男は女のどこにひかれるのか? P1 恋人たちが「見つめ合う」心理の謎

目次
女は男の、男は女のどこにひかれるのか? P1
恋人たちが「見つめ合う」心理の謎 P2
目でわかるあの人の気持ち P3
無意識に出す「好き」
「嫌い」のシグナルとは P4
ほめたつもりなのに彼女がムッとする理由 P7
“見栄をはってしまう”男のウラ心理 P9
なかなか告白できない男のウラ心理 P11
会話でわかる二人の心密度 P12
「強引な男」に落ちてしまう女の本音 P14
女はなぜ「ノロケ話」をしたがるのか? P15
この「抱いて」のサインを見逃すな P16
相手をもっと好きにさせる「じらし」の秘術 P18
こんな時、彼女は優しく抱いてほしいと思っている P20
相手を振り向かせる“ほめ方”のポイント P24
ひそかに憧れる彼女の心をゲットする方法 P25
大好きなあの人に飽きられないための知恵 P27
いつまでも仲良しでいられる会話の極意 P30
4
なかなか告白できない人はこの手をつかえ P32
男のプライドを傷つけずに思いのまま操る方法 P34
もてない男の恋の必勝法とは P35
相手が心を開く良いほめ方と悪いほめ方 P37
「ウソ」が二人の仲をふかくする?! P38
男のウソと女のウソ、ここを見ればわかる P41
ココが女のウソの特徴 P43
ここが男のウソの特徴 P44
実は、女は男よりウソがヘタ・・・P45
ウソの対処、男と女ではこんなに違う P47
きれいに別れるためのウソの心得 P49
二人の仲を決定的に裂くひと言は P51
男が嫌う女のしぐさ、女が嫌う男の態度 P56
人はなぜ嫉妬するのか?嫉妬にどう対処すべきか? P59
すねた彼女の機嫌を直す方法 P62
相手の心が離れそうな時に不思議な行動 P64
別れの原因は男と女ではこんなに違う P65
なぜ「反対される恋ほど燃え上がる」のか? P68
5
女が「不倫」に走るもっともな理由 P70
男はなぜ「浮気」をやめられないのか? P72
浮気女を許せない男の心理 P74
浮気男を許してしまう女の心理 P75
実は、女は略奪愛が好き? P77
男は友情をとるか、恋愛をとるか? P78
男女間に本当に「友情」は成立するのか? P79
「美人の方がモテる」は実は大ウソ?! P84
男はなぜロマンを追い求めるのか? P87
遠距離恋愛はやっぱり続かない? P88
「女はリアリスト」は事実か? P90
女は本当にベタベタするのが好きか? P91
男も本当はベタベタしたい?! P92
「女は頼れる男が好き」の信頼性は? P93
男は「強い女」が、女は「ダメ男」が好き?! P93
6
女は男の、男は女のどこにひかれるのか?
人に会ったとき、顔も見ずに話しはじめる人はまずいない。
初対面の場合、相手の全身をサッと見て、その人がいくら不愉快な人であ
っても一瞥くらいはするものだ。
待ち合わせに遅れて、「ごめんなさい」とあやまる前にチラリと相手をみ
る。これは、相手が自分にたいして怒っていないか、気にしてないか、と
いうような情報を取り入れるためだと考えられる。
その情報によって、こちらの態度もおのずと決まってくる。
怒っていないようならいい訳をせずに平謝りに謝るしかないし、あまり気
にしてないようなら簡単な謝罪ですますことができる。
とくに顔は、その場の状況を推し量るためのバロメーターとなる。
いくら口で優しそうなことをいっても、きつい目をしていれば怒っている
だろうし、冷ややかにみているのであれば軽蔑しているのかもしれない。
人は、発せられた言葉よりも表情や目で相手の真意を読み取ろうとすると
ころがあるものだ。
7
恋人たちが「見つめ合う」心理の謎
人は自分と同意見の人、あるいは賛成してくれる人に話しかけるとき、相
手と視線をよく合わせる。
あなたが人と話をしているとき、もし相手があなたの目をじっと見ながら
話すと、あなたはその人に好意を抱きやすくなるはずだ。
街に貼られたタレントのポスターは、あたかも、その人間がこちらをじっ
とみつめているように感じられる。
じつは、タレントは、撮影時にカメラのレンズを見つめているだけなのだ
が、ポスターをみた人は、なぜかそのタレントに好意をだいてしまいます。
それは、ポスターの目が、見ている人になにかを語りかけているように思
えるからだ。
人事担当の面接官は、採用者を決定する際、ほかのすべての条件が同じで
あるなら、無意識に瞳の大きい女性を好む傾向があるという。
細い瞳よりも、丸くて大きな瞳のほうが魅力的にみえるばかりか、人にな
にかを訴える力が強い。
心理学者のヘスがおこなった実験によると、男性に女性のヌードをみせた
場合と、女性に男性のヌードをみせた場合、どちらもふだんより瞳孔が拡
大したという。
人の瞳は、興味のあるモノにたいしてより大きく開くのです。
というわけで、面接官は、瞳の大きい女性のほうが、自分の会社により興
味をもっていると感じるのかもしれませんね。
女性がアイシャドーやアイブローで目を大きくみせようとしたり、二重瞼
にしたりするのも、相手が自分のことを好意的に受け取ってくれることを
期待しているからと考えると、納得できます。
8
「わたしは、あなたに興味があります」と視線にモノをいわせて、愛の告
白だってできるというわけだ。
また、面接のときに視線を多く合わせた人ほど「信頼でき、快活だ」とい
う印象をもたれやすい、といった報告もある。
では、視線の使い方に性差はないのだろうか。
アーガイルたちの実験によると、男女がみつめ合うとき、男性の視線の動
きの方が活発になった。
ところが、別の実験によれば、日本人の場合はまったく逆で、女性の視線
の動きが増えたという。
うがった、見方をすると、日本人女性と外国人男性の結婚の増加は、視線
のこうした活発な使い方が、大きく影響しているのかもしれない。
目で語るのが苦手な日本人男性にくらべ、外国人男性は視線で雄弁に愛を
語ることができるということだろうか。
目でわかるあの人の気持ち
話しているときにいくら笑顔を振りまいてくれる相手であっても、目が合
うたびに視線をはずされるようでは、あなたはその人にあまりよく思われ
ているとはいえない。
とはいうものの、相手が視線をそらさないから安心できるというものでも
ない。
あなたのことをうさんくさそうにみている場合もあるし、いわゆる「ガン
9
つけ」の場合もある。これはもう、あなたにたいする完全な不快感の表現
だ。
ここまでくると、まずは雰囲気で判断できるというものだが、そもそも、
人と視線を合わせるという行為は、相手の真意を探ろうという意図のあら
われだといえる。
その意味から、行動に自信がなかったり、他人の行動に敏感な人ほど巧み
に視線を使うとされている。
ということは、相手がどのような視線の使い方しているかをみることで、
おおまかにその人の性格を推し量ることができるということでもある。
ある計測によると、話の合間にチラチラと相手をみる人は、周囲の人の反
応に気をつかいがちな人であるし、じっと相手を凝視するような人は、物
事を中傷的に考える人。
共同作業のときに視線を合わせる人は、甘えん坊で人なつこいタイプであ
るし、人と争うような場面で視線を合わせるのは、闘争心の旺盛な人だと
いうデータもある。
まさに、
“目は口ほどにモノをいう”ようだ。
10
無意識に出す「好き」「嫌い」のシグナルとは
男性にしても、女性にしても、相手の嫉妬心をうまく利用することは、二
人のほころびをつくろう常套手段の一つにちがいない。
もっとも、これらの方法がどれくらい有効なのかは定かではないし、そう
して相手をじらしても反応が無い場合、ヤケになるというのがおおむねの
パターンのようだ。
別れる別れないという事態に陥る前に、はたして相手が自分に好意をもっ
ているのか、それとも嫌っているのか、判断がつきにくいことがある。そ
んなときには、相手のちょっとしたしぐさを観察すればいい。
だれしも嫌いな物や人には触れたくない。なるべく遠ざかって、かかわり
あいたくないはずだ。
たとえば鳥が嫌いな人は、公園の一角をわがもの顔で占拠している鳩を避
け、大きく迂回する。触るなんてもってのほか。
それと同様に、人も「嫌いだ」という気持ちがあると、からだのどこかで
なんらかのシグナルを出している。
たとえ向かいあっていても、相手のひざ頭がよそを向いていれば、相手は
あなたの話を熱心に聞いていないことになる。
また、話を聞いているようにみえても、生返事をしながら服のゴミをとっ
たり靴の汚れを拭いたりするしぐさをするようでは、それはあなたにたい
する相手のノーのサインということだ。
喫茶店やレストランで、電話の呼び出しがあったとき、相手がうれしそう
な顔で席をはなれたり、
「あっ、電車の時間だ」と勢い良く立ち上がった
りすれば、あなたは好意を抱かれていないと思ったほうがよい。
(あなたが話しをしている最中に、携帯電話をいじったり髪をいじったり
している場合も同じだ)
11
また、人の好意は視線にもよくあらわれる。
とくに女性は視線でモノをいう。話をするとき、じっと相手の目をみてい
るのなら、その人のことを憎からず思っている証拠であるし、視線を合わ
せないようにしていれば、あまり好意をもっていないと思っていいだろう。
このような好き嫌いの感情は、座り方のもあらわれる。ベンチで寄り添う
ように座っているカップル。この二人には、いまのところ別れの危険はな
い。
ところが、二人のあいだにバッグや荷物が置かれている場合は、どうだろ
う。
たとえば相手があなたとのあいだにモノを置いたとき、これはあなたに近
づきたくないというさりげない合図。
相手と自分のあいだに物を置くことは、自分のテリトリーを確保するため
の壁をつくり、そのテリトリーに踏み込んでほしくないという意思表示な
のだ。
逆に、喫茶店で向かいあって話しをしているときに、自分のコーヒーカッ
プを脇に寄せたり、真ん中にある灰皿を動かすのは、二人のあいだの障害
を除こうという気持ちのあらわれだと考えられる。
相手にたいする好意や嫌悪いを示す行動として、このほかに「タッチング」
とよばれるものがある。
男性が冗談をいったり、ちょっとエッチな話題をだしたとき、「やだ~」
と男性の腕に軽く触れたり、背中をたたいたりする女性は多いが、相手の
体に触ることによって自分の好意を伝えていると考えることができる。
別れ際に「じゃあね」と軽く手を触れていた恋人が、最近それをしなくな
った、というのであれば、それは別れたいシグナルだ。
もちろん、愛情を示すためにもタッチングは使われる。アメリカの性研究
者マスターズとジョンソンは、その究極が性行為だと語っている。
12
ただ、このタッチング・コミュニケーションの判断は微妙なところで、む
ずかしい。好意をもっていながらも、女性が男性の肩に軽々しく触れるこ
とはあまりない。
それだけに、気軽に男性の肩をポンとたたいたりすると、「なんて失礼な
女性だ」と勘違いされることも。また、男性が女性のからだに触れる場合、
相手に嫌われていればセクハラだと騒がれるハメに陥る可能性もある。
相手の気持ちは、このようにさまざまな、さりげない行動から推し量るこ
とができる。
ほめたつもりなのに彼女がムッとする理由
「ゆうちゃん、すごいわね。もう自分の名前が書けるの?」
。子供はだれ
かにほめられるとよろこぶ。そして、もっとほめられるように頑張ったり
する。
大人にとっても、けなされるよりはほめられるほうがいいし、それによっ
て自尊心も満足させられる場合が多い。
子供のように素直にほめられたりする場合には、そんなに問題もない。
ところが大人になるにつれ、ほめられてもその言葉の裏になにがあるのか、
それを探ろうという気持ちが生じる。いわゆる疑心暗鬼になるわけだ。
相手が本気でいっているのか、リップサービスさのか、それとも皮肉なの
か。自分だけにいうのか、あるいはだれにでもいうのか。
その言葉は、ただのつき合いから出たものか、友情から出たものか、もし
かすると愛情からか、といった具合。
13
たとえば、上司が部下に向かって「君はじつによくやってくれるよ。仕事
と遊びをきちんと分けているんだな」という。
いかにもほめてくれているようだが、実際には、上司の本音は「自分たち
は、仕事以外にはなにもしなかった。しかもいまじゃ、部下と上からの板
ばさみ。いつになったら楽になれるんだろ」というところにあったりする。
その場合、上司は部下に対してうらやみとやっかみの入り混じった気持ち
でいる。部下は「いやあ、そんなことはありませんよ」といいながら、も
しかしたら「生き方の問題さ。部長のように会社人間で終わるのはまっぴ
らごめんだ」と思っているかもしれない。
このように、せっかくのほめ言葉も、勘ぐったりすると、かえって意思が
伝わらなくなる。
互いに裏読みに徹しようとするあまり、まるで狐と狸の化かし合いのよう
な事態になってしまう。
相手をほめる、ということは一種の迎合行為だ。相手に取り入ろうとする
と、お世辞をいったりおだてたりすることになる。それがほめることの一
種である。
言葉だけでなく、だれかに親切にしたり、優しくしたりするのも、あるい
は自分を卑下して相手を立てるのも、相手に迎合するための行動だといえ
る。
それが、ときには誤解を生むこともある。
たとえば、初対面の彼女に突然、
「好きだよ」といっても信じてもらえな
いだろう。
「わたしのこと何もしらないくせに」と、相手を怒らせるのが関の山だ。
ところが、長い春を経てきた二人がやっと口にする「好き」は、その言外
にさまざまな思いがあるから、信ずるに値する貴重なほめ言葉なのだ。
14
ほめるという迎合行動も、相手を特定化し、その人の望んでいることを的
確に知ることによって、より効果を発揮する。
「幼いころから美人だ美人だとばかりいわれてきたから、容姿をほめられ
てもうれしくない」とある女優が語っていた。
その女優にとっては、美人をほめられるより他の能力を認めてほしいのに、
顔のことしかいわれないというのは、ある意味で屈辱でもあるのだ。
おそらく「頭の回転が速いですね」「国際政治をよくご存知ですね」と特
定化してほめられれば、自分の価値が倍加したように感じ、彼女の喜びも
倍加するはずである。
人をほめるのはむずかしい。
「君って変わっているね」といわれて喜ぶ人
もいるし、ムッとする人もいる。
個性的でありたいと思っている人なら、異質であることはほめ言葉としは
たらくが、みんなと同じでありたい人にとっては、異質=はずれ者という
ことになり、自分の人格を否定されたと受け取りかねない。
また、「女優みたいだ」といえばよろこぶのに、特定の人の名前をあげる
と、かえって「どこが?」というような不満をもたらされたりする。
ただほめればいいというものではない。
相手がどのような部分を意識しているのか、どうありたいと思っているの
かを知ったうえで、勘ぐられないようなほめ方をしたい。
15
“見栄をはってしまう”男のウラ心理
男性は社会的な強さ、つまり“権力”にこだわる傾向がある。
出世すること、あるいは経営者といったいわば頂点、または政治家、有名
人などを夢見る。
女性の場合、一般に理想とされるような「美人になりたい」
「スリムにな
りたい」というときは、ダイエット食品を買い込んだり、エステティック
サロンに通ったりというように、具体的なものにお金を使う。
