3.1.4 目 積雪寒冷地における震災対応マルチエージェントシステムの開発 次 (1)業務の内容 (a)業務題目 (b)担当者 (c)業務の目的 (d)5 ヵ年の年次実施計画 (e)平成 18年度業務目的 (2)平成 18 年度の成果 (a)業務の要約 (b)津波からの避難モデルの改良 1) 業務の実施方法 2) 業務の成果 (c)震災時の避難行動モデルの改良 1) 業務の実施方法 2) 業務の成果 (d)マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 1) 業務の実施方法 2) 業務の成果 (e)結論ならびに今後の課題 (f)引用文献 (g)成果の論文発表・口頭発表 (h)特許出願、ソフトウエア開発、仕様・標準等の策定 (1)業務の内容 (a)業務題目 積雪寒冷地における震災対応マルチエージェントシステムの開発 (b)担当者 所属 役職 氏名 メールアドレス 北海道大学大学院工学研究科 教授 鏡味 洋史 [email protected] 北海道大学公共政策大学院 教授 加賀屋 誠一 [email protected] 北海道大学大学院工学研究科 助教授 萩原 亨 [email protected] 北海道大学大学院工学研究科 助教授 高井 伸雄 [email protected] 北海道大学大学院工学研究科 助手 内田 賢悦 [email protected] (c)業務の目的 震災対応策については関連する組織ごとに立案・実施されるが、実際の運用にあたって は多くの組織が関係し、それぞれ目的、対象、対処法などが異なるため、全体の調整が不 可欠である。特に組織間での目標、意思などが競合する場合の調整は重要な課題である。 これらの調整は事前の計画のみでなく、発災後の状況に即応したものでなければならない。 したがって発災後の情報を取り込んだ動的なシステム(マルチエージェントシステム)の 導入が必要とされる。本研究課題では積雪寒冷地における震災対応の問題に特化しシステ ム開発を行う。積雪寒冷地の冬季の震災では、積雪による交通機能の低下に対する対応、 避難所での防寒対応などの他の地域にはない厳しい条件が加わり、対応を複雑なものにし ている。対応の巧拙が災害の拡大、抑制を支配し積雪寒冷地における重要かつ緊急な課題 となっている。一方積雪寒冷地では、冬季間恒常的に対応している除雪体制があり、これ を含めたマルチエージェントシステムの導入が有効であると考えている。 (d)5 ヵ年の年次実施計画 1)平成 14 年度: ①マルチエージェントシミュレーションプログラムの作成を支援するプラットフォーム について検討し、株式会社構造計画研究所が開発した MAS(Multi Agent Simulator)が本 課題を進めるうえで有効であるとの結論を得た。MAS を導入し震災時避難行動シミュレー ションプログラムの構築を試み基礎的な分析を行った。 ②積雪期に発生した被害地震の文献調査を地震カタログ、各種災害調査報告書、新聞記事 などの発掘に努め、系統整理を行った。北海道の市町村に対する雪対策についてのアンケ ートをもとに積雪期の地震に対する市町村の対応の実態を再整理し問題点を明らかにした。 ③平成 8 年 1 月 9 日に札幌市やその近郊で発生した大雪災害の状況を踏まえ、札幌市を対 象として雪害を想定したネットワーク交通分析を行い、雪害による影響を定量的に評価し た。 2)平成 15 年度: ①被害軽減のためのマルチエージェントシステムの基礎的構造の構築 前年度に開発を行った避難行動シミュレーションモデルの改良を継続して行った。避難 者の行動を実データに基づいてルール化することが本シミュレーションの基本となる。 2003 年十勝沖地震の被災地となった釧路市において住民の避難行動に関するアンケート 調査を行い、避難行動を属性別に分析し類型化を図った。住民を年代別に7区分に分け、 避難場所の認知、他の人への追随、他の人への援助、の特性をルールベース化した。アン ケート調査を実施した地区のひとつである釧路市美原地区を例にモデル構築を行った。住 民間の連携関係に着目し、近隣住民のような大勢の集団に追随するよりも家族のような小 集団に追従した方が避難の効率が良いことなどを示した。 一方、道路網をメッシュでなくノード・リンクシステムで取り扱うシミュレーションモ デルの開発を行った。全空間をメッシュに置換える方法に比べ、広い範囲を効率よくシミ ュレートできる長所を持っている。適用例として奥尻島青苗地区を選び津波からの住民の 避難モデルを構築した。1993 年北海道南西沖地震の際の避難に関する実態調査結果と比較 し妥当性を検討した。地震が冬に発生した場合を想定し、積雪による歩行速度の低下を考 慮し避難時間の遅延のシミュレーションを行った。 ②積雪寒冷地における震災対応実態の時系列整理と組織間の連携関係の把握 積雪寒冷地における震災対応実態把握については前年度に引き続いて各種報告書、自治 体のホームページなどを通じて関連資料収集を進め整理を行った。北海道のオホーツク海 側の北見地方は 2004 年 1 月に 100 年に一度の大雪に見舞われた。北海道の中では積雪が少 ない地域であったため大きな雪害となった。また、2003 年十勝沖地震では北見市で震度 5 弱を測候所開設以来記録するなど大きな影響を与えた。北見市を中心に地震、大雪に対す る対応の実態調査を行い、積雪寒冷地での震災対応の問題点を明らかにした。 ③積雪時の震災における予想される交通被害発生メカニズムの把握 積雪時における震災による交通に及ぼす影響は、通常時に比べ、複雑で多様である。ここ ではその発生メカニズムについて整理し、今後のシミュレーションのオプションを形成す るための情報として取りまとめた。その結果積雪時は、通常時に比べ道路容量が低減し、そ のため避難路確保が難しくなる。また、火災などの2次災害も想定され、より適切な誘導お よび交通モードの選択と規制が必要となることが明らかとなった。 3)平成 16 年度: ①震災時の交通管理マネージメントモデルの構築 昨年度開発を行った、奥尻島青苗地区の津波からの住民の避難シミュレーションの改良 を行った。成果をカナダ・バンクーバーで開催の第13回世界地震工学会議で発表した。 奥尻島では 1993 年北海道南西沖地震以降、避難施設、街路の整備が進められている。現地 調査を行い、これを考慮した現況に対するシミュレーションを行い、防災対策の評価を行 なった。また、本モデルを他地域へ適用する場合の手順を示し、具体例として釧路市を取 り上げモデル構築を行った。 ②積雪寒冷地における震災対応のモデル化 積雪寒冷地における震災対応実態把握については前年度に引き続いて関連資料収集を 進め整理を行った。北海道のオホーツク海側の北見地方は 2004 年 1 月に 100 年に一度の大 雪に見舞われた。雪害の経験を生かしたその後の取り組みについて調査を行なった。震災 対応のうちモデル化が可能な部分として、復旧・復興過程をえらび、マルチエージェント シミュレーションによりモデル化し冬期間を含む季節要因の影響評価を試みた。 ③積雪寒冷地における震災時の交通管理の体系化 開発を進めてきたマルチエージェント・シミュレーションの改良に取り組んだ。前年度 釧路における避難シミュレーションモデルを開発したが、いくつかの問題点が残っていた。 その 1 つは、マルチエージェントシミュレーションをおこなうプラットフォームすなわち、 具体的な道路網ネットワークとそこでのダイナミックな行動に対するシミュレーションの 検討である。他の 1 つは、検証の問題である。今年度は、主として 2 つの目的を達成する ためのモデルの改善をおこなった。その結果、道路網ネットワークのリンクおよびノード をエージェントとして導入することで、行動パターンの精度が上がること、さらに実測デ ータとの突合せによって、約 76%のフィットネスがあり、マルチエージェントモデルの妥 当性について確認することができた。 4)平成 17 年度: ①津波からの避難モデルの構築 昨年度までに奥尻島青苗地区をモデルに構築してきた津波からの住民の避難シミュ レーションの一般化を行った。青苗地区では市街地の背後の高台への避難を考えてき たが、一般に海岸平野に位置する都市では背後に高台が得られない場合が多く、堅牢 な建物への避難が考えられている。釧路市をモデルに避難ビルへの避難を考えたモデ ルに拡張した。津波来襲時、現況の津波避難施設を利用したケースとその他の指定避 難施設も併用したケースを比較することにより、現状の問題点、避難施設増設の効果 などを明らかにした。 ②震災時の避難行動モデルの構築 昨年度までに釧路地区を対象に開発してきたシミュレーションモデルの改良を念頭に、 その第一段階として自動車交通を対象とした震災時の避難行動シミュレーションモデルの 構築に取り組んだ。 