PDF版 - 消費者の窓

第3部
諸外国における安全法制
第7章
第1節
1.
公法による安全の確保
EU 1 における消費者の安全保護法制
安全の範囲― 消費者政策と基本原則
消費者政策がはっきりした形で出てきたのは、90 年代のことである。70 年代までは
ソフトローの形で、政治家が発言していた。しかし、1975 年 4 月 14 日理事会決定で五
つの消費者の利益(健康・安全保護への権利、経済的利益保護への権利、救済の権利、
情報・教育への権利、代表(自己組織化)への権利)を守るべきだという大きなアウト
ラインが示された。これらの利益を促進ないし保護すべき法制度を将来作るべきだとい
う指針が表明されたのであり、今日までこのようなアウトラインが続いている。
消費者政策の法規が作成されたのは、1992 年マーストリヒト条約である。EC 条約 95
[旧 100a]条 3 項は、高水準の消費者保護を基底に市場調和立法をするといわれ、さらに
同条約 153[旧 129a]条では、消費者保護政策が EC の政策権限の中にあることが明記さ
れた。ここでも五つの消費者の利益が繰り返されている。現在では、さらに EU 基本権
憲章(現在の段階では政治宣言)38 条(EC 条約 153 条を基礎)において「連合の諸政
策は、消費者保護の高水準を確保するものとする」という一般的な指針が出されている。
消費者保護は、安きにつくのではなく、高きにつくというのが基本原則である。
2.
組織と権限
(1)組織
1989 年 EC 委員会内に Consumer Policy Service が、1997 年に至り EC 委員会第 24
総局(専門に消費者保護政策を行う組織)ができた。現在では、 Directorate-General for
Consumer Policy and Consumer Health Protection(消費者政策・消費者健康保護総局)
へ改組された。
この総局の下、諮問機関として「消費者委員会(Consumer Committee)」がある。
これは、各国消費者団体代表と EC 次元消費者団体代表(全欧消費者連盟など)で構成
本報告書の主題である消費者保護あるいは域内市場統合に関する立法権限をもつのは EC だけであ
り、その立法や執行に携わる欧州次元の機関は、EC の機関(特に EC 委員会)である。この第 3 部
では、両者のこうした区別を基本的には採用しつつも、各執筆者による用語上のニュアンスの相違は
残している。なお、EU と EC の法的性格の相違等は、本報告書第 5 章の脚注(1)を参照(編者注 )
1
- 103 -
されている。
執行については、EC 委員会と独立専門機関のいずれも行う可能性がある。EC 委員会
が行う場合、下部専門機関(科学小委員会)が実施する。2002 年食品法規則以前には、
いくつもの小委員会に分かれていたが、2002 年食品法規則以後、EC 委員会の下の小委
員会は、以下の五つに統合された。
① 科学機軸委員会(Scientific Steering Committee)
② 常設食品連鎖・動物健康小委員会(Standing Committee on the Food Chain and
Animal Health)
③ 化 粧 品 ・ 非 食 品 委 員 会 ( Scientific Committee on Cosmetic Products and
Non-Food Products intended for Consumers)
④ 医 薬 品 ・ 医 療 器 具 委 員 会 ( Scientific Committee on Medical Products and
Medical Devices)
⑤ 毒物・環境毒物・環境委員会(Scientific Committee on Toxicity, Ecotoxicity and
the Environment)
さらに、独立専門機関たる欧州食品安全庁が設置され、その下に一つの科学委員会、
さらにその下に八つのパネルを設ける。科学的判断は、独立の第三者機関的なものに任
せる方向にある。
・食品添加物・香料・加工用酸・食品接触素材パネル
・動物飼料に使われる添加物・産品・材料パネル
・植物健康・植物保護製品とその残留パネル
・GMO パネル
・ダイエット食品・栄養・アレルギーパネル
・生物危害(TSE/BSE 問題含む)パネル
・食物連鎖汚染パネル
・動物健康福祉パネル
独立専門機関には、食品安全関係では、食品安全庁 2 の他、医薬品評価局(EMEA)3 、
薬物中毒センター(EMCDDA) 4 、労働安全局(EU-OSHA) 5 が関わっている。
組織的にも、政策実行と執行の監督という二つの段階が分けられていて、科学評価等
中立的なものについては独立の行政機関に任せる傾向にある。
2
3
4
5
EFSA(European Food Safety Authority――欧州食品安全庁 2002 年)設立中
EMEA(European Agency for the Evaluation of Medicinal Products)
EMCDDA(European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction)
EU-OSHA(European Agency for Safety and Health at Work)
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(2)EC の権限
マーストリヒト条約以前(1992 年以前)は、消費者政策がはっきりできていなかった
ため、EC 条約 94[旧 100]条(および 308[旧 234]条)包括立法条項(各国法規の相違が
市場統合の障害となっている場合には、各国法規の近似化を求める立法ができるという
規定)を使っていた。1980 年代半ばまではこの 94 条に基づき、完全調和という方式で
指令を作っていたため、調和指令ができるとその事項については EC 排他的権限事項に
移 行 し た こ と に な る 。 す な わ ち 各 国 法 の 偏 差 は 許 容 さ れ な い ( 例 ) Cases C-52/00,
C-154/00 and C-183/00, Commission v French Republic - Commission v Hellenic
Republic and V. González Sánchez v Medicina Asturiana SA (2002. 4. 25EC 裁判所判
決)(1985 年 EC 製造物責任指令と異なる各国の消費者保護法制は違法)。
現在では、マーストリヒト条約以後(1993 年以降)、EC 条約 95 条に移行した。その
結果、部分調和方式(必須事項については EC が立法するが、上乗せ・横出し規定につ
いては各国ごとに導入可能。95 条 4-7 項)となった。さらに、EC 条約 153 条では、消
費者政策宣言においても、権限の補完性が明確に書かれている。すなわち、消費者保護
目的達成のために、EC が採れる措置は、部分調和措置、および構成国の政策を支援、
補完し監視する措置(153 条 3 項)と明記され、構成国がより厳格な保護措置を維持ま
たは導入することを妨げないとしている。したがって、EC の権限は補完的で、排他的
ではないというのが原則である。
過去の旧 100 条を使う可能性は、実務上はほとんどありえない。なぜならば、同条で
あれば理事会の全会一致で欧州議会は諮問されるだけであるのに対し、95 条は特定多数
決であり、かつ、ヨーロッパ議会との共同決定となるので、日常生活を左右する事項に
ついてヨーロッパ議会の意見をよりよく反映させた手続のほうが説得力が高いからであ
る。
3.
現行の法規
(1)概観
健康安全については、製品安全指令 6(General Product Safety Directive:GPSD)と
食品法規則 7 がある(前者の製品安全指令の詳細については、内閣府委託調査「製品安全
に係る情報開示のあり方に関する調査」(社団法人商事法務研究会、2002 年 3 月)を参
照)。
経済的利益については、取引態様に応じたいくつかの指令が出されている。体系性が
ない点は多くの学者の批判するところである。EC の政策として興味深いのは、情報開
6
7
Council Directive 2001/95/EC[2002]OJ L11/4
Regulation(EC)178/2002[2002]OJ L31/1
- 105 -
示のためのネットワーク構築の工夫である。EC のイニシアティブとしては、いわゆる
RAPEX (rapid exchange) 8 が、「重大で切迫した危険」製品の情報交換のために置かれて
いる。これは、製品の危険情報一般ではない。その他、CLAB Europa (不当契約条項
データベース)、EHLASS(家庭・レジャー事故データの分析と情報交換システム)が
ある。ハザード情報としては、1993 年から危険可能製品の情報交換 9 があるが、多くの
実績はない。
構成国がイニシアティブをとる例としては、軽微あるいはハザード危害については、
イギリス・アイルランド・オランダ間の危険製品情報交換システムである HAZPROD
(hazard products)がある。さらに、消費者団体に開かれた透明な意思決定を強調する
目的で、「消費者委員会(Consumer Committee)」との議論を公開している。
(2)製品安全指令と食品法規則の比較分析
以下、製品安全指令(2001 年改正後のもの)と食品法規則の比較だが、詳細は後添の
比較表を参照のこと。
○ 指令と規則の違い:
規則は全ての者を法的に拘束し国内で直接適用されるため、それ自体国内法と考える
べきである。業者の義務とは各国法上の義務と同じであり、各国国内法裁判所で直接に
裁判規範として適用される。指令であれば、各国法の整備が前提とされている。
○目的規定:
ほとんど同じである。食品法規則は、飼料も対象としているのが特徴といえる。一般
原則の提示だけでなく、食品安全庁の設置規定にもなっている。特殊法人設置法的な部
分と実態法部分との両方がある。
○対象となる取引態様:
製品安全指令では販売手法を問わない。食品法規則も「生産・加工・流通のあらゆる
段階に適用。ただし、第一次生産で私的家庭内消費を除く。」とあり、飼料も同様である。
このため、「畑からちゃぶ台まで」といわれるように、全ての段階の者に影響する。
○ 対象品目:
食品法規則では「食品:人に食べられることが意図され、あるいは合理的に予想され
る、あらゆる物質または産品(加工、部分加工、未加工を問わない)。「飼料」を含まな
い。」、「飼料:動物の経口給餌に使われることが意図された、あらゆる物質または産品で、
添加物を含む(加工、部分加工、未加工を問わない)。」と定義されている。
○関係業者の定義・範囲:
食品事業者としては、製造と販売が一緒になっている。「食品の生産、加工、流通のい
8
9
Council Decision 84/133/EEC [1984] OJ 70/16
Council Decision 93/580/EEC [1993] OJ L278/64
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かなる段階であれ関係する活動をする、あらゆる事業者(自然人または法人)で、営利・
非営利、公的・私的を問わない。」飼料も同様である。
○一般原則:
食品法規則のいちばんの特徴は、食品法に関する一般原則を六つ挙げていることであ
る。
・5 条(食品法の一般目的:動物・植物の健康、環境の保護などを考慮しつつ、中心
は人間の生命・健康の高水準の保護及び消費者利益の保護。)さらに公正な食品貿易慣行
を含むとしているため、世界貿易も視野にいれた EU レベルでの保護水準を達成するこ
とが目的である。国際的なところについて、3 項で、国際水準があるときには食品法の
展開において考慮するが、国際水準が EC において適正と決定された水準と異なる場合
は考慮しないことがあるという但書きがある。意図するところは、予防原則等のことで
ある。アメリカと EU の間で、遺伝子組み換え食品等の規制については異なるため、こ
れらを念頭に置いている。EU 独自の路線を採用してもよしとしている。単に人間の生
命・健康・消費者を保護するというのではなく、動物植物環境が加えられているため、
総合的な食品生産のあり方を念頭に置いているといえる。
・6 条(リスク分析の原則:食品法はリスク分析(リスク管理とリスク評価)に基づ
く。リスク評価は、入手可能な科学的証拠に基づき、独立客観的透明な方法で履行され
る。リスク管理は評価の結果を考慮していかなる政策を採るかをとりわけ予防原則を念
頭に置いて考慮する。)リスク分析について、科学的証拠だけでなくある程度の社会価値
判断が入ることを打ちだしている点が重要といえる。
・7 条(予防原則:96-7 年 BSE(狂牛病)以降 EU が強く国際舞台で主張するように
なった。)健康被害の可能性が特定されているが科学的不確定性が存続している状態なら
ば、暫定的にリスク管理措置をとることができるというのが骨子である。これは暫定的
措置なので、より一層包括的なリスク評価の科学情報が後に入った場合には見直さなけ
ればならないことになる。けれども、基本的には科学的証拠が不確実な部分が残るとい
う場合についての暫定的措置として積極的に事前規制をすることができる、というのが
予防原則の考えである。
