/8/26 ビルマの出征 元兵士 小説家 成瀬夫人 吉川夫人 ニューデリーの 美 術 館 でヒン ズー 教 の 女 神 像 を見て 両 性 具有、善なるも のと悪なるもの の 共 存 を 考え る。 彼 女 は 次 第にこれが人間 と思う。しかし そ の人 間 を 包 む大きなものが 欲しい。マザー・ テレサ。 1990/8/28 ビルマの元兵士 ビルマ戦線にて戦友Aより転生をきく。戦友Aを探しに彼は印度 に来た。彼は昔、女性捕虜の性器を食べたことがある。外国人神父によって命を助 けられた信者。神父の体を食べたことがある。小説家 情事、愛欲と愛。 「強い香 水の匂いが小説家に彼が匿していた過去を甦らせた。場所は印度ニューデリーの国 立博物館の一階だった。女はヒンズー教の女神像の前にうつむいて立っていた」 吉 川 夫 人の 着 て いたも の や や 長 め の キュ ロ ット ( 黒 ) 長 袖 ブ ラウス (ショッキング ピンク) 1990/8/29 小説家の愛人 愛欲の世界のなかでのむき出しの独占欲、エゴイズム、小説家の妻は絶望的な病気 である。愛人は愛欲の世界からアガペに変る。(モウリアックの『蝮のからみあい』)別にカトリッ ク作家にしないでもいいのではないか。 1991/9/5 ヒック『宗教多 元主義』 『神は多 くの名を持つ』 1991/9/6 仕事場に行き読書と仕事だが、ヒックの衝撃的な本を読んだあとは何を開いても味けなく、仕方な しに大盛堂に残暑の汗をかきながら赴くが一冊も買いたい本なし。 1991/9/29 ② 成 瀬 夫 人。 テ レ ー ズ・ デ ス ケ ル ウ。 彼 女の善意は悪 と な り。 そ の 物語を作らね ばならない。 1991/10/1 花房山の書斎にて頬杖をつき小説を考える。私の場合、私のテーマ、もしくは心 情と密着した事件があればその小説は滑らかに進行する。①の場合は現実にあっ た事件だが、②と③はまだそれがない。それがないと文体が切迫せず観念的になる。 伏線を細かく張れない。 四八 ①前世の夢をたびたびみる男。夢。川。①彼 ビルマ戦線 僧侶③日本憲兵に拷 問されて後に死ぬ。イエスのアナロジイの神父が思い出にある作家。③の神父に ついては受難におけるイエスを彷彿と連想をさすこと。作家は(当時の群像として) 彼を憎み、蔑む者たちのなかにいること。神父は復活すること。作家の筆のなか で作家はなぜか理由わからず神父の事を書くこと。人その友のために死す、これ より大いなる愛はなしと書かれた神父の古い手帖。 日付 1991/10/7 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 月曜会「ヒックの神学」 偶然が小説の きっかけになる ことがある。利 光(松男)に頼 まれて日航の留 学生の会で講 演をしている 時、ポルポト政 権に家族を殺害 された遠藤五郎 の話やヴェトナ ム学生の話に及 んだ。帰りの自 動車のなかで突 然この話が私の 無意識を刺激し た。そうだ。成 瀬夫人をなぜそ の話に結びつけ ないのか。 1991/10/12 1991/11/* 一日一日、自分の人生が終りに近づきつつあることを感じない日はない。 1991/12/31 平成三年最後の日なり。余、病弱の身にて漸く六十八歳の年齢を終えんとす。昔日、 五十歳まで生きればと思いたる事、夢の如し。今日まで生かしてくれた神に感謝 せざるべからず。 1992/1/1 今年こそは長篇完成させねばならぬ。 1992/1/6 挿入すべき話 ノサックの小説風に①出ていく妻 人間の哀しみを出す②あの手紙 桂林の夢 写真 を見て夢の風景が出ていた 人間の哀しさが滲む小説を書きたい。それでなければ祈りは出てこない。 病院における 成瀬夫人 1992/1/7 夫に会いに行く妻。共に癌 夫から離れる妻 夫は規則正しい夫 肉を食べた兵士 肉を食べさせた神父 1992/1/11 ようやく(不本意ながら)小説少しだけ進む。 1992/1/12 仕事場に行き、小説ほんの少し書く。これから長い険しい道がまた始まるのだ。 1992/1/14 愛の枯れきった美 津子と勝呂医師と が愛の真似事の行 為をする場面へ。 血圧を測定するに百七十∼九十もあり。眩暈は風邪のせいかと考えていたが血圧のせいか。 そうなれば何時倒れるかもしれぬ。病身ようやく七十歳近くまでよく保ったの気持なり。 1992/1/18 ① 美 津子と勝 呂医 師は旅 行 団の 一人 の病気の手当をした ことから貧しい運転 手にたのまれて、子 供の手術をすること になる。②美津子は もう一人の自分(愛 することのできる自 分)に会えるような 気がする。マザー・ テレサの下で働いて いる修 道 女 がその ような気がする。彼 女 はそ の日本人 修 道女と会話をする。 四九 1992/1/18 眩暈のせいか、どうも小説に身が入らない。最初から別の構想で書き進めようかと思うくらいだ。 1992/1/24 今日やっと少し小説進んだ。ひょっとしたら(出来不出来は別として)出来あが るかもしれない。かなり力業だけれど。 1992/2/2 花房山の仕事場にて、やや仕事。遅々として進まず。今度の小説『河』が一体、 どこに向うのか、どうなるのか私にもまったくわからない。ただ幾つかの山を越 えねばならぬことだけは確かだ。私は来年で七十歳になる。七十歳まで生きられ るような頑健な体ではなった。よく今日まで生きられたと感謝せざるをえない。 日付 1992/2/4 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 モウリヤック、 G・グリーン 今日書いたのは人肉をビルマ戦 線で食べた男、津田の入院の場 面。この津田の物語のあと 動 物と人間との交流。―動物をイ エスの象徴として。その書き出 し「神は人間の口を通して語り かけると言うが、時として神は 鳥や犬や人間がペットとして愛 する生きものの口を通しても語 りかけるのではないだろうか」 1992/2/9 1992/2/13 グリーン 『愛の終り』 1992/2/15 グリーン 『情事の終り』 1992/2/17 (日付重複) グリーン 『燃えつきた人間』 1992/2/24 グリーン 『燃えつきた人間』 1992/3/1 リチャード・ケリイ 『グレアム・グリー ンの世界』 彼女はかつて愛した男が神父に なりインドにいることを知って いる。その男はヒンズーの恰好 をした神父で、ヒンズー教徒の 病人をガンジス川に浸す手伝い をしている。(この男はやがて 深津という名になる) 1992/3/7 G・ グ リ ー ン の小説作法 1992/3/12 とに角、途切れ 途切れだが、新 しく登場した元 神父の存在が大 きくなりつつあ る。彼は死ぬで あろう。しかし 誰の手によって か、事故によっ てか、曖昧。お そらく彼は印度 のバラモン人に よって殺される だろう。 1992/3/24 彼女が愛した 彼は私のなか で『おバカさん』 のガストンに変 容しつつある。 五〇 1992/4/17 このところ、小 説 が 少しず つ 進 む。 主 人 公 の 一人で あ る 美 津子が 動き はじめたのだ。 固 か った 氷 塊 が や っと割 れ はじ めた 感 が あ る。 今 日 は 彼 女の 新 婚 旅 行 にとりか か る。 日付 1992/4/19 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 少しずつ、少しずつ、人物が動く、というより私の無意識が人物に肉や血を与えはじ めた。うまくいけばうまくいくかもしれぬという期待がようやくかすかに起る。 1992/4/20 花 房 山の 仕事 場にて、女主人 公がランドから リヨン で 神 学 生 を たず ね る 場面にかかる。 少 しず つ、 少 しず つ 小 説 が 具体化する。 1992/4/22 今日は美津子が深津とソーヌ河 のほとりを歩いて会話する場面 にかかる。言葉がむき出しにな らぬよう注意をせねばならぬ。 1992/4/23 小説、少し難所。深津に一種の 神学論を語らせても読者の興味 をひかないだろうという不安を 感じながら、とも角、美津子の リヨン滞 在 部分を書きおえた。 この深津が次 第に孤 独になり、 愛だけに生き……そして最後は テレサの世界に生きてヒンズー 教徒に殺される。そしてガンジ ス河のほとりで同じように焼か れ、河に入れられる。その後に 美津子が入るという着想が次第 に湧いてきた。 1992/5/2 思いがけぬ小説の展開。美津子 は少し背後に退き、深津が前面 に出はじめた。深津は修院を追 われ、印度に行き、テレサの影 響でヒンズー教徒の病人たちを 救う仕事をして、アンタッチャブ ルの世話をしたために、やがて ヒンズー教 徒たちによって殺さ れる。最後の場面 ヒンズー教 徒の火葬場で深津は焼かれ、そ の灰はヒンズー教 徒と同じよう に河に入れられる。河は愛の河、 魂の河である。美津子はその中 に入浴する。そういう展開になっ ていきそうだ。 1992/5/* やっと美津子の同窓会までの草 稿を作りあげた。ヒンズー教徒 には上流と不可触とがある。そ の掟を破ることで深津は殺され るわけだが、ある部分から切迫 感を出しておかねばならぬ。深 津の死はエルサレム入城のイエ スの死の上に重ねねばならぬ。 賤しめられ、誤解されて愛のた めに死んでいく深津。 五一 1992/5/13 美津子が木口の看病をする夜の部分を書いている。「だから技術だとか職人芸だとか言えなかったわ けで、わたしが自分で無意識でと信じているものを大いに信用している。時として軽いタッチで魔 術が介入してくる。たとえば他の部分が調和するようにさせる要素などがまさしくちょうどいい時 に、こちらの知らないうちに姿を現すのだ」このグリーンの対談は今日書いた部分に当てはまる。 テレーズ・デスケルウや「ガストン」という木口のうわ言がこのような形で役にたつとは、そこを 書いている時、考えもしなかったのだから。 1992/5/31 小説、停滞。美津子が深津を探しに沼田と街に出る場面。結婚式にまぎれこみ、 ハリジャンについて話をきく箇所。どうも図式的だ。 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 1992/6/9 1992/6/13 美津子 大津 小説いよいよ美津子と深津との邂逅。 そしてホテルの庭での会話まで入る。 深津がエイズにかかった事を暗示。 小説、深津に視点をかえて、少し深味が出た。しかし小説的エネルギイがない。これ では飽きられる。白人の学者(三十歳ぐらい)を入れることを考える。彼は転生を研 究している。ベナレスに過去を記憶している子供のいることを聞き調査に来るのだ。 1992/6/14 今日は深津が朝早く町に行き、死にかけた老婆を背負って歩く場面を書いた。こういう場面に来る と私の筆はなめらかになる。やはり白人の男は出したほうがよい。彼は白血病か、エイズである。 死を間近にした彼はスティンブンソンの本によって転生の考えをたしかめるためにベナレスに来た のだ。 (この白人は磯辺に変る)探求は失敗し、彼は迷う。美津子は彼に体を与えてやる。愛してい たからではない。「愛のまねごと」のためである。 1992/6/15 今日は一日、疲労甚しく、小説にもほとんど手をつけなかった。というより、白人の男を日記体にするか(もしくは手記) それとも彼として書くか、迷っているためだ。一応、手記として書き、再稿でそれを再考してみよう。 (白人の男は磯辺になった) 1992/6/16 「わたしは死んだらど こに行くの」と彼女 は言った。「死んでも 必ず会えるわ。生れ 変って、またあなたを 見るつもりだわ」書き 出しは、右のような テーマに直接ふれる こと。壮年の男。磯辺。 それを確認に印度に やってくる。 1992/6/22 最 初 の 書 き出しが やっと決まる。「わた し必ず生れかわるわ。 場所は何処かわから ないけど……あなた の生きている間、こ の世界の何処かに、 必ず生れてくるから」 「そうか」磯辺は妻の 手を握りしめながら 強くうなずいた(以下 略)この書き出しで 読者を一挙につかむ 事ができる。この書 き出しで、この小説 に叙情的な甘美さを 与えることができる。 1992/7/8 小説、ようやくchapⅠ及びⅡを書きあぐ。 chapⅠが磯辺の case ならば、chap Ⅲ は美津子の case ということになるだろ う。どうやら目鼻がついたというだけで 勝負はこれからだ。しかし氷塊にぶつか る事、数度。実に難儀だった。◎美津 子が磯辺を誘惑する場面を考える。磯 辺の純愛がためされる場面である。女 神カーリーの生にえとしての磯辺。 1992/7/10 やはり磯辺を小説に入れて良かった。これで美津子の章とつなぐとかなり迫力ができた。読者もつ いてくるだろう。グリーンの小説を読んでうまいと思うのは、日常生活の巧みな織りこみ方である。 ウイスキー、食事、飼犬、そういうものの使い方。再稿ではそれを補足しよう。初稿を整理。美津 子の章以後、印度についてからがまずい。書きなおさねばならぬ。 五二 1992/6/23 仕事は固い氷塊にぶつかる。それを 力ずくで穴をあけている感じ。病気の 妻と美津子とが出会う場面。そして病 気の妻が次第にドリーム・テレパシイ や幽体離脱を体験する場面。それが 作為的でなく読者に感じさせるには平 俗な日常を挿入して、アンダンテで書 かねばならぬ。初稿を整理してみる。 日付 1992/7/15 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 小説、やっとベナレスにバスが近づく場面に入る。 沼田は犀鳥や九 官鳥の生れた故 郷をたずねて行 くべきだ。 そし て彼等が生きて いた青空を見る べきた。 1992/7/16 今日はやっとホテル・ド・パリ の庭で磯辺と美津子が話しあ う場面を書いた。なんだか希望 が持ててきた。ひょっとすると ……ひょっとすると。 とに角、今度の小説を書いている時が今の私の毎日で一番充実しているのだ。一 日の小説予定分を終了すると私の残骸がテレビをみたり、本を読んだり、酒を飲 んだりしている。この日記を読みかえしてみると、はじめのプランがまるで流れ るに従って方向をさまざまに変え、紆余曲折しているのがよくわかる。小説が出 来るまではこういうものだ。結局、無意識が書かせているのだ。 1992/7/17 この小説には印度の魔的な部分がない事に気づいた。たまたま上原和と平山郁夫の対談を読んでいた ら、 「昼なお暗い森、その樹が生き物と同じように気根で呼吸するでしょ。暗くて、じっとりとした息 づかいがある淫靡な感じがとっても強くなる。旺盛な生命力がみなぎっている。そこで精霊神ヤクン− のような女神がイメージされる場合でも性的な表現が非常に多くある」「ヒンドゥーの石造りの寺院の なかに内部は真暗でその真暗な空間にヒンドゥーの神々が息づいている。その中にリンがむなしく安 置してある」「陽が全くささない厚い石の壁の中に、外気を遮断した中にこれでもか、これでもかと彫 刻した像がたくさん置かれている」 「じつに濃密なんです。厚い石の壁に閉ざされた暗闇の中でヴィシュ ヌ神とかシヴァ神といったヒンドゥーの神々が原色の赤や黄色で彩色されている」 1992/7/21 第四章は起伏がないので江波がヒンズー教の寺にて美津子に性慾を感じる場面を入れる。印 度のもつ湿った暗い世界をそこで出そうとする。 寺院のなか(ねっとりとした雰囲気) ガン ジス河(ここに沼田の場面を入れる) サルサナート(入れるかどうかわからない) 1992/7/22 ほとんど強引と言える筆の進め方で女神チャームンダーの場面を書いたが(これはや がてガンジー夫人の暗殺場面と照応さすためだ) 、江波の台詞は最後がよかった。し かし、この小説には甘い、抒情的な部分が不足している。幸福だった木口とその妻 をもっと書かねばならぬ。 1992/7/26 1992/7/27 1992/7/30 砂漠を歩く如く、小説を歩く。目的地まであとどのくらいか、ほとんどわからない。 ③三條のウカツな行為(カメラ入賞のため)④ガンジー夫人の死 ①木口が礼として 肉の話をする ② 磯 辺の 探し求 める 正直いうと、書き足しのあと既に書いたものを読みかえし、この小説は一体、何処に向かうのか、皆目わからなくなってきた。花房 山の仕事場で私は『万華鏡』の原稿を書き終ってから、不意に次の場面を思いうかべた。傷ついた深津につき添いながら美津子は 言う。「バカね、あなたはバカだわ。どうして、こんな事になるのよ」 「たまねぎのためだよ。ぼくは、たまねぎの真似をしたかったんだ」 磯辺もその二人についてくる。彼は深津に言われた言葉を思いだす。深津は言う。 「ぼくは、奥さまは転生なさったと思います」磯辺 「ど こに」深津「あなたの魂のなかに。あなたの心の奥の奥に彼女はふたたび生きて、息づいておられます。あなたはそれを御存知の 筈です。それでなければ奥さまはあなたの心のなかからとっくに消えていた、と思います」美津子「深津さんの信じる、たまねぎも」 深津「ぼくは転生も復活も区別しません。同じものだと思います。たまねぎはぼくの心のなかでふたたび生きて、ぼくの人生をこのよ うなものにしてしまいました。彼はぼくのなかで確かに生きました」小説はその方向、暗中模索の後、そちらに行きそうだ。 五三 木 口の言 葉(ガン ジス河で美津子に) 「私は転生を信じま すよ。私の戦友でビ ルマの戦線で人間 の肉を食うた戦友 がいた。その男はそ のことに随分、苦し んでいたが、それを 忘れるため酒を飲み すぎ、血を吐いて入 院したのです。その 時、ヴォランティア でガストンという外 人がいて、彼もまた 肉を食べたと言って いました。愛の肉で す。二人とも人間の 肉を口にしながら。 それは転生したんで す。わしにはよく言 えんがね」 磯 辺 が 妻 の再生 したと聞いた村ま でタクシーで出か ける場面に突入し た。 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/7/30 この小説を読みかえしてみると、固い壁にぶつかるたび、それを乗りこえるのは私の 無意識から浮びあがってくるストーリーであるが、そのストーリーには長い間の私の 小説の型があるような気がしてならない。その型がひょっとすると私の人生観、人間 観なのかもしれぬ。 1992/8/1 第一日①美津子、ガンジス河に深津を探すがいない ②教会に行く 結婚式に行く、 サリーを買う 二日目③深津と淫売屋で会う ④深津と庭で話する。磯辺、深津、 美津子 三日朝 ⑤ガンジー首相の暗殺 ⑥ガンジスを見ながらの木口と美津子 ⑦深津 騒動に巻きこまれる、三條の愚行 1992/8/10 『権力と栄光』 深津と美津子との対話。ホテル の庭で。 1992/8/16 1992/8/17 (日付重複) 磯 辺 がガ ンジ ス川(月光に照 らされ た ) を 見て 妻 を 思う 場面を考える。 ここ は この 小 説 の な かで も 最 も 美し い 場 面でなけれ ば ならない。 1992/8/18 やはり磯辺を河に一人で坐らせたほうが転調という意味でもよかったようだ。だが言 葉がきたない。 『沈黙』の時のリズムがない。美津子と深津との会話を補充する。転 生―復活の会話。それを磯辺の思いに投影さす。この小説が私の代表作になるか どうか、自信が薄くなってきた。しかし、この小説のなかには私の大部分が挿入され ていることは確かだ。 1992/8/20 小説、いよいよ最後の章に入る。沼田は単独で行為をさせ、木口と美津子がガンジ ス河の朝を訪れる場面を書く。 1992/8/23 1992/8/25 美津子と木口との会話を書きなおす。沼田が森に行く場面。書いていて、そらぞらしくなる。やはり、 彼女をガンジス河に入れねばなるまい。両方とも言葉の勝負だ。感動は表現力によって決まる。 『沈黙』 の踏絵を踏む場面のようにいかぬものか。 三條が写真機を持ってガンジス河に赴く場面。少し間のぬけた調子で書く。それ までの場面があまりに暗く重いからだ。リズムを構成に与えること。 五四 美津子が河で祈る言葉「これは 本気の祈りではありません。真 似事の祈りです。わたくしの真 似 事 の 愛と同じように 真 似 事 の祈りにしかすぎません。でも ……わたくし はこの 町 に 来 て、 やっとわたくしが過去多くの過 ちを通して、何を求めていたの か、少しだけ、わかりかけてき ました。それはあなたです。で もわたくしにはあなたが何処に おられるのか、何処に行けば会 えるのか、わかっていない。磯 辺さんが何処に行っても亡くなっ た奥さまに会えなかったように、 わたくしはまだ、あなたに会って いません。それでも真似事の祈 りをする気になれました。それ は、これほどの人たちが、この 大きな河のなかでそれぞれの辛 さ、それぞれの悲しみを背負っ て、あなたに祈らざるをえない からです。人 間の河の 悲しみ。 そのなかにわたくしもまじってい ます。わたくしはこれらの人たち と一緒です」 日付 1992/8/26 1992/9/8 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 書棚からルオーの画集をひきずり出し、頁をめくっていたら、思いがけなく、昔書いた私 のルオー論が出てきた。イザヤ書の次の言葉をそのなかで引用してあった。彼はみにくく 威厳もない。みじめで、みすぼらしい 人々は彼をさげすみ、見捨てた 忌み嫌われる 者のように、彼は手で顔を覆って人々に侮られる まこと彼は我々の病を負い 我々の悲 しみを担った この詩篇の言葉が、今の私の小説の主題であることは言うまでもない。 初稿、やっと書きあげる。深津の死で幕をおろす。自分でも少しだけ、いい作品になったような気 がする。これから初稿をねるのだ。おいしく、文章をなめらかにしよう。文章だ。荒削りのまま初 稿を終えたが老齢の身で純文学の長篇は正直へとへとになった。固い氷塊にぶつかり、難儀したこ とは何度もあった。力わざでそこを押し切ったため、文章に命が通っていない部分も多々あるだろう。 『沈黙』のように酔わせない。『侍』のように重厚になっていない。季節はすさまじい残暑のあと、 やっ と秋の冷しさが訪れた。仕事場から見える陽の光も柔らかい。 1992/9/10 初稿の最初を塩津にワープロで清書してもらいながら読みかえす。思っていた以 上に読者をひきこむような気がした。しかしこの創作日記を再読してみると、 (六 月二十二日)この磯辺の部分は最初思いついておらず、無意識が私に教えてくれ たものなのだ。 1992/11/9 仕事場にて少し仕事。憂鬱な気持ちを『深い河』の草稿を訂正することで忘れた いのである。「河」という題が「深い河」という題に変ったのは黒人霊歌の「深い河」 を昨日聞いて、それこそこの小説の題をあらわしていると思った。作品中にこの 霊歌を暗示する一節を入れたい。 1993/5/25 今まで五回にわたって手術を受けたが、今日の手術ほど痛く、辛く、耐えられぬ ものはなかった。痛みをまぎらわすため、『深い河』の一節を思い出し、あそこは こう書くべきだったなどと考えるのも小説家の性であり、今のぞむのはあの小説 の出来上りだ。早く表紙をなでてみたい。この小説のために文字通り骨身をけずり、 今日の痛みをしのがねばならなかったのか。 ︵いのうえ まりえ/二〇〇八年度ノートルダム清心女子大学卒業︶ 五五 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 五六 小 網 亜 紀 との共通点を見いだし、村上作品の中に諸外国の読者が感じているよ で続いている。類似点が指摘されているアメリカ文学の作家は、カー 像新人文学賞を受賞した時の丸谷才一の﹁選評﹂から始まり、現在ま 多数を占める。それは一九七九年にデビュー作﹃風の歌を聴け﹄が群 冒頭で述べたとおり、日本と外国では村上作品の受け止め方が異な る。まず日本においては、アメリカ文学との類似点を指摘する論考が 二 村上作品の受容の違い て世界に知られている三島の代表作であるためである。 閣寺﹄は、その作品が世界四〇カ国以上で翻訳され、日本の作家とし おいて特にアメリカ文学との類似点が指摘されている作品であり、﹃金 テーマの共通性と結末の相違性 村上春樹の初期三部作と三島由紀夫﹃金閣寺﹄ 一 はじめに 村上春樹︵以下村上︶の作品の受容のされ方は、日本と外国で全く 異なる。簡潔に言うと、村上作品は、日本においては、極めてアメリ カ的な作品として、逆に外国では極めて日本的な作品として受容され ているのである。 うな日本的な要素が含まれていることを確認することを目的としてい こうした現状をふまえ、本論考は、村上作品と日本の近代文学作品 る。そしてさらに相違点を見いだすことにより、村上作品の独自性に スコット・ ︵注2︶ 、レイモンド・ ︵注4︶ 、リチャード・ブローティガン ト・ヴォネガット ︵注6︶ などである。 、トルーマン・カポーティ ︵注3︶ 、レイモンド・カーヴァー ︵注5︶ こうした類似点を指摘する根拠は主に二点ある。一つめは、村上の 使用する文体の特徴であり、もう一つが村上自身の発言である。村上 チャンドラー フィッツジェラルド ︵注1︶ ついても考察する。 この考察をより有効なものとするため、作品の比較は村上の﹃風の 歌を聴け﹄﹃一九七三年のピンボール﹄﹃羊をめぐる冒険﹄ ︵ 以 下、 こ の三作品をまとめて言う場合は﹁初期三部作﹂と呼ぶ︶と、三島由紀 夫︵以下三島︶の﹃金閣寺﹄を取り上げた。初期三部作は村上作品に こ と が 特 徴 で あ る こ と か ら、 外 国 文 学 の 翻 訳 の 文 体 に 類 似 し て い る 。 繁に用いる。またほとんど一貫して﹁僕﹂という人称代名詞を用いる の文体は全体的にセンテンスが短く、カタカナ語やアラビア数字を頻 る。これは本論考で扱う初期三部作においても例外ではない。 の登場人物と交流する場面が数多く描かれることにも通じるものであ に通じるものであり、実際に村上作品の中で死者が登場し、現実世界 白している いるかということとは全く別の次元で、無意識のうちに日本の作品に このことは村上自身が日本の作品についてどのような感情を抱いて ︵注9︶ が、 この村上少年が感じたことは日本独特の﹁無常感﹂ また、雑誌や新聞のインタビューにおいて、アメリカ文学を好んで読 むこと、逆に日本の近代文学は受け入れがたく、ほとんど読んでいな いという内容の発言を繰り返しているのである。 影響を受けている事を示す一例であると同時に、他にも日本文学との 共通性が見出せる可能性があることを示すものである。 に際し、先行する比較研究と本論考とは多少比較内容が異なるもので そこで次に具体的に三島の﹃金閣寺﹄との比較を試みる。この比較 いるという現状がある。例えばソ連の﹃現代の外国文学﹄という雑誌 しかし一方で外国においては極めて日本的な作家として評価されて の一九八〇年八月号に掲載されているG・ドゥキナの書評では、 ﹁ ﹃風 あることを付け加えておく。村上と三島の作品比較については久居つ の 歌 を 聴 け ﹄ と い う 小 説 に は、 日 本 古 来 の 憂 い に 満 ち た 魅 惑 ︿ ―モノ 、村上作品の英訳本の表 ︵注7︶ ノアワレ﹀がある﹂と指摘されていたり ︶ 両氏の論考は 、 五七 ︵ 以 下﹃ 風 ﹄ ―︶ は、 村 上 の デ ビ ュ ー 作 で 村 上 の﹃ 風 の 歌 を 聴 け ﹄ あ り、 一 九 七 九 年 第 二 二 回 群 像 新 人 文 学 賞 を 受 賞 し て い る。 続 く では具体的な比較に入る前に作品についてごく簡単に紹介してお く。 三 村上の初期三部作と﹃金閣寺﹄の共通点 を比較し、共通点や相違点を見いだすものである。 行うことを主眼に置いているものであるのに対し、本論考は作品同士 村上が三島という作家自身を意識して作品を書いているという指摘を ︵注 ばきや佐藤幹夫などによって既に行われているが ︵注8。 ︶ 紙が、歌舞伎役者風の人物が見得を切ったようなイラストで飾られて いたりする として読まれ、諸外国の読者には極めて日本的な作品として読まれて 以上のように村上作品は日本人の読者には極めてアメリカ的な作品 いることが分かる。そして村上の発言においても、先ほど紹介したよ うな、日本文学に対して明らかな嫌悪感を示す発言があるだけではな く、作品を書く上で無意識のうちに日本文学から影響を受けているの ではないかと感じさせる発言もいくつか見受けられるのである。 例えば幼い頃父に連れられて行った琵琶湖畔にある芭蕉庵での体験 をつづったエッセイにおいて村上は、﹁死は存在する、しかし恐れる ことはない、死とは変形された生に過ぎないのだ﹂と感じたことを告 10 僕 を 知 り 合 い の 精 神 科 医 の 家 に 連 れ て い っ た。 ︵ 中 略 ︶一 四 歳 に 五八 ﹃一九七三年のピンボール﹄︵以下﹃ピンボール﹄ ︶ は、 一 九 八 〇 年 三 なった春、信じられないことだが、まるで堰を切ったように僕は この両作品の﹁私﹂と﹁僕﹂の体験は、一見異なっているように思 われるが、 実は臨床心理学の立場から見ると、 どちらも﹁コミュニケー 突然しゃべり始めた。 ﹄ ―の後日談であり、題名 月﹁群像﹂に発表された小説である。﹃風 ション障害﹂として捉えられる症状だという。溝口の症状は吃音と呼 通 り 一 九 七 三 年 の 出 来 事 が 綴 ら れ て い る。 そ し て﹃ 羊 を め ぐ る 冒 険 ﹄ つの作品は村上が作家デビューから三年ほどで書き上げた ﹁僕﹂と ﹁鼠﹂ ︵以下﹃羊 の物語であり、﹁僕﹂の二〇代に起こった出来事がほぼ時系列に沿っ ばれる症状であり、﹁僕﹂は緘黙症、特に場面緘黙症ではないかと考 ﹄ ︶は一九八二年八月に﹁群像﹂に発表された。これら三 ― て描かれている。 えられる。 ︵注 ︶ によると、次のようなも ﹁吃音﹂とは、﹃児童臨床心理学事典﹄ のである。 理臨床大事典﹄ ︵注 ︶に、次のようにある。 ﹃心 一方の﹁僕﹂の症状として表れている﹁緘黙症﹂については、 すとき、これを﹁吃︵ども︶り﹂と称する。 問題︵フラストレーション・不安・恐れ・劣等感など︶をもたら 発語、けいれん性発語などを生ずる結果、対人的不適応や感情的 中するため、聞き手とのコミュニケーションが妨害され、努力性 発語にあたり、躊躇・引伸し・繰返し・ブロックなど、流暢さ を欠く話し方を示して、もっぱら注意を話し言葉や、話し方に集 11 そ し て 三 島 の﹃ 金 閣 寺 ﹄ は、 雑 誌﹁ 新 潮 ﹂ に 一 九 五 六 年 一 月 か ら 一〇月まで連載され、翌年一月に読売文学賞を受賞したた長編小説で あり、三島の代表作と呼べる作品の一つである。金閣寺の徒弟で吃音 のある溝口という青年が、様々な体験を経て最期に金閣寺に放火をす るという、実際にあった事件を元に作られた物語である。 それでは村上の初期三部作と三島の﹃金閣寺﹄とを具体的に本文に 即して比較していきたい。なお、本文引用した作品については引用部 分冒頭に省略して記す。 でもある﹁僕﹂と溝口が、それぞれ幼いころにコミュニケーション上 まず共通点は大きく二つある。一つは、主人公であり作品の語り手 の障害を抱えていることである。どちらもこのことが原因で、成長し てからも他者とのコミュニケーションがうまく取れない。 生来の吃りが、ますます私を引込思案にした。 ︵ 金 ︶ 体 も 弱 く、 駈 足 を し て も 鉄 棒 を や つ て も 人 に 負 け る 上 に、 ︵風︶小さい頃、僕はひどく無口な少年だった。両親は心配して、 ニケーション障害の問題であることが示唆されている。 黙症は単にことばだけでなく、行動を含めた広い意味でのコミュ 本来的には言語能力を有しながら、ことばを発しない状態をい い、 ︵中略︶一般には心因性のものをさすことが多い。︵中略︶緘 12 は﹁僕﹂に、 子供を堕ろしたことを告白しようとしたのであるが、﹁僕﹂ していったりするための重要な要素になっているのである。そしてさ 己が美という絶対的な存在とは全くかけ離れた存在であると強く認識 とも深く関わっている。溝口が自己と他者との隔たりを感じたり、自 さ﹂と言い、﹁鼠﹂を怒らせてしまう場面もある。幼い頃の﹁僕﹂が い人間なんてどこにも居やしない、強い振りのできる人間が居るだけ づき、何とか強い心を持ちたいと相談をもちかけているところに、 ﹁強 の 後 半、 ﹁鼠﹂が交際していた女性と別れた後、自分の心の弱さに気 回避しようとして、 全く違う話を持ち出している。この他にも﹃風 ― ﹄ はこれから深刻な話をされるということを敏感に察知し、その話題を らにこれらの気持ちが溝口を金閣の放火という行為に向かわせる。 心因性による緘黙症であったとすれば、ある程度成長した後にも、他 三島作品の溝口には吃音があるために対人関係がうまくいかないと いう体験が作品中にたびたび描かれているが、このことは作品の主題 経験しただけだということになっているが、 物語の中に出てくる﹁僕﹂ 人と深く関わることで自分が傷つくことを回避しようとして、このよ また、村上作品の﹁僕﹂については、緘黙症の症状は幼い頃に一度 うな態度を取ることは十分に考えられるのではないか。 また、この ﹁僕﹂ ︶ ら、 の物語は、 そもそも﹁自己療養﹂のために書かれたものである ︵注 か と友人との会話などを見てみると、この体験が﹁僕﹂のコミュニケー ︵ 風 ︶ 僕 た ち は 港 の 近 く に あ る 小 さ な レ ス ト ラ ン に 入 り、 簡 単 な 例えば、次のような場面がある。 ションのあり方に深く関わっているように感じられる。 食事を済ませてからブラディー・マリーとバーボンを注文した。 ﹁本当のことを聞きたい?﹂ ﹁僕﹂の人生において何度か深く心を傷つけられた経験を持つことは 容易に推測できるのである。 リーの展開である。 ﹃金閣寺﹄においては、美という絶対的な観念と、そ 共 通 点 の 二 つ 目 は、 絶 対 的 な 観 念 が 登 場 人 物 を 襲 う と い う ス ト ー ﹄ ― において、人間を支配し、自分の﹁観念の王国﹂を築こうとする邪悪 の観念の象徴としての金閣寺が登場し、初期三部作においては﹃羊 五九 した豪奢の亡骸のやうな建築。近いと思へば近く、親しくもあり 威厳にみちた、憂鬱な繊細な建築。剥げた金箔をそこかしこに残 そのとき金閣が現はれたのである。 ︵金︶⋮⋮私はやうやく手を女の裾のはうへ辷らせた。 な﹁羊﹂が登場する。 ﹁去年ね、牛の解剖をしたんだ﹂ これは、﹁僕﹂と親しくなった﹁小指のない女の子﹂が急に連絡を 断ち、一週間後に再会した場面での会話である。 ﹁小指のない女の子﹂ 僕は肯いた。 ﹁わかったわ。何も言わない。 ﹂ 彼女は少し笑って唇をすぼめ、しばらく僕の顔を見つめた。 ︵中略︶ 彼女がそう訊ねた。 13 が﹁空間を統御し、時間を統御し、可能性を統御する観念﹂であるこ 六〇 隔たつてもゐる不可解な距離に、いつも澄明に浮んでゐるあの金 とが示されている。 この﹁羊﹂というのは物語上、本当の動物の羊として形容されその羊 が体に入ってくるという設定のため、決してリアリティーのある描き 閣が現はれたのである。 ︵中略︶下宿の娘は遠く小さく、塵のや 方ではないが、﹃金閣寺﹄ における金閣と同じ影響を ﹁僕﹂ に及ぼしている。 うに飛び去つた。娘が金閣から拒まれた以上、私の人生も拒まれ てゐた。隈なく美に包まれながら、人生へ手を延ばすことがどう 溝口が悪の道に進もうとするのを阻む金閣寺と、悪の地下組織を作り 上げようとして人の体に入り込む﹁羊﹂では、その観念の質について言 してできよう。 ︵中略︶娘は私の突然の気後れに、白い目を投げ えば全く正反対のものである。しかし、いずれにしろ人間を支配しよ て身を起した。 