諸外国の税制から考える我が国の新たな非営利事業

平成 19 年 12 月 28 日
企業税制研究所
諸外国の税制から考える我が国の新たな非営利事業体税制のあり方(下)
5.公益法人等に関する税制改正において考慮すべき事項
(4)収益事業課税の諸問題
ご意見:現行の収益事業課税には、収益事業に該当するか否かが課税庁の判定に委ねられ
ており、税務署によって対応もまちまちである。
ご意見:33 業種の定義や継続性の要件が曖昧である。
① 収益事業課税制度をめぐる状況
収益事業課税制度の課税根拠や収益事業の範囲について、かねてより様々な問題点が指摘さ
れてきたことは、周知のとおりです。
近年では、平成 18 年の宗教法人の営むペット葬祭業等が収益事業に該当するか否かについ
ての名古屋地裁・名古屋高裁の判決1が記憶に新しいところですが、名古屋地裁の判決では、収
益事業の範囲や公益法人等への課税根拠に言及しています。
名古屋地裁は、収益事業概念の解釈の在り方として、
「・・・本来の非営利活動については課税
対象から外すこととするが、一般事業者が利益の獲得を目的として行っている事業と同じ類型
の(収益)事業から生じた収益に対しては、これらに税制上の便宜を提供すべき根拠がなく、
また課税の公平性の確保の観点から、低率ではあるものの、課税対象としていると解される(こ
の意味で、一般事業者との競争条件の平等化を意味するイコール・フッティング論が現行課税
制度の根拠の一つとなっていることは否定できない。
)
。
」と述べています。
営利事業との競合が現行の課税制度の根拠の一つであるとし、また、収益事業の範囲を広く
捉えたこの判決の考え方は、平成 17 年6月に政府税制調査会から示された「新たな非営利法
人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」
(以下、
「平成 17 年税調基本的考え
方」といいます。
)における「限定列挙されている収益事業の範囲を拡大することにつき再検討
する」ことが必要であるという考え方2と共通するものです。
この判決に対しては、三木義一氏がその著書の中で次のように解説しています。
「本件の場合には、ペット供養を本来的宗教活動として行っていたところ、ペットブームに
便乗した民間業者が名前や形式等を宗教法人の活動に似せて葬祭事業を行いはじめ、
その結果、
競合関係が生じているケースである。つまり、公益法人が非課税を奇禍として民間企業と競合
関係になる事業を行ったのではなく、民間業者が宗教活動に似せて葬祭事業を行っているので
あり、現行法規が想定した事態と全く逆のケースである。
」
また、三木氏は、33 業種限定列挙方式による収益事業については、
「
「民間企業との競合」が
立法意図にあったとしても、条文上に「その他民間企業と競合する事業」等の一般条項が規定
されているわけでもなく、
法は収益事業の範囲をあくまでも限定列挙した、
ということである。
」
と述べておられます3。
収益事業課税制度は、前号でも述べたように、個々に非営利性を判断することが困難である
ことから外形的に導入された制度であって、そもそも収益事業課税の課税根拠が曖昧であった
ことが、このような収益事業の範囲を広く捉える判決につながったのではないかと考えられま
す。
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平成 17 年税調基本的考え方においては、
「すべての事業から生じる収益を非課税とすること
は営利法人との間で著しくバランスを失することとなる。このため公益性を有する非営利法人
においても、現行制度と同様、営利法人と競合関係にある事業のみに課税することとすべきで
ある。
」4とされていました。このような考え方に基づき、公益社団法人等に関しては収益事業
課税を行い、一般社団法人等に関しては普通法人並みに課税することとされていたため、平成
20 年度の税制改正においては、一般的には、収益事業課税制度は維持・強化されるものと受け
止められていました。
② 平成 20 年度税制改正の大綱
先日公表された平成 20 年度税制改正の大綱5においては、
公益社団法人等の課税所得の範囲に関
して、
「各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得について法人税を課税する。なお、収
益事業の範囲から、公益目的事業に該当するものを除外する。
」6とされています。
一般社団法人等に関しても、剰余金の分配を行わない旨を定款で定めている等の要件を満たす
ものについて、
「収益事業を営む場合に限り、法人税の納税義務が生ずることとする。」とされ、
課税所得の範囲については、
「各事業年度の所得のうち収益事業から生じた所得について法人税
を課税する。
」7とされています。一般社団法人等のうち、剰余金の分配を行わない旨を定款で定
めている等の要件を満たさないものについては、普通法人として課税するものとされていますが、
