『福祉ネットワーク』シリーズ盲ろう教育 第2回 アメリカ 自立 への挑戦 ☆20:00 {福祉ネットワーク} [ヘレン・ケラーの紹介] (写真1:若き日のヘレン・ケラー。アカデミックガウンに身を包む) ナレーション:見えない、聞こえない。盲ろうという障害と共に生き たヘレン・ケラー。家庭教師サリバンと出会い、その能力を磨き続け たヘレン・ケラーは、世界の障害者福祉や女性の地位向上に大きく貢 献しました。 (写真2:サリバンと向かい合い、サリバンの唇に手を当てる少女時 代のヘレン) (写真3:アフリカの子供を抱き笑顔を見せる初老のヘレン) ナレーション:ヘレン・ケラーが生まれて今年で130年。同じ障害 に向き合いながら、日々格闘する人々がいます。その現代のヘレン・ ケラーたちを、社会はどう支えていくのか。シリーズ「盲ろう教育」 。 2回目は、ヘレン・ケラーの母国アメリカの先進的な盲ろう教育と、 自立への支援策です。 {シリーズ盲ろう教育 第2回 アメリカ 自立への挑戦} ☆20:01 [スタジオ。町永俊雄アナウンサー] 町永:福祉ネットワークです。昨日から2回にわたって、この時間は 盲ろう教育を考えてまいります。2回目の今日は、アメリカの盲ろう 教育を見て、その現状と意味合いを考えます。その前にですね、昨日 に引き続いて、 「盲ろう」と言いましても、その障害の状態・程度に よって色々なんですね。 {2列×2列の表:縦「見えない/見えにくい」 、横「聴こえない/ 聴こえにくい」 。表の中は順に「全盲ろう・弱視ろう・盲難聴・弱視 難聴」 } 町永:ご覧いただきましょうか。視覚障害・聴覚障害、まあ、見えな い・聴こえないという場合は「全盲ろう」になりますが、聴こえにく い場合・見えにくい場合も組み合わせますと、様々な状態の障害にな ります。 アメリカの場合は早くから法律で、この「盲ろう」ということを位置 付けまして取り組んでいます。先進的な取り組みをしている、アメリ カのある学校をご覧いただきましょう。 ☆20:02 [パーキンス盲学校] {パーキンス盲学校 マサチューセッツ州ウォータータウン} (青々とした芝生、立ち並ぶ樹木、その先に見えるレンガ造りの建物) ナレーション:アメリカで初めての盲学校として1829年に設立さ れたパーキンス盲学校。歴史あるこの学校は、ヘレン・ケラーや、そ の家庭教師アン・サリバンの母校でもあります。 [学校の廊下] {ジェナちゃん(10)} ナレーション:この学校に通うジェナちゃん、10歳です。生まれた 時から、見えない・聞こえない、盲ろう児です。 (廊下の手すりを右手で伝って歩くジェナちゃん。左手は先生の手に つながる。白い肌の可愛い少女。黒の T シャツにヒョウ柄のリュック サック。栗色の髪を後ろに結ぶ) (手すりの切れ目を渡ったジェナちゃん。先生が“Good job, Genna!” と声をかける) [教室] (広い室内には、パソコンやボード、積み木など多種多様な教材が見 える。机は、壁際、棚の前などに分散しており、子供は1人ずつ座っ ている) ナレーション:このクラスは、盲ろうの児童だけで1人の子にほぼ1 人の先生が付いています。3年前まで、ジェナちゃんは、ほとんど言 葉を理解できませんでした。今は、単語を少しずつ覚えているところ です。 [授業の様子(集団授業)] (先生の周りに椅子を並べ、3人の少女が座る。ぶらんと下げた手を 左右に動かし椅子を探るジェナちゃん。やがて着席。先生は女性3人。 みな少々ふくよか) ナレーション:盲ろうの子供について専門的な教育を受けた先生が言 葉を教えます。このクラスの名札は、名前の頭文字や好きなものを形 にして、手で触っても分かるようになっています。 (子供1人ずつの名札カード。写真・名前・目印が1枚のカードに張 ってある。