第6章 論 理(137Kb)

第6章 論
6.0
理
はじめに
本章では,証明をきちんと展開するときに必要となる論理に関することを説明し
ていきます。後半で明らかになりますが,集合と論理には密接な関係があります。
6.1
命題とは
まずは定義から。
ぎ
定義 (命題)
一つの判断あるいは主張を表わす文で,それが真であるか,偽 であ
めいだい
る1 かが判定できるものを 命題 という。
(定義終)
集合の定義とよく似ていること,つまり誰が判定しても真偽が一致するような
ものを「命題」といっていることに注意してください。
例 「6 は偶数である」や「3 は 5 より大きい」は命題である(前者は真,後者は
偽である)。
しかし,
「太郎君はハンサムである」は命題ではない(ある人は太郎君をハンサ
ムだと思うかもしれないが,他の人はそう思わないこともあるだろう。このよう
な文は人によって判断が異なるので,命題ではないと考える)。
(例終)
6.2
命題の合成 ―― 〜でない,かつ,または,ならば
命題は様々な形で述べられます。中にはかなり複雑な形をしたものもありますが,
分析していくと,次のようなものの組み合わせでできていることが分かります。
(1)〜でない
(2)または
1
ちょっと堅苦しい言い方ですが,その文が正しいとき,あるいは成り立っているときその文は
真,間違っているとき,成り立たないとき,その文は 偽 である,といいます。
123
命題
(3)かつ
(4)ならば
「または」は,日常語では「か」とか「あるいは」,
「かつ」は「であると同時
に」とか「も」とでも言い換えられるでしょうか。
りせつ
ごうせつ
専門用語では(1)は 否定 ,
(2)は 離接 ,
(3)は 合接 などといいます。
名前はさておいて,これらの例を与えましょう。
否定
離接
合接
√
例 (1) 2 は有理数でない。
(2)x = 2 または x = −2 。
(3)3 は 2 より大きくかつ 4 より小さい(これを記号で 2 < 3 < 4 と書きます)。
(4)n が偶数ならば,n2 も偶数である。
(例終)
先の例のそれぞれの命題がそれ以上分解できないのに対して,上の例では与え
られた命題が,いくつかの命題を「または」や「かつ」というもので結び付けら
れた形をしています。
先の例それぞれの命題を 単純命題,上の例のような命題を 複合命題と呼ぶこと 単純命題
複合命題
があります。
ここで重要なことは,複合命題は単純命題を「〜でない」,
「または」,
「かつ」,
「ならば」で結び付けたものであり,その真偽は単純命題の真偽によって定まる,
つまり計算できるということです。
上の例では二つの命題を「〜でない」,
「または」,
「かつ」,
「ならば」で結び付け
ただけのものですが,実際にはもっとたくさんの命題がこれらによって結び付け
られてきます。そういった複合命題の意味を正確にとれるようになること,その
基本をお話するのが以下のテーマです。
まずは単純なところから始めましょう。
単純命題を p や q で表わす2 とき,上はそれぞれ
(1) p でない
(2) p または q
(3) p かつ q
(4) p ならば q
となります。
またこのように日本語が混ざっていると,真偽の計算をしていくときいろいろ
と面倒なので,
(1)「p でない」は p,
(2)「p または q 」は p ∨ q ,
(3)「p かつ q 」は p ∧ q
(4)「p ならば q 」は p → q
2
命題は英語で proposition といいます。
124
という記号で表わすことが多い3 4 。
以下,それぞれについて説明しましょう。
6.2.1
「〜でない(否定)」
p を,
「2は偶数である」という命題としましょう。このとき p の否定,つまり
p は「2は偶数ではない」となります。ここで,命題 p は真であるのに対して,p
は偽です。
次に p を,
「3は偶数である」という命題としましょう。このとき p は「3は偶
数ではない」となり,命題 p は偽であるのに対して, p は真です。
このように,ある命題の否定の真偽は,元の命題の真偽と入れ替わっています。
つまり
定義 (否定命題の真偽) 命題 p について
(1)p が真ならば p は偽,
(2)p が偽ならば p は真。
と定める。
表にすると,下のようになる。
p
p
T
F
F
T
(定義終)
注意
(1) なぜこれが定義なのか,疑問に思う人がいるかもしれません。じっくり考えれば理解
できようが,これを証明することは不可能なのです。少なくともこの定義は,我々の
常識に合ったものです。
よってこれを定義とします。
これは以下の離接,合接についても同様です。
(2) 真は英語で true,偽は英語で false です。人によっては真であることを 1,偽である
ことを 0 で表わします。(このように定めると,本当に計算らしくなる。またそれを
応用したのがコンピュータの原理です)。
上のような表を 真理表といいます。
真理表
3
ここで紹介した記号が集合算の記号によく似ていることに気が付いた人もいるでしょう。そう,
否定と補集合,
「または」と和集合,
「かつ」と共通部分は密接な関係があるのです。詳細は後で解
説します。
4
p は「p でない」,p ∨ q は「p または q 」,p ∧ q は「p かつ q 」,p → q は「p ならば q 」と読
みます。
125
(注意終)
命題 「5 は素数である」 の否定は,
「5 は素数でない」である。
元の命題「5 は素数である」は真であるから,
「5 は素数でない」は偽である。(例終)
例
√
練習 58 命題 「 2 は有理数である」 の否定を作れ。また,それは真か偽か?