東 ア ジ ア 交 通 学 会 ( タ イ ・ バ ン コ ク ) に お い て 「 An Application of Multi-Agent Simulation to Traffic Behavior for Evacuation in the Earthquake Disaster」を発表 し、同時にシミュレーションの実演を行った。 ③マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成及び震災総合シミュレーション システムへのプラグイン・運用 3年間の開発実績をもとにマルチエージェントシステムシミュレーションの一般技法 を確立し、構築のための手順の整理を行った。震災時の避難行動マルチエージェントシス テムを拡張・改良し震災総合シミュレーションシステムへのプラグインを行った。また、 システムの一般化と適用事例の拡大を行った。 5)平成 18 年度: ①津波からの避難モデルの改良 ②震災時の避難行動モデルの改良 ③マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 (e)平成 18 年度業務目的 本年度は次の3つの課題を行う。 (1)津波からの避難モデルの改良 昨年度までに開発したシミュレーションモデルの改良を行う。奥尻島青苗地区を対象と したモデルでは高台への避難、釧路市中心部を対象としたモデルでは高層ビルへの避難を 取り扱った。本年度は両者を合体し汎用性の高いシステムを完成させる。適用例としては 釧路市の橋南地区を選び、高台のほか市が協定している高層ホテルを利用した場合の効果 などをシミュレートする。これらのモデルを行政担当者に提示し完成度を高め、シミュレ ーションによる検討項目・手法を整理し他地域への適用を考えたシステムとする。 (2)震災時の避難行動モデルの改良 昨年度までに開発した避難行動シミュレーションモデルの改良を行う。具体的には、こ れまでは歩行者の避難行動に焦点を当てたモデル構築を行ってきたが、ここでは、自動車 を用いた避難行動に焦点を当てる。さらに、ドライバーの災害時における経路選択特性を 明らかにするために、札幌市民を対象としたアンケート調査を行い、モデルに組み込むこ とにする。 PRSCO (The Pacific Regional Science Conference Organization) Summer Institute (マレーシア国、クアラルンプール)において、 「A Study on development of the simulation model for evacuation behavior using automobile considering driver's characteristics (仮題)」を発表予定であり、同時にシミュレーションの実演も行う。 (3)マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 4年間の開発実績をもとにマルチエージェントシミュレーションの一般技法を確立し、 構築のための手順をマニュアルとしてドキュメント化する。震災時の住民の避難行動を属 性別に定義し、それらをマルチエージェントシステムに適用する際のルールベース作成法 を確立する。同時に、システムの一般化と適用事例の拡大を行う。成果、マニュアル等は ホームページ上で公開する。 (2)平成 18 年度の成果 (a)業務の要約 平成 18 年度は次の各項目を実施した。 (1)津波からの避難モデルの改良 昨年度までに開発したシミュレーションモデルの改良を行った。奥尻島青苗地区を対象 としたモデルでは高台への避難、釧路市中心部を対象としたモデルでは高層ビルへの避難 を取り扱った。本年度は両者を合体し汎用性の高いシステムとして完成させた。適用例は 釧路市の橋南地区で、高台の他、市が協定している高層ホテルを利用した場合の効果など をシミュレートし示した。 (2)震災時の避難行動モデルの改良 昨年度までに開発した避難行動シミュレーションモデルの改良を行った。具体的には、 これまでは歩行者の避難行動に焦点を当てたモデル構築を行ってきたが、ここでは、自動 車を用いた避難行動に焦点を当てた。さらに、ドライバーの災害時における経路選択特性 を明らかにするために、札幌市民を対象としたアンケート調査を行い、モデルに組み込ん だ。 (3)マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 4年間の開発実績をもとにマルチエージェントシミュレーションの一般技法を確立し、 構築のための手順をマニュアルとしてドキュメント化した。震災時の住民の避難行動を属 性別に定義し、それらをマルチエージェントシステムに適用する際のルールベース作成法 を確立した。同時に、システムの一般化と適用事例の拡大を行う。成果、マニュアル等は ホームページ上で公開した。 (b) 津波からの避難モデルの構築 1) 業務の実施方法 昨年度までに開発したシミュレーションモデルの改良を行う。奥尻島青苗地区を対象と したモデルでは高台への避難、釧路市中心部を対象としたモデルでは高層ビルへの避難を 取り扱った。本年度は両者を合体し汎用性の高いシステムを完成させる。適用例としては 釧路市の橋南地区を選び、高台の他、市が協定している高層ホテルを利用した場合の効果 などをシミュレートし、避難ビルの効果、現状での問題点などを明らかにする。 2) 業務の成果 a) はじめに 一昨年度までに開発した、奥尻島青苗地区を例としたモデルでは最終的な避難場所は高 台地域であり、高台に到着した時点で避難完了としている。津波から自らの身を守るため にはまず、高台に避難することが大原則とされているが、高台までの避難に相当の時間を 要する平野部、背後に避難に適さない急峻な地形が迫る海岸集落では津波からの避難地確 保が容易ではなく、大きな課題となっている。また、地震発生から津波到達までの時間的 余裕が少なく、避難のために十分な時間を確保できない地域も少なくない。このような背 景から昨年度は釧路市の中心部を対象に、津波避難ビル等への避難シミュレーションモデ ルの構築を行った。本年度は両モデルを合体させ、高台および避難ビルへの避難を同時に 扱うモデルを構築し、より汎用性の高いシステムを目指す。モデル地区としては釧路市の 中心部の釧路川を渡った南側の「橋南地区」と呼ばれる地区をモデルとする。市街地は釧 路川左岸の埋立地を含む低平地に広がり、背後には比高 20m 程度の高台がせまり、高台上 にも市街地が展開している。高台へのアクセスは急勾配の車道(歩道付き)の他、歩行者 専用の階段、斜路が設けられている。 b) モデルの構築 モデルは奥尻島青苗地区を対象に平成 15 年度に構築した高台避難モデルを基本とし、 平成 16・17 年度に構築した釧路市中心部北部(橋北地区)を対象に構築した避難建物への 避難を附加する。人エージェントの移動ルールはノード・リンク上をより標高の高いノー ドを目指して移動し、所定の標高に達した時点で避難完了とする。避難施設には仮想的に 高台と同じ標高を与えることで同一に扱うことができる。エージェントの移動ルールは青 苗モデルをそのまま踏襲した。 c) 釧路市「橋南地区」への適用 釧路市中心部は釧路川に架かる幣舞橋を境に、橋の北側を「橋北地区」、南側を「橋南 地区」と呼んでいる。今年度対象とした橋南地区は、釧路川左岸の埋立地を含む低地に市 街地が広がるが、背後に比高約20mの台地が広がっている。図1に釧路市が津波ハザー ドマップ「くしろ安心マップ」 (縮尺:1/16000)として配布されている地図 1 ) の中心部を 示す。このハザードマップを基に橋南地区の津波浸水予想区域をシミュレーション対象地 区を設定し、該当する地区〔大川町,南大通,大町,入舟,港町,知人町〕を6区に区分 した(図2)。また、この地区の南側の海岸地域も津波浸水予想区域に指定されているが、 この地区は住宅街ではなく住民がほとんど住んでいないために、本モデルではシミュレー ションの対象地域から外した。 解析対象地区 「橋南地区」 N 17 年度対象地区 「橋北地区」 図1 解析対象地区:「くしろ安心マップ」 1 ) に加筆 ③ ④ ① ② N 図2 釧路市橋南地区の町境と避難施設(○数字は写真 1~4に対応) シミュレーションは避難を行う住民がより標高の高い地点へと移動するように経路 選択を繰返し、標高 20m以上の高台地域に達した時点、あるいは指定された津波緊急 一時避難施設に到達した時点で避難完了とする。 住民が避難を行う際に利用する避難階段と斜路の様子を写真1、2に示す。いずれの斜 路も急勾配であり冬期間の路面の凍結に備えて中央や両端に手すりが設けられている。 写真1 中央に手摺の設けられた避難斜路(図2の①) 写真2 擁壁沿いの避難斜路(図2の②) 橋南地区の津波緊急一時避難施設を 表 1に示す。橋北地区と同様に津波緊急一時避難所 としてホテルと契約を結んでいる。