麗澤大学 経済学部 教授 中島真志

2013 年 10 月
ドバイ Sibos2013のポイント
麗澤大学
経済学部 教授
中島真志
今年の Sibos は、9 月 16 日から 19 日まで 4 日間、アラブ首長国連邦(UAE)
のドバイにおいて開催された。
Sibos では、200 以上のセッションが同時並行的に開催されるため、すべてを
把握することはとてもできないが、以下では、出席したセッションや会場で入
手した情報をもとに、自分なりのポイントと感想を述べることとする。
<目
次>
1.全体感(今次 Sibosの特徴)
(1)中東で初の Sibos
(2)レギュレーションへの反発
(3)SWIFT の方向性
(4)マーケット・インフラ・フォーラムの新設
2.資金決済関係
(1)BPO
(2)IPFA
(3)SEPA 対応
(4)香港の動き
(5)中国の動き
3.証券決済関係
(1)グローバルな担保管理
(2)T2S
(3)CSD 規制
(4)TR への報告規制
4.標準化関係
(1)ISO20022 対応
(2)LEI
5.SWIFT関係
(1)FIN のメッセージ料金の値下げ
(2)コンプライアンス・サービス
(3)SWIFT 流動性リスク・サービス
(4)MIRS
1
(5)アライアンス・ライト 2
(6)3SKey
6.その他分野
(1)Bitcoin
(2)MyBank
7.おわりに
1.全体感(今次 Sibosの特徴)
(1)中東で初の Sibos開催
SWIFT は今年で設立 40 周年を迎えており、Sibos の開催は今年で 35 回目と
なる。なお、昨年は、初めて日本(大阪)で開催された。
今年の Sibos には、世界の 149 ヵ国から 7,650 名が参加した。中東では初の
Sibos 開催であったため、中東・アフリカからの参加者が 2,253 名と全体の 29%
を占めた。
資金決済、証券決済などについて、479 名のスピーカーが参加して 211 のセ
ッションが同時並行的に行われ、熱心な討議が行われた。
金融機関やそのシステムをサポートするベンダーなど 204 社がブースを出展
し、それぞれの製品やサービスについての説明を行った。
図表 1
ドバイ Sibos のデータ
参加者
総参加者数:7,650 名
うちアジア太平洋
米州
欧州
中東・アフリカ
その他
出展企業 204 社
セッション 211
参加国 149 カ国
スピーカー 479 名
16%
11%
44%
29%
(2)レギュレーションへの反発
リーマン・ショック後の Sibos では、「レギュレーション」(規制)が大きな
テーマとなってきた。金融危機後の 2~3 年は「あれだけの事態を引き起こして
しまった以上、ある程度の規制もやむなし」という雰囲気であったが、米国の
ドッド・フランク法や EU の欧州市場インフラ規制(EMIR<エミア>:
European Market Infrastructure Regulation)が、いよいよ実施段階に入る中
で、予想以上に厳しい内容であることも判明し、昨年は、規制圧力(regulatory
pressure)、規制の重荷(regulatory burden)といったことが盛んに議論された。
今年の Sibos では、さらに進んで規制当局への不満の姿勢が大きく打ち出さ
2
れたのが特徴であった。具体的には、①規制の多くは金融危機直後のパニック
時に策定されたものであり、根本的な解決策になっていない、②リスクに重き
を置きすぎて、効率性が犠牲になっている、③規制は正しい方向性を向いてい
ない、④規制当局は市場の意見をもっと聞くべきである、⑤規制の国際的な整
合性がとれていない、⑥現状の規制では次の金融危機は防げない、といった議
論が聞かれた。こうした強気の議論は、金融界が金融危機の影響から脱却しつ
つあり、また自信を回復しつつある証左であるように窺われた。
(3)SWIFTの方向性
前任のラザロ・カンポス氏を引き継いで、2012 年 7 月にゴットフリート・レ
イブラント氏が SWIFT の CEO(最高経営責任者)に就任した。レイブラント
氏は、オランダ人であり、マッキンゼーに 18 年間勤務したあと、2005 年に
SWIFT に入社し、スタンダード部門やマーケッティング部門のヘッドを務めて
きた。
CEO 就任直後であった前回の Sibos では、就任して間もないこともあって、
特に注目されるような新方針は示されなかった。今回の Sibos では、①西洋か
ら東洋への経済シフト、②IT の利用による第 3 次産業革命(これを「industry
revolution 3.0」と呼んだ)、③相次ぐ規制の強化(これを「regulation tsunami」
と呼んだ)を 3 つのトレンドとしたうえで、特に第 3 の点に関連して、「今後、
SWIFT としてコンプライアンス・サービスに注力していく」との方針が示され、
会場の注目を集めた。
具体的には、既にサービスを開始している「サンクション・スクリーニング」、
「サンクション・テスティング」などのサービスであり(詳細は後述)、また、
顧客確認(KYC:Know Your Customer)の分野でもデータベース・サービス
(「プロファイル・サービス」または「KYC レジストリー」と呼ばれる模様)
の開始を示唆した。コンプライアンス分野を銀行分野、証券分野に続く「第 3
の柱」にしていくとの意気込みが示された。SWIFT がこれらのサービスに注力
するのは、高まりつつあるコンプライアンスの負担(compliance burden)を、
共同サービスの利用によって圧縮したいという SWIFT メンバー(銀行)からの
要望に応えるためであると説明された。
また、第 1 の経済シフトに関しては、インドと中国が新たに SWIFT のボード
メンバーに加わったことが報告された。なお、レイブラント氏のオープニング
でのスピーチには、全体に昨年に比べ、力強さと自信が窺われた。
(4)マーケット・インフラ・フォーラムの新設
今回の Sibos から、MI(マーケット・インフラストラクチャ―)フォーラム
が新設され、2 日間にわたり、重要性を増しつつあるマーケット・インフラにつ
3
いて集中的な討議が行われた。これまで Sibos 内に設けられていたスタンダー
ズ、コーポレート、コンプライアンス、コミュニティ、テクノロジー、イノト
ライブなどのストリームに加え、MI フォーラムも同時並行で進められるため、
Sibos への参加者はさらに忙しくなることになった。
2.資金決済関係
資金決済に関係するトピックとしては、BPO、IPFA、SEPA 対応などがあっ