・8 条(消費者利益の保護)大切なのは、消費する食品について情報を得たうえでの
選択を消費者に可能ならしめることをとりわけ強調していることである。消極的には、
欺罔的な行為・食品の汚染・誤解を招きうる行為をしない、ということが義務づけられ
ている。
・9 条(公衆諮問)食品法法案の準備・現行法の評価・改正の手続期間中に直接また
は代表団を通して公開で透明な公衆意見諮問が行わなければならない。ただし緊急の場
合はその限りではない。
・10 条(公衆への情報開示)食品飼料が動物人間の健康にリスクをもたらしうるとい
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う合理的な疑いがある場合は、その重大性(リスクの性質)に応じて公衆にその旨を通
達しなければならないという趣旨の規定 10 である。
これら一般原則が重要な理由は、5-10 条が水平的(横断的)性質の原則であるからで
ある。食品に関わるものについては全て 5-10 条までの一般原則が根本にある。さらにこ
れらの原則が既存の各国法解釈指針となる。規則であるから裁判所を直接に拘束する。
したがって、食品安全に関する国内法は全てこの原則に従って適合的に解釈されなけれ
ばならない。
○11 条(EC 輸入の食品・飼料)・12 条(EC 輸出の食品・飼料)世界貿易との関係。
○安全性とは何かという規定・一般要件:
14 条 2 項(食品安全一般要件):安全でないならば市場においてはならない。安全で
ないとみなされるのは、(a)健康を害しうる(injurious)、または(b)人による消費に不適切
(unfit)である。これは、イギリスの消費者保護法の一般安全要件と全く同じである。ま
た、15 条 2 項(飼料安全一般要件)には、「安全でないとは、人または動物の健康に悪
い効果をもつ、または、食品生産動物に由来する食品を人の消費に安全でなくする」と
規定されており、飼料のほうがやや広い。
これらは、リスク管理・リスク評価に重点が置かれている法制度といえる。
○一般要件に満たないもののコントロール:
誰がどのようにコントロールするかについては、製造者への義務、販売者への義務、
構成国への義務と分けることができる。製造者については、基本的には安全でないもの
を供給してはならない。16 条ではさらに消費者に誤解を与えるような提示をしてはなら
ない。17 条では食品飼料の安全要件の充足を確認する義務、さらには 18 条(経路特定
性)は新しい概念である traceability という、「畑からちゃぶ台」までの流通経路が特定
できるように情報を整理保管しておかなければならない。さらに、19 条では、製造者が
製造した後リスクがありそうだというはっきりした証拠はないけれど、食品安全要件に
適合していないあるいは適合していないと信じるような理由があるような場合、直ちに
回収手続(撤去)を開始しなければならない。すでに消費者に達している場合には実効
的かつ正確に回収撤去理由を通告し、必要ならばリコールする 11 。リコールは最終手段
だが義務となる。規則という法形式だから直接に業者に適用されるため、各国法の規律
にかかわらずしなければならない。
また、19 条 3 項は、人の健康を害しうる(ハザードの段階の)食品を流通においたと
き、直ちに所轄庁に通報し、所轄庁と協力して事後策をとらなければならないとする。
飼料についても同じである。
10 9 条(公衆諮問)と 10 条(公衆への情報開示)は、近時 EU が強調している透明性確保に関連す
る部分である。
- 108 -
○販売者の義務:
同じように、17 条 1 項(食品・飼料の安全要件の充足確認義務)、18 条(経路特定性
を保つための資料保管義務)所轄庁への通報義務、協力義務がある。
○商品撤去・リコール
食品事業者(19 条 1 項):安全要件に不適合の食品を直ちに市場から撤去・所轄庁へ
報告する。消費者に到達しているときは、撤去の理由を実効的・正確に通知する義務が
あり、他の措置が高水準の健康保護を十分達成しないときは、消費者から食品をリコー
ルする義務がある。
飼料事業者(20 条 1 項):食品事業者と同様。撤去した飼料は破棄が原則である。
○流通食品事業者(19 条 2 項)・流通飼料事業者(20 条 2 項)については、中身をい
じらないのが前提となっている。安全要件不適合の食品の撤去を開始し、経路特定に必
要な情報を第一次生産・加工者・所轄庁に伝達しなければならない。
○撤去・リコールの場合、とりわけ官庁から命ぜられた場合については、適正手続が
保障されなければならないが、はっきりした規定はない。EC 法上の適正手続法理につ
いて当然保障されるものと考えられる。製品安全では 18 条 1 項(理由提示、聴聞)、18
条 2 項(司法審査の保障)等がある。製品安全分野は指令なので、構成国の義務(行政
府の権限、実効的な制度を整えること、必要に応じて規制することなど)が明確に書か
れている。食品安全の場合、規則であり、私人を直接的に拘束することのできる法形式
である。したがって、17 条 2 項の監督・検査の義務、その目的での公的規制その他の適
切な活動の維持、罰則等実効的、比例的、抑止的な制裁の整備等は規定されているもの
の、行政の権限については細かく書かれていない。
○食品法規則において構成国にとって大切であるのは、Rapid Alert System(緊急警
告制度)というデータベースないし情報交換ネットワークの構築である。50 条以下で、
構成国はコンタクトポイントをつくって EC と接触を密にして構築すること、過去の執
行委との関係でも有効なものを作る、などと規定されている。
食品法規則は、どちらかというと EC が直接に事業者を拘束するという色彩の実体規
定 が 多 く 、 そ れ 以 外 は 組 織 規 定 と し て の 食 品 安 全 庁 の 設 置 規 定 そ し て Rapid Alert
System のようなネットワーク構築の組織法によって構成されているといえる。
EC 食品法規則の大まかな特徴は、製品と食品は、似ているけれども論理が若干違う
ということである。食品は予防原則に代表されるように事前の規制に力点が置かれてい
る。さらにそれを規則という強い法形式で全食品業者を拘束する形で直ちに導入したと
いう点に大きな違いがある。もう一つの特徴は、基準の設定の仕方にある。製品の場合、
各国の基準設定が原則となりそれを補完する形で欧州基準を作る。食品の場合、設定手
11
撤去(回収)とリコールの違い:撤去は市場から取り去る、 リコ ー ルは 消 費者 か ら取 り 去る こ と 。
- 109 -
続はなく、国際基準がある場合にはそれを考慮するが、当初から EU ワイドの食品基準
を(おそらくは食品安全庁が)策定することが想定されている。これから欧州基準の食
品規格と国際規格とのせめぎ合いが図式として取り上げられよう。
製品安全指令と食品法規則
製品安全指令
市場に置かれる製品の安
目的
1 条 1 項
全を確保
対象(過
程)
前文 7 段 販売手法を問わない(遠
隔、電子販売を含む)
対象品
1 条 2 項、2 条 a 号(製品の定義)
関 係 業
者 の 定
義・範囲
2 条 e 号(製造者)
2 条 f 号(販売者)3 条
安 全 性
定義
一 般 原
則
2 条 b 号(安全な製品)
一 般 安
全要件
3条2項
食品法(一般原則)規則
1 条 1 項 食品に対する人の健康と消費者の利益を
高水準で保護することを保障。
1 条 2 項 食品・飼料一般とくにその安全性の一般
原則を定める。
欧州食品安全庁を設置する。
1 条 3 項 この規則は、食品・飼料の生産・加工・
流通のあらゆる段階に適用。ただし、第一次生産で
私的家庭内消費を除く。
4 条 1 項 一般食品法は、商品の生産、加工、流通
の全過程におよび、食品を生産する動物のために作
られ、または供される飼料にも関係する。
2 条 「食品」:人に食べられることが意図され、
あるいは合理的に予想される、あらゆる物質または
産品(加工、部分加工、未加工を問わない)。「飼料」
を含まない。
3 条 4 項「飼料」:動物の経口給餌に使われること
が意図された、あらゆる物質または産品で、添加物
を含む(加工、部分加工、未加工を問わない)。
3 条 2・3 項 「食品事業者」:食品の生産、加工、
流通のいかなる段階にであれ関係する活動をする、
あらゆる事業者(自然人または法人)で、営利・非
営利、公的・私的を問わない。
3 条 5・6 項 「飼料事業者」
14 条(食品安全要件)
15 条(飼料安全要件)
5 条(食品法の一般目的)
6 条(食品法はリスク分析にもとづく)
7 条(予防原則)
8 条(消費者利益の保護)
9 条(公衆諮問)
10 条(公衆への情報開示)
☆5-10 条:水平的性質の原則(4 条 2 項)
11 条(EC 輸入の食品・飼料)
12 条(EC 輸出の食品・飼料)
13 条(国際基準)
14 条 2 項(食品安全一般要件)
安全でない: (a)健康を害 し うる、または (b)人に よ
る消費に不適切
15 条 2 項(飼料安全一般要件)
安全でない:人または動物の健康に悪い効果をも
つ、または、食品生産動物に由来する食品を人の消
費に安全でなくする。
- 110 -
提示
製 造 者
の義務
製 造 者
の 追 加
義務
販 売 者
の義務
商 品 撤
去・リコ
ール
撤去・リ
コ ー ル
の 適 正
手続
欧 州 基
準
構 成 国
の実施
行 政 の
権限
制裁
執 行
ッ ト
織化
情 報
換
情 報
示
16 条(消費者に誤解を与える提示をしない)
17 条 1 項(食品・飼料の安全要件の充足確認義務)
18 条(経路特定性)
5 条 1 項(消費者へリスク情報の提 19 条(食品事業者)
供 、 リ ス ク 情 報 獲 得 、 製 品 の 撤 去 、 1 項 撤去・(最終手段として)リコール
消費者への警告、(最終手段として) 3 項 人 の 健 康 を 害 し う る 食 品 を 流 通 に お い た と
リコール)
き、直ちに所轄庁に通報。
3 項(製品リスクを所轄庁に通報)
4 項 所轄庁との協力義務
4 項(所轄庁との協力義務)
20 条(飼料事業者)
1 項 撤去・破棄・(最終手段として)リコール
3 項 飼料安全要件を満たさないかもしれない飼
料を流通に置いたとき、直ちに所轄庁に通報。
4 項 所轄庁との協力義務。
5 条 2 項(リスクを知り、知りえた 17 条 1 項(食品・飼料の安全要件の充足確認義務)
製 品 は 供 給 し な い 義 務 、 供 給 し た 製 18 条(経路特定性)
品リスクの回避義務)
19 条 3 項・4項、20 条 3 項、4 項
3 項(所轄庁へ通報)
所轄庁に直ちに報告(人の健康を害しうる
4 項(所轄庁に協力)
injurious 食品、安全要件をみたさないかもしれな
い飼料)、所轄庁に協力。
食品事業者(19 条 1 項)
製造者(5 条 1 項、3 項、4 項)
供 給 し た 製 品 由 来 の リ ス ク 情 報 の 獲 安全要件に不適合の食品を直ちに市場から撤去・所
得 、 市 場 か ら の 撤 去 、 消 費 者 へ の 警 轄庁へ報告。消費者に到達しているときは、撤去の
告 、 リ コ ー ル 。 所 轄 庁 へ 通 報 、 リ ス 理由を実効的・正確に通知する義務。他の措置が高
水準の健康保護を十分達成しないときは、消費者か
ク回避策の遂行。
ら食品をリコールする義務。
販売者(5 条 3 項、4 項)
供 給 製 品 の リ ス ク を 知 り ・ 知 り え た 飼料事業者(20 条 1 項)
と き 、 直 ち に 所 轄 庁 に 通 報 。 リ ス ク 食品事業者と同様。撤去した飼料は破棄が原則。
回避策の遂行。
流通食品事業者(19 条 2 項)
・流通飼料事業者(20
条 2 項)
安全要件不適合の食品の撤去を開始。経路特定に必
要な情報を第一次生産・加工者・所轄庁に伝達。)
18 条 1 項(理由提示、聴聞)
(EC 法上の適正手続法理――理由提示、聴聞、司
18 条 2 項(司法審査の保障)
法審査の保障)
3条1項
4 条(基準制定手続)
規定なし
6 条(実施義務、組織編成義務)
17 条 2 項1段 食品法上の安全要件を食品・飼料
事業者が生産・加工・流通の全段階で満たしている
かの監督と検査をする義務。
17 条 2 項2段 監督・検査の目的で、公的規制そ
の他の適切な活動を維持する。
17 条 2 項 3 段 食品法・飼料法違反には、実効的、
比例的、抑止的な課罰
35 条、50 条以下(Rapid Alert System)
8条
ネ
組
7 条(各国法違反には実効的、比例
的、抑止的な課罰)
9 条(構成国)、10 条(EC 委員会)
RAPEX
交
11 条、12 条、13 条
50 条以下(Rapid Alert System)
開
16 条(リスク情報の公衆開示)
10 条(公衆への情報開示)
- 111 -
他の EC
法 規 と
の関係
4 条 3 項・4 項 既存の食品法をこの規則の諸原則
にあわせて改正するが(3 項)、それまでは既存法
を適合解釈する(4 項)
17 条(PL 指令を害さない)
各 国 法
と の 関
係
18 条 3 項(本指令により採られた制
限、撤去、リコールは、各国法上の
関係事業者の法的責任評価を害しな
い。)
21 条 (PL 指令を害さない)
各国において、あらゆる者に対して、直接適用され
る(EC 条約 249 条)。
- 112 -
第2節
1.
