平成 25 年度 一般財団法人 長崎県浄化槽協会 水環境保全助成事業 事業報告書 事業担当者: 和田 実 (長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科) 平成 26 年 3 月 目次 事業の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 実施項目1.浄化槽処理水の BOD 値(公定法)と脱水素酵素活性による酸素消費 量の見積の比較解析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 実施項目2:低温条件が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 実施項目3:次亜塩素酸が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 実施項目4:抗生物質添加が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 -1- 事業の概要 課題名: 微生物の脱水素酵素活性を指標とした浄化槽の機能評価に関する研究 事業目的及び概要: 長崎県内に設置された浄化槽から採取された試料について,微生物群集の脱水素 酵素活性を測定し,公定法である BOD 値との相関を明らかにするとともに,温度 変化や消毒処理,洗剤や抗生物質などの化学物質が,試料の脱水素酵素活性に与 える影響を明らかにする。試料の採取と分析,およびデータ処理において,相互 に技術指導・解析補助を行う。 事業実施期間: 契約締結日~平成 26 年 3 月 25 日 事業実施場所: 長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科 事業担当者: 和田 実 (長崎大学大学院 海洋微生物生態学研究室 水産・環境科学総合研究科 事業経費の報告: 別添の会計報告を参照のこと。 -2- 准教授) 実施項目1.浄化槽処理水の BOD 値(公定法)と脱水素酵素活性による酸素消費 量の見積の比較解析 【背景と目的】 浄化槽処理水の水質検査においては,汚染度を把握するために公定法として BOD (生物学的酸素要求量)による基準が定められている.しかしながら,BOD 値は 通常 5 日間の溶存酸素濃度の減少から求めるため,結果を得るまでに長時間と多 くの手間を必要とし,多検体を測定する際は困難を伴う.したがって,そのよう な困難を回避し,高感度に多数の試料の酸素要求量(酸素消費速度)を見積もる 手法の開発は,水環境の保全を進めるために大きな意義をもつ。 水圏微生物生態学分野においては,水中の微生物群集の脱水素酵素活性を求め, 間接的に酸素消費速度を推定する手法が知られている。この測定方法は,水溶性 で無色のテトラゾリウム化合物の一種である 2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロ フェニル)-5-フェニルテトラゾリウム クロリド(以下,INT)が,おもに細菌の 細胞膜上に存在する呼吸鎖の脱水素酵素によって還元され,INT-ホルマザンと呼 ばれる不溶性で赤色の還元型 INT に変化することを利用している(和田 2003)。 1mol の INT が1mol の電子による還元を受けて1mol の還元型 INT を生成すると き,1/2 mol の溶存酸素の還元(つまり酸素消費)がおこると仮定して,酸素消 費量を計算できる.この手法は,さまざまな水環境試料に適用可能であり,1 日 程度の培養後に結果を得ることができる. 昨年度(平成25年度)に初めて浄化槽処理水を試料検水として,公定法であ る BOD 測定値と脱水素酵素活性による酸素消費量の見積を求め,両者の相関に関 する予備的な検討を行い,概ね良好な正の相関関係を見たが,その普遍性を示す のに充分な検体数の分析をしておらず,脱水素酵素手法の BOD の代替手法として の有効性について再現性を確認する必要がある。そこで,本年度の事業では2基 の浄化槽処理水について昨年と同様の手順で分析を行い,検体数を増やし,再現 性を確かめることを目的とした。 【方法】 1:検水の採取と希釈および有機物の添加処理 2014 年2月18日および同年 3 月 3 日に,それぞれ長崎市内で稼動している2箇 所の BOD 除去型浄化槽の消毒槽手前部分より,約3L の水を採取して分析の原水 とした。