循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、 治療、予防に関するガイドライン(2009 年改訂版) Guidelines for the Diagnosis, Treatment and Prevention of Pulmonary Thromboembolism and Deep Vein Thrombosis(JCS 2009) 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会, 日本血栓止血学会,日本呼吸器学会,日本静脈学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会 班長 安 藤 太 三 藤田保健衛生大学心臓血管外科 班員 伊 藤 正 明 三重大学大学院医学系研究科循環 應 儀 成 二 日立記念病院血管外科 小 林 隆 夫 県西部浜松医療センター 田 島 廣 之 日本医科大学放射線科 中 西 宣 文 国立循環器病センター心臓内科 丹 羽 明 博 平塚共済病院循環器科 福 田 幾 増 田 宮 原 器・腎臓内科 協力員 石 金 橋 宏 岡 之 愛知医科大学血管外科 保 加東市民病院外科 佐久間 聖 仁 国立循環器病センター心臓血管内科 佐 藤 徹 杏林大学第二内科 田 邉 信 宏 千葉大学大学院医学研究院呼吸器内科 中 村 真 潮 三重大学大学院医学系研究科循環器 夫 弘前大学外科学第一 山 下 満 藤田保健衛生大学心臓血管外科 政 久 千葉医療センター心臓血管外科 山 田 一 三重大学大学院医学系研究科循環器 嘉 之 長崎記念病院内科 典 内科 内科 外部評価委員 尾 崎 行 男 藤田保健衛生大学循環器内科 中 野 赳 山本総合病院 栗 山 喬 之 栗山医院内科 松 原 一 博愛会病院 坂 田 隆 造 京都大学心臓血管外科 純 (構成員の所属は 2009 年 11 月現在) 目 次 本ガイドラインで用いられる主な略語………………………… 2 改訂にあたって…………………………………………………… 2 Ⅰ.総 論………………………………………………………… 3 1.急性肺血栓塞栓症 ……………………………………… 3 2.慢性肺血栓塞栓症 ……………………………………… 8 3.深部静脈血栓症 ……………………………………… 10 Ⅱ.各 論……………………………………………………… 12 1.急性肺血栓塞栓症 …………………………………… 12 2.慢性肺血栓塞栓症 …………………………………… 34 3.深部静脈血栓症 ……………………………………… 41 4.肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の 予防 …………………………………………………… 50 文 献…………………………………………………………… 55 (無断転載を禁ずる) 1 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ICOPER:International Cooperative Pulmonary Embolism 本ガイドラインで 用いられる主な略語 Registry INR:international normalized ratio mt-PA:mutant tissue-type plasminogen activator MRI:magnetic resonance imaging ACT:activated coagulation time MRV:magnetic resonance venography ADL:activities of daily livings PAIMS:Plasminogen Activator Italian Multicenter Study APC:activated protein C PCPS:Percutaneous Cardiopulmonary Support APTT:activated partial thromboplastin time PEA:pulmonary endarterectomy BMI:body mass index PH:pulmonary hypertension CT:computed tomography PIOPED : Prospective Investigation of Pulmonary CTEPH:chronic thromboembolic pulmonary hypertension Embolism Diagnosis DIC:disseminated intravascular coagulopathy PT:prothrombin time DVT:deep vein thrombosis rt-PA:recombinant tissue-type plasminogen activator ESC:European Society of Cardiology SK:streptokinase FDA:Food and Drug Administration t-PA:tissue-type plasminogen activator HIT:heparin-induced thrombocytopenia UK:urokinase HOT:home oxygen therapy UPET:Urokinase Pulmonary Embolism Trial 改訂にあたって 2 日本循環器学会は,主要疾患の診断および治療に関す ない術後合併症の 1 つでもある.急性例では早期に診断 るガイドラインの作成に取り組んでいる.肺血栓塞栓症 して適切な治療を行わなければならない.急性の本症で および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイ は血栓溶解療法や抗凝固療法が有効な症例が多く,最近 ドラインは 2004 年 4 月に完成したが,その後本症の診 新しい薬剤も保険認可が認められ使用可能となった.血 断や治療法にも進歩が見られ,この度改訂されることと 栓が多量で広範性であったり循環虚脱となった症例で なった.班員は前回と同様,主に肺血栓塞栓症の診断, は,カテーテル的治療や外科的手術が有用となる.予防 治療,予防の研究に関わってきた循環器内科医と心臓血 的に下大静脈フィルターも使用されるが,最近では非永 管外科医により構成された. 久留置型(一時留置型,回収可能型)フィルターの使用 肺血栓塞栓症の成因や病態はまだ十分に解明されてい が増加している.肺高血圧を伴った慢性の本症は右心不 ないが,深部静脈血栓症が大きく関与している.肺血栓 全や呼吸不全を来たす重篤な疾患であり,内科的治療に 塞栓症は深部静脈血栓症の合併症ともいえ,静脈血栓塞 抵抗性であるが,肺高血圧に有効な治療薬も現れ予後が 栓症として 1 つの連続した病態と捉えられている.肺血 改善した.根治療法として超低体温間歇的循環停止法を 栓塞栓症は急性と慢性で病態と治療法が大きく異なる. 用いた血栓内膜摘除術が施行されるが,最近の中枢型に 急性肺血栓塞栓症は欧米に多い疾患とされるが,我が国 対する外科的治療成績は非常に良好となった.そして, においても生活様式の欧米化,高齢者の増加,本疾患に 術後は臨床症状と呼吸循環動態が著明に改善して,生活 対する認識および各種診断法の向上に伴い,最近増加し の質の向上が得られる.周術期の静脈血栓塞栓症は理学 ている救急疾患である.また,エコノミークラス症候群 療法による予防が非常に重要であり,新しい薬剤も投与 や地震後の意外な二次災害としてマスコミも注目した疾 可能となった.静脈血栓塞栓症に対しては,診断・治療・ 患であり,消化器外科や産婦人科・整形外科などの術後 予防に関して未だ確固たるエビデンスが乏しい現状にあ に安静臥床が長くなった患者では,注意しなくてはなら り,今後新たな知見を積み重ねていく必要がある. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 今回のガイドライン改訂にあたっては,できる限りこ 以下のクラス分類を用いた. れまで報告されたエビデンスを重視したが,このガイド Class Ⅰ:検査・治療が有効,有用であることについ ラインはあくまでも現時点までの情報をもとに作成され て証明されているか,あるいは見解が広く一致して たものである.そして臨床の循環器内科医や心臓血管外 いる. 科医および手術に携わる外科系の医師が,静脈血栓塞栓 Class Ⅱ:検査・治療の有効性,有用性に関するデー 症をどのように診断して治療していくかの指針を示した タまたは見解が一致していない場合がある. ものである.よって,本症の診療では主治医の判断が優 Class Ⅱ a:データ・見解から有用・有効である可能 先されること,決して訴追されるべき論拠を提供するも のではないことを付記する.今後新しい診断法や治療法 の開発により,将来また改訂される可能性はある. 本ガイドラインを日常診療のお役に立てていただけれ 性が高い. Class Ⅱ b:データ・見解により有用性・有効性が それほど確立されていない. Class Ⅲ:検査・治療が有用でなく,ときに有害であ ば幸甚である. るという可能性が証明されている,あるいは有害と なお,本ガイドラインでは既存のガイドラインに倣っ の見解が広く一致している. て,検査法および治療法の適応に関する推奨基準として, 年の我が国における発症数は 7,864 人で 10 年間に 2.25 倍 Ⅰ 1 総 論 急性肺血栓塞栓症 に増加しており 2),人口 100 万人あたりに換算すると 62 人と推定される.米国における人口 100 万人あたり 500 人前後の発症数と比較すると,2006 年の日本での人口 あたりの発症数は米国の約 1/8 ということになる.アン ケート調査をもとにした発生頻度には,依然として日本 と米国間で大きな隔たりが存在することになる. 1 疫 学 剖検による発生頻度の調査では,固定肺の連続切片を 用いた詳細な検討が行われている.米国の Freiman らは 肺血栓塞栓症は,欧米では虚血性心疾患,脳血管障害 連続 61 例について 64 %に 3),英国の Morrell らは 263 例 と並んで 3 大血管疾患として捉えられているのに対し について 51.7 %に肺血栓塞栓症を認めた 4).日本では, て,日本ではこれまでまれな疾患と考えられてきた.し 中野らが Freiman の方法に準じ,約 1 年間の連続成人剖 かし,高齢社会の到来,食生活の欧米化,診断率の向上 検 225 例の両肺を膨張固定し,約 1cm 間隔に前額断スラ といった様々な要因により,我が国においても肺血栓塞 栓症は確実に増加してきており,決してまれな疾患では なくなった.厚生労働省人口動態統計の資料でも,我が 国における肺血栓塞栓症による死亡者数が増加傾向にあ 図 1 我が国における肺血栓塞栓症による死亡者数の推移 (症例) 2000 総数 る(図 1).実際,臨床現場からも,最近の急性肺血栓 1600 塞栓症の増加傾向を指摘する声が多くなっている.しか 1200 女性 800 男性 し,残念ながら,我が国における発症数に関する疫学的 調査はほとんど行われていないのが実情である. Kumasaka らの疫学的調査によると,1996 年の我が国 における発症数は 1 年間で 3,492 人(95%信頼区間 3,280 ~ 3,703 人)であり,人口 100 万人あたりに換算すると 28 人と推定している 1).佐久間らの疫学調査では,2006 400 0 1951 1961 1971 1981 1991 2001 2005 (年) 3 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) イスを作成し,肺動脈末梢までの十分な観察を行った結 図 3 急性肺血栓塞栓症患者の性別と好発年齢 (症例)70 村らは,5 年間の成人剖検 315 例に対し,約 15mm 間隔 60 に縦切して検索したところ,57 例(18 %)に肺血栓塞 栓症を認めている 6). 上記の固定肺連続切片を用いた詳細な検討に比べ,一 般的な剖検時の検索方法では肺血栓塞栓症の頻度は低く なる.しかしながら,日本病理剖検輯報の集計結果から number of patients 果,54 例(24%)に肺血栓塞栓症を認めた .また,中 5) female (n=178) male (n=131) 50 40 30 20 10 調査した我が国における肺梗塞を含む肺血栓塞栓症の頻 0 度は,年を経るにつれ徐々に増加してきていることが示 0 10 さ れ て い る. 三 重 野 ら の 報 告 で も,1967 年 0.92 %, 20 30 40 50 age 60 70 80(歳) 1977 年 2.03%と増加傾向を示しており 7),引き続いて行 った東北大学と三重大学での共同調査によると,1987 日本静脈学会調査 11)においても,日本人では男性より女 年 2.97 %,1997 年 3.12 %とさらに増加し,1967 年と比 性に多く,60 歳代から 70 歳代にピークを有している. べ 3 倍以上に増えてきている .肺血栓塞栓症が主病変 8) あるいは死因(A cause or contributing cause of death at 2 危険因子 autopsy) と な っ た 症 例 の 頻 度 も 1965 年 の 0.16 % か ら 肺血栓塞栓症の主な危険因子を表 1 に挙げる.1856 1986 年の 0.70%と同様に増加してきている. 年に Rudolf C. Virchow が提唱した(1)血流の停滞, (2) こうした増加傾向に対して,最近の我が国における入 血管内皮障害,(3)血液凝固能の亢進が,血栓形成の 3 院患者に対する一次予防の普及が周術期の肺血栓塞栓症 大要因として重要である.具体的には,先天性危険因子 の発生頻度を減少させつつあることを示すデータが報告 として,プロテイン C 欠乏症,プロテイン S 欠乏症,ア された.日本麻酔科学会による認定施設へのアンケート ンチトロンビン欠乏症,高ホモシステイン血症などが, 調査で,2002 年から 2005 年の手術 1 万件あたりの肺血 後天性危険因子としては,手術,肥満,安静臥床,悪性 栓塞栓症の発生率は,それぞれ 4.41,4.76,3.62,2.79 腫瘍(Trousseau 症候群),外傷,骨折,中心静脈カテー であり,2002 年から 2003 年にかけての増加傾向が,日 テル留置,うっ血性心不全,慢性肺疾患,脳血管障害, 本での予防ガイドラインや予防管理料の診療報酬加算が 抗リン脂質抗体症候群,薬剤(エストロゲン,経口避妊 認められた 2004 年を境に減少に転じていることが示さ 薬, ス テ ロ イ ド な ど ), 長 距 離 旅 行(traveller’s ) れた 9(図 2). thrombosis)などが挙げられる.欧米人の間では,静脈 急性肺血栓塞栓症患者の性別や好発年齢については, 10) 肺塞栓症研究会共同作業部会調査(図 3) においても, 500 G20210A)は,日本人では見つかっておらず,日本人 発症件数(1 万症例対) 4.41 4.76 件数 発症頻度 3.62 400 5 と欧米人との間の発生頻度差に大きく影響していると考 えられている. 肺塞栓症研究会共同作業部会調査の結果 10)によれば, 4 2.79 300 C 抵抗性(APC resistance)の原因の 1 つである第 V 因 子 Leiden 変異やプロトロンビン遺伝子変異(prothrombin 図 2 手術 1 万件あたりの肺塞栓症発生率 件 血栓の重要な先天性危険因子とされる活性化プロテイン 急性肺血栓塞栓症と確定診断された 309 例中,院外発症 150 例(49 %),院内発症 159 例(51 %)と院内での発 3 症が多く,院内発症例のうち,110 例(69%)が術後症 例であった.特に,整形外科領域 34 例,産婦人科領域 200 100 0 4 369 2002 440 2003 409 2004 257 2005 2 25 例,消化器外科領域 20 例と腹部・骨盤・下肢に対す 1 歳以上の高齢 44 %,BMI > 25.3 の肥満 34 %,長期臥床 る手術後が多かった.その他の危険因子としては,65 0 23%,悪性腫瘍 23%,外傷,骨折後 9%,血栓性素因 6 %で,さらにその他にも,妊娠出産,血管カテーテル検 査,慢性心疾患,中心静脈カテーテル留置,慢性呼吸不 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 1 肺血栓塞栓症の危険因子 後天性因子 血流停滞 血管内皮障害 血液凝固能亢進 長期臥床 肥満 妊娠 心肺疾患(うっ血性心不全,慢性肺性心など) 全身麻酔 下肢麻痺 下肢ギプス包帯固定 下肢静脈瘤 各種手術 外傷,骨折 中心静脈カテーテル留置 カテーテル検査・治療 血管炎 抗リン脂質抗体症候群 高ホモシステイン血症 悪性腫瘍 妊娠 各種手術,外傷,骨折 熱傷 薬物(経口避妊薬,エストロゲン製剤など) 感染症 ネフローゼ症候群 炎症性腸疾患 骨髄増殖性疾患,多血症 発作性夜間血色素尿症 抗リン脂質抗体症候群 脱水 先天性因子 高ホモシステイン血症 アンチトロンビン欠乏症 プロテイン C 欠乏症 プロテイン S 欠乏症 プラスミノゲン異常症 異常フィブリノゲン血症 組織プラスミノゲン活性化因子インヒビター増加 トロンボモジュリン異常 活性化プロテイン C 抵抗性(Factor V Leiden *) プロトロンビン遺伝子変異(G20210A)* 日本人には認められていない * 全,脳血管障害といった危険因子を有する症例が含まれ いは骨盤内静脈である.肺血管床を閉塞する血栓の大き た. さ,患者の有する心肺予備能,肺梗塞の有無などにより, 3 発症状況 発現する臨床症状の程度も,無症状から突然死を来たす ものまで様々であり,そうした臨床像の多彩さや元々の 本症の塞栓源の多くは,下肢,骨盤内静脈の血栓であ 基礎疾患による症状所見により,見過ごされる危険性が るため,起立,歩行,排便など下肢の筋肉が収縮し,筋 指摘されており,診断にあたって注意を要する点である. 肉ポンプの作用により静脈還流量が増加することで,血 急性肺血栓塞栓症の主たる病態は,急速に出現する肺 栓が遊離して発症することが推測される. 高血圧および低酸素血症である(図 4).肺高血圧を来 肺塞栓症研究会共同作業部会調査研究では,急性肺血 たす主な原因は,血栓塞栓による肺血管の機械的閉塞, 栓塞栓症 309 例中,発症時の誘因が明らかな症例は 108 および血栓より放出される神経液性因子と低酸素血症に 例であり,そのうちの 57 %が起立や歩行,22 %が排便 よる肺血管攣縮である 13),14).また,低酸素血症の主な あるいは排尿に伴って発症していた 10).Yamada らの報 原因は,肺血管床の減少による非閉塞部の代償性血流増 告においても,138 症例中,発症状況が明らかな 57 症例 加と気管支攣縮による換気血流不均衡が原因である.局 において,排便・排尿に伴った発症は 53 %を占めてい 所的な気管支攣縮は,気管支への血流低下の直接的作用 た 12).発症状況の明らかな症例には,安静解除後の起立, ばかりでなく,血流の低下した肺区域でのサーファクタ 歩行や排便,排尿が多いことは特筆すべきことである. ントの産生低下,神経液性因子の関与により引き起こさ 4 病 態 ①急性肺血栓塞栓症の病態 れる 15). 機械的閉塞による肺血管床の減少は肺血栓塞栓症にお ける肺血管抵抗増加の主たる原因である.急性肺血栓塞 栓症では,肺血管床の 30 %以上が閉塞されると,肺血 急性肺血栓塞栓症は,静脈,心臓内で形成された血栓 管抵抗が上昇し,肺高血圧を生じるといわれている.既 が遊離して,急激に肺血管を閉塞することによって生じ 往に心肺疾患を有しない場合には,肺血管床の減少程度 る疾患であり,その塞栓源の約 90 %以上は,下肢ある と平均肺動脈圧の上昇程度は比例することが動物実験お 5 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 図 4 急性肺血栓塞栓症の病態生理 急性肺血栓塞栓症における低酸素血症の主たる原因 肺血栓塞栓 は,換気血流不均衡であるが,急性期以降に持続する低 酸素血症は,肺血流の供給が閉ざされ,肺サーファクタ 機械的血管閉塞 神経液性因子 (セロトニン,TXA2) 血管攣縮 気管支攣縮 ント産生低下により生じる無気肺に伴う右左シャントが 原因として考えられている 25). ②肺梗塞症の病態 肺梗塞は病理学的には出血性梗塞であり,急性肺血栓 肺高血圧 換気血流不均衡 塞栓症の約 10 ~ 15%に合併する 26),27).肺組織は,他の 急性肺性心 低酸素血症 脈の 3 つの酸素供給路を有すること,さらに閉塞した肺 組織と異なり,(1)肺動脈,(2)気道,(3)気管支動 動脈より末梢へは肺静脈からの逆行性血流を受け得るこ と 28)より,肺動脈の血栓閉塞のみでは必ずしも組織壊死 心拍出量低下 には陥らない.臨床および実験データにて,肺梗塞は中 枢肺動脈の閉塞よりむしろ末梢肺動脈の閉塞で生じやす ショック いことが示されている.Dalen ら 29)は,気管支細動脈と 肺細動脈の末梢側に交通チャンネルが存在し,肺細動脈 よび臨床検討にて示されている 16),17) .元来,心肺疾患 レベルで血流が途絶えると,気管支動脈血流が肺毛細血 を有しない正常の右室が生じ得る平均肺動脈圧は 40 管へ流入する.末梢肺動脈での閉塞では,狭い範囲に高 mmHg といわれている 18).したがって,急性期にそれ 圧の側副血流が流入するため,毛細血管圧が上昇し,容 以上の圧を呈する場合には,慢性肺血栓塞栓症に急性肺 易に肺実質への出血が起こりやすいと述べている.また, 血栓塞栓症の病態が加わり急性増悪したもの(acute on 左室不全といった原因で肺胞血液のクリアランスの遅延 chronic)や慢性肺血栓塞栓症そのものを疑う必要があ が存在すれば,より肺梗塞を生じやすく,心不全の合併 る.発症前の心肺疾患の有無は,肺血栓塞栓症の発症後 は,肺梗塞の発生と強い関連があると報告されてい の臨床症状や所見の程度に強く反映し,既往心肺疾患を る 30).肺梗塞症では炎症を伴うことにより胸膜性胸痛, 有する症例では,より小さな塞栓でも重症化につながる. 発熱,血痰といった症状が出現する. 右室後負荷増大時の心拍出量減少のメカニズムとして は,冠血流低下に伴う右室あるいは左室自体の心筋虚 血 19),20),右室拡張により左室拡張末期容積が減少する reverse Bernheimeffect 21) などが考えられている. 急性肺血栓塞栓症では,卵円孔開存症例において,右 房圧の上昇に伴い,右左シャントの血流に乗って,奇異 しかし,解剖学的肺血管床閉塞だけで循環動態の変化 性塞栓が生じることがあり,急性肺血栓塞栓症において, を説明しきれない例も多く,次に述べる神経液性因子の 卵円孔開存は予後増悪因子とされている 31). 関与が想定された.血小板と塞栓子である血栓との相互 作用の結果,液性因子が血中へ放出される.現在,液性 5 重症度分類 因子としてセロトニン,トロンボキサン A2 などが知ら 国外の学会によるガイドラインや研究者の定義によっ れており,これらは肺血管収縮,気管支収縮を引き起こ て,急性肺血栓塞栓症の重症度分類は少しずつ異なって す.塞栓子である血栓に存在するトロンビンが血小板か はいるものの,最近の動向としては,肺動脈内血栓塞栓 らセロトニンの放出を誘発するが,こうした液性因子の の量,分布,形態によって分類されるのではなく,早期 影響は,ヘパリン投与による thrombin 形成抑制 22)や抗 死亡に影響を与える因子(表 2)の有無によって重症度 血小板薬投与によって阻害されることが実証されてい が評価される.心エコー上の右心負荷所見の有無により 23),24) .急性肺血栓塞栓症患者にヘパリンの静脈内投 本疾患の予後や再発率が有意に異なることを受けて,こ 与後,maximal expiratory flow rate の速やかな改善と肺 れまで主に患者の血行動態所見と心エコー所見を組み合 抵抗の低下を認め,セロトニンが,血液凝固過程に血小 わせた重症度分類が用いられてきた(表 3)32). 板から放出され,気管支攣縮を引き起こすことが示唆さ 広範型(massive):血行動態不安定症例(新たに出現し れている. た不整脈,脱水,敗血症などが原因でなく,ショックあ る 6 ③奇異性塞栓 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 2 急性肺血栓塞栓症のリスク層別化に有用な主な指標 臨床指標 ショック 低血圧* 右室機能不全の 心エコー上の右室拡張,壁運動低下,圧負荷 指標 CT 上の右室拡張 BNP あるいは NT-proBNP の高値 右心カテーテル検査で右心圧上昇 心筋損傷の指標 心臓トロポニン T あるいは I 陽性 *新たに生じた不整脈,脱水,敗血症を原因としない収縮期血 圧< 90mmHg あるいは 40mmHg 以上の血圧低下が 15 分以上 (文献 33 より抜粋改変) 継続 表 3 急性肺血栓塞栓症の臨床重症度分類 血行動態 心エコー上 右心負荷 心停止あるいは循環虚脱 あり 不安定 ショックあるいは低血圧(定義: 新 た に 出 現 し た 不 整 脈, 脱 水, 敗血症によらず,15 分以上継続 する収縮期血圧< 90mmHg ある いは≧ 40mmHg の血圧低下) あり 安定(上記以外) あり 安定(上記以外) なし Cardiac arrest Collapse Massive (広範型) Submassive (亜広範型) Non-massive (非広範型) 表 4 早期死亡率に従ったリスク層別化(ESC 2008 Task Force) 早期死亡率 リスク リスク指標 臨床的(ショ 右心機能 心筋損傷 ックや低血圧) 不全 治療法 血栓溶解療 法あるいは 血栓摘除術 高リスク群 (> 15%) + 中リスク群 (3 ~ 15%) - + + - + - + 入院加療 低リスク群 (< 1%) - - - 早期退院 あるいは 外来治療 * (+) * (+) *ショックや低血圧の存在下では高リスクに分類するために右 心機能不全や心筋損傷の有無を確認する必要はない (文献 33 より抜粋改変) 30%と高いが,十分に治療を行えば 2 ~ 8%まで低下す るとされ,早期診断,適切な治療が大きく死亡率を改善 することが知られている 34),35). ICOPER ( International Cooperative Pulmonary Embolism Registry) の 結 果 で は, 急 性 肺 血 栓 塞 栓 症 2,454 例のうち,致死的肺血栓塞栓症は 7.9%であり,す べての原因を含めると 2 週間での死亡率が 11.4 %,3 か 月間での死亡率は 17.5%であった 36).発症時の血行動態 るいは収縮期血圧 90mmHg 未満あるいは 40mmHg 以上 不安定例での死亡率は 58.3%であったのに対し,安定例 の血圧低下が 15 分以上継続するもの) では 15.1%であった.死亡原因は肺血栓塞栓症によるも 亜広範型(submassive):血行動態安定(上記以外)か のが 45.1%,癌によるものが 17.6%であった.死亡の独 つ心エコー上右心負荷がある症例. 立規定因子としては,心エコーの右室機能低下,70 歳 非広範型(non-massive):血行動態安定(上記以外)か 以上の高齢,癌,うっ血性心不全,慢性閉塞性肺疾患, つ心エコー上右心負荷のない症例. 低血圧(収縮期血圧< 90mmHg),頻呼吸であった. 2008 年 の European Society of Cardiology(ESC) の これ以外にも右心内浮遊血栓の存在 37)や卵円孔開 Task Force では,さらに早期死亡率に影響を与える因子 存 31),さらに最近ではトロポニン値の上昇 38)は予後不 として心筋マーカー上昇の有無などを加え,早期死亡の 良因子とされる.また,致死的肺血栓塞栓症では,75 高リスク群,中リスク群,低リスク群という重症度分類 %は発症から 1 時間以内に死亡,残りの 25 %は発症 48 を提唱している(表 4)33) 時間以内に死亡するとの報告もある 39). 6 予後と経過 ①急性期予後 ②慢性期予後と経過 肺塞栓症研究会共同作業部会調査では,1994 年 1 月か ら 1997 年 10 月までに登録された 533 例中,2001 年 3 月 肺塞栓症研究会共同作業部会では,後ろ向き検討では まで追跡調査可能であった急性肺血栓塞栓症 219 例につ あるものの,日本におけるまとまった症例数についての いて,追跡中の死亡例は 25 例で,死因としては,悪性 予後調査を報告している.この中で,急性肺血栓塞栓症 腫瘍が 16 例と最も多く,肺血栓塞栓症は 1 例のみであ 309 例の死亡率は 14%,心原性ショックを呈した症例で った.生存率は,男性が 58.9%,女性が 79.1%と予後に は 30%(うち血栓溶解療法を施行された症例では 20%, 有意差を認めた.再発例は,12 例(5.5 %)であり,急 施行されなかった症例では 50%),心原性ショックを呈 性期を除くと 5 例(2.3 %)であった.再発 5 例のうち, さなかった症例では 6%であった 10).また,欧米のデー 3 例では抗凝固療法が継続されていたが,2 例は中止さ タによれば,診断されず未治療の症例では,死亡率は約 れており,1 例は死亡した.追跡期間中の肺高血圧出現 7 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) は 3.7%に認められたとしている 40). 高血圧症を合併し,労作時の息切れなどの臨床症状が認 欧米における治療後の残存血栓の追跡調査について められる症例が存在し,これを慢性血栓塞栓性肺高血圧 UPET(Urokinase Pulmonary Embolism Trial)では,肺 症(Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension: 血流シンチグラムで血流欠損像の完全正常化が得られた CTEPH)という.CTEPH はその臨床経過により,過去 症例は,5 日後に 36%,14 日後に 52%,3 か月後に 73%, に急性肺血栓塞栓症を示唆する症状が認められる反復型 1 年後に 76%であり,1 年後にも 24%の症例で血栓残存 と明らかな症状のないまま病態の進行がみられる潜伏型 が認められると報告している 41) .また,Paraskos らは に分けられる.CTEPH は,軽症では抗凝固療法を主体 60 症例を平均 29 か月間(1 ~ 7 年間)追跡し,12%で残 として病態の進行を防ぐ内科治療が有効な場合がある 存血栓を認めた 42).米国においては,肺血栓塞栓症の生 が,高度肺高血圧合併例では内科的治療に限界があり, 存例のうち慢性血栓塞栓性肺高血圧症に移行するのは 予後不良とされてきた 49),50).近年,このような症例で 0.1 ~ 0.5%とされていたが も手術(肺血栓内膜摘除術)により QOL や生命予後の改 ,最近の報告では 2 年間 43),44) で 3.8%との報告もある 45). エコノミークラス症候群 7 善が得られる症例の存在が明らかとなり 43),44),48),51)−57), 正確な診断と手術適応を考慮した重症度評価が重要であ る.なお,CTEPH の同義語には,本症を厚生労働省が エコノミークラス症候群は,航空機利用に伴って生じ 治療給付対象疾患に指定したときに命名した特発性慢性 た静脈血栓塞栓症を指す名称である.長時間の同一姿勢 肺血栓塞栓症(肺高血圧型)がある. や機内の低湿度,脱水傾向などが原因として考えられて いる.パリ,シャルルドゴール空港における調査では, 2 疫学的事項 飛行距離が 2,500km 未満での発症例はなかったのに対 我が国では急性例および慢性例を含めた肺血栓塞栓症 し,10,000km 以上では 100 万人あたり 4.77 人が発症し, の発生頻度は,欧米に比べ少ないと考えられている.少 飛行距離が長くなるほど発症率が高いことが示され し古い報告ではあるが,日本病理剖検輯報にみる病理解 た 46) .日本における調査としては,(財)航空医学研究 剖を基礎とした検討でも,急性肺血栓塞栓症の発生率は センターの三浦らによるアンケート調査があり,エコノ 米国の約 1/10 である 58).急性肺血栓塞栓症の多くは, ミークラス症候群 44 例(確定診断 42 例・強い疑診例 2 例, 急性期を脱すれば自然寛解する.しかし抗凝固療法を主 男性 3 例・女性 41 例)で,平均年齢 61.0 ± 9.9 歳,平均 体とした治療で急性例 43 例の経過をみた Paraskos らの 搭乗時間 11.6 ± 1.6 時間,座席はエコノミークラス 31 例, 報告では,血栓の残存が 12 %にみられ,うち慢性例へ ビジネスクラス 6 例,不明 7 例,うち死亡 4 例であった. の移行が 1 例であった 42).