6.2.2
「かつ」
次に,
「かつ」へいきましょう。
命題「 p かつ q 」は,p の真偽, q の真偽がそれぞれ二通りあるので,全部で
4 通りの真偽の組合せが考えられます。
そこでこの真偽を,次のように定めます。
定義 (合接命題の真偽)
命題 p ∧ q について,その真偽を下の表のように定める。
p
q
p∧q
T
T
F
F
T
F
T
F
T
F
F
F
(定義終)
注意
結局 p ∧ q が真になるのは,二つの命題 p, q の両方が真であるときだけです。
(注意終)
例 命題 「6 は 2 の倍数であり,かつ 3 の倍数である」 は「6 は 2 の倍数である」
かつ「6 は 3 の倍数である」という意味である。二つの命題「6 は 2 の倍数である」
と「6 は 3 の倍数である」はいずれも真であるから,元の命題「6 は 2 の倍数であ
り,かつ 3 の倍数である」は真である。
(例終)
126
6.2.3
「または」
「または」については,次のように定めます。
定義 (離接命題の真偽)
命題 p ∨ q について,その真偽を下の表のように定める。
p
q
p∨q
T
T
F
F
T
F
T
F
T
T
T
F
(定義終)
注意
結局 p ∨ q は,二つの命題 p, q のいずれか一方が真なら,真となります。
(注意終)
例 命題 「3 >
= 2」 について考えよう。この命題は「3 > 2 または 3 = 2」とい
う意味であり,
「3 > 2」は真。よって「3 >
(例終)
= 2」は真である。
練習 59 命題 「2 >
= 2」 は真か偽か?
6.2.4
複雑な複合命題の真偽の計算
さて,上のように否定,
「かつ」,
「または」の真偽を定めると,これよりさらに
複雑な複合命題の真偽を機械的に計算することができるようになります。以下に
それを例示しますが,難しく感じるなら飛ばして先へ進んでも構いません。
例題 19 p ∨ q の真偽を計算せよ5 。
解説 命題 p の真偽と命題 q の真偽がそれぞれ二つあるので,先の節で説明した
ように,全部で 4 通りの組合せがあります。
真偽を求めることが要求されている式は p ∨ q ですが,これは p ∨ q によく似て
います。異なるところは p が p になっているところだけです。p の真偽は p の真
5
例題とは直接関係がありませんが「p ∨ q 」は
「p でない,または q 」
あるいは
「ノット p オア q (“not p or q ”)」
などと読みます。
127
偽によって定まります。それは「否定命題の真偽」ので述べた通りです。それと q
の真偽を組合せ(「離接命題の真偽」の表にしたがえば),p ∨ q の真偽を求めるこ
とができます。それをまとめると,解答例の表のようになります。右側の欄の ∨
の記号の下に書いてある T, F が p ∨ q の真偽です(もっとも右側の TFTF は q
の真偽を写しただけです。これは特になくても構いません)。
以上のことを,順に表で考えましょう。まず次のような表を準備します。
p
q
T
T
F
F
T
F
T
F
p ∨
q
左から 3 番目の p の欄に,p の欄の真偽を反対にしたものを書き込んでいきま
す。ここで定義「否定命題の真偽」を用いました。
p
q
p
T
T
F
F
T
F
T
F
F
F
T
T
∨
q
次に,一番右の欄に q の真偽を記入します。先にも述べたように,ここは左か
ら 2 番目の欄をそのまま写すだけですみます。
p
q
p
T
T
F
F
T
F
T
F
F
F
T
T
∨
q
T
F
T
F
最後に p と q の真偽をみながら定義「離接命題の真偽」の表を用いて,∨ の欄
を埋めます。
p
q
p
T
T
F
F
T
F
T
F
F T T
F F F
T T T
T T F
128
∨
q
これで完成です。
解答するときには,上の表を示せばそれで十分ですが,必要なところだけを抜
き出すなら下のようになります。
p
q
p∨q
T
T
F
F
T
F
T
F
T
F
T
T
解答例には,途中経過もわかるように,余計なものも含んだ,上の表を与えて
います。
解答例
p
q
p
∨
q
T
T
F
F
T
F
T
F
F T T
F F F
T T T
T T F
(解答例終)
練習 60 p ∧ q の真偽を計算せよ。
6.2.5
合成命題の性質
「複雑な複合命題の真偽の計算」の節をとばしたものは,ここは定義と定理だけを読み,
証明は飛ばしてよい。
上のようにして様々な式を計算していくと,中には真理表が完全に一致するも
のが見つかります。そこで次のようにいうことにします。
定義 (論理的に同値)
二つの合成命題 P と Q の真理表がまったく同じである
とき,これらの二つの命題は 論理的に同値 であるといい,
論理的に同値
P =Q
(定義終)
と表わす。
129
定理 (二重否定,ド・モルガンの法則6 )
