ゲージ場の量子論 - あもんノート

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場の量子論、素粒子論、そして超ひも理論まで、理論物理学を簡潔にか
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1
目次
第 28 章 ゲージ場の量子論
3
28.1 SU(N) ゲージ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
28.2 FP ゴースト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
28.3 場の方程式と SU(N) カレント . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
28.4 BRS 変換 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
28.5 BRS 電荷とそのベキ零性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
28.6 不定計量空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
28.7 4 重項演算子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11
28.8 物理的状態空間と 4 重項機構 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13
28.9 QED 再考 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
2
第 28 章
ゲージ場の量子論
量子色力学 (QCD) や電弱統一理論などの非可換ゲージ理論にその量子論がちゃ
んと存在することを確かめるのは、実はあまり簡単ではありません。これらは可
換ゲージ理論である量子電磁気学 (QED) と同じく、ゲージ対称性のために力学変
数が余分にある特異系であり、QED の場合はちょっとした細工でその量子論を構
成できたのですが、非可換ゲージ理論においてはきちんと特異系の本質に向き合
う必要性が出てきます。ここでは SU (N ) ゲージ理論を例に、特異系の量子論の数
理を見てゆくことにしましょう。
28.1
SU(N) ゲージ理論
SU(N) ゲージ理論 (非可換ゲージ理論、ヤン・ミルズ理論) のラグランジアン密
度 L は、
1 a aµν
L = − Fµν
F
+ Lm ,
4
a
Fµν
= ∂µ Aaν − ∂ν Aaµ − gfabc Abµ Acν
でした。ここで Aaµ = Aaµ (x) は SU (N ) のゲージ場、g は結合定数、fabc は SU (N )
の構造定数です。添字 a, b 等は SU (N ) の次元である (N 2−1) 個の値をとります。
また、Lm は物質部のラグランジアン密度です。
物質場 ϕi (x) の時空微分 ∂µ がゲージ化により共変微分 : Dµ = ∂µ + igT a Aaµ に
置き換わっていれば、L は無限小ゲージ変換 :
δϕi = −igθa (T a )ij ϕj ,
δAaµ = Dµ θa := ∂µ θa − gfabc Abµ θc
に対して不変となります。T a は SU (N ) の生成子、θa は変換の無限小パラメータ
で、時空の座標に依存し、それゆえこの対称性はローカル対称性です (量子電磁気
学の章参照)。
素朴に正準量子化しようとすれば、
∂L
= −F aµν
a
∂∂µ Aν
∴
∂L
=0
∂∂0 Aa0
であり、Aa0 (x) に対する正準共役変数がないという困難にぶつかるのは QED と
同様です。QED では幸運にもゲージ固定項を追加するだけで量子論を構成できた
3
のですが、実はそれは可換ゲージ理論の特殊性で、非可換ゲージ理論においては
このような処理だけでは済まないのです。
指針の鍵はグリーン関数の生成汎関数にあります :
Z[I, J] = < 0| T eI·A+J·ϕ |0 > .
R
R
ここでもちろん、I ·A = d4 x Iµa (x)Aaµ (x), J ·ϕ = d4 x Ji (x)ϕi (x) という略記を
用いています。Iµa (x) はゲージ場 Aaµ (x) のソース、Ji (x) は物質場 ϕi (x) のソー
スを意味しています (経路積分の章参照)。その経路積分表式 :
Z
Z
.Z
iS
iS+I·A+J·ϕ
DADϕ e , S = d4 x L
Z[I, J] = DADϕ e
は SU (N ) ゲージ理論の “正しい量子論” の生成汎関数を与えるはずです。ここに
は正準共役がないなどという問題は存在せず、例えば数値計算を用いれば、任意
のグリーン関数を必要な精度で近似計算できることに注意してください (∗) 。
(*注) この数値計算は格子ゲージ理論により実現されています。これにより QCD (SU (3) ゲー
ジ理論) におけるハドロンの性質を調べることができます。クォークの種類が少ない場合、QCD
は漸近的自由性を持ち、そのゲージ力は近距離で弱く、長距離で強くなる傾向があります。例える
なら反誘電体 (² < 1) の中の電気力のようなイメージになります。特に ² ∼ 0 においては力場 (グ
ルーオンの場) は空間的に広がれず、ひも状になります。このひも的性質は実際のハドロン衝突実
験においても見られます。また格子ゲージ理論から各種ハドロンの質量を計算できますが、これ
らは実験値とよく合っています。
28.2
FP ゴースト
生成汎関数の経路積分表式からゲージ自由度を抜き出す処理を、次のようにし
て行うことができます。
まず恒等式 :
Z
D(∂ ·A) δ[∂ ·A − f ] = 1
Y
に注意します。ここで、δ[∂·A − f ] =
δ(∂·Aa (x) − f a (x)) は連続無限次元のデ
a,x
ルタ関数です。ゲージ変換の (有限) パラメータを θa (x) とすると、
D(∂ ·A) = Dθ Det
δ∂ ·A
= Dθ Det(∂ ·D).