男性は、自分自身の見栄とプライドのためにお金を注ぎこむことが多い。
たとえば、借金をしてでも高級車を買ったり、人におごったりする。ただ
の見栄っぱりといえなくもないが、そのような行動をとろうという心理の
裏には「社会的な強さ」を求める気持ちがある。
社会的な強さとは、他人や集団を動かすような影響力のことで、専門的に
は「社会的勢力」という。その主なものには次の四つがある。
1. 報酬や賞を与える力(報酬勢力)
2. 罰を与える力(強制勢力)
3. 他人の行動を規定する正当な権力をもっているという力(正当勢
力)
4. 専門的な知識や技術をもっているという力(専門勢力)
たしかに、これだけの力を備えていれば、「男として」かなりの自信をも
つことができる。
しかし、実際にこれほどの力をもっている男性は数えるほど。
だからこそ、無理して高級車にのったり、人に大盤振る舞いをしたりする
ことによって、「自分はこんなに社会的勢力があるんだ」と示したがる男
性が出てくるともいえるのだ。
16
なかなか告白できない男のウラ心理
片思い・・・・・。だれにでも一度や二度は、経験があるはずだ。胸がキ
ュンとなって、告白したいのにできない。ウジウジなやんでいないで、あ
きらめるなり打ち明けるなりすればいいのにと思うのは、旗から見ている
からこそいえること。
本人にとっては、そう簡単なものではない。
恋がいつも片思いに終わっている男性は、積極性に欠けたり、ときにはそ
こにコンプレックスが介在している場合が多い。
「ちょっと背が低いからなあ」と、つまらぬコンプレックスをもてば、憧
れの女性を黙って眺めているしかない。
もし彼女に断られたら、自分のプライドが傷ついてしまう。
だから、なるべく自尊心を傷つけられないような方法をとろうとする。
アタックする前かに結果を予想してしまい、
「こういう欠点が自分にある
から嫌われるだろう」とか、
「相手に恋人がいた場合、ふられるのがオチ
だ」というように、一人で勝手になやむ。
仮に好きな人に恋人がいればどうするのか。
あきらめはしないが、チャンスをじっと待つ。彼女が恋人を別れるまで、
あるいはケンカするまでおとなしく待っている。
それが優しすぎる男性の片思いの方法だ。
17
会話でわかる二人の信密度
沈黙と、おしゃべりに関する心理を調べた実験がある。
男女の会話で、いずれかいっぽうが会話全体の80%、50%、20%の
時間話しているテープを聞いて、その人にどのような印象をもつかたずね
たものだ。
それによると、80%話していた男女それぞれが、どちらも温かく、友好
的、知的だという好意的な評価を受けた。
いっぽうで、20%しか話さなかった男性と女性は、冷たくて、非好意的
かつ内公的だと評価されている。
会議や話し合いの席で、話の口火を切る人がリーダーになりやすい。そう
なることを嫌って、だれも口を開かないということもある。
また、別の実験では、討論でもっともよく発言した人が、リーダーとして
選出されるケースが多いことが証明されている。
世間でも、たけしやタモリ、さんまなどおしゃべりな男性は相変わらずの
人気。
無口が美徳とされた昔とはちがって、おしゃべりは敬遠されるものではな
く、むしろ歓迎されるものであり、積極的で明るいイメージを与えるもの
として受け取られるようだ。
ことに、初対面の人といっしょのときは、相手のおしゃべりを好ましく思
う。最初の二分くらいなら、だれでもあたりさわりのない会話ですごすこ
ともできるが、やがて話題がつき、沈黙がつづくとちょっと苦痛になる。
それが三分以上ともなれば、なんとか話題らしきものを探そうと焦り、相
手におしゃべりを期待する。
また、先の実験にはおもしろい結果も出ている。全体の80%に時間を話
18
した男性にたいしては、逆に思いやりが無く、無礼だというマイナスの印
象を受けるという人も多かったのだ。
つまり、おしゃべりを好意的にみる人と、沈黙のほうを好意的にみる人が
いるということ。
このように考えると、どうやら沈黙のもつ意味は、時間や互いの親密さに
よって左右されるといえそうだ。
一般に、初対面の人との気まずい沈黙を好きだという人は少ない。
しかし、二人がたいへん親しい場合、たとえ30分間、黙っていてもさほ
ど気にならない。
こうした違いが生じるのは、おしゃべり以外に、二人の仲を深めるさまざ
まな方法があるからだ。
たとえば、タッチングや視線といった、非言語コミュニケーションがそれ
だ。
喫茶店などで、会話をせずに、ひたすら雑誌を読んでいるカップルをみか
けることがあり。互いに一言も声をかけ合うこともないまま、ときどき視
線を交わすだけ。
にもかかわらず、彼らのあいだには沈黙の気まずさがあるようには思われ
ない。
そんなシーンを目にする。
ときおり、チラリと視線を交わすだけで、二人のコミュニケーションは成
り立つ。語らずとも気持ちは通じている、というところだろう。
これが初対面の二人なら、そうはいかない。
言葉は媒介しなければ、相手の気持ちを知ることはできないからだ。この
ように考えると、キャッキャと途切れることなく話をしているカップルは、
19
沈黙を恐れる交際初期段階の二人である可能性が高いともいえる。
そして、沈黙の二人は、言葉以上の語り合いをしている、むしろ、交際の
進んだカップルとも考えることができる。
「強引な男」に落ちてしまう女の本音
女性は、はじめのうちは気がのらなくても、しつこく迫られているうちに
好意を抱くことがある。
たとえば、「食事にいこう」と誘われる。本当はその男性と食事に行きた
くはないのだが、それを断るはっきりとした理由がない。
まさか「あなたとは行きたくない」とは言えないから、あいまいにイエス
といってしまう。
一度オーケーを出せば、次に誘われたときにも断りにくい。なぜなら、理
由がはっきりしないまま断る場合、「このあいだは行ったのに、なぜ、こ
んどはダメなの?」と訪ねられたら返事にこまるからだ。
できれば、相手にたいしては一貫した態度をとりたいという気持ちもある。
このように、女性には一度オーケーしてしまうと、あとはズルズルと深い
関係に陥っていくという特徴もあることから、しつこい誘いには、明確な
態度でのぞむ必要があるといえる。
ここにつけこむ男性が多いのも事実だ。
20
女は「なせ「ノロケ話」をしたがるのか?
とかく、結婚した女性は夫のことをほめる。主婦の旅行記を読むと、よく
「私が長期間、海外で暮らせたのも、理解ある夫のおかげ」などと書かれ
ている。
また、女性で目を見張るようなことを成しとげた人でも、「一人ではでき
なかった。夫が陰ながら支えてくれた」と発言することが多い。でも、そ
の逆のパターンにはあまりお目にかかることはない。
なぜ、女性は自分の夫を自慢するのだろうか。
実は、「私の夫はすてきな人なの」という言葉の裏には「そんないい男性
を捕まえられたのは、私に魅力があったから」という自負が隠されている。
つまり、自分の自慢をしたいがために、夫をほめているという面があるの
だ。
なかには「いつもだらしなくって」とか「お宅のご主人に比べたら、うち
のはただの粗大ゴミで・・・」と夫の悪口をいう妻もいるが、これはたん
なる謙遜以外のなにものでもない。
その気になって「そうよねえ、おたくのご主人、頼りなさそうだもの」な
どと同意しようものなら「なに、いってるのよ。他人のあなたにそんなこ
と言われる筋合いはないは」とひどい目にあうのは目にみえている。
この矛盾はなんなのだろう。夫にたいする妻のこうした悪口は「そんなこ
とありませんわ。すてきなご主人じゃないの」と否定してくれるのを計算
にいれたうえでの悪口であり、つまりはノロケなのだ。
自分で夫をけなすことによって、間接的に他人にほめさせようという下心
が意識的に、無意識的に働いているというわけ。
雑誌の企画で、有名人の奥さんが登場し「宅の主人はまったく子供みたい
で・・・」みたいな内輪事を語っている記事があるが、これらは「私の内
21
助の功があったからよ」という本心が隠されている場合が多い。
人は、自分にふさわしい外見や地位の異性と親しくなりたがる。互いに家
族や社会的地位はいうにはおよばず、学歴や容姿にいたるまで似た相手を
求め合う。
これを「マッチングセオリー」という。
この「マッチングセオリー」にのっとれば、いい夫にはいい妻が寄り添う。
だからこそ、たとえ謙遜であろうと夫をほめることは、つまり妻である自
分をほめるのと同じ意味をもつことになる。
これは、交際中の男女でも同じことがいえるのだ。
この「抱いて」のサインを見逃すな
縄張り争いをして戦う犬は、
「自分が負けた」と思ったとき、あおむけに
なって敵におなかをみせる。
そうすることによって、
「ほら、こんなに無抵抗です。だから、これ以上
攻撃しないで下さい」というメッセージを送る、おなかを見せられた相手
は、攻撃をやめ、そして上下関係ができあがる。
これが雌雄間のセクシャルなサインになると、お尻をみせる。
人間も、もともとそうだったのかもしれないが、いまでは胸や口でそのサ
インを発するといえそうだ。
永遠のセックスシンボルといわれたマリリン・モンローは豊かな胸とキュ
ートな口もとで世の男性を魅了したし、一世を風靡したロック歌手のエル
22
ビス・プレスリーは怪しげな腰つきとお尻がセクシーすぎるということで、
コンサートのテレビ放映を禁止されたことがある。
こうした意識的なものから無意識なものまでふくめて、人はふだん、さま
ざまなサインを出している。
頬づえをついている女性がいたとすると、顔を支えている手は恋人の肩の
代わり、手で頬や顔を押さえるのは恋人にそこを愛撫してほしいという気
持ちの現われ、足を組んで座るのは、性的な誘いといわれている。
イギリス生まれの動物学者デズモンド・モリスによれば、このように自分
の体を触るのは、仮の親密さを求めているのだという。
だれかに「こうしてほしい」と思うことを、みずからするのだ。
その意味では、背中を異性にみせるのもある種のサインだ。だれかに背を
みせるとき、人は無防備になる。殴られようが、刺されようが防ぎようが
ない。
にもかかわらず、そのような危険な状態に身をさらすのは、それだけ相手
のことを信用している証拠。
女性に面と向かって抱けない男性でも、背中をみせられると抱きやすくな
る。
「抱いて」といえないシャイな女性は、背中をみせることで、そのサイン
を出しているのかもしれない。
そんな女性の思いやりに気づかない男性は「なんて鈍感な!」ということ
になる。ただし、本当にソッポを向いている場合もあるのでご注意を。
23
相手をもっと好きにさせる「じらし」の秘術
夕食前のビールをおいしく飲むためだといって、暑い夏の夕方にもかかわ
らず、水分をいっさい口にしない人がいる。カラカラに渇いた喉には、風
呂あがりのビールは格別なものに思える。
待たされただけに、いっそうおいしい。
これは、なにも飲み物や食べ物に限ったことではない。男女関係でも同じ
ことがいえそうだ。
なかなか振り向いてくれない異性への思いが、つのりつのっていく。
そんな男女の心のアヤでドラマが展開するストーリーは映画や小説でよ
く使われる。
女性をデートに誘ったとき、
① すぐにオーケーが出た。
② 用事があるけど、あなたの頼みならしかたないわね」と承諾された。
③ 最後までダメでとおされた。
という三つのパターンをつくり、被験者である男性が、その女性にどのよ
うな感情をもつかを調べた実験がある。
この結果、三つのケースの中で、男性が女性にもっとも好意をもったのは、
②の場合。
一般的には、デートの誘いをすんなり承諾した①の女性のほうが、より好
感をもたれるように思えるのだが、なぜ②のほうが好かれたのだろうか?
この場合、「用事がある」という女性の返事で、男性は「彼女は自分の誘
いを断るにちがいない」といったんあきらめかけた。ところが、その後「で
もあなたの頼みなら」と事態が変わった。
24
被験者の男性は、最初に「ダメ」といわれたので、
「彼女とデートしたい」
という一種の獲得欲求を抑えなければならなかった。けれども欲求という
ものは、我慢すれば我慢するほど強くなるものだ。
つまり、
「ダメ」といわれたため獲得欲求は、いっそう強められたことに
なる。
そういう状況のとき、「いいわよ」と承諾されたわけだから、彼の欲求は
十二分に充足されることになる。
そこで相手の女性により以上の好意を抱くようになった、と解釈できるの
だ。
ギリシャの大哲学者ソクラテスは、娼婦に「相手をじらすと、あなたの商
品価値が高まる」と助言したとか、しなかったとか。
これも先の実験からみれば、うなずける話だ。
意中の人からデートに誘われたからといって、二つ返事で承諾せず、少し
暗い相手をじらしたほうが、あなたの価値を高め、しかも相手にもよろこ
んでもらえるというわけ。
こんなちょっとした駆け引きが二人の仲をとりもつこともある。
25
こんな時、彼女は優しく抱いてほしいと思っている
だれかに優しくしてほしい、と思うのは女性に限ったことではないだろう。
男性だって同じだし、動物でも、自分をかわいがってくれる人を知ってい
て甘えてくる。
私たちが異性に優しくしてほしいと思うのは、どんなときだろうか。
なにか恐ろしいことがおきたり、ひどく悲しい思いをしたり、強い不安に
かられたりすると、家族、友人、恋人など自分を理解してくれる人といっ
しょにいたいという気持ちがわいてくる。
赤ちゃんの場合、だれか自分よりも大きな人、とくに母親に抱上げてもら
い、柔らかい胸や腕に触れながらヨシヨシとなぐさめてもらえば、不安が
とりのぞかれ泣きやむ。
このように、自分以外のだれかを求める気持ちを「親和欲求」という。
大手術するとき、身内にそばにいてほしいと思ったり、大学入試や入社試
験に親についてきてほしいと思うのも、この親和欲求からくる心理だ。
女性の場合、自分が不安な状態にあると、他人の力を求めたがる傾向があ
る。
自分一人では立ち向かう自信がない状況、そんなときに、この欲求はより
強くなる。
特に長女の場合、はじめての女の子ということでかわいがられ、周囲は細
かく気を配って保護してくれる。こうして育った女性は、不安に襲われる
と、親和欲求が強くなる。
だから、なにかと異性に「抱いて欲しい」と望むこともある。困ったとき、
悲しいとき、恋人の大きな腕の中に抱かれると安心するのだ。
26
幼いころ、こわくて泣いているとお母さんやお父さんが優しく抱いてくれ
て、それでホッとした。
こういった幼児体験の再現だと考える事ができる。
つまり、女性をなぐさめるときは、彼女が安心できるように優しく抱いて
あげるのがいちばんというわけだ。
また、女性の場合、自分のからだを触る癖をもつ人が多いが、これも親和
欲求によるものが多い。
「自分で自分のからだを触ることで、仮の親和欲求を求めること」をイギ
リス生まれの動物学者デズモンド・モリスは「自己親密性」とよんでいる。
犬や猫の毛をなでるのも、子どもや若い女性がぬいぐるみを好むのも、フ
ワフワした感触によって安堵感が得られるからである。
しかし、触ってくれる人、触らせてくれるもの、抱いてくれる人が身近に
いない場合は、その不安をどう解消するか。
こんなときに、自分で自分を愛撫する方法がとられる。
こうした行為は、しぐさによって次のような意味をもっている。
先程も紹介しましたが、テーブルに肩ひじをついて、手で頭の一部を支え