溝口が柏木に誘われて悪の道に進もうとしたとき、美の象徴としての したがって、村上の初期三部作と三島の﹃金閣寺﹄は、一見、全く 異なったストーリーであるために、共通点は全くないと捉えられるこ 普段の金閣は溝口にその本当の美しさを見せることはなかったが、 とが多いが、作品同士を子細に比較してみると、作品の重要な位置を うとする絶対的な観念であるということについては共通している。 ︵羊︶ ﹁君は頭がいい﹂と男は言って膝の上で指を組んだ。そして 占めるテーマである、他者とのコミュニケーションの問題や絶対的な 金閣が溝口の現前に表れ、それを阻むのである。その後も溝口は何度 指先でゆっくりとしたリズムを刻んだ。﹁公団住宅の話はもちろ 観念の支配という問題が描かれている事が分かる。これらの作品はそ も同じ経験をすることになる。 ている。前に進むための部分と、前に進ませるための部分だ。前 んたとえだ。もう少し正確に言えば、組織は二つの部分に分かれ のテーマにおいて共通しているのである。 両氏の作品の相違点とは、一言で言うならば、絶対的な観念へどう 四 村上の初期三部作と﹃金閣寺﹄の相違点 なぜ異なる結末になったのか、その原因を考察していくこととする。 は、その違いについて、再び本文を引用しながら具体的に示した後、 しかし、村上の作品と三島の作品の結末には大きな違いがある。次 に進む部分が﹃意志部分﹄で、前に進ませる部分が﹃収益部分﹄ だ。 ︵中略︶ 意志は分割され得ない。百パーセント引き継がれるか、 百パーセント消滅するかだ﹂ ﹁﹃意志﹄とは何ですか?﹂と僕は訊ねてみた。 ﹁空間を統御し、時間を統御し、可能性を統御する観念だ﹂ ﹄ ―には、題名の通り、背中に星形の斑文がついた羊が登場する。 この羊は﹁羊的思念﹂を具現するために、人間の脳内に棲み着き、そ ﹃羊 の人の行動を操作する。右の引用部分には﹁羊﹂が残していった思念 立ち向かって行くかのということである。 悪の道への誘惑から逃れられない﹃金閣寺﹄の溝口は、自分が悪の 道へ進むことを厳格な美を示すことによって阻む金閣に対して次のよ うに呼びかけ、火を放つ。 ︵羊︶﹁簡単に言うと、俺は羊を呑み込んだまま死んだんだ﹂と鼠 は言った。﹁羊がぐっすりと寝込むのを待ってから台所のはりに ロープを結んで首を吊ったんだ。奴には逃げだす暇もなかった﹂ さを持った俺自身としてね。君に暗号のような写真を送ったのも 鼠 は も う 一 度 手 の ひ ら を こ す り あ わ せ た。 ﹁俺はきちんとした 俺自身として君に会いたかったんだ。俺自身の記憶と俺自身の弱 来ないやうに、いつかは必ずお前をわがものにしてやるぞ﹂ ︵金︶ ﹁いつかきつとお前を支配してやる。二度と私の邪魔をしに り込み、精神まで奪われようとしている﹁鼠﹂が、まだ支配されずに ﹄ で は、 ﹁羊﹂に体に入 ― しようとしたものの、最終的には観念に屈することになるのである。 人生を生きることになる。つまり、溝口は絶対的な観念を一度は拒否 ため、以前よりも強く美の象徴としての金閣に支配されながら残りの よって、溝口の意識の中にある金閣の美しさがより際だつことになる 配 し よ う と 企 て て い た が、 結 局 は 美 し さ が 損 な わ れ た 実 際 の 金 閣 に 溝口は金閣の支配から逃れるために、焼失させることで逆に金閣を支 こ と を 選 択 す る。 こ う し た 溝 口 の 一 連 の 行 動 は 次 の こ と を 意 味 す る 。 いかにありのままの自分を受け容れていくかということが、他から押 しても、絶対的な観念からは逃れることができたのである。つまり、 めた自分という存在を肯定することにより、その手段が死であったに ごさなければならなくなってしまったのに対し、 ﹁鼠﹂は、弱さも含 寺を支配しようとしたために、逆に美の観念に縛られたまま一生を過 の自分を受け容れず、自己を確立しないままに美の象徴としての金閣 口が、自分に吃音があることや、容姿の醜さなどといったありのまま さに命がけで自分自身でありつづけようとしたのである。先ほどの溝 分の弱さも受け容れながら、絶対的な観念に支配されることなく、ま いたいと願い、 ﹁羊﹂を滅ぼすために共に死ぬことを選ぶ。﹁鼠﹂は自 は、﹁俺自身の記憶と俺自身の弱さを持った俺自身として﹂﹁僕﹂に会 ために、﹁鼠﹂の心の弱さにつけ込んで支配しようとした。しかし﹁鼠﹂ ﹁羊﹂は、﹁鼠﹂に右翼の大物の築き上げた権力機構を引き継がせる ら、俺は最後に救われるだろうってね﹂ そのせいなんだ。もし偶然が君をこの土地に導いてくれるとした 閣と共に死ぬつもりであった。ところが、実際に火を放って究竟頂に 初めの計画では金閣に火を放った後、その最上階にある究竟頂で金 行 っ て み る と、 い つ も は 簡 単 に 開 く は ず の 扉 が 堅 く 閉 ざ さ れ て い る 。 残 っ て い る 自 我 の 働 き に よ っ て、 ﹁ 羊 ﹂ に 屈 す る こ と な く、 共 に 死 ぬ どうしても扉が開かず、死に場所を失った溝口は裏山に逃げ、生きる ことを選んでいる。つまり、﹁鼠﹂は自分の命を絶ってまで、絶対的 しつけられた観念に対して屈するのか、あくまで拒否できるのかとい こ う し た﹃ 金 閣 寺 ﹄ の 結 末 と は 逆 に﹃ 羊 な観念の支配から逃れようとするのである。 六一 うことに関わっているのである。 ﹄ の 主 要 テ ー マ は、 ﹁絶 以 上 見 て き た よ う に、﹃ 金 閣 寺 ﹄ と﹃ 羊 ― 対的な観念からの支配﹂という同一のものである。しかしそれにもか 六二 しかし、金閣寺に放火したのは、戦後の朝鮮戦争が勃発した直後の 時期という物語の設定である。太平洋戦争終結後、約五年が経過して いる。それゆえに溝口は、太平洋戦争後も戦前の観念に引きずられた まま生きていたということができる。 は一九四八年生まれであり、小説の主な舞台となる年は、一九七〇年 それに対して村上作品に出てくる、主人公の︿僕﹀と友人の︿鼠﹀ か わ ら ず、 溝 口 は 絶 対 的 な 観 念 に 支 配 さ れ た ま ま 生 き 続 け、 ﹁鼠﹂は 絶対的な観念を拒否して死んでしまうという正反対の結末になってい から一九七八年である。この七〇年代は一説によると、ちょうど世界 る。別の言い方をすれば、ありのままの自分を受け容れることができ たかどうかの違いである。この違いは何故生まれたのであろうか。 ている。 がモダニズムからポストモダニズムへ移行しはじめる時期だと言われ この作品を作り上げた作家独自の発想によるものである。 理由は二つ考えられる。一つは作品の時代背景であり、もう一つは ジャン=フランソワ・リオタールという哲学者は、ポストモダニズ ︶﹁大き ムの時代のことを、 ﹁大きな物語の終焉﹂と定義している ︵注 。 思想統制され、少しでも反政府的、半国策的な思想を持つものは処 罰されてしまう世の中では、自分の個性を認めるであるとか、まして から二〇年までは、 日本ではファシズムの思想が人々を支配していた。 りに一人ひとりが良く考えた﹁小さな物語﹂を作り出していくように 社会全体を覆うような﹁大きな物語﹂が信じられなくなり、その代わ とである。世界中でどんどん情報化が進んでいくのに伴って、人々は な物語﹂というのは、例えば、マルクス主義、資本主義などのような、 ﹃ 金 閣 寺 ﹄ の 時 代 設 定 は、 昭 和 一 六 年 頃 か ら 昭 和 二 五 年 で あ り 、 分 かりやすく言えば太平洋戦争前後である。特にそのうちの昭和一〇年 やそうした個性を互いに認めあうといった風潮は全くないであろう。 なる。これがポストモダニズムの時代だと説明している。 念を自分の手中に収めるための手段であり、そのことによって観念と は、絶対的な観念から逃れるための手段であるというよりも、その観 ができなかったであろう。したがって溝口にとって金閣を燃やすこと 同じ姿勢を取っている。なぜなら﹁僕﹂は、右翼団体から﹁羊﹂を探 える。ここでは﹁鼠﹂について詳しく述べたが、もちろん﹁僕﹂も、 までも自分自身の﹁小さな物語﹂を作り出そうとした人物であるとい この時代と村上の初期三部作とを照らし合わせて考えれば、村上の 描いた﹁鼠﹂は、絶対的な観念という﹁大きな物語﹂を拒否し、あく 個や主体の価値基準や判断基準が制約されるようなイデオロギーのこ そしてそういう社会の中で幼少時代を過ごした人間にとっては、たと 共に生きていくという道を選ばざるを得なかったのだと考えられる。 しても、 受け容れるしかなく、 ましてや拒否をするという道は選ぶこと え自分には受け容れがたい絶対的な観念に支配されようとしていたと 14 すように圧力がかかったときには拒否するつもりであったのだが、そ また、村上にも初期三部作と似た作品がある。﹁踊る小人﹂ ︵注 ︶と 見つけ出す手段として﹁羊﹂を探す旅に出たからである。右翼という の 後、 ﹁僕﹂は自分が働いている工場で美人の女の子がいるという噂 現れ、いずれ﹁僕﹂が森で小人と踊るようになることを予言する。そ いう短編である。ある日、主人公の﹁僕﹂の夢の中に﹁踊る小人﹂が ﹁大きな物語﹂をもつ団体の圧力に対しては従わず、﹁僕﹂自身の﹁小 を耳にする。 ﹁僕﹂はその女の子の気を引くために女の子がいつも通っ の体を乗っ取ると言う。結局﹁僕﹂は話に乗り、女の子を誘い出すこ ている舞踏場で踊ることになった。すると再び夢に小人が現れ、小人 とに成功する。ところが二人きりになると、小人の策略で女の子の顔 さな物語﹂ に関わる友人を救出する目的で北海道へ旅立ったのである。 村上作品と三島作品の結末に現れた違いの原因として二つめに挙げ が崩れ始める。しかし﹁僕﹂は恐怖に耐え、一言もしゃべらなかった そして独自の﹁小さな物語﹂を作り出していくという行為は、自己肯 られるのは、ストーリー展開に関する作家独自の発想である。三島の が﹁僕﹂の踊りを助ける代わりに、﹁僕﹂が声を発したときには﹁僕﹂ 場合、美の象徴としての存在そのものがなくなることによって、より ため、小人は﹁僕﹂の体から出て行く。この﹁小人﹂が﹁羊﹂と同じ 六三 しかし、﹃金閣寺﹄との比較によって、アメリカ文学からの影響と ている。 村上春樹の作品は、本人の発言や群像新人賞の選評などの影響もあ るためか、とかく外国文学、特にアメリカ文学との類似点が指摘され 五 まとめと今後の課題 代背景と共に作家の発想によっているのである。 以上見てきたように、両氏の作品における結末の違いは、作品の時 ら逃れようとする点で、似たような物語であると言える。 その美しさが完成されたものになっていくという発想がうかがわれる ︶ という作品がそれである。 ように僕を支配し、操ろうとしている点、そして主人公がその支配か 定の感情につながるものだと考えられる。 れが友人の﹁鼠﹂と関わることであると気づいたとき、その﹁鼠﹂を 16 が、そうした発想を持つ作品は、 ﹃金閣寺﹄以外にも見られる。﹁孔雀﹂ ︵注 ある。 孔雀も殺された後、富岡の思念の中で美の象徴として生き続けるので のが失われることによって孔雀の美が完成されると考えている。この 岡にとって﹁孔雀﹂は美の象徴であり、その現実における存在そのも ける﹁孔雀﹂はまさに﹁金閣寺﹂と同じ存在であると考えられる。富 るのを目撃するという、怪奇的なストーリーであるが、この作品にお 園で見張っていたところ、幼い頃の富岡自身が犬に孔雀を襲わせてい の孔雀を殺した容疑をかけられる。富岡と刑事が犯人逮捕のため動物 幼い頃から孔雀の美しさに魅せられている男︵富岡︶がある動物園 15 は別に、テーマに関して日本の近代文学作品の中にも共通点を見出す おく必要があるだろう。 との対決﹂が描かれているのかということについてきちんと検討して 六四 ことができた。コミュニケーションの問題や、絶対的な観念とどう立 メリカ文学にのみ影響を受けているのではなく、アメリカ文学の文体 ものであった。つまり、村上の作品が日本の文学から全く乖離してア 夫全集﹄による。また、文献の引用部分の傍線は全て引用者による 作品一九七九∼一九八九﹄、 ﹃金閣寺﹄については﹃決定版三島由紀 *本文の引用については、村上の初期三部作においては﹃村上春樹全 ち向かうかといったテーマに関しては、三島作品にも同様に見られる も取り入れながら、村上以前の日本文学にも存在するテーマを描いて ものである。 ︵ 1922︶素 朴 で ユ ー モ ラ ス な 文 体 を 用 い、S Kurt Vonnegut 学文明の危機を親しみやすい形で考える作風によって、若者を中 F的な、時には漫画的な発想も自由に取り入れ、人生の意義や科 注1 いるのだということが分かるのである。 その一方で、同じテーマを扱いながらも、状況設定やストーリーの 結末はまるで異なるものであり、この違いは、作品の背景となる時代 る。三島の﹃金閣寺﹄は、まさに﹁ファシズム﹂という大きな物語に 心に多くの読者を得ている。 や村上と三島それぞれの独自の発想に由来するものであると指摘でき 支配されていたモダニズムの時代を生きる人物の物語であり、村上の 初期三部作はモダニズムの時代から、大きな物語に対する信頼がなく ︵ 1935 84 ︶素 朴 で 単 純 平 明 な 構 成、 文 体 2 Richard Brautigan の夢を求め で 現 代 ア メ リ カ で す で に 失 わ れ た 自 然 と innocence る孤独な若者たちをユーモアを交えて幻想風に描き、六十年代の なるというポストモダニズムの時代への移行期を生きる人物の物語で ある。そして、村上作品においてポストモダニズムという時代の先取 ︵ 1896 1940 ︶ 'Jazz Age' , 'Lost Generation' Scott Francis Fitzgerald 反体制派の若者の代弁者となった。 はまさしくその代弁者であり、 Fitzgerald ︵ 1924 84 ︶巧みな技巧と優雅な文体を用いて 4 Truman Capote 人間の心理を追追究した。鋭い洞察力をみごとな表現に包む会話 象徴であった。 して自由を求めたが、 を代表する小説家の一人。二十年代、人びとは伝統と秩序に挑戦 3 りをしているという点においては、作家の独自性あるいは時代性があ るということができよう。 しかし本論考においては、近代文学における﹁絶対的な観念との対 決﹂というテーマについて、三島由紀夫の作品一つだけを取り上げて 論じたため、果たしてその三島の﹃金閣寺﹄だけをもってして日本の 近代文学という大きなテーマと結びつけて良いのか、という点におい ては課題が残る。したがって、どの作家にどのような﹁絶対的な観念 の名手でもあった。 ︵ 1888 1959 ︶ Hammett , Ross Macdonald Raymond Chandler とともに、 5 上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 ﹄︵PHP新書三九一/ 二〇〇六年三月/PHP研究所︶を参照のこと。 ︵内山喜久雄・上出弘之・高野清純・小 ﹃児童臨床心理学事典﹄ 川捷之編/一九 七四年二月二五日/岩崎学術出版︶ ﹃心理臨床大事典﹄︵氏原寛・亀口憲治・成田善弘・東山紘久・ 山中康裕編/一九九二年一一月/培風館︶ ﹄の冒頭において、今までの人生で幼少期の場面緘黙症 ﹃風 ― 体験の他にも、人間関係にまつわるいくつかのトラブルを経験し たことが語られ、八年間の沈黙してきたと語っている。そしてそ れらの体験の後、﹁自己療養へのささやかな試み﹂として文章を 書くことを決意している。 ジャン=フランソワ・リオタール﹃ポストモダニズムの条件 知・社会・言語ゲーム﹄︵小林康夫訳/一九八六年六月/水声社︶ 一九八四年一月﹁新潮﹂初出の短編作品。 一九六五年二月﹁文学界﹂初出の短編小説。 六五 ︵こあみ あき/岡山県立岡山大安寺高等学校教諭︶ 14 16 15 御三家の一人とされる。 hard-boiled 6 ︵ 1938 88 ︶ Chekhov や Hemingway に影響 Raymond Carver を受けた簡潔な、時として詩的な文体は、希望のなさを直視する 潔癖さを持ち味とする一方、出版作を推敲、改稿し続ける独特の 嗜好をもたらした。 7 沼野充義の指摘による。 久 居 つ ば き に つ い て は﹃ ね じ ま き 鳥 の 探 し 方 村 上 春 樹 の 種 あかし﹄ ︵一九九四年六月/太田出版︶佐藤幹夫については﹃村 8 大塚英志の指摘による。 9 ﹁ 八 月 の 庵 僕 の﹃ 方 丈 記 ﹄ 体 験 ﹂︵ ﹃太陽﹄第一九巻第二号/ 一九八一年九月一二日/平凡社︶ 10 11 12 13 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 解題と翻刻 坪田譲治 草稿﹁魔法﹂ 一 解題 草稿﹁魔法﹂は、作者坪田譲治の没後、自宅にて発見されたもので あり、昭和六十二年に、三男坪田理基男氏より吉備路文学館に寄贈さ れ、所蔵されている草稿である。 な お、 本 草 稿 は 四 〇 〇 字 詰 め 原 稿 用 紙 で 十 五 枚 に 及 ぶ 草 稿 で あ り 、 これまでそのうちの一枚目︿第1葉﹀だけが記念品として複製され配 布されたことがあり、本学附属図書館の﹁坪田譲治コレクション﹂に 六六 山 根 知 子 先生は雑誌が出た後、その原稿を私にさげ渡され、 ﹁ぼくが直したところを、よく見て勉強し給え。﹂と、何度も申さ れました。 ︵坪田譲治﹁三重吉先生﹂ ﹃日本文学全集﹄ ﹁月報﹂ 集英社 一九七五年六月︶ 本草稿﹁魔法﹂も、これらのさげ渡された原稿の中の一つである。 この草稿﹁魔法﹂について、その手入れ内容の詳細はこれまで公表さ れておらず、童話﹁魔法﹂の成立論において、重要な資料となろう。 内容の重なる部分を有しているという点である。この他にも内容の類 ここで注目したいのは、譲治の童話﹁魔法﹂が小説﹁けしの花﹂と え ば 西 田 良 子 氏 は、 ﹁ 同 じ 題 材 を 用 い た 童 話 と 小 説 ﹂ を﹁ 類 似 作 品 ﹂ 坪 ― ﹂ ﹃講座日本文学第六巻 田 文 学 に お け る﹁ 小 説 ﹂ と﹁ 童 話 ﹂ ― 日本 童話が先で小説がそのあととする捉え方をしている︵﹁坪田譲治 に発表された童話を補筆・改作して小説にしたものばかりだ﹂として、 似した童話と小説が数組存在することについて、従来の研究では、例 本草稿は、坪田譲治が雑誌﹃赤い鳥﹄に寄稿した原稿に、主宰者で ある鈴木三重吉が朱を入れた手入れ稿であり、そうして直された形が として列挙し、 その脱稿順について﹁ここに挙げた小説が皆﹃赤い鳥﹄ もその複製草稿一枚が所蔵されている。 ﹃ 赤 い 鳥 ﹄ に 掲 載 さ れ て い る。 な お、 草 稿 手 入 れ 後、 校 正 の 段 階 で も 若干の修整がなされている。 三重吉が譲治の原稿に手入れをして返却した事実については、譲治 によって次のように記されている。 虫﹂の調査においては、譲治が 虫﹂と小説﹁カタツムリ﹂との の児童文学作家 1﹄一九七三年九月 明治書院 一七七頁︶ 。 しかし、この問題に関しては、これまでの草稿研究によって判明し た例として、類似する童話﹁でん く く 関係において行なった草稿﹁でん 虫﹂ ﹁妹とカタツムリ﹂ 解題と ― 虫﹂となったことが明らかとなっ 三重吉に提出した小説﹁カタツムリ﹂とほぼ同じ内容の作品が三重吉 く によって手入れされ、 童話﹁でん く ている︵ ﹁坪田譲治 草稿﹁でん ﹁ノート﹂︵吉備路文学館蔵︶の一冊として存在する、作品発表および ■ ﹁けしの花﹂初出 昭和九年十二月 ﹃経済往来﹄ ■ ﹁魔法﹂初出 昭和十年一月 ﹃赤い鳥﹄ こ れ ら の 発 表 の 経 緯 を 考 察 す る に あ た っ て、 さ ら に 坪 田 譲 治 自 筆 稿料等が記録されたノートの内容が参考になる。 その記録のなかで﹁魔 法﹂と﹁けしの花﹂の記述が見られる箇所には次のようにある。 十月 ︵中略︶ 魔法 ︵童話 赤い鳥一月︶ ︵中略︶ けしの花 ︵小説 経済往来 十二月号︶ こ こ で、 ﹁ ノ ー ト ﹂ よ り 判 断 す る と、 ︵ ︶ 内 の﹁ ﹂ お よ び ﹂という数字は、それぞれの四〇〇字詰原稿枚数を示し、下方に 15 翻刻 く ﹁ 15 ﹂および﹁ ﹂という数字はそれぞれの寄稿先より受け 60 ト﹂の構成が、作品発行の記録を目的とするだけでなく、月々の収入 六七 に稿料を受け取ったことを意味する。同時に、譲治の生活の苦しさを となる稿料計算をするための家計簿の役目を果たすよう構成されてい クで、訂正書き入れがブラックインク。 ︽筆記用具︾ 草稿の第一形態は、譲治の筆跡のブルーブラッ という同じ項目中に挙げられていることである。これは、 譲治の﹁ノー ここでさらに注目すべきことは、この二作品が昭和九年の﹁十月﹂ 取った原稿料︵単位=円︶を示していることがわかる。 記された﹁ 15 ることから、同じ﹁十月﹂に記載されていることは、両作品とも十月 ﹂ ︿横 70 ﹂ ﹃ノートルダム清心女子大学紀要﹄二〇〇五年三月、﹁坪田譲 ― 治 虫﹂へ ― 童話の誕生と 小 説﹁ カ タ ツ ム リ ﹂ か ら 童 話﹁ で ん 鈴木三重吉﹂ ﹃大学院開設十周年記念論文集﹄ノートルダム清心女子 大学 二〇〇五年十一月︶。 このような成立に関しては、まずは、本草稿﹁魔法﹂と童話﹁魔法﹂ 発表形、および小説﹁けしの花﹂発表形、それぞれの状況について確 × 60 認できる面がある。その要点を以下整理してみたい。 ■ 草稿﹁魔法﹂ に﹁池袋三一堂製﹂ ︿縦書き﹀と﹁ ︽原稿用紙︾ 四〇〇字詰めA4版原稿用紙︵茶罫・左下欄外 15 70 入れは、削除線が赤インクおよびブラックイン 20 クインク。これに対する三重吉の筆跡による手 書き﹀の記入が入った原稿用紙︶十五枚 10 ワの実﹂ ︵﹁ビハの実﹂︶十五枚、 ﹁岩﹂十五枚、 ﹁猛獣狩﹂十五枚、 六八 知っていた三重吉は、当時稿料を寄稿後すぐに送るように考慮をして ﹁白ねずみ﹂十五枚、﹁二匹の蛙﹂十四枚 稿については、この枚数の範囲が念頭にあったものと思われる。 こ れ ら よ り、 ﹁城山探検﹂の二十枚という例外もあるが、それ以外 は十枚から十五枚の範囲に収まっており、譲治の﹃赤い鳥﹄童話の寄 いたことが三重吉書簡︵﹃鈴木三重吉全集﹄岩波書店︶より明らかで ある。とすれば、 ﹁魔法﹂は十月に三重吉の手元に届けられているこ とがわかる。一方、﹁けしの花﹂も﹃経済往来﹄十二月号発表の原稿 であることを考えれば、それとほぼ同じ十月までには、譲治は編集者 に原稿を届け稿料を受け取ったのではないかと考えられる。また、こ すでに譲治が三重吉に原稿送付した段階で、題名、内容および文体も、 次に、本草稿内容を確認し、小説﹁けしの花﹂との関係に注目すると、 ともに小説﹁けしの花﹂とは形を変えている。つまり、作品の内容か の﹁ノート﹂の記述より、譲治の創作意識のなかで﹁魔法﹂は童話で あり、﹁けしの花﹂は小説であるというジャンル認識がはっきりして らこれらのことを確認する際、小説﹁けしの花﹂の初出形︵ ﹃経済往来﹄ 発表形︶と本草稿﹁魔法﹂および﹁魔法﹂初出形︵ ﹃赤い鳥﹄発表形︶ いることも窺える。 とを比較することによって、構成の違いを指摘すると、小説﹁けしの花﹂ が﹁一﹂ ﹁二﹂ ﹁三﹂の三章構成であるのに対して、 童話﹁魔法﹂は﹁二﹂ なおここで、譲治﹁ノート﹂より、﹃赤い鳥﹄に送った作品で原稿 枚数が明記されているものを挙げると、以下のようである。 ﹁河童﹂ ︵掲載時の題名表記は﹁河童の話﹂ ︶十枚、 ﹁善太と汽車﹂ 章のみの内容が使われている。ここから、童話﹁魔法﹂には小説﹁け 章に出てきた登場人物や出来事をすでに削除したり、 ﹁二﹂章の終わり しの花﹂の﹁一﹂ ﹁三﹂章を使わなかったことで、 譲治自身が﹁一﹂ ﹁三﹂ を童話﹁魔法﹂の結末らしくまとめたりするなど、 小説﹁けしの花﹂の﹁二﹂ 十四枚、 ﹁正太と蜂﹂十三枚、 ﹁ロバと三平﹂十一枚、 ﹁樹下の宝﹂ ﹁支那手品﹂十五枚、﹁鯉﹂十五枚、﹁激戦﹂十五枚、﹁雀とカニ﹂ ︵ ﹁スヾ 章を単独で童話﹁魔法﹂として成立させるために、必要な推敲を加え 十五枚、﹁村の子供﹂︵ ﹁村の子﹂︶十三枚、﹁ダイヤと電話﹂十三枚、 メとカニ﹂ ︶十四枚、﹁畑の芋﹂ ︵ ﹁芋﹂ ︶十一枚、﹁鮠の幽霊﹂ ︵﹁ハヤ﹂︶ なお、以下の翻刻では、本草稿において、譲治執筆の最終稿から、 させていると推定できるのである。 きる﹁二﹂章に譲治自身が手を加えることで童話﹁魔法﹂として成立 が先に成立して、そこからちょうど原稿用紙十五枚に整えることがで ていたと考えられる。要するに、原稿枚数七十枚の小説﹁けしの花﹂ 十枚、 ﹁城山探検﹂二十枚、 ﹁蜜蜂の女王﹂ ︵﹁蜂の女王﹂ ︶十二枚、 ﹁ ス キ ー﹂ 十 四 枚、 ﹁ 異 人 屋 敷 ﹂ 十 五 枚、 ﹁犬の日曜学校﹂ ︵﹁日曜 虫﹂︵﹁でん く 学校﹂ ︶十五枚、﹁引越しの日﹂ ︵ ﹁引つ越﹂︶十三枚、﹁お馬﹂十五枚、 く 虫﹂ ︶十五枚、 ﹁狐狩り﹂︵ ﹁狐狩﹂ ︶十五枚、 ﹁ペルーの話﹂十二枚・ ﹁どろぼう﹂十五枚、﹁魔法﹂十五枚、﹁デン 十四枚・十四枚・十四枚の四回にわたる掲載、 ﹁真珠﹂十二枚、 ﹁ビ 三重吉がどのように手入れをして最終形に至ったのかという草稿上の 変化の確認を目的として示しているが、前述したように本草稿手入れ 後、﹃赤い鳥﹄ 掲載形に至るまでの校正段階で、 さらに変更の手が加わっ 葉﹀の最終行の ていることも明らかである。その変更の多くが、表記上の統一などを 主とする性質のものであるが、なかには例えば︿第 容の入った最終形である。 ﹂を用いた。 草稿﹁魔法﹂ 魔 法︵童話︶ ︿第1葉﹀ ﹁兄ちやん、おやつ。﹂ けこんで︻行↓い︼きま︻した。↓すと、︼ 坪田譲治 ︵改行あり︶↓︵改行トル︶︼と、 ︻叫↓さけ︼んで、三平が庭へ驅 ︻ ﹁馬鹿っ。︻黙↓だま︼ってろ。今、おれ、魔法を使ってるところなん だぞ。 ﹂ 兄の善太が手を上げて、三平をとめました。 ﹁魔法︻。↓?︼﹂ 三平は何︻とも↓のことだか︼解らず、︻唯だ↓たゞ︼ビックリ︻致 ↓︵削︶ ︼しましたが、善太は大得意で、 ︻ひげ↓ひげ︼をひねるやう な眞似をして︻云↓言︼ひました。 ﹁へん、魔法だぞう。﹂ ﹁魔法て何さ。﹂ 四、編集のための文字や記号は除いた。 分で小鳥になったり、鷲になったり︻︵無︶↓さ︼。鷲になるのいゝな ていふのがあるだろう。人間を羊にしたり、犬にしたり、それから自 ﹁ 魔 法 を 知 ら な い の か い。 童 話 に よ く 出 て く る ぢ あ な い か。 魔 法 使 っ 五、旧漢字は新漢字に改めた。旧仮名づかいはそのままとした。 ︿第2葉﹀ あ。飛行機のやうに空が飛べ ける場合があるが、この点のみ意味を汲んで統一した。 るんだ。 ﹂ 六九 六、助詞の﹁が﹂や﹁で﹂など、坪田譲治の書き癖として、濁点が抜 三、不明な文字については︹○字不明︺とした。 二、重ね字は、草稿の表記通り﹁ く ︹翻刻にあたって︺ 凡 例 一、︻ ↓ ︼内の記述は、矢印前の記載が坪田譲治の書いた初 期形の最終稿であり、矢印後の記載は、鈴木三重吉による手入れ内 二 翻刻 ないことは、前掲した譲治の文章より知られるところである。 右する変更も確認される。この校正段階においても譲治が関わってい ﹁二人﹂が、 ﹃赤い鳥﹄誌上では﹁善太﹂に変えられるなど、内容を左 10 ん。それで兄ちやん、今、鷲になるところなの。﹂ 七〇 し坊主は氣味の悪いものであります。まるで、花の中に︻坊さん↓河 ー ﹁ふ 童の子︼が立って列んで︻居↓ゐ︼るやうに︻見へ↓思へ︼ます。そ の坊主の上で蝶々は羽根を開いたり閉ぢたりして︻居り↓ゐ︼ました。 の羽根を詳しく見ようと︻覗↓のぞ︼き︻込↓こ︼みました。その羽 見てゐ︼なさい。 ﹂ ﹁さうぢあないよ。まあ、いゝ から︻見てゐ↓兄ちやんが見てる方を 根には不思議なことに、眉毛の︻ある眼↓ついた、目︼のやうな模様 ︻ ︵改行なし︶↓︵改行入れる︶ ︼そこで三平は顔を近よせて、その蝶 ︻けし↓けし︼の花。何十と列ん それで三平は黙って、日の静に照つてゐる庭の方を眺めました。そ こにはけしの花が咲いてゐました。眞紅な大きなけしの花。黄色な小 く さな︻けし↓けし︼の花。白い が一つづゝ奇麗について︻居り↓ゐ︼ました。 、ちら ﹁だってさ。﹂ ﹁馬鹿っ。蝶だって、︻眼↓目︼は頭について︻らあ↓るよ︼ 。﹂ と、︻そこで↓︵削︶︼三平が︻云↓言︼ひました。 で咲いてゐました。︻ ︵改行なし︶↓︵改行入れる︶︼その花の上を一 。紅い花のまわりを飛んでるかと思ふと、もう白 ﹁兄ちやん、蝶には羽根に︻眼↓目︼がある︻らしいよ↓のね︼。 ﹂ 、ひら く 羽の蝶が飛んでゐました。小さな、白い、五銭玉のやうな蝶々です。 く く い 花 の 上 の 方 へ。 黄 色 の 花 の 中 へ も ぐ り︻ 込 ↓ こ ︼ ん だ か と 思 ふ と 、 ひら 。 も う 三 メ ー ト ル も 四 メ ー ト ル も 上 の 空 へ 舞 ひ 上 り、 ち ら く さう︻云↓言︼つて、三平がもう一度顔を近よせようとし︻まし↓ ︵削︶︼た︻時↓とき︼ 、蝶はひらくと舞ひ立って にして飛んで︻行↓い︼きました。三平か口を開けてゐたら、その口 、三平の鼻や︻眼↓目︼の上を、その小さな翼で︻叩↓たゝ︼くやう ︿第4葉﹀ 間にか、 ︻何處↓どこ︼からかしら︻へ↓︵削︶︼舞ひ出て來るのであ の 中 へ 入 っ て し ま っ た か も 分 ら な い 位 で あ り ま す。︻ ︵改行なし︶↓ ︻ 此 ↓ 今 ︼ 度 は 葉 つ ぱ の 中 へ も ぐ り ︻ 込 ↓ こ ︼ ん で、 ︻何處↓どこ︼ とも知れず見︻へ↓え︼なくなってしまひます。しかし、またいつの りました。 く ︵改行入れる︶︼三平は驚いて、顔をそむけ、手をあげて、蝶を︻叩き ︿第3葉﹀ ﹁兄ちやん、もう魔法使ったの。 ﹂ く ひら ︻ ︵無︶ ↓と︼、見る間に空の上に︻昇↓のぼ︼り、それからどことも知れず ぐ 飛んでってしまった。 ﹂ 見︻へ↓え︼なくなってしまいました。その︻時初↓とき、 はじ︼めて、 ↓たゝかうと︼しましたが、蝶はやはりひら また三平がきゝました。 ﹁黙ってろ。 ﹂ ﹁あゝあ、とう く そこでまた三平は︻眼↓目︼の前の蝶を眺めました。蝶は今けし坊 主の上にとまって︻居↓を︼ります。けしの花は美しくても、このけ 空︻に↓へ︼飛んでしま︻い↓ひ︼ました。すると善太が話し出しま ﹁三平ちやん、魔法教へてやらあ。 ﹂ した。 ふのでありませう↓のことでせう︼。三平は不思議でならず、また聞 ﹁うん︻っ↓ッ︼。 ﹂ ︻︵ 改 行 あ り ︶ ↓︵ 改 行 ト ル ︶︼ と、 善 太 が 大 息 を つ い て︻ 云 ↓ 言 ︼ ひました。︻が、↓︵削︶ ︼しかし、︻こ↓そ︼れ︻が↓は︼何︻とい いて見︻るのであり↓︵削︶︼ました。 ﹁どうするの。﹂ 三平は大喜びで、兄ちやんの側へよって來ました。 ﹁分んない奴だなあ。 ﹂ ﹁どうして魔法なの。 ﹂ と に し た ん だ よ。 ね、 ︻眼↓目︼をつぶってさ、蝶よ、來いって、口 氣がして來たんだよ。それでね、まづ第一に蝶をこゝへ呼び寄せるこ ︿第6葉﹀ れを見てると、 ︼何だか、かう魔法が使へさうな し︼の花がこんなに︻沢山↓たくさん︼咲いてるだらう。 ︻︵無︶↓こ ﹁まあ、きゝなさい。僕ね、さっきこゝへやって來るとね。︻けし↓け ﹁今のが魔法なの。﹂ ん。 ﹂ ﹁さうさあ。 ﹂ ー ﹁ふ ︻︵改行あり︶↓︵改行トル︶︼と︻云↓言︼ったものゝ、やはり三 ︿第5葉﹀ ↓目︼をあけたら、ちやんと蝶が來て花の上を飛んでんのさ。 ﹂ 平には分りません。 さう︻云↓言︼ってるところへ、またさっきの蝶が舞ひもどって來 ました。 ﹁ふ ん。﹂ よ來いって︻云↓言︼ふんだね。なあんだ。僕んだって出來らあ。﹂ ﹁さうかあ。それか魔法︻なんだね↓か︼。 ︻眼↓目︼をつぶって、蝶 ー の内で︻云↓言︼ったんだよ。それから、 もういゝかなあと思って、︻眼 ﹁し︻っ↓ッ︼ 。 ﹂ 三平は感心してしま︻い↓ひ︼ました。 した。すると蝶︻が↓は︼またけし坊主の上にとまりました。そこで く ︻︵改行あり︶↓︵改行トル︶︼と兄ちやんが︻云↓言︼ひますので、 ↓とぶのを︼を︻眺め↓見てゐ︼ま 三平はまた黙って蝶の︻ひら 三平はまた顔を近よせました。どこに魔法があるのか、よく見たいと ず︻い↓ゐ︼ぶん讀んでるんだもの。アラビヤン・ナイト、グリム童 話集、アンデルセン、何十って知ってらあ。知ってるから出來るんぢ これを聞くと、善太が笑ひ出しました。 ﹁駄目だい。三平ちやんなんかに出來るかい。僕なんか、魔法の話を に 思ったからであります。しかし蝶の方では見られては困るのか、羽根 と、 ︼三平の顔とすれ く を︻やけに↓︵削︶ ︼忙しく開いたり閉ぢたり︻ ︵無︶↓したとおもうと︼、 く また︻そして↓︵削︶︼︻ ︵無︶↓ひら 七一 あないか。三平ちやんなんか、何も知らないんだらう。 ﹂ ひさへすりやいゝんだもの。ようし ﹁ いゝ や、 知 ら な く た っ て いゝ や。︻ 眼 ↓ 目 ︼ を つ ぶ っ て、 ︻云↓言︼ ︿第7葉﹀ 小さい蝶々、もう一度出て來うい。來な ― いと、石ぶ︻っ↓︵削︶ ︼つけるぞう︻ 、やろう︻っと↓ッ︼。 ↓︵削︶ ︼。 ﹂ ― ﹁來るかい。そんなことで。蝶々、 來ちや駄目だぞう。來たら、 棒で ︻叩 ↓たゝ︼き落すぞう。﹂ ↓ 言︼ひました。 七二 ︻此 ↓ 今︼度は善太の方で困ってしま︻い ↓ ひ︼ました。そこで︻云 蝶大好きなんだ。 ﹂ これを聞くと、三平がかへって喜んでしま︻い↓ひ︼ました。 ﹁ う ん、 蝶 に し て︻︵ 無 ︶↓ よ ︼ 。︻ 直 ↓ す ︼ ぐ し て︻︵ 無 ︶↓ よ ︼ 。 僕、 ﹁だって、、蝶になったら、もう人間になれないんだぞ。 ﹂ ﹁いゝや。空が飛べるからいゝや。 ﹂ ﹁ ︻内 ↓ 家︼になんぞ帰れないぞ。 ﹂ ﹁いゝや。飛んで帰ってしま︻う ↓ ふよ︼ 。﹂ ﹁帰ったって駄目だ。蝶だもの。 ︻誰だって↓だれも︼相手にしてくれ ぐ 魔法の喧嘩になって。二人でそんなことを呼び合ひました。 とう それから二人は、蝶が來るか來るかと待ってゐましたが、蝶は︻つい してしま︻う↓ふさ︼ 。 ﹂ りやしない。追ひ出せ、追ひ出せ︻って↓ッて、 ︼、 ︻ 叩 ↓ たゝ ︼ き 出 ︻けし↓けし︼の花ばかりが静かな日光︻︵無︶↓ の中︼に美しく咲い ﹁いゝや。いゝから蝶にして︻ ︵無︶↓ よ︼ 。︻直 ↓ す︼ぐして ︻︵無︶ ↓よ︼ 。﹂ ぞ↓中々︼姿を見せません。︻それに、風がパツタリ止って、↓たゞ︼ てゐ︻ました↓るきりです︼。 ﹁さうらね。兄ちやんが︻云↓言︼ふ通りだらう。魔法の蝶なんだもの。 であり ↓ ときであり︼ました。垣根の外を一人の坊さんが通りかゝ 三平がさう︻云↓言︼って。善太の手を引張って︻居 ↓ ゐ︼る︻時 そ︼れを見ると、善太が小さい声で︻云 ↓ 言︼ひました。 りました。坊さんは黒い着物に黄色い袈裟をかけてゐました。︻こ ↓ 來るなって︻云↓言︼ったら、 どんなことがあっても來やしない。だっ て、あの蝶︻︵無︶↓、︼人間がなってんだぞ。だから、人間の言葉が ﹁待ってろ。待ってろ。 ﹂ ﹁うん、︻直 ↓ す︼ぐして。 ︻直 ↓ す︼ぐして見せて︻ ︵無︶↓よ︼ 。﹂ だらう。ね、あれを僕今、蝶にして見せるから。 ﹂ ︿第9葉﹀ ﹁三平ちやん、見な。あそこを坊さんが︻行 ↓ い︼く 分るんだ︻ ︵無︶↓ ぞ︼ 。﹂ 善太は得意になりましたが、三平はきゝません。 ﹁嘘だい。蝶は毛虫がなるんぢあないか。 ﹂ 蝶にしっちまうぞ。 ﹂ ﹁嘘なもんか。そんなこと︻云↓言︼ふと、三平ちやんだって、直ぐ ︿第8葉﹀ ﹁ならないぢあないか、兄ちやん。早くしないと、︻彼方 ↓ あつち︼へ ︻行 そこで聞いて見︻るので↓ま︼した。 ﹁ほんとう。兄ちやん、ほんとに魔法使ったの。﹂ ﹁さうさあ、大魔法を使ったんだ。 ﹂ ↓い︼っち︻ ︵二字不明︶↓やふ︼ぢあないか。 ﹂ ん。いつ使ったの。 ﹂ ﹁今って、何もしなかったぢ︻あ↓や︼ない︻か↓の︼。 ﹂ ﹁ふ ー ﹁いゝんだよ。いゝんだよ。 ﹂ ︼行っち︻あっ↓やッ︼た。駄目だよ、兄ちやん ﹁今さ。﹂ ぐ ↓く さう︻云↓言︼ってる間に、坊さんは︻彼方へ行↓向うへい︼って しま︻い↓ひ︼ました。 ﹁ そ れ が し た の さ。 三 平 ち や ん な ん か に 分 ん な い や う に や っ た ん だ。 ﹁ と う︻ なんか。早くしないから︻行↓い︼っち︻あっ↓やつ︼ったぢ︻あ↓ だから、魔法なんだ。 ﹂ く ん、さうかねえ。 ﹂ や︼ないか。僕、人間が蝶になるところが見たかったんだ。 ﹂ ー ﹁ふ ︻いよ ↓︵削︶ ︼三平は︻︵無︶↓すつかり︼感心してしま︻い↓ひ︼ ました。それから二人は通る人ごとに魔法を使って、ト たら怒っちま︻う↓ふ︼だらう。だから、分らないやうにして、︻し まうん↓やるん︼だ。どこにゐたって出來るんだから、︻眼↓目︼の ︿第 葉﹀ ﹁だって、そりや駄目だ。あの人、蝶に︻な↓す︼るって︻云↓言︼っ 前にゐない方がかへっていゝんだよ。﹂ と風に乗って飛んで來まし ンボにしたり、バッタにしたり、蟬なんかにまでしてしま︻い↓ひ︼ ました。自動車を運轉手ごと魔法をかけたら、それはカブト虫になっ 丁 度 さ う︻ 云 ↓ 言 ︼ っ て る と こ ろ で し た。 一 羽 の 黒 あ げ は が ひ ら く て、樫の木の枝の上にとま︻ってゐ↓り︼ました。運轉手がゐないの てゐたので、それだといふことにきめました。︻ ︵改行なし︶↓︵改行 た。 七三 小僧は土の中にゐるもので、︻それをさがし當てるに苦労しまし↓と 肉屋の小僧はミヽズにしてやりました。ところがミヽズにした肉屋の ぱの中に︻とま ↓ ぶら下︼ってゐました。三河屋の小僧はイナゴにし、 入れる︶︼背の途方もなく高いチンドン屋が通ったので、それに魔法 ﹁さうらあ、來た、來た。 ﹂ これで三平も少し︻く↓︵削︶︼不思議になって來ました。ほんとに、 こ の あ げ は の 蝶 と、 今 の 坊 さ ん、 ど こ か 似 た と こ ろ が あ る や う で す 。 ↓やつ︼た。早いもんだ。﹂ をかけたら、それはカマキリになって、いつの間にか、けしの花の葉っ で、さがしてゐたら、その角の先に油虫のやうな小さな虫が乗っかっ ︿第 葉﹀ 11 善太が︻こ↓そ︼れを見て、大きな声を出しました。 ﹁ね、これ、今の坊さんなんだよ。もう蝶になって飛んで來ち︻あっ 10 うくさがし出せませんでし︼た。 遊びました。 ︻さうして↓︵削︶ ︼二人は、 ︻こ ↓ そ︼のカブト虫やカマキリやバッ タやトンボを︻捕↓つかま︼へて來て、縁側に行列をつくらせて、お く やつを食べ 前に︻云↓言︼ひました。 ところで、その翌日のことであります。善太が学校へ︻行↓い︼く ︿第 葉﹀ 七四 ﹁でも、︻内に↓家へ︼入って來る︻時↓とき︼には三平ちやんに分ん ないやうに、門のとこから蟻になって︻這っ↓はっ︼て來るかも知れ ないよ。そして、そうっと ︿第 葉﹀ 三平ちやんの背中へ︻這↓は︼ひ︻こんで↓上つて︼、手の届かない ところをチクッとさしてやるんだ。わあ、面白いなあ。 ﹂ ﹁ふ ﹁だったら蛇になって來る。三平ちやんが庭へ出てるところへ︻這↓、 でひねりつぶしてしま︻う↓ふ︼から。﹂ ﹁蟻なんかなら︻訳↓何でも︼ないや。 ︻直↓す︼ぐ着物をぬいで、指 これを聞くと、三平も黙って︻居り↓ゐ︼ません。 ﹁トンボなんかになるかい。 ﹂ は︼って︻行↓い︼って、 ガブッと、 手でも足でもかみついてしま︻う ︻っ↓ッ︼ 。﹂ ッ、飛行 こ︼んで來︻ます↓る︼と、 れかも分らないと追︻ひ↓つ︼かけて見たり、道から犬が驅け︻込↓ てゐま︼した。 ︻そして↓︵削︶ ︼蝶が飛び立つと、もしかしたら、そ り、けしの花の中を︻覗↓のぞ︼き︻込↓こ︼んだり︻するので↓し 空の方を見たり、道の方を見たり、樫や檜の茂みの中をさがし廻った て來るかと、それが楽しみで、 ︻一生懸命待ってるのでした。↓︵削︶︼ ゐました。魔法を使って帰って來るといふのだから、何になって帰っ その日の午後のことであります。三平は庭へ來て兄ちやんを待って ︻ 此 ↓ 今 ︼ 度 は 善 太 は 蛇 の や う な 眞 似 を し て、︻ 逃 げ る ↓︵ 削 ︶︼ 三 平を追ひ廻しました。 ﹁ぢ︻︵無︶↓やァ︼、蝶がいゝよ。奇麗なく蝶々。 ﹂ ﹁ぢあ、何にするの。 ﹂ ると、また︻云↓言︼ひました。 く ッパタ ︻此↓今︼度は鳩の飛ぶ眞似をして座敷を廻りました。一︻︵無︶↓ ど︼廻︻りする↓る︼とまた︻云↓言︼ひました。 機より早いんだ。 ﹂ ﹁もしかしたら、鳩だ。白鳩、傳書鳩。パタ く 似を︻やり始↓しはじ︼めました。 ︻︵無︶↓そして︼座敷を一廻りす 善 太 は も う 両 手 を︻ 拡 ↓ ひ ろ ︼ げ て、︻ つ ば め ↓ つ ば め ︼の 飛 ぶ 眞 いからねえ。空を一飛びだ。つ ﹁さうだなあ。僕、もしかしたら、つばめにするかも分んないよ。早 ー ↓ふぞ。 ︼さうら、蛇だ︻あ↓、 ︼蛇だあ。﹂ ん。ぢ︻あ↓やァ︼ 、トンボになって來るの。 ﹂ 13 ﹁駄目だい。蝶なんか︻嫌い↓きらひ︼だ︻ ︵無︶↓よ︼ 。﹂ ー ﹁三平ちやん、僕今日学校から魔法を使って帰って來るぞ。﹂ 12 ︿第 葉﹀ ︻そして↓︵削︶︼こんなことを︻云↓言︼って見ました。しかし、︻犬 ﹁こら、兄ちやんだらう。僕には分ってるぞう。﹂ すると、 ︻ ︵改行あり︶↓︵改行トル︶ ︼と、 三平︻が云↓は言︼ってしまいました。 ﹁嘘だい。﹂ しかし兄ちゃんが何だか︻嘘らしい↓くすぐつたさうな︼顔をして、 ニコ 笑ってゐ︻ます↓る︼ので、 もうやめて入って來たんだよ。﹂ に な ん ぞ︵ 四 字 不 明 ︶ あ り ま せ ん か ら ↓︵ 削 ︶ ︼ 犬 は︻ 唯 だ ↓ た ゞ ︼ かと、尾っぽをしきりに振り立てました。︻それで↓︵削︶ ︼放してや んだよ。 ﹂ ﹁ ほ ん と う は 兄 ち や ん 風 な ん だ よ。 そ れ が 魔 法 を 使 っ て 人 間 に な っ て ぐ 兄︼ちやんがハッく笑︻ひ そんなことを︻云︵四字不明︶↓言つて、 嘘︻ ︵無︶↓だ︼といふことが分︻って、 ました↓ふ︼ので、とう ↓りました。 ︼ 。﹂ ﹁ ︻︵無︶↓やァい、︼嘘だい く ﹁こら、兄ちやんか。もう逃しっこないぞ。﹂ ︻ ︵改行あり︶↓︵改行トル︶ ︼と、 三平がと︻りかゝって行き↓びかゝ つていき︼ました。それで二人は座敷で大相撲を︻始↓はじ︼めまし く ︻︵改行あり︶↓︵改行トル︶︼と︻ ︵無︶↓、いぢつて︼遊び︻始め↓ て、大分久しく遊ん︻だ時で↓でゐま︼した。︻ ︵無︶↓と、 ︼ 玄 関 で、 ︵削︶︼ました。︻つい↓いつの間にか︼魔法︻など↓のことも︼忘れ 吉備路文学館のご理解とご協力を賜ったことを感謝申し上げたい。 ※ 今回の解題と翻刻にあたっては、坪田譲治の三男坪田理基男氏、 葉﹀ ︻居り↓ゐ︼ます。 ︿第 ﹁兄ちやん、魔法は﹂ ﹁あっ、魔法か。今、門まで風になって吹いて來るんだけど、門から る。 七五 ︵やまね ともこ/ 本学教授︶ ※ 翻刻作業において、本学博士後期課程在籍中の白根直子、本学平 成一七年博士前期課程修了生山脇佳奈の協力を得たことを付記す 兄ちやんの声がしました。駆けてって見ると、兄ちやんが靴をぬいで た。︵をはり︶ そしてそれを捕へると、縁側へ持って來て ﹁︻デン 虫々、↓︵削︶︼槍出せ、角出せ。﹂ しかけて見ました。 虫を見つけました。それを見ると、また、もしかしたらと考へて、話 ︻色々虫をさがし廻った末 ↓ そのうちに、 ︼三平は庭の隅でデン く ると、︻犬は↓大急ぎで︼どっかへ駆けてってしまいました。 く 不 思 議 さ う に 目 を パ チ ク リ︻ や り ↓ さ せ ︼ 、何か食べものでもくれる これも怪しいと、捕へて見たりしました。 14 15 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 本動詞について 現代語﹁かかる/かける﹂の素描 はじめに 現代語の﹁かかる/かける﹂の本動詞について、用法の素描を試み る。多義故に﹃日本国語大辞典﹄などが大分類で五、更にその下位に 四八もの項を設ける語であるが、これをわかりやすく統一的に記述し たものが﹃基礎日本語﹄︵森田一九七七︶である。﹁それ自体では不安 七六 星 野 佳 之 礎日本語﹄は、 ﹁BニAガかかる﹂というモデルのもと、﹁重さをBに あずけて位置を固定させる﹂用法として、次の諸例を挙げる。 壁に額が掛かっている。 ︹用例群1︺ ︵注1︶ 洗濯物がさおに掛かっている。 ガス台に鍋がかかっている。 帽子掛けには帽子が掛かっている。 6 たくさん帽子の掛かる帽子掛け 屋根に梯子が掛かっている。 し て く る。 そ の よ う な 状 態 に 持 っ て 行 く こ と は﹁ か け る ﹂ ﹂という記 7 岩角に右手が掛かったので転落をまぬかれた。 1 2 3 4 5 述から出発するその解釈に、本稿も基本的に賛成であるが、ささやか 8 川に橋が架かる。 定な状態にある事物が︵安定するように︶他の事物を支えとして関係 な追加ができないか、試みたい。考察も基本的に同論の挙げた用例を ア ハンガーに上着を掛ける。 性﹂とでもいうべき特徴を認めてはどうかと考える。具体的には、額 ウ 相手の肩に手をかける。 先述のように、本稿もこの記述に基本的に賛成であるが、更に﹁部分 イ 薬罐を火にかける。 もとに行う。 一 具体的用法 物理的移動や行動を表す具体的用法について考察する。﹃基 まずは、 どに対して﹁かかる/かける﹂といわないのは、これが固定のために 意義的要素なのではないかと考えるのである。例えば選挙ポスターな させるのであるが、これは﹁かかる/かける﹂にとって、実は重要な るBではない。これらの例でニ格は、固定される場所を示すのではな て固定される側である。つまりこの場合、ドアは︹用例群1︺におけ ドアに 鍵︵A︶を かける。 では、Aたる鍵は既に﹁ドア﹂の一部であって、そのドアがAによっ て、上着全体をハンガー︵B︶に固定するのであるが、 との間に微差があって、例えば例文アでは、上着︵A︶の一部を委ね 全面をのり付けしてしまっているからではないか。このように非適格 ︵1︶にせよハンガー︵ア︶にせよ、 ﹁Aの一部を﹂Bにゆだねて固定 例をふまえて、A全体の重さに対する、それを支える部分の小ささに く、たとえば に﹁ ・・・ に﹂を補うことは困難である。しかしそれは 着目すると、次の諸例もこの特徴を共有することに気づく。 文上に顕現させにくいだけで、 ︹ 用 例 群1 ︺ 風 に 意 味 す る と こ ろ の B を 見 い だ す こ と は 可 能 で、 そ の ま ま で は 落 ち て し ま い そ う な ズ ボ ン 群2︺は1と区別されるところがあるものの、全体の一部を用いてA 働いているのではないだろうか。こう考える時には、 実は︹用例群1︺ 動きかねない全体に比して、固定のための部分が相当に小さいことが のかもしれないが、 それでもこの表現が命脈を今に保つ要素の一部に、 など、器具に由来するかなり具体的な動作から定着していった慣用な る ﹂ な ど も 同 類 と 考 え て よ い の で は な い だ ろ う か。 元 は﹁ 掛 け が ね ﹂ 人 に 対 す る 縄 の 当 然 の 小 さ さ も 理 由 で あ る が、 ﹁鍵がかかる/をかけ 11 ︹用例群3︺ 本にカバーが掛かっている。 チョコレートのかかったケーキ。 イチゴにミルクがかかっている。 七七 礎日本語﹄ ︶ものであり、一部ならぬ全面が問題となるからである。 例群3︺を直ちに説明する必要があろう。これは﹁Bを覆い隠す﹂ ︵﹃基 次の︹用 こうしてAの一部とか部分とかいう特徴を指摘するならば、 所的に固定されていると見て間違いではあるまい。このように︹用例 奪って一定範囲から先には逃げられないようにするのであるから、場 な ど 更 にB を 意 味 的 に 見 い だ す こ と が 厄 介 な が ら、 そ れ で も 自 由 を ︵ A ︶ が 固 定 さ れ る 先、 則 ち 胴 体 と で も 言 え る だ ろ う。 エ の﹁ 罪 人 ﹂ 9 ドアに鍵がかかっていて入れない。 厳重に縄の掛かった行李。 太りすぎてボタンが掛からない。 エ 罪人に縄を掛ける。 オ ホックを掛ける。 ﹁動いてしまう状態のAを、Bによってしっかり固定させる。﹂という を固定する点では同じであり、微差という次第である。 の小ささはここでも生きている。 ・エの服全体に対するボタン、罪 ﹃基礎日本語﹄に再び同調したいが、更に先ほどのAを固定する要素 ︹用例群2︺ 11 9 14 13 12 11 10 ︶に対し、A︵カバー、 ・・・ カ 火燵に蒲団を掛ける。 キ うどんにあんを掛ける。︵あん掛けうどん︶ ク ごみを埋めて泥を掛ける。 しかしこれらの説明も比較的簡単で、面積の上では全面を覆うにして も、本体と言うべきB︵本、ケーキ、イチゴ 七八 などに限られる。﹁雪﹂が山一面を覆うこともあろうが、風で吹き飛 ばされたりしにくいこの場合は﹁かぶさる/覆う﹂と言うことはあっ ても、﹁かかる﹂は使いにくいであろう。 ︹用例群4︺ ここまでの諸用例群を以上のようにまとめると、次の︹用例群4︺ はいささかタイプが異なる。 軒下では雨がかかるから、洗濯物を取り込もう。 ︶ は 表 面 の み を 覆 う、 薄 い も の で な け れ ば ・・・ ならず、大きさの上からいうだけでも、B=大、A=小の関係がある デッキにいると波のしぶきが掛かる。 チ ョ コ レ ー ト、 ミ ル ク ものばかりである。かつ、いつでも着脱可能で、決して融合しないと 不安定と、通底するものと思われる。この︹用例群1︺の﹁不安定﹂ るために、依然全体の重さをアンバランスに固定しているに過ぎない 定するように﹂Bに身を委ねると同時に、しかしそれはAの一部であ は﹁AがBに向かってきて、Bに当たる﹂ ︵﹃基礎日本語﹄ ︶ことを表 態でないことからもそれは明瞭であると思うが、この︹用例群4︺で 移動は伴うが、それを表現するわけではない。1の﹁ている﹂が進行 ちろん︹用例群1 ∼3︺も、 ﹁ 固 定 前 ﹂ か ら﹁ 固 定 ﹂ へ の 変 化 の 際 に 工場地帯なので干し物に煤煙が掛かって黒くなってしまう。 コ 塩を掛けて食う。 サ 雨蛙に小便を掛けられた。 シ 頭から水を掛ける。 主な違いは、︹用例群4︺が移動動詞の一種だということである。も いう特徴もこの際指摘したい。 に︹用例群3︺の側で対応するのは、全面をBに委ねることはできて て考えるに、これらAとBの関係は、 ︹用例群1︺において、Aが﹁安 と い う 点 を 挙 げ た い。 再 び 非 適 格 例 を 持 ち 出 し て こ の 特 徴 を 浮 か び さて、移動動詞という以外の︹用例群4︺の特徴は何か。 ﹁B は A に 比 し て 強 大 で、 A の 衝 突 の 影 響 を 受 け て 変 化 を 被 っ た り は し な い ﹂ 理解することもできる。 16 ケ 上着を掛けてやる。 などもこの類に入ると思うが、ケは袖を通すことを意味しない。併せ も、いつでもBから離れ得る状態にあり続けること、即ち︹用例群3︺ ﹁洗濯物に雨がかかっている﹂は進行態として自然に すのであり、 18 17 16 の可動性なのではないだろうか。 だから、自然現象の例である次の例も、この︹用例群3︺の類と認 めたい。 一面に霧がかかる。 ﹁かかる﹂ことができるものは、すぐに晴れるべき﹁霧、雲、もや⋮﹂ 15 上 が ら せ て み る と、﹁ ト ラ ッ ク、 石、 本 ﹂ な ど は な か な か﹁ か か ・・・ る﹂ものには該当しにくいだろう。液体で言えば﹁雨﹂ ︵ ︶ ﹁しぶき﹂ てみても ﹁押し寄せる、襲う、覆う ︵注2︶ かる﹂の主語にはなっていない。 二 具体的用法 その一方、抽象用法はかなり多岐に亘り、全てをABの大小関係で 解決することは難しいように思う。但し、一部にはやはりその関わり を見いだせると思われるものがあるから、まずそれを見ておきたい。 ︹用例群5︺ 彼に迷惑がかかった。 き か け 作 用 ﹂ が﹁ か か る ﹂ の 場 合 は マ イ ナ ス の 事 に 限 定 さ れ る よ う ・ 。これなども、小 ︵注4︶ ・セ・ソの例は特に﹃基礎日本語﹄が言及してい 事Aが及んだという把握がこの抽象用法に生きているからではないだ 破滅がかかった/をかけた﹂ということはない ﹁Aの働きかけや作用がBに達し及ぶ﹂︵ ﹃基礎日本語﹄ ︶のだが、﹁働 さあ何人でも掛かってこい。 束になって掛かっても、かなわない。 Aが文の上で明示されることは少なく、その意味で﹁話し手がB側に のように、Bの勝 で、更にそれは小事である必要がある。﹁迷惑/面倒/手間/厄介⋮﹂ 横綱に向かって掛かっていく。 例群4︺の類例とまとめてよいように思われる。 ︹用 この特徴をふまえると、次の例は若干抽象度を増すのであるが、 ﹂などと共起はしても、 ﹁か ・・・ ︵ ︶などが馴染むのであって、 ﹁波、津波﹂などは、新聞等を検索し 16 立っての表現﹂︵ ﹃基礎日本語﹄ ︶ で あ る が、 A が 不 明 な が ら も B に 対 ・ 。 21 ︵注3︶ ろうか。次の この一球に選手生命がかかっている。 ないものだが、これらも同様に考えたい。 24 ている。 の﹁横綱﹂は言うまでもないが、 ちを前提とした文脈がよく馴染む表現であろう * * * 23 20 こうして︹用例群1︺から︹用例群4︺まで、抽象的用法はA・B の大小関係を軸にしてかなりの範囲まで説明できるのではないかと考 える。 セ この一球に選手生命をかける。 上司からねぎらいの言葉がかかる。 23 24 七九 ソ 部下にねぎらいの言葉をかける。 及びセにおいて、一球が選手生命を左右するとは大袈裟な話だが、 23 19 は嫌な事ではあるが、日常レベルのことであり、﹁彼に致命傷、災難、 ス お手数をかけました。 22 17 する小ささ、逆に言えばAに対するBの強大さが明らかな特徴となっ 21 20 19 実はこの大袈裟さがないと﹁かける/かかる﹂は使えないであろうと 簡単であろう。 時的にはここが本・複合両用法の架け橋である、とでも言えれば話は 合動詞としての﹁かかる﹂に関連を疑うべき本動詞用法であって、共 八〇 思 わ れ る。 現 に、 ﹁日々の練習と精神的鍛錬と健康管理と競技研究の 医者にかかる。 裁判にかかる。 ︹用例群7︺ 第一点目から説明すると、 る/かける﹂に様々な消長が見られるということ。 り残された用法があること、次に通時的に瞥見しても複合動詞﹁かか らである。まず、現代語の本動詞﹁かかる/かける﹂に、まだまだ取 しかしここで慎重にならざるを得ないのは、主に次の二点があるか 三 統一的把握の問題点 総体に選手生命はかかっている﹂と言ってみると、内容は正しいだろ ・ソであるが、これらの類例として﹁かかる うに何とも言いづらい。選手生命とそれを支えるものが釣り合ってし まうからである。また /かける﹂にふさわしいのは﹁ねぎらいの言葉、一言、挨拶﹂程度の 片言か、 さもなくば﹁号令﹂くらいで、﹁転勤の命令をかける﹂とかいっ た、実質的若しくは重要な内容の伝達には不向きである。 が見いだせるかもしれない。 また、次の用例群はこれよりはかなり遠いが、それでもまだ繋がり ︹用例群6︺ 九時から仕事に掛かる。 いっせいに掛かれ! ﹁白紙の状態にあるAが、意図的にBに立ち向かうか、または無意志 保険にかかる。 は ﹁仕事﹂という大でも小でもよいニュートラルな語をBにとっ 的にBに出会い、Bとかかわっていく状態﹂︵ ﹃基礎日本語﹄ ︶という 特に ているのであるし、もはや単純な意味でAは小ではない。一方で、そ の仕事に取り組むこと自体を常に言うのではなく、開始局面を表すこ とにこだわるならば、それは則ちBが小さくなっていく前の段階にの み言及するということだから、依然上述の考察につなげる可能性は残 されているのかもしれない、と思うのだ。いうまでもなく、これは複 人手にかかって命を落とす。 盗難にかかる。 彼は伝染病に罹って隔離された。 タ 裁判にかける。 魚が針にかかる。 敵の計略にかかる。 原稿が印刷にかかる。 35 34 33 32 31 30 29 28 27 24 ものであり、 このままでAにBと比しての小を見いだすことは難しい。 26 25 25 チ 委員会にかける。 ツ 機械にかける。 テ 秤にかける。 ト コンピューターにかける。 などが風邪程度の小さな病にしか言えないというわけでない以上、 などと同様、 ﹁作用を受ける/及ぼす﹂ 、というだけの、抽象性の高 い用法がある、と見るべきであろう。そしてそれは金銭・時間等に関 して言う︹用例群8︺にも言えることである。 継子も生長しては、掛かる物なるに、むかしより世界の人心、 これをにくも事替はらず。︻西鶴諸国ばなし・巻五・執心の息筋︼ ︵ ︶、 敵︵B︶に対する人︵A︶ ︵ ︶、 拍子︵B︶に対する踊る人︵A︶ そ れ ぞ れ の A・ B を 取 り 出 し て み れ ば、 子︵ B ︶ に 対 す る 親︵ A ︶ ︻大蔵虎明本狂言・脇狂言之類・三本の柱︼ めでたひ、某も拍子にかかつてよびいれう やれやれ三人の者共が、はやし物できた、でかひた、是は又 ︻西鶴諸国ばなし・巻三・因果の抜け穴︼ ﹁ 我 は 判 右 衛 門 が あ さ ま し き 形 な り。 我 が た め と て 、 か た き を打ちに来て、汝が手にかかる事は、これ定まる道理あり。⋮ 45 46 47 く﹂は或る行為を強く押し出す、或いは持ちかけるような意義である 八一 いる、即ち日本古典文学全集の訳で言えば﹁ねだ﹂ったのである。こ う、現代人からは一種興味深いような例であるが、この補助動詞﹁か ナは、受動的に思える﹁貰う﹂と他動的に感ずる﹁かく﹂が関わり合 らしく、この例では庄介が、相手から肌着を貰えるよう、働きかけて ︵注5︶ 。 遺産に税金がかかる。 次に第二点目の通時的観点であるが、既に﹁⋮かかる/かける﹂の 統 語 的 複 合 動 詞 が 発 生 し て い る 近 世 に 於 い て、 本 動 詞 の﹁ か か る / る か け る ﹂ に 大 小 関 係 が 重 要 な 地 位 を 占 め て い た の か、 不 明 な 点 が あ ︻好色一代男・巻七・諸分の日帳︼ 否とはいはれぬ首尾にて、こころよく進じ申候。 ナ さて、かた様御残し置き候独笑ひの御肌着、十四日にふと御 事ども思ひ出し下に来て出申候を、庄介様にもらひ 懸けられ、 更に、中近世の統語的複合動詞には、現代語の用法の前に、失われ たと思しいものが見いだせる。 ︵ ︶は、小さなものと見いだせるか、難しい。 46 ︹用例群8︺ この小包はかなり目方がかかる。 二キロまで掛かる秤 金のかかる仕事 速達にすると二五〇円かかりますよ。 完成までには時間がかかる。 手間のかかる仕事 手数がかかる。 44 43 42 41 40 39 38 37 36 人手がかかる。 47 45 29 35 ういうものがある訳だから、次のように現代語と共有していそうな例 も、実は小さな違いがある。 ニ 揚屋といふも内あさく表にみえすき、女郎は浴衣染の帷子に 中紅の脚布をわざと見せかくる。 ︻好色一代男・巻五・当流の男を見しらぬ︼ 八二 ハ ⋮手を摺りて泣く泣く拝みて、それよりこのことを心にかけ て夜昼思ひければ、梵釈諸天来たりてまもり給ひければ⋮ ︻宇治拾遺物語・一五四・貧しき俗、仏性を観じて富める事︼ つまり、﹁かける/かかる﹂は現代語で多義なだけでなく、通時的 にさまざまな用法を生み出し、廃して来たと思われる。その結果、現 ど ち ら か と い え ば 今 な ら﹁ 見 せ つ け る ﹂ と い う 方 が 近 い。 こ う し た 、 あ る が、 ニ は﹁ 見 せ る ﹂ と い う こ と を わ ざ わ ざ 押 し 出 す の で あ っ て 、 とし、他日複合動詞の展開に関する言及も視野に入れて、このことに 性を指摘するに留まらざるを得ない本稿は、そのための現代語の素描 ことになろう。その通時的整理を本格的に行う準備がなく、その必要 とすれば、これらの整理は通時的な観点を元に行う必要があるという 代に残された用法間で、分岐点の比較的近いものと遠いものとがある その行動を示威的に行うような用法は現代では生産性の高い用法では ﹁みせかける﹂と現代語で言えば、実際とは違うあり方を見せるので ない。﹁勉強している様を示威する﹂という意味で﹁勉強をしかける﹂ ついて稿を草することとしたい。 4 ﹃ 基 礎 日 本 語 ﹄ の 挙 げ る﹁ 彼 は 盗 難 に か か っ た ﹂ と い う 例 は、 筆者の感覚では非適格文である。 立つであろうか。 ﹁ようやく﹂などを伴わない限り違和感が強いが、果たして成り ﹂のような表現は筆者の感覚では 3 ﹁束になってかかり、勝った。 等を五〇〇件ほど検索した。 ﹁ 朝 日 新 聞 ﹂﹁ 週 刊 朝 日 ﹂ ﹁ A E R A ﹂ の 記 事 か ら﹁ 波・ 津 波 ⋮﹂ 2 朝日新聞社﹁聞蔵Ⅱビジュアル・フォーライブラリー﹂により、 注1 以下、挙例の際は﹁かかる﹂の例には数字の、﹁かける﹂の例 にはカタカナの用例記号を付す。 などとは言えない。だから仮に次のヌのように、現代語でも同様の用 法がある場合にしたところで、一語化して残ったものに過ぎまい。 ヌ ﹁⋮せめてけふこそ人のおか様並に被を着せて出かけ、暮た らばあの姿をそのまま横にこかして我が世の思ひ出さす事な り。 ﹂ ︻好色一代男・巻六・心中箱︼ ける﹂の用法は現代にはなく、これも﹁思いがけず﹂﹁心掛ける﹂等 ︵心に︶かかる/か 本 動 詞 の 方 で も、 古 代 か ら 比 較 的 長 く 続 い た﹁ の特定の語彙に残るのみである。 ネ 浦回漕ぐ熊野舟付めづらしくかけて偲はぬ︵懸不思︶月も日 もなし ︻萬葉集・巻第十二・三一七二︼ ノ 唐衣なれば身にこそまつはれめ掛けてのみやは恋ひむと思し ︻古今集・巻十五・恋歌五・七八六・題しらず・景式王︼ 5 近世以前の用例の本文は、次に依った。但し、踊り字を開く等 表記を私に改めたところがある。 保雄、表現社、一九七二 万葉集⋮新編日本古典文学全集 古今和歌集・宇治拾遺物語⋮新日本古典文学大系 大蔵虎明本狂言⋮﹃大蔵虎明本狂言集の研究﹄池田廣司・北原 好色一代男・西鶴諸国ばなし⋮日本古典文学大系 参考文献 ﹃基礎日本語 意 ―味と使い方﹄森田良行、角川書店、一九七七 ﹃日本国語大辞典 第二版﹄小学館 また、本稿では複合動詞﹁かかる/かける﹂についての言及に乏 しいが、考察に際して次の論文を参考した。 姫野昌子︵一九九九︶﹃複合動詞の構造と意味用法﹄ひつじ書房 化 構 文 の 成 立 と そ の 拡 張 ﹂﹃ 同 志 社 大 学 英 語 英 文 学 研 究 ﹄ ― ﹁ 複 合 動 詞﹁V か か る ﹂﹁V か け る ﹂ の 文 法 菊田千 春︵ 二 〇 〇 八 ︶ 八一・八二合併号 渡辺 実︵一九七八︶﹁同根の動詞・副詞・接尾動詞﹂﹃論集 日本 文学・日本語 5現代﹄角川書店、後に﹁四 意義内項・意義 外項﹂として﹃国語意味論﹄︵塙書房、二〇〇二︶に所収。 ︵ほしの よしゆき/本学講師︶ 八三 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 レトリックを踏まえた表現指導の取り組み 八四 三 谷 昌 士 ﹃書きたい﹄という意欲を喚起するための指導 右のことを参考に﹁ のあり方の研究﹂という授業実践の目標を設定した。そして田中氏の もよい﹂ ︵傍線は引用者による。副題に借用させていただく︶ を喚起することさえできれば、あとは枝葉の問題に過ぎないと言って う気持ちを引き出さなければならない。この﹃書きたい﹄という意欲 また田中氏は次のようにも述べている。 ﹁ 作 文 の 授 業 を 活 性 化 さ せ る に は、 ま ず 何 よ り も﹃ 書 き た い ﹄ と い 求められているのである。﹂ 想力・着想力︶指導﹄のあり方を解明していくことが、いっそう強く の発見を導き、﹃想﹄の展開が見通せるようになる﹃インベンション︵発 ﹁今、なすべきことは﹃作文の場﹄の設定に工夫を凝らし、生徒達 自身が﹃書くこと︵観点・内容︶ ﹄を発見できるように導くこと。 ﹃想﹄ 言葉で言い表すことができる。 ﹁書きたい﹂という意欲を喚起するために 学校設定科目﹁作文技術﹂がめざしたもの∼ 一 はじめに∼ 今回の実践報告は、私の前任校である岡山県立和気閑谷高等学校で の学校設定科目﹁作文技術﹂︵普通科三年選択者対象︶における授業 実践に基づくものである。﹁作文技術﹂とは、成長の過程で自己肯定 感を喪失し、 学びに対する意味が見いだせない生徒が増えている中で、 自身と素直に向き合い、自分の考えや生き方・あり方を表現すること を通して、肯定すべき自己を創り上げていくことを目標として設定さ れた科目である 主張する﹁インベンション指導﹂を、本実践においては次の二つの指 であるが、それ以上に重要なのは内容を生み出す発想や着想の指導で 作文指導においては﹁書き方﹂という技術的側面の指導が当然必要 ある。つまり生徒自身が書くに値する内容を見つけ出すことが大切に 導方針として位置づけた。 書くことに対する抵抗感をなくし、﹁楽しんで書く﹂ための ① なってくる。このことは、元ノートルダム清心女子大学文学部日本語 ﹄ ︵渓水社 ― 二〇〇八年︶の次の 日本文学科教授田中宏幸氏の著書﹃金子彦二郎の作文教育 ― 中等教育 に おける発想力・着想力の指導 様々な手立てを考える。 年の阪神淡路大震災や 年の同時多発テロが起 て も、 で は そ れ を 超 え る、 ま さ に 想 像 を 絶 す る 事 態 に 直 面 す る とどうなのか。 だ。ただただ﹃たいへんなこと﹄が起こったという認識はあって のまま表現することが易しいようで実は極めて困難な作業なの こった時、私たちは﹃言葉を失った﹄のではないか。事実を事実 二 授業実践の導入∼神谷正彦著﹁レトリック試論﹂ もっと個人レベルの例でもよい。ある日、医師から余命いくばく 像など、 しょせんその程度のものなのかもしれない。︵中略︶ いや、 有の出来事﹄であったのだ。私たちが経験の中から思い描ける想 も、それを言い表すべき言葉が見つからなかった。まさに﹃未曾 りどういう課題の与え方や参考文の与え方をしていくのかについて研 実際の授業を進めて行くにあたり、どういう授業を行うのか、つま もないことを告知された瞬間の衝撃を、いったいどんな言葉が正 確に言い表せるであろうか。﹂ ︵傍線引用者︶ ① 言葉の持つ科学性 ﹁人間は有史以来、自分達を取り巻くあらゆるものに、事物であ う場合の表現としてかなりユニークなのだか、これならしっかり 身の皮膚がはがれおちたような気持ち﹄になったという。こうい ﹁映画﹃ドクター﹄の中で、ある人物が医師から脳腫瘍のため余 ③ ﹁言葉の有限性﹂を克服する手段の一つが比喩である。 れ現象であれ、 命名することを行ってきた。自分達の知らない﹃何 腑に落ちるのだ﹂ ︵ゴシックは引用者による︶ 八五 ﹁レトリック試論﹂の読み取りと比喩の理解をスタートとする授業 構想を固め、次の①∼④を授業実践の仮説として設定した。 三 授業実践における仮説の設定 命が残り少ないと告げられる。彼女は病院の屋上に上がり、 ﹃全 か無気味なもの﹄があったとしてもそれに名前をつけてみるとど 言葉の有限性 ② ﹁言葉によってある程度定義を与えられたことがらがあったとし ない。この点で命名することは科学である。 ﹂ よったものと一緒にする、つまり﹃法則﹄を見出すことに他なら 命名するというのは、その対象の持つ性質を見抜いて、他の似か うだろう。選別され分類されて、どこかの抽斗に収まっていく。 そこで、今回の授業実践の導入としてこの論文の読解を行った。論 文を通して生徒に伝えたいことは次の三点であった。 究を進めた。その過程で出会った論文が﹁レトリック試論﹂であった。 ︵ ﹃弓削商船高等専門学校紀要二十五号﹄平成十五年︶との出会い∼ ② 生徒が﹁書いてみよう﹂と思える素材・題材を選ぶ。 01 この論文を通してまず発表者自身が比喩の面白さを再認識した。 95 ① 学習に対する意欲が乏しいと思われる生徒にとっては明確でか つ具体的な一つのテーマに絞った指導が有効である。今回の授業 実践の場合﹁楽しんで書く﹂ための手立て、 ﹁書いてみよう﹂と 思える素材・題材選びの工夫として、比喩を踏まえた表現指導と いう方策が有効である。 八六 所には圏点をつけ、描写態度や記述の真実や表現の妙に対する短 評を加える。この励ましが、生徒を作文好きにしていくのである。 また、作文を返却する際には、一時間全てを鑑賞批評に充てて いる。他人の文章の鑑賞、独創の交換を重視して、発想・着想を いっそう豊かなものとし、次の作文への意欲を喚起していくので ある。 ﹂ を投げる生徒に対する初期の指導では、字数を指定せず好きなよ ② いきなり長い文章を書けと言われてもそれだけで抵抗を示し筆 から諷喩へと理解を深めていくことによって、表現の面で深みが ④ 比 喩 の 段 階 的 な 学 習 を 経 る こ と に よ っ て、 つ ま り 直 喩、 隠 喩 ﹁レトリック試論﹂の読解。比喩表現には読み手に共感を与え ―一番心に残る風景﹂ 1 比喩を用いた短作文指導 ﹁ ︹第1・2限︺ 四 具体的な授業展開 ﹁3 写真を読み文章化する﹂授業は仮説④にも対応している。 右の1∼3の授業はすべて仮説①・②・③に基づいて計画を立てた。 右の①∼④の仮説に基づいて、次の1∼3の授業を行った。 1 比喩を用いた短作文指導 2 諷喩の理解と詩の創作 3 写真を読み文章化する 型読解力を身につけることにもつながる。 PISA で て く る と と も に、 文 章 等 を 自 分 な り の 考 え で 読 み 解 い て い く うに書かせる。また、短い分量でありながら各自の感性を豊かに 表現できる詩という形で表現させる。そういう方策が ﹁書くこと﹂ に対する抵抗感を少なくする上で有効である。 ③ 生徒達の中から生まれた文章を模範文例として用いることが指 導上有益である。自分達の仲間が作った文章は、書き手の顔が見 えるものであり、生徒の心の中に素直に染みとおっていく。友達 がこのような文章を書くのなら自分にも書けるのではないかとい う思いを持たせる効果がある。 ものである。金子彦二郎が著した高等女学校向けの作文解説書である 仮説③は前述の田中氏の著書にある金子彦二郎の考え方を踏襲した ﹃女子作文の考へ方作り方及び文例﹄の特色の一つ、模範文例として 生徒作品を用いる考え方が大いに参考になった。田中氏の著書では次 のように紹介されている。 ﹁ 金 子 は﹃ 甚 だ し い 語 脈・ 文 脈・ 呼 応・ 誤 字 及 び 文 法 上 の 誤 謬 だ け を添削して、他は徹頭徹尾美点賞揚主義﹄を採る。優れた箇 る効果があることを理解した上で、実際に比喩を使った短作文課 た。 景とは違って見えることが目に浮かぶ面白さがあると思いまし ずっと目が離せなかった。 し ま う よ う な 美 し さ に 不 安 を 感 じ た が、 吸 い 込 ま れ る よ う に 作れない綺麗な色の夕焼け空が広がっていた。世界が終わって そこにはどんなに有名な画家であっても、絵の具では決して 学校からの帰り道、いつもの通り自転車に乗って橋を渡って いる途中、ふと空を見上げた。 作品② 題に取り組む。 ︵短作文課題︶﹁一番心に残る風景﹂ ⋮あなたが見た一番心に残る風景を比喩を使って表現しなさい。 いつ、どこで、どういう風景を見たのかの説明も必要です。 ︹第3限︺ 感を覚えた作文を一つ選び、批評コメント︵二百字程度︶を書く。 前時に取り組んだ作品を生徒全員分読み、その作品の中から共 ︹第4限︺ う言葉に共感した。世界が終わってしまうというマイナス表現 に﹁世界が終わってしまうような美しさに不安を感じた﹂とい 生徒が選出した作品及びその批評コメントを読み、各自の表現 力の向上につなげていく。 ﹁作文技術﹂の授業は二時間連続の授業であるので一回の授業で まとまった作品を仕上げられるという好条件に恵まれている。