δθ
ここで、(∂·D)xy = ∂x ·Dx δ 4 (x−y) であり、Det はこのような時空の行列に関する
行列式です。また、ガウス積分により、
Z
Df ekf ·f = N (k).
4
k は複素数で、N (k) は k の何らかの式です。以上 3 つの式から、
Z
Z
Df ekf ·f Dθ Det(∂ ·D) δ[∂ ·A − f ] = N (k)
Z
∴
Dθ Det(∂ ·D) ek(∂·A)·(∂·A) = N (k)
ですが、ca (x), ba (x) をそれぞれ実グラスマン数の場とすると、行列式を、
Z
Z
−b·(∂·D)·c
Det(∂ ·D) = DbDc e
= DbDc e∂b·Dc
と表せるので (フェルミオンの章参照)、
Z
1
DθDbDc ek(∂·A)·(∂·A)+∂b·Dc = 1
N (k)
です。これはゲージ場 Aaµ (x) に関する恒等式なので、生成汎関数の経路積分表式
の分子と分母の経路積分の中にそれぞれ挿入することができ、そうすると 1/N (k)
R
と Dθ は分子と分母で相殺され、結果、
Z
.Z
iS̃+I·A+J·ϕ
DADbDcDϕ eiS̃ ,
Z[I, J] = DADbDcDϕ e
Z
1
(∂ ·A)2 − i∂ µ ba Dµ ca
2α
を得ます。ここで k = −i/2α と置きました。α はゲージパラメータと呼ばれ、こ
れは作用汎関数の実性から実数と仮定されます。
S̃ =
d4 x L̃,
L̃ = L −
S̃ はゲージ自由度を固定した際の有効作用であり、もはや SU (N ) ゲージ対称性
を持ちません。しかしローレンツ不変性は維持されていて、それゆえこのような
ゲージ固定は共変ゲージと呼ばれます。ゲージ固定の際に導入された実グラスマ
ン数の場 ca (x), ba (x) は、1963 年、ユニタリ性を保持するためにファインマンが最
初に導入したものですが、1967 年に経路積分から系統的に導出した人の名をとっ
て、ファデエフ・ポポフゴースト (FP ゴースト) と呼ばれます。ゴースト (ghost,
幽霊) と呼ばれるのはこれらの場の粒子が原理的に観測できないからで、それにつ
いてはこれから説明します。
(余談) トホーフトによる非可換ゲージ理論のくりこみ可能性の証明は 1971 年です。トホーフト
は大学院生当時、ランダウゲージ (α → 0 に相当) でしか知られていなかった FP ゴーストの存在
をここで示したような一般的な共変ゲージの上にまで拡張し、くりこみ可能性を証明したわけで
す。BRS 対称性がまだ知られていなかった時代です。この証明により、発表当時ほとんど無視され
ていたグラショウ・ワインバーグ・サラムの電弱統一理論 (ヤン・ミルズ版 W 粒子理論) は一躍有
名になり、いわゆるゲージ革命が始まったわけです。ただし当初はゴーストが実グラスマン数 (エ
ルミート) であるという認識がなく、これに関連した誤りが多くみられました。この誤りを最初に
指摘し正したのは九後・小嶋 (1978) です。
5
28.3
場の方程式と SU(N) カレント
ゲージ固定された SU (N ) ゲージ理論の有効ラグランジアン密度は、
1 a aµν
1
L̃ = − Fµν
F
−
(∂ ·A)2 − i∂ µ ba Dµ ca + Lm .
