教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)

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教員養成課程におけるダンスの学習内容について
(1)
―アレンジの工夫 4象限の左回りループ―
吉 田 明 子
1. はじめに
「唱
学校教育におけるダンスは,時代とともに変容してきた。明治初期のダンス教育は,
歌遊戯」「行進遊戯」などの教師が作った既成のダンスやステップを「『覚えて踊る』身体修
[片岡 1991:121]であった。その後,大正期から昭和初期にかけて,ダ
練のためのダンス」
ンス教育は飛躍的な発展を遂げてきた。それは,大正自由教育運動,児童中心主義,大人の
技芸の模倣と複製化をさせることなく,子どもらしさを追求しようとした日本独自の身体表
,自由な動きで人間の内面を表現しようとしたモダン
現形式を持つ児童舞踊[川島 2011:91]
ダンスの隆盛に影響を受けたことが大きい。ここから,子どもたちのイメージや創造性を重
,仲間と仲良く踊って楽しむ「フォークダンス」が,
視し,表現を創って踊る「創作ダンス」
学校におけるダンス教育として確立していった。
さらに,1970 年代ニューヨークのサウスブロンクス地区で生まれたヒップホップ文化の
隆盛を受けて,平成 10(1998)年より,リズムに乗って創造的な表現を創って踊る「現代
「フォークダンス」に次ぐ3つ目のダンス領域とし
的なリズムのダンス」が「創作ダンス」
て位置づけられた。
ところで,ダンスは今,人々にとってどれくらい身近なものになっているのだろうか。メ
ディアでは,AKB などのアイドルが,年齢を問わず誰でも簡単に踊れるダンスを踊りなが
ら歌い,
アニメ
「妖怪ウォッチ」
のダンスを踊れない子どもはいないくらい人気となっている。
さらには,中学校ダンス必修化の流れを受けて,ダンス経験のない男性教員が動画を見て必
死に動きを覚え,子どもたちに懸命に指導する CM や,EXILE による「E ダンスアカデミー」
など「現代的なリズムのダンス」の教材化を意識するようなダンス番組も放映されており,
必修化の流れを受けて,いまやダンスは,人々の身近になりつつあることが読み取れる。
こうしてダンスが人々の身近になりつつあると感じられる一方で,学校教育におけるダン
スの指導は,必修化によって,ダンスを担当してこなかった現場の教員にも指導の機会が増
えたことによって,
「指導経験の少ない男性教員の教材研究・指導法研修が緊急課題」とさ
れ,現場の状況は,
「教員の指導力や指導体制は十分に整っておらず,その学習内容には混
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
96
。さらに,最新スポーツ科学事典によると,舞踊教
乱が見られた」という[中村 2013:47-50]
育は,芸術教育の1分野でありながら,日本では,歴史的な経緯から体育科教育に位置づけ
られたため,「舞踊教育の目的が十分には確定せず,作品創作のために小集団で『活動させ
る』ことや運動量の過度の強調や『たのしく踊る』ことだけを求める実践傾向などが問題」
[出
「活動
原 2006:611]として,学習内容および指導の問題が指摘されている。この記述から,
させる」領域は「創作ダンス」を,
「たのしく踊る」領域は「現代的なリズムのダンス」
「フォー
クダンス」を暗示しているように読み取れる。
では,教員養成大学は,この状況にどのように対応しているのだろうか。松本らは,教員
養成大学におけるダンス授業の履修期間・内容に関する研究から,履修期間が 1 年未満の場
「『創る』に関する実技内容」
合,1 年以上の場合に比べて,指導に関する内容や理論および,
が不足することを指摘した。さらに,現職教員が今後身につけたい内容として「『踊る』よ
りも,『創る』に関わる実技内容」を挙げたことからも「創る」に関わる学習内容の重要性
が読み取れる[松本ら 1994:20-22]
。また,木山は,教員養成大学におけるダンスの授業の学
生のノート記述から,ダンスが苦手な学生も創作活動をしていくうちに,徐々に「動きへの
多様な考えや新しい動き・おもしろい動きを創るにはどうすればよいかについての認識・思
考学習」へと広がっていくという[木山 2014:101]。このことから,
教員養成課程においては,
「踊る」だけではなく「創る」過程を体験しながら理解を深める学習が求められる。
そこで,本稿では,
「創る」過程を重視することを前提に,教員養成課程におけるダンス
の学習内容を検討し,実践を試みた。
2. 目的
本稿は,ダンス領域のうち「創作ダンス」の学習内容において,1 つのモデルを位置づけ
て実践検証に取り組み,教員養成課程におけるダンスの学習内容を問う試みの一つである。
対象を「創作ダンス」に限定する理由は,片岡の言うように,「創造性」や「創造的活動」
はイコール「創作ダンス」だけではなく[片岡 1991:121]
,子どもたちの関心が高く,教育
現場でも実施率の高い「現代的なリズムのダンス」においてもあてはまると考えており,だ
からこそ今,「創作ダンス」における学習内容を問い直す必要を感じているからである。
「創作ダンス」には,2 つの学習過程モデルがある。1 つ目は,
「表したい
村田によると,
いろいろなイメージを即興表現で踊って楽しむ」過程であり,工夫をこらした作品にはない
「『新鮮さ』と『個性』とエネルギー」に満ちている。2 つ目は,
「一番表したい一つのイメー
ジで工夫をくり返して,まとまりのある表現(作品)をつくり,踊って楽しむ」過程であり,
「新しく獲得した力」で,
「一つの表したい内容にこだわって工夫を繰り返してじっくりと深
めていく表現の楽しさ」がある[村田 1991:135-7]。なお,本稿では,この 2 つの学習過程モ