米国では,急性肺血栓塞栓症 座席位置は窓側 11 例,中側 8 例,通路側 6 例,離席回数 の年間発生数が 50 ~ 60 万人と推定されており,急性期 0.5 ± 0.8 回であったと報告している.日本における発症 の生存症例の 0.1 %~ 0.5 %が CTEPH へ移行するものと 頻度は 1999 年で 1,000,000 人あたり 0.18 人と極めてまれ 推定されていた 43),44).しかし,最近,急性例の 3.8%が であった 47).しかし,静脈血栓塞栓症は,エコノミーク 慢性化したと報告され,急性肺血栓塞栓症例では,常に ラスに限らず,ビジネスクラスでも生じること,さらに 本症への移行を念頭に置くことが重要である 45). は,航空機に限らず長時間の移動の場合には,自動車, 我が国では,1997 年に厚生労働省(旧厚生省)特定 列車,船舶などでも起こり得ることより,本来は,旅行 疾患呼吸不全調査研究班が,本症の診断基準を定め 59), 者血栓症(traveller’s thrombosis)と呼ぶのが適当である. 全国調査を行った.その結果,当時の本症の全国推計患 2 慢性肺血栓塞栓症 者数は,450 人(95 %信頼区間 360 ~ 530 人)と報告さ れた 60),61).またその後本症は難病に指定されたことか ら毎年疫学調査が行われており,2006 年度の治療給付 1 疾病の定義・概念 個人票の解析では,我が国の症例は,女性に多く(女 慢性肺血栓塞栓症は,器質化血栓により肺動脈が慢性 2.8:男 1),年齢は 62 ± 13 歳であった.40 代以上では 閉塞することにより発症する.慢性とは我が国では 6 か 女性に多く,若年者では性差は認められなかった 62). 月以上にわたって肺血流分布ならびに肺循環動態の異常 が大きく変化しない病態と定義されている 48).慢性肺血 栓塞栓症には肺動脈の多くが血栓性閉塞し,この結果肺 8 対象者は 800 名であった.そのうちの 520 名の臨床調査 3 成因 本症の正確な発症機序は未だ明らかでなく,通常欧米 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン では,急性肺血栓塞栓症例からの移行を想定している. る.肺高血圧の合併により右心不全症状を来たすと,腹 しかし,我が国では急性例に比して慢性例の発生頻度が 部膨満感や体重増加,下腿浮腫などがみられる. 高いこと,深部静脈血栓症の頻度が低いことなどから, 身体所見としては,低酸素血症の進行に伴いチアノー 急性例からの移行とは異なった発症機序の存在も考えら ゼ,および過呼吸,頻脈がみられる.下肢の深部静脈血 れる.我が国の全国調査においては,急性肺血栓塞栓症 栓症を合併する症例では,下肢の腫脹や疼痛が認められ の既往は 29 %,深部静脈血栓の合併頻度は 28 %に過ぎ る.また,右心不全症状を合併すると,肝腫大および季 なかった 61) .CTEPH の基礎疾患として,血液凝固異常 14.6%(そのうち抗リン脂質抗体症候群 75%),心疾患 12.8 %,悪性腫瘍 9.8 %などが認められたが,43.9 %の 症例では明らかな基礎疾患が認められなかった.また深 肋部の圧痛,下腿浮腫なども認められるようになる. 5 診断 後述する特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)の診 部静脈血栓症の危険因子として,抗リン脂質抗体の他, 断の手引きをもとに診断するが,造影 CT は本症におい アンチトロンビン・プロテイン C・プロテイン S などの て区域,葉動脈,主肺動脈の血栓性塞栓を検出し,手術 欠乏症も報告されているが,その頻度も多くはなかった. 適応の判定や効果の予測に有用との報告がなされてい 最近,米国では,本症の血中には溶けにくいフィブリン る 67).しかし亜区域レベルの評価など手術適応決定の際 が存在することが報告され,慢性化の一因として注目さ には,肺動脈造影が必要とされる. れている 63) . CTEPH では,急性肺血栓塞栓症を示唆する時期があ っ た 後 数 か 月 か ら 数 年 の 無 症 状 期 間(honeymoon 43) 6 予後 Riedel ら の 報 告 で は, 安 定 期 の 平 均 肺 動 脈 圧 が 30 period)がみられる症例もあり ,この期間の肺高血圧 mmHg を超える症例では,その後,肺高血圧症の進展が 症の進展の機構は不明である.肺血管床は線溶能が高く, みられたが,平均肺動脈圧が 30 mmHg 以下の症例では, ほとんどの新鮮血栓性塞栓を処理する能力があるが,血 肺高血圧症の進展はみられなかった.5 年生存率は,平 栓反復,肺動脈内での血栓の進展などに加え,何らかの 均肺動脈圧が 40 mmHg を超える症例で 30%,50 mmHg 機序で血栓の処理ができない場合,器質化が進行すると を超える症例で 10 %であった 49).我が国における慢性 考えられる.これに関しては最近, (1)肺動脈性肺高血 肺血栓塞栓症の報告でも,安定期の平均肺動脈圧が 30 圧症でみられる細いレベルでの血管病変, (2)血栓を認 mmHg 以下の例では 5 年生存率は 100%と良好であった. めない部位の増加した血流に伴う血管病変, (3)血栓に 全 肺 血 管 抵 抗 を 指 標 と し,CTEPH を < 500,500 ~ よって閉塞した部位より遠位における気管支動脈系との 1,000,1,000 ~ 1,500,1,500 < dyne・sec・cm −5 の 4 群 吻 合 を 伴 う 血 管 病 変 な ど の 存 在 か ら,small vessel に分類すると,それぞれの 5 年生存率は,100%,88.9%, disease という概念も導入されてきている .特発性肺 52.4%,40.0%で,全肺血管抵抗値は予後推定に有用で 動脈性肺高血圧症では,BMPR2 遺伝子の変異が報告さ ある 50). 64) れているが,本症の肺組織において,Angiopoetin-1 の mRNA の 発 現 が 亢 進 し, 肺 血 管 抵 抗 と 相 関 し, ま た BMPR1-A の発現が低下していることも報告されてい る 65) 7 治療 内科治療例の予後は不良であることから,付着血栓が .さらに我が国では,深部静脈血栓症の頻度が低い 手術的に到達可能であり,他の重要臓器に大きな障害が HLA-B 5201 や HLA-DPB1 0202 と関連する病型がみら なければ後述する肺動脈血栓内膜摘除術の適応を考慮す れるとの報告もある 66).今後 CTEPH 発症機序の解明が る 43),44),48),51)−57).我が国の成績でも,付着血栓の近位 進むことが期待される. 端が葉動脈,本幹にある例での手術成功例では著明な肺 * 4 * 臨床症状 血行動態,QOL,予後の改善が得られている 53)−57).ま た区域に限局する例においても,手術で肺血行動態や 自覚症状として本症に特異的なものはないが,労作時 QOL が改善することが報告されている 55),57).非手術適 の息切れは必発といってよい.反復型では,突然の呼吸 応症例については,肺動脈性肺高血圧症に使用される薬 困難や胸痛を反復して認める.一方,反復の明らかでな 物を使用し,有効であったとの報告もみられるようにな い潜伏型では,徐々に労作時の息切れが増強してくる. ったが,その評価は定まっていない 56),57),68)−70).英国で この他,胸痛,乾性咳嗽,失神などもみられ,特に肺出 は 2003 年以後の内科治療例の予後が改善したと報告さ 血や肺梗塞を合併すると,血痰や発熱を来たすこともあ れた 71). 9 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 3 深部静脈血栓症 1 定義 成が成立する. ②危険因子 深部静脈血栓症の発生は,誘発因子である 3 つの成因 によるが,発症にかかわる危険因子は多数証明されてい 四肢の静脈には筋膜より浅い表在静脈と深い深部静脈 ) る 72),73(表 5).3 つの成因が様々な程度で個々の危険因 があり,急性の静脈血栓症は深部静脈の深部静脈血栓症 子に関与し,通常,複数の危険因子が作用して発症する. と表在静脈の血栓性静脈炎を区別する.深部静脈血栓症 患者の発症リスクを判定するには,複数の危険因子とそ は,発生部位(頸部・上肢静脈,上大静脈,下大静脈, の成因を考慮した定量的解析法が必要である 73).欧米で 骨盤・下肢静脈)により症状が異なる.欧米では,発生 は,2001 年,院内発症を予防するため,基本的危険因 頻度の高い下肢の深部静脈に発生するものを深部静脈血 子の総リスク度を 4 段階に評価し,他の付加的危険因子 栓症としている 72).ここでは,四肢の深部静脈,特に発 の強度を 3 段階で考慮して,最終判定するガイドライン 生頻度の高い骨盤・下肢静脈の急性期深部静脈血栓症を が公表された 83)−86).我が国でも,2004 年,このガイド 中心に取り上げる. ラインが採用された 87).今後,ガイドラインの有効性を 検証する必要がある 73). 疫学 2 深部静脈血栓症の発生頻度は,診断の根拠となる症候 ③発生部位 や検査により異なり,剖検では疫学調査より約 50 %多 深部静脈血栓症は,頸部・上肢静脈では,内頸静脈や .剖検の発生頻度は,欧米では病院死亡の 24 ~ 60 鎖骨下静脈への輸液路やペースメーカなどカテーテル留 %であるが,我が国では 0.8%とされている 74)−76).疫学 置により医原性に発生するのが大部分であり,一部に胸 調査の発生頻度は,我が国では,1988 年,厚生省特定 郭出口症候群に起因する Paget-Schroetter 症候群がある. い 73) 疾患系統的脈管障害調査研究班により年間 650 例とさ 上大静脈では,上大静脈症候群として,縦隔腫瘍による れ 77),また 1997 年,日本静脈学会静脈疾患サーベイ委 圧迫が主な原因となる.下大静脈では,骨盤・下肢静脈 員会から年間 506 例との報告がある から進展する場合が多いが,一部に下大静脈フィルター .しかし,2006 78) 年の肺塞栓症研究会の短期アンケート調査では,年間 血栓や Budd-Chiari 症候群がある.骨盤・下肢静脈では, 14,674 例と推計された .この発生頻度は年間 10 万人あ 骨 盤 部 か ら 先 天 性 iliac band や web, 腸 骨 動 脈 に よ る 2) たり 12 例となり,この 10 年間に約 30 倍増加したことに iliac compression などの静脈圧迫,大腿部からカテーテ なる.一方,米国では,深部静脈血栓症が毎年 116,000 ルの穿刺や留置,下腿部から運動制限下臥床により発生 から 250,000 例発生し 79),80),1976 年から 2000 年の論文 するが,下腿部が大部分を占める 73),88).下腿部では, 解 析 か ら, 発 生 頻 度 は 年 間 10 万 人 あ た り 50 例 で あ 膝窩静脈捕捉症候群が関与することもある 89).下腿部で る 81).我が国の発生頻度は,近年,欧米の約 1/4 まで急 増した. 3 成因と危険因子 ①成因 静脈血栓の形成には,静脈の内皮障害,血液の凝固亢 進,静脈の血流停滞の 3 つの成因がある 82).内皮障害で は,好中球から誘導されるサイトカインや組織因子によ る内皮機能不全が凝固亢進を促進して,血栓形成が成立 する.凝固亢進では,凝固系や線溶系における制御機構 の破綻に伴う凝固系の持続的な促進状態により,血栓形 成が成立する.血流停滞では,好中球の内皮接着や内皮 の低酸素状態が促進されるが,単独では十分条件とはな らず,内皮障害や凝固亢進の必要条件のもとで,血栓形 10 表 5 深部静脈血栓症の危険因子 事項 危 険 因 子 背景 加齢 長時間座位:旅行,災害時 病態 外傷:下肢骨折,下肢麻痺,脊椎損傷 悪性腫瘍 先天性凝固亢進:凝固抑制因子欠乏症 後天性凝固亢進:手術後 心不全 炎症性腸疾患,抗リン脂質抗体症候群,血管炎 下肢静脈瘤 脱水・多血症 肥満,妊娠・産後 先天性 iliac band や web,腸骨動脈による iliac compression 静脈血栓塞栓症既往:静脈血栓症・肺血栓塞栓症 治療 手術:整形外科,脳外科,腹部外科 薬剤服用:女性ホルモン,止血薬,ステロイド カテーテル検査・治療 長期臥床:重症管理,術後管理,脳血管障害 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン の初発部位は,多くがひらめ筋内静脈である 72),90).ひ らめ筋内の静脈群はひらめ筋静脈と総称され,内側部・ 中央部・外側部から還流する.通常,中央部が最大で, 在が証明されている 93). 5 病型と病期 内方と外方からの合流分枝を持つ 91)−94).ひらめ筋静脈 骨盤・下肢静脈の深部静脈血栓症では,病型は膝窩静 血栓症は,大部分中央部から発生し,多くは数日で消失 脈から中枢側の中枢型(腸骨型,大腿型)と,末梢側の するが,約 30%が数週以内に中枢側に進展する 91). 末梢型(下腿型)を区別する.ここでは,深部静脈血栓 症を臨床症状と静脈還流障害から,急性期と慢性期に区 病態 4 別する.急性期の症候の発現には,血栓の進展速度と静 脈の閉塞範囲が関与する.急性静脈還流障害として,中 ①血栓形成と血栓加齢 枢型では三大症候である腫脹,疼痛,色調変化が出現す 静脈血栓の局在的病態として,血栓形成,その後の血 る.中枢型の腸骨型では,急速発症した広範閉塞の場合 栓進展には,内皮のセクレチンとその受容体,および血 には静脈の高度還流障害に伴う動脈灌流障害により静脈 流中の血小板由来微小粒子や組織因子の関与が示され 性壊死となることがある.臨床的重症度として,有痛性 た 82),95),96),99),100).一方,血栓形成後の溶解や退縮には, 白 股 腫, 有 痛 性 青 股 腫, 静 脈 性 壊 死 の 分 類 が あ る 各種サイトカインが複合的に関与することが判明し が 72),101),有痛性白股腫はまれであり,有痛性腫脹,有 た 82),92),93),97),98).静脈血栓は,数日以内に炎症性変化に 痛性変色腫脹(白股腫,青股腫),静脈性壊死と分類す よ り 静 脈 壁 に 固 定 さ れ, 以 後 器 質 化 に よ り 退 縮 す るのが実際的である.一方,末梢型では,主に疼痛であ る 72),73) .静脈弁は炎症性変化や器質化により障害され 72),73) るが,無症状が多い.理学的所見では,直接所見である .血栓性閉塞 血栓化静脈の触知や圧痛とともに,間接所見である下腿 の血流再開は,急性期には溶解や退縮が中心で,慢性期 筋の硬化が重要である 72),101).慢性期の再発では,急性 には器質化や再疎通が重要となる.静脈血栓は,膝窩静 と慢性の還流障害が混在した症候となる.慢性還流障害 脈より末梢側では,数日から数週で消失するものが多い. による静脈瘤,色素沈着,皮膚炎に加えて,急性還流障 しかし,膝窩静脈より中枢側では,1 年以内には約半数 害の症候が出現する.理学的所見では,下腿筋の硬化や が退縮するが,消失するものはまれで索状物として残存 圧痛が重要となる 72),101). るが,一部では弁機能が保持される する 99) . ②中枢進展と塞栓化 6 予後と再発 骨盤・下肢静脈の深部静脈血栓症は,自然予後と比較 深部静脈血栓症では,血栓の中枢端が塞栓,あるいは して,早期の適切な治療により予後が改善する 102).急 塞栓源となる.通常,発生部位から中枢進展する過程で 性期予後に関係する病態には,急性静脈還流障害,急性 進展血栓が塞栓化するが,関節周囲や下腿筋ポンプ内の 肺血栓塞栓症,動脈塞栓症がある.急性還流障害は,通 ような特殊な状況では,進展血栓が容易に塞栓化するた 常,数日から数か月で消失し,静脈性壊死はまれであ め中枢進展のない反復性となる.血栓の組成により,白 る 72),101).急性肺血栓塞栓症は,最も重篤な病態であ 色血栓や混合血栓は静脈壁に固定されやすいが,赤色血 り 73),80),一次予防,二次予防が重要である.また,動 栓は固定されにくく塞栓化する傾向が強い 100).骨盤・ 脈塞栓症は,卵円孔開存が原因であり,その早期診断が 下肢静脈では,塞栓化は,仰臥位や座位では股関節や膝 必要である 31).慢性期予後に関係する病態には,血栓後 関節の運動により血栓が剥離され,また,立位では歩行 症候群,深部静脈血栓症再発,慢性肺血栓塞栓症,動脈 運動に伴う下腿筋ポンプ作用により血栓が駆出されるも 塞栓症がある 72),73),101).血栓後症候群には,急性還流障 のと考えられる 92).塞栓化の時期は,発生や進展から 1 害から移行するものと一旦症候が消失した後に発症する 週間以内が多いが,中枢端の血流状況により反復性とな ものがある.血栓化範囲と関係があり,中枢型では約 る 90),93) .肺血栓塞栓症の重症度は,塞栓の大きさと頻 40%で発症する 72),103).深部静脈の閉塞や弁不全は静脈 度が関係する.重症例は,膝窩静脈から中枢側の塞栓源, 高血圧の原因とはなるが,血栓後症候群の発症とは一致 特に大腿静脈に多いが,末梢側でも発生する 90),92),93). せず 73),患者の生活環境や穿通枝や表在静脈の弁不全が 孤立性のひらめ筋静脈血栓症でも報告がある 90).一方, 関与する.深部静脈血栓症の再発は,急性期の再燃だけ 塞栓源の 30 ~ 60%は不明とされているが 72),73),無症候 でなくより高率に血栓後症候群を発症し 104),新たな肺 性でも剖検により骨盤・下肢静脈に新・旧の塞栓源の存 血栓塞栓症や動脈塞栓症を続発する.抗凝固療法の未施 11 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 行では,約 30%で再発する 105).抗凝固療法後の再発では, 血栓性素因の検索が必要である 106),107) .再発予防には, 患者の生活環境を考慮した運動圧迫療法の継続が重要で ある.抗凝固療法では,少なくとも 3 か月から 6 か月間 の継続が必要であるが,患者の危険因子(可逆性,特発 性,永続性)を考慮した投与期間の設定が重要とな る 73),107).抗凝固療法の終了には,D ダイマーの正常化 が参考となる. Ⅱ 1 各 論 表 6 急性肺血栓塞栓症の自覚症状 症状 呼吸困難 胸痛 発熱 失神 咳嗽 喘鳴 冷汗 血痰 動悸 長谷川ら (n=224) 171(76%) 107(48%) 50(22%) 43(19%) 35(16%) 32(14%) 19(8%) 記載なし 記載なし 肺塞栓症研究会 (n=579) 399/551(72%) 233/536(43%) 55/531(10%) 120/538(22%) 59/529(11%) 記載なし 130/527(25%) 30/529(6%) 113/525(22%) (文献 10,110-112 より改変引用) 急性肺血栓塞栓症 難で,危険因子がある場合には急性肺血栓塞栓症を鑑別 診断に挙げなくてはならない.心肺疾患を有する患者で 1 は呼吸困難が以前より増強してくる.胸痛は次に頻度の 診断 多いものである.胸膜痛を呈する場合と,胸骨後部痛の 診断に対する基本的考え方:本疾患は致死性の疾患で ことがあり,前者が末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞に起 あり,我が国では心筋梗塞より死亡率が高い(急性肺血 因するもの,後者は中枢肺動脈閉塞による右室の虚血に 栓塞栓症 11.9% ,急性心筋梗塞 7.3% 108) 109) ).急性肺血 よるものと考えられている.呼吸困難と胸痛を示す疾患 栓塞栓症は死亡率が高い疾患であり,死亡は発症後早期 として,気胸,肺炎,胸膜炎,慢性閉塞性肺疾患,慢性 に多い.それゆえ,本疾患を疑った場合は,できるだけ 閉塞性肺疾患の悪化,肺癌などの肺疾患,心不全を鑑別 早急に診断するように心がけるべきである.本症の診断 する必要がある.失神も重要な症候で中枢肺動脈閉塞に を難しくしているのは症状,理学所見,一般検査で本症 よる重症例に出現し労作性に起こり,急性血栓肺塞栓症 に特異的なものがないことによる.それゆえ,これらの は失神の鑑別疾患として忘れてはならない.咳嗽,血痰 非特異的所見から本症の存在を疑う臨床的センスが要求 も少なからず認められ,動悸,喘鳴,冷汗,不安感が認 される.他の疾患で説明できない呼吸困難では本症も鑑 められることもある.血痰は末梢肺動脈の閉塞による肺 別すべきである.一方,肺疾患,心疾患を有する患者は 梗塞によって起こる. 本症のリスクが高く予備能が低いので重症化しやすい このように症状単独では本症に結びつけることの困難 が,この様な例では特に肺血栓塞栓症の診断が難しい. なポピュラーなものばかりである.しかし,総論で取り 呼吸困難が増悪し,原疾患に対する治療への反応が不良 上げた基礎疾患,誘因に加え発症状況を判断材料に用い の場合や否定された場合には,本症も思い浮かべる必要 れば診断精度は向上する.特徴的発症状況としては安静 がある. 解除直後の最初の歩行時,排便・排尿時,体位変換時が ①症状 急性肺血栓塞栓症と診断できる特異的な症状はなく, 12 ある. ②診察所見 このことが診断を遅らせる,あるいは診断を見落とさせ 頻呼吸,頻脈が高頻度に認められる 111),114).ショック る大きな理由の 1 つとなる.逆に急性肺血栓塞栓症と診 で発症することもあり,低血圧を認めることもある.肺 断された症例の 90 %は症状より疑われており,診断の 高血圧症に基づく所見としてはⅡ p 音亢進が主な所見で 手がかりとして,症状の理解は重要である.誘因があり 右室拍動を認めることもある.右心不全を来たすと頸静 疑わしい症状が認められる場合には,過剰診断を恐れる 脈の怒張や右心性Ⅲ音,Ⅳ音を認める.肺梗塞を合併す ことなく検査を進める必要がある.表 6 に代表的な自覚 ると不連続性ラ音を聴取することがあり,胸水貯留によ 症状を示す 10),110)−112).呼吸困難,胸痛が主要症状であり, り打診で濁音となり清音伝導が低下する.深部静脈血栓 呼吸困難,胸痛,頻呼吸のいずれかが 97 %の症例でみ 症に基因する所見としては下腿浮腫,Homans 徴候など られたとする報告もある 113).呼吸困難は最も高頻度に がある. 認められ,他に説明ができない呼吸困難,突然の呼吸困 *臨床的に見た疾患可能性(clinical probability) 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン まだ,日本では十分に普及していないが,ベイズ統計 学を用いて,検査前の疾患可能性(検査前確率 pretest probability あるいは事前確率 prior probability)が検査法 83.4%)であった 117). ③検査 の結果でどのように変化するか(検査後確率 posttest ①スクリーニング検査 probability あるいは事後確率 posterior probability)を推 ①一般検査 定する方法が診断に取り入られてきている.特に,静脈 一般血液検査では特異的な所見はない.胸部 X 線写真 血栓塞栓症ではその研究が進んでいる. では 7 割に心拡大や右肺動脈下行枝の拡張が見られる. この方法を用いるときの基礎データである臨床的に見 た疾患可能性評価法として,Wells スコア 116) 115) とジュネー ブ・スコア (および改訂ジュネーブ・スコア 117) )が また,1/3 には肺野の透過性亢進が認められる 119).肺梗 塞を起こすと肺炎様浸潤影や胸水が見られる.しかし, 診断に直接結びつく特異的所見はない.心電図としては 有名である(表 7) .277 例での検討では Wells スコアと 右側胸部誘導の陰性T波,洞性頻脈を高頻度に認め,S ジュネーブ・スコアによって肺血栓塞栓症の可能性が低 Ⅰ Q Ⅲ T Ⅲ,右脚ブロック,ST 低下,肺性 P,時計方向 いとされた群での肺血栓塞栓症の頻度はそれぞれ 12 % 回転も出現する.また,右軸偏位,ST 上昇が見られる (95 %信頼区間:7 ~ 17 %),13 %(95 %信頼区間:8 ~ こともある 119).しかしながら,本症に特異的な心電図 18%),可能性が中等度の群ではそれぞれ 40%(95%信 所見は存在しない. 頼区間:31 ~ 50%),38%(95%信頼区間:29 ~ 47%), ②動脈血ガス分析 可能性が高度の群ではそれぞれ 91 %(95 %信頼区間: 低酸素血症,低二酸化炭素血症,呼吸性アルカローシ 59 ~ 100%),97%(95%信頼区間:35 ~ 90%)であり, スが特徴的所見である.PaO2 が 80Torr(mmHg)未満, Wells スコアとジュネーブ・スコアの肺血栓塞栓症予測 肺胞気 - 動脈血酸素分圧較差(AaDO2)も開大すること に対する正確さは同等であると報告された 118).749 例で が多いが,PaO2 が 80Torr 以上や AaDO2 が 20Torr 以下で の改訂ジュネーブ・スコアの妥当性の検討では,肺血栓 あっても本症は否定できない.末梢酸素飽和度(SpO2) 塞栓症の可能性が低いとされた群での肺血栓塞栓症の頻 の測定は簡便であり,頻回にあるいは持続して非侵襲的 度は 7.9 %(95 %信頼区間:5.0 ~ 12.1 %),可能性が中 に実施できる利点があるため,特に周術期管理でのスク 等度の群では 28.5 %(95 %信頼区間:24.6 ~ 32.8 %), リーニング法としては役立つ. 可能性が高度の群では 73.7 %(95 %信頼区間:61.0 ~ 表 7 肺血栓塞栓症の可能性予測 Wells スコア PE あるいは DVT の既往 心拍数>毎分 100 最近の手術あるいは長期臥床 DVT の臨床的徴候 PE 以外の可能性が低い 血痰 癌 臨床的可能性 低い 中等度 高い + 1.5 + 1.5 + 1.5 +3 +3 +1 +1 0~1 2~6 7 以上 ジュネーブ・スコア PE あるいは DVT の既往 心拍数>毎分 100 最近の手術 年齢(歳) 60 ~ 79 80 以上 動脈血二酸化炭素分圧 < 36mmHg 36 ~ 38.9mmHg 動脈血酸素分圧 < 48.7mmHg 48.7 ~ 59.9mmHg 60 ~ 71.2mmHg 71.3 ~ 82.4mmHg 無気肺 一側の横隔膜挙上 臨床的可能性 低い 中等度 高い +2 +1 +3 +1 +2 +2 +1 +4 +3 +2 +1 +1 +1 0~4 5~8 9 以上 改訂ジュネーブ・スコア 66 歳以上 PE あるいは DVT の既往 1 か月以内の手術,骨折 活動性の癌 一側の下肢痛 血痰 心拍数 75 ~ 94 bpm 95 bpm 以上 下肢深部静脈拍動を伴う痛みと浮腫 臨床的可能性 低い 中等度 高い +1 +3 +2 +2 +3 +2 +3 +5 +4 0~3 4 ~ 10 11 以上 PE:肺血栓塞栓症,DVT:深部静脈血栓症(文献 115 − 117 より引用) 13 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ③ D ダイマー 図 5 定量迅速 ELISA 法の検査前確率と検査後確率の関係 D ダイマーはフィブリン分解産物の集まりである.こ 1.0 の分解産物は単一の成分ではなく,様々なサイズの異な 検査後確率 0.8 った構成成分から成り,個人差や病状による差もある. 分解産物の測定部分(DD フラグメント,DD/E フラグ メント)は測定法によって異なる.これらの理由から, 標 準 試 薬 を 用 い た D ダ イ マ ー の 国 際 標 準 化 standar- 陽性尤度比=1.70 0.6 陰性尤度比=0.09 0.4 dization は断念され,測定法間の協調 harmonization が図 られる予定である 120).また表示単位もフィブリノーゲ ン相当量,D ダイマー値,DD/E 単位など一定でない. 測定法(ELISA 法,ラテックス比濁法など)や試薬 により最低検出感度,測定限界,再現性など性能に差が あるため,静脈血栓塞栓症疑い患者での検査法間の性能 評価が行われている 121).特に,ELISA 法は高い感度を 有している.DIC での利用される測定範囲とは全く異な ることも注意が必要である.つまり DIC 診断で求めら れる検査性能と静脈血栓塞栓症診断で求められる検査性 能は異なる. 肺血栓塞栓症診断へは,診断の除外に利用される.前 0.2 0.0 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 検査前確率 Wells スコア,ジュネーブ・スコアおよび改訂ジュネーブ・ス コアで肺血栓塞栓症の可能性が低いとされた場合,疾患確率は 陰性の場合それぞれ 12% → 1.2%,13% → 1.3%,7.9% → 0.8% に変化し,陽性の場合には 18.8%,20.3%,12.7% に変化する. 可 能 性 が 中 等 度 の 場 合, 検 査 が 陰 性 の 場 合 そ れ ぞ れ 40% → 5.7%,38% → 5.2%,28.5% → 3.4% に変化し,陽性の場 合には 53.1%,51.0%,40.4% に変化する . 可能性が高い場合, 検 査 が 陰 性 の 場 合 そ れ ぞ れ 91% → 47.6%,97% → 74.4%, 73.7% → 20.1% に 変 化 し, 陽 性 の 場 合 に は 94.5%,98.2%, 82.7% に変化する .Wells スコアで肺血栓塞栓症の可能性が中等 度の場合の確率変化を矢印で表示した . 述した検査前確率の概念を用いると,この確率が高くな い場合に D ダイマー検査は利用価値が高い.それは,検 ②画像診断 査が陰性の場合には検査後確率が大幅に低下し静脈血栓 スクリーニング検査に引き続き,より特異度の高い検 塞栓症を除外でき,陽性の場合には逆に検査後確率が非 査を施行する.これらの検査の目的は塞栓子の証明(確 常に高くなるからである.一方,検査前確率が高い場合 定診断),右心負荷の評価,深部静脈血栓の検索である. には D ダイマー検査は利用価値が下がる.検査前確率が ①肺動脈造影(DSA を含む)と心臓カテーテル検査 高い場合に D ダイマーが基準値を超えても検査後確率 肺動脈造影は未だに急性肺血栓塞栓症確定診断の gold はほとんど上昇せず,基準値内では検査後確率は下がる standard で あ る. 直 接 所 見 と し て 造 影 欠 損(filling がさらなる精査を中止してよいレベルには達しない.そ defect),血流途絶(cut off),間接所見として血流減弱 れゆえ,検査前確率が高ければ,D ダイマー測定結果に (oligemia),充満遅延(filling delay)がある.選択的肺 かかわらず追加の検査が必要となる.定量迅速 ELISA 動脈注入のディジタル肺動脈造影はカット─フィルム(以 法のデータ 121)と疾患可能性の評価を組み合わせた関係 前 gold standard であったが,現在では利用することはほ を図 5 に示す とんどない)と同等の診断能を有するが 125),右房注入 122) . ラテックス法がまだ多いこと,さらに外注検査の施設 ではその精度は低下する.バルーンによって閉塞した肺 が多いため迅速な診断には利用できないことが日本での 血 管 の 遠 位 部 に 少 量 の 造 影 剤 を 注 入 す る wedged D ダイマーの問題点である 123) pulmonary angiography は末梢血栓の検出には有効であ . ④経胸壁心エコー る.PIOPED 研究に登録された症例での検討 126)では, 閉塞血管床が広範な場合には右室拡大,および心尖部 肺動脈造影の合併症として 1,111 症例中死亡 0.5 %,致 の壁運動は保たれるが右室自由壁運動が障害される,い 死的ではない重篤な合併症が 1 %,軽度の合併症が 5 % わゆる McConnell 徴候を認める.ドプラ法により推定さ に発生した.また,死亡を含む重篤な合併症は ICU 患 れる肺動脈圧も上昇する.右室機能不全が心エコー上認 者に多く,肺動脈圧,造影剤の量,最終的に肺塞栓症が 36),124) .本法により 存在するか否かとは関連がないことが示されている.ま 血栓自体を検出することはまれであるが,本疾患のスク た,肺動脈造影によって決着がつかない例が 3%,不完 リーニング法としてのみならず,右室負荷判定は重症度 全な検査は 1%に認められたが,その多くは合併症に起 判定やその後の治療方針決定に際しても有用である. 因していた.低浸透圧非イオン性造影剤の使用により造 められる例では短期予後が悪化する 影検査の安全性は向上したが,Hudson らも検査前の一 14 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 般状態不良の例では検査後の重篤な合併症が増加するこ とを報告している .彼らの対象は 1,434 例中,肺高血 127) 検)との比較では感度 92 %,特異度 87 %と計算されて いる. 圧が 28.0%,肺血栓塞栓症が 24.9%であった.重篤な合 ③ CT 併症は 0.3%に起こりその半数は呼吸不全であった.