現実には、そのような法人はほとんどないと考えますので、一般社団法人等に関しては、現在の
公益法人等や NPO 法人と同様に、実質的には原則非課税となることになります。
このように、従来の課税強化路線が大きく後退しているわけですが、当研究所は、現行制度を
生かすことで関係者に負担を与えず、かつ、結果として諸外国とほぼ同様の課税となるという点
で、現行の収益事業課税制度の枠組みを利用して公益目的事業に該当するものを除外するという
案が、我が国の公益法人等に関する税制の改革を行うに当たって現実的な最も適切な改革案と成
り得るということを主張し、その改革案を公表してきたところです。
平成 20 年度の税制改正が、この大綱の案のようなものになるとすれば、まだまだ限定的では
ありますが、我が国の税制も、
「非営利は非課税」という本来のあるべき方向に向けて、重要な
一歩を踏み出したと言っても良いでしょう。
ただし、改革の対象範囲が公益社団法人等と一般社団法人等のみで、社会福祉法人・宗教法人・
学校法人・NPO 法人などが含まれず、また、NPO 法人や一般社団法人等については、
「収益事
業以外の事業のために支出した金額」
(法法 37⑤)をみなし寄付として損金に算入することが認
められないなど、依然として、税制が体系性に欠け、理論的でないものとなっているため、今後
は、このような点の改革を進め、民間の非営利活動の拡大を妨げることのない税制を創る必要が
あります。
③ 収益事業の範囲の見直し
大綱においては、収益事業の範囲について、
「労働者派遣業の追加、技芸の教授業に係る除外
措置の見直しのほか、所要の整備を行う。
」8、とされています。
収益事業の範囲については、技芸教授業の中には、パソコン教室・スポーツクラブ・英会話教
室などといった今日では一般的な事業は含まれずに非課税扱いとなっているなど、かねてよりそ
の見直しの必要性が指摘されてきました。
大綱で示された、収益事業課税制度の枠組みを残した非課税制度は、収益事業の範囲に漏れが
ある場合には逆に課税の不均衡を生じさせることから、大綱に示された収益事業の見直し項目以
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外についても、現状を精査して収益事業の枠組みを再構築することが不可欠となります。
ただし、この収益事業の範囲の見直しは、
「非営利は非課税」という考え方を徹底し、みなし
寄付の全額を損金算入とする方向の改革と併せて行うべきものであることを、忘れてはなりませ
ん。
(5)公益法人等への官僚の天下り・理事等への高額報酬について
① 公益法人等への官僚の天下り
ご意見:現在の公益法人等の一部は、役人の天下り先となっており、これを非営利だから
といって非課税とするのでは、天下り促進税制になってしまうのではないか。
ご意見のように、官僚の天下りに対する批判が、公益法人等に対する課税を強化するべきであ
るという主張へと結びつく傾向が見受けられます。
しかし、官僚の天下りの問題は、果たして公益法人等に対して法人税の課税を行うことで解決
できる問題なのでしょうか。収益事業課税制度が、官僚の天下り問題に何ら抑制力を持たなかっ
たことは、今日の状況をみれば、誰の目にも明らかであるはずです。収益事業課税制度は、公益
法人等の事業の外形のみを問題とし、その内部に立ち入って高額報酬を含む利益分配の有無等を
問題としない制度であるため、収益事業課税制度は、むしろ、結果的には、官僚の天下りを温存
する税制となっていたと言っても過言ではありません。
官僚の天下り問題については、まず法制で対応することが第一の解決方法であることは、疑う
余地がありません。2008 年中に内閣府内に設置される予定の官民人材交流センターにおいても、
一層の努力が期待されるところです。
② 理事等への高額報酬について
ご意見:利益分配には「寄付を装った利益分配」
、
「給与による利益分配」
、
「特定の者に対
する利益分配」などが含まれる可能性があるため、これらを事前に防ぐ規定を設
けるか、重いペナルティを課すべきである。
諸外国においては、非営利事業体とその理事等との私的取引、施設やサービスの供与、高額な
報酬の支払い等といった利益供与(以下、
「広義の利益分配」といいます。
)に対しては、対応措
置が講じられています。
アメリカでは、広義の利益分配に対して、規制税(Excise Tax)や中間的制裁(Intermediate
Sanction)と呼ばれる制裁措置が講じられています(詳しくは、当研究所ホームページ『アメリ
カ』
「Ⅱ 4. 規制税及び中間的制裁」をご覧下さい。
)
。
フランスでは、非営利事業体の保有する財源の額に応じて報酬を支払うことができる理事等の
人数が定められています(同ホームページ『フランス』
「Ⅱ 3. 非営利団体の理事等への報酬の支
払いについて」をご覧下さい。
)
。
こうした諸外国における広義の利益分配に対する税制上の措置は、
「非営利は利益分配を行わな
い」ということが前提にあって講じられている措置であり、大綱で示されているように、単に理
