米国理解と平和教育の教材開発 - 国立大学法人 北海道教育大学

[教材開発 ]
米国理解と平和教育の教材開発
−平成14年度米国理解教育研究プロジェクトに参加して−
水野
Ⅰ
秀哲(北海道教育大学教育学部附属釧路中学校)
はじめに
2002年10月下旬から11月上旬にかけてのアメリカ合衆国シアトル
ワシントンD.C.を中心とす
る研修は、実に有意義なものであった。担当教科が社会科であるため、見聞きすることすべてが、
「教
材」となりえる。まさに教材の「宝庫」であった。さらに、研修先での多くの見聞にあわせ、この度
偶然にもメリーランド州立大学大学院でプレゼンテーションをさせていただく機会に恵まれた。多く
の大学院生の方々から、率直な意見を頂き、これも貴重な経験となった。これらの機会をとおして、
アメリカという国のすごさ、良さ、複雑さ、そして、悩みを体感することができた。
さて、見聞した些細なことがら、例えば街角のポストやゴミ箱ですら授業で扱うことができそうで
あるが、「教材」として扱うには、目的に沿って構築することが不可欠である。
本プロジェクトが、ひろく米国理解をねらいとしていることを考えれば、本教科の特質として、
「国
民生活の実態」や「社会のしくみや構造」、あるいは「日本と異なる身の回りの事象」といった、い
わば「米国の特徴的なことがら」に視点をあてることが常套である。しかし、今回の研修を通じて、
それ以上に興味を持ったのは、米国の「国民性」や「国家観」についてであった。今日のアメリカが
多様な「価値観」の総体として存在することを生徒に伝えることができれば、広く米国理解につなが
ると考えたのである。
しかし、
「価値観」自体を学習対象とするのでは、観念的、概念的な学習に終止するおそれがある。
中学校の社会科では、具体的な社会的事象を介して、概念や法則性を獲得するのが一般的である。も
ちろん、その際に道徳的な要素が加味されることはあるが、社会的事象不在では授業にならない。し
たがって、具体的な事象を介在し、そこから価値観にアプローチすることになる。
そこで、今回の研修で最も収穫の大きかった「平和教育」の視点から教材化を図ることにした。そ
こから、多様な価値観がどのように存在するのか、一端でも垣間見ることができればと考えたのであ
る。
今回の研修と「平和教育」の観点から接点となる部分で授業構築を考えると、地理・歴史・公民の
各分野においては、次の単元で実践することが可能であろう。
Ⅱ
○
<地理的分野> 世界の国々に関する調査Ⅱ
○
<歴史的分野> 第二次世界大戦と日本
○
<公民的分野> 世界平和の実現を目ざして
「アメリカ合衆国」を調べよう
第二次世界大戦後の日本と世界
教材開発にあたって
今回のプロジェクトで体験したことがらから、平和教育の観点から教材化できそうな部分を列挙す
ると、以下のようになる。
― 125 ―
米国理解と平和教育
研 修 地
ワシントン州歴史博物館
メディア
内
容
写真
日系人強制収容所の実態
写真
日系人強制収容所の実態
ユダヤ人強制収容所
写真
航空機の歴史
Washington State History Musuem : Tacoma
ウィング・ルーク・アジア博物館
The Wing Luke Asian Musuem : Seatle
航空博物館
航空機の戦闘使用
Museum of Flight : Seatle
ホロコースト記念博物館
United States Holocaust Memorial Museum
: Washinton D.C
アメリカ歴史博物館
書籍
ビデオ
写真
National Museum of American History
: Washington D.C. Smithonian Institution
展示内容のすべて 写真撮影が禁止⇒
販売されていたメディアを活用
セプテンバー11 September.11
真珠湾攻撃 日系人強制収容所
Japanese Americans & the U.S Constitution
国立航空宇宙博物館
写真
原子爆弾(模型)
エノラゲイ⇒来年完成予定の別施設
グランド・ゼロ周辺
写真
被爆地
近隣の教会
National Air and Space Musuem
: Washinton D.C Smithonian Institution
Ground ZERO : NewYork
研修地
メリーランド大学
カレッジパーク
Maryland,College Park
アメリカ合衆国平和協会
United States Institute of Peace