デルを,
「即興表現」と「作品創作」とする。
では,
「作品創作」における「新しく獲得した力」とはどんな力と定義されるのだろうか。
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
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「作品創作」の過程において,即興表現の力は,
「作品創作の土台となる重要な技術」
[村田
1991:136-7]ではあるものの,それだけでは作品創作をしていくことは困難である。
そこで本稿では,この「新しく獲得した力」を教員養成課程の学生に当てはめる形で,
「新
しく獲得すべき力」とし,この力は複数の力から成り立つという仮説のもとに,その 1 つと
して「集団を活かして創作する力」を位置づけた。その理由は,
「創作ダンス」における集
団での学習は,昭和 31(1956)年に「小集団学習」が導入されて以来,実践および検証が
されており[中村 2013:40-42]
,
「集団を活かして創作する力」を「新しく獲得すべき力」の
1 つに位置づけることに異論はないと考えられるからである。
「集団を活かして創作する力」は,①個人のダンスの経験や力量に左右されず,学習者―
学習者間,指導者―学習者間の共通基盤として位置づけることができ,②ダンスの見方を広
げ,③仲間と一緒だからこそできる,一人でも欠けたら完成しない,自己と他者の存在価値
を実感することができる力につながると定義した。
なお,この「集団を活かして創作する力」の具体的な内容は,村田の「ダンスの学習過程
モデル」をもとに,以下の表 1 で説明することが可能である。表 1 の「ねらい 1」は,
「即
「作品創作」にあてはまり,本稿では,この基本的な 2 つのモデ
興表現」,「ねらい 3」は,
ルの間に,「集団を活かして創作する力」=「アレンジの工夫」という 1 つのモデルを位置
づけて,次の三段階で論証をしていく。
第一に,「即興表現」と「作品創作」の間に「集団を活かして創作する力」=「アレンジ
の工夫」
という 1 つのモデルを位置づけるための試案を提示する。第二に,
「アレンジの工夫」
を用いた授業実践の意義と実践検証によるその限界を分析する。第三に,実践検証をもとに
改められた「アレンジの工夫」のモデルを提示する。
表1 「集団を活かして創作する力」=「アレンジの工夫」の位置づけ
ねらい1
ねらい2
「即興表現」
ねらい3
「集団を活かして創作する力」= 「作品創作」
「アレンジの工夫」
表したいいろいろなイメージ
を即興表現で踊って楽しむ
一人一つの即興表現から、集団
を活かした様々なアレンジの工
夫を学び、表現の広がりを楽し
む
一番表したい一つのイメージ
で工夫をくり返して、まとま
りのある表現(作品)をつくり、
踊って楽しむ
・ 拡散的志向(いろんなもの ・ 一人一つの動きと、アレンジ ・ 集中的志向(ある所にねら
いを定めてじっくりやりた
の工夫の知識をもとに表現の
を気 軽 に た く さ ん や り た
い)
い)
広がりを学ぶ
・ 自 分 た ち の 表 現 を 客 観 視 し、 ・ 新しく獲得した力で
・ 今持っている力で
・ イメージと動きの直感的交
表現をどのように見せたいの ・イメージと動きの構築
(作品)
か探求する
流(即興)
・ 作品創作と鑑賞、作品の改善
(村田の「ダンスの学習過程モデル」[ 村田 1991:136] に太枠内太字部分を筆者加筆)
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
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3. 「集団を活かして創作する力」=「アレンジの工夫」の試案
「創作ダンス」の授業において,「身体イメージ能力」と「表現的動きを
寺山らによると,
創出する能力」のどちらに比重を置くかによって指導法に差異が生まれるという。つまり,
「身体イメージ能力」の向上を重視する指導の場合は,話し合いで運動が停滞してしまう「作
品創作」よりも,頭で考えずに動くことによって子どもの感性を育む「即興表現」の活動が
「表現的動きを創出する能力」の向上を重視する指導の場合は,作品を仕
多くなる。一方,
「一過性の即興」というよりは,思考しながら「再現可能な表現」
上げる感覚を味わうため,
を仕上げていく活動となる[寺山ら 2011:21-38]
。本稿では,教員養成課程の大学生を対象と
することから,前述の現職教員が今後身につけたい内容「
『踊る』よりも,『創る』に関わる
「再現可能な表現」を仕上げていく後者の活動を試みた。この授業展
実技内容」を中心に,
「作品創作」への展開である。細川は,
「即興表現」か
開において,問題になってくるのが,
ら「作品創作」への展開が難しいとよく言われていることを指摘している[細川 2010:16]
。
「即興表現」で出ていた表現を「選び」「まとめる」ことで終わっ
難しいといわれる理由は,
てしまっているからであり,この過程において,指導者が学習者に「まとめつつ,即興部分
を残す,あるいは選んだ動きをより大きく,明確に,質感の違いを強化していく」ことを働
きかけることがその打開策であるという[細川 2010:16]
。
そこで,本稿では,村田の「ダンスの学習過程モデル」を用いて,
「即興表現」から「作
「集団を活かして創作する力」=「アレンジ
品創作」への展開の「間」の学習内容として,
の工夫」について検討することを試みた。学習内容は,中村の「デフォルメの視点」にある
4つの視点「時間性の変形」
「空間性の変形」
「集団性の変形」
「その他」
[中村 2011:25]に「リ
ズムの変形」を加えた図 1 のような 5 つの項目を試案し,授業実践を行った。
群(集団)の動き