ま 単検出器 CT と比較して,4 ~ 16 列多検出器 CT(マル た,2 例では不整脈が誘発され,検査が不完全であった. チスライス CT = multi-slice CT:MSCT,multi-detector 造影と関連する死亡例はなかったが,検査後早期に 8 例 CT:MDCT)では陽性尤度比,陰性尤度比が改善して で挿管を要し,10 例が死亡した.ただし,これらの症 いる 130).亜区域枝での欠損像検出は肺動脈造影と比べ, 例は検査前から重篤な状態にあった.一方,心臓カテー 単検出器 CT では低値であるが,亜区域枝より近位部の テル検査時に得られる肺動脈圧と心拍出量は重症度判定 検 出 は 単 検 出 器 CT よ り MSCT で 高 い 131). 以 上 よ り, に有用である. CT を肺血栓塞栓症の診断に利用する場合には使用する ②肺シンチグラフィ(換気,血流) CT の種類によって差があることを考慮に入れる必要が 典型的には換気シンチグラフィで異常所見がない部位 ある. に,血流シンチグラフィで楔形の欠損像を示す.しかし MSCT の陽性尤度比は 24.1(12.4 ~ 46.7)132),MSCT ながら,特異性が低いとの批判があり,スクリーニング の陰性尤度比は 0.15(0.05 ~ 0.43)133)であり,肺血栓塞 法としての意義は認められるものの確定診断に際しての 栓症診断への強力な画像解析法であることが示されてい 肺シンチグラフィの評価は一定していない.また,換気 る.また,肺血栓塞栓症に対して実施された静脈相での シンチグラフィを緊急検査として試行できる施設は我が 下 肢 深 部 静 脈 の CT(CTV) で は 感 度 94.5 %, 特 異 度 国では極めて限定される.PIOPED Ⅱ研究での判定基準 98.2%(陽性尤度比は 52.5,陰性尤度比は 0.06 と計算さ (表 8)では,診断がシンチグラフィでは不十分とされ れる),所見の観察者間一致も中等度から非常に良好な る症例(26.5%)を除外した場合,肺塞栓症がありとさ 一致であった(κ値が 0.56 ~ 0.88)134). れたスキャンでの感度は 77.4%,肺塞栓症なしとされた 16 列 MSCT を用いた所見の観察者間一致は亜区域と スキャンでの特異度は 97.7%であった 128) .一方,PISA- それより遠位部に限定すれば中等度から非常に良好な一 PED 研究 129)では血流シンチグラフィを正常(血流欠損 致(κ値が 0.56 ~ 0.85),全観察枝では非常に良好な一 なし),ほぼ正常(血流欠損は存在するが心臓,大動脈 135) 致であった(κ値が 0.84 ~ 0.97) .また,観察者内で など胸部 X 線から予想されるサイズと一致するかそれ は完全に一致した(κ値が 1). 以下である),1 つあるいは多発性の楔形の血流欠損(PE 無作為化試験では,CT は肺血栓塞栓症を除外する方 +),楔形以外の血流欠損(PE −)に分類した.この 法として換気 - 血流シンチグラフィより劣ってはおら PE +と PE −を用いた判定では,肺動脈造影(一部は剖 ず,より多くの肺血栓塞栓症症例を診断可能であった 136) .また,MSCT を用いて肺動脈単独の評価(CTA) 表 8 改訂 PIOPED Ⅱシンチグラフィ診断基準 肺塞栓症あり(高可能性) ・2個以上の区域性換気 - 血流ミスマッチ 肺塞栓症なし(血流正常あるいは超低可能性) ・区域性でない血流異常:心や肺門の拡大,片側の横隔膜 挙上,肋骨横隔膜角の胸水,他に血流欠損のない板状無 気肺 ・対応する X 線病変より小さな血流欠損 ・2個以上の換気 - 血流ミスマッチ(ただしこの部分の胸 部 X 線は正常)を有し,他の部分に正常の血流がある ・3個以下の小欠損(区域の 25% 未満) ・1区域に限定された上肺野あるいは中肺野の1個の三重 一致欠損(換気 - 血流,レ線) ・stripe 徴候(血流欠損と近接する胸膜表面の間に縞模様 の血流集積像) ・胸腔の 1/3 以上の胸水とそれ以外の血流欠損像を伴わな い 診断が不十分(低可能性あるいは中可能性) ・その他の所見 (文献 128 より) と静脈相での下肢深部静脈の所見も取り入れた評価 (CTA-CTV)を比較した PIOPED Ⅱ研究では,感度は CTA-CTV で高く,特異度は同等であった 137). ④ MRA MRA は区域枝までの検出精度は良好で 138),非侵襲的 に実施できる.しかし,緊急検査としてできない施設が 多いこと,息止め時間が長いこと,重症例では多くの治 療機器が装着されており実施不可能なことがネックとな り利用例は限定されている. ⑤経食道心エコー 経食道心エコーも右室負荷や肺動脈主幹部と右主肺動 脈の血栓検出には役立つ.特に,血行動態が不安定な症 例や心肺停止例での迅速診断には有効である.しかし左 主肺動脈と末梢肺動脈での血栓検出は技術的に制限され る. 15 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ③重症度判定 イマー検査が陰性でも肺血栓塞栓症である確率は本疾患 ①バイオマーカー を否定できるほど低値とはならない.そのため,肺血栓 肺血栓塞栓症の重症度判定は,事前に予後推定し,治 塞栓症の可能性が高い場合は直接,診断を確定できる造 療選択を決定する上で重要である.これまで心エコーが 影 CT,肺動脈造影,肺シンチグラフィを施行すること 果たす役割が大きかったが,脳性ナトリウム利尿ペプチ が勧められる. ド,トロポニンなどのバイオマーカーは院内イベント発 臨床的に見た肺血栓塞栓症の可能性評価,D ダイマー 生の陰性適中率が高く,予後良好な患者群を区別するの 値,MSCT を使用した肺血栓塞栓症の診断・除外法の有 に有効であることが示されてきた 139),140) .一方,陽性適 効性が示されている.また,この方法が下肢静脈エコー 中率は充分ではなく,上昇するまでに発症後数時間かか も組み込んだ方法より劣ってはいないことが検証され ることが臨床で使用する際の問題点である.最近,心筋 た 147). 梗塞の急性期診断に用いられる心筋型脂肪酸結合蛋白が 主な検査法の尤度比を表 10121),130),132),148),149)に,κ値 肺血栓塞栓症の予後推定に脳性ナトリウム利尿ペプチ を表 11135),150),151)に,診断手順を図 6 に示す 122). ド,トロポニンより優れていることが報告された 141). *付録(急性肺血栓塞栓症の診断は現在でも難しく, 手術中の早期診断には酸素飽和度の低下,終末呼気二 それゆえ客観的で有効な診断ストラテジーを求めて多く 酸化炭素分圧の突然の低下が用いられる 142) .もちろん, の専門家達が苦労を重ねている.どのようにして診断ス Swan-Ganz カテーテルや経食道心エコーが術中に使用 トラテジーが作られていくかを理解するのに有用である されている場合にはこれらの情報も重要である. ため,少し難しいが「付録」としていくつかの事項を解 ②下肢深部静脈血栓症の診断 説する) 急性肺血栓塞栓症の多くは下肢静脈血栓症を血栓源と 感度,特異度は検査特性を表す指標としてよく知られ している.それゆえ,急性肺血栓塞栓症の診断時には, ているが,これらの指標は対象患者がある疾患を有して 同時に下肢深部静脈血栓の有無も必ず検索する.詳細は いるか有さないかが判っているときの検査特性として用 深部静脈血栓症・診断の項目を参照. いられる.しかし,現実には目の前にいる患者がある疾 ④血栓性素因のスクリーニング 患を有しているかどうか判らないから検査するのであっ 肺血栓塞栓症の誘因としての凝固線溶系の異常は多数 て,この指標を直接臨床的に利用することはできない. 知られている.日本人で一般的であるのは抗リン脂質抗 利用できるのは検査結果が陽性であるか陰性であるかで 体症候群,プロテイン C 欠乏症,プロテイン S 欠乏症, ある.一方,陽性尤度比,陰性尤度比は感度,特異度か アンチトロンビン欠乏症である.これらの基礎疾患は本 症の誘因としてこれまで信じられてきた頻度より高い可 能性があること,さらにこれらの凝固線溶系異常では抗 凝固療法の実施期間やコントロールの程度が異なるの で,特に若年発症例,院外発症例ではスクリーニングす る必要がある.一方,欧米で高頻度に認められる凝固第 Ⅴ 因 子 Leiden 変 異 143)や プ ロ ト ロ ン ビ ン G20210A 変 異 144)は日本での報告例がない. 検査成績を解釈する際には以下の点に注意する:プロ テイン C およびプロテイン S はワルファリン投与中には 低下するので,投与中であれば中止し,ヘパリンに切り 替えて 1 か月後に検査を行う.また,抗リン脂質抗体症 候群の診断のためには 2 回陽性となる必要がある. ⑤診断戦略 診断手順として,臨床的に見た肺血栓塞栓症の可能性 評価,D ダイマーの重要性,画像診断法としての CT の 役割が増してきた.それに伴い,日本での急性肺血栓塞 栓症の診断法(表 9)も推移してきている 10),108),145),146). 臨床的に肺血栓塞栓症の可能性が高い場合には D ダ 16 表 9 我が国における急性肺血栓塞栓症の診断法の推移 1994.1 ~ 1997.11 ~ 2000.11 ~ 2003.9 ~ 1997.10 2000.10 2003.8 2006.8 n=309 n=257 n=452 n=639 肺動脈造影 45% 57% 37% 18% 血流シンチ 74% 77% 62% 29% 換気シンチ 28% 23% 18% 11% CT 14% 58% 62% 86% MRI 2% 6% 2% 0.2% 経食道心エコー 1% 4% 1% 0.2% (文献 10,108,145,146 より引用) 表 11 主な検査法のカッパ値 PE の診断 肺シンチ 16-detector row CT 観察者間 亜区域枝とそれより遠位 全観察枝 観察者内 MRA κ値 0.22 文献 (150) 0.56 ~ 0.85 0.84 ~ 0.97 1 0.16 (135) (135) (135) (151) 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 10 主な検査法の尤度比 PE の診断 血液ガス 二酸化炭素分圧(35 torr をカット・オフ) 酸素分圧(80 torr をカット・オフ) 肺胞気 - 動脈血酸素分圧較差 (カット・オフを 20 torr とした場合) D ダイマー ELISA 迅速定量 ELISA 心エコー 経胸壁心エコー 経食道心エコー 肺シンチ 換気 - 血流シンチで高い可能性 血流シンチで PE として矛盾しない 正常あるいはほぼ正常 換気 - 血流シンチで低い可能性 血流シンチで PE らしくない CT single-detector row CT 4, 8, 16-detector row CT MRA 陽性尤度比 陰性尤度比 文献 1.02 1.07 0.98 0.79 (148)から計算 (148)から計算 1.06 0.69 (148)から計算 1.68 1.56 0.13 0.13 (121) (121) 6.2 3.6 0.35 0.36 (149) (149) 18.3 7.1 - - - - - 0.05 0.36 0.09 (132) (132) (132) (132) (132) 5.7 19.6 6.0 0.31 0.18 0.26 (130) (130) (149) 図 6 急性肺血栓塞栓症の診断手順 循環虚脱あるいは心肺停止 No Yes 臨床的に見た肺血栓塞栓症の可能性 *1 低いあるいは中等度 正常 Dダイマー 急性肺血栓塞 栓症の除外 高い 経皮的心肺補助装置の装着*2 上昇 以下の 1 項目あるいは組み合わせ 造影 CT,肺動脈造影,肺シンチ 造影 CT,肺動脈造影, 経食道心エコー 肺塞栓症を疑った時点でヘパリンを投与する.深部静脈血栓症も同時に検索する. * 1 スクリーニング検査として胸部 X 線,心電図,動脈血ガス分析,経胸壁心エコー,血液生化学検査を行う. * 2 経皮的心肺補助装置が利用できない場合には心臓マッサージ,昇圧薬により循環管理を行う. ら導くことができる指標で,母集団の構成にも影響され 2.経胸壁心エコー,MRA:Class Ⅱ a ない.尤度比は検査結果が陽性であるときあるいは陰性 3.経食道心エコー:Class Ⅱ b であるときの検査特性を表しているため,臨床現場で利 用可能である.数値の意味合い・解釈を表 12 に示す. 再現性の指標としてκ値が用いられる.この指標は偶然 の一致を除外したときの一致率を表している.その意味 合いを表 12 に示す. 2 治療 ①はじめに 急性肺血栓塞栓症の治療に関しては,海外の学会から は 1996 年に American Heart Association から出された「深 【勧告の程度】 1.MSCT,肺動脈造影,肺シンチグラフィ,動脈血ガ ス分析,D ダイマー:Class Ⅰ 152) 部静脈血栓症と肺塞栓症の管理ガイドライン」 ,2003 年に British Thoracic Society から出された「急性肺塞栓 症が疑われる場合の管理ガイドライン」153),そして最近 17 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 表 12 尤度比とκ値の解釈 切にコントロールできれば予後は比較的良好であるた 解釈 尤度比 > 10(or < 1/10) 臨床的可能性の変化は大きい 5 ~ 10(or 1/10 ~ 1/5) 臨床的可能性の変化は中等度 2 ~ 5(or 1/5 ~ 1/2) 臨床的可能性の変化は小さい 1 ~ 2(or 1/2 ~ 1/1) 臨床的可能性の変化はほとんど ない κ値 0.00 未満 偶然の一致より悪い 0.00 ~ 0.20 不十分な一致 0.21 ~ 0.40 まあまあの一致 0.41 ~ 060 中等度の一致 0.61 ~ 0.80 良好な一致 0.81 ~ 1.00 非常に良好な一致 め,早期に診断して治療に持ち込むことが最も重要とな る. 突然死に至らず治療が開始された場合,最大の予後規 定因子は深部静脈血栓が進展して再び肺に塞栓化する再 発である.特に,循環動態が不安定な状態での再塞栓は, それほど大きい血栓塞栓でなくとも致死的となり得る. 一方,循環動態が既に安定した症例や軽症の肺血栓塞栓 症でも,残存する深部静脈血栓が広範だったり不十分な 治療で深部静脈血栓が中枢進展した場合には,これらが ) 再塞栓となって重篤化することもある 159(表 13). 以上より,以下が肺塞栓症に対する治療の要点といえ る. (1)急性期を乗り切れば予後は良好.したがって,早期 では 2008 年に American College of Chest Physicians から 出された「抗血栓療法ガイドライン第 8 版−静脈血栓塞 診断治療が最も重要. (2)循環動態安定例では再発に注意.したがって,深部 154) 栓症に対する抗血栓療法」 や,European Society of 静脈血栓への迅速な対応が必要. Cardiology から出された「急性肺塞栓症の診断と管理の 急性肺血栓塞栓症の治療の中心は薬物的抗血栓療法で 33) ガイドライン」 など,いくつかのガイドラインが提唱 ある.重症度により抗凝固療法と血栓溶解療法とを使い されている.他疾患でも同様であるが,特に急性肺血栓 分ける.また,治療法の選択には,出血リスクも考慮さ 塞栓症の治療に関しては,欧米人と日本人の間に発症頻 れる.出血リスクが高い場合には抗凝固療法が選択され 1),10),155) ,また保 るが,場合によっては非永久留置型下大静脈フィルター 険適用薬剤の違いもあるため,海外のガイドラインをそ やカテーテル治療により薬物的治療法の効果を補う.循 のまま用いるわけにはいかない.しかし,我が国におい 環虚脱に近いより重篤な症例では,カテーテル治療や外 ては急性肺血栓塞栓症に関しての前向き試験はほとんど 科的血栓摘除術を選択してより積極的に肺動脈血流の再 ない.よって,現時点では,海外のガイドラインに準拠 開を図る.また,経皮的心肺補助装置を準備しておき, して,我が国の実情も考慮した治療方法を推奨すること 循環動態が保てない場合には躊躇せずに使用を開始し心 になる.ただし,日本人と欧米人との凝固線溶能の差異 肺停止に陥るのを防ぐ.心肺停止のない状態では外科的 は否定できず,欧米の治療法が日本人においても効果お 血栓摘除術の成績は良好であり 160),内科的治療に固執 よび合併症の面で適切か否かが不明であることを,常に することなく外科的治療も積極的に視野に入れて治療を 念頭に置く必要がある. 進める.また,循環動態が維持された状態での予後規定 急性肺血栓塞栓症の治療は,肺血管床の減少により惹 因子は上述のごとく再発である 158).診断治療の流れの 起される右心不全および呼吸不全に対する急性期の治療 中で,状態が許す限り早急に残存する下肢深部静脈血栓 と,血栓源である深部静脈血栓からの急性肺血栓塞栓の の状態を評価して,下大静脈フィルターの適応を判断す 再発予防のための治療とに大別される.このためには, る.図 7 に治療アプローチの 1 例を示す.あくまでも基 塞栓子である血栓の溶解を促進し,血栓の局所進展を抑 本的な考え方であり,個々の症例の病態や施設の状況に 制し,血栓の塞栓化を予防することが必要である.一般 合わせて,柔軟に治療法を選択すればよい. 度などの大きな違いが指摘されており に急性肺血栓塞栓症の死亡率は高率で,発症時にショッ クを呈する重症例の死亡率は 18 ~ 33%に上ると報告さ れる 156),157).しかしながら Ota らの検討では,重症例で 診断が遅れた場合の死亡率は 68 %と非常に高率だが, 表 13 循 環動態が安定している急性肺血栓塞栓症の抗凝固療 法の有無による急性期予後* *後ろ向き研究(文献 159 より引用改変) 早期に診断できた場合の死亡率は 22%と有意に低い 158). さらに Nakamura らによると,遠隔期の再発は 2.3 %で あり,肺血栓塞栓症による死亡率はわずか 0.5%と低率 である 10).このように,急性肺血栓塞栓症は急性期を適 18 死亡 肺塞栓症の再発 重篤な出血 未治療群 (n = 21) 7(33%) 7 0(0%) 抗凝固療法群 (n = 24) 0(0%) 0 0(0%) p 0.0026 0.99 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 図 7 急性肺血栓塞栓症の治療アルゴリズムの 1 例 急性肺血栓塞栓症 の診断 その他の 治療*2 yes 下大静脈フィルター挿入 合併症を 有する?*1 yes 残存 DVT あり?*8 no 抗凝固療法開始 no 抗凝固療法 継続 no yes 循環動態 安定?*3 右心機能障害 あり?*7 yes no 残存 DVT あり?*8 yes 呼吸循環サポート no 循環虚脱 状態?*4 no 下大静脈フィルター挿入 yes PCPS 装着*5 血栓溶解療法の 出血リスクあり? yes 抗凝固療法単独 or カテーテル治療 no 血栓溶解療法 or カテーテル治療 or 外科的血栓摘除術*6 血栓溶解療法 or カテーテル治療 * 1 高度な出血のリスクがある場合 * 2 病態に応じた施行可能な治療を行う * 3 循環動態不安定とは,ショックあるいは遷延する低血圧状態を示す * 4 心肺蘇生を要する状態,あるいは高度なショックが遷延する状態 * 5 施設の設備や患者の状態により,装着するか否かを検討する * 6 施設の状況や患者の状態により,治療法を選択する * 7 心エコーによる右室拡大や肺高血圧の存在により評価 * 8 遊離して再塞栓を来たした場合,重篤化する危険性のある深部静脈血栓 治療のアルゴリズムを示すが,あくまでも 1 例であり,最終的な治療選択は各施設の医療資源に応じて決定することを,妨げるもの ではない. DVT:深部静脈血栓症 PCPS:経皮的心肺補助 に重症例ではシャント(肺内)の役割も大きい.酸素吸 ②呼吸循環管理 入療法が基本であり,具体的には PaO2 60Torr(mmHg) 急性肺血栓塞栓症は,図 4 に示すごとく急性呼吸循環 以下(SpO2 では 90 %以下)であれば鼻カニューレ,酸 不全が基本病態であり,特に広範型肺血栓塞栓症におい 素マスク,リザーバー付き酸素マスクで投与する.鼻カ て発症 1 時間以内の死亡率が極めて高い ことを考慮 ニューレ 5L/min で FiO2 を 40 %,酸素マスク 6 ~ 7L/min すると,診断ならびに治療戦略においてその管理は極め で FiO2 を 50 %,リザーバー付き酸素マスク 6 ~ 7L/min て重要である.言い換えれば呼吸循環管理,診断,治療 で FiO2 を 60%程度 163)に維持できる.二酸化炭素が蓄積 を同時進行で進めていく必要がある.もちろん塞栓子の する呼吸不全ではないため頻回の動脈血液ガス再検は必 大きさや量に応じた肺血管床の閉塞の程度により,自覚 要なく,SpO2 によるモニタリングで十分で,安定した 症状もない軽症例から心肺停止状態で発症する例まで重 SpO2 90 %以上が得られるまで酸素流量を上昇させる. 症度のスペクトラムは極めて広範囲である. またその後の治療において,血栓溶解療法を追加する場 ①呼吸管理 合,副作用としての穿刺部出血の原因部位ともなり得る 本症の血液ガスの特徴は,低炭酸ガス血症を伴う低酸 ため,血液ガス採血部にマーキングをつけることも重要 素血症であり,Ⅰ型呼吸不全の形を呈する.換気血流不 である.酸素吸入にて SpO2 90%以上を安定して維持で 均衡が低酸素血症の主原因 162) 161) であり,一部の症例,特 きなければ,挿管による人工換気 164)を開始する必要が 19 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ある.人工換気を導入する場合,胸腔内圧の増加により, ブタミンを肺塞栓に起因する右心不全と心原性ショック 静脈還流が減少し右心不全をさらに悪化させる可能性が の第一選択薬として推奨する報告 175)も見られる.フォ あるため,7mL/kg と少ない一回換気量 スフォジエステラーゼⅢ阻害作用による強心作用と肺血 165) の設定が推奨 されている. 管拡張作用を有するオルプリノン,アムリノン,ミルリ ②循環管理 ノンは,理論的には急性肺血栓塞栓症の循環不全の改善 急性肺血栓塞栓症の循環不全の特徴は,図 4 に示す病 が期待できる.しかしながらオルプリノンに関しては国 態のごとく機械的肺血管床閉塞による肺血管床の減少や 内開発であるゆえか,いまだ動物モデルや臨床例での報 低酸素ならびにケミカルメディエーターによる肺血管攣 告がない.アムリノンは犬の低血圧,低心拍出量肺血栓 縮の結果生じる肺血管抵抗の増加である.それらが肺高 塞栓症モデルにおいて体血圧上昇,肺高血圧症改善,心 血圧ならびに右心室の後負荷増大を来たす.臨床的には 拍出量増加と薬理作用通りの効果 176)が認められている. 肺高血圧症,右室圧や右房圧の上昇,右心拍出量の低下 臨床例においては有効であった 1 例報告 177)のみで,多 (右心不全)さらに左心拍出量の低下,体血圧の低下, 数例における検討はない.ミルリノンにおいても,肺血 ショックを示す.理論的には陽性変力作用を有する強心 栓塞栓症犬モデルにおいて酸素化能は悪化させず,ドパ 薬の使用が右心拍出量を増加させ循環不全の改善が期待 ミンやドブタミンと比較してより選択的な肺血管拡張作 できる.多くの臨床研究で,右室の拡大および機能障害 用 178)を示した.しかしながらフォスフォジエステラー を合併した例では予後が不良であることが明らかにされ ゼⅢ阻害薬の臨床例における使用を推奨するには,今後 ている. のさらなる検討が必要と思われる. ①容量負荷 ③ NO 吸入 右心不全や低血圧に対する古典的な第一選択は,容量 NO の吸入は,肺動脈を選択的に拡張するとともに全 負荷である.しかしながら本症の場合,動物モデルにお 身の血管抵抗には影響を与えにくく,理論的には急性肺 いても賛否両論 166)−168)の結果で,臨床的にも推奨すべ 塞栓症における換気血流不均衡を改善する.動物モデル 169) きエビデンスはなく,Goldhaber は右心室への容量負 荷が心室相互干渉により左心室を圧排しさらに左心拍出 量を低下させる可能性を指摘している. しかしながら NO ブレンダーが普及していない我が国に ②薬物療法 おいては一部の特殊施設を除いては現実的な治療選択肢 イソプロテレノールは,肺動脈拡張作用を有するβ受 ではない. 容体作動薬であるが自己血を凝固させた肺血栓塞栓症犬 ④補助循環 のショックモデルにおいて低血圧の回復ができていな 心肺停止で発症し心肺蘇生が困難な例,酸素療法や薬 い 170) .ノルエピネフリンのみが同実験で血行動態の改 物療法にても低酸素血症や低血圧が進行し呼吸循環不全 善,維持ができている.しかしながらノルエピネフリン を安定化できない例などは内科治療の限界例である.こ も低心拍出量,正常血圧モデルでは効果が見られておら れらの症例は速やかに PCPS(経皮的心肺補助装置)を ず,臨床的エビデンスもなく,低血圧例に限るべき 170) 導入 182)して呼吸循環不全を安定化させ,PCPS を次の治 であると思われる.エピネフリンに関しては,動物実験 療へのブリッジとして用いる 183).その後,経食道心エ における肺塞栓モデルでの検討はなく,臨床例では,容 コーやマルチスライス CT などで主肺動脈近傍の血栓を 量負荷,ドブタミン,血栓溶解療法,ノルエピネフリン 確認し,直視下血栓摘除術を考慮すべきである.その際, に不応性のショック症例に有効であったとの 1 例報告 血栓溶解薬が投与されていると血栓除去術を施行した場 171) があるのみである.ドパミンやドブタミンは犬の肺 合,術後出血性合併症の誘因となり得るため,このよう 塞栓モデルにおいて心拍出量の改善や肺血管抵抗の改善 な症例においては血栓溶解薬の投与に対して慎重な判断 172) が求められる.PCPS を使用する場合に,右房内あるい がみられ,臨床例においても心拍数,血圧,肺動脈 圧の変化のないレベルで 35%の心係数の改善 173) が見ら は下大静脈内に血栓が残存している場合に,脱血管が血 れている.心拍数,肺動脈圧の増加を伴って心拍出量が 栓で閉塞されて PCPS の継続が不可能になることがある 53%増加したとの報告 174)も見られる.いくらかの例に ので注意が必要である 184). おいて心拍出量の改善とともに換気血流不均衡に起因す 我が国においては樗木 185),安藤 186)らがこれらの超重 る PaO2 の低下を見るが,心拍出量の増加にて酸素輸送 症例に対する PCPS を含めた人工心肺使用下の血栓摘除 は増えており,組織酸素化は障害されていない 20 や少ない臨床例において NO 吸入による選択的な肺動脈 圧ならびに肺血管抵抗の改善が報告 179)−181)されている. 174) .ド 術の手術成績を発表し,25 ~ 28.6 %の死亡率と報告し 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン ている.また後述のごとく,肺塞栓研究会における外科 後ろ向き検討の結果において未分画ヘパリンを使用した 的血栓除去術の集計では,PCPS 装着例 10 例中手術後の 群と使用しなかった群において死亡率の明らかな有意差 死亡例は 3 例であった.対象症例が極めて重症な症例で が認められており,その効果は明らかであるといえる. あることを考慮すれば良好な成績と思われる. したがって,未分画ヘパリンは禁忌でない限り,重症度 によらず診断され次第,なるべく早く投与を開始する. また,急性肺血栓塞栓症が強く疑われる場合や確定診断 【勧告の程度】 1.PaO2 60Torr(mmHg) 以 下(SpO2 で は 90 % 以 下 ) までに時間が掛かる場合には,疑診段階でも下記の初期 で酸素吸入,改善しなければ人工換気の導入(一回 治療を開始してよい. 換気量を 7mL/kg で):Class Ⅰ 未分画ヘパリンの投与法は,まず 80 単位 /kg,あるい 2.右心不全,低血圧例に対する容量負荷:Class Ⅲ は 5,000 単位を単回静脈投与する.以後,時間あたり 18 3.心拍出量低下,低血圧例にノルエピネフリン:Class 単位 /kg,あるいは 1,300 単位の持続静注を開始する. 抗第 Xa 因子ヘパリン濃度が 0.3 ~ 0.7 単位 /mL に相当す Ⅱa 4.心拍出量低下,正常血圧例にドパミン,ドブタミン: る治療域,すなわち活性化部分トロンボプラスチン時間 (activated partial thromboplastin time:以下,APTT)が Class Ⅱ a 5.心肺蘇生困難例,薬物療法にても呼吸循環不全を安 定化できない例には PCPS の導入:Class Ⅰ コントロール値の 1.5 ~ 2.5 倍となるように調節してい く.APTT 試薬には多様性があり,個々の凝固因子に対 する反応性が異なるため,注意を要する.未分画ヘパリ ③薬物療法 ンの持続静注においては,初回投与の 6 時間後に APTT ①初期治療 の測定を行い,変更があればさらに 6 時間後に APTT を 抗凝固療法ならびに血栓溶解療法が,急性肺血栓塞栓 測定する.連続 2 回の APTT が治療域となれば,1 日 1 症の治療の中核をなす.これらの薬物的抗血栓療法の目 回の APTT 測定に変更する.APTT 試薬のうち治療域が 的は,血栓塞栓の局所進展を抑制して溶解を促進し,血 コントロールの 1.9 ~ 2.7 倍のものに対するヘパリン用 栓の再塞栓化を予防することである.急性肺血栓塞栓症 量調節表 190)が作成されており,参考にできる(表 14). とその塞栓源となる深部静脈血栓症は,1 つの疾患が異 APTT が 1.5 倍以上となった場合の再発率は 1.6%である なる形で現れたものであり,両疾患の治療法は基本的に のに対し,下回った場合は 24.5%と有意に高いことが報 は同じである.最近では両疾患をあわせて静脈血栓塞栓 告されている 191). 症と総称し,治療も一体として行われる.しかしながら, 未分画ヘパリンは 1 日 2 回の皮下注射で投与する方法 両疾患にはいくつかの重要な相違点がある.すなわち, もある.メタ解析の結果では,未分画ヘパリンの持続静 急性肺血栓塞栓症として発症した方が初期の死亡率が高 注と比較して,再発を有意に抑制して安全性は同等であ .さらに,再発率が急性肺血栓塞栓症の方が約 3 るとされる 192).投与法は,最初に上述の未分画ヘパリ 倍高い 188).したがって,急性肺血栓塞栓症では深部静 ン単回静脈投与を行い,引き続き 17,500 単位を 1 日 2 回 い 187) 脈血栓症に比してより強力かつ長期にわたって治療を行 から開始して,APTT 1.5 ~ 2.5 のコントロールを目指す. う必要がある.さらに,急性肺血栓塞栓症では慢性期の APTT 測定は,次回注射時間とのちょうど中間に行う. 呼吸循環系の障害,例えば肺高血圧症などの問題も考慮 未分画ヘパリンは後述するワルファリンによるコントロ しなければならない. ールが安定するまで投与する.投与期間に関しては,5 ①抗凝固療法 ~ 7 日間未分画ヘパリンを投与した場合の効果は 10 ~ 14 日間投与した場合と同等であることが示されてい (1)未分画ヘパリン 抗凝固療法は急性肺血栓塞栓症の死亡率および再発率 る 193).最近では,未分画ヘパリンとワルファリンを同 を減少させることが明らかにされ,治療の第一選択とな 時に開始して 5 日以上投与した後,プロトロンビン時間 っている.唯一行われた無作為試験 189) では,未分画ヘ の 国 際 標 準 化 比(prothrombin time - international パリンによる抗凝固療法を行った 16 例には再発や死亡 normalized ratio:PT-INR)が目標値に達してから 24 時 例がなかったのに対し,抗凝固療法を行わなかった 19 間以上経過した時点で未分画ヘパリンを中止する方法が 例には死亡が 5 例(26.3%),再発が 5 例に認められ,両 推奨されている. 群間の差は有意であった.この後,倫理的見地から同試 未分画ヘパリンの原則禁忌としては,出血性潰瘍,脳 験は中止となっている.我が国においても,Ota ら 159) の 出血急性期,出血傾向,悪性腫瘍,動静脈奇形,重症か 21 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 表 14 未分画ヘパリン持続静注用の用量調節表* 1 ボーラス再投与量 (単位) 5,000 0 0 0 0 0 APTT (秒) < 50 50 ~ 59 60 ~ 85 86 ~ 95 96 ~ 120 > 120 持続静注停止時間 (分) 0 0 0 0 30 60 持続静注変化率 *2 (mL/ 時間) +3 +3 0 -2 -2 -4 持続静注変化量 (単位 /24 時間) + 2,880 + 2,880 0 - 1,920 - 1,920 - 3,840 次回 APTT 測定時間 6 時間後 6 時間後 翌朝 翌朝 6 時間後 6 時間後 APTT =活性化部分トロンボプラスチン時間. 