た。また、中国、香港などでの決済システムの進展もみられている。
(1)BPO
今年のコーポレート・フォーラムで最大のトピックとなったのが「BPO」
(Bank Payment Obligation)であった。これは、今年に入って ICC(国際商
業会議所:International Chamber of Commerce)が、BPO を ICC のルールと
して採用したことによるものであり、ICC の関係者も参加した複数のパネルが
設定され、多くの注目を集めた。
①BPOとは
BPO は、電子的なデータのマッチングを条件として、輸入企業サイドの銀行
が、輸出企業サイドの銀行に対して、支払条件に沿った支払の履行を確約する
取消不能な支払保証である。
BPO は、SWIFT の提供している「TSU サービス」(Trade Service Utility)
の中の一つの機能となっている。TSU は、銀行間で貿易関連書類を電子化して
マッチングする仕組みであり、銀行間の貿易書類のペーパーレス化や処理の迅
速化を図ることができる。輸入側銀行では、TSU 経由で BPO を輸出側銀行に
送ることにより、一定期日までに貿易代金の支払いを行うことを確約する。こ
れは、一種の支払保証(guarantee)であるため、これをもとに輸出側銀行では、
輸出企業から輸出手形や輸出債権を買い取るなどのトレード・ファイナンスを
実行することが可能となる。
このように BPO は、従来、貿易取引で幅広く用いられてきた信用状(L/C)
にかなり近い機能を有している。しかし、BPO は、これまで SWIFT の私的な
ルールに止まっていたため、銀行や企業が広く採用するうえでの制約となって
いた(法的な根拠が不足とみられがちであった)。
②ICCルールとしての BPOの採用
2013 年 4 月に、ICC では、BPO を「URBPO」(Uniform Rules for Bank
Payment Obligations)として、ICC のルールとして採用することを採択した(発
効は同年 7 月から)。ICC は、信用状が世界的に広く使われる基盤となっている
4
「信用状統一規則」を作成している機関であり、今回の採用により BPO は、信
用状と並んで、国際的な貿易金融のルールの1つとして位置付けられたことに
なる。
最近時点で TSU を利用しているのは世界 45 カ国の 144 行であり、このうち
BPO を導入しているのは 53 行となっている。今後、BPO を普及させていくた
めには、BPO の取扱いが可能な銀行をもっと増やしていくことが必要であるが、
今回の ICC ルールへの採用は、その大きな弾みとなる可能性があるものとみら
れる。
なお、三菱東京 UFJ 銀行では、パネルの中で、TSU/BPO に基づいて輸出代
金債権を買い取るフォーフェイティング(FFT:forfaiting)の仕組みを、世界
で初めて導入したとの報告を行った(図表 2 参照)。データ・マッチングの当日
に買取りを行うことにより、シンガポールの輸出企業は、これまでより 10 日程
度前倒しで輸出代金を回収できるようになったとのことである。
図表 2
信用状取引と TSU/BPO 取引
出所:三菱東京 UFJ 銀行の Sibos プレゼン資料より
(2)IPFA
①IPFAとは
「IPFA」
(国際決済フレームワーク協会)は、国際送金の標準化と ACH 間の
リンクにより、海外送金の効率化を目指すプロジェクトである。ACH 間の送金
メッセージには、共通フォーマットとして ISO20022 が用いられている。
今次 Sibos における状況は、昨年までとあまり変わっておらず、稼働中であ
るのは、Fed と Equens との間のリンクのみである。新しいリンクの構築には、
予想以上に時間がかかっているとの印象である。
5
Fed と Equens とのリンクは、2010 年 10 月より稼働を開始している。米国
へは、米ドルの送金が可能であり、米国から欧州へは 4 通貨(米ドル、ユーロ、
英ポンド、スイスフラン)の送金が可能となっている(図表 3)。
②IPFAのリンク拡大に向けた動き
IPFA では、リンクの拡大に向けて動いており、4 通貨(カナダ・ドル、南ア・
ランド、ブラジル・レアル、豪ドル)については、すでに ISO20022 と各国メ
ッセージとの間のマッピング(比較作業)を終了しており、稼働開始に向けて
準備を進めている。Equens および Fed が南アとリンクを作るのが次のリンク
となる見込みである(2014 年中を目途)。また、Equens とカナダ・ドルとのリ
ンクも検討されている。南アとのリンクでは、SADC1に参加している周辺の 14
ヵ国との間の送金も可能となる見通しである。
このほか、将来の通貨として、4 通貨(インド・ルピー、シンガポール・ドル、
ニュージーランド・ドル、中国元)が検討段階にある(マッピングは未了)。
図表 3
IPFA による Equens と Fed とのリンク
図表 4
段階
IPFA における通貨の拡大予定
対象通貨
マッピング終了
(4 通貨)
南ア・ランド、ブラジル・レアル、豪ドル、カナダ・ドル
検討段階
(4 通貨)
インド・ルピー、シンガポール・ドル、ニュージーランド・
ドル、中国元
1
SADC(Southern African Development Community)には、15 ヵ国が参加している。
6
(3)SEPA対応
①SEPAとは
ユーロ圏では、小口決済の分立状態に対して、ユーロ圏全域を1つのリテー
ル決済圏として統合しようとする「SEPA」(単一ユーロ決済圏)のプロジェク
トが進められている。SEPA に関する法律により、すべての銀行は、旧フォーマ
ットの利用を止めて、SEPA の送金標準に移行しなければならないこととされて
いる。この移行締切日(end-date)が、ユーロ圏については 2014 年 2 月 1 日と
されており、5 カ月先に迫っている。
SEPA 標準では、国際銀行口座番号(IBAN)、銀行識別コード(BIC)を使
うことが必須とされ、また通信メッセージには ISO20022/XML が使われるため、
決済システム(ACH)、銀行、ユーザー(企業、官庁)などが対応を迫られてい
る。
②SEPA対応の特徴
現時点での SEPA への移行については、3 つの特徴がみられる。
第 1 に、SEPA 送金(SCT)と SEPA 引落し(SDD)で、SEPA への移行率
が大きく異なっていることである。7 月時点での移行率は、SCT では 50%とな