イギリスにおける消費者の安全保護法制
政策原理
イギリスには、消費者政策の基本原則を一般的に表明した制定法はない。ただし、1999
年の通産省政策指針は、製品安全については救済より予防に力を入れるとの立場を明ら
かにし、消費者があらかじめ十分な情報を得て製品の選択を行えるようにすることを重
視している。
2.
組
織
従来イギリスの消費者行政の中心組織は、通産省と農林水産省だったが、1999 年法に
基づいて食品基準局 1 が設置されてからは、これが後者の役割を引き継いだといえる。イ
ギリス消費者行政の組織面に関して、もう一つの大きな特徴は、消費者団体の参加が制
度化されている点に見られる。行政過程の初期段階からパブリック・コメント制度があ
るだけでなく、いくつかの消費者団体に常時諮問をするという慣行が 1970 年代半ばか
ら定着している。その中心となる主要な消費者利益代表団体は、NCC 2 や NACAB3 等で
ある。NCC は政府(1975 年労働党)によって作られた非営利法人であり、国の補助金を
受けているが、運営・人事は政府から独立している。
さらなる特徴は、執行に見られる。つまり執行過程は組織的に完全に分離されており、
政策形成は中央省庁が行うのに対して、執行は地方自治体が受け持つことになっている。
ここでは消費者団体は関与しない。消費品一般については各地方自治体の事業基準局が、
食品に関しては環境健康掛が、それぞれ担当局となる。
3.
現行法制
消費者安全に最も深く関係するのは、製品安全の分野では 1987 年の消費者保護法 4 と
それを改正した 1994 年の一般製品安全規則 5 (したがって実質的には後者が現行法)、食
品安全については 1990 年の食品安全法 6 と 1999 年の食品基準法 7 である。食品基準法は
1
2
3
4
5
6
Food Standards Agency
National Consumer Council
National Association of Citizens Advice Bureaux
Consumer Protection Act 1987
General Product Safety Regulations 1994
Food Safety Act 1990
- 113 -
食品基準局の設置法であり、つまり組織法であるが、これは農水省の外局であり、独立
した庁ではない。人事権も基本的には主務大臣が握っている。ただし、そのメンバー構
成には特徴があって、全 10∼14 名のうち、ウェールズ議会が 1 名、スコットランド議
会が 2 名、北アイルランドの衛生局が 1 名、それぞれ指名を与えることになっている。
法制の具体的内容については、製品安全一般と食品安全を区別し、それぞれについて
EC 指令とイギリス法との比較を行ってみたい(後添、対照表参照。)。 製品安全ついて
は、対象品に食品を含めるべきかどうか今後問題となりうるが、イギリス法の規定内容
は EC 指令と大きく異なるものではない。ただし、94 年規則は基本的には刑事法規であ
る点に注意を要する。製造者や販売者の義務を定めた規定をみると、義務違反が犯罪で
あることが明定されている。イギリスは製品安全に関する EC 指令を刑事法規で国内実
施しているといえる。もっとも、刑事法規性に付随する Due Diligence(安全配慮)の
免責条項は、実際にはほとんど適用の余地がないと言われている。また、(刑事制裁を中
心とすることから)リコールに関する行政庁の権限が明示されていない点も、EC 指令と
比較してイギリス法の特徴といえる。
食品については、90 年食品安全法が一応現行法であるが、2002 年 EC 食品法規則が
直接適用されるので、抵触がある部分については後者が優越する。また同規則の採択に
伴い、ごく最近イギリス法が改正された可能性もあるが、それについてはまだ確認でき
ていない。99 年食品基準法は組織法であるが、これによって 90 年法で農水大臣に与え
られた職務権限は、ほとんど全て食料基準局に移管された。EC 規則と比較した場合、
90 年法に特徴的なのは、食品の概念に飼料を含まないとされている点、規制対象が「供
給行為」を中心として把握されており、製造や加工の過程がどの程度規制されるかが解釈
に委ねられている点等を指摘できる。
第二に、90 年法は刑事法規であり、製造業者、販売業者は、食品安全を害する供給行
為(三類型)を犯した場合には有罪とされ、処罰される。ただし、刑事法による国内実施
という形態はいいとして、経路特定性に関しては、現行のイギリス法には問題が残され
ている。EC 規則は全流通過程の関係者が経路特定性を確保する措置をとるよう積極的
報告義務等を規定しているが、90 年法にはその点に関する規定が見当たらない。行政庁
の権限も刑事制裁の発動を念頭において構成されており、リコールの権限は(解釈で読み
込むことは出来るが)明示されていない。要するに、イギリス法は、業者(私人)が安全対
策の主体になることをあまり想定していないといえる。業者については、むしろ免責抗
弁(三類型)の方が目につく。
第三に、行政組織のネットワーク化については、EC 規則が Rapid Alert System の構
築を規定していたが、イギリス法制でこれに対応するのは食品基準局である。従来のイ
ギリスの仕組みでは、自治体ごとに執行形態がバラバラになる傾向があったが、食品基
7
Food Standards Act 1999
- 114 -
準局によって情報が収集整理され、EU 規模のシステムと連結されることで、統率のと
れた執行体制に移行していくであろう。
4.
EC 指令との比較
(1)製品安全(食品・飼料以外)
目的
対象過程
EC 指令
1 条 1 項 市場に置かれる
製品の安全を確保
前文 7 段 販 売手 法 を問
わない(遠隔、電子販売を
含む)
対象品
1 条 2 項、2 条 a 号(製品
の定義)
関係業者の
定義
安全性定義
一般安全要
件
製造者の義
務
2
2
2
3
製造者の追
加義務
販売者の義
務
5 条 1 項、3 項、4 項
条
条
条
条
e 号(製造者)
f 号(販売者)3 条
b 号(安全な製品)
2項
3条1項
5 条 2 項、3 項、4 項
撤去・リコ
ール
撤去・リコ
ールの適正
手続
18 条 1 項(理由提示、聴
聞)
18 条 2 項(司法審査の保
障)
欧州基準
4 条(制定手続)
構成国の実
施
行政の権限
6 条(実施義務、組織編成
義務)
8条
87 年消費者保護法・94 年安全規則
(とくに規定なし)
法 46 条:業務上のあらゆる供給行為
規則 2 条 1 項「製品」の定義中にある:対価の有無を問
わず供給され、商業活動において供給されたか否かを問わ
ない。中古、改修の有無を問わない。ただし、専ら商業活
動のみで使用されるものを除く。
規則 2 条 1 項(あらゆる製品)
cf. 法 10 条 7 項:①商品そのものが通常は私的に利用さ
れまたは消費される意図であるもの。かつ、②商品が除外
類型(生育中の穀物・土地付着部分、食品・飼料・肥料、
水、ガス、航空機・自動車・タバコ、規制のある医薬品)
に入らない
規則 2 条 1 項
規則 2 条 1 項
規則 7 条
法 10 条
規則7条(安全でない限り、製品を市場においてはならな
い)+12 条(一般安全要件違反は犯罪)+13 条(危険製
品を市場に置く・供給することは犯罪)
規則 8 条 1 項 a 号(予防的リスク情報提供義務)
1 項b号+2 項(リスク警告、市場撤去)
規則 9 条(危険な製品を供給しない、市場製品の安全性
をモニター、製品リスク情報を伝達、リスク回避行動に協
力)+12 条(一般安全要件違反は犯罪)+13 条(危険製
品を市場に置く・供給することは犯罪)
製造者(規則 8 条 1 項 b 号) 市場からの撤去も必要で
あれば、リスク回避のために行う義務
販売者(規則 9 条 b 号) リスク回避行動に協力
規則 11 条(87 年法 13∼18 条 執行権限の準用)
ただし、規則 14 条(刑事訴追されたとき、due diligence
の免責抗弁:「あらゆる合理的な方策を採り、かつあらゆ
る適切な誠実努力を尽くして犯罪を犯すことを回避し
た」)
規則 10 条 1 項
UK 法の具体的基準に適合した製品は、
安全な製品と推定。
2項
具体的基準がないとき、UK の自主基準で欧州基
準を実施するもの、または EC 技術規格、または両方とも
ないとき、UK 国内の基準、業界の健康安全実務綱領、技
術水準、を考慮し、かつ消費者が合理的に期待する安全水
準を考慮して安全基準適合性を評価。
(主務機関は、通産省)
規則 11 条
法 13-18 条
- 115 -
制裁
執行ネット
組織化
情報交換
情報開示
(リコール命令権は明文なし)
7 条(各国法違反には実効 規則 17 条(3 か月以下の禁固、および罰金)
的、比例的、抑止的な課罰)
9 条(構成国)、10 条(EC
委員会)RAPEX
11 条、12 条、13 条
16 条(リス ク情報の 公衆
開示)
(2)食品安全
目的
02 年食品法(一般原則)規則
1 条 1 項 食品に対する人の健康と消
費者の利益を高水準で保護すること
を保障。
1 条 2 項 食品・飼料一般とくにその
安全性の一般原則を定める。
欧州食品安全庁を設置する。
対象
(過程)
対象品
関係業者
の定義・
範囲
一般原則
1 条 3 項 この規則は、食品・飼料の
生産・加工・流通のあらゆる段階に適
用。ただし、第一次生産で私的家庭内
消費を除く。
4 条 1 項 一般食品法は、商品の生産、
加工、流通の全過程におよび、食品を
生産する動物のために作られ、または
供される飼料にも関係する。
2 条 「 食 品 」: 人 に食 べ られ る こ と
が意図され、あるいは合理的に予想さ
れる、あらゆる物質または産品(加工、
部 分 加 工 、 未 加 工 を 問 わ な い )。「 飼
料」を含まない。
3 条 4 項「飼料」:動物の経口給餌に
使われることが意図された、あらゆる
物質または産品で、添加物を含む(加
工、部分加工、未加工を問わない)。
3 条 2・3 項 「食品事業者」:食品の
生産、加工、流通のいかなる段階にで
あれ関係する活動をする、あらゆる事
業者(自然人または法人)で、営利・
非営利、公的・私的を問わない。
3 条 5・6 項 「飼料事業者」
5 条(食品法の一般目的)
6 条(食品法はリスク分析にもとづく)
7 条(予防原則)
8 条(消費者利益の保護)
9 条(公衆諮問)
10 条(公衆への情報開示)
☆5-10 条:水平的性質の原則(4 条 2
90 年食品安全法・99 年食品基準法
☆90 年法・99 年法と 2002 年 EC 食品法規則の
抵触は、EC 規則が優先(EC 法の優位性)。EC
規則に定めるところが UK 法にないときは、EC
規則の直接適用。
99 年法 1 条 政府専門行政機関としての食品基
準庁の設置:食品消費リスクから公衆の健康を保
護するための職務を行う。90 年法で農水大臣の
職務とされていたものは、食品基準庁に移管され
る。ただし、執行権限は農水大臣にも留保。(99
年法 26 条)
90 年法 2 条 業として行う、販売その他の供給
行為(賞品、試供品として提供される場合も含む)
90 年法 8 条 1 項 人の消費のために、販売、提
供、提示、広告、所有、準備、寄託、引渡し、す
ること。
90 年法 1 条 「食品」の定義(飼料は含まない)
3 条 人による消費に通常供されるあらゆる食
品
90 年法 7 条 1 項 食品を健康を害しうるものと
したあらゆる者(は、有罪。)
90 年法 8 条 1 項 食品安全要件に適合しない食
品を販売等をしたあらゆる者(は、有罪。)
(対応する明文、ほとんどなし)
食品基準庁:食品安全政策を形成し、公的機関に
助言、情報提供、援助を行う(99 年法 6 条)。
90 年法 14 条 「買主が求める性質または内容ま
たは品質ではない食品を買主の不利益において
販売するあらゆる者は刑事法上有罪である。」
- 116 -
項)
安全性定
義
一般安全
要件
11 条(EC 輸入の食品・飼料)
12 条(EC 輸出の食品・飼料)
13 条(国際基準)
14 条(食品安全要件)
15 条(飼料安全要件)
14 条 2 項(食品安全一般要件)
安全でない:
(a)健康を害しうる、または
(b) 人 に よ る 消 費 に 不 適 切 unfit for
human consumption
15 条 2 項(飼料安全一般要件)
安全でない:人または動物の健康に悪
い効果をもつ、または、食品生産動物
に由来する食品を人の消費に安全で
なくする。
提示
製造者の
義務
16 条(消 費者 に誤 解 を与 える 提示 を
しない)
17 条 1 項(食品・飼料の安全要件の
充足確認義務)
18 条(経路特定性)
(下記の 8 条 2 項の定義)
90 年法 8 条 2 項
食品安全要件に適合しないとは、
(a) 食品に異物を混入したり、特定物質を抜き取
ったりして食品を健康を害しうるものとす
る。(7 条1項の行為)「害すとは、永続的か
一時的かを問わず、健康の、あらゆる劣化
impairment をいう。」(7 条 3 項)、または
(b) 「 人 に よ る 消 費 に 不 適 切 unfit for human
consumption」、または
(c) 汚染されていて、そのままでは人の消費に供
されるとは合理的に期待できない
90 年法 15 条 欺もう的または誤解を与える提
示をして、販売をした者は有罪。
90 年法 7 条 1 項 「人の消費のために販売され
ることを知って、あらゆる食品について、健康を
害しうるものとした、いかなる者も刑事法上有罪
で あ る 。」「 害 す と は 、 永 続 的 か 一 時 的 か を 問 わ
ず、健康の、あらゆる劣化 impairment をいう。」
(7 条 3 項)
90 年法 8 条 1 項 食品安全要件に適合しない、
いかなる食品を、人の消費のために、販売、提供、
提示、広告、所有、準備、寄託、引渡しした者は、
刑事法上有罪。
製造者の
追加義務
販売者の
義務
19 条(食品事業者)
1 項 撤 去 ・(最 終 手段 と して ) リ コ
ール
3 項 人の健康を害しうる食品を流通
においたとき、直ちに所轄庁に通報。
