H O P E ワインのコルクの話 ―ワインの熟成を助ける コルクの変遷について― 横山 弘和 横山 弘和 / よこやま・ひろかず 1930年兵庫県生まれ。 65年ホテル・オークラ(東京)入社。 95年に退社するまでソムリ エとして30年間一貫してワイン関係業務に従事する。 88年11月ブルゴーニュ・シュヴァリエ・デュ・タートヴァン(利き酒騎士)叙任。 現在佐多商 会業務室在籍。 ヨーロッパを中心とした限られた国々でのみ消費されていたワイン 長い梯 子を掛けて樹 皮を剥ぐ作 業は楽な仕 事ではありません。こう は、1 7 世 紀 中 頃に扱いやすいワイン瓶が考 案され、さらにその口を して成 長した幹から樹 皮を板 状に剥ぎ取り、3ヵ月間 乾 燥させます。 コルクで封をすることができるようになったことにより、国 際 的な貿 それから大きなタンクの 中で殺虫 剤を加えて煮 沸します。そして数 易 商 品として広く流 通するようになりました。今 回は、このコルクに ヵ月間 暗 室で貯 蔵された後、厚い板からコルク栓が 切り出され、最 ついて取り上げてみたいと思います。 も丈の長い最 上 質のコルクが最 高 級のワインに使われることにな るのです。 コルク栓の登場 コルクはワイン瓶の口の封をするのに最も適した木の皮( 樹 皮 ) 近代ワインの歴史 と考えられています。現在まで、自然か人工かを問わず、他のいかな ワインは昔、壷や樽に入れられて運ばれていました。当時のワイン る物 質より優れているとされています。コルクが理 想 的な瓶の栓で 商 人の一 番の関 心 事は、腐 敗しやすいワインをいかに迅 速に売り ある理由として、軽さ、清潔さ、大量に入手できることなどがあります 払うかということでした。ワインに含まれるバクテリア(アセトバクター・ が、さらに重 要な特 性として弾力性が挙げられます。機 械で瓶の口 アセティ)は酵 素さえあればおそろしい 勢いで繁 殖します 。しかし、 に入れられるほど容易に圧縮でき、すぐに膨らんで少しの隙間もなく すべての生 化 学 反 応と同 様、温 度が低いほどバクテリアの繁 殖は 口をふさぐことができます。そしてワインの一 番の敵である、外 気に 抑えられ、また、アルコール含 有 率が高くても繁 殖を抑えることがで 含まれるバクテリアなどの細 菌からワインを守ります。液 体やガスな きます。二 酸 化 硫 黄もバクテリアの繁 殖を防ぎます。そこで蒸 留し どもほとんど通しません。加えて、コルクは無 味・無 臭のため、ワイン たブランデーをワインに添 加し、アルコール 度を高めて運 輸に耐え の味・匂いに影 響を与えません。耐 久 性にも優れ、高 級なワインの 得るよう傷みにくくしたポート酒やシェリー酒が出 現したのです( 酒 瓶内熟成を可能にしてくれます。完璧なワイン・セラーに貯蔵すれば、 精強化ワイン)。そして17世紀半ばにガラス瓶とコルク栓が考案され、 ほとんど砕けることなく2 0∼ 5 0 年も原 形を保 持します(ボルドーの ワイン産業に一大革命が起こりました。コルク自体は既に古代ローマ シャトーでは2 5 年ごとに古いコルクを新しいコルクに替え、シャトー・ 時 代、壷の口をふさぐために使 用されていました。それは1 9 3 9 年に、 ラフィットでは1781年のヴィンテージが貯蔵されているほどです) 。 3 世 紀 頃 のコルクで封をされた壷がフランスで発 見されたことでも 地中海沿岸の産物 が、17世紀に至って再びその貴重な特質を認められることになった 証明されています。それ以降1000年以上も忘れ去られていたコルク コルクはコルクガシ(学名ケルケス・スベール)の表層の厚い樹皮 のです。仮にコルク活 用の事 実がなかったとしても、ワインの品 質 から作られます。この木は、特に火から身を守るためにスポンジ状に はその後の技 術の進 歩で改良され向 上したことでしょう。しかし、良 組 織を進 化させた成 長の遅い常 緑 樹です。産 出 地は西 地 中 海 沿 質のワインが長 時 間 空 気に触れないよう封をされることにより起こ 岸と大西洋沿岸に集中し、世界の全産出量の半分以上をポルトガ るワインの 熟 成は、瓶とコルクの 存 在なしにはあり得なかったので ルが占めています。最 高 級のワインに使われるコルクはほとんどが はないかと思います。 ポルトガル産です。コルクの木は、木を植えて最 初に樹 皮を収 穫で きるまでに2 0 年から2 5 年もかかるため、栽 培は長 期 間にわたります。 ガラス瓶の進歩 しかも最 初の収 穫は品 質が劣り使えません。ポルトガルでは樹 皮を 16世紀までは、ガラス瓶は樽からテーブルに運ぶのに便利なよう 剥ぐのは 9 年ごとと法 律で定められています。1 回 樹 皮を剥ぐと、元 作られていました。イタリア風のガラス瓶は壊れやすかったので、藁 通りの 厚さ4 ∼ 5 c m のコルクが 得られるまでに 9 年かかるためです。 や小枝細工や革で覆われ守られていました。また、中世の絵を見ると、 この木は成長すると高さ18mに、直径は1.5mにも達します。