次 ︵右の作文に対する批評コメントの一部︶ 空には色々な顔がある。朝は寂しそうにしていた背中に光が さし、夜は樹海をさまよう闇がある。この作品の﹁夕焼け空﹂ に今回の短作文課題で生徒が選出した作品とコメントを紹介する。 に﹁美しい﹂という言葉をつけることによって、より美しく思 くって渡り歩いている気がして、そこに不安を抱く。夕焼け空 え る か ら だ。 私 は 真 っ 赤 な 夕 焼 け 空 を 見 る と 妖 怪 が 群 れ を つ は美しく儚い感じがするが、この作品の不安という表現に面白 作品① 辺りが見えてそこそこきれいです。値段にすると三千円ぐらい 夜に散歩をするのがとても大好きです。夜に散歩すると家の みを感じた。 現代詩や歌謡曲を用いて 2 諷喩の理解と詩の創作 ― 前項の短作文の指導に取り組んでいた頃、田中氏が清心女子大 だと思います。でもきれいです。 ︵右の作文に対する批評コメントの一部︶ 三千円という高すぎず安すぎずという微妙な値段にすること によって、特別綺麗というわけではないけれど、昼間に見る風 八七 ﹂ ― 学で主催された﹁三時の会第六十一回例会﹂において田中氏より という資料をいただいた。 ﹁詩の授業づくり ﹃ ―ぼろぼろの駝鳥﹄の実践事例を踏まえて そしてその資料の中の次の文章に着目し、今取り組んでいる比 喩を使った表現指導と関連させて、詩の読解・創作指導を行う授 業計画を立てた。 ﹁そもそも、なぜ詩を学ぶのであろうか、詩の学習指導の意義は どこに見出されるのか。それを考えるには、詩教材の特性や教育 八八 文章はさらに続く。 ﹁三浦和尚は﹃詩のリズムを味わう﹄﹃言葉の面白みをとらえる﹄ ﹃世界のとらえ方を学ぶ﹄の三点に整理している。これは﹃言葉 の豊かさ﹄ ︵言葉のリズム・使い方︶と﹃認識の方法のおもしろさ﹄ の二点にとらえ直すこともできる。三浦は﹃言葉の心地よさや面 白さにひたり、言葉の豊かさをとらえること、物の見方について の発見から、認識を豊かにしていくこと、それが詩の学習指導の 右の文章の傍線部については﹁物の見方についての発見から﹂ を﹁詩に用いられている比喩の分析を通して﹂と置き換えること 意義である﹄とまとめている。﹂ ︵傍線引用者︶ ﹁ 規 工 川 佑 輔 は こ の こ と に つ い て﹃ 音 楽 性 ﹄ ﹃造形性﹄ ﹃思想性﹄ も可能である。さらに自分の考える方向性について自信を与えて 的機能について明確にしておく必要がある。 ﹂ の三点に整理している。︵中略︶ ﹃思想性﹄は、情感や認識をも含 くれたのが次の記述である 持っている感性や思想を表現する体験をさせていく。 詩の読解を通して比喩に関する理解を深めさせる。そしてそ の理解を活用し、比喩を使った詩を創作することにより、各自 ︵指導方針︶ 以上のことをもとにして次のような指導方針を立てた。 わうことが中心となる。︵傍線引用者︶ た言葉の響き﹄と、﹃優れた比喩によるイメージの広がり﹄を味 ていると言われている。そこから単純化して言えば、 ﹃凝縮され ﹁詩は、一般に︿リズム・韻律﹀と︿イメージ・詩想﹀で成り立っ めた読者への強い訴えである。﹂ 右の文章をもとに今回の授業実践である詩の読解・創作指導の 指導の見通しを次のように立てた。 ︵指導の見通し︶ 場合も多い。そしてその比喩には、詩人の﹁思想性﹂が明確に 詩には比喩が多く用いられ、また詩自体が諷喩となっている 現れている。そう考えれば、今回の比喩の学習が詩の読解指導 に応用できるはずである。また、比喩を用いた詩を創作する、 そしてその比喩の中に自分の思想を盛りこんでいくという表現 指導も可能になる。 ことは、書くことに対する抵抗をあまり持つことなく、各自の 詩はその形式上長々と文章を書きつづる必要はない。従って ﹁2仮説の設定﹂で述べたように、 ﹁詩﹂という形式で表現する 感性を素直に表現するにあたって有効な手段となる。 ・ 比 喩 を 使 っ た 生 徒 作 文 を 思 い 出 し、 比 喩 を 使 え ば 鮮 や か な 色 彩 ︹第1・2限︺ を帯びた表現になることを再確認する。 釈していくことを告げる。 ・生徒に対して次の文章を提示し、 ﹁詩﹂を比喩という観点で解 そして、詩。 詩人の鋭い感性やものの見方によって、どんなに見慣れたもの も新しい世界として輝き始める。その輝きを描いたものが詩で ある。だが、 詩人の周りにだけ新しい世界があるわけではない。 誰 も が 見 慣 れ て い る も の に、 少 し 違 っ た 角 度 で 光 を 当 て る こ と に よ っ て 新 し い 世 界 を 浮 か び 上 が ら せ る の だ。 ど う 光 を 当 て る か、 い や ど の よ う な 一 条 の 光 の 筋 を 発 見 す る か、 そ れ が 詩 人 の 感 性 で あ る。 今 回 は そ の 光 の 筋 の 一 つ と 言 う べ き 比 喩 に着目して詩の鑑賞を行ってみる。 ・教科書︵ ﹃現代文Ⅰ﹄大修館書店︶の新川和江﹁ひとに手紙を⋮﹂ の読解。直喩について具体的に理解する。 喩について具体的に理解する。 ・同じく現代文の教科書にある吉野弘﹁みずすまし﹂の読解。諷 ・3種類の比喩の確認︵直喩・隠喩・諷喩︶ 3限︺ ︵第4限は別の学習に取り組む︶ ・ ﹁なごり雪﹂ ﹁十五の夜﹂を﹁諷喩﹂の詩として読解していく。︹第 ・比喩、特に諷喩を意識して詩の創作。 ︹第5限︺ ら し さ を 実 感 す る。 そ し て、 茨 木 の り 子﹁ 自 分 の 感 性 く ら い ﹂ ・授業者が選んだ生徒の詩を読みこみ、友や自分達の感性のすば を読み、 ﹁感性を守る﹂ことの大切さについて考える。 次に授業の中で生まれた詩を紹介する。この詩を書いた生徒は バレーボール部に所属し、高校生活最後の公式戦を終えたばかり であった。 ﹁最終セット﹂ ただただひたすら一球のボールを追う。 一球一球に﹁命﹂がある。 落ちたらその先には﹁死﹂が私たちを待っている ボロボロになってもいい。 ﹁命﹂をつないで生き延びる。 ただ﹁命﹂をつなげることができたなら。 八九 落ちたら次はない。 九〇 二〇〇七︶の書評であり、その書評を通して﹃うめ版﹄の位置づ けを行った。 と無味乾燥な説明となりやすい。それに対して、この﹃うめ版﹄ 私の全てが一球のボールに込められている ﹁命﹂は一つだけ。 は、 ﹁言葉の持つ力﹂つまり写真が描く内容を決定づける力と、 辞 書 の 言 葉 は い わ ば 最 大 公 約 数 的 な 説 明 で あ り、 や や も す る 効果的に使われているとは限らないが、 多くの生徒の共感を得た。 そしてもう一つ紹介する。この詩は風諭の詩ではなく、比喩も ﹁写真の持つ力﹂つまりその言葉の背景にある意味の深さと広 不幸せってなんだろう 幸せって何だろう ることにより、言葉の持つ深いイメージが具体的に読者に迫っ 上げている。写真という一瞬をとらえた画像を言葉と結びつけ ボレーションにより、一つの主張・イメージのある世界を築き がりを明確にかつ具体的に示す力、その二つの力の見事なコラ こんな風に考えられるのは幸せだからかな てくる書物である。 ﹁無題﹂ 世界中のみんなに聞いたらなんて答えるかな 戦争中の国の人は不幸せなのかな この世に生まれてきた赤ちゃんは幸せかな ﹃うめ版﹄の写真が描く内容・世界を決 ・﹁言葉の科学性﹂とは、 ︵﹁二﹂参照︶との関係を次のように整理した。 導﹂のスタートとなった﹁レトリック試論﹂の三つのキーワード 右の位置づけをもとに、今回の﹁レトリックを踏まえた表現指 幸せってなんだろう ギャル曾根はおなかいっぱいご飯が食べられて幸せかな 私が一番解くことのできない難しい問題 定づける﹁言葉の持つ力﹂である。 ・﹁言葉の有限性﹂を克服するための表現手段である﹁比喩﹂と、 ・﹁言葉の有限性﹂とは、最大公約数的な辞書の説明がややもす 3 写真を読み文章化する ﹃うめ版新明解国語辞典×梅佳代﹄︵以下﹃うめ版﹄と略称。三 省堂二〇〇七︶を活用した授業を実践した。その授業構想にヒン 言葉の背景にある意味の深さと広がりを明確にかつ具体的に示 ると具体性や深みに欠けることである。 トを与えてくれたのが﹃月刊国語教育十二月号﹄︵東京法令出版 す﹁写真の持つ力﹂とは関連づけることができる。 以上のことを踏まえて、﹃うめ版﹄の写真が描き出す内容や世 界を読み解くという授業構想を組み立てた。写真を読み解くこと るとも言える。それが﹁写真の力﹂である。それぞれの写真が 結びついている﹁言葉﹂はどういう﹁言葉﹂かを考えよ。 言葉をその写真と組み合わせた梅氏の思いを読み解く、そして ・ 右の活動を踏まえて、各自気に入った一つの写真を選び、ある その読み取ったものを文章化する活動に取り組む。 は ま さ に﹁ 比 喩︵ 諷 喩 ︶ ﹂ の 詩 を 読 み 解 く こ と と 共 通 点 が あ り、 前述の﹁着想例の提示による新素材の発見﹂の具体例として生徒 切 な い 恋 を し て い る の を、 そ の 顔 つ き や 一 人 で 花 火 を 見 て い ○この写真は切ない顔をした女性と破れている網が特徴的だ。 の作品を次に示す。 ﹁恋﹂という言葉とコラボレイトしている写真を読み解いた生徒 いを説明せよ。 A∼Hの写真の中から各自気に入った写真を一つ選び、その ﹁言葉﹂をその写真によって表現しようとした梅氏の意図、思 実際に課題として生徒に示した文章 に提示することにもつながるという見通しを立てた。 ︹第1・2限︺ ・﹃うめ版﹄とは、三省堂側が﹃新明解国語辞典﹄の中の言葉︵見 出し語︶を複数候補としてあげ、梅氏側からはその言葉と合う写 真を選びだすという製作方法で編纂された、辞書と写真がコラボ レートした書物である。その﹃うめ版﹄の構成を説明し、掲載 されている複数の写真をピックアップして、その写真がどのよう な言葉を説明しているものか、その言葉を考えさせた。これは導 入課題であり、写真と言葉が組み合わさった時の﹁なるほど﹂と いう感動を味わわせ、﹁言葉の力﹂と﹁写真の力﹂及びそのコラ ボレイションの面白みを感じとらせることを目的として行った。 別紙A∼Hの各写真はある﹁言葉﹂の意味を表すものとされ ている。逆に言えば写真の描く世界がその﹁言葉﹂によって限 て い る と い う と こ ろ で も、 切 な い 恋 を 表 現 し て い る。 恋 と 言 そ し て 網 が 破 れ て い る と い う と こ ろ で も、 切 な い 気 持 ち を 表 現 し て お り、 さ ら に は 破 れ て い る 箇 所 か ら 淋 し く 花 火 を 見 るところで表現している。 定されている。それが﹁言葉﹂の持つ力である。そして、その え ば 明 る い 恋 を 思 い 浮 か べ る が、 こ こ で あ え て 切 な い 恋 を 選 実 際 に 課 題 と し て 生徒に示した文章 写真が﹁言葉﹂の背後にある意味の深みや広がりを表現してい 九一 自の感性を豊かに表現できる詩という形で表現させることが 九二 ぶことにより、より一層深い恋という感じがする。 比喩を使って文章を書く、また級友の作品についてのコメントを書 く、諷喩を意識して詩を創作する、そして写真に込められた思いを読 ﹁書くこと﹂に対する抵抗感を少なくする上で有効である。 み取る等の活動に対して、生徒は非常に意欲的に取り組むことができ ○ こ の 写 真 は、 女 性 の 悲 し そ う な 表 情 だ け で﹁ 恋 ﹂ と い う 言 か ら も﹁ 恋 ﹂ と い う 言 葉 が ピ ッ タ リ 当 て は ま る と 思 っ た。 友 た。そのことは今まであげてきた作品例が示している。今回の授業実 葉 を つ け た の で は な く、 網 の 形 が ハ ー ト の 形 に 見 え た と こ ろ 達と花火大会に行っても花火を見ていると大好きな人のこと 生徒のみずみずしい感性と思春期独特の揺れ動く内面の吐露があり、 また諷喩を意識した詩の創作指導において生徒が創り上げた詩には たが、それは生徒の書こうという意欲を導き出す契機になった。 践の根底には﹁比喩﹂というレトリックに着目するということがあっ を考えてしまう。そういった気持ちが伝わってくる。 の間にある伝わりそうで伝わらない壁のようにも感じとるこ 網 越 し に 見 て い る と い う と こ ろ も、 自 分 と 大 好 き な 相 手 と と が で き た の で は な い か と 思 う。 し か も そ の 網 に は 穴 が 空 い ている。微妙な恋心が伝わってくる。︵傍線発表者︶ そのすばらしさに驚かされた。そのすばらしさが発揮されたのも、短 により﹁書くこと﹂に対する抵抗感が減じていたためと考えられる。 い分量でありながら感性を豊かに表現できる詩という形をとったこと 仮説③生徒達の中から生まれた文例を模範文例として用いることは指 ︹第3限︺ の読み方を知り、自己の読み方を深める。 という学習が、国語という教科にとって必要不可欠であることは言う 優れた作家や先人達の文章に触れ、内容をしっかり読み取っていく 導上有益である。 ・ 授 業 者 が 選 ん だ 生 徒 作 品 を 読 み、 自 分 が 気 が つ か な か っ た 写 真 五 仮説の検証 までもない。しかし、生徒に﹁書いてみよう﹂ ﹁自分にも書けるので とは非常に効果的であった。他の生徒の作品を紹介する時は匿名とし はないか﹂という気にさせる方法として生徒の作品を模範例とするこ ていたが、自分から名乗りあげる生徒もいる。たとえ誰が書いたのか ﹁三﹂で示した仮説に基づき今回の授業実践の成果を検証していく。 仮説①﹁楽しんで書く﹂ための手立て、﹁書いてみよう﹂と思える素材・ 題材選びの工夫として、比喩を踏まえた表現指導という方策が 分からないにしても、自分達の仲間が書いた作品に対する親近感、及 有効である。 仮説②字数を指定せず書かせること、また、短い分量でありながら各 仮説④︵1︶比喩の段階的な学習により表現の面で深みがでる。 欲は、他の文章からでは得難いものである。 びその作品から受ける﹁自分にも書けるのではないか﹂という創作意 かつ﹁詩﹂という﹁連続型テキスト﹂ 、写真という﹁非連続型テキスト﹂ 解力向上プログラム﹂ における ﹁三つの重点目標﹂に沿ったものである。 み取る、 そしてその読み取った内容を文章化する学習活動は、その﹁読 の二つのタイプの異なるテキストを﹁諷喩﹂という共通したキーワー 葉との結びつきを意図した梅氏の思いを読み取るために、一枚の写真 みになっている。特に﹃うめ版﹄を活用した授業においては、ある言 ドで﹁読む﹂という点においても、 ﹁読解力向上﹂につながる取り組 り 表 現 面 で の 深 み が 出 て き て い る こ と を 表 し て い る。 ま た 比 喩 を 授業の中で生まれた生徒の詩は、比喩の段階的な学習の成果によ の 中 に 映 し 出 さ れ て い る 様 々 な も の を﹁ 評 価 ﹂ 、つまり分析しようと ︵2︶ PISA 型読解力の向上について ︵1︶について 使った短作文、詩の創作、写真の読み取りの文章化と、学習が進む する生徒の積極的な態度が見られた。また、その作文には生徒の豊か 非連続型テキスト⋮データを視覚的に表現した図・グラフ、表・ 議論・説得、指示、文書、記録など 連続型テキスト⋮い わ ゆ る 文 章 に 相 当 す る。 物 語、 解 説、 記 述、 ※注﹁連続型テキストと非連続型テキスト﹂ な感性も反映されており、授業者にとって多くの驚きがあった。 につれて、全体的に表現に工夫が見られるようになった。 ︵2︶について 型読解力﹂の向上が重要テー 現在の国語教育界において﹁ PISA マの一つとなっている。 の調査結果を受けて平成十七年 PISA2003 に文部科学省によって策定された﹁読解力向上プログラム﹂は、こ マトリクス、技術的な説明の図、地図、書式 れからの授業実践における指針としなければならない。 ※注﹁読解力向上プログラム学校での取組∼三つの重点目標﹂ など 充実 ︶の定義にある﹁効果的に社会に参加するために﹂ ︵ Reading Literacy く 力 を 身 に つ け る こ と に も つ な が っ て い る。 そ れ と 同 時 に、 読 解 力 味では、今回の学習活動はこれからの情報社会に能動的に参加してい 付いたことはここまでに紹介した生徒の作品例が示している。その意 活動によって、いろいろな角度からの解釈を試みるという姿勢が身に 詩を諷喩として読み取る、言葉と結びついた写真を読むという学習 目標①テキストを理解・評価しながら﹁読む力﹂を高める取組の 目標②テキストに基づいて自分の考えを﹁書く力﹂を高める取組 の充実 いたりする機会の充実 目標③様々な文章や資料を読む機会や、自分の意見を述べたり書 今回の、詩を諷喩の詩として読み取る、写真に込められた思いを読 九三 ということにもつながっている。 ︶の定義﹂ Reading Literacy に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、 自らの目標を設定し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的 ※注﹁読解力︵ 熟考する能力 ましい生き方を強制させられる怖さを訴えている。 六 おわりに 九四 が書く学習につながり、書くことによって読みが深まる、つまり書く の成果をあげることができた。そしてもう一つの成果として読むこと 今回の授業実践については﹁五仮説の検証﹂で考察したように一定 いろな文章を書いてみようという意欲が向上し、﹁書くこと﹂への抵 以上のように、生徒が授業者側の様々な工夫と仕掛けを受けていろ ﹁文学の指導でも似たようなことが起こる。短歌・俳句などは,作 品を深く豊かに読む過程と、自らが作品を創作する過程を組み合わせ ことと読むことの連鎖の研究の糸口が見えてきたことを挙げたい。 ろぼろの駝鳥﹂を諷喩として読み取り、その内容を二百字でまとめる ると,大きな指導効果を発揮する。短歌や俳句を読んでいく学習過程 抗感が薄らいでいった。そのまた別の一例を次に示す。 作文を課した。その作品を次に紹介する。この考査では、最大二〇分 夏休み前の定期考査の﹁作文技術﹂の試験において高村光太郎﹁ぼ ぐらいしか、その課題に割くことができない状況で、六〇人中一人が 研究﹄二〇〇八・五月号︶ 評 価・ 批 判 と い う 必 然 性 が 読 み 書 き 関 連 指 導 を 再 生 す る ﹂ ﹃月刊国語 が読むことをさらに高めるという往還効果である﹂︵阿部昇﹁吟味・ くことで書くことの内実が高まり、同時にその書くこと︵の繰り返し︶ で学んだ様々な仕掛け・技法・工夫が、次の創作の学習で生きる。 そして創作の際の工夫・試行錯誤の過程で生まれた発見が,さらに 読む力を高める。読むことを表層に止めずに深層にまで分け入ってい 八〇字程度であったものの、他の生徒は最低でも一二〇字以上書いて た。今回の指導の大きな目標とも言うべき﹁書くこと﹂に対する抵抗 感をなくすことが達成されつつあることを示している。 て駝鳥を飼うのだろうかという疑問を投げかけているという 一 読 す る と、 動 物 園 の 四 坪 半 の ぬ か る み の 中 で 何 が 面 白 く 内 容 で あ る が、 本 当 は 自 分 で は 越 え ら れ な い 壁 や 叶 え ら れ な れた詩人の思想性を読み解く、次にその読み解きの成果を生かして自 分でも詩を創作する、そしてそこまでの﹁読む・書く﹂の学習の成果 今回の学習活動の一つに、諷喩として詩を読み、その諷喩に込めら て 限 ら れ た 空 間 の 中 で し か 生 き る こ と の で き な い 人 間 の 姿 と、 を生かして創作活動で生まれた友人の詩を深く豊かに読み解くという い夢を胸中に隠しながら、仕方なく力や権力のある者にすがっ そ れ を 作 り だ し て い る 現 代 の 社 会 へ の 警 告 を 表 し て お り、 望 活 動 が あ っ た。 そ の 一 連 の 学 習 活 動 は、 右 の 引 用 文 と 重 な っ て い る 。 ︵みたにまさし/ 前岡山県立和気閑谷高等学校教諭・現任校岡山県立岡山聾学校︶ ﹄ ― もとにしている。 今回の論文は二〇〇八年八月二四日に開催された﹁ノートルダム清 心女子大学日本語日本文学会第十一回大会﹂おいて行った実践報告を ︵ http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/ume_sin.html ︶ URL 考え方と実践 ― 九五 このことからも,今回の実践が﹁書くことと読むことの連鎖﹂に関す 号・ 中等教育における発想力・着 ― る一つの実践例を提示できたと考えている。 参考文献 ・田中宏幸著﹃金子彦二郎の作文教育 想力の指導 ﹄ ︵渓水社・二〇〇八年︶ ― ・神谷正彦著﹃レトリック試論﹄ ︵﹃弓削商船高等専門学校紀要﹄ 二〇〇三年︶ ﹄ ︵ノートルダム清心女子大学教授田中宏幸先生主催﹁三時 ― 二〇〇七年︶ ・田中孝一監修﹃中学校・高等学校 ︵明治書院・二〇〇七年︶ 生する﹂ ︶ ﹃月刊国語研究﹄二〇〇八・五月号所収︶ ・ 阿 部 昇 著﹁ 吟 味・ 評 価・ 批 判 と い う 必 然 性 が 読 み 書 き 関 連 指 導 を 再 ﹁読解力﹂ PISA ・尾木和英著﹁読書案内﹂﹃月刊国語教育十二月号﹄ ︵ 東 京 法 令 出 版・ を参照していただきたい。 については ・﹃うめ版新明解国語辞典×梅佳代﹄ ︵三省堂・二〇〇七年︶ ﹃うめ版﹄ の会第六一回例会﹂資料・二〇〇八年︶ えて ・田中宏幸著﹃詩の授業づくり ﹃ ―ぼろぼろの駝鳥﹄の実践事例を踏ま ・﹃現代文1﹄ ︵文部科学省検定済教科書・大修館書店・二〇〇六年︶ 25 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 母語修得と人間形成 −ことば・価値観・文化− 大 崎 宏 美 1. はじめに 私たちは、通常ことばを使って、様々な相手とコミュニケーションをする。相 手は、家族、友だち、先生、地域の人など年齢を重ねるにつれて広がり、人間関 係は複雑となる。そんな中、子どもたちは自分の思いを素直に言いたいのに言え なかったり、話すことや書くことを通して伝えたいのに上手く伝わらなかったり という悩みを抱えているのではないだろうか。子どもは、家庭で親が自分の世界 を分かってくれ支えてくれているということを、そして、学校では先生が自分の 存在を認めてくれており、友だちの中にお互いの気持ちを理解し合える人がいる ことを実感することがあってはじめて、そこに自分と他者を思いやる気持ちが生 まれる。ことばを通して知識だけではなく、心も育てていく必要があるのではな いだろうか。 本稿では、日本の子どもが家庭で言語を獲得する状況と学校での言語教育の現 状をみていく。アメリカやイギリスといった欧米社会の教育との比較もおこない、 これからの言語教育に求められる視点を考察する。 2. 家庭での言語教育 一一五 2. 1 「好きな人」の存在 ここでは、家庭での乳児期の言語獲得において土台となるものをみていく。子 どもの言語獲得について、岡本(1993 p.49)は「子どもがことばを話せるよう になるのは、自分の「好きな人」が自分に向かってかけてくれることばを手掛か りとして、自分のことばを作ってゆくのである」と述べている。子どもは自分の 反応を読み取り、また応じてくれる「好きな人」の存在があってこそ言語を発達 させていくのではないだろうか。ここでいう「好きな人」とは、母親を代表とす る身近でいつも自分に接し、身の世話をし、遊び相手になってくれる人たちであ る。自分の動作や、表情、声などから、他人では読み取ることができない自分の 要求や状態を、母親は読みとってくれる。そして、適切な行動で応えてくれる。 この読み取ってくれる人の存在が言語獲得の土台として重要になるのではないだ ろうか。通じ合うことができる存在なのだという母親への「信頼感」がコミュニ ケーションを発達させる上での原動力となっている。では、「信頼感」は子ども の言語獲得とどのような関係があるのだろうか。 ダニエル・ゴールマン(1996 pp.346 − 348) は、生後2ヶ月の赤ちゃんが夜中に 泣き出したシナリオを用いて、 「情動学習」を説明している。 −44− まず 1 つ目は、赤ちゃんが泣き出すと母親がやってきて 30 分ほど愛情を注ぎな がら相手をする場合である。真夜中に起こされたにもかかわらず、母親は「あな たの顔が見られてうれしいわ」と話しかける。満足した赤ちゃんは、また眠りに つく。2 つ目は、夫婦喧嘩が原因で怒っている母親が赤ちゃんに乱暴な態度をと る場合である。「黙りなさい!いいかげんにしてほしいよ、まったく。ほら、泣 くなってば」と言われた瞬間に、赤ちゃんは身を固くするだろう。夫との口論を 思い出し、赤ちゃんに乳を含ませながら母親は石のような表情で前方を見すえて いる。赤ちゃんが乳を吸うのをやめると、 「もういいの。じゃあ、おしまいにす れば」と大またで部屋を出て行く。赤ちゃんは泣きつかれて眠りにつく。 どんな赤ちゃんもこの両極端のケースを少しずつ味わいながら育っていく。し かし、1つ目の場合は、赤ちゃんは「周囲の人々は自分の欲求に気づいて手をさ しのべてくれるという信頼感を抱き、周囲から援助を得る自分の能力に自信を抱 くようになる」という。また、2つ目の場合は、「誰も自分のことなど気にかけ てくれない、他人はあてにならない、誰かに慰めてもらおうとしても失敗するだ けだ」と感じるようになる。親が、このケースのどちらに近い育て方をするかで、 子どもの周囲に対する「信頼感」に違いが生じることが分かる。ことばを獲得す る以前に親にどれだけ愛情を注がれ、 「信頼感」を互いにもつことができるかが 言語獲得に影響を与える。 −45− 一一四 2. 2 自我の形成とことば 幼児期に入ると、あらゆる面で親から「しつけ」が集中的に加えられてくる。 岡本(1982 p.171)は、子どもがしつけをたんに外からの圧力としてだけ受け取り、 それに屈服していくのでなく、「自らの課題」として親の力に立ち向かい、それ を自分の力によって受容していく過程こそ自我や性格の形成にとって重要である と述べている。自我機能のはじまりは、要求の実現を延期しながら、しかもその 要求を棄て去るのでなく、心の中で抑制し保持し続けていくことである。 例えば、ある子どもがブランコに乗りたくて行ってみたところ、友達が乗って いたとする。押しのけて乗るか、それともあきらめてしまうか。そこで、どちら でもなく、順番が来るまで足踏みしながら待っているとしたら、自分の要求を、 だれもが認めてくれるかたちで実現しようと努力していることになる。待つ間、 子どもは相手が「まだ(相手がブランコから)降りないか」など、さまざまな内 的葛藤にたえながら、 自分で自分を励まし続けていかなければならない。しかし、 子どもは自分を励まし続けるほど強い自我をいつでももちつづけているというわ けではない。周囲の人間からの応援は必要である。親が自分に「がんばれ」とい うことばをかけてくれる。これを自分のことばとして自発的に自分に対し使って いくことが重要である(岡本 1982 pp.172 − 173)。 注目したいのは、親が自分にかけてくれたことばを内面化し、自分に言い聞か せていることで行動に移している部分である。氏家(1996)はヴィゴツキーにつ いて論じる中で、子どもが内言を獲得することについて以下のように述べている。 母親の言語行為→子どもの運動行為であったものが、子どもがやがて自分で 話すようになると自分に言語命令を出す。 (中略)意志的行為というのも人 間を特質づける文化的行為の一つであり、言葉を中心として思考と意識とが 真に人間化してきたということの一環をなすものである。 (氏家 1996 p.44) 子どもがことばを獲得することは、母親を中心とした周囲の人間からの働きか けが欠かせない。そして、子どもの行動にもことばは手段として作用し、自我の 発達につながるのである。 3. 言語獲得と言語教育における日米比較 一一三 3. 1 いい子アイデンティティ 日本の子どもたち(幼稚園児)は厳しくしつけているわけではないのに、幼稚 園でおとなしくしていることができる。日本の幼稚園では 3 歳児が 30 人も、床 に並んで座って先生のお話を聞いているのをよく見る。日本では、30 人もの幼 稚園児を先生が 1 人で受け持つことは珍しくない。アメリカでは、先生の他にも ヘルパー、ボランティアのお母さんなど、幼稚園児の 5、6 人に一人の大人がつ いている。これを東(1994 p.71)は、 日本の多くの子どもたちが幼稚園を「そと」 として、勝手にふるまえる「うち」と分化して認識し、「いい子」が自分の役割 であると捉え、 「いい子」として行動するような内的制御を働かせているからで あると述べている。つまり、子どもは「いい子」としてのアイデンティティを守 るために、そのいい子像に合わせて自分の行動を制御しているのである。 では、どのような教育が家庭で行われていて、子どもに「いい子」だと思わせ ているのだろうか。母親の考え方、子どもの話しかけ方などが子どもの知的な発 達にどういう影響を及ぼすかを日米間で比較したもの(日米母子研究)では、子 どもが 3 歳半の時に母親のしつけ方略の調査が行われている。子どもがよくない 行動をしている場合を述べ、自分の子どもが今そういうことをしていると仮に考 えてもらい、その場合何と言うかを答えてもらったのである。例えば、 「○○ちゃ んが夕食に出された野菜を嫌いだといって食べようとしません。あなたは○○ ちゃんに何とおっしゃいますか。○○ちゃんが今ここでそうしていると思って、 おっしゃってください」という質問である。日本でもアメリカでも母親は「そ んなこと言わないで食べなさい」 「食べてごらんおいしいよ」などと言って、何 とかたべさせようとする。違いがあらわれるのは、「それでも食べなかったら?」 と母親に問い進めた場合である。どうして食べなければならないかという理由を あげて説得する際に持ち出す根拠に違いがあらわれる。根拠を「親としての権威」 「規則」「気持ち」「結果」の 4 つに分類し、集計している。 この調査結果として目立つのは、「親としての権威」の部分である。親の権威 に訴えて、分からないでもとにかく親が求めようとするようにやらせようという のがアメリカ(50%)であり、日本(18%)はその半分以下である。そのかわり 日本で一番多いのは、 「結果」である。この分類を「規則」は権威的なもの、「気 −46− 持ち」は一種の結果だとみなして合算すると、違いはいっそう明確となる。つま り、アメリカは「権威関係」をしつけに必要なものとしているが、日本は子ども が「いい子」であるというタテマエをとり、いけないことをしているのは事態を よく分かっていないからだとして、結果を説明し、気持ちに言及して分からせよ うとするのである(東 1994 pp.76-77) 。子どもを一生懸命に育てる気持ちは、日 本の母親もアメリカの母親も変わらない。それにもかかわらず、教育に違いが生 じるのは「いい子アイデンティティ」という子どもに対する考え方の違いによる ものなのだろう。 3. 2 染み込み型のしつけ ここでは、日米の家庭での実際のしつけに「いい子アイデンティティ」がどう 影響しているのかを比較しながらみていく。 日米母子研究の中で、母親の育児態度を面接形式で調査したものがある。その 質問項目に「お子さんに文字を教えるためにどのようなことをしましたか」とい うのがある。子どもたちは 4 歳でかなり文字を読めるようになっていた。しかし、 日本は教育熱心であるということが知られていたが、日本の母親はあまり教えな い、また教えるべきではないという考え方を意外にも持っているようだった。こ れに対し、アメリカの母親は、自分が子どもに教えたことをすぐに 2、3 種類あ げた(東 1994 pp.109−111)。 この調査で明らかになったのは、日本の母親は就学前に子どもに知的教科を「教 えない」傾向があるということである。確かに日本で「教育ママ」と呼ばれる教 育熱心な母親は自分で教えるというよりはむしろ、子どもに教材を与え、塾や家 庭教師に子どもの学習を任せている。一対一で子どもに勉強を教え込むことを避 ける傾向が強いといえる。 日本人のしつけは、アメリカのようなそれぞれ独立した個人間の、権威関係に 基づいた伝達ではなく、子どもの成長への期待を浸透させていると位置づけるこ とができる。つまり、親は子どもに対し「あなたはいい子よ。いい子はそんなこ としないのよ。」と子どもの中に「いい子」のあるべき姿を浸透させていく。東 (1994)はこのようなしつけをアメリカの「教え込み」型の教育に対し、「滲み込 み(染み込み)」型の教育と呼び、日本のしつけの特徴であると主張している。 −47− 一一二 3. 3 学校におけるしつけの違い 日米の学校全体の仕組みについてみていく。恒吉(1992 pp.76−77)は、日本 の小学校が児童の内面、特に感情や動機に焦点をあてるシステムになっているこ とに注目している。例えば、掃除の時間には、全員が協力して掃除をした結果、 教室がきれいになり、勉強しやすくなったと児童が感じて「自発的に」協力した くなるよう配慮すべきだと言われる。掃除だけではない。組織的に設定された集 団目標は、朝の会や掲示物などで、児童の目や耳を通し、目標を児童に内面化さ せる努力をしている。目標が内面化した場合、それに従わないと児童は罪悪感を 抱くこととなり、教師の指導や仲間の規制がそれを補強する。一方、アメリカで は、頻繁な学級での話し合いを通じて、教師の誘導をもとに児童が自分達の目標 を相談し、その決まった規則に「自発的に」従っていると感じさせるような配慮 がされている。 小学校だけではなく、中学校でも同様のことは行われていると筆者は中学校へ ボランティアに行って感じることがある。教室を見まわしてみると、黒板の上に は学校の校訓、学年の目標が掲示してある。そして、教室の後ろの壁には、各委 員会の今月の目標が掲示してある。生徒は目標に囲まれ、朝の会や帰りの会でも また、教師から目標の徹底を指導される。生徒に目標の内面化が行われている状 況を多く見つけることができる。 感情や動機に焦点をあてているのは、目標だけではない。私たちが感情移入し やすいのは、家族や友人などの相手についての情報量が多く、自分と共通点が多 い人である。この観点から、日本の小学校にはアメリカには存在しないような多 くの感情移入が機能しやすい条件が存在すると言える。恒吉(1992 pp.42−43) は「協調行動」は共通体験を通じてお互いのことを知り、類似した影響を受けや すいという意味で、感情移入がしやすい条件を作り出す可能性が高いことを主張 している。例えば、日本では、班、日直や多様な係りが存在し、作業を集合的に 受け持ったり、学級をまとめていく役目を担っている。朝夕に学級単位の集まり があり、全校でも朝会が行われ、クラブ活動や遠足などのグループ分けも含める と学校が子どもに提供する協調行動の機会は極めて多いといえる。一方、アメリ カでは班単位の集団行動も日直による指示もない。教科の中でグループ活動を利 用することはあるが一時的なものである。 学校で感情や動機が焦点となるシステムに加え、 「協調行動」が多く取り入れ られていることは、 「染み込み」型の教育の現われであると考えることはできな いだろうか。つまり、子どもは自動的に協調行動ができるわけではない。そこに 目標と言う期待を染み込ませることで子どもたちが自発的に行動するよう促して いるといえるだろう。しかし、全てが「染み込み」型で教育が行われてよいとは 考えられない。「教え込み」型の言語的に明確な指導は、 自分の考えや立場をはっ きりと意識として持つことができる。「染み込み」型と「教え込み」型のバラン スのとれた指導がこれからの教育に必要な視点の一つといえるだろう。 