ジョン・ギボンズ教授の基調講演 「裁判員制度と法言語学

〔
翻 訳〕
ジ ョン・ ギボ ンズ教授 の基調 講演
「 裁判員 制度 と法言語学―
若干 の 問題提起」
――法 と言語 学会設 立 総会――
橋
去 る2009年 (平 成21年 )5月 17日
(日
内
武
)に 明治大学駿河台校舎 リバ テ ィ
ー タワー23階 の岸本辰雄記念 ホールで開かれた法 と言語学会設立総会 には
,
秋 田県立国際教養大学大学院客員教授 として来 日中の ジ ョン・ ギボ ンズ教
授 (PrOfessor John Gibbons)(西 シ ドニー大学 )を お迎えす ることがで き
た。元国際法言語学会会長 であ り,乃 惚盗″ιれ輿お″6Sfス πルws磁θ
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ιSy並解 (Blackwell,2003)や Lη ♂黎″ α〃 ルιI′ ω
(Lo理四an,2003)な どの著書・ 編著書があるJ.ギ ボ ンズ教授 は,私 たちの
企てに大 いに賛 同 し,学 会設立発起人 の一 人 として名を連ねている。 当 日
,
教授 の紹介 は司会 を兼ねて中村幸子准教授 (愛 知学院大学)が 行 った
D。
ギボ ンズ教授 の基調講演 (逐 次通訳
小野友季絵 )は ,「 裁判員制度 と
法言語学―若千 の 問題提起」 とで も題す べ き時宜を得 た内容 であった。 つ
ま り,裁 判員制度施行 による司法改革 の動 きを M.A.K.ハ リデ ー流 の レ
ジスター分析 の方法を用 いて検討 した ものである。特 に,司 法 テクス トを
*本 学国際教養学部
キーワー ド :裁 判員制度, レジスター,活 動領域,役 割関係,伝 達様式
―-123-―
国際文化論集 No40
活動領域 (ル ″)・ 役割関係
(″%θ γ
)・
伝達様式
(zο 滋)の
3つ の範疇 に分
けて分析する方法を示 した上で, 日本 における法言語学 の様 々な研究課題
を列挙 して くださったのは,極 めて示唆的であった。 その講演原稿 (英 文)
を教授 の許可を得 て以下 に再録 し,邦 訳を加えてお くの。
Colleagues and friends,
First let me say how good it is to see this new Association established
inJapan. I strongly believe that the Forensic Linguistics field can provide
valuable insights into the nature of the legal system, and also more
broadly into language and society. Our time has come. Furthermore, this
is an exciting and important time to be a forensic linguist in Japan. The
changes to the Japanese legal system offer many opportunities for stimu-
lating and socially important work in our field.
Today I wish to raise just a few of the language issue that such a change
might entail. These issues will be organised by using the Register frame-
work developed by my former colleague Michael Halliday. He discusses
the linguistic features that constitute a particular functional variety, such
as the language of education, of commerce, or of the law, in
categories, Field., Tenor and. Mode.
terms of three
I will ask some questions using this
framework-and many of these questions could be research topics.
Field is the issue of the technicality of legal language. This is mainly
manifested in the vocabulary system, and of course Okawara, in several
publications, has discussed this issue.
It is quite possible
that the
technical language ofJapanese law will change as the system changes, de-
-124-
ジ ョン・ ギボ ンズ教授 の基調講演「 裁判員制度 と法言 語学 ……
manding new temls for new cOncepts.h particular,we mlght expect
more modern technical tems, and less use of vocabul〔
ry denved iom
Chinese― but the law is a conservative institution,so this is by no means
certain. I am looking forward to hedng about this. But technicality also
involves organizations at the sentence and text level. Will the new sys‐
tem produce a less technical use of syntax,and textual organization P
物 ″ is to do with interpersonal and power aspects ofJapanese.Of ne‐
cessity,the new system宙 1l probably produce changes in the spoken dis‐
course of the courtroom and of the police station.