っているのに対し、SDD ではわずか 5%にとどまっている(ECB 調べ)。移行
率の低い SDD については、期限までに 100%移行することは難しいのではない
かとの見方が多かった。その意味では、SEPA への移行は、来年 2 月で終わら
ない可能性がある。
第 2 に、国によって移行率が大きく異なっていることである。SCT について
みると、ユーロ圏 17 ヵ国のうち、移行がほぼ終了している国(移行率が 90%以
上)が 4 ヵ国ある一方で、移行率が 20%以下に止まっている国も 5 ヵ国あり、
格差が大きく開いている(図表 5)。一方、SDD については、SDD の利用が多
い国2を含めて、一様に移行率は低い。
第 3 に、ユーザーの対応についても、大企業や中央官庁では進展している一
方、中小企業や地方自治体では対応の遅れが目立っている。
なお、中小銀行では、小口決済システム(Equens など)が提供する旧フォー
マットと SEPA フォーマット(ISO20022/XML)との「変換サービス」
(conversion service)を利用して、当面の規制をクリアするという先も多く、
本格的なシステム対応は先送りされているようである(図表 6)。いずれにして
も、来年 2 月以降は、旧フォーマットによる決済指図は、小口決済システムに
おいてリジェクトされ、それ以上処理されない。
2
ドイツ、スペイン、フランス、オランダの 4 か国でユーロ圏の SDD の 85%以上を占める。
7
図表 5
SEPA への国別の移行率(SCT)
-2013 年 6 月末
FI
SK
SI
LU
GR
CY
BE
ES
FR
AT
PT
NL
MT
IT
IE
DE
EE
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
出所:ECB
図表 6
変換サービスの利用による SEPA 対応
小口決済システム
(ACH)
×
処理不可
(2014年2月より)
SEPAフォーマット
SEPAフォーマット
変換
サービス
旧フォーマット
旧フォーマット
<銀行>
SEPA対応先
SEPA未対応先
SEPA未対応先
(4)香港の動き
HKMA(香港金融管理庁)では、USD-CHATS(香港の米ドル決済システム)
とタイの BAHTNET2(バーツの決済システム)とのリンクを開始する予定で
ある(2014 年後半を予定)。これは、マレーシアのリンギ、インドネシアのル
8
ピアに次いで、USD-CHATS と海外決済システムとの 3 通貨目の PVP リンク
となる。
CLS 決済の対象とならない通貨について、アジア時間帯に米ドルとアジア通
貨との間の PVP 決済を可能とするものであり、時差による外為決済リスクを削
減している。香港が、アジアにおける決済ハブとしての地位を着々と向上させ
ているかたちとなっている。
(5)中国の動き
中国では、
「CNAPS」
(シナプス)と呼ばれる RTGS ベースの中央銀行システ
ムが稼動している。2013 年中に、これを高度化した「CNAPSⅡ」に移行する
予定である。CNAPSⅡでは、ISO20022 が採用されている。
また、人民元版の CHIPS である「CIPS」(シップス:China International
Payment System)を構築の予定である。CIPS では、
「クロスボーダー人民元」
の決済を取扱う予定である。CIPS でネッティングを行ったネット尻が CNAPS
Ⅱで決済されることになる見込みである。CIPS の稼働開始は 2015 年ごろを予
定している。
3.証券決済関係
証券決済の関係では、グローバルな担保管理、T2S、CSD 規制、TR などがト
ピックとなった。
(1)グローバルな担保管理
①グローバルな担保管理の動き
世界的な OTC デリバティブにおける清算集中の義務付け(それに伴って CCP
への担保差入れが必要となる)などから、担保繰りが逼迫することが予想され
ており、各国に分散している担保を集約化して管理する必要性が高まっている。
こうしたニーズを見込んで担保管理をグローバルに行う動きが活発化している。
ユーロクリアでは「コラテラル・ハイウェイ」
、クリアストリームでは「グロ
ーバル・リクイディティ・ハブ」というネーミングで同様なサービスを導入し
ている。
基本的な考え方は、ユーロクリアやクリアストリームなどの ICSD と各国の
CSD(NCSD)との間にリンクを構築し、参加した CSD の保有する証券をすべ
てまとめた「仮想プール」
(single virtual pool)を作る。この仮想プールに対し
て、ICSD の有する優れたアルゴリズムによって担保の計算・割当てを行い、そ
れに応じて、必要な担保が移動する仕組みである(図表 7 参照)。
これにより、国内での取引に海外の担保を割り当てる(またはその逆に海外
の取引に国内での担保を割り当てる)ことが可能となる。また、クロスボーダ
9
ーでのトライパーティ・レポ(cross-border triparty repo)が可能となる。
今次 Sibos では、コラテラル・ハイウェイの一環として、ユーロクリアが米
国 DTCC との間で、担保管理における提携を行うことを公表した。これにより、
欧州と米国における担保を共通化して利用することが可能となる見込みである。
一方、クリアストリームでは、CETIP(ブラジル)、ASX(豪州)、Iberclear
(スペイン)、Strate(南ア)と組んで「流動性連合」(Liquidity Alliance)を
結成しており、これらの CSD の有する担保の共同管理サービスを目指している。
このように、担保の最適化(collateral optimisation)を目指す動きは、欧州だ
けにとどまらず、全世界的な広がりをみせている。
図表 7
グローバルな担保管理の仕組み(概念図)
担保の最適化
アルゴリズム
担保の
バーチャル・プール
②担保の計算・割当て
①担保のバーチャルな集約化
<担保>
米国
EU
アジア
③担保の差入れ
<取引>
米国
EU
アジア
②ユーロ域内でのクロスボーダー担保利用(TSI)
欧州では、レポ取引にユーロ域内でのクロスボーダーでの担保利用を可能と
する「TSI」
(Triparty Settlement Interoperability)を構築する動きが ECB を
中心に進められており、これを「TSI イニシアティブ」と呼んでいる。TSI の構
築は、2015 年末(遅くとも 2016 年 9 月まで)を目標としている。