リチャード・モントゴメリィ高等学校
研修内容
多様性 多指向性 Diversity
「日本の平和教育実践の一例(プレゼンテーション)」
を基にした質疑応答・その内容
戦争へ至るまでのプロセス
回避に必要な考え方
Richard Montogomery High School
「平和教育 Peace Education」の実践例
生徒との対話
モスリム・コミュニティー・スクール
セプテンバー11以降の対応
Mulim Community School
すべての項目が具体的なものになるとはいえないが、そこで得た内容(質疑応答の内容、講話の内
容等)も今回の教材開発には十分に役立っている。むしろ、従来展開してきた「平和教育」に重要な
示唆を与えてくれたことを付け加えておきたい。特に、メリーランド大学バーバラ教授の講義や大学
院生の方々からの意見は貴重であり、今回の授業構築のベースとなっている。
Ⅲ
教材と授業展開
以下に、2学年<歴史的分野>での授業構想を記す。
― 126 ―
教材開発
1
授業計画
学 習
1
○
○
世界恐慌
ファシズムの台頭
2
○
日本の不景気
3
○
○
満州事変
軍国主義
4
○
日中戦争
6
7
8
2
容
備
考
世界中に広まった理由を追及
⇒ 「持てる国・持たざる国」
⇒ ファシズムの台頭
⇒ 大戦の遠因として把握
世界の中の日本の動き
⇒ 恐慌打開策としての大陸進出
⇒ 日中戦争時の日本の蛮行
★ 「マルタ」
★ 重慶爆撃
★ 南京大虐殺
※
写真提示
世界大戦前夜の欧州各国の動き・
⇒ ドイツの動きを中心に、大戦
○ 第二次世界大戦〜開戦
が始まるまでの展開を欧州地図
上で図示(作業)
⇒ 世界地図上で日米開戦の経緯
を図示(作業)
※ 写真提示
⇒ 米ソをめぐる国際関係
※ ビデオ視聴
★ ホロコースト
「世界は地獄を見た」
○ 太平洋戦争〜終戦
★ 大都市の空襲・原爆の投下
(HNK<映像の世紀>)
★ ソ連参戦
※ 文書提示
★ ポツダム宣言受諾
(
『世紀の遺書』より)
5
※
内
○
平和の意義<本時>
この戦争を紹介しよう
この戦争に対する「各国の見方」を
さぐろう
※ 写真提示
※ ビデオ視聴
従来7時間扱いの単元を6時間に圧縮し、7時間目に平和に関して考える時間を設けた。
本時案(2時間分 7・8/8)
過程
学 習 活 動 ・
主な働きかけ
○
課
題
B−29の展示解説文に被 ○ 大戦について、米国の教科
害状況や悲惨さについて、具
書の抜粋です。訳を聞こう。
体的に触れられていないこと
や教科書等でも数値等の曖昧
な記述がなされていること等
に気付き、各々の問題意識に
基づいて 、「B−29の説明 ○ ある博物館に展示されてい
文」を作ることができる。
た飛行機です。
備
考
⇒doc‑1
・
(英語科とのクロス)
・ビラまき警告・死傷
者数・討議内容の2に
注目
⇒pic‑1・2・3
○
B−29には、次のような ⇒pic‑4・5
解説が付けられていました。
展示説明文を読もう。
把
○
この爆撃機が日本で展示さ
れ、あなたが「紹介文」を付
けるとしたら、どのように紹
介しますか。ワークシートに
記入しよう。
握
○
なぜ、このような解釈の違
― 127 ―
・メカニカルな説明で
はないことに留意
・前時までの学習内容
を使用するように促
す。
・対ソ戦略上の必要性
や核兵器としての実験
米国理解と平和教育
い、食い違いが起こるんだろう。 的な性格等は学習済み
である。
<課題>
第二次世界大戦 (太平洋戦争)はどのように
とらえられているのか、各国の立場から探ってみよう。
課
題
追
究
○ それぞれの国の立場、利害
関係、さらに考え方の違いか
ら、都合の良い歴史像や解釈
が生まれたり、重要視されな
い、あるいは無視される歴史
的な事象が存在すること、そ
して、それは日本においても
同様であることを自分のこと
ばで説明することができる。
Ⅰ
<資料1 日・米⇒独>
・ホロコースト博物館での展示
・ビデオ視聴内容(前時)
・戦後のドイツ
/
課
<資料3 日⇒米>
・空襲 東京・名古屋
・原爆 広島・長崎
・地上戦 沖縄
題
追
究
○
日本、中国、アメリカ、ド ・客観的な情報
(資料)
イツ各国の立場(視点)から の提供につとめる。
考えてみよう。
・⇒pic‑6〜10
・⇒mov‑1
○ それぞれの国の立場から相
手国がどのように映っている ・どの博物館に行って
か、ワークシートに簡単にま も、原爆投下後の広島
とめよう。
・長崎の様子を展示し
ているところはなかっ
た 。(国連本部に「長
崎の少年」あり)
