「東アジアのRegionalism」への新しい視角 −カンコク,ニホン,タイワンによるEU型共同体の推進− 岸 本 建 夫 はじめに Ⅳ.対チュウゴク政策について Ⅰ.東アジア地域の範囲と3層構造 Ⅴ.ニホン人の人権意識と国家観の変化 Ⅱ.第1分類国家と第2、第3分類国家との関係 Ⅵ.Asian Three(カンコク、ニホン、タイワン)Plus Ⅲ.70年代以降維持されてきた東アジア秩序の変化と アメリカ “ASEAN Plus Three”の限界 おわりに はじめに では現実的力を持ち得ない。政治的に厄介な問題を抱え る地域に住む人々が、政治をひとまず脇に置いておいて 近接地域との関係をよくしたいという気持ちはよくわか Globalizationとは経済的に見るならば、世界的規模で、 資本、物、人の移動が自由化すること(最近ではこれに るし、夢を持つのは自由であるが、それにより確実な現 情報、サービスなどを加える論者が多い)であり、 実性を持たせようとするならば、政治、軍事のProcess Regionalismとは一定の地域でそれがおこなわれること もあわせて考える必要があろう。除くなら、よほど注意 であり、実は同じ事の別の側面である(Regionalization して自己の議論が限定的なものだと認識した上で論ずべ という用語はあまり使われていないようだ)。 きだ。 経済を自由化することによって、ともに豊かになって 環日本海共同体論や北東アジア共同体論のほとんどは いこうではないかというのが、その根本思想であるが、 このような物が多い。異なる、敵対する国家関係におい 自由化は単に経済領域だけにとどまらず、必然的に政治 ても、確かに、経済関係を作り上げるべきだし、それは や文化の領域とのかかわりを持つようになる。民主主義 可能だ。ニホンとチュウゴクも異なる体制であるが、経 や人権の問題を見過ごすことはできなくなる。言論や表 済交流は盛んだといえる。しかし、政治、軍事面が必ず 現、結社の自由もなく、人権が抑圧されたままでは、真 や大きな制約要因となってたちふさがってくるだろう。 の豊かさなどはありえないからである。だから、筆者は 本論はそのため、体制が同質な国家同士、異質な国家 Regionalism とは次のようなものだと定義したい。つま 間の協力の在り方をそれぞれ分けて検討するという方法 り、Regionalism とは政治、経済、安全保障の3つの柱 をとっている。 から成り立ち、その目的は地域住民に自由で、豊かで、 さらに、世界、あるいは地域において、特定の国が覇 安全な生活状態を実現しようというものである。 権(=Hegemony)をとり、その他のMemberに対して、 1)経済的自由化:モノ、カネ、ヒトの移動の自由化に より有利な、あるいは抑圧的立場をとることがありうる よる効率化→地域住民がより豊かになること (このような状態は実は、“自由化”に反するのだが)。 2)政治的自由化:言論・結社の自由=議会制民主主義 具体的にはGlobalizationにおいて、アメリカの覇権が、 の実現→人権の拡充 しばしばとりざたされる。Regionalismにおいても、同 3)安全保障:地域の集団安全保障による地域内と外か 様なことはおこりうるだろう。たとえば、東アジア地域 らの侵略の阻止 ではニホンやチュウゴクが覇権を握ろうとするかもしれ ないという仮説は無意味ではない。 経済的交流のみを見て、政治、軍事的側面を無視する したがって、アメリカと東アジアとの関係や人権問題 共同体論があるが、無意味な議論におちいる危険がある。 なども検討する中から、経済的にも、政治的にも個人が やっかいな面はあえて外そうということだろうが、それ 自由を謳歌し、特定国の覇権がない本当のRegionalism −1− 政策科学10−2,Jan. 2003 が東アジアに実現できる可能性はあるのか検討するのが 理とは対極にあるといってもいいすぎではないだろう。 本論のテーマである。 もっとも重要なのは政治Systemの違いである。東ア ジア地域には言論・結社の自由を基盤とする議会制民主 Ⅰ.東アジア地域の範囲と3層構造 主義体制もあれば、共産党独裁体制、幼稚なStreet Democracy(フィリピン)、軍事独裁政権もある。アジ 本論では、東アジアのRegionalismを対象とする。ヨ アは1つではない。 ーロッパにおいては、政治、経済的にはEU, 安全保障面 Identityをいうなら、肯定的価値をもったものでなけ ではNATOという形で、さまざまな問題を抱えつつも、 ればならない。シナ料理はおいしいし、東洋医学(中医 地域内において“資本、物、人”が自由に移動すること 学)も見直されるべきである。しかし、ここで問題にす ができるようになり、地域的な統合・協力が進んでいる。 べき肯定的Identityとは、人間関係のSystemつまり、社 周知のごとく、アジアには、ヨーロッパほどの自由化は 会Systemである。 実現されていない1)。 アジアにそんなにすばらしい人間関係のSystemがあ アジアはどのような形で、Regionalismを実現していっ るか? 専制的国家制度?、家族や夫婦の絆?、農村共 たらよいのか、というのが筆者の課題であるが、本論で 同体の助け合い?、アジアの家族関係や村落の人間関係 は東アジアに限定したい。そこで、東アジアとはどの範 に部分的には優れているところがあるとしても、全体と 囲を意味するのかということになるが、筆者はニホン、 しては、どれもこれも、前近代的なものとして、否定さ 極東ロシア、チョウセン半島、チュウゴク、タイワン、 れるべきものだろう。Moodとしてアジアはすばらしい 東南アジアを考えている。 はずだ、と主張されるが、具体的にとりあげれば、否定 地域協力というなら、近隣である。隣接すること(= 的側面が目に付くだろう。 近い)のMeritの追求であろう。もちろん域外と協力し 文明、文化には優劣がある。ヨーロッパの産業革命以 ないわけではない。オーストラリアやニュージーランド 後の資本主義的生産様式としての機械文明は、史上最大 とも協力は必要だし、石油がニホン経済の生き死にを左 の悪である帝国主義=植民地主義を作り出したが、アジ 右しているわけであるから、中東地域の方が、東アジア ア、アフリカの狩猟、農耕文明に勝り、人間平等、男女 の国々よりも、ニホンにとって、より重要ともいえるわ 同権の文化は身分制度や纏足の文化に優っていた。文化 けである。 は優劣ではなく、単に性格の違いという場合もあるだろ 「アジアは1つ」というIdeologyがあるが、これは幻 う。箸とForkの違いはこの種のものだろう。しかし、 想である。ニホンではオカクラ・テンシン(岡倉天心) 欧米の文化、文明は一般的、全体的にはアジアに優って 以来、この思想は連綿と続いている。しかし、この思想 いる。この事実から出発しなければならない。 は資本主義生産Systemに基礎づけられた強力で、かつ フクザワ・ユキチがとなえた「脱亜入欧」はアジア蔑 暴虐な帝国主義=植民地主義勢力である欧米に対抗しよ 視だとしてしばしば否定的にとりあげられるが、遅れた うという受け身の抵抗姿勢からうまれている。 アジア的Systemを捨て、近代化しなければならないと アジア全域はいうにおよばず、東アジアにおいても、 いう主張であり、その正しさは今も変わらない。 この地域に共通するそれ自身をまとめる受け身ではない 積極的なIdentityには乏しい。宗教面ではチュウゴク、 チョウセン、ニホンあたりなら、仏教や儒教が一定に共 東アジアはひとつではなく、基本的に3つの体制に分 かれている。 通土壌といえるかもしれないが(ニホン、カンコク、タ 1)議会制民主主義国家:ここでは、言論、結社の自 イワンでは儒教が一定に否定されたが故に近代化が実現 由、公平な選挙制度、公平な経済取引関係が基本 したのだが)、東南アジアではイスラム教、キリスト教 的に実現している。 も優勢である。ロシアはギリシャ正教だ。食事の面でい カンコク、ニホン、タイワンが該当する。極東 えば、シナ料理はかなりの影響力を周辺地域に与えてい ロシア、シンガポール、タイはつぎにのべる第 るが、しかし、シナ料理で東アジアをまとめることはで 2分類との中間的形態であろう。 きない。同じ箸の文化であっても、ニホン料理はシナ料 2)不十分な民主主義国家: 一部を除くASEAN諸国 −2− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) 3)全体主義独裁国家:チュウゴク、北チョウセン、 ベトナム、ミャンマー れを3カ国の官民が意識的に目標に掲げ、協議を開始す べきである。 3カ国はEU型統合を実現し、政治、経済、先端学問、 第1分類の国家と他の2分類の国家は、きわめて異質 技術、および生活水準、生活文化・芸術、すべての領域 であり、これら3地域をわれわれが志向するRegionalism において、北米、EUとともに立ち並びうる先進文明圏 (人、もの、かねの自由な移動)として、同質=同層と としてみずからを確立することを目指す。 して、一括することにはなじまない。 これが、東アジア地域共同体の第1層=中心層を形成 第1分類国家で、公平な取引関係が十全に行われてい し、それに波状的に隣接する形で、第2、第3地域が第 るとはいいがたいが、少なくとも自由な言論による監視 2、第3層として連なる(かならずしも、第2層の次に と批判によって、Checkされうる環境にある。