微小重力下での循環・呼吸調節における肺循環系の役割に関する地上基礎研

1.微小重力下での循環・呼吸調節における肺循環系の役割に関する地上基礎研究
2.白井幹康1)、下内章人1)、川口 章2)、池田宗一郎1)
3.1)国立循環器病センター研究所 565-8565 大阪府吹田市藤白台 5-7-1;2)東海大学医学
部心臓血管移植外科 259-1193 神奈川県伊勢原市望星台
4.研究成果概要
研究目的・意義 :宇宙滞在時並びに宇宙から帰還時の循環・呼吸系調節の急性反応と適
応反応における肺循環の役割を調べることが目的である。目的達成のため、まず、独自の
X 線テレビシステムを改良し、これまで観察できなかった臓器内部の微小血管(内径 50-80
μm)の応答が直接観察できるシステムを構築する。次に、このシステムを用いたラット、
マウス用の微小血管造影法を開発する。さらに、宇宙での動物実験の実用化を目指し、覚
醒下小動物の循環、呼吸、代謝並びに神経機能を同時に、実時間解析できる新しいシステ
ムの開発を進める。これらのシステムの実用性を動物実験で確認した上で、循環動態の無
重力環境地上模擬実験モデルとして尾部懸垂(Hindlimb Unweighting; HU)飼育ラットを用
い、微小重力暴露でおこる肺及び下肢骨格筋動脈の血管運動異常について調べる。
研究の方法
1)X 線 TV システムの改良点は、X 線源を微小焦点(8μm)X 線管に、センサーを1イ
ンチ I.I.に取り替え、さらに、試料台を X、Y、Z 軸方向に自由可動出来るようにすること
である。また、微小カテーテルの作成、選択的カニュレーション技術の工夫、及び粘性の
低い非イオン性低浸透圧造影剤の使用などにより、ラット、マウスでの微小血管造影を可
能とした。これらの技術を麻酔下ラットに応用し、肺及び下肢骨格筋の細動脈(50-80μm
内径)と小動脈(100-200μm)の応答を in vivo で観察した。
2)覚醒マウスにおいて、循環、呼吸、及び代謝機能を同時記録し、ビート毎に実時間
で解析出来るシステム構成した。血圧、心拍数の計測には、慢性実験用テレメトリー自動
解析システム(DATA SCIENCES 社)を応用した。マウスを無拘束チャンバー内に入れ、ホ
ールボディプレチスモグラフ法で一回換気量、呼吸回数等を、SABLE SYSTEMS 社の酸素及
び二酸化炭素解析装置(分解能<0.001%)で代謝を計測した。以上の計測パラメータを、
一つのコンピュータで統合し、記録及び実時間解析出来るようにした。
3)我々が世界に先駆け開発したネコの肺交感神経活動の計測技術を応用し、麻酔下ラ
ットの肺動脈に分布する神経束から直接神経活動を記録した。
本研究で得られた結果
1)選択的造影術を用い、正常及び低酸素環境下のラット肺循環における一酸化窒素(NO)
を介した血管運動調節機構を解明した。 正常ラットでは、eNOS 由来の NO は、主に太い伝
導肺動脈のトーンを調節するが、低酸素ラットでは、低酸素性血管収縮のターゲットであ
る抵抗肺動脈に対してもト−ン低下作用を示した。また、iNOS が新たに合成され、低酸素
による抵抗肺動脈トーンの上昇を抑制した。
2)正常肺並びに骨格筋循環の血管運動調節機構に関する新知見を得た。 幾何学的倍率
4 倍(全体の拡大率は 48 倍)で麻酔下ラットの血管造影を行ない、下肢骨格筋並びに肺実
質内の血管樹(50-300μm)の口径を鮮明に可視化できた。1)骨格筋では、細動脈、小動
脈いずれも血管拡張性に富むが、肺では、細動脈の血管応答性が極めて乏しいこと、2)
骨格筋では、小動脈トーンは NO 依存性血管拡張性機構の調節を受けているが、細動脈は
主に NO 非依存性(EDHF)の拡張性機構の支配を受けていることが分かった。
3)尾部懸垂(HU)飼育ラットを用い、模擬微小重力が肺及び骨格筋微小循環の神経性、
体液性調節に与える影響を明らかにした。 下肢骨格筋動脈では、isoproterenol に対する
応答が不変であったことを除いて、acetylcholine、nitroprusside、交感神経刺激及び液
性由来 norepinephrine に対する応答は、3週間の HU 飼育によって有意に減弱した。また、
L-NAME による収縮反応も減弱した。この結果から、模擬微小重力下での収縮機能低下は、
NO 及びβ-受容体を介した拡張機構の機能亢進によるものではなく、α性収縮そのものの
低下によると考えられた。また、HU は EDHF を介した細動脈拡張機能を抑制することをは
じめて明らかにした。さらに、nitroprusside に対する応答低下は、cyclic GMP pathway
の機能低下を示唆した。ただし、このような血管運動機能不全に微小動脈の平滑筋の萎縮
が一部関与している可能性がある。
肺動脈では下肢骨格筋動脈と異なり、HU 飼育によって NO を介した拡張性機構は増大す
ることが分かった。しかし、α性収縮機構並びに低酸素性収縮機構は減弱した。cGMP pathway
及びβ-受容体を介した拡張能は不変であった。α性収縮能の低下の原因として、α-受容
体機能の低下、交感神経機能の低下、NOS 機能亢進による二次的影響などが考えらた。
4)覚醒マウスの低酸素応答機構で新しい知見を得た。 開発したシステムを正常及び