外観を写真3、4に示す。 表1 避難施設と収容人数 種別 番号 避難施設名 収容人数(人) 津波緊急一時避難所 1 K ホテル 300 津波緊急一時避難所 2 S ホテル 310 写真3 避難施設(Kホテル:図2の③) 写真4 避難施設(Sホテル:図2の④) シミュレーション対象地区は津波浸水予想区域を基にしているため該当地区はそれぞれ の地区全域がシミュレーションの対象地区になるわけではない。そのため避難人口の算定 にあたっては住民基本台帳を基に対象となる各地区全域の全世帯数と全人口から1世帯当 たりの平均人数を割出し、シミュレーション対象地区内にある世帯数を住宅地図で数えた 上で、その世帯数に地区の1世帯当たりの平均人数を掛けてシミュレーション対象人口を 算定した。各区ごとの避難人口を表2に示す。 表2 各区ごとの避難人口 区 1区 2区 3区 4区 5区 6区 合計 人数 154 210 522 592 10 3 1494 避難開始時刻の設定は昨年度の橋北地区の場合と同様に、吉井による 2003 年十勝沖地震 に関する避難行動アンケート調査結果 2 ) を参考にした(表3)。移動速度は住民基本台帳 を基に人口構成比・年齢階層毎に移動速度のデータを用いて設定した(表4)。 表3 避難開始時刻とその割合 避難開始時刻 割合 0~2.5 分 10 2.5~5.0 分 15 5.0~7.5 分 20 7.5~10.0 分 30 10.0~12.5 分 15 12.5~15.0 分 10 表4 年齢階層・人口構成比と移動速度 年齢(歳) 人口構成比(%) 移動速度(m/sec) 10~19 11.3 1.27~1.32 20~29 13.4 1.25~1.43 30~39 16.6 1.18~1.50 40~49 14.4 1.24~1.32 50~59 16.0 1.11~1.26 60~ 25.8 0.94~1.04 d) ケーススタデイ 次に示す2ケースのシミュレーションを行った。 ケース1:地震発生後、住民が津波緊急一時避難施設を利用せず、標高 20m 以上の高台地 域のみに避難した場合。 ケース2:ケース1に避難施設1,2(緊急一時避難施設)を避難場所として加えた場合。 シミュレーションの実行画面を図3に示す。シミュレーションは乱数を用いているため 各ケース 10 回ずつ行い、平均値を求めた。 1分後 5分後 10 分後 15 分後 図3 シミュレーション実行画面(ケース1) e) シミュレーション結果の考察 シミュレーションの結果を図4、表5に示す。図4から、ケース1、2を比較すると、 避難施設を追加したことにより、地震発生から10分後(600ステップ)の全体の避難 完了率が約9%上昇した。表5は地震発生10分後のケース毎の避難完了率を示したもの で、高台避難に避難施設を加えたことで、どの地区も避難完了率が上昇している。なかで も、4 区の改善は著しい。この地区は高台までの距離が長かったが避難施設2の設置によ り避難が早くなっている。なお、6区は港湾地区であり、住民がほとんど住んでおらず、 避難人口が3人と少ないために地区毎の避難完了率の算出からは外した。 100 90 避難完了率(%) 80 70 60 case(1) case(2) 50 40 30 20 10 1020 1080 1140 1200 1260 1320 1380 1440 1500 540 600 660 720 780 840 900 960 0 60 120 180 240 300 360 420 480 0 ステップ数(秒) 図4 表5 f) ケース毎の全体の避難完了率 地震発生10分後のケース毎の避難完了率(%) 避難先 1区 2区 3区 4区 5区 6区 ケース1 64.0 93.7 85.4 66.4 66.0 - ケース2 66.2 98.5 91.6 81.1 68.0 - まとめ 本年度は最終年度であり、これまで開発してきた高台への避難モデルと低平地における 避難建物への避難モデルを統合したモデルを構築し適用例を示した。他都市への適用が容 易な汎用性の高い津波からの避難モデルが構築できたと考えている。 (c)震災時の避難行動モデルの改良 1)業務の実施方法 釧路市美原地区をモデルに構築してきた歩行者による避難行動シミュレーションと、仮想ネ ットワークを対象に構築してきた自動車による災害時行動シミュレーションの統一化を図る。 これらのモデルでは、歩行者・自動車運転者それぞれの特性を考慮し、避難時の行動について 考えてきた。都市部において震災時には、歩行者・自動車が混在し、それぞれが独立して行動 することは考え難い。札幌市をモデルに歩行者・自動車が混在した状況を想定し、相互に与え る影響をモデル化し、その問題点などを明らかにする。 2)業務の成果 a)はじめに 1995 年に発生した阪神・淡路大震災を例にしても、都市部における大規模地震発生時に はさまざまな原因により交通渋滞が発生することが予想される。これにより緊急車両の到 着が遅れ、それに伴う救助や救急処置の遅れにより、震災による被害が拡大する恐れがあ る。さらに、札幌市のような積雪寒冷地においては冬期の自動車利用の増加や交通容量の 低下が見込まれることから、交通渋滞による影響はより深刻になることが予想される。 地震災害に対する避難行動シミュレーション 3) ,4) ,5) ,6) はこれまでに数多くなされてい るが、その多くは歩行者ないし自動車のみを対象としている。本業務においても、これま でに歩行者・自動車それぞれを対象とした避難行動シミュレーションを取り上げてきた。 また避難時の行動についても、最寄りの避難所を認知しているか否かによって大別され、 その認知の度合いによる行動の違いに焦点を当てたものはこれまでにはなかった。 これを受けて本業務では、積雪寒冷地である札幌市における大規模地震発生を想定し、 避難所の認知度による行動の違いをモデル化した上で、発災直後の交通状況を、歩行者と 自動車の相互影響を考慮したシミュレーションによって再現する。これにより、避難所の 認知度の違いが避難行動に与える影響と、非常時における歩行者と自動車の交錯が避難行 動に与える影響を検討することとする。 b)歩行者と自動車の交錯を考慮した避難行動シミュレーション i)マルチエージェントシミュレーション(MAS) 本研究では、歩行者・自動車による避難行動シミュレーションモデルの構築するに当た り、マルチエージェントシミュレーションを適用する。自律的に決定した行動計画(戦略) に基づき、自己の利益を追求する活動主体のことをエージェント、そしてそれらが双方向 的な相互関係を持って集まった集合体のことをマルチエージェントという。ある環境をコ ンピュータ上に設定し、このマルチエージェントのシミュレーションを行うのが、マルチ エージェントシミュレーションである。目まぐるしく環境が変わり、情報も刻々と更新さ れていく震災時の交通状況をシミュレーションする手法として MAS は有効である。 ii)シミュレーションモデルの概要 本モデルでは札幌市の一部地域の地図を加工したマップ上で、歩行者と自動車による避 難行動に関するシミュレーションを行っていく。シミュレーションにおいて、歩行者・自 動車エージェントはマップ上を移動し、信号機(ノード)等の情報を得ながら動的に行動を 変えていく。さらに、個々のエージェントは周辺環境の変化等の情報も取得し、それを基 に行動計画を更新することで行動を変化させていく。すなわち、情報と行動のフィードバ ックを繰り返していく。これに加え、個々のエージェントはシミュレーション上で相互に 影響を及ぼしながら行動することになる。本モデルでは、以上のことを念頭に置き、様々 な状況の変化に対応できる歩行者・自動車による避難行動シミュレーションを構築する。 ⅲ)歩行者・自動車の行動規範 歩行者・自動車エージェントの行動規範については、これまでに構築されてきたモデル で採用されたものを本モデルにおいても採用する。これには、①歩行者・自動車それぞれ の基本的な属性の類型化、②基本走行条件、③基本構成エージェント、④速度決定を含む。 各エージェントの属性と、経路選択条件については、本モデルで新たに導入する要素がい くつかある。 ・ 各エージェントの属性に追加する要素 本モデルでは、対象とする地域のネットワークに関する認知の度合いにより、異なる経 路選択時の評価基準を設ける。これは、避難所などの目的地を把握している場合において も、周囲のネットワークを熟知している場合とそうでない場合とでは、経路選択行動に大 きな影響を与えると考えられる。したがって、地域ネットワークの認知度によって経路選 択の評価基準が異なると考えるのが自然である。目的地とその周囲のネットワークの認知 の度合いについては段階を設け、①目的地を認知しており、ネットワークについても熟知 している、②目的地を認知しているが、ネットワークには詳しくない、③目的地を認知し ていない、の 3 段階とする。