・ 密集や分散などダイナミックに空間が変化する動きで表現すること
◎デフォルメ:対象や素材のある部分を強調したり繰り返したりして、変形すること
(1)リズムの変形…全音符、2分音符、4分音符、8分音符、3拍子
(2)時間性の変形…繰り返し、スローモーション
(3)空間性の変形…高さ取り(高低)、向きを変える、移動を加える (4)集団性の変形…
①ユニゾン:全員一緒の動き ②カノン:順番に追いかける動き
③シンメトリー:対称の動き ④アシンメトリー:非対称の動き
⑤ランダム:バラバラな動き ⑥コントラスト:高低・曲直・多少など相反する動き (5) その他…擬人化(物に感情を持たせる)
、リフト、視線 など
(「創作ダンス・身体表現(3)」の資料より抜粋)
図 1 群(集団)の動き
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
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4. 本稿で対象とした授業
本学体育学科のダンスの授業科目は 3 つある。1 つ目は,2 年生女子必修の「スポーツ実
習 1・2(ダンス)」という通年の授業である。この授業は,前期に様々な創作活動を行い,
最終目標としては,8 ∼ 12 名で構成された班ごとに,本学ステージで衣装・照明等もつけ
て本格的に行う「創作ダンス発表会」において作品発表を行っている。この発表会は,2015
(平成 27)年で,44 回目を迎える。なお,ダンスに関心が高く,この発表会への出演を希望
する男子学生も受講することができる。2 つ目は,
3 年次選択科目「スポーツ方法論(ダンス・
ダンス指導法)
」という通年の授業である。2 年生のダンスの授業を経て,もう少しダンス
を深めたい,指導法を学びたいという学生が受講する。前期は,ダンスの指導法を学び,指
導実践を行う。そして後期は,2 年生女子同様に「創作ダンス発表会」にて作品発表を行っ
ている。
3 つ目の授業科目が,本稿で対象とした授業である。それは,教職免許取得希望 2 年生男
子学生および他学科の教職免許取得希望学生を対象とした「スポーツ実習1(ダンス)」で
ある。この授業は,半期科目であり,平成 20(2008)年中学校学習指導要領改訂による中
学校ダンス必修化にともない,平成 23(2011)年 4 月より教職免許取得学生を対象に必修
となった新しい授業科目である。
対象とした授業期間は,平成 26(2014)年 9 月下旬から平成 27(2015)年 1 月末であり,
受講生は 48 名で,全員男子学生であった。
受講生に事前アンケートを行ったところ,高校までにダンスの授業を受けた経験があるの
は,48 名中 2 名のみであり,9 割以上の受講生がダンスの授業を大学ではじめて受講すると
いうことであった。ダンスの授業に対しては,「むずかしそう」「経験がないので少し不安」
という記述は 3 割程度あるものの,
「保健体育の教員を目指すうえで真剣にやらなければな
らない」という決意や「日常生活では行わない,動きを取り入れることによって,運動で動
かす体の使い方がうまくなるのではないか」というダンスが体の使い方を学ぶ機会であると
とらえている記述もあり,多くの受講生はダンスの授業で何かを身につけようと前向きな姿
勢であることが読み取れた。また,中学校でのダンス男女必修化について思うことへの記述
には,ダンスの授業経験がないにも関わらず「リズム感を高めるためにも必要」
「身体で表
「小さいころから体を動かし何かを表現することを学ぶことは大切」と,
現するのは大事」
「中学生だとダンスをやることに恥
子どもたちへの良い影響があるととらえている一方で,
ずかしさがあってしっかりできないと思う」
「中学生の男子がダンスをするのに恥ずかしく
てできない子供が多いと思うので,もし教える場合があった時授業が難しい」と,実際の指
導を想定すると不安であるということが読み取れた。
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
100
5. 全体の授業内容
毎授業時に,ウォーミングアップとして,振りつけられたリズム系ダンスを行い,その後
に「創作ダンス」をメインとして授業を展開した。全体の授業の流れは表 2 の通りである。
大きな枠組みとして,5 つの段階に分けて授業を展開した。
1 段階目は 1 ∼ 3 回目,2 段階目は 4 ∼ 6 回目,3 段階目は 7 ∼ 11 回目,4 段階目は 12 ∼
14 回目,5 段階目は 15 回目の授業にそれぞれ該当する。
1 段階目は,ダンスの導入,2 段階目は,本稿で取り上げる「集団で創作する力」=「ア
レンジの工夫」の学習,3 段階目は,授業内創作ダンス発表会を目指した「作品創作」活動,
4 段階目は,毎授業時に行っているリズム系ダンスの実技テストおよび「現代的なリズムの
表 2 授業内容
授業 授業
展開 回数
展開 1
展開 2
授業内容
配布資料
1
・ガイダンス
シラバス
2
・アイスブレイク
・基礎ステップ
・4つのリズムとカウントの数え方
・ミラーリング
・ウォーミングアップのダンス
創作ダンス・身体表現(1)
3
・ウォーミングアップ
・基礎ステップ
・高さ取りと造形表現 4 つの高さ
・身近な生活や日常動作から「スポーツ名場面」を表現
創作ダンス・身体表現(2)
4
・ウォーミングアップ
・群(集団)の動き
・ビデオ鑑賞
・基礎となる動きを作り、群の動きを使ってアレンジ
を加える(創作ダンス①)
・グループで考えたイメージ、動き、アレンジ、フォ
ーメーションの図示
創作ダンス・身体表現(3)
5
・ウォーミングアップ
・前週の創作ダンス①の映像鑑賞と評価(自己評価・
他者評価)
・評価の視点
・前週の創作ダンス①の改善
・動き(振付)と集団の動き方の図示
創作ダンス・身体表現(4)
6