るしぐさは、疲れを示すものではない。
頬づえに使われている手は、自分をなぐさめてくれる母親の代わり、ある
いわ恋人の温かく頼りがいのある肩や胸を象徴している。
頬づえをつくことによって、恋人に抱かれてなぐさめてもらったような気
になる。
ミスに気づいたときなど、頬を両手で押さえることがある。手で頬や頭、
髪を押さえるのは、恋人に髪や顔などを愛撫してほしいという気持ちをあ
らわしている。
27
また、人さし指や小指で自分の唇を触るのは、不安を克服して落ち着きを
取り戻したいという気持ちをあらわしている。
指は母親の乳首や乳房の変わりをしている。赤ん坊のころ、乳首をすって
安心を得たように、指で唇を触ることによって安らぎを得ようとしている。
乳離れした子が自分の指をしゃぶっていることがあるが、これも同じ理由
からくる行動だ。
あと、両手で胸を抱きこむ腕組みには、二つの意味がある。
一つは悲しみに耐える。最愛の人を失ったときなど、自分の身を抱きなが
ら自分をなぐさめ、あやそうとしているのだ。
赤ん坊のころ、なにかにおびえて泣いた自分を母親があやしてくれた行動
と似ている。
もう一つは、防衛意識によるものだ。
腕を組むことによって、相手にたいするバリケードを張りめぐらす。そし
て、相手が自分に近づかないように自己防衛する。
話したくない相手と会ったとき、相手とのあいだに距離を置きたいときな
どに、この動作が用いられる。
たとえば、
“体育座り”で両膝を両手ですっぽり抱えこんでしまう座り方。
これは、自分を外敵から守っているようなしぐさで、自分よりも大きなも
ので包みこんでほしい、なぐさめてほしいという気持ちをあらわしている。
ここで少し、男性をなぐさめるツボについて話そう。
男性も、会社で失敗したときなどには、だれかに優しくしてほしいと思う。
こんなとき、母親の代わりとなる相手を求める。
子どものころにいちばん自分を理解してくれて、いじめられたりプライド
28
を傷つけられたとき、優しくなぐさめてくれたのが母親だ。
そんな、母親の「代理」を求めるという心理が、つねに働いている。
しかし女性とちがって、抱いて欲しいとか、なでなでしてほしいという形
で優しさを要求することは少ない。
むしろ、相手にたいする征服欲としてあらわれたり、攻撃的な行動によっ
てあらわされたりする。
1991年のアメリカ映画「氷の微笑」で、主人公のニックは殺人事件の
容疑者キャサリンに翻弄される。
彼女に自分の行動を把握され、手玉にとられる。にもかかわらず、知らな
いうちにキャサリンに心ひかれていく。
ところが、肉体関係をもてば彼女に負けてしまうという気持ちがあり、ニ
ックは精神的に追いこまれていく。
その自分ではどうしょうもない感情は、昔の恋人べス・ガーナーに向けら
れた。ニックはプレイまがいの荒々しい行為でべスと関係する。
自分を手玉にとるキャサリンを征服したいという気持ちが、あろうことか
べスに向けられたのである。
また、彼女にたいして攻撃的な行動をとることによって、自己のコンプレ
ックスを解消し、ひいてはなぐさめを求める。男性はこういった屈折した
行動を通して相手の優しさを確かめたいとの欲求をもつことが多々ある
ようだ。
自分のプライドを満足させてくれる、コンプレックスを補ってくれるよう
な優しさを、相手、とくに女性に求める傾向がある。
つまり、彼を本気でなぐさめたいなら、少々の荒っぽい行為には目をつぶ
る寛容さが必要というわけだ。
29
相手を振り向かせる“ほめ方”のポイント
たとえば女優やモデルのように、つねにその美貌を讃えられてられてきた
人でも、讃えられたりほめられたりすることに飽きるとか腹が立つという
ことはないはずである。
まして一般の女性なら、「手がきれい」
「足の形がすてき」
「頭の回転が速
い」など、対象がなんであれ、ほめられればうれしいものだ。
容姿に自信がない人でも、「いいお名前ね」といわれれば、それはそれで
悪い気はしない。
ただし、なんでもいいからほめるという方法は、ほめられることになれて
しまった女性には効果は薄い。そういう女性には、個性を際立たせるよう
なほめ方が必要だ。
たとえば、
「その服、あなたによく似合う」というよりも、
「あなたが着る
と、その色がとても映える」というように、他人との差別化をはかったほ
め方。
これは、
「私はほかの人とはちがう」と感じさせるほめ方で、女性の優越
感をくすぐる。
自分が重大な価値を見出している事柄や、自我の中核にかかわるとみなし
ている事柄であるほど、自我の関与の度合いが高いという。
女性の場合、自分が他人からどのようにみられているのか、自分は魅力的
かどうかということについて、強い関心がある。
一般に、自我関与度の高い事柄をほめられたときは、そうでない事柄をほ
められたときよりも、嬉しく感じる。
ファッションに強い関心をもっている人はその服の組み合わせのセンス
をほめられると、ほかのことをほめられるよりうれしいであろうし、知性
にこだわっている女性は「知的だ」とほめほめられることをいちばんよろ
30
こぶはずである。
男性の場合は、女性よりも外見にこだわることは少なそうだ。
外見をほめられたいというより、むしろ「他人に承認され、尊敬されたい」
という気持ちが強いといえる。これは「社会的承認欲求」とよばれるもの
である。
やたらと威張りちらしたり、本当は素直なのに頑固者ぶったりする男性は、
エライ人間だと認めてほしい、一目置く必要のある人間だと認めてほしい、
という欲求が強いために、そのような行動をとるのだと考えられる。
男性をほめるなら、この社会的承認欲求をうまくつくとよい。
たとえば、男らしさを認めてほしい人は、
「なんて男らしいの」
、の能力を
認め欲しがっている男性は「これができるのは、あなたしかいない」とい
われれば、「そうか」と満足し、彼との関係もそのあとの話もスムーズに
運ぶ、というわけ。
男性のもっている、ほめられたいという気持ちは、その人のもっている社
会的承認欲求の強弱が、おおいに関係してくると考えられる。
ひそかに憧れる彼女の心をゲットする方法
アメリカでおこなわれた実験で、次のようなものがあった。
男性の被験者が女性に電話をするというものだが、この男性には、あらか
じめ電話の相手である女性の写真がみせられる。
一枚はとびきりの美人、もう一枚は不美人。
31
美人の写真をみせられた男性は、話しているうちに、不美人の写真をみせ
られたときより言葉にメリハリが出てきて、生き生きとした話し方になり、
そのうえ応対も丁寧になった。
すると、それにつられて電話の向こうの女性も話し方が丁寧になったとい
うのだ。もちろん、なげやりな対応をされた不美人の女性は、話し方がぞ
んざいになった。
このように、相手が自分に好意を持ってくれると、自分も相手に好意をも
つようになる。これを「好意の返報性」という。
男女の恋愛にもこのことがいえる。片思いであっても、相手のことを好き
だ、と思ってみていると、相手もこちらに関心をもってくれるようになる
可能性が高い。
また、初対面の異性と話すときは「互いの共通点を探すとよい」といわれ
る。
出身地が同じとか、兄弟の構成が似ているといったささいなことであって
も、互いに心を開くきっかけになる。
共通の話題があることによって、相手により親近感を抱くのだ。これを「類
似性の要因」という。
二人で歩いているとき、
「お茶でも飲もうか」と男性がいう。
「私も、いま
同じこといおうと思っていたの」ということがある。
同じときに同じことを思っていた、ということによって、「以心伝心」は
波長の合う証拠、二人はますます相手に親しみを感じるようになる。これ
は「同調行動」といわれる。
好きで好きでたまらないのに、相手がなかなか振り向いてくれない。そん
なときは、あらかじめ相手の行動をチェックしておいて、同じ行動をとる
とよい。
毎日、毎日同じ電車にのり、
「あれ、また会ったね」と繰り返す。
32
あるいは、相手が映画好きであれば、
「あの映画みた?いや僕も映画が好
きでね」なんて、あたかも偶然のようにみせる。
そうすることによって、相手は、しだいにあなたに好意を抱いてくるはず
だ。これは「熟知性の原則」の応用である。
あきらめの早すぎる男性よりも、しつこいくらいの男性の方が、最後には
勝利を得るだろう。
誠意をもって当たれば、しだいに相手の心は自分に開くようになる。人に
すかれて嫌な気持ちになる人はいないであろうから。
しかも、恋する者と恋される者のあいだには、支配・服従の関係がつくら
れる。
恋されるほうは支配者という優位に立つわけであるから、優越感すら抱く
ことが可能だ。
いっぽう、恋する者は弱者の立場に立たされるわけだが、あきらめてしま
わずに、人間のこうした心理を逆用して恋をかなえられるなら、それはあ
る意味、恋の勝利者とよべるのではないだろうか。
大好きなあの人に飽きられないための知恵
劇画やドラマなどの変身ものには、昔もいまも根強い人気がある。仮面ラ
イダー、ウルトラマン、スパイダーマンなど、数えればきりがない。これ
はたんにヒーロー願望だけでなく、人のもつ変身願望が、その人気を支え
ていることはいえる。
「いまの自分を変えたい」という願望は、だれにでも多少なりともあるの
だろう。
33
もっとも簡単に自分を変えることのできるものに、服装がある。
同じ人でも、背広を着ているときとジーンズのときとでは、イメージがか
なりちがう。ジーンズで歩きながらアイスクリームを食べても、別に注目
をあびることはない。
ところが背広で同じことをすると、奇異にみえる。
服装によって、人に与えるイメージは異なる。では、自分自身の精神には
どのような影響を及ぼすのだろう?
服装の心理的効果を調べるために、アメリカのジンバルドはおもしろい実
験をおこなった。
一般の市民を被験者にして、半分の人には囚人の着るシマシマの服を着て
囚人役を、残りの人には看守の服を着て看守役をやってもらった。
すると、間もなくお互いの行動の違いがはっきりしてきた。つまり、囚人
役の人は無気力で、いわれるままに行動するようになったし、看守役は「オ
イ」
「コラ」といった、ぞんざいな口をきくなど、命令調の言動が多くな
った。
本来、二週間の予定ではじめられた実験だったが、囚人役の人々に人格の
荒廃がみられるようになったので、予定をかなり早めて中止してしまった。
この実験から、「制服」が役割関係を明確にし、その役割りの内面化を促
した、ということが考えられる。
このように、制服は人に与える印象を変えるだけでなく、自分自身がどの
ような役割をする(役割行動)のかを、自分にいい聞かせるのに有効な手
段だといえる。
たとえば、結婚式のおよばれで和服を着た女性は、「和服にふさわしい行
動をとらなければ」という気持ちが働き、楚々として女らしく振舞う。和
服を着ることで「いつもとはちがう自分」を演じるのだ。
34
また、一部の企業で子供たちの「パパの会社訪問」がおこなわれている。
そこで、子どもたちは、ふだんとはまるでちがう「会社でのパパの顔」を
発見することになる。
これも一種の「変身」。パパは自宅では父親としての役を、会社ではサラ
リーマンとしての役を使い分けている。
家にいるときのくつろいだ父親の顔しかしらない子どもたちが、いつもと
まるでちがうキビキビした父親の姿をみて、びっくりする。
人間は、このようにいろいろな役割を演じることで、心理的なバランスを
とっているともいえる。
アフターファイブに、ロックを演奏しているおじさんバンドがいる。黒い
ボンデージに身を包み、ピアスをつけて絶叫する。あるいは、女装趣味の
サラリーマンもいる。意図的にみかけを変えて心のバランスをとったり、
ストレスを発散させたりしているわけだ。
一般に、女性が失恋して髪を切るのは、いままでの自分に決別したい、別
の自分になりたいからだといわれる。
また、スポーティーで明るくみられたいから髪を切るとか、女らしくみら
れたいからパーマをかけるということは、日常的にだれもがやっている
「変身」
。
人は「こうありたい」というイメージのファッションやスタイルをするこ
とで、精神的にもそれにふさわしい役割を果たすようになる。
変身願望・・・。それは、自分の世界を広げることにおおいに役立つ。
いまの世界では満たされない欲求を、別の世界で満たすことができるとい
うわけだ。
自分が変わるだけでなく、相手の変身がみたい、自分の知っている以外の
面をみてみたい、という場合もある。
35
仕事の帰りに夫婦がデートをするとか、週末に小旅行に行くなどは、いつ
もとちがう相手を発見できる手軽な方法でもある。
ちょっとマンネリ化した二人なら、このような互いの「変身」を目にする
ことでリフレッシュできるだろうし、理解も深まっていくことだろう。
主婦が携帯の出会い系サイトにはまるのも、自分とはまったくちがう女性
を演じることができるからかもしれない。
いつまでも仲良しでいられる会話の極意
自分の知らない話題を持ち出されたとき、つい知っているふりをしてしま
ったことはないだろうか。
たとえば、「○○という監督の映画だけどさあ・・・」と話しかけられ、
ぼんやりした記憶しかないにもかかわらず、思わず「ああ、あれね。話題
になったよね」と、さもよく知っているかのような口ぶりで答えてしまう。
「知らない」と口にすることは、
「恥ずかしい」とか、
「悔しい」ことだと
いう思いがその背景にあるからである。
かと思うと、
「その話題は前にも聞いたよ。三回目だ!」と話の腰を折っ
てしまう人もいる。
このように答えられてしまうと、話をつづけたいと思っていた相手はがっ
かりして、ほかの話題についても口を閉ざしてしまうことになる。
そのうえ、そのような反応をした人にたいして、
「なんて、嫌な人なんだ
ろう」と不快な印象をもちかねない。
36
話術が巧みかどうかをみる目安に、話したがっている人に気分よく話させ
る「聞き上手」というものがある。
その場で出た話題を知っていようがいまいが、たいした話題ではない。
要は、いかに相手が気持ちよく話しつづけられるかということだ。
つまり、無理して知っているふりをしたり、前に聞いたことがあるといっ
たりする場合も、「それについてはよく知らないので、話を聞かせてくだ
さい」といった態度のほうが相手が話しやすいということである。
また、このように相手に主導権をゆずることで、その人の考え方や物事の
とらえ方をより深く知ることもできる。
たとえば、「このお酒は有名なんだよ」と通を気取って話しはじめた相手
に、そんな事は知っているさとばかりに「ああ、富山ではこの蔵よりも、
○○のほうがおいしいんです。この酒は有名になりすぎて混ぜものが多い
ですからね」というような反応をする人がいる。
話題の提供者よりも、自分のほうがそのことについて詳しい場合に、つい
おこりがちだ。
自分のもっている情報や知識をひけらかしてしますと、話しだした相手の
プライドはいたく傷ついてしまう。いろいろな話をしようと思っていた相
手の気をそぐことになる。
初対面の場合となると、このうえなく不愉快な思いをさせてしまうことに
なる。
こんなとき、知らないふりが威力を発揮する。「ああ、そうなんですか。
なるほどイケますね」と反応されれば、相手はうれしくなってさらに話を
つづけるだろう。