4
2α
ここで Dµ ca = ∂µ ca − gfabc Abµ cc です。よって、
∂ L̃
1 µν
aµν
g ∂ ·Aa ,
=
−F
−
a
∂∂µ Aν
α
∂ L̃
= −i∂ µ ba ,
∂∂µ ca
∂ L̃
∂Lm
b cµν
ν b c
=
−gf
A
F
−
igf
∂
b
c
+
abc
abc
µ
∂Aaν
∂Aaν ,
∂ L̃
= −igfabc Abµ ∂ µ bc ,
∂ca
∂ L̃
= iDµ ca ,
∂∂µ ba
∂ L̃
= 0.
∂ba
FP ゴーストによる微分は右微分です。そうすると、ゲージ場および FP ゴースト
の場の方程式は、それぞれ、
Dµ F aµν +
1 ν
aν
+ igfabc ∂ ν bb cc ,
∂ (∂ ·Aa ) = jm
α
∂ ·Dca = D·∂ba = 0
aµ
となり、ここで Dµ F aµν = ∂µ F aµν − gfabc Abµ F cµν です。また、jm
は物質場の共変
a
a
微分が Dµ ϕi = ∂µ ϕi + ig(T )ij Aµ ϕj であることに注意して、
aµ
jm
=−
∂Lm
∂Lm ∂Dν ϕi
∂Lm
ig(T b )ij ϕj δνµ δba
=
−
=
−
a
a
∂Aµ
∂Dν ϕi ∂Aµ
∂Dν ϕi
= −ig
∂Lm
(T a )ij ϕj
∂∂µ ϕi
です。これは物質場の SU(N) カレントと呼ばれ、QED における 4 元電流密度に
相当するものです。
ゲージ固定された後でも、グローバル SU (N ) 変換 :
δϕi = −igθa (T a )ij ϕj ,
δca = −gfabc cb θc ,
δAaµ = −gfabc Abµ θc ,
δba = −gfabc bb θc
に対してなら L̃ は不変です。
[証明] もともとのラグランジアン密度 L はローカル SU (N ) 変換に対して不変な
ので、当然、グローバル SU (N ) 変換に対しても不変です。そうすると、∂·Aa ∂·Aa ,
∂ µ ba ∂µ ca , fabc ∂ µ ba Abµ cc のグローバル SU (N ) 不変性を証明すれば十分です。まず
∂ ·Aa ∂ ·Aa については、
δ(∂ ·Aa ∂ ·Aa ) = 2∂ ·Aa ∂µ δAaµ = 2∂ ·Aa ∂µ (−gfabc Abµ θc ) = −2gfabc ∂ ·Aa ∂ ·Ab θc .
6
fabc は a, b について反対称なのでこれは 0 になります : δ(∂ ·Aa ∂ ·Aa ) = 0. 同様
に δ(∂ µ ba ∂µ ca ) = 0 も示せるでしょう。fabc ∂ µ ba Abµ cc については、b = ba T a で ba
の行列表記を導入して、
δb = δba T a = −gfabc bb θc T a = ig[T b , T c ] bb θc = [b, igθc T c ].