(1) p = p
(二重否定)
(2) p ∨ q = p ∧ q, p ∧ q = p ∨ q
証明
(1)
(ド・モルガンの法則)
それぞれについて真理表を作ればよい。
p
p
p
T
F
F
T
T
F
これから,p の真理表と p の真理表が一致することがわかる。よって,これら
は論理的に同値。
(2)
p
q
p∨q
p∨q
p
q
p∧q
T
T
F
F
T
F
T
F
T
T
T
F
F
F
F
T
F
F
T
T
F
T
F
T
F
F
F
T
以上の計算から,p ∨ q の真理表と p ∧ q の真理表が一致するので,これらは論
理的に同値。
(証明終)
練習 61 p ∧ q と p ∨ q の真理表を作り,これらが論理的に同値なことを証明せよ。
定理 (分配法則)
次が成り立つ。
p ∧ (q ∨ r) = (p ∧ q) ∨ (p ∧ r),
p ∨ (q ∧ r) = (p ∨ q) ∧ (p ∨ r)
問 34 定理「分配法則」を証明せよ。
(ヒント:p, q, r のそれぞれの真偽がありますから,組合せは全部で 8 通りになり
ます。)
6
先に ∨, ∧ の記号が集合の ∪, ∩ によく似ていることに触れました。ここでますますそれがはっ
きりします。
130
6.2.6
「ならば」
さて残った「 p ならば q 」を説明しましょう。数学の多くの命題がこの形をし
ているので,ここできちんと説明を加え,これまでのことを整理しておくことに
します。すでに知っているとは思いますが,まずは言葉を定めます。
定義 (仮定,結論)
命題「 p ならば q 」において,p を 仮定,q を 結論 という。 仮定
(定義終)
例 命題「△ ABC において, AB = AC ならば,∠ B = ∠ C である」につい
て,仮定は「 AB = AC 」,結論は「∠ B = ∠ C 」である。
(例終)
練習 62 次の命題の仮定と結論を言え。
(1) 「x = 3 ならば 2x + 4 = 6」
(2) 「平行四辺形 ABCD において,AB = CD」
((2)はこのままでは何が仮定で,何が結論かはっきりしない。「 p ならば q
」の形に書き換えよ。)
通常数学において 「p ならば q 」 という形の命題を考えるとき,p と q との間
には何らかの関係があります。そしてたいていの場合,仮定が成り立つときいっ
たいどんなことが主張できるか,という意味で使われます。
しかし,ここでやっているような形式的な議論をするときには,仮定が正しい
とは限らない場合も考えておかなければなりません。そこで p → q の真理表を次
のように定めます。
定義 (「ならば」の真偽)
める。
命題 p → q についてその真偽を下の表のように定
p
q
p→q
T
T
F
F
T
F
T
F
T
F
T
T
(定義終)
注意
上の表から分かるように,仮定 p が偽のときは,結論 q が真であろうと偽であろ
うと,命題「 p → q 」自身は真になっています。これは誤った仮定をもとに議論をしたと
きに得られる結論は,いつでも正しい,言い換えると,真なる結論でも,偽なる結論でも
131
結論
導き出せるということを意味しています。よって仮定が偽である議論は,その意味があり
(注意終)
ません。要注意!
次の結果は後で使います。
問 35 p ∨ q の真理表を作り,これが 「p −→ q 」 の真理表と一致することを確か
めよ。
6.2.7
=⇒
先の節の説明から,命題「p → q 」が真であることを証明するには,p が真であ
ると仮定したとき,q が真であることを言えばよいことがわかります(p が偽で
あるとき p → q はいつでも真ですから,この場合は特に議論する必要はありませ
ん)。これは,通常の「ならば」の使い方と同じです。
しかしこのままでは,どちらの意味で「ならば」を用いているかはっきりしま
せ。そこで「p ならば q 」を通常の意味で使っているとき,つまり p が真のとき q
も真であるという意味で使うとき, p =⇒ q と表わすことにします。
つまり「 p ならば q 」が常に真であるとき, p =⇒ q と表わすのです。
注意
(1) この章以降「ならば」は, p =⇒ q の意味で用います。
(2) 本書では記号「=⇒」を用います。本によっては他の記号を用いていることがあるの
で注意。
(注意終)
さて,
定義 (同値)
p =⇒ q かつ q =⇒ p であるとき
p ⇐⇒ q
と書き,p と q は 同値 であるという。
(定義終)
三角形 ABC において
AB = AC ⇐⇒ ∠ B = ∠ C
つまり,二等辺三角形であるということと,二つの角が等しいということは同値
である。
(例終)
例
今度は逆のことを考えましょう。「 p ならば q 」が正しくないこと,すなわち
偽であることを示すには,どうすればよいでしょう?