・ウォーミングアップ
・動きの質を高めて創作ダンス①の練習(エフォート
アクション)
・作品鑑賞、映像鑑賞と評価(自己評価・他者評価)
・評価の視点再確認
創作ダンス・身体表現(5)
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
展開 3
展開 4
展開 5
101
7
・ウォーミングアップ
・新しいグループでの創作ダンス②(条件、決めるこ
と、評価の視点の説明)
・やってみたいテーマのチャート
創作ダンス・身体表現(6)
8
・ウォーミングアップ
・創作ダンス②の創作活動
(1)場面、場面ごとの動き、群構成、フォーメーシ
ョンの図示
(2)候補曲(教員がテーマに合わせていくつか選ん
できた曲)から使用曲を選び、曲のカウントや
構成を記述
創作ダンス・身体表現(7)
9
・ウォーミングアップ
・創作ダンス②の創作活動
(1)場面ごとの動きと曲のすりあわせ
創作ダンス・身体表現(8)
10
・ウォーミングアップ
・創作ダンス②の中間発表
・作品鑑賞、映像鑑賞と評価(自己評価・他者評価)
創作ダンス・身体表現(9)
11
・ウォーミングアップ
・授業内創作ダンス発表会(公開制)
創作ダンス・身体表現(10)
/プログラム
12
・ウォーミングアップ
・ウォーミングアップ作品の実技テスト
リズムダンス(1)
13
・エアロビックダンス
・ヒップホップダンス
リズムダンス(2-1、2-2)
14
・課題学習
15
・授業内創作ダンス発表会の映像鑑賞
・ダンスの授業指導について
ダンスの指導について
ダンス」
,5 段階目はダンスの指導について,という展開である。ここでは,1 段階目の学習
内容について触れておく。
1 段階目は,ダンスの導入として,アイスブレイク,「歩く・スキップ・ツーステップ」
などの基礎ステップ,2 人組になって,相手の即興的な動きを真似するミラーリングによっ
て,さまざまな動きがあることを遊びの感覚で学び,ダンスへの抵抗感を減らすことを目的
とした。また,4 つのリズムとカウントの数え方についての説明を行った。次に,4 人一組
になって,頭上,肩,腰,床の「4 つの高さ」1)を使った動きの展開や,4 人一組になって,
スポーツの動きを一人 1 つずつ出して,移動を加えてつなげる活動を行った。その際,集団
の立ち位置を示す「フォーメーション」を 2 つ以上使うよう条件付けをした。なお,集団の
立ち位置は,「フロアパターン」ともいうが,体育を専攻する学生がイメージしやすい用語
だと推察し,
あえて「フロアパターン」ではなく「フォーメーション」という言語で示した。
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
102
6. 授業実践の意義と実践検証
6-1. 4 回目の授業
(2 年生女子必修)
4 回目の授業では,図 2 の資料を配布し,過去の「創作ダンス発表会」
における作品の映像鑑賞から,群(集団)の動きを学び,創作活動を行った。創作活動の班
創作ダンス・身体表現(3)
<今日の約束事>
・集団で表現する楽しさ・面白さを見出そう! ・空間を大きく使おう!
1、ウォーミングアップ
・ストレッチ ・「Live While We’re Young」One Direction
2、群(集団)の動き
・密集や分散などダイナミックに空間が変化する動きで表現すること
◎デフォルメ:対象や素材のある部分を強調したり繰り返したりして、変形すること
(1)リズムの変形・・全音符、2分音符、4分音符、8分音符、3拍子
(2)時間性の変形・・繰り返し、スローモーション
(3)空間性の変形・・高さ取り(高低)、向きを変える、移動を加える
(4)集団性の変形・・
①ユニゾン:全員一緒の動き ②カノン:順番に追いかける動き
③シンメトリー:対称の動き ④アシンメトリー:非対称の動き
⑤ランダム:バラバラな動き ⑥コントラスト:高低・曲直・多少など相反する動き
(5)その他・・擬人化(物に感情を持たせる)
、リフト、視線 など
3、ビデオ鑑賞
・創作ダンス・身体表現のポイント:テーマをもとに「はじめ」
「なか」
「おわり」の変化をつ
ける
・ストーリー性のあるもの ・テーマにあった様々な表現を追究したもの
4、基礎となる動きを作り、群の動きを使ってアレンジを加える
(使用曲:「Storms In Africa」Enya)
★グループで考えたイメージ:( )
例:スポーツ、日常生活の動き(掃除・料理・通学など)、自然現象(植物の生長、台風、噴火など)
1
1
2
2
3
3
4
4
5
5
6
6
7
7
8
8
★フォーメーションの図示:
1 5
前 2
3
4
6
7
8
図 2 創作ダンス・身体表現(3)
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
103
編成は,くじにより,8 ∼ 10 名で行った。
この授業では,集団で表現する楽しさ・面白さを見出すとともに,テーマ・イメージに対
する一人一つの動きを大切にしてつなげていくことがねらいであった。図 2 にある「4,基
礎となる動きを作り,
群の動きを使ってアレンジを加える」では,班のメンバーが一人一つ(8
カウント)ずつ動きを出して,A + B + C・・・とつなぎ,基礎となる動きにすることを約
束した。その際,スポーツ・日常生活の動き・自然現象から,班で一つのイメージを決めて,
動きを出していくよう促した。出てきた個々の動き(8 カウント × 人数分)をまず左側の
「スローモーション」「カノン」など,「2,群(集団)の動き」
表に記入し,右側の表には,
の言葉を記入して,
動きをアレンジしていくよう指導した。そして,
授業の最後に発表を行っ
た。
「通学」をイメージして発表した 2 つの
作品は,全部で 5 つあったが,そのうち「噴火」
班の受講生の感想記述を見ていきたい。