未分画ヘパリンは初回投与量 5,000 単位静脈内ボーラス投与に引き続き,時間あたり 1,400 単位の持続静注を開始する.未分画ヘパ リンの初回投与の 6 時間後に APTT の測定を行い,本表に従い用量を調節する. * 1 APTT 試薬のうち治療域がコントロールの 1.9 ~ 2.7 倍の場合に対応. * 2 未分画ヘパリンを 40 単位 /mL の濃度で投与した場合. (文献 190 より改変) つコントロール不能の高血圧,慢性腎不全,慢性肝不全, する.よってほとんどの出血は未分画ヘパリンの中止と 出産直後,大手術 ・ 外傷 ・ 深部生検後の 2 週間以内など 局所圧迫および適当な輸血により解決される.しかし, がある.しかし,急性肺血栓塞栓症は原則禁忌の各疾患 生命を脅かす恐れがある出血の場合は,硫酸プロタミン を基礎として発症することが多く,これらの状態では出 により未分画ヘパリンの効果を中和させる必要がある. 血の高リスク群と認識した上で,使用した際に得られる 未分画ヘパリン静注後数分以内に用いる場合には,未分 効果と出血の可能性および出血に伴う障害の程度を十分 画ヘパリン 100 単位あたりの硫酸プロタミンの必要量は に考慮して本剤を使用するかどうかを決定すべきであ 1mg である.以後は未分画ヘパリンの半減期が 60 分で る. あることから必要量を換算する.例えば,未分画ヘパリ (2)欧米における新しい抗凝固薬による初期治療 低分子量ヘパリンやフォンダパリヌクスは,従来の未 100 単位あたりの硫酸プロタミンの必要量は 0.5mg とな 分画ヘパリンと比較して高価ではあるものの,作用に個 る.硫酸プロタミン投与の直前,直後および 2 時間後に 人差が少なく 1 日 1 ~ 2 回の皮下投与で済み,モニタリ APTT を測定し,中和効果を判定する.硫酸プロタミン ングが必要ないため簡便に使用可能である.また,血小 は未分画ヘパリンより早く消失するので,繰り返し投与 板減少や骨減少といった副作用の頻度も低いため,欧米 が必要となることがある.また,硫酸プロタミンの急速 では新しい抗凝固薬として注目されている.外来治療も 投与は血圧低下を招くので,10 分以上かけて静脈投与 容易で早期退院にも結びつくことより,経費も節減でき する. ると考えられている. 出血のために抗凝固療法の続行が困難となった場合に 急性肺血栓塞栓症の治療における低分子量ヘパリンの は,他の方法で静脈血栓塞栓症の再発を管理する必要が 効果に関しては,多くの臨床試験から,血栓塞栓の再発, ある.右心負荷が著明な重症の急性肺血栓塞栓症で近位 合併症,死亡率に関して未分画ヘパリンより優れている 部の深部静脈血栓症を合併する場合などでは,非永久留 ことが示されている 194)−196) .一方,合成ペンタサッカ 置型下大静脈フィルターの挿入を考慮する 198).しかし, ライドであるフォンダパリヌクスでも同様の効果が認め 下腿に限局する静脈血栓症の場合には下肢静脈超音波法 られている.2,213 例が登録された Matisse PE 研究にお により経過を観察し 199),静脈血栓が進展した場合に下 いて,未分画ヘパリンと比較した場合の 3 か月後の再発 大静脈フィルターなどを考慮する. 率(3.8% vs 5.0%),出血性合併症率(1.3% vs 1.1%), 未分画ヘパリンの出血以外の合併症としては,ヘパリ ならびに死亡率(5.2 % vs 4.4 %)が同等であることが ン 起 因 性 血 小 板 減 少 症(heparin-induced thrombocy- 示されている 197) . (3)未分画ヘパリンの合併症 22 ン静注 1 時間後に投与する場合には,未分画ヘパリン topenia:以下,HIT)200),骨粗鬆症 201)などがある.HIT には,未分画ヘパリンの血小板直接刺激により一過性の 未分画ヘパリンの合併症として最も重要であるのは出 血小板数減少が引き起こされるⅠ型と,ヘパリン依存性 血 で あ り, そ の 頻 度 は 3 ~ 10 % と 報 告 さ れ て い 自己抗体(抗ヘパリン─血小板第 4 因子複合体抗体:HIT る 191),193).未分画ヘパリンは循環血中の半減期が 60 分 抗体)が血小板を活性化するために血小板数減少を来た と短いため,経静脈投与を中止すると効果は急速に減弱 すⅡ型に分類される.Ⅰ型は未分画ヘパリン投与患者の 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 約 10%に見られ,未分画ヘパリン投与 2 ~ 3 日後に 10 ~ いる.しかし 1 週間後の肺血流スキャンによる改善度に 30 %の血小板減少が認められるが,臨床症状や血栓の は有意差がみられず,死亡率や再発率にも差は認められ 合併は全くなく,未分画ヘパリンを中止することなく血 なかった.一方,出血の合併症は未分画ヘパリン単独群 小板数は自然に回復する.これに対してⅡ型は,未分画 の 2%に対しウロキナーゼ投与群では 45%と有意に高率 ヘパリン投与患者の 0.5 ~ 5 %に見られ,未分画ヘパリ であった.t-PA はウロキナーゼよりも強力な線溶効果を ン投与 5 ~ 14 日後に発症し,未分画ヘパリンを継続す 有し,かつ安全性も高いとする実験成績をもとにして, る限り血小板減少は進行し,ついに 0.5 ~ 5 万 / μ L にま 1990 年前後からいくつかの臨床研究が行われてきた. で低下することもある.血小板減少に伴い,出血ではな Goldhaber らは,t-PA 100mg を 2 時間で末梢投与した場 く重篤な動静脈血栓を合併する.体内に投与された未分 合の効果をウロキナーゼと比較し 204),投与開始 2 時間 画ヘパリンはその中和物質である血小板第 4 因子と結合 後の肺動脈造影における血栓溶解率はウロキナーゼ群の し複合体となる.この複合体に対する抗ヘパリン─血小 45 %に対し t-PA 群では 82 %と有意に効果が高く出血の 板第 4 因子複合体抗体(HIT 抗体)が産生されヘパリン 合併症も少なかったが,24 時間後の肺血流スキャンに ─血小板第 4 因子複合体に反応して免疫複合体を形成し, よ る 改 善 度 に 差 は 認 め な か っ た と し て い る. ま た, これが血小板膜上に存在する Fc γⅡ a レセプターを介 Plasminogen Activator Italian Multicenter Study 2 に お け して血小板凝集を引き起こす.欧米では,Ⅱ型は未分画 る t-PA とウロキナーゼの 2 重盲験試験では,投与 2 時間 ヘパリンの投与開始 7 日目で約 1 %,14 日目で約 3 %と 後の血行動態の改善度は t-PA が有意に優れていたが, 報告されている 202),203).我が国での頻度は少ないとされ 投与 12 時間後では両者に有意差は認められず,副作用 てきたが,最近ではそれほど少なくないとする報告が増 としての出血の頻度も同等であったとされる 205).さら えており注意を要する.ヘパリン投与中は血小板数を毎 に t-PA 100mg の 2 時間投与と未分画ヘパリン単独投与と 日測定し,その数が 10 万 / μ L を切るか,あるいは前値 の無作為試験 206)では,t-PA 投与群で 24 時間後の右室壁 の 50 %以下に減少したら,HIT を疑い他の管理法を考 運動や肺血流スキャンなどの有意な改善効果を認めてい 慮する必要がある.HIT の診断は,ヘパリン惹起血小板 るが,予後に関する有意な差は得られていない. 凝集能の測定と ELISA による H1T 抗体の検出により行 以上のごとく,血栓溶解療法は迅速な血栓溶解作用や う.治療の原則はヘパリンの中止であり,代替の抗凝固 血行動態改善作用には明らかに優れるものの,いずれの 薬の投与が必要となる.代替抗凝固薬としては,我が国 無作為試験においても予後改善効果は認めていない(表 ではアルガトロバン 203) が使用できる. 15).最近のメタ解析でも,有意差はないものの血栓溶 ②血栓溶解療法 解療法は死亡率を改善し肺血栓塞栓症の再発を防ぐが, 血栓溶解療法は,血栓塞栓の溶解による速やかな肺循 出血性合併症も多くなる傾向を示している 207)−209).し 環の改善を目的としたもので,血行動態的に不安定な, かし,重症例を対象とした検討はほとんど行われておら もしくは心臓超音波法にて右心系の拡大を認めるような ず,重症例においても抗凝固療法のみで十分であるか否 広範な急性肺血栓塞栓症に対し行われることが多い.現 かについては,意見の集約をみていない.少数例ではあ 在,我が国で急性肺血栓塞栓症の治療に保険適用がある るが,ショックを呈した急性肺血栓塞栓症での唯一の無 のは,遺伝子組み換え組織プラスミノゲンアクチベータ 作為試験において Jerjes-Sanchez ら 210)は,血栓溶解療法 (tissue plasminogen activator:t-PA)であるモンテプラ 施行 4 例はすべて生存したのに対し,未分画ヘパリン単 ーゼだけである.しかし,急性肺血栓塞栓症に対する血 独投与 4 例はすべて 1 ~ 3 時間以内に死亡したと報告し 栓溶解療法の是非は,未だ議論のあるところである. ている. ウロキナーゼに関しては,米国において多施設共同に 一方,近年では,急性肺血栓塞栓症の発症時の右心機 よ る 大 規 模 な 無 作 為 試 験 The Urokinase Pulmonary 能不全の有無が予後に関与する因子であるとして重要視 Embolism Trial が行われている 41).この試験ではウロキ されている.Goldhaber ら 211)は血圧が正常でも右心機能 ナーゼ 4,400 単位 /kg の初期量を 10 分間で投与し,その 不全所見を有する例では正常右心機能例に比べ再発や死 後 4,400 単位 /kg/ 時で 12 時間持続投与されたウロキナー 亡の危険が高く,血栓溶解療法を施行すべきだと報告し ゼ投与群とヘパリン単独投与群が比較され,24 時間後 ている.これに対し,2001 年に Hammel ら 212)は右心機 の肺動脈造影による造影欠損の改善率が未分画ヘパリン 能不全を有する正常血圧例おける症例対照研究で,血栓 単独投与群の 9%に対しウロキナーゼ投与群では 53%と 溶解療法と抗凝固療法では予後に有意差はないが,出血 有意な改善を認め,肺血行動態にも有意差が認められて 性合併症が血栓溶解療法で有意に多いことを報告した. 23 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 表 15 血栓溶解療法と抗凝固療法との無作為比較試験 症例数 報告(年) (例) UPET(1970) 78 82 Tibbutt et al.(1974) 12 11 Ly et al.(1978) 11 14 Dotter et al.(1979) 16 15 Marini et al.(1988) 10 20 PIOPED(1990) 4 9 Levine et al.(1990) 25 33 PAIMS 2(1992) 16 20 Goldhaber et al. 55 (1993) 46 Jerjes-Sanchez et al. 4 (1995) 4 Konstantinides et al. 118 (2002) 138 重篤な出血 死亡 再発 (%) (%) (%) 未分画ヘパリン 7(8.9) 15(19.2) 21(26.9) UK 4,400 単位 /kg 静注後,4,400 単位 /kg/ 時間で 12 時間静注 6(7.3) 12(14.6) 37(45.1) 肺動脈内未分画ヘパリン 0 0 1(8.3) SK 60 万単位静注後,10 万単位 / 時間で 72 時間持続肺動脈内投与 0 0 1(9.1) 未分画ヘパリン 2(18.2) - 2(18.2) SK 25 万単位静注後,10 万単位 / 時間で 72 時間持続静注 1(7.1) - 4(28.6) 未分画ヘパリン 2(12.5) 1(6.3) 4(25.0) SK 25 万単位静注後,10 万単位 / 時間で 18 ~ 72 時間 1(6.7) 0 3(20.0) 未分画ヘパリン 0 0 0 UK 80 万単位 / 日の 12 時間以上かけた静注を 3 日間施行 0 0 0 未分画ヘパリン 0 0 0 rt-PA 40 ~ 80mg を 40 ~ 90 分かけて静注 0 0 1(11.1) 未分画ヘパリン 0 0 0 rt-PA 0.6mg/lg を 2 分以上かけて静注 1(3.0) 0 0 未分画ヘパリン 0 0 2(12.5) rt-PA 100mg を 2 時間以上かけて静注 2(10.0) 1(5.0) 3(15.0) 未分画ヘパリン 2(3.6) 5(9.1) 1(1.8) rt-PA 100mg を 2 時間以上かけて静注 0 0 3(6.5) 未分画ヘパリン 4(100) 4(100) 0 SK 150 万単位を 1 時間以上かけて静注 0 0 0 未分画ヘパリン 3(2.2) 4(2.9) 5(3.6) rt-PA 100mg を 2 時間以上かけて静注 4(3.4) 4(3.4) 1(0.8) 薬剤および投与法 PAIMS = Plasminogen Activator Italian Multicenter Study,PIOPED = Prospective Investigation of Pulmonary Embolism Diagnosis,SK = streptokinase,UK = urokinase,UPET = The Urokinase Pulmonary Embolism Trial. 一方,2002 年に Konstantinides ら 213)が同様の症例群に 表 16 血栓溶解療法の禁忌(文献 32 より改変) おける無作為試験において,血栓溶解療法と抗凝固療法 絶対禁忌 活動性の内部出血 最近の特発性頭蓋内出血 相対禁忌 大規模手術,出産,10 日以内の臓器細胞診,圧迫不能な 血管穿刺 2 か月以内の脳梗塞 10 日以内の消化管出血 15 日以内の重症外傷 1 か月以内の脳神経外科的あるいは眼科的手術 コントロール不良の高血圧(収縮期圧> 180 mmHg;拡張 期圧> 110 mmHg) 最近の心肺蘇生術 血小板数< 100,000/mm3,プロトロンビン時間< 50% 妊娠 細菌性心内膜炎 糖尿病性出血性網膜症 に予後に関する有意差はなかったものの,抗凝固療法に おいては有意に追加療法を施行する頻度が高く,血栓溶 解療法の有効性を報告している.このように,右心機能 に基づいた治療法の研究は未だ不十分であるが,重症例 の急性肺血栓塞栓症における血栓溶解療法の予後改善効 果が徐々に明らかにされつつある. 血栓溶解療法の重大な合併症は出血である.肺動脈造 影を施行された患者では,血栓溶解療法により 14 %に 重症出血が認められており,これは未分画ヘパリンの 2 倍の頻度にあたる 214).肺動脈造影における静脈穿刺部 が最も多い出血部位である.より重篤である頭蓋内出血 の頻度は 1.9%と報告されており 215),頭蓋内動脈瘤,腫 瘍,最近の脳出血・脳梗塞,最近の中枢神経系の外傷・ しては,発熱,アレルギー,悪心,嘔吐,筋肉痛,頭痛 手術の症例では頻度が高い.血栓溶解療法には出血に関 などがある. 32) 24 する絶対および相対禁忌があり,表 16 に示した.相 併用するヘパリンは,血栓溶解薬の投与と同時に開始 対的禁忌事項に含まれる多くは急性肺血栓塞栓症の誘発 する場合と投与終了後より開始する場合があるが,有効 因子でもあり,治療選択には注意を要する.禁忌事項に 性や出血性合併症の頻度の差異は明らかではない.我が より積極的な薬物的抗血栓療法を施行できない場合に 国においては,上述のごとくモンテプラーゼのみが保険 は,カテーテル的治療や下大静脈フィルターを併用して 適用されている(表 17).臨床治験ならびに使用経験報 合併症の少ない治療法で対処する.出血以外の副作用と 告からは,これまでの t-PA と同様に早期血栓溶解効果 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 17 血栓溶解療法の使用量 薬剤 【日本】 ウロキナーゼ rt-PA アルテプラーゼ mt-PA モンテプラーゼ 【米国】 ストレプトキナーゼ ウロキナーゼ 投与方法 承認 24 ~ 96 万単位 / 日,数日間静脈内投与 2,400 万単位を 2 時間以上かけて持続静脈内投与 13,750 ~ 27,500 単位 /kg を約 2 分で静脈内投与 保険未承認 保険未承認 2005 年厚労省承認 25 万単位を 30 分以上でかけて持続静脈内投与後, 10 万単位 / 時間を 24 時間持続静脈投与 4,400 単位 /kg を 10 分間で静脈内投与後, 4,400 単位 /kg/ 時間を 12 ~ 24 時間持続静脈投与 100mg を 2 時間以上かけて持続静脈内投与 1977 年 FDA 承認 1978 年 FDA 承認 rt-PA アルテプラーゼ FDA = Food and Drug Administration,mt-PA = mutant tissue-type plasminogen activator, rt-PA = recombinant tissue-type plasminogen activator や血行動態改善効果において,明確な有効性が確認され て い る( 図 8)216)−220). 用 法・ 用 量 は, 通 常 成 人 に は 13,750 ~ 27,500 単位 /kg を約 2 分間で静脈内投与を行う とされている.一方,保険適用はないがウロキナーゼ 1 日 24 ~ 96 万単位を数日間,またはアルテプラーゼ 2,400 万単位を 2 時間で投与される場合もある.Nakamura ら 図 8 モンテプラーゼ第Ⅲ相試験:モンテプラーゼの血栓溶解, 血流改善効果 (%) 100 80 40 比較した血栓溶解療法の生命予後に関する優位性は認め 20 られていない . 0 ③初期治療薬の選択基準 血行動態改善作用は抗凝固療法と比較して明らかに優 れており,エビデンスはないがショックを伴う重症例に 血栓溶解療法が適応となる.よって,ショック状態では ない場合にも血栓溶解療法が予後を改善するか否かに興 85% 悪 化 不 変 60 による我が国での後ろ向き調査では,未分画ヘパリンと 221) 1990 年 FDA 承認 やや改善 * 改 善 著明改善 5.9% Monteplase 群 (n=13) Placebo 群 *:p<0.05 (n=17) (Fisher の直接確率法) モンテプラーゼ群とプラセボ群間での投与 60 分後の肺動脈造 影による肺動脈内血栓溶解, 血流改善の比較. 「著明改善+改善」 の比率はモンテプラーゼ群において明らかに高率であった(文 . 献 216 より引用改変) 味が注がれている.重症化リスクの高い患者において, ショック状態に陥ってから血栓溶解療法を開始しても効 いて,血栓溶解療法を第一選択とする. 果を発揮できない可能性が高い.よって,これらの症例 また,血栓溶解療法の投与開始時期は,発症早期に投 では,重篤化と出血のリスクを見極めて血栓溶解療法の 与した方が効果的ではあるものの,対象を発症から 14 適応を迅速に判断しなければならない.重篤化し得る危 日までにした研究においてもその効果は認められてお 険因子は,著しい呼吸困難や低酸素血症,トロポニンの り,米国食品医薬品局の適用も発症から 14 日以内とさ 上昇,心エコーでの右心機能低下,胸部 CT での右室拡 れている. 大などである.最近の欧米のガイドラインは,血行動態 ②長期治療 が保たれていてもリスクの高い患者では,出血の危険性 肺血栓塞栓症に対する長期治療の目的は,初期治療を が低ければ血栓溶解療法を勧める方向にある 154) .よっ 完成させ,将来の再発を予防することである.通常は未 て,これらの報告を総合すると,現在の急性肺血栓塞栓 分画ヘパリン投与に引き続きワルファリンが使用され 症に対する薬物療法の選択基準は以下のごとくとなる. る.その有用性は,3 か月間のワルファリン投与が静脈 (1)正常血圧で右心機能障害も有さない場合は,抗凝固 血栓塞栓症の再発率を著明に低下させたという無作為試 療法を第一選択とする. (2)正常血圧であるが右心機能障害を有する場合には, 験 222)に基づいている.ワルファリンの開始用量は,欧 米では 2.5mg から 10mg とされているが,我が国ではこ 効果と出血のリスクを慎重に評価して,血栓溶解療法 れに関する検討は行われておらず,3 ~ 5mg で開始され も選択肢に入れる. ることが多い. (3)ショックや低血圧が遷延する場合には,禁忌例を除 25 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ①抗凝固療法の投与期間 血は同等で効果的だと報告している 228).これらの結果 抗凝固療法は,肺血栓塞栓症の再発リスクが出血リス より,ワルファリンの至適治療域は PT-INR 値 2.0 ~ 3.0 クを上回る場合に続けられる.ワルファリンの投与期間 とされている.我が国では,エビデンスは全くないが, を 6 週間と 6 か月間に分けて追跡した検討 223)では,再発 出血への危惧から PT-INR 1.5 ~ 2.5 でのコントロールが 率は 6 週間投与群で 18.1%,6 か月間投与群では 9.5%と 推奨されている. 有意な差を認めている.しかし出血性の合併症に差はな ③ワルファリンの合併症 く,また 6 か月目以降での両群の再発率はほぼ同等に低 ワルファリンの最も重要な合併症も,やはり出血であ 下している.さらにワルファリンを無期限に使用した群 る.出血の頻度はワルファリンの強度や患者における危 が比較され 223),再発率は 6 か月間群で 20.7 %,無期限 険因子に影響される.年齢(65 歳以上),脳卒中または に使用した群で 2.6%と有意な差を認めたが,出血が無 消化管出血の既往,腎不全や貧血などの合併症の存在に 期限に使用した群で有意に多く,効果は相殺されている. より大出血のリスクが増える.また,アスピリンの併用 一方,発症素因により再発のリスクが異なることも示さ は,血小板機能障害と胃びらんの発生により出血率が増 れている.3 か月間ワルファリン投与を行った静脈血栓 加することが示されており注意を要する.PT-INR が 2.0 症患者の再発率は,可逆的危険因子を持つ群の 4.8%に ~ 3.0 でコントロールされた患者の出血の頻度は,対象 対し,原因・誘因が確定できない特発性静脈血栓症群で 群が 0.5 ~ 1.0%であるのに対し,1.0 ~ 1.5%と報告され は 24 %と報告される ている 229).出血が発生した場合には,止血されるまで .また 712 例に対してワルファ 224) リンを投与した無作為試験 225) での再発は,術後患者で ワルファリンを中止する.生命に関わる出血で,かつ 116 例中 1 例であるのに対し,506 例の内科患者では 12 PT-INR が延長している場合には,血漿輸血により凝固 週間治療群 4.0%,4 週間治療群 9.1%であった.以上より, 欠損をただちに補正し,ビタミン K 10 ~ 25mg を投与す 可逆的な危険因子がある場合には 3 か月間の,先天性凝 る.出血は生命に関わるものではないが,PT-INR が著 固異常症や特発性の肺血栓塞栓症では少なくとも 3 か月 明に延長している場合には,ビタミン K 5mg を皮下注 間のワルファリン投与を行い,それ以後の抗凝固薬の継 射する. 続はリスクとベネフィットを勘案して決定する.出血の ワルファリンの出血以外の合併症で重要なものに,頻 リスクが小さくワルファリンのモニターも容易である場 度は低いが皮膚壊死がある 230).治療開始 3 ~ 8 日目に認 合には,長期投与のよい適応となる.また,癌などの発 められ,皮下脂肪内の細静脈と毛細管の広範な血栓症に 症素因が長期にわたって存在する患者,あるいは複数回 より生じる.プロテイン C およびプロテイン S 欠乏症と の再発を来たした患者でも長期の抗凝固療法を考慮する の関連が示唆されており,これらの患者の管理には注意 (表 18). を要する.しかし,これらの欠乏症を有する患者に対し ②抗凝固療法の程度 て適切な対処法は明らかにされていない.また,ワルフ 静脈血栓症患者を高用量(PT-INR 3.0 ~ 4.5)と中用 ァリンには催奇形性があり,妊娠中には投与しない. 量(PT-INR 2.0 ~ 3.0)のワルファリンに割り付けた無 ワルファリン治療中の患者の待機的手術においては, 作為試験 226) によると,再発率は両群とも同様に低いが いくつかの方法が考えられる.1 つはワルファリンを中 出 血 は 高 用 量 群 で 4 倍 も 高 率 で あ っ た. 一 方, 止して PT-INR が正常域に戻ったときに手術を行う方法 PREVENT 試験は PT-INR 1.5 ~ 2.0 の長期ワルファリン である.PT-INR が 2.0 ~ 3.0 では,ワルファリン中止後 療法がプラセポに比して出血を増加させずに再発率を低 約 4 ~ 5 日で正常域に復するとされる 231).手術後はヘパ ,また ELATE 試験は PT-INR 2.0 リンから開始するが,その用量は術後出血のリスクによ ~ 3.0 のワルファリン療法は PT-INR 1.5 ~ 2.0 よりも出 って決定する.2 ~ 3 日間だけ抗凝固療法を行わない場 下させることを示し 227) 合の血栓塞栓症のリスクは非常に低い.さらにリスクを 表 18 静脈血栓塞栓症に対する抗凝固療法の継続期間 危険因子の種類 危険因子が可逆的である場合 特発性の静脈血栓塞栓症 先天性凝固異常症 癌患者 再発を来たした場合 26 抗凝固療法の継続期間 3 か月間 少なくとも 3 か月間 (リスクとベネフィット を勘案して期間を決定) より長期間 下げる方法は,ワルファリンを手術 2 日前まで服用し続 け,ビタミン K の 1 ~ 2mg の皮下注で抗凝固効果を低下 させるものである 232).術後静脈血栓塞栓症のリスクが より高い患者にはワルファリンの量を減らして PT-INR が 1.5 の時点で手術を行うか,あるいは術前にヘパリン に切り替えて手術 6 時間前に中止する方法が考えられる 233) . 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン を危惧するならば,そのまま我が国に導入するわけには 【勧告の程度】 1.急性肺血栓塞栓症の急性期には,未分画ヘパリンを いかない.現在我が国で承認されている血栓溶解剤はモ APTT が 1.5 ~ 2.5 となるように調節投与して,ワル ンテプラーゼ(mt-PA 製剤)のみで,静脈からの全身投 ファリンの効果が安定するまで継続する:Class Ⅰ 与が想定されている. 2.急性肺血栓塞栓症の慢性期にはワルファリンを投与 2008 年の第 8 回 ACCP ガイドラインでは,血栓溶解薬 する.可逆的な危険因子の場合には 3 か月間,先天 は肺動脈に留置したカテーテルからでなく,末梢静脈か 性凝固異常症や特発性の静脈血栓塞栓症では少なく ら投与することが推奨されている 238). とも 3 か月間の投与を行う.癌患者や再発を来たし ②カテーテル的血栓破砕・吸引術 た患者ではより長期間の投与を行う:Class Ⅰ 血栓溶解療法以外のカテーテル治療は,血栓吸引術 3.急性肺血栓塞栓症の急性期で,ショックや低血圧が (Aspiration thrombectomy),血栓破砕術(Fragmentation), 遷延する血行動態が不安定な例に対しては,血栓溶 流体力学的血栓除去術(Rheolytic thrombectomy)の 3 解療法を施行する:Class Ⅰ 項目に分けるのが一般的で,これらのほとんどが血栓溶 4.急性肺血栓塞栓症の急性期で,正常血圧であるが右 解療法を併用している.少数のコホート研究ではあるが, 心機能障害を有する例に対しては,血栓溶解療法を 本法の臨床成果は外科的血栓摘徐術に匹敵することが示 施行する:Class Ⅱ a 唆されている 239).治療効果の評価に際しては血行動態 5.急性肺血栓塞栓症の治療におけるワルファリンは, や酸素化の改善を重視すべきで,血管造影所見にとらわ PT-INR が 1.5 ~ 2.5 と な る よ う に 調 節 投 与 す る: れすぎてはならない 240).一般的合併症 241)として,血管 Class Ⅱ b 壁損傷,末梢塞栓,血栓症再発,外傷性溶血,血液損失 などが起こり得ることを熟知しておく必要があり,カテ ④カテーテル的治療 ーテル挿入部位の大出血は 2%(8/348),右室穿孔は 0.3 急性広範型肺血栓塞栓症のうち,様々な治療を行った %(1/348)と報告されている 239). にもかかわらず不安定な血行動態が持続する患者が本治 2008 年の第 8 回 ACCP ガイドラインでは,血栓溶解療 療法の適応である 234),235).他の内科的治療法や外科的治 法が禁忌か施行する時間的余裕のない重症患者に限っ 療法との多施設前向きランダム試験は実施されていな て,カテーテル的血栓破砕・吸引術を熟練した専門施設 い.便宜上,カテーテル的血栓溶解療法とカテーテル的 で施行することが推奨されている 238).一方,2008 年の 血栓破砕・吸引術に分けられる. 欧州心臓学会ガイドラインでは,ハイリスク群に対する ①カテーテル的血栓溶解療法 外科的血栓摘徐術の代替治療として考慮されるかもしれ カテーテルを用いた肺動脈からの局所血栓溶解療法 ない,と勧告されている(Recommendation Class Ⅱ b, は,全身からの血栓溶解療法の治療成績を向上させると Evidence Level C)33). ともに,出血性副作用の発現を極力抑える目的で施行さ ①血栓吸引術(Aspiration thrombectomy) れた.しかしながら,急性広範型肺血栓塞栓症を対象と Greenfield embolectomy device242)は,米国では認可さ した多施設前向きランダム試験によれば,肺動脈内への れているが,静脈切開あるいは 16 ~ 24Fr のシースを用 rt-PA 投与は,末梢静脈投与群と治療効果に有意差は見 いる必要があり,デバイスが硬く,肺動脈に誘導・固定 られなかった 236).したがって,単にカテーテルを肺動 するのが困難なため,我が国では全く使用されていない. 脈に誘導し血栓溶解薬を局所投与する方法は現在では否 これに対し,PTCA 用ガイディング・カテーテルを用い 定的で,治療効果を高めていくためにはパルス・スプレ た血栓吸引療法に関するまとまった報告が我が国を中心 ー法などの併用の工夫が不可欠である. として見られてきている 243).具体的には,カテーテル 米国で推奨されているカテーテル的血栓溶解療法にお を直接血栓内に楔入させ,手元のディスポーサブル注射 ける薬剤の投与量は, 器にて陰圧をかけたままカテーテルを体外に取り出し, ウロキナーゼ:ヘパリン 2,000 単位とともに,25 万単位 ビーカーに載せたガーゼ上に血栓を押し出す.その簡便 / 時を 2 時間で投与し,その後 10 万単位 / 時を 12 ~ 24 時 性 と 良 好 な 結 果 か ら 注 目 を 集 め て お り, 米 国 で は 間持続投与する Meyerovitz technique と称されている 244),245).一方,最近, rt-PA:ボーラスで 10mg 投与した後,20mg/ 時を 2 時間 冠状動脈用にいくつかの経皮的血栓除去用カテーテルが で投与するか,100mg を 7 時間かけて持続投与する 開発され,肺動脈にも応用されるようになってきている. のように我が国の 5 ~ 10 倍量である 通常 0.014 インチ・ガイドワイヤに沿わせて使用できる 237) .出血性合併症 27 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ため安全性は高いが,その分,吸引ルーメンが小さくな 的治療は劇的な効果が得られ,最近では外科治療の良好 るため吸引能は落ちる. な成績を示す報告が数多く示されている 248)−250).急性 ②血栓破砕術(Fragmentation) 肺血栓塞栓症例で,心臓超音波検査において右室機能不 末梢側肺動脈総容量は中枢側の 2 倍存在するというこ 全を合併する場合には,血栓溶解療法の適応を考慮する とを理論的根拠として,中枢側肺動脈内の塊状血栓を直 が,出血のリスクが高い症例では,外科的治療の適応を 接破砕し,末梢に微小血栓を再分布させる手技であ 考慮する必要がある(図 7).血栓溶解療法施行例でも, る 237) .