「ならば」の定義(131 ページ)を見ると「 p ならば q 」が偽となるのは,p が
真で,q が偽のときです。よってこのような例を示せばよいことになります。
132
同値
例 「a > 1 ならば a > 3」 は偽である。実際 a = 2 のとき,仮定の a > 1 は真
であるが,結論の a > 3 は偽である。
(例終)
上の例のような a のことを,命題「a > 1 ならば a > 3」の 反例 といいます。 反例
言い換えると,命題「 p ならば q 」が偽であることを示すには,反例を一つ見
つければよいことになります。
練習 63 次の命題の中で偽であるものを選べ。またその反例を与えよ。ただし文
字はすべて実数を表すとする。
(1) abc = 0 ならば ab = 0
(2) a = 0 または b = 0 ならば ab = 0
(3) x2 = y 2 ならば x = y
6.3
必要条件,十分条件,必要十分条件
定義 (必要条件,十分条件,必要十分条件)
p =⇒ q であるとき,
p を q であるための 十分条件
q を p であるための 必要条件
という。
また p ⇐⇒ q であるとき,
p を q であるための 必要十分条件
という。
十分条件
必要条件
必要十分条件
(定義終)
例 「x = 1 =⇒ x2 = 1 」であるから,x = 1 は x2 = 1 であるための十分条件,
x2 = 1 は x = 1 であるための必要条件である。
また,x2 = 1 ⇐⇒ x = ±1 であるから,x2 = 1 は x = ±1 であるための必要十
分条件である。
(例終)
例題 20 次の
の中に,
「必要」,
「十分」,
「必要十分」のうちでもっとも適
切であると思われるものを入れよ。ただし,x, y, a, b は実数とする。
(1) x = 2 は x2 = 2x であるための
条件
(2) ab = 0 は a = 0 または b = 0 であるための
(3) a2 = b2 は a = b であるための
条件
条件
解説 二つの命題があるので,それぞれを仮定,結論とする命題を作ります。た
とえば(1)の場合,
133
(イ)x = 2 ならば x2 = 2x
と
(ロ) x2 = 2x ならば x = 2
の二つの命題ができます7 。
これらのそれぞれが,真であるか偽であるかを考えていくことになります。
まず(イ)を考えましょう。
x = 2 とすると,x2 = 4,2x = 4 で,x2 = 2x 。つまり真です。
次に(ロ)。
x2 = 2x とします。この方程式を解けば,x = 0 または x = 2 。つまり x = 0
が(ロ)の反例になっています。
よって 「x = 2 ならば x2 = 2x」 のみが真です。
ゆえに x = 2 は x2 = 2x であるための 十分 条件です。
残り二つについても同様。
解答例 命題「 x = 2 ならば x2 = 2x 」は真。
なぜならば,x = 2 とすると,x2 = 4,2x = 4 で,x2 = 2x 。
一方命題「 x2 = 2x ならば x = 2 」は x = 0 が反例になるので,偽。
ゆえに x = 2 は x2 = 2x であるための 十分 条件である。
(解答例終)
練習 64 例題の(2),
(3)を解け。
6.4
逆,裏,対偶
「でない」,
「かつ」,
「または」,
「ならば」といったものを使うことによって,二
つの命題 p, q から新しい命題を作ることができ,それらの真偽は元の命題の真偽
から必然的に定まってしまうことを説明してきました。
この節では「ならば」に関係した,新しい命題の作り方を説明しましょう。
命題「p ならば q 」において,p を仮定,q を結論というのでした。これに対し
て,次のような命題を作ることができます。
(1)q ならば p
(2)p ならば q
(3)q ならば p
定義 (逆,裏,対偶) 命題「p ならば q 」に対して,
(1) 「q ならば p」を「p ならば q 」の 逆,
(2) 「p ならば q 」を「p ならば q 」の 裏
134
逆
裏
(3) 「q ならば p」を「p ならば q 」の 対偶
という。
対偶
(定義終)
例 命題「a > 3 ならば a > 1」について,
逆は「a > 1 ならば a > 3」
裏は「a <
= 3 ならば a <
= 1」
<
対偶は「a = 1 ならば a <
= 3」
である。
(例終)
2
練習 65 命題「x >
= 3 ならば x >
= 9」の逆,裏,対偶をいえ。
例 今は「 p ならば q 」を中心に見たが,その逆の「q ならば p」を中心にその
逆,裏,対偶を作ると,
逆は「 p ならば q 」
裏は「 q ならば p 」
対偶は「 p ならば q 」
となる。
(例終)
練習 66 命題「 p ならば q 」および,命題「 q ならば p 」の逆,裏,対偶をそれ
ぞれ作れ。
上の例と問から分かるように,
「p ならば q 」は「 q ならば p 」の逆になってお
り,
「q ならば p 」の対偶になっています。もちろんそれだけではなく,全部で六
つの関係が考えられます。それらをまとめると次のような図になります。
上に挙げたもの以外を一つ二つ挙げると,
「p ならば q 」と「 q ならば p 」は
互いに対偶になっており,
「p ならば q 」と「 p ならば q 」は互いに裏になってい
ます。
さて,与えられた命題「 p ならば q 」の真偽が分かっているとき,その逆,裏,
対偶の真偽を調べてみましょう。
命題「a > 3 ならば a > 1」について,この命題は真
例
7
ここでの「ならば」は「 −→ 」の意味で用いています。
135
逆は「a > 1 ならば a > 3」で,これは偽
裏は「a <
= 3 ならば a <
= 1」で,これは偽
対偶は「a <
= 1 ならば a <
= 3」で,これは真
(例終)
である。
練習 67 命題「x2 >
= 9 ならば x >
= 3」の逆,裏,対偶を作り,それらの真偽を調
べよ。
「p ならば q 」 の逆,裏,対偶の真偽を一般的に調べるためには,