<資料2 米⇒日>
・博物館展示のうち、日米に関
係するもの
真珠湾攻撃・強制収容所
・米国高校<平和教育>の様子
<資料4 日⇒中、中⇒日>
・虐殺の実態
・中国側の主張と日本側の主張
・虐殺はなかったとする主張
アメリカ人になったつもり
で、この戦争を紹介しよう。
・ 紹介文をワークシートに
記入しよう。
・ 発表しよう。
○
Ⅱ
○
課
題
解
決
・「 アメリカの平和と
は、何よりもまず<国
内>の平和である」
・「 過去に目を閉じる
者は現在にも盲目であ
る 」(ヴァイツゼッカ
ー大統領)
・東京裁判
・ニュルンベルグ裁判
戦争について、加害者・被 ○ アメリカの人々に「原爆の
害者、責任の有無、利害関係
惨状」を知っておいて欲しい
などを判断基準とせずに、戦
か否か、自分の考えを発表し
争のもつ狂気とその犠牲の大
よう。
きさに気付き、核兵器の持つ
破壊力や殺戮性、非人道的な ○ アメリカの「平和を考える
点について正しく認識すると
学習」で、
ともに、過去の反省にたって、
① 戦争のことを学習しなく
望ましい平和社会の実現に向
とも、平和のことを学ぶこ
け、①多様な価値観を超えて
とはできる。
対立関係を武力抗争にしない
② 平和を学ぶには戦争の学
姿勢、②そのための継続した
習は使用しない方が良い
努力、③国連(安保理)など
という意見がありました。
の関係機関の効力を十分に機
あなたはどう思いますか、
能させること…等が必要であ
自分の考えをワークシートに
ることを指摘できる。
記入しよう。
○ 戦争を回避するために、必
要なことは何だと考えました
か。また、平和を維持するこ
とに必要なことは何だと考え
ましたか、それぞれ自分の考
えをワークシートに記入しよ
う。
― 128 ―
・地理学習の援用
・考え方の根拠を示す
ように促す。
・⇒pic11〜
アメリカの価値観
日本の価値観
・「 武力行使はテロの
答えにはならない」
・「 国を愛しているか
ら、政府を批判するん
だ」
(NYイラク攻撃への
反対の声)
教材開発
(pic‑1)
(pic‑4)
(pic‑2)
(pic‑5)
(pic‑3)
航空博物館(Museum
of Flight : Seatle)で撮影
このB‑29はエノラ・ゲイ(広島に原爆を投下
した機体名)ではないが、解説のなかに、同機
種のエノラ・ゲイが「戦争終結を早めた原子爆
弾を投下した」との記述がみえる。
日本空爆のために開発された爆撃機で、当時
最大の積載量を誇った。東京・名古屋・大阪等
の大都市への市街地無差別爆撃にも、この機体
が用いられた。
東京大空襲の際には約300機が来襲し、2時間半にわたって焼夷弾を投下、100万人以上が家
を失い、推定10万人が死亡している。なお、原爆投下にあたっては、広島での被爆直後の死者が1
2万人、長崎が8万人といわれる。大都市での空襲でも、原爆と同程度かそれ以上の死者を出してい
たことがわかる。
― 129 ―
米国理解と平和教育
(pic‑6)
(pic‑7)
(pic‑8)
国立アメリカ歴史博物館で撮影
(National Museum of American History)
○ 開戦を伝える新聞記事
○ 日本人に対するプロパガンダ記事
○ 日系人強制収容所のようす
(pic‑9)
○ 真珠湾攻撃
(Japanese Americans & the U.S Constitution
のコーナーにて)
※
これ以外に使用した、渡米時に収集し
た資料としては、
○
ホロコースト博物館での資料(冊子
より写真)、
○
大学院でのプレゼンテーション
(ビデオから一部抜粋)
、
○ モントゴメリィ高校の写真
(pic‑10)
をPCよりプロジェクタ投影した。
※
また、こちらで保有している資料(前
時までに提示しているものも含めて)と
して、
○ 「世界は地獄を見た」
(NHK「映像の世紀」より)
○ 南京大虐殺(中国の雑誌・文献より)
○ 広島・長崎資料館より写真
○
東京大空襲のようす
等を提示した。
― 130 ―
教材開発
(doc‑1)
当然ながら、提示するタ
イミング(単元構成内での
… On the one hand, the bomb would kill thousands of innocent people in any city
on which it was dropped. These people would die horrible, agonizing deaths. But
on the other, not using the bomb and no to going ahead with an invasion of