4. 学校における言語教育 一一一 4. 1「伝え合う力」の重要性 現在、中学校国語科は、 「国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し, 伝え合う力を高めるとともに,思考力や想像力を養い言語感覚を豊かにし,国語 に対する認識を深め国語を尊重する態度を育てる」(平成 10 年版中学校学習指導 要領)が目標として掲げられている。 ここでは、 「伝え合う力」に着目して考察を進めていきたい。「伝え合う力」と −48− はいったいどのような学力なのか。「中学校学習指導要領解説」には、「伝え合う 力」が次のように説明されている。 この「伝え合う力」とは、適切に表現する能力と正確に理解する能力とを 基盤に人と人との関係の中で、互いの立場や考え方を尊重しながら言葉に よって伝え合う力のことである。激しく変化するこれからの社会をよりよく 生きていくためには、互いの立場や考え方を尊重して言葉による伝え合いを 効果的にし、相互の理解を深め豊かな人間関係を構築し、協力して社会生活 を向上させていくことが必要である。また、社会生活に必要な言葉による伝 え合いの大切さを自覚して、 「伝え合う力」を高めることは、人間形成に資 する国語科の重要な内容となるものである。 (「中学校学習指導要領(平成 10 年 12 月)解説・国語編」p.10 下線:筆者) 「互いの立場や考え方を尊重する」という言葉が 2 か所あることに着目し たい。現代は、めまぐるしく変化する情報化社会である。インターネットも 普及し、子どもたちは多くの情報を簡単に手に入れることができる。情報が 氾濫し、変化の大きい社会では、人々の認識も多様化していく。そんな中で、 「相手も自分と同じ感じ方のはずだ」と思い込んでいては、伝え合いの場は 成立しない。 「相手は自分とは感じ方が異なるのだ」と互いに認め合ってこそ、 「伝え合う力」を向上していくことができる。 また、井上(2002)は「伝え合う力」を「人間形成」との関連に注目して次の ように述べている。 (「伝え合う力」の)最も留意すべきは、これは自己と他者という人間主体 の関係に関する人間形成の能力を標榜するものであり、単なる表現上のコ ミュニケーション能力の問題にしているのではないということだ。(中略) 豊かな人間形成、主体的で自立した人間形成、それらの上に築かれる人間関 係などを求めている(井上 2002 p.19) 。 学校教育を受ける児童期・生徒期は、交流する人々が家族から学校、地域、社 会へと広がることによって大きな成長を遂げる時期である。親子のコミュニケー ションが正しく丁寧に行われているかどうか、異年齢や大人との付き合いの中で、 自己中心的に振舞うのではなく自分の言葉で思いを伝え、関わり合う力を持てて いるかどうかも大事な観点となる。この時期に充実した言語教育を学校で学び、 対人関係能力を育成することが求められている。 −49− 一一〇 4. 2 言語教育の日英比較 イギリスの国語教育について、山本(2003)はどの教科よりも重要視されてい ると述べている。つまり、母語としての英語が大切にされているということであ る。それは、日本の国語教育でも同様であると筆者は考える。しかし、ただ単に 子どもたちに話し合いをさせたり、要約をさせたり、音読をさせるのではない。 授業の創造力がイギリスの教育にはあふれている。イギリスの国語教育の実態は 以下の通りである。 イギリスの 7 歳∼ 11 歳の子どもたちを対象に比較的広く行われているものに 「ショウ・アンド・テル (show and tell) 」という試みがある。これは、 子どもたちが、 自分の持参したものを見せながら、その由来やそれにまつわる事柄を話すという 時間である。見せるもの自体が重要なのではなく、子どもたちに話す機会を与え ることを目的としている。子どもたちは自分の知っている事柄だから自信を持っ て話すことができ、 準備もしやすい。また、家族にものを尋ねる機会にもなる(山 本 2003 p.62)。 題材を自分で用意するという点は子どもの意欲を高めることができ、効果があ ると考えられる。第1節でも述べたように日本の国語教育においても、伝え合う 場においてまず子どもたち自身が伝えたいと思うことが必要とされている。子ど もたちの興味・関心はそれぞれ異なることからも、自分で題材を用意して話す機 会を与えてみるのは、話すことに慣れるきっかけになるだろう。 また、イギリスでは、あまり格式ばらないでみんなの前で発表するという習慣 が日ごろから身についているようである。ある公立の初等学校の全校集会では、 校長先生が一方的に話すのではなく、話しながら終始児童に質問を投げかけ、児 童がそれに答えることが行われている。つまり、対話形式をとっているのである。 校長に指名されると、その児童たちはほとんど例外なく、みんなに聞こえるよう なはっきりした声で答えたという。周囲も静かで集会の間は「静かに」という注 意の声も聞こえない(山本 2003 pp.62−63) 。 日本の全校集会の「校長先生のお話」とは大きく違うことが分かる。日本の場 合、子どもたちに発言する機会はない。機会を与えたとしても発言をする子ども がいるかどうかは疑問である。イギリスの例は、聞き手としての態度が育ってい る例だと考える。発言する際には、校長先生の話をしっかり聞いて、自分の意見 を持たなければ発言できない。聞き手としての立場が初等教育の段階から理解で きているのである。また、発表者は「聞き手が自分の意見に興味を持って聞いて くれている」と思える環境があるから発言しやすくなるのだろう。いかに発言し やすい環境を整えることができるかということも言語教育を行う上では大切であ る。大勢の前で発言することは大人でも緊張してしまう。子どもたちが安心して 発言できる場をつくることで、伝えようとする意識は高まるはずである。 一〇九 4. 3 対話による人間形成の場 村松(2005 pp.20−21)は「伝え合う力」を「対話能力」としてつかみ直すこ とを重要視している。こうすることで、「話すこと・聞くこと」の中で、 「聞いて 応じる」指導に目が向き、「書くこと」を読み手との、「読むこと」を作者との対 話としてとらえることが可能になる。 ここでは、 「話すこと・聞くこと」と対話について述べる。鷲田(2006 p.23)は、 「話 を聴く」ことを対話の前提としており、ディベートとの違いについて以下のよう に述べている。 ディベートは最初から最後まで、自分の考えはより強く固まっていくにし −50− ても、変わらない。それに対して、対話の場合はその中で話すほうが変わっ ていく。聴くというのは、話す人の中で自分のとらえ方が変わっていく、そ の触媒になるようなものだと思うんです。 授業で話し手と聞き手が交流する場というのは、どうしても話し手の声の大き さや話し方に指導の重点が置かれているように感じる。しかし、「聞いて応じる 指導」は対話を取り入れることで、両者の考えの変化を通して人間形成の場とし て機能する。対話によって子どもたちが互いに成長できるならば、聞くことは単 なる受け身の行為ではないといえる。 伝え合う力」に焦点をあて述べてきた。その中で、実際の生活の中で子どもた ちがどれだけ「伝え合う力」を活用して生活することができているのかについて 詳しくみていく必要性を感じた。なぜなら、授業で学んだことが実生活にも活か されて、初めて自分の力となると考えるからである。 5. これからの言語教育 −51− 一〇八 5. 1 アサーティブな自己表現を学ぶ これからの言語教育に求められる視点として「アサーション」について述べる。 平木(1993)は、あるアメリカの心理学者によると、人間関係のもち方には大 きく分けて三つのタイプがあると述べている。 ①自分のことだけを考えて他者を踏みにじるやり方=攻撃的(アグレッシブ)な 自己表現 ②自分よりも他者を優先し、自分のことを後回しにするやり方=非主張的(ノン アサーティブ)な自己表現 ③自分のことをまず考えるが、他者も配慮するやり方=アサーティブな自己表現 (平木 1993 p.15) 具体的な場面を考えてみる。スーパーのレジに並んでいて、割り込んできた人 がいたとしよう。①の「攻撃的な自己表現」をする人は、「おい、おまえ、ここ はみんな並んでるんだよ!後ろに並べよ」などと大声で怒鳴る。大声で怒鳴るだ けではなく、相手の気持ちを無視して自分勝手な行動をとったり、巧妙に自分の 欲求を押しつけたり、操作して相手を自分の思い通りにすることも含まれる。こ れでは相手の犠牲の上に立った自己表現になってしまう。一方、②の「非主張的 な自己表現」をする人は、割り込んできた人に対して、何も言わず、腹が立って も我慢してしまう。この表現には、あいまいに言う、言い訳がましく言う、遠ま わしに言う、小さな声で言うなども含まれる。日本人は、相手を立て、気持ちを 察することを期待する文化の中で生きているので、非主張的な人が多いように思 われる。相手に対しても自分に対しても不正直で自分にストレスだけがたまって しまう自己表現である。 これに対して、③の「アサーティブな自己表現」の場合はどうなるか。まず割 り込んできた人に対しては、「ここは皆さん、並んでいますから、後ろに並んで 一〇七 いただけませんか」と冷静にはっきりと伝える。自分の気持ちや考え、信念を率 直に、正直に、その場に合った適切なやり方で表現する。全て自分の欲求が通る というわけではなく、葛藤が起こることを覚悟した上で葛藤が起こってもそれを 引き受けていこうとする姿勢がアサーションの特徴である。アサーションの考え 方では、人間はそれぞれ考え方や感じ方が違っていることは当然であり、お互い を理解し合い、関係を深めていこうとする(平木 2002 pp.2−7) 。 では、実際の学校現場で、 「アサーション」をどのように生かしていくのか。 話し合いの場では、「まず言ってみること」が何より大切となる。しかし、そこ までいきつくことができない子どもや、日常の会話であっても成り立たせること ができず悩んでいる子どもは多いのではないだろうか。 国語科におけるアサーション教育の実践例を取り上げよう。金成(2008 pp.76 −77)は、国語の年間指導計画のテーマの一つを「ひとと出会う」に設定し、教 科指導にテーマを織り込んだ授業を行った。対象は、慶応義塾湘南藤沢中学 2 年 生 4 クラス 160 名である。生徒に自分の中に耳を澄ませ、相手の中に耳を澄ませ、 自分の中に今あるものを受け止め、互いの存在を認めながら関わっていく喜びを 体感することを目的としている。国語の授業とアサーションを組み合わせること でアサーションが深化していく可能性や国語の学習にもたらす効力に着目してい る。 その一つ、 「傾聴トレーニング」の実践を取り上げよう。 「いいこと探し」その 1 (1分半× 2 セット) A「何かいいことありましたか」 B「ええ、○○○(おきたこと)で△△△(感情)だったんです」 A「そうですか。○○で△△だったんですね(Bの話を要約)。それはよかった ですね(Aの感想)」 役割を交代して続ける。(傍線部は工夫させる) 〈目的〉 事象と感情を分けて認識する・相手の発話を正確に捉える・正確に伝え返す・正 確に捉えた後、自分の考えを伝える。 「いいこと探し」その2 ティッシュを丸めた玉をキャッチボールしながらの「いいこと探し」をする。発 話ごとに一回、投げたい心が高まったタイミングでこの心を玉に託して相手に投 げる。 〈目的〉 体内感覚と音声言語を一致させることにより、言語を介在させて心と心が対話す る感覚をつくる。 (金成 2008 p.79) このように実際の国語の授業とアサーションを一体化させることは可能であ る。アサーション教育は、日ごろのコミュニケーションから子どもたちにトレー ニングさせることもできる。また、国語科の年間指導計画に取り入れ、年間を通 じて、子どもたちの成長やスキルアップを見つめていくとも必要である。 −52− 「傾聴トレーニング」の「傾聴」とは、カウンセリングの方法の一つで、「耳を 傾けてきくこと」 「熱心にきくこと」 (広辞苑より)という意味がある。また、 「聞く」 と「聴く」とでは意味が違い、「聞く」は自然に入ってくる音声を感じ取ること であり、 「聴く」は耳を傾けて相手の話を注意深く聞き取ることである。平木(2000 p.78)は「相手に聴く」ことの大切さについて述べている。自分が伝えたいことは、 自分の思い通りに正確に相手に伝わって欲しいものだろう。しかし、相手は相手 の枠組みでしか自分の言ったことを受け取ることができない。だからこそ、自分 から相手が言っていることを相手の思いに即して理解しようと努力することが大 切になってくる。考えてみれば当たり前のことであるが、現代社会の中では見失 いがちになっている。 鈴木(2008 pp.71−73)は、アサーションを相互の関係性を大切にした自他尊 重のコミュニケーションと捉え、学校教育で育てる態度を「聴く力」であると述 べている。つまり教師は、話す人の立場になって相手の話を最後まできちんと聴 き理解するように指導していく必要がある。興味深いのは、まず教師が「聴く」 手本を見せていくという実践である。例えば、教師は自分が話した時は「よく聴 いてもらったのでうれしいよ」 「相づちしていたね。聴いていることが伝わった よ」というコメントを子どもたちに伝える。また、「もう少し詳しく話して」な どと子どもたちの話すきっかけを作る。さらに、「要約すると∼ということかな」 「よく分かったよ、ありがとう。」という言葉で深く関われば、子どもたちは教師 に話を聴いてもらえたという実感を味わう。 子どもたちは「大切にされた」という実感を持つ経験を増やしていくことで、 自分も相手も大切にしようとするのだと考えられる。教師が「傾聴」を行うことは、 子どもの心を安心させる力もあるのではないだろうか。「傾聴」を行えば、子ど もたちが自分の気持ちや考えを言っても無駄だ、という無力感に陥ることはない はずである。教師になる人間は、積極的に子どもの話を聴く姿勢を身につけてお きたいものである。 −53− 一〇六 5. 2 自分の「気持ち」と向き合う授業 2008 年 11 月 21 日の朝日新聞(大阪版 p.36)に子どものコミュニケーション 力の低下を懸念する記事がある。ここには、子どもの暴力に学校が悩まされてい ることに注目し、ちょっとした口論でいきなり顔を殴ったり、問題行動の見られ なかった児童が冷やかされたことをきっかけにクラスメイトの背中をはさみで刺 したりというような衝撃的な内容が載っている。東京のある中学校の養護教諭は 「言葉でコミュニケーションをとる力が不足していて、すぐに手が出てしまう」 とコメントしている。このような実態を受けて、大阪府寝屋川市立友呂岐中学校 の辻本佳代教諭の「怒りの感情をコントロールする方法」を身につける授業が紹 介されている。それぞれの場面の怒りの温度がどれくらいなのか「怒りの温度計」 として生徒に数字で表現させている。 「教室でぶつかってきたのに謝らず立ち去っ た 80 度」、「自分の陰口や悪口を聞いた 20 度」というような内容である。 辻本教諭の授業で興味深いのは、数字で「怒りの温度計」を一人一人に表現さ せた後に、数人の回答を棒グラフで比較し、腹を立てる場面や程度が人によって 違うことを示した部分である。もしかしたら自分が「怒り」を感じないことでも、 他のひとにとっては「怒り」として感じられてしまうかもしれない。自分の言動 を見直し、相手の立場に立って物事を考えることが授業の中で自然と行える工夫 がされている。 生徒の「感情」に注目した授業がアメリカのヌエバ学習センターでも行われて いる。ダニエル・ゴールマン(1998 pp.408−410)は、その「セルフ・サイエンス」 という授業について述べている。セルフ・サイエンスの授業のテーマは自分自身 の感情と人間関係から生じる感情についてである。この授業では、仲間はずれに されて傷ついたこと、嫉妬、意見の相違からけんかに発展しそうになったことな どの生徒たちが実際に経験したことについて話し合う。セルフ・サイエンス・カ リキュラムを考案したカレン・マッカーンは「学習は、子どもたちの感情と切り 離して進めることはできません。情動面の知性は、学習を進めるうえで算数や国 語などの授業と同様に大切な要素なのです。」と説明している。人生につまずい て「問題児」の烙印を押された子どもに補習的に「情動教育」をするのではなく、 すべての子どもたちに生きる上で必要な技術・知識として情動教育をしていく試 みである。 これからの言語教育への取り組みとして、「アサーション」と「情動学習」に ついて述べた。自分のことも相手のことも大切にするコミュニケーションは決し てソーシャルスキルを磨くためだけのものではない。心を「育てる」ことにも力 をいれて、子どもの内面に問いかけるような授業を増やしていくべきである。昔 は、集団で遊びながら身につけていたと言われているが、自分の気持ちとの向き 合い方を授業で学ぶことが必要な時代となっている。しかし、コミュニケーショ ン能力を発達させるのは子ども自身である。子どもを支える周囲の人たちの役割 は、子どもが自分で言語を使って心の成長ができるように環境を整え、大切な存 在であることを伝えていくことだと考える。 6. 結び 一〇五 家庭と学校でのしつけと教育を主に言語学的視点から考察していく中で、子ど もがことばを通して知識だけではなく、心も豊かに育っていくためにはどのよう な教育を行えばいいのか考えてきた。「家庭での言語獲得」では、 「好きな人」(養 育者)とどれだけ信頼関係を築くことができるかが自我の発達にも影響を及ぼす ことについて述べた。つまり、家庭の中で語りかけや会話が盛んに行われること が望まれる。また、アメリカとの比較をすることで、日本の教育に「染み込み」 型といえるような言語的に分からせるのではなく見習わせてできるようにすると いうしつけや教育が根底としてあり、子どもたちは相手の気持ちになって考える ことを強調された環境の中で教育が行われていることが解明した。そして、イギ −54− リスとの国語教育の比較を通し、見えてきたのは日本の国語教育の中に「交流」 が乏しい点である。相手の気持ちを考えすぎてしまって自分の気持ちを表現でき ないことが原因とも考えられるが、それでも子どもは何かしら自分の気持ちや考 えを表現したいはずである。 これらの内容をふまえて、これからの言語教育に必要な視点として「アサーショ ン」に注目して論じた。先ほど、工夫した授業を行うべきであると述べたが、ア サーションを取り入れた授業には、実生活における言語活動に役立つ取り組みが なされている。アサーションとは、自分も相手も大切にした自己表現のことであ る。決して自己主張だけをするのではなく、相手の気持ちを尊重しながら自己主 張をするのである。大人にとっても簡単なことではないのだから、児童や生徒に 指導するのは時間がかかるだろう。しかし、国語科の指導だけではなく、学校全 体で指導をしていく中で、日々の生活を互いの立場や考え方を尊重しながら過ご していく力を身につけることができる。 言語環境として、家庭と学校を見ていく中で主に母親と教師の子どもに対する ことばでの関わり方を中心に述べてきた。母親と教師は子どもにとって異なる存 在ではあるが、自分を見守ってくれる身近な存在であるという点では同じである。 先ほども述べた「傾聴」の姿勢は教師だけではなく、家庭の中でも行われるべき ことである。家庭、学校のどちらかが子どもにとって安心できる場所であればよ いのではない。どちらの環境も安心して言語活動できる場であることが子どもの 豊かなことばの発達につながるのである。1人の子どもがことばを獲得するとい うこと、ことばの教育を受けることには周囲の働きかけや愛情が欠かせない。他 者に受け入れられることを知り、大切にされることを経験した子どもは、自分を 受け入れ、自分と相手を大切にしたことばを使い、行動するように成長していく だろう。 −55− 一〇四 参考文献 朝日新聞 (大阪版)2008 年 11 月 21 日「顔面いきなり殴る 言えぬ「ごめんね」」p.39 東洋 1994『日本人のしつけと教育 日米の比較にもとづいて』東京大学出版会 井上一郎 2002『ことばが生まれる ― 伝え合う力を高める表現単元の授業の作り 方 ― 』明昌堂 氏家洋子 1996『言語文化学の視点―「言わない」社会と言葉の力 ―』おうふう 岡本夏木 1982『子どもとことば』岩波書店 岡本夏木 1993「言語環境としての家庭」 大平浩哉他『ことばシリーズ 38 言葉 と環境』pp.48-58 文化庁 金成玲子 2008「国語における実践−他領域とアサーション教育の融合」『児童心 理』5月号 pp.76−81 ダニエル・ゴールマン(土屋京子訳)1998『EQ こころの知能指数』講談社 鈴木教夫 2008「聴く力を育てる」『児童心理』5 月号 pp.71−75 金子書房 恒吉遼子 1992『人間形成の日米比較 かくれたカリキュラム』中央公論社 平木典子 1993『アサーショントレーニング ― さわやかな〈自己表現〉のために ― 』 金子書房 平木典子 2000『自己カウンセリングとアサーションのすすめ』金子書房 平木典子 2002「アサーションの基礎知識」 園田雅代・中釜洋子・沢崎俊之『教 師のためのアサーション』pp.1−10 金子書房 村松賢一 2005「 「伝え合う力」=「対話する力」と認識することから」『教育科 学国語教育』12 月号 pp.20−23 明治図書 山本麻子 2003『ことばを鍛えるイギリスの学校』岩波書店 鷲田清一 2006「「聴く」ことの力」『月刊言語』vol.35 no.2 pp.20−27 大修館書店 一〇三 −56− 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 新しい構文が使われだすとき 補助動詞『おく』の文「テレビで天気予報があり『よけ』ばいいな。」をめぐって 【後半】 山 部 順 治 要 旨 九州・中四国地方において、補助動詞「おく」には、本稿が『非意志の「∼よく」 形』と呼ぶ用法がある。本稿副題「テレビで天気予報がありよけばいいな。」は、 その例文である。同用法は、 通時的経過においては、 伝統方言には存在しなかっ た; この数十年間のあるときに発生した: 現時点では、使用頻度が(インター ネット上では)極めて低いことから、使われだして間もない段階にあると見られ る。同地域では、この、非意志の「∼よく」の過程を一角として、より広範囲の 文法領域(動詞の状態形の体系)にわたり、変化が進行中である。 本稿は、 「同一題名【前半】 」の拙稿( 『ノートルダム清心女子大学紀要日本語 日本文学編』第 33 巻、pp.9−35, 2009 年に掲載)とともに、非意志の「∼よく」 形(および、これに関連する諸用法)について、現時点、九州・中四国における スナップショットを提示する。【前半】は、通時的変化の様子を記述した。本稿 は例文資料である。 本稿の構成は、次のとおりである。第 1 節では、文法的観点から非意志の「∼ よく」形の輪郭を描く。第2節では、インターネット上で採集した、同用法の使 用事例を一覧にする。第 3 節では、例文採集に当たり留意した点を述べる。 引用する使用例は、特記なき限り、私(1965 年福岡市生まれ)の内省では、自 分の話し言葉として自然だと感じられる。作例についての容認性判断(OK“言う” /?“まれ”/ *“言わない”)は、私によるものである。同判断の許容域は、狭 く絞り、想定する発話の改まり度に関して“非常にくだけた”の極に限定した(こ れに対して、山部 2008 ではこの限定を課さず、単に適格かどうかという基準で 線引きした) 。例文中で次の記号を使用する。 内容 (動詞+)補助動詞「おく」 (動詞+)補助動詞「おる」 格助詞「が」を伴った非情物主語 その他の主語 存在文での場所名詞句 当座の論点と関連がある部分 「て」の“なし|あり”の対比 標準語訳 −9− 例 ありよけば ありよれば 天気予報が チビ達は コンビニに 飲み こー|座っとこー ‘飲んでよう’ 一五〇 表記 太線・網掛け 太字・下線 波線 下線 太点線 破線 |と 括弧‘ ’ 1. 非意志の「∼よく」形 1.1で、本稿の目当ての文法事象である『非意志の「∼よく」形』という用 法を同定し、1.2で、同用法の諸特徴を描く。 1.1 『非意志の「∼よく」形』とは何? 補助動詞「おく」には、中四国・九州北部地方の一部地域においては、標準語 的な諸用法に加えて、 非標準語的な二つの用法(1) (2)がある。二用法に「A」 「B」 という記号を振る。 (1) 用法 A: 「∼よく」形 動詞と補助動詞の間に 「て」に当たる音を介さない(岡野信子 1984 など) 。 ここでお茶でも飲み こう。 ‘飲んでよう’ (2) 用法 B:非意志の補助動詞「おく」 条件節などで、主語の意志を含意しない。したがって、非情物主語と共 起できる(山部 2001 など)。 オマケが付いとけば、買うのにな。 ‘ 付いてれば ’ 両用法とも、伝統方言にはなく、新しく生まれた表現である。例えば、福岡市で は、両用法の使用が現在 70 歳代からそれより若い世代の話者の会話に聞かれる。 両用法がある地域のさらに一部の地域では、 (3)のように、両用法が同一節内 に生起する事象もある。『非意志の「∼よく」形』である。これの使用は、インター ネット上の日記や掲示板のような、文体的に非常にくだけた文章で観察できる。 (3) 用法 A + B:非意志の「∼よく」形 a. テレビで天気予報があり b. 画面が動き けばいいなあ。 ‘ 放映されてれば ’ けばいい、みたいな。 ‘ 動いてれば ’ 一四九 1. 2 『非意志の「∼よく」形』はどんなものか? 1.2は、 『非意志の「∼よく」形(用法 A + B)の文法的特徴を描く。同用 法が用法 A と用法 B の掛け合わせであることを受け、1.2. 1で用法Aの特徴、 1.2.2で用法Bの特徴を扱う。1.2.3では、本稿の説明が拠る方言 −私の 内省判断―を、用法 A と用法 B にまつわる方言的変異の中で位置付ける。 −10− 1. 2.1 「∼よく」形(用法 A) 「∼よく」形(用法 A) (例文(1) )は、 動詞の状態形の一つである。これがある方言には、状態形として、表(4)の4形 式がある。4者は、形態的構成に関しては、補助動詞[おく|おる] 、および「て」 の有無によって区別される。(4)は、【前半】(6)の改変。 (4) 4 つの状態形 ―形態的構成― 補助動詞 「おく」 「て」の有無 .. と.. ① 「∼ 「おる」 ② 「∼ く」形 飲みよく;見よけば ③ 「∼とく」形 る」形 飲みよる;見よれば ④ 「∼とる」形 飲んどく;見とけば 飲んどる;見とれば 4形式の形態的構成はそれらの意味的特徴に対応している。意味的特徴が具体 的解釈として現れる様子は、例えば、文末の終止形の場合では、表(5)のようで ある。 (5) 4 つの動詞形 ―文末の終止形における解釈― 動作が意志的に遂行される 〈動的〉 〈静的〉 ① ここでお茶でも飲み 事態が事実として報告される くね。 ② あっ、あの人ビール飲み ‘ (私は)飲んでるね’ (用法 B) ③ しばらくここに座っとくね。 ‘ (私は)座ってるね’ ー。 ‘飲んでる’ ④ あの子、さっきから座っとー。 ‘座ってる’ −11− 一四八 ︵ ︵ 上下段[①②|③④](以下、 [ . . |と . . ] )の意味的区別は、事態の動性の 度合いによるもので、それぞれ、 [ 〈動的〉|〈静的〉 ]である(山部 2004) 。す なわち、描かれる事態の中に、具体的な動きが[顕著である|目立たない] 。 ② 右左列[ (① (以下、補助動詞[おく|おる])のそれぞれの意味は、様々 ③| ④ ] な文環境で様々な具体的な解釈となって具現する。両者の意味的区別は、例えば、 (5)のように文末において終止形で現れる場合には、[動作が意志的に遂行され る|事態が事実として報告される]という相違となって現れる。 補助動詞「おく」は、形態音韻論的に、音便形が不規則である。この結果、補 助動詞「おく」は、音便形で補助動詞「おる」と同音になる。私の内省判断でこ れを示すと、 「∼ く」形は「∼よって/∼よったら」であり、 「* ∼よいて/ * ∼よいたら」はひどく奇妙に感じられる。 「∼とく」形は「∼とって/∼とった ら」 (→例文(25d)の「言っとって」‘ 言っといて ’)であって、 「?∼といて/? ∼といたら」は標準語のような感じがする。 1.2. 2 非意志の補助動詞「おく」 (用法 B) 非意志の補助動詞「おく」 (用法 B)(例文(2) )は、現れることができる構文環境の種類が限られている。 非意志の「∼よく」形(用法 A + B) (例文(3))は、同用法の一種だから、同 じように限られている。 用法 B を可能にする構文環境は、意味的に総括できる ―『話し手が事態を〈望 ましい〉と価値評価している』ことを表す。(以下では短く、〈望ましさ〉とも言 う。)―。これら構文環境は、(6)の(a−d)のように、4類に分けられる。実際 の使用では、補助動詞「おく」の非意志的解釈は、4類のうち(a,b)のよう な条件節において、最も明瞭に得られ、事例も一番多い。(6)は、【前半】 (10)の 再掲。 (6) 用法 B が可能な構文環境 = 事態の〈望ましさ〉の表現 a. ば・(ゃ)、 〈よい帰結〉。 b. んと・な(にゃ・んば)、〈よくない帰結〉。 c. んかな! 〈祈願〉の用法 d. 命令形 !〈祈願〉の用法 補助動詞「おく」は、 (6)以外の文脈に現れている場合(例えば、例文(1)や 表(5)のような文末の終止形の場合)には、意志的な動作遂行を表す。したがっ て、その場合には、非情物主語と共起できない。例、「* オマケが 付いとく{ね。 /けん、.. /はず。 } 」 ‘付いてる{ね/から/はず}’ (←(2))、「* テレビで天気予 報が ありよこう!?」‘放映されてるだろ!?’(←(3a) )。 非情物主語の場合には、 (7)のように、補助動詞[おく│おる]が構文環境[条 件節│文末]に応じて使い分けられる。(7)の①③の「おく」が、用法 B である。 (7) 4 つの動詞形 ― 非情物主語の節に関する使い分け ― 条件節(構文環境(6a,b) )= 事態が〈望ましい〉と価値評価される 〈動的〉 〈静的〉 ① 明日起きたら雨が降り 文末での終止形= 事態の事実性が問題になる けばいいな。 ② 雨がざーざー降り ‘ 降ってれば ’ (用法 A + B) 、例文(3a)も ③ 明日起きたら晴れとけばいいな。 ‘ 晴れてれば ’ (用法 B)、例文(2)も ー。 ‘ 降ってる ’ ④ きょうはよく晴れとー。 ‘ 晴れてる ’ この使い分けは、文章中で、両補助動詞の並列となって観察される。 「と . .」の 場合は、(8)のような[③「∼とく」形|④「∼とる」形]の並列である。 一四七 (8) 解答は全部書けたけど、あっとるかわからん 半分 あっとけば いいな x98.peps.jp/sanakei/diary/view.php ? cn=15&guid=on&tnum=95&rc=【略】 −12− 【日記。定期試験。長崎県佐世保市在住、中学生、女性。2008/10/07】 ‘ 書いた答えが合ってるかどうか分かんない。半分合ってればいいな ’ [①「∼ く」形|②「∼ る」形]の並列が見られる。例文は、 「 . . 」の場合は、 2. 3、2.4にあげる。 なお、 「∼たら」形の条件節は、 構文環境(6)に該当しない。私の内省判断では、 OK 「雨が降り{* よいたら|OKよったら} 「晴れ{??といたら| とったら}いいな。」 いいな。 」 (→例文(30’ ))。これら例文対のそれぞれ左は、この構文的理由で逸脱 している:「おく」がその構文位置に現れない。重ねて、形態音韻論的理由で逸 脱を含む: 「おく」の変化形がその音形をとらない(→1.2.1)。 −13− 一四六 1.2.3 私の内省判断と方言間の変異 私の適格性判断(本稿の説明が 依拠する方言)においては、4形式は、相補的に近い形で機能を分担している。 言及する事態と現れる構文文脈が与えられれば、通例は、 (4)の4動詞形のうち 1つに決まる。例えば、表(5) (7)の各セルの事態・構文文脈では、4動詞形の うちそこに示されている動詞形一つが自然で、他3動詞形はそれ以下である。第 2節で引用する非意志の「∼よく」形の例文(のほとんど)に対しても、4動詞 形のうち「∼よく」形だけが自然である。 一方、他の諸方言まで視野に入れると、表(4)の4形式それぞれが担当する意 味領域は、広がり方に関して変異が見られる。 (変異は、地域差・世代差と密接 に相関している一方で、同一地域・同一世代の内部においても存在する。 )1.2.3 では、方言間変異を、用法 A と B それぞれに関して 1 点ずつ(したがって、非 意志の「∼よく」形に関して2点) 取り上げて解説する。 まず、用法 A との関わりでは、 [ . .|と. .] (1.2.1)の各領域が問題になる。 私にとっては、両者の重複はほとんどない。通例、 [ . .|と. .]形式のどちらか 一方に決まる。この点では、私の判断は、例えば、福岡市 34 歳女性の[ 「∼ る」 形|「∼とる」形]についての判断と符合する(工藤真由美(編)所収の資料; 木部暢子 2004:171 − 174 で解説)。 [ . .|と. .]の領域は、方言によって広がり方が異なる(包括的な研究は、工 藤真由美 2001。関連する研究として、工藤 2004;山部 2004; 【前半】1.2,3.3)。 愛媛県宇和島方言(工藤 1983,2001)においては、 両領域は広範囲にわたり重なっ ており、例えば、 (5)の②や④の事態は「∼ る」「∼とる」形いずれでも描写で きる:これらの場合には両動詞形の“競合”(工藤)が起こっている。 次に、用法 B に関しては、補助動詞[おく|おる](1.2.2)の各領域の広 がり方が問題になる。私にとっては、両者の重複はほとんどない。 (5) (7)の各 セルの事態・構文環境に対して、補助動詞はどちらか一方に決まる。例えば、 (7) ①の構文文脈では「OK 降りよけば|?降りよれば」、 (7)③では「OK 晴れとけば|?? 晴れとれば」 。福岡県の一群の若者にとっては、これらでの「おく」>「おる」 の容認度の対比はさらに明確である(【前半】3.3、山部 2001:第 5 節) 。 両補助動詞の領域もまた、他の方言では広がり方が上述とは異なる。例えば、 福岡県の一群の教員にとっては、 (7)の①と③の構文文脈では、補助動詞は「おく」 「おる」両方が可能である(【前半】3.2)。私にとっても、(内省判断の容認基準 を本稿での設定よりも緩め)発話状況の改まり度を問わずに適格かどうかで線引 きすれば、 (7)①では「∼よく」形に加えて「∼よる」形も容認域の中に入る(山 部 2008。ただし、そのときにも、 (7)③では「∼とく」だけである。 )さらに他 の方言においては、補助動詞「おる」だけである(=用法 B がない) 。 2. 例 文 第2節は、 非意志の「∼よく」形の実際の使用について観察を報告する。【前半】 3. 1、3.2に提示した論考の基礎資料に該当する。 2.1では資料の全体的輪郭を示す。2.2では非意志的な文が持つ構文的特徴 をまとめる。続いて例文を点検していく―2.3では動詞が「ある」、2.4では 動詞がそれ以外の種々の非意志動詞、2.5では存在文―。 2・1 資料の輪郭 非意志の「∼よく」の使用例を求めて 2007 年3月∼ 2009 年3月にインターネッ ト検索を繰り返したところ、50 件得られた。インターネットの規模の大きさと 収集期間の長さからしてこの件数は微小である。同用法は頻度が極めて低いので ある。