また、経路選択に関して他に追加した項目として、各エージ ェントが現在いる交差点(交差点エージェント)において、その隣接リンクに関する情報 を取得し、経路選択の際の判断基準とする点が挙げられる。取得する情報としては、①リ ンク上の人や車の数、②リンク長(距離)、③周辺の被害の程度の 3 点である。これら3点 について重み付けを行うことで評価値とするが、それぞれの重みは、各エージェントに固 有の属性として組み込む。各々の経路選択手順については次項で述べる。また、自動車エ ージェントについては、発災後の行動として①運転を続ける、②路上に駐車し徒歩で行動 する、③駐車場に駐車し徒歩で行動する、の3つの行動パターンを設ける。 ・ 経路選択条件 これまでの避難行動シミュレーションにおいて経路選択の際の条件としては、釧路市美 原地区をモデルとした歩行者による避難行動シミュレーションでは、最も近い避難所まで の距離と各エージェントの周囲の情報を取得し、それらにより各エージェントにとって最 も優先度の高い方向へ移動するといったものであった。また、仮想ネットワークをモデル とした、震災時の自動車による交通行動シミュレーションでは、交差点ごとにあらかじめ 定められた右左折の確率によって経路を選択するものであった。しかし一般には、前項で 述べたネットワークの認知の度合いや、隣接リンク上の情報を頼りとして経路選択を行う ものと考え、本モデルにおいては次のように経路選択を行う。ただし、下記のハ)につい ては、歩行者のみに適用する行動とし、自動車交通には適用しないことにする。 イ) 目的地を認知しており、ネットワークについても熟知している場合 前項で述べた、隣接リンクに関する情報を取得し、そのリンクの評価値を算出し、 隣接リンクの終端ノードから目的地までについては、ダイクストラ法を用いた最 短経路距離を評価値として採用し、各エージェントにとって最も評価値の低い(最 も高い認知効用を与える)経路上のノードへ向かう。 ロ) 目的地を認知しているが、ネットワークには詳しくない 隣接リンクに関する情報を取得し、そのリンクの評価値を算出し、隣接リンクの 終端ノードから目的地までについては、直線距離を評価値として採用し、各エー ジェントにとって最も評価値の低い経路上のノードへ向かう。 ハ) 目的地を認知していない 隣接リンクに関する情報を取得し、そのリンクの評価値を算出し、各エージェン トにとって最も評価値の低いノードへ向かう。 ここで、上記の経路選択基準の意味をもう一度考えてみる。目的地とネットワークを認 知しているエージェントは、自分が位置するノード周辺の状況は認知することはできるが、 それから先の状況は認知できない。さらに震災時を想定すると、建物の倒壊等、平常時と 異なる事象が起こっている可能性があるため、予測することもほぼ不可能であると考えら れる。したがって、こうしたエージェントは、自分が認知できるリンクから先の経路につ いては最短距離経路を評価基準として選択することしかできない。すなわち、途絶区間の 存在する震災時の実ネットワークとは異なる、平常時を基準とした認知ネットワーク(平素 から記憶している地図情報)を対象に経路選択を行うことになる。一方、目的地を認知して いるが、ネットワークには詳しくないエージェントは、自分が認知できるリンクから先の 経路については最短距離経路しか評価基準として選択することしかできないと考えている。 これらのエージェントにおいては,もし震災時に建物の倒壊等で道路が寸断されるような 事象が発生しなければ、後者のエージェントの(時間の観点からの)避難効率性は大きく 低下することは容易に予想される。すなわち、こうしたエージェントは建物があるため迂 回しなければ目的地に到達できない状況や、道自体が行き止まりとなっている状況に対し て、平常時であっても効率的な対応をとることはできないことに注意が必要である。しか しながら、各エージェントが持つ情報を考慮した場合、それぞれのエージェントは(少な くてもそのエージェントにとっては)合理的な行動をとっていると解釈できる。最後に、 目的地を認知していないエージェントは、自分が位置するノード周辺の状況のみしか認知 できないため、周辺のエージェントを認識した場合、そのエージェントについていくとい う、上述した 2 種類のエージェントとは異なる評価基準で経路選択を行うことが考えられ る。こうした行動であっても、情報がほとんど無い状況下では、そのエージェントにとっ ては合理的な行動である。さらに、もし、このエージェントがロ)に示したエージェント についていった場合、ロ)のエージェントの避難効率性が著しく低いときには、震災時直 後のパニック状態にも似た状況がシミュレーションできると考えられる。 経路選択のルールを図5に、行動のフローを図6に示す。 目的地までの距離については… zダイクストラ法による最短距離 z直線距離 z考慮しない 隣接道路についての… z人や車両の数 z次のノードまでの距離 z建物の被害状況 を入手する Destination 次に進むノードの非優先度 = α×(人や車両の数) + β×(次のノードまでの距離) + γ×(建物の被害状況) + 目的地までの距離 として、優先度の最も高いノードに向かう 図5 経路選択のルール 歩行者 発災 自動車 車両を置いて移動する場合は転向 目的地決定 NO YES 隣接道路の情報取得 目的地までの距離取得 移動先ノードを決定 隣接道路の情報取得 経路選択 移動先ノードを決定 移動 移動 目的地到着 情報を持った 歩行者を発見 NO NO YES 行動終了 図6 YES 追従行動 エージェントの行動フロー c)アンケート調査 自動車エージェントは運転者により様々な属性を持ち、道路上を通行するものと推測さ れる。そこで本研究では災害発生時に想定される道路ネットワークの途絶、その途絶に伴 う交通渋滞に遭遇した運転者がどのような渋滞回避行動をとるのかアンケート調査を実施 した。その調査結果から、運転者特性を考慮した自動車エージェントの類型化を行い、シ ミュレーションに導入した。 ⅰ)回避開始時間 本モデルにおける『回避開始時間』は災害時に予想される渋滞の車列に入ってから U タ ーン、もしくは別の経路を選択するまでの時間である。 ⅱ)自動車エージェント属性の類型化 アンケート調査により得られたデータを基に、自動車エージェント属性の類型化を行っ た。表6に意識調査の概要を示す。データを年齢別に単純集計し、11 個のクラスターに分 類 し た 。 さ ら に 年 代 毎 に 各 属 性 (ク ラ ス タ ー )の 構 成 確 率 を 算 出 し た 。 類 型 化 の 結 果 は 表 7に示す。 表 中の 0.63、0.67、0.85(分)は渋滞車列に入ってから比較的すぐにUターンす ることを示している。 表6 調査日時 配布・回収方法 調査場所 配布部数 有効回答数 主な質問項目 意識調査概要 2006年1月5日 訪問配布、郵送回収 札幌市郊外 1500部 199部(有効回答率13.2%) ・震災時の状況を想定し、渋滞から Uターンして回避を開始するまでの 時間 ・個人属性 など 表7 運転者特性の類型化 年齢 回避開始時間(分) 構成確率 18 23% 30代以下 43 34% 20 43% 0.63 37% 40代 25 63% 0.67 18% 50代 45 37% 20 45% 0.85 32% 60代以上 12 33% 31 35% d)札幌市でのシミュレーションの適用 本モデルにおいては、都市部における大震災発生を想定し、歩行者と自動車が混在する 街区がどのような状況になるのかをより現実に即した状態で再現することを目的としてい る。そこでシミュレーションを行うマップについても、実際の地図から作成する。対象と する地域については、札幌市において大規模な地震が発生した際に比較的大きな被害が予 想される上に、住宅やマンションなどが立ち並ぶ居住区を選定することとした。選定にあ たっては、内閣府より公表されている「表層地盤のゆれやすさマップ」を参考とし、比較 的「ゆれやすい」と評価されている地域に隣接しており、住宅やマンションが数多く立ち 並ぶ札幌市北区と東区にまたがる一部地域(南北には北7条から北17条、東西には東7 丁目から西4丁目)を取り上げることとした。図7に表層地盤のゆれやすさマップを、図8 に対象とする地域を示す。 図7 表層地盤のゆれやすさマップ 8) 図8 シミュレーション対象地域 また、対象とする地域内に指定されている避難施設は14箇所あるが、冬期を想定する ことも考慮し、一時避難所は対象外とした。収容避難所についても、収容人数についての 記載がなかったことから、比較的小規模な施設であると思われる会館や寺院、神社につい ては本モデルでは対象外とした。表8に地域内の避難施設一覧を示す。 