血栓は回収されないが,砕かれて小さくなれば 経過中に増悪する症例や心停止を来たす症例があり,我 総表面積は増えるため,血栓溶解薬の効果も増強する. が国からの報告で下大静脈フィルターの有用性が示され 以前より Amplatz thrombectomy device など様々な血栓 ているが 145),大きな血栓が広範囲に肺動脈や心腔内に 破砕用デバイスが開発されてきているが 237),239),240),我 確認された場合には,常に外科治療の必要性を念頭に置 が国ではいずれも認可されておらず,実際的には,ピッ いて治療する.Meneveau らは,血栓溶解療法で血行動 グテイル・カテーテルを回転させることにより塊状血栓 態の改善が得られない肺血栓塞栓症 40 例に対し,14 例 を破砕し末梢に離散させる方法 246)と,バルン・カテー で外科的血栓摘除術を,26 例で再度血栓溶解療法を行 テルにより塊状血栓を押しつぶす方法が用いられてい い,死亡 1 例対 10 例で合併症も外科的治療群で少なか る.手技に伴う遠隔塞栓に対しては,ガイディング・カ ったと報告している 251).他疾患の手術後の肺血栓塞栓 テーテルや特殊なデバイス(Aspirex)を用いた血栓吸 症では手術内容と全身状態を考慮して治療方針を決定す 引術を追加するハイブリッド治療が提唱され,優れた成 るが,術創部出血が懸念される術直後では外科的治療を 235),247) . 考慮する.脳血管障害の急性期や脳外科手術後の急性肺 ③流体力学的血栓除去術(Rheolytic thrombectomy) 血栓塞栓症においては,線溶療法は禁忌であり,むしろ 流体力学的血栓除去用カテーテルの原理は,造影剤注 短時間の体外循環による出血リスクは少ないと考えら 入器やポンプを用いて,特殊なカテーテル先端から逆行 れ,外科治療による良好な成績の報告もある 252).患者 性に生理食塩水をジェット状に噴射しながらカテーテル の血行動態,生命予後,機能的予後を担当医とよく相談 を血栓内に押し進め,ベンチュリー効果で生じる陰圧を のうえ,適応を決定する必要がある. 果が報告されている 利用して血栓を吸引する 237) .血栓が回収される点から, ②急性肺血栓塞栓症に対する外科的血栓摘除術の適応 理論上はより高い安全性が推測されているが,本来は肺 肺動脈幹あるいは左右主肺動脈が急速に閉塞する急性 動脈のような太い血管を念頭においては設計されておら 広範型肺血栓塞栓症では,ほとんどが発症数時間以内に ず, 本 法 の み で の 治 療 効 果 は 十 分 で な い こ と が 多 死亡することが知られている 253).また,急性肺塞栓症 い 240),245) .Hydrolyser は使用可能であるが,Angiojet は 我が国では認可されておらず,Oasis は市場から撤退し た. による死亡は発症早期の再発によるものも少なくない. 一方,急性広範型肺血栓塞栓であっても,右室負荷が遷 延して右心機能が障害を受ける前であれば,肺血栓摘除 術によって速やかな血行動態の改善が得られる.したが 【勧告の程度】 例では,人工心肺を用いた直視下肺動脈血栓塞栓摘除術 単なる肺動脈内投与は,全身投与と差がない が適応となる.急性広範型肺血栓塞栓で非ショック例に 2.カテーテル的血栓破砕・吸引術:Class Ⅱ b おける一般的な肺動脈血栓摘除術の適応としては,(1) 血栓吸引術 血圧低下がなくても,頻脈が持続し,内科的治療に反応 血栓破砕術 しない症例, (2)血栓が肺動脈幹あるいは左右主肺動脈 流体力学的血栓除去術 に存在し,急速に心不全や呼吸不全が進行する症例, (3) ⑤外科的治療 28 って,ショックが持続する症例,血行動態が不安定な症 1.カテーテル的血栓溶解療法:Class Ⅱ b 血栓溶解療法が禁忌である症例, (4)右房から右室にか けて浮遊血栓が存在する場合,などがある 160),254). ①外科的適応 急性肺血栓塞栓症と診断される前に突然循環虚脱(重 ①急性肺血栓塞栓症の外科的治療の方針 篤なショックあるいは心停止)となった症例では外科的 本症に対する基本的治療は抗凝固療法であり,外科的 治療まで持って行くのが困難な場合が多い.術後や長期 治療を要する症例はそれほど多くはない.しかしながら, 臥床の患者で,急に呼吸困難や胸痛を訴え,ショック状 広範型肺塞栓症などで血行動態が不安定な例では,外科 態に陥った例で,低酸素血症や心エコーで右室の拡大を 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 認めたら本症を疑い,内科的治療に反応が乏しい場合に 除されれば血行動態は著しく改善する.2 週間以上経過 は病棟でただちに PCPS(経皮的体外循環)を開始する した塞栓血栓(亜急性肺血栓塞栓症)が混在している症 ことが重要である 185) .そして,致命的な脳合併症がなく, 例では,血栓が強固に肺動脈壁に付着しているので,肺 急性肺血栓塞栓によるショックと診断されたら肺血栓の 動脈壁を損傷しないように血栓摘除を行う必要がある. 外科的摘除術を行う.PCPS 使用中の肺動脈中枢部の血 血栓摘除は心拍動下でも可能であるが,小さな血栓が多 栓の存在は,経食道エコー,造影 CT などで確認可能で 数の区域動脈に存在したり,血栓が強固に壁に付着した あると報告されている 182) .術前に心肺停止に陥った例 症例では,心停止下に血栓摘除を行う.再発防止のため, での外科的血栓摘除術の死亡率は Stein らの文献集計で 周術期に下大静脈フィルターを挿入する施設が多い. は 59 %と高率であったが,このような症例に対する内 ③術後合併症 科治療の生存率が極めて不良であることを考慮すれば, ①出血 容認できると思われる.ちなみに,我が国では,前述の 術前に血栓溶解療法が行われている症例では,出血傾 ごとく PCPS を積極的に用いている施設からの報告では 向を来たし手術創からの出血のコントロールが困難な場 手術成績は良好である. 合がある.新鮮凍結血漿,血小板製剤の投与で対処する. また,本症のなかには 2 週間以上経過した塞栓血栓(亜 ②肺出血 急性肺血栓塞栓症)が混在している例があり注意を要す 肺動脈の損傷や再灌流障害のために,血栓摘除直後に る.この場合には通常の血栓摘除が困難である.詳細な 肺出血が起こることがある.特に,亜急性肺血栓塞栓症 病歴の聴取による発症時期の推定,心臓超音波検査にお の場合には,重篤な肺出血を来たすことがある.この場 ける右室肥大などの代償機構の発現などを参考にし,慎 合には,PEEP をかけ,肺胞からの出血を抑える.これ 重に手術適応を決定する必要がある. でも出血がコントロールできないときには,PCPS に移 外科的治療は,カテーテル治療と同様に対応可能な施 行してからヘパリンを中和し,肺出血がおさまるまで 設とそうでない施設があり,亜広範および広範型肺血栓 PCPS による循環管理を行う. 塞栓症例では,可能であればこれらの治療が対応可能な ③低心拍出量症候群 施設に早急に搬送することが望ましい.搬送中の呼吸循 通常は血栓摘除により速やかな血行動態の改善が得ら 環管理はⅡ -1-2-2)に準拠して行い,搬送中の急変をで れるが,術前心肺停止例などでは,右室の虚血のために きる限り回避する. 低心拍出量症候群に陥る場合がある.カテコラミンの投 ②手術手技 与を中心とした循環管理を行うが,循環動態の改善が得 本 症 に 対 す る 外 科 的 血 栓 摘 除 の 方 法 と し て, られない場合は,補助循環を行う. Greenfield らの経静脈的吸引カテーテルによる血栓摘除 ④低酸素脳症 術と体外循環を用いた直視下血栓摘除術がある.前者は 心肺停止例,ショックが遷延した例に対する肺血栓摘 経皮的カテーテルによる血管内治療にとってかわられ, 除術の最も重篤な術後合併症は低酸素脳症である.前述 今日ほとんど行われない.直視下血栓摘除術は,人工心 のごとく,急性肺血栓塞栓症で循環動態が不安定あるい 肺を用いた体外循環下に肺動脈を切開して直視下に血栓 は急速に悪化する例では,線溶療法にこだわらず,強心 摘除を行う方法である 186).術前の呼吸循環動態が不良 薬の使用,人工呼吸,PCPS の導入などにより,脳への な症例では,補助手段として大腿動静脈間で体外循環を 虚血時間を可及的に短くすることが重要である.心臓外 速やかに開始する必要がある.病棟などでショック状態 科医との連携も重要であり,ショックを伴う重症な肺血 を呈して循環動態が保てない場合には,PCPS に乗せて 栓塞栓症に対する対応を病院内で取り決めておくことが から手術室に搬送する.本症による循環虚脱例では,い 必要である. かに速やかに体外循環を開始できるかが救命のキーポイ ④外科的血栓摘除術の手術成績 ントとなる. ①急性広範型肺血栓塞栓症に対する直視下血栓摘除術の 手術手技としては,胸骨正中切開後に体外循環を開始 文献的解析 して,肺動脈幹および右の主肺動脈に切開を加えて直視 最近約 10 年間の我が国および海外からの,10 例以上 下に血栓摘除を行う.本症では慢性肺血栓塞栓症におけ のまとまった報告例の手術成績を表にまとめた(表 19) る器質化血栓と異なり,通常軟らかい棒状の比較的新し 248)−251),255)−257) い赤色血栓が摘除可能である.血栓摘除は末梢まで可能 が共通しており,血行動態の悪化が見られる例では,心 な限り行うことが望ましいが,中枢側の血栓が大部分摘 肺停止に陥る前に補助循環と外科治療に踏み切ることが .術前の心肺停止例で死亡率が高いこと 29 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 表 19 急性肺血栓塞栓症に対する血栓摘除術の治療成績 Doerge HC(1996) 安藤(2003) Yalamanchili K(2004) Leacche M(2005) 41 16 13 47 在院死亡数 (死亡率) 29% 4(25%) 1(7.7%) 3(6%) Meneveau N(2006) 福田(2007) Digonnet A(2007) 14 18 21 1(7%) 1(5.6%) 6(28.6%) 報告者(年次) 手術数 文献 備考 手術前心肺停止例では手術死亡率が高い 8 例は術前に心肺蘇生,2 例は PCPS 導入 255 256 248 249 頭部外傷,脳血管障害,手術後症例などを対象.6 例は術前に 心肺停止,12 例はショック,21 例は血栓溶解療法禁忌例 血栓溶解療法無効例を対象 死亡例は acute on chronic PE 例 Massive PE の死亡率は 43% 251 257 250 図 9 我が国における急性肺血栓摘除術(日本胸部外科学会年次統計) 急性肺塞栓 手術例 120 107 死亡例 100% 死亡率 90% 100 80 80 66 50% 40% 31.3% 25.8% 30% 24.4% 22.0% 20 0 2000 60% 死亡率 症例数 40 70% 60 59 60 80% 85 82 2001 2002 20.0% 9.3% 2003 2004 20.0% 2005 2006 20% 10% 0% 年次 望ましい.Stein らは過去の 46 論文,1,300 例の文献を また,手術後 13 例,長期臥床 8 例であり,院内発症例 検討し,1985 年から 2006 年までの間の外科的肺血栓摘 は 17 例を占めていた.術前に血栓溶解療法が 10 例に, .日本胸部外科 肺塞栓に対するカテーテル治療が 4 例に行われ,PCPS 学会の年次報告を集計すると,我が国では 2000 年から 除術の死亡率を 20%と報告している が使用されていたものが 10 例であった.在院死亡は 6 2006 年までの 7 年間に,急性肺血栓塞栓症 539 例に対し 例(18.8 %)であり,PCPS 使用例の死亡は 3 例 30 %で て外科的血栓摘除術が行われ,その在院死亡率は 21.2% あった.下大静脈フィルターは 16 例,50 %に使用され であった(図 9).我が国においても,海外とほぼ同等 ている.外科的肺血栓摘除術は重症例を対象に行われて あるいはそれ以上の成績である.対象例が重症であるこ いるにもかかわらず,手術成績は良好であると結論でき とを考慮すれば,良好な成績といえるであろう. る. 258) ②「肺塞栓症研究会」の調査結果 1996 年 8 月から 2006 年 10 月までの間に「肺塞栓症研 究会」の参加 60 施設に,4 回の肺血栓塞栓症のアンケー ト調査が行われた 259) .この中で,急性肺血栓塞栓症に 対する血栓摘除術 32 症例が登録された.平均年齢 57 ± 17 歳,女性 21 例(66 %)であり,初発症状はショック 23 例,心肺停止 3 例,失神 11 例であった.基礎疾患と して外傷 3 例,悪性腫瘍 3 例,脳血管障害 3 例,心疾患 1 例,中心静脈カテーテル留置 2 例,妊娠 1 例であった. 30 【勧告の程度】 1.循環虚脱を伴う急性広範型肺血栓塞栓症における直 視下肺動脈血栓摘除術(人工心肺使用):Class Ⅰ 2.急性広範型肺血栓塞栓症で,非ショック例における 直視下肺動脈血栓摘除術:Class Ⅱ a 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 20 下大静脈フィルターの種類(2009 年 9 月現在) カテゴリー 永久留置型 一時留置型 フィルター名 Greenfield 取扱業者 ボストン フィルター部材質 MRI 検査 適合血管径 備考 チタニウム&ステン 可能 ≦ 28mm レススチール Celsa LGM30D/U シーマン コバルトクロム合金 可能 15 ~ 28mm Simon Nitinol Filter メディコン Ni-Ti 系形状記憶合金 可能 ≦ 28mm (≦ 1.5T) Bird's Nest メディコスヒラタ ステンレススチール 可能 ≦ 40mm TrapEase J&J コーディス Ni-Ti 系形状記憶合金 可能 18 ~ 30mm (≦ 3T) Guenther Tulip メディコスヒラタ Co, Cr, Ni 系合金 可能 18 ~ 30mm 回収可能オプション (≦ 1.5T) (10 日以内) OptEase J&J コーディス Ni-Ti 系形状記憶合金 可能 ≦ 30mm 回収可能オプション (≦ 3T) (12 日以内) ALN 下大静脈フィルター ソリュウション ステンレススチール 可能 16 ~ 28mm 回収可能オプション (10 日以内) Filtrethery 大正医科器械 ステンレススチール 不可 ≦ 35mm 留置期間 14 日以内 東レ・ニューハウス プロテクト 東レ テフロン(FEP) 可能 ≦ 30mm 留置期間 14 日以内 Tempofilter Ⅱ シーマン コバルトクロム合金 可能 ≦ 28mm 留置期間 28 日以内 ィルター,それに一時留置型フィルターとして記述を進 ⑥下大静脈フィルター める.また,後 2 者を非永久留置型フィルターとして扱 下大静脈フィルターは肺動脈内の血栓そのものに対す う. る治療ではなく,また,深部静脈血栓を予防したりその ①種類(2009 年 9 月現在,表 20) 進展を防止するものではない 260) が,急性肺血栓塞栓症 保険収載されている永久留置型下大静脈フィルター の一次ないし二次予防法として,臨床上必要な医療器具 は, Greenfield , Celsa LGM30D/U , Simon Nitinol として位置づけられている.2007 年 4 月に急性肺血栓塞 Filter,Bird’s Nest,TrapEase の 5 種類であり,回収可能 栓症発症例やハイリスク例に対するフィルター留置は保 型フィルターは Guenther Tulip,OptEase,ALN 下大静 険収載された. 脈フィルターの 3 種類である.多くのフィルターが適合 1975 年から 2000 年までに出版された下大静脈フィル ターに関する論文は 568 編 する静脈径は 28 ~ 30mm 以内であり,これを超える場 であるが,100 例を超す前 合には Bird’s Nest のみが適応となる.回収可能型フィル 向き研究は 16 編である.また,現在までに十分に計画 ターは挿入後 10 ~ 12 日以内であれば,抜去が可能とさ された無作為割付の成績は 1998 年に発表された 400 例 れている. 261) 262) のみである.したがって,下大静脈フィルタ 一時留置型下大静脈フィルターについては ーの適応や有効性について十分に実証されたものとは言 Filtrethery, 東 レ・Neuhaus Protect,Tempofilter Ⅱ の 3 の報告 い難い.我が国では,急性肺血栓塞栓症の死亡率の低減 種類がある.留置期間は Tempofilter Ⅱのみ 4 週間留置可 にフィルターの使用は有用であった,との全国調査 145) 能であるが,他の 2 種は 2 週間以内とされている.なお, がある. 一時留置型フィルターは米国では認可されていない. 下大静脈フィルターには永久留置型と非永久留置型が ②適応 あり,前者は 1960 年代半ばから開発使用されているの 下大静脈フィルターの適応に関しては,欧米において に対し,後者は新しく開発されたものであり臨床経験の も十分なエビデンスがない.急性肺血栓塞栓症予防の原 蓄積は十分とはいえない.近年,永久留置型として保険 則は抗凝固療法であり,フィルターはそれを補完する医 収載されているフィルターの中で,回収可能オプション 療器具 263),264)である.非永久留置型フィルターの独立し 付きのものが臨床使用されるようになってきた.一時留 た適応は,欧米でも未だ見いだされておらず,永久留置 置型と回収可能型フィルターは非永久留置型として分類 型フィルターの適応に準ずると考えられている 263).下 し,回収可能オプションのない永久留置型フィルターと 大静脈フィルター適応の基本的な基準を表 21 に示す. 区別されることが多い.本ガイドラインでは永久留置型 これらの中で限られた期間のみ急性肺血栓塞栓症の発症 のうち回収可能オプションのないものを永久留置型フィ 予防を行えばよい症例が,非永久留置型フィルターの適 ルター,回収可能オプションのあるものを回収可能型フ 応となる. 31 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 表 21 永久留置型下大静脈フィルターの適応 Class Ⅰ: Class Ⅱ a: Class Ⅱ b: Class Ⅲ: 禁 忌: 静脈血栓塞栓症を有する症例のうち, 抗凝固療法の禁忌例 抗凝固療法の合併症ないし副作用発現例 十分な抗凝固療法中の静脈血栓塞栓症再発例 抗凝固療法の維持不能例 静脈血栓塞栓症を有する症例のうち, 骨盤腔内静脈・下大静脈領域の静脈血栓症 近位部の大きな浮遊静脈血栓症 血栓溶解療法ないし血栓摘除を行う肺血栓塞栓症 心肺機能予備能のない静脈血栓塞栓症 フィルター留置後の肺血栓塞栓症再発 抗凝固薬の合併症ハイリスク例(運動失調,頻繁な転倒など) 血栓内膜摘除術を行う慢性肺血栓塞栓症 静脈血栓塞栓症を有しない症例で, 静脈血栓塞栓症ハイリスクの外傷例 静脈血栓塞栓症ハイリスクの手術例 静脈血栓塞栓症ハイリスクの病態を有する例 右心不全および深部静脈血栓がない抗凝固療法施行中の急性肺血栓塞栓症 抗凝固療法施行中の末梢性深部静脈血栓症 大静脈へのアクセスルートがない例 フィルターを留置する部位がとれない例 ※数週間以内でフィルターが不要になる病態には,非永久留置型下大静脈フィルターの使用も考慮される. 永久留置型下大静脈フィルターの適応で Class Ⅰと考 ど,については日常生活動作の回復が見込めないなど何 えられる病態は,静脈血栓塞栓症を有する症例のうち, らかの事由がなければ,フィルター使用は勧められない. (1)抗凝固療法禁忌例,(2)抗凝固療法の合併症ない し副作用発現例, (3)十分な抗凝固療法にもかかわらず 脈へのアクセスルートがない例, (2)フィルターを留置 静脈血栓塞栓症が再発する例, (4)抗凝固療法を維持で する部位が確保できない例,などが挙げられている.ま きない例,とされている 260),263),264).臨床の場において た,若年者 266)や DIC などの高度な凝固異常例や感染症 は当初は抗凝固療法が禁忌であっても,また,合併症や 例 267)に対しては極力使用を避けるべきとの指摘がある. 副作用が発現していても,一定期間が過ぎれば抗凝固療 妊娠例については禁忌との考えもあるが,安全にフィル 法が可能となる病態は少なくない 265) .数週間経過後フ ターが使用できたとの報告 268)も見られる. ィルターが不要になると考えられる場合では,非永久留 非永久留置型下大静脈フィルターの適応は確立されて 置型を使用することが望ましい. いない 269).無作為割付試験の PREPIC 研究から,2 年間 Class Ⅱ a の病態には,静脈血栓塞栓症を有する症例 の追跡ではフィルター使用例の深部静脈血栓再発が 20.8 のうち, (1)骨盤腔内静脈・下大静脈領域の静脈血栓, (2) %と対照(11.6 %)に比して有意に高かったことから, 大きな近位部の浮遊静脈血栓, (3)血栓溶解療法ないし 極力永久留置しないことが肝要である.現状では永久留 血栓摘除を行う重症な急性肺血栓塞栓症例, (4)心肺機 置型下大静脈フィルターの適応の Class Ⅰおよび Class 能予備能のない静脈血栓塞栓症, (5)フィルター留置後 Ⅱ a の病態で,数週間急性肺血栓塞栓症が予防できれば の急性肺血栓塞栓症再発, (6)抗凝固薬の合併症ハイリ よい病態が,非永久留置型下大静脈フィルターの適応 スク例(運動失調,頻繁な転倒など),(7)血栓内膜摘 (Class Ⅱ a)とされる(表 22).回収可能型フィルター 除術を行う慢性肺血栓塞栓症例,など 263),264)が挙げられ の永久留置については,現時点では十分例の長期成績は る.この他に,静脈血栓塞栓症を有しない症例であって ない.回収可能型と一時留置型との使い分けについて言 も,静脈血栓塞栓症発症ハイリスクの外傷例や手術例, 及された文献はない.管理の簡便性から回収可能型の使 静脈血栓塞栓症を発症するリスクが高い病態を有する症 用が増えているが,全留置例に対する回収試行率は 15.5 例 32 下大静脈フィルターの禁忌 263)については,(1)大静 263),264) が考えられる. ~ 60.0 % 270)−276)と低く,長期留置の合併症 262)を考慮す 急性肺血栓塞栓症に対する一律のフィルター適応は ると極力回収する配慮が求められる 33).一時留置型では Class Ⅲ 263)とされている.すなわち,(1)右心不全およ 留置中の管理(フィルター先端からの補液量管理と早期 び深部静脈血栓がない抗凝固療法施行中の急性肺血栓塞 離床)は重要であるが,回収に伴う再穿刺合併症はなく 栓症, (2)抗凝固療法施行中の末梢性深部静脈血栓症な 100%抜去できる利点がある.回収可能型では管理は容 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 22 非永久留置型下大静脈フィルターの適応 Class Ⅰ: なし Class Ⅱ a: 永久留置型下大静脈フィルターの適応のうち, 数週間の間,急性肺血栓塞栓症が予防できれば よい病態 Class Ⅱ b: 回収可能型フィルターの永久留置 Class Ⅲ: 右心不全および深部静脈血栓がない抗凝固療法 施行中の 急性肺血栓塞栓症 抗凝固療法施行中の末梢性深部静脈血栓症 ※フィルターの永久留置は静脈血栓症を増加するため,回収可 能型下大静脈フィルターは極力抜去することが勧められる. にまとめた. 永久留置型および回収可能型下大静脈フィルターにつ いては,フィルター自体の特別な管理は必要としない. 挿入後の抗凝固療法は,挿入部血栓や静脈血栓症の予防, フ ィ ル タ ー 部 血 栓 予 防 の た め, 使 用 し た 方 が よ い 32),260),281)と考えられている.禁忌でなければフィルタ ー挿入後は抗凝固療法を早期に開始する.回収可能型下 大静脈フィルターの回収時には病態は改善しており,し かも,抗凝固療法施行中である.したがって,再穿刺時 の出血性合併症には注意を要する.抗凝固療法の継続期 間については,中止すれば深部静脈血栓症形成の予防効 易であり,症例ごとの得失を考えて適応を考慮すべき 33) 果は消失する 282)とされ,出血性合併症に注意した長期 である. の使用が勧められる. ③手技 一時留置型下大静脈フィルターについては,発熱とフ 277) は基本 ィルター部血栓の管理に配慮し 32),原因不明の発熱に対 的に内頸静脈を穿刺して,イントロデューサーを挿入し しては抜去を考慮する.通常は早期の抜去のみで解熱す 造影用カテーテルにて下大静脈造影を行い,腎静脈の位 る.フィルター部血栓の予防にはフィルター先端からの 置,下大静脈径,奇形の有無などを確認した上で,下大 40 ~ 50mL/ 時の持続点滴と,静脈血流速度を増す早期 永久留置型下大静脈フィルターの使用方法 静脈フィルターを内蔵したカテーテルを下大静脈まで進 離床が重要である.滴下遅延が生じたら先端の血栓形成 める.透視下でカテーテルの位置決めを行い,下大静脈 を疑い,ルート確認やフィルター内血栓確認を行う.フ フィルターを腎静脈の直下に留置すべく,脚を静脈壁に ィルター内に 1/4 以上の血栓を認めた場合には,早期に 固定する.残存血栓の位置や病態により腎静脈直下では 先端からウロキナーゼ 24 ~ 48 万単位 / 日の持続的な血 なく,腎静脈より中枢部に留置せざるを得ないこともあ 栓溶解により縮小化することが多い.縮小化しなかった るが,基本的には問題は生じない 278) とされている.回 り,ADL が拡大できないときには,永久留置型下大静 収可能型下大静脈フィルターの使用方法 279)は,永久留 脈フィルターへの置換も必要となる.穿刺部出血は抗凝 置型下大静脈フィルターに準ずるが,フィルターが傾い 固薬を使用するため生じやすい.1 回の穿刺で留置する て静脈壁に回収用ワイヤを掛けるフックが密着すると, ことが最大の予防である. 回収困難となるため,フィルターの軸が傾斜しないよう ⑤臨床成績 に留置する. 下大静脈フィルター挿入後の臨床成績については,急 一時留置型下大静脈フィルターの使用法 277) は,気胸 性肺血栓塞栓症の予防効果と合併症から議論される.永 を避けるために内頸静脈アプローチで行うことが多 久留置型下大静脈フィルター挿入後では肺血栓塞栓症発 が,本フィルター挿入後の早期 ADL の拡大を重視 症は短期では有意に予防されるが,2 年経過するとむし して,フィルター移動が少ない鎖骨下静脈アプローチを ろ深部静脈血栓症が増加する 262).8 年追跡報告 283)でも 推奨する報告 280)も見られる.頸静脈アプローチでは, 深部静脈血栓はフィルター使用例で増加している.急性 い 269) 首の動きによりフィルター自体が移動しやすい.一時留 肺血栓塞栓症 2,392 例のうち広範型 108 例の検討では, 置型下大静脈フィルターではシャフトがフィルター本体 フィルター使用群で死亡率低減効果が示された 253)が, と連結しているため,刺入部に関する無菌的管理と固定 結論を得るには症例数は十分ではない.挿入後の肺血栓 が必要となる.なお,Tempofilter Ⅱではシャフトはあ 塞栓症の発症は 0.5 ~ 6.0% 260),265),267),270),273),284)といわれ るが,皮下埋込み型となっている. ているが,7.5% 285)や 14.3% 278)に達するとの報告もある. ④挿入後の管理 致命的急性肺血栓塞栓症の発症は 0.3 ~ 1.9% 260),265),と フィルターには急性期の肺血栓塞栓症予防効果が明ら 報告されている.下大静脈閉塞率を見ると,抗凝固療法 か 262)である.留置後は速やかに ADL を拡大して離床を 使用にもかかわらず 5 年後で約 22%,9 年後で約 33%と 勧める.早期離床は静脈血栓形成の大きな要因である静 経年的に増加する報告 33)がある一方,20 年間で開存率 脈うっ滞を防止する上でも重要である. は 96 %(閉塞率 4 %)とする報告 286)もある.各フィル 下大静脈フィルター使用中の MRI 検査の適否は表 20 ターの比較試験は報告されていない. 33 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 短期合併症には,穿刺部位に関しては,血腫,穿刺部 参考にしながら,胸部 X 線写真上異常所見の見られる患 血栓,空気塞栓,動静脈瘻形成など,フィルター自体に 者のみならず肺野に所見が乏しい患者では,積極的に動 ついては,下大静脈以外の分枝静脈への留置,心臓内や 脈血液ガス分析を施行する必要がある.低炭酸ガス血症 肺動脈への移動,不完全開大などがある.長期合併症で を伴う低酸素血症を見た場合,心電図,心エコー検査, は深部静脈血栓症再発は 5.9 ~ 32% ,下大静脈血 肺機能検査で他の心肺疾患の鑑別を行うと同時に右室拡 栓形成は 1 ~ 11.2 % 265),284),287)といわれている.しかし 大や右室肥大など右心負荷の存在を確認する.さらに診 265),284) ながら,超音波を用いた前向き研究 288) によると,穿刺 断を確定するには,(1)肺換気・血流スキャンにて換気 部血栓は 16 ~ 30.2%,下大静脈血栓は 5.3 ~ 17.5%と比 分布の異常を伴わない肺血流分布異常が 6 か月以上不変 較的多い.その他,フィルターの移動や破損,下大静脈 であること,もしくは肺動脈造影にて特徴的な所見であ の穿孔など 260),265)も指摘されている. る(a)pouch defects,(b)webs and bands,(c)intimal 回収可能型下大静脈フィルターは永久留置型フィルタ irregularities ,( d ) abrupt narrowing ,( e ) complete ーに比して,我が国を含め世界的に留置数は増加してい obstruction の 5 つの少なくとも 1 つ以上が証明されるこ る.抜去成功率は 69.7 %~ 96.6 %と報告 されて と 293),加えて(2)右心カテーテル検査にて肺動脈楔入 いる.フィルターが傾斜していたことと,フィルター内 圧正常で肺動脈平均圧が 25mmHg 以上であること,を 血栓が抜去不能の主な原因となっている.フィルター使 確認する必要がある.後述する予後判定の上で肺血管抵 用中の肺血栓塞栓症の発症は0% 270)−276) ,1.1 % 274) ,4.7 272) % 270)であり,新規静脈血栓発症は 3.2 % 272),12.6 % 270) といわれている.その他,フィルターの移動や静脈壁の 穿通などが指摘されている. 抗を測定するためにも心臓カテーテル検査は有用であ る. ②臨床症状 一時留置型下大静脈フィルター使用中の肺血栓塞栓症 自覚症状として本症に特異的なものはないが,労作時 発症については,症例数は少ないが 0 % から 2.1 息切れは最も高頻度に見られ,反復型では,突然の呼吸 との報告があり,予防効果はあると考えられてい 困難や胸痛といった症状を反復して認める.一方,潜伏 % 289),290) 291) る.一時留置型下大静脈フィルターの合併症 292)として 型では,徐々に労作時の息切れが増強してくる.この他, は,穿刺部出血,発熱,穿刺部血栓,フィルター移動, 胸痛,乾性咳嗽,失神なども見られ,特に肺出血や肺梗 空気塞栓などがある.特に注意すべきはフィルター内血 塞を合併すると,血痰や発熱を来たすこともある.肺高 栓形成であり,線溶療法や血栓吸引など抗血栓療法追加, 血圧の合併により右心不全症状を来たすと,腹部膨満感 フィルター追加などを要する 269) ことがある. や体重増加,下腿浮腫などが見られる. 身体所見としては,低酸素血症の進行に伴いチアノー 【勧告の程度】 ゼ,および過呼吸,頻脈が見られる.下肢の深部静脈血 1.何らかの理由で長期間抗凝固療法が不能な例に対す 栓症を合併する症例では,下肢の腫脹や疼痛が認められ る永久留置型下大静脈フィルターの適応:Class Ⅰ る.また,右心不全症状を合併すると,肝腫大および季 2.非永久留置型下大静脈フィルターの適応:Class Ⅱ a 2 慢性肺血栓塞栓症 肋部の圧痛,下腿浮腫なども認められるようになる.深 部静脈血栓症と肺高血圧症による右心不全で観察される 浮腫との鑑別点としては,立位で患肢のみ赤みがかった 変色が見られる点や,Homans 徴候,Lowenberg 徴候が 1 診断 ①診断へのアプローチ 比較的中枢側の肺動脈が,付着血栓により狭窄を来た すと,同部の肺野で収縮期肺血管雑音を聴取することが あり,原発性肺高血圧症との鑑別に有用とされる.また, 治療対象疾患としての特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高 肺高血圧の進展に伴い,Ⅱ音肺動脈成分の亢進および三 血圧型)の診断は,厚生労働省特定疾患呼吸不全調査研 尖弁逆流による収縮期心雑音が聴取されることが多い. 究班の作成した診断基準に準拠して進める(表 23).労 作時息切れを呈する患者を診た場合,本症を疑うことが 34 ある. ③診断のための臨床検査 重要である.診断の手順としては,まず疑い症例を選別 ①血液・生化学所見 する方法として,表 23 に示した症状および臨床所見を 特異的所見はなく,診断的価値は乏しい.