「ならば」の
定義(131 ページ)で与えた真理表を使ってこれらの真理表を作ってみればよい。
問 36 命題「 p ならば q 」の逆,裏,対偶の真理表を作れ。
上の問の結果から分かるように,次の定理が成り立ちます。
定理 (逆,裏,対偶の真偽)
(1)元の命題の真偽と,逆,裏の真偽は一致しない。
(2)元の命題の真偽と,その対偶の真偽は一致する。
(3)元の命題の逆の真偽と裏の真偽は一致する。
「逆,裏,対偶の真偽」の(1)より,元の命題が真だからといって逆も真であ
ると速断することはできません。これを
逆は必ずしも真ならず
といいます。
つまり逆が成り立つかどうかは,改めて考えなければならないということです。
言い換えると,一つ正しい命題が得られたら,その逆が成り立つかどうかを考
えるのが数学の研究の一形態となります。
また(2)より,元の命題が証明しずらいときにはその対偶を証明すればよい,
ということが分かります。例を挙げましょう。
n を整数とするとき,
「n2 が奇数ならば, n は奇数である」を証明する。
この命題は証明しにくい。
そこで対偶を作ってみると,
「n が奇数でないならば, n2 は奇数ではない」,つ
まり「n が偶数ならば,n2 は偶数である」となり,これを証明すればよい。
しかしこれは容易である。実際,n = 2k とすると, n2 = (2k)2 = 4k 2 = 2(2k 2 )
となり,これは偶数。
よって元の命題「n2 が奇数ならば, n は奇数である」が証明されたことになる。
例
(例終)
136
練習 68 m, n を整数とするとき,
「mn が奇数ならば,m, n はともに奇数である」
を証明せよ。
(ヒント:「m, n はともに奇数である」とは「m は奇数である」かつ「n は奇
数である」である。この否定命題はどうなるか? ド・モルガンの法則を使って
変形せよ。)
6.5
条件命題と真理集合
以上で命題に関する話は一段落です。
ここからは,命題と集合の関係を説明していきます。集合算を表わす記号と,命
題をつなぎあわせる記号に,なぜ似たようなものを使うのか,ここで明らかにな
ります。
6.5.1
条件命題
まず例から話をはじめましょう。
例
2x + 1 = 5
という命題を考えます(日本語に翻訳すると,
「x を 2 倍し,1 を加えたものは 5 に
等しい」となります)。
この命題は,どんな x についても真であるわけではありません。方程式を解く
ことによって,この式を満たす x は x = 2 のみであること,つまり x = 2 の場合
だけが真であり,それ以外の場合は偽であることが判明します。
(例終)
ここまで上のようなものも命題と呼んできましたが,x が変わればその真偽が
変わりうるので,厳密な意味では命題ではありません。
そこで,
定義 (条件命題) 変数 x がある集合の要素であるとき,おのおのの要素 x が決
まるごとに真偽の定まるような文を 条件命題という。
(定義終) 条件命題
注意
いままで命題を p と表わしてきましたが,考えている命題が変数を x とする条件
命題であることを明示するために p(x) と表わすことがあります。
(注意終)
上の定義にあるように x はある集合の要素です。つまり条件命題を考えるとき
にはどのような集合のところで考えているのか,はっきり意識している必要があ
ります。
137
実際,次の例から分かるように,同じ命題を考えていても,どの集合の要素を
代入するかによって命題の真偽の状況が変わってくるのからです。
2x + 1 = 2 という条件命題は,考えている集合が整数 Z であるときは常に
1 のときのみ真になる。 (例終)
偽であるが,有理数の集合 Q で考えると,x =
2
例
そこで考えている集合のことを,以前と同じように 全体集合 ということにし
ます。
6.5.2
条件命題と真理集合
定義 (真理集合) 全体集合を U とする。その要素 x を含む条件命題 p(x) に対
して,p(x) を真にする U の要素全体を p(x) の 真理集合 という。
(定義終) 真理集合
注意
(1) 条件命題の真理集合は,対応する大文字で表わすのが習慣です。よって条件命題が p(x)
であるとき,その真理集合は P で表わされます。
集合の記号を使って P を書けば
P = {x|p(x) が真 }
となります。誤解が生じないと思われる場合には,P = {x|p(x)} と書かれることがあ
ります。
(2) 全体集合を U としているので,条件命題の真理集合は U の部分集合になっています。
(注意終)
例 全体集合を Z とする。p(x) を「x は 6 の約数である」とすると,その真理集
合P は
P = {1, 2, 3, 6}
(例終)
o
1 。
2
全体集合を Z とするとき,
「2x + 1 = 2」の真理集合は空集合 φ である。(例終)
n
例
全体集合を R とするとき,
「2x + 1 = 2」の真理集合は
注意
上の例から分かるように,方程式を解く,ということは命題の視点からはその真
理集合を求めることになります。
また,方程式を考えているときには,特に断りがない限り全体集合は実数 R であると
(注意終)
します。
例
命題「3x − 4 = 2」の真理集合は {x|x = 2},つまり {2} である。
138
(例終)
練習 69 次の条件命題の真理集合を求めよ。
(1) 「n は 12 の約数」 (全体集合を自然数の集合 N とする)
(2) 「x2 − 4x + 3 = 0」
6.5.3
「でない」,
「または」,
「かつ」と真理集合
このように全体集合を定めておくと,条件命題一つ一つに真理集合が対応します。
この節では「でない」,
「または」,
「かつ」によって結び付けられた条件命題とそ
の真理集合の関係を説明しましょう。具体的な例はあまり挙げていませんが,今
後数学を勉強していくときに徐々に現れてくるでしょう。
条件命題の否定の真理集合
条件命題 p(x) の否定は p(x) です。
p(x) の真理集合を求めてみましょう。