これは、ユーロクリアなどの個別の取組みに比べ、より一般的なかたちで、
ユーロ圏内で担保のクロスボーダー利用を可能としようとするものである。
③グローバルな担保管理における JGBの利用
日本国債(JGB)の海外での担保利用については、従来、日本銀行における
参加者口座が課税口座と非課税口座に分かれていることがネックの一つとされ
ていたが、2013 年 3 月に所得税法改正案が成立し、2016 年 1 月には、日本銀
行における国債口座が「預り口」として一本化されることとなった。新日銀ネ
10
ットによって稼働時間が延長されることもあり、これ以降は、上記のようなグ
ローバルな担保管理のスキームに JGB を組み込みやすくなるのではないかとの
声も聞かれた。
(2)T2S
①T2Sの稼働開始予定
ECB では、欧州域内の証券決済を統合して行う「T2S」の構築を進めている。
Sibos の初日に、ECB の Mersch 理事が、T2S は予定通り 2015 年に稼働を開始
する予定であることを明言した。ただし、翌日の別のセッションで行われた投
票では、予定通り稼働するとみる人と延期されると予想する人が 50:50 の比率
であり、関係者は半信半疑といったところであった。
T2S は、2015 年 6 月に稼働を開始する予定である。ただし、すべての CSD
が一挙に移行する「ビッグバン・アプローチ」はとらず、2017 年までの 4 回の
移行時期(migration wave)を作って段階的に進める予定である(図表 8)。
図表 8
移行時期
第1陣
T2S への移行時期
CSD の数
5
(2015 年 6 月)
対象 CSD
BOGS(ギリシャ)
モンテ・ティトリ(イタリア)
マルタ証券取引所(マルタ)
ルーマニア CSD(ルーマニア)
SIX SIS(スイス)
第2陣
5
(2016 年 3 月)
NBB-SSS(ベルギー)
ユーロクリア・ベルギー(ベルギー)
ユーロクリア・フランス(フランス)
ユーロクリア・オランダ(オランダ)
インターボルサ(ポルトガル)
第3陣
6
(2016 年 9 月)
クリアストリーム・バンキング(ドイツ)
OeKB(オーストリア)
VP セキュリティーズ(デンマーク)
KELER(ハンガリー)
VP ルクス(ルクセンブルク)
ルクス CSD(ルクセンブルク)
第4陣
(2017 年 2 月)
6
イベルクリア(スペイン)
ユーロクリア・フィンランド(フィンランド)
CDCP(スロバキア)
EVK(エストニア)
11
LCVPD(リトアニア)
KDD(スロベニア)
出所:ECB、2013 年 4 月公表分
②T2Sの影響に関する議論
T2S 稼働後の影響に関する議論が出てきたのが、今次 Sibos の特徴である。
第 1 は、証券決済のコスト面への影響である。T2S の稼働により、ユーロ域
内のクロスボーダーの証券決済コストは、従来の 20~30 ユーロ/件から、T2S
の決済コストである 0.15 ユーロ/件に大幅に削減されることになる。各国の CSD
では、T2S の料金に追加料金を課すことが可能とされているが、多くの先では
追加は行わないとの方針を打ち出している。また、証券決済のための資金口座
が一本化されることにより、銀行の必要とする流動性は平均 15%の減少となり、
これはユーロ圏の銀行全体で Tier1 資本の 330 億ユーロの節約につながるとい
った試算もみられた(クリアストリームと PWC 社との共同調査)。
第 2 は、各国 CSD やローカル・カストディアンへの影響である。中小の CSD
は、厳しい立場に置かれるであろうというのが大方の見方である。決済機能が
T2S に取られるため、「アセット・サービス」(トライパーティ・レポ、担保管
理などカストディアンに類似したサービス)の重要性が増すものとみられるが、
すべての中小 CSD がそうしたサービスを提供できる訳ではない。一方、ローカ
ル・カストディアンについては、T2S で行われるのは決済のみであり、利払い、
税金、コーポレート・アクションなどへの対応が必要なため、各国におけるロ
ーカル・カストディアンの役割は残るであろうとの見方である。ただし、やは
りカストディアン同士の競争は激化するであろうとの見方が多い。
第 3 に、T2S へのアクセス・モデルについての議論が出てきている。グロー
バルなプレーヤーは、これまでユーロ圏内の多くの CSD に口座を保有して各国
ごとの証券決済を行ってきたが、T2S の稼働後は、どこか 1 つの CSD に口座を
保有すれば、そこから T2S に参加しているすべての CSD との間で決済を行う
ことができるようになる。このため、どの CSD(または複数の CSD)から T2S
にアクセスするかが検討すべき課題となる。ユーロクリアなど大手の CSD では、
ビジネスの集中を狙って、「シングル・アクセス・モデル」を推奨していた。
第 4 に、T2S にアクセスするためのネットワークの選択である。T2S へアク
セスするネットワークとしては、SWIFT と SIA/Colt の 2 つが認められている。
今次 Sibos では、Clearstream(ドイツ)、Iberclear(スぺイン)、ユーロクリア
(フランス、ベルギーなど)、SIX Securities Sevices(スイス)などの CSD が
相次いで、T2S への接続に SWIFT を採用することを発表していた。また、BNP
パリバ、ソシエテ・ジェネラルなど、T2S の「直接接続参加者」
(DCP:Directly
Connected Participant)となることを選択した大手行でも、SWIFT による接
12
続を選択していた。SWIFT の優位は揺るがないものとみられる。
(3)CSD規制
EU では、
「CSD 規制」
(CSDR:CSD Regulation)の導入が予定されており、
これが EU の CSD にかなりのインパクトを及ぼすことになるとの議論がみられ
た。欧州委員会が 2012 年 3 月に原案を公表しており、現在、欧州議会で審議さ
れている。内容的には、①証券のペーパーレス化、②決済期間の短縮化(T+2
化)、③発行国の CSD への預託義務の免除、④銀行機能(banking function)
と決済機能(settlement function)の分離、などが含まれている。
①T+2化
証券の決済期間は、ドイツでは T+2 となっているが、それ以外の多くの国で
は、T+3 となっている。CSDR では、2015 年を目途にこれを T+2 に短縮化す