表8 避難施設 1 2 3 4 5 6 一時避難場所 13 収容避難所 避難施設一覧 9) 避難施設名 避難施設 避難施設名 北九条小学校 7 瑞玄寺 鉄西会館 8 諏訪神社 信行寺 9 北光小学校 新生児童会館 10 札幌北斗高校 鉄東会館 11 興隆寺 北神会館 12 美香保中学校 さつき公園 14 北光公園 さらに、札幌市のように、過去に大規模な震災に見舞われたことのない地域については、 発生する地震の規模やその被害状況などを想定する必要がある。これについては札幌市が 考えている想定地震を本モデルに組み込むことを予定している。表9に、札幌市により考 えられている想定地震とその被害状況を示す。これらの中から、歩行者や自動車の通行の妨 げとなることが予想される建物の被害(全壊・半壊)、道路被害、建築物の落下などの項目につ いて取り上げ、対象とする地域における被害状況を仮定する。被害状況を組み込む際には、本 モデルで対象とする地域の面積と札幌市の面積を比較し、相応する被害を組み込むこととする。 また、震災による被害を特定のリンクに確定的に与えることは出来ないため、対象地域をブロ ックごとに分割し、それぞれに対して確率的に被害を仮定していくこととする 7)。 表9 想定地震による被害予想 9) 想定地震(最大被害) 震度5強、冬、積雪50センチメートル、ラッシュ時 人的被害(死亡) 240人 ガス管の破裂 人的被害(負傷) 12,900人 電信柱の倒壊 建物(全壊) 7,120棟 電線の断線 建物(半壊) 43,190棟 電話線の断線 火災発生数 130件 道路被害 上水道の破裂 270箇所 ブロック崩れ 下水道の破裂 990箇所 建築物の落下 1箇所 2,600本 330箇所 120箇所 40箇所 1,600件 4,000個 e)評価方法 前項で既述のように、想定地震による被害予想から歩行者や自動車の通行の妨げとなること が予想される項目について整理し、対象とする地域における被害状況を仮定する。被害として は、建物の倒壊による道路区間の途絶等が想定される。その上で、各エージェントに属性を組 み込み、自宅・会社または避難所に向かうエージェントが目的地に到着するまでの時間を評価 指標とする。これに対し、避難所の認知度・経路を選択する際に重要視する項目・発災後の自 動車利用者の行動をそれぞれ操作し、避難行動を円滑に進めるための要因と、交通渋滞を軽減 させることにつながる要因を探る。 実施しているシナリオについて紹介する。 イ) 避難所等の目的地と、その周辺のネットワークに対する認知の度合いによる操作 情報提供により、目的地の位置とネットワークに関する知識を与えた場合を考える。 具体的には、避難所等の目的地と、その周辺のネットワークを熟知しているエージェ ント数の比率を変化させることで、目的地に到着するまでに要する時間にどの程度影 響があるのかを探る。 ロ) 経路を選択する際に重要視する項目による操作 情報提供や教育により、経路選択に関する選好を変化させた場合を考える。具体的に は、経路を選択する際に判断基準とする3つの項目に対する重みを変化させることで、 目的地に到着するまでに要する時間にどの程度影響があるのかを探る。 ハ) 発災後の自動車利用者の行動による操作 情報提供や教育により、自動車利用に関する選好を変化させた場合を考える。具体的 には、発災後、自動車の運転を続ける人、路上に駐車し徒歩で行動する人、駐車場に 駐車し徒歩で行動する人の割合を変化させることで、目的地に到着するまでに要する 時間にどの程度影響があるのかを探る。 なお、シナリオ(ハ)において、路上に駐車した場合には車両はその場にとどめ、道路交通 容量を低下させることにより、後続の車両の通行の妨げとなる状況を再現する。 これらのシナリオにおいて、震災による一次被害についてはすべて同じ条件とし、建物や道 路の被害状況に違いはないものとする。それぞれのシナリオ毎に、避難行動の検討を行うこと にする。 f)シミュレーション 図5、図6において、各エージェントの経路選択ルールと、その行動フローについて述べた。 ここではより詳細に、シミュレーション上で各エージェントが周囲の環境からどのような情報 を得、それに対してどのように行動するのかについて述べる。 まず、歩行者・自動車エージェントに共通して、あらかじめ定めたいくつかの発生地点から、 決められた発生確率にしたがって発生する。その際に発災までの目的地、その他ここまでに述 べてきたエージェント属性を持たせる。その後目的地に向かって、マップ上を個々の判断基準 に従って経路選択を行いながら移動する。なお、移動速度に関しては歩行者が3~5km/h、自 動車については最高速度を30~60km/h とし、乱数による速度差を設定している。 リンク上を移動する際には、歩行者エージェントは他のエージェントから影響を受けること はなく、歩行者エージェント同士が重なることも許している。自動車エージェントについては、 リンク上においても前方車を認識し、それとの車間距離によって速度を与えている。具体的に は、50m 以上離れている場合には前方車を無視し、個々に定めた最高速度まで加速できる。 その後前方車との距離によって速度を低下させていき、車間約4m で停車する。また、リンク 上では歩行者と自動車が相互に影響を与えることはないと仮定した。 交差点に近づいたところで信号機を認識し、その現示に見合った行動をとる。赤または黄で あれば信号機の手前で停まるために速度を低下させ、青であれば交差点に進入する。 交差点に進入した時点で、各エージェントは隣接ノードの情報を得、個々の判断基準に従っ て次に進むノードを決定する。また、交差点内において自動車エージェントは、対向車両の情 報を取得し、右折時に衝突を避ける行動をとる。さらに交差点内においては、歩行者エージェ ントと自動車エージェントは相互に影響を与え合い、交差点を横断時や右左折時に他のエージ ェントと衝突しないように行動する。これは主に、信号機の設置されていない交差点や、地震 により信号機の機能が停止した交差点において適用される。 図9、図 10 にそれぞれ、震災後 10 分における道路区間に途絶がある場合と途絶がない場合 の各エージェント(歩行者、自動車、信号機、避難所)の分布を示す。図 10 において、途絶し ている部分は 5 区間であり、×で表現している. 図9 シミュレーション画面(途絶なし、震災 10 分後) 図 10 シミュレーション画面(途絶あり、震災 10 分後) 図9、図 10 のシミュレーション条件の違いは、途絶区間の有無のみであり、それ以外の影響 は全て等しい。各エージェントの経路選択特性は、途絶の影響を容易に観察できるように、目 的地の位置は認識しているが、ネットワークには詳しくないと仮定している。ここで、避難行 動を完了したエージェントは、画面上から消える設定となっているため、画面上に存在する歩 行者エージェントと自動車エージェントの数が多いほど、避難行動が効率的に遂行されていな いことを示している。これらの図から、明らかに途絶区間の影響が表現されていることがわか る。具体的には、途絶区間がある場合、エージェントは実際と異なる認知ネットワークを参考 に経路選択を行わなければならない状況に置かれ、そこから平常時では経験しないような混雑 状況が発生する。さらに、途絶区間と交差点部における歩行者と自動車の交錯による相乗的な 影響から、混雑状況はますます悪化した結果が図9と図 10 の比較から読み取ることができる。 g)まとめ 本研究では、震災時の避難行動について、歩行と自動車交通を統合化したシミュレーション システムの構築を行った。歩行と自動車による避難行動特性は、アンケート調査の結果を基に 決定している。交差点においては、歩行と自動車交通の交錯の影響が表現されており、この影 響と途絶区間による相乗的な影響を検討できる。また、震災時のリアルな状況を再現するため、 震災時における途絶区間の存在するネットワークとは異なる認知ネットワークという概念を導 入している。これにより、不確実な状況下において意思決定を強いられる震災時の避難行動が 表現されたものと考えられる. (d) 1) マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 業務の実施方法 ⅰ)マニュアル作成の背景と目的 阪神・淡路大震災の発生以後、都市の防災において、大地震が発生した際の被害をどの ように軽減させるかということが重要な課題となっている。都市において大地震が発生し、 多くの人々が一斉に避難する場合、人々は個々に考え、判断し、異なる動きをし、かつ相 互に影響を与えあうものと考えられる。このため、避難行動が全体としてどのようになる かということを、個人の動きから単純に確率的に知ることは難しい。そのような創発性を 検討する新しい手法として、マルチエージェントシミュレーション(MAS)が注目されている。 