例 全体集合を 10 以下の自然数の集合とする。条件命題「n は 8 の約数」の真理
集合は
(「n は 8 の約数」の真理集合) = {1, 2, 4, 8}
である。またこの条件命題の否定は「n は 8 の約数でない」となるから,その真理
集合は
(「n は 8 の約数でない」の真理集合) = {3, 5, 6, 7, 9, 10}
である。
(「n は 8 の約数でない」の真理集合) の真理集合は,(「n は 8 の約数」の真理
集合) の補集合になっている。
(例終)
上の例からも予想できるように,一般に
定理 (条件命題の否定の真理集合) 与えられた条件命題の否定の真理集合は,元
の命題の真理集合の補集合になっている。つまり条件命題 p(x) の真理集合を P
とするとき, p(x) の真理集合は P 。
証明 a を p(x) の真理集合の要素とする。このとき p(a) は真。よって p(a) は
偽。言い換えると a 6∈ P 。つまり a ∈ P 。ゆえに (p(x) の真理集合) ⊂ P 。
逆に a ∈ P とすると,a 6∈ P 。よって p(a) は偽。このとき p(a) は真。つまり
a は p(x) の真理集合の要素である。ゆえに P ⊂ (p(x) の真理集合)。
以上をまとめると
P = (p(x) の真理集合)
(証明終)
139
「または」,
「かつ」の真理集合
条件命題の否定の真理集合と同じように,
「または」,
「かつ」の真理集合を求め
ましょう。次の定理が成り立っています。
定理 (「または」,
「かつ」の真理集合)
れ P, Q とするとき
条件命題 p(x), q(x) の真理集合をそれぞ
(p(x) ∧ q(x) の真理集合) = P ∩ Q
(p(x) ∨ q(x) の真理集合) = P ∪ Q
証明
(p(x) ∧ q(x) の真理集合) =
=
=
=
{x|p(x) ∧ q(x) が真 }
{x|(p(x) が真) ∧ (q(x) が真)}
{x|(x ∈ P ) ∧ (x ∈ Q)}
P ∩Q
(証明終)
問 37 p(x) ∨ q(x) の真理集合 = P ∪ Q を証明せよ。
論理的同値と真理集合
真偽の一致する二つの命題は論理的に同値であるといいました。これは条件命
題の場合も同様です。
このことから次の定理が成り立ちます。
定理 (論理的同値と真理集合)
れ P, Q とするとき,
二つの条件命題 p(x), q(x) の真理集合をそれぞ
「p(x) と q(x) は論理的に同値」
⇐⇒
P =Q
証明 p(x) と q(x) が論理的に同値であるとする。
a ∈ P とすると,p(a) は真。p(x) と q(x) は論理的に同値なので,q(a) は真。
ゆえに a ∈ Q。つまり P ⊂ Q。
逆に a ∈ Q とすると,上と同じような議論によって a ∈ P が従い,Q ⊂ P を
得る。
よって P = Q。
140
次に P = Q であるとする。
まず p(a) が真であるとする。このとき a ∈ P 。ゆえに a ∈ Q 。つまり q(a)
は真。
また p(a) が偽であるとする。このとき a ∈ P である。P = Q であるから,
P = Q 。ゆえに a ∈ Q 。つまり q(a) は偽。
以上のことから,p(x) と q(x) が論理的に同値であることがわかる。 (証明終)
集合算のド・モルガンの法則と論理におけるド・モルガンの法則
130 ページで,ド・モルガンの法則
p ∨ q = p ∧ q,
p∧q =p∨q
を証明しました。その際,これらの真理表を作って,論理的に同値なことを示し
ました。
よって定理「論理的同値と真理集合」より,条件命題についてのド・モルガンの
法則が成り立つことがわかります。
ということは定理「論理的同値と真理集合」によって,集合のド・モルガンの
法則
P ∩ Q = P ∪ Q, P ∪ Q = P ∩ Q
の成り立つことが分かります。
実際 P ∩ Q は p(x) ∧ q(x) の真理集合であり,P ∪ Q は p(x) ∨ q(x) の真理集合
です。そして p(x) ∧ q(x) と p(x) ∨ q(x) は論理的に同値なので,定理「論理的同
値と真理集合」によって結論を得ます。
同様の議論によって,集合算の分配法則が成り立つことも証明できます。
問 38 上の証明をまねして集合算の分配法則を証明せよ。
6.6
「すべての」と「ある」を含む命題
数学で扱う様々な定理の中には「すべての x について〜である」とか「ある x
について〜である」という形のものがよく現れます。この節ではこういった形の
命題について解説します。
6.6.1
「すべての」を含む命題
第 4 章「実数の性質」において,
141
定理 (実数の平方)
どんな数 a のついても,a2 >
=0
という定理を証明しました。これは,
「すべての実数 a について a2 >
= 0 である」と
言い換えることができます。
一般に,全体集合を U とするとき,条件命題 p(x) について
すべての x について p(x) である。
あるいは
任意の x について p(x) である。
という命題を考えることができます。
ぜんしょう
このような命題を 全称 命題 といいます。
全称命題
全称命題は,全体集合 U の要素 x のすべてについて p(x) という命題が成り立
つ,ということを主張しています。よってすべての U の要素 x について p(x) が
真であるとき,そのときに限り全称命題は真となります。言い換えると,p(x) の
真理集合 P が全体集合と一致するとき,全称命題「すべての x について p(x) で
ある」は真となり,それ以外の場合には偽となります。つまり「すべての x につ
いて p(x) である」が真であるための必要十分条件は P = U です。
全称命題「すべての x について p(x) 」が偽であることを示すには,この真理集
合が全体集合にならないこと,つまり全体集合の要素で p(x) を偽にするものを見
つければよいことになります。これも先と同じように 反例 といいます。
例
すべての実数 x, y について
