第5回 歯周病とタバコ、歯周病と骨粗鬆症

『針路航跡』 別冊 歯科疾患と全身疾患の関連性について
2008.11.
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歯科疾患と全身疾患の関連性について⑤
歯周病とタバコ、歯周病と骨粗鬆症
大津市歯科医師会医療管理担当理事
高山
真一
(大津市医師会誌平成 20 年度 4 月号掲載より一部改変)
今月は歯周病とタバコ、歯周病と骨粗鬆症の関連性に
ついてお話します。昨年度、一昨年度に行なわれた三師
会連携禁煙支援事業についても、その中でふれたいと思
います。
喫煙と歯周病との関係
タバコが歯茎の炎症病変に悪影響を及ぼすことは、
1970 年代後半より報告されていますが、1990 年代に入
ると、健康意識の高まりに伴い、加速度的に喫煙と歯周
病に関する研究が行われるようになってきました。図1
に喫煙患者の歯周病病変写真を示しますが、このような
結果分析では、図2に示しましたように、喫煙者は非喫
患者さんの歯周病には特徴的な点がいくつか認められ
煙者に比べ 3.97 倍歯周病に罹患しやすいとされていま
ます。
す。また、興味深い点は、禁煙して2年以内の人は 3.22
その特徴としては、①歯肉の線維化が亢進しており、
倍歯周病リスクが高いままであり、禁煙して11年以上
歯周病の重篤度のわりに歯肉の発赤、腫脹が尐ない。
経った人でようやく 1.15 倍まで歯周病リスクが下がっ
②プラーク(歯垢)や歯石の沈着量と歯周病の重篤度と
てくる。すなわち、歯周組織に対するタバコの影響が消
の関連が弱い。
えるまでには、禁煙開始からかなりの期間が必要になっ
③歯周病の発症、進行が比較的早い。
そのため、同年齢の非喫煙患者と比べ比較的重症。 ④
歯周ポケットは特に前歯部や上顎口蓋側に多い。 ⑤歯
てくるのです。
喫煙による歯周組織破壊のメカニズムについては、
肉にメラニン沈着が認められ、局所循環血液量が尐ない。
種々の説が唱えられています。実験的歯肉炎を惹起させ、
以上の特徴が挙げられます。
喫煙が炎症歯肉局所の血流にいかなる影響を及ぼすの
2000 年に報告された第3回米国国民健康栄養調査の
かを調べたところ、血流の著名な減尐が認められたとの
報告があります。この機序としては主にニコチンの作用
によって血管収縮がおこり、微小循環系機能の低下が生
じたと考えられています。また、ニコチンは、好中球の
走化性や貪食能を低下させ、マクロファージ、単球の
IL-1, TNF-α, PGE2 産生を誘導することが知られてい
ます。さらに、リンパ球に関しては、歯周病関連細菌に
対する抗体産生が抑制されるという報告や CD4 陽性 T
細胞と CD8 陽性 T 細胞のバランスが変化することが明
らかとなっています。要するに、局所の血流が悪くなる
とともに、宿主の免疫応答が変化してしまい、歯周病の
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『針路航跡』 別冊 歯科疾患と全身疾患の関連性について
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気が副次的に起こってきます。このような点からも、歯科
医院で禁煙指導を行ったり、禁煙治療医療機関へ患者を紹
介したりすることが大切になってきています。
とりわけ、30歳、40歳代の患者は内科的疾患を有さ
ない方が多く、これらの年齢層は、むしろう蝕や歯周病の
罹患により歯科医院へ訪れることが多い特徴があります。
ブラッシング時の歯肉からの出血を主訴に来られた患者
さんで喫煙暦があった場合、歯周病が重篤化しやすい点を
お話しすることが契機となり禁煙を行なおうとする意思
をもつ患者にもわれわれ歯科医師は容易に遭遇します。そ
のときに、効果的に歯科医師が患者の後押しをはかること
で、患者の禁煙への意識を実際の禁煙への行動に結びつけ
ていくことは、非常に有効であると考えられます。
三師会連携禁煙支援事業は、この点に着目され計画され
たもので、これまでに歯科医師に対する禁煙支援研修会を
2回、禁煙支援シンポジウムを1回行ないました。また、
歯科医院に来られる患者さん向け啓発ポスターとパンフ
レットを作成し、さらに大津市歯科医師会のホームページ
(http://www.otsu-da.jp/)において喫煙と歯周病の関連
を説明するとともに、大津市医師会禁煙サイトや大津市薬
剤師会の禁煙支援薬剤師のいるお店一覧ページにリンク
をはり、大津市歯科医師会の禁煙支援歯科医院一覧を閲覧
できるようになっております。一度、先生方にも閲覧いた