ここで [T b , T c ] = ifabc T a を用いました。よって行列 b のグローバル SU (N ) 変
換は、
b0 = U bU † , U = exp(−igθa T a ) ∈ SU (N )
で与えられます。同様に Aµ = Aaµ T a , c = ca T a と行列表記すれば、A0µ = U Aµ U † ,
c0 = U cU † です。一方、fabc = −2i tr( [T a , T b ] T c ) に注意すると (連続群論入門
参照)、
fabc ∂ µ ba Abµ cc = −2i tr( [∂ µ b, Aµ ] c)
なので、これはグローバル SU (N ) 変換に対して不変です。[証明終]
ちなみに、行列表記を用いなくてももちろん証明は可能ですが、その場合ヤコ
ビ恒等式から得られる構造定数の性質が必要になり、かなりややこしいことにな
ります。
結果、ネーターの定理により、
θa j aµ =
∂ L̃
∂ L̃
∂ L̃
∂ L̃
b
b
δϕi +
δA
+
δc
+
δbb
ν
b
b
b
∂∂µ ϕi
∂∂µ Aν
∂∂µ c
∂∂µ b
における j aµ が保存カレントになります : ∂µ j aµ = 0. ゲージ場および FP ゴース
aµ
トからの寄与をそれぞれ jAaµ , jFP
とすると、
aµ
aµ
+ jAaµ + jFP
,
j aµ = jm
µ
¶
1
jAaµ = gfabc F bµν Acν + ∂ ·Ab Acµ ,
α
¡
¢
aµ
jFP
= igfabc ∂ µ bb cc − bb Dµ cc
となるでしょう。
(余談) 特に QED の場合は、群の添字がなく、また fabc = 0 とみなせるので、jAµ = 0 です。こ
れはゲージ場 (光子) が電荷を持たないことに相当します。一方、QCD などの非可換ゲージ理論で
は、ゲージ場がこのグローバルゲージ変換に対応した保存量を有するわけです。例えば QCD で
はグルーオンが “色荷” を持ちます。
28.4
BRS 変換
次に、グラスマン数の無限小パラメータを ξ とし、
δB ϕi = −igξca (T a )ij ϕj ,
7
δB Aaµ = ξDµ ca
というグローバル変換を考えてみましょう。これは SU (N ) ゲージ変換において、
θa (x) → ξca (x) と置換した変換です。FP ゴーストの変換を、
δB c a =
1
gξfabc cb cc ,
2
δB ba = −
iξ
∂ ·Aa
α
とすれば、有効作用 S̃ はこの変換に対し不変になることが以下のように確かめら
れ、この変換を BRS 変換といいます (ベッキ・ルエ・ストラ 1975)。
[証明] 元々のラグランジアン密度 L が BRS 変換に対して不変なのは、BRS 変
換が置換 : θa (x) → ξca (x) により得られていることから明らかです。よって、
¶
µ
1
2
µ a
a
δB L̃ = δB −
(∂ ·A) − i∂ b Dµ c
2α
ですが、これは、
δB L̃ = −
ξ µ
∂ (∂ ·Aa Dµ ca ) − i∂ µ ba δB (Dµ ca )
α
となることが簡単に確かめられます。一方、C = ca T a , Aµ = Aaµ T a で行列表記を
導入すると、[T a , T b ] = ifabc T c に注意して、
Dµ C = ∂µ C + ig[A, C],
δB Aµ = ξDµ C,
δB C = −igξC 2
と書くことができ、そうすると、ξ と C がグラスマン奇であることに注意して、
δB (Dµ C) = ∂µ δB C + ig [δB A, C] + ig [A, δB C]
= ∂µ (−igξC 2 ) + ig [ξDµ C, C] + ig [A, −igξC 2 ]
= −igξ {∂µ C, C} + igξ {∂µ C + ig [A, C], C} + g 2 ξ [A, C 2 ]
= −g 2 ξ { [A, C], C} + g 2 ξ [A, C 2 ]
ですが、{ [A, C], C} = [A, C 2 ] が簡単にわかるので、δB (Dµ C) = 0 ∴ δB (Dµ ca ) = 0
です。よって、
ξ
δB L̃ = − ∂µ (∂ ·Aa Dµ ca )
α
R
となり、これは時空の全微分なので、δB S̃ = d4 x δB L̃ = 0 です。[証明終]
ゲージ固定により SU (N ) ゲージ不変性は失われてしまったのですが、代わりに
グラスマン数を変換パラメータとする BRS 対称性が生まれました。
ゲージ固定
ローカル SU (N ) =⇒ グローバル SU (N ) + BRS.