Genna の目印は小花4つ。Tim はト音記号。Millie は「M」 のくりぬき) ナレーション:単語の一つとして、人の名前をこうして学んでいきま す。 (ジェナちゃんの膝の上には Kimmy の名札カード。先生はジェナちゃ んの手を持ってカードの目印に触らせ、その後ジェナちゃんの両手を 持ったまま触手話と口話で話しかける) 先生:キミーちゃんは今日は病気でお休みです。 (Kimmy is not here. Stay home.) ナレーション:顔が見えず、声も聞こえないため、名札を触って、誰 が出席しているのかを知ります。 (先生、ジェナちゃんから離れる。次は隣の子の番) ナレーション:先生が隣に移るとジェナちゃんの様子が変わりました。 (左手の指を細かく揺らしながら、しきりに上唇に当てるジェナちゃ ん) ナレーション:口に手をやるのは、不安な時の仕草です。もう一人の 先生が、すかさず手を差し伸べます。 (違う先生がジェナちゃんの手を取って、教室の中の空いた場所に誘 導する。ジェナちゃんを包み込むように抱擁する先生。先生に つか まったり抱きついたりするジェナちゃん。先生はジェナちゃんの手を 取り、触手話で話しかける。再び抱きつくジェナちゃん。ジェナちゃ んの背中をさする先生。 ) ナレーション:物が見えず、音も聞こえない盲ろう児は不安に陥りや すく、直接触って落ち着かせます。こうした心理的なサポートにも、 教師が受けてきた専門的な教育が活かされています。 ☆20:04 [個別授業。単語を覚えるジェナちゃん] ナレーション:授業では、凹凸(おうとつ)のある絵本を触りながら 単語を覚えていきます。 (絵本には、鉛筆、くし、鍵などの立体的な絵が張り付けてある。先 生が触手話と口話で話をする) 先生:それは「カギ」です。手話で言える?「カギ」 。 (That is the key. It’s the key. You sign it?) ナレーション:物の形と単語を一つ一つ結び付けていきます。 [個別授業2。文法を覚えるジェナちゃん] ナレーション:簡単な文法の授業も始まっています。 (違う先生、登場。1対1の授業。机の上にある布の袋の中に、先生 がジェナちゃんの手を誘導する。楽しそうな表情をするジェナちゃ ん) ナレーション:担当の言語療法士は、大学院を出た言語教育の専門家 です。袋の中には、この日の課題で使う日用品が入っています。箱の 中に物を入れる動作を繰り返し、 「物を箱の中へ」といった、単語同 士をつなぐ文法の基礎を学びます。 (袋に入っていたプラスチックのボウルを箱に入れるジェナちゃん。 触手話と口話で話しかけながら誘導する先生) 先生:ボウルを箱の中へ。 (Bowl in.) (最後の1つを入れるまで“Bowl in”を繰り返す。最後の1つを入れ 終わるや、先生は“Good job!”と大いに褒める) ナレーション:こうして、単語と単語をつなぐ方法を一つ一つ学んで いきます。 [マーサ先生のインタビュー] {パーキンス盲学校 盲ろう教育部 マーサ・メイジャーズ部長} マーサ:ジェナの力はとても伸びています。以前は、ほとんど言葉を 理解できていない、1歳児ぐらいの状態でしたが、今では基本的な文 法を理解し、点字を覚える直前の段階にまで来ています。 ☆20:06 [授業の様子(集団授業)] ナレーション:この学校では、子供の発達段階に合わせて体系的な学 習プログラムが組まれています。言葉の基本を学んだ後は、点字やア ルファベット、さらにパソコンを使った学習に進みます。 (先生の周りに5人の生徒。手話と口話で話しかける先生。質問に対 し、生徒がホワイトボードに答えを書く) ナレーション:一人一人が学ぶ早さに合わせて、個別のカリキュラム が組まれています。子供の能力を最大限に引き出し、社会に送り出す ことが、この学校の目標です。 (パソコンを使って学ぶ少女。画面には大きな文字で”We will sing happy birthday to Mike and…”と書かれている。それぞれの単語の 下には、その単語に応じたイラストが表示されている) [マーサ先生のインタビュー] マーサ:すべての子に、可能な限り自立してほしいのです。必要な支 援を受けながら、盲ろう者が社会に参加し、その能力を充分に発揮で きるように助けるのが、私たちの役目です。 ☆20:07 [クリスさんのアパート] ナレーション:パーキンス盲学校を卒業し、自立した生活を送り始め た人がいました。クリス・ジェットさん、20歳。3ヶ月前から、こ のアパートで一人暮らしをしています。盲学校を卒業し、今は大学進 学を目指して勉強中です。 (右手で白状を使い、左手は壁に沿わせて廊下を歩くクリスさん。小 柄な男性。 ) [クリスさんの部屋] (太陽の光が差し込む明るい部屋。10畳ぐらいの広々したリビング。 窓際には3人がけのソファ) (キッチンで、コーヒーメーカーでコーヒーを入れるクリスさん) ナレーション:クリスさんは視覚に障害があり、まったく見えません。 聴覚は、補聴器を着けても人の言葉を聞き取ることは難しいと言いま す。しかし、一人暮らしがしたいと、このアパートに移りました。洗 濯や掃除など身の回りのことは、ほとんど一人でこなします。 [ランドリールームへ] (クリスさん、キャスター付きの洗濯物カゴを引いてランドリールー ムに向かう) ナレーション:アパートの1階にあるコインランドリーに着きました。 (ランドリールームには、洗濯機と乾燥機が4台ずつ並んでいる。部 屋には先客、おばさんが2人) 住民のおばさん:全部、使用中よ。 ナレーション:親切に声をかけてくれる人がいても、聞こえません。 1台1台、手で振動を確かめて止まっている洗濯機を探します。 (洗濯機1台ずつに手を当てて確かめるクリスさん) クリス:全部 使用中だね。 (洗濯物カゴを残し、部屋に戻るクリスさん) ナレーション:1人暮らしには困難もありますが、クリスさんはいつ も前向きです。 ☆20:08 [クリスさんのインタビュー(手話と口話)] クリス:パーキンス盲学校に入る前は、何も出来ないと思っていまし た。僕は暗闇の中にいたのです。でも学校で点字を覚えたことで、出 来ないことは何もないと思えるようになりました。 [外出するクリスさん] ナレーション:クリスさんは、アパートから外出することもあります。 危険な、横断歩道を渡らなくて済む範囲に限って、一人で出かけます。 (晴れた空の下、幅の広い歩道を歩くクリスさん。白杖を使い、歩道 脇の垣根を伝いながら進む) ナレーション:この日は、レストランにやってきました。 (レストランに到着。クリスさん、店に入る。少し汚いカジュアルな 店。カウンター席とテーブル席。店員に誘導され、あいているテーブ ル席に座るクリスさん) 店員:メニューは必要ですか? (無言でカバンを下ろすクリスさん) 店員:この人、聞こえないの? (周りに確認する店員さん。クリスさんはベルトケースからワイヤで つながった携帯電話を取り出す。ブレイルメモのようなものと携帯電 話を接続するクリスさん) ナレーション:取り出したのは、点字をアルファベットに変換する装 置です。点字を打つと文字が画面に現れ、音声も出ます。 (クリス君が操作すると、携帯の液晶画面に文字が表示され、合成音 声で読み上げられる) 装置:私は盲ろうです メッセージを入力してください。 { 液晶 画面 : Hi, I am deaf-blind (I can’t hear or see). To communicate with me, type a message and press } ナレーション:しかし、誰も気づきません。 (点字入力器械の前で待ち続けるクリスさん) ナレーション:ようやく気づいた店員がやってきました。 (店員さんが携帯電話に文字を打ち始める。ジーンズに白の T シャツ、 黒いキャップをかぶった金髪のお姉ちゃん) ナレーション: 「ご注文は?」という文章が点字に変換され、それを クリスさんが読みます。 (点字入力を始めるクリスさん) ナレーション:点字で注文を打ち込みます。 (メモを取る店員) ナレーション:伝わったようです。 {液晶画面:フライドチキン ライス コーヒー(…fried chicken and rice with a large cup of coffee.) } (注文した食べ物が運ばれてくる。装置を片付け、食事をするクリス さん) ナレーション:クリスさんは、今の生活を支えているこの装置の使い 方を、パーキンス盲学校で学びました。最新の技術を使って少しずつ 行動の範囲を広げています。 [クリスさんのインタビュー] クリス:僕は活動を制限されるのが嫌いなんです。障害がある人でも 無い人でも、挑戦することをためらうのは恐怖を感じるからです。で も、恐れるよりも新しいことを学ぶチャンスを選び取るべきだと思い ます。 ☆20:11 [スタジオ。町永アナウンサー、福島智さん、指点字通訳者、中澤惠 江さん] 町永:ヘレン・ケラーの母校でもあるパーキンス盲学校の取り組みを ご覧いただきました。スタジオには昨日に引き続いて、東京大学先端 科学技術研究センター教授の福島智(ふくしま・さとし)さんです。 そしてもう一人、国立特別支援教育総合研究所の中澤惠江(なかざ わ・めぐえ)さんです。よろしくお願いいたします。 中澤:よろしくお願いします。 町永:こうしたパーキンス盲学校の取り組み、福島さんは、どんなふ うに評価なさいますか。 福島:さすがヘレン・ケラーの国という感じですよね。アメリカでは ですね、盲ろう者、盲ろうという障害のカテゴリーが、法律で独自に 決まっていて、すでに40年以上前に、そういう法律が出来ているん ですよね。 町永:はい。 (メモを取りながら聞く町永アナウンサー) 福島:それもやはり、ヘレン・ケラーさんの存在がね、やはり有形無 形の大きな、良い意味での影響を与えていると思いますね。 町永:そうですね。あの、教室の皆さんの取り組みね、何かとても親 密な感じもしていたんですが、どんなふうにご覧になりましたか。 中澤:はい。あのー、盲ろうという障害がもたらす心理的な影響をよ く分かって、細やかに対応していること。それから、もう一つ、お気 づきかと思いますが、盲学校ですが全教員が手話が使えるようになっ てます。これが、盲ろうのニーズに応えている、ひとつの表れだと思 いまして。 法律で「盲ろう」が定義されているために、大学院レベルでの盲ろう 教育の専門家の養成が可能になっております。また、パーキンス盲学 校は非常に近隣の大学と連携を取ってまして、実習をしたり、あと研 究成果を活かした授業をしたり、とても良いつながりを持っています。 町永:福島さんにもお伺いしたいんですが、(VTRの)中に、学んで いるクリス君という青年がいましたけれども。 福島:あ、はい。 町永:社会に出て行く、一人でレストランに行って、自分で好きなメ ニューを頼むという光景も出てきましたけど…。 福島: (笑)いや、面白いですよね、クリス君。私もね、以前、若い 頃一人暮らしをしていたんですよね。10年ぐらいですけれども、ア パートの4階に住んでいて。彼は1階がランドリーって言っていまし たが、私の場合1階がまんじゅう屋さんだったんですけれども…。 町永:ええ、ええ。 (笑) 福島:でも、道一本隔てた向こうにある酒屋に行けなかったんですよ ね。 町永:ああ…。 