その後はあいづちを打つことで、相手からさらに話を引き出すことができ
る。
37
もちろん、調子にのったいきすぎは禁物。たんなる「太鼓持ち」になって
しまいかねない。
」あくまでも、タイミングのいい適度な反応をすること。
そうするうちに、相手は、
「この人は自分の話を真剣に聞いていてくれる。」
「自分に好意を抱いているんだな」と思うようになる。こうなると、自分
に好意を抱いてくれる人を好ましく思う「好意の返報性」によって、あな
たと相手はいい関係になというわけだ。
もちろん、こうしたことは、異性間の会話にもあてはまる。
聞き飽きた話でも、
「はじめて聞いた」という顔をしていることは、もし
かしたら二人の仲をいつまでも円満に保つ秘訣の一つといえるかもしれ
ない。
なかなか告白できない人はこの手をつかえ
ほとんどの男性は、明るい昼間よりも夜のほうが女性を口説きやすい、と
感じているはずだ。
薄暗い明かりのなかで、グラスを傾けながらとか、月明かりの下で星を見
上げながらといったように、想像するだけでもその効果のほどがうかがえ
る。
ここに、アメリカでおこなわれた「暗闇と人間の心理」に関する興味深い
実験結果がある。
男女数人のグループを一組として、二組のグループがそれぞれ暗い部屋と
明るい部屋に閉じ込められる。その後、約一時間のあいだに、彼らの行動
にどのようなちがいが出るか調べたものだ。
38
明るい部屋の男女は、一時間じゅうほとんど位置を変えることなく、あた
りさわりのない話をしていた。
いっぽう、暗い部屋に閉じ込められた男女は、時間がたつにつれてだんだ
ん話しをしなくなり、やがて場所を移動しはじめた。
そして、しだいに仲間のからだに触ったり、なかには抱き合う者も出てき
たという。
この実験から次のことが考えられる。
ふだん多くの人間は、好ましく思われない欲求や本性を隠そうという気持
ちで行動している。
それが暗闇のなかとなると、だれがだれだかわからない状態となり、自分
をさらけだしてもかまわない、という心理が働くようになる。
つまり、暗闇では「自己の過剰露呈」が抑制されなくなるのだ。そのため
に、仲間同士の信密度が急速に高まったと解釈できる。
暗闇にはいれば相手の顔がわからないし、いわば自己露呈の不安が減少す
る。
だれに触ろうが、だれと抱き合おうが、あとまで尾を引くことはないし、
責任を追及されることもない。
そうした匿名性の高い行為が許されるような気持ちになり、男性は初対面
の女性にたいしても、気軽に体をさわったりできるわけだ。また、女性も
それを許してしまうのだと考えられる。
女性に積極的にアタックできないという気弱な男性でも、暗闇のなかでは、
人が変わったように大胆になれることがある。
それを裏付けるような実験結果だ。
夕闇迫る公園や海岸では、通行人が目のやり場に困るほどのアツアツぶり
39
を展開するカップルが、たくさんいる。ふだんは恥じらいをみせる女性で
も、暗闇では想像以上に積極的になる、ということもあるかもしれない。
なかなか積極的になれない男性は、この「暗闇の人間心理」を利用するの
も一つの手段だろう。
男のプライドを傷つけずに思いのまま操る方法
男性は、口説いても口説いてもなかなか落ちない女性に夢中にさせられる。
手に負えなければ負えないほど、成功したときの喜び、つまり達成感が大
きいということだろう。
心理学者のマクレランドによると、なにかの目標をもって、それを達成し
ようという意欲(達成意欲)の高い人は、その人がもっとも重要だと考え
ている内的基準によって動機付けられる。
たとえば、事業を成功させようという人は、金持ちになれるとか社会的な
評価を受けるというようなことが目当てではなく、ただやりとげたいとい
う意思によって行動する。
「なぜ山に登るのか?」と問われた登山家が、「そこに山があるから」と
答える。
これはまさに、達成動機が内的基準によることをあらわした言葉だと考え
られる。
女性にたいしても、
「落ちない」女性を「落としたい」という心理が働く
から、断られてもめげずにアタックできるのだ。
家事をすることに、さほど抵抗を示さない若い夫がふえている。いかにも
40
従順な夫のように思えるが、彼らは意外にも、命令されるのが大嫌い。ゴ
ミだしはもちろん、料理もつくるし掃除もする。
けれど、妻に「これをやっておいてね」といわれると、わざと無視して相
手を怒らせたりるす。
男性の多くは、命令や指示にたいしては、つい反発したくなるらしい。た
んなるわがままかもしれないが、なにしろ「結論は自分で出したい!」の
だという。
賢い女性はそこを逆手にとって、
「こういうことがあるが、逆にこういう
場合もある」というように、プラスとマイナスの両面の情報を提示する。
そうしておいて「どちらがいいかはあなたが決めて」と決定権を男性にゆ
だねる。こうして男性を立てることで、かえってすんなり事は運ぶ。
欧米では、デートのとき、コースなどの最終決定権は女性にあるという。
なにかとイニシアティブをとりたがるのは、どうも日本男性の特徴なのか
もしれない。
もてない男の恋の必勝法とは
しつこく男性に迫られているうちに、いつの間にかその男性と付き合うよ
うになってしまう女性がいる。
ある男性は、毎日毎日好きな女性を駅で待ち伏せして、真っ赤なバラを一
本ずつプレゼントしつづけた。1 カ月、二ヶ月、半年とたつうちに、とう
とう相手が根負け。その男性は彼女とのデートにこぎつけた。
女性も、はじめは「なんてしつこい男性なの」と行為をもつどころではな
41
い。けれども、彼は雨の日も風の日も自分を待ち続ける。
あきれながらも、しだいに同情の気持ちがわいてきて、ついには「一度く
らいならデートしても」と考える。
こうした心の変化は、心理学の「熟知性の原則」で説明できる。
人は、毎日目にするものには、いつの間にか親しみを感じてしまうという
理論だ。
この「熟知性の原則」を利用したのが、テレビのコマーシャル。
同じ情報を何度も繰り返して視聴者にアピールする。そうそると、買い物
にいったとき、その商品が頭に浮かぶ。
「あ、これ知ってる。CM でやっ
ていたものだ」と、つい手にしてしまうというわけ。
この理論に従うなら、モテない男性も、目当ての女性に何度も接触するこ
とによって、その愛情を獲得することができる可能性もあるということに
なる。
ただし、一つだけ気をつけなければならないことがある。
それは、この理論が成り立つ前提に、
「第一印象がニュートラル、あるい
は良いこと」があるということだ。第一印象が悪かった場合には、顔をみ
せればみせるほど、近づこうとすればするほど、ますます相手に嫌われて
しまう。
「始めよければ終わりよし」というが、まずは「初めが肝心」というわけ
だ。
42
相手が心を開く良いほめ方と悪いほめ方
互いの機嫌をとろうとするときには、
「相手をほめる」という方法がある。
ほめられて、嫌な気分になる人はいない、自尊心を満たされ、思わずうれ
しくなってしまうものだ。
セールスにもこの手は利用される。
「さすが、お目が高い」
「まあ、よくお
似合いで」などとほめあげれば、自然、客の財布のヒモもゆるんでしまう。
しかし、ただベタボメすればいいというものでもない。どのくらいほめる
かは、相手の自尊心によって決まってくる。
たとえば、ある男性が知り合ったばかりの女性に「僕のこと、どう思う?」
と聞いたとしよう。女性にとっては「おもしろそうだけど、まだよくわか
らない」というのが正直なところなのだが、この答えは、人によって受け
止め方が変わってくる。
自尊心の強い男性は「これはイケル」答えだと思い、低い人なら「ダメな
反応だ」とあきらめてしまう。
そもそも自尊心の強い人は、つねに自分の能力は高いものだと思っている。
そのため、周囲の人の言動をつい好意的にとりがちなのだ。
それが度を越せば、ただのうぬぼれでしかないのだが・・・
女性なら、バリバリのキャリアウーマンがこの部類に入る。能力にも、行
動力にも自信があり、上司の信頼も得ているという気持ちがあるから、他
人の評価をすべて自分への賞賛だと解釈してしまうのだ。
逆に自尊心の弱い人は、物事をマイナス方向に考えがち。ひょっとしたら
損をさせられるのではないか、という疑いをもち、その防衛策として心を
閉ざしてしまう。
だから、この手の人はベタボメしても逆効果。相手の心は離れていくばか
43
りだ。当然、ほめ方にも工夫が必要になってくる。
一般に、もっとも効果的だといわれるほめ方は「最初にけなして、あとで
ほめる」というもの。
次は、
「最初から最後までほめつづける」。
ただしこれは、先に述べた自尊心の弱い人にはイヤミにしか聞こえないの
で、あまり適当とはいえない。また「最初から最後までけなす」のあまり
効果的ではない。
そして、もっとも効果薄なのが、
「ほめたあとでけなす」やり方。
はじめのほめ言葉も、けなしのための下準備にしか思われないからだ。ほ
められて、一瞬でもよろこんだ自分が愚かに思えてします。
人をほめるにも、まず相手の性格を知ることからはじめるべきだろう。そ
のうえで、一番有効なほめ方をすれば、たちまち相手の心をあなたのもの
にすることができるにちがいない。
「ウソ」が二人の仲をふかくする?!
恋愛はゲームと同じで、緊張と興奮があるからおもしろい、という人がい
る。
恋人同士が片方の裏切りや事件を契機に、さらに仲良くなるという話もあ
る。二人のあいだで修復可能な程度の亀裂であれば、
“雨降って地固まる”
となるのだ。
恋愛を刺激的にするためにウソを利用することがある。
44
ささいなウソをつくことで、ほんの少しだけ嫉妬させたい、怒らせてみた
い。
そんな気持ちから、罪にならないような簡単なウソをつく。それを見破り
ながら恋愛を楽しもうというわけだ。
ここで、
「かわいい」と思わせる女のウソについて少し話そう。
すぐにばれそうなウソをつく女性がいる。
「私、お見合いさせられそうなの」と、お見合いする気もないのにウソを
つくのは、それによって相手を焦らせ、いまの関係をもう少し深めたいと
いう願いのあらわれだ。
そんな女性を「かわいい」と思う男性もいることで、世の中のバランスが
とれている。
また、算数の苦手な小学生に、まずやさしい問題を解かせて自信をもたせ
ていくように、ウソをみぬかせて自信をもたせてあげようという女性もい
ることだろう。
ウソがみぬけたとなれば、
「ホラみろ」とばかり自慢したくもなる。
「きみのウソなんて単純なものさ」と、男性のプライドを満足させる。彼
女よりも自分が優位に立っているという気分にひたらせるタイプのウソ
である。
ところが、女性が巧みなウソをつき、これに男性がまんまとひっかかって
しまったとなると、話は別。
本来かわいくあるべき女性が、ウソをつき、自分はそれをみぬけなかった。
そうした自分への腹立ちはもちろんだが、ウソをついた女性への怒りのほ
うが大きくなる。なにごとも、度が過ぎては効果はない。
つぎに、男性がコロリとまいってしまうウソについて話しましょう。
45
男性は女性に対して「その服、すてきだよ」とか「君は魅力的だね」とい
った、容姿に関するウソをつく。女性はみえすいたウソだと思っても、嫌
な気はしない。
「なによ、口先ばかり」といいながらも、内心はうれしくて仕方ないもの
だ。これこそはもっと言ってほしいウソ、というわけだ。
多くの女性は、自分が魅力的かどう、他人が自分をどうみているのか、に
強い関心がある。
当然、その関心のある部分をほめられるとうれしい。たとえば、スタイル
に関心ある自信のある人に、脚が長いとほめれば、それはまさに的を射た
ホメ言葉となる。
恋する男女のウソは、それがあきらかにウソだとわからなければ意味がな
い。
たとえば、わざとするそっけない態度もウソの一つで、つまりは愛情の裏
返しということになる。
たいへんな照やれ屋の男性が、好きな女性には「てやんでぇ~。オレがお
前さんにほれてるわけがねえ」などと、本心を隠そうとする。
これにたいして、無口で無骨、女性にそっけなくすることで優しさをあら
わす場合もある。
そんな静かな優しさにひかれる女性は多いだろうが、外国人には理解しが
たいかもしれない。
この調子でいくと、最後までみずからはなにもいわず、別の人間にいわせ
ることで周囲の驚き具合を楽しむ、いわば「水戸黄門様的ウソ」もある。
ついでながら真実は誰も知らないし、確信できないのだが、みんなうすう
す気づいているかもしれない、そんなウソは「ウルトラマン的ウソ」とい
える。
46
ウソといっても、このような多種多様だが、どれも小学生が、好きな子に
わざと意地悪をするのと似た印象を受ける。好意をどのように表現すれば
いいのかわからなくて、つい冷たい態度に出てしまう。
大人のウソも、これとあまりかわりがなさそうだ。
男の嘘と女のウソ、ここを見ればわかる
アメリカでおこなわれた実験によると、被験者にウソをつかせて、それを
ビデオに収めたところ、ウソをつくとき、人は思わず鼻や口に手をやると
いう結果が得られた。
なるほど、そういえば、ウソをつくときには鼻の頭をかいたり、つい口を
押さえたりすることがあるな、と実感する人もおられるだろう。
なぜこのような動作をしてしまうのかというと、一説には、ウソをついた
とき「ばれるとマズイ」という緊張からか、鼻の粘膜が乾いて、かゆくな
るのが原因だといわれる。
また、「いってはいけないことをいってしまった」という良心の呵責に耐
えられず、発した言葉をのみこもうと体が反応して、口に手がいってしま
うのだともいわれる。
人間のからだは、言葉とは裏腹に自分のついたウソにたいして生理的な反
応をするようだ。
それを利用したのが、犯罪捜査に欠かせないポリグラフ(ウソ発見器)
。
人間はウソをついて緊張した場合、手のひらなどに発汗する。その分泌を
チェックしてウソか本当かを判断するというわけだ。
47
ウソを顔の表情で判断するのは、なかなかむずかしい。
ポーカーフェイスなどという言葉があるように、表情が一貫していて、感
情の判断ができないという人もいる。
それは、ウソをついているときの自分の行動を考えてみるとよくわかる。
「本当?」という疑いの眼差しを向けられ、相手はこちらの表情を読もう
とするのではないかと不安になり、そうされるのがあらかじめわかってい
るから、焦りや狼狽をなるべく顔に出さないように努力する。
こんなふうに、表情には周到な準備がなされる。
というわけで、顔つきだけでウソかどうかを判断するのはむずかしくなる。
それにたいして、手までには気が回らず、思わず動いてしまうことが多い。
手で自分のからだの一部を触るのは、自分をなぐささめる行為だと、イギ
リスの動物学者デズモンド・モリスはいった。
そういえばウソがばれてポリポリと頭をかく人は多い。自分のからだを触
ることによって、ウソをついてしまったという不安を打ち消したい、安心
感を得ようとするのだろう。
このような点からみれば、裁判で被告がポケットに手を突っ込んだままだ
ったり、後ろ手を組むのは、礼儀知らずというよりもウソをばれないよう
にする一種の自衛行為、と受け取れそうだ。
ここで、簡単なウソ発見法を一つ。
ウソをつくと極端に笑いが少なくなる。
顔をこわばらせている相手は、まず真実を語っていないと思ってまちがい
なさそうだ。
また、相手の反応にたいしてうなずきが増える。やたらウンウンとうなず
いている人には要注意!