このような事は古典論でローカル対称性を持つ特異系において一般に起こります。
8
28.5
BRS 電荷とそのベキ零性
BRS 変換のネーターカレントを jBµ とすると、
ξjBµ =
∂ L̃
∂ L̃
∂ L̃
∂ L̃
ξ
a
a
a
δ
A
+
δ
c
+
δ
b
+
δ
ϕ
+
∂ ·Aa Dµ ca
B
B
B
B
i
ν
a
a
a
∂∂µ Aν
∂∂µ c
∂∂µ b
∂∂µ ϕi
α
ですが、この式にこれまでに記した各式を代入すると、第 3 項と第 5 項が相殺する
aµ
こと、第 4 項は ξca jm
となり場の方程式が適用できることなどに注意し、
1
i
1
jBµ = ∂ µ ∂ ·Aa ca − ∂ ·Aa Dµ ca − gfabc ∂ µ ba cb cc − ∂ν (F aµν ca )
α
α
2
と整理されるでしょう。よって、ネーターの定理から、
µ
¶
Z
Z
1
1
i
QB = d3 r jB0 = d3 r
∂0 ∂ ·Aa ca − ∂ ·Aa D0 ca − gfabc ∂0 ba cb cc
α
α
2
は系の保存量となり、BRS 電荷と呼ばれます。
FP ゴーストが実グラスマン数であること、および一般にグラスマン数の積の複
素共役が (ξη)∗ = η ∗ ξ ∗ のように与えられることに注意すると、BRS 電荷は実であ
ること (量子論でエルミートであること) がわかるでしょう :
Q∗B = QB .
また、次式が成り立つことに注意。
δB (Dµ ca ) = 0,
δB (fabc cb cc ) = 0,
δB (∂ ·Aa ) = 0.
[証明] 最初の式はすでに証明済み。2 番目の式は C = ca T a として、
i
C 2 = fabc cb cc T a , δB C 2 = {δB C, C} = {−igξC 2 , C} = −igξ [C 2 , C] = 0
2
なので成り立ちます。最後の式は δB (∂·Aa ) = ξ∂ ·Dca ですが、これは場の方程式
から 0 です。[証明終]
これら定理により、BRS 電荷自身の BRS 変換が 0 になることを容易に確かめら
れます :
δB QB = 0.
一方、一般に正準量子論ではネーターの保存量は対応する変換を生成するため、任
意の物理量 Φ について、[iξQB , Φ] = δB Φ ですが (量子論の基礎の章参照)、特に
Φ = QB とすると、
[iξQB , QB ] = δB QB ∴ iξ{QB , QB } = 0 ∴ Q2B = 0
を得ます。これを BRS 電荷のベキ零性といいます。古典論では QB はグラスマン
奇であることに注意してください。よって古典論的には自明に Q2B = 0 ですが、
これが正準量子論においてもちゃんと成立していることがわかったわけです。
9
28.6
不定計量空間
散乱系においては無限過去と無限未来で自己相互作用以外の相互作用が切れ、く
りこまれた場が自由場に漸近すると考えられます。漸近場を添字 as を付けて表す
と、漸近場の運動方程式は、ファインマンゲージ (α = 1) において、
¤Aaµ
as (x) = 0,
¤caas (x) = ¤baas (x) = 0
となります。よって一般解は、平面波展開で、
Z
¢
d3 k X ¡ µ
aµ
a
−ik·x
Aas (x) =
ε
(k)a
(k)
e
+
c.c.
,
λ
λ
(2π)3 2k 0
λ
Z
3
¢
dk ¡ a
−ik·x
caas (x) =
γ
(k)
e
+
c.c.
,
(2π)3 2k 0
Z
¢
d3 k ¡
a
a
−ik·x
bas (x) =
−iβ
(k)
e
+
c.c.