受講生 A(
「噴火」
)の記述
「今日の授業は群(集団)の動きを覚えることができました。グループに分かれて私たち
のグループは 噴火 をテーマにしました。火山が噴火するまでの流れを体で表現する
のは難しく,体を大きく動かすことが大切なんだと思いました。今回は,カノン・スロー
モーション・ランダム・コントラスト・ユニゾン・ストップモーションをとり入れまし
た。声に出して数をかぞえないとなかなかうまくできなかったので,次回はもっとス
ムーズに動けるように頑張りたいです。
」
受講生 B(
「通学」
)の記述
「ユニゾンやカノン,シンメトリー,ランダム,コントラストなどこれらを組み合わせ
ることによって普段のなにげない行動がダンスになってとても不思議に感じたしおもし
ろかった。集団でやることによって統一感がましてより一層普段の行動がリアルになり
つつもダンスらしくなっていたと思う。
」
こうした記述から,受講生たちは,耳慣れない言葉に手探りではあるものの,資料の「(4)
「アレンジの工夫」に取り組んでいた。しかし,とりわけ「(1)
集団性の変形」を中心に,
リズムの変形」
「
(5)その他」にあてはまる記述は見当たらなかったことから,最初の段階
では,「アレンジの工夫」として意識しにくい項目,わかりにくい項目であることが推察さ
れた。また,この受講生にインタビューをしたところ,「ユニゾンやカノンという言葉は初
めて聞いたので,実際にやってみるまではイメージができなかった。中学校・高校の体育祭
のダンスで自然とやっていたことが,呼び名を知らないだけで,これだったんだとわかった」
というコメントがあったことから,今まで自然に行われてきたことを「アレンジの工夫」と
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
104
して理解し,ダンスの見方を広げることができたことが推察できた。
一方で,創作過程において,一人一つの動きを大切にしてつなげていくことをねらいとし
ていたが,インタビューをしてみると,一人一つずつの動きではなく,イメージ・テーマを
決めて,動きをみんなで出していったと語った。ここで,授業のねらいと実践とのずれが生
じていた。
「一人一つの動きを大切にしてつなげていく」というねらいを大切にする場合は,
受講生がやりづらさを感じないような条件をつけるなどの工夫を加えて,ねらいを繰り返し
受講生伝える必要があると考えられた。
6-2.
5 回目の授業
筆者は,授業を展開していく上で,第三者の目で客観視する必要を感じ,様々な対象者へ
のダンス指導経験を持つ松村汝京氏に授業内容を伝え,振り返りを行いながら授業改善に取
り組んでいる2)。4 回目の授業の作品動画を鑑賞し,振り返りを行ったところ,5 回目の授
業内容は,4 回目の作品に改善を加えて,作品を練って精度を上げることを提案された。筆
「対決」をテーマにした創作活動を計画していた。しかし,4 回目の
者は,5 回目の授業は,
授業を終えて,筆者自身ももう少し時間があれば,もっと受講生たちの満足度が高い作品に
なるのではないかと感じたこと,また,受講生の感想記述のなかに,「次回はもっとスムー
ズに動けるように頑張りたいです」というコメントがあったことから,作品の改善をはかっ
て,動きの質と表現力を高めるとともに,効果的な群(集団)の動きを使って,作品に磨き
をかけることをねらいとする授業内容に変更した。
作品を改善するにあたり,まずは前週の作品の映像鑑賞から自己評価・他者評価を行い,
作品を改善するには何が必要なのかを受講生たち自身が理解できるようにした。その際,図 3
の資料を配布して評価の視点を明確にしたうえで,受講生たちから自己評価・他者評価のコ
メントを聞き,ホワイトボードに記述した。また,受講生たち自身が作品を理解するために,
「4,動き(振付)
と集団の動き方の図示」
への記述を促し,自分たちの動き・群構成・フォーメー
ションの3点を分析できるようにした。なお,ここでは「集団を活かして創作する力」=「ア
レンジの工夫」に関する学習内容の「
(1)リズムの変形」
「
(2)時間性の変形」
「
(3)空間性
の変形」「(4)集団性の変形」
「
(5)その他」という 5 項目を「群構成」という言葉で大きく
くくった。そして,図 3 の資料「3(2)①∼⑫の群構成を,5 つ以上入れて作品を仕上げ
よう」として,各項目からピックアップした群構成を 5 つ以上入れて作品を仕上げるよう促
した。12 の項目は,
「①リズムの変形」
「②繰り返し」
「③スローモーション」
「④高さ」
「⑤
「⑥ユニゾン」
「⑦カノン」
「⑧シンメトリー」
「⑨ランダム」
「⑩コントラスト」
向きを変える」
「⑪リフト」
「⑫視線」であった。
受講生 A は,映像鑑賞後に「やりたいことは自分たちが分かっているだけで見ている人
には伝わらない」と自己評価をしていた。ここからの作品改善について,インタビューをし
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
創作ダンス・身体表現(4)
<今日の約束事>
・動きの質を見極めて、動きの質と表現力を高める。
・群構成を使って、創作作品に磨きをかける。
1、ウォーミングアップ
・2人組ストレッチ ・
「Live While We’re Young」One Direction
2、先週の創作ダンスの映像鑑賞
3
4
5
自己評価
他者評価
①
①
6
②
②
7
③
③
8
★評価の視点:
【動き】はずかしがらず堂々と動いているか。大きく動いているか。
【表現】目線、視線はそろっているか。気持ちがこもっているか。
【作品構成】はじめとおわりがしっかりしているか。向きを変えたり、
リズムを変えたりして、
群の動きがはいっているか。フォー
メーションの変化はあるか。
3、先週の創作ダンスをよりよいものにしよう!