これは、 第3層が遠心状につながるわけではなく、並列の関係か 自由な政治体制、司法の独立によって保証される。第2 もしれないが)。 分類では、かなり不十分であり、第3分類では、まだ、 ほとんどその条件が整っていない、といえるだろう。 ヨーロッパでは市場経済型、議会制民主主義政治体制 であるEU Systemが、フランス、ドイツを中心にして、 これらの3地域の相違を認識し、全地域に同一の政策 北、東、南に位置する周辺を同質化させながら、段階的 をとるのではなく、各地域に異なる政策を適応させる必 に組み込んでいくという戦略をとっているが、東アジア 要がある。 においても、この戦略を踏襲し、市場型民主主義国家で あるカンコク、ニホン、タイワンがまず結束し、それが Ⅱ.第1分類国家と第2、第3分類国家との関係 北、西、南に位置する周辺地域をみずからに同質化しな がら、段階的に取り込んでいく戦略をとるべきである。 第1分類国家(カンコク、ニホン、タイワン)を民主 箇条書きにすれば、以下のようになろう。 主義体制としたが、その1つのニホンにしても、官民ほ ○第1分類国家群は、EU型実現は一挙には難しいた とんどすべての機関における、組織の利益擁護第一から め、FTAの締結からはじめ、経済的、人的移動の垣 来る秘密主義、隠蔽主義、反順法主義は目を覆うばかり 根を急速に低める努力をする。 のひどさであり、これで一体民主主義などといえるのか、 ○第1分類国家群は、北アメリカ、EUがそれぞれの という根本的疑問が生じる。しかし、一方で、こういっ 地域で果たしているように、東アジア地域で、市場 た不正がこれまでのように闇から闇へ葬られるのではな 型資本主義と議会制民主主義を拡大する中心勢力と く、白日のもとに晒され、弾劾されるようになった、と なる。 いうことは、民主主義の深まりということがいえよう。 ○第1分類国家群は人権向上、民主主義化の支援ため、 80年代まで、軍事独裁体制であったカンコク、タイワ 第2、そして、特に第3分類国家群での人権抑圧へ ンにしても、民主主義の程度がどれほどのものか、引き の監視を強め、それへの批判、民主化運動家への支 続き検証される必要があろう。しかし、いずれにしても、 援をおこなっていく。 言論の自由(カンコクでは外国〈=ニホン〉文化の流入 ○第1分類国家群は貿易、投資を通じて、第2、第3 規制をしており、完全ではないが)、公平な選挙制度、 分類国家群に対して、貿易、投資の自由化を要求す 基本的に自由な市場経済をBaseにする体制を実現した るとともに、法治、透明性、反汚職の原理を、みず これら3カ国は民主主義体制といえるだろう。 からをも、ただしながら、ひろめていく。ただし、 この3カ国は政治、経済のシステムが基本的に同質で 第2、第3群が、短期間に第1群のLevelまでに発 あり、国民の生活水準もかなり同一のLevelに近づきつ 達することは、ありえないから、安易に第1層の地 つある。人、物、資本の移動を同一国並みに自由化する 域圏へ組み込んで、あつかおうなどと考えてはなら ことができる基盤は整いつつあるといえるだろう。 ない。 もちろん、数年の内に短期的に行うというのには無理 ○第1分類国家群と第2、第3分類国家群は敵対関係 があるが、中期的目標としてEU的共同体を(人、物、 にあるのではなく、広い意味での東アジア共同体の 資本の域内完全移動自由化)をめざすべきであろう。こ 一員である。投資や貿易関係を大いに拡大していく −3− 政策科学10−2,Jan. 2003 関係にある。しかし、知的所有権の問題をはじめと ・ニホン―カンコク問題 して、相互の異なるSystemは無条件での、第1層 カンコク、ニホン、タイワンがEU型共同体を取るべ 内では可能な関係の構築を阻んでいる。したがって、 きだ、といっても、カンコクには、歴史認識をはじめと 経済交流(貿易、直接投資)を促進するなかで、第 して抜き難い対日不信と嫌悪の感情がある。タイワンで 1分類国家群のRuleによる取引関係を構築すること は、大陸から逃げ込んで来て、専制政治をとってきた国 で第2、3分類国家群の近代化を促す。ODAはこ 民党から、現政権への政権交代の後には、ニホンの併合 の観点から戦略的に使う(スズキ・ムネオが北方領 政策への見直し(評価すべき点は評価する)が進んでい 土でやったように、旧田中派の流れをくむ「親チュ る。 ウゴク」や「親北チョウセン」政治家がODAを利 カンコクの反日感情は、本来カンコクの方がニホンよ 権として利用するのを許してはならない) り文化的に上にあるという意識が強く(事実、そうであ ○第1分類国家群は人権思想をひろめる。途上国への ったわけだが)、現状においてはニホンの方が経済的、 投 資 は 、 管 理 者 と し て の 進 出 で も あ り 、「 支 配 文化的に優位にあるという事実を認めたがらないという 者」=「抑圧者」にもなりうるが、より近代的経営 精神構造に起因している。タイワンではショウ・カイセ 手法(=被雇用者の権利の保護)を持ち込むことで、 キとともに大陸から逃げてきたシナ人(外省人)はカン 途上国の社会Systemの向上化に資する。Globalization コク人と同様、対日優越意識が濃厚であるが、タイワン =Regionalismはむしろ人権向上にとってPlusであ 人(本省人)は希薄である。 ることを証明する。 カンコクの反日感情は、主に経済的劣等感に根がある ○第1分類国家群は、自らがEU型共同体になるとと から、したがって、カンコクの経済力、生活水準がニホ もに、自分達の原理を受け入れ可能になった第2、 ンと同一レベルに近づくに連れて消失する。しかし、カ 第3層内の国、地域から、自らの層に組み込んでい ンコクはニホンとの差を依然として強く意識しているが く。いいかえれば、第1層の拡大である。これは長 故に、World Cup共催でも、国名の順序にこだわり、ニ 期的視点でおこなわれる。 ホンではスポーツとして、あるいは特定選手へのミーハ ○知識集約化した第1群では、国内に残存している単 ー的応援を楽しむという感覚で、国家などというものに 純労働作業部分に外国人労働者を必要としており、 それほどはこだわらないのに対し、一流国家への仲間入 第2,3群より、秩序だった流入策が必要。つまり、 りとして、あるいはニホンより上であることを証明する 国内の企業等の各事業所からの申請数字をBaseに、 機会として位置づけ熱狂した。ただ、両国が共催したと 短期、長期の流入目標数を設定して受け入れる。受 いう事実は、共同体化が、可能であることを示す有力な け入れた労働者が、ニホンの生活環境に無理なく適 材料といえるだろう。 応し、Communicationの欠如による差別発生や摩擦 第2次大戦後、かなり長い間、感情面では独仏間の関 を回避するためには、一定の水準のニホン語教育 係はよくなかった。ジャンヌ・モローはイツキ・ヒロユ (役所の公報や申請書では漢字へふりがな付けする) キとの対談で、「私が住んでいた時、パリを占領したド などの対策が求められる。 イツ軍の歌であるリリー・マルレーンなんか、嫌いだ」 ○第1分類国家群と北米、EU資本との関係について といっていたが2)、彼女を含め、現在のフランス人のド は、これら3地域がそれぞれの地域で民主主義と市 イツ人嫌いは、大阪人の巨人嫌い程度のものではないだ 場経済をひろめる拠点となり、相互にこの目的のた ろうか。現在はこの両国がEU共同体のカナメである。 めに協力すると同時に公平な競争関係を打ち立てて 両国民の生活水準は同一Levelにある。人は自由に行き いく。カンコク、ニホン、タイワン企業より、一般 来し、働きたい場所で働ける。ニホンとカンコクもその 的には欧米企業の方が、競争力が高いとはいえるが、 ような関係になる所まできている。 相互乗り入れ的競争関係であり、公平な競争がおこ なわれる限り、保護主義的政策に依存することなく、 優勝劣敗の原理に従わねばならない。 −4− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) Ⅲ.70年代以降維持されてきた東アジア秩序の 変化と“ASEAN Plus Three”の限界 不均衡の拡大、チュウゴクの軍事的Presenceの強大化が 大きな不安定要因となっている。 チュウゴクはニホンの50年以上前の侵略についてはシ ・大妥協(Ground Bargain) ツコク言及するが、近年、侵略・覇権行為を続けている ベトナム戦争での敗北がはっきりしはじめた60年代 のはチュウゴクである。それを覆い隠す意味でも過去の 末、アメリカのニクソン政権は、ソ連を牽制するために 日本の弱みにつけ込んでいるのだろう。アメリカが撤退 も、チュウゴクへの敵対行為をやめ、技術供与とみずか した直後のベトナム侵攻、95年のタイワン付近へのミサ らの市場を提供することで、チュウゴクをみずからの勢 イル発射、ベトナム、フィリピン沖での石油資源争奪の軍 力圏へ取り込み、ベトナム戦争以後のアジアの新秩序を 事衝突など武力にたよる本質をあらわなものにしている。 構築しようとした。