同用法の例文資料の概略を、収集の手順と結果に分けて示す。 一四五 2. 1.1 収集手順 非意志の「∼よく」 (用法 A + B)は、 インターネッ ト上では(他の場面ではなおさら)使用事例がなかなか見つからない。理由は二 つ指摘できる。頻度が極めて低い。加えて、非標準的な表現であるため検索エン ジンによって認識されないようだ。この状況に応ずべく、いわば“闇雲に”、また“虱 潰しに” 、種々の検索語を試し、存在する全例を“さらう”ように努めた。 (これに対して、意志的な「∼よく」形(用法 A)や、 非意志の補助動詞「おく」 (用 法 B)など、比較的件数の多い用法を扱った際は、検索語に条件を設定しそれに 従って一部の例を“すくう”ようにした。【前半】1.2、3.1.3。) 検索語は、長さに関しては、主に、『動詞+「よく」+活用語尾』(例、「ありよ けば」「流れよかんと」「されよかな」 。これらや以下はいずれも括弧“ ”で囲ん だ。 )。加えて、 文字の重複をいとわず、 これの部分(「ありよけば」をめぐっては、 例、 「りよけば」 「よけば」 「ありよけ」)や、これの部分 + よくある後件の部分(例、 「よけばいい」 「よけばいー」「よけばそのうち」)も試した。動詞に関しては、非 情物主語を取ると見込まれる動詞の種々。以上の形態的範疇について、九州・中 四国で期待される音韻的変異形(例、 「ありよけば」 「ありょうけば」 「ありよきゃ」 。 【前半】1. 2)も点検した。 一回の検索試行に対して該当例文の件数は、普通は0、まれに1件、という具 −14− 合だった。また、該当例(「∼よく」形の文)は、普通は、非該当例(「 ∼よく」 形でない文)の中に混じって検出された。 使用した検索エンジンは、主にグーグルだった。加えて時にヤフーやグーを使 用したが、それで新たに例文が見つかったということはなかった。 以上の手順を、2007 年3月∼ 2009 年3月にわたって、数日から一月の間隔を おいて繰り返した。 こうして得られた例文それぞれについて、サイト内あるいはリンク先の様々な 手掛かりから、筆者の出身地(それが分からなければ、現住地)を割り出した。 本稿の説明で、 「福岡在住」のように「県」または「市」が示されていないのは、 両者の間で確定できなかったことを示す。 2. 1.2 結果 用例採集の結果は、表(9)のようにまとめられる。 (9a) (9b) は、それぞれ、 【前半】の(12) (26)を拡張したもの。 【後半】 (本稿)では、 【前半】の脱稿後に観察できた例文を追加してある。また、 【前半】では出身地(あるいは現住地)が県単位で特定できた事例だけを扱ったが、 【後半】ではそうでない事例(1 件)を含め、用法 A + B の全事例を呈示する。 [県 が判明/用法 A + B]件数は、【前半】[41 / 42]、【後半】[49 / 50]。 (9) 非意志の「∼よく」形(用法 A + B) a. 地域 使用例内訳 (件) 構文環境:(6)の 条件節 主節 使用例 人口比 (万人) (件) (件/人)×10⁷ 長崎 147 6 41 6 佐賀 86 4 47 3 熊本 184 2 11 1 1 5* a. 福岡 504 32 63 25 大分 120 3 25 1 広島 287 1 3 愛媛 146 1 7 不明 ⎫ ⎬ ⎭ 人口 ⎫ ⎬ ⎭ 県 b. d. 1 1 1 1 1 1 1 計 c. 1 50 37 6 3 4 (*【前半】で参入した 1 件(15b)をここでは除外した) −15− 一四四 地域的には、2例と“不明”を除き全て九州北部だった。(インターネット上の 使用例探索ではなく、アンケート調査によれば、 “自分が言う”という内省判断は、 九州だけでなく中国・四国地方の一部の出身の話者からも得られた。→【前半】 3. 1.2) b. 文の構成 動詞 構文環境: (6)の 「ある」 「降る」 他の 18 動詞 計 ⎧ ばいい。 a. ⎨ ⎩ ば〈よい帰結〉 。(上以外) 9 3 8 20 6** 1 10* 17 b. んと・な〈よくない帰結〉 。 1 1 4 6 c. んかな。 (願望) 1 2 3 d. (命令形) 。(願望) 1 3 18 8 計 4 24 50 (**「ありよくと、」1 件(17f)を含む) 構文環境に関しては、大多数(43/50[件])が条件節(6a,b)だった。主節(6c, d)は、少数派(7/50)だった:例文は、 (6c)類が(19,25b,26c) 、 (6d)類が 例文(20,13f−h) 。 動詞は、「ある」が圧倒的に多く、次に「降る」が続いた。「ある」「降る」以 外の 18 動詞は次のとおり。出来る (3[件])、流れる(3)、 (商品が)売っている(3)、 増える(2)、吹く、動く、走る、飛ぶ、映る、鳴る、響く、取れる、続く、出る、 上映される、(故人が)賞賛される、(プロ野球球団が)勝つ、(∼に∼が)泳い でいる。「降る」(6)は件数では二番目だが、内訳を見ると、3件(24f,g ,h ) は(6c)命令形「降りよけ!」であり、同 3 件のうち 2 件(24g ,h )は私にはい くぶん擬人的な感じがする。 ウェブページの文字入力方法を、 『 』内に略号で示す。『ケ』は携帯電話、 『P』 はパソコンによる。サイトのアドレスや、ウェブページのデザインから推測した。 2. 2 “非意志的”とは? 本稿では、 “非意志的”な節と呼ぶ範囲を、 “極端に”非意志的である場合に限っ た。非意志の「∼よく」形の例文の採集範囲も、そうした。これにより、目当て の意味特徴〈非意志的〉に関して疑念が生じる余地のある事例は、排除した。 2. 2. 1 構文特徴と共起制限 本稿では、節が“非意志的”であるとい うのは、節内に(10)の 3 つの構文特徴のいずれかが現れている場合に限った。 一四三 (10) 非意志的な構文特徴 非情物主語(46[件] )、 可能動詞(4)、 存在文(4) − の一つが節の構成に含まれていれば、その節が現れている文脈がどのよ うであれ、意志が取りざたされる可能性がない。内訳の和(54)が例文総数(50) −16− より多いが、これは 両方に該当する 1 件(例文 28a )と、 両方に該当 する 3 件 (例文 35,37)があるためである。3 つの構文特徴のどれも持たない節は、 本稿では、 “非意志的”とは呼ばず、非意志の「∼よく」形の資料から除外した。 “非意志的”な節は、主語人物の意志に注意を向ける表現(短く、 『意志の表現』) の共起をはねつける。研究文献で通用のものに(11)の二つがあり、このうちⒶ が本稿の題材との関わりにおいては有用である。 (11) 意志の表現 Ⓐ 動詞の「∼よう」形の、主語人物の意志を表す用法 例、 「* もっと立派な仕事をできよう!と思った。」 Ⓑ 意志の連用語句 動作主が動作をどのように認識しながら遂行するかを描く 例、 「 {*わざと/*しぶしぶ/*やむを得ず } やかましい音楽が流れている。 」 2.2.2 “非意志的”に当たらない例 上述の基準により“非意志的” には非該当だとして資料から除外された場合を、以下にまとめて示す。(しかし、 これらを“意志的”だと認定するわけではない。 )取りあげる範囲は、 「∼よく」 形の節が〈望ましさ〉の構文環境(6)に現れている場合に限ることにする。 主語の意志へ関心が向けられている度合いは、連続的に変異する。分類には、主 語の特徴を指標にするのが便利である。描写の興味が主語の意志へ向いている度 合いに関して、諸事例は(12)に示されるように、『(左)ゼロ∼∼より大(右)』 の順で並ぶ。本稿は、 “非意志” (的)と言うときは、左端の類に限定する。 (12) (3)非情物∼(13)三人称、経験者でない∼(14)三人称、経験者∼(15)談話参加者 ← 本稿の“非意志的” “非意志的”な範囲のすぐ外側には、例えば、(13)の各文がある。主語の指示 対象が三人称の人である。 (13) a. 5日の深夜にトリニータの特番アルル∼ゴッホ それは見れる! それ見てからパリや∼ パリでジダン 歩きよけば な∼(笑) http://x35.peps.jp/omusubi55/nbbs/?cn=10&rc=&rows=50 b. 嫌いなヤツと会った・・ 鹿島まで一緒・ あえて・ しゃべりかけんどっ た とけ・・ まぢしゃべりかけてくんなし・ キモいと・ アイツ −17− 一四二 【日記。『ケ』。大分県出身、同在住、高校生、女性。2008/12/01】 上記 2 本テレビ番組(トリニータ大分最終戦と、アルルの画家ゴッホ) の翌日に、高校の修学旅行でフランス、パリへ出発の予定。 ‘パリでジダン(元プロサッカー選手)が歩いてるのに出くわせばなぁ’ いじめられよけばよかったとけさ・ぷ x94.peps.jp/pqttunsqicou/diary/view.php?guid=【略】 【日記。『ケ』学校帰りの電車で。佐賀県鹿島市(付近)在住、女性、 高校生。2008/10/31】 ‘気色悪いんだよ!あいつ(学校で)いじめ対象だったらよかったの にな(笑) ’ c. うちのお姉は初めての子だったけど… 5ヶ月でおすわり 6ヶ月で 伝い歩き 10 ヶ月であんよ してたけ 【略】 お姉チャンに比べたら今の チビ達は 伝い歩きしよかないかん時期やけど未だ ズリバイ('-^*)/ 違いますね∼☆彡 www.l-ma.jp/bbs/bbs.php?category=9&thread=20549&offset=200 【掲示板、出産・子育て。『ケ』福岡市東区(付近)在住、女性、子育 て母。2008/11/14】 ‘上の子(姉)のときと比較するとしたら、今月は、下の子たちは伝 い歩きしてなきゃいけない(=してるはずの)時期だが、まだ腹這い’ d. 帰りさ∼ 前にハイパ - おッたッたい! ともぶ∼が制限速度やけン ハイパ - は bB の真ん前を 走りよかなおかしいやん? なのにその ハイパ - は だいぶ前におるとね! 40㌔のとこなのに 絶対 60㌔ぐ らいで走りよおと! 52.xmbs.jp/chummy6-38196-d_res.php?n=850228&view=1&page=d 【日記。『ケ』福岡市在住、女性、高校生。2007/03/01】 「ハイパー」 :車種、警察車輌。 「Bb」:車種、友人(ともぶ∼)運転、 筆者同乗。 ‘ともぶ∼が私たちの車を制限速度(時速 40km)いっぱいで走らせてい るから、 その車は私たちの車の直前を走り続けてなきゃ変じゃない?’ 一四一 (13)の各文では、描写の関心が、主語の人物の意向から逸れている。終止位置 において事実として描かれるときと同程度に、逸れている。例えば、例文(13a) は、 ジダンが彼自身の‘歩いている’という動作をどのように意識しているかに、 関心を向けていない。この点に関しては、「あそこ見て!ジダンが歩いてる。」と いう文と同じである。 一方、 (13)の各文は、意志の表現(11)の共起は受け付ける。もちろん、異な る文脈に置かれれば、であるが。例えば、 (13a)の動作については、Ⓐ「OK ジダ ンが街中を歩きよこうっていう気になってないかな。」 ‘歩いてよう’ 。Ⓑ「OK ジ ダンが{わざと/自分からすすんで}街中を歩いてる。」 。 (13)の各文において、事態の〈望ましさ〉を享受する経験者は、主語人物で はない。例えば、 (13a)では、‘パリの街でジダンが歩いている’という事態は −18− いいことだが、話し手にとっていいことであり、ジダンにとってではない。 主語の指示対象が三人称の人である例文のうちの多くでは、 (13)と異なり(14) のように、主語が事態の〈望ましさ〉を享受する経験者の集団に含まれていると 解釈される。 (14)では、 (13)と比べると、主語の意志への関心の度合いは大きい。 (14) 【A:】新年早々なんて事が… 火の元注意やな。 【2008/01/05】 【B:】火の元ってか、やっぱり不審火ってよ! 放火せんで、花火しよ けばいいのにね(▼皿▼メ) 【01/17】 kiichiism.blog54.fc2.com/blog-entry-185.html 【B(管理者)のホームページ付属の掲示板。A は訪問者、友人。B は福 岡市博多出身、同在住】B の自宅近所で 1 月 2 日晩に火事があった。 ‘ (放火魔の人は)放火しないで、花火してればいいのにね’ 「…よけば」の形の表現の中で、最も普通には、(15)の文のように、主語の指 示対象は談話参加者(話し手、聞き手、または両方)である。このとき、主語は 事態の〈望ましさ〉の経験者の一人であり、また、勧誘「やりよこうよ!」 ‘し てようよ!’ (15a) 、あるいは命令「勝ちよけ!」 ‘連勝していろ!’ (16b)に似た、 読み手・聞き手への働きかけが含意される。これに応じて、主語の意志への関心 が、かなり明確に感じられる。 (15) a. 最初はへたっぴでも、あきらめんで何回もやりよけば、いつのまにや ら下ろせるようになるもんよー yaplog.jp/cobuta_2/archive/408 【日記。『P』魚料理。福岡県出身、同在住、女性、20 歳代後半。2006/02/01】 ‘あきらめないで何度も(魚を下ろすことを)やってれば、いつのま にか下ろせるようになるものよ’ b. 勝ちきらん 杉内と和田で勝ちきらんやったら誰で勝つとな!? 正直言います。昨日も今日も試合は観とりまっしぇん。勝ちよかな観 る気も失せろうもん!昨日は勝ったばってん、今日は初回から点の入 れられてからくさ。 hawksoyaji.blog50.fc2.com/page-1.html −19− 一四〇 【日記。福岡市(付近)在住、男性、福岡ソフトバンクスファン。2008/06/08】 同球団は、前日勝利の前は三連敗。杉内と和田:両人とも所属投手。 ‘(球団選手たちに:おまえらが)連勝してなきゃ(テレビで)試合中 継を観る気も失せるだろ!’ 2.3 動詞「ある」 2.3では、非意志の「∼よく」形のうち、動詞「(出来事が)ある」の場合を 扱う。「ある」は、 全ての動詞の中で群を抜いて件数が多く見つかった(表(9b) )。 (16)には、 「ありよけばいい」の例文をあげる。構文環境の類(6a)のうち、条件 文後件が「いい」に固定している場合である。 (16) a. 天気予報が ありよけば良いなーと思ってTVのチャンネル回してた ら、変な韓国映画がありよった 途中からやけん、何かよーわからんやったけど、囚人達が休暇とかの 為にサッカー頑張る!映画やった diary3.cgiboy.com/0/6901/index.cgi?y=2006&m=1 【日記。大分県耶馬渓出身、福岡市(付近)在住、女性、23 歳。2006/01/07】 ‘天気予報が放映されてればいいな。【 . . . 】変な韓国映画が放映され てた’ b.【A】てか HERO 見に行けるかな?・ まだありようよね…【略】 【B】 【略】ヒーローみたいのにネ・ 12 月くらいまでありよけばい いのに・・ 82.xmbs.jp/bb.php?ID=tomosayo&c_num=402 【掲示板。『ケ』A,B は共同管理者、福岡県在住、女性、高校生。 2007/09/29・30】 「HERO」 :遊園地(三井グリーンランド、熊本県荒尾市)の催し物。 【A】 ‘まだ開催されてるよね。 【B】 ‘12 月ぐらいまで開催されてればいいな’ c. そして話めっちゃ飛ぶけど、今深夜テレビで『24』があってる しか も二本立てみたい また今始まった 海外ドラマ大好きな私にとっ ては嬉しい限り 一年中こうやってありよけばいーのに(´ ε`●) ameblo.jp/megumaruyanen/entry-10149536827.html 【日記。 『P』北九州市(付近)出身、福岡市在住、女性、1987 年生ま れ、大学 4 年生。2008/10/10】 ‘一年中こんなふうに(毎晩)放映されてればいいのに’ 「24」 : 「24 -TWENTY FOUR-」 、米国製連続ドラマ、テレビ番組。 一三九 d. 映画面白かった o(> ▽ <)o デモ…これで終わったと思うとなんか寂 しいなぁ・ズット電王ありよけばいいのに。。。(ノェ・、`) b21.chip.jp/asukanoriaru?rc=&rows=0 【日記。『ケ』映画「仮面ライダー電王対キバ」 (2008 年公開)を映画館 で観覧。北九州市在住、子育て母】 −20− ‘今後もずっと「電王」が上映されてればいいのに’ e. 今日でテスト終わる テスト午前中だけ やけんずっとあり よけ ばいいとけ どうせ勉強せんし 成績とかどやんちゃよか∼ x12.peps.jp/moegirls/diary/view.php?cn=11&tnum=182&rc=&rows=10 【日記。『ケ』佐賀県伊万里市出身、女性、高校生。2008/05/16】 ‘テストは午前中だけで終わるから、ずっと毎日やってればいいのに’ f. 課外ありよけばいいのに・わら 34.xmbs.jp/d_res.php?ID=nqm1h0&c_num=14534&n=2536949&view=1&page=d 【日記。北九州市(付近)、高校生か中学生】 ‘学校で課外授業をやってればいいのに(笑)’ g. 修学旅行楽しみ・ はっちゃけまくる・・ お土産忘れずに 買わん ばっ・★ みんなとも 写真とらにゃ・・ アクアシティ行ったら ゆうすけしゃん おらんかなー・?笑 ジャンプの撮影 ありよけば いいとに・・爆 98.xmbs.jp/vivio3oiviv-5490-d_res.php?n=30447&view=1&page=d 【日記。 『ケ』長崎県佐世保市(付近)在住、女性、高校 2 年生。2007/12/05】 アクアシティ:東京、台場のショッピングモール。「ゆうすけ」:山本 裕典、1988 生まれタレント。「ジャンプ」:「ジャンプ ! ○○中」、山本 が出演の番組、フジテレビ系列局 2007 年 10 月∼ 2008 年3月放映。 ‘修学旅行でアクアシティに行ったら、番組「ジャンプ」の収録をやっ てるのに出くわせばいいのに’ h. まだ花火 ありよけばいいとにな x98.peps.jp/syotavvchiaki/diary/view.php?cn=14&tnum=53 【日記。『ケ』長崎県対馬出身、大村市在住、女性、1990 年生まれ、フリー ター。2008/09/11】 ‘ (9 月になったけど、)まだ花火大会をやってればいいのにな’ i. フジテレビ 行って いろ2見た あいのり を 収録するスタジオとか 収録ありよけば よかったのになあぁ 53.xmbs.jp/d_res.php?ID=oyxxxao&c_num=24931&n=1653123&view=1&page=d −21− 一三八 【日記。『ケ』東京観光。福岡市東区出身、同在住、女性、16 歳、無職。 2008/ 04 /20】 ‘ (私がフジテレビを見学したとき)番組収録をやってればよかったのに’ (16)の(a,b)および下の(17)の(a, b,c)では、前後して並ぶ二つの文で、 [「∼ よく」形|「∼よる」形]両動詞形が構文文脈に応じて交替している(→1.2.2)。 事態を表す節が条件節(構文環境の類(6a,b))に現われ、同事態が願望されて いる文では、 「∼よく」形( 「ありよけば」)となっている。一方、事態を表す節 が終止位置にあり、同事態が事実として描かれている文では、「∼よる」形(「あ りよった、ありよー(ありよる) 、ありよらん」)である。 (17)−(19)では、動詞「ある」の「∼よく」形が、「・・・ ばいい」以外の構文 環境に現れている。 (17)は、構文環境(6)の類(a)のうちで、後件が〈よい帰結〉 という意味の範囲で変異する場合である。(ただし、 (17e)では、前件の動詞の形 式は「ありよくと」。) (18) (19) (20)は、それぞれ、構文環境(6)の類(b) (c) (d) に該当する。 (17) a. ところで、福岡でコミケとかありよらんとやろか?ありよけば、行き たかとけどね blog.goo.ne.jp/aoisoraco/e/12b0fad0ba11eda37188580109a050f6 【日記。『P』20 ∼ 30 歳代(顔写真から)、男性、長崎市在住。2007/03/11】 ‘福岡でコミケ(漫画など同人誌の即売会)とか開催されてないんだ ろか?開催されてれば、行きたいんだけどね’ b. バットマンビギンズ がありよるねー・僕のダーリン・ ポニョもバット マンもありよるしあたしは幸せょ・ しんちゃんとスティッチとスポ ンジボブもありよけば完璧だぉね・ 57.xmbs.jp/a920-19217-d3_res.php?n=221778&view=1&page=d3 【日記。 『ケ』福岡市在住、福岡県糟屋郡粕屋町出身、女性、21 歳、衣 料品販売員。2008/08/08】 ‘「バットマンビギンズ」が映画館で上映されてるね。 【. . . 】他に「し んちゃん」 「スティッチ」「スポンボブ」も上映されてれば文句なしだ よね’ c. 排卵が ありよけば大丈夫↑で今日仲良し( ̄ロ ̄ ;)? !(笑) e-katei.net/bbs/BBS0006.php?uid=【略】 【掲示板、妊娠 ・ 出産 ・ 育児。福岡県筑紫野市(付近)在住、30 歳代、 子育て母。友人女性へ。2008 年 9 ∼ 10 月頃】 ‘(毎月、生理のとき)排卵が起こってれば、きっと妊娠できる!とこ ろでお宅では今晩“仲良し”(夫婦間性交渉)なの? 一三七 c’ . 排卵日にネバネバのおりものが結構出るけんちゃんと排卵ありよるんだ が生理出血が極端に少なくて心配(;  ̄Д ̄ 【サイト、筆者、年月は上と同じ】 −22− ‘私は、ちゃんと排卵が起こってるんだけど、出血が少量なんで心配なの’ d. 甲子園あつい∼・ 野球 ありよけば 一日中テレビの前で大丈夫∼・笑 43.xmbs.jp/akkosan-3844-rl.php ? guid=on&disp=1 【日記。 『ケ』熊本県菊池郡菊陽町出身、同在住、女性、大学生。2008/8 月】 ‘高校野球が放映されてれば、私は一日中テレビの前にいても大丈夫’ e. 性別: 男性 誕生日: 皇紀 2631 年 出身地: 福岡県 精霊占い 宝石 職業 国民宿舎ひびき(さかながめちゃめちゃうまいっす) 出身校 玄海東小学校 出没地 基本的に JC が ありよけばどこにでもいますよ 特技 軍歌なら任せて profile.ameba.jp/kyodouundou-kyushu/ 【プロフィール欄。『P』福岡県宗像市(付近)出身、同(付近)在住、 1970 年生まれ、男性】 ‘JC(=日本青年会議所) (の集会)が開催してれば、どこでも私は現れ ています’ f. 福岡ね、お祭りありよくと楽しかけどね ww plaza.rakuten.co.jp/trickparty/bbs/?BBSnow=16 【掲示板。訪問者、福岡県出身、同在住、1991 年生まれ、大学生。 掲示板管理者(大阪府在住)に、大阪、神戸と対比して福岡を紹介。 2007/07/22】 ‘福岡はね、お祭りが開催中だと楽しいけどね’ (18) ひさびさにジムに行って total 1時間くらい歩いて疲れた∼! カレにはやせるためにはそのくらいせないかんって言われたけど 無理無理無理ーーーーーーー( ̄д ̄) 面白い TV が ありよかな、あんなに歩けんーーーー。 plaza.rakuten.co.jp/ympage/diary −23− 一三六 【日記。交際相手男性「カレ」とともにフィットネスジムで歩行運動。福 岡県在住、 「博多っ子」、女性、23 歳。2007/01/16】 ‘ (運動中に)面白いテレビ番組が放映されてなきゃ、あんなに(1 時間 もの長時間)歩けない。’ (19) ・ルーキーズ・ 今ビデオとっちょったの見たー… ばーりおもしろい・ 【略】 川藤先生∼∼∼∼… 一生あのドラマ ありよかんかね(∵)・ 45.xmbs.jp/d_res.php?ID=ogibootonakamatachi&c_num=30074&n=【略】 【日記。 『ケ』4 名のホームページ共同管理者の一人。4 名とも福岡県飯 塚市と付近在住、19 歳、女性。2008/04/27】「ROOKIES」 (ルーキーズ) : テレビ連続ドラマ、2008 年 TBS 系列局で放映。川藤先生:主人公、高 校教師。 ‘一生、あのドラマが続いていかないかな’ (20) とうとう最終回 . . . あ∼ 岡田将生かっこよかった . . . しょっく . . . 15 分拡大やなくて ずっとありよけやい x22.peps.jp/ys2m31/diary/【略】 【日記。 『ケ』日記。 『ケ』連続ドラマの最終回。佐賀県唐津市在住、 1992 年生まれ、高校生、女性。2008/09/22】連続ドラマの放映最終回、 放映時間が通常回より 15 分長い。岡田は 1989 年生まれ男性俳優、同ド ラマに出演。 ‘このドラマ、今日で終わらずに、これからもずっと続いてろよ!’ 「∼よく」形の代わりに、「∼よる」形による表現は、(21)のようである。 (21) a. あー明日は久々に買い物で天神やぁ(‘∀’*) まだ Sale ありよればよかとになぁ♪ + ゜ ameblo.jp/szk12/page-2.html 【日記。 『P』長崎県(長崎市外)出身、同在住、大分県内大学在学、 留学を終えて秋から復学予定、女性。2008/07/19】 ‘まだバーゲンセールが開催してればいいのになあ’ b. 南に 死のうごとあらす人ン おらっせば 行たて「心配せんちゃ よかよか」って 言うて 北に けんかの もめごとのって ありよれば 「そげん つまらん ことぁ すんな」って言う pub.ne.jp/Shography/?daily_id=20061023 一三五 【日記。 『P』宮沢賢治「アメニモマケズ」の波佐見弁訳、 「雨にもま けじん」。長崎県東彼杵郡波佐見町出身、埼玉県在住、女性、60 歳代。 2006/10/23】 原文: 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイゝトイ ヒ 北ニケンクワヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ −24− 構文環境(6)においては、動詞の「∼よく」形と「∼よる」形との間では、 (各 形式が可能であるなら、)意味的には相違がないようだ。しかし、件数的には、 まれな「∼よく」形より一層「∼よる」形はまれだった。例えば、 「ありよけば」 「あ りよれば」についてほぼ同じ期間にほぼ並行的な検索語で用例探索を行った結果 は、 「ありよけば」(16) (17)の 15 例のうちの大部分に対して、「ありよれば」は (21)の2例と他にいわゆる“ニセ方言” (“ナンチャッテ方言”)と思しき2例だ けだった。本稿での例文採集の指針(3.1)に従って篩にかけると、「ありよれ ば」は、 (21b)の例文は除外され、 (21a)の 1 例だけになる。(21b)は執筆文脈が 少なくとも三重に特殊である― 文章内容が古雅(数世代前の文学作品) 、 筆 者が出身地を離れて住む年配者、 聞き手が当該方言を話さない(埼玉県で会合、 日本各地方言訳を持ち寄り朗読する)。補助動詞「おる」は「おく」に比べ、語 感が古めかしく、しかも、 ((21b)の構文環境では)全国的に理解されやすい表現 であるという二点で、脚色に適する。それで選択されたのではという疑念が残る。 「∼ く」形を「∼とく」形に替えた場合の例文は、(22)のようである。 (22) 夏に3・ 4公演あっとけば1つぐらい連れてってあげたのになぁ ・・・・・ www.l-ma.jp/bbs/bbs.php?category=6&thread=19209 【掲示板。福岡(付近)在住、子育て母、?30 歳代。2008/04/25】 ‘昨夏に関ジャニ∞(アイドル歌手グループ)のコンサートが3、4公 演行われてれば、1回ぐらいうちの子を連れていってあげたのになあ’ 「あり けば」と「あっとけば」は、地域的に九州北部に観察範囲を限れば、意 味的に別々だった。基準時(通例、 発話時)に成立している継続は、 「あり けば」 では動詞「ある」の事態そのもの、「あっとけば」では同事態収束後の〈残存効 力〉だった。 (上述の例外は、 「あっとけば」の 1 例(山部 2008 (48c))が反復 を表していた。) (「あり けば」と「あっとけば」では目立った件数差がなかった。 ただし、両動詞形は意味的に住み分けているので、件数を比較したところで意義 がない。) −25− 一三四 例文(16)−(20)の動詞「ある」の文の大多数は、標準語では動詞「やる」で 「∼をやってれば」などと訳される。そこで、 例文中の動詞「ある」は動詞「やる」 の誤記なのでは、という恐れがあろうかと思うが、その心配は無用である。例え ば、動詞「やる」 ・三人称主語の文「テレビで天気予報をやりよけばいいな。」は、 私の内省では適格に思えるが、実際にはこの種の文の使用は全く見当たらなかっ た。三人称主語の「∼よく」形は、動詞一般にわたって使用がまれであり(2.2)、 動詞「やる」 (検索語「やりよ{けば/きゃ/かんと/かな} 」)に関しては一例 も見かけなかった。なお、これら 4 検索語に対して使用例は、ある日に(15a) など二十数件観察でき、全てで(15a)と同じく事態(勉強・スポーツ・習い事・ 仕事など)の動作主は話し手か聞き手だった。 2.4 「ある」以外の動詞 2.4では、動詞「ある」以外の動詞の場合を扱う。非意志的な構文特徴(10) に関しては、 主語が非情物、または、 動詞が可能動詞である。以下では、 便宜的に、描写されている事態の種類によって類別して提示する。 2.4. 1 動詞「上映される」 (23) 「映画が(反復的に)上映される」は、 「映画が(反復的に)ある」(16c,d,17b)と同じ事態である。 (23) やりたい事はわんさかあるある! まず一つ目 ドラちゃんとデート♪ よけばなぁ∼ (´ ∼ `;) 【略】戦争映画でも上映され blogri.jp/hotrod/entry/1210586348/ 【日記。 『ケ』余暇をどう過ごすか。福岡市在住、同(付近)出身、女性、 34 歳。2008 ? /05/12】 ドラちゃん:同棲中の交際相手男性 (あるいは夫?) 。 ‘映画館で戦争映画でも上映されてればなあ’ 2.4.2 天候 (24)「(雨が)降る」 、(25) 「(風が)吹く」。「降る」6 件のうち 3 件(f − h)は、擬人的解釈へ傾かせる要素を含んでいる。命令形で あること、さらに、そのうち(g,h)は「∼よく」形自体か直後の文に呼び掛け の終助詞「よっ・が・やあ」が現れている。私の感覚では、 (g,h)が(雨につ いて)擬人的である。なお、 (23d)の「降りよかんば」に対して、私の使う形 態は「降りよかな」。 (24) a. 今雨降りよるけん 明日もずっと 降りよけばいいとに★ x98.peps.jp/hamer33/diary/【略】 【日記。 『ケ』 長崎市出身、佐世保市在住、女性、高校1年生 2008/11/18】 ‘今、雨が降ってるから、明日もずっと降ってればいのに’ b. 明日朝雨降りよけば いーな・ そしたら部活休みに なるんに・・ 41.xmbs.jp/d2_res.php?ID=11715&c_num=7141&n=119970&view=1&page=d2 【日記。『ケ』明日から冬休み。福岡県豊前市在住、女性、中学生。 2007/12/22】 ‘明朝起きたときに雨が降ってればいいな’ 一三三 c.【A:】雨が― 降ったり― 止んだり― 何なんだ― 和良 【B:】何なんだー 笑笑 振ったりやんだり が 番困るぱ たーーーーーんやん 笑笑 【A:】 一体何なンだ ― 藁 大概にしてほしいやあン −26− 降る ならず - と降りよけば いいのにたあい x112.peps.jp/cheri11/diary/【略】 【日記。 『ケ』ABは友人、福岡県朝倉市甘木在住、中学生。Aは管理 者、Bは訪問者。2008/08/16】 ‘降るならずーっと降ってればいいのになあ’ d. こっちも今日は雨降ったけど、広島も雨やったんやね。帰り際に雨が 降りよけば忘れんもんやけど止んでしもたら忘れるわな∼(^_^;) ameblo.jp/k-k-7/entry-10202477099 【日記付属の掲示板。訪問者、福岡県出身、同在住、30 歳(前後)、女性。 宛先、掲示板管理者は、広島県出身、同在住、1973 年生まれ、女性、 この日トレーニングジムに傘を忘れる。2009/02/03】 e. 熊本弁です↓↓ 今日んごた日よりは俺はいっちょん好かん! 雨ん降るなら降るごつ、1日中降りよかんば!風ばっか吹いちか 面白みもなーん無か! ぎゃん日よりて知っとたなら遊びにでん行くならよかったばい mathhira.blog101.fc2.com/blog-date-20070714.html 【日記。台風到来。熊本市生まれ、同(付近)在住、15 歳、男性。2007/07/14】 ‘雨が降るなら降るというように、一日中降ってなきゃ! 風ばっか り吹いて面白くない!’ f. 只今、リアルに雪の中を 歩いてきまんた(´ ω`) 【略】 あ∼あ。止まんで欲しい ず∼っと雪降りよけww 75.xmbs.jp/b.php?ID=shi0ri&c_num=16752&disp=2 【日記。 『ケ』北九州八幡東区在住 15 歳女性。2008/02/13】 ‘やまないでほしい。ずっと雪降ってろ!’ g. 始業式までずっと降りよけ・! 始業式の日はぴたっと・! やめよっ・・ 朝 大変やろが・・雷は・しおぷの家のまわりだけに・# 光れ・鳴れ・・大爆笑 . x110.peps.jp/hujanou/diary/view.php?cn=5&tnum=56 【日記。 『ケ』大分県出身、女性、中学生】 ‘始業式までずっと降ってろ! 始業式の日はぴたりと止めよ!’ d2.decoo.jp/diary/rad028/mode/comment/act/view/mid/1530031/【略】 【日記。 『ケ』。県は不明。中学生か高校生、男性。2008/07/04】 ‘降ってろよ!’ −27− 一三二 h. つぎはプール(∵)・ 雨やんだし∼ 降りよけやあ・← (25) 最近恒例の強烈な北東風の吹きつけよるっですバイ。こんだけ北東風の 吹きよけば、県北の堤防じゃシイラ狙いの御仁方が群がりよるに違いナ カですバイ。ま、カンケーなかエリアの釣り場としては単に迷惑な風で すばってん... 。 takyam.blog42.fc2.com/blog-entry-282.html 【日記。 『P』趣味の釣りについて。長崎県南部在住、男性、幼児の父。 2006/10/01】 ‘これだけ北東風が強く吹いてれば、県北(日本海側)の堤防ではシイ ラ(スズキ目の魚)を狙う釣り人たちが群をなしているに違いない。’ 2.4.3 自力で作動する仕掛けの動き 動画面について、(26a) 「テレ ビ画面が動く」 、 (b) 「テレビの画面が映る」 。駆動する機械について、 (c) 「船が 帆走する」 、(d) 「ミサイルが飛ぶ」。 (26) a. うちの子は・・・結局なんでもいいみたい。トムとジェリーでも、ムー ミンでも、ミッフィーでも、トゥイーティーでも、スヌーピーでも。 。。 もちろんトーマスでもあんぱんまんでも。英語でもじーーーーっと見 よーけねぇ。画面さえ動きよけばいいんやろうね。 plaza.rakuten.co.jp/macyumi/diary/?act=reswrite&...&d_seq=0 【掲示板、幼児の子育て。わが子の好きなアニメーション・キャラク ター。福岡県在住、女性、母親 30 歳代。2007/02/21】 ‘画面さえ動いてれば、いいんだろうね。’ b. 3日、午前の講義を寝坊で休んだ。BS うつるようになった。