位置づけ、1時間の授業内
Japan, could cause the war to drag on for another year, possibly costing millions
での位置づけ)を誤ると、
more Japanese and American lives.
ねらいは達成できない。さ
らに、持ち帰った情報のす
べてが教材になるわけでは
なく、提供する情報が過多
にならないように留意する
必要がある。
また、3年間の教育課程
上で、地理・歴史⇒公民の
どこで、どの教材を用いる
ことが効果的か、発達段階
に応じて、適切に教材を配
President Truman listened to the advice of those who supported using the
bomb. He also listened to opponents of the bomb, who believed that Japan was on
the verge of surrendering and that the use of such a destructive weapon was not
necessary. Having heard both sides, the president then made one of the most
diffcult decisions ever made by a head of state: he would, if necessary, use the
atomic bomb against Japan. The president knew it was a decision that would
draw the criticism of many. But he felt in the correct one.
Days before the first atomic bomb was dropped on Japan, American planes
dropped leaflets warning the Japanese people of trrible new weapon that would
be used against them if their leaders did not end the fighting. But the Japanese
militarists held stesd fast and refused to surrender. When it was apparent that
they had no intention of surrendering, the decision was made to use bomb.
On August 6, 1945, a B-29 called Enola Gay dropped the first atomic bomb ever
置する必要がある。例えば、
used on hurmans. It destroyed one-half of the city of Hiroshima and killed more
「平和教育」の観点で授業
than 80,000 people. The bomb was so powerful that it completely leveled an area
を構築する場合、たとえば、
「B−29」を地理的分野
で扱うとすると、1学年の
of 4.4 square miles at the center where it detonated.
Even with the terrible destruction at Hiroshima, the Japanese still refused to
surrender.Three days later, another B-29 called Bock's Car dropped the second
atomic bomb on the city of Nagasaki. It killed as many as 40,000 people. Finally,
<アメリカ>で扱うより
Japan's military leaders had had enough. They surrendered on August 14. After
も、歴史的分野で第二次世
six long, terrible years, World War Ⅱ was over.