4 項 所轄庁との協力義務
20 条(飼料事業者)
1 項 撤去・破棄・(最終手段として)
リコール
3 項 飼料安全要件を満たさないかも
しれない飼料を流通に置いたとき、直
ちに所轄庁に通報。
4 項 所轄庁との協力義務。
17 条 1 項(食品・飼料の安全要件の
充足確認義務)
18 条(経路特定性)
19 条 3 項・4項、20 条 3 項、4 項
所轄庁に直ちに報告(人の健康を害し
うる injurious 食品、安全要件をみた
さ な い か も し れ な い 飼 料 )、 所 轄 庁 に
協力。
90 年法 14 条 「買主が求める性質または内容ま
たは品質ではない食品を買主の不利益において
販売するあらゆる者は刑事法上有罪である。」
(リスク情報の通報義務などは明文の規定はな
いが…)
90 年法 7 条 1 項
健康を害する食品とした罪
90 年法 8 条 1 項
した罪
安全要件不適合食品を販売等
90 年法 14 条
を販売する罪
- 117 -
消費者の要求にこたえない食品
商 品 撤
去・リコ
ール
食品事業者(19 条 1 項)
安全要件に不適合の食品を直ちに市
場から撤去・所轄庁へ報告。消費者に
到達しているときは、撤去の理由を実
効的・正確に通知する義務。他の措置
が高水準の健康保護を十分達成しな
いときは、消費者から食品をリコール
する義務。
(業者の義務としては規定がない。行政庁が命令
する)
飼料事業者(20 条 1 項)
食品事業者と同様。撤去した飼料は破
棄が原則。
撤去・リ
コールの
適正手続
欧州基準
構成国の
実施
行政の権
限
制裁
流通食品事業者(19 条 2 項)・流通飼
料事業者(20 条 2 項)
安全要件不適合の食品の撤去を開始。
経路特定に必要な情報を第一次生
産・加工者・所轄庁に伝達。)
(EC 法上の適正手続法理――理由提 90 年法 37∼39 条 改善命令、禁止命令、停止命
示、聴聞、司法審査の保障)
令、営業免許の取消・停止・剥奪・拒否、などの
不利益処分について、治安判事裁判所へ異議申立
てができる。治安判事の判決に不服のときは、刑
事法院(Crown Court)に上訴できる。
制定手続の規定なし
90 年法 16 条 大臣は安全基準(国内基準)に関
する規則を制定できる。
90 年法 17 条 大臣は EC 法上の義務の国内実施
のために規則を制定できる。
17 条 2 項1段 食品法上の安全要件 90 年法 4 条、99 年法(主務機関は、農水省・食
を食品・飼料事業者が生産・加工・流 品基準庁)
通 の 全 段 階 で 満 た し て い る か の 監 督 90 年法 6 条・5 条(食品所轄庁――地方自治体
と検査をする義務。
の担当課と職員――による実施)→99 年法で、
各自治体による執行状況を、「食品基準庁」が監
督・執行情報の収集・各自治体の執行担当者を点
検する権限(99 年法 12∼14 条)
17 条 2 項2段 監督・検査の目的で、 90 年法 9 条 立入調査、嫌疑食品の押収、嫌疑
公 的 規 制 そ の 他 の 適 切 な 活 動 を 維 持 食品の販売一時停止命令――執行庁による検査、
する。
または治安判事裁判所での安全要件充足審査+
廃棄命令判決
90 年法 32 条 所轄職員の立入権限。
17 条 2 項 3 段 食品法・飼料法違反
には、実効的、比例的、抑止的な課罰
90 年法 10 条 所轄職員の改善命令
90 年法 11 条 有罪業者への裁判所の禁止命令
90 年法 12 条 所轄職員の緊急停止命令・治安判
事裁判所の禁止命令
90 年法 13 条 農水大臣の緊急停止命令
(90 年法 7 条 1 項、90 年法 8 条 1 項、90 年法
14 条などの刑事法上の犯罪類型が規定されてい
る。)
各種の免責抗弁
90 年法 20 条 他人による義務違反または義務
履行懈怠により有罪とされる場合、当該他人が有
罪とされる。
90 年法 21 条 1 項 刑事訴追されたとき、due
diligence の免責抗弁「あらゆる合理的な事前の
注意を払い、かつあらゆる適切な誠実努力を尽く
して、自分自身または自分の統制下にある者が犯
- 118 -
罪を犯すことを回避したことを立証」することは
認められる。
執行ネッ
ト組織化
情報交換
35 条 、 50 条 以 下 ( Rapid Alert
System)
50 条以下(Rapid Alert System)
情報開示
10 条(公衆への情報開示)
他 の EC
法規との
関係
4 条 3 項・4 項 既存の食品法をこの
規則の諸原則にあわせて改正するが
(3 項)、それまでは既存法を適合解
釈する(4 項)
各国法と
の関係
90 年法 22 条 食品販売のために広告を業とす
る者が、広告内容の違法性について知らず、また
は疑う理由がないと立証するときは、免責され
る。
(国内の各地方自治体間のネット化は食品基準
庁が今後行うと予想される。EC の Rapid に食品
基準庁がコンタクト・ポイントとなれば、EC と
の組織化もされる。)
99 年法 7 条 1 項 食品基準庁は、公衆に食品安
全情報を開示。
21 条 (PL 指令を害さない)
各国において、あらゆる者に対して、 ☆90 年法・99 年法と 2002 年 EC 食品法規則の
直接適用される(EC 条約 249 条)。
抵触は、EC 規則が優先(EC 法の優位性)。EC
規則に定めるところが UK 法にないときは、EC
規則の直接適用。
- 119 -
第3 節
1.
フランスにおける食品安全法制
消費者法における行政法の不在
フランスの行政法分野においては、通常各論が体系化される傾向にあるが、消費者法
についてフランス行政法各論で体系的に扱われることはない。他方、消費者行政を行う
行政組織・行政法的規律は存在する。公法的体系の消費者法が不在であり、私法とのす
み分けが行われている。この点には、日本との問題状況の類似性が見られる。フランス
の食品安全法制を行政法の観点から検討しようとする場合に、体系的に記述された教科
書や参考文献がないので、今回は、インターネットや公文書を使って調査した。
食品安全分野は、伝統的な行政法学上切り込めない領域であるが、農業法、公衆衛生
法、医事法等伝統的行政法各論の重要領域と消費者保護という部分で接点がある。
消費者行政が行政法の範囲とならない理由として、有り体にいえば、経済官庁が所管
しているため、さらに、市場・契約等の私法的コントロールやサンクションについても、
行政法が入っていきにくいためである。
しかし食品安全の領域は、リスクの評価および情報の流通が問題であるから、新しい
タイプでの公権力の役割がクローズアップされている。また、フランスの法政策におい
ては、フランス固有の農業・食文化保護の重要性は認められている。
2.
食品安全行政の現状
(1)食品安全法制の 5 原則
政府は、公文書等で食品安全法制の 5 原則(①当事者(生産者・加工者・販売者)の責
任、②科学技術(医学・化学)の進捗に適合した規制、③公的機構による制裁に担保さ
れた認証・検査、④公衆衛生上の監視の能力、⑤リスク管理の能力)を掲げている。
(2)公権力に要請される行動準則
①消費者のリスクの監視については、食品安全行政につきリスク・ゼロはありえない。
したがって、公権力には、リスクの量的減少と不確実性の管理が要請される。国の役割
は、既知の事柄と未知の事柄につき情報提供し、危険性の(あるいはおそれの)ある食
品を確実に排除し、フランス的食料事情(独自の文化)を維持することである。
②警戒原則(principe de précaution)の適用=危険性が健康・環境に重大で不可逆的
な帰結をもたらす可能性がある場合に、不確実な状況では、警戒原則が適用される。国
は、可能性にとどまる場合であっても、重大なリスクに真摯に対応するため、警戒原則
- 120 -
により、生産物の輸入・販売禁止等を行う。BSE に関するイギリス産牛肉の輸入禁止・
OMG(遺伝子組み換え)食品の流通規制等に適用された。
※リスクが明確で克服可能な場合には予防原則(principe de prévention)、そこまで
行かないものはリスクが不確実な状況で輸入販売禁止まで行う(警戒原則)、という
ことである。
③市民への情報提供の改善=情報提供が信頼性の基礎となり、安全に関する行政の関
与が強化されている
(3)国の具体的な役割
国は、消費者保護のため、規制に加えリスクの評価・管理を行う任務を負う。
①リスク評価
1998 年 7 月 1 日法(公衆衛生監視の強化と食料品の衛生上の安全のコントロールに
関する法律)により、以下の新しく機関が創設された。
・AFSSA 1
・InVS2
⇒食品衛生上のリスク評価に関する一般的評価権限。
⇒公衆衛生の監視と国民の健康状態の調査。公衆衛生上の重大な危険発生
時に、公権力に対して、適切なあらゆる措置を警告・勧告、危険発生時に、国民
の健康状態の変化の原因を特定するなど、医療行政に近い部分を担う。
・AFSSPS 3
⇒医薬品・血液・血液製品等に関する規制・評価する。
これら三つは、公施設法人(独立の法人格を持った公法上の機関)であり、機関相互
の協働作業は CNSS 4(衛生安全国家委員会)によって確保される。いずれも国とは独立
した機関で実施しようとした点が特徴である。
②これに対して、リスク管理=食品リスクのコントロールと情報提供は、いわゆる行
政官庁が実施する。具体的には、農業・漁業担当大臣(農事行政)、経済・財政・産業担
当大臣(消費者行政)、雇用・連帯担当大臣(公衆衛生行政)の 3 大臣による分掌であ
る。法令上の権限は縦割りである。なお、食品衛生に関する公衆衛生監視の事務は、上
記の 3 省に加えて、分権機関(知事=地方官庁)によっても分掌されている(日本法に
いう機関委任事務のようなものと見ることもできる)。
所掌している中央省庁の局は、
・農業・漁業担当大臣の下級行政機関として、DGAL 5 (食料局)=農産物・食料品、
農薬・肥料等、食品に関する規格化・保証について管轄している。
1
2
3
4
5
Agence française de sécurité sanitaire des aliments
Institute nationale de veille sanitaire
Agence française de sécurité sanitaire des produits de santé
Comité national de sécurité sanitaire
direction générale de l’alimentation
- 121 -
・経済・財政・産業担当大臣の下級行政機関として、DGCCRF 6 (競争・消費・違反
者処罰局)=いわゆる消費者保護に関する横断的な事務を分掌。官吏による立ち
入り検査、文書検査、危険な商品の徴発という行政警察権や、司法警察権(共和
国検事の権限を行使による法令違反の摘発)を有す。
・公衆衛生担当大臣(現雇用連帯大臣)の下級行政機関として、DGS 7 (公衆衛生局)
=食品安全という点からは、飲料水のコントロール、食中毒の調査等を所掌する。
BSE やリステリア、ベルギー製油脂のダイオキシン混入等の事柄を受け、DGAL,
DGCCRF,DGS の 3 局の協力(共同作業の強化、個別の活動における協力、情報の共
有)につき、1999 年にプロトコルが締結されており、日本的な縦割り行政にはならない
工夫がされている。
③法令の整備
公衆衛生、農業、消費者でそれぞれの法典がある。その中で、公衆衛生法典は、最も
古いタイプの食品安全に関わる規律である。消費者法典は、流通過程における製品それ
自体の規律、安全性・組成・表示に関する情報の規制を目的とする。農事法典も古くか
らあるが、1994 年にヨーロッパ市場へ対応するため、1999 年に食品安全・追跡可能性
((traçabilité)本報告書第 5 章では経路特定性(traceability)と訳されている)強化につき、
改正されている。
また、AFSSA、InVS、AFSS の設立を規定した 1998 年 7 月 1 日法、農業の方向性に
関する法律(農業生産過程全体に関する国の関与の強化、遺伝子組み換え食品の規制措
置等)である 1999 年 7 月 9 日法がある。
(4)食品に関する消費者安全行政
食品安全に関する第一義的責任は、事業者(生産者、輸入者、加工業者、販売者等)
が負担する。それぞれの事業者の法令上の義務(消費者法典による製品の一般的安全原
則、1998 年 5 月 19 日法による危険な製品の民事責任の原則を含む)に加えて、自己コ
ントロールの責任(ハサップ等による)を負う。
行政(公権力)は、事業者と共同で、①透明性の確保、②追跡可能性の二つの目的を
追求する。
①透明性=表示(étiquetage)のコントロール。これは、消費者法典による総合的な
規律、DGCCRF による表示の信頼性のコントロールということになる。アレルギー原
因成分・健康食品の効能などの表示をいかにコントロールするかが今後の課題である。
②追跡可能性(経路特定性 traçabilité)=公法的規制を背景としたラベルによるコン
6
7
direction générale de la concurrence, de la consommation et de la répression des fraudes
direction générale de la santé
- 122 -
トロールが考えられている。すでにワインについては AOC、鶏肉(ラベル・ルージュ)
等という産地証明のシステムがある。これらの今後の拡大が、国際競争力の点も含めて、
必要と考えられている。なお、品質表示のうち、AOC(産地証明)は、INAO(国立産
地証明機関)が農業・漁業担当大臣の付属機関として管轄している。生産者は、条件明
細書に定められた製法・産地等に違反した場合には、認証を取り消される。
過去の実例について簡単に紹介するが、いずれも、AFSSA がリスク評価を行った。
ベルギー産油脂のダイオキシン汚染(1999 年)とリステリア汚染(2000 年)の場合、
AFSSA の評価の結果リスクが高いと判断され、大臣下に委員会が設けられた上で、ダ
イオキシンは DGCCRF が、リステリアは DGAL が中心となって対応した。BSE、遺伝
子組み換えも、AFSSA がリスク評価を行った。
3.