モウ・タクトウとシュウ・オンライ チュウゴクは2001年、アメリカの偵察機にScramble も渡りに船とチュウゴクの国際的孤立からの脱却をはか をかけたが、その戦闘機が墜落し、偵察機は海南島へ り、アメリカの新政策を受け入れた。その際、共産党政 (強制?)着陸させられ、米中関係が緊張した。チュウ 権と同様、ひとつのチュウゴクを掲げていたショウ・カ ゴクがアメリカの西太平洋での軍事Presenceへ挑戦をは イセキ国民党政権は、チュウゴクの正統政府としての立 じめた可能性があり、警戒心を持っておいた方がよい。 場を失い、UNの議席を失った。 ニホンはどうか? アジアでこの国ほど平和を求め、 アメリカとチュウゴクが妥協し、手を結ぶ形で、70年 実践している国はない。政権の座にある者も、一般の国 代以降のアジアの秩序が構築された。チュウゴクは、ア 民も、武力で他国を脅かそうなどとは露ほどにも考えて メリカのチュウゴクに対する脅威を除くかわりに、西太 いない4)。ニホンにとっては外国と平和的につきあうこ 平洋におけるアメリカの軍事的Presenceの継続を容認す とが、国益にかなっているからである。ニホンは覇権行 るというものであった(チュウゴクとしては日米安保体 為をまったくしていない。現実が証明している。 チュウゴク政府は首相の靖国神社参拝をその本質から 制はニホンの軍事的拡張を抑えるものとして、むしろ肯 反対しているのではなく、ニホンを牽制するための道具 定的なものとなった)。 これは周辺諸国にとっても、政治的にも、安全保障の として使っていることは明白である。「トウジョウをま 上でも、大変な安定要因となり、東アジアの高度経済成 つり、それを参拝することは、大東亜戦争を肯定するこ 長開始の基盤となった。東アジア諸国の労働集約的生産 とだ」というのが、参拝反対の理由であるならば、首相 方式での競争力の強みを生かした製品は、アメリカ市場 にかぎらず、自民党の要人が参拝してもそれはこの原則 へ雪崩込んだ。 に反するはずだ。ところが、コイズミ首相がチュウゴク、 カンコクに配慮して、8月15日をはずしても「許せない」 この枠組みが20世紀末まで続いた。ところが、アメリ カはその間、次第に国内産業の保護のために、東アジア などと高飛車に抗議するコウ・タクミンは、ついこの間 諸国に対し、各国の市場の開放、アメリカへの輸出の抑 まで首相であったハシモトやモリが、8月15日そのもの 制を要求するようになった。アメリカへの大量輸出(= に参拝していることには、なにもいっていない。ハシモ 外貨獲得)を前提とした、各国の経済拡大路線(=大量 トは9月の国交回復30周年記念行事の期間中ずっと、ペ の対外借入・輸入=経常収支の赤字、)に対し、先行き キンにいて、コウ・タクミンをふくむチュウゴク要人と への不安を感じた外資の投資抑制、ないし引き上げが、 笑顔でつきあっていた。チュウゴクがご都合主義である 3) 一挙に97年の金融不安を引き起こした 。 のはあきらかだ。こうした先方の発言を気にして、ただ その後、IMF やニホンの資金援助とアメリカの産業構 ただ意見衝突をさけ、一方的譲歩の上に「友好」関係を 造転換(重厚長大→IT産業)によるアメリカ国内経済の 作ろうと、首相に参拝を自粛せよなどといっているニホ 拡大に助けられ、輸出が回復することで、危機から脱出 ンのJournalismの対チュウ隷属姿勢は哀れにさえ思えて することができた。 くる5)。 この枠組みは、以上のように、これまでは有効だった ・タイワン といえよう。しかし、21世紀にはいり、大きな枠組み変 さらに、タイワン問題である。タイワンは国民党の軍 化がおきている。東アジア諸国の経済成長と国別格差・ −5− 政策科学10−2,Jan. 2003 事独裁体制から、民主主義的選挙体制への移行を実現し、 道は接続され、ヨーロッパとカンコクまでが、一本の鉄 さらに国民党からの政権交代を勝ち取ったチン(陳)政 道となり、極東ロシア、チョウセン半島の経済活性化に 権はタイワンは独立した政権であり、大陸とタイワンは はずみがつくだろう。 国と国との関係である、と言明している。「タイワン独 北の国内経済の崩壊はこれまでのような小規模の食糧 立」を宣言してはいないが、独立を問う国民投票にも理 援助などでは間に合わなくなるところまで深刻化してき 解を示す発言をしている。 ているのに、ブッシュ政権は北の封じ込め戦略に転じた ニホンやアメリカはタイワン政権の立場を理解し、支 ため、これまで、テポドン発射などの軍事的挑発をする 持しなければならない。国民党政権は、ひとつのチュウ ことで西側に北の存在を忘れさせずに、援助を引き出す ゴク論であり、将来的な大陸との統一を認めていた。し というやり方が通じなくなった。 かし、現在のタイワンの国民が独立を望なら、それを認 もはや、ニホンの資金を大規模に引き出さなければ めねばならない。東ティモールの独立は支持するが、タ (北にとって幸いなことにニホンは過去を反省し経済協 イワンは反対では筋が通らない。かつ、独立に動けば、 力(賠償)の意志がある)、経済の立て直しが不可能で 武力行使も辞さないとする共産党政府の姿勢は強く非難 あること、また、一方、北の債権者であり、アメリカと されるべきである。離婚したいといっている妻に対し、 協調関係をますます強め、北を開放させることが自国経 夫がそんなことを言い出せば、殺すぞと脅しているのと 済にとって有利であるロシアの圧力によって、開国せざ 同じ構図である。タイワンが、みずからの選択によって、 るをえない状況に追い込まれたのだろう。 主権国家の道を歩みはじめているのに、チュウゴクが怒 チュウゴクは、逆に、みずからは市場経済化を推し進 るからといって、タイワンの主張を押え込もうとするの めつつも、アジアの3カ国にしか残っていない社会主義 は間違っている。 体制の一角である北の体制が、資本主義である南の韓国 また、タイワンの民主的に選出された代表がニホンを に吸収されることを嫌っており、北の自由化、開放化そ 訪問する事はまかりならぬ、チュウゴクの共産党独裁者 して、南北統一には実は消極的であることを忘れてはな はニホンで歓迎されるというのも、筋の通らぬ話だ。チ らない(だから、共通の独裁体制を維持するために北か ュウゴクの横やり、専横を許してはならない。 らの亡命希望者を拘束し、北へ送還しようとするわけで なぜ、このような専横が許されてしまっているのかと ある)。キム体制自体が市場経済化への対応ができるの いえば、ひとえにチュウゴクとタイワンの市場の広さと かはわからない。あまりにも閉塞的独裁的な体制は改革 利用価値の違いである。アメリカ、ニホンの政府、企業、 開放が進めば、倒れざるをえないのではないかとも思え Journalism すべてが、正義より、自己の顧客へのチュウ る。 ゴク市場を利用した商品の提供を優先している典型的な 例である。チュウゴク政府を怒らせないための事なかれ ・ASEAN Plus Threeの限界 主義によって、タイワンへ不当な譲歩を押し付けている。 今後取るべき政策は、まず、タイワンの民主主義的に このように、東アジアには、ニクソン大統領とモウ・ タクトウ主席の会談を端緒とし、70年代以降形成された 選出された指導者の来日を認めることだ。アメリカは政 秩序(Ground Bargain)6)に、大きな変化が出てきて、 治的活動は認めないとしているが、タイワンの元首やそ そのままではやっていくことがむずかしくなってきた。 の婦人の入国に柔軟である。これは、ニホンが民主主義 そこでこれを乗り切る方法が模索された。 1999年、ASEAN Plus Three(カンコク、ニホン、チ 国を標榜するならば、その取るべき政策として原則的な ことであり、チュウゴクの横やりを許してはならない。 ュウゴク)として、はじめて、経済協力について協議が また、カンコクと同様、FTAの交渉を進め、ビザなし渡 もたれ、今後の東アジアの地域協力がうたわれた。アメ 航も可能にすべきである。 リカ政府筋も、アメリカを排除するものとして、90年代 前半のマハティール構想には反対したが、ASEAN+ 3 に対しては従来秩序の変化と不均衡化に対し、有効に対 ・北チョウセン 応できるものとして、歓迎している。 北チョウセンは9月の小泉訪朝によって、おそらく国 しかし、ASEAN+3という方式は、現在の利害関係 際世界に組み入れられるきっかけを得ただろう。南北鉄 −6− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) を前提とし、それを変更しないで、利害調整の話し合い の面でも、経済的豊かさの面でも優れており、交流を進 をしていこうというだけのものにすぎない。言葉は悪い めるなかで、先方の遅れたSystemの改革を促して、当 が、性格がまったく異なる国々―味噌も糞も―を一 方のSystemに近づけさせて将来的に狭義の同一のメン 緒にして、話し合いのパイプさえ持っていればなんとか バーとして参加できるようにさせようというものだ。何 なるだろう、というものである。確かに、パイプがない 年もかかる息の長い仕事になるであろうが。WTOに参 よりあった方がよく、ASEAN+3という枠組みでの協議 加させたのも、西側のRuleにチュウゴクを従わせるよう の場はあった方がよいだろう。その意味ではより大きな にもっていくという戦略的な見方からなされた。 枠組みであるAPECも同様だ。 