他の既存研究において、仮想的な条件を元に作成しているシミュレーションをどのよう に現実的なものに適応できるようにするか、また実験などで得られた結果をどのようにシ ミュレーションに反映していくかが大きな課題となっている。 これらの背景をふまえ、本研究では、震災避難時における人の適切な行動ルールの構築 を行い、それらに基づいた避難シミュレーションモデルを構築することを目的とする。 本マニュアルを作成することによって、同様の手順でエージェントシステムを構築する ことができる。そして、他地域で同様のシステムを構築することにより、比較的簡便にさ まざまな被害予測を行えるようになり、個々の住民が災害に対する正確な知識を持ち、災 害対策への関心を高める事に繋がると考える。 ⅱ)シミュレーションシステム構築作業表 シミュレーション構築までに必要な作業項目を表 10 に示す。過去 4 年間を通じて避難 行動シミュレーション構築の過程を確立してきた。同時に被災時における避難者(シミュレ ーションにおけるエージェント)が所持すべき属性・性格とは何かを模索してきており、毎 回地域住民に対し『避難行動意識調査』を行ってきた。その集計結果を避難歩行者・自動 車属性、避難行動ルールベース構築に反映させた。背景でも述べたようにシミュレーショ ンをより現実的なものにするため避難者行動属性の詳細な調査が重要であると考えてきた からである。作業工程は基本的に表 10 の『①対象地域の選定と地震規模の設定』から順番 に『⑤シミュレーション出力結果の評価・考察』まで行う。だが、④の『歩行者・自動車 エージェントのプロダクションルールの作成』にはかなりの手間と労力を要する。項目① でシミュレーションの概要が決定次第、プロダクションルール(If~Then 文で構成された エージェントの行動を決定する基本ルール 例:移動方法・経路探索方法 etc)をプログラム によって作成する必要がある。作業項目と作業内容の対応上『プロダクションルールの作 成』は項目④に記述したが、手順上項目①と同時に作業を始めるのが望ましい。また、プ ロダクションルールを早い段階から構築していくとルールベース作成の基礎となる意識調 査表項目の決定を効率良く行える。同時に意識調査項目の無駄を省くことになり、回収率 の向上にも繋がる。 表 10 作業項目 作業内容 z z ①対象地域の選定と地震規 模の想定 z ②意識調査による 選定対象地域に居住する住民の属性の事前把握 想定に基づいた調査票の作成 調査方法の立案 ⇒(a)配布方法…ポスティング,訪問配布 etc (b)回収方法…郵送回収 etc (c)配布日時の設定・配布人員の確保 z 意識調査の集計 (単純集計・クロス集計)により避 難行動を構成する属性間の関連性の把握 避難行動仮説の立証 (仮説で考慮した属性間の関係性の適用の是非) クラスター分析を用いた類型化 (避難行動のパターン化) 各パターンの避難行動特性の明示 ③集計結果を用いた z 避難行動パターンの類型化 z z z ④ MAS を用いた避難行動 構築 z z z z ⑤シミュレーション出力結 果の評価・考察 シミュレーションマップにおけるエージェント (自動車・歩行者)避難行動発着点(OD)の決定 ⇒出発点(O)…ex)自宅・会社 etc 目的地(D)…ex)避難所・遠隔地にある実家 etc システム構築後に分析・考察を行うために被害想 定シナリオの明確化 ⇒シミュレーション実行上の主眼点 ex) 積雪による交通容量の低下による影響 (走行速度低下がもたらす避難所到達所要 時間の増大 etc) シミュレーションに使用するマップの作成 ⇒ゼンリン地図・GoogleMap 等から対象地域を抜 き出し、地図を数値データ(0 or 1)へと画像変 換後、MAS へ組み込む。 z z z 避難行動特性の把握 シミュレーションモデルの 作業項目一覧 歩行者・自動車エージェントのプロダクションル ールの作成 ⇒(経路選択方法・マップ上の移動方法 etc) 各避難行動パターンのルールベース化 プロダクションルールへの避難行動特性の導入 避難者(歩行者・自動車)以外のエージェント設定 ⇒信号・道路途絶・交差点 etc 評価項目の決定 ex) ・目的地への到達時間の属性間評価 ・渋滞・混雑等の環境変化に伴う歩行・走行速 度の変化 z 対象地域内で想定される状況(シナリオ)を考慮し た考察 ex) ・積雪時・非積雪時の比較 ・発災時間による違いの考察 2)業務の成果(マニュアル適用事例 ① 対象地域の選定と地震規模の設定 平成 15 年度に行われた事例 3) 3) ) を表 10 の流れに従って紹介していく。釧路市美原地区 を対象地区とし、地域内にある広域避難場所を避難所として用いた。本事例において、エ ージェント(歩行者)の最終目的地を避難所としている。図 11 で実際の対象地域を示す。避 難場所は地図中の中心部にある色の濃い部分で、地域内に実在する避難場所(小学校・中 学校・公園)である。出発点はランダムに決めている。避難行動をシミュレーション出力 結果による数値データから評価・考察を行うにはエージェントの発着点を明確に決める必 要があり、広域・収容避難場所を数箇所含む地域を選定している。 意識調査も同地域において同時に行うため、対象地域に居住する住民の属性にもシミュ レーション結果が大きく左右される可能性を考慮し、地域を選定する必要がある。釧路市 は地震の頻発地域に属している。よって地震経験を多く積んでいる住民の存在が考えられ る。従って、避難所の認知度レベルも高いことが予想される。さらにシミュレーションに おける想定地震規模の大小により、避難行動パターンの相違の影響度も変わる。結果、対 象地域の選定と地震規模の設定はシミュレーションにより避難行動のどの要素について着 目するのか、またその後の分析・考察方法を明確にした上で決定される必要があると考え る。 ② 意識調査による避難行動特性の把握 震災時の避難における人の行動ルールは、年齢や地震に対する経験など、個人の特性に よって判断の基準が異なると考えられる。平成 15 年度において、①でも述べたように他地 域より比較的多いと予想される市民の地震経験と避難行動の関連性を実際に把握するため、 釧路市民を対象に調査を行った。また個人属性と避難行動がどのような関係を持つかを明 らかにすることも目的としている。表 11 に意識調査の概要を示す。また、次ページに実際 に作成された意識調査表(一部抜粋)を掲載する。 表 11 意識調査概要(釧路市美原地区) 調査日時 配布・回収方法 調査場所 配布部数 回収部数 主な質問項目 図 11 対象地域(釧路市美原地区) 12月19日、20日、21日 訪問配布、郵送回収 釧路市 600部 220部(回収率36.7%) ・平成15年(2003年)十勝沖地 震時の思考や行動について ・地震時の避難行動について ・個人属性 など 避難行動についての質問です。 ① 地震の際に避難する避難場所を知っていますか。 1. 今回の地震の前から知っていた 2. 今回の地震の後に知った 3. 知らない ② 今まで地震時に避難をしたことがありますか(今回の地震も含む)。 1. ある ③ 2. ない ②で「ある」と答えた方に質問です。 ● いつ避難しましたか。 1. 地震発生直後 2. 「揺れ」のおさまった直後 3. 「揺れ」のおさまった後しばらくたって ●家族の中でどのような行動をとりましたか。 1. 家族を引き連れて避難した 2. 家族に連れられて避難した 3. 一人で行動した ● 同様に、地域住民の中でどのような行動をとりましたか。 1. 地域住民を引き連れて避難した 2. 地域住民に連れられて避難した 3. 地域住民の事は考えなかった ④ ②で「ない」と答えた方に質問です。今後自宅にいる時に大規模地震が 発生し、避難が必要な状況になったと仮定します。 ● あなたはいつ避難を始めますか。 1. 地震発生直後 2. 「揺れ」のおさまった直後 3. 「揺れ」のおさまった後しばらくたって ● 家族の中でどのような行動をとりますか。 1. 家族を引き連れて避難する 2. 家族に連れられて避難する 3. 一人で行動する ● 同様に、地域住民の中でどのような行動をとりますか。 1. 地域住民を引き連れて避難する 2. 地域住民に連れられて避難する 3. 地域住民の事は考えない ③ 集計結果を用いた避難行動パターンの類型化 意識調査の結果を単純・クロス集計し、避難行動に関する各特性・個人属性間にどのよ うな関係性があるかを把握する。その後、関連性がある要素のデータを用いてクラスター 分析を行い、避難行動パターンを類型化していく。 平成 15 年度に行われた釧路市における意識調査の結果を紹介する。「地震時に避難する 場合、家族および近隣住民の中でどのような行動をするか」という設問で家族に対しては 約 8 割が「引き連れて避難する」、約 2 割が「後について避難する」と答えていた。一方、 近隣住民に対しては答えが分かれており、「考えない」と答えた人が約 25%いる。 