AFSSA の組織と活動
(1)組
織
行政的性格の公施設法人として、1998 年 7 月 1 日法によって設立された。特色は、
設立根拠法令は公衆衛生法典であるのに対し、公衆衛生、農業、消費者担当の 3 大臣に
よる 3 重の後見監督に服する点である。また、公衆衛生法典を根拠とする他の公施設法
人の設立目的が、公衆衛生警察、公衆衛生活動の規制、疾病の監視等であるのに比して、
公権力の行使の部分が小さく、リスク評価・科学技術的研究に特化している点に特色が
ある。獣医学の薬の領域を除けば、新しいタイプの行政権限を持っているといえる。さ
らに、従来の複数の研究機関を統合のうえ、食品安全のリスクに関する唯一の国立の評
価機関である。
内部組織としては、運営委員会・科学委員会・運営部長(事務局的機能)が主要な機
関である。運営委員会=委員長(デクレ(大統領令)で任命)と 24 名のメンバーで構
成され、12 名は国の代理人、12 人は、消費者団体、農産品・農業団体、商業・小売団
体、獣医薬品企業の代表者および AFSSA 職員の代表者によって構成される。基本的な
意思決定を行っている。
科学委員会=AFSSPS の長、InVS の長、AFSSA 職員の代表者(3 名)、AFSSA の答
申を経てアレテ(雇用連帯大臣令)により任命された専門家(10 名)により構成され、
さらに下部に専門委員会(10 の委員会)が設けられている。
通常、このような公施設法人は官庁との連結性が強いが、AFFSA の内部組織は官庁
の公権力から切り離されているところが特色である。
(2)任
務
- 123 -
任務は、基本的に人および動物の食品・飼料に関する衛生上・栄養上のリスク評価で
ある。また、生産・加工・保存・運輸・貯蔵・販売の各段階につきリスクを評価する。
すなわち、食品につき一次産品から最終的生産物までの全段階のリスク評価の一般的管
轄を持つ。
(3)活
動
活動(AFSSA の行政手法)は、答申、勧告、研究報告、科学技術的評価、監視と警
告、情報提供と透明性確保が想定されている。したがって、獣医薬の領域を除いて、所
轄大臣に属する直接的規制権限・衛生警察権限を行使することはできない。その代わり
に、任務の遂行に必要な全ての情報へのアクセス権限、所轄領域に係る全ての立法・行
政立法・命令の策定への関与権限を持っている。
評価機関としての法的役割は、諮問をする権能と義務である。義務的諮問(立法の事
前計画、命令的決定の計画、許可に関する個別的決定)と随意的諮問(大臣による諮問、
消費者団体(アソシアシオン)による諮問)がある。
なお、義務的諮問の具体的領域としては、下記のものがある。
①農事法典=動物伝染病対策、人により消費される植物性生産物の規制、人又は動物
の食品・食料の品質および衛生、不適切食品の取扱い、動物・動物性生産物・人又は動
物の食品・食料の輸出、輸入、共同体内移動に係る法律および命令の計画。
②消費者法典=L214− 1(AFFSA の管轄領域については意見を聞かなければならない、
その意見は公開されなければならない)、L221− 3(L221-10 に従い、AFFSA の意見・
答申に基づくデクレを作らなければならない)。立法段階で AFFSA が関係してくる。
③公衆衛生法典=獣医薬品に係わる規制。
4.
まとめ
食品安全は、農業・漁業大臣=農事法典=農産物の規制、経済・財政・産業大臣=消
費者法典=消費者保護・市場コントロール、雇用・連帯大臣=公衆衛生法典=衛生警察・
薬事行政、というフランス的縦割り行政システムの交差領域である。
しかし、食品安全の分野は、リスク管理や従来型の公権力的権限・規制権限の発動か
ら、リスクの科学技術的評価へ、また、最新の情報の流通という、新しい行政手法への
シフトが見られる。
その中で、AFSSA 設立は、一つの目玉であった。これは、3 大臣の所轄する特殊法人
という珍しい形である。獣医薬品の分野を除けば、規制権限は少ないものの、各省が所
轄していた研究機関を一本化している。リスク評価に特化し、各個別法令により、各行
政機関が内部で行う場合には意見を聞くという形をとっている。
- 124 -
第4節
ドイツにおける安全行政と法の課題
―消費者の安全をめぐるいくつかの断面―
1.
製品安全法制の史的展開
(1)現
状
従来(西)ドイツでは、消費者保護に関わる行政法制定は、食料品法 1 、薬事法 2 等、個
別の分野ごとに対応してきた。その中で、とくにボイラー等の危険な設備機器、毒物、
自動車等については、歴史的にかなり早い段階(プロシア時代)から、営業警察(労働
者保護)的な観点からの安全規制が確立されてきた。特徴的なのは、こうした早い段階
から、民間団体による安全性検査という民活的手法が採用されてきたことである。また、
この法分野では、製造・出荷段階で安全性をチェックする事前規制的手法が採用されて
きた。こうした考え方は、1979 年の機器安全法 3 にも引き継がれ、EC がニュー・アプロ
ーチを採択するまで、同法の一般的枠組の下で多様な設備機器に対応する各種の安全法
令が制定されてきた。
安全確保の方法について見ると、ドイツでは、安全性検査以外にも使用説明書による
情報提供義務を規定したり、また(労働安全に関する監督行政機関たる)連邦労働・社会
秩序大臣に広範な規制権限を与えたりしてきた。この監督権限の下で各種の機器安全法
令が制定されたが、安全性に関する技術的基準は民間の規格制定組織(専門家団体)が
定めてきた。ただし、EU 法の影響を受ける以前には、民間規格はあくまで事実上のも
のであるとされ、法令上の基準は別個に存在すると考えられてきた。また、当時の民間
規格は消費者利害をあまり反映しておらず、専門家団体といっても製造企業等と密接に
関わる技術者達が主たる構成員であった。消費者安全については民間の検定制度が存在
したが、任意であったため受検件数が低かった。また、消費者安全に関する監督行政機
関(労働安全とは違って州レヴェルに設置されていた)は、組織的に貧弱だった。
(2)制度的特徴
上述のように、基準(規格)策定段階における民間組織の役割の高さと、適合性評価に
際しての民活を指摘することができる。後者については、とくに技術監視協会
TÜV(Technische Überwachungs-Verein)の活動が注目される。TÜV は、元来は公益法
人(登記済み社団)だったが、検査検定業務に関わる部門は持ち株会社や株式会社に組織
1
2
3
1974 年 8 月 15 日食品および必需品法
1976 年 8 月 24 日薬事法
1979 年 8 月 13 日機器安全法(GerätesicherheitsG)
- 125 -
変更され、今日では世界各国で営利的業務を展開している。これは、EC のニュー・ア
プローチやグローバル・アプローチの影響によって、従来は独占的監視業務と考えられ
てきた安全検査にも競争原理が持ち込まれるようになったことに関わっている。競争的
環境の導入によって様々な企業が営利的活動を展開しはじめると、元来は官僚制的弊害
を抱える組織だった TÜV も次第に営利企業化していった。なお、ドイツの技術的安全
規制は長らく労働安全が中心だったが、家庭用製品やレジャー製品等の事故が急増して
くるにつれて、その分野でも個別分野ごとの規制が進められてきた。
2.
EU 法の影響
EC のニュー・アプローチとは、EC の立法機関と民間の規格制定組織の協働関係を、
一定の考え方に従って改革するものである。EC 指令(92/59/EEC) 4 では個別製品が満
たすべき最低限の安全基準(必須安全事項)のみを定め、それ以外の具体的基準は、欧
州標準化委員会(CEN)や欧州電気標準化委員会(CENELEC)等の民間組織に委ねる。
最大の特徴は、こうして制定された民間規格に適合する製品について、それは構成国の
国内法令上も安全基準を満たすものとみなす、と定めた点に見られる。従来は民間規格
は事実上のものに過ぎなかったが、今後は法的効果を持つことになったのである。さら
に、こうした規格の適合性評価について、グローバル・アプローチと呼ばれるものが採用
されている。これは、各種製品の危険性の程度に応じて規格適合性の評価方法を八つの
モジュールの中から柔軟に選択するというシステムである。危険性の高い製品について
は事前規制が残っているが、そうでない製品については事業者の自己確認と監督庁によ
る事後監督のメカニズムに委ねられるようになっている。このように民間規格制定機関
や製造事業者、さらには民間の検査検定機関を活用しながらEU域内市場での自由流通
を確保しつつ、監督行政機関は事後的な規制監督権限を分担する構造になっている。
こうした動向に対応して、ドイツでも 1997 年に「製品の安全性要件の規制及び CE 表
示の保護のための法律(製品安全法)」 5 が制定された。労働安全に重点が置かれている
わけではなく、製品安全に関わる一般法的性格を持つものであるが、事前規制(許認可制
度)に関する条項は一切含まれていない。この法律は、従来の個別分野ごとの安全規制か
ら漏れている部分を補完する形でつくられているからである。危険性の高い製品につい
ては、薬事法、遺伝子組換技術法、建築製品法等、個別的法律ですでに事前規制方式が
定められており、そうした領域には製品安全法は適用されない。また食品、化学物質、
武器等については、警告・リコールの条項だけが適用され、あとは適用除外になっている。
この指令は、2001 年に改正されている。改正内容等は、本報告書第 3 部第 7 章第 1 節「EU におけ
る消費者の安全保護法制」参照。
5 Gesetz zur Regelung der Sicherheitsanforderungen an Produke und zum Schutz der
CE-Kennzeichnung v.22.Apr.1997, BGBl.IS.934; ProduktsicherheitsG; Prod SG.