事及びその親族等である理事の合計数が理事の総数の3分の1以下であることを定めた9だけでは、
広義の利益分配に対する抑止効果は限定的なものにならざるを得ません。
公益認定基準における高額報酬等の取扱いについては、
「その理事、幹事及び評議員に対する報
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酬等について、内閣府令で定めるところにより、民間事業者の役員の報酬等及び従業員の給与、
当該法人の経理の状況その他の事情を考慮して、不当に高額なものとならないような支給の基準
を定めているものであること。
」
(公益法人認定法5十三)
、とされています。税法においても、
法制に併せて、
「非営利は利益分配を行わない」ということを前提とした上で、広義の利益分配
に該当する行為を想定して、ペナルティとしてアメリカの規制税のような制度の導入について、
検討することが必要と考えられます。
(6)法制と税制との整合性
ご意見:非営利法人は、法制と税制の両方を見て、どのような活動が行えるかを考えるわ
けであり、非営利事業体の税制案は法制案と同時に示してもらいたい。
ご意見:公益社団法人等の認定基準となる公益目的事業という公益性の判断基準があるの
だから、税務上もこれを認容した方が、納税者も判断しやすいのではないだろう
か。
① 法制改正と税制改正の時期
我が国では、
公益法人制度改革の公益法人関連三法案が成立し、
公布されたにもかかわらず、
税制改正が同時期に行われなかったことから、関係者にとっては、新制度に対する税制改正
の内容が分からない状況がしばらく続いていたわけです。
諸外国の税制改正の進め方に目を転じてみますと、イギリスでは、2000 年に寄付金に関す
る税制改正が先行し、その後、関連する法制が改正されました。この改正において、税の所
轄管庁である財務省は、税制改正により寄付に優遇措置を設けるとともに、自ら寄付の宣伝・
普及活動を行ったのです10。税制改正を法制改正に先がけて行い、寄付行為の促進活動の先
頭に立ったイギリスの財務省の姿勢と、今回の公益法人等の税制改正に臨む我が国の姿勢に
は、かなりの開きがあるように感じられます。
我が国の今回の税制改正の目的は、
「
「民間が担う公共」を支えるための税制の構築」11で
あり、税制の抜本的な改革を行うことが求められていることは、間違いのないところです。
納税者の立場に立ってみると、法制と税制の双方が分からなければ、果たしてその法制が妥
当なものであるのか否かの的確な判断はできません。本来は、法制と税制の改正内容は、同
時に検討されるべきであったと考えられます。今後の公益法人等に係る税制改正に当たって
は、上記のイギリスの財務省の姿勢は大いに見習うべきであると考えます。
② 法制と税制との整合性
アメリカ、ドイツ及びフランスでは、原則として、課税当局が税制上の公益性の判断を行う
こととされています。
一方、イギリスでは、チャリティ委員会という第三者機関が公益性の判断を行い、そこで
公益性が高いと判断された場合には、ほぼ自動的に税制上も課税されないという仕組みとな
っています。
我が国の公益社団法人等の認定は、公益認定等委員会等の行政庁が行うこととなっており、
公益性の認定方法という点では、イギリスと類似していると考えることができます。我が国
の公益社団法人等に関しても、イギリスと同様に、法制と税制を一致させるようにそれぞれ
の制度設計を行えば、納税者にとっても、非常に理解しやすい税制となることでしょう。
イギリスのチャリティ委員会と税務当局の間では、データの共有化をはじめとして、職員
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の派遣研修や定期会合など、極めて密接な提携・協力関係があると言われています12。税制
と法制を一致させるためには、こうした協力体制は不可欠であり、我が国でも、財務省と公
益認定を行う行政庁の間で調整機関を設けるなど、独自の連携体制を構築する必要があると
考えます。
また、第五次医療法改正によって創設された公益性の高い社会医療法人についても、法制
と税制を連動させて整合性のある制度設計を行うべきことは当然であり、非営利事業体とい
う大きな区分の中において税率等が整合性のあるものとすることが必要と考えられます。
(7)みなし寄付金
ご意見:付随的な収益事業を行うとしても、それは本来の公益目的事業の赤字填補、活動
原資を捻出するためであり、本来の公益目的事業に費消される限り、みなし寄付
金は 100%認められるべきである。
ご意見:公益社団法人等と一般社団法人等は、ともにみなし寄付金金の割合を上げるべき
である。ただし、非営利という観点からすると両者ともに同じ比率にするのは制
度的に不合理であるため、割合を変えるなどして差をつけるべきだと考える。
みなし寄付金制度とは、公益法人等が収益事業部門から収益事業以外の事業部門に対して
金銭その他の資産を支出した場合に、その支出した金額を収益事業の寄付金とみなして、寄付