表 12 は年代と近隣住民との行動をクロス集計結果である。そこで年代と避難行動の間 の関連性についてχ 2 検定を行ったところ、有意確率 1%で分布に差が見られた。年代と避 難行動との間に関連性が見られた。 避難行動パターンを類型化するために、『年代』と『避難場所を知っているか』『地震時 に避難する場合、家族および近隣住民の中でどのような行動をするか』の避難行動に関す る設問のデータを用いて、クラスター分析を行った。結果、7 つのクラスターに分類する ことができた。表 13 は各クラスターの避難行動の特徴を示している。 表 12 年代と近隣住民との行動のクロス表 他の人に対する行動 割合(%) 家族 近隣住民 10~20代 知らない 追従 追従 10.2 20~40代 知っている 連れていく 考えない 12.4 20~40代 知らない 連れていく 考えない 9.1 40~60代 知っている 連れていく 連れていく 21.5 40~60代 知っている 連れていく 考えない 18.8 50~70代 知っている 追従 追従 12.4 50~70代 知っている 連れていく 追従 15.6 年代 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ④ 避難場所 表 13 避難行動パターン 近所の人との行動 連れていく ついていく 考えない 10 0 8 3 20 3 7 6 30 8 6 13 年代 40 13 14 13 50 13 9 13 60 25 20 10 70以上 2 11 2 合計 64 75 60 合計 11 16 27 40 35 55 15 199 MAS を用いた避難行動シミュレーションモデルの構築 ⅰ)プロダクションルールにおける歩行者エージェントの初期設定 ③で述べた避難行動パターンの類型化に基づき、その行動パターン毎に歩行者エージェ ントの行動ルールを決めていく。その前段階として、各エージェントの初期行動設定を決 定する必要がある。表 13 に基づいた初期設定は以下のようになっている。 「初期座標」・・・試行ごとにランダムに地図の道上に配置 「視界の広さ」・・・エージェント⑥⑦は 8 座標、その他のエージェントは 10 座標 (1 座標分の距離は 7m) 「移動速度」・・・エージェント⑥⑦は 0.8m/sec、その他のエージェントは 1.4m/sec 「家族」・・・近くに位置するエージェントの組を、最大 3 人までを一家族として設定 ⅱ)行動パターンのルールベース化 Yes 家族に 追従できる エージェントの初期設定、および避難行 動パターンの類型化に基づきエージェント No ルールベースが決められる。文中・図中の Yes 近隣住民に 追従できる ①~⑦は表 13 の①~⑦に対応している。 本シミュレーションでは、すべての人が No 追従する相手に 自分の移動速度を 教える ランダムにルートを 選択して移動 一斉に避難を始めるのではなく、避難をす るかどうか決断してから避難・移動を始め る。 追従する相手に 近づく方向へ移動 図 12 行動ルール(エージェント①) 避難を決断したエージェントの移動方法 他の人が 追従している について、まず自分の「視界の広さ」内で No 避難場所を見つけられればその方向へ移動 Yes 追従者に 移動速度を合わせる する。見つけられない場合は、エージェン トのタイプごとに異なる行動をとる。 図 12 はエージェント①の行動ルールを 示している。エージェント①は、自分の視 ランダムにルートを 選択して移動(③) 界の範囲内で自分をつれて避難してくれる 家族や近隣住民を探す。見つかった場合は、 図 13 行動ルール(エージェント②~⑤) そのエージェントのいる場所を目的地とし 家族に追従 (⑥のみ) て移動する。見つからなかった場合は、避 難場所を知らないため、ランダムにルート 近隣住民に 追従 ②~⑤の行動ルールを示している。まずエ ージェント②・③は、周囲の他の家族が自 度を合わせる。エージェント②は避難場所 が近くなるようなルートを選択して移動す Yes No を選択して移動する。図 13 はエージェント 分に追従している場合、その家族に移動速 避難場所に近くなる ルートを移動(②④⑤) Yes 追従する相手に 近づく方向へ移動 No 避難場所へ近くなる ルートを移動 図 14 追従する相手に 自分の移動速度を 教える 行動ルール(エージェント⑥⑦) る。エージェント③はランダムにルートを 選択して移動する。エージェント④は周囲にいる家族や近隣住民が、エージェント⑤は家 族が自分に追従している場合、その人に移動速度を合わせる。エージェント④・⑤は避難 場所が近くなるようなルートを選択して移動する。図 14 はエージェント⑥・⑦の行動ルー ルを示している。エージェント⑥は自分を連れて避難してくれる家族や近隣住民を探す。 エージェント⑦は自分を連れて避難してくれる近隣住民を探す。追従できるエージェント が見つかった場合は、そのエージェントのいる場所を目的地として移動する。見つからな かった場合は、避難場所が近くなるようなルートを移動する。 避難場所が近くなるように移動する際には、交差点において次にどの道へ進めば避難場所 が近くなるかを判断し、進む道を選択するようにした。以上のようなルールで移動を行い、 避難場所にたどりついた時点で避難を完了する。 ⑤ シミュレーション出力結果の評価・考察 ⅰ)シミュレーション結果 本事例ではシミュレーション結果としてエージェントのタイプごとの避難完了者数の 割合の推移を用いた。なお、シミュレーションは乱数の要素が含まれることで、試行ごと に結果が異なるため、20 回シミュレーションを行った平均値を避難結果とした。 図 15 はシミュレーション結果を示している。エージェント③以外の多くのエージェン トが 1 時間以内で避難を完了している。エージェント①は避難場所を知らないものの、避 難はスムーズに進行している。また、高齢者のエージェントとして設定した⑥⑦では、家 族または近隣住民に追従するエージェント⑥の方が、近隣住民のみに追従するエージェン ト⑦よりも避難結果が良くなっている。 ⅱ)考察 まず、避難場所を知らないエージェント①と③を比較する。エージェント①は他の人に 追従することによって、かなりスムーズに避難できている。一方、他の人に追従しないエ ージェント③は避難結果が一番悪い。 エージェント④は、避難場所を知っている他のエージェント②や⑤に比べて避難結果が 遅くなっている。これは、歩行速度の遅いエージェント⑥や⑦を引き連れて避難すること ができているためと考えられる。 エージェント⑥と⑦は、歩行速度を遅くした影響により、他のエージェントよりも避難 が遅くなったものと考えられる。また、⑥の結果が良くなったことから、近隣住民のよう な大勢の集団に追従するよりも、家族のような少数の集団に追従したほうが、避難の効率 が良いということが示されたものと考えられる。 避難率 100% 80% 60% 40% 20% 0% 0 10 20 30 40 50 60 時間(分) 図 15 シミュレーション結果 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ (e)結論ならびに今後の課題 1)津波からの避難モデルの改良 本年度は最終年度であり、昨年度までに開発したシミュレーションモデルの改良を行っ た。奥尻島青苗地区を対象としたモデルでは高台への避難、釧路市中心部を対象としたモ デルでは高層ビルへの避難を取り扱っており、本年度は両者を合体し汎用性の高いシステ ムとして完成させた。適用例は釧路市の橋南地区で、高台の他、市が協定している高層ホ テルを利用した場合の効果などをシミュレートし示した。 システム構築の段階では、出来るかぎり単純なエージェントルールを採用し、多数のエ ージェントの行動が追跡できるように務めた。したがって、考慮しなかった要素も少なく ない。たとえば、夜間人口をもとにシミュレーションを進めてきたが、昼間人口、特に土 地勘のない観光客など外来者を考慮することは重要である。また、避難施設のみならず、 避難のための標識など避難誘導の効果の評価も重要である。これらの事項は机上のみで考 えるのではなく、個別の都市に適用し防災担当者などとの議論のなか進めていく必要があ り、今後の大きな課題である。 2)震災時の避難行動のモデルの改良 本年度の報告内容は、過去五年間にわたる研究蓄積を統合化したものと位置づけられる。一 年目と二年目は、歩行者の避難交通行動に焦点を当て、マルチエージェントシミュレータによ りモデル化を行い、実ネットワークへの適用を行った。ここでは、エージェントの行動ルール は、アンケート調査結果によって構築し、経路選択はこうしたルールによって表現している。 三年目は、都心回遊行動のアナロジーとして、震災時の目的地となる避難所の選択行動も内生 化した歩行避難行動シミュレーションモデルの構築を行った。