福島:私、1階のまんじゅう屋さんには別に行く必要ないので、本当 は酒屋に行きたかったんだけれど、それが危ないから、やっぱり行け なかったんですよね。 で、まあ、あの、クリス君のことなんですが、すごくチャレンジ精神 旺盛で、それは素晴らしいと思います。ただし、通訳・介助者、アメ リカではサポート・サービス・プロバイダーと言うんですが、SSP と言って。彼が、支援制度が不充分だ、もしそれがなくて仕方なく一 人で行っているんだったら、それは気の毒だなと思うんですよね。ラ ンチ食べに行くたびに、あの機械で苦労して、なかなかオーダーが出 来なかったりすると、それ腹が減りますよね。 町永:福島さんのお立場としては、自立への道筋としては、介助者や 通訳者が付いていく場合と、一人で行く場合と、自分で選択できるか どうかということが大きなポイントだということですね。 福島:そう、そう。そういうことですね。 町永:中澤さんは、どんなふうに。 中澤:はい。あの映像を見て気がついたことがあって。一つは、彼が 行けるレストラン、実は、ずーっと歩道を通って行けているというと ころがポイントだったと思うんです。 町永:そういう環境が整っているというところを見なくちゃいけない。 中澤:そうですね。きっと、そういうアパートを彼も選んだんだろう と思います。それから、もう一つ。きっと、毎回違うレストランに行 くわけではなく、あのレストランに、彼はこれから行くんだろうと思 います。 町永:はい。 中澤:これをきっかけとして、彼が地元の人たちとの交流を深めてい く、良いチャンスに持っていけるかどうかは、これからの取り組みだ ろうなと思います。 町永:はあ。 中澤:盲ろうの場合、ですから、なじみの店を作っていくっていうの が、とても大事な側面だろうと思いました。 町永:はい。さあ続いては、学校を出た後、つまり社会に出た後の支 援はどうあったら良いのか。これかなり難しいんですけれども、アメ リカでは、国立ヘレンケラー盲ろう者センターが担っております。そ の取り組みを、ご覧いただきましょう。 ☆20:15 [アメリカ。車が行き交う大通り] ナレーション:アメリカでは、国の支援機関が盲ろうの人々の生活を 手助けしています。この日は、横断歩道を渡る訓練が行われていまし た。 (横断歩道の前に2人の女性の姿がある。白杖を持った若い女性は盲 ろう者。かたわらには指導員の女性) ナレーション:この女性は、ほとんど聞くことが出来ず、視覚にも障 害があります。 「信号を渡るのを手伝ってください」というカードを 持って、通りがかりの人に一緒に渡ってもらう訓練です。 {国立ヘレンケラーセンター指導員} (盲ろうの女性に触手話で説明をする指導員。笑顔でうなずく盲ろう 女性) [横断歩道] (首にメッセージのカードをかける盲ろう者。メッセージカードには、 「CROSS STREET TAP ME」という大きな文字と共に、説明とイラスト が書かれている) {メッセージ全文:Please help me to CROSS STREET / TAP ME IF YOU CAN HELP / I am deaf and blind} 指導員:通りの反対側で待っています。 ( 「バイバイ!」と合図をして、笑顔で別れる2人。盲ろうの女性は 1人で横断歩道に向かう) ナレーション:安全が脅かされない限り、指導員は手を出しません。 離れたところから見守ります。 (横断歩道の手前に立ち、メッセージカードを肩の位置に掲げる盲ろ う女性。指導員は横断歩道の向かい側に移動) ナレーション:一緒に横断歩道を渡ってくれる人が現れました。女性 に手を引いてもらって、横断歩道を渡ります。 (中年の女性が盲ろうの女性に近づく。メッセージカードを読み、盲 ろう者の肩をトントンする。