なんか WOWOW うつるし、STARCHANNEL もうつる。友達にきいたら最 初だけうつるらしい。どうにか EURO が終わるまでうつりよかんか ね。 06.xmbs.jp/d3_res.php?ID=tanisekun&c_num=20221&n=179533&view=1&page=d3 【日記。 『ケ』大分県日田市出身、高知県在住、男性、大学 1 年生。 2008/06/05】 ‘EURO(サッカー欧州選手権、来る 6 月 7 ∼ 29 日)が終わるまで(今 後約 1 カ月間)(有料放送が無料で)映ってないかな’ 一三一 帆船祭って面白い 俺は全くと言ってイイ c. 話変わるヶド 程興味ない 帆船って言うヶド 普通にエンジンあるしね 帆だけで 走りよけば 帆船ヶド 帆と一緒にエンジン使っ て 走りけよば 法律上“動力船”ってなるしな だけんそんな興味な い x28.peps.jp/subtlyboys/diary/view.php?cn=74&guid=on&old=&ym=【略】 −28− 【日記。『ケ』長崎市(付近)出身、同在住、男性、1989 年生まれ、 高校生。2007/04/30】2 番目太字影付き「走りけよば」は誤記。 ‘帆だけで走ってれば帆船だけど、帆と一緒にエンジンを使って走っ てれば法律上は動力船ってことになるし’ d.【1A:】マジかあ なンとか終わったばぃ てかかなリ蚊に刺さ れる 【2B:】お疲れ 蚊 かゆかね 殺しちャえ 【3A:】どこ飛んでるかゎからン 【4B: 【略】】【この後、約 17 時間中断】 【5A:】昨日ヮごめン 自分カラ いっとって え 眠気に負けて しまった 【6C:】みさいるも蚊に負けんぐらいどこ飛びよっかわからんおお 落ちらんでずっと 飛びよけば よかとけねえ bbs.avi.jp/bbs.php?kid=331233&num=30&mode=&br=pc&cnt=no&s= 【掲示板。『ケ』佐賀市内の英語教室の生徒たち、女性?、中学生と高 校生。2006/07/04 ∼ 05】1 ∼ 4、4 日深夜;5 ∼ 6、5 日夕;この間 5 日未明に北朝鮮のミサイルが発射、日本海に落下。 ‘北朝鮮のミサイルも蚊に劣らずどこ飛んでるか分かんないよ。落ち ないでずっと飛んでればいいのにねえ’ 2. 4. 4 動詞「流れる」 (27)の ⒜ 「川(の水)が流れる」 、⒝ ⒞ 「CM がテレビで流れる」。 (27) a. 森林浴で露天いい山があるといいなぁ∼ 川がちょっとでも 流れよかな 風呂作るの大変なんよね alpha-8.jugem.jp/? day=20080414 【日記。 『P』北九州市出身、同在住、男性、1989 年生まれ、大学受験 浪人。2008/04/14】森林浴で露天:森林浴しながら露天風呂に入る。 ‘川がちょっとでも流れてなきゃ露天風呂を作るの大変なのよね’ b. とにかくタカヒロ カッコイイ いいのに あ∼ あの CM ズット 流れよけば x31.peps.jp/ryukyun0ooh1me/diary/view.php?guid=on&cn=16&tnum= 【略】 −29− 一三〇 【日記。『ケ』福岡県古賀市出身、同在住、女性、高校生。2008/08/22】 タカヒロ:TAKAHIRO、ポップ音楽グループ EXILE のボーカル担 当男性。 ‘これからもずっとあの(タカヒロが出演している)CM がテレビで 流れてればいいのに’ c. さっきまた ますとが歌いよる 椿館の CM が 流れよった (● ´ 艸`●) ずーっと椿館の CM 流れよかん かな・・・ 笑 hp6.0zero.jp/bbs/index.php?uid=maaasuto22&dir=75&num=2&th【略】 【掲示板。松山市で活動し、 最近解散した男性 2 人組音楽グループ「ま すと」 のホームページ。訪問者(ファン)、愛媛県在住、中学生か高校生】 ‘これからもずーっと椿館の CM が流れてないかなあ’ 2. 4. 5 音 (28a)「おなかがゴロゴロ鳴る」、(b) 「声が響く」。 (28) a. そうそう賞味期限が 6 月 4 日やった豚肉、 火通せば大丈夫やろうと思っ て生姜焼きにして食べたら味は普通に美味しかったけど、やっぱしダ メやったっぽくて今おなかゴロゴロ中。もうだいぶ治まってきたけど 階段上ったり下りたりして疲れたよ。彼氏も一緒に食べたのに何とも ないっぽかった。私より胃が弱虫なのに大丈夫なはずない!今頃おな かゴロゴロ なりよけば いいのに、と陰気なこと考えたり。フフフ。 skin.blog10.fc2.com/blog-entry-12.html 【日記。 『P』福岡市在住、女性、1983 年生まれ。2005/06/08】 筆者が彼(交際相手)の不調を望んでいるのは、両人が喧嘩をしたため。 ‘今頃彼のおなかがゴロゴロ鳴ってれば、いいのに。’ b. 部活ゎ先輩達引退して 初★の部活やた(T_T) 寂しかった やぱバド部には ラスト∼の声が 響きよかな ダメやね ぷ★ ン な感じの 01 日やた たらばいちゃぁ∼ x47.peps.jp/tonpinonna/diary/view.php?guid=on&cn=8&tnum=316&rc=【略】 【日記。 『ケ』学校の部活動、今日の様子。福岡県田川郡福智町(旧: 金田町)在住、同(付近)出身、女性、1991 年生まれ、高校 2 年生。 2008/06/04】 ‘やっぱり、バドミントン部には「ラストー」(最後の一本のサーブ) という掛け声が響いてなきゃだめだね(笑)’ 2.4.6 話し手・聞き手・その近親者の境遇 (29)は可能動詞、 (30) は自動詞による文である。 (29) a.【A:】卒業するときはえらいすごい人になってそうやん・・ 【B:】どげンやかね∼・・ やりたィ仕事が できよけば イィケドね ---・・ 一二九 98.xmbs.jp/seritarosu-7813-br2_res.php?disp=1&action=res&no=5079 【掲示板。 『ケ』 志望大学の専攻について;来月 11 月に入試。A:管理者、 男性。B:訪問者、福岡県田主丸町出身、女性、高校 3 年生。ABは 中学校同窓。2007/10/11】 −30− ‘卒業時には、やりたいと思う仕事がやれてればいいけどね’ b. とりあえず志保やったやん!!ってとこから入ります。そらあんだけ できよけば 余裕ですよって言いたくもなるけど(笑)いやー、いいね! この調子でけ上がりもね・・・。てかこれを志保が見てくれとるかは 知らんけど。 diary3.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/moriyan/?Y=2006&M=5 【日記。 『P』佐賀県鳥栖市(付近)出身、同在住、男性、24 歳ぐらい、 体操競技の指導者。2006/05/10】 志保:体操クラブ部員、小?中?高?校生。け上がり:体操技の一つ。 ‘そりゃあ、(体操演技が)あれだけ(好調に)やれてれば、楽にでき ますよって言いたくなる気持ちも分かるけど’ c. ゆかからメールきて ちょっと暇になったき ピアノの練習∼ そろそろ 出来よかんと やばいよね あはは x61.peps.jp/blueooosky/diary/view.php?guid=on&cn=2&tnum=100&rc=【略】 【日記。『ケ』福岡県若宮市在住、女性、中学生。2008/08/12】 ‘ピアノの課題曲がそろそろ弾けてないとまずいよね’ d. お腹の音が正常な音やないらしいで 「お腹悪いね∼」 ち言われて無理 にご飯食べさせたら今度は逆に消化不良起こして嘔吐もしだすけ・水 分さえ取れよけば大丈夫っち・・んで1週間ぐらい食べんでも水分さ え与えよけば子供は平気らしい・・ 02.mbsp.jp/d3_res.php?ID=aichun&c_num=6933&n=17673&view=1&page=d3 【日記。『ケ』1 歳のわが子が病気になり小児科医院で受診。北九州市 近郊在住、同(付近)出身、女性、19 歳。2007/11/14】 ‘医者の言うには、赤ちゃんはお腹を壊しても水分さえ取れてれば大 丈夫って’ (29)の事態は、人に関するけれども、非意志的である。意志の表現(11)を受け 付けない。Ⓐ「* 出来よう!/ * 取れよう!」 。Ⓑ「* わざと{出来た/取れた}」。 なお、 (29b)は、我々の目当て「∼よく」形であり、それと似て異なる(50)の類 でない、と考える。この判断は多分に私の主観に依存するが、明示的な兆候とし ては、著者が同日ほか日記各所で動詞「(∼が)できる」(ひらがな表記)を〈(努 力した結果)行う能力を獲得している〉の意味で用いていることがあげられる。 −31− 一二八 (30) a. うちらまだ1年半よ お金貯まる頃まで 続きよけば 結婚やね 笑 ゆきたん今のだーリんとゎ結婚ち感じやないんやねぇ でも若いとにチ ャント考えて偉い 86.xmbs.jp/br2_res.php?ID=isseixyuki&c_num=10927&no=100328&action=res 【掲示板。『ケ』友人同士対話、異性交際の現況。訪問者、福岡県田川 市(付近)在住、女性、20 歳前後。2008/03/16】 ‘私たちは、まだ交際 1 年半よ。お金が貯まるころまで続いてれば結 婚だね’ a’. そッか ゆきたん大人やね ホント付き合い長い方が良いよ 結婚ゎ それからやね うちらまだ1年半くらいやけね お金貯めるうちに2 年ゎ越えるやろきそれまで続きよッたら結婚する 笑 【引用(a)と同一人。2008/03/04】 ‘それまで(交際が)続いてたら結婚する’ b. 推薦の結果にゎ 全く期待してなくて、 ほんとに一般で 頑張るつ もりだッたん だけど 【2文略】 一般でも安心できる 結果が 出よけば 落ちても怖くないけど … はあ 正直最近ちょっとだけ 1浪の覚悟ある でも 諦めんで やれることやろ x26.peps.jp/negixchiki/diary/【略】 【日記。 『ケ』大学受験、「今が頑張りどき」。福岡県前原市在住、高校 3 年生、女性。2008/12/13】 ‘(時々受ける模擬試験で)一般入試(来年 2 月)に関して安心させる 成績がいつも出てれば、推薦入試(先日 12 月 2 日受験、三日後 16 日 合否発表を待つ)で不合格になっても恐れることはないんだけど(た め息) ’ c. こぉチャンわ母乳∼????あたしはいちよ母乳でいけよるけど、た ま∼∼∼にミルク足したりかなぁ★この前1週間検診あって↑体重が 1日に 20 ∼ 30 増えよけばいいらしいのに愛佳 54 増えよって♪びっ くり !! ameblo.jp/kz-blog-325/entry-10174090830.html 【日記付属の掲示板。訪問者、 1983 年生まれ、広島県出身 22 歳まで在住、 24 歳から徳島県、赤ちゃん「愛佳」の母。2008/12/07。宛先(管理者) は、大阪府出身、一児の母】 ‘体重が 1 日に 20 ∼ 30 グラムずつ増えていってればいいのに’ 一二七 d. イオンなら体重も身長もはかれるしね☆ウチのチビゎこの前のすく すく相談っちやつで服脱いではかってもらったら 6860㌘の 61㌢やっ たょ∼☆大きぃって思いよったけど成長グラフのちょぉど真ん中みたい (^^;)でも今の子ゎ小さめみたいゃけ、グラフにそって体重 ふえよけ −32− ば大丈夫っち聞いたょ p(^^)q gw.tv/bbs/res.html?subgenreId=386&topicId=10103304&page=3 【掲示板、育児。『ケ』福岡県若宮市出身、同(付近)在住、3 か月児の 母。2009/03/10】 ‘グラフに沿って体重が増えていってれば大丈夫って聞いたよ’ (29a)の「∼よる」形「続きよったら」については、1.2.2末尾を参照。 2.5.7 主語が、人の、意志を担わない側面を指す (31)は、故人に対 する現在の評価。事態「称賛される」の時間は現在または未来であって、その時 点では主語人物には認識能力はない。この点で非情物主語の文と似ており、本稿 では(10)の 類に入れた。 (31) 成田亨はもっと 賞賛されよかな、おかしかろ。それこそ手塚治虫並みに。 (後世、天才と讃えられる画家は生前が本当、不遇だよね・・・) blog.yahoo.co.jp/angsw11/11094091.html 【日記。 『P』福岡市(付近)在住、同出身、男性、30 歳代。2005/09/17】 映画ウルトラマンのリメーク作品(2005 年公開)を視聴。筆者が子ど ものときに見た、成田亨デザインの怪獣がそこに登場。成田亨:1929 ∼ 2002 年、映画ウルトラマンシリーズ開始期(1960 年代後半)美術監督、 登場キャラクターたちの容貌をデザイン。 ‘成田亨は現在もっと賞賛されてなきゃおかしいだろ’ 2.5 存在文の一種 ― 『[存在+動作]構文』 2.5.1では、『[存在+動作]構文』なる構文 ―一種の存在文―を想定する。 これは非意志的である。2.5.2と2.5.3では、同構文を基にした『非意志の 「∼よく」形』の例文を挙げる。 2.5. 1 『 [存在+動作]構文』 (32)の各文が同構文の例文である。 (32) 家に子供が待っている。/物陰に子供が息をひそめている。 (田川拓海 2002:21) −33− 一二六 例文(32)は、 〈家 x に子供 y がいる〉ことに加えて、 〈子供 y が待つ〉こ とを重ねて表している。 本稿では、 (33)のように、(動詞「待つ」だけでなく)動詞一般 V に適用され る構文を想定しよう。 『[存在+動作]構文』と呼ぶことにする。 (33) [存在+動作]構文 形式: 「x に y が V+v る」 x,y:名詞句、V:動詞、V+v:動詞の状態形 意味: 〈場所 x にモノ y がいる・ある〉=〈存在〉 〈モノ y が V という動きをする〉=〈動作〉 構文(33)は、2つの構文―存在文「x に y が(存在を表す動詞)る」と、自動詞文「y が V る」 ―が同一節において生起する場合である。これに応じて、 意味的に、〈存 在〉と 〈動作〉を重ねて表す。 ((33)の図式を抽象化してより一般的に適用され る図式が想定できるが、本稿ではそれには触れない。 (33)でカバーされる文法 領域の外には、非意志の「∼よく」形が分布しないからだ。) 構文(33)は、存在文であるから、次の意味特徴を備えている。第一に、事態 の起こり方は〈非意志的〉である。(34)に示されるように、 (11)Ⓐ意志の「∼よう」 形にならない。第二に、事態のアスペクトは〈継続相〉であり、時間的展開の全 体的輪郭が視野に入らない。したがって、 (35)のように、述語形は、必ず状態 形でなければならず、動詞単純形にはならない。同じ動詞は、同構文でない構文 (場所が「で」格)にあれば、これら制限から免れている。 (34) 家{ * に/OKで}待ってよう! (35) 家{ * に/OKで}子供が待った。 構文(33)の変数(y と+ v)には、 (33’ )に示す選択肢が可能である。 (33’ ) モノ y ⇒ 人|非情物 動詞の状態形 +v ⇒ 標準語「∼ている」、表(4)の4形式など 一二五 表(4)の4形式は、(5)や(7)などに示された諸条件によって使い分けられる。 私にとっては、通例、4形式のうち一つに決まる(1.2.3)。この様子は、以 下の各所で作例によって示す。 例文 (32)は、事態が動性に関して〈静的〉の側に位置する。事態の[動的| 静的]は、表(4)の動詞形[ . . 」|と . . ]に対応する。例文(33)は、私は、 「∼ る」形でなく「∼とる」形で訳す。例、 「玄関に友達が{ * 待ち ー|OK待っとー} よ。 」 「その辺にだれか息{* ひそめ ー|OKひそめとー}かもしれん。 」。これら 例文が(6)の構文文脈のいずれかに埋め込まれれば、補助動詞が「おく」 (用法 B、 例文(2) )になり、「∼ く」形でなく「∼とく」形となる。例、 「家に配偶者で も{* 待ち かな |OK 待っとかな}、家に早く帰る気になる訳ない。」‘家に配偶 −34− 者でも待ってなきゃ’ 。 [存在+動作]構文の意味的特徴―〈非意志的〉と〈継続相〉―は、まさに非意 志の補助動詞「おく」形(用法 A)の意味特徴でもある。したがって、 [存在+ 動作]構文のうち、事態が動性に関して〈動的〉であるものは、非意志の「∼よ く」(用法 A + B)とこれら 3 つの意味特徴に関して符合することになる。両構 文が掛け合わさることが可能であり、実際にも、2.5.2以下に示すように、わ ずかな件数だが使用例が見られた。 (作例(32,34 − 37,40)は、標準語である。それらで示される論旨は、非意 志の「∼よく」形を持つ方言においても成り立つ。) 2.5. 2 動詞「売る」 [存在+動作]構文に現れているのを見かけるこ とが比較的多い動詞の一つが、動詞「売る」である。「売る」には、「が」格名詞 が動作主(販売者)である用法(36a)と、同名詞句が対象物(商品)である用法(36b) がある。例文(36b)が[存在+動作]構文である。 (36) a. おばあさんが タバコを 売ってる。 b. コンビニに タバコが 売ってる。 例文(36b)は、 〈コンビニ x にタバコ y がある〉ことに加えて、 〈タバコ y が売られる〉ことを重ねて表している。(標準語の「売っている」の(36b)のよ うな用法に関する研究は、平又恵美子 2001;田川拓海 2002;渡邊績央 2004。こ れら論考によれば、「売っている」の、(36b)のように、商品を主語に立てる同 用法は、近年のものであり人によっては容認しない。) 動詞「売る」の各表示に関して、(37)上段のように、場所(店)が「に」格で 表示されるときは、対象物(商品)は「が」格しかありえない(田川 2002:22; 渡邊 2004:298)。つまり、このときは、節は[存在+動作]構文である。 (37) コンビニにタバコ{が/ * を}売ってる。{[に−が]/ *[に−を]} コンビニでタバコ{が/を}売ってる。{[で−が]/[で−を] } 例文(38)は、動詞「売る」の[存在+動作]構文(36b)と、非意志の「∼よく」 形(用法 A + B、例文(3) )が掛け合わさった事例である。(対象物が省略され) 場所が「に」格で表示されている。 −35− 一二四 (38) a.【A:】【略】つか、初心者マークって どこで買えば良いの? 100 均でしか 見たことないな 笑 【B:】初心者マークは車の専門店にあるんじゃないかぁ - い 笑 初心者マーク付けてなかったら罰金か減点されるけん、気をつ けてね 【A:】 家の近くに専門店ないからなあ∼ スーパーとかに 売りよけば良いのに 笑 05.xmbs.jp/d2_res.php?ID=mae&c_num=1804&n=198373&view=1&page=d2 【掲示板。Aは、福岡県久留米市大善寺町在住、同出身、女性、大学 生か短大生、ホームページ管理者。Bは訪問者】 ‘スーパーなんかに(自動車の初心者マークが)売ってればいいのに’ b. オークションでパズル 2個頼んじゃったーッ・ 500 ピースやき頑 張ろ・ ほてガクが高い事×2 100 キンに 売りよけば いんやけど ねえ…・・ http://blog.crooz.jp/usr/butafamily0607/1952kk/show_article.php?no=115 【日記。 『ケ』福岡県飯塚市頴田町在住、同付近出身、19 か 20 歳、母。 2008/11/18】 ‘百円均一ショップにジグソーパズルが売ってればいいんだけどねえ’ (39)のように、(場所が省略され)非情物主語が明示されている事例もあった。 (39) 朝から仁出とった 色落として 髪も切っとった うちも前髪 つくろうかなぁ 仁切っとったけん ボーダー好きになったもん ヤバいよね あれが 売りよけば 買いに走るのに ( ) 13.xmbs.jp/br3_res.php?ID=02230704ka&c_num=5430&disp=1&action=res&no=36150 【掲示板、男性アイドルグループ「KAT-TUN」ファンサイト。 『ケ』福 岡在住、女性、19 歳、ファン。2007/12/18】 「仁」 :同グループメンバー 「赤西仁」 。 ‘仁がテレビ出演時に着ていたあのボーダー柄(=横縞)シャツが売っ てれば私は買いに走るのに’ 「売る」の事態(36)−(39)は、動性に関して〈動的〉の側に位置する。私にとっ て、「∼ る」形で表わされ、「∼とる」形では表わしにくい。例、「おっ、トマ トが{ OK売り ー|?売っとー } 。 」。この場合と並行的に、(6)の構文文脈の一 つに埋め込まれた場合には、 (38,39)のように「∼ く」形で表わされ、 「∼とく」 形では表わしにくい。例、 「トマトが{OK売り けば|?売っとけば}いいけど。」。 一二三 3. 5.3 その他の動詞 [存在+動作]構文(33)は、 (40)のように、 〈動 的〉な事態を描くさまざまな動詞 V で可能である。さらに、(40a,b)のように、 主語 y が人であってもよい。 −36− (40) a. さっきから地下食品売り場に怪しい男がウロウロしてる! b. 東京って、街中にふつうに芸能人が歩いてるんだそうだ。 c. おらんくの池にゃ潮吹く魚が泳ぎよる(よさこい節、高知市) ‘我が家の池(土佐湾)には潮吹く魚(くじら)が泳いでる’ d. 庭に蛍が飛んでいる。 e. 寺にお参りしたら、裏山一帯に蝉が鳴いていた。 f. 庭園の一角に木製の水車が回っている。 (40)の文は、動性に関して〈動的〉の側にあるので、私が訳すと、 「∼ る」形 になり、 「∼と る」形にならない(ないし、なりにくい)。例、「さっきから食品 売り場に怪しい男がウロウロ{OKし ー|?しとー}けん、. . 」、「あの家は池に 錦鯉が{OK泳ぎ ー|?泳いどー}よ。」 。 [存在+動作]構文(33)は、存在文の一種である。したがって、(40)の各文か らは、意志の「∼よう」形ができず(41)、単純形ができない(42) 。動詞が同じ でも同構文でない構文(場所が「で」格)にあれば、これら制限は適用されない。 (41) バスの時間まで食品売り場{* に/OKで}ウロウロしてようっと! (42) 男はしばらく食品売り場{* に/OKで}ウロウロした後、立ち去った。 (40)のタイプの文に基づいた、非意志の「∼よく」形の使用例も見られた。(43) は、庭内の色々なモノ(その一つがアヒル)の配置について。 (43) 最近 というか、昔からだか。 久しぶりに、家の「間取り」を見るの がとてもスキになった。【略】 ちなみに、庭に、小さい池でアヒルが 泳ぎよけば、それでいいかもし れない。 アヒルって、勝手に飼えるのかなぁ。 。全然間取りと関係な いけど。 lovely-ohno.ameblo.jp/lovely-ohno/archive-1-200610.html 【日記。住宅紹介(宣伝)のテレビ番組を見て。福岡県出身、博多在住、 男性、1975 年生まれ。2006/10/16】 ‘庭に、小さい池でアヒルが泳いでれば、それでいいかもしれない。’ (43)は、私にとっては、 「∼よく」形で訳され、 「∼とく」形にはなりにくい。例、 「庭にアヒルが{OK泳ぎ けば|?泳いどけば }いいかも!」。 第 3 節では、例文を採集する際に留意した点で主なものを述べる。それらは、 −37− 一二二 3. 例文採集に当たって留意した点 非意志の「∼よく」形(用法 A+B)をはじめ、 「∼よく」形(用法 A、 【前半】1.2)、 条件形の「∼よる」形( 【前半】3.1.3)に関わる。インターネットは、言語 研究のコーパスとしては、規模が大きいことが他に代えがたい長所である。我々 の取り扱った諸事象はいずれも頻度が低いので、このことから受けた恩恵は大き い。一方、筆者・発話者のプロフィールや文章ジャンルが統制されずに多岐にわ たり(3.1)、まれに誤記を含む(3. 2)。これら不都合な点を回避すべく、イ ンターネット上の文章全体から一部を除外して、資料源の範囲を限定した。 3.1 資料の収集範囲 本稿では、調査対象の言語種を、印象的に“若い世代の話し言葉”として括れ る範囲のものとした。これに応ずべく、資料収集範囲は、 (44)の3基準を設定 して線引きした。発話者・筆者のプロフィールと、文章の性格に関わる。 非意志の「∼よく」形(用法 A + B)は、もとより、観察された事例は若い世代 のくだけた文体という範囲に収まっていた。つまり、 (44)の基準で除外された という事例はない。同基準が例文取捨に実際に関与したのは、 【前半】3.1、3.3 で扱った 2 構文(「∼よく」形(用法A)と「∼よる」形)についてである。 (44) ⅰ. 発話者・筆者。年齢的に、現在の 10 ∼ 20 歳代を中心として、年上 はその親世代まで ⅱ . 文体。例文それ自体や、それが現れている文脈の文章は、普段の 話し言葉、ないし、それに似た言葉遣い。 ⅲ . ジャンルや話題。地域間でテキストの分量の格差が甚だしくない もの。 なお、いわゆる“ニセ方言”は、話し言葉ではない( ―どの地域の話し言葉でも ないし、だれの話し言葉でもない― )ので、 (44ii)により除外される。 発話者とウェブページの文章の筆者との間柄に関して制限を設けた。発話者が 筆者自身か、筆者と同種の言葉を話す人とした。具体的には、 (45)の状況のい ずれかに当てはまることとした。 (45) ⅰ . 筆者(ウェブページ上に文章を書き込んだ人)自身の言葉 ⅱ . 筆者の家族が筆者に(例えば、幼稚園児の子どもが母(筆者)に; 親が 20 歳代の娘(筆者)に) ⅲ . 筆者の出身地の人が筆者に(例えば、自宅近所の人が筆者に) 一二一 (45)の項目のうち(ii)と(iii)には留保を付け、発話時が先日前や去年程度 といった“この前”とでも言える過去に限った。幼少時の思い出など、遠く感じ られる過去を描いている文章は除外した。表現に古めかしさなどの脚色が入る余 地があるため。観察できた例は、件数的に、大多数が(45i)に該当した。 は −38− 少数、 はさらに少数だった。文章のジャンルとしては、日記と掲示板だった。 以上のように収集範囲を限定した結果、(46)の文章ジャンルは除外された。 (46) ⅰ . 議事録(市町村議会) ⅱ . インタビューの書き起こし(例、新聞や広報誌に老人の語り;調 査報告に患者の意見) ⅲ . 方言小説(登場人物が方言を話す。時代的には、昔話から現在の 日常を描くものまで) ⅳ . 大学のサークル(サークルのホームページの日記や掲示板) ⅴ . 方言について解説 (46)の は、 (44)の三つの基準により重ねて除外される。⒜(44i)に反して、 発話者の年齢に関して、議員とウェブページの書き手の間には隔たりがある。前 者は年配中心、後者は若者中心。⒝(44ii)に反して、改まりの度合いに関して、 議会は日常生活から一線を書く。議会では様々な事物(言語ほか、服装、しぐさ) が劇場的な格調を帯びている。⒞(44iii)に反して、地域によってテキストの分量 に偏りがある。自治体によってインターネット利用の情報公開の進度に差がある。 「∼よく」形(用法A)と「∼よる」形間の選択(【前半】3. 1、3.3)は、議 会特有の改まった話し方から影響を受ける、と見込まれる。 「∼よる」形は、 中四国・ 九州地方の方言では伝統的であり、それゆえ当該地方において社会的威信を伴っ ている。競合相手の表現「∼よく」形は、そうではない。議会では日常でよりも、 「∼よる」形が「∼よく」形を押しのけて現れやすくなる。 (46)の と は、 (44)のどの項目にも該当しないので除外される。インタ ビュー採録者(46ii の場合)や小説作者(46iii の場合)による再構成を経ている 可能性がある。具体的には、オリジナルの発言が、発言者(インタビューを受け た人や登場人物)の属性とつながりを感じさせる言い方、あるいは、全国的に理 解されやすい言い方に、置き換えられている可能性がある。 (46iv)は、筆者の出身地が特定困難なので除外した。サークルの所属大学は、 所在県外から多く学生を集めている。ホームページ運営などサークルの活動が活 発であるほど、その傾向が強い。ただし、実際には(46iv)の該当事例は千件以 上のうち 2 件(福岡大学「∼よる」形1件、岡山大学「∼よく」形 1 件)だった。 3.2.1 誤記(誤入力) 二種類を示す。意図されていた表現が、表(4) −39− 一二〇 3. 2 「∼よく」形と似て非なる例 3.2では、例文採集の目当ての形式が「∼よく」形であるときに、紛らわし く要注意だと思われた事項を取り上げる。「∼よく」形でない動詞形の誤記(誤 入力)が二種類(3.2.1)、「∼よく」形との同文字異義が二種類(3.2.2) である。誤記や同文字異義の事例は、通例は、確信を持ってそれだと判別できた。 の4動詞形のうち「∼とく」形と「∼よる」形である。 「∼とく」形の誤記 (47)のような、『(誤) 「よ」 、(正) 「と」 』の場合。誤・ 正で相違する部分に下線を付す。 (47) (誤) (正) それまでにちゃんと準備しよこう。 準備しとこう 京都に行ったときあれを食べよけばよかった。 食べとけば 「∼とく」形の誤記には、状況証拠が重なって観察できた。 意味的には、標準 語では 「∼ておく」で表される状況だった。(内訳はほとんどが、 〈準備〉 ‘前もって’ か、 〈処置〉 ‘とりあえず’だった。)標準語 「∼ている」で表される状況ではなかった。 地域的には、大多数で、文章が標準語的だった。(あるものは書き言葉的、あ るものは話し言葉的。) 動詞は、活用類が一段、サ変、サ行五段に限られてお り、大多数で「する」であった。 入力方法が、推定できた限り全事例で、パ ソコン(ローマ字キーボード)によるもので、携帯電話(番号ボタン)によるも のでなかった。 「よ」と「と」の取り違えは、 パソコンでは、隣接キー y と t を誤っ た一打によって起こる。携帯電話では、「よ」「と」それぞれに至るまでにボタン が複数回押されるので、これは起こりにくい。 これまでに得られた非意志の「∼よく」 (用法 A + B) の例は、件数がわずかだが、 幸いにも、五段動詞の例が大部分を占めていた。重ねて幸いなことに、同用法が 極めて口語的であるのに応じて、手軽な入力手段であるケータイによる入力の事 例が大多数を占めていた。両要因とも、「∼とく」の誤記の可能性を排除する。 「∼よる」形の誤記 (48)のような、『(誤)か行音、(正)ら行音』の場合。 この類は、 「∼とく」形の誤記より格段に事例が少なかった。 (【前半】3.1、3.3 での資料だけでなく)私の手元に「∼よく」形相当の検出例が約千件かそれ以上 あったのに対して、この 1 件のみである。 (48) (誤) 【17:】もう古いよ 【18 ∼ 20 の発言略】 【21:】17 さんへ古いけど値段結構しますよ かんですか てか流行に流されよ bbs.bakusai.com/pc/i/bbs/thread.php?rrxx=【略】 【掲示板。乗用車の車種について。【21】は九州の人。2008/07/19】 ‘というか、あなた、流行に流されてないですか’ 一一九 (正)流されよらんですか;流されよらんか 「∼よる」形の誤記の判別は、私の内省によった。 (48)は、私には全く容認で −40− きない。もし「∼よく」形なら、 (49)のように、強制力の弱い命令を表すところだ。 (49) 松中きしゃ∼ぁん!! ガムやら食わんで素振りばしよかんか!このバ カチンが!! www.23ch.info/test/read.cgi/4649/1186674877/ 【掲示板「◆福岡 VS 大阪◆」。2007/08/16】 「松中」 : 松中信彦、福岡ソフトバンクホークス内野手。 ‘松永、貴様! ガムなんか食べないで、素振りをしてなさい!’ 両類の誤記ともにまれだが、比較すると前者のほうが多い。これの原因は、前 者が標準語の誤記で後者が西日本の諸方言の誤記であり、インターネット上では 標準語のほうが西日本の諸方言を合わせても桁違いに多く使われているためだ。 3.2.2 同文字異義の表現 「∼よく」形と同文字異義の表現(下例文 中の下線部)二種類あげる。いずれも、標準語の、それも、非常に口語的な文体 に属する。 例:「できよけば」 ‘出来が良ければ、. . ’ (50)のような、標準語の『動詞か ら派生した名詞+形容詞「良い」』は、「∼よく」形と、「∼ば」 (∼ゃ)形で同文 字になる。 (50) 週刊でも糞ならいらん。 月刊でも出来よきゃいい。 comic.2ch.net/comic/kako/1032/10321/1032102616.html 【掲示板。連載漫画について。02/10/25】 ‘連載漫画は、掲載雑誌が月刊でも、作品の出来(ばえ)がよければ’ 他に、「客付きよきゃ」 ‘来店客の付き具合が良ければ’ 、「終わりよけば」 ‘結果が 良ければ’など。 例: 「見よかな」 ‘見ようかな?’ (51)のような、標準語の『意志の「∼よう」 形+文末表現「かな」 』は、 『 「∼よく」形の否定条件形「∼な」形‘なきゃ’』と、 動詞が一段またはサ変の活用するものだと、同文字になる。 (51) 高校野球南大阪の決勝戦を観ました。熱いッス!もうね、ファインプレー の連続。すんばらしい。今年の夏の甲子園はしっかり見よかな。 −41− 一一八 blog.livedoor.jp/oranju/archives/2008-07.html 【日記。 『P』兵庫県明石市(付近)出身、同在住、20 歳代前半。2008/07/27】 ‘今年の夏の高校野球全国大会は、しっかり見ようかな’ 他に、 「もう寝よかな。」 ‘寝ようかな’、 「気分転換しよかにゃぁ。」 ‘しようかなあ。’、 など。 検索語「見よかな」 「寝よかな」「しよかな」の検出例は多かったが、ほとんど 全てがこれに該当し、目当ての形式「∼よく」形はそれらの中に埋もれて目に留 まらない。【前半】3. 1.3では、 この事情を回避する必要があり、一段動詞と「す る」では「いかん」など頻繁に共起する表現が後続している場合に限定した。つ まり、検索語を「見よかないかん」などにした。また、「∼よく」形と「∼よる」 形を件数に関して比較するため、「∼よる」形の例文採集でも並行的な限定を課 した。つまり、検索語を「見よらないかん」などにした。 非意志の「∼よく」形は、この種の同文字異義には無縁である。同用法では動 詞が非意志動詞であり、非意志動詞からは意志の「∼よう」形が作れないからだ。 一一七 研究文献 岡野信子 (1984) 「方言の文法、表現法の記述」 『国文学解釈と鑑賞』49:7, pp.65 − 80, 至文堂 . 木部暢子 (2004) 「福岡地域のアスペクト・待遇・ムード」工藤(編)pp.166 − 186. 工藤真由美 (1983) 「宇和島方言のアスペクト(その一)」『国文学解釈と鑑賞』 48(6) , pp.101 − 119. 工藤真由美(2001) 「アスペクト体系の生成と進化」 『ことばの科学』10, pp.117 − 173, むぎ書房 . 工藤真由美(2004) 「研究成果の概要―アスペクト・テンス・ムードを中心に―」 工藤(編)pp.34 − 76. 工藤真由美(編)(2004)『日本語のアスペクト・テンス・ムード体系 標準語研 究を超えて』ひつじ書房 . 田川拓海 (2002)「擬似自動詞の派生について―「イチゴが売っている」という 表現―」『筑波応用言語学研究』9, pp. 15 − 18. 平又恵美子 (2001) 「「イチゴが売っている」という表現」 『筑波日本語研究』6, pp.93 − 102. 山部順治 (2001) 「補助動詞「おく」の意味」 『ノートルダム清心女子大学紀 要 日本語日本文学編』25, pp.53 − 78. 