ここでは、目的地選択と経路選 択を同時に表現するために、効用関数として商業地選択に利用されるハフモデルを適用してい る。通常のハフモデルと異なる点は、商業地の魅力度を避難所の認知度として表現しているこ とであり、目的地の認知に関する不確実性を考慮したモデル化となっている。四年目は、震災 時には歩行だけではなく自動車交通の影響も考える必要があることから、自動車による避難行 動のモデル化を行った。ここでは、ドライバーが平常時の状況を想定して認知しているネット ワーク(認知ネットワーク)と震災時の建物倒壊等によって途絶した実ネットワークが異なる ことを踏まえ、渋滞車列での U ターン行動のモデル化も行っている。五年目の内容は、前章ま でに述べたとおりであるが、歩行者と自動車を統合した避難行動モデルの開発を行った。ここ では、交差点において歩行者を自動車の交錯の影響を表現している。また、認知ネットワーク という概念を導入することにより、不確実性下における意思決定という、震災時における避難 行動の本質的な要因が表現されたシミュレーションとなっている。 ここで、本シミュレーションで取り上げることができなかった項目についていくつか述べ、 今後の課題として締めくくりたい。まず1つは、自動車が走行する道路の車線数について、実 際のものを再現しなかったこと、またこれに伴い、自動車の行動の重要な要因のひとつである 車線変更を表現しなかったことがある。これは、車線数の増加に伴ってノード数が比例して増 加することにより、シミュレーションの動作が鈍くなってしまうことと、シミュレーション画 面の構成が複雑になり、災害時の行動を把握し辛くなることを避けたためである。特に、震災 時にも車線変更はあると想定されるが、それを避難行動シミュレーションにおいて表現する意 義が不明確であった点で車線変更の影響は表現していない。2つ目には歩行者と自動車が同一 リンク上を移動し、互いに重なる場合があるが、これについても先に述べた動作の鈍化による 影響によるものである。しかしながら、歩行者の場合は自動車の渋滞現象とは異なり、重なっ てしまうことの影響は小さく、震災時の避難行動を考える上で本質的な問題とはなり得ないと 考えた上で、こうした設定にしている。また、同じ理由により、対象とした地域の中でも、比 較的交通量の少ない生活道路については考慮しきれていないことを加えておく。3つ目には、 信号機の現示について現実のものを再現することが困難であったことがあるが、震災時の交通 状況を再現する上で、平常時(信号機が機能している状況)と比較することが出来たという点 では、信号機の存在は有意義であったと考える。 また、ここまで述べてこなかったが、積雪寒冷地である札幌市を対象にシミュレーションを 行うにあたって冬期の交通行動を検討することは特に有意義であると考える。これについては、 歩行者については歩行速度の低下として、自動車については加減速度と最高速度の低下として 表現される冬期の交通容量低下の影響をシミュレーション内で簡易に再現できることを述べて おく。 3)マルチエージェントシステム構築のためのマニュアル作成 平成 14 年度からの開発実績をもとにシステム構築の手順の整理を行い、システム構築 のためのマニュアルとしてドキュメント化した。具体的には、歩行者避難行動シミュレー ションを構築するまでの作業項目を明確にした。札幌市・釧路市を対象に災害時の歩行に よる避難者の行動シミュレーションのエージェント構築過程からシミュレーション結果に 至るまでの過程をマニュアルに即した内容で適用例を示した。 このマニュアルを用いることによって、世帯・地域特性を考慮したシステム構築が可能 であることを述べておく。なお、成果、マニュアル等はホームページ上で公開する。 (f)引用文献 1) 釧路市:くしろ安心マップ、B2 版表裏地図、2001. 2) 吉井博明:2003 年十勝沖地震時における津波危険地区住民の避難行動実態,2003 年十 勝沖地震に関する緊急調査 津波被害に対する避難行動調査グループ調査報告 集,2004. 3) 根岸 祥人,加賀屋 誠一,内田 賢悦,伊橋 雅浩:震災経験を考慮したルールベースの避 難交通行動シミュレーションへの適用に関する研究,土木計画学研究・講演集,Vol.30, 論文番号223,CD-ROM,2004. 4) 合月 孝,加賀屋 誠一,内田 賢悦,伊橋 雅浩:マルチエージェントシミュレーションを 用いた札幌都心部の歩行者回遊行動に関する研究,2004 年度土木学会北海道支部年次 講演会講演集,IV-41,CD-ROM, 2005. 5) 渡部 正一,加賀屋 誠一,内田 賢悦,萩原 亨:運転者特性を考慮した避難行動シミュレ ーションモデルの構築に関する研究, 2005 年度土木学会北海道支部年次講演会講 演 集,IV-38,CD-ROM,2006. 6) Seiichi KAGAYA, Ken-etsu UCHIDA, Toru HAGIWARA, Akihito NEGISHI, AN APPLICATION OF MULTI-AGENT SIMULATION TO TRAFFIC BEHAVIOR FOR EVACUATION IN EARTHQUATE DISASTER, Journal of the Eastern Asia Society for Transportation Studies, EASTS'05 BANGKOK, pp.4224-4236, 2005. 7) 内田 賢悦:交通容量の変動を考慮した交通解析法に関する基礎的研究,第1回防災計 画研究発表会発表論文,2006. 8) 内閣府HP:http://www.cao.go.jp/ 9) 札幌市危機管理対策室HP:http://www.city.sapporo.jp/kikikanri/ (g)成果の論文発表・口頭発表等 論文発表 著者 題名 発表先 発表年月日 池崎雅樹・鏡味洋 地震時の地域分断を想定し 日本建築学会技術報告 2006.6. 史 た苫小牧市内の医療施設配 集、23、503-506. 置の評価‐マルチエージェ ントシミュレーションによ る部分分断のモデル化‐ 玉川奈都子・大畑 マルチエージェントシミュ 日本地震工学シンポジウ 大志郎・高井伸 レーションによる釧路市中 ム論文集、12、(CD-ROM 雄・鏡味洋史 心部の津波からの避難シミ No.0293) 2006.11. ュレーション 釧路市中心市街地における 津波避難施設配置の評価 マルチエージェントシステ ムを用いた津波からの避難 シミュレーション その2 日本建築学会計画系論文 報告集、612、(印刷中) 2007.2 著者 題名 発表先 発表年月日 玉川奈都子・大畑 マルチエージェントシミュ 日本建築学会北海道支部 2006.7 大志郎・高井伸 レーションによる釧路市中 研究報告集、79、175-178 雄・鏡味洋史 心部の津波からの避難シミ 大畑大志郎・高井 伸雄・鏡味洋史 口頭発表、その他 ュレーション 金用哲・鏡味洋史 ソウル市江南区における水 日本建築学会北海道支部 害を想定した待避施設配置 研究報告集、79、327-330 2006.7 に関する研究 鏡味洋史・大畑大 津波からの避難シミュレー 志郎・高井伸雄 ションへのマルチエージェ ントシステムの適用 日本建築学会大会 2006.9 日本建築学会大会 2006.9 2006.11 その 3釧路市中心市街地におけ る津波避難施設配置の評価 金用哲・鏡味洋史 ソウル市江南区における災 害退避所の現況と再配置 鏡味洋史・高井伸 マルチエージェントシミュ 日本自然災害学会学術講 雄・金用哲・池崎 レーションによる防災施設 演会、25、183-184 雅樹 の配置評価の試み Seiichi KAGAYA, Methods of Analysis and 9th PRSCO Summer Kenetsu UCHIDA Simulation for Evacuation Institute Behavior in Earthquake Disaster 2006.7 渡部正一・加賀屋 運転者特性を考慮した避難 土木学会北海道支部論文 誠一・内田賢悦・ 行動シミュレーションモデ 集 62 号,CD-ROM 萩原亨 ルの構築に関する研究 渡部正一・加賀屋 運転者特性を考慮した災害 土木計画学研究・講演集, 2006. 6 誠一・内田賢悦・ 時の交通行動に関する研究 Vol.33,CD-ROM 石黒裕佳子・加賀 札幌市での大地震に対する 土木計画学研究・講演集, 2006. 6 屋誠一・内田賢悦 防災意識と行動の要因分析 Vol.33,CD-ROM 2006.2 萩原亨 に関する研究 (h)特許出願、ソフトウエア開発、仕様・標準の作成 仕様・標準の作成 ・災害避難マルチエージェントシステムマニュアルの作成
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