右心不全か 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 表 23 特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)の診断の手引き 器質化した血栓により,肺動脈が慢性的に閉塞を起こした疾患である慢性肺血栓塞栓症のうち,肺高血圧型とはその中でも肺高 血圧症を合併し,臨床症状として労作時の息切れなどを強く認めるものをいう (1)主要症状および臨床所見 ① Hugh-Jones Ⅱ度以上の労作時呼吸困難または易疲労感が 3 か月以上持続する ②急性例にみられる臨床症状(突然の呼吸困難,胸痛,失神など)が,以前に少なくとも 1 回以上認められている ③下肢深部静脈血栓症を疑わせる臨床症状(下肢の腫脹および疼痛)が以前認められている ④肺野にて肺血管性雑音が聴取される ⑤胸部聴診上,肺高血圧症を示唆する聴診所見の異常(Ⅱ音肺動脈成分の亢進,第Ⅳ音,肺動脈弁弁口部の拡張期雑音,三尖 弁弁口部の収縮期雑音のうち少なくとも 1 つ)がある (2)検査所見 ①動脈血液ガス所見 (a) 低炭酸ガス血症を伴う低酸素血症(PaCO2 ≦ 35 Torr,PaO2 ≦ 70 Torr) (b) AaDO2 の開大(AaDO2 ≧ 30 Torr) ②胸部 X 線写真 (a) 肺門部肺動脈陰影の拡大(左第Ⅱ弓の突出,または右肺動脈下行枝の拡大;最大径 18mm 以上) (b) 心陰影の拡大(CTR ≧ 50%) (c) 肺野血管陰影の局所的な差(左右または上下肺野) ③心電図 (a) 右軸偏位および肺性 P (b) V1 での R ≧ 5mm または R/S > 1,V5 での S ≧ 7mm または R/S ≦ 1 ④心エコー (a) 右室肥大,右房および右室の拡大,左室の圧排像 (b) 心ドプラー法にて肺高血圧に特徴的なパターンまたは高い右室収縮期圧の所見 ⑤肺換気・血流スキャン 換気分布に異常のない区域性血流分布欠損(segmental defects)が,血栓溶解療 法または抗凝固療法施行後も 6 か月以上不変あ るいは不変と推測できる.推測の場合には,6 カ月後に不変の確認が必要である ⑥肺動脈造影 (b)webs and bands, (c)intimal irregularities, (d)abrupt narrowing, (e) 慢性化した血栓による変化として(a)pouch defects, complete obstruction の 5 つのうち少なくとも 1 つが証明される ⑦右心カテーテル検査 (a) 慢性安定期の肺動脈平均圧が 25mmHg 以上を示すこと (b) 肺動脈楔入圧が正常(12mmHg 以下) (3)除外すべき疾患 以下のような疾患は,肺高血圧症ないしは肺血流分布異常を示すことがあるので,これらを除外すること ①左心障害性心疾患 ②先天性心疾患 ③換気障害による肺性心 ④原発性肺高血圧症 ⑤膠原病性肺高血圧症 ⑥大動脈炎症候群 ⑦肺血管の先天性異常 ⑧肝硬変に伴う肺高血圧症 ⑨肺静脈閉塞性疾患 (4)診断基準 以下の項目をすべて満たすこと ①新規申請時 (a)主要症状および臨床所見の①~⑤の項目の①を含む少なくとも 1 項目以上の所見を有すること (b)検査所見の①~④の項目のうち 2 項目以上の所見を有し,⑤肺換気・血流スキャン,または⑥肺動脈造影の所見があり, ⑦右心カテーテル検査の所見が確認されること (c)除外すべき疾患のすべてを鑑別できること ②更新時 (a)主要症状および臨床所見の①~⑤の項目の①を含む少なくとも 1 項目以上の所見を有すること (b)検査所見の①~⑤の項目の①を含む少なくとも 1 項目以上の所見を有すること (c)除外すべき疾患のすべてを鑑別できること ら肝うっ血を来たすと,GOT,GPT 総ビリルビン値上 の頻度としては多くない. 昇などの肝機能障害を示す.Fibrinogen 増加,FDP およ ②動脈血液ガス・肺機能検査所見 び D ダイマー増加を来たす場合もある.血液凝固系の異 動脈血液ガス分析では,PaO2,PaCO2 ともに低下し, 常として,抗リン脂質抗体陽性を約 11 %に認めると報 AaDO2 が開大することが特徴である 295).一方,肺機能 .アンチトロンビン・プロテイン C・ 検査所見では,多くの場合正常値を示すが,約 20 %の プロテイン S などの欠乏症を合併することもあるが,そ 症例では,続発する肺梗塞や胸膜病変のため拘束性換気 告されている 294) 35 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 障害を示すとされる 296).また肺拡散能も,血栓の閉塞 ている 298).また CT は,肺出血や肺梗塞巣の性状の評価 により肺血管床が大きく低下しない限り正常のことが多 も可能であり,thin slice の肺野条件 CT において,モザ い 295) イクパターン(すりガラス陰影と低濃度領域が混在する . ③胸部 X 線写真 パターン)を呈することが本症の特徴とされ,このモザ 閉塞領域の肺血管陰影の減弱(Westermark sign),お イクパターンは原発性肺高血圧症では見られない,とさ よび対側への血流増加などといった肺血管陰影に局所差 れている 67),298).しかしながら,亜区域レベルの血栓性 が認められることが特徴とされるが,ほとんど異常の認 塞栓の確認には,肺動脈造影が必要とされる 299). められないことも多く注意が必要である.また,肺出血 ⑧肺動脈造影 や肺梗塞を合併すると,肺野に浸潤影・索状影に加え, 肺動脈造影は,急性例・慢性例を問わず肺血栓塞栓症 胸水の貯留も認められる.肺高血圧を合併すると,肺門 の診断において最も信頼のおける検査法といえる. 部肺血管陰影の拡大や左第Ⅱ弓の突出,心陰影拡大が見 一般に慢性肺血栓塞栓症では,急性例に認められる られる. cut-off sign や filling defects と は 異 な り,(1)pouch ④心電図 defects(血栓の辺縁がなめらかに削られることにより造 肺高血圧の進展に伴い,右軸偏位や肺性P波,胸部誘 影上丸く膨らんで小袋状にみえる変化),(2)webs and 導 V1 から V3 にかけての陰性T波出現,V1 誘導での R/S bands(血栓の器質化に伴い肺動脈再疎通を示す帯状狭 > 1,V5 誘導での R/S < 1 などといった,右室肥大およ 窄 ),(3)intimal irregularities( 血 管 壁 の 不 整 ),(4) び右心負荷所見が観察される. abrupt narrowing( 急 激 な 先 細 り ),(5)complete ⑤心エコー obstruction(完全閉塞)といった所見が特徴的とされ 右室拡大や肥大に加え,心室中隔の左室側への圧排や る 293).右室拡張末期圧が 20mmHg を超える症例での危 奇異性運動などが認められる.さらに,ドップラー法を 険性が指摘されていたが 300),左右選択的に非イオン性 用いることで肺動脈圧の推定が可能であり,重症度の判 造影剤を使用することで,死亡例や重篤な副作用は出現 定に有用とされる. しなかったとされ,手術適応を決定する際には,必須の ⑥肺換気・血流シンチグラフィ 検査である 44),293). 本検査は,侵襲も少なく,繰り返し検査が可能であり, ⑨右心カテーテル検査 スクリーニング検査として必須の検査である.慢性肺疾 前毛細血管性肺高血圧症の確認のため,平均肺動脈圧 患などの換気障害に伴う血流減少を鑑別する意味でも, が 25mmHg 以 上 で あ り, か つ 肺 毛 細 血 管 楔 入 圧 が 肺換気・血流シンチグラフィの診断的価値は高い.一般 12mmHg 以下の正常値を示すことを確認する.また, に,肺換気シンチグラフィは正常で,肺血流シンチグラ 低酸素血症を来たすシャント性心疾患との鑑別にも有用 フィで肺区域枝以上のレベルの大きさの欠損領域が,単 といえる.肺動脈圧,心拍出量の測定や混合静脈血酸素 発または多発して認められる.一方,肺動脈性肺高血圧 分圧の測定などから,病態の正確な把握および重症度の 症では,肺血流シンチグラフィが正常あるいは mottled 評価が可能であり,治療法を決定する上でも必須の検査 liked で,区域性欠損を呈さない点が本症との鑑別点と といえる. して重要である. ⑩血管内視鏡,血管内エコー しかしながら,壁在器質化血栓や再疎通した血栓性塞 先端バルーン付き血管内視鏡使用が,肺動脈造影上本 栓では,血流欠損像としては検出できず,したがって, 症が疑われた症例から原発性肺高血圧症や肺動脈原発腫 必ずしも肺循環障害としての重症度を反映しないことか 瘍など,他疾患を鑑別するのに有用であることが報告さ ら,手術適応などの決定の際には,肺動脈造影による正 れ 44),301),さらに本症の手術適応を考える上で,血栓存 確な血栓部位の把握や右心カテーテル検査による肺循環 在の有無と手術的に血栓に到達可能かどうかを確認する 動態の評価が必要である. ため,血管造影で判断に迷う症例におけるその有用性が ⑦胸部 CT 報告されてきた 302).また,本症に血管内エコーを使用し, 近年,造影 CT が,本症において区域,葉動脈,主肺 器質化血栓では壁肥厚や半月状の層として認められるこ 動脈の血栓性塞栓を検出し,手術適応の判定や効果の予 と,急性血栓がエコー輝度が低いのに対して慢性血栓が 測に有用との報告がなされた 67),297) .さらに肺血流シン チグラフィで本症と同様の所見を呈する肺動脈腫瘍や肺 動脈炎との鑑別にも有用なため,必須な検査となってき 36 高輝度に描出されることなど,本症診断における有用性 の報告もみられる 303),304). 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン ③低酸素血症 【勧告の程度】 1.慢性肺血栓塞栓症の診断における肺動脈造影:Class 閉塞性に加え,低酸素血症に伴う低酸素性肺血管攣縮が Ⅰ 2.慢性肺血栓塞栓症(本幹,葉動脈,区域動脈)の診 関与している可能性は否定できない.酸素療法は酸素輸 送能の向上による自覚症状の改善に加え,低酸素性肺血 断における造影 CT(MSCT):Class Ⅰ 2 本症の肺高血圧の発症機序として,肺血管床の血栓性 管攣縮の解除により一定範囲での降圧が期待できる.明 治療 らかなエビデンスは得られていないが,予後改善効果も CTEPH に対しては内科・外科治療が施行されるが, 期待される.我が国では肺高血圧症例は在宅酸素療法 最近の外科的血栓内膜摘除術の治療成績は良好となっ (home oxygen therapy:HOT)の保険適用が得られおり, た.本症に対するカテーテル治療は報告が少なく,今後 CTEPH もその対象疾患である. 限られた症例に施行されることはあり得る. ④右心不全対策 右心不全の顕在化が CTEPH の大きな予後規定因子で ①内科的治療 ある.胸水や肝腫大・肝機能異常,血小板減少,下腿浮 CTEPH の病態は,肺動脈が器質化血栓によって閉塞 腫などが出現した右心不全例に対しては,安静と水分摂 し生じた肺高血圧症と難治性の右心不全,低酸素血症で 取の制限,利尿薬・経口強心薬などによる一般的な心不 ある.したがって,器質化血栓を外科的に摘除する治療 全治療が行われ,重症例ではカテコラミンの投与も必要 法(肺動脈血栓内膜摘除術)が本症に対する唯一の根治 となる. 療法である.しかし,肺動脈血栓内膜摘除術の適応は中 ⑤血管拡張療法 枢型 CTEPH にほぼ限定され,末梢型 CTEPH や比較的 CTEPH では Ca 拮抗薬や亜硝酸薬,ACE 阻害薬など 軽症で手術適応のない CTEPH,術後に肺高血圧が残存 の古典的な血管拡張療法が従来から試みられてきたが, した CTEPH などが内科治療の対象となる. それらの有効性を示すエビデンスは全く得られなかっ 手術適応のない CTEPH 例の内科的治療では,本症の た.CTEPH と PPH を代表とする肺動脈性肺高血圧症 原因とされる静脈血栓塞栓症に対しては抗凝固療法が, (PAH)は,本来は全く別の疾患と定義されてきた.し 低酸素血症に対しては酸素吸入が,肺高血圧に対しては かし近年 CTEPH の病態に関して,肺動脈 small vessel 肺血管拡張薬が,そして右心不全に対しては強心薬や利 disease または microvascular disease という,一部 PAH と 尿薬の投与などが必要に応じて行われている. 病態が重複する概念が提唱されはじめた 64).これは ①抗凝固療法 CTEPH の発症過程において,急性肺血栓塞栓症は単に 未治療 CTEPH の予後は肺血行動態重症度が高いほど その端緒に過ぎず,一部症例では器質化血栓が存在する 予後不良であるが,軽症例でも経過とともに肺血行動態 部位以外において,何らかの機序により肺血管のリモデ 49) .この原 リングが生じ,血管閉塞が進行して末梢型 CTEPH の完 因は急性肺血栓塞栓症の顕性 / 不顕性の再発による可能 成に至るとする考え方である.そして,その証左として が悪化する症例があることが報告されている 性も否定できないが,in situ での血栓形成機序の関与も CTEPH には PPH と類似の末梢血管病変が存在する例が 考えられている.したがって,CTEPH ではワルファリ あることを挙げている.このため small vessel disease の ンによる終生の抗凝固療法が必要とされている.ただ抗 要素を持つ CTEPH に対しては,PPH に準じた内科的治 凝固療法の有効性を示す明瞭なエビデンスは得られてい 療が有効である可能性が示唆される.近年,PPH の治 ない.ワルファリンの投与量は,急性肺血栓塞栓症に準 療薬である beraprost じた投与量(INR 1.5 ~ 2.5)が行われる場合が多い. け る 有 効 性 に 関 す る 検 討 が 行 わ れ て い る. ま た ②血栓溶解療法 endothelin 受容体拮抗薬の bosentan69),306)や PDE5 阻害薬 CTEPH ではその定義上は血栓溶解療法は無効である. の sildenafil しかし経過中に病状の急速な悪化を見た場合,いわゆる 験の結果,肺血行動態・6 分間歩行距離,BNP などの評 68) や epoprostenol 305) の CTEPH にお 70) では,非盲検試験やプラセボ対照比較試 acute on chronic PTE といわれる病態を考える必要があ 価項目で有意の改善が得られたとの報告もある.さらに る.D ダイマーなどの凝固 - 線溶系分子マーカーが高値 種々の治療薬を組み合わせた combination therapy の可能 の場合には血栓溶解療法で症状の軽快が得られる可能性 性も提唱されている.ただし我が国では,これらの治療 があり,症例によっては一度は試みてもよいと思われる. 薬は CTEPH に対する保険適用が得られていないことに 留意されたい. 37 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 【勧告の程度】 1.抗凝固療法:Class Ⅱ a 2.酸素療法 / 在宅酸素療法:Class Ⅱ b 3.肺高血圧症に対する各種の血管拡張療法:Class Ⅱ b 4.右心不全に対する強心・利尿薬:Class Ⅱ b ②外科的治療 ①側方開胸法による肺動脈血栓内膜摘除術 表 24 側方開胸法による呼吸循環動態諸量の術前後の比較 術 前 術 後 平均肺動脈圧 44.6 ± 7.4 28.0 ± 8.4 (mmHg) 2.51 ± 0.53 3.22 ± 0.57 心係数 (L/min/m2) 861.5 ± 311.8 403.9 ± 219.6 肺血管抵抗 (dynes・sec・cm - 5) 58.2 ± 8.0 64.2 ± 11.9(1M 後) PaO2(FiO2 : 0.21) (mmHg) 73.7 ± 18.6(6M 後) CTEPH に対する治療として肺動脈血栓内膜摘除術は ほぼ確立された術式といえる.側方開胸法は,標準術式 な摘除ができなかった.術後生存例では平均肺動脈圧, とされる超低体温下間歇的循環停止法を用いた正中切開 心係数,肺血管抵抗はいずれも速やかに改善したが, 法が行われるようになる以前に報告された術式である. PaO2 は術後経過とともに徐々に改善し,6 か月後には有 手術適応は正中切開法と同様であるが,現在は限られた 意に改善を示した(表 24).遠隔期死亡は 3 例で術後 症例に考慮される術式と考えられる 307)−313). 4,220 日目,1,891 日目,1,173 日目にそれぞれ死亡した. ①手術方法 うち突然死が 2 名,心不全死が 1 名でいずれも本症との 第 4 ないしは第 5 肋間開胸で肺動脈に到達する.葉間 関連を疑わせた. 溝から剥離を進め,各区域動脈を露出し,末梢からの血 ③まとめ 液の back flow をコントロールするために taping を行う. CTEPH に対する外科的治療として現在では,一期的 この際,肺実質を傷つけ出血を来たさないように十分注 に両側肺動脈血栓内膜摘除が可能な正中切開法が標準術 意しながら丁寧に剥離を進める必要がある.人工心肺は 式とされ,特に中枢型病変に対しては,手術成績は良好 用いずに,ヘパリン投与後,左右いずれかの主肺動脈を である 44),314).したがって本症に対する側方開胸法は, 遮断,肺動脈圧の推移を約 5 分間観察し,肺動脈圧が体 病変が片肺に優位で,しかも末梢型病変であるような場 血圧を凌駕しないことを確認した後,葉動脈に切開を加 合に考慮されるべき術式である. え,血栓内膜摘除を始める.血栓内膜摘除の剥離面の同 定は正中切開法と同様であり,器質化血栓を把持しなが ら,各区域動脈へ向かって剥離を進め,鋳型状にちぎれ 【勧告の程度】 1.側方開胸法による肺動脈血栓内膜摘除術:Class Ⅱ b な い よ う に 引 き 抜 き, 摘 除 す る. 摘 除 後, 末 梢 側 の 38 taping を解除し,血液の back flow を確認した後,葉動 ②超低体温法による肺動脈血栓内膜摘除術 脈の切開線を直接あるいは自己心膜パッチを用いて閉鎖 ①外科的適応 する.なお術中,重篤な不整脈の出現や右心不全,低酸 CTEPH の診断は症状や血液検査,肺血流シンチグラ 素血症を呈した場合,人工心肺による補助手段を講ずる. ムや心エコー法などの画像診断法などでなされるが,治 ②手術成績 療方針を決定するには肺動脈造影,MSCT,右心カテー 側方開胸法による肺動脈血栓内膜摘除術は 1960 年代 テル検査などの所見が重要である. から試みられ,報告されている 307),308). CTEPH に対する手術適応として,Daily ら 315),316)は肺 増田らの手術成績:1986 年以降,16 例の慢性肺血栓 血管抵抗 300dyne・sec・cm − 5 以上,肺動脈造影で閉塞 塞栓症に対し側方開胸法を用い,肺動脈血栓内膜摘除術 性病変を肺葉動脈まで認めること,Jamieson ら 317),318)は を施行した.16 例の男女比は 4:12,平均年令は 44.0(22 (1)平均肺動脈圧 30mmHg 以上,肺血管抵抗 300dyne・ ~ 68)歳であった.術前の呼吸循環動態は著明な肺高 sec・cm − 5 以上,(2)血栓の中枢端が手術的に到達し得 血圧と低酸素血症を呈していた.手術は全例右側方開胸 る部位にあること, (3)重篤な合併症がないことなどを で肺動脈に到達した.なお重篤な不整脈の出現や右心不 挙げている.手術適応の決定には肺動脈の閉塞形態と臨 全,低酸素血症で緊急に人工心肺が必要になった例はな 床症状(NYHA Ⅲ度以上で非ショック例)が重要であ かった.後に 2 例に左開胸を追加し,二期的に血栓内膜 る 54),319),320).CTEPH では形態的に,肺葉動脈から区域 摘除術を施行した.手術死は 2 例(12.5%)で,死因は 動脈に閉塞が認められる中枢型と,区域動脈より末梢の 術後肺炎と術後肺水腫であった.また 2 例において剥離 小動脈の閉塞が主体である末梢型に分類することができ 層の同定が困難であったり,血栓内膜が脆弱なため十分 る 321).Jamieson らは摘除血栓内膜から肺動脈の閉塞形 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 態を 4 型に分類しているが,Ⅰ型(主肺動脈や葉間動脈 PEA には開胸にて一側肺に行う方法と,胸骨正中切 に壁在血栓が存在する),Ⅱ型(区域動脈の中枢側に器 開にて人工心肺下に両側肺に行う方法とがある.後者は 質化血栓や内膜肥厚がある)が中枢型で,末梢型がⅢ型 超低体温間歇的循環停止法を用いて両側肺の血栓内膜摘 (区域動脈の末梢側に内膜肥厚や線維化組織が存在する) 除を行う方法で,Daily ら 315),Jamieson ら 317)San Diego である.Ⅳ型は細動脈の病変で手術適応はない 322).肺 グ ル ー プ に よ っ て 確 立 さ れ た 方 法 で あ る( 図 10). 動脈の閉塞形態ではこの中枢型がよい手術適応であり, CTEPH は通常両側病変であり,両側肺へ同時にアプロ 末梢型では遠隔期を含めて成績不良である 314),323) ため, ーチできること,合併する他の心病変にも対応可能なこ 慎重に手術症例を選択する必要がある.このため手術適 と,開胸による肺出血の危険が少ないことなどにより, 応の決定には,肺葉動脈から区域動脈に閉塞や狭窄性病 現 在 で は CTEPH に 対 す る 標 準 術 式 と な っ て い 変が存在して,肺動脈壁が肥厚していることを正しく診 る 314),322)−326). 断することが重要である.また,術前の病態として,心 不全や呼吸不全が急速に増悪してショックとなった症例 (1)本法による血栓内膜摘除術の要点 CTEPH では内膜摘除を伴わない血栓塞栓摘除術は全 では成績不良である.上記の手術適応内にあり,心肺の く有効ではない.このため PEA を行うに際して剥離面 予備能力がまだ温存されているうちに外科治療を決定す の決定が第一に重要となる.図 11 に正しい剥離層を示 るか,呼吸循環動態が増悪した症例では内科的治療を行 した.内弾性板と中膜の間が理想的な剥離面であり,中 って状態を改善してから手術を行うことが望ましい. 膜の深い層に入ると薄いピンク色の外膜が見えてきて, CTEPH では筋性動脈より末梢は開存していることが 外へと出る危険がある 318).第二に重要な点は器質化血 多いことから,肺動脈の血栓内膜摘除術が確立されるよ 栓は強固でちぎれにくいので,血栓内膜を少しずつ剥離 うになった.しかし,最近の報告では細動脈病変による して引っ張りながら末梢側に剥離を進めていき,区域動 区域動脈より末梢の小動脈の閉塞が報告 64)されており, 脈まで樹枝状に器質化血栓を内膜とともに摘除すること 今後このような症例の鑑別が必要となる. である.第三に無血術野を得ることが重要である.この ②手術術式 ために Jamieson 剥離子は有用であるし,適宜間歇的に 急性肺血栓塞栓症と異なり,CTEPH で見られる血栓 循環停止を行う.1 回の循環停止時間は 15 分までとして, は淡白色を呈していて,器質化した血栓が肺動脈壁に固 必要なら静脈酸素飽和度が 90 %になるか,10 分間は必 く付着しているので,手術ではこの器質化血栓を肺動脈 ず再灌流を行って再度循環停止とする.循環停止時間が 内膜とともに摘除する必要がある 320).このため,手術 長いと術後脳障害の原因となる. 術式は pulmonary thromboendarterectomy(PTE)といわ 摘除血栓内膜は症例によって取れ方が異なる.PEA れたが,進行した CTEPH では血栓がない場合もあり, の問題点としては閉塞性病変が末梢性であって,正中到 2003 年 の ベ ニ ス 会 議 以 後 に pulmonary endarterectomy 達法では手術的に血栓内膜摘除が施行できない症例をど うするか,また壁在血栓が脆くて引っ張りながらの剥離 (PEA)へと変更になった. ができない症例をどう対処するか,炎症を伴った症例を 図 10 慢性肺血栓塞栓症に対する手術方法(San Diego 方式) A 左肺動脈 右肺動脈 Jamieson らの方法に準じた PEA の実際を述べる. Ao SVC 図 11 血栓内膜摘除術における肺動脈壁の剥離層 LPA 壁在血栓 PT Ao B どう扱うかにある. (2)血栓内膜摘除の手術手順 右肺動脈 正しい 剥離面 C 内 膜 中 膜 内弾性板 外弾性板 Jamieson et al(JTCS, 1993) 肺 動 脈 外 膜 39 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) イ.術前準備:術中は回収式自己血輸血装置(セルセ 拡張薬を投与して時間をかけて慎重に離脱を図る.肺動 ーバー)を使用するが,1 週間前までに貧血のない症例 脈圧が体血圧と等圧となったり,気道出血を多量に認め では自己血採血を行ってもよい.深部静脈血栓症を認め る症例では,PCPS を装着してから体外循環を終了して る症例や,明らかに既往のある症例では術前に下大静脈 プロタミンを投与する. フィルターを挿入しておく.術中のモニターとして中枢 チ.術後数週して心嚢液貯留による心タンポナーデを 温(咽頭温)・動脈圧・パルスオキシメーター,術前後 合併することがあるため,予防のために,左側心膜を大 の検査用に経食道エコーと Swan-Gantz カテーテルを準 きく切徐して開窓して,左胸腔内にもドレーンを挿入す 備する.肺出血に備えて分離気管内挿管を行う.頭部を 包む氷嚢を用意する.術中は回収式自己血輸血装置(セ ルセーバー)を使用する. PCPS を装着して ICU に帰室した症例では,数日間の ロ.胸骨正中切開後,上行大動脈送血,上大静脈(直 時間をかけて離脱を試みる.1 週間以上の長期 PCPS 補 接)と下大静脈(右房より)の 2 本脱血にて体外循環を 助で救命できることもある.また,心不全が高度の場合 開始する.冷却を始めて心室細動となったら右上肺静脈 には経皮的大動脈内バルーンパンピング補助を同時に行 から左房ベント挿入,肺動脈本幹へ一時的ベントを挿入 って有効な症例がある.輸血は自己の貯血血液を用い, する. 術中術後の他家血輸血はできる限り行わないようにす ハ.冷却中に上大静脈を右房から無名静脈まで全周性 る.PEA 術後の再灌流障害による肺浮腫や気管内出血 に剥離する.この際,右横隔膜神経の損傷に注意する. は最も注意すべき合併症である 328).術後の気管内出血 左右の肺動脈前面を右は右上肺静脈下まで,左は心膜翻 は手術時の肺動脈壁損傷によることも多い.このために 転部まで剥離する. 呼吸不全が遷延化したら長期に PEEP をかけながら人工 ニ.右肺動脈の PEA:上大静脈と上行大動脈の間に 呼吸管理を慎重に行う.気道出血やドレーンからの出血 開創器をかけ,右肺動脈の前面中央を上行大動脈の下よ が心配なくなったらヘパリンを開始し,ワルファリンの り右上肺静脈下まで切開する.肺動脈内に大きな器質化 経口投与に変更していく.PEA が有効に施行されれば 血栓や二次血栓があればこれを取り除き,後壁で剥離層 術直後から肺動脈圧は低下するが,10 ~ 15 %の症例で を見つけて PEA を開始する.剥離層が同定できたら開 は術後に残存肺高血圧が認められる 323).肺高血圧が持 創器を外して,上行大動脈を遮断して順行性と逆行性に 続する症例では血管拡張薬(PGE1,PGI2 など)と,カ 心筋保護液を注入する.開創器をかけ直して中枢温が テコラミン投与により長期にわたる右心不全管理を要す 18 ℃で間歇的循環停止として,Jamieson 剥離子を用い る. て区域動脈に向かい PEA を続行する.1 回の循環停止時 ③外科治療の成績 間は 15 分までとし,10 分間は全身灌流を再開する.右 CTEPH に対する超低体温循環停止下の PEA の手術成 肺動脈の PEA が終了したら体循環を再開して,右肺動 績は,Daily らは 11.7%(12/103)315),12.6%(16/127)316), 脈をモノフィラメント糸を用いて二重に縫合閉鎖する. Jamieson らは 8.7 %(13/150)317),1990 年からの 357 例で ホ.左肺動脈の PEA:心ネットで右側下方に心臓を は 5.1% 318),Tscholl らは 10.1%(7/69)329),Thistlethwaite 引き,左肺動脈を肺動脈幹より心膜翻転部まで切開する. らは 6%(66/1100)330),4.7%(52/1100)331),Bonderman ベントチューブを右肺動脈内に挿入,同様に剥離層を決 ら は 手 術 死 亡 5 % 332),Ogino ら は 病 院 死 亡 8.0 % 定して間歇的循環停止下に PEA を区域動脈に向けて行 333) (7/88)55),安藤らの待機手術 55 例では 3 例(5.5 %) , う.終了したら循環再開して復温しながら左肺動脈を同 最近 の 84 例で は 7 例(8.3 %)334)の手 術死 亡であ った. 様に閉鎖する. 各施設とも最近になって手術成績の向上が得られてい ヘ.心房中隔欠損は閉鎖する.冠動脈バイパス術や弁 る. 膜症の手術を要する場合には,復温中に施行する.三尖 CTEPH に対する内科的治療の遠隔成績は良好ではな 弁逆流は肺動脈圧が低下すれば軽減するので,原則とし いが,PEA 後では呼吸循環動態は改善して良好な遠隔 て放置する 40 る. (3)術後管理 327) . 予後が期待できる 326).6 年の生存率が 75% 52),5 年の生 ト.復温が完了してから人工心肺の離脱を試みる.平 存率が 86 % 55)などの報告がある.術後に肺高血圧が残 均肺動脈圧が 30mmHg 以下に低下していると順調に離 存した症例では遠隔期の成績は不良となる 314),323). 脱 可 能 で あ る が, 平 均 肺 動 脈 圧 が あ ま り 低 下 せ ず ④まとめ 30mmHg 以上を呈する症例では,カテコラミンや血管 CTEPH に対する PEA の適応,手術術式,最近の外科 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 治療成績を述べた.CTEPH は内科的治療に抵抗性であ 疑診断することが重要となる.最近では,各種検査を行 り,PEA が非常に有効である.最近積極的に施行され う前の深部静脈血栓症の臨床確率を評価する方法とし るようになった超低体温循環停止下の PEA は肺血行動 て,危険因子や症状所見から点数化する方法が考案され 態と肺ガス交換能で著明な改善が得られ,また手術成績 て い る. 代 表 的 な も の と し て は Wells ス コ ア が あ も良好となった. り 337),338),Wells スコアにより低臨床確率かつ D ダイマ ー正常例では安全に深部静脈血栓症が除外できるとされ 【勧告の程度】 1.中枢型に対する超低体温循環停止法による肺動脈血 栓内膜摘除術:Class Ⅰ 2.末梢型に対する超低体温循環停止法による肺動脈血 栓内膜摘除術:Class Ⅱ a る 339),340). 問 診 や 診 察 で 急 性 期 の 疑 い が 強 い 場 合 に は 82),直接確定診断できる画像検査を選択する.四肢で は,迅速に実施できる非侵襲的な静脈エコー(断層法, あるいは断層法にドプラ法を併用する超音波検査)が第 一選択である 100),341).しかし,腹部や胸部では,静脈エ コーの診断精度が高くないことから,造影 CT,ときに ③肺移植 は MRV を選択する 342)−344).これらの低侵襲的検査によ 慢性肺血栓塞栓症の根治療法として,肺動脈血栓内膜 り確定診断できない場合には,侵襲的な静脈造影を選択 摘除術とともに肺移植を挙げることができる.極めて重 する 345).静脈造影は現在でも,最も確実な確定診断, 篤な肺血行動態例や形態学的に末梢型の本症で,肺動脈 ならびに除外診断の基準検査である.一方,静脈エコー 血栓内膜摘除術が困難な場合,他の選択肢として肺移植 が妥当でない場合(疑いが低い場合や手技が難しい場合) を検討することは可能である.肺移植には死体肺移植と や対象者が多い場合には,スクリーニングや選別診断の 生体肺移植があり,脳死ドナーが極端に少ない我が国で ため,短時間にあるいは簡単に施行できる定量検査を選 は生体肺移植が主となりつつある.しかし,本症に対し 択できる 335),336).選別診断には最近では,D ダイマーが ては,現時点ではいずれの方法も実施されていない. 広く測定されている 121),346).D ダイマーの異常値では, 急性期の可能性は高いが,確定診断ではないことから画 【勧告の程度】 1.肺移植:Class Ⅱ b 3 深部静脈血栓症 像検査を追加する.D ダイマーの正常値では,急性期を 除外できるが,慢性期は除外できないことに留意する. 可能であれば,治療を開始する前に病因検査を行う. 下肢深部静脈血栓症の急性期診断は,問診,診察,臨 床検査の順で行う.臨床検査には,全身状態を把握する 1 診断 ①基本的アプローチ 一般検査と深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を診断する特 殊検査がある.