Will there be a change m lawyers' language when they address lay
judges rather than a professionaljudge?Will the language be less fol111」
and more personalP
Will questions iom lay judges be direrent in any way from ques● ons
hm professionaljudgesP Will there be any echoesofthe coercive court―
room discourse that so ttines the commOn Law systemsP
Will the intended accountabilty of the revisions lead to Matnesses and
defendants being given a greater voice in the courtrOom P What宙
1l be
the linguistic charactedsucs of that voice?Wll the poweness language
behaviour observed sometilnes in ComIInon Law courts be even more
marked in JapanP
How宙 1l
police interrogation respond to the change to lay judges as
audience for their findings?
協
a夕
is to do wlth the channel used.
The system is moving towards a less wntten and mOre spoken mode.
―-125-―
国際文化論集 NQ40
What are the linguistic consequences of this P
Perhaps most interesting of all however is the interface between wnt‐
ten and spoken language. My work on the Chiliean Roman law systenl,
and that of other scholars has shown that spoken language can be radically
transforllned when it is transcdbed.
What will happen to wltness testirnony and lawyers'speech as it is pro―
gress市ely transfomed through transcnpts,and then subsequent iudg―
ments and other documentsP
Will these be changes in the statements and confessions that police
ctШ rently
depend on?
Laws and legal concepts are sometimes encoded in difFicult and com―
plex wntten language.
How宙1l
lawyers and judges make the law intdlgible in speech to lay
judgesP(In other words,how win they handle the shift in mode and
fleld P)
Will they be successful in their ettis to make the law intelligible?
I have been told that lawyers are tending to use Powerpoint presenta‐
tions in court― the use of Powerpoint places quite extreme lirnitation on
language,pushing towards brevity and the use of listings,oten with dot
points. What impact nlight this have on courtroom discourse P
It is worth mentioning that all these characte五
stics― technicality,
power in language,and the impact of wnting on speech, and speech on
witing――pose enomous challenges for both translators and interpreters.
It is extremely dmcult to simultaneously recreate all these character―
istics in another language.Research into,and practical help conceming
―-126-―
ジ ョ ン・ ギボ ンズ教授 の基調講演「 裁判員制度 と法 言語学 ……
such issues is another area for work.
Another rmjor area of forensic linguistics is the prOvlsion of expert
testinomy on language in courL. It may be that the greater transparency
ofthe new system win lead to enhanced use of expert vntness.This is yet
another areas of great interest,and one where forensic linguists can lnake
a contribution.
A mttor iSSue for forensic linguisics is gaming access to the language
of the cotts and Jhe police. This is essentially a political issue―
it is es―
sential to build links of mst wlth the courts and the police so that all
these lssues can be exarnlned.
This is just one of the many occasions on which l lament my lack of
Japanese.There are so many interesting and sod」 ly important quesuons
to ask― ―I have raised only a few. Obviously it is of p五 rnarア
importance
that your work is published in JapaneSe,but some publi“ 饉on in English
would beneflt scholars around the world who could leam from language
and law research in Japan.I WOuld certainly like to read your work!
I wish you every success in the fascinating and challenglng context.
