『刀剣と刀剣研磨について』 福西:今日は第 4 回目の「肥後の匠」の講師として正海裕人さんをお招きしました。 熊本は独自の日本刀の文化を持っていました。その代表的なものが同田貫で、肥後の 刀工の一派で、慶長年間を頂点として栄えました。加藤清正の肥後入国後、その保護の 下に多くの名工を輩出しました。 しかし、その繁栄も長くは続かず、加藤家改易に伴い 衰退しました。 正海さんは、そんな肥後の日本刀を研く、刀剣研磨師です。刀剣研磨師とは皆さん聞 きなれない仕事だと思いますが、日本刀は研ぎが半分だといわれ、日本刀は刀匠の技量 が半分、研師の技術が半分で、その良し悪しを決めるといわれます。両方の技術があっ て、日本刀の美が成立するといいます。 刀剣研磨は刃こぼれや錆の除去、切れ味を良くするというのみならず、日本刀の美を 研ぎだす重要な技術であります。 正海さんのお父上も研磨師で、2代で現在、研磨をなさっております。 ではよろしくお願いします。 正海(裕人) :皆さん、よろしくお願いします。まず前に来てください。日本刀の研磨に使 用する道具を持ってきましたので、近くでご覧下さい。 砥石です。これらの砥石を使って刀は研ぎます。 刀には、太刀、刀、脇指、短刀のほか、剣、薙刀、槍などの種類があります。その中 でも代表的な太刀と呼ばれる刀ができたのは平安時代中期以降からです。それ以前は反 りもない直刀と呼ばれる刀でした。直刀は、斬るよりも刺突にその用途の特徴があり、 それ以後の反りのある太刀のような斬ることを目的としたものとは大きく異なっていま した。 斬ることを目的に作られたことから日本刀は「折れず、曲がらず」と云う条件を満た すために炭素量の少ない心鉄を炭素量の多い皮鉄で包んで鍛錬します。その皮鉄に焼き を入れるので更に硬くなり、よく切れるようになります。その工程の中で、硬い刃の部 分と、柔らかい地の部分との境がうまれます。それを砥いで行くと、輝くいわゆる刃紋 となって表れます。 こうした刃紋を綺麗に出すためにも日本刀は多くの砥石を使って砥いでいきます。研 ぎは大きくわけると下地砥ぎと仕上げ砥があります。下地砥ぎで研磨の大半が決まると 言っても良いくらい、重要な工程です。 まず、金剛砥で深サビを取り、姿形の大きく崩れた刀の整形をします。状態の良い日 本刀の場合は省くこともあります。備水砥では普通のサビや小さなキズを取ります。姿 形を整え刃をつけます。改正砥で備水の研目を取り、姿形を更に精良にします。そして、 細名倉砥で中目の研目を取った上、更に入念にかけます。 これらの工程を終えた後に仕上げに入ります。仕上げに入ると、内曇り砥(巣板)か らはじまり、内曇り砥(刃砥)で焼刃の肌に働きを出します。内曇り砥(地砥)で地の 肌の働きを出します。刃艶では内曇刃砥の研目を取り、梨子地状にします。地艶で内曇 地砥の研目を取り、肌を調整します。拭いで刀に光沢を与え、青黒く仕上げます。刃取 りでは、拭いで焼刃も青黒くなってしまうので、焼刃を白くします。ナルメで横手の筋 切りをし、切先を白く梨子地状にします。 以上が主な日本刀の研磨の工程となっています。 (この部分のみ、福西が当日、正海氏が話したものを簡単にまとめたものである) (受講生が各々席に戻る) 正海(裕人) :刀剣研磨師になって、高校卒業して 18 の時にはじめまして、今年 30 歳にな り、今年で 12 年目になります。一通り研磨できるようになったのですが、まだ、みじく な点もあり、父に怒られることもたくさんあります。 皆さんの質問にお答えできるかわかりませんが、残りの時間は皆さんの質問にお答え しながら、進めたいと思います。 福西:まず、司会の私の方から質問をさせてもらいます。刀剣研磨師になってやめたいと 思ったことはありますか 正海:刀剣には細かい傷があって、すぐ済むようなことでもなかなか進まないことがあっ て、そういうときには「ああ辞めたいな」と思うこともあります。 福西:刀剣研磨師には若い方がいないと聞いておりますが、どんな年齢層のかたが多いで すか? 正海(裕人) :平均的に 40 代から 50 代ぐらいの方が多く、若い方は 2 代目の方が多いです。 実際に研ぎ師を行なっている人(研ぎ師だけで生計を立てている人)は少ないです。 受講生:熊本県内にはどれぐらいの方がいらっしゃいますか? 正海(裕人) :自分を含めて5、6 人目になります。 受講生:正海さんは何代目になりますか 正海(裕人) :2 代目になります。そういった意味でも父と似たところがあり、仕事があっ ているのかもしれません。 福西:刀剣研磨師になるには国家資格のようなものがあるのですか? 正海(裕人) :刀匠に関しては、刀をつくる仕事には国家資格があるのですが、研磨に関し ては、免許はありません。ただ研いで腕を磨いていくしかありません。 受講生:どういった仕事でも壁があると思いますが、こうした仕事にはどんな壁がありま すか? 正海(裕人) :まず頭の中で想像している研磨通りにいかない。思うように仕上げができな い。だんだん仕上げに向けて壁ができてきます。そういった壁は何回もうまれます。 福西:将来的な目標、そういったものはありますか? 正海(裕人) :自分が頭の中で研ぐ前に刀に対して思うように研磨できるように。それがな かなかうまくいかないから難しいところだし、面白いところでもあります。 