4
- 126 -
製品安全法の仕組みは単純で、まず製造者と流通業者に一般的安全義務を課し(4-6
条)、次にこの義務履行を監督する行政機関の権限を定めている(7 条以下)。しかし、
多くの特別規制法令や適用除外が存在する結果、ドイツの安全規制の仕組みは、全体と
して見ると非常に分かりにくくなっている。
行政機関の権限内容を見ておくと、主たるものとして流通禁止命令を出す権限があり、
この命令を出すにあたって(行政法学上「附款」と呼ばれる)条件付けを行う裁量的権限
が定められている(7 条)。製品の安全性について警告を発する権限(8 条)や、安全で
ない製品の回収命令権(9 条)もある。こうした行政側の権限と補完的関係に立つものと
して、事業者側の報告義務があるといえ、こうした相補的な仕組みによってドイツの製
品安全に関わる一般的法制度が成り立っている。なお、安全性の自己認証に関する CE
マークについては、その濫用を禁止する条文(14 条)がおかれている。
(参考)製品安全法の構成
3.
4条
製造者の義務
5条
流通業者の義務
6条
安全な製品
7条
行政庁の権限
8条
安全でない商品の警告
9条
安全でない商品のリコール
10 条
州法上の規制
11 条
照会および事後検査
12 条
教示と情報提供
13 条
連邦政府による製品安全についての命令制定権
14 条
CE マーキングの濫用禁止
15 条
過料規定
最近の消費者安全の動き
1999 年から 2000 年にかけて、ドイツでも BSE(狂牛病)危機が起こった。ちょうど
最近の日本のケースと同じように、当初は汚染の危険はないと言われていたが、あとか
ら大量の感染牛が見つかったことから連邦行政機関の責任が問われ、部分的な行政改革
へと繋がった。これまでドイツには消費者問題を担当する閣僚がいなかったが、これを
契機に消費者問題担当相が任命された。また従来の農業食糧省が消費者保護農業食糧省 6
に改称され、一定の改組が行われた。しかし、これは製品安全一般に関わる改革ではな
いし、その実態もあまり定かでない。もう一つ現在進行中の改革があり、2000 年以来の
6
Bundesministeriums für Verbraucherschutz, Ernahrung und
- 127 -
Landwirtschaft ; BMVEL.
議会討論の成果を受けて、2002 年 3 月には連邦政府が「消費者の健康及び生活手段の安
全性のための新組織に関する法律案」を完成させた。これは、リスク評価機関(連邦リス
ク評価研究所 7 )とリスク管理機関(連邦消費者保護食料安全庁 8 )を区分して設立し、
それぞれ分野横断的に活動させることを主眼としているが、その内容はこれから慎重に
評価する必要がある。
4.
あるべき消費者政策
消費者私法の研究者である Eike von Hippel 教授によれば、事前規制から事後規制へ
の重点変化という最近の一般的潮流にもかかわらず、今後はあらゆる分野で予防的規制
が強化されねばならない。事後的で個別的な対応を中心とする製造物責任法では充分で
なく、行政府による予防的対応が必要である。とくに消費者製品に含まれる様々な化学
物質について急いで分析を進めるべきであり、規制強化に抵抗する経済勢力が強いこと
に鑑みれば、懲罰的損害賠償の導入や課徴金による利益吸収のような負担を課すことも
考慮されてよい。
第二に、訴訟にのらないような消費者トラブルの救済策を整備する必要がある。また、
消費者安全に関わる組織強化も必要である。これは消費者団体の強化だけでなく、行政
諸機関の集権的改組、議会における専門委員会の設置等、総合的に進められねばならな
い。私法の専門家であるにもかかわらず、Hippel は、行政庁に消費者被害に対する賠償
命令権を与えることで消費者団体による損害賠償訴訟よりも一層効果的な安全規制が可
能になるだろう、と主張している。
5.
まとめ
以上の考察から、製品安全に関するドイツ特有のコンセプトが抽出できるかといえば、
個別分野ごとに立法されてきた歴史的経緯からしても、それは困難であると言わざるを
えない。むしろ今日では、EU 法の展開に主導される形でドイツの安全行政が進められ
ている。1970 年代以来、ドイツでは消費者安全に関するまとまった政策文書は作られて
おらず、BSE 問題を契機とする 2000 年以来の議論の成果がどう現われてくるか、今後
見守っていきたいと思う。
7
8
Bundesinstituts für Risikobewertung.
Bundesamtes für Verbraucherschutz und Lebensmittelsicherheit.
- 128 -
第5節
1.
アメリカにおける食品の安全法制
食品一般に対する安全保護法制の概要
食品一般の安全保護に関するアメリカ連邦法の基本は、食品薬品化粧品法 1 である。同
法は 1906 年に制定されたものであり、その後幾度か大幅な改正を経ているが、米国初
の消費者保護法と言われている。同法の施行に関わる中心的機関は、保健福祉省に属す
る連邦食品薬品局(FDA)2 であり、非常駐の検査官約 1,100 人を擁している。この数字
は、日本に比べると少ないように思われるが、アメリカでも肉類と卵は農商務省管轄と
して別扱いとなっており、こちらは約 7600 人の常駐検査官を抱えている(ので、単純
な比較は出来ない)。
食品薬品化粧品法の規制対象は、食品(肉類と卵を除く)のほかに、薬品、医療機器、
化粧品を含んでいる。主要な禁止行為は、州際通商における食品等の「悪化」
(adulteration)と「誤った表示」(misbranding)であるが、この「悪化」及び「誤った表
示」という概念は、かなり広い意味を与えられている(詳細は下記参照)。
(1)食品「悪化」の定義
「悪化」の定義に関してとくに重要なのは、食品が「⑤汚染され、又は健康に害が生ずる
おそれのあるような不衛生な状態で調理、包装、保管されていること」を禁じる規定であ
る。これは(実際には有毒物質等を含んでいなくとも)不衛生な状態に曝されているだ
けで「悪化」した食品とみなすものといえ、この「不衛生な状態」にあたらないための条件
として、魚介類とジュースについては HACCP が規則上義務づけられている。一般的語
意からはさらに逸れるが、「⑨有効成分が除かれている」場合、「⑩損傷または劣化が隠さ
れている」場合、そして「⑪量を増やしたり、品質を下げたり」してある場合等も、同法で
規制される「悪化」した食品とみなされることになっている。日本の食品衛生法 4 条およ
び 5 条と比べてみると、この⑨∼⑪がアメリカ法の特徴になっていることがわかる。
①健康に害が生ずるおそれのある有毒又は有害な物質を含むこと
②安全でない有害又は有毒な物質を添加していること
③規則の定める安全でない農薬を含んでいること
④汚染された物質を含む等、食物として適さないこと
⑤汚染され、又は健康に害が生ずるおそれのあるような不衛生な状態で調理、包装、
保管されていること(魚介類とジュースは HACCP が規則で要求されている)
1
2
Food Drug, and Cosmetics Act(1906).
Food and Drug Administration.
- 129 -
⑥病死又はと畜以外で死亡した動物の肉による製品であること
⑦容器が健康を害するおそれのある有毒又は有害な物質を含むこと
⑧規則に従っていない放射線を意図的にかけたこと
⑨有効成分が除かれているか又は他の物に代えられていること
⑩損傷又は劣化が隠されていること
⑪量を増やしたり、品質を下げたり、外観を良くするために物質を混入したこと
⑫安全でない発色剤を含むこと、など
(参考)
※日本の食品衛生法4条
①腐敗・変敗し、又は未熟な食品、②有毒又は有害な物質を含有し又は付着した
食品(健康を害するおそれがないとして省令で定める場合を除く)、③病原微生
物による汚染又はその疑いがあり、健康を害するおそれがある食品、④不潔、
異物の混入その他の事由により、健康を害するおそれがある食品、の販売・製
造等を禁止
※食品衛生法5条
省令で定める病気で死んだ家畜又はへい死した家畜の肉の販売・加工等を禁止
(2)食品の「誤った表示」の定義
他方、「誤った表示」の定義については、最初に「①何らかの点でその表示が虚偽又は
誤認的であること」という包括的規定がおかれており、続いて規制行為類型が列挙されて
いる(以下参照)が、これを日本の食品衛生法 12 条と比較した場合、「公衆衛生に危害
を及ぼす恐れ」のない場合も一括して食品薬品化粧品法で規制している点にアメリカ法
の 特 徴 が ある と い える( 日 本 で は景 表 法 や不正 競 争 防 止法 に よ る表示 規 制 に 委ね て い
る。)。
なお、食品薬品化粧品法は連邦法であり、したがって食品等が州際通商に関わる場合
にしか規制対象とならないのが建前であるが、実際には、食品等の「悪化」や「誤った表示」
を反証がない限り州際通商に関わるものとみなす規定をおいて(おり、それによって同
法の広範な適用可能性を保証して)いる。
①何らかの点でその表示が虚偽又は誤認的であること
②違った食品の名前で販売提供されていること
③誤認的である容器が用いられていること
④包装に製造者又は販売者の名前と住所が記載されていないか、内容に関して正確な
重量、大きさ、数が記載されていないこと
⑤規則によって定義がなされた食品であることを表示しているのに、品質又は基準が
- 130 -
規則の定める基準に適合していないこと
⑥その品質が規則の定める水準を下回ることを表示していないのに、品質が規則の定
める水準を下回っていること
⑦表示が通常の食品名を記載していないこと、又は果汁を含む飲料と表示していなが
ら、野菜又は果物の果汁が含まれる割合を示していないこと
⑧ダイエット用と表示しながら、ビタミン・ミネラル等に関する情報を表示していな
いこと
⑨人工着色料、人工香料、合成保存料を含んでいるのに、その事実を示した表示をし
ていないこと
⑩収穫後に農薬を用いた生の農産物について、出荷用の箱に農薬の存在、その農薬の
通称名、機能を表示していないこと(箱から出して販売する時を除く)
(参考)
日本の食品衛生法 12 条
「公衆衛生に危害を及ぼすおそれのある」虚偽又は誇大な表示又は広告のみを禁止
→公衆衛生への危害のおそれのない誤認的表示は、原則的に景表法による規制(又
は不正競争防止法の規制)に委ねられる
食品添加物に対する特別の規制
・新規の食品添加物は安全性を FDA に証明し、承認を得た上で販売が可能
・動物又は人体に発ガン性のある食品添加物は承認されない
(判例では、ダイエット補助は食品添加物ではなく、食品とされている)
薬品に対する特別の規制
・製造業者は FDA への登録制。品質管理の義務づけ。
・新薬は有効性と安全性を販売前に FDA に証明し、承認を得たうえでのみ販売可
能
・処方薬に関する副作用・事故情報の提供義務、記録の保存義務
医療器具に対する特別の規制
・製造業者は FDA への登録制。品質管理を義務づけ
・身体に直接つける医療器具等は薬品と同様に FDA の事前の承認が必要
・事故情報の提供義務、記録の保存義務
2.