(1)自己評価、他者評価をもとに作品の動きの質と表現力を高めよう。
(2)①~⑫の群構成を、5つ以上入れて作品を仕上げよう。
①リズムの変形 ②繰り返し ③スローモーション ④高さ
⑤向きを変える ⑥ユニゾン:全員一緒の動き
⑦カノン:順番に追いかける ⑧シンメトリー:対称の動き
⑨ランダム:バラバラな動き
⑩コントラスト:高低・大人数 vs 少人数など ⑪リフト ⑫視線
4、動き(振付)と集団の動き方の図示
動き(振付)
群構成
(記号)
105
9
10
11
12
13
14
フォーメーション
1
15
2
16
図 3 創作ダンス・身体表現(4)
たところ,「4,動き(振付)と集団の動き方の図示」に,動き・群構成・フォーメーショ
ンを書くことで,
「高さなどを意識できた」と語った。また,なかなか意見を出さない仲間も,
「ここはどういうこと?」
と自覚を持って聞いてくれるようになったとも語っ
紙に書くことで
た。このことから,視覚的に作品を理解することにより,班のなかに共通認識ができ,一人
一人が集団の一員であること,一人でも欠けると成り立たないことが把握されつつあること
が読み取れた。作品改善について,
「通学」を表現した受講生 C にもインタビューを行った
ところ,
「動きをそろえたかった」と語った。このことから,時間をかけて創作活動を行う
ことで,作品へのこだわりや動きの質へのこだわりが出てきたことが読み取れた。
)と受講生 B・C(
「通学」
)の「4,
受講生 A(「噴火」
動き(振付)と集団の動き方の図示」
の記述を見ると,
図 3 の資料「3(2)①∼⑫の群構成を,
5 つ以上入れて作品を仕上げよう」
に提示された①∼⑫のうち,
「①リズムの変形」
,
「②繰り返し」
,
「③スローモーション」,
「⑧
シンメトリー」
「⑩コントラスト」の記述が一つもなかった。受講生 A の「噴火」の作品には,
,
「④高さ」「⑨ランダム」が多く記述され,受講生 B・C の「通学」の作品には,
「⑨ランダム」
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
106
「⑥ユニゾン」
「⑦カノン」が多く記述されていた。このことから,「集団を活かして創作す
る力」=「アレンジの工夫」に関する学習内容の「
(1)リズムの変形」
「
(2)時間性の変形」
「(3)空間性の変形」
「
(4)集団性の変形」
「
(5)その他」という 5 項目のうち,「(1)リズム
の変形」「(2)時間性の変形」が作品に取り入れられていないことが分析できた。
6-3.
6 回目の授業
6 回目の授業は,4,5 回目の授業で創作してきた作品の発表であった。よりよい発表にな
るよう,動きの質を高めることをねらいとして,
「エフォートアクショ
図 4 の資料を配布して,
ン」3)を用いた動きの質の説明を行った。
「エフォートアクション」とは,ルドルフ・ラバ
ンによって提唱された概念であり,人間の身体運動は,力性,空間,時間,流れの 4 要素の
組み合わせによって運動の質,
動きの質が決まるという概念である[唐津ら 1991:238]。なお,
動きの質は図 4 の資料のとおり,8 つに区分される。たとえば,手を前に出す動きを,強く
て速く,直線的に行った場合は「パンチング」となる。同様に,手を前に出す動きを,強く
て速く,曲線的に行った場合は,
「スラッシング」となる。この授業では,こうした 8 つの
区分を参考にして,自分たちの創作してきたそれぞれの動きは,どこに当てはまるのか,そ
してどのように表現するのが望ましいのかを考えるきっかけづくりとした。また,動きの質
創作ダンス・身体表現(5)
<今日の約束事>
・動きの質を高める。 ・群構成を使って、創作作品に磨きをかける。
・自分の殻を破る!(はずかしがらず堂々と)
1、ウォーミングアップ
・2人組ストレッチ
・「Live While We’re Young」One Direction
2、動きの質を高めて練習する。
エフォート アクション
パンチング
フローティング
スラッシング
グライディング
プレッシング
フリッキング
リンギング
ダビング
力(強・弱)
時間
空間
強い
弱い
強い
弱い
強い
弱い
強い
弱い
速い
遅い
速い
遅い
遅い
速い
遅い
速い
直線的
曲線的
曲線的
直線的
直線的
曲線的
曲線的
直線的
速
弱
ダビング(直)
フリッキング(曲)
グライディング
(直)
フローティング
(曲)
遅
パンチング(直)
スラッシング(曲)
強
プレッシング(直)
リンギング(曲)
by ルドルフ・ラバン
3、作品鑑賞とビデオ鑑賞
自己評価
他者評価
①
①
②
②
③
③
★評価の視点:
【動き】はずかしがらず堂々と動いているか。大きく動いているか。
【表現】目線、視線はそろっているか。気持ちがこもっているか。
【作品構成】はじめとおわりがしっかりしているか。向きを変えたり、
リズムを変えたりして、
群の動きがはいっているか。フォー
メーションの変化はあるか。
【今後の予定】
日付
内容
7
11月 6 日
(木)
創作活動1(テーマ・曲・場面の設定)
8
11月13日
(木)
創作活動2(動き・表現を作る)
9
11月20日
(木)
創作活動3(動き・表現の完成)
10
11月27日
(木)
創作活動4(踊りこみ)
11
12月 4 日
(木)
授業内発表会(最初の 45 分は最終練習)
【次週までの宿題】
やってみたいテーマを考えてくる!!
