鈴木 典子

平成28年度 第1回 千葉⼤学薬剤師卒後教育研修講座
2016.4.16
妊婦・授乳婦の薬物療法
〜限られた情報でどこまで攻められるか?〜
共⽴習志野台病院 薬剤科
鈴⽊ 典⼦
妊娠中・授乳中に服⽤しても
⼤丈夫ですか?
薬剤師はこの質問に対し、Yes or No で
いつも答えることが本当に正しいのでしょうか?
妊婦授乳婦薬物療法を攻める!
① 添付⽂書が「禁忌」になっているか?
② 薬が本当に治療に必要か?
③ 薬の胎児・哺乳児への影響は?
①添付⽂書が「禁忌」になっているか?
●「禁忌」ならば投与してはいけないのか?
●添付⽂書の「禁忌」の理由は何か?
「禁忌」は投与してはいけないのか?
添付⽂書上の妊婦に対して使⽤禁忌と読み取れる医薬品の多くは、胎児
への有害作⽤がヒトで証明されている医薬品ではなく、
・動物実験で⽰唆されるもののヒトでは胎児有害作⽤が否定的な医薬品
・より安全性が⾼いと確認されている代替医薬品の選択肢がある医薬品
・製造業者または輸⼊業者が妊婦に投与される必要がないと判断しただけ
の医薬品 等
が含まれている。妊婦⾃⾝の健康維持のために必須である医薬品や、胎児
への有害作⽤の可能性はあるものの特定の状況下ではそれを上回る⺟体
への利益が考えられる医薬品については
インフォームドコンセントを得て投与すべき!
「産婦⼈科診療ガイドライン産科編2014」
産婦⼈科学会刊⾏ガイドライン
学会HPより閲覧可
学会HPより閲覧可
添付⽂書上、いわゆる有益性投与の医薬品のうち、
妊娠中の投与に際して胎児・新⽣児に対して注意が
必要な医薬品は?
医薬品
注意が必要な点
チアマゾール(抗甲状腺薬)
催奇形性
パロキセチン(SSRI)
催奇形性、中⽌による⺟体疾患への影響
添付⽂書上いわゆる有益性投与の抗てんかん薬
催奇形性、新⽣児離脱症候群
添付⽂書上いわゆる有益性投与の精神神経⽤薬
新⽣児離脱症候群
添付⽂書上いわゆる有益性投与の⾮ステロイド系
抗炎症薬
妊娠後期の胎児毒性(動脈管早期閉鎖)
アテノロール(降圧薬・抗不整脈薬)
胎児機能不全、新⽣児β遮断症状
アミオダロン(抗不整脈薬)
胎児甲状腺機能低下・甲状腺腫
ジソピラミド(抗不整脈薬)
妊娠後期の⼦宮収縮作⽤
添付⽂書上いわゆる有益性投与の抗悪性腫瘍薬
催奇形性をはじめ情報が少ない
「産婦⼈科診療ガイドライン産科編2014」
いわゆる禁忌の医薬品のうち、妊娠初期に妊娠と知らずに服
⽤・投与された場合(偶発的な使⽤)でも、臨床的に有意な
胎児リスクの上昇はないと判断して良い医薬品は?