界大戦を学習する、2学年
Discuss …
の<長崎>で扱う方がより
・ whether America's use of the atmic bomb against Japan was justified.
「平和の意義」を考えるこ
とができるはずである。
また、
「グランド・ゼロ」
を見せるとすれば、1学年
に使用するよりも、世界の
・ whether you think japan was ready to surrender in the summer of 1945
・ what decision you would have made concerning the use of the second atomic
bomb had you been President Truman. Explain.
・ whether you think future wars will involve the use of the nuclear weapons.
・ the feasibility of terrorist group gaining access to a nuclear bomb today.
Middle / High Scholl Wold War Ⅱ <Pacific> pp.29-30
(McGraw-Hill Chidren's Publishing)
枠組みを既習済みである3
学年「世界平和」で扱う方が、より内容の深化が期待できる。
気を付けなくてはいけないのは、「被害者と加害者」といった一面的なとらえ方で歴史像を構築し
てはならないことであり、過去の負の側面から「戦争が絶対悪」であること、
「平和の意義とは何か」
という問を誘発することにある。教師も生徒も実際に戦争を体験していない。正しい歴史観とそれに
基づいた正しい国家観の醸成、今後の世界観のあるべき姿を培うことが必要である。その意味におい
て、自国のことのみならず、他国の立場や考え方を知り、それを尊重する国際理解の視点は重視しな
くてはならない。
今回の訪米を通して、教材開発する上で参考になったのは、「戦争の愚かさや悲惨さを知ること」
ではなく、「平和の尊さを知ること」に力点が置かれた授業が展開されていたことである。そこから
― 131 ―
米国理解と平和教育
人類普遍である平和の意義や価値を学ぶといったスタンスである。日本では「戦争教育」と「平和教
育」が並列で扱われることが多い。そのため、非常に新鮮であり、今までの授業からの転換を迫られ
た思いであった。しかし、それも一つの考え方であって、訪米を通して、実際にはもっと多くの主義
・主張が存在していることを垣間見ることができた。アメリカを理解するのは、そのような多様性の
最大公約的な部分に普遍性を求め、それを教育対象としても意味はない。違和感があろうがなかろう
が、それをまとめるのではなく、人種・民族・宗教を超えて、大きな「国家」の枠の中に多様性が存
在しており、それをすべて包括して「アメリカ」なのだ。
そこから、今回の授業構築にいたったわけであるが、一単元のみで、アメリカの多様性を学習する
のは困難であり、3年間を通した実践で、初めて実を結ぶものであると考える。対象が実態のないも
のであるが故にとらえどころのない授業になってしまったことを反省している。
Ⅳ
まとめにかえて
とあるテレビ番組で、「10フィート運動」が取り上げられていた。米国の高校生に3部作の1作
目「にんげんをかえせ」を見せる。当時の写真や米軍の撮影したカラー映像が、核兵器の恐ろしさを
伝える。それまでテレビカメラの前で半ばふざけていた高校生の笑顔が、みるみる真顔に変わり、見
終わると深刻な表情になっている。彼は、キノコ雲の下でどんなことが起こっているのかを「知らな
かった」という。正確には「想像もしたことがない」というべきだろう。
「アメリカは、本土を空襲されたことがない。そのためか、自分たちが攻撃される、空襲による痛
みを感じることを知らない。知る必要がないと考えてしまいがちである。」といわれる。しかし、今
回実際に訪問して、それ以上にポジティブな発想力を感じた。これは、大学院でプレゼンテーション