ることが義務付けられる見通しである。すでにユーロクリア・グループの CSD
(フランス、ベルギー、オランダ)では、規制よりも早く、2014 年 10 月に、
T+2 化を達成する計画であることを発表している。
米国でも、2012 年 10 月に DTCC と Sifma が BCG(Boston Consulting Group)
に依頼したレポートが出されており、この中で、T+2 化が望ましいものと結論
付けられている。ロシアでも 2013 年に T+2 化が行われた。こうした動きが本
格化すると、株式等の決済期間の T+2 化の議論が、わが国にも波及する可能性
があるものと考えられる。
②CSDの国別の預託義務の削減と CSDの新規参入の動き
従来、たとえばドイツで発行された証券はドイツの CSD に預託し、そこで決
済することが義務付けられていた。CSDR には、この国別の預託義務の規制を
なくすことが盛り込まれている。このことは、大規模な CSD には有利に、中小
規模の CSD には不利に働くものとみられる。大規模な CSD は、発行者に対し
て、より利便性の高いサービスと安価な利用料を提示することが可能なためで
ある。欧州委員会では、国別の縛りを解くことにより、中小 CSD の退出と大規
模 CSD への集約化を図ることを目指しているものとみられる。
ところが、これに反する CSD 新設の動きが出てきている。米銀である BNY
メロンでは、2013 年に入り、ベルギーに新しく CSD(BNY Mellon CSD SA/NV)
を設立した(認可済み)。この CSD は、T2S にも参加することを決めており、
ECB の承認も得ている。これは、上述の国別の預託義務がなくなることにより、
よりよいサービスを提供すれば、ユーロ圏の全域から証券の預託が受けられる
可能性があることになることを先取りした動きである。また EMIR では、欧州
の CCP に対する証拠金や清算基金への拠出として用いられる担保は、カストデ
13
ィアン経由ではなく、CSD において保有されることを求めており、これも影響
しているものとみられている(カストディアンのままではビジネスが縮小する)。
BNY メロンでは、自行の担保管理(collateral management)サービスに自
信を持っており、①すでにバイサイドの大きなカスタマー・ベースを持ってい
ること、②株も含めた担保管理を提供できること(ユーロクリアやクリアスト
リームは債券が主)、などから一定の証券を集められるとしていた。
CSD は、本来、証券決済を行う公共的な使命をもった機関であるため、従来
は、市場参加者の多くが共同で設立したり、証券取引所が子会社として設立し
たりしており、民間銀行が単独で CSD を設立するという例は前代未聞である。
それだけに会場では驚きをもって受け止められていた。他の大手行(ドイチェ
バンク、シティグループなど)でも同様の動きを模索しているとの観測もあり、
これまでに前例のない「コマーシャルバンク CSD」の今後の帰趨が注目される。
なお、ロンドン証取(LSE)でも、ルクセンブルグに新しい CSD を設立した。
これは傘下に持つイタリアの CSD(Monte Titoli)のシステムをベースにした
ものである。これは、イタリアの CSD のままでは、ユーロ圏から幅広く証券を
集めることができないため、ルクセンブルクの CSD とすることで中立色を出す
ことを狙ったものと思われる。すでに JP モルガンが、この CSD の利用を決め
たものとされている。
証券インフラの統合(consolidation)のための規制や T2S が、逆に CSD の
新規参入を招くという皮肉な結果となっている。BNY メロンの Nadine Chakar
氏(グローバル・コラテラル・サービス部門)は、期間中の印刷物にも頻繁に
登場し、今次 Sibos で最も注目を集めた人物となっていた。
(4)TRへの報告規制
OTC デリバティブ規制では、すべての取引を「取引情報蓄積機関」
(TR:Trade
Repository)に報告すべきものとしている。米国の DTCC では、世界で唯一の
グローバルな TR(Global Trade Repository : GTR)となるべく、世界各地の市
場に進出する構えである。すでに米国で高いシェアを占めているほか、日本
( DTCC デ ー タ ・ レ ポ ジ ト リ ー ・ ジ ャ パ ン ) や 英 国 ( DTCC Derivatives
Repository Ltd)にも子会社を設立して、報告システムの運用を行っている。こ
のほか、カナダ、シンガポール、豪州、南アなどでも設立の準備を進めている。
DTCC では、「TR の乱立は、データの分裂化を招く」としてグローバルに単
一の TR(single global TR)が望ましいとの立場である。これに対して、各国
のローカルな TR との間であつれきが生じている(欧州の REGIS-TR3、南アの
クリアストリームと Iberclear(スペイン)の 50%ずつの出資により、合弁会社としてル
クセンブルクに設立された欧州のトレード・レポジトリー。今年 7 月時点で 300 社以上の
パイロット・カスタマーがいるとしている。
14
3
Strate など)。
当局では、「当局が必要なときに必要なデータにアクセスできればよく、TR
の数には拘らない」
(ECB)とのスタンスであったが、いずれにしても、複数の
TR が存在する場合には、大規模な金融機関のグローバルなポジションを把握す
るためには、複数 TR のデータをグローバルに集約する必要がある。
4.標準化関係
(1)ISO20022対応
ISO20022 については、日本からは、全銀システムでの導入や、保振の照合・
決済システムでの導入予定、新日銀ネットでの導入予定が報告された。また、
欧州では、TARGET2 が 2017 年 11 月に ISO20022 を導入する予定であること
が報告された。Euro1 でも、TARGET2 とタイミングを合わせて、ISO20022
化を行う。
インドや中国などの新興国でも、近々に導入予定であることが報告された。
また、小口決済システム(ACH)においても、ISO20022 が導入予定であるこ
とが報告された(シンガポール、豪州など)。
(2)LEI
LEI は、Legal Entity Identifier の略であり、デリバティブ取引などを、上述
の TR に登録する際に、取引主体を認識し、関係する主体の名寄せなどを行うこ
とができるようにするために金融取引の主体に付番されるものである。