, k 0 = |k|
3
0
(2π) 2k
のように書かれます。c.c. は前の項の複素共役です。添字 λ はゲージ場の偏極モー
ドを意味しますが、横波モード (λ = ±) を、
εµ± (k) = (0, ε± (k))µ ,
|ε± (k)| = 1,
k·ε± (k) = ε+ (k)·ε− (k) = 0
とし、縦波モード (λ = L) とスカラーモード (λ = S) を、
εµL (k) = k µ ,
εµS (k) = −kµ /(2|k|2 )
で定義します。このとき、
gµν εµλ (k)ενλ0 (k)
= −η
λλ0
X
,
ηλλ0 εµλ (k)ενλ0 (k) = −g µν
λ,λ0
を確かめられるでしょう。ただし ηλλ0 は行列表記で、
+
1
−
0
η= L
0
S
0
+

−
L
S
0
1
0
0
0
0
0
1
0

0

1
0
です。すなわち εµλ (k) は直交しておらず、特に縦波モードとスカラーモードのセク
ターが反対角になります。これは一見不便な設定に思えるかもしれませんが、そ
うした理由はすぐにわかります。
一方、場の正準共役が、それぞれ、
1
∂ L̃
=
−
∂ ·Aa ,
a
∂∂0 A0
α
∂ L̃
= −F a0i ,
a
∂∂0 Ai
10
∂ L̃
= −i∂0 ba ,
a
∂∂0 c
∂ L̃
= iD0 ca
a
∂∂0 b
であることに注意すると、漸近場の正準 (反) 交換関係は、やはりファインマンゲー
ジで、
bν 0
a µν 3
0
[Aaµ
as (x), Ȧas (x )]t=t0 = −iδb g δ (r−r ),
{baas (x), ċbas (x0 )}t=t0 = −{caas (x), ḃbas (x0 )}t=t0 = δba δ 3 (r−r 0 )
となり、他は同時刻可換もしくは反可換になります。これらは、
[aaλ (k), abλ0 (k0 )∗ ] = δba ηλλ0 (2π)3 2k 0 δ 3 (k−k0 ),
{γ a (k), β b (k0 )∗ } = {β a (k), γ b (k0 )∗ } = δba (2π)3 2k 0 δ 3 (k−k0 )
で、他が可換もしくは反可換であれば満たされるでしょう。
aaL (k), aaS (k) の交換関係、および γ a (k), β a (k) の反交換関係が共に反対角になっ
ていることに注意。このため、QED でそうであったように、これら漸近場が作る
状態空間は不定計量空間になります。実際、
aaL (k)∗ |0 >,
aaS (k)∗ |0 >,
γ a (k)∗ |0 >,
β a (k)∗ |0 >
などは零ノルムで、
(aaL (k)∗ − aaS (k)∗ )|0 >,
(γ a (k)∗ − β a (k)∗ )|0 >
などは負のノルム自乗を持つことがわかるでしょう。
一方、横波モードの生成演算子 aa± (k)∗ と物質場 (その漸近場) の生成演算子だ
けで作られた状態ベクトルは必ず正ノルムであり、これらが張る部分空間は正定
値計量空間になります。この部分空間を Hphys と書き、物理的粒子空間と呼びま
しょう。
漸近場における BRS 電荷は、
Z
QB = d3 r (∂0 ∂ ·Aaas caas − ∂ ·Aaas ∂0 caas )
となるので、真空の BRS 電荷が 0 であることが確かめられます :
QB |0 > = 0.
よって δB |0 > = iξQB |0 > = 0 ですから、真空は BRS 変換に対して不変であるこ
とがわかります。
28.7
4 重項演算子
任意の物理量 Φ に対して、[iξQB , Φ] = δB Φ だったので、
[iξQB , ϕi (x)] = −igξca (x)(T a )ij ϕj (x), [iξQB , Aaµ (x)] = ξDµ ca (x),
1
iξ
[iξQB , ca (x)] = gξfabc cb (x)cc (x), [iξQB , ba (x)] = − ∂ ·Aa (x)
2
α
11
ですが、漸近場においては相互作用が消え、ファインマンゲージで、
[QB , ϕas
i (x)} = 0,
µ a
[QB , Aaµ
as (x)] = −i∂ cas (x),
{QB , caas (x)} = 0,
{QB , baas (x)} = −∂ ·Aaas (x)
となるはずです。ただし [A, B} は A, B が共にグラスマン奇のとき反交換子、他
で交換子を意味するものとします。ここに漸近場の平面波展開の式を適用すると、
[QB , aa± (k)] = [QB , aaS (k)] = 0,
{QB , γ a (k)} = 0,
[QB , aaL (k)] = −γ a (k),
{QB , β a (k)} = aaS (k)
を得るでしょう (この式を簡素にするために縦波・スカラーモードをかように選ん
だわけです)。無限小 BRS 変換により、
QB
QB
QB
QB
aaL (k) −→ γ a (k) −→ 0
β a (k) −→ aaS (k) −→ 0
のように推移する 4 つ組を見てとれますが、これら演算子を 4 重項演算子といい
ます。
一方、ゲージ場の横波モードについては、
QB
aa± (k) −→ 0
QB
であり、また、X −→ aa± (k) を満たす演算子 X も存在しません。このような演
算子を 1 重項演算子といいます。物質場の粒子の生成消滅演算子も 1 重項演算子
になるでしょう。そうすると、物理的粒子空間 Hphys は、真空に 1 重項演算子の
みを作用して得られる状態ベクトルによって張られる空間ということになり、こ
れは全状態空間 (フォック空間) V の部分空間です。
Hphys への射影演算子を P0 とすると、
Z
d3 k X
φi (k)∗ |0 >< 0|φi (k)
P0 = |0 >< 0| +
3
0
(2π) 2k i
Z
Z
1
d3 k 1
d3 k 2 X
+
φi (k2 )∗ φi1 (k1 )∗ |0 >< 0|φi1 (k1 )φi2 (k2 )
2! (2π)3 2k10
(2π)3 2k20 i ,i 2
1 2
+ ······ .