金の損金算入限度額の計算を行う制度であり、みなし寄付金の損金算入額は、学校法人、社会
福祉法人又は更生保護法人については所得金額の 50%、それ以外の法人については所得金額
の 20%が限度額とされています。
非営利事業体においては、
非営利活動を支えるための十分な経済的な基盤を築くことが重要
であり、そのためには、寄付を集めやすくする寄付金税制の改革と併せて、みなし寄付金の損
金算入額の割合を 100%にする必要があると考えられます。大綱では、公益社団法人等のみな
し寄付金の損金算入限度額について、
「ハ 収益事業に属する資産のうちから自らの公益目的
事業のために支出した金額は、その収益事業に係る寄附金の額とみなす。 ニ 寄附金の損金
算入限度額は、次のいずれか多い金額とする。
(イ) 所得の金額の 100 分の 50 相当額、
(ロ)
上記ハの金額のうち、公益目的事業のために充当し、又は充当することが確実であると認めら
れるもの」13、とされています。これは、公益法人認定法 18 条 4 号、同施行規則 24 条にお
いて、収益事業等から生じた収益の 50%に相当する財産を公益目的事業のために使用又は処
分することとなっていることに対応した措置と考えられ、ニ(ロ)における 50%を超えて支
出した場合の取扱いと併せると、みなし寄付金の 100%を損金算入することも可能になると考
えられます。
みなし寄付金の 100%の損金算入を認めるということは、実質的に「非営利は非課税」とす
るものと考えることができます。
みなし寄付金の損金算入額については、公益社団法人等に対して上記ニ(ロ)の措置を講ず
ることに対応して、その他の公益法人等についても、併せて見直しが必要になるものと考えら
れます。
なお、我が国では公益社団法人等の株式の保有が制限されています(公益法人認定法5十
五)が、イギリスでは、非営利事業体が事業会社を設立して、公益目的外の活動を行い、そ
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の利益を全額非営利事業体に寄付した場合には、その寄付には課税されないこととなってお
り、我が国と比べると相当の優遇措置が講じられています。
(8)寄付金税制
ご意見:寄付金の拡充には賛成であるが、公益社団法人等と一般社団法人等とではその性
質が異なることから、税制上の効果に明確な差をつけるべきである。また、現行
の指定寄付金や特定公益増進法人等に対する寄付金との整合性を慎重に検討す
べきである。
寄付金は、そもそも利益を分配するという性質を有しているため、本来は、寄付金を損金とす
ることに関しては慎重を期す必要があります。
しかしながら、諸外国と比べて寄付文化の基盤が脆弱な我が国においては、民間の公益活動を
促進するために、民間の公益法人等の経済的基盤を強化することが重要であり、そのためには、
寄付金税制における優遇措置の拡大を図ることが不可欠となります。
優遇措置としては、損金算入限度額の大幅な拡大、寄付の手段の多様化、優遇目的の特定、控
除限度超過額の繰越しなどが考えられます。
諸外国においては、次のような取扱いがされています。
① 損金算入・税額控除制度
諸外国においては、資料 1 に示したとおり、損金算入・税額控除制度が定められています。
【資料1:主要諸外国の公益目的寄付金税制の概要比較(法人税)】
アメリカ
損金算入・
税額控除制度
控除限度超過額
の繰越し規定
イギリス
課税所得の10%まで損 原則として全額損
金算入
金算入
5年間の繰越しが可能
なし
ドイツ
フランス
以下のいずれか大きい金
額
① 年間の総売上高と賃金 年間の売上高の0.5%
を限度とし、寄付金額の
の合計額の0.2%
60%を税額控除
② 所得の5%(別段の定
めのあるものは10%)
別段の定めのある寄付金
について、1回の寄付が
25,565ユーロを超える大口
寄付金については、寄付を
5年間の繰越しが可能
した年の前年から、寄付を
した年の5年先までの期間
にわたって、損金算入が可
能
② 寄付の手段
アメリカでは、金銭以外の資産(古着や家具、株式や不動産)の寄付が認められ、その現物
資産の性質によって税制上の評価方法が定められています14。
イギリスでは、基本税率と所得税率の税率差を利用したギフト・エイド、給与からの天引き
で寄付金を支払う給与天引き寄付、
遺産による寄付、
株式による寄付などが認められています。
寄付行為を行い易くするためには、こうした寄付の手段の多様化を模索することも考えられ
ます。
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③ 寄付の目的の特定
フランスでは、近年、国宝級文化財保護や文化支援活動といった寄付の目的に重点を置いた
税制改正が行われ、寄付額が大幅に増加したと報告されています15。税制改正の目的として、
ただ漠然と民間の公益活動の促進とするのではなく、例えばある特定の公益目的に関する活動
