『 趣味縁からはじまる社会参加』

●小論文ブックポート
『
若者の気分
●浅野智彦・著
〈連載〉小論文ブックポート
評価されるのは物理的配置や機
能性よりも人間関係、なかでも
『友だちとの関係が重要』なた
めであり、「その土台となってい
(岩波書店〈定価1575円+税込〉)
る地域に対しても愛着をもって
いる」と読む。「地元志向」は「友
人志向」の現われなのである。
そして携帯電話などのコミュ
ニケーション・メディアは親密
性を加速させる。これが「常時
接続の仲間集団」である。
濃密化、地元化する友人関係
このような友人関係の濃密化
が若者の自己のあり方をどう変
著者はまず、現代の若者の「友
人への意識」を見る。そこで明
化させていくのか。
ら か に さ れ た の は、「 友 人 関 係
著者は「自己はいつでも他者
の 重 要 性 の 上 昇 」「 友 人 関 係 の
との関係の中で形成され、維持
充 実 度 の 上 昇 」「 友 人 関 係 の 常
される」と言う。自己がまずあっ
時接続化」である。例えば世界
て他者と関係を取り結ぶのでは
青年意識調査によれば、自分が
ない。哲学者のハンナ・アーレ
学校に通う意義を「友だちとの
ン ト の 言 を 借 り る と、「 ウ ェ ブ
友情をはぐくむこと」とする答
的自己」だ。重要なのは「若者
えが日本では最多で、 年代か
の間ではむしろそのような関係
ら一貫して増えている。また「生
論的な認識の方が常態になりつ
活の中でどんなときに充実感を
つある」との指摘である。
感じるか」では「友人や仲間と
こうしたウェブ的自己の傾向
いるとき」が最多となっている。 が強い若者のもう一つの特徴が、
この「友人関係の充実」と関 「 関 係 優 先 志 向 」 で あ る。 そ の
連づけられるのが、「若者の地元
一例として挙げられているのが、
志 向 」 だ。 著 者 は「『 地 元 』 が
数年前に話題になった「便所飯」
年6月に秋葉原で数百人のコス
プレをした若者たちが「表現規
制の強化」などに反対した、「日
本初のオタクのオタクによるオ
タクのためのデモ」である。さ
らに 年 月には、東京都議会
に定員の約 倍にあたる300
人が集まり、都による「青少年
健全育成条例の改正案」阻止を
求めた。その参加者の多くがマ
ンガやアニメなど「オタク的趣
味」を持つ若者たちだった。
オタクには「社会参加からは
遠いイメージ」を持つ人が多い。
だが先の事例から「そのオタク
的趣味でさえ、ときに政治的な
声を上げるための通路になる」
と著者は言う。「趣味縁に存在す
る社会参加への入り口」である。
趣味縁からはじまる社会参加』
日本でここ 年余りよく聞か
れ る 若 者 へ の 声 は、
「公共心が
無い」
「ジコチュー(自己中心)
」
「仲間だけで集まる」
「内向き」
などネガティブなものが多かっ
た。だが中には若者の実像から
両義性を探る冷静な議論もある。
このような議論の一つとして、
今号では浅野智彦著『若者の気
分 趣味縁からはじまる社会参
加』(岩波書店)を読む。本書は
いわゆる「新しい公共」(国や企
業、家族に代わり、人々の生活
を支えるNPOや市民活動など
の動き)の一つとして「趣味縁」
に注目し、若者が社会参加する
可能性を考察したものである。
その一つのメルクマールとし
て記されているのが、2007
も含めた共同体全体に享受され
マンガ研究会の青春模様を描く
る」という二つの考え方があり、 『 フ ラ ワ ー・オ ブ・ラ イ フ 』 と い
著者は後者の立場に立つ。
う二つのマンガから、趣味仲間
が様々な葛藤を抱え、共に高み
社会関係資本と共同性との結
び付きを掘り下げた一人が政治
に向かう様子が例示されている。
学者のロバート・パットナムで
さらに本書では「趣味縁がど