ここで φi (k) は 1 重項演算子で、[φi (k), φj (k0 )} = δji (2π)3 2k 0 δ 3 (k−k0 ) で規格直交
化されているものとします。上式は次のように帰納的に表すこともできます :
∞
X
(n)
(0)
P0 =
P0 , P0 = |0 >< 0|,
n=0
(n)
P0
1
=
n
Z
d3 k X
∗ (n−1)
φ
(k)
P0
φi (k) (n ≥ 1).
i
(2π)3 2k 0 i
12
28.8
物理的状態空間と 4 重項機構
BRS 変換に対して不変な状態ベクトル、すなわち BRS 電荷 QB が 0 の状態ベ
クトルを物理的状態ベクトルと呼びます。また、これらベクトルが成す部分空間
を物理的状態空間と呼び、Vphys と表すことにしましょう :
Vphys = { |f > | QB |f > = 0 }.
1 重項演算子が QB と可換 (または反可換) であること、および QB |0 > = 0 に注意
すると、Hphys は Vphys の部分空間であることがわかるでしょう :
V ⊃ Vphys ⊃ Hphys .
例えば、aaS (k)∗ |0 > や γ a (k)∗ |0 > は物理的粒子空間には属しませんが、物理的
状態ベクトルです。一方、aaL (k)∗ |0 > や β a (k)∗ |0 > は物理的状態ベクトルではあ
りません。また、aaL (k)∗ abS (k0 )∗ |0 > や γ a (k)∗ β b (k0 )∗ |0 > も物理的状態ベクトルで
はありませんが、これらの和は物理的状態ベクトルになることが確かめられるで
しょう (図 28.1)。
図 28.1: 物理的状態空間
このとき次の定理が成り立ちます :
³
´
∀|f >∈ Vphys ∃|g >∈ V |f > = P0 |f > + QB |g > .
[証明] 4 重項演算子で生成される 4 重項粒子が n 個存在する部分空間への射影演
算子を Pn とします。これは 4 重項演算子の反対角性に注意して、
Z
´
d3 k ³ a ∗
1
a
a
∗
a
a (k) Pn−1 aL (k) + β (k) Pn−1 γ (k) + c.c. (n ≥ 1)
Pn =
n
(2π)3 2k 0 S
13
と帰納的に与えられるでしょう。そうすると、n ≥ 1 に対し、
(1) [ QB , Pn−1 ] = 0,
(2) Pn = {QB , Rn }
という命題を数学的帰納法で示せます。ここで、
Z
´
1
d3 k ³ a ∗
a
Rn =
β (k) Pn−1 aL (k) + c.c.