そうはいっても、企業の立場からは商売を成立させる また、北東アジアでは北チョウセンの処理をめぐって、 には妥協も必要で、先方の習慣や政治的駆け引きに譲歩 ロシア、チュウゴク、カンコク、ニホン、アメリカによ せざるをえないこともあろう。しかし、それも全体的な る協議が必要だ。こういうLevelの協議の枠組みは必要 流れにおいて、チュウゴクを西側の論理に近づけさせる だ。 戦略の中に位置づけられるべきである。 しかし、同時に、狭義の意味での地域共同体の構築を 単に、貿易だとか投資だとかであれば、社会 急ぐ必要がある。ニホン、カンコク、タイワンは自分達 System=Ruleの違いによって、イライラすることはあ 地域内部の結束を強め、共同体結成に向け準備をすすめ っても、なんとかやっていけるが、本当に、物や、人の つつ、周辺問題にも協力してあたっていく、ことが求め 移動を自由にして、混ざり合ってやっていこうとしたら、 られている。北チョウセンの問題はEUが紛争を起こし 共通のSystem=共通のRuleを前提としないとやってい ているバルカン半島をどうあつかっていくのか、という けない。 問題ににている。 思想の自由や人権尊重を第1義的に重視する文化とそ 異なるLevelの問題をごっちゃに、あるいは同一の枠 れを抑圧するものとは本質的にあいいれない。経済取り 組みで取り扱うことはできない。第1層地域だけで取り 引きを、助け合いとしてとらえる文化(=事情の変化に 扱うべき問題にその他の層を参加させれば、遅れた社会 よる契約変更はあたりまえ)、と、それぞれの自己利益 Systemが足かせとなる。第1層はそれ自身の協議の場 が合致した場合、適宜実行するもので、援助は別途行な をもたねばならない。東アジア地域の3層は、それぞれ うべきものとしてとらえる文化(=契約は履行すべきも が協議の場を持ち、その上で、重層的なRegionalism政 の)とは、あいいれない。 また、生活水準に格差があ 策を構築することが有効だ。 れば、対等な付き合い、友情などありえない。同国人で も所得水準がまったく異なる者同士が、仲良く、同一 Ⅳ.対チュウゴク政策について Communityに生活していけるであろうか。ましてや、 外国人とはありえない。可能だと思うなら、それは本当 チュウゴク世界工場論や経済的、軍事的脅威論も台頭 につきあったことがないからだ。 するなか、チュウゴクをどうあつかうか、についてもう “日中友好”などと、わざわざうたわねばならないと 少しのべよう。チュウゴクは第3分類であり、一挙に第 ころが、政治的、経済的、文化的に相互の間に深い溝が 1分類の共同体に組み入れることはできない。しかし、 あることの証左である。ニホン人が、アメリカにいく時 投資や貿易は大いに進めるべきだし、そうなろう。文化 にはわざわざ友好などという必要はない。本年、日中国 的交流も促進すべきだ。たんに、ニホン側から、先進技 交回復30周年で友好行事を大々的にする必要があるなら 術を供与するばかりでなく、東洋医学(中医学)などで ば、2005年には日米関係回復60周年も同じような規模で はチュウゴクから学ぶべきものも多い。 やったらよい、ということになるが、日米間はそのよう しかし、原則的なことははっきりさせておく必要があ な“茶番”をやる必要がないほど関係が強固なのである。 る。チュウゴクは北チョウセンと本質的には同一な共産 戦争をし、憎しみ会ったのは日米も同じなのだが。 主義独裁体制である。自由も人権も抑圧された対外武力 日中国交30周年ということで、日中の交流を盛んにし 侵攻も辞さない覇権的で邪悪な反民主主義的Systemで ていこうといことが、政治家やJournalismで騒がれてい ある。当方のSystemに問題が多いとはいえ、人権重視 るので、繰り返し確認しておきたいが、ニホンとチュウ −7− 政策科学10−2,Jan. 2003 ゴクは水平の関係ではない。異なるSystemであるだけ の官吏が同席していて、Interviewを受けた人が本当の でなく、先方のSystemは人権抑圧の邪悪な反民主主義 ことを話してくれるだろうか?このような現在の取材状 的Systemである。 況に対して、チュウゴクに抗議もしないし、読者にそう ところが、チュウゴク政府とニホンの一部のJournalism いった条件下で得られた情報だということを説明もしな では、ニホンはかつて侵略した悪者であることが事ある い、我が国の独裁体制には弱い内弁慶かつ不誠実な ごとに蒸し返され、常に先方は被害者、当方は加害者で Journalismに、言論の自由を貫き、真実のチュウゴクを あり、こちらはもう悪いことをしませんという友好(= 報道しようとの気概はまったく感じられない。 戦争をしかけません、とういう関係)が強調され、人権 New York Timesなどの記者と比較すれば一目瞭然だ。 抑圧のような相手の都合の悪いことは口封じされ、これ New York Timesのペキン支局長で天安門事件などで、 を取り上げることは反友好的、反チュウゴク的態度だと ピュリツアー賞を受賞したNicholas D. KristofとSheryl いうことになっている。 Wudunnは赤裸々にチュウゴクでの人権抑圧の実態をあ チベットの人権抑圧やダライ・ラマの動向について、 きらかにし、報道している8)。 Newsweekなどのアメリカの有力Journalismがしばしば 相手政府の高官に取り入ることによる、チュウゴク政 取り上げるのに対し、朝日新聞などはほとんどとりあげ 府筋情報の獲得が第1であり、また、自社の社長がくれ ない。通常、ノーベル賞には大騒ぎするニホンの ば、共産党主席や首相Classに会わせようということに Journalismが、このノーベル賞の中でも最も重要な平和 キュウキュウとしている記者は、そのためにはチュウゴ 賞の受賞者には極めて冷淡である。北チョウセンの人権 ク礼賛記事をかき、日頃からチュウゴク政府にごまをす 抑圧に対しても同様であり、そういった姿勢がニホンの っておかねばならないのである。 記者個人というより、新聞社自身の経営姿勢がせめら 政治家、Journalism、官僚がキム独裁政権のニホン人拉 れるべきだろう。動きの激しいチュウゴクの動向をニホ 致を放置してきた原因となった。 チュウゴクとのBusiness においては、ニホン企業は ンの企業や一般読者に伝えることが、現在の新聞社等に 他の西側企業と競争しており、チュウゴクを批判ばかり は不可欠である。チュウゴク政府に都合の悪いことを書 していたのでは、競争者に商売をとられてしまう。だか けば、ペキン支局を閉鎖されてしまう。ペキンから追放 ら、企業はどうしても、相手にそれほど強く出られない されれば、チュウゴク取材において他社に遅れをとる。 立場にある。したがって、そこは政府(場合によっては これは営業上絶対に避けねばならないことだ。そのため、 議会など)との役割分担が必要だ。政府はチュウゴクの チュウゴク政府となるべく事を構えないという姿勢にな 人権抑圧やニホンへの主権侵害については、はっきり相 っている。きわどい、相手の神経にさわるような取材は 手に要求しなければならない。また、知的所有権侵害な しなくともよい。天安門事件でいえば、ただ一般的に、 どの経済取り引き上の不公正なやり方については、ニホ ペキンのどのへんで、どの程度の騒ぎが起きているか、 ン企業をBack Upしなければならない。この辺は欧米政 表面的にわかることを伝えればよい、ということだ9)。 府は、しっかりしているように思う。外務省の相手側の Ⅴ.ニホン人の人権意識と国家観の変化 ご機嫌ばかりとっているChina Schoolでは、この点、完 7) 全に腰が引けている、といわざるをえない 。 これは外務省ばかりでなく、チュウゴク政府に取り入 天安門事件の時、ニホンはチュウゴクを侵略したから、 りながら取材をしているニホンの一部のJournalismも同 チュウゴクの人権侵害には口を出せないということで、 罪だ。例えば、ニホンの新聞社のペキン駐在Officeでは 当時のハシモト政権は欧米政府ほどはっきりした批判を チュウゴク外交部傘下の人材派遣会社職員が事務をおこ しなかった。ニホンの社会主義政党は、社会主義国の人 ない、同派遣会社の運転手が記者を取材先に運んでいる。 権抑圧には寛容だから同じだった。社民党=旧社会党は 取材活動はチュウゴク当局に筒抜けである。もし、単独 北チョウセン労働党とは“友党”関係にあり、拉致問題 で取材へ行けば尾行があるし、もちろん盗聴もある。ま においても“友党”の嘘をそのまま国民に信じさせよう た、記者がペキンを出て取材しようとすれば、先方の官 とし、疑惑解明を妨害した。妨害であり、消極的だった 吏が取材について回り、一部始終を監視している。先方 ために批判されるというのとはまったく異質で、悪質で −8− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) ある―拉致をキム総書記自身が認めた後でも、社民党 とは、ニホンを守ることとは、ニホン国家を守ること、 のHome Pageには、拉致は捏造だとの論説が掲載された そして、つまりは、その国家機構の中心である天皇とそ ままだった。 