だけましたら幸いです。(図3~5)
歯科医院に来院された患者が禁煙を希望する場合、禁煙
リスクファクターを高めることになります。
支援歯科医院では問診を実施し、ブリンクマン指数200以
上かつニコチン依存症スクリーニングテスト(TDS)5点以
三師会連携禁煙支援事業について
先生方もご存知のように、平成 18、19 年度の二年間
上の場合には禁煙支援内科医院へ紹介します。また、それ
に達しない場合でも患者に強い禁煙意志があれば禁煙支
に渡り、滋賀県からの援助によって大津市において三師
援薬局を紹介し、ニコチンガムの購入・使用による禁煙支
会連携禁煙支援モデル事業が行なわれました。その節に
援を行ないます。禁煙歯科医院から紹介状等あります節は、
は、貴会に大変お世話になりありがとうございました。
よろしくお願いいたします。
大津市医師会、歯科医師会、薬剤師会が一体となって禁
煙をしたい患者を支援しようという試みです。
骨粗鬆症と歯周病との関係
先にも述べましたように、タバコは肺がんをおこすリス
この連載の一月号でもお話させていただきましたよ
クがあるだけでなく、歯周病の発症リスクも高め、しいて
うに、歯周病は嫌気性細菌が原因となり歯を支えている
は歯の喪失を迎え食生活を十分に楽しむことができなく
骨が吸収されてしまう病気です。歯茎という軟組織の炎
なってしまいます。十分に食事ができないといろいろな病
症だけにとどまらず硬組織にも病変が及びます。したが
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って、代表的な硬組織疾患である骨粗鬆症と歯周病の罹
患とのあいだに何らかの相関関係があるかもしれない
と考えるのは論理として妥当性があります。
これまでに、歯の喪失数や骨密度、骨吸収量を指標に
して、骨粗鬆症患者で歯周疾患が有意に進行しているの
かどうか調べた研究がありますが、両疾患の間に関連が
あるとしたものと、関連がないとしたものに二分してい
ます。
これは、骨粗鬆症も歯周病も多因子性の疾患であり、
年齢、性別、人種、喫煙、女性ホルモン分泌等の影響を
受けるため、精密に比較検討できないことが原因です。
歯科医療をとおして骨密度に興味を持っていただき、骨
このような場合は、縦断的研究が必要になってきます。
粗鬆症の疾病予防にもつながる時代がくるかもしれま
閉経を迎えたメインテナンス療法を継続している 17
せん。
人の骨粗鬆症患者と 21 人の非骨粗鬆症患者を 2 年間に
わたり追跡調査し、骨粗鬆症患者では、非骨粗鬆症患者
ビスフォスフォネート系薬と顎骨壊死
と比較して、歯槽骨吸収量が増大し、骨密度も低下した
骨の強度を上げる目的で骨粗鬆症患者に投薬されて
との報告があります。また、3 年間に渡り追跡調査をお
いる薬の代表格であるビスフォスフォネート系薬で、昨
こなった研究により、歯周病に罹患している骨粗鬆症患
年頃からこの種の薬を飲んだ患者が歯科治療を受ける
者では、1.08±0.46mmの骨吸収が観察されたのに対し、
と、傷口がふさがらず、顎などが壊死する例が報告され
歯周病に罹患している非骨粗鬆症患者では、0.31±0.20
て問題となっています。抜歯などの歯科治療によって顎
mmの吸収しか認められず、両群の間には有意差が認め
骨壊死が生じた症例報告や治療を施さない前にすでに
られたとの報告があります(図6)。以上の研究報告か
歯周病に罹患している歯の周りで歯肉と歯槽骨の壊死
らすると、縦断的な研究が増すにつれて、歯周病と骨粗
が生じるといった症例報告(図7)がなされています。
鬆症の関連性がはっきりしたものになってくると思わ
ビスフォスフォネート系薬服用患者すべてに、このよ
れます。
また、最近、歯科で撮影されるパノラマレントゲン写
うな副作用が認められることはありませんが、このよう
な骨代謝を制御する薬の半減期も長いようですので、骨
真をもとに患者さんの骨密度が予想できるのではない
粗鬆症の治療を開始する前に歯科治療を済ませるなど、
かという研究も進められています。比較的若いうちから
各診療科の連携が大切になってくると考えます。骨粗鬆
症薬は患者さんにとって、骨を丈夫にするサプリメント
的な軽い薬と考えておられ、われわれ歯科医師が服用薬
について問診をおこなってもなかなか服薬履歴として
お答えいただけない場合も多く、できましたら投与され
る医師の方から歯科治療の前には歯科医師に内服して
いる旨を伝えてほしいと患者に指示していただきたい
と思います。
いよいよ次号が最終回になります。次号では歯周病と
早産、低体重児出産についてお話し、最後にこの連載の
総括を行ないたいと思います。