平成 27 年度「日本音楽学会国際研究奨励金」受領報告書 重川 真紀

平成 27 年度「日本音楽学会国際研究奨励金」受領報告書
重川 真紀(西日本支部)
◆発表学会について◆
国際学会:Orient in Music-Music of the Orient
開催日程:2016 年 3 月 10、11 日
開催地:Chamber Hall, Academy of Music, Łódź, Poland
【概要】
この度奨励金の助成を受け、上記の学会にて発表を行った。ウッチは、ヴァイダやキェ
シロフスキらを育てた国立映画大学によってその名が知られるが、近年ではコンテンポラ
リー・アートの豊富なコレクションでも注目されるなど、文化活動が盛んである。ワルシ
ャワに次ぐポーランド第二の都市と言われており、首都から列車で約一時間半とアクセス
もよい。
今回報告者が参加した学会は、この街にある国立音楽アカデミーが主催したもので、楽
理科が中心となって組織・運営されていた。学会は二日間にわたって開催され、
「音楽にお
けるオリエント」をテーマに基調講演と 22 本の個人発表で構成されていた。開会の辞を述
べた Ryszard Daniel Golianiek 氏(ウッチ音楽アカデミー教授)によれば、当学会の目的は「オ
リエント」――ここでは中近東からアジア諸国までを含んだ東洋、すなわち西洋(オクシ
デント)の対立概念としてのもの――と西洋音楽との関わりを、理論的、様式分析的、民
族音楽学的な諸側面から検討することで問題の広がりを認識し、専門分野を超えてアイデ
アを共有することにあるとのこと。当然ながら発表のテーマも広範となるわけだが、東西
の音楽文化の混淆をヨーロッパ、ロシア、北欧、バルカン、中東、アジア諸地域の例に則
して理論と実践の両面から捉えようとする数々の意欲的な試みが展開された。
発表テーマに応じて初日は「West Meeting East」、
「Orient in European Opera」、
「Orient and
National Identity」という三つのセッションが、二日目は「Buddhism」、「Far-East Music
Perspective」
、
「Historical and Colonial Perspectives」
、
「Pop-music Perspective」という四つのセ
ッションが組まれ、セッション毎に二~三人の発表者が順に発表を行った(発表時間は 20
分)
。参加者の内訳は、やはり開催地であるポーランドからの参加者が全体の半数を占めて
いたが、残りの半数はチェコ、ラトビア、ルーマニア、イギリス、イタリア、イスラエル、
日本、中国とそれなりにバラエティに富んでいた。
質疑応答は各セッションの最後にまとめて行う形式がとられたため、個々の発表に対す
る議論があまりなされなかったのは残念だったが、休憩時間に別室でお茶を飲みながら歓
談できたり、昼食は事務局が用意してくれたレストランで揃ってとる形になっていたりと、
参加者同士のコミュニケーションがとりやすかった点はよかった。また午前と午後の部の
間には、ヤニチャーレン・バンド(演奏はポーランド人)の演奏会、発表終了後には両日
とも新設されたコンサート・ホールで演奏会が催されるなど盛りだくさんの内容だった。
◆研究発表について◆
セッション名:Orient in European opera
発表日時:2016 年 3 月 10 日 15:40-16:00
発表題目:The source and imagination of the ‘Orient’ in Szymanowski’s opera King Roger op.46
【要旨】
報告者が発表を行ったセッションは、西洋音楽作品の中にみられるオリエントの表象に
関するもので、とくにオペラ作品を扱った発表で組まれていた。報告者が取り上げたのは、
20 世紀ポーランドの作曲家カロル・シマノフスキ(1882-1937)のオペラ《ルッジェロ王》
作品 46(1918-24 年作曲)である。
この作品は、中世シチリア王国を舞台に、突如王国に現れた異教徒の羊飼いと、彼に魅
せられ葛藤する王との攻防を描いたもので、シマノフスキの地中海世界への傾倒を示す作