報告データにおける取引当事者を特定するための世界的にユニークな識別子
であり、英文字と数字から成る 20 桁の識別 ID である。
各 国 の 登 録 機 関 4 が 、 各 国 の LEI を 付 番 し て 各 国 デ ー タ ベ ー ス ( Local
Operating Unit)を作り5、それを中央データベース(Central Operating Unit)
に集約して、グローバルな付番体系とする。各国のデータベースを中央で統合
する「連邦モデル」(federal model)である。
中央データベースの運営主体である「GLEIF」(Global LEI Foundation)を
2013 年末までに設立する予定である(スイスにおける非営利法人として設立)。
なお、中央データベースについては、SWIFT と DTCC が開発・管理すること
が決まっている。
運営主体である GLEIF が設立されたあと、2014 年中に中央データベースの
構築が行われ、その後、各国の登録機関から各国の LEI を受け入れるというこ
4
日本の登録機関については、現時点では未定とのこと。
米国では、
CFTC が国内版の LEI である
「CICIs」
(CFTC Interim Compliant Identifiers)
を義務付けており、すでに 2012 年 8 月から、DTCC と SWIFT によって運営されている。
CICIs は、LEI の国際標準に準拠したものとなっており、世界的な LEI が立ち上がった段
階で、prefix(4 桁)を付けることにより、統合する予定。
15
5
とになるため、実際のグローバルな稼働までにはまだ数年を要するものとみら
れる。
5.SWIFT関係
(1)FINのメッセージ料金の値下げ
今次 Sibos の冒頭で、 2014 年の FIN メッセージの料金が、今年より 20%引
き下げられることが発表された。メッセージ量の増加に応じた料金の引き下げ
である。
図表 9
SWIFT のメッセージ量とメッセージ料金
出所:SWIFT プレスリリース(9 月 16 日付)
(2)コンプライアンス・サービス
CEO のレイブラント氏が今後注力していくとした「コンプライアンス・サー
ビス」であるが、SWIFT では現状 2 つのサービスを提供している。すなわち、
①サンクション・スクリーニングと②サンクション・テスティングである。
サンクション・スクリーニングは、自前の制裁リストのチェック・システム
を持たない中堅・中小銀行向けのサービスであり、サンクション・テスティン
グは、自前のチェック・システムを有する大手銀行向けのサービスである。そ
れぞれの概要は、以下の通りである。
①サンクション・スクリーニング
SWIFT が 2012 年 4 月から SWIFT が始めたサービスである。背景には、①
当局からのアンチ・マネーロンダリングに対する規制が厳しくなっており、巨
額のペナルティーが課されるケースも出ていること、②既存のソリューション
16
はかなりコスト高であること、等がある。
現在、55 ヵ国(日本を含む)の 114 行の利用先があり、自前のチェック・シ
ステムを持たない中小規模の金融機関にとってメリットがあるサービスである。
各国当局が発表した「制裁リスト」(sanctions lists)に基づき、SWIFT が
SWIFT ネッ トワ ーク 上のメ ッセ ージ のフ ィルタ リン グを 行う (real-time
filtering)。疑わしいものがあれば、カスタマーにアラート(警告)を発信し、
顧客は、メッセージをレビューして、メッセージをそのまま送るか、送信を停
止するかを判断する(図表 10 参照)。
本サービスは、SWIFT のネットワークと一体化したサービスであり、銀行側
では、(SWIFT のユーザーであれば)特にシステム対応は必要ない。
Ver1 では、FIN メッセージのみを対象として、28 の公的当局のリストに対す
るチェックを行うサービスとして開始した(2012 年 4 月)。Ver2 では、これを
それ以外のリスト(private list)にも対応可能とした(2013 年 8 月)。Ver3 で
は、対象を ISO20022 のメッセージにも拡大する予定である(2014 年ⅡQ 予定)。
②サンクション・テスティング
銀行が構築・運営している自前の制裁リストのチェック・システム(sanction
filter)が正しく作動しているかどうかを SWIFT が確認するサービスである。
自行でチェック・システムを構築して、自らメッセージのチェックを行ってい
る大手銀行向けのサービスである。現在、大手の 7 行が利用先となっている。
サービス内容には、リスト・アラート、サンクション・リスト、ファジー・テ
スティング、チェンジ・マネージメントなどが設けられている。また、テスト
のサイクルについては、①日次、②月次、③四半期ごとなどがある。
図表 10 サンクション・スクリーニングの概要
(送信銀行としての利用のケース)
①送金銀行が SWIFT に送金指図を送る。
②SWIFT では Y コピーの仕組みを使って、送金指図のコピーをサンクション・
スクリーニングのシステム(screening engine、SWIFT が運営)に送る。
③システムでは、送金指図を制裁リストに照合する。
④制裁リストにヒットした場合には、送金銀行にアラート(警告)が送られる。
⑤送金銀行の判断に基づき、送金の実行または中止が指示される。
⑥送信 OK の場合には、受取銀行に対して、送金指図が送られる(制裁リスト
にヒットしないもの、または誤判定のもの)。
17
出所:SWIFT のプレゼン資料
図表 11
サンクション・テスティングの概要
出所:SWIFT のプレゼン資料
(3)SWIFT流動性リスク・サービス
2013 年 4 月に、バーゼル銀行監督委員会(BCBS)が「日中流動性管理のモ
ニタリング・ツール」というレポートを出し、国際的に活発に業務を行ってい
る銀行については、2015 年 1 月までに 7 つの日中流動性モニタリング・ツール
を備えることを求めている(図表 12)。
18
図表 12
BCBS が求める日中流動性モニタリング・ツール
対象銀行
日中モニタリング・ツール
①日中流動性の最大利用額
すべての報告銀行
②業務開始時点で利用可能な日中流動性
③日中の受払いの総額
④時間が特定された支払
コルレス銀行サービスの提供先
⑤コルレス先のために行う支払額
⑥顧客向けの日中のクレジットライン額
決済システムの直接参加行