女性は自分の右手で盲ろう者の左手を持 ち、ゆっくりと横断歩道を渡る) (横断歩道を渡り終わった盲ろう者に、指導員がアドバイスをする) 指導員:相手に手を引いてもらってはいけません。自分のペースで歩 けないのは、とても危険だからです。相手の腕を自分でしっかりつか んで、自分の意思を相手に伝えるのです。主導権は自分が取るのです。 (うなずく盲ろう女性) ナレーション:もう一度、やり直しです。手を引かれると、スピード に付いていけずに倒れたりして危険なのです。 (再び横断歩道の前でメッセージカードを掲げる盲ろう女性。男性が 近づく。男性は、右の肘をちょっと張り、 「どうぞ、つかまって」と いうふうな仕草。盲ろう女性は、その男性の右腕を少し下げるように 動かし、後ろからつながる。その意味を理解した男性は、車を手で制 しながら横断歩道を渡りはじめる) ナレーション:今度は、自分が相手の腕を取りました。 (指導員が再び盲ろう女性にアドバイス) 指導員:今日は、とてもよく頑張ったわ。来週はタクシーに乗る練習 よ。 (指導員、触手話しながらカメラに向かって口で説明) 指導員:横断歩道を渡ることは、とても大事なので、集中的に訓練し ました。彼女は、また1つ新しい生活のすべを身につけました。 ☆20:18 [国立ヘレンケラー盲ろう者センターの紹介] {国立ヘレンケラー盲ろう者センター ニューヨーク州 サンズポ イント} ナレーション:盲ろう者への支援を行なっている、国立ヘレンケラー 盲ろう者センターです。連邦政府によって、ヘレン・ケラーが亡くな った翌年の1969年に設立されました。生活訓練や、就職活動のサ ポートを行なっています。盲ろうの人々が社会に参加し、その能力を 発揮できるようにするためです。 [センター所長のインタービュー] {国立ヘレンケラー盲ろう者センター ジョー・マクナルティ所長} 所長:教育と職業訓練の機会を与えられれば、盲ろうの人々は充分、 自活できます。その機会を与えることが、社会の役目なのです。 ☆20:19 [とあるIT会社。サイモンさんの紹介] (広大なオフィスのフロアには、個人用ブースが ずらりと並ぶ) ナレーション:国立ヘレンケラー・センターに仕事を紹介され、経済 的な自立を果たした人がいます。サイモン・ガウディウソさんは、こ の会社で、初めはパートタイマーとして働き始めました。仕事は、コ ンピュータ・プログラマーです。聴覚と視覚に障害があり、補聴器を 着けても、耳はかろうじて会話が聞こえる程度。視野は極端に狭く、 白黒が反転したパソコンを使っています。それでも、プログラミング の能力が高く評価され、正社員に抜擢されました。 {サイモン・ガウディウソさん(35) } (ブースの1つでノートパソコンに向かうサイモンさん。耳には耳か け型補聴器。モニターを にらむように見つめながらプログラムを書 いている。画面は白黒反転。文字サイズは普通) (同僚のビネイさんがサイモンさんのブースに来る。仕事の会話をす る2人(口話) ) [同僚、ビネイさんのインタビュー] {IT部門マネージャー ビネイ・カンデルワルさん} ビネイ:サイモンが初めパートタイマーとして働き始めたときは、ち ょっと戸惑いました。あの頃は、彼の仕事がうまくいくかどうか不安 でした。でも、我々が間違っていました。彼は、この会社の中でも と ても優秀なプログラマーです。 ☆20:20 [アメリカ合衆国議会 ワシントンD.C.] (青い空の下、茂る木の葉の隙間から見えるドーム状のキャピタル・ ヒル(議事堂)) ナレーション:盲ろう者にとって、より暮らしやすい社会を実現する ため、国立ヘレンケラー・センターでは、政治への働きかけも行なっ ています。毎年夏、盲ろうの若者たちを集め、議会でのロビー活動を 展開しています。国会議員などと面会し、盲ろう者への支援の充実を 求めます。 (バスから降りた盲ろう者と介助者がゾロゾロと議事堂に入ってい く。中には盲導犬も。介助者は皆、黒い服) {コリーナ・ベッサートさん(28) } (介助者と共に廊下を颯爽と歩くコリーナさん。ウエーブのかかった 栗色のロングヘア) ナレーション:その一人、コリーナ・ベッサートさん。去年、短大を 卒業しました。上院議員の政策秘書に、盲ろう者を助ける通訳や介助 者をもっと増やして欲しいと訴えました。 [会議室] (部屋いっぱいの大きな机。椅子は12脚ほど。コリーナさんたち盲 ろう者が席に着く) (最後に、アメリカ国旗の前の席に着く議員秘書の女性) (議員に話をするコリーナさん。手話で話し、通訳者が読み取り通訳 をする) コリーナ:大学で、通訳・介助者サービスが足りず、とても苦労しま した。9年かけて、ようやく卒業しました。盲ろう者が社会に積極的 に関わるには、通訳・介助サービスは必要不可欠です。新しい法律を 作って、通訳・介助者の賃金を保証する仕組みを作ってください。 [下院議員会館] ナレーション:下院では、直接、議員に面会しました。こうした活動 によって、盲ろう者への新たな支援法案が議会に提出されました。盲 ろう者の声が、少しずつ社会に反映されています。 (手話で話すコリーナさん。読み取り通訳をする通訳者。議員の男性 は2人の近くに寄り、うなずきながら耳を傾ける) コリーナ:ヘレン・ケラーが、私に勇気を与えてくれたのです。彼女 は世界中を飛び回って、私のような障害者の福祉のために生涯を捧げ ました。彼女のように社会に貢献すること、それが私の目標です。 ☆20:22 [スタジオ。町永アナウンサー、福島さん、通訳者、中澤さん] 町永:アメリカの国立ヘレンケラー・センターの取り組みをお伝えい たしました。かなり日本とは違った、踏み込んだ取り組みも見えまし た。この国立ヘレンケラー・センター、名前にヘレン・ケラーと付い ているのも、大変、意気込みや位置づけも大きいかなと思うんですが。 福島:素晴らしいと思いますね。アメリカは、ご承知のように、そん なに社会保障は充実していないし、医療制度とかも問題あるし、障害 者の福祉も先進国の中では相対的に いろいろ問題があるんですが、 だけどね、それでも、盲ろう者という非常に困難な状況に置かれた人 たちに対して、連邦政府が40年前から法律を作って、予算措置をし て、生活訓練であるとか職業訓練を行うというのは、やはり、すべて の人の可能性を最大限発揮させようというアメリカン・スピリッツ、 アメリカの精神の表れなのかなと思いますね。 で、そういった訓練も素晴らしいんですが、それだけじゃなくて、や はり一番大きいのは「元気づける」ということですね。エンパワー、 エンカレッジ。力づけたり勇気を与えるという部分が、すごく大きく て。私、アメリカの盲ろう者、何人か知り合いがいますが、みんな本 当にすごく元気がいいんですよね。元気いっぱいという感じ。それが ね、日本も見習うべきだし、このヘレンケラー・センターみたいなも のも、実は日本でも、東京都に昨年、支援センターが出来たんですが、 ただ、まだ東京都だけですし、日本版のヘレンケラー・ナショナル・ センターを国の責任で作って、生活訓練だけではなくて職業訓練まで 含めたことをね、出来れば良いなと思いますよね。 町永:実際に街頭に出て、横断歩道を渡る訓練も実施していました。 これは、どんなふうに考えますか。 福島:そうですねー、それがね、やっぱりちょっと現実の矛盾を反映 していて。盲ろう者も、専属のガイドしてくださる人で、通訳・介助 者がいるほうが、安心して外に出られるんです。だから、 「チャレン ジ精神がいっぱいですよね」というのも、一方で、社会的な支援が不 充分だということの裏返しというか、そのあたりが、注意して見る必 要があるかなと思います。 