品の一つである。その音楽はビザンチン教会のミサや羊飼いの信者たちによる東洋風の踊
りなど、エキゾティックな要素に彩られており、なかでも羊飼いの音楽は、保続音の上で
動く装飾的な旋律線、即興的なパッセージワーク、速い連打音など、ペルシアの古典音楽
やアラブ音楽にみられるような特徴をそなえている。本発表では、このオペラの第二幕中
盤に位置する〈羊飼いの信者たちの踊り〉部分に着目し、その旋律構造やリズム的特質、
楽器法がどの程度実際の東方的要素に規定されているかを明らかにしようと試みた。
シマノフスキは、1914 年に北アフリカの「マグレブ地方」を友人と旅しており、この同
行者の証言から現地の楽器で奏された音楽を聴いたことがわかっている。しかし、現存す
る資料が乏しいことから、シマノフスキと東方文化との直接的な接点について、その詳細
は明らかにされてこなかった。そこで本発表では、まず作曲家の書簡や同行者の回想録か
ら旅程を再構築し、続いて 1913 年に同じ地方でハンガリーのバルトークが行った民謡蒐集
(後に「ビスクラ地方のアラブ民俗音楽」と題した論文にまとめられ、1920 年に『音楽学
雑誌 Zeitschrift für Musikwissenschaft』で発表された)を参照しながら、シマノフスキが現地
で聴いたと思われる民俗楽器とその音楽的特徴をあぶりだした。
〈羊飼いの信者たちの踊り〉の音楽は、不規則な拍節構造を持つ旋律が打楽器を思わせ
る伴奏リズムの上で様々に変容され、折り重ねられながら紡ぎだされていく。報告者は、
旋律構造やリズム的特質、楽器法を細かく見ていくことで、当時ビスクラで普及していた
民俗楽器の音色がそのオーケストレーションにとりこまれている可能性を示唆した。また
伴奏部分を担当する楽器は「ヘ音」と「イ音」という二つの基本音からなる楽器群に分類
でき、それらがアラブのリズム楽器奏者によって用いられる「音高アクセント」として機
能していることも指摘した。シマノフスキは、和声のヴァリエーションによって展開され
ていく西洋音楽とは異なるアラブ音楽の構成原理を、このオペラの音楽に巧みに取り込む
ことによって「異質さ」を内包するエキゾティシズムを演出したといえる。一方で、こう
したアラブ音楽の抽象、要素還元、再構成という手段を通じて、彼は土着の素材に限りな
く近づく作曲様式を獲得していったと考えられ、そこから後のポーランドの民俗的素材の
扱いが予見できることも示唆した。
【質疑・応答】
質疑応答では、司会者からバルトークとの関連、それも彼のビスクラ地方の民謡蒐集と
結び付けてシマノフスキの作品を考察する試みは前例がないことから興味深い内容だとい
うコメントをいただいた。また発表後に、ポーランドの研究者からシマノフスキの東方音
楽的要素の様式化に関して、すべて自分のオリジナルであることを強調する旨の記述を作
曲家自身が残していることから、彼の実体験がそこに反映されていると見るより、あくま
で自由な発想によるものと捉えられるのではないかとの指摘をうけた。これに対し報告者
は、そういう見方もあり得るが、楽器法、リズム的特質、旋律のクセといったレヴェルで
シマノフスキが何のモデルもなく、ゼロから創作したとは考えにくいこと、本発表の目的
はシマノフスキ作品にみられる東方的要素を、その旋律やリズムの具体相のレヴェルで確
認することではなく、むしろリズム的特質や旋律の癖といったもう一段抽象的な相におけ
る彼のイメージモデルの例を描き出すことにあると返答した。
報告者にとって、今回の国際学会への参加は、研究成果を国外にむけて発信できただけ
でなく、ポーランドの作曲家研究に携わる立場として、現地の専門家たちと意見を交わす
ことができた点でも実りあるものだった。また当該学会の発表はすべて英語で行われたが、
参加者のほとんどがノン・ネイティヴだったため若干気楽ではあったものの、外国語で発
表する際には、母国語での発表よりも議論の道筋をさらに明快にする必要があるというこ
とを改めて感じさせられた。今回得た経験をぜひ次の機会へと活かしていきたいと思う。
最後に、このような機会を与えてくださった住友生命保険相互会社ならびに日本音楽学会
に感謝申し上げたい。