⑦一定時間までの決済額の 1 日の決済額の比率
このようにグローバルでリアルタイムの「流動性の可視化」(visibility of
liquidity ) が 求 め ら れ る よ う に な っ て い る 。 こ れ に 対 し て SWIFT で は 、
「FINInform」というサービスを使って支店分の受払いの指図をコピーして本
店に送ることにより、グループ全体の流動性をリアルタイムで一括管理する
「SWIFT 流動性リスク・サービス」(SWIFT Liquidity Risk Service)を提案
している。
FINInform によってコピーされる支払指図には、フィルター(MT ごと、通
貨ごと、対象とする支店、コルレス先など)を設定することが可能である。こ
れにより、当局への報告用のデータを作成できるほか、流動性の状況を分析す
ることもできる。
なお、今次 Sibos では、みずほ銀行が、グローバルなデータのリアルタイム
での入手に向けて FINInform の利用の調印を行った。
図表 13
SWIFT 流動性リスク・サービスの概要
出所:”SWIFT solutions for liquidity risk management factsheet”
19
(4)MIRS(ミイアス)
MIRS は、決済システムのバックアップサービスであり、正式名称は、
「SWIFT
Market Infrastructure Resiliency Service」である。SWIFT の Y コピーを使っ
て決済システムを構築している大口決済システムが対象であり、メイン・セン
ターとバックアップ・センターがいずれもダウンするといった異例の事態が発
生した場合にも、SWIFT のセンターで業務を継続できるサービスである。
通常時には、決済システムは 15 分ごとに SWIFT に「チェックポジション・
メッセージ」(各参加行の残高等)を送っておく。決済システムのセンター(2
つとも)がダウンした場合には、MIRS の立上げ(activation)を要請する。た
とえば直近のポジションの送付から 6 分後にダウンが発生したとすると、その 6
分間については、SWIFT の Y コピーに決済指図のコピーが残っているため、直
前の残高情報と未処理の決済指図によって、ポジションを復旧することができ
る。
①Dormant モード(ポジションの通知のみを行っておく)→ ②Activation(2
時間以内、決済システム運営者と SWIFT で協議)→ ③日中ポジション(running
position)の再構築 → ④Active モード(SWIFT が決済機能を take over する)
の手順で移行を行う。移行後は、純粋な RTGS システムとして稼働を行う。
現在、イングランド銀行(BOE)との間でテストを行っており、2014 年 1 月
末に CHAPS のバックアップとして稼働する予定である。その後、他の決済シ
ステムも受け付けていく(BOE 向けの専用サービスではなく、複数の決済シス
テムが利用できる Shared Model である)。
MIRS の利用により、第 3 バックアップ・センターを作る負担(および人的
な配置の負担)がなくなる。また、①バックアップの遠隔性(国外からのバッ
クアップ)、②技術的な多様性(異なる技術によるシステム)が確保される。
なお、自前のネットワークを使っている先でも、バックアップ用にこのサー
ビスを使うことは可能とのことであった。
20
図表 14
MIRS の概要
出所:SWIFT
(5)アライアンス・ライト2
「アライアンス・ライト 2」は、SWIFT への簡便な接続方法であり、2012
年 7 月より導入された比較的新しいサービスである。
アライアンス・ライト 2 は、データをネット上に保存する「クラウド」のサ
ービスである。このため、ユーザーでは、インターネットに接続できる回線、
ブラウザー、パソコンがあればよく、SWIFT のために大規模なシステムを導入
する必要がない。
安全性は、セキュリティ・トークン(USB)に入った暗号ソフト、クラウド
までのセキュア・コネクションなどによって確保されている。クラウド環境も、
SWIFT のオペレーション・センター内に置かれる。
また、機能的にも、①取扱いメッセージの範囲、②メッセージ・ボリューム、
③複数 BIC に対応、などの点で、従来の「アライアンス・ライト」よりも拡充
されている(図表 15)。また、アコード・マッチング、サンクション・スクリー
ニング、SWIFTRef6、貿易金融に関する TSU(Trade Service Utility)など、
SWIFT ネットワーク上の他のサービスについても利用可能である。
アライアンス・ライト 2 は、金融機関のほか、事業法人が SWIFT に接続する
場合にも利用することが可能であり、簡便な方法でのアクセスを可能としてい
6
送金先の金融機関に関するリファレンスデータ(BIC ディレクトリー、ルーティング情報
など)をオンラインで検索できるサービス。
21
る。今次 Sibos では、アライアンス・ライト 2 のユーザーが、過去 1 年で 300
行/社以上増えたとの発表があった。
図表 15
アライアンス・ライトとアライアンス・ライト 2 との比較
アライアンス・ライト
アライアンス・ライト 2
対象外のメッセージあり
すべての SWIFT メッセージを
利用可能
低ボリュームのユーザー向け
低ボリュームおよび中ボリュームの
ユーザー向け
Single BIC 用
Multi-BIC に対応可能
(6)3SKey
「3SKey」は、企業と銀行間の通信に、取引の認証(authentication)を行い、
電子的な本人確認(digital identity)を確保する仕組みである。公開鍵暗号(PKI)
の技術を用いており、トークンにより利用する。
3SKey は、1 つのトークンにより複数の銀行との通信について本人確認を行
うことができ、従来の複雑なセキュリティ管理を簡素化し、コストダウンにつ
ながるものとされている。世界の上位 25 行のうち 17 行が 3Skey を採用してお
り、これらの取引先である 2 万社(90 ヵ国)の企業が利用している。
今次 Sibos では、三菱東京 UFJ 銀行が 3SKey の導入を発表した(アジアの
銀行では初の導入)。
6.その他の分野
(1)Bitcoin
P2P(ピアツーピア)ベースの仮想通貨「Bitcoin」について、運営主体(Bitcoin
Foundation)の代表者から説明があり、会場で注目を集めていた。Bitcoin は、