プロスタサイクリン(PGI2)欠損マウスに応用した。その結果、PGI2 の単独欠損は、低酸
素時の循環、呼吸、代謝の急性応答に大きな影響を及ぼさないが、NO と同時に欠損が起こ
ると、低酸素時の心拍と呼吸の増大応答は欠落することが分かった。また、同時に起こっ
た酸素消費量の大きな減少は、心血管機能不全による酸素運搬能の障害を強く示唆した。
5)麻酔下ラットで肺交感神経活動の計測に成功した。 腎とは異なる肺に特異的な放
電パターンを認めた。この放電は、hexamethonium bromide の投与で消失したことから、
節後線維からの記録と考えられた。
宇宙実験へ向けた成果
HU 飼育ラットのデータを、宇宙環境に起因する deconditioning と直結することは危険
であるが、本実験データから、帰還後の起立耐性の減弱に、1)下肢骨格筋小動脈及び細
動脈の収縮、拡張機能不全及び2)血液貯留部位である肺循環の体循環系への血液補充機
能の低下が関与する可能性が示唆された。実際に宇宙環境で飼育したラットで、同様な結
果が得られるか否か、さらに実験を発展させる必要がある。また、開発した X 線 TV シス
テムは脳、腎、肝、腸管などにも応用可能であるので、これらの臓器の宇宙飛行後の血管
運動機能変化についても研究を広げることが可能である。さらに、装置の小型、軽量化を
実現すれば、宇宙での心臓、肺、消化管、骨などの観察にも役立つであろう。
循環、呼吸、代謝系の協調は生命維持に必須である。しかし、従来の研究では、これら
の系を別々に研究してきた。今回、私共が開発した、小動物用の循環、呼吸、代謝機能の
同時モニタリングシステムは、これらの機能の協調作用の解析を可能とする装置であり、
遺伝子改変マウスに応用すれば、遺伝子・タンパク質レベルの知見を個体レベルに還元し
て検証できる。そのコンパクト性故、宇宙実験に実用化可能と考えられ、将来、宇宙滞在
時及び宇宙から帰還時の循環・呼吸・代謝系の急性反応や適応反応の分子レベルでのメカ
ニズム解析に極めて有効な手段となるであろう。
本研究で成功した肺自律神経活動計測術を発展させれば、循環の神経調節における肺循
環系の重要性が解明出来ると期待される。今後、特に、小動物における神経活動の慢性テ
レメトリー記録の実用化が強く望まれる。
5.外部発表リスト
講演発表
1. 白井幹康。慢性低酸素性肺高血圧症の形成過程で起こる肺微小動脈の NOS 発現増大は血
管トーン調節に関与するか?シンポジウム“微小循環学の最近のトピックス−分子病態学
から統合生理の視点で−。第 78 回日本生理学会大会 2001
2. J. T. Pearson, M. Shirai. Roles of nitric oxide and prostacyclin in circulatory and
ventilatory control in rodents. COE International Symposium 2002
3. 白井幹康、他. 下大静脈血は生理的肺血管トーンの維持に必須である.第 79 回日本生
理学会大会 2002
4. 鵜飼和寿、千葉康弘、ピァーソン ジェームズ、エディ グナワン、白井幹康、下内章人 間
けつ的低酸素性肺高血圧症ラットにおける心拍・血圧応答の解析.第 79 回日本生理学会
大会 2002
5. ピァーソン ジェームズ、白井幹康、他.Appraisal of ventilation and circulatory functions
in transgenic mice. 第 79 回日本生理学会大会 2002
発表論文
1. Shirai, M., et al. Segmental differences in vasodilatation due to basal NO release in in
vivo cat pulmonary vessels. Respir. Physiol. 116: 159-169, 1999.
2. 白井幹康. 肺血管運動とその循環調節上の意義. 日本薬理学雑誌 113:235-248, 1999.
3. Shirai, M., et al. Two-week, but not 1-week, hypoxic exposure enhances nitric oxidemediated basal tone regulation in rat resistance pulmonary arteries. Jpn. J. Physiol. 51:
395-398, 2001.
4. Shirai, M., et al. KATP channels predominantly regulate conduit vessel tone in normoxic cat
pulmonary arteries in vivo. Eur. J. Pharmacol. 422: 181-184, 2001.
5. Pearson J.T., Yagi, N., Shirai, M., et al. Future investigations of micro-macro level cardiac
functions using X-ray diffraction. BME 16: 29-35, 2002.