48
ココが女のウソの特徴
嫉妬心の強い女性は、よくウソをつくという。
しかも、服装とか容姿といったみかけの部分や、
「私だってモテるんだか
ら」といった見栄っ張りのウソが多いといわれている。
たとえば、「私は彼が哀願するからつき合ってあげているの」とか「彼が
長い髪が好きだから」「この服、ちょっと値が張ったんだけど、思い切っ
て買っちゃった」「化粧品はすべて海外ブランドなの」というような、た
わいもない見栄っぱりのウソをつく。
もしかすると、中島みゆきの歌にあるように、男性用のコロンをつけて男
性とすごしたふりをする。ホテルのロビーで夜更かしして遊び人を気どる
などということまでやった人もいるかもしれない。
どうして、女性はこの種のウソをつくのか。容姿、外見、地位というよう
な表面的なものに敏感だという女性特有の性質によるものが、責任の一端
は男性にもありそうだ。
着飾った女性が好き、上手に化粧した女性に視線がいく、といいうみかけ
に惑わされる男性の反応に応えるべくして、彼女たちは表面的な美しさを
重視するようになり、同時にこの種のウソをつくことも多くなったといえ
る。
49
ここが男のウソの特徴
男性は、女性にくらべて実利的なウソをつく傾向にあるようだ。
商談や駆け引きにおいて自分の学歴や将来性を偽ったり、そのような権限
も力もないのに「私に任せれば安心です」というような、実力に関するも
のも男のウソの典型だ。
誰かに頼られれば、分不相応でもなんとかできるような気がして、ついウ
ソをつく。「○○大臣は知り合いでね・・・」というのも、男性によくあ
るタイプのウソ。
また、女性のウソはバレやすいが、男性の場合はバレても、徹底的に「こ
れは真実なのだ」といいつづけるのが特徴。
相手をなんとかして説得しようとするウソのつき方をする。
いっぽう、妻子がいる男性とは知らずにつきあっていた女性が、
「最後ま
でだましてほしかった」と涙ながらに訴えるのを聞くが、こうした場合、
女性にとっては彼がウソをついていようがいまいが、大した問題ではない。
ただ納得したいだけなのだ。
「本当に好きなのは君だけ」といわれれば、
それはウソであろうと信じ込んでいたい。そのほうが「じつはウソだよ」
と真実を聞かされるよりも、本人にとっては大事なことなのである。
50
実は、女は男よりウソがヘタ・・・
人は、よくウソをつく。ちいさいころから「ウソをついてはいけません」
と大人にいわれつづけたにもかかわらず、やはりウソをつくようになる。
というと、人はすべて大ウソつきのように聞こえるが、試験の点数が悪か
ったとき、「からだの調子がよくなかったの」とごまかしたり、スピード
違反でおまわりさんに車を止められたとき、
「標識がみえなかったんです」
と言い分けしたりするような経験は、だれしも身に覚えがあるだろう。
これらも、いわばウソなのだ。
女性が新しい服を着たりすれば、似合わないな、思いながらも「すてきだ
ね」とついついお世辞をいってしまう。これも一種のウソ。
こう考えると、人をだますことが悪いとばかりもいえない。上手なウソは
かえって人をよろこばせる場合がある。
アメリカの心理学者ローゼンソールたちは実験によって、「ウソの効用」
を調べている。
それによると、能力のいかんにかかわらず、人はウソでも期待されたほう
が実力が伸びるという結果がみられた。
このように、一概にウソといっても人の能力を高めたり、コミュニケーシ
ョンを円滑にしたりするものもある。そして、恋する男女の仲をますます
親密にするために、ウソが活躍することも少なくない。
一般に、女性のウソはすぐバレるといわれる。「ゆうべはどこに泊まった
の?」と聞かれたとき、
「あら、友達の家よ。決まってるじゃない」と答
えていても、相手には「恋人のところよ」と聞こえている。
女性のウソは、それほど簡単にバレてしまうというが、いったいこれはど
うしてだろう。
51
女性の場合、自分のウソを相手に信じこませようと一生懸命になる。
あまりに必死にウソをつこうとする動機づけが強すぎるため、かえってふ
だんとはちがった言動をしてしまう。ムキになればなるほど、ふつうでは
なくなり、ウソだとわかってしまうのだ。
では人はウソをどうやって読み取るのだろう。
どうも私たちはその方法を体験的に知っているようだ。つまり、発せられ
た言葉意外のもの(非言語)によるコミュニケーションによって、それが
ウソか本当かを見極める。
「彼ってあなたにピッタリの人ね」と口ではいっても、目が「二人は釣り
合っていないわよ」と語っていたり、
「あなたにはもったいないわ」と顔
に書いてあったりする。
このように表情、動作、物腰や視線によって、われ知らず「不似合いよ」
という考えを符号化してしまうのだ。
この符号化は、男性よりも女性のほうが強いのだというのが定説だ。
首から下の部分、とくに手の動きにそれは強くあらわれるという実験結果
がある。
52
ウソの対処、男と女ではこんなに違う
浮気をして帰った夫が、妻に問い詰められて「同僚と飲んでいただけだよ」
とイライラしながら答えるシーンは、テレビドラマでもよくある。
「本当?」と妻が疑うと「何時から何時まで、どこそこで、だれと飲んで
いた」と妙に詳しく説明したかと思うと、あとはさっさとその話題を切り
上げようとする。
そのあわてぶりに、ウソが浮き出ている。
相手がウソをついているとわかったとき、女性はどのように対応するのだ
ろうか。また、男性はどうだろうか。
ここで少しお話ししょう。
■女性の反応
一流大学をでているといった彼が、じつは三流大学卒業だった。そんなと
き女性は、
「どうして私をだましたの?」と怒りをあらわにする。
しかしよく聞いてみると、彼女たちの怒りはどうも「三流大」というウソ
に向けられているのではないようだ。
「みんなにあなたが○○大学出だっていってしまったのに」とか「私がそ
んなこと気にする女だと思ったの?」という怒り方をする。
「友達に自慢してしまったから、いまさら間違いだったなんて恥ずかしく
ていえない」というような自分の都合に関する部分で怒るのだ。
あるいは私はだまされていた、という自分の愚かさを恥だと思って怒るケ
ースもある。
こうした背景には、○○大学出の彼をもっている、ということによって、
他人に自分をよりよくみせたいという心理が働いている。
53
これは、男性が美人を連れて歩きたがる心理を同様のものだ。
■男の反応
女性がいくらウソをついても、そのことをヒステリックに怒る男性はそれ
ほど多くない。
女性よりもロマンチストだといわれる男性のなかには、女性の甘いささや
きをすぐに信じてしまう人がいる。
「あなたって、すてきね」「あなたみたいな人、はじめてだわ」という言
葉に、思わず心をくすぐられてしまうのだ。
また、すぐにバレるようなウソをつく女性を「かわいい」と思えるのが男
性。
子どもっぽいウソに深刻になるのは、大人げがないと考えるからだろう。
ところが、すべての男性が女性のウソの寛容だと安心してはいけない。な
かには、一度でもウソをつかれると、そのたった一度の裏切り行為をいつ
までも覚えている人がいる。
女性のウソでプライドが傷つけられた男性は、その傷を忘れない。
また、自分に自信のない男性にかぎって、女性のウソを徹底的に追求した
がる。
「女性のウソで自分が傷つけられたくない。ウソをつかれるくらいなら、
自分が相手より先にウソをつくほうがマシだし、優越感を味わえる」と考
えるわけだ。
そんな自分のついているウソがばれそうになったとき、男性は先に述べた
ようにウソをつき通す。それでもさらにしつこく追求された場合には、
「オ
レのいうことが信じられないのか!」という最後のひと言を準備している
ようだ。
54
きれいに別れるためのウソの心得
「ウソも方便」という言葉がある。
とにかく正直がよいと考えている人からみれば、なんとも納得のいかない
言葉だが、わたしたちは日常的にこれを実践している。
仲の良かった二人でも、性格のちがいやいろいろな事情によって別れるこ
とがあるかもしれない。
そんなとき、どんな切り出し方をするのだろうか。
互いが嫌な思いをせずに気持ちよく別れるためには、時と場合によっては
うまいウソが必要になるものだ。
では、これについてもまた少しお話ししよう。
■女のウソ
相手と別れたいと思った女性が「あなたのこと好きなんだけれど、いま仕
事に集中したいの」というようなウソをつくことがある。
その理由には、二つのことが考えられる。
一つには、自分の保身。別れたあとで相手にいろいろと批判されたくない、
という気持ちが働いていると思われる。
元の恋人に中傷されれば、評判も悪くなる。しかも判官びいきの日本人は、
ふられたほうに同情しがちだ。スキャンダルが大好きな人たちの格好の餌
食となるだろう。
悪い評判は、後々の恋にも支障をきたすかもしれない。
なるべくなら、自分の評判を落とさずに別れたい。
そこで「けっしてあなたのことは嫌いではない」と布石を打っておいて、
55
「それでも恋愛以上に評価のあることをしたい」というものを提示すれば、
相手は「しかたがない」とあきらめる結果になる。
あるいは「両親が・・・・」という人がいる。相手は「自分よりも親が大
切なのか?」という不満を抱きながらも「親にはかなわない」と思ってい
るから、無理強いはできない。
もう一つには、相手のことを気づかっての行為。
「あなたのこと、嫌いに
なったの」とズバリ告げるよりも、相手のプライドを傷つけずにすむとい
う考え方である。
男性は、自尊心にこだわる人が多い。そこを考慮して、「好きなんだけれ
ど」のひと言で彼の自尊心を満足さっせておく。
「でもどうしょうもないの」とつづければ、なるほど彼女も苦しい選択を
強いられた結果なのだ、と考え、別れを受け入れることになる。
これなどは、男性心理を逆手にとった、巧みな別れの切り出し方だといえ
よう。
逆に「あなたが嫌いになったの」
「あなたよりも好きな人ができたの」と
率直にいう場合もある。いわれた相手はショックをうけるだろう。
しかし、そこにウソはない。
「あなたには友達以上の感情がもてないの」
というのも、いっけん残酷な断り方に思われる。
しかし、一時的な落ち込みは激しくても、未練を残さずきっぱり現状を認
識できる点では、これ以上に適切な別れ方はないかもしれない。
また、このような別れ言葉を口にし、
「みずから嫌われ役に回る」という
逆説的な優しさもある。
自分にたいする未練を憎しみに変えてあげることで、相手は鬱々とした気
を紛らわせ、わりと楽に自分を忘れてくれるのではないか、という一種の
思いやりからでた態度である。
56
■男のウソ
男性が恋人と別れるのは、一種の勲章といった感覚が一部の男性にはある。
「いままでに○人の女性とつきあった」と自慢している人をみかけるが、
彼らにとって女性体験の豊富さは、自己の人生経験の豊富さにつながると
いうことになりそうだ。
より多くの女性とつきあった男性が社会的に高く評価される、と思い込ん
でいるきらいがある。
こうした男性にとってまず大切なことは、「自分から別れを告げるのはい
いが、相手から別れを告げられるのはゴメンだ」ということになる。
別れを告げられるというのは相手よりも劣勢に立たされている、というこ
となのだから、自慢にはならない。むしろ“ふられた”という汚点が増え
るだけだ。
もっとも、この手の男性は時がたてば、「○人にふられた」という事実で
あっても、「○人とつきあった」という具合に都合よく変化させてしまう
ことも多いものだが。
二人の仲を決定的に裂くひと言とは
“言葉の暴力”などといわれているが、殴る、蹴るの暴力にくらべて、言
葉で相手を傷つけることには意外と鈍感な人が多い。
「口は禍の門」といわれるように、よけいなひと言で外国から責められた
政治家も一人や二人ではない。
ファッショナブルなよそおいのエレガントなレディが、「なにやってんだ
57
よ、あのオヤジ」などなどといっているのを聞いて、百年の恋も冷めてし
まった、というのはよくある話。
言葉は人のイメージをつくる。いくらみかけをつくろっても、言葉でお里
が知れてしまうというものだ。
さて、男女関係になると、ことはさらに深刻になってくる。いくら馴れ親
しんだ夫婦でも、「それをいっちゃ、おしまいよ」という禁断のひと言が
ある。
二人の仲が親密になればなるほど、この甘いワナが大きく口を開けて待ち
受けているものだ。
絶対に口にしてはいけない言葉、最低のルールというものは、親子のあい
だにも、夫婦のあいだにもある。
とはいうものの、だれにも、そんな言葉を危うく口にしそうになった経験
があるのではないだろうか。
ではここで、その禁断のひと言について少しお話しよう。
■男にとっての禁断の一言
「ひろしちゃん、しっかり勉強しないと、お父さんのような、うだつのあ
がらないサラリーマンにしかなれませんよ」とわが子を叱咤激励する母親
の話は、耳にタコができるほど聞いている。
これは、世の男性にとってなかなか耳の痛い言葉である。
だれであれ、自分が人知れず気にしていることをいわれると、ムッとする
ものだ。
ただ、こうしたコンプレックスの対象は、男女によってちがう。男性の場
合、自分の能力に関すること、たとえば給料の額とか会社での役職、学歴
などを他人と比較されることを嫌がる。
58
それを知ってか知らずか、女性がチクチクとこの部分を指摘して、あげく
の果てには離別、という事態さえ引き起こす。
経済的に許されるなら、妻には家にいてほしい、と思う男性はまだまだ多
い。
そんな世の中では、たとえば、
「妻のほうがダンゼン給料がいい」とか「妻
は有名人」とか、夫の劣勢を面と向かって指摘されると、夫はひどく傷つ
き、二人の関係にヒビが入ることにもなりかねない。
そんな男心を理解していないと、
「そういうつもりじゃなかったのに」と
後悔しても、取り返しのつかないことになる。
■女にとっての禁断の一言
女性が聞きたくないひと言は、容姿に関することが多い。
「ハナペチャ」「小太りでコロコロしている」といった言葉は、男性側が
親愛の情をこめて口にしたにしろ、女性にとってはショック以外のなにも
のでもない。
エステがはやるのも、総ダイエット時代なのも、ファッションの流行に敏
感なのもすべては、女性が“みかけ”になみなみならぬ関心を抱いている
からなのだ。
なぜ女性は、能力よりもみかけを気にするのか。
女性は「女性らしくあってほしい」という周囲の期待によって、物心つい
たときから「かわいいね」といわれ、かわいくない子はミジメな思いをさ
せられてきた。
だから「かわいい」というそのひと言が、自分の評価を判断する基準にな
ってきた。
ひと昔前は、
「女には学問はいらぬ」といわれた。
59
顔がよければ、玉の輿にのれる可能性だって広がるし、社会的に地位の高
い男性をつかまえることもできる。
学校では先生が目をかけてくれるし、男の子はいたわってくれる。
こうして育てられた女性が、見かけに重きを置くようになるのも、無理か
らぬ話といえよう。
世の中には、賢い女性がたくさんいる。
同じ大学生でも、女性のほうが優秀な場合が多い。授業も毎日欠かさず出
席し、試験にもまじめに取り組むから、当然、成績は男性を上回るという
わけ。
にもかかわらず、社会では女性のセールスポイントを知性に求めることは
少ない。
かえって知性は、女性のマイナスのイメージを作り上げてはばからない。
「お高くとまっている」
「仕事ができるからってツンツンしている」とい
う陰口を聞く事すらある。
しかもその陰口は、同姓からもしばしばささやかれる。
こういう状況から、女性が「知的だ」というほめ言葉よりも、
「今日の服、
よく似合っているよ」といわれるほうに、よろこびを感じるようになった
のかもしれない。
男性にしろ女性にしろ、性格や容姿などを指摘されると傷ついてしまう。
人と人が関係を結ぶというのは、個性のぶつかりあいなのだから、時には
いさかいもおきる。
ケンカはボクシングのジャブのようなもので、いっぽうが攻めようとすればい
っぽうは守り、というようにその呼吸を互いにはかりあうことが大切だ。
60
恋愛時代と結婚後とで、まるで相手の性格が変わったように感じ、「こん
な人とは思わなかった」と嘆く人も多い。
しかし、人は親しくなればなるほど、欠点がみえてきたり、嫌味なことを
いったりするようになるものだ。
だから「人が変わった」ように思えるのも当然といえば当然といえる。
このような状態を、親しくなるために身を寄せあうが、近づきすぎると互
いのもつ針で相手を傷つけるハメに陥るところから「ヤマアラシのジレン
マ」という。
互いの身を傷つけないためには、間合いを知ることが必要になってくる。
ところが、最近ではこの間合いの取り方がわからず、互いのからだを突き
刺してしまう男女が増えている。
よろこびいっぱいのはずだったハネムーンから帰るやいなや、「こんはは
ずじゃなかった」と後悔してすぐに離婚してしまう。
“成田離婚”の決行者たちは、さしずめ間合いをしらなかったヤマアラシ
というところ。
ケンカで二人の仲を深めていくのはけっこうだが、エンディング、つまり
抜いた剣のおさめ方をきちんと考えておかないと、取り返しのつかない結
果になってしまうこともある。
61
男が嫌う女のしぐさ、女が嫌う男の態度
スピード違反で婦人警官に捕まった中年の男性。
ちょっと威圧的な警官の態度と、ごめんなさいポーズのおじさんの組み合
わせが妙にアンバランスで、苦笑してしまったことはないだろうか。
また、女性代議士が、
「われわれはあ~」とこぶしを振り上げている姿に、
なにか不自然なもの感じる人も多いことだろう。
不謹慎だとは思わないながらも、とうてい「ハマってる」とは思えないの
が正直な感想だ。
というのは、わたしたちが、
「女性は本来こうあるべきだ」というステレ
オタイプをもっているからであろう。
昨今はバイセクシャルな人が増え、男か女か、ちょっとみただけではわか
らない。
また、本来男性のものとされていたポーズを女性がとり、女性特有だとさ
れていた部分を男性ももつという時代になってきた。
しかし、異性のこんな態度やしぐさを「絶対に許せん」と感じる人はまだ
まだいるのも事実だ。
いったい、人は異性のどんな態度に、どんな理由で腹を立てるのだろう
か?
それについて、また話そう。
■男が嫌いなしぐさ
「なんだ、その態度は」
「女のくせに生意気な・・・」と口にしないまで
も、男性が不愉快に思っている女性のしぐさは、いったいどのようなもの
があるのだろう?
62
多くの男性が嫌がるのが、女性の腕組み。
話をしながら相手の女性が腕組みをすると、自分が叱られているような、
自分の立場が弱いような感じがする。
また、「ほら、そこの人」と、指をさすポーズも不評のようだ。学校で、
また路上でこれをやられた経験のある人もいることだろう。
会社の中で上司が部下をよんだり、注意したりするときも、このような態
度をとる人が多い。
これらの態度は尊大な印象を与えるし、人を見下したようで、あまり女ら
しいとは受け取られない。
腰に手を当てて「なにやってるのよ」などといわれようものなら、「イヤ
な女」と憎々しく思われる。
男性にとってみれば、とにかくエラそうな態度で物申す女性はけっしてす
きになれないのだ。
本来男性がとるような態度を女性がとると、男性は意味も無くムッとする。
なぜなら、そうされることによって、自分の目の前の女性よりも劣位に立
たされている、という屈辱感を味わうからだ。
男性というものは、つねに女性にたいして優越感を感じていたい。だから、
自分たちは平気で腕組みをするし、腰に手を当てたりする。
にもかかわらず、立場が逆転すれば腹を立ててしまうのだ。
男という種は、つまらないことにこだわるものである。
同じ“腰に手”のポーズでも、前や後ろに手を組む場合、それは、
“謝罪”
を意味し、前かがみの姿勢は他人に好まれる。
63
また、
“腕や脚を組まない”
“開放的な態度をとる”と好感をもたれやすい
ようである。
このように、言葉意外のもので自分の感情や気持ちを伝えあうことを「非
言語コミュニケーション」という。
この非言語コミュニケーションをいかに用いるかが、人間関係をつくりあ
げる重要なポイントになる。
■女が嫌いな態度
喫茶店で話をしている男女の会話を聞くと、のべつまくなし話しているの
は、大半が女性で、かたわらの男性は忍耐強く、そのおしゃべりの渦中に
身をさらしていたりする。
そんな状況下、いままで機嫌よさそうに話をしていたのに、急に女性が気
分をがいしてしまい、なにがなんだかわからないまま、罵倒された経験を
おもちの男性も多いのではないだろうか。
なぜ、女性は急に怒りだしたのかというと、原因は、男性の生返事にある。
アメリカの言語学者の研究によると、女性は男性の生返事が大嫌いなのだ。
せっかく二人っきりでいるのに、人の話を聞いているのかいないのか分か
らない。顔はボーッ、目はあさっての方向。
「ちょっと、聞いているの?」とたずねても、「ああ」という気のない答
えが返るばかり。
そしで、
「わたしがこんなに一生懸命話をしているのに」と怒りが爆発す
る。
なぜ男性は、人をイライラさせるような生返事をするのか。
一度で相づちを打つと、自分が軽くみられる、という意識が知らないうち
64
に働いているからだといわれている。
生返事で相手をじらせ、待たせることによって、
「自分はそんなにお手軽
な男ではない」
「君よりは上位者なんだ」としらしめようとするわけだ。
このようにみていくと、男性はとかくお殿様でいたいがため、女性の態度
に腹を立てたり嫌われる態度にでるようにも思われてくる。
人はなぜ嫉妬するのか?嫉妬にどう対処すべきか?