2009 年に開発された仮想通貨であり、パソコンなどで難解な数式を計算するこ
と(採掘<mining>と呼ばれる)によって発行され、オンラインでの商品やサ
ービスの購入に用いることができる。Bitcoin は、ドルやユーロ、円などの実際
の通貨と交換できる Bitcoin 取引所も開設されており、このうち最大手(シェア
約 9 割)である「Mt.Gox」は日本に所在する。Bitcoin は、中央銀行や監督官
庁が存在しない仮想通貨となっている。
Bitcoin の運営主体の代表者は、「Bitcoin は、仮想通貨(virtual currency)
ではない7」とし、これは「あくまで「支払手段」(payment method)であり、
個人間での「価値の交換システム」(value exchange system)である」と主張
していた(したがって、当局による規制は必要ないとの主張につながる)。
7
ただし、Bitcoin のウェブサイトには、仮想通貨であると説明されている。
22
ただし、筆者には、以下のような点から、Bitocoin は貨幣の一種であるよう
に思われた。
金融論では、一般に貨幣の機能として、①一般的交換手段、②価値の尺度、
価値の保蔵手段の 3 つがあるものとされる。
第 1 の「一般的交換手段」とは、それを相手に譲り渡すことによって、自分
の欲しいと思う商品やサービスを手に入れることができる機能である。Bitcoin
で商品を売買できるウェブサイトが多数存在しており(1,000 サイトほどが存在
するとされる)、そこでは Bitcoin を支払うことにより、商品を手に入れること
ができる(図表 16)。また、実店舗でも Bitcoin が使える店舗が出てきている。
このため、まだ限定的であるとはいえ、Bitcoin には、一般的交換手段としての
機能が備わっているとみるのが適当であろう。
第 2 の「価値の尺度」とは、モノやサービスの価値を客観的に表す機能のこ
とである。Bitcoin を受け入れているウェブサイトでは、時計が 1 個=B48.1965
などと値付けされており、価値の尺度として用いられている(図表 17 参照)。
第 3 の「価値の保蔵手段」は、将来における支出まで期間、価値を安全に保
っておくための資産としての機能である。2013 年 3 月にキプロスで預金封鎖が
検討された際には、預金封鎖を嫌った資金が Bitcoin に流れ、Bitcoin 相場が急
騰する事態が発生した8。こうしたことから、Bitcoin は、価値の保蔵手段として
も認識されているものと判断される。
このように考えると、まだ流通範囲は限定的であるものの、機能的には Bitcoin
は貨幣としての機能を有しているものとみられる。また Bitcoin には、匿名性が
あるため、マネーロンダリングに利用される可能性も懸念されている。こうし
た判断から、今年に入って、米国、ドイツなどの当局が Bitcoin を「私的通貨」
(private money)や「現実の通貨」(real money)として認定し、規制の網を
掛けようとしている。
図表 16
Bitcoin で購入できる主なモノとサービス
貴金属、衣類、アクセサリー、玩具、ゲーム、ホビー、ビデオゲーム、
家庭用品、ガーデニング用品、オフィス用品、フィットネス用品、ス
ポーツ用品、ペット関連、工芸用品、電気製品、自動車用品、楽器、
旅行、ホテル、食品、お茶、タバコ、書籍、教育、音楽、ギャンブル
1 年前には 1Bitcoin=4~5 ドルで取引されていたものが、2013 年 4 月 10 日には過去最
高値 1Bitcoin=260 ドルをつけ、その後、急落した。
23
8
図表 17
ビットコインによる物販サイトの例
出所:BitcoinShop.US のウェブサイト
(2)MyBank
「MyBank」は、EBA クリアリングが進める e コマースの決済方法である。
決済までの手順は以下の通りである。
①インターネット・ショッピングのサイトで買い物をする。
②決済のオプション選択(クレジットカード、PayPal など)の画面で、MyBank
を選択する。
③MyBank に加盟している銀行のリストが出てくるので、その中から自分の取
引銀行を選択する。
④取引銀行のログイン画面が出てくるので、暗証番号でログインする。
⑤銀行取引にログインすると、さきほどの買い物の決済画面が現れる。
⑥買い物の決済を承認すると、銀行口座から支払額が引落され、買い物の支払
いが行われる。
こうした仕組みにより、オンラインでのデビット決済(リアルタイムの銀行
決済)が行われる。こうした仕組みを導入したのは、何もしなければ、ノンバ
ンクにウェブショッピングの決済をすべて持って行かれてしまうとの銀行の危
機感によるものである。オンライン・バンキングのポータルをすでに持ってい
る銀行にとっては、追加的なシステム投資の負担は少なくて済む。
24
MyBank サービスは、2013 年 3 月に稼働を開始した。現在まで、フランス、
イタリア、ルクセンブルクの 3 ヵ国の 51 行が参加している。2013 年末までに
は、参加行は 300 行にまで拡大する予定とのことである。一方、すでに 1,500
万件のウェブサイトが、MyBank を決済手段として採用しており、e コマース
業界から強いサポートを受けている(安心できる決済手段を備えることにより、
売り上げ増に結び付く可能性があるため)。
10.おわりに
今次 Sibos は、初の中東での開催ということもあり、中東・アフリカ勢の関
心がいつになく高かったように思われる。新しいプロジェクトの発表はやや少
なかったものの、着実に進展しているプロジェクトも少なくなかった。またパ
ネルでは、レギュレーションのあり方について規制当局を辛辣に批判する発言
が相次ぐなど、金融業界に元気が戻ってきた Sibos でもあったように思われた。
こうした中で、クロスボーダーの担保管理に注目が集まっていた点、民間銀行
による CSD の設立が驚きをもって受け止められていた点などが印象的であった。
また、コーポレート関連のセッションでは、もっぱら BPO が脚光を浴びていた
ようである。規制強化の流れとそれに対する SWIFT の対応である「コンプライ
アンス・サービス」への注力については、今後も動向を見守っていく必要があ
ろう。
来年の Sibos は、9 月 29 日から 10 月 2 日までの日程で、ボストン(米国)
において開催される。また 2015 年には、シンガポールで開催される。
以
25
上