を行う団体に対して、特別な優遇措置を設ける方法も、有効な手段となると考えられます。
④ 控除限度超過額の繰越規定
資料 1 に示したとおり、控除限度超過額の繰越規定については、アメリカ、ドイツ、フラン
スが5年、韓国は3年となっています。
高額な寄付を促進するためには、控除限度超過額の繰越規定の導入を検討することが必要と
なりましょう。
我が国の寄付金税制については、これらの諸外国の事例を参考とし、公益社団法人等や一般社
団法人等に限らず、既存の特定公益増進法人等に関する寄付金税制との整合性を考慮し、全ての
公益法人等を対象として、抜本的な改正が必要とされると考えられます。
また、後掲(10)の外国公益法人等に対して支払ったいわゆるクロスボーダー寄付金について
も、所要の措置を講ずる必要があると考えられます。
(9)租税回避防止措置
ご意見:一般社団法人等に対しては、課税逃れができないようにするために、具体的な策
を現状の案などをもとに検討すべきである。
ご意見:売上高が一定金額以上の法人に対しては、消費税のように届出を行い、課税関係
を明確にするなどして、租税回避行為を防止すべきである。
① 一般社団法人等の租税回避防止措置
一般社団法人等の非営利性をより確実なものとするためには、利益の分配を行わない旨が
定款に記載されているという要件と併せて、ペナルティとして高額な「利益分配法人税」を
課すといった措置が講じられるべきです。
仮に、税務当局が事業年度毎に定款の記載を確認するとしても、一般社団法人等が利益分
配を行うことは可能であり、利益分配を実際に行ってしまった場合の税制上のペナルティが
なければ、実質的には、一般社団法人等の利益分配を容認してしまうことにつながる恐れが
あります。
② 届出制度
我が国の公益法人等に関しては、その把握漏れによって、課税を行い得ない事態が生ずる
ことが大きな懸念材料の一つといわれます。主務官庁の監督を受けない人格のない社団等の
事業体も含めて、売上金額に基づいて(例えば消費税の納税義務者のように売上金額 1,000
万円を超える事業体について)財務諸表や定款等の提出義務を課すのが適当であると考えら
れます。
アメリカの非営利事業体の申告書である Form990 では、理事等の報酬額なども含めて詳
細な情報申告を行うこととされており16、イギリスでも, 同様に情報申告を行うこととされ
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ています17。
公益法人等が各種の優遇措置を受けるためには、その優遇措置を受けるに値することを自
らが証明すべきことは当然のことであり、また、自らの透明性を図ることによって、さらな
る支援を受けることが可能になるのではないでしょうか。
(10)外国公益法人等
ご意見:我が国における外国公益法人等の指定数から推測すると、その課税上の取扱いが
諸外国に周知されていないのではないだろうか。
我が国における外国公益法人等の取扱いについては、外国法人が公益法人等として財務大臣の
指定を受けて告示されたときは、国内源泉所得のうち、収益事業に該当するものだけが課税され
ることとなっています。
現在、この指定を受けている法人は、わずか数法人に過ぎず、我が国における外国公益法人等
については、概ね普通法人並みの課税が行われているものと推測されます。
大綱においては、
「所得税及び法人税における外国公益法人等の指定制度について、現に指定を
受けている外国法人に対する所要の経過措置を講じた上、廃止する。
」18とされています。その意
味するところが、外国公益法人の指定制度と外国公益法人等の非収益事業所得の非課税(法法 10)
の廃止をも意味するのか、あるいは、指定制度は廃止するものの外国公益法人等に対して我が国
の公益法人等と同等の優遇措置を認めることを意味するのか、定かではありません。
仮に、前者である場合、外国公益法人等の課税については、原則として、普通法人並みに課税
が行われるということとなり、我が国で公益活動を行う外国公益法人等が租税の優遇を受けるた
めには、新たに内国法人を設立しなければならないこととなります。
また、後者の場合には、外国公益法人等の認定方法が問題となります。
しかし、外国でその課税庁や第三者機関の認定を受けた外国の公益法人等(以下、
「免税団体」
といいます。
)こそ、民間の公益活動が未発達である我が国において、その活動の先鞭を付ける
役割が期待されます。こうした免税団体については、我が国の公益社団法人等と同等の取扱いが
なされるべきであり、その公益活動を阻害するようなことがあってはならないと考えます。
外国公益法人等の公益活動を阻害しないためには、我が国の課税当局が、外国の免税団体を適
格な外国公益法人等として認定するための新たな枠組を設けることが必要となります。具体的に
は、利益分配の有無、活動目的、所在地国の免税団体の認定書、理事等と免税団体の取引関係な
どを確認し、併せて、定款、過去数年間の決算書及び申告書、居住者証明書、活動内容を記載し
た書面等の提出を義務付けることが必要となりましょう。