医薬品名<⼀般名>
分類
アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムス⽔和物
免疫抑制薬
オフロキサシン、シプロフロキサシン、レボフロキサシン等
ニューキノロン系抗菌薬
スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)
抗菌薬
イトラコナゾール、ミコナゾール
抗真菌薬
ヒドロキシジン塩酸塩
抗ヒスタミン薬
ニフェジピン、アムロジピンベシル酸塩、ニカルジピン塩酸塩(経⼝錠)
降圧薬
インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、スリンダク、メロキシカム
NSAIDS
ハロペリドール、ブロムペリドール
ブチロフェノン系抗精神病薬
メトホルミン塩酸塩
BG系⾎糖降下薬
グリベンクラミド
スルホニルウレア系⾎糖降下薬
ドンペリドン
制吐薬
オキサトミド、トラニラスト、ペミロラストカリウム
抗アレルギー薬
センナ、センノシド
緩下薬
⾵疹ワクチン、⽔痘ワクチン、おたふくワクチン、⿇疹ワクリイン
⽣ワクチン
⼥性ホルモン、クロミフェン、低⽤量ピル
「産婦⼈科診療ガイドライン産科編2014」
妊娠⾼⾎圧症候群(PIH)の重篤な合併症
 ⼦癇、脳出⾎
 肺⽔腫
 肝機能障害、HELLP症候群
 腎機能障害
 常位胎盤早期剥離、胎児機能不全、⼦宮内発育不全(FGR)
など
治療の基本は「ターミネーション(妊娠の中断)」
児が未熟の場合は安静、⾷事・薬物療法などで妊娠を継続し、適切な分娩時期を判断する。
⾼⾎圧治療ガイドライン2014
妊娠中に使⽤できる降圧薬
急激な降圧は胎児機能不全、胎盤早期剥離を招くため、胎児のモニタリングが必要
分類
⼀般名
中枢性交感神経抑制薬
メチルドパ
⾎管拡張薬
ヒドララジン
備考
ヒドララジン(注)
Ca拮抗薬
徐放性ニフェジピン
妊娠20週以降
2011年に妊婦禁忌薬削除
ニカルジピン(注)
α・β遮断薬
ラベタロール
2011年に妊婦禁忌薬削除
喘息合併妊婦に禁忌
*ACE阻害薬、ARBは胎児発育不全、⽺⽔過少などの危険を⾼めるので使⽤しない。
「産婦⼈科診療ガイドライン産科編2014」より改変
授乳中に使⽤できる降圧薬
⾼⾎圧治療ガイドライン2014
妊婦授乳婦禁忌の薬が処⽅されたら・・・
患者に医師、薬剤師またはその他のスタッフから、何か説明を
受けていないか確認すること。
「禁忌だから赤ちゃ
んに危険」
「禁忌なので何かあった
ら責任が取れません」
「リスクの程度は
●●ですが、あな
たにとって必要な
薬だからきちんと
服用しましょう。
(同意)」
②薬が本当に治療に必要か?
●妊婦、授乳婦が治療をする必要があるか?
●病態が児に影響を及ぼすことがあるか?
Studies on Major and Cardiac Malformations in Newborns
Exposed to Sertraline During Pregnancy
Study(Author,Year,N
ationality
Design
Exposure/
Cases
Controls
Main Results(95%CI)
Kallen et al (2007) Sweden
Record‐linkage study
Infants exposed to sertraline in early pregnancy (90%<
12weeks)
(n=1906)
Overall population of infants in the Swdeish healthy regi
stries (n=873876)
Congenital malformations :
OR 0.78(0.61‐1)
Cardiac malformations : OR 0.76(0.47‐1.23)
Pedersen et al (2009) Denmark
Record‐linkage study
Infants from mothers with ≧2 prescriptions of sertraline from 28 days before to 112 days after conception (n=259)
Infants from mothers not exposed to SSRIs (n=493113)
Major malformations :
OR 1.51(0.84‐2.69)
Cardiac malformations :
OR 2.36(0.97‐5.72)
Septal heart defects:
OR 3.25(1.21‐8.75)
Reis et al (2010) Sweden
Record‐linkage study
Mothers exposed to sertraline in early pregnancy (n=3297)
Overall population of mothers in the Swedish healthy registries (n=1062190)
Relatively severe malformations:
OR 0.99 (0.8‐1.21)
Any cardiovascular defect : OR 0.74(0.50‐1.09)
Tuccori Marco et al. Postgraduate Medicine 122 (4) :49‐65,2010より抜粋
Risk of Cardiac Malformation in Infants , According
to Maternal Exposure to Antidepressants
Krista F. Huybrechts, et al . N Engl J Med ,370:2397-407,2014
※ Sertraline と⼼室中核⽋損症の関連
OR:1.04(95%CI:0.76〜1.41)
SSRIの使⽤による胎児への影響の可能性
 先天奇形全体と⼼奇形のリスク?
 新⽣児不適応症候群(新⽣児薬物離脱症候群)?
 新⽣児遷延性肺⾼⾎圧症(PPHN)?
 流産、死産、胎児発育不全(FGR)、早産?
 ⻑期的な神経発達への影響?
うつ病は妊娠中に再発しやすい
Cohen LS,et al,JAMA ,295:499-507,2006
うつ病は早産のリスクと関連する
Li D,et al,Hum Reprod,24:146-153,2009
妊娠中の喘息発作は
低出⽣体重児出産のリスクと関連する
喘息発作あり
喘息発作なし
Murphy VE et al,Thorax,61:169-176,2006
③薬の胎児・哺乳児への影響は?
●薬物動態も考える
●『量』も考える
なぜモーラス®は妊婦禁忌なのか?