食品薬品化粧品法のエンフォースメント
食品薬品化粧品法の執行には、まず海事法の対物手続が適用され、FDA が真実である
と宣誓した主張を記載した訴状を出せば、法律違反の存在を立証しないでも書記官が差
押え令状を発することになっている。これによって差し押さえられた食品等の流通は阻
止され、次いで没収手続が始まるが、もしこの段階で所有者等が異議を述べれば、通常
- 131 -
の民事訴訟手続に立ち返って違反の有無が争われることになる。もちろん、そこで違反
がないと判断されれば、差押えは解除される。逆に所有者等の異議が退けられた場合、
FDA は没収を実施に移すが、没収品を実際に破棄してしまう前に、一定条件付きでその
再利用を認める旨の決定を下すこともある。
ところで、食品については回収命令(リコール)の法制度はないが、FDA はまず自発
的な商品回収を営業者に要請するのが通例であり、営業者側もそれに従うのが通常であ
る。回収要請に従わない例外的な営業者に対してのみ、FDA は上述のように差押え・没
収を申請するか、あるいは(後述するように)裁判所にインジャンクションを請求する
が、営業者が FDA の要請を無視して自発的回収を行わない場合、製造物責任法による
損害賠償請求訴訟において実損害の賠償に懲罰的損害賠償を加重する根拠とされること
が多く、これが自発的回収要請の実効性を支えているといわれている。以上の執行手続
を日本の食品衛生法 22 条および 23 条と比較してみると、日本法には営業禁止命令とい
う強力な(事後的)措置が用意されているのに対し、アメリカ法には対物手続による差押
えという(機動的)制度が用意されているといえる。また、米国はリコール実績が極めて
多く、FDA の回収要請と差押え・没収を合わせると毎年 3,000 件にものぼる。
アメリカでは、裁判所によるインジャンクション(差止命令)は裁量的に行使されてお
り、対象さえ限定されていればほとんど何でも命令できるという感じさえする。食品に
ついても、FDA は法律違反を制止するためにインジャンクションを請求できるとされる
が、その内容は営業停止、商品回収等、様々な作為命令を含んでいる。なお、裁判所の
インジャンクションに違反すると、裁判所侮辱としての制裁を受けることになる。最後
に刑事罰についていえば、法律の規定上は日本法と大差ないが、経営者に対する禁固の
実刑判決が多くなっているのが、独禁法等も含めてホワイトカラー犯罪に対するアメリ
カ法一般の特徴といえる。なお、判例等の詳細については別紙参照のこと。
(参考)Food Drug and Cosmetics Act
①
のエンフォースメント
対物手続による食品等の差押えと没収
海事法の手続が適用され、FDA が事実であると宣誓した主張を記載した訴状を出せば、
違反を立証しないでも書記官が差押え令状を発する。没収手続で所有者等が異議を述べ
れば通常の民事訴訟手続で違反の有無が争われることになり、違反がないと判断されれ
ば、差押えは解除される。
例
United States v. 29
Cartons of ---an Article of Food, 987 F.2d 33 (1st. Cir.
1993)
ダイエット補助として販売されているゼラチンのカプセルに入った黒すぐり油の箱
を FDA が差押え。没収の請求に対して異議があったため、ダイエット補助が食品添加
物であるかどうかが争われたが、裁判所はダイエット補助は食品添加物ではなく、販
- 132 -
売するのに事前に認証はいらないとして、FDA の請求を棄却。差押えは解除。
異議が退けられた場合には、FDA により没収されるが、廃棄前に FDA により一定の
条件を満たせば再利用を認めるとの決定が出されれば、その条件を満たすことで再利用
ができる。
U.S. v. 155/137 Pound Burlap Bags, (E.D. Va. 1993)
例
倉庫に保管されていた大量のカカオ豆を FDA が差押え。没収の請求に対する異議に
おいて、カカオ豆が不衛生な状態で保管されていたかどうかが争われ、裁判所は 90%
のカカオ豆が不衛生な状態で保管されていたとして、その分について没収を決定。そ
の後、一定の再処理を施すことによって食用として安全になると FDA が認めたため、
再利用。
・食品には回収命令の制度はないが、それは回収命令を出さなくても、FDA が適切な場
合には対物手続で物の差押えが可能である反面、消費者が食べてしまった食品について
は回収できない。
参考)
日本食品衛生法 22 条:廃棄・除去命令
23 条:営業許可の取消、営業の禁止・停止
・FDA は、一般的にはまず自発的な商品回収を営業者に要請し、営業者はそれに従うこ
とが通常。従わない場合に、FDA は差押え・没収を申請するか、裁判所にインジャンク
ション(製品回収命令も可能)を請求する。
(自発的な回収と差押えをあわせて年間 3,000 件− FDA のホームページ及び新聞等で公
表)
(商品回収の要請に対して自発的に回収しない場合には、製造物責任による損害賠償請
求訴訟において、実損額の賠償に合わせ、懲罰的損害賠償を陪審が認める根拠とされる
ことが多い)
②
裁判所のインジャンクション(差止命令)の請求
・FDA は食品等に関する悪化又は誤った表示の法律の違反を制止するために差止命令を
請求できる。請求できる内容は作為を含み、営業停止、商品回収等広い範囲に及ぶ。
例
United States v. Blue Ribbon Smoked Fish, Inc., (E.D. N.Y. 2001)
魚介類とジュースについては FDA の規則で製造工程の HACCP を実施することを
義務づけているが、被告の水産加工会社では、規則によって要求された適切な
HACCP を実施しておらず、また、実際に不衛生な状態で加工をしており、臨検によ
りリステリア菌が発見されていた(食中毒は必ずしも報告されていなかった)。そこ
で、FDA は 6 年間数回にわたり改善方を指導したが、ほとんど改善されないため、
裁判所に対し、工場の完全な清掃と衛生化、リステリア菌の検査を外部の専門家に
- 133 -
行わせること、FDA の承認する HACCP を実施すること等の条件を満たすまで、被
告の役員、従業員等は当該工場又は他の場所で食品を加工、包装、販売等してはな
らないとする差止命令を求めて提訴。
裁判所は、331 条違反の食品の「悪化」があり、将来それが繰り返されるおそれが
あるとして、FDA の求める本案的差止命令を発する。
・裁判所の差止命令に違反すると、裁判所侮辱として制裁を受ける。
③
刑事罰
1 年以下の禁錮(軽罪)
過去に処罰歴のない違反の場合
詐欺の意図のある違反又は過去に処罰歴のある違反
3 年以下の禁錮(重罪)
(法人の罰金は 1984 年罰金改革法が適用される:違反による利益又は損失の 2 倍が上
限)
・経営者に対する禁錮の実刑判決が多い
United States v. Mays, (W.D.Ky. 1994), aff ’md, 69 F.3d. 116(6th Cir. 1996)
例
100%のオレンジ・ジュースと表示しながら、隠していた装置で大量の砂糖を混入
して販売していた行為に対し、判決は、食品の悪化と誤った表示の違反、その他郵
便詐欺等の違反を認め、量刑ガイドラインに従って、代表者には 104 ヵ月の禁錮、2
人の責任者はそれぞれ 80 ヵ月の禁錮を命ずる。
例
United States v. Kohlbach, 38 F.3d 832 (6th Cir. 1994)
100%のオレンジ・ジュースと表示しながら大量の砂糖を混入して販売していた行
為に対し、消費者の損失を 1,030 万ドルと推計したうえで、代表者に対して 8 ヵ月
の自宅謹慎、罰金 10 万ドルの罰金を命じた一審判決に対し、司法省のガイドライン
に基づく量刑不当の控訴を認め、破棄差し戻し。
参考)日本の食品衛生法:30 条(3 年以下の懲役、20 万以下の罰金)
- 134 -
第8章
第1節
1.
私法による安全の確保
ドイツにおける製造物責任論の展開
製造物責任に関する判例法の展開
製品の欠陥によって損害を被った被害者が製造者の責任を追求するケースが、その他
一般の事故損害からカテゴリカルに区別されるようになったのは、ドイツでは戦後 1960
年代に入ってからであったが、すでにライヒ裁判所時代から、製造者の「社会生活上の義
務」違反を認定して、不法行為責任の一般条項(BGB823 条 1 項)を適用し、製造者の
責任を認めた若干の判決が見られた。ここで「社会生活上の義務」とは、危険源を創設し
たものが他人の権利法益侵害をもたらさないよう適切な措置を講じるべき注意義務をい
う。
1968 年の鶏ペスト事件判決(BGHZ51,91)は、当時学説において展開されていた様々
な責任追求構成を詳細に検討したうえで、製造物責任を不法行為構成で処理する方向を
打ち出した。また、この判決は、過失証明責任の転換を図り、被害者が製品の客観的欠
陥の存在を示せば、無過失の証明は製造業者の側で行わなければならないと判示した。
なお、この判決では、製品の欠陥が(流通過程ではなく)製造業者の領域で発生したこ
との証明責任は被害者側にあるとされていたが、この点については、その後の判例法で
さらに証明責任の一部転換が行われた。また、欠陥と損害発生の因果関係についても、
後の判例で表見証明による立証の軽減が認められるようになった。
ドイツ製造物責任論の中核たる「社会生活上の義務」の範囲およびそれに関する違反認
定は、判例法の発展を受けて、a)設計上の欠陥、b)製造上の欠陥、c)指示・警告上の欠
陥、d)流通後の製品監視義務、e)回収義務等に類型化され、細かく論じられるようにな
っている。
a) 設計上の欠陥
設計上の欠陥は、製品が、その設計について要求されている安全基準を下回っている
ときに存在する。設計において、法令や安全基準(工業規格等)に準拠すること、国家
機関の検査、許認可、型式認定、特許を受けたことは免責事項とはならない。
b)製造上の欠陥
製造上の欠陥は、製造過程の不具合の結果、問題のない設計通りに製造した場合に獲
得できたであろう安全水準を示していない場合に存在する。個別製造過程において、人
的にも技術的にも完全を期すことは不可能であるため、検査等による品質管理を十分に
- 135 -
行っていたか否かが重要となる。製造上の管理義務は高く設定されているため、アウス
ライサーの抗弁はほとんど認められていない。
c)指示・警告上の欠陥
指示警告上の欠陥は、当該製品の危険性について製造者が危険を指摘しなかったこと、
指摘したがそれが不十分・不明確であったこと、危険を些細なものに思わせる指示を行
ったことなどに存在する。技術的に、設計・製造段階で除去できない危険がある場合、
その危険について製造者から指示・警告が与えられることが重要となる。指示・警告の
範囲は、法令に定めがあれば、それは最低基準を示すものとなる。
平均的利用者が生活経験知識上判断できる危険については、指示・警告義務はない。
流通後にも、監視義務の遂行等により認識できるようになった危険について、警告義務
が発生することはある。
d)流通後の製品監視義務
製造者は、流通に置いた製品を、他社の競争製品とともに、密度を逓減しつつもその
安全性について、永続的に監視する義務を負う。製造者は、苦情や事故情報を受け付け
るだけでなく、情報を積極的に収集分析する必要があり、場合によっては、最新の学会
報告や学術論文を検討する必要もある。
自社製品が他社製品と結合して使用が予定されている場合等には、結合による危険性
についても監視義務が及ぶ。
e)回収義務
自主回収行動は、安全、倫理や社会的信用の考慮によってのみならず、回収について
義務づけられているというイメージによっても動機づけられている。回収は、相当な経
済的負担を伴うため、回収義務が承認されるケースは限定的である。一般公衆も危険に
さらされ、被侵害法益が重要であるほど回収義務は認められやすい。利用者に危険がと
どまる場合には、警告で十分であることが多いが、利用者の警告軽視が危惧されるケー
スで、より多くの人が警告よりも回収に従う可能性が高い場合に回収義務が承認される
ことがある。
製品そのもの自体の欠陥に問題がとどまる場合には、回収義務は発生しない。回収義
務がある場合、製造者は、原則として、無償で点検、修理、交換を行うことになり、場
合によっては価格賠償義務を負うことになる。
2.
ドイツ製造物責任法と不法行為法の優越
ドイツでは、従来判例によって製造物責任の不法行為構成が具体化されてきたが、EC
指令の採択を受けて、1990 年には製造物責任法が施行された。
しかしながら、同法施行後も、製造物責任に関しては不法行為法に基づく訴訟の方が
- 136 -
多い。これは、以下のような諸々の点について、製造物責任法に対する不法行為法の優
越が認められるためだと考えられる。
(ⅰ)不法行為法では製品に関する警告・管理義務を負っている販売業者についても
責任追及できるのに対し、製造物責任法 4 条では、表示製造者、輸入業者およびそれら
が特定できない場合の供給者に責任主体が限定されている。
(ⅱ)製品流通後の監視、警告、回収義務違反を理由とする損害賠償請求は不法行為
法によってのみ可能であり、製造物責任法上の責任対象は、流通(開始)時に存在して
いた欠陥に限られる。
(ⅲ)時効期間の計算は、不法行為法の方が被害者に有利である。
(ⅳ)製造物責任法 10 条、11 条には製造者側の責任最高限度額や被害者側の自己負
担額が設定されているが、不法行為法にはこのような制限はない。
(ⅴ)慰謝料請求は不法行為法でのみ可能。
(ⅵ)営業用の物の毀損を理由とする損害賠償請求もやはり不法行為法のみ。
なお、製造物責任法以外の特別法では、被害者側にさらに有利な規定が置かれている
場合がある。薬事法、遺伝子工学法、環境責任法等に関わる責任追及では製造者側の開
発危険の抗弁が排除されているほか、証明責任の転換、因果関係の推定、被害者の情報
開示請求権が定められている。情報開示請求権については、その請求の条件や範囲につ
いて細かな規定が置かれている。
3.