また、
主要諸外国においては、
「非営利は非課税」
ということが税制の大原則であることからも、
外国公益法人等に対して優遇措置を講ずる場合には、我が国においても、税法において、利益分
配を行わないという要件を明らかにして、諸外国の税制との整合を図ることが不可欠となると考
えられます。
なお、アメリカでは、外国で設立された公益法人についても、米国内国歳入庁に申請し免税団
体の審査を受け、本来の公益目的事業の非課税措置を受けることが可能とされています19。
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6. 企業税制研究所の提案
企業税制研究所では、多くの皆様方からのご意見と諸外国の税制に関する調査から得られた示唆
を踏まえて、実際に条文案を作成し、ホームページに公開しています。
また、企業税制研究所の提案する我が国の公益法人等に関する税制(案)の概要については、資
料 2 をご覧下さい。
企業税制研究所の提案は、大きく分けて下記の 4 つの基本的な考え方に基づいて構成されていま
す。
【資料2: 企業税制研究所の提案する我が国の公益法人等に関する税制(案)の概要】
公益社団法人等
社会福祉法人
学校法人
NPO法人
宗教法人
1.利益分配等の有無
2. 課税方法
無
収益事業については、公益
目的事業に係る利益を控除した
上で、その残額に課税する。
3. 利益分配法人税
4. みなし寄付
5. 税率
100%損金算入
軽減税率
実態を考慮
普通税率
-
普通税率
6. 届出
適用有
要
一般社団法人等
人格のない社団等
利益分配を行わないことが定
款等に明示されていること等
の要件を満たさない法人
有
普通法人と同様の取扱い
-
(1)法人税の本来のあり方に立ち戻り、
「営利に課税し、非営利には課税しない」こととし、非営利
事業体の活動を制約しないようにする。
これについては、当研究所では、法人税法4条(納税義務者)において、次のように規定する
ことを提案しています。
「内国法人は、この法律により、法人税を納める義務がある。ただし、内国法人等である公益法
人等、一般社団法人等又は人格のない社団等については、利益若しくは剰余金の分配若しくは残
余財産の分配(国若しくは地方公共団体又はこれらに準ずるものとして財務省令で定めるものに
対する分配を除く。
)を行うことを予定して事業を行う場合(以下一部省略)に限る。
」
「非営利は非課税」という原則は、納税義務者に係る規定の中に定めることが不可欠と考えら
れます。
(2)公益に資する活動に対する寄付を促進する。
公益に資する活動に対する寄付の促進のためには、寄付金の損金算入限度額を大幅に引き上げ
る必要があると考えられます。大綱では、
「特定公益増進法人の範囲に公益社団法人及び公益財
団法人を加える」20こととされ、
「特定公益増進法人等に係る寄附金の損金算入限度額について、
所得基準を所得の金額の 100 分の 5(現行 100 分の 2.5)相当額とする」21ことが大きな柱とな
っているようです。
しかし、我が国の公益法人等の財政的な基盤を確固たるものにするためには、全ての公益法人
等について、損金算入限度額を諸外国並みの水準とする方向で検討することが必要とされること
はいうまでもありません。
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(3)国際的に遜色のない税制とする。
諸外国と同様に、税法上、
「非営利は非課税」という原則を明らかにし、収益事業課税制度の枠
組みを利用しつつ公益目的事業に係る利益を控除する制度を全ての公益法人等に対して等しく
適用する制度を創設するのが適当と考えられます。
また、この方法については、我が国の場合には、従来から用いられてきた収益事業という枠組
みがあったため、業種によっては課税か否かの判定が必ずしも容易ではない諸外国の仕組み(当
研究所ホームページ『アメリカ』
「資料 非関連事業所得の事例」をご覧下さい。
)と比べると、
むしろ我が国の収益事業課税制度の枠組みを生かした非課税方式の方が優れた方法であると考
えることも可能です。
(4)租税回避を防止する。
一部の者のみに対する利益の分配又は少額の利益の分配があった場合には、
その分配額に相当す
る金額のみを課税標準として高率の負担を求める「利益分配法人税」を設ける必要があると考え
られます。
大綱では、利益分配を行わないことを定款の記載要件とし、また、同族の理事等の人数を制限
していますが、一部の者に対して少額とはいえ利益分配が行われた場合などに対応する制度がな
ければ、結果としてこれらの行為が容認されてしまうこととなり、問題となるものと考えられま
す。
また、所定の届出書の提出義務も見直すことによって、現在、把握が困難とされている法人につ
いても、把握できるようにする必要があると考えられます。
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平成 19 年 12 月 28 日