れに直属する官僚機構を守ることであり、そのためには、 朝日新聞の編集責任者達は10月7日付けの紙面批評欄 普通の国民を切り捨て、犠牲にすることであった(戦後 における企業家や作家との討論において、作家のセキカ は自らの組織を権威づけするために天皇を強調すること ワ・ナツオ(関川夏央)が「70年代から80年代、金正日 は少なくなったが、官僚機構を守ることが国家機構を守 (総書記)が、拉致を指揮、実行していたとされる時期、 ることだという考え方に変化はなかった)。 朝日の報道は北に対して、過度に好意的だった。その 今、この国家観が国民から大きな批判を受けるように 『歴史』をこそ自己検証してもらいたい。 」と批判したの なってきた。官僚も表立っては国民に犠牲を強いる国益 に対して、一言も反論していない。反論しないというこ (実は省益)優先を言えなくなってきた。 新しい国家観 とは、そういう事実を認めたことにほかならない。朝日 とは、国家を守るというより、国家が普通の国民を守る 新聞は、社会主義国=独裁国家の人権侵害について寛容 ものでなければならない、というものだ。 であり、そういった独裁体制を持ち上げてきたという事 有事法制の審議過程において、法案提出側の有事に自 実をはっきり認め、反省すべきだ。 衛隊の行動の自由を確保する観点のみから作成されてい ニホンは第1類だとはいっても人権意識は未成熟だ。 た法案に対し、国民の保護の観点が欠落していることが、 個人の尊厳を守ることより、いわゆる右翼も左翼も集団 強く指摘され、この面の検討が余儀なくされた。 の秩序や和を尊び、事上げを嫌い、隣国とは何事もない 北チョウセンの拉致問題については、外務省などの国 表向きの平穏さを第1とする事なかれ主義=いわゆる平 家機構が国民を守る義務を怠ってきたことが、強い不満 和主義に安息する人々が多いこの国では(筆者を例外だ として犠牲者の家族などから出されている。この問題を といっているわけではないが)、まだまだ個人ひとりひ 取り上げることなく、コイズミ首相はキム総書記と会談 とりの人権は犯されやすい危うい面を持っている。 に臨むことはできなかったし、この解明が進まなければ、 しかし、同時に、ニホンの人権感覚と国家観に変化の 国交正常化交渉も進めないということになりそうである きざしもみえるように思える。まず、ハンセン病患者の (9月30日の内閣改造では拉致議連のイシバ衆院議員が 人権侵害に国家が責任があったとして、サカグチ厚生労 防衛庁長官に任命された) 。 働相が謝罪し、コイズミ首相は国として控訴しないこと 国家とは国民ひとりひとりを守るもの、という国家観 を表明した(70年代に発生した水俣病については、当時 が定着してほしいものであるが、その芽は出てきてい のハシモト・リュウタロウ厚生相は国に責任はない、と る。 いっていたし、関西訴訟では依然として国は高裁で敗訴 Ⅵ.Asian Three(カンコク、ニホン、タイ ワン)Plus アメリカ しても、なお上告しており、国(役人)が責任を回避し 10) ようとしている側面も依然として強いが 。)。 また、コイズミ首相は、靖国神社参拝にあたって声明 カンコク、ニホン、タイワンはEU型共同体をめざす を出し、“国策の誤り”によって、国民と被侵略地域の わけだが、ここでアメリカとの関係を見ておこう。 人々に多大な惨禍を与えたことをわびている。トウジョ ウ・ヒデキなどA級戦犯の合祀ばかりが問題とされて、 ・安全保障 国家が誤りを認め、国民に謝罪したという重要な側面が 見落とされている。さらに、新しく建設された国の原爆 アメリカはブッシュ政権になって、チュウゴクのタイ 記念館においても、国策の誤りが明記された。( チュウ ワン武力攻撃に対する防衛の意志を明確にしているが、 ゴク共産党はつねに正しいとされており、チュウゴク人 タイワンを独立した政権として承認する姿勢はみせてい 民にわびたことなどない―天安門の弾圧は反革命分子の ない。ニクソン大統領がモウ・タクトウ主席と取り結ん 策動の抑止と正当化されている)。 だ「ひとつのチュウゴク」の枠を維持している。アメリ カはチュウゴクとなるべく敵対することなく、この枠組 先にのべたように、ニホンの外務省に、一般邦人保護 みを維持し続けようとしている。 の考えが希薄であるように、明治以来のニホンの国家観 −9− 政策科学10−2,Jan. 2003 ところが、チュウゴク側の経済発展と軍事力の拡大に 民の生活が著しく損なわれている場合には、基地移転、 よる“自信”の獲得は、「大国中国」にふさわしい対外 縮小が緊急に必要だが、そうでなければ、むしろ基地と 関係を求めるNationalismを生み出しつつある。モウ・ の共存が求められよう。 タクトウの時代のように、アメリカがチュウゴク封じ込 ハワイは基地と観光でなりたっている、という点でオ め政策を実施しながら、ベトナムに侵攻し、他方、ソ連 キナワと同じである。パール・ハーバーやその他の演習 とウスリー川(黒龍江)国境で武力衝突する状況の下で、 場はNativeのハワイ人の土地を、アメリカ軍が奪うこと いかに軍事力、経済力ともに劣勢なチュウゴクを守るか、 で作られた。しかし、今は完全とはいえないかもしれな ということが課題であった段階とはまったく異なる状況 いが、ハワイ人とアメリカ政府との間ではおおむね和解 にある。以前は、相手と自分の力量を比較し、我慢して が成立している。ハワイの基地をハワイ以外に移転する きたことが、もはや耐えられなくなってきている。チュ ことは無理である。大部分のオキナワの基地をオキナワ ウゴクにいわせれば、なぜ、アメリカの偵察機に自国領 から他へ移すことはできないだろう。オキナワはハワイ 土をかぎまわられなければならないのか?なぜ、タイワ の経験を学ぶべきだ。 ンはチュウゴクの領土なのに、内政干渉を受けなければ 安全保障面ではカンコク、ニホン、タイワンの第1類 ならないのか?ということになる。 国家群とアメリカは密接な同盟関係を維持していく。つ 一方、タイワンは民主政権の下、民主的に独立への道 まり、「Asian 3(KNT)+アメリカ」である。 を選択しようとしている。彼らの選択がチュウゴクを怒 ただ、最後に、断っておかねばならないのは、アメリ らすからといって、アメリカにもニホンにもタイワンの カにはいまだに、アイゼンハワー大統領が辞任Radio演 正当な権利を押え込む権利はない。 説で指摘した、軍部・軍需産業が結託した軍産連合体が このように、以前の秩序はほころびつつある。地域の 残存し、これにBaseを持つ好戦的な政治家によって、 利害対立は激しくなりつつある。一番危険なのはチュウ 戦争が引き起こされる可能性がある。これへの警戒心と ゴクと北チョウセンの軍事的冒険主義である。これらの 抑制への誘導が必要だ。ベトナム戦争がそうであったし、 冒険主義への誘惑を押え込むのは圧倒的に強いアメリカ ブッシュ政権のイラク先制攻撃計画などはこの面の現れ の軍事的Presenceとカンコク、ニホン、タイワンの連携 だ。アルカイダのTerrorへの反撃がいつのまにか、戦闘 である。チュウゴクがタイワンを武力攻撃すれば必ずや 行為をしていない相手(イラク)への一方的先制攻撃の 痛い目に会うという確信をチュウゴクに持たせなければ 正当化へと拡大されている。 ならない。しかし、それでも恐ろしいことは、ニホンが 他国への軍事的介入が必要と判断されるのは、当該国 かつてそうであったように、勢力の冷静な比較をして理 による侵略行為、その国内であっても大量殺戮のような 性的・合理的な行動をとる(=自重する)とはかぎらな 広汎な残虐行為があり、大勢の難民が他国へ流れ込む、 いことだ。無謀な賭けにチュウゴクは出るかもしれな といった状況があった時であろう。人権抑圧が明らかだ い。 としても、上のような状況でない場合は、経済制裁や人 このような危険を抱えているわけであるが、いずれに 権運動家への支援は必要とされても、軍事介入の理由に してもアメリカの西太平洋における軍事的Presenceがニ はならない。ましてや、戦争を準備していると勝手に判 ホンとカンコク、タイワンの利益である。安全保障面で 断し、先制攻撃するなどもっての他だ。これこそ侵略で は、3カ国はアメリカの軍事力に依存している。石油も ある。アメリカにはその危険がある。 他の物資の貿易のRouteもその安全をアメリカの偵察衛 アメリカはキューバの社会主義政権には仮借のない制 星と空・海軍力に依存している事実を忘れてはならな 裁政策をとる一方(最近は人道的支援などの面ですこし い。アメリカの一国「覇権」は第1類国家群にとって有 緩和されたが)、より人権弾圧がひどいチュウゴクとは 利である。チュウゴクのタイワンへの侵攻は、この 経済関係を強めるというDouble Standard政策をとって Routeへの脅威にもなるということで、絶対に阻止しな いる11)。 さらに問題なのは中東政策である。アメリカでは白人 ければならない。 オキナワ等の基地の規模を適正にする問題を反基地闘 キリスト教徒が圧倒的多数派であり、政教分離といって 争にしてはならない。一般市民への危険性や騒音など市 も、キリスト教が事実上の国教となっている。国民国家 −10− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) はそれぞれの国教を持っている。