製品安全法と私法上の製造物責任
製品安全法(1997)は、製造業者、流通業者に公法上の義務を遵守させることによっ
て、消費者が安全な製品を私的に利用できるようにすることを目的とし、損害賠償責任
の追求を可能ならしめる規定は持たない。公法たる製品安全法と私法上の製造物責任の
関係については、まず製品安全法上の安全基準と、BGB823 条 1 項に基づいて判例法に
よって展開された「社会生活上の義務」観念に含まれる安全基準の関係が問題となるが、
この点、判例法上の製造物責任は「最新の科学技術の水準」による安全維持を志向してお
り、これは製品安全法のより緩やかな基準(「一般に承認されている技術基準」)によっ
て引き下げられるものではないといわれている。第二に、製品安全法と製造物責任につ
い て は 、 個人 保 護 を目的 と す る 法規 定 違 反者の ( 私 人 間) 損 害 賠償責 任 を 定 めて い る
BGB823 条 2 項も問題となり、形式論理的には、製品安全法上の義務(4 条ないし 5 条)
違反を理由にして同規定に基づく損害賠償を行うことも可能である。しかし、製品安全
法上の安全基準や責任主体は、BGB823 条 1 項におけるそれを超えるものではないので、
これによって私法上の製造物責任の厳格化がもたらされるとは考えられていない。
なお、製品安全法成立以降の製造物責任に関する BGH 判決に、以前と異なる傾向は
- 137 -
見られない。
4.
まとめ
まず、製造物責任法が制定されたことの意義に関して、ドイツにおいては製造物責任
法施行後も、BGB823 条 1 項に基づいて展開された判例法が主要な役割を演じているこ
とを指摘できる。日本の製造物責任法に対しても当初期待されていた程には活用されて
いないのではないかとの評価があるが、いわゆるイシガキダイ事件のような判決も出て
きており、両国において製造物責任法が制定されたことの持つ意義が異なるか否かは、
今後の判例法や従来の一般不法行為法下における責任認定状況(ドイツ不法行為法にお
いては証明責任の転換や表見証明等被害者に有利な理論を確立していた)を含めて、検
討する必要があるといえよう。第二に、公法・私法の関係についてみると、ドイツでは
BGB823 条 2 項によって二つの領域の結合点が設定されているのが注目される。これは
不法行為法の保護法益が限定列挙されているドイツだから意味を持つ制度だともいえる
が、公法分野の立法が直接私法上の損害賠償の範囲に影響を及ぼすという発想自体、興
味深いものといえよう。第三に、製造物責任法の隣接重複領域にある環境被害やバイオ
製品被害、薬害に関する法制においては、開発危険の抗弁の排除や、被害者の情報請求
権の承認等によって、一般的製造物責任よりも被害者が厚く保護されている点が注目さ
れる。最後に、危険予防に関係して、ドイツでは民法、不正競争防止法 1 条を根拠とす
る回収請求権等が議論されることもあるが、判例はこれを認めることに消極的であるし、
政策的意義にも疑わしい。予防については、ドイツでもやはり行政が中心的役割を果た
していると思われる。
<参考文献>
1. 浦川道太郎「第3節 EU 各国の製造物責任Ⅱドイツ」小林秀之編『新製造物責任法大系Ⅰ〔海外編〕
新版』(1988)。
2. 椿寿夫=右近健男編『注釈ドイツ不当利得・不法行為』823 条[右近](1990)。
3. 春日=松村=福田「ドイツ環境責任法」判タ 792 号(1992)。
4. 北川友子「製造物責任における調査結果保全義務」早稲田大学大学院法研論集 76 号(1996)。
5. Hrg.von Westphalen, Produkthaftungshandbuch1,2(1997,1999).
6. Klindt,ProdSG,2001.
7. Kullmann,Die Rechtsprechung des BGH zum Produkthaftpflichtrecht in den
Jahren 1998-2000, ;1998-2000,NJW2000,1912;2002,30.
- 138 -
第2節
1.
フランスにおける製造物責任論の展開
フランス製造物責任法の特徴
フ ラ ン スに お け る製造 物 責 任 法の 概 要 を述べ る 。 フ ラン ス の 製造物 責 任 法 の成 立 は
1998 年と EU で一番遅かったが、成立が遅れた理由がフランスの製造物責任法を理解す
るうえで重要な要素となってくる。
フランスの製造物責任法の特徴を一言でいうと、それが当初、契約責任から基礎付け
られてきたということである。売買目的物の瑕疵担保責任を規定するフランス民法 1641
条は、défauts の語を用いている。現在のフランスでは「瑕疵」を意味する語に通常 vice
を使っているが、フランス民法では「欠陥」と「瑕疵」は、同義で使われることがある
わけである。その同じ défauts の語が、フランスの製造物責任についての規定である、
フランス民法 1386 条の 1 で、製品の「欠陥」の意味で用いられている。つまり、フラ
ンスの製造物責任法は、その用語の選択からして、瑕疵担保責任の特別法であるという
ことが示唆されるのである。
したがって、フランスの製造物責任は、契約責任の概念、売主の責任の概念の延長と
して理解されており、実際にフランスの判例をみると製造物責任法の成立の前には、瑕
疵担保責任から製造物責任と同等の責任を認めるための解釈論が展開されていた。
このように判例が、製造物責任を契約責任として構成したことは、その解釈にいくつ
かの影響を及ぼした。まず、製造物責任を契約責任と構成すると、消費者とメーカーの
間には直接の契約関係がないのに契約責任が問えるのかという問題が生じる。これにつ
いてフランスの判例は、瑕疵担保責任は物が転々譲渡された場合、物に伴って責任が移
転するという構成をとることで解決した。この構成をとれば、製造者の責任は製造物と
ともに移転していき、消費者の製造者への責任追及が可能であることになるが、同時に
この構成をとったことで、製造者だけでなく、中間供給者も製造者と同等の責任を問え
ることになった。
また製造責任が契約責任(瑕疵担保責任)であるということから、製造物の欠陥とい
う概念が、契約当事者の期待に反するもの、あるいは売主が契約の内容として保証して
いる性質という、広い意味でとらえられている。製品の安全性を欠くことは、売主であ
れば当然安全な製品を提供しているであろうという買主の期待を裏切る場合の一つの例
にすぎず、したがって製品の安全性だけが欠陥ではないという意識があった。これは製
造物責任法の起草過程の議論に反映したので、後述する。
また製造物責任を瑕疵担保責任としてとらえるなら、損害の賠償の範囲は物の代金に
- 139 -
限られることになりそうである(1641 条の通説)。しかし、判例は売主が事業者の場合、
悪意の売主と擬制して、賠償範囲を拡大するという考え方をとることで、製造物責任の
賠償範囲を拡大した。
2.
立法経緯
このような判例による消費者保護の努力がなされている状況で、1985 年の EC 指令は
出された。このため、フランスの民法学者からは、EC 指令はフランス判例に比べ消費
者保護が不十分であるとして、これに消極的、批判的な意見が多かった。しかし、とり
あえず立法作業が開始された。
立法作業開始当初に作られたゲスタン草案では、欠陥とは買主の期待を裏切ること、
との考えが反映された。欠陥概念は、「物の安全性の欠如」と、「合意した品質の欠如と
通常の用法に適さないこと(適合性の欠如)」との 2 本立てになっており、両方が製造
物責任によって責任が問えるとなっていた。しかしこの草案は廃案になった。
1997 年のカタラ議員によるカタラ草案も、ベック報告書により廃案となった。廃案の
理由はフランス法はすでに指令の基準をみたしているというものであった。しかし、フ
ランスが EC 指令に背き続けると罰金を科されるおそれがあるため、最終的に 1998 年
に立法がなされた。
フランスで抵抗が大きかった理由は、産業界からの開発危険の抗弁を認めよという要
求があったからである。最終的にフランスは開発危険の抗弁は導入するという決断を下
したが、薬品等についてすべて開発危険の抗弁を認めるのは問題とされ、免責抗弁につ
いて適用除外を定めるなど EC 指令にない保護規定を導入し、妥協をはかった。
最終的に製造物責任法は、民法の中に 1386 条の 1 から 1368 条の 18 までとして挿入
された。しかし現在までのところ、製造物責任規定が使われたもので、判例集に掲載さ
れた判例は、汚染牛肉を売却したという 1 件しかないようである。
3.
立法後の経緯
2000 年 1 月、EC 委員会は、フランスの立法は EC 指令に反しているので、EC 裁判
所に提訴するという決定をした。委員会の批判点は、フランス製造物責任法が、
(ⅰ)私的利用物だけでなく、商事利用物への損害に範囲を拡大、
(ⅱ)すべての事業供給者を責任主体とした点、
(ⅲ)免責抗弁についての適用除外要件を定めた点、
(ⅳ)賠償限度額をもうけなかった点であった。
これに対し、フランス国内は学者、国民議会とも反発し、消費者保護に厚いフランス
- 140 -
製造物責任法を擁護した。
4.
個別の論点
個別の論点として製造物責任法がどのようになっているかという点だが、製造物はす
べての動産、電気も含まれるとされる。また、人体の構成要素または人体からの産物も
製造物と認めている(1386 条の 3)。そして、前述のように全事業供給者を責任主体と
する(1386 条の 7)。
1386 条の 5 において、「流通におかれた時点」の解釈としては、製造者が自発的に製
造物を流通に置いた時点とされ、一度だけ流通に置かれるものとした。全供給者を責任
主体としたが、責任期間制限のカウントが進行するのは、各供給者ごとではないことを
明らかにしたものである。
立証責任について、一部学説では、製造物責任法が無過失責任であることが評価され
ているが、国民議会の報告書では、法が欠陥と損害の因果関係の証明を被害者に負わせ
ているため、責任根拠として過失を欠陥に置き換えたことのメリットを減殺しているこ
とを指摘しており、消費者保護としては不十分であるという認識があるようである。報
告書では、裁判所の命令によって鑑定費用を製造者側に一時負担させるという方法で、
鑑定制度を積極的に活用する立法を提案している。これはゲスタン草案に存在したアイ
デアである。
このような消極的評価の多いなかで、製造物責任規定の導入で消費者が有利になった
と積極的に評価されている点は、流通開始後の欠陥について立証責任転換がされている
ことである。
1386 条の 12 で、1386 条の 11 の 1 項 4 号(開発危険の抗弁)、同 5 号(欠陥が、法
令の定める強制的基準に適合させたことに帰せられること)の免責事由を援用できない
場合が規定されている。それは欠陥が判明後に適切な措置をとらなかった場合である。
これは、欠陥のある製品であることを知りながら流通させていること自体が過失である
との考え方により、当然のこととされている。
保護される損害の範囲としては商業利用物への損害も賠償範囲となっており、消費者
保護を超えて、事業者の損害保護にも活用できる。この規定は、全供給者が責任対象で
あることから、責任追及を受けた供給者が、自分より上流にいる供給者または製造者に
対して、責任追及することを意識したものであると思われる。賠償限度額についても限
度を導入していない。
5.
まとめ
- 141 -
このようにフランスでは製造物責任について契約責任から出発し、そのことが製造物
責任の責任主体や賠償範囲等に影響を与え、結果として作られた法律にも、EC 指令と
は異色の規定が設けられる結果となったように思われる。現在の製造物責任の規定自体
は、契約責任でも不法行為責任でも無いという説明がなされているようであるが、契約
責任から議論が出発したことによる影響は無視できない。
もちろん、このことからわが国の製造物責任法も契約責任から構成すべきであるとい
う結論には直結しない。しかし、フランスの議論からは示唆を得ることができる。たと
えば、契約責任と構成することで、フランスの欠陥概念は「消費者の期待」を意識した
ものとなっている。わが国では製品の安全性というと、絶対的な基準があるように思わ
れがちだが、実際には「高いがより安全な製品」と「安いが普通の安全性の製品」を選
択する消費者の自由も存在する。消費者保護を考えるうえで、消費者が自己の期待に応
じて選べる安全性と、絶対的な最低限度の安全性を区別する必要性があり、フランスの
議論はそのことを意識させてくれる。
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