⾎中に⼊る薬物量をきちんと評価すること
薬物が胎児、哺乳児に到達するまで
≪胎児≫
≪哺乳児≫
① ⺟ 服⽤
①
⺟ 服⽤
② ⺟ 吸収
②
⺟ 吸収
③ ⺟ 初回通過効果
③
⺟ 初回通過効果
④ ⺟ 循環⾎液
④
⺟ 循環⾎液
⑤
⺟乳移⾏ ・・・・・M/P⽐
⑥
哺乳児 服⽤
⑦
哺乳児 吸収
⑧
哺乳児 初回通過効果
⑨
哺乳児 循環⾎液
⑤ 胎盤通過
⑥ 胎児へ
哺乳児の薬剤暴露の指標
相対的乳児服⽤量(RID) < 10% で⽐較的安全に授乳できる
⺟乳を介する薬の⽤量(哺乳児の服⽤量)(mg/kg/⽇)
RID =
⺟の服⽤量(mg/kg/⽇)
(哺乳児の治療量)
妊婦の薬物療法の基本
 奇形リスク3%、流産リスク15%が平等に存在すること
 ⾃然発⽣率が薬剤を服⽤することによりどのように変化する
のか、疫学研究等を評価した結果を伝える。
 奇形発⽣率の上昇が臨床上意味があるか?
・リスクが2-3倍
・奇形発⽣率
=
=
90%は何もない可能性
1/700 → 3/700
正常児を得る確率
 「全か無か」の時期
699/700 → 697/700
All or None:受精後2週間(妊娠3週6⽇まで)
妊婦の薬物療法の評価
疫学研究の情報を元に評価
疫学研究+⻁の⾨病院の経験を
元に評価
抗アレルギー薬「エピナスチン」を考える
総合評価:空欄(「安全」
と記載なし)
疫学研究なし
薬剤危険度:1点
情報量:+
妊婦への疫学研究:なし
⻁の⾨相談事例:絶対過敏
期に服⽤した59例と、相対過
敏期に服⽤した4例は奇形など
ない健常児を出産
同じ薬理作⽤が胎児にどのような影響を与えるか?
The safety of cetirizine during pregnancy A prospective observational cohort study
●Berlin teratology information center from 1992 until 2006
C.Weber-Schoendorfer et,al:Reprod Toxicol,26(1):19-23,2008
第2世代抗アレルギー薬の疫学研究
※テルフェナジンでの奇形率の上昇なしの報告あり
同じ薬効でも胎児への影響が異なる薬剤
●妊娠初期に投与されたチアマゾール(MMI)の妊娠結果に与える影響に関する前向き研究
(POEM study)の中間報告
≪5例の内訳≫
①臍腸瘻+臍帯ヘルニア
②臍腸管遺残症
③メッケル憩室穿孔+臍帯ヘルニア
④臍腸瘻+臍帯ヘルニア
⑤臍腸管遺残症+頭皮欠損
各種抗てんかん薬の先天奇形発⽣率(メタ解析)
バルプロ酸を服用して
も90%は健常児を得
るのではないか?
Meador K et al:Epilepsy Reserch(2008)81,1-13
抗てんかん薬の奇形発⽣率
Hernandez-Diaz S, et al.Neurology,78:1692-1699,2012
抗てんかん薬の奇形発⽣率
RID(%)
9.2~
18.3
3.4~
7.8
24.5
3.8~
5.9
0.6~
7.7
0.99
~5.6
24
Hale著 2014
LactMedに書かれていること
1. Summary of Use during Lactation:要約
2. Drug Levels(Maternal Levels / Infant Levels)
:薬物動態(⺟、哺乳児)
⇒RIDが書かれている
○% of the maternal serum level
○% of the weight-adjusted dosage
3. Effects in Breastfed Infants:乳児への影響
4. Effects on Lactation and Breastmilk:⺟乳分泌への影響
5. References:参考⽂献
添付⽂書とLactMedの⽐較
〜スマトリプタンを例に〜
添付⽂書
LACTMED
 妊婦、産婦、授乳婦等への投与
Summary of Use during Lactation:
Because of the low levels of
sumatriptan in breastmilk, amounts
ingested by the infant are small. It
also has poor oral bioavailability,
further decreasing infant exposure to
the drug. 略 but sumatriptan
would not be expected to cause any
adverse effects in most breastfed
infants.
授乳中の婦⼈には本剤投与後
12時間は授乳を避けさせること
[⽪下投与後にヒト⺟乳中へ移⾏
することが認められている]。
Drug Levels:
略 which is 3.5% of the weightadjusted dosage.