2014 年 2 月 18 日の検水については,その一部を滅菌した純水で 2 倍お よび 4 倍希釈するとともに,原水に滅菌された酵母抽出物(オリエンタル酵母 B2) を最終濃度 0.1g/L となるように加えたものと,その検水を 2 倍希釈したものを 調整した.検水の希釈率および酵母抽出物添加の有無を記した(表1). -3- 表1.2014年 2 月18日採集分の検水処理一覧(検水番号①~⑦) また,2014年 3 月3日採集分の検水については,表2のように酵母エキスの 添加量を増やし,最大で 1.0 g/L となるようにした(検体⑤)。 表 2. 2014 年 3 月 3 日採集分の検水処理一覧(検水番号①〜⑦) 2:脱水素酵素活性測定手法による検水の酸素消費速度の見積 表1および2にある番号①~⑤番の各検水 38ml を容積 50ml の滅菌済み遠心管に 移し入れ,ろ過滅菌された 2-(4-ヨードフェニル)-3-(4-ニトロフェニル)-5-フェ ニルテトラゾリウム クロリド(以下,INT と記す)水溶液(0.1%v/v)4.5ml お よび 2.5ml のイオン交換水を加えて(合計 45ml),暗所 25 度で 18 時間から 20 時間 30 分までの間培養した.その後,孔径 0.2μm のセルロースアセテートメン ブレンフィルター(A020A047A, ADVANTEC)で検水 10ml を吸引ろ過し,フィルタ ーを 3ml メタノールに浸漬して還元型 INT(INT-ホルマザン: 以下,INTF と記す) を抽出した.抽出産物の波長 485nm の吸光度を測定し,生成した INTF 量から単位 時間当たりに消費される酸素の等量を以下の式①から見積もった.この式では, 1mol の INT が1mol の電子による還元を受けて1mol の INTF を生成するとき, 1/2 mol の溶存酸素の還元がおこると仮定している. 式 ① : μmol O2/L/hr = ((吸光度試料-吸光度 ブランク )/18,000)x(3/10)x (1,000,000)x(1/2)x (1/time) ここで,18000 は,INTF のモル吸光計数に等しく,time の値は,活性測定の培養 -4- 時間(hour)であり 2014 年 2 月 18 日の検水の場合は 20.25,3月3日の検水の 場合は 18 である。 検水が還元性物質を含んでいる場合,生物活性による INTF の生成だけでなく,そ の還元性物質によって無生物的に INTF が生成する場合がある。そこで,検水にホ ルマリン 2.5ml を加えて固定した試料についても上記と同様の培養の後,測定も 行った(検水番号⑥番).さらに,INT を加えずに培養した検水についても,同 様に吸光度を測定した(検水番号⑦番). 3:BOD 測定 検水①から⑤の一部について長崎県浄化槽協会に BOD 測定を依頼した。 -5- 【結果】 1. 2014 年 2 月 18 日の検水の分析結果 浄化槽から採取した検水のうち,2014 年2月18日の検水(番号①~⑥)につい て INT 添加から 20 時間経過後 の様子を図1に示す.酵母抽出 物を添加した検水(図中,④番 および⑤番)において,還元型 INT(INT ホルマザン)による 赤色の着色がもっとも濃く,原 水の 4 分の1の試料において 図1. 2014 年2月 18 日の検水(①〜⑥)にお も僅かだが着色を確認できた。 ける INT 添加 20 時間後の様子 一方,ホルマリンを添加した検 (スケールバー = 10 mm). 水(検水⑥番)と INT 無添加の 検水(写真なし)については, INT ホルマザンによる赤色の着色は確認できなかった.これらの検水をメンブラ ンフィルターでろ過,抽出後に得られた波長 485nm の吸光度(Abs 485)を表 3 に 示す. 表 3. 2014 年 2 月 18 日の検水①-⑦における吸光度(485nm)と酸素消費 酵母抽出物を添加した無希釈の検水(④番)が,もっとも高い値を示した.次い でそれを2倍希釈した検水(⑤番)が高い値を示し,さらに原水(①)>2倍希 釈原水(②)>ホルマリン固定した検水(⑥)>4倍希釈原水(③)>INT を添 加しない原水のみ(⑦)の順となり,概ね希釈率に従って吸光度も変化した。検 水番号⑦の吸光度が検出限界(0.001 未満)であり,原水そのものによる吸光度 への影響は極めて小さいことが確認された.一方,ホルマリン固定した検水(⑥) は未固定の場合と比べると低いが,原水(検体①)の場合の 10%程度の値を示し た. -6- 吸光度の結果をもとに見積もった各検体の溶存酸素消費速度は 0.0015-0.02μ molO2/L/時間の範囲だった.