John Gibbons
Adiunct PrOfessor,School of Humanides and Languages,Un市 ersity of
Westem Sydney
―-127-
国際文化論集 NQ40
同学 の諸氏 な らびに友人 の皆様方
まず は, このよ うな新 しい学会 が 日本 に設立 され ることを知 り,ま
ことにご同慶 の至 りであ ります。学問 としての法言語学 が,司 法制度
の特質 はもとよ り,広 く言語 と社会 に有効 な洞察力を提供 し得 るもの
と確信 しています。我等 の時代 が来 たのです。 さらに,今 こそ, 日本
の法言語学者 にとって,胸 を踊 らせ るような,重 要 な時機 なのです。
日本 の司法改革 が断行 されたため,私 たちの分野 (で ある法言語学)
において,刺 激的で社会的 に肝要 な仕事をす る機会 が多 く得 られ るの
です。
今 日は,そ のよ うな改革が合意す る二,三 の言語問題 を取 り上 げた
く思 います。 それ らの問題 は,(シ ドニー大学 で)私 の元 同僚であ っ
たマイケル・ ハ リデー によって展開 された レジスターの枠組 みを用 い
て,組 織的 に捉え られ るものです。 ハ リデ ー は特定 の機能変種 (例 え
ば,教 育 の言語・ 商業 の言語・ 法 の言語)の 言語的特徴 について, 3
つの範疇 (活 動領域・ 役割関係・ 伝達様式)を 用 いて論 じています。
私 はこの枠組 みを使 って,い くつ か問題提起 を してみますが,そ れ ら
の 問 いか けの多 くは研究課題 に もな り得 るものです。
<活 動領域 >は 法言語 の専門性 に関す る事柄 です。 この ことは,主
に語彙体系 の 中で表現 されてお り,当 然 の ことなが ら大河原氏 は数点
の 出版物 の 中で, この点 について論 じてきま した。 日本法 の専門用語
が 司法制度 の変革 に伴 って変わるのは大 いにあ り得 ることで,新 しい
概念 には新 しい用語 が求 め られるのです。特 に,予 想 され るのは,現
代風 の専門用語が増えて,漢 語 の語彙 が少 な くなる ことです。 しか し
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ジョン・ ギボンズ教授の基調講演「 裁判員制度と法言語学……
なが ら,司 法 というのは,保 守的 な制度 ですか ら, この予想は全 く不
確 かなことです。私 は,語 彙 の変化が どうなるのかについて興味 があ
り,今 後 の展開について も楽 しみに しています。 しか し,専 門性 は同
時 に文 レベル とテクス ト・ レベルの組織化 に も係わ ります。新たな制
度 の導入 によって,(法 言語 の)文 法 とテ クス ト構造が,よ り非専 門
的な言語 (で ある日常語 )に 近 づ くで しょうか。
<役 割関係 >は 言語 の人間関係的 0権 力的な側面 と関係 します。 も
ちろん,新 しい制度 は法廷 と警察 の話 しことばに も,お そ らく変化を
もた らすで しょう。
裁判官が,裁 判官 に対 してではな く,裁 判員 に対 して ものを言 う場
合 に,そ の ことばに変化 [相 違]が あるで しょうか。 その ことば遣 い
は,格 式 ば った もので はな く,よ リパ ー ソナルな もので しょうか。
言語表現 の上では,裁 判員 による尋間 は,裁 判官 による尋間 とは異
な っているで しょうか。威圧的 な法廷 デ ィス コー スは,英 米法圏 の司
法制度 には典型的 に現れますが,そ のよ うな尋間 の表現 は裁判員 によ
って も使われるので しょうか。
司法改革で意図されて いる説明責任 によ り,証 人 と弁護人 は法廷 に
おいてよ り発言力を増 すで しょうか。 その発言力 の言語的特徴 は何な
ので しょうか。英米法圏 の法廷で ときどき観察 される権力を持 たない
者 の言語行動 が 日本 においてさらに顕著 になるで しょうか。
警察 の取 り調 べ は,そ の調書を裁判員が聞 くとい う変化 に対応 して
いるで しょうか。
<伝 達様式 >と は,用 い られる伝達 方法 に関係す ることです。
旧制度 に比 べ ると新 しい司法制度 では,書 き ことばよ りも話 しこと
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国際文化論集
m40
ばの方 に (伝 達手段 としての)重 点が置かれ るようにな っています。
この言語上 の変化 はどの ような結果を もた らすで しょうか。