“嫉妬”という言葉は、あまりにも頻繁に使われているが、心理学におけ
る「嫉妬」とは「愛がこわれそうになったときにおきる感情の動き」であ
り、
「愛を奪いとろうとするときにおきる感情の動き」と定義される。
自分のものだと思っていた恋人がだれかに奪われそうになる、あるいは奪
われるだろうと想像することによっておきる感情というわけだ。
嫉妬には二つの意味がある。
一つは恋愛に関する嫉妬。もう一つは「対抗意識」から生じる嫉妬。
人には嫉妬しやすい人と、そうでない人がいる。
いったいどういう人が嫉妬しやすいのかというと、心理学の研究から、次
のようなタイプがあげられる。
まず、自分の意見をはっきりいわない人。
「私はこうこうしたい」と主張せず、みんなの意見を聞いてから「私も」
と同意するようなタイプがあげられる。
65
次に自己評価が低く、「私ってなにをやってもダメなの」と自分をダメ人
間だと思い込んでいるコンプレックス人間。
そして、財産や地位、名誉などのみかけにこだわる人。「男は高学歴、高
収入、高身長でなくっちゃ」というのもこれにあたる。
いっぽう「対抗意識」による嫉妬は「妬み」という。
この種の妬みは男性が仕事のできる女性や出世の早い同僚に感じたりす
る種類のものだ。
たとえば、会社の同僚の昇進をうらやんで「あいつ、部長にうまい具合に
取り入って出世したな」といったり、女性が自分より容姿のすぐれている
人にたいして、「彼女は美人だから、お金持ちの男性と結婚できたのね」
といったりするのが、
「妬み」だといえよう。
アメリカの社会心理学者ドイッチュは実験によって、取引や交渉の場面で
妬みあうことは互いに損だという結果を導いた。
妬むと、なんとか相手の成功を阻もうと、意地悪をするし、互いに相手の
足を引っ張って邪魔しようとするから、けっきょく、なんの得にもならな
いという。
相手に意地悪をすれば、逆に相手もこちらの足を引っ張ろうとする。
つまりマイナスの相乗効果が生じるのだ。
では、嫉妬された場合、どうすればいいのか。
簡単なことだが、放っておくのが最善の策といわれる。
放っておけば、そのうち相手は自分の行動がばかばかしくなり、意地悪を
やめてしまうはずだ。
男性が、自分の好きな女性と親しい第三者の男性に嫉妬するのはなぜか。
66
それは、相手の男性にコンプレックスを抱くからだといえる。
みたこともない相手に、いったい、どうしてコンプレックスを抱くのかと
いうと、
「きっと自分よりも仕事ができるにちがいない」とか、
「自分より
収入がいいだろう」と想像のなかで相手の男性像つくりあげてしまうのだ。
もちろん想像だけにふくらむいっぽうで、ますますコンプレックスは深ま
っていくから、やっかいなのだ。
では、女性はなぜ嫉妬するのか。
ヤキモチで状況が変わるわけはない、と知っているにもかかわらず、ヤキ
モチを焼く。
それによって、男性の歓心を買おうとするのが、一番の動機だとされる。
そこには「私はこんなにあなたのことを思っているのよ。だから私を傷つ
けないで」と男性の責任感や義務感を刺激して、自分を有利な方向にもっ
ていこうとする心理が働いているのかもしれない。
67
すねた彼女の機嫌を直す方法
ケンカをしてもうまく収まれば、
「雨降って地固まる」の格言どおりに、
二人のあいだにはますます深い信頼が生まれる。
しかし、この“うまく収める”方法というのが案外むずかしい。
へたをすれば「雨降って泥沼状態」になりかねない、危険な綱渡りなのだ。
ケンカなど、女性の機嫌を損ねた時、それを直す常套手段は、「おいしい
ものを食べさせる」
「好きなものをプレゼントする」というきわめて具体
的な方法。
男性のヤケ食いにはあまりお目にかからないが、女性のヤケ食いはよく聞
く。
プリプリ怒っていた女性でも、パフェやケーキを目の前にすると思わずほ
ほえみがもれる。
プレゼントの箱を開けるころには、さっきの怒りはモノに負けてしまう。
では、なぜ女性はこんなにもモノにつられやすいのか?
誕生日に、ある男性から 1 万円程度、別の男性からは10万円ほどのプ
レゼントをもらったとしよう。
そうすると、高価な物をくれた男性のほうが、自分をより深く愛してくれ
ていると思ってしまう女性が、あんがい多い。
つまり、愛情と物の価値をそのまま結びつけ、安い物なら愛情が薄く、高
価な物なら愛情が深いとする。非常にわかりやすいシンプルな考え方をす
るのだ。
心がこもっているのだから、縁日で買った指輪だろうが鯛焼きだろうが関
係ないと思っても、女性にはまるで通用しないことも多い。
68
理解できない、と頭をひねるよりも、謝罪と反省の度合いを値段で示せば、
万事はうまくいくというものなのだ。
モノだけでなく言葉にしても、男性と女性では使い方が異なる。
たとえば電話やメール。近頃では、30分や一時間の電話をする男性もず
いぶん増えたが、長電話の軍配はやはり女性にあがる。
男性の電話は、「ウン、ああ。じゃあ」というふうに、相手とのあいだに
合意ができればそれで事は足りたとするケースが多い。
ところが女性の場合は、本当に電話を切ってしまうまでに、何度かの「じ
ゃあね」が繰り返される。
話が終わりそうになっても、また新たな話題がはじまるから、なかなかお
しまいにならない。
また、一日に何度もたわいのないことでメールするのも、ほとんどが女性。
または男女では。男同士でひんぱんにメールが住々にして情報や意見の交
換ではなく、感情のとりかわしに使われているためだ。
「愛しているといって」とおねだりするのは女性。
「私のこと、好き?」と聞くのも女性。「そんなこと、いちいちいわなく
てもわかるだろう」と知らん顔をきめこんでいると、
「愛してないのね」
とプリプリ。
このように、女性はモノだけでなく、言葉でも愛情をはかろうとするので
ある。
69
相手の心が離れそうな時に不思議な行動
「二人のあいだにいったん亀裂が入ると、もう元にはもどらない。まるで
ヒビの入った花瓶のように・・・」
恋愛小説にありがちな文章だが、ちょっとしたいきちがいによって、別れ
ていくカップルは多い。
恋愛もうまくいっているうちは美しいが、感情がすれちがうようになると、
恋心は急速に冷め、あがけばあがくほど事態は悪化する。
破局までの道は、まるでポロポロとほどけていく縫い目のようだ。
そんなとき、離れていく相手の心をつなぎとめるために、人はどんな行動
をとるのだろうか。
男性によくみられる行動のなかでも、もっとも子どもっぽい振る舞いは、
わざと冷たくすること。子どもは、好きな子に意地悪をして関心をひこう
とする。
そんな心理がここでも働く。
また、ことさら別の女性をほめたり、
「女性は君だけじゃない」といわん
ばかりに、自分がモテることをひけらかしたりする。
要するに、彼女が嫉妬してくれるのを待っているのだ。
女性が、別の女性に対抗意識を燃やして、「なによ!私のほうがかわいい
じゃないのよ」「あんな子のどこがいいの」と、あわてて彼のところへも
どってくれるのをねらった計算づくの行動ともいえる。
いっぽう、女性の場合はというと、離れていく男性の心をつなぎとめるた
めに、女性がよく使うのが、
「タケシ君が食事に誘ってくれたの。どうし
ょうかな」という手。
70
本当は気が乗らないくせに、さもうれしそうなそぶりをし、行きたそうな
顔をしてみせることで、男性の「行くな」という言葉を期待する。
別れの原因は男と女ではこんなに違う
人は、恋にやぶれたとき、あるいは大失敗をやらかしたとき、なにかしら
理由をつけなければ気がすまない。
わけもなく失恋したりミスをおかすということは考えられないのだ。
そして自分で納得のいく原因が究明された時はじめて、「なるほど。だか
らこういう結果になったんだ」と安心する。
少年が両親を惨殺したり、家族に暴力をふるうような事件をよく耳にする。
そのような常軌を逸したような事件にしても、理由が思い当たらないほど、
原因を探そうとする。
理由のない行動にたいして人々は不安を抱くのだ。
このように、なぜそのような行動をしたのか、その原因は自分自身にあっ
たのか、あるいは周囲の状況にあったのか、と考えることを「原因帰属」
とよぶ。
人はしばしば、「あんないい子が親を殺すわけがない」というあらかじめ
自分がもっている知識、情報に矛盾しないような原因帰属をおこなう傾向
がある。
つまり、いい子が親を殺してしまったのは、たんなる事故にすぎない。あ
71
の子は何かの理由で精神的に追い詰められた状態にあった。
だから、そのとき自分でなにをやっているかという判断能力が欠如してい
た、いわば常識的な判断をする。
さて、このような原因帰属をおこなう場合、男女によって違いがでてくる。
男性の場合は、彼女にふられた原因や仕事上の失敗の原因を、「彼女には
僕の魅力がわからなかったんだろう」
、あるいは「誘ったタイミングが悪
かったんだ」というように原因を周囲に求めてしまう。
自分に悪いところがあったのではなく、環境やタイミングが悪かったのだ
から、そういう条件がうまく満たされてさえいればうまくいったはずだと
考える。
たとえば、大失敗をしてもそれが原因で会社をやめたくなるとか、やる気
がまるでなくなるということはない。
むしろ、
「条件さえ整えば自分にだってできるんだから、今度こそはうま
くやるぞ」と発奮する。
こんなふうに、失敗やコンプレックスをバネに、さらなる飛躍を試みるの
は男性に多くみられる傾向で、転んでもただでは起きないといってもよい
かもしれない。
いっぽう男性にたいして女性の場合は、破局の原因をみかけ上のことに求
め勝ちである。
たとえば、
「わたしが太ってきたから嫌いになったのね」とか、
「あの人に
嫌われないようにイイ女でいなくては」といったように、容姿を非常に気
にする。
結婚の条件として、
「高収入で、高学歴。しかも高身長の人がいい」とい
う女性は少なくない。
仮に男性からこの手のことを言いだそうものなら、セクハラだと騒がれる
72
のがおちではないだろうか。
もっとも、女性がこれほどまで見た目や容姿にこだわる一因は、男性側に
あるともいえる。
ここに、おもしろい調査結果がある。
中・高・大学生にたいして、
「異性に求める魅力」を尋ねたところ、中学
生、高校生とも、男子が女子に求める身体的魅力は、
「美貌、健康」など
となっている。
いっぽう、女子が男子に求める身体的魅力は、「スポーツができて、健康
なこと」である。いかに男子が女子の容姿にこだわっているかがわかるだ
ろう。
美人の嫌いな男性はいないし、「女は美人のほうがいい」と明言するくら
いだから、女性は自分の価値を容姿で判断しがちになり、そこにコンプレ
ックスを抱きやすくなる。
コンプレックスによって一度落ち込んだ女性は、再度トライすることが少
なくない。
「この恋はうまくいきそうにない」と悟るやいなや、意欲が減退して、簡
単にあきらめてしまう。
仕事で上司に叱られるとシュンとしてしまい、「そんな事いってもできな
いもの」
「しかたないわ」とやる気をなくしてしまう。
いったんダメとなると、いつまでも関わっているのは時間のムダ、とばか
りに興味を失い関心を示さなくなる。
ということで、男性より女性のほうが転職しやすいのも、気軽というだけ
ではなく、そのあきらめの早さに関係しているのかもしれない。
73
なぜ「反対される恋ほど燃えあがる」のか?
「暴力団新法」に反対する抗議デモで、極道の妻たちが立ち上がり話題に
なったことがある。
「なんで極道と結婚したのだろう・・・」と思うのは傍目だから言えるこ
と。
本人の弁は「たまたま好きになったのが極道だった」となるようだ。
そもそも人は、危険な香りのする異性に弱いし、なにかしら、普通と違う
ものの、非日常的なものに魅力を感じるものだ。
日本では、宗教が結婚を左右するといったことはあまりないようだが、世
界の色々な国では、民族や宗教の違いが結婚や恋愛に大きな影響をおよぼ
すことが多々ある。
同じ宗教の信者同士の結婚よりも、異教徒同士の結婚のほうが恋愛度が高
い、という調査結果もある。
これはいったいどういうことなのか?