企業税制研究所
おわりに
大綱においては、公益社団法人等について、原則非課税とし、収益事業課税制度を採りつつ公益目
的事業は非課税とし、また、一般社団法人等について、原則非課税とし、収益事業課税制度を採る改
正案が示されました。平成 17 年税調基本的考え方においては、非営利であるのか否かに関係なく法
人課税の対象を決めて広範に法人課税を行うものとされていましたが、大綱における改正案は、平成
17 年税調基本的考え方における案を覆して、
「非営利は非課税」という方向へ大きく転換を図ったも
のと捉えることができます。この大綱の改革案は、今後、我が国の非営利事業体の税制を改革してい
う上での大きなステップとなることは、間違いないと考えられます。
しかし、
大綱は、
改正の対象法人を公益社団法人等と一般社団法人等に限定したものとなっており、
非営利事業体の全般について理論的・体系的に税制の再構築を行うものとはなっていません。
今後は、
「営利に課税し、非営利には課税しない」という観点に立ち、改正の対象範囲を拡大して、非営利事
業体全般について理論的・体系的な税制をつくることが必要と考えられます。
また、大綱は、一般社団法人等について、みなし寄付の損金算入を認めないものとなっています。
これは、現行の NPO 法人の取扱いと平仄を合わせたものと考えられますが、一般社団法人等や NPO
法人がその収益事業の利益を公益社団法人等と同様の非収益事業に使用した場合に、公益社団法人等
においては損金とし、一般社団法人等や NPO 法人においては損金にしないということでは、同じ行
為に対して異なる課税を行うこととなり、公平課税の原則に反することとならざるを得ません。本来
のあるべき税制は、これらが損金とするべきものであるのか否かを自ら判定し、
「同じものには同じよ
うに課税する」というものでなければなりません。
我が国は、財政状況が悪化し、かつてない高齢化社会を迎えようとしていますので、民間が行う公
益活動の重要性がますます高まっており、税制もそれを積極的に支援することが不可欠となっていま
す。
このような事情に鑑みると、今後、上記のような大綱の課題を解決していくことは、喫緊の課題と
言わなければなりません。
本稿においては、これまで諸外国の税制との比較を行いながら、我が国の非営利事業体の税制のあ
り方を考えてきました。諸外国における非営利事業体の活動は、我が国とは比較にならないほど活発
であり、それを支える法制や税制から数多くの示唆を得ることができます。我が国の税制改正に当た
って必要なことは、我が国の現行の税制の様々な問題点を明らかにして、その問題を解決するための
ヒントを諸外国に学ぶことであって、アメリカのパブリック・サポートを模倣して創られた我が国の
認定 NPO 法人の認定基準22のように、諸外国の税制をつまみ食いで模倣することではありません。
諸外国の税制から得たヒントをもとに、諸外国以上に理論的で使い勝手の良い日本版・公益法人等に
関する税制を再構築することが求められているのです。
いずれにしても、我が国の公益法人等に関する税制については、諸外国の改革姿勢や理論・制度を
参考とし、法制改正に併せたその場しのぎの改正ではなく、我が国における非営利事業体の全般につ
いて一貫した理論構築と体系的な制度設計を行うことが急務であると考えられます。
当研究所では、平成 19 年 3 月の発足以来、税制改正の提案を行い、多くの関係者の方々から頂い
た貴重なご意見に基づいて、実際に条文案の作成までを行うという活動を行ってきました。当研究所
としては、納税者自身が自らに適用される税のルールを創るという観点に立ち、我が国の税制の改革
案を提示していきたいと考えていますので、今後とも、皆様方から忌憚のないご意見を頂戴したいと
存じます。
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平成 19 年 12 月 28 日
企業税制研究所
名古屋地裁平成 16 年(行ウ)第4号 法人税額決定処分等取消請求事件、名古屋高等裁判所平成 17 年(行コ)第 31
号 法人税額決定処分等取消請求控訴事件
2 政府税制調査会「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」平成 17 年6月、7頁
3 三木義一「宗教法人によるペット供養の非収益事業性」
『立命館法学』2004 年6月号、1720・1721 頁
4 政府税制調査会・前掲注 2、3頁
5 財務省 「平成 20 年度税制改正の大綱」平成 19 年 12 月 19 日 http://www.mof.go.jp/genan20/zei001.pdf
6 財務省・前掲注 5 「五 公益法人制度改革への対応・寄附税制 1 公益法人制度改革への対応(1)新たな法人制度
における社団法人・財団法人に対する課税①イ」
7 財務省・前掲注 6 「同②イ」
8 財務省・前掲注 6 「同(3)③関連諸制度の整備イ(イ)
」
9 財務省・前掲注 5 「