ここでは,問診・診察・特殊検査(定量 検査,画像検査,病因検査)を中心に取り上げる. 深部静脈血栓症では,常に,肺血栓塞栓症を念頭にお き,診断・治療を選択する(図 6,7).急性期では,以 下の 4 点を考慮する 72),101),335).第一に,血栓の存在を確 認して(血栓の判定),中枢進展を阻止する治療を開始 する.第二に,血栓の範囲を確定して(病型の判定), 血栓後症候群を軽減する治療を選択する.第三に,血栓 図 12 深部静脈血栓症の診断のアルゴリズム 疑 診断 問診診察 (危険因子,症状,所見) 選別診断 定量検査 (D ダイマー:低侵襲) 確定診断 画像検査 (静脈エコー:非侵襲) (造影 CT・MRV:低侵襲) (静脈造影:侵襲) 病因診断 病因検査 (血栓傾向,自己抗体) の中枢端を評価して(塞栓源の判定),塞栓を阻止する 治療を選択する.第四に,静脈還流障害を評価して(重 症度の判定),急性還流障害が改善する治療を選択する. 初発・再発とも,急性期は準緊急的治療を必要とする ) 病態であり,診断のアルゴリズムを示す 335),336(図 12). 診察による症状や所見などの症候からは,典型的な中枢 型では診断は可能であるが,末梢型では診断は困難であ る.それゆえ,問診による症状や危険因子から急性期を 41 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ②問診 と,腓腹部に疼痛が生じる)や Loewenberg テスト(下 問診では,深部静脈血栓症の急性期の症候だけでなく, 腿 に 血 圧 測 定 用 の カ フ を 巻 き 加 圧 す る と,100 ~ 肺血栓塞栓症や動脈塞栓症の症候にも留意する 72),101),335) 150mmHg の圧迫で疼痛が生じる)では,陽性は中枢型 (図 12).危険因子は,時間的制約もあり,重要で頻度 や末梢型を疑うが,特異性が低い 72).色調変化・腫脹と の高いものから確認する(表 5). ともに,下腿筋に硬化や圧痛があれば,中枢型を強く疑 現病歴では,急速発症した腫脹,疼痛,あるいは色調 う 72),335).皮膚の色調不良や壊死があれば,動脈ドプラ 変化から,急性期を疑診断する.腫脹は,両側性では特 により下腿動脈の血流状態を判定する 72). 異性が乏しい.片側性では中枢型を疑うが,圧迫性還流 慢性期の再発では,静脈瘤,色素沈着,皮膚炎などの 障害や嚢胞破裂との鑑別を要する.疼痛は,大腿部や下 慢性期の所見に急性期の所見が混在することがあ 腿部に自発痛や静脈性跛行を呈する場合には中枢型を疑 る 72),335). う.下腿部痛だけの場合には末梢型を疑うが,外傷(筋 断裂や筋内出血)との鑑別が必要となる.色調変化は, ④検査 大腿部や下腿部の赤紫色では中枢型を疑うが,感染(リ ①定量検査 ンパ管炎や蜂窩織炎)も考慮する.末梢型では,無症候 定量検査は,深部静脈血栓症を血液や血流の数量的指 性が多いことから,呼吸困難や胸痛からも疑診断する. 標で選別診断する検査法である(図 12).血液検査では 現病歴で頻度の高い危険因子として,静脈内カテーテル D ダイマー,血流検査には血管内血流を測定する超音波 留置,術後や集中治療による 2 日以上の絶対安静,四肢 検査と下肢血流を測定する脈波計がある. の麻痺や固定などを確認する(表 5).特に,大腿骨骨 ① D ダイマー 折の周術期は重要である 344).既往歴では,深部静脈血 血液検査では,D ダイマーが広く普及している.D ダ 栓症・肺血栓塞栓症・脳血管障害・脊髄損傷の有無,な イマーの測定法には多くの種類があり,また異常値にな らびに四肢や腹部の手術を確認する.家族歴では,血栓 る病態が多いことから,各施設で診断の基準値を検討す 性素因を示唆する若年性,あるいは多発性や再発性の静 る必要がある 121),346).疑いが低い場合に,正常値から急 脈血栓症を確認する.生活歴では,止血薬,女性ホルモ 性期深部静脈血栓症を除外のため測定する.しかし,異 ン薬,ステロイドなどの血栓傾向を誘発する薬剤の継続 常値からも急性期を確定診断できないことから,対象者 的服用を確認する. が多い場合のスクリーニングに適している. ③診察 42 Homans テスト(膝を軽く押さえて足関節を背屈させる ②超音波ドプラ法 血流検査では,血管内血流の測定には超音波検査のド 診察では,深部静脈血栓症の急性期を疑診断するため, プラ法を使用する.連続波ドプラ法は,深部静脈血栓症 視診により四肢の色調変化や腫脹を確認するとともに, のスクリーニングには使用されなくなったが 347),下肢 触診により深部静脈や筋群の性状を判定する 72),101),335) 動脈の評価には有用である.重症の急性還流障害におけ (図 12).慢性期の再発では,慢性還流障害の所見に混 る下肢動脈の血流状態を評価する.パルスドプラ法では 在する急性還流障害の所見に留意する. 血流速度で定量的に,カラードプラ法ではカラー表示で 色調変化は,立位や下垂位で明瞭となり,挙上により 定性的に血流状態を評価する.通常,カラードプラ法を 速やかに改善するので,感染との鑑別に役立つ.色調変 主に使用しながら,パルスドプラ法を追加する 335).深 化は,下肢の中枢型に特異的であり,下肢全体では腸骨 部静脈血栓症では,閉塞や血流再開,さらに側副路形成 型,下腿部では大腿型を疑う.腫脹は,下肢の中枢型に を判定する.大きな装置で使用場所が制限されることや 特異的であり,下肢全体では腸骨型,下腿部では大腿型 深部でカラー表示できない短所はあるが,短時間に施行 を疑う 88).しかし,浮腫は特異性に乏しい.表在静脈の でき,かつ修得にあまり経験を必要としない長所があ 怒張は閉塞部位の参考となる.鼠径部では,中枢型の直 る 335),347).カラードプラ法は血管内血流の標準的検査と 接所見として, 動脈に伴走する弾性構造物を触知できる. して普及している. 下腿部では,中枢型の間接所見として,下腿筋の硬化が ③脈波計 有用であるが, 下腿筋の発達した患者では難しい.また, 下肢血流の測定には脈波計のストレーンゲージ式や空 中枢型や末梢型の直接所見として,下腿筋の圧痛が有用 気式を使用する 72),335).ストレーンゲージ式は,下肢静 で あ り, 下 腿 筋 内 静 脈 血 栓 で は よ り 限 局 性 と な る. 脈の流出路閉塞の評価に使用されるが,末梢型の診断精 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 度が低いため使用されなくなった 335),348).空気式は下肢 静脈機能の標準的検査として普及している 72),335) . ②画像検査 消失しない 100),335),350).静脈血栓では,非退縮血栓は圧 縮されない非圧縮(閉塞)となるが,退縮血栓は一部圧 画像検査は,深部静脈血栓症を形態的に確定診断する 検査法であり 静脈の横断像で,正常静脈は消失するが,血栓化静脈は 72),335) ,超音波検査,造影 CT や MRV,静 縮される部分圧縮(狭窄)となる.また,静脈血栓では, 静脈が動脈より大きく,静脈の呼吸性動揺は消失する. 脈造影がある(図 12) .各検査の特性が異なるため,各 カラードプラ法では,血流誘発法により,標的静脈の横 施設の状況に応じて検査体制を整備する. 断像や縦断像で,正常静脈では層状血流が還流するが, ①超音波検査 血栓化静脈では血流欠損となる.静脈血栓は,非退縮血 超音波検査では,疑診断した患者に適した超音波装置, 栓では血流のない全欠損となるが,退縮血栓では一部に 基本的手技,検査体位を選択する.機種による機能の相 血流が存在する部分欠損となる.全欠損では,血流停滞 違は少ない.探触子は,四肢では,中枢型・末梢型とも 部と区別するため,圧迫法により確認する.浮遊血栓は, 7.5MHz を選択するが,深部では 5.0MHz に変更する. 血流の部分欠損と血栓の移動が根拠となる 335). 腹部では,3.5MHz が必要である.超音波法では,断層 第二段階では,血栓性状は,血栓輝度,血栓硬度,血 法が基本となるが 100),335),349),カラードプラ法が中心で 栓内血流から判定する(表 25).断層法では,赤色血栓 ある 350) .基本的手技として,探触子で静脈を圧迫する は低輝度で確認できないが,混合血栓は中輝度,器質化 圧迫法と用手的に下肢筋群を把持する血流誘発法の修得 血栓は高輝度で血栓像と判定できる 100).圧迫法により, が必要である.検査体位は,中枢型では仰臥位,末梢型 硬度が低い新鮮血栓では変形するが,硬度が高い陳旧血 では座位,あるいは下垂位など患者の状態で工夫する. 栓では変形しない.カラードプラ法では,急性期には血 静脈エコーによる下肢深部静脈血栓症の診断手順を示 栓内血流はないが,慢性期には再疎通による血栓内血流 す(図 13).第一段階として,検索部位(大腿静脈近位 が出現する.新しい超音波法である組織エラストグラフ 部,膝窩静脈遠位部,腓骨・後脛骨静脈,ひらめ筋静脈) ィでは,色調表示により,新鮮血栓(赤),硝子様化血 で血栓の存在(有,無)を判定する.血栓がある場合, 栓(緑),器質化血栓(青)が判定できる可能性があ 第二段階として,血栓性状(組成相違,加齢変化)から る 351).これらの指標から総合的に病期を判断する. 病期(急性期,慢性期)を判定する.急性期の場合,第 第 三段 階では, 血栓範 囲から 病型 を決定 す る(表 三段階として,血栓範囲から病型(腸骨型,大腿型,下 25).静脈エコーにより,鼠径部(総大腿静脈,大腿深 腿型)を決定する.第四段階として,血栓の中枢端(塞 静脈),大腿部(大腿静脈),膝窩部(膝窩静脈,腓腹筋 栓源)を決定して,血流状態・血栓性状から塞栓源(不 静脈),下腿部(下腿静脈,ひらめ筋静脈)の順に連続 安定,安定)を評価する.一方,検索部位に血栓がない 的に検査し,正確な血栓範囲を判定して病型を決定す 場合,血栓症を除外する.検索部位に血栓があり,慢性 る 335),349),350). 期の血栓がある場合にも,病型・中枢端を決定して,塞 第四段階では,病型における血栓の中枢端を決定して 栓源を評価する.慢性期でも不安定な塞栓源の場合,D 塞栓源とする(表 25).塞栓源の評価では,塞栓化を誘 ダイマーを追加する. 発しないよう慎重に圧迫法や血流誘発法を行う.血栓性 第一段階では,血栓の存在は,検索部位において,静 脈の圧縮性(狭窄度),拡大,呼吸性動揺,血流欠損か ら判定する(表 25) .断層法では,圧迫法により,標的 図 13 静脈エコーによる下肢深部静脈血栓症の診断 第一段階 血栓存在:有・無 第二段階 血栓性状:病期(急性期・慢性期) 第三段階 血栓範囲:病型(腸骨型,大腿型,下腿型) 第四段階 血栓中枢端:塞栓源(安定・不安定) 表 25 静脈エコーによる急性期と慢性期の診断 判定指標 静脈 狭窄度(圧縮性) 拡大度 血栓 浮遊 退縮 硬度 表面 輝度 内容 血流 欠損 疎通(血栓内) 側副(分枝内) 急性期 閉塞(非圧縮) 拡大 移動 無・中等度 軟 平滑 低・中 均一 全 無 無 慢性期 狭窄(部分圧縮) 縮小 固定 高度 硬 不整 高・中 不均一 部分 有 有 (文献 335 より改変) 43 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 状と血流状態から,塞栓源の安定性を評価する.浮遊血 あり,治療選択や再発予防に必要である. 栓やモヤモヤ像などの血流停滞の所見は,不安定と判断 ①血栓傾向 する.特に,危険な塞栓源である大腿型に留意する 100) . 塞栓源が下肢静脈にない場合,腸骨静脈の非閉塞性圧迫 349) 深部静脈血栓症では,個々の患者の血栓傾向に関する 危険因子を検索する.問診により若年性発症や流産など .下肢静脈の塞栓源を除外するには,初 の病歴から血栓傾向を疑診断して,抗凝固療法を開始す 発頻度が最も高いひらめ筋静脈が正常なことを確認する る前に検査する 72).先天性では,我が国で頻度が高いプ 必要がある 90). ロテイン S 欠乏症,プロテイン C 欠乏症,アンチトロン 静脈エコーは,非侵襲的ではあるが,特定の体位や一 ビン欠乏症を検索する(表 1).後天性では,肝機能障 定の時間が必要である.また,修得にあまり多くの経験 害患者での凝固抑制因子の低下や腺癌患者に発現する組 は必要としないが,慢性期の診断には技術的限界がある. 織因子の上昇を検索する.自己抗体としては,ループス 静脈エコーの短所や限界を十分理解して選択することが アンチコアグラントなどの抗リン脂質抗体,血管炎を誘 重要である. 発する抗体を測定する.血栓傾向を惹起する危険因子は, ②造影 CT・MRV 可逆性,特発性,永続性を区別して,適切な治療期間の 造 影 CT や MRV で は, 静 脈 エ コ ー が 困 難 な 患 者 設定に応用する. や 腹 部 や 胸 部 が 疑 わ れ る 場 合 に 適 応 と な ② D ダイマー を検索する る 72),335),342)−344),352),353) .造影 CT は,未だ診断精度に関 深部静脈血栓症の急性期に上昇する凝固線溶マーカー する信頼できる多数症例を分析した研究報告はない 352). には多数の指標があるが,診断には D ダイマーが有用で 造影 CT は,造影剤を使用し,かつ被曝することから, ある 120),121),346).また,D ダイマーの正常化は抗凝固療 低侵襲的ではない.しかし,肺動脈と腹部・下肢静脈の 法の継続期間や終了時期の判断に参考となる. 検査が一度に可能なことから,近年,肺血栓塞栓症が疑 われる場合に施行される頻度が増加している 354).診断 には,静脈充填欠損や静脈径拡張が重要な所見であるが, 1.D ダイマー:Class Ⅱ a 静脈炎の強い場合には判定できないこともある.一方, 2.静脈エコー:Class Ⅰ MRV も,診断精度に関する信頼できる研究報告がな 3.MRV:Class Ⅱ a い 343).MRV は,造影 CT より低侵襲的ではあるが,血 4.造影 CT:Class Ⅰ 流状態が画像に反映されるため,周囲臓器から圧迫され 5.静脈造影:Class Ⅰ る腹部では判定が難しい.しかし,下腿静脈や下腿筋内 静脈のように,多数静脈の存在する部位での診断に有用 である.MRV は,静脈エコーと造影 CT の短所を克服で きる可能性があり,今後の臨床応用が期待されてい 2 治療 ①はじめに(現状の考え方) 下肢深部静脈血栓症の治療目標は, (1)血栓症の進展 る 335),342). ③静脈造影 や再発の予防, (2)肺血栓塞栓症の予防, (3)早期,晩 静脈造影は,現在でも最も信頼性の高い確定診断の基 期後遺症の軽減である.深部静脈が血栓により完全閉塞 準検査であるが,侵襲性が高いことから,他の画像検査 した場合でも,時間経過とともに血栓が溶解して再疎通 .下腿静 することが観察される.欧米の報告であるが,発症後 7 脈や下腿筋内静脈では,急性期は静脈エコーや MRV に 日で 44 %に,90 日で 100 %に再疎通が観察され 357),血 より診断できるが,慢性期は静脈造影が必要な場合も少 栓による完全閉塞例で発症後 6 週間以内に 87%に再疎通 で診断できない場合に適応となる 72),335),345),355) .静脈造影では,静脈充填欠損や血栓輪郭 が見られた 99).急性深部静脈血栓症患者の入院中死亡率 造影は確実な所見であるが,静脈非造影は信頼性が乏し は 5 %,3 ~ 5 年死亡率は 30 ~ 39 %であったが,死因は い.深部静脈血栓症を否定する最終的な除外診断法とし 悪性疾患や心血管病変など合併疾患によるものであっ なくない 356) ての臨床的意義が大きい 44 【勧告の程度】 72),335),356) . た 80),358).先天性または後天性血栓形成素因を有する患 ③病因検査 者(栓友病)では高頻度に肺血栓塞栓症を生じる.下腿 病因検査は,深部静脈血栓症の血栓傾向に関連する血 限局型の深部静脈血栓症は,不十分な治療を受けた場合 液検査であり,血栓性素因や自己抗体がある(図 12). には 20 ~ 30%の症例で中枢側に進展し 105),222),359),有症 また,凝固線溶マーカーは,凝固状態を反映する指標で 状例では 5 日以内に中枢側に進展するが,1 週間以後は 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 進展がない 226),360). 【勧告の程度】 血栓が形成されるかどうか,形成された血栓が成長す るかどうかは,外的要因以外に血栓形成の引き金となっ た内因性あるいは外因性凝固系と凝固制御系,および血 栓自体が有する線溶系のバランスにより決定される.し たがって,血栓症の効果的な治療を目指す上で考慮すべ き危険因子として,妊娠・分娩,外科手術などの静脈の 1.急性深部静脈血栓症治療前の凝固制御系蛋白質の検 索:Class Ⅰ 2.急性深部静脈血栓症治療法選択における臨床的重症 度,自然歴の考慮:Class Ⅱ a ②薬物治療 機械的圧迫,癌などの組織因子による凝固系機構のみで ①抗凝固療法 なく,プロテイン C/S,アンチトロンビンなどの制御系 深部静脈血栓症の抗凝固療法としてヘパリン,ワルフ 蛋白質の異常や欠乏状態を把握することが重要である ァリンが使用されるが,治療開始時にはワルファリン単 独治療は再発率が高いので,両者の組合わせが必須であ (Class Ⅰ). 合併症の有無とその程度は,血栓が下腿限局型か,あ る(Class Ⅰ)238),366),367). るいは大腿静脈または腸骨静脈まで及ぶ中枢型か,ある ①ヘパリン いは治療内容,治療開始までの期間などにより大きく異 我が国で使用されているヘパリンは未分画ヘパリン なる.一般に静脈血栓症では,血栓の存在部位が下腿, で,ヘパリン Na(静脈注射用)とヘパリン Ca(皮下注 膝窩─大腿静脈,さらに腸骨静脈へと中枢側に広がると 射用,後述)があり,主として前者が使用されている. ともに,臨床的により重大な合併症を来たす.非常にま ヘパリンは分子量が 3,000 から 30,000 の酸性ムコ多糖類 れではあるが,深部静脈血栓症がさらに進むと静脈圧上 であり,アンチトロンビンに結合して,アンチトロンビ 昇,筋肉コンパートメント圧上昇となり静脈だけでなく ンがトロンビンや活性化 X 因子(Xa)を阻害すること 動脈灌流も阻害されて,有痛性青股腫,静脈性壊疽へと によって抗凝固作用を発揮する.しかし,ヘパリンには 進み,最終的に下肢切断に至ることがある.静脈弁の逆 直接的抗凝固作用だけでなく,外因性経路阻害因子の放 流は,急性深部静脈血栓症発症後 1 年で 66%に観察され 出作用がある.この因子は,様々な血漿や血小板蛋白, るが,発症後 1 か月以内に完全に血栓溶解が達成できた 内皮細胞,白血球と結合し,血小板機能抑制,血管透過 場合には,長期にわたって正常な静脈弁機能が維持され 性亢進に作用する.このため,ヘパリンの抗凝固作用は る 361). 各 個 人 で 大 き く 異 な り,APTT(activated partial 最も理想的な治療法とは,肺血栓塞栓症の合併を防ぎ, thromboplasmin time)や血中濃度でモニターする必要が 速やかに静脈血栓を除去ないし溶解させ,再発を防ぐこ ある. とにより,静脈の開存性を確保して静脈弁機能を温存で 欧米では APTT 値が 1.5 から 2.5 倍に延長するように, きる方法である.急性深部静脈血栓症では,臨床的重症 初回ヘパリン 5,000 単位静注後,40,000 単位を 24 時間で 度,自然経過を十分考慮して薬物療法,カテーテル治療, 持続点滴することが推奨されている 190),368)−370).我が国 外科的血栓摘除などを選択して治療することが重要であ においては詳細な検討はないが,欧米に準じて,APTT る(Class Ⅱ a).術後理学療法として,足関節圧 30 ~ 値の 1.5 から 2.5 倍延長を目標とするのが適当であろう 40mmHg の弾性ストッキングを着用して早期に歩行し, (Class Ⅰ ). 初 回 5,000 単 位 静 注 後,10,000 か ら 15,000 最低 2 年間着用すると,疼痛・腫脹が早期に消退し,血 単位を 24 時間で持続点滴(400 から 625 単位 / 時間)し, 栓後遺症の発生頻度を有意に減少することができる 4 ~ 6 時間後に APTT 値を測定,その後は 1 日 1 回測定し (Class Ⅰ)362)−364).近年,血栓後遺症の発生頻度が減少 て増減する.ヘパリンの半減期は約 1 時間である 371). していることは,深部静脈血栓症のより有効的な治療と ヘパリン治療の主な合併症は,出血と血小板減少症で 再発の予防が効果を上げていることを示している.最近, ある.出血合併症が生じたら,ヘパリンを一時的,ある 抗 Xa 阻害薬や組織型プラスミノーゲン・アクチベータ いは永久的に中止する.早急にヘパリン効果を戻す場合 (t-PA)製剤が市場に出てきた 365) .現時点では,低分子 には,硫酸プロタミンを投与する.へパリン起因性血小 量ヘパリンと抗 Xa 阻害薬は,下肢整形外科手術と腹部 板減少症(Heparin-induced thrombocytopenia:HIT)に 手術患者の術後静脈血栓塞栓症予防としての適応がある は血小板への直接作用によるⅠ型と免疫反応によるⅡ型 だけであるが,今後,深部静脈血栓症治療に適応が拡大 がある 200),372).Ⅰ型は約 10%の頻度で発症し,血小板数 されると,治療方針が変わる可能性がある. が正常値内で 10 から 20%減少するが,大した合併症は 生じない.重要なのはⅡ型で,血小板第 4 因子とヘパリ 45 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) ンの複合体に対する免疫グロブリン G 抗体による免疫 際標準比(international normalized ratio:INR)を基準 性血小板減少症で,約 0.5 から 5 %で発症する.この血 に 調 節 す る. 当 初 2 日 間 ワ ル フ ァ リ ン 5mg を 投 与 し, 小板減少症は,動脈血栓症や深部静脈血栓症を伴うこと PT-INR が 1.5 から 2.5(目標 INR 2.0)になるように調節 が特徴で,ときに肢切断や死亡に至る.Ⅱ型 HIT を疑っ し(Class Ⅱ b),その後,定期的にモニターしながらフ たら,抗体検査を行うとともにすべての形態のヘパリン ォローする.他の薬物療法が行われる場合は,ワルファ をすぐに中止し,抗凝固療法の継続が必要な患者には抗 リン代謝に影響する可能性があるので瀕回に測定する. 203) トロンビン薬 argatroban を投与する(Class Ⅰ) . 46 INR が 4 以上では,出血の合併症が増加する. 欧米では未分画ヘパリンの代わりに低分子量ヘパリン 可逆的なリスクファクターの場合には 3 か月間のワル が広く使われている.低分子量ヘパリンは,未分画ヘパ ファリン投与を行う(Class Ⅰ).リスクファクターが明 リンを化学的あるいは特異酵素的に分解した分子量 らかでない特発性の深部静脈血栓症初発例では,少なく 4,000 ~ 6,000 の酸性ムコ多糖類である.未分画ヘパリ とも 3 か月間のワルファリン投与を行い,その後の治療 ンがアンチトロンビンと結合して抗凝固作用を示すの の継続はリスクとベネフィットを勘案して決定する は,投与した量の半分以下であるのに対して,低分子量 (Class Ⅰ)238),373)−375).症候性下腿限局型の深部静脈血 ヘパリンは投与量の 90 %以上が活性を示し,半減期が 栓症では,中枢進展を予防するために 3 か月間治療する 長く,血中クリアランスを予測できる.このため,1 日 (Class Ⅱ a)105),222),376).深部静脈血栓症の再発率は 10 年 1 回の投与で体重に応じた抗血栓作用が得られるので, の経過観察で約 30 %と驚くほど高いので,再発例やリ 生化学的モニターなしで外来での治療が可能となる.し スクファクターが持続する場合(癌,アンチトロンビン かも,低分子量ヘパリンは未分画ヘパリンと比較して, 欠乏症,抗リン脂質症候群など)には長期治療を考慮す 静脈血栓の進展予防,血栓溶解において対等か,それ以 る(Class Ⅱ a)104),376),377).癌患者においては,血栓症再 上の有効性がある.残念ながら,我が国では血液透析と 発のリスクが高く(癌患者 27 人 vs. 非癌患者 9 人 /100 人・ 汎発性血管内凝固症(DIC)にのみ保険適用があり,深 年),しかも出血合併症のリスクも高いこと(癌患者 部静脈血栓症治療には認められていなかったが,最近股 13.3 人 vs. 非癌患者 2.1 人 /100 人・年)を十分認識して 関節・膝関節全置換術,股関節骨折手術,腹部手術施行 治療を行うことが望ましい(Class Ⅱ a)378),379). 患者における静脈血栓塞栓症の発生予防に適用が拡大さ 最 近, 完 全 化 学 合 成 に よ る 選 択 的 Xa 阻 害 薬 れた. fondaparinux が開発された.アンチトロンビンと非常に そこで我が国では,ヘパリン治療は原則的に入院に限 高い親和性で結合してその構造変化をもたらし,結果と られている.未分画ヘパリンでもヘパリン Ca の自己皮 して Xa- アンチトロンビン複合体形成を約 340 倍加速す 下注射を行えば通院治療が可能となるが,残念ながらヘ る 365).外因性および内因性凝固系反応産物である Xa の パリン自己注射は認められていない.アンチトロンビン 活性阻害,すなわち血液凝固反応の中心段階を阻害する やプロテイン C/S 欠乏症の妊娠例では,ガイドラインで ため,トロンビンには直接作用しないが,トロンビン生 も推奨されているヘパリン療法が分娩まで数か月間にわ 成を効率よく抑制する.深部静脈血栓症の初期治療とし たって必要である.低分子量ヘパリンか,未分画ヘパリ て,未分画ヘパリンや低分子量ヘパリンと同様の有効性 ン自己皮下注射の承認が望まれる. と安全性を有する(Class Ⅰ).しかし,現時点における ②ワルファリン 保険適用は,静脈血栓塞栓症発症ハイリスクの下肢整形 ワルファリンはクマリン誘導体の経口抗凝固薬であ 外科 / 腹部外科手術施行患者における予防目的に限定さ り,ビタミン K 依存性凝固因子(Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ)の合 れている. 成抑制によって抗凝固作用を発揮する.同時にビタミン ②血栓溶解療法 K 依存性であるプロテイン C/S の合成を抑制し,凝固抑 全身的血栓溶解療法は深部静脈血栓症の再発や血栓後 制と凝固亢進の相反する作用機序を持つ.深部静脈血栓 遺症の頻度を減少する(Class Ⅱ a)380)−383).血栓溶解療 症の患者にワルファリンを開始する場合は,ヘパリンと 法にはプラスミノーゲン・アクチベータが使用され,欧 5 日間重複して投与する.ワルファリン効果は,個人で 米ではストレプトキナーゼが,我が国ではウロキナーゼ 大きく異なっており,特に食事やワルファリンの合成 / が使用されている.ウロキナーゼは,初回 1 日量 6 万~ 代謝に影響する薬剤(抗生剤,アスピリンなど)摂取に 24 万単位を点滴静注し,以後漸減し 7 日間投与するのが よ り 大 き く 変 化 す る. 投 与 量 は 一 般 的 に prothrombin 一般的である(Class Ⅱ a).欧米での無作為試験によると, time(PT)を指標とし,ヒト脳 thromboplastin による国 ヘパリン単独治療では 4%の患者でほぼ完全な血栓溶解 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン が得られたのに対して,ストレプトキナーゼ全身投与で る(Class Ⅱ a).外科的血栓摘除術を施行した場合は, は 45%に認められ,血栓溶解においては 3.7 倍有効であ 術後の理学療法として,弾性ストッキングを着用して早 った 384),385) .しかも,ヘパリン単独治療より長期の静脈 機能保全が得られた 386),387). ウロキナーゼはフィブリンに対する親和性が弱いの で,投与されたウロキナーゼは血中のプラスミノーゲン 期に歩行し,最低 2 年間着用する.運動療法,圧迫療法 により腫脹や疼痛が早期に消退し,血栓後遺症(血栓後 症候群)の発生頻度を有意に減少させることができる (Class Ⅰ)362)−364). をプラスミンに活性化させることにより血栓の溶解が進 外科的血栓摘除術を行わない DVT 急性期に弾性スト む.ウロキナーゼが血栓溶解効果を発現するのは,多量 ッキングを使用すると,圧迫により血栓を遊離させ肺塞 のプラスミンがプラスミン・インヒビターを消費させた 栓症(PE)のリスクが生じるという危惧がある.一方, 後になるので,血栓溶解効果を発揮するには大量投与が 高度圧迫圧の治療用ストッキングを着用し,早期より積 必要となる.しかし,日本で認可された投与量は欧米の 極的に下肢の運動を行うことで,PE のリスクは増大せ 数分の 1 であるので,その用量で有効かどうかについて ず,逆に,痛みや浮腫の改善が有意に早いという報告も 十分な検討はなされていない.一方,組織プラスミノー ある 388).現在のところ,急性期における理学療法の是 ゲン・アクチベータ(t-PA)はフィブリン親和性が高く, 非に対する結論は出ていない.DVT 急性期における運 線溶効果が強い.最近,遺伝子組み換え型 t-PA である 動療法や圧迫療法に関しては,臨床的重症度や PE への モンテプラーゼが,血行動態不安定な急性肺塞栓症の血 リスクを総合評価して決定し,注意深く観察することが 栓溶解に適応となったが,深部静脈血栓症治療には適応 必要である. はない. ③亜急性期・慢性期の治療 DVT の急性期を過ぎてからの治療は,浮腫や痛みの 【勧告の程度】 1.急性深部静脈血栓症治療におけるヘパリンとワルフ ァリンの併用:Class Ⅰ 改善のみならず,血栓症の再発予防ならびに血栓後遺症 の発生や重症化を予防することを目的とする.静脈圧の 亢進による下肢の浮腫を防ぐために,弾性ストッキング 2.急性深部静脈血栓症治療におけるヘパリンコントロ の圧迫圧の設定が重要である.DVT あるいは血栓後遺 ールの目標 APTT 値 1.5 から 2.5 倍延長:Class Ⅰ 症においては足関節で 30mmHg 台の圧迫用の弾性スト 3.急性深部静脈血栓症治療におけるワルファリンコン ッキングが第一選択となる.浮腫の強い症例や皮膚病変 トロールの目標 PT-INR 値 2.0(1.5 から 2.5):Class の生じている症例では 40mmHg 台を選択する必要があ Ⅱb る.弾性ストッキングのタイプに関しては,血栓後遺症 4.急性深部静脈血栓症治療における全身的血栓溶解療 法:Class Ⅱ a ③理学治療(運動・圧迫) の症状が,ほとんどの症例で下腿や足部に生じること, また長期的に使用しやすいことから,ハイソックスタイ プのストッキングでよいと考えられる.ただし,大腿部 まで高度の浮腫を認める症例においては下肢全体をカバ ①はじめに ーするタイプのストッキングが推奨される.弾性ストッ 弾性ストッキングまたは弾性包帯による圧迫療法は, キングの寿命を考えると,通常半年に 1 回は新しいもの 主として下腿の筋ポンプ作用の増強および,微小循環の に取り替える必要がある.弾性ストッキングの継続使用 改善を目的として行われる.すなわち,筋の圧迫により については,静脈機能の改善の程度を考慮して,症例ご 筋収縮時の静脈圧迫が増強して直接的に筋ポンプ作用が とに決定する.症状の強い症例や静脈機能の推移によっ 増強する.また,静脈の圧迫により静脈径が縮小して逆 ては圧迫圧の高いものに変更し,継続して使用すること 流の減少を引き起こしたり,不全に陥っている弁の接合 が望ましい. が改善する.さらには,微小循環領域において圧迫によ ④圧迫療法における注意点 り毛細血管の還流を改善し浮腫が軽減する.下肢挙上な 動脈血行障害のある症例では圧迫により血行障害を一 どの理学療法と組み合わせることで,より効果的となる. 層悪化させる危険があり,特に糖尿病患者などでは動脈 ②急性期の治療 疾患が潜んでいる可能性があり注意を要する.下肢の蜂 深部静脈血栓症(DVT)の急性期には,臨床的重症 窩織炎,血栓性静脈炎などの急性炎症の併発症例におい 度や自然経過を十分考慮して薬物療法,カテーテル治療, ては炎症を増悪させる可能性がある.うっ血性心不全や 外科的血栓摘除などを選択して治療することが重要であ 急性心筋梗塞の症例においては静脈還流の増加により心 47 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 不全の増悪の可能性がある.これらの症例での使用時に ら中枢へ向けて行うのが好ましい.腸骨大腿静脈の血栓 はより注意深い観察が必要である. 症に対しては大伏在および小伏在静脈の分枝あるいは, 大腿,膝窩静脈より,また鎖骨下静脈血栓症に対しては 橈側皮静脈よりそれぞれカテーテルを挿入するのが妥当 【勧告の程度】 1.