福西:今、とがれているものは新しく作られた刀を研いでいるのではなく、今まであった ものを研ぎ直したり、錆びたものを研がれたりされているのですようね 正海(裕人) :はい。 福西:そういったものは依頼主があるので、そういった人の考えとずれてくるようなこと があるのですかね 正海(裕人) :まあ、それは刀にあわせた研ぎを行なうので、要望があれば、それにあわせ た仕上げをしますが、この刀にはこうした仕上げがいいというのは決まってきますので・・・。 福西:(正海さんのような若い職人さんたちが)置かれている現状について思っていること があればいってください。また、若い職人さんに言いたいことがあればいってください。 正海(裕人) :難しい質問ですね 受講生:今、希望して入ってくる人はいますか? 正海(裕人) :10 年に一人ぐらいいるようですね。続かないようです。私たちの仕事は、今 の仕事のように時給でお金をもらえる仕事でもないし、やった分だけお金がもらえるとい うわけでもないし、仕上げてもらえるもので、やった分だけでもらえるという考えが今の 人たちには多いので、そういった考えをなくすことが大事だと思います。職人を増やすこ とは大事なんですが、今の人の考えが変わらないといけないと思います。 受講生:刀剣研磨師として、愛着がうまれた、素晴らしい刀だと思うものがあれば教えて ください 正海(裕人):何本もあります。だいたいどんな刀も一生懸命研ごうとおもっていますし、 愛着がわかないと研げません。 福西:研磨する上で、良い刀とはどんな刀なのですか 正海(裕人) :健全であり、波紋がちゃんと綺麗に入っていて、刀にムラがないものが良い 刀です。刀にムラが、デコボコあったら難しいです。 福西:今日はせっかく正海さんのお父さん(郁雄)もお見えになっておりますので、お話 をお伺いしたいと思います。裕人さんを職人として育てていかがでしたか? 正海(郁雄):やっぱり。もう本当にきつかったです。もう、自分でおかしくなるぐらい。 育てなければならないから、研がせなければいけないから。 普通の人はどうでもいい刀を研がせば良いじゃないかといいますが、どうでもいい刀を 研がしたところでも勉強にはなりません。だから、絶対失敗してはいけない刀を研がせな いとうまくはならない。 それがもう、どうしようか、こうしようか、いつも思いながら、失敗せんように失敗せ んように親心で見なければならないし、逐一指示をしなければならいないし・・・・。今 は大きく指示をするだけで、こういうふうに仕上げたら良いというだけで、あくまでも本 人の意思でおこなっていて、同じ研ぎ石を使っても私が表現する表現の仕方と息子が表現 する表現は違うんです。同じものを使って同じようにしても親子でもこんなに違うだなと いうことがわかって、それが個人個人の個性になって出てくるんです。親であって師匠で あってというところがあるんですが、自分の物の考え方などが少しでも息子に伝わってい けばいいなと思って一緒に仕事をしていますが、今の時代、親子関係でいろんなことがあ りますが、息子がこのように育つまで死ぬような思いもありましたし・・・。息子も殺さ れるのではないかと思うようなこともあったと思います。それぐらい真剣に息子に接して きたところで、息子に子供ができて、後を継ぐようなことがあったら、よかったなという 気持ちになります。 受講生:お父様に質問ですが、親方と弟子という関係で考えた時にいつ一人前になったと 考えられたのか、どういう段階で、どういう基準で、この弟子は一人前になったと考えら れていますか? 正海(郁雄) :そうですね。一通りですね、古くは古刀、平安期から鎌倉、室町、そして現 代刀まで、10 年ぐらいかかるんですよ。また、一通りですね、研いだならば弟子離れして 良いかと思っています。だいたい 10 年区切りだと思います。 受講生:私のように要領が悪い人間が同じ 10 年やってもできない人もいると思いますが、 その 10 年という期間と、それは経ったけれど一人前じゃないよという人や 8 年で良いとい う人もあると思います 正海(郁雄) :それは当然あります。本人の努力次第です。 受講生:どういう段階で決めていくのですか。 正海(郁雄) :まず下研ぎができないと刀は駄目なんですね。あとは仕上げがあの何十年経 っても何十年経っても百%は無理なんです。ただ百%に向かって仕事はしなければならな いし・・・。本人次第です。5 年でできる人はできますし、器用さもありますし、ただ仕上 げの段階になってくると時間がかかってくるし、一歩一歩違ってくるし、研ぎあがったや つを見てもらえばわかりますが、あの鉄の色出し方、その時代の鉄の色や刃の白さなんか があるので、それがわかるには 10 年ぐらいかかるので、まあ、九州でするには 10 年ぐら いで良いと思います。 福西:では、皆さんよろしいでしょうか。最後に正海(裕人)さんに最後に一言お願いし たいと思います。 正海(裕人) :まあ、大した話もできず、なかなかご理解もできなかったと思いますが、刀 剣研磨だけでなく、職人の仕事に興味を持っていただけたならば、私もうれしいです。あ りがとうございました。
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