町永:あのー、中澤さん。ナショナル・センター、国立でこうした拠 点的なセンターを持つ意味合いは大きいと思いますが、どんなふうに …。 中澤:はい。アメリカの場合、連邦政府がお金を出して、盲ろう教育 に関わるどんな情報でも答えてくれるウェブサイトが開かれていま す。4つの機関がサポートしているんですが、その中の一つに、この ヘレンケラー・ナショナル・センターが位置づいています。で、ヘレ ンケラー・センターはもう一つ役割がありまして、子供に関して。全 国の盲ろうの家族の会の事務局が、ここにあるんですね。 町永:拠点機能を持っているということで。日本では、東京都によう やく相談センターが出来たばかりですが、これから必要でしょうねえ。 中澤:はい、ぜひ必要だと思います。 町永:いわゆる、政治に関わろう、積極的に声を上げていこう、とい う動きも見えたんですが、福島さんは、こうしたロビー活動をどんな ふうに…。 福島:ええ。変化を待っている、変革を待っている、誰かがしてくれ る、というのではなくて、自分たちで声を上げてアピールしていくと いう…、これは本当に見習うべきだなと思いました。 中澤:盲ろうの子供たちに対する教育のサービスについては、実は、 ここ10年ぐらい、親の会がやっと結成されるようになりまして、 徐々に力をつけて、現在、行政に働きかけていくための準備が進みつ つあります。ですので、アメリカのこういった取り組みから元気をも らいながら、日本でも近い将来に、子供の場合は親たちが立ち上がっ て、行政を動かしていくんではないかなと期待しているところです。 町永:そうですねえ。昨日の日本の場合からずっと つないでいきま すと、まず教育をきちんと受けて、社会参加して、就労の道も確保し て、そして政治に対しても声を上げる、あるいは政治に参画するとい うような道筋を、日本がたどれるかどうかですかね。 中澤:そうですね。 町永:そういった意味では、福島さんを前にして何ですけど、福島さ んという、盲ろう障害のおありのかたが世の中に出て、こうやって発 言している意味合いは大変大きい。 中澤:はい。やはり昔は、 「盲ろう」と言えばヘレン・ケラーしか例 がなかったのが、福島さんという素晴らしいシンボルタワーが今ある というのは、とても大きいことです。 (照れる福島氏、笑顔で体をクネクネさせる) 町永:福島さん、あのー、福島さんご自身の後を継ぐ人が次々に出て きてほしいというお気持ちは、お強いんじゃないですか。 福島:そうですね。森くんに、次、敦史くんにね、頑張ってもらいた いと思います。で、私はボチボチ引退して、ゆっくりビールでも飲み たいかなと。 (笑) 町永: (笑)はい。まあそれはね、まだまだ先の夢にならざるを得な いと思いますけれども、今言ったように、日本でも少しずつ、きざし は見えている。国連の権利条約の批准に向けての話し合いも動いてい ますし。で、大きな大会、会議と言うんですか、開かれますね、日本 で。 福島:そうです。3年後にね、2013年なんですが、千葉の幕張で 世界の盲ろう者が集まる「ヘレン・ケラー世界会議」というのがある んです。第10回目で、今回アジアで初めて。世界中の盲ろうの代表 が集まってくるので、特に、日本の盲ろう者関係も頑張っていますよ、 ということを世界にアピールしたいなと思いますし、その一方で、世 界の現状を、逆に日本の中のその他の人たちにもアピールして、盲ろ う者がたくさんいるんだということをね、そして、困難な状況だけれ ども、みんな頑張っていますので協力よろしくね、ということを、皆 さんにアピールしたいなと思っています。 町永:はい。今日はどうもありがとうございました。 福島:ありがとうございました。 {終 製作NHKプラネット} ☆20:29
© Copyright 2024 Paperzz