ある心理学者によると、
「親や周囲の反対によって引き裂かれそうな状況
にある男女は、障害を乗り越えようとして、互いの愛情が強くなる可能性
がある」のだそうだ。
障害に立ち向かおうという情熱が、相手にたいする愛情を増幅する、とい
うこの現象は「ロミオとジュリエット効果」と名づけられている。
この効果でめでたくも一緒にになったカップルは、熱が冷めて、相手が本
当はひどい人間だったと気づいたとき、いったいどうするのか。
当然、それは自分に見る目がなかったことになり、「障害を乗り越えて結
婚したのに、ろくでもない男だった」という不協和音が生じる。
74
そして、自尊心が傷つく。
そこで、人は落ち込むのかというと、これが、なかなかしたたかだ。
自分の行為を正当化するために「表面はとんでもなくみえても、実はいい
人だ」と自分にいい聞かせる。
これが、
「認知的不協和理論」とよばれるものだ。
これは、アメリカの社会心理学者のアロンソンとミルズの「入会儀礼の効
用」という実験によって確かめられている。
たとえば、あるクラブに入会するために、つらくて厳しい入会のためのハ
ードル越えを体験した人は、入会後にそのクラブの印象を聞かれると、た
とえ実際のクラブの内容がつまらなくても「おもしろい」と答えるという。
入会の際に払った犠牲も大きさも、そのクラブへの期待度からすれば、ど
うということではなかったというわけ。
ところが、入会時に抱いていた期待と実際のクラブの内容にあまりにも大
きなギャップがあり、やがてそこに“不協和”が生じる。
しかし人は、それをなんとか解消するために「おもしろい」と評価したり、
このクラブに入会できて嬉しい、と考えたりするのだ。
女子銀行員が男に騙されて、何億円もの金を横領しる事件がおきる。
「借金を返して、身辺をきれいにしたあとで結婚しましょう」「離婚のた
めに慰謝料を払わなければならない」と金を無心する男。
女性は「信用できない」と思いながらも、そんな男に大金を渡す。
その結果生じた不協和を解消するために、以前にも増して相手に愛情を抱
くようになる、と考えれば、こうした話も納得できる。
とくに、プライドの高い女性が、この「認知的不協和」に陥りやすいよう
75
だ。
危険な異性にひかれる気持ちは、このような複雑な心理に基づいて生じる
のである。
女が「不倫」に走るもっともな理由
最近では、不倫といっても、後ろめたさを感じる人は、グッと少なくなっ
たようだ。
むしろ、ちょっとした火遊びとして楽しんでいる人もいるとか。
そのせいか、あきらかに不倫とわかる二人が腕を組みながら歩いている姿
も、好奇心の対象ではなく、ただの街中の一シーンにすぎなくなった。
とはいっても、男と女がいる限り、恋愛は永遠のテーマであり、論理や道
徳に縛られながらも、浮気は男の甲斐性、特権だといわれ、妻もそれを黙
認してきた。
妻が浮気をすれば離婚されても、夫の浮気を理由に離婚することはできな
いという、理にかなわぬ事実もまかり通ていた。
男性が浮気をしても「一時の気の迷いだろう」と寛容に扱われてきたし、
“はしかのようなもの”で、いずれは元サヤに収まるのをみんなが期待し
ているのだ。
また、財力のある者が愛人をもっても、だれにも文句はいわれなかった。
いっぽう、以前は日陰者であった不倫している女性も、最近はじつにオー
プンで、むしろ堂々としている。
76
女性も、多数の異性とつき合いを楽しむ時代になったのだろう。
日本で女性の不倫が表面化するようになったのは、その地位向上と社会進
出がおおいに影響していると思われる。
未婚、既婚に限らず、家に閉じこもって深窓の令嬢や専業主婦になる人は
少なく、職をもち、カルチャースクールに通い、ボランティアに精を出し
というように、外での活動は男性より活発だ。
外に出る機会が増えれば、異性と出会う機会も増え、アクティブな女性は
そのチャンスをうまく利用していく。
家に帰れば、濡れ落ちた葉だの、粗大ゴミだのと、悪評の高い夫がいる。
話もろくにしてくれないステテコ姿の男よりも、自分を求めてくれて、身
出しなみもキチンとした男性のほうがはるかに魅力的に思えるだろう。
馴れ合いになってしまった夫に対する不満足感や、仕事、仕事と自分にか
まってくれず、悩みも聞いてくらないといった心理的な不安感から、つい
優しくしてくれる別の男性に気を許してしまう。
いままで、妻があまりにもないがしろにされてきた、ということもあるだ
ろう。
毎日のように「きれいだよ」といってくれる夫が、どれくらいいるだろう
か。女性はやはり「好きだよ」
「愛している」という言葉に弱いのだ。
日本の男性は照れ屋で見栄っ張りだといわれる。
イタリア人がプレイボーイだと評されるのは、さりげなく女性をほめる才
能をうらやんでのことのようだ。
日本の女性が彼らのレディーファーストぶりを目の当たりにするだけで、
ついフラフラ・・・・というのもうなずける話ではないだろうか。
そんな女心とは裏腹に「釣った魚には餌をやらない」という態度に出られ
77
ると、女性は、美しき夢のごとく恋愛時代と現実を、いやがうえにも比べ
てしまう。
「自分もまだまだ捨てたもんじゃない」という自尊心をくすぐってくれる
男性が、とてもいい人に思えてきてもしかたがない。
また、不倫とまでいかなくても、夫に抱かれるときに、ほかの男性を思い
浮かべている女性が多いという。
夫にとっては不愉快きわまりないことだ。
しかし、そのように目の前の現実を非現実にすり替えることで、女性は精
神的なバランスをとろうとしているともいえる。
とすれば、合理的な心理療法ともいえそうだ。
男はなぜ「浮気」をやめられないのか?
男に浮気はつきものだ、といわれる。
未婚であろうが、既婚であろうが、その浮気っぽさは変わりない。
なぜ男はよその女性に目移りするのか。
もちろん、生理的な理由もあげられるだろう。子孫繁栄のための本能とい
うわけだ。
一人の女性が一生で産める子どもの数は、最高で69人という報告がある。
いっぽうで、男性は一兆を超す精子をつくれるというのだから、男の浮気
78
は本能のなせる業というのも納得できそうな気もする。
また、男性は女性にくらべて好奇心が強いということも、浮気心の大きな
理由の一つだろう。
大の大人がプラモデル作りに興じていたり、綿密なパズルを何日もかけて
組み立てたり、ということも珍しくない。
男性が趣味をもちやすいというのは、家事をしないぶん、それだけ暇があ
るからとも考えられるが、そんな理由だけでなく、多忙にも関わらず、な
にかしら趣味をもっている男性は多い。
また、新奇性(目新しく珍しいモノ)の強いものを求めるのも男性の特徴
だ。
新製品につい手を出して、奥さんに怒られる男性はそこらじゅうにいる。
男性の、女性にたいするあくなき欲望は、こうした心理に根付いたもので
はないだろうか。
家庭がありながら、次々と愛人をもったことで知られる芸能人、作家、芸
術家、政治家といった有名人は枚挙にいとまがない。
新しい女性との出会いを求め、いろいろな女性と付き合いたいという気持
ちは、どんな男性も、心のどこかにすくなからず持ち合わせているものだ
ろう。
そんな男性の好奇心を満足させ、夢中になれるものがたまたま女性であっ
た場合、躊躇せずに浮気や不倫に走る。
また、たくさんの女性と付き合えば付き合うほど、それが即、男の勲章に
なるという従来の世間一般の価値から考えても、男性はつねに浮気のチャ
ンスをうかがっていると思われる。
日本では、一般的には女性同伴の公式パーティーはそう多くはないが、西
欧では、その手の晩餐会が頻繁に開かれることはよく知られている。
79
とくに、政治家や芸能化のパーティーでは、男性同士のあいだで、だれが
どのような女性を同伴していたかが話題になることもしばしばある。
かつて、ゴルバチョフ元ソ連書記長が訪米したときも、世界中のマスコミ
によって、レーガン元大統領の妻ナンシー夫人とライサ夫人の服装、教養、
社交性などが比較された。
このように、同伴した女性の美しさは、その男性の評価を大きく左右する
ため、男性は、より自分の立場を有利にしてくれる女性を求めつづけるの
だともいえる。
男女の浮気や不倫については、さまざまな理由が考えられるが、男性、女
性に限らず、不倫の危険なにおいにひきつけられたとき、少なくとも心の
なかだけでスリルを楽しむことができれば、それは、マンネリ化した夫婦
生活をおおいにリフレッシュさせる最良の方法になるかもしれない。
浮気女を許せない男の心理
不倫を隠しとおすとすれば、それには相当のエネルギーがいるにちがいな
い。
その間、自分の結婚に疑問をもち、生活を考え直す人もいるだろうし、こ
れは一時的な遊びであって、家庭をこわすまでのことはないと考える人も
いる。
自分の夫なり妻なりの浮気を知ったときは、人はどのような対応をするの
だろうか。
相手の女性が不倫をしていると知った場合、男性の怒りは直接、女性に向
けられる。自分が「女性に捨てられたかわいそう男」になるというのは、
80
絶対に認めたくないのだ。
だから、自分が裏切られたと気づくと、「どうせあの女は・・・・」とい
う言い方をして、自分の傷付けられたプライドをたもとうとする。
そうすることによって、
「しょせん自分には不似合いの相手だった」
「だか
ら別れてよかったんだ」と自らを合理化する。
「ふられた」という屈辱的な事実をなんとかねじ曲げて、「ふさわしくな
い女」のレッテルを貼ってしまおうとするわけだ。
浮気男を許してしまう女の心理
自分の夫や恋人が浮気をしたら、女性は、
「あの女がたぶらかしたのね。
きっと相当な色仕掛けをしたんだわ」とか「私の存在を知りながら、ひど
い女だわ」と、もっぱら怒りを浮気相手の女性に向けるとされる。
実際は、男性の方から誘ったのかもしれないのに、復讐劇は女性間でおこ
なわれることが多い。なぜか?
それは、女性が「負け惜しみの合理化」をはかろうとするからだ。
『イソップ物語』で、おいしそうなブドウをみつけた狐が、それを手に入
れようとする。でもなかなか届かない。
欲しいけれどとれない。そのとき、「どうせあのブドウは酸っぱいんだ。
だから食べないほうがいいんだ」という理屈をつくり、自分を納得させよ
うとした。
81
しれが「酸っぱいブドウ」の論理である。
また、口に入れたレモンが酸っぱくて食べられない。でも「なんて甘いん
だ。こんなにおいしいレモンを食べられるなんて、自分は幸せだ」と負け
惜しみをいう。
これを「甘いレモン」の論理という。
このように、わたしたちもなんらかの理由を見つけ出して、なるべく自分
を満足させようという心理が働く。
たとえば、夫の浮気を知って「彼はだらしない」と思う心はある。でも、
そうはいいたくない。
そのような場合、「酸っぱいブドウ」の理論を使って「浮気相手はたいし
た女じゃない」と自分にいい聞かせ、
「甘いレモン」の論理で「私の夫は
悪くない」と満足するのだ。
男性にとっては、難を逃れて一安心といったところだろうか。
82
実は、女は略奪愛が好き?
女性の社会進出が叫ばれ、まだまだ少ないとはいえ、役職につく女性も増
えてきた。
自分の職場に女性の上司がいる、というところもあるだろう。そのような
場では、部下である男性と本当に良好な関係を築くのはむずかしい。
えてして女性の上司は嫌われるといわれる。
これには支配欲求があるといわれる男性が、部下であるがゆえに被支配者
の屈辱を味わわされてのやっかみもある。
でも、どうやらそれだけではなさそうだ。
女性は男性にくらべたら、具体的な思考をするといわれる。いいかえれば、
物事に白黒をつけたがる。
この傾向が職場でもあらわれた場合、口答えでもしようものなら、「私は
上司。あなたは部下、立場をわきまえてほしい」とくる。
またアドバイスをしようと思っても。
「これは私の仕事だから余計な口出
しはしないで」というように、自分の領分を侵されるのをきょくたんに嫌
う。
そんななかでは、互いの関係がギクシャクするのも当然だ。
こんなふうにあらわれる女性の厳格さ、融通のきかなさが「女性の上司は
嫌われる」ゆえんだといえそうだ。
毎日、何時間も顔をつきあわせていなければならない職場では、適当に馴
れ合っていくことでうまくいくことも多いのだが。
イタリアのトーク番組で、妻と夫の愛人との対談があった。
83
そこで、愛人のほうが「彼が私と別れたがらないのは当然ね」と、妻に言
い放つ。
この言葉の裏には、
「あなたみたいな女性と一緒では、心が休まらないに
違いない。だから、私に救いを求めてくるのよ」という意味が隠されてい
る。
また、日本のある雑誌でも、
“愛人”にインタビューしていた。そのなか
で、たいていの愛人たちが「彼、奥さんとうまくいっていないみたいなの」
と語っていた。
このように、自分の立場を卑下したり一歩引いたりせず、相手がだれであ
ろうとあくまでも対決しようというのが、女性の一つの姿勢であるといえ
る。
男は友情をとるか、恋愛をとるか?
友情を感じている二人の男性がいるとする。
二人が一人の女性を好きになったとき、友情をとるだろうか?それとも恋
をとるだろうか?
男性は見栄や体裁を大切にする。
たとえば「敵に塩を送る」のは、相手の弱味に乗じて勝利を得た場合、あ
とでなにをいわれるかわからない、という気持ちがあるからだ。
勝負に勝つにしても、男らしく勝たなければならない。男をすたらせては
いけないのだ。
84
だから女性を奪い合うときも、恋愛を友情に優先させたりはしない。何事
においても、あくまでもスタイリッシュに、自尊心を保っていたいと願う。
それは相手が敵であろうと仲間であろうと同じこと。
最近では、こうした男らしい心理にも変化があるようだが、やはり男性が
女性よりもロマンチストであることは、間違いなさそうだ。
また、恋愛よりも友情を優先させることに「男気」を感じる男性もいると
か。
「一人の女性をめぐって、親友同士がしのぎを削る」ということは、現実
にはなかなかありえないといえそうだ。
男女間に本当に「友情」は成立するのか?
太宰治原作の『走れメロス』をご存知だろうか。
妹の結婚式の出席するために、メロスの代わりに人質になった友人。その
友人の厚い信頼にこたえようと約束の期限までに間に合うように、友の元
へと駆けるメロス。
ハッピーエンドになるまでにはさまざまな葛藤があるのだが、「友情」を
テーマにした代表作品の一つといっていいだろう。
このように、なぜだか「友情」を扱った作品は、ずっと読み継がれていく
もので「名作」とよばれるものが多い。
それは、友情というものが、いくら時代が変わろうと、個人主義が取り沙
85
汰されようと、人間関係を語るうえで避けられない永遠のテーマだからで
あろう。
そして、人間の名誉欲、利欲、そのほかさまざまな欲望との葛藤の引き合
いに出されるものであるからだろう。
すこし堅苦しい言い方をすると、一般的な人間関係を説明する理論の一つ
に「社会的交換理論」というのがある。
これによると、人間関係を続けられるかどうかは、得られる報酬(たとえ
ば、物的な満足など)と、それにかかるコスト(お金、労力など)との差
にかかっていることになる。
極端にいってしまえば、報酬のわりにコストがかかりすぎる関係は、長続
きしないということだ。
メロスの友情は、相手の信頼(報酬)にこたえたいために、コストの大き
さを度外視した例といえる。
これは、友情の理論的な形の一つだ。
こうした友情と同じようなものとして、親子の愛情があげられる。
しかし、異性間の愛情となると、コストを度外視したものもあるが、すこ
し様子がちがってくる。
相手からの愛情という報酬も大事であるし、相手との関係ももちろんつづ
けたい。
けれどコストは、時間とか労力という形だけでなく、性欲から生じる葛藤
や、心理的な苦労など、限りなく出てくる。
しかも、だれかを愛すると、話をしているだけでは物足りなくなり、もっ
と相手を知りたいという欲求が出てくる。
「いつもそばにいたい」
「手を握りたい」
「抱き合いたい」というようなセ
86
クシャルな感情もわいてくる。
こうしたものがいわゆる異性間の愛情だといえる。
相手の考え方あるいは感じ方までも共有したいと思うし、相手のすばらし
さを吸収し、みずからの人間性を高めたいと願う。
スタンダールはその著『恋愛論』のなかで、恋愛の流れを大きく二つに分
け、次のように説明している。
まず、相手のすばらしさに感嘆し、その魅力にひかれる。
それはあたかも、塩分の高い洞窟のなかに放った枯れ木に塩の結晶ができ
るようなものだ(愛の結晶作用)
。
その後、相手の素晴らしさが思ったほどではないのでは、という疑いを抱
くが、その疑惑を克服すると、さらに愛が燃える(第二の結晶作用)とい
うものだ。
そのような感情が高じると、
「あばたもえくぼということになる。まるで
熱に浮かされたかのように周囲のものがみえなくなって、相手が世界のす
べてであるかのように思えてしまう。
たまに、
「あんな人のどこがいいのかしら」
「あの二人どうみても不釣り合
いね」と評されるような恋人たちをみかける。
いろいろと理由を考えてみても、どうも納得できない。
しかし、恋をした結果、相手の欠点さえも好きになってしまったのだとす
れば、納得がいく。
いっぽう、異性間の友情もある。
よく「男女の友情は成立しない」といわれるが、それは、男女では友情を
はぐくむよりも、恋愛をはぐくむほうが容易だからだ。
87
なぜ容易か?