ドル紙幣には「IN といえば、本来は1948年のイスラエル建国以前への原状 GOD WE TRUST」と印刷されている。このGODがキリ 回復である。イランのKharrazi 外相は、Newsweekの 12) スト教の神であることは明白である 。 Interview における“Do you recognize the right of Israel 国民に信教の自由は与えられているが、多数派かつ to exist as a state?”という質問に対して、“We do not Establishmentは、キリスト教至上主義であるといえ、 recognize Israel as a government. We believe that 一神教の本質からいって、他の宗教への優越意識を否定 eventually Palestinian refugees have to return to their 13) しえない 。 homeland. Under the supervision of the United Nations, 次に有力な勢力がユダヤ人である。かれらのアメリカ there should be a referendum and the original inhabitants における人口比率は2%にすぎないが、社会的に有力な of that land, including Palestinians, Jews and Christians, 地位についている人の比率が圧倒的に高い。かれら should decide about any political entity to be Jewish Lobbyはアメリカの政策決定に大きな影響力をも established.”と答えている。原則に立てば、この主張 っている14)。 こそ、正しい15)。 対中東政策では、キリスト教徒とユダヤ教徒の連合に しかし、現実問題として、アメリカ大陸をNative よって、アメリカの政策は明らかに、イスラエル寄りと American(American Indian)へ、北海道をアイヌへ返 なっている。欧米のキリスト教徒は、ナチの極端な野蛮 還することが不可能なのと同様に、被侵略者にとっては 性に典型的に現れたように、ユダヤ人に対し歴史的に長 不当であっても中東においても不正義による既成事実を 期に根深い迫害を続けてきている。ナチの迫害は‘典型’ 100%くつがえすことは困難だ。現行のイスラエルとパ であって、‘例外’ではない。キリスト教徒にとっては、 レスチナ暫定自治区の区割りをBaseに、パレスチナ国 ユダヤ人と接触しないですみ、ナチのような極端な迫害 家とイスラエル国家の共存を探るしか、道はない。 が繰り返されないようにするには、欧米地域の外にユダ アメリカに問題は多い。しかし、全体としては、アメ ヤ人の居住区を作ること(=追い出すことでもある)が リカの文化と文明は、Minorityが自己の文化を表現する 都合がよかった。これとユダヤ人自身のZionism(=復 機会を与えられているという意味で、全体的にみれば、 国主義運動)が結びついた。アメリカはユダヤ人の 世界で一番すぐれている(国内にMinorityへの差別は有 Zionismを一貫して支持しており、第2次大戦直後、戦 り、手放しで賛美できるようなものではないが)。ニホ 勝国アメリカのControl下にあったUNに、パレスチナ分 ンとしては、アメリカとの同盟を第1に考えるべきであ 割を決議させ、もともとアラブ人が住んでいた地域に一 るが、アメリカの好戦的側面には断固反対し、その欠点 方的にユダヤ人国家=イスラエルの建国を強行させた を正すよう忠告していく姿勢が求められている。この点、 (1948年)。ソ連にしても国内のユダヤ人は厄介者だった。 ドイツ政府と国民がアメリカのイラクへの軍事行動に反 アメリカ製の武器で武装されたユダヤ人勢力がパレスチ 対していることは、評価に値する(国民の74%が反対)。 ナ人を追い払った。 ・経済・金融面 イスラム教世界でのアメリカの政策への反感が、アメ リカへの絶え間のないTerrorを誘発してきた。単なる貧 ニホン、カンコクではアメリカは他国に対して抑圧的 富の格差=豊かなアメリカへの反発からTerrorがおきる であり、押し付けがましい、という反米感情が一部に根 のではない。アメリカは移民の国であり、貧しい者はア 強い16)。 メリカで豊かになることを望んで(American Dream)、 この見方は、対パレスチナ政策などでは、アメリカは 今でも途上国からの(不法)移民は後をたたない。アメ まったく不公平という点で、完全に間違っているとはい リカはあこがれの国である。しかし、強者であるアメリ えないが、少なくとも対アジア政策では、アメリカの自 カが弱者を不公平にあつかうと感じた時、反発と抵抗が 国産業の保護(今は鉄鋼で輸入規制をしている)以外で うまれる。アメリカの政策、とりわけパレスチナ政策が は、そういったことは薄れてきているといってよいだろ 公平だと、イスラム世界を納得させない限り、Terrorは う。 続くだろう。 IMF主導のアジア経済危機克服策については、マレー シアなどが反対、日本にもIMFへのAllergyがある。しか パレスチナ問題の解決方法として、何が一番正しいか −11− 政策科学10−2,Jan. 2003 し、IMFのやり方が嫌なら、その支援を受けないという 押し付けというより、むしろ、アメリカの技術、資本、 選択を取るのも自由であった。支援の受け入れを拒否し 市場によってアジアが成長できたという事実が、みすご ても先方がやってきて、強引に介入したとすれば、それ されている。その過程で、優れている者が他の者に対し、 を押し付け、帝国主義・植民地主義というのだ。事実、 少々えばったり、馬鹿にしたりするのは、やむをえない マハティールは支援を断ることを選択した。アメリカは ことだ。そこで劣等感や屈辱感を感じたらそれをバネに 武力でマレーシアを威嚇しただろうか? 最近ではマハ して、かれらに勝とうと努力することこそ必要だ。しか ティールの政策も選択肢のひとつという見方がアメリカ し、その際、行き過ぎた虚構のIdentityやNationalismを 17) にもある 。 作り出さないよう注意する必要がある。チュウゴクが劣 危機克服方法としては、途上国が輸入を抑制し、経常 等感と自信との間で揺れ動く中で、誤ったNationalism 収支を回復できるかが、鍵であるが、IMFの処方は、緊 に傾むかないか心配である(ニホンは大丈夫だ。戦前の 縮財政を取り、輸入需要を抑制させることに主眼がある。 皇国史観は困るが、ニホンの現在の天皇制ならば、過度 一方、為替政策は自由化し、資本の移動には規制を加え に排他的でも、国家主義的でもなく、穏当なものといえ ないことが、かえって、外資の信頼を維持し、投資を継 るだろう)。 続させるという考え方だ。 日本がアメリカ経済を債権国として支えているという マハティールは、為替管理をすることで輸入を抑制し 認識がある。この見方は一面的だ。貿易は大部分米ドル 経常収支のバランスをとった。これは、日本が戦後、経 でおこなわれているから、黒字は米ドルだ。それがアメ 常収支バランスが崩れそうになった時にとった輸入抑制 リカの銀行にまず自動的に預金され、ついで、米国債に 調整政策と同じ物だ。実は資本の移動と輸入を直接規制 投資される。アメリカ人は円をもっていないから、日本 するこの方式の方がIMF方式より、効果的な政策だ。 人はいくらもうけてもドルを円にはかえられない。稼い しかし、ニホンの政策は国内企業を育成するためには、 だドルはアメリカで使うか、途上国に投融資するか、で 外資の国内投資を基本的には禁止、排除するという戦後 あって、日本に持ち帰り使うことはできないのである。 の一貫した国内産業保護政策の中でとられていた。 それなら、円建てで商売した方がよい、ということに 一方、現在の途上国は外資の国内投資を積極的に呼び なるのだが、それが出来ない。円に信用がないからだ。 込んでいる。その場合、IMFや外資に対する説明責任は 日本人のエコノミストは20年以上もの間、円の国際化、 重要であるにもかかわらず、マハティールはIMFに通じ 円圏の形成を馬鹿のひとつ覚えのように繰り返している た副首相を同性愛の嫌疑で逮捕するなどして、強権的な が、一向に実現しない。 性格をあらわにし海外との関係を軽視した(マレーシア なぜか? ニクソンショックで、アメリカ経済、米ド は石油資源もあり、その点、タイや韓国より国際収支に ルの凋落が叫ばれた。確かに、相対的にはアメリカ経済 余裕がある面が、マハティールの強硬策を許したのでは が各国経済比、低下し、それまで、ドルの垂れ流しで ないか)。しかし、それでは外資は不安となり、マハテ (援助と輸入)西側の戦後復興と成長を支えてきた方式 ィール政策に対し強い不満の声があがった。 (ドルの金兌換受け入れ=アメリカから金流失)は放棄 最終的には、マハティールの政策が効を奏したため、 それもひとつのやり方として認められたようである。外 せざるをえなくなった。 しかし、その後、冷戦の終結による軍事負担の軽減、 資は投資が守られれば、政権が強権的か否かは問題にし アメリカの経済構造転換(重工長大→IT化)の成功はア ない。