Medications and Motherʼs Milk
 RIDが⼀⽬でわかる
 T1/2、Vd、Tmax、MW、
M/P、PB、Oral、pKaが⼀覧
になっている
 著者のリスク分類が記載され
ている(L1~L5)
 今のところ2年毎に更新
例)SUMATRIPTAN
・リスク分類:L3
・RID:3.5-15.3%
・PB:14-21%
・Oral:10-15%
(2012年版)
投与量を考えよう!
 バルプロ酸の常⽤量:400~1200mg/⽇
 400mg/⽇と1200mg/⽇を同じリスクとして考えて良いか?
 RIDが⼩さくても⺟体投与量が増えれば哺乳児摂取量も増えるはず?
 投与量に対する哺乳児の副作⽤情報を確認しよう!(できれば投与時期も)
≪Effects in Breastfed Infants≫
・2.4g/⽇+プリミドン250mg×3回:鎮静(プリミドンが原因?)
・750mg/⽇:NP
・1000mg/⽇:NP
添付⽂書が「禁忌」になっているか?
 妊婦、産婦、授乳婦等への投与
授乳婦への投与は避けることが望ましいが、やむを得ず投与する場合には
授乳を避けさせること。[ヒト⺟乳中に移⾏し、新⽣児に嗜眠、体重減少
等を起こすことが、他のベンゾジアゼピン系化合物(ジアゼパム)で報告さ
れており、また⻩疸を増強する可能性がある。]
薬が本当に必要か?
 症例
現時点では内服なしでコントロールできている。
産後に再発のリスクがあるのではないか?
主治医から発作時はアルプラゾラム0.4mg頓服を指⽰されている。
⇒ 産後も薬物治療を中⽌、再発兆候があればアルプラゾラム頓服
で再開し、早めに精神科を受診する。薬を服⽤しても⾚ちゃんに影響
が少ないことを証明しよう!
LactMed
 Summary of Use during Lactation:
Because of reports of effects in infants, including sedation,
alprazolam is probably not the best benzodiazepine for
repeated use during nursing, especially with a neonate or
premature infant. A shorter-acting benzodiazepine without
active metabolites is preferred. After a single dose of
alprazolam, there is usually no need to wait to resume
breastfeeding.
RIDを探す
Drug Levels:
Maternal Levels. Eight lactating women who averaged 11.8 weeks
postpartum (range 6 to 28 weeks) were given a single 0.5 mg
dose of alprazolam orally. Eleven breastmilk samples were
obtained over the 36 hours after the dose. A mean peak
alprazolam milk level of 3.7 mcg/L occurred at an average of 1.1
hours (range 0.47 to 3.8 hours) after the dose. The half-life of
alprazolam in milk averaged 14.5 hours. The metabolites 4hydroxyalprazolam and alpha-hydroxyalprazolam were not
detected (<0.5 to 1 mcg/L) in milk. The authors calculated that
an exclusively breastfed infant whose mother was taking
alprazolam in the normal dosage range would receive a dose of
0.5 to 5 mcg/kg/day or about 3% of the maternal weightadjusted dosage.[1]
哺乳児の副作⽤が出る量を探す
Effects in Breastfed Infants:
(略)
In one telephone follow-up study of 5 infants (ages not
stated) exposed to alprazolam during breastfeeding, 1
mother reported drowsiness in her infant. The reaction did
not require medical attention.[3]
In a telephone follow-up study, 124 mothers who took a
benzodiazepine while nursing reported whether their
infants had any signs of sedation. About 5% of mothers
were taking alprazolam. One mother who was taking
sertraline 50 mg daily, zopiclone 2.5 mg about every 3 days
as needed, and also took alprazolam 0.25 mg on 2
occasions, reported sedation in her breastfed infant.[4]
妊娠中・授乳中に服⽤しても
⼤丈夫ですか?
①禁忌か確認。禁忌だったら説明&同意。
②なぜ服⽤しなければいけないか確認。
③胎児・哺乳児への影響とその程度を確認。
「児に影響(移⾏)≠投与できない」
薬物療法の⼤原則
治療上の有益性が危険性を上回る場合のみ投与すること。
母体のメリット
母体の症状の軽減
母体のデメリット
母体の症状の悪化
胎児のメリット
胎児の奇形などのリスクの軽減
胎児のデメリット
胎児の奇形・副作用の可能性
はじめまして!
共⽴習志野台病院
のハッピーです。
ご清聴ありがとうございました