させていただいた時にも感じたことであるが、常に「前を向いていく」発想がある。過去から「良い
こと学ぶ 」、過去は美化こそされ忌 <資料1−1>
避されるべきではない、というスタ
ンスがある。
○
「今、核戦争がおこりそうなのだから、被爆国として原爆の悲惨
さを伝える必要があるので、教えるべき」
○
「アメリカは自国に不利益をもたらす情報を与えず、英雄や勝利
ばかりをとりあげ、その背景での人々の死などは無視している」
さらに、多くの人種・民族が存在
するこの国では、多様な考え方・見
○ 「日米なのだから、知っていて欲しい。過去をひきずるというか、
僕達は新しい何かを考えなければいけない。つらいと思うが、知る
方を大きく受け入れる。決して否定
べきである」
する方向には向かわない 。「原爆」 ○ 「アメリカ人にはアメリカ人なりの考え方があるかもしれない。
このことがアメリカ人にわかってもらえなくても知らせるべきだ」
を伝えないのは、伝える必要感が日
本より希薄であることによる。
国際社会 、「平和を求めて」の学
○
「たくさんの命を救うことになった原爆かもしれない。ただ、二
度と繰り返して欲しくないから、その恐怖や被害を知っておいてほ
しい」
習を終えた3年生に上述の内容を伝 ○ 「アメリカは今も、核がどうのこうのと言っている。絶対に国民
えて、反応をみた。上の授業案にあ
る「アメリカの人々に原爆の惨状を
に日本での惨劇を知ってもらいたい。そうすれば核兵器について考
えてくれるだろう。日本で多くの人が死んだ意味というのが少しは
でてくるかもしれない」
知っておいて欲しいか否か 。」を問 ○ 「アメリカでもテロが起こっていて、あのテロで悲しんだ人が何
うた。その結果、大多数の生徒は、
「米国の人々にも、知っておいて欲
しい」と回答した。<資料1−1、
人もいる。日本ではむかしもっとすごいことが起こっていて、多少
ショッキングなことでも、自分の国がやったことは知っておいてほ
しい」
1−2>(原文まま)
― 132 ―
教材開発
しかし、中には「知らなくとも良
<資料1−2>
い」とする生徒もいた。<資料2> ○ 「もっと知るべき。日本はありのままの事実を受け止めて、隠し
もせずに子供達に教えている(悪いことでさえも)アメリカも北朝
これらの回答からうかがえるのは、 鮮(?)も自国の良いところしか教えていない。真実を知らなすぎ
「より望ましい解答 」「優等生的な
る」
○
「アメリカが核保有国であるから、その恐ろしさを知っていてほ
解答」を模索する生徒の姿である。
しい」
誘導的な操作を排除して、客観的な ○
情報を提供する難しさを感じた。
「虐殺はなかった」とか「アジア
「日本だからということではなく、すごい威力を持っていて、落
とすと大変な事になるということを素直に知っていてほしいから」
○
「当事者として知っていてほしい。日本の南京大虐殺や人体実験
をやっていた部隊とかと同じように、忘れてはいけないことだと思
民族を解放する戦争であった」など
う」
の極端な歴史観はともかく、我が国 ○
「アメリカも日本と同じような考え方は大事だと思う。日本の教
科書では中国や韓国の人々に対して悲惨な事をしたことを伝える。
の歴史が多少なりともアジア諸国に
アメリカでも初めて原子爆弾を投下した国としてその悲惨さを知っ
対して「加害者」的で、一方でその
てほしいと思った」
賞罰を受けるかのように「被害者」 ○ 「アメリカの人は知らなくて良いのかも知れないが、知らないと
的な見方がなされてきた部分は否め
ないように思う。
原爆禁止の運動は進まないと思う」
○ 「知ってほしい。でも、日本人がアメリカを加害者としてみたり、
日本人、自分達が被害者ぶるのはやまた方が良い」
大学院のプレゼンテーションの中 ○ 「アメリカの人々に知ってもらい、お互いの国のことを知り、こ
れからの世界平和を前向きに(悪いところを責めるのではなく)に
で 、「被爆国」=「被害者」である
考えていくべき。」
ことをスタートとする歴史観ではな
いのかとの指摘は、ある意味で的を
射ているように思う。
<資料2>