おそ らく最 も興味深 い現象 は,書 き ことばと話 しことばの相互作用
であると思われます。 ローマ法 に基 づ くチ リの司法制度 に関す る私 の
研究 と他 の学者 の研究 か ら判明 したことは,話 しことばはそれが文字
化 され ると著 しく変え られ得 るものです。
話 しことばが,次 々に文字 に転写 され,そ の後 の審判や他 の文書 へ
と使用 されてい く間 に,証 人 の証言 と弁護人 の発言 にどのような こと
が起 きるので しょうか。
警察 が現 在依 りど ころとしている供述 と自白に変化が起 きるで しょ
うか。
法 と法的概念 は,時 として難解 で複雑 な書 き ことばで書 かれます。
弁護人 と裁判官は,法 の知識 を裁判員 に話 しことばで理解 させ るこ
とができるで しょうか。 (つ ま り,伝 達様式 と活動領域 の移行 を どの
ように扱 うで しょうか。)
また,彼 らは法 を理解可能 にさせ る試 みを, うま く成功 させ ること
ができるで しょうか。
弁護人 も裁判官 も法廷でパ ワーポイ ン トを使 う傾 向にあるそ うです
が,パ ワーポイ ン トは言語表現 をひど く極端 に限定 させ,短 縮化 と列
挙 の使用 (が 特徴的)で , しば しば箇条書 きにされます。 これが法廷
のデ ィス コー スにどのよ うな影響 を もた らすで しょうか。
これ らす べ ての特徴 ,つ ま り専門性 ,言 語 における権力 ,話 しこと
ばへ の書 きことばの影響 と書 き ことばへ の話 しことばの影響 が,翻 訳
人 と通 訳人 の双方 に過大 な負担を もた らす とい うことは,特 筆 に値 し
ます。 これ らす べ ての特徴を同時に別 の言語で表現 し直す の は,ひ ど
く困難 な ことです。 このよ うな問題 に関す る研究 に加えて,実 務的 な
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ジョン・ ギボンズ教授の基調講演「 裁判員制度 と法言語学・……
支援 も次 の課題 になるで しょう。
法言語学 のさらな る研究 領域 としては,公 判 に言語の専門家 として
の鑑定証言を提供す る ことです。新 しい (司 法)制 度 によ り,司 法が
万人 に開 かれた ものにな ったため,専 門家 の鑑定証言 を大 いに活用す
る方向に向か うか もしれません。 これ も大変興味深 い領域 であ り,法
言語学者 が貢献できる, もう一つの研究領域です。
法言語学上,よ り重要な課題は,裁 判 および警察 の言語 データを入
手 し得 るか とい うことです。 この ことは本質的に政治的な問題です。
研究者 たちは,以 上 のす べ ての研究課題 を解決す るために協力 して検
討 できるほどに,裁 判所 および警察 との間 に信用 の絆を築 くことが不
可欠 です。
この講演 は,私 自身, 日本語 の知識が欠如 していることを痛感す る
機会 で もあ りま した。私 が尋ね たい と思 っている,興 味深 い,そ して
社会的 にも重要 な数多 くの課題 があ りますが, この講演 で取 り上 げた
の はほん のわずかです。皆様方 の ご研究 が 日本語で発表 され ることは
何 よ りも重要な ことであ り,そ の通 りな のですが,数 点 で も英語で公
表 されます と,世 界 中の研究者 の役 に立 ちます。彼 らは日本 における
言語 と法 に関す る研究か ら学 ぶ ことがで きるで しょう。私 としま して
も,皆 様方 の ご研究を英語 で是非 とも読みたい ものです
!
このすば らしい,や りが いのある現在 の情況下 にあって皆様方 のご
成功をお祈 りします。
-131-
国際文化論集 NQ40
ジ ョ ン・ ギ ボ ンズ
―大学 人文・ 外国語学部特任教授)
(橋 内
武訳)
註
1)法 と言語 学会設立総会 のプログラムは, 1.開 会 の辞 , 2.会 長 の挨拶
,
3.学 会設立の趣 旨, 4.基 調碑演, 5.パ ネル・ デ ィスカ ッシ ョン「 司法
に とって言語 とは何か」, 6.会 則制定・ 決議 , 7.設 立宣言, 8.閉 会 の
辞 とい う次第であ った。 ギボ ンズ教授 の基調講演 は,プ ログラムの 4に 当
たる。
なお,」Qh
Gibbons,…
如
勘お の邦訳が,■ 田知佳子 0水 野真木
子・ 中村幸子 による共訳で東京外国語大学出版会 か ら近 く刊行 される予定で
あ る。
2)体 系機能言語学 の用語 は,MoA K.ハ リデ ー著
(寛 寿雄・ 山口登共訳)
の『 機能文法概説―― ハ リデー理論 へ の誘 いJ(く ろ しお出版,2CX11)に よ
る。
―-132-―