公開講座 - 東京多摩いのちの電話

vol.67 「いのちの大切さ」 ‥ 林
一環としての公開講座
義子厚生労働省助成による、自殺予防事業の
「公開講座」
《この公開講座は、厚生労働省助成による、自殺予防事業の一環として、開かれたも
のです》
いのちの大切さ
林
義子
1.パリから戻って
私は 27 日にパリから戻ってきたばかりで、少し風邪気味です。でもこの会場に「いの
ちは大切だ」と思っている方がこれだけいるという事で、お話しする力になります。私
は創設以来 20 年「東京いのちの電話」で働きました。私の生涯の中でこの 20 年間は
大切な時間です。生きていく上で何が大切かを感じさせてくれた 20 年です。
私が属しているカトリックの修道会の仕事のために、1991 年から 12 年間パリにいま
した。パリを中心としていろいろな国を廻りました。外国に適応するために必死かとい
うと、日本を気にしながらの 12 年間でした。帰国して日本は大変になっていてビックリ。
「いのちの電話」の重要性が大きくなっていました。
2.「いのちが軽く扱われる」日本
帰国して一番驚いたのが、日本では「いのちが軽く扱われている」という事です。高
山まで高速バスで行ったのですが、5~6時間かかるのに、運転手さんはたった一人
で運転していました。「乗客の命を預かっている」緊張感が運転手さんの背中から伝
わりました。厳しい仕事を強いられています。それなのに到着して「ありがとう」と挨拶
する乗客はほとんどいません。
一方中越地震で岩に閉じ込められた優太君のために、日本中が「助かってほしい」
とテレビの画面に見入りました。小さな命のために集中した祈りだったと思います。私
たちの中に「いのちを大切にしたい」ちう思いが疑うことなしにあるのです。ただ「いの
ちの大切さ」を忘れ去っているのです。2004 年が「いのちを軽視する日本」の節目だと
思います。子どもたちが犠牲になる事件が連続しています。
3.自分の命に対する尊厳から出発する
私はアフリカ、南アメリカの貧困を見てきました。貧困な所に行くと、「神さま、どうし
てこんな不公平なことを人間に強いるのですか」と神さまに文句を言いたくなります。
チャドというアフリカの国で、赤ちゃんの目にハエがたかって、目は真っ黒でした。この
ままでは失明してしまうかも知れない。「どうして病院に連れて行かないの?」と聞くと
「連れて行っても、病院に薬がない」という返事でした。病院では給料が未払いで医師
たちがストライキをしているという状況です。お母さんは必死で子どもを育てているの
です。
日本では年間3万人の方が自殺しています。南米コロンビアでは年間3万人の方が
虐殺されています。コロンビアは南米のスイスと言われるほどキレイな国で、石油、鉱
物が豊富ですが、3つのゲリラが利権をめぐって虐殺しあっているのです。
日本には貧困も虐殺もありません。日本のように楽に生活できる所はありません。2
月、3月は若い女性がとっとパリに来て、エルメスやグッチを買い込みます。店員の一
ヶ月の給料を一日で買い込む。それで良いのかと思います。日本の若いお母さんた
ちにアルゼンチンの若い神父は「日本には何をして良いのか、何をしていけないのか、
という価値基準がないことに驚いた」と話しました。
日本は物は豊かでも、その事が人々を幸福にしているでしょうか。「何をしても良い」
という考えが社会全体に仕込まれていて、「したい事が出来る」事が欲望を募らせ、多
くの事件を起こしています。まず「自分の命の尊厳を保ち、そして他者の命を大切に
する」所から出発しなければ、と思います。
4.「いのちの大切さ」を忘れないために
フランスもホームレスは多いのですが、とてもフレンドリーで、「やあシスター」と声を
かけます。人への関心があるのですね。日本の地下鉄の駅でエスカレーターに乗っ
ている人が皆黒い服を着て、黒いケースを持ち、疲れ切った表情で下を向いているの
を見た時は、驚きました。聖書的に言うと「牧者なき羊の群れ」のように見えました。フ
ランス人なら上を向いてオシャベリをしていますよ。ヴァカンスもたくさんありますから、
フランス人は元気なんですね。
日本では生活リズムが過酷なんです。日本は人口密度が高いですよね。これが緊
張感を高めています。フランスは面積は日本の2倍、人口は半分です。週末には田舎
で本を読んでいればいい。理屈っぽい国民なので、よく本を読みます。出会いとなっ
たら、その時だけニコニコできるんです。口角泡を飛ばしてケンカもしますが、終わっ
たらさっぱりしていますし、次にあったときに違うことを言っても、何も言われません。
日本では家でピアノを弾いたり、子どもがダンスをしたりするとすぐ近所から文句を
言われます。とても緊張感の高い生活を強いられていますよね。この状況を受け入れ
ながら、何が出来るのか。「人間関係を上手に」ですね。「人間関係が大切だから、自
分を押し殺してつきあう」と言うことは出来ないですよね。「相手を傷つけない。相手の
存在を尊重しながら、自分も受け入れてもらう」そういう対人関係の持ち方を大切にし
たいと思うのです。
働くことに価値があったり、芸術に価値を置いたり、価値はいろいろあります。しかし
根本的価値は「いのちの大切さ」と言うことです。その事を私たちはきちんと子どもた
ちに伝えているでしょうか。
5.出会いとしての「いのちの電話」
今回フランスに行く飛行機で、赤ちゃんがずっと泣いていました。フランス人の両親
も疲れ、周囲の人も泣き声で疲れていたときに、10才くらいのお姉ちゃんが、弟をあ
やし始めました。私は家族の在り様を見たように思います。HAPPYな体験より、子ど
もにとって差し迫った事に関わることが大切で、豊かに成長させるのだと思います。フ
ランスでは政府の施策でDV被害の子どもたちの施設が各自治体に作られています。
フランス人が最も大切にしているのは人権で、「子どもには『安全に生きる権利』『教
育を受ける権利』がある」と推進しているのです。日本でも虐待は多いけれど、フラン
スの方が施策は一歩先んじていますね。
「いのちの電話」は命を大切に思う市民の行動です。「あなたが誰であろうと、私は
あなたを大切にする」というメッセージを伝えているのです。1971 年 10 月1日に「東京
いのちの電話」が開局しました。日本が高度成長期に入り、このスピードに追いつい
ていけない人たちを大切にしようと、30人の人たちで立ち上げました。
出会いの場としての「電話の直接性」があります。「命と命がぶつかりあう場」ですね。
電話相談員も自分の命に対する尊厳を持ちながら、相手の命の尊厳に出会うのだと
思います。社会が「いのちの大切さ」を忘れないためにも、「いのちの電話」の果たす
役割は大きいのです。
狭い国土の中で、たくさんの人口を抱えている日本はどうしても厳しい生活環境の
中で生きていかなければなりません。そこで一人一人が人間らしい生活をするために
は、お互いにお互いのあり様を尊重していかなければならないでしょう。ますます多様
化していく価値観の中で「ともに生きる」「ともにいのちを大切にしていく」という共通の
価値を最優先していくことがすべての人に求められていると思います。その具体的な
行動としての「いのちの電話」の存在意義はますます大きくなっているのでしょう。
プロフィール:
林
義子 (はやし よしこ)
川崎カリタス学園
東京いのちの電話
東京弁護士会で相談についての研修指導
カトリック援助修道会・会員