昨年,同様の手法で見積もった浄化槽処理水におけ る酸素消費速度は 0.02-0.17μmolO2/L/時間であり(平成 24 年度報告書),今回 測定した原水の酸素消費速度は,その1/10程度の低い値となった. そのため,この検体①~⑤の BOD 値は,検出限界以下であり,脱水素酵素活性に よる酸素消費量との比較はできなかった。 2. 2014 年3月3日の検水の分析結果 2014 年 3 月3日の検水についても 2 月18日の検水の場合と同様に分析した。 その結果を表 4 に示す。 表 4. 2014 年 3 月 3 日の検水①-⑦における吸光度(485nm)と酸素消費速度 酸素消費量の見積りの最大値は,原水に酵母エキスを最終濃度で 1.0g/L 加えた試 料(表2および表4:検体⑤)の 1.3μmolO2/L/時間となったが,その半分量 (0.5g/L)の酵母エキスを加えた検水(検体④)の見積りとは 5%程度の差にとど まった。これらの試料について,得られた BOD 値を表 5 に示す。脱水素酵素法に よって見積もられた値とは最大で 80 倍近い差がみられた。しかし,両者の相関関 係を調べたところ,指数近似により極めて高い正の相関が認められた(図2,r2= 0.95, p<0.01)。 表5.2014 年 3 月3日の検水①−⑤における酸素消費速度の見積と -7- 図2. 2014 年 3 月3日の検水結果から得られる脱水素酵素法による酸素 消費量の見積りと BOD 値の相関 さらに,2013 年の結果と 2014 年の結果をまとめて同様に相関関係をみたところ, 決定係数はやや低くなるものの(r2=0.822, p<0.01),2014 年の結果とほぼ遜色 ない良好な正の相関が認められた(図3)。 【考察】 2014 年 2 月 18 日に採水した検体試料の BOD 値は検出限界以下であり,脱水素酵 素活性に基づく酸素消費量の見積との相関は得られなかった。しかし,2014 年 3 月3日に新たに採水した試料については,酵母エキスの添加量を増やすことで, 高い BOD 値を得て,脱水素酵素活性による見積りとの正の相関を見出した。 その関係は指数関数で近似した場合,決定係数が 0.92 以上と極めて高く,脱水 素酵素法による酸素消費量の見積と BOD 値の間には,極めて高い正の相関が認 -8- められた。今後は,得られた回帰式をもとに,脱水素酵素方法から BOD 値を推定 できると考えられた。 図3. 2013 年 2 月および 2014 年3月の検水における酸素消費量(脱水 素酵素法による)の見積りと BOD 値との関係 【参考文献】 和田 実 (2003) 脱水素酵素活性. 竹内 均 監修「地球環境調査計測事典」 (第二巻)フジ・テクノシステム p.301-306. 和田 実(2013) 平成 24 年度 助成事業,事業報告書 一般財団法人 -9- 長崎県浄化槽協会 水環境保全 実施項目2:低温条件が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 【背景と目的】 実施項目1では,検水の脱水素酵素活性を 25℃において測定したが,実際の浄化 槽内では水温が15度〜20度程度に保たれている場合が多い。そこで本実施項 目では,培養時の低水温が脱水素酵素活性に与える影響を評価することを目指し た。 【方法】 1:検水の採取 2014 年 2 月18日に採取した浄化槽の水を検水とした。採取後,検水の希釈はせ ず、そのまま実験に供した. 2:脱水素酵素活性測定手法による検水の酸素消費速度の見積 実施項目1の手順に従ったが,培養は15度で行なった。 【結果と考察】 結果を表6に示す.低温(15 度)培養を行った検水(⑧)の酸素消費は中温(25 度)の場合(検水①)よりも27%程度低下した。一方,ホルマリン添加区で低 温(検水⑨)と中温(検水⑥)の酸素消費量の比は 0.9 であり,中温の場合と比 べて1割低下しただけだった.これらの結果から,微生物の脱水素酵素活性に由 来する還元型 INT の生成反応は,非生物的な INT の還元反応に比べて,温度の影 響を受けやすいと考えられた.また,これらは 2014 年の 2 月の検体による結果で あり,呼吸基質となる有機物量が低い浄化槽処理水でも,脱水素酵素活性にもと づいて酸素消費量を見積もることができた。 表6.