弾性ストッキング:Class Ⅰ である.CDT には,カテーテルを通して血栓溶解薬を ④カテーテル治療(血栓溶解・血栓吸引・ステント) 持続的に投与する infusion 法とカテーテル側孔から血栓 溶解剤を間歇的に勢いよく投与して血栓の脆弱化,破砕 1990 年代初めに DVT に対してカテーテル血栓溶解療 を同時に期待する pulse-spray 法とがある.カテーテル 法(catheter-directed thrombolysis:CDT)が施行されそ を挿入し血栓部位に留置後,血栓溶解剤を注入する.我 .近年,特に腸骨大腿 が国で DVT に対する UK の保険承認用量は,「初期 1 日 静脈血栓症に対しては,外科的血栓摘除よりもカテーテ 量 6 ~ 24 万単位,以後は漸減し約 7 日間投与する」とさ ル治療が主流になりつつある.我が国のサーベイランス れている.カテーテル留置時に UK24 万単位注入後,血 の有用性が強調されてきた 389),390) .血 栓量に応じて,持続的に 24 万単位 / 日を 3 ~ 7 日間注入 栓溶解療法の効果は治療開始時期および血栓量に影響さ する.CDT の効果判定は,開始後 3 日間は臨床症状およ れることが多く,成績向上のためにはできるだけ早期に び超音波検査にて評価し,開始後 3 ~ 7 日目に静脈造影 治療を開始する必要がある.CDT の開始は DVT の急性 を施行して評価する.CDT 後の血栓の進展防止および 期が好ましいが,亜急性期から慢性期でも積極的に施行 再発防止のために抗凝固療法を併用する.ヘパリンを投 でもカテーテル治療の頻度が増加してきている している報告もある 391) 392) .また,血栓量に見合った血栓 与し,経口可能となれば,ワルファリン内服に切り替え, 溶解剤の使用量が必要である.血栓溶解剤に関して,欧 その後 6 ~ 12 か月は抗凝固療法を継続する.CDT の合 米での報告量に比べ,我が国では保険上使用量がかなり 併症として,カテーテル挿入部位からの出血,血腫形成, 限定されている.最近 PE に対して適用となった t-PA 製 血尿,消化管出血,脳出血などがある 396),397).また,血 剤も DVT には使用できない.我が国で保険認可されて 栓溶解時に血栓が遊離し肺塞栓となる危惧を防止するた いる DVT の血栓溶解薬はウロキナーゼのみである.ウ め,非永久留置型下大静脈フィルターを血栓溶解療法中 ロキナーゼは非血栓特異性であり薬物濃度も低いことか に使用して,CDT を行うことがある 398)−400).非永久留 ら,全身投与よりも CDT の方が好ましい 78) .腸骨大腿 置型下大静脈フィルターは主として内頚静脈から挿入 静脈領域の血栓に対する CDT において,少量ウロキナ し,腸骨大腿静脈血栓では血栓溶解療法前に下大静脈に ーゼ(24 万単位 / 日)を用いるだけでは,十分な血栓溶 挿入する.溶解療法終了時に下大静脈フィルターを抜去 解を得ることは容易ではない.満足のいく血栓溶解を得 する. るためには,さらに多量のウロキナーゼの注入が必要で ある.CDT は,多孔式のカテーテルをガイドワイヤー 1.カテーテル血栓溶解療法:Class Ⅱ b ュで注入する.薬剤による血栓溶解効果と薬液のジェッ 2.カテーテル血栓吸引療法:Class Ⅱ b ト状フラッシュによる機械的効果の両者を期待して行わ 3.静脈ステント:Class Ⅱ b れる.その後もカテーテルを留置し,血栓溶解薬を投与 する.また,血栓除去用カテーテルを用いてまず血栓除 去を可及的に行い,その後カテーテルを交換して CDT 393) ⑤外科的血栓摘除術 薬物療法は,深部静脈血栓症の進展 / 再発や肺血栓塞 .また,カテーテル血 栓の予防に有効であるが,早期・晩期後遺症の軽減効果 栓吸引療法が併用されることもある.CDT 後の残存狭 は小さい.血栓後遺症防止には,末梢の静脈弁(特に膝 窄に対しては,バルーンやステントによる血管内治療を 窩静脈弁)の機能を保つことが重要である.早期の血栓 併用することによりさらに成績向上につながるものと考 溶解や血栓摘除は,血栓閉塞した部位における白血球の を行う方法も用いられている えられる 394),395) . CDT の標準的な方法を記載する.まず,超音波検査 48 【勧告の程度】 下に血栓範囲の静脈に挿入し,ウロキナーゼをフラッシ 炎症反応による静脈壁と静脈弁の破壊を抑制し,静脈弁 不全に続発する血栓後遺症の重症化を防止できる.末梢 や静脈造影にて血栓部位を確認する.カテーテル留置に 静脈弁不全の発症においては中枢静脈閉塞の有無が重要 際して穿刺する静脈を血栓の存在部位によって決定す であり,中枢静脈閉塞が存在すると,初期に病変のなか る.カテーテル操作は,静脈弁保護のために常に末梢か った末梢静脈のうち 20 ~ 50 %が 2 年以内に弁不全にな 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン る 401).しかも,残存閉塞と弁不全の両方が存在すると, るか,下大静脈フィルターを留置した上で血栓摘除を行 血栓後遺症が重症化する. う. 急性腸骨大腿静脈血栓症の早期血栓摘除には,カテー ヘパリンは術後少なくとも 5 日間投与し,ワルファリ テ ル 血 栓 溶 解 療 法(catheter-directed thrombolyis: ンは術翌日から開始し,6 か月続ける.術翌日から弾性 CDT),経皮器械的血栓摘除(percutaneous mechanical ストッキングを着用して歩行し,動静脈瘻を併設した場 thrombectomy:PMT)と外科的血栓摘除がある.近年, 合は,6 週後に閉鎖する.一時的動静脈瘻は,腸骨静脈 血管外科領域ではカテーテルインターベンションが発達 の血流を増加させ,早期再血栓を防止し,内膜治癒を促 し,腸骨大腿静脈血栓症においても,外科的血栓摘除よ 進し,腸骨静脈の血栓除去が不十分だったり,直ぐに再 りカテーテル治療が主流になりつつある.外科的血栓摘 血栓化した場合には側副血行の発達を促す目的がある. 除とカテーテル治療の選択は,治療を行う施設の実情で 麻酔,モニタリング,術後管理などが進歩して現在の外 実績によって判断すべきであるが,カテーテルアクセス 科的血栓摘除の死亡率は 1%未満である 376).肺血栓塞栓 ができない,血栓溶解が不成功・不十分,あるいは抗凝 による死亡を避けるため,術前静脈造影や CT で下大静 固療法が禁忌(妊婦,術後患者,外傷患者など)の場合 脈内血栓の有無を確認することが重要である. には外科的血栓摘除が適応となる. 腸骨静脈の早期再血栓率は様々であり,一時的動静脈 早期血栓摘除は,健康な患者において,後に重症血栓 瘻を作製しない場合は 18 ~ 34%,動静脈瘻を作製した 後遺症が起こるのを予防,あるいは軽減する場合や,腫 場合は 12%と報告されている 402).早期再血栓を避ける 脹の強い,あるいは有痛性青股腫の患者において,早期 ために,以下のことが重要である.発症が 7 日以上前の 合併症を軽減し,静脈性壊死を防止する場合に有用であ 患者はできるだけ手術しない 403).フォガティーカテー る(Class Ⅱ a).併存疾患があり,非活動性で生命予後 テルで総 / 外腸骨静脈の血栓を除去するが,内腸骨静脈 の長くない患者や,末梢(膝窩や下腿)静脈血栓症を合 にも注意を払う.術中静脈造影か,血管内視鏡で腸骨静 併している患者では抗凝固療法で治療すべきである.静 脈に血栓遺残がないか確認する.有痛性青股腫では減圧 脈性壊死の危険性があれば,血栓摘除のメリットはある 下腿筋膜切開を早期に施行する.一時的動静脈瘻を作製 が,それ以外の場合には血栓後遺症は大した問題となら する.弾性ストッキングを着用して早期に歩行する.注 ない. 意深くモニターして術後抗凝固療療法を行う. 外科的血栓摘除は,術中の肺血栓塞栓防止目的で呼気 動静脈瘻作製を伴う血栓摘除の 2 年以上腸骨静脈開存 終末圧が 10cmH20 になるように通常,全身麻酔で行わ 率は 82 % 403),大腿膝窩静脈弁機能保全率は 60 %であ れる.ソケイ部を切開し,大腿静脈の大伏在静脈流入部 る 404).外科手術(動静脈瘻付加血栓摘除)と保存療法(抗 を露出する.総大腿静脈を切開し,静脈用フォガティー 凝固療法)を比較した無作為前向き研究では,6 か月後 血栓摘除カテーテルで総 / 外腸骨静脈の血栓を摘出す の無症状患者は外科手術群 42%,保存療法群 7%であり, る.外腸骨静脈の弁が保たれていると逆流はなく,総腸 5 年後に外科手術群の 37%が無症状であったが,保存療 骨静脈が閉塞していても内腸骨静脈に血栓がなければ逆 法群は 18%であった.静脈造影による 6 か月後の腸骨静 流はあるので,必ず術中静脈造影や血管内視鏡で残存血 脈開存率は外科手術群 76%,保存療法群 35%,5 年後は 栓の有無を検索する 379).末梢側は静脈弁を傷つけない それぞれ 77%,30%,10 年後は 77%,47%であり,下 ように,足部から大腿まで用手的にミルキングしたり, 行性静脈造影評価による 6 か月後の大腿膝窩静脈弁機能 エスマルヒ駆血帯を巻くことで順行性に血栓を摘出す 保全は外科手術群 52 %,保存治療群 26 %であり,いず る.静脈切開部を縫合閉鎖するが,大伏在静脈を浅大腿 れも外科手術群が有意に優れていた 405)−407).さらに, 動脈に吻合して動静脈瘻を作製した方が静脈の開存性が 血栓摘除を受けた患者は 5 年後に有意に良好な静脈機能 良いとする意見もある. (歩行静脈圧,静脈血駆出力,下腿筋ポンプ作用)を示 血栓が下腿から上行して形成された腸骨大腿静脈血栓 していた.このように外科的血栓摘除は優れた短期・長 症では,大腿静脈の血栓は古く,静脈壁に癒着していて 期成績を示している(Class Ⅱ a)が,我が国において施 再開通の機会はかなり少ない.静脈造影で腸骨静脈圧迫 行される手術数は少なく,日本血管外科学会の集計によ が認められる場合は術中バルーン拡張やステント留置が るとここ数年,年間 40 数例である 408). 推奨される.有痛性青股腫の場合は下腿筋膜切開を行い, コンパートメントを減圧して循環を改善する.下大静脈 まで血栓が進展している場合は,開腹して血栓を摘出す 【勧告の程度】 1.外科的血栓摘除:Class Ⅱ b 49 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 4 肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓 症(静脈血栓塞栓症)の予防 向上した.現在,我が国のエビデンスも徐々に蓄積され つつあり, 「肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓症(静脈血栓塞 栓症)予防ガイドライン」の改訂作業がまさに行われて いる. 1 したがって,本項では 2004 年の我が国の予防ガイド はじめに ラインを解説し,整形外科領域と腹部手術など新しい薬 静脈血栓塞栓症は,手術後や出産後,あるいは急性内 剤の使用が可能となった部分を書き改めるのみに留め 科疾患での入院中などに多く発症し,ときに不幸な転帰 る. をとることから,その発症予防が非常に重要となる.我 が国の肺血栓塞栓症が発症した場合の死亡率は 14 %と 報告されるが ,死亡例の 40%以上が発症 1 時間以内の 10) 2 静脈血栓塞栓症のリスクレベルの 評価法と対応する予防法 突然死例であるとされる 158).したがって,臨床診断率 予防の対象は主に入院患者とし,静脈血栓塞栓症の一 の向上だけでは予後の改善は達成できず,本症の発症予 次予防を目的とした.静脈血栓塞栓症のリスクレベルは, 防が不可欠となる.また,発症予防は費用対効果にも優 第 6 回 ACCP Consensus Conference on Antithrombotic れることが示されている 409)−413) .このため,欧米では豊 Therapy の予防ガイドライン(ACCP ガイドライン)に 富なエビデンスに基づいて,American College of Chest Physicians(ACCP) の Consensus Conference on Antithrombotic Therapy155)や International Union of Angiology 414) が中心となる International Consensus Statement などの 表 27 静脈血栓塞栓症の付加的な危険因子の強度 危険因子の強度 弱い いくつかの予防ガイドラインが公開されている.一方, 日本人と欧米人との間の静脈血栓塞栓症の発生頻度の差 中等度 が明らかでなく,また承認薬剤が欧米と異なることなど より,我が国独自の予防ガイドラインが必要となってい る.我が国における予防に関するエビデンスは未だ極め て乏しいが,日本人の臨床データを多く集めた本症予防 ガイドラインが肺血栓塞栓症 / 深部静脈血栓症(静脈血 栓塞栓症)予防ガイドライン作成委員会により 2004 年 強い に発刊された.一方,同年の診療報酬改定において「肺 血栓塞栓症予防管理料」が保険収載され,我が国の臨床 現場における静脈血栓塞栓症予防への取り組みは著しく 危険因子 肥満 エストロゲン治療 下肢静脈瘤 高齢 長期臥床 うっ血性心不全 呼吸不全 悪性疾患 中心静脈カテーテル留置 癌化学療法 重症感染症 静脈血栓塞栓症の既往 血栓性素因 下肢麻痺 ギプスによる下肢固定 血栓性素因:アンチトロンビン欠乏症,プロテイン C 欠乏症, プロテイン S 欠乏症,抗リン脂質抗体症候群など 表 26 リスクの階層化と静脈血栓塞栓症の発生率,および推奨される予防法 低リスク 中リスク 下腿 DVT(%) 2 10 ~ 20 中枢型 DVT(%) 0.4 2~4 症候性 PE(%) 0.2 1~2 致死性 PE(%) 0.002 0.1 ~ 0.4 高リスク 20 ~ 40 4~8 2~4 0.4 ~ 1.0 最高リスク 40 ~ 80 10 ~ 20 4 ~ 10 0.2 ~ 5 リスクレベル 推奨される予防法 早期離床および積極的な運動 弾性ストッキング あるいは間欠的空気圧迫法 間欠的空気圧迫法 あるいは抗凝固療法* (抗凝固療法*と間欠的空気圧迫法の併用) あるいは (抗凝固療法*と弾性ストッキングの併用) *整形外科手術および腹部手術施行患者では,エノキサパリン,フォンダパリヌクス,あるいは低用量未分画ヘパリンを使用 . その 他の患者では,低用量未分画ヘパリンを使用.最高リスクにおいては,必要ならば,用量調節未分画ヘパリン(単独),用量調節ワ ルファリン(単独)を選択する. エノキサパリン使用法: 2,000 単位を 1 日 2 回皮下注,術後 24 時間経過後投与開始(参考:我が国では 15 日間以上投与した場合の有 効性・安全性は検討されていない) . フォンダパリヌクス使用法: 2.5mg(腎機能低下例は 1.5mg)を 1 日 1 回皮下注,術後 24 時間経過後投与開始(参考:我が国では, . 整形外科手術では 15 日間以上,腹部手術では 9 日間以上投与した場合の有効性・安全性は検討されていない) DVT:deep vein thrombosis, PE:pulmonary embolism 50 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 準拠して,リスクレベルを低リスク,中リスク,高リス ク,最高リスクの 4 段階に分類し,おのおののリスクレ ④低用量未分画ヘパリン ベルの静脈血栓塞栓症の発生率も一致させた(表 26). 8 時間もしくは 12 時間ごとに未分画ヘパリン 5,000 単 各々の手術や疾患のリスクレベルは,付加的な危険因子 位を皮下注射する方法である.高リスクでは単独でも有 (表 27)を加味して総合的に評価する.対応する予防法 効であるが,最高リスクでは理学的予防法と併用して使 は,エビデンスに乏しい我が国の現状を鑑み,出血の合 用する 425),426).少なくとも十分な歩行が可能となるまで 併症の頻度が明らかでない抗凝固療法による薬物的予防 続ける.血栓形成の危険性が継続し長期予防が必要な場 法よりは,理学的予防法の比重を高めた推奨とした.最 合には,ワルファリンに切り替えることを考慮する.施 高リスクでは抗凝固療法を積極的に推奨しているが,出 行開始時期はリスクによって異なる.モニタリングを必 血のリスクが高い場合には理学的予防法のみの施行も考 要とせず,簡便で安く安全な方法だが,出血のリスクを 慮する. 十分評価して使用する.特に,脊椎麻酔や硬膜外麻酔の 3 静脈血栓塞栓症の予防方法 ①早期歩行および積極的な運動 静脈血栓塞栓症の予防の基本である.歩行は下肢を積 極的に動かすことにより下腿のポンプ機能を活性化さ せ,下肢への静脈うっ滞を減少させる 415).早期離床が 前後では,出血の危険性を十分に評価した後その施行を 決定すべきである.脊椎麻酔や硬膜外麻酔患者に未分画 ヘパリン 2,500 単位を 12 時間ごとに皮下注射して,合併 症なく静脈血栓塞栓症の予防が可能であったとする報告 もある 427). ⑤用量調節未分画ヘパリン 困難な患者では,下肢の挙上やマッサージ,自動的およ APTT を正常値上限に調節してより効果を確実にする び他動的な足関節運動を実施する 416)−418). 方法である.最初に約 3,500 単位の未分画ヘパリンを皮 ②弾性ストッキング 下注射し,投与 4 時間後の APTT が目標値となるように, 8 時間ごとに未分画ヘパリンを前回投与量± 500 単位で 下肢を圧迫して静脈の総断面積を減少させることによ 皮下注射する.煩雑な方法ではあるが,最高リスクでは り静脈の血流速度を増加させ,下肢への静脈うっ滞を減 単独使用でも効果がある 428). 少させる 419),420) .他の予防法と比較して,出血などの合 併症がなく,簡易で,値段も比較的安いという利点があ ⑥用量調節ワルファリン る.中リスクの患者では静脈血栓塞栓症の有意な予防効 ワルファリンを内服し,PT-INR が目標値となるよう 果を認める一方,高リスク以上では単独使用での効果は に調節する方法である.ワルファリン内服開始から効果 弱い 421).入院中は,術前術後を問わず,リスクが続く の発現までに 3 ~ 5 日間を要するため,術前から投与を 限り終日装着する. 開始したり,投与開始初期には他の予防法を併用したり ③間欠的空気圧迫法 する.欧米では PT-INR 2.0 ~ 3.0 が推奨されているが, 我が国の現状からは PT-INR 1.5 ~ 2.5 が妥当と考えられ 下肢に巻いたカフに機器を用いて空気を間欠的に送入 る.モニタリングを必要とする欠点はあるが,最高リス して下肢をマッサージし,弾性ストッキングと同様に下 クにも単独で効果があり,安価で経口薬という利点を有 肢静脈うっ滞を減少させる.高リスクでも有意に静脈血 する 429). 栓塞栓症の発生頻度を低下させ,特に出血の危険が高い 場合に有用となる 422),423).原則として,手術前,あるい ⑦低分子量ヘパリンおよび Xa 阻害薬 は手術中より装着を開始し,少なくとも十分な歩行が可 治療の項で述べたように,低分子量ヘパリンやフォン 能となるまで施行する.止むを得ず手術後から装着する ダパリヌクスなどの新しい抗凝固薬は,作用に個人差が 場合などで,使用開始時に深部静脈血栓の存在を否定で 少なく 1 日 1 ~ 2 回の皮下投与で済み,モニタリングが きない場合には,十分なインフォームド・コンセントを 必要ないため簡便に使用可能である.また,血小板減少 取得して使用し,肺血栓塞栓症の発生に注意を払う 424). や骨減少といった副作用の頻度も低いため,欧米では静 安静臥床中は終日装着し,離床してからも十分な歩行が 脈血栓塞栓症予防薬の中心となっている. 可能となるまでは,臥床時には装着を続ける. 膝関節置換術でのメタ解析の結果によると,ワルファ リンに比して低分子量ヘパリンは,深部静脈血栓症の相 51 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 対リスクが 0.68 と有意に低いことが示されている 415). 430) .一方, Xa 阻害薬としてはフォンダパリヌクスが, 14) 我が国においては,低分子量ヘパリンとしてはエノキサ 静脈血栓塞栓症の発現リスクの高い下肢整形外科手術後 パリンが,股関節全置換術後,膝関節全置換術後,股関 ならびに腹部手術後での使用に保険適用されている.臨 節骨折手術後,ならびに静脈血栓塞栓症の発現リスクの 床試験結果では 2.5mg を 1 日 1 回投与した場合,膝関節 高い腹部手術後での使用に保険適用されている.臨床試 全置換術後の深部静脈血栓症は出血の頻度を増加させず 験結果では 20mg(2,000 単位)を 1 日 2 回投与した場合, に 65.3%から 16.2%へと著しく低下した(図 15)431). 膝関節全置換術後の深部静脈血栓症は 60.8%から 29.8% に 低 下 し た が, 出 血 の 頻 度 は 増 加 し な か っ た( 図 図 15 我が国における Fondaparinux の臨床試験 VTE 発症頻度 大出血発現率 図 14 我が国における Enoxaparin の臨床試験 VTE 発症頻度 大出血発現率 70% 60% :P<0.05(vs プラセボ) * 70% 65.3% 60.8% VTE 50% 大出血 35.1%* 29.8% 30% 0% 50% * 34.2% * * 30% * 21.3% 20% 20% 10% :P<0.05(vs プラセボ) * 40% 44.9% 40% 4% プラセボ 0.0% 20mg qd 1% 40mg qd 3.1% 20mg bid * 16.2% 9.5% 10% 0% 大出血 VTE 60% 1.1% プラセボ 0% 0.75mg Enoxaparinの投与量 1.2% 0% 1.5mg 2.5mg 1.2% 3mg Fondaparinuxの投与量 膝関節置換術におけるプラセボを対照とした二重盲検用量反応 試験の結果(文献 428 より引用改変) 膝関節置換術におけるプラセボを対照とした二重盲検用量反応 試験の結果(文献 429 より引用改変) 表 28 各領域の静脈血栓塞栓症のリスクの階層化 リスクレベル 一般外科 ・ 泌尿器科 ・ 婦人科手術 60 歳未満の非大手術 低リスク 40 歳未満の大手術 60 歳以上,あるいは危険因子 のある非大手術 40 歳以上,あるいは危険因子 がある大手術 中リスク 高リスク 最高リスク 整形外科手術 上肢の手術 産科領域 正常分娩 腸骨からの採骨や下肢からの神経や皮膚の採取 帝王切開術(高リスク以外) を伴う上肢手術 脊椎手術 脊椎・脊髄損傷 下肢手術 大腿骨遠位部以下の単独外傷 40 歳以上の癌の大手術 人工股関節置換術・人工膝関節置換術・股関節 骨折手術(大腿骨骨幹部を含む) 骨盤骨切り術(キアリ骨盤骨切り術や寛骨臼回 転骨切り術など) 下肢手術に VTE の付加的な危険因子が合併する 場合 下肢悪性腫瘍手術 重度外傷(多発外傷) ・骨盤骨折 静脈血栓塞栓症の既往あるいは 「高リスク」の手術を受ける患者に静脈血栓塞栓 血栓性素因のある大手術 症の既往あるいは血栓性素因の存在がある場合 高齢肥満妊婦の帝王切開術 静脈血栓塞栓症の既往あるいは 血栓性素因の経膣分娩 静脈血栓塞栓症の既往あるいは 血栓性素因の帝王切開術 総合的なリスクレベルは,予防の対象となる処置や疾患のリスクに,付加的な危険因子を加味して決定される.例えば,強い付加 的な危険因子を持つ場合にはリスクレベルを 1 段階上げるべきであり,弱い付加的な危険因子の場合でも複数個重なればリスクレベ ルを上げることを考慮する. リスクを高める付加的な危険因子:血栓性素因,静脈血栓塞栓症の既往,悪性疾患,癌化学療法,重症感染症,中心静脈カテーテ ル留置,長期臥床,下肢麻痺,下肢キプス固定,ホルモン療法,肥満,静脈瘤など. (血栓性素因:主にアンチトロンビン欠乏症, プロテイン C 欠乏症,プロテイン S 欠乏症,抗リン脂質抗体症候群を示す) 大手術の厳密な定義はないが,すべての腹部手術あるいはその他の 45 分以上要する手術を大手術の基本とし,麻酔法,出血量,輸 血量,手術時間などを参考として総合的に評価する. 52 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン ⑧その他の予防法 アスピリンやデキストランの静脈血栓塞栓症に対する 予防効果は高くはなく,本ガイドラインでは積極的には 推奨しない. 4 各領域における予防法の選択 ③婦人科手術 (1)原則としては,一般外科手術のリスク分類および予 防法に準ずる. (2)良性疾患手術(開腹,経膣,腹腔鏡),悪性疾患で も良性疾患に準じる手術,ホルモン療法中患者は中リス ク,骨盤内悪性腫瘍根治術は高リスクとみなす. 我が国におけるおのおのの手術や疾患における静脈血 (3)経口避妊薬服用者は非服用者に比べ静脈血栓塞栓症 栓塞栓症のリスクは,現在までの我が国での報告を総合 発症の危険性が高いので,手術予定患者で静脈血栓塞栓 すると表 28 のごとくとなる.これらの基本的なリスク 症発症のリスクの高い場合には,経口避妊薬の投与を避 レベルに表 27 のような個々の症例の付加的な危険因子 けることを考慮する. や合併症の危険性を加味して,最終的な予防方法を決定 する.推奨予防法は表 26 に示した.以下におのおのの 領域での補足事項を付記する. ①一般外科手術 (1)一般外科周術期における静脈血栓塞栓症に対する予 防は,手術の大きさ,年齢,強い危険因子(癌,静脈血 栓塞栓症の既往,血栓性素因)の有無,その他の付加的 な危険因子などをもとに,総合的にリスクレベルを決定 する. ④産科領域 (1)合併症その他で長期にわたり安静臥床する妊婦に対 しては,ベッド上での下肢の運動を積極的に勧めるが, 絶対安静で極力運動を制限せざるを得ない場合は弾性ス トッキング着用あるいは間欠的空気圧迫法を行う. (2)長期安静臥床後に帝王切開を行う場合には,術前に 静脈血栓塞栓症のスクリーニングを考慮する. (3)静脈血栓塞栓症の既往および血栓性素因を有する妊 婦に対しては,妊娠初期からの予防的薬物療法が望まし (2)厳密な定義はないが,大手術とはすべての腹部手術 い.未分画ヘパリン 5,000 単位皮下注射を 1 日 2 回行う. あるいはその他の 45 分以上要する手術を基本とし,麻 分娩に際しては,陣痛が発来したら一旦未分画ヘパリン 酔法,出血量,輸血量,手術時間などを参考として総合 を中止し,分娩後止血を確認後できるだけ早期に未分画 的に評価する 414). ヘパリンを再開する. (3)抗凝固療法の開始時期は,個々の症例の状況により 裁量の範囲が広い.手術前日の夕方,手術開始後,ある いは手術終了後から開始する場合があるが,静脈血栓塞 栓症のリスクと出血のリスクを勘案して決定する. ②泌尿器科手術 (1)原則としては,一般外科手術のリスク分類および予 防法に準ずる. (2)経尿道的手術は低リスク,癌以外の疾患に対する骨 盤手術は中リスク,前立腺全摘術や膀胱全摘術は高リス クとみなす.腎手術などの腹部泌尿器科手術では,骨盤 泌尿器科手術に準じた予防法を選択する. ⑤整形外科手術 (1)弾性ストッキング装着や間欠的空気圧迫法が困難な 下腿骨折は,早期手術・早期離床が血栓予防の原則であ るが,早期手術ができなかった場合は抗凝固療法を施行 してもよい. (2)大腿骨遠位部以下の単独外傷では,エビデンスのあ る報告は少ないためリスクの階層化は困難であるが,報 告されている発生率からは中リスクと判断される. (3)股関節骨折は受傷直後より深部静脈血栓症が発生す る可能性があり,早期手術早期離床が非常に重要である. (4)脊椎手術は下肢麻痺があれば高リスクとなるが,抗 (3)厳密な定義はないが,大手術とは一般外科手術と同 凝固療法は出血リスクのため適応の是非は不明である. 様に,すべての腹部,骨盤部の手術,あるいは 45 分以 (5)脊椎・脊髄損傷は中リスクあるいは高リスクに分類 上の腹部以外(陰嚢,陰茎など)の手術(経尿道的手術 されると考えられるが,急性期の抗凝固療法は出血リス を含む)を基準として,麻酔法,出血量,輸血量,手術 時間などを参考として総合的に評価する. クのために適応の是非は不明である. (6)重度外傷と骨盤骨折は高リスクと考えられるが,安 全で効果的な予防法を指摘できない. (7)間欠的空気圧迫法を手術後に使用する場合は深部静 脈血栓症の有無を事前に確認すべきであるが,それが困 53 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008 年度合同研究班報告) 難である場合にはインフォームド ・ コンセントを取得し てから施行し,また肺血栓塞栓症の発生に十分注意を払 うべきである. ⑥脳神経外科手術 (1)脳腫瘍以外の開頭術は中リスク,脳腫瘍の開頭術は 高リスクとみなす. (2)大量のステロイドを併用する場合には,さらにリス クが高くなるものと考える. (3)抗凝固療法による予防は,手術後に出血性合併症の 危険がなるべく低くなってから開始する. る. (6)潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患は中 リスクとみなし,長期臥床を要する場合には,弾性スト ッキングや間欠的空気圧迫法を施行する. (7)内科集中治療症例では危険因子が重複することが多 く,リスクの程度に応じた静脈血栓塞栓症の予防を徹底 する. 5 おわりに 静脈血栓塞栓症の予防に関しては,日本人に関するデ ータは少しずつ蓄積されつつあるが未だ十分ではない. (4)高リスクの手術で出血の危険が高い症例では,間欠 したがって,上述の予防法は欧米のガイドラインのよう 的空気圧迫法を用いることができない場合に弾性ストッ に十分なエビデンスに基づいたものではなく,静脈血栓 キング単独での予防も許容される. 塞栓症の予防を考慮する際の 1 つの指針に過ぎないこと (5)最高リスクにおいては抗凝固療法が基本となるが, を念頭に置く必要がある.また,静脈血栓塞栓症の危険 出血の危険が高い場合には,止むを得ず間欠的空気圧迫 因子には未解明な部分があり,元来,静脈血栓塞栓症の 法で代替することを考慮する. 完全な予防は不可能である.よって,個々の症例に対す ⑦内科領域 るリスク評価や予防法は,本ガイドラインを参考にしつ つも,最終的には主治医がその責任において決定しなけ (1)脳卒中で麻痺を有する場合は高リスクとみなす.出 ればならない.合併症の危険を伴う予防法の施行におい 血性脳血管障害患者などの抗凝固療法禁忌例に対して ては,患者と十分に協議を行い,インフォームド・コン は,理学的予防法を選択する. セントを取得する必要がある. (2)心筋梗塞は中リスクとみなし,十分に歩行可能とな るまで治療的抗凝固療法が継続されない場合には,弾性 ストッキングあるいは間欠的空気圧迫法を施行する. (3)呼吸不全や重症感染症患者は中リスクと見なし,長 1.低リスクにおける早期離床および積極的な運動: Class Ⅰ 期臥床を要する場合には,弾性ストッキングや間欠的空 2.中リスクにおける弾性ストッキング:Class Ⅰ 気圧迫法を施行する. 3.中リスクにおける間欠的空気圧迫法:Class Ⅱ a (4)うっ血性心不全患者は高リスクと見なすが,間欠的 空気圧迫法の使用は静脈還流量が増加し病態増悪が危惧 されるため,低用量未分画ヘパリンを選択する. (5)カテーテル検査・治療後は,穿刺部位の止血のため の必要以上に長時間の圧迫は避け,安静時間の短縮を図 54 【勧告の程度】 4.高リスクにおける間欠的空気圧迫法および抗凝固療 法:Class Ⅱ a 5.最高リスクにおける「抗凝固療法と間欠的空気圧迫 法の併用」および「抗凝固療法と弾性ストッキング の併用」 :Class Ⅱ a 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 文 献 1. Kumasaka N, Sakuma M, Shirato K. Incidence of pulmonary thromboembolism in Japan. Jpn Circ J 1999; 63: 439-441. 2. Sakuma M, Nakamura M, Yamada N, et al. Venous thromboembolism-Deep vein thrombosis with pulmonary embolism, deep vein thrombosis alone, pulmonary embolism alone. Circ J 2009; 73: 305-309. 3. Freiman DG, Suyemoto J, Wessler S, et al. Frequency of pulmonary thromboembolism in man. N Engl J Med. 1965; 272: 1278-1280. 4. Morrell MT, Dunnill MS. The post-mortem incidence of pulmonary embolism in a hospital population. 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