(x + y)2 = x2 + 2xy + y 2
は真である。
一方,
「すべての実数 x について 3x − 4 < 5 」は偽である。実際,x = 4 が反例
となる。
(例終)
6.6.2
「ある」を含む命題
特別な x についてのみ,条件命題 p(x) が成り立つことがあります。この手の命
題にはまだ出会っていません(正確に言うと,もう出会っていますが,そのよう
に意識したことはないでしょう)。
一般に,全体集合を U とするとき,条件命題 p(x) について
ある x について p(x) である。
あるいは
p(x) を満たす x が存在する。
という命題を考えることができます。
142
とくしょう
このような命題を 特称 命題 または 存在命題 といいます。
特称命題
特称命題は,全体集合 U の要素の中に一つでも p(x) を真にするものがあると 存在命題
き,真であると考えます。言い換えると p(x) の真理集合が空集合でないとき,特
称命題「ある x について p(x) である」は真となります。
特称命題「ある x について p(x) 」が偽であることを示すには,この真理集合が
空集合であることを証明すればよいことになります。
U を実数の集合とするとき,
「ある x について,x2 − x − 2 = 0 」は真である。
実際 x = −1 は x2 − x − 2 = 0 を満たす。
また U を実数の集合とするとき,
「ある x について x2 < 0 である」は偽である。
実際,どんな実数も 2 乗すると 0 以上であるから,x2 < 0 とはなり得ない。(例終)
例
おおげさ
上に挙げた例はちょっと 大袈裟 な感じがします。もっともこれは x2 − x − 2 = 0
という特殊な 2 次方程式だからで,これが
定理 (2 次方程式の解の公式)
数の範囲で必ず解が存在し,
実数係数の 2 次方程式 ax2 + bx + c = 0 には複素
x=
−b ±
√
b2 − 4ac
2a
で与えられる。
というようなものになると,これはものすごい結果といえます8 。もっとも存在命
題のありがたさを感じられるようになるには,数学を大分勉強する必要があるで
しょう。
とはいうものの,たとえば上の定理で言えば,どんな 2 次方程式にも解が存在
することが保証されなければ,2 次方程式に出会うたびに,その方程式が解を持つ
かどうかを考え,その上で解を探すことになります。これは大変面倒ですね。し
かしそういったことをする必要がないことを上の定理が保証してくれるわけです。
6.6.3
「すべての」,
「ある」を含む命題の否定
全称命題と特称命題の否定を考えましょう。
すべての x について p(x)
が真であるとは,この全称命題の真理集合 P が全体集合 U に等しいということ
でした。つまり
8
この定理は後の章で厳密に証明します(「複素数」という言葉の説明もその際にできるでしょう)。
ちなみに普通の教科書は上のような記述にはなっていません。本章で説明したような特称命題に
ついての説明がないので,仕方ないといえば仕方ないのですけどね。
143
P =U
これは
P =φ
と同値です。
まとめると,
「すべての x について p(x) 」が真であるための必要十分条件は,
P = φ であると言い換えることもできます。
よって「すべての x について p(x) 」が偽であるための必要十分条件は,P 6= φ
となることも分かります。
ここで条件 P 6= φ は,
「ある x について p(x)」は真
という意味ですから,
「「すべての x について p(x) 」ではない」は「ある x につい
て p(x)」と書き換えることができます。
同様にして,
「「ある x について p(x) 」ではない」は「すべての x について p(x)」
と書き換えることができます。
問 39 「「ある x について p(x) 」ではない」が「すべての x について p(x)」と書
き換えることができることを確かめよ。
参考 「すべての」や「ある」を表わす記号があります。高校では使う機会はないでしょ
うが,使えばノートを作るときなどに便利なので紹介しておきましょう。
たとえば「すべての x について p(x)」という命題は,
「∀x, p(x)」,
「ある x について
9
p(x)」という命題は,
「∃x, p(x)」と表わされます 。
これを使うと「すべての x について p(x)」の否定が「ある x について p(x)」と書き換
えられるということは,
∀x, p(x) ⇐⇒ ∃x, p(x)
と表わすことができます。∀ と ∃ の記号が入れ替わっていること,左の否定が命題 p(x)
だけにかかっていることに注意してほしい。
問 40 上の問の結果を ∀ と ∃ の記号で表わせ。
9
「すべての x について〜」は英語で「〜 for all x」となります。all の a を逆さにしたのが ∀
です。
また「ある x について〜」は「〜を満たすような x が存在する」という意味で,
「存在する」は
英語で exist,その e を逆さにしたのが ∃ です(カタカナのヨではないので注意)。
144
6.6.4
「=⇒」と真理集合
最後に命題「p(x) =⇒ q(x)」と,仮定 p(x),結論 q(x) の真理集合との関係を説
明しておきましょう。
まず準備として,命題「p(x) −→ q(x)」の真理集合が何になるのか考えます。
132 ページの問いでやったように,p ∨ q の真理表と p −→ q の真理表は一致し
ました。よって命題「p(x) −→ q(x)」の真理集合は p(x) ∨ q(x) の真理集合 P ∪ Q
に等しい(140 ページの定理「論理的同値と真理集合」参照)。
ここまで準備ができると,仮定の真理集合と結論の真理集合との関係を述べる,
次の定理が証明できます。
定理 (p(x) =⇒ q(x) の真理集合)
びそのときに限る10 。
p(x) =⇒ q(x) となるのは P ⊂ Q のときおよ
証明 命題「p(x) =⇒ q(x)」は,全体集合 U のすべての要素 x についても真で