○
「知らなくて済むのであれば、核兵器の惨状を敢えて見せる必要
はない」
「戦争のことを知らなくとも、平
和の意義を説くことはできる」とし ○ 「知らないんだから、無理に知らせる必要はない。残酷なことを
知ることと、残酷なことをしないことは違う。」
たリチャード・モントゴメリィ高等 ○ 「アメリカは自分たちの都合の良いことしか教えていなくて、日
学校(Richard Montogomery High 本も同じ事をしているところがある。せこいけど、ある意味しかた
ない」
School)の実践は、今回の授業構築
に大きな示唆を与えてくれた。しか
○
「詳しく説明しないのは他人事のようで、ひどいような気もする
けど、もし逆の立場だったら日本もそうするかも知れないし、アメ
し、核兵器のもつ恐ろしさをアピー
リカの子供が知っていたとしても、何も変わらないと思うから、ア
ルすることで、廃絶の必要性を説く
メリカにとっても日本にとっても今さら教えなくてもいいと思う。」
ことは、無駄なことだとは思わない。
ただし、それのみでは「平和を維持する」
、「戦争を回避する」実践力にはつながらない。まして「平
和ぼけ」といわれる日本ではなおさらであろう。
ただ単に、歴史上の<残虐さ>を伝達するだけでは、「平和教育」にならない。
平和のもつ意味を考え、戦争がなぜ起こるのかを突き詰めたとき、人種・信条・宗教にこだわらな
い人間相互の愛情が不可欠であることに気づかなければならないと考える。ただ、ともすると、「平
和教育」の授業は、皮相的で観念的な、 自分の言葉ではない
きれい事が並べられておしまいにな
りがちである。
戦争は「やってはいけない」ことである。そんなことは、何百年も前から人類は気付いている。大
切なのは、現時点で、または近い将来において「これからどうしたらよいのか、どうすべきなのか」
― 133 ―
米国理解と平和教育
という問に対する答えである。ところがこれが難しい。そのための方略は見えてこない。そして、そ
のことに誰しもが気付いている。問題の所在はそこにある。本気になって考えさせる取組が必要であ
る。
しかし今まで本気にさせたいがために、戦争の残虐さや悲惨さ、非道さが力説されてはこなかった
か…。過去の歴史を「過ち」であったと判断させることのみに専念してはこなかったか…。最終的に
平和の意義を問うような方向に向かなかったのでないか…。
それを打開する意味でも、今回の米国理解に基づいて、他国の価値観に触れながら平和を問う試み
は、新しいアプローチであると考える。まだまだ発展途上の授業ではあるが、今回の取組は自分自身
にとって収穫の大きいものであった。
アメリカの実像や多様性・多文化性を組み込むことはできないかと考えて、構築した授業ではある
が、今回の分野・単元だけで実現できるものではないことを実感した。また、イベント的な内容を授
業内に取り入れないと、定着は難しい。
Ⅴ
おわりに
まずは、このような機会を与えていただいたことに深く感謝したい。初めての海外旅行であったこ
ともあって、緊張もしたが、吸収することも多かった。とにかく経験することすべてが「教材」にな
りそうで、過ぎ去っていくことがもったいないような感覚に陥った。
「社会科教師、みてきたようなウソをつき」といわれるが、如何に自分がいままでアメリカという
国を屈折した視点で見ていたかを実感できた。お仕着せの理論武装をしていた自分が恥ずかしくもあ
り、現地での新しい発見がうれしくもあり、感覚的なものも含めて、本当に有意義であった。
また、同行したメンバーが非常にユニークであり、これまた助けられた。個人的に、様々な場面で
(特に言葉の面で)助けられた。正直なところ「英会話できるようになりたい」と痛切に思った。ま
た、現地にいながらにして「日本のメンバーからアメリカを教えてもらった」ということも多い。
この稿は、「平和教育」を切り口にした取組であるが、「平和教育」に限らず、今回収集した資料は
教科の様々な場面で活用できる。貴重な経験が日々風化していくのを感じてはいるが、完全に風化し
きってしまうる前に、データをまとめてく所存である。
― 134 ―