それは、一つに恋愛のほうが、報酬が相手の愛情という形で分かりやすい
からだと考えられる。
ところが異性間の友情の場合、互いの性を意識しながら、恋愛とは異なる
関係だという一線を引く事が必要になってくる。
また、互いが対等の人間関係に立ち、互いの個性を尊重するところで友情
はつくられる。
好きな理由がなんであるのか、はっきりしているところに、男女の友情が
成り立つのだと考えられる。
幼なじみとの関係で、「これは友情か恋愛か」と悩んだときも、次のよう
に判断すれば、簡単に区別ができる。
友情としての“好き”は相手の一部が好きであり、好きな理由が明確。
いっぽう、愛情を感じている”好き“は相手のすべてが好きで、理由はあ
いまいな場合が多い。
しかも、相手の欠点を冷静に指摘できないばかりか、それが美点にさえみ
えてくる。
ここで一つ面白い実験をしてみよう。
「好き」と「愛」はこうして見分ける
彼(彼女)のことを「好き」なのか、それとも「愛しているのか」
。
恋の始まりはこうした疑問を抱くこともあるだろう。
参考に、ルービンの「好き」
「愛」の尺度を次にあげておく。カッコのな
かに、思い浮かんだ人の名前を入れると、自分が相手にどんな感情を抱い
88
ているのかがわかる。
《好き》
好意的評価
(
)は環境や物事に適応しやすいと思う。
(
)がみんなに評価されるのは、簡単なことだと思う。
尊敬と信頼
(
)の判断は評価できるし、おおいに信頼している。
クラスのあるいはグループの選挙で、
(
)に投票するつもりである。
類似性の認知
(
)と私は、よく似ていると思う。
(
)といっしょにいるとき、私たちとはほとんど同じような気分で
いる。
《愛》
愛着
(
)といっしょにいられらければ、みじめな思いをするであろう。
(
)のいない生活は考えられない。
世話
(
)が嫌な思いをしているときには、元気づけるのが私の務めであ
る。
(
)のためなら、どんなことでもするつもりだ。
親密さ
あらゆることを(
)に打ち明けることができそうだ。
(
)といっしょのときは、長い時間、彼(彼女)をみつめているだ
けである。
いかがだろうか。
こういう質問に答えてみると、意外とわかりにくかった自分の心の真実が
みえてくるはずだ。
前項目の繰り返しになるかもしれないが、相手への思いが、明確に説明で
きるうちは、それは「愛」とはよべない。
89
理屈ではなく感情のまま相手を思いやること、それが真実の愛ということ
なのかもしれない。
「美人の方がモテる」は実は大ウソ?!
女性ならだれしも、
「もうすこしキレイだったら、どんなにいいだろう」
と思った経験があるだろう。
「美人のほうが絶対にトクだ」と無条件に思っているが、実はこれには大
きな落とし穴がある。
アメリカ中西部の高校二年生を対象におこなった実験がある。女性に、自
分が他人よりも容貌や外見ですぐれていると思うか、それとも同等か、劣
っているか、という自己評価をしてもらう。
そして、同時にそれぞれの社会的な適応度を調べる。
この実験の結果、もっとも適応度が高かったのは、自分の容姿は他人と同
等であると自己評価を下した女性だった。
いっぽう、自分の容姿がすぐれている、あるいは劣っていると評価した女
性のなかには、適応度の低い人が多いという結果が得られた。
自分の周囲に自分と似たような人が多くいればいるほど、自分が自分に下
した評価がまちがいないという確信が増す。
この「自己評価」の確かさについての確信は、「社会的リアリティー」と
よばれる。
社会的リアリティーが高まるほど自己評価は安定し、日常生活における適
90
応度は増すと考えることができる。
これにたいして、自己評価の高い美人や、逆に自己評価を低く見積もって
いる人は、自分と似た人が周囲に少ない。
つまり比較する対象が少ないので、「私はほかの人より美人だ」という自
分の評価が本当に正しいのどうか、自信がもてなくなる。
だから自分で下した自己評価に疑いをもったり、変更したくなったりと不
安定で、日常生活における適応度が低くなるのだ。
また、通行人の行動を分析した研究によっても、美人は孤独だということ
が証明されそうだ。
たとえば、だれかを待っている様子で一人の男性が立っている場合、ある
いは一人の女性が立っている場合、次に二人の男性が立ち話をしている場
合、二人の男女が立ち話をしている場合の四通りを設定して、そばを通る
通行人の行動を観察した。
その結果、もっとも通行人が近くを通るのは女性一人の場合、次に男性一
人、それから男性二人、そして、もっとも離れて通るのが、男女二人のと
きだった。
また、一人で立っている女性の場合、魅力的なほうが、通行人はさらに遠
回りをして通りすぎていくことがわかった。
このことから、人々は、美人にたいしてより大きな距離をたもとうとする
ことが、あきらかになったといってよい。
権威や地位が他人を遠ざけるように、容姿の美しさや魅力も他人を遠ざけ
てしまう効果があるようだ。
クラスや職場でも、美人はなかなか友達ができないことがあるし、ポツン
と一人できることがあったりする。
まわりの人にとっては、声をかけたい気持ちはあるのだろうが、なぜかそ
91
の勇気がわいてこない。
逆に声をかけられようものならドギマギしてしまい、意味のない笑顔をつ
くりながら視線を宙にさまよわせる。そのあとは、言葉にならない言葉を
発して慌ててその場から立ち去ってしまうことになる。
結果として、美人は孤独に陥るというわけだ。
これは、人は自分と同じレベルの相手を求めるという「マッチングセオリ
ー」どおりの現象だ。
お見合いという儀式は、この理論をみごとに利用したものだといえる。
また、この「マッチングセオリー」を考えれば、一般に美男美女が孤独に
なりやすいということも理解しやすい。
つまり、美男美女といわれる人の絶対数は、確実に「ふつうの人」より少
ない。
となれば、マッチングが成立する可能性もすくなくなる。当然、限られた
範囲で生きることを虐げられる、つまり、孤独になりやすいわけだ。
たとえば、芸能人が自分にふさわしい相手をみつけようとする場合、ふつ
うの人々のなかから自分に適した人を探すことは、なかなか容易ではない。
孤立してしまう可能性さえある。
それにたいし、芸能界のなかから探せば、自分に似た境遇の人をみつける
確率が高くなる。芸能人同士のお結婚が多いも、
「マッチングセオリー」
の観点から考えれば納得できる。
92
男はなぜロマンを追い求めるのか?
男性は、ことあるごとにロマンチストだといわれる。
「隠遁生活に入って、10年後には偉大な作品を発表する」という考えを
捨てきれない文学青年がいたり、
「手作りヨットで世界一周の旅に出るん
だ」と張り切っている冒険野郎がいたり。
これは、年齢にはほとんど関係ない。
女性の場合、こうしたロマンを感じるより、むしろ「なぜ、わざわざ危険
なことをしなくちゃいけないの?」
「命を張るほどのことでもないわ。
どこにそんな価値があるの」というようなクールな、もっといえば冷やか
な反応が多いだろう。
もしかしたら、そもそもそうした発想自体が浮かばないのかもしれない。
もちろん、なかには、女優の和泉雅子さんのように、ロマンを求め極限を
目指す冒険家もいる。
人は行動をおこすとき、一定の目標を立てる。勉強にしてもし仕事にして
も、それまでの成績や、どれくらいたいへんかを考えわせ、達成したい、
あるいは達成できるだろうというような水準を予想する。
このときの予想の高さを「要求水準」という。
自負心が強く優越欲の強い人は、要求水準が高くなる。「自分にできない
わけがない」と思い込むわけだ。
よりむずかしいもの、より多くの努力を必要とするものに挑戦しようとす
る男性の要求水準は、一般の人よりもさらに高いと考えられる。
だからこそ、簡単には成功しないような事柄に夢中になる。
いくら非現実的といわれようと、目標の達成の瞬間を夢みて、あくなき努
93
力をつづける。
これが、皮肉であれ賞賛であれ「男はロマンチストだ」といわれるゆえん
ではないだろうか。
ところで、日本の男性は、結婚によって「人生の伴侶」ではなく、第二の
「お母さん」を求めているのだ、といわれることがある。
つまり、面倒なことは、
「お母さん」にまかせ、自分は「男としてやらね
ばならないこと」がある、というわけである。
こうなると、女性は必然的に、家庭を切り盛りし、しかも「ロマンチスト」
の面倒もみる、というリアリストの役割を引き受けさせられることになる。
ロマンチストの男性をささえているのは、じつは、ともすると非難されが
ちな、女性の「リアリスト」の面ということになるのだ。
遠距離恋愛はやっぱり続かない?
アメリカの心理学者ボッサードは、住んでいる距離と二人の関係について
の調査をし、
「互いに住んでいる場所が近ければ近いほど、二人が結婚す
る可能性は高くなり、離れていればいるほど、その可能性はうすれる」と
いう結論を出している。
とはいうものの、さまざまな理由から、離れ離れにくらさなければならな
い人もいる。
このような場合、人は「直接会う」ことの代わりになる行為(代償行為)
を選択する。
94
たとえば、戦争で引き裂かれた男女が、手紙によってその思いを通わせあ
ったという話がある。
船で何ヶ月もかかって届くたった一通の手紙が、二人をつなぐ唯一の心の
つながりであった。
電話や手紙にくらべて、相手の生の声を聞くことができる、という利点が
ある。
それによって、より現実に近い相手の状態を推し量ることができるのだ。
このように、ある行為の代わりを果たす価値が高いことを「代償価が高い」
という。
手紙があり、電話もメールもパソコン通信もある。写真や動画付きの携帯
なら、まるで会話しているように即座にやりとりができる。
にもかかわらず、「遠くの恋人よりも近くの他人」を選んでしまう人がい
る。毎日電話をかけあっても、電話を切れば相手の声は聞こえない。急に
心が寂しさに支配されてしまう。
いつも好きな人のそばにいて、かまってほしい、触れていたい。そんな人
は電話では満足できず、つのる寂しさから、つい身近な異性に心を奪われ
てしまう。
「去る者は日々に疎し」という。どんなに好きな人でも、会う機会が減れ
ば、しだいに疎遠になっていくことも多い。
よほど自分たちの愛を信じているのでないかぎり、結婚したい相手とはで
きるだけ近くで暮らしたほうがよさそうだ。
95
「女はリアリスト」は事実か?
「恋の道には女が賢しい」ということわざがある。
恋をしているとき、女のほうが、男よりもしっかりしている、というのだ
が、これは本当だろうか。
たしかに、女性は現実的だとよくいわれる。
たとえば、派手好きで、毎日遊び回っているようにみえる女性が、じつは、
しっかり財形貯蓄をしていたり株を買ったりしている、という話もある。
また華やかな結婚式を夢みているかと思えば、結婚後の生活のやりくりま
で考えていたりする。
いまだに、結婚相手に三高(高身長、高収入、高学歴)を望む女性が多い
とか。
身長が高ければ、いっしょに歩いていても見映えがいい。収入がよければ、
お金で苦労しなくてすむどころか、おおいに遊ぶこともできる。出身大学
がよければ聞こえもいいし、自慢にもなる。
もちろん、すべての女性がこのような考えで男性を選んでいるわけではな
いが、少なくともこうした「三高」にこだわる女性は、相手との関係を、
人格や精神面というよりむしろ、物理的な豊かさとか世間からの評価の良
し悪しという面から、とらえているきらいがある。
また、別れた恋人の思い出にしても、女性の場合は、具体的な物を介して
思い描くことが多いという。
「この指輪は、彼がはじめて私にくれたプレゼントなの」というように、
かならずモノをてがかりに思い出したり、失恋の痛手をいやしたりする。
それによって過去に酔い、そういう過去があったことに安心する。
96
むろん、こうした例だけから女性はリアリストであるとは決め付けられな
い。
しかし、ふだんの行動や考え方を振り返ってみたとき、いたるところでち
ょくちょく顔をだすリアルな考えに、あらためて驚く人も多いのではなか
ろうか。
女は本当にベタベタするのが好きか?
男女のカップルが歩いているとき、相手の腕にぶらさがっているのはたい
てい女性。
海岸とか乗り物などで相手の腕に頭を乗せているのも、ほとんどが女性が。
乳幼児期の接触経験を調べた研究によると、男の子よりも女の子のほうが、
触られたり抱かれたりする経験が多いという結果がでている。
抱かれたり触られるということは、自分以外の者に保護されていることで
もある。
また、ぬいぐるみを抱いて寝るのも、女の子のほうが圧倒的に多い。これ
も不安から逃れたい、あるいは守ってほしいという気持ちが強いからだと
考えられる。
こうしてみると、触られたがる女性の心理は、すでに乳幼児期のころから
つくられていることになる。
97
男も本当はベタベタしたい?!
では、男性は触られるよりも触る方が好きなのだろうか。
幼いころから女の子よりも触られることも少ないし、抱いてもらうことも
少ない。
「だっこして」といっても「なによ。男の子なのに」と拒否されてしまう
ことも多いはずだ。
早くから男としてのステレオタイプを身に付けつけさせられるのだ。
苦しいとか悲しいという感情の表出も、「男の子」という言葉によって抑
制させられる。泣くのはもちろん、うれしいときも、その喜びをストレー
トにあらわさないのが男らしさとされてきた。
そのため、男性は感情を表に出さないように我慢する。触ってほしくても、
その気持ちをあらわさない。
子どものころからいわれつづけた「男のくせに」の後遺症ともいえる。し
かし散髪にいって髪を洗ってもらったり、直接、肌に触られたりするのが
気持ちいい、という男性はわりといる。
旅館やホテルでマッサージ師をよぶのも、男性のほうが多い。
外国には男性向けの浴場があって、体の垢とりマッサージはもちろんのこ
と、甘皮の手入れから足の先の水虫の治療まで、されるがままになってい
ればいいという。
そんな店ができるのも、男性の「触ってほしい」本音を反映した現象かも
しれないということで、どうやら男性「触りたい」というよりも、「触っ
てほしい」気持ちのほうが強いといえそうだ。
98
「女は頼れる男が好き」の信憑性は?
「あんな男を選ぶなんて」と周囲が首をかしげる男を恋人にしている女性
がいる。
「彼女ほどイイ女なら、もっとすてきな男をみつけられるのに」と不思議
に思ったことはないだろうか。
女性のなかには、幼いころからの性役割分担のためか、ドジで頼りない男
性をみると、つい、かまってあげたくなる人がいる。
そして、
「やっぱり私がいないとダメね」と、自分で母親としての役割に
満足する。
妻が生活を支え、夫は一文にもならないようなことに一生懸命になってい
る、というのは昔からよくある夫婦のパターン。
そこでは、女性ならではの「この人の真価をわかってあげられるのは、私
しかいない」という心理が支えとなっている。
男は「強い女」が女は「ダメな男」が好き?!
「生意気だ」と思っていた女性が、あるときふと寂しそうな顔をしたり、
悲しそうな顔をすると、男性はおもわずあわててしまう。
それまで相手に抱いていた不愉快な印象も消え、かえって好意を抱いたり
する。
相手が女性であり、守らなければならない存在だと再認識するからだ。ふ
99
だんは気丈でしっかりした女性が、ときおりみせる弱さ。
男性にとって意外な面。そんなとき、女性がやたらとかわいくみえたりす
る。
つまり、強そうにみえるけれど、実はモロい面もありというミスマッチが
たまらなく魅力的というわけだ。
ある落語家が「人と話すときは、失敗談を語れ」といっていた。そうする
と、聞き手がのってくるという。
ダメな部分をさらけだすことで、相手に自分を身近な存在として位置づけ
ることができるのだ。
ここに、アメリカでおこなわれた実験がある。ある人に非の打ちどころの
ない男性を演じてもらうのだが、その男性がコーヒーをこぼす。
それを目にした人が、彼にたいしてどのような印象をもったのか?という
もの。
結果は、この男性に好意をもった人が多かった。
いっけん非の打ちどころのない男性は、周囲の者にとっては、近寄りがた
い存在だ。なにもかもがキマりすぎていて、そつがない。
だからかえって敬遠されてしまう。そんな彼がコーヒーをこぼす、という
ドジをした。周囲は「ああ、彼にもそんな人間的なところがあるんだ」と
安心する。
自分がよくやる失敗を相手もするというところに安心し、親しみを感じる
わけだ。
つまり、すぐれた資質をたくさんもっているけれど、実はちょっとドジな
ところもあるといったミスマッチな男がいちばんモテるというわけ。
いっぽうで、欠点の目立つ男性がコーヒーをこぼした場合、周囲の者が彼
100
にたいしてもつ印象はというと、想像どおり「救いようがない」というも
のだ。
ただでさえ、文句をつけたいのに、そんなつまらないドジまでしでかす。
呆れてものがいえない、というところだろう。
異性の前ではよいところばかりみせて、気どりたいものだが、ときには弱
さをみせるのも効果的といえる。
みえそうでなかなかみえない、彼あるいは彼女の心の姿が、おわかりいた
だけただろうか?
恋愛は、複雑で不可解な男性心理と女性心理の絡み合い。
無理にひっぱりあえば、ますますもつれるばかり。ときには、思わぬ痛手
を負いかねない。
どうか、上手に心のあやとりをしてください。
101