真夏に、 瓶の口には布がねじって詰めてあったり、布で結んだり、皮革も使わ 13 シャンパーニュ・コルク 1969年の アンジェロ・ガイヤ氏の パリのトゥールジャルダンに飾られている ロマネ・コンティのコルク 6cmコルク 古いボトルワイン れています。時にはオリーヴ油やロウで封がされています。1 7 世 紀 消費すべきワインにはコルクは使わず、10年、20年と瓶内で熟成が 初 頭になると、ガラス瓶の需 要が高まり様々な研 究が行われるよう 期待できるワインだけに最高の品質のコルクを使うべきだと主張して になりました。宮 廷 人で作 家で、また海 賊でもあったケネレム・ディ います。コルク以外でワイン瓶に使える栓は王冠、ネジ栓(スクリュー・ グビー卿なる人 物が、1 6 3 0 年 代にそれまでよりずっと分 厚くて重く、 キャップ)、シリコンのコルク、王 冠とボリエチリン、ニセコルク、再 生 さらに安い瓶を作ることに成 功しました。この時 瓶に完 璧な栓をす コルクなど数 多くあります。そこでワイン生 産 者も様々な栓を試しに ることが課 題となり、コルクが注目されるようになったのです。シェイ 使い研究しています。ある有名なシャトーの持ち主は、1970年ものの クスピア作『お気に召すまま』の中で、ロザリンドが「あなたの口か ワイン1 0 0 本をスクリュー・キャップで栓をし実 験してみました。結 果 らコルクを抜いてくださいな。あなたのお便りを私が飲めますように」 は最 初の1 0 年は問 題なく過ぎましたが、1 0 年 過ぎるとキャップが砕 という台詞が見られるほどです。 け始めて外の空 気が瓶 内に入ってしまい、またコルク栓よりも熟 成 コルクの長さ 自然コルク以外を使う気はないと言っています。 が早まることも分かりました。現在、高級ワイン生産者として、やはり コルクの長さは非 常に重 要です。普 通 辛 口の白ワインの多くや、 一 方 後 発のワイン生 産 国カリフォルニア、オーストラリア、ニュー 瓶内熟成をせずに早飲みするタイプの赤ワイン、特にボージョレなど ジーランドなどでは、コルクが完璧だという考え方にはとらわれないと に使われるコルクは短く4 c m∼4 . 5 c mです。一 方、ブルゴーニュの ころも増えてきています。世 界のワイン消 費 量のうち、約 9 5 %が早 ロマネ・コンティなどの特 級、一 級 畑の銘 柄ワイン、ボルドーの格 付 く飲んでしまう低 価 格のワインで占められている以 上、それらのワイ けシャトーものには大抵5cmの長さのコルクが使われます。イタリア ンに天 然コルクを使うのは無 駄で、スクリュー・キャップで十 分 間に のビエモンテ州で優れたワイン、バルバレスコやバロロを造るアン 合うというわけです。しかも便 利でコスト削 減にもなります。そこで、 ジェロ・ガイヤ氏は、自身が造ったワインのプロモートにあらゆるこだわ これらの新 世 界ワイン生 産 国では、今 後スクリュー・キャップに切り りを見せ、彼の使うコルクはサルディニア島産の選りすぐったコルク 替えると発 表するワイナリーのニュースが増えてきています。しかし、 で、 しかも他のどのコルクより長い6cmです。もちろん長ければ長い コルクの伝 統 文 化を大 事にするフランスでは、スクリュー・キャップ ほどよいということではありませんが、彼 の 造る長 寿 のワインには は美しくない、安物のイメージがあるなど、プラスチックやスクリュー・ ピッタリと評価されています。なお、シャンパン用のコルクは3枚の張 キャップのワイン栓に対しては好 意 的な受け止め方はできないよう り合わせで作られていますが、そのうちの1 枚がマッシュルーム型に です。 突出している頭の部 分になります。そして必ず“ C H A M P A G N E ” ワインの飲み方が十 人 十 色であるように、コルクに対する考え方 と焼き印がついています。これがシャンパンと他のスパークリング・ も今後どんどん変化していくかもしれません。 ワインの区別を示したもので、A.C.法による保証となっています。 最近の問題 ― コルク大戦争 ブルゴーニュへ 、ようこそ 近 頃、ワイン専 門 誌でワイン瓶に使われるストッパーについての 中世がいまだに息づいているブルゴーニュヘいらっしゃいませんか。 論 争が盛んに報じられています。あるワイン評 論 家によりますと、彼 極上の銘酒を生み出すぶどう畑、グルメレストランの数々、 中世そのままの街なみ、美しく広がる大地や、小さな村々、 は毎日のように数多くのワインの試飲をするわけですが、1週間に少 豊かな生命力と「はだのぬくもり」を感じる地方、 それがブルゴーニュです。 なくとも数本の傷んだワインに出合うと言っています。コルクに欠陥 お問い合わせ (株)佐多商会業務室 担当: 岩沢 があるため中身のワインが腐敗し、 とても飲める代物ではなくなった Tel. 03 3582 5087 ワインの 割 合 が 実 に 1 5 % にも上ると訴えています 。そこで、早く 14
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