n
(2π)3 2k 0
です。実際、まず n = 1 のときは、QB P0 = P0 QB = 0 なので (1) が成り立ち、ま
た、{QB , R1 } を計算すれば、それは P1 になることが簡単に確かめられます。次
に n = k で (1), (2) が成立すると仮定すると、[ QB , Pk ] = [ QB , {QB , Rk }] で、こ
れは QB のベキ零性から 0 です。よって n = k + 1 で (1) が成立します。これに注
意すれば、{QB , Rk+1 } が Pk+1 になることが同様に確かめられ、よって n = k + 1
で (2) が成立します。
結果、|f > ∈ Vphys のとき、
|f > =
∞
X
Pn |f > = P0 |f > +
n=0
∞
X
{QB , Rn }|f > = P0 |f > + QB
n=1
∞
X
Rn |f >
n=1
となり、与題が示されました。[証明終]
物理的状態は QB = 0 の状態で、また QB は保存量なので、もし始状態で系が
物理的状態にあれば、それは終状態でも物理的状態にあるはずです。特に始状態
で Hphys にあるベクトル |f0 > は、終状態で |f > ∈ Vphys となり、これは上の定
理から、
|f > = |f 0 > + QB |g >, |f 0 > = P0 |f > ∈ Hphys
と展開できます。このとき、Q∗B = QB , Q2B = 0 に注意して、
< f |f > = < f 0 |f 0 >
がわかるので、確率解釈において QB |g > は無視してよいことになります。すな
わち Hphys への射影をとっても確率が保存し、遷移確率は正定値計量空間である
Hphys の中だけで評価できるわけです。
このことは、4 重項粒子、すなわちゲージ場の縦波・スカラー粒子および FP ゴー
スト粒子が、中間状態にしか存在し得ない、非物理的な存在であることを意味し
ています。4 重項粒子が互いに協調して非物理化 (幽霊化) してしまうこの機構を、
4 重項機構といいます (九後・小嶋 1978)。
28.9
QED 再考
量子電磁気学の章で割愛した縦波・スカラーモードが非物理的になることの証
明が、上でようやく示されたことに注意してください。
14
ちなみに QED の場合、場の方程式として、¤c(x) = ¤b(x) = ¤∂ ·A(x) = 0 が
得られるため、これらは自由場となり、ハイゼンベルグ表示においても、
Z
¢
d3 k ¡
−ik·x
∗
ik·x
,
c(x) =
γ(k)
e
+
γ
(k)
e
(2π)3 2k 0
Z
¢
d3 k ¡
−ik·x
∗
ik·x
∂ ·A(x) =
B(k)
e
+
B
(k)
e
, k 0 = |k|
3
0
(2π) 2k
と平面波展開できます。このとき BRS 電荷は、
Z
1
QB =
d3 r (∂0 ∂ ·A c − ∂ ·A∂0 c)
α
Z
d3 k
−i
(B(k)γ ∗ (k) − B ∗ (k)γ(k))
=
3
0
α
(2π) 2k
となるため、初期条件として無ゴーストであること : γ(k)|f > = 0 を仮定すれば、
物理的状態の条件 QB |f > = 0 は、B(k)|f > = 0 (∀k), あるいは場の正振動数部
分を取り出す処理を (+) で表して、
∂ ·A(x)(+) |f > = 0
となります。これはかつて、1950 年、グプタおよびブロイラーにより独立に提案
された QED 共変ゲージにおける状態空間の物理的補助条件で、グプタ・ブロイ
ラー条件と呼ばれます。QB |f > = 0 はこれを非可換ゲージ理論に拡張した式なの
です。
また、QED ではゴースト c(x), b(x) は他の場と一切相互作用しない自由場とな
るため、これらは中間状態にも現れることがなく、計算上完全に無視されること
になります。これが QED (一般に可換ゲージ理論) が特異系であるにも関わらず
簡単に済んだ理由です。
15
索引
あ
1 重項演算子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12
SU(N) カレント . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6
SU(N) ゲージ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
FP ゴースト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
か
共変ゲージ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
グプタ・ブロイラー条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15
ゲージ革命 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
ゲージパラメータ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
格子ゲージ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4
さ
4 重項演算子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12
4 重項機構 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
スカラーモード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .10
た
縦波モード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
特異系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
は
BRS 対称性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8
BRS 電荷 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9
BRS 変換 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .8
非可換ゲージ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
ファインマンゲージ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
ファデエフ・ポポフゴースト . . . . . . . . . . . . . . 5
物理的状態空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .13
物理的状態ベクトル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13
物理的粒子空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .11
不定計量空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11
ベキ零性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9
偏極モード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
や
ヤン・ミルズ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3
有効作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5
横波モード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
4 重項演算子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12
4 重項機構 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
16