低温培養と中温培養における還元型 INT 生成および酸素消費量の見積 - 10 - 実施項目3:次亜塩素酸が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 【背景と目的】 浄化槽によって処理された水は,最終的に槽内で次亜塩素酸処理を受けてから放 流される.そこで本研究では,次亜塩素酸添加が脱水素酵素方法による酸素消費 の見積に与える影響を明らかにすることを目指した. 【方法】 1:検水の採取と希釈および有機物の添加処理 2014 年 2 月 18 日に採取した浄化槽の水を検水とした。採取後,検水の希釈はせ ず、そのまま実験に供した. 2:脱水素酵素活性測定手法による検水の酸素消費速度の見積 原水を用いて実施項目1と同様に行った.ただし,次亜塩素酸は市販の漂白剤(キ Ò ッチンハイター ,花王(株),次亜塩素酸ナトリウム6%含有)を最終濃度が 0.1% v/v(次亜塩素酸濃度 0.06 %)となるように添加した(表7). 表7. 次亜塩素酸添加実験にもちいた検水の処理 【結果と考察】 次亜塩素酸を加えた検水(⑪)は,対照区の検水(⑫)と比べて,還元型 INT の 生成が1/2未満に抑制された(表8).同様の結果は昨年も見られており,次亜 塩素酸が検水中の微生物に対する阻害作用を与えることは,脱水素酵素活性によ る酸素消費からも確かめられた。 表8.次亜塩素酸による還元型 INT 生成および酸素消費量の見積への影響 - 11 - 実施項目4: 抗生物質添加が検水の酸素消費量の見積に与える影響の解明 【背景と目的】 抗生物質は,在宅医療の増加にともない家庭排水に流入する割合も増えると考え られ,浄化槽の水質管理においても注目すべき対象の一つである.本研究では, 抗生物質の一種であるクロラムフェニコール(以下,CP)をモデルとして,脱水 素酵素方法による酸素消費の見積に与える影響を評価することを目指した. 【方法】 1:検水の採取と希釈および有機物の添加処理 実施項目1で採取した浄化槽の水を検水とした。採取後,検水の希釈はせず、そ のまま実験に供した. 2:脱水素酵素活性測定手法による検水の酸素消費速度の見積 原水を用いて実施項目1と同様に行った.ただし,抗生物質の CP 溶液(30mg/ml エタノール)を 45μl 添加し,最終濃度が 30μg/ml となるようにした(表9). 表9. 抗生物質(クロラムフェニコール)を添加した検水の処理一覧 【結果と考察】 結果を表10に示す.抗生物質 CP の溶媒であるエタノールを添加した検水(⑭) と比べて,CP を添加した検水(⑬)では,還元型 INT による吸光度が 10%程度減 少した。しかし,その値は原水に水を加えた検水(①)の場合とほぼ同じ程度で あり,エタノール自身による非生物的な INT 還元が起きた可能性も否定できない. 同様の作用は昨年も得られており,用いた濃度(30μg/L)で CP が脱水素酵素活 性に与える影響は限定的であると考えられた。 表10. CP による還元型 INT 生成および酸素消費量の見積への影響 - 12 - 総括 本研究では,昨年度に引き続き,実際に稼働している浄化槽の処理水に含まれる 微生物群集の脱水素酵素活性にもとづいて,溶存酸素の消費量を見積もった.そ の結果,汚染度の指標として用いられている公定法の BOD 値に対して,脱水素酵 素活性にもとづく酸素消費量の見積が高い正の相関を示すことが確かめられた。 さらに,BOD による測定ができないような汚染の少ない検水についても,脱水素 酵素法をもちいれば,酸素消費量を見積もることができた。これらの結果は,脱 水素酵素法が BOD 法の代替として高感度な溶存酸素消費量の見積りに利用可能で あることを示唆している.昨年度の結果と今年度の結果をまとめて,脱水素酵素 手法による酸素消費量の見積りと BOD による関係を精査したところ,指数関数を 用いることで,幅広い有機物濃度レンジにおいて,極めて当てはまりの良い回帰 式を得ることができた。 この他にも,昨年度に検討した次亜塩素酸による殺菌効果や,低温による酸素消 費量の減少,抗生物質による細菌活性の抑制についても,脱水素酵素手法を用い ることにより,いずれも鋭敏に検出できた。 以上の結果より,脱水素酵素法による浄化槽処理水の水質検査を行うための基礎 的知見を増やすことができた。今後は,同手法を浄化槽の機能評価,特に BOD 法 の代替法として用いるための精度を向上させるためにも,さらに分析事例を増や していく必要がある。 - 13 -
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