ある。パットナムは社会関係資
の程度社会参加に結びついてい
本を「社会的ネットワークとそ
るのか」を歴史的に考察すると
こから生じる互酬性と信頼性の
同時に、若者たちへの趣味と社
規 範 で あ り、『 市 民 的 美 徳 』 と
会意識・行動に関する調査から
密接に関係している」と見る。
複合的に検証していく。
これは「一般的信頼」とも呼
趣味縁を持つ人にはうなずけ
ば れ、「 自 分 と は 異 な る 他 者、 る本書。ただし趣味縁が即、公
顔の見えない他者に対する信
共 性 に 結 び つ く わ け で は な い。
頼」のこと。一般的信頼を持つ
趣味を持つ人は他にも様々な活
人々は「自分たちの利益を追求
動を行うなど多元的であること、
するだけではなく、社会や共同
趣味縁が若者の「地元志向」と
体の利益をも考えて行動するは
結びつくことで社会参加への糸
ず」と考えるため、彼らが多い
口 の 可 能 性 が あ る こ と な ど が、
ほど民主政治はうまく機能する。 丁寧に議論されている。
なぜ趣味縁は一般的信頼に結
なお、著者らの調査では「高
びつくのか。著者は趣味縁の三
校での部活動」は、「公共性」
「社
つの特徴「趣味への愛が深いほ
会参加」には結びついていな
ど、内部に強い葛藤を生み出す
かった。自発的に形成・加入さ
こ と 」「 そ の 葛 藤 は 趣 味 へ の 愛
れない集団の場合、先述した趣
に よ っ て 克 服 さ れ る こ と 」「 克
味縁の意義が期待できないので
服の過程の要が、尊敬や敬意な
は、との仮説は、学校関係者と
どの承認関係」を見る。オタク
しては心すべきことだと思われ
(評=福永文子)
を描く『げんしけん』と高校の
た。 90
3
3
である。これは主に大学生が学
社会関係資本としての趣味縁
内で一人で昼食を取る姿を見ら
れたくないとの理由で、トイレ
こ う し た「 多 元 化 す る 自 己 」
を持つ若者が、公共性に向かう
の個室で弁当を食べる様子を指
回路として著者が期待するのが
す も の で あ る。
「一人でいると
ころを知り合いに見られたくな 「趣味縁」である。趣味縁とは「趣
味によってつながる人間関係」
い 」 と の 感 覚 は、
「親しい相手
で あ り、 地 域 の 草 野 球 や 市 民
がいないことに傷つく」
、
「知り
オーケストラからコミックマー
合いから親しい友人がいると承
ケット(コミケ)に出店する同
認されたい」という心理で、「二
人 誌 サ ー ク ル、 歌 舞 伎 鑑 賞 グ
重の意味で関係に依存してい
ループまでかなり幅広い。
る」と著者は分析している。
著 者 は「 こ の 趣 味 縁 も ま た、
このように、人間関係への感
公共性に関係しているのではな
度も依存度も高いウェブ的自己
いか」との仮説を立てる。
は、その都度、関係の文脈を読
み取ってそれに合わせて自己を
趣味縁と公共性を結ぶ補助線
として用いられているのが「社
提示させていく。これが「自己
会関係資本」という概念である。
の多元化」だ。今の若者は様々
こ れ は、「 あ る 社 会 関 係 自 体 が
な世代や場面に応じて柔軟にソ
ツなく付き合うとよく言われる。 利得を得るための元手になって
いるような場合」を指す。例え
これがまさに、ウェブ的自己の
多元性の表れということだろう。 ば「よりよい転職先を紹介して
くれる友人関係を多く持ってい
る人」は多くの「社会関係資本」
を有していると言える。
社会関係資本については、資
本が生み出す利得を「もっぱら
資本の所有者が享受する」とい
う 考 え 方 と、「 所 有 者 以 外 の 人
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