図 4 創作ダンス・身体表現(5)
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
107
を高めるなかで,自分の殻を破り,仲間と共に,はずかしがらず堂々と表現することをねら
いとした。作品発表後には,映像鑑賞をして自己評価・他者評価を行い,「アレンジの工夫」
や動きの質を高めることによって,4 回目の発表時に比べて,各作品がどのように変化した
かを感じ取る目を育てることを試みた。
受講生 A の記述
「今回は,前回の自分たちの創作ダンスを鑑賞しました。自分が小さく動いていたと思っ
ていた動きは予想以上に大きく動けていてびっくりしました。テーマを 噴火 にして,
皆で考えどうすれば初めて見る人でも噴火を表現できるのかというのが一番難しかった
です。私たちは高さを出しました。噴火といえば火山というイメージだったのでそうし
ました。ですが高さは出せましたが,溶岩のグツグツ感を出すのがとても難しく,やは
り動きが分かりづらくなってしまったのが心残りです。皆で協力してダンスを考え発表
する楽しさを覚えることができてよかったです。」
受講生 B の記述
「前回の発表時とは違いそれぞれのレベルが前回とは段違いですごかった。1つ1つの
動作にしっかりと意味がふくまれていてそれをとても上手く表現できていたと思う。発
想が独特な班もあり,ダンスにはそれぞれの感性というものがとても濃くでるんだなと
思った。自分の班でもこの前とはくらべものにならないほどレベルがあがっていた。日
常生活の動きをここまでダンスらしくできるとは思っていなかったのでこの完成度まで
もってこれてよかったと思う。
」
受講生 C の記述
「今回は,創作ダンスを完成させて発表会をしました。動きを全員で合わせるためにも
何回も練習をして話し合いました。通学の場面はただ歩くだけだったので先生に助言し
てもらい途中から時計を見て走る流れにしました。この班は人数が多いのでたくさんの
動きを取り入れることができました。発表は,声があまり出せなかったのでとまどうこ
ともありましたが,ミスもなくできたので良かったと思います。みんなと意見を出し
合って楽しくできたので良かったです。次回の創作ダンスも大きく楽しくやりたいで
す。」
受講生 3 名の記述から,集団で創作する楽しさと達成感を得ることができたことが読み取
れた。この達成感は,1 回完結の創作ではなく,3 回にわたって作品に工夫をこらしたこと
が大きいと考えられた。自分の班の作品が最初と比べて質の高い作品になっていることが自
覚でき,他の班に対してもそのことが認識できるようになった。受講生 A の「噴火」の班は,
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
108
「高さ」を意識したことが記述され,実際にこの作品には様々な高さや立体感を出すリフト
が組み込まれていた。しかし,
「グツグツ感を出すのが難しい」として,
動きの質については,
「通学」という日常の動きがダンスに変わった喜び,動き
課題を挙げていた。受講生 B は,
に意味が含まれると動きの質が変わること,感性が大事であることを感じ取っていた。また
受講生 C は,「通学」の移動が,単調に歩く場面が多く,時計を見るという止まる動きが入
ることで変化があったことを感じ取っていた。受講生 B・C の「通学」の作品には,
「⑨ラ
ンダム」
「⑥ユニゾン」
「⑦カノン」が多く記述されており,それ以外のアレンジが少なかっ
たため,
「①リズムの変形」の指導を加えていた。
「エフォートアクション」への理
作品発表当日に「動きの質」に関する学習を行ったが,
「アレンジの工夫」として組み込まれなかった「(1)リズ
解に導くことは難しく,今後は,
ムの変形」「(2)時間性の変形」に加えて,
「動きの質」が課題であることが読み取れた。
7. 実践検証の限界と「アレンジの工夫」4 象限の試案
,1 回完結の「作品創作」ではなく,
4 ∼ 6 回の授業をとおして,1 回完結の「即興表現」
時間をかけて「アレンジの工夫」を繰り返しながら創作活動を行ったところ,
受講生たちは,
集団で創作する楽しさと達成感を感じることができたことが読み取れた。また,この経験が,
次回の創作活動にむけてのモチベーションにつながったことも示唆できた。
また,4 ∼ 6 回の授業をとおして「集団を活かして創作する力」=「アレンジの工夫」に
「
(1)リズムの変形」
「
(2)時間性の変形」
「
(3)空間性の変形」
「
(4)集
関する学習内容を,
(5)その他」という 5 項目を提示して展開してきたが,(1)から(5)すべて
団性の変形」「
抽象化
ある表現意図のもとに,日常自然の動作の多様性を整理,統一し,模様化,
様式化する。
☆動きの変化発展の例
☆隊形や構成の変化発展の例
・ある動きを部分的に変化させたり,
他の部分の動きを加えたりする。
・ある動きの向きを変化させる。
・ある動きの高低を変化させる。
・ある動きを,移動しながら行う。
・ある動きのタイミングを変える。
動きのパターンを繰返す。
・ある動きのアクセントのありかたを
変える。
・ある動きのテンポを変える。
・ある動きのフィーリングや,ダイナ
ミズムを変える。
・ソロをデュエットに変える。
・ソロをトリオに変える。
・10 人の群舞にして,ソロ対 9 人の
組合せで踊る。
・ユニゾンで直線隊形で踊る。
・分散隊形から円隊形に変える。
図 5 金井による「具象表現の抽象化」[ 金井 1992:39]
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
109
のアレンジの仕方を習得することは難しいこと,また,とりわけ「(1)リズムの変形」と「
(2)
時間性の変形」に関して,受講生があまり「アレンジの工夫」として作品に組み込んでいな
かったことが読み取れた。この原因には,項目の曖昧さが考えられ,5 項目の内容の吟味が
必要であると考えられた。さらに,6 回目の授業で提示した「動きの質」が,5 項目に含ま
れていないことも検討する必要があると考えられた。
中村らは,「感性的・直感的な働き」によるところが多い創作ダンスの客観的かつ公平な