しかし、外資に経済発展を依存し、引き続き外資 メリカを再び、ダントツの経済、軍事大国へと復活させ の投資を求めるならば、外資に対する説明責任を回避す た。米ドルは凋落どころか、こんどは旧共産圏をも含ん ることはできなくなるだろう。 だ国際統一通貨となった。その時々の相場の上げ下げは 一般に国内人による改革は微温的であり、外国人によ あるが、この基本はかわらない。アメリカの経済力、安 る改革のほうが成功の可能性が高い(ニッサンも同じ) 。 医者には恥部もみせねばならない。途上国の自尊心は甘 全保障への信頼が米ドルを国際基軸通貨にしている。 Euroはヨーロッパにおいては流通しよう。かれらは、 えといえる。ただ、医者が常に正しい処置をするとは限 軍事力でアメリカに依存はしているが、日本ほどではな らないから、処方が適切か否かの監視は必要だ。 い。どうして、経済的にも、軍事的にもアメリカに依然 −12− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) として依存する日本の円がこのドルに取って代わること ンコク、ニホン、タイワンからなる第1層のEU型共同 ができるというのか。日本人はアメリカへの従属を否定 体の実現をまず急ぎ、その上で、残りの2層を第1層の したい、独立した存在でありたい、と願うところから、 Levelまで質的に向上させたところで組み入れていく、 日本の存在そのものが、アメリカの軍事力に支えられて EUが今まさに採用している政策を踏襲すべきことを提 いる事実を見ようとしないという精神構造をもっている 言している。このような重層的Regionalismこそ、東ア から、外国人にとっては当たり前の事実が見えてこない。 ジアにおいても取るべき道であるといえよう。 おんぶにだっこでアメリカに支えられているのに、どう して、外国人が円など信頼するだろうか。日本人が海外 (この論文においては、原則的に、人名と地名などの固 での買い物に少々円を使えたからといって、それで円圏 有名詞はカタカナ、外来語(英語)は、もともとのつづ ができるなどとはお笑い草だ(ニホンがアジア地域から りで表記した。10月上旬脱稿) の輸入を増やせば、円が決済用にもっと使われるように なるだろうが)。 注 1998年にニホンから 提案されたAsian Monetary Fund 1)ここでいう、EUモデルとは、経済における自由市場と政 は、IMF(International Monetary Fund)と同じような 治おける議会制民主主義を達成した国家による連邦主義的理 ものを、別立てに作ろうというものであり、アメリカ政 念を持った共同体をさす。(単なる経済的相互依存を元に構 府、そして日本が国際的な地位を上げるのを許せないチ 成される通商連合のようなものや集団安全保障の側面だけで ュウゴク政府も反対するのは当然だ。力量をわきまえな 結 合 し た 機 関 は 考 え な い 。) こ の こ と は 、 ポ ル ト ガ ル が い提案というものだ。円はあくまで、ドルの補完ならば、 NATOには初期の段階から加盟できたのに対し、ECには、権 威主義的体制から民主制に移行して初めて交渉、そして加盟 日本の活動は期待される。代替案として出された宮沢構 (1986年)したプロセスをみれば分かりやすい。 想は日本が個別に経常収支悪化国を支援するということ 2)7月1日付け朝日新聞。ちなみに、02年上半期の「現代の であったから、アメリカも当事国も歓迎した18)。 国際社会」という授業で学生にドイツ軍の慰安婦のリリー・ 途上国への金融的支援の面では、ニホンはアメリカに マルレーンを知っているかと聞いたら、手を挙げた者はいな はりあうのではなく、その補完に徹すべきだ。そうする かった。そこで歌詞を掲載しておく(英語版)。 ことで、3層から成る東アジア地域共同体の資金循環を LILI 維持し、経済活動のNetwork化を推し進めることができ MARLENE MARIENE DIERTRICH るだろう。 Outside the barracks アメリカと基本的に同一な社会Systemをもつ3カ国 By the corner light から成る第1層地域がまずEU型共同体を結成し、アメ I’ll always stand リカと最も緊密な軍事的、経済・金融的な協力関係を維 And wait for you at night 持しつつ、第2、第3層地域の社会Systemの近代化を We will create a world for two 促し、段階的に、時間をかけて、第1層に組み込んでい I’ll wait for you くという方式が今後とられるべきだろう。 The whole night through For you Lili Marlene For you Lili Marlene おわりに Bugler tonight 本論は、近年のチュウゴクの経済発展―それはカン Don’t play the call to arms コク、ニホン、タイワン、に比べれば、質的に遅れた発 I want another evening 展段階にあるのだが―に、目を奪われ、これら異なる With her charms 地域をごっちゃにしてRegionalism(=地域経済協力) Then we will say goodbye and part I’ll always keep you in my heart を論ずる考え方が支配的であるため、それが誤りである With me, Lili Marlene ことを明確に示すために書かれた。 With me, Lili Marlene 東アジアは3つの異なる発展段階の3層からなる。カ −13− 政策科学10−2,Jan. 2003 Give me a rose 8)“China Wakes”、ニホン語訳「新中国人」新潮社 To show how much you care 9)文化大革命の時には日本経済新聞社の記者が追放された。 Tie to the stem 先の天安門事件の時には、あるTV局の駐在員は、本社から A lock of golden hair 支局を閉鎖されるような取材活動はするな、と指示された、 と筆者に直接話してくれた。 Surely tomorrow you’ll feel blue 10)1982年に提訴されたチッソ水俣病関西訴訟では、2001年4 But then will come a love that’s new For you Lili Marlene 月の水俣病に対する国・熊本県の責任を認めた大阪高裁判決 For you Lili Marlene に対し(原告患者58名中、51名についてはメチル水銀中毒症 When we are marching 2002年5月最高裁に上告した(出所:www1.odn.ne.jp/~ とし被告に賠償を命じ、7名は棄却した)、国・熊本県は aah07310)。 In the mud and cold 11)キ ュ ー バ に 対 し て は 、 ア メ リ カ 政 府 高 官 ( the State And when my pack Seems more than I can hold department’s Latin American policy chief: Otto Reich)は次の My love for you renews my might ように発言している;“We should not fool ourselves into I’m warm again, my pack is light thinking that totalitarian regimes can be changed by trade and It’s you, Lili Marlene tourism.” Newsweek Spt.30,2002 P35 それならば、チュウゴ クとの交易はどうなのか? It’s you, Lili Marlene 3)97年の金融危機について、筆者は事前にそれを予測してい 12)国民国家は国教をもつのが普通であるのに、ニホンでは、 た(立命館大学「政策科学」2巻1号P53参照)。 敗戦後、それまでの国家神道に対する反発と、いわゆる知識 4)コイズミ首相の靖国神社参拝は、トウジョウ・ヒデキなど 人らの中での科学の発達による唯物主義的思想の広がり(と が合祀されていようと、ニホン人の死者にたいする追悼の考 りわけ共産主義=社会主義)が大きな影響力を持つことによ え方からくるもので、国家主義=軍国主義復活などとはまっ って“政教分離”が額面通り受け取られ、政府が特定の宗教 たく結びつけられるものではない、ということについては、 的様式にもとづいて行事をおこなうことは100%、この原則 別稿でのべた(政策科学9巻2号「新矛盾論」の補論『日本 に反するとみなされてしまっている。 人の信仰と歴史認識』)。 しかし、世界を見渡せば、政教分離は必ずしも厳密にはお 5)日本経済新聞社は9月22日の社説で「合祀されている状態 こなわれていない。国民の多数派の宗教様式が国家の式典や での首相参拝はチュウゴク政府が反対していることにもっと 儀式において、とられている。それが国教である。アメリカ 配慮すべきである」との趣旨の見解をのべている。 