ある,ということを意味している。つまり P ∪ Q = U である。
このとき
P =
=
=
=
=
⊂
P ∩U
P ∩ (P ∪ Q)
(P ∩ P ) ∪ (P ∩ Q)
φ ∪ (P ∩ Q)
P ∩Q
Q
(分配法則を使った)
つまり
P ⊂Q
逆に P ⊂ Q とすると,
U =P ∪P ⊂P ∪Q
一方 P ⊂ U, Q ⊂ U であるから,
P ∪Q⊂U
よって
P ∪Q=U
(証明終)
10
ここに「〜のときおよびそのときに限る」という言い回しが出てきました。これは数学特有の
言い方です。
「p となるのは q のときおよびそのときに限る」とは,
「p ならば q 」と,その逆である「q なら
ば p」の両方が成り立つ,すなわち 「p であるための必要十分条件が q である」という意味です。
「p であるのは q のときに限る」ということもあります。
145
系 (同値と真理集合)
に限る。
p(x) ⇐⇒ q(x) となるのは P = Q のときおよびそのとき
この定理によって「p(x) =⇒ q(x)」が成り立つかどうかは,集合の包含関係を
観察すればよいことが分かります。このような例については後で与えましょう。
また次のように応用することもできます。137 ページの問いで,命題の例として
2x + 1 = 5
という方程式を取り上げ,真理集合が {2} であると述べました。
これを,上の定理を使ってきちんと説明しておきましょう。
そのために,方程式を解くプロセスを論理の言葉で復習しましょう。
方程式
2x + 1 = 5
は次のようにして解いていきます。
2x + 1 = 5
2x = 5 − 1
2x = 4
x=2
ここで 2x + 1 = 5 から 2x = 5 − 1 の変形は 1 を移項することによってなされま
す。これを論理の言葉で言い直すなら,
2x + 1 = 5 ならば 2x = 5 − 1
となり,この命題が正しいことは,等式の性質
A=B
ならば
A−C =B−C
によって保証されています。また,今の場合逆命題である
2x = 5 − 1 ならば 2x + 1 = 5
も成り立ちます。
つまり,
(条件)命題としての「2x + 1 = 5」と「2x = 5 − 1」は同値です。
よって上の定理より,
「2x + 1 = 5」の真理集合と「2x = 5 − 1」の真理集合は一
致します。
以下の式もすべて同値です(確かめよ!)。
以上をまとめると,方程式を解くというプロセスは,与えられた方程式をより
単純な,しかし元の方程式と同値な方程式に変形していくことである,というこ
とができます。そして元の方程式と変形した方程式は命題として同値なので,解
である真理集合は変化せず,もっとも単純な形(上でいうと x = 2 )になったと
き,見ただけで真理集合がすぐに分かるわけです。
方程式を解くプロセスのときのように,同値な式に変形していくことを 同値変
形 ということがあります。同値変形については,後で再び取り上げるでしょう。 同値変形
146
6.7
さらに勉強するために
第 5 章のまえがきにも書きましたが,最近の教科書,参考書には,ここで紹介し
たような集合に関する解説は大分簡単になされています。また,後の章で解説す
る論理についてもほとんど解説がなくなってしまいました。実は今から約 20 年ほ
ど前の教科書には,
(集合に関しても,論理に関しても)かなり詳しい解説があっ
たのですが,あまりに難しいという評判が立ったからか,次の改訂のときからは
ずされてしまいました。
数学からはずすのはかまわないと思いますが,その後どこにもこういった内容
の解説がなくなり,現在ではその一部がごくわずか教科書に残っているだけです。
しかし私には,この扱いがとても中途半端に感じられます。
やらないならやらないで,まったく省いてしまえばいいものの,現在の数学の
状況から完全に省略することができず(これは数学を学んだものとして理解でき
るのですが),必要なものだけが,背景の解説もなくポンと出てくる。これでは使
いこなせるようにはならないだろうな,と思うのです。
これがこの章を詳しく書いた動機です。それゆえ,かなり難しさを感じるかも
しれません。しかしここの内容を理解しようという姿勢と訓練は,今後私が解説
していこうと思う高校数学の内容を理解するときに役に立つことでしょう。是非
勇気を奮って挑戦してほしい。
また,ここで紹介したさまざまな考え方は,今後のテーマの解説の中で繰り返
あらわ
し出てくることと思います。できるだけ集合や論理との関係を 顕 にして,解説
していこうと思うので,くれぐれも今理解できないからといって悲観することの
ないように。
☆
☆
☆
本章を書くにあたって,主に次の書物を参考にしました。
「集合・論理」(上) その構造と展開 石谷 茂著 明治図書(1969)
「集合と論証」 茂木 勇著 科学新興社(1968)
石谷先生の本は,教師向けの解説書。
茂木先生の本は第 1 章「整数の性質」の最後に紹介したモノグラフのシリーズ
の一冊として出版されていましたが,今は絶版になっており,手に入れることは
困難でしょう。かなり詳しい解説がなされている本だけに,ちょっと残念です。私
は数年前に神田の古本街で手に入れました(この本だけでも重版してくれるとあ
りがたいのですがね>科学新興社さん)。
うまくすれば手に入る,高校生でも読める本として,
「新しい数学」 矢野健太郎著 岩波書店(1966) 岩波新書 青版 585
を挙げておきましょう(岩波の本は重版されたときに買っておかないとすぐに品
切れになってしまう。だから「うまくすれば」なんです (T_T) )。もし本屋にな
ければ,ちょっと大きな図書館には必ずあるでしょう。
147
この本には,コンピュータへの応用についても解説があります。今はパソコンが
かなり普及していますが,その原理について知らなくてもあまり困りません。そ
のためか,専門書を除いて,こういったことの解説を目にする機会がほとんどあ
りません。この本では,そのもっとも原理的なところの解説がなされているので,
興味ある人は眺めておくといいでしょう。もちろん集合や論理についての解説も
あります。
148