山部順治(2004) 「進行アスペクト辞の文法の話者間変異と言語・方言間変異 ―岡山方言の資料に基づいて―」『ノートルダム清心女子大学紀要日本語日 本文学編』28、論文編 pp.1 − 30, 資料編 pp.31 − 56. 山部順治(2008) 「西日本方言における、補助動詞「おく」の非意志的構文の 成立と多様化」『ノートルダム清心女子大学紀要日本語日本文学編』32, pp. 左 1 − 32. 渡邊績央 (2004) 「 「[対象]ガ∼テイル」構文について」 『東京大学言語学論集』 23, pp.291 − 307. −42− 付 記 【前半】 ( 『ノートルダム清心女子大学紀要 日本語・日本文学編』33)にある誤 記の訂正 箇所 現× 正○ p.21、表(16)の下段落 和歌山(_) 0,1 1,0 p.24、表(23)の上段落 言う人%の数値は _ 段階である 6 7 (やまべじゅんじ・ノートルダム清心女子大学 英語英文学科) 電子メール:[email protected] 一一六 −43− 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会 Encoding a Speaker’s Consciousness in Japanese: ‘Signal words’ and falsetto voice Yoko UJIIE 日本語における主体的表現とその記号化: 「信号語」と声の裏返り現象 氏 家 洋 子 要 旨: 日本語の「主体的表現」は話し手の意識を直接表すものとして何種か存在し、 その意識を声調等で示すことの多い言語に比べ、発達を見ていると言えよう。主 体的表現は(1)話し手の内的意識状態、(2)聞き手に対する意識状態、をそれぞ れ表示するものに分類できる。 (1)は含過程構造をもつ語であり、(2)はコミュ ニケーション行動において聞き手に直接呼びかけることを主眼とし、 一連の 終助詞、 対者敬語として、共に文末部分に現れる。 (2)の は聞き手へ指向する心的態度を通常は一定の音調を伴って発し、察知、 理解されるという特性をもつ。信号性を強く保持する、言わば「信号語」とでも 呼ぶべきもので、主体的表現の始源的姿を示す。声の裏返り現象としての裏声は これら主体的表現のさらに根源にあるものと位置づけることができる。「信号語」 は信号性を保持しつつも一定の記号化に至ったものだが、裏声は記号化以前の、 声調という周辺言語としての位置づけとなる。資料の分析からは認識活動が活発 化する中で具体的なもの、明確なものが話し手の脳裏に浮かんだ時、出現すると 判断される。以上の、単純な記号化と記号化以前の姿とは日本語の主体的表現が 記号化に至るプロセスに存在するものと認めることができる。 Contents: 1. 2. 3. 4. 5. 6. Introduction Japanese words enfolding a speaker’s cognition A speaker’s concern for a listener Signal words developed in Japanese The function of falsetto voice in Japanese Conclusion 一五八 1. Introduction Subjective words are an integral part of the Japanese language, and these words −1− present a feature significantly characteristic to communication using Japanese. This paper focuses on the specific functions of subjective words in the interaction between a speaker and a listener in Japanese communication. We also discuss the function and usage of falsettos. Words in Japanese consist of subjective and objectified words. Subjective words are used to express a speaker’s mental activity and are personal, while objectified words have content that has been conceptualized and are impersonal. The concept of subjective words was introduced by Tokieda [1941] and they play an essential role in discourse. Our analysis points out that there are two different sorts of functions of subjective words: some particles (e.g. wa, ga) and predicative adverbs (e.g. yappari) express a speaker’ s consciousness of his/her own internal world, and sentence particles (e.g. yo, ne) and auxiliary verbs (compound words, generatively) (e.g. desu) show that a speaker has concern for a listener. We compared the use of subjective words in spoken Japanese and English and the results are described below. 2. Japanese words enfolding a speaker’s cognition We noticed that one group of subjective words are used to express a speaker’s consciousness of his/her own internal world. We already discussed the property of the particle ‘wa’ that puts the focus on a speaker’s cognitive activities [Ujiie 1996]. After examining a speaker’s mental activities, Ujiie [1986] introduced the existence of structure of words which enfolds a speaker’s mental processes [SEMP]. The SEMP has the following properties in contrast with English expression: ・Used to express a speaker’s subjective world ・Possessing a form of word ・Functioning as a (pseudo-) predicate in English To look closer at Japanese subjective words, we first examine predicative adverbs which show a significant contrast between Japanese and English. 一五七 [1] Japanese predicative adverbs As shown in the following example sentences, Japanese predicative adverbs can be contrasted with: ・English intonation, in particular placing stress on a predicative part (a-1), ・an additional, separate sentence (a-2) in spoken language, or ・English clauses in spoken language (b). English expressions such as (a-1) and (a-2) mainly belong to the restricted code while (b) belongs to the elaborated code after Bernstein [1973]. −2− Ex.1) “Yappari kirei (-da).” a-1. “It is pretty.” a-2. “It’s pretty, you see!?” b. “As I expected / As you said / As people say, it’s pretty.” 3. A speaker’s concern for a listener Secondly, in example [2] we turn to subjective words which show that a speaker clearly has concern for a listener. [2] Japanese sentence-final particles Japanese sentence-final particles can be contrasted with: ・English intonation, particularly, placing a stress on a predicative part (2-1 a), ・an additional sentence (2-1 b) by using a compound sentence structure or, ・tag question (2-2 b) in English. Ex.2-1) a. b. Ex.2-2) a. b. “Kirei (– da) yo !” “It is pretty.” “It’s pretty, I tell you.” “Kirei (– da) ne !” “It is pretty.” “It’s pretty, isn’t it? ” Since Hinds [1976] pointed out, through his investigation of Japanese, that conversation of all discourse types permits a full view of various speaker-addressee interactions, the issue of speaker-addressee interactions in Japanese has attracted much attention as studied by McGloin [1990], Maynard [1997], Hidasi [1997], Horie [2003] and [Ujiie 2007]. Finally, we look at example [3] of subjective words that show a speaker’s concern for a listener. [3] Japanese auxiliary verbs or compound words showing addressee honorifics Japanese auxiliary verbs or compound words showing addressee honorifics can be contrasted with the absence of such words (or paralanguage) in English. −3− 一五六 Ex.3-1) “Kirei -desu.”---“It’s pretty.” (polite expression) [ ”Kirei.” --- “It’s pretty.” (ordinary expression)] Ex.3-2) ”Chikai-masu.” --- “I swear.” (polite expression) [ ”Chikau.” --- “ I swear.” (ordinary expression)] Comrie [1978] pointed out that the existence of addressee honorifics itself is very characteristic to Japanese [Brown and Levinson 1987] and to no other language with the possible exception of Javanese [Comrie 1998, 2000] [Ujiie 2000]. 4. Signal words developed in Japanese Sentence-final particles such as “yo”, “ne” shown in Ex. 2 above seem to function as just simple markers, much different from objectified words established through a conceptualization process. We refer to these as signal words. The origin of these words is connected with an exclamatory feeling or a speaker’s awareness of a listener. This sort of word seems to be developed more substantially in Japanese while English primarily uses paralanguage, intonation, stress, falsettos, etc., contrary to the use of the elaborated code. The reason for the appearance of signal words in Japanese is believed to be it’s the communicative environment and the “topic-comment” syntactic structure. In what is called “collectivistic” society [Hofstede 1997], even a sigh can become a signal, because a listener can understand what it means, and so it is fully communicative. Signal words in Japanese sentence-final particles can function along these lines, and falsettos taken up in “the basic material” of this symposium seem to have a similar function. We could get closer, by use of the basic material, to “parole” itself which involves momentary interaction between a speaker and a listener. 5. The function of falsetto voice in Japanese 一五五 Falsetto voice as a communicative behavior in Japanese has been analyzed extensively in the basic materials and the following conclusion has been reached. Falsetto voices are used in some communicative behaviors to: ① present one’s own opinion while accepting another’s opinion ② make a question/supposition while wondering ③ give information while recalling This conclusion was made using the following classification: ① Falsetto voice with concessive comment [See example ⑴] ⑴ In concessive clause ⑵ In one’s own opinion, after accepting another’s comment [See examples ⑵⑶] [See example ⑷] ⑶ No comment accepting another’s opinion, but … ② Falsetto voice with wondering [See example ⑸] ⑴ In a question [See example ⑹] ⑵ In a supposition [See example ⑺] ③ Falsetto voice with recalling of collected materials Ex. ⑴-⑺: Ex. ⑴ [ano kirai tokajya nakutte] I don’t mean I dislike them, −4− −5− 一五四 ⑵ [ toyuuyori arubaito ganee dekinai desyo ] but what bothers me is that I can’t do a part-time job. ⑶ [ soo demo minnayoriwa watashi isogashikunaito omou] Yes, but, I’m not as busy as other people. No, it’s interesting! ⑷ [ ee tanoshiiyan yattakotonaikedo ] ⑸ [ tokidoki nande ore konnatokoni orunyaroto…] Sometimes I wonder why on earth am I here. ⑹ [ hanarete kurashiteru karakanaa to omottarishite] Because she lives apart from my mother, I wonder. And that school merged with ⑺ [ nde soko…to akatsukayamaga gappeishite de] Akatsukayama high school, and… In these examples, the particular parts which falsetto voices emerged are shown in brackets [ kirai ] with their English equivalents. We believe that research on falsetto voice as a communicative behavior in Japanese is evolutional and extremely important in spoken language analysis. However, we are still in the early stages of the study of spoken Japanese, many different views and approaches may be useful for further research. We propose here our view of falsetto voices in Japanese. Falsetto seems to express a speaker’s subjective, momentary mental movement occurring during the process of communicating with a listener. Their implications are not necessarily contextual as have been suggested in cases ①− ③ in the basic material. To clarify this point, we use the following two falsetto classifications: A.When a concrete image or example of the topical target emerges in a speaker’s mind Ex. ⑴ , ⑵ , ⑶ , ⑹ and ⑺ in the basic materials can be referred to for this usage. B. When a distinct emotion or an awareness of conviction emerges in a speaker’s mind Ex. ⑷ and ⑸ in the basic material can be referred to for this usage. For instance, the use of falsetto in Ex. ⑷ does not necessarily have to occur in a concessive clause. We notice that falsettos are intentionally used in most cultures [Laver 1994], although “the communicative value of falsetto varies among cultures” as stated in the basic material. On the other hand, in Japanese they are not always used intentionally. They emerge spontaneously in both A and B above. In other words, they are reflections of speakers’ mental activities which are spontaneous and physiological, not under a speaker’ s conscious control. However, there seems to be a limitation of the use of falsetto voice: a speaker should be allowed to use a particular voice. This means that the scene allows a speaker to utter his/her mind. Such an environment or context is necessary. This utterance is, in its function, far from an established linguistic sign, but efficiently functions as a signal. To the extent that a listener understands what it means, this sign, as a paralanguage, is very communicative. Moreover, in Huichol (a Uto-Aztecan Mesoamerican language of Mexico) falsetto in voiced sounds is used to express excitement [cf. Grimes1959, Suárez 1983] [Laver 1994], and this is similar to the use of falsetto in Japanese. Our results indicate that falsetto voices can be regarded as a predecessor of signal words. The investigation of functions of falsetto voices leads us to find a motivation and processes of the formation of various subjective words used to communicate in Japanese. 6. Conclusion Subjective words are an integral part of the Japanese language, and these words are a characteristic feature of communication in Japanese. This paper focuses on the specific functions of subjective words in the interaction between a speaker and a hearer in Japanese communication. We also relate them to the function and usage of falsettos. We examined two sorts of Japanese subjective words: one enfolding a speaker’ s cognition, mainly predicative adverbs (e.g. yappari) or modality adverbs, if you like, and one showing a speaker’s concern for a hearer. The latter is divided into two types: sentence-final particles (e.g. yo, ne) and auxiliary verbs or compound words showing addressee honorifics (e.g. desu). We point out that sentence-final particles function as “signal words”. The origin of these words is often connected with exclamatory feeling, or a speaker’s awareness to a hearer. This sort of word seems to be developed more substantially in Japanese while English primarily uses paralanguage; intonation, stress, etc. Our results indicate that falsettos are used to express a speaker’s subjective, momentary mental movement occurring during the process of communicating with a listener. We identified two situations when falsetto is used: When a concrete image or example of the topical target emerges in a speaker’s mind, and when a distinct emotion or an awareness of conviction emerges in a speaker’s mind. In Japanese, falsettos are not used intentionally in every case. They emerge spontaneously in both situations and . In other words, they are reflections of a speaker’s mental activities which are spontaneous and physiological, not under a speaker’ s conscious control. This utterance is, in its function, far from an established linguistic sign, but efficiently functions as a spontaneous “signal”. As far as hearers understand what it means, this sign, as a paralanguage, is very communicative. Falsetto voices can be regarded as a predecessor of signal words. The investigation of functions of falsetto voices led us to identify the motivation and processes of the formation of various subjective words through communication using Japanese. 一五三 Acknowledgment: A part of this work was originally presented at the International symposium −6− on Education and Teaching Materials for Spoken Japanese Language, held at Kobe University, Kobe, December 9, 2007. My best thanks are due to Prof. Toshiyuki SADANOBU, Kobe University, for his organization of the symposium, generosity of disclosing the materials shown below in public, and kind allowance of my presentation in the symposium. I also thank Dr. Hiroko SAWADA, Tsukuba University, for her presentation at the symposium which stimulated the discussion in this paper. References: −7− 一五二 Basic materials: ‘The way the Japanese speak –Developing teaching materials for education of spoken Japanese based on contrastive studies among Japanese, English and Chinese –’, http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/nihongo/en/material/index.html Bernstein, B. 1973 Class, Codes and Control, vol. 1, Routledge and Kegan Paul. Brown, P. and Levinson, S. 1987 Politeness: some universals in language usage, Cambridge: Cambridge Univ. Press. Comrie, B. 1976 Linguistic politeness axes: speaker-addressee, speaker-referent, speakerbystander, Pragmatics Microfiche 1.7:A3. Comrie, B. 1998, 2000 Personal correspondence. Grimes, J. 1959 ‘Huichol Tone and Intonation’, International Journal of American Linguistics 25, pp.221-231 Hidasi, J. 1997 Cross-cultural Differences in User’s Expectations, in Klaudy-Kohn (eds.), Transferre necesse est, Scholastica, Budapest, pp.97-101 Hinds, J. 1976 Aspects of Japanese Discourse Structure, Kaitakusha, Tokyo. Hofstede, G. 1997 Cultures and Organizations, New York, McGraw-Hill. Horie, K. 2003 Modality from a typological viewpoint and Discourse modality: On the basis of Japanese-Korean, Presented at 1st Conference of Japanese Association for Contrastive Linguistic Activities, Tokyo. Horie, K. and Taira, K. 2002 Where Korean and Japanese Differ: Modality versus Discourse Modality, In Akatsuka, N. and Strauss, S. (eds.), Japanese/Korean Linguistics 10. Stanford: CSLI [distributed by Cambridge University press], 178-191 Laver, J. 1994 Principles of Phonetics, Cambridge University Press, Cambridge. Maynard, S. 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