においてしかり、イギリスにおいては“God Save the Queen 6)M. Oksenberg, C. E. Morrison “East Asian Security and (King)”が国歌の題名であり、「女王(国王)陛下万歳」の International System” East Asia and the International 意味もある。女王(国王)が、英国国教会の首長でもある (ついでにいえば、“君が代”の“君”がどうして天皇であっ systemP37 7)シンヨウ領事館および駐在ペキン大使が、自国の主権を守 てはいけないのか?)。 る意識の欠如とともに、亡命希望者の保護にまったく無関心 ニホンにおいても、憲法第1章(第1条∼8条)において というか、迷惑がっていた事実があきらかになり(「亡命者 天皇が国の代表者(象徴)として規定されており、その代表 が逃げ込んできたら追い返せ」)、ニホンの国内外から批判を 者は神道に則り、祭事を行っているから、ニホンの国教はま あびた。ニホンの外務省には、外国人の亡命希望者どころか ぎれもなく神道であるといえる。しかし、本来、国の祭事を ニホン国民の保護という意識はまったくない。それははから 執り行うべき天皇が、“歪んだ”内外からの圧力によって、 ずも、今回の北チョウセン拉致事件においても、20年以上も 皇居の外において神道の形式に則り、国家の犠牲者の鎮魂の 放置していた事実で明らかになった。先の天安門事件の時に ような祭事を執り行うことができない状況があるため、8月 は、筆者はペキンに住んでいたが、その時も、当時のペキン 15日の全国戦没者追悼式は‘臨席’にすぎないし、首相が靖 駐在大使はニホン人に被害者が出なかったことを大使館の手 国神社参拝などを代行せざるをえない状況がある。 柄のごとく、誇らしげに語っていたが、それは運がよかった 政教分離の完全化を実現すべきだという主張もあるだろ だけのことであり、事実はニホン人留学生が避難のために う。しかし、筆者自身は唯物主義者であるが、ヒトの絶対多 Busを用意してくれないかと、大使館に依頼した際には、費 数が神や宗教を信じる限り、祈りや鎮魂は宗教的形態を取ら 用は誰がだすのか、などといって何の対応もしなかったとの ざるをえない。魂の存在を信じること自体が宗教的行為であ 話をニホン人留学生からきいた。守るべきはニホンの大使館 り、宗教性のない、無味乾燥な鎮魂の儀式はありえないので であっても、派遣ニホン人社員とその家族、留学生の保護は ある。したがって、個人としてではなく、集団として、国家 切り捨てられている。 として鎮魂の儀式を執り行うならば、多数派の宗教的様式を −14− 「東アジアのRegionalism」への新しい視角(岸本) 若干なりとも、まとわざるをえない。なるべく、いろいろな くるのである(神道が侵略の宗教でいけないならば、侵略の 宗教に共通した儀式様式がとられた方がよいが、それとて、 言葉であるニホン語も使ってはいけないことになる)。 宗教によって対立する場合もある。だから、ニホンにおいて 筆者は上において、国民国家とその宗教=国教を肯定的に は神道様式をとることになる。 描いてきた。しかし、歴史をみれば、その排他性による武力 ニホン人の絶対多数は神道と仏教を混交したものを信仰し 衝突に彩られている。それを克服するものとして、この ており、けして無宗教ではないのに、無宗教という人が多い。 Regionalismを書かいている、ということを理解していただ それは、それほど深い悩みがないからだ。だから、特定宗教 きたい。 への帰属意識も神への依存も少なくてすんでいる(苦しい時 (政教分離の問題については前掲論文「新矛盾論」におい の神だのみ)。かつ、ニホン人はもともと多神教であるから、 ても触れているので参照されたい。 ) 特定の神や宗教に強く結び付けられていないからでもある。 13)キリスト教徒の他宗教への優越意識の存在は否定しきれな ニホン人が宗教をあまり必要としていないことが、ニホン いだろう。ユダヤ教、イスラム教に対しては同根ゆえの対立 において政教分離が額面通り受け取られ、国教を持つことが 意識があるが、唯一神を持たない神道のような宗教は、はな 悪いことのように受け止められてしまった理由のひとつであ から宗教としては未成熟な、Primitiveなしろものとして見下 るが、それ以外には何があるだろうか?明治期に国民国家形 している。これは、機械文明を持たない遅れた社会だから、 成にあたって、国家神道が国教として急造された。ところが、 すなわちその宗教は遅れたものであると、とらえる見方だ。 第2次大戦の敗戦によって、これが否定されたが、今度は強 一神教は部族の枠をこえて、愛、慈悲の心を広げたという い国家意識を持つ必要がなくなった。なぜならば、アメリカ 見方がある(なだいなだ「神、この人間的なもの」)。人間社 の占領政策はきわめて「人道的」で、虐殺はほとんど無かっ 会の活動が発展し、部族をこえた付き合いがはじまり、部族 ただろうし、殴打や強姦も報道統制があったとはいえ、さほ をこえた思想が必要になったことが一神教を生み出したとい ど目立つほどではなかった。保護者であるアメリカへの卑屈 うことは言えるだろう。しかし、今度は一神教同士がそれぞ な従属意識は生まれたが(アメリカひじき)、アメリカはニ れの神(の解釈)をかかげて、熾烈な殺し合いをはじめた。 ホン人が国家・民族意識をたぎらせる怒りの対象とはならな 一神教が優れているなどとは根拠のない誤った考え方であ かった(反安保の闘争はあったが、これは軍事同盟に限定し る。 た反対であり、アメリカは文化(とりわけ大衆文化)や技術、 ニホン人の側にも、ニホンを近代化するにはキリスト教的 工業製品などあらゆる面で歓迎されたのである)。アメリカ な倫理が必要だと考える者がいた。これには、M.ウェーバ の庇護の下で平和主義がとなえられ、国家意識はむしろ積極 ーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」も大 的に否定される対象となった。したがって、国教の必要性も きな影響をあたえた。プロテスタンティズムはたしかに、イ 薄らいだ。 ギリスとドイツにおいて資本主義の発生の起動力になったか ところが、国際化が進むと、国民の多くが外国や外国人と もしれないが、それがなければ資本主義が発生しないとはい 直接接触するようになる。否応無しに、ひとりひとりが個人 いきれないにもかかわらず、資本主義発生の専売特許のよう のLevelで、ニホン人のIdentityを問い直す必要がでてくる。 に理解する傾向が生まれた。しかし、フランスはカトリック 国際化とは単に外国の文化や技術を取り入れることではな だが先進資本主義国のはずだし、ニホン人のほとんどはキリ い。あらためて、ニホン人になることを意味する。個人的に スト教に改宗しなかったが、ニホンは世界第2位の経済大国 は仏教徒、キリスト教徒としてIdentityを確認しようとして となった。キリスト教あるいはプロテスタンティズムが近代 も、否応無しにニホン人としての集団、利害関係の中にある 化のための唯一の精神的装置ではない。 ことを思い知らされるだろう。 14)人口の50%がProtestants、1/4がCatholics、2%がJews ニホン人の集団として儀式をとりおこなう必要もでてく であるが、かれらはWho’s Who の12%をしめる(“Society” る。その時の儀式の様式は国民の絶対多数が信仰する宗教と Pearson Education P360-361)。 なる。宗教性がなるべく低いことがよいだろうが、しかし、 15)Newsweek Sept. 30 2002 P62 儀式として心のこもったものにしようとすれば、必然的に宗 16)近著では原洋之助「新東亜論」(2002年3月)がこの見方。 教色をおびるものとなる。ニホン人はあらためて、神道を国 17)前掲 Dobson 論文 P24 “Malaysia’s experience with selective 教として上手に使うことが求められている。 and temporary capital controls has provided support for short- 外国にへつらい、ニホン人の生死観をおろそかにすると、 ニホン人のIdentityが崩れ、この国や民族は立ち行かなくな term intervention by small open export-oriented economies with floating exchange rates that are overwhelmed by る(生前に罰を受けた死者の魂は死後においては鎮魂されね international capital flows. ばならない)。外国にニホン人の生死観をはっきりと説明し、 18)Wendy K Dobson “Deeper Integration in East Asia: 理解をもとめなければならない。説明の作業によって、逆に Implications for the International Economic System” East Asia 自分自身曖昧であった自分の生死観・宗教観がはっきりして and the International System P25 −15−
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