評価は本質的に難しいとしながらも,教育現場における舞踊表現の評価に対する「共通理解
と標準化」が求められるとして,大学生を対象とした調査研究を行った。大学生による自由
「動きの工夫」
「踊り込み」「リズム」「方向性」
「群構成」
「音楽」の 7 項
創作作品を「主題」
目および作品全体の評価として「総合評価」の合計 8 項目を設定し調査を行った。その結果,
「動きの工夫」
「群構成」
「方向性」の 3 項目において「学習者の共通理解」ができていると
いう結果が得られて,評価項目としての適性が明らかになったという。なお,「動きの工夫」
は,「ボディーゾーンを意識して動く」
「からだの高さを変える」「動きの質を変える」を含
むテーマにふさわしい動きの工夫のことであり,
「群構成」とは,
「からだの高さを変える」
「フ
ロアパターンを変える」を含む群の使い方や空間の使い方の工夫のこと,「方向性」は,「進
「からだの向きを変える」を含むからだの向きや進行方向に変化を持たせ
行方向を変える」
ているかという観点であった[中村ら 2001:8-15]
。
また,金井は,舞踊作品へのアプローチは,抽象表現と具象表現の二つの方向から成り立
つという。抽象表現は,バレエのパやリトミックなどの「非日常的記号的運動」から成り立
ち,具象表現は,
「日常の自然の動作」を「解体」し,
「再構築」することで成り立つという。
この「解体」
「再構築」の過程において,
「具象表現」が図 5 のような変化発展をしながら「抽
。
象化」していくことで舞踊作品になっていくという[金井 1992:39]
このように,中村の「動きの工夫」
「群構成」
「方向性」の 3 項目および,金井の図 5 のよ
うな,
「動きの変化発展」
「隊形や構成の変化発展」が,本稿における「集団を活かして創作
する力」=「アレンジの工夫」の再検討にヒントを与えてくれる。
そこで,本稿では,実践検証から課題となった「リズムの変形」
,
「時間性の変形」
「動き
の質」を再検討することを中心として,図 6 のような 4 象限の図を試案した。4 象限は,
「時
「空間性の変形」
「集団性の変形」とし,それぞれの象限に具体
間性の変形」「力性の変形」
「舞
的な「アレンジの工夫」を記した。なお,これまで項目になかった「力性の変形」は,
[村田ら 2012:51]を参考に,課題となっていた「動きの質」を含む形でまと
踊用語の解説」
め,
「リズムの変形」と「時間性の変形」は,
「時間性の変形」のなかに含む形でまとめた。
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
110
・高さ
・方向(向き)
・大きさ
・立体感(リフト)
・経路(導線)
・フォーメーション
・リズムの変形
・繰り返し
・スローモーション
・ストップモーション
・早送り
時間性の変形
空間性の変形
動き
集団性の変形
力性の変形
・ユニゾン
・カノン
・シンメトリー
・ランダム
・コントラスト
・強弱
・アクセント
・視線
図 6 アレンジの工夫
8.
まとめ
本稿では,「即興表現」と「作品創作」の間に「集団を活かして創作する力」=「アレン
ジの工夫」という 1 つのモデルを位置づけて実践検証に取り組み,教員養成課程における「創
作ダンス」の学習内容を検討してきた。受講生 3 名の感想記述およびインタビューから実践
「アレンジの工夫」の内容と項目に再検討が必要であることを認識し,4
検証を行った結果,
象限の図を試案した。
その結果,本稿が取り上げた授業の受講生 3 名が,「アレンジの工夫」としてはじめに取
り組みやすいのは,図 6 のうち「集団性の変形」であることが見受けられた。また,この変
「空間性の変形」にあたる「高さ」
「立体感」「フォーメーション」
形がおこなわれるなかで,
を変化させて,自分と仲間との空間,舞台空間が少しずつ意識できるようになっていった。
「力性の変形」は,
「ア
一方で,4 象限の左側に属する「時間性の変形」
創作回数を重ねるうちに,
レンジの工夫」として取り入れられたり,最後まで取り入れられなかったりしていた。同じ
リズムやテンポになっていることに気づくことによって,「時間性の変形」が行われ,そし
て最後に,できた作品を仲間と一緒に身体を使い,感情を込めて,よりよい表現をしようと
いう意識がもたれるようになると,
「力性の変形」が意識できるようになるということが示
唆できた。このことから,本稿が取り上げた授業においては,「アレンジの工夫」において,
「集団性の変形」をスタートにした左回りのループで学習が進んでいったことが読み取れた。
教員養成課程におけるダンスの学習内容について(1)
111
なお,本稿の授業においては,左回りのループで学習が進んでいったが,この 4 象限のど
こをスタートに学習が進んでいくか,または複合的に進めていくかは,指導者および対象者
によってアプローチ方法を変えるべきであり,本稿はあくまで一つの試案である。今後は,
各象限における項目の内容を深めて,継続的に実践検証を続け,「アレンジの工夫」という
概念をさらに変化発展させていくことが課題である。
注
1) 松村汝京 第 1 回「ダンスの創作基盤」研修会資料より 2014(平成 26)年 8 月 30 日実施
2) 本稿の研究にあたり,松村氏と 2014(平成 26)年 4 月より定期的な勉強会を行って授業改
善に取り組んでいる。また同時期より,学生および現職教員向けの研修会や指導検討会を以
下のように開催している。
① 2014 年 4 月 4 日 ダンス研修会「ダンスの創作テクニック∼創作基盤∼」
② 2014 年 8 月 30 日 第 1 回「ダンスの創作基盤」研修会 ③ 2014 年 11 月 7 日 第 1 回ダンス指導検討会
④ 2015 年 1 月 30・31 日 第 2 回ダンス指導検討会∼五感を磨く身体表現∼
⑤ 2015 年 5 月 15 日 第 3 回ダンス指導検討会∼ダンスの創作基盤∼
3)
松村汝京 第 1 回「ダンスの創作基盤」研修会資料より 2014(平成 26)年 8 月 30 日実施
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