(別紙二)公益法人関係税制 1(2)収益事業課税が適用される一般社団法人及び一般財団法人
①対象法人及び納税義務 イ(ハ)
、ロ(ニ)
」
10
財団法人公益法人協会『英国チャリティ調査ミッション報告書 2004 年3月』 17 頁
11
政府税制調査会 調査分析部会「各報告のポイント及び自由討議での主な意見」平成 19 年9月 11 日、48 頁、
http://www.cao.go.jp/zeicho/siryou/pdf/k14kai14-3.pdf
12 財団法人公益法人協会『英国におけるチャリティ制度に関する調査研究報告書 平成 19 年6月』26 頁
13 財務省・前掲注 6 「同①ハ、ニ」
14 伊藤公哉『アメリカ連邦税法』中央経済社、平成 17 年、272~280 頁
15 福井千衣「フランスの博物館と法制」
『外国の立法』国立国会図書館調査及び立法考査局、平成 16 年 11 月、
マリアンヌ・エシェ「2008 年に関係者を集めてメセナ法を総括」
『アントルプリエーズ・エ・メセナ』2007 年 10 月
16 米国内国歳入庁『Form990』 http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/f990.pdf
17
チャリティ委員会 HP “Annual return 2007 –What do charities need to submit to the Charity commission this year?”
http://www.charity-commission.gov.uk/investigations/ccmonsub.asp
財団法人公益法人協会「日英シンポジウム 民間公益活動の新時代を迎えて」
『公益法人』2007 年 12 月号、では、
2007 年 10 月 16 日に行われた財団法人公益法人協会主催の「日英シンポジウム」において、チャリティ委員会の委員
長のデイム・スージー・レザー氏が、望ましいチャリティのあり方として次のように語ったことが紹介されています。
「グッド・ガバナンス(良き統治)を実践し、定期的に見直しを行い、運営面の独立性を担保し、濫用のリスクをなく
す必要がある。活動内容を開示し、利害関係者に説明責任を果たしていかなければならない。
」
また、リズ・アトキンズ氏は、
「チャリティの活動は、チャリティセクターに対する人々の信頼の上に成り立ってい
る。ある調査によると、イギリスの陸軍に次ぐ高い信用度を誇っている。信頼を得るために、二つの重要な要素がある。
第一に明確でしっかりとした法規制の枠組みがあってチャリティが行われていること。第二にチャリティが説明責任を
負って活動すること。
」と述べています。租税優遇を受ける側の姿勢として学ぶべき点が多いのではないでしょうか。
18 財務省・前掲注 5 「
(別紙二)公益法人関係税制 4 その他の関連諸制度の整備等(5)外国公益法人等の指定制度
の廃止」
19
Instructions for form1023 p.5 “Foreign organizations in general” http://www.irs.gov/pub/irs-pdf/i1023.pdf
Rev. Proc. 94-17, 1994-1 C.B. 457 http://www.irs.gov/pub/irs-tege/rp_1994-17.pdf
20 財務省・前掲注 5 「
(別紙二)公益法人関係税制 2 公益法人制度改革に伴う寄附税制の整備(1)
」
21 財務省・前掲注 5 「五 公益法人制度改革への対応・寄附税制 2 寄附税制(1)
」
22 認定 NPO 法人の認定要件は、アメリカのパブリック・チャリティと私的財団を区分する「3分の 1 サポートテスト」
を模倣して採用されたものですが、このサポートテストは、そもそもアメリカ型の私立財団をそれ以外の団体と区分
するために使用されているものであり、公益か否かの判定のために用いられている要件ではありません。判定の対象
が異なるものに対して、同様の算定基準を採用してしまったことが、今日の我が国の認定 NPO 法人の認定率の低さ
(平成 19 年 12 月 1 日現在 74 法人)を招く一因となっていることは否めません。
1
(参考文献)
1. 石村耕治「国際 NGO 支援税制の日米比較」
『白鷗法学』第 13 巻 1 号、2006 年5月
2. 新日本監査法人 公会計部 公益法人部『新公益法人制度のすべて〔第 2 版〕
』清文社、 平成 19 年 5 月
3. 新日本アーンストアンドヤング税理士法人 塩井勝『新公益法人制度の実務ガイダンス』中央経済社、平成 18 年
12 月
4. 新公益法人制度研究会『一問一答 公益法人関連三法』商事法務、平成 18 年
5. 朝長英樹「法人所得の意義と法人税の納税義務者に関する基本的考え方」税務大学校論叢 51 号、平成 18 年 6 月 28
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