2. 自分とは何か?

2.
自分とは何か?
自分とは右の図 2-1 のピラミッドのように
考えられます。
人間の行動は内部世界と外部世界に大き
く分けられます。
内部世界は記憶と思考です。
頭の中だけで動作していて、外部に直接
つながっていません。
外部世界は知覚と行動です。
入力は知覚、出力は行動となります。
ピラミッドの頂点に自己意識があります。
図 2-2 は精神と身体の対応を示したもの
です。
精神の頂点に意志があります。
ここは前頭前連合野が対応しています。
思考(判断)→決定が次の階層に来ます。
ここは頭頂側頭連合野(高次連合野)が
対応しています。
人間は言語を使い、思考をしています。
図 2-1:脳のピラミッドモデル
思考した結果は行動する、行動を中止
(抑制)するなどの決定をします。
この決定・抑止の選択の動機づけとなる
のが大脳辺縁系に起因する感情(情動・
情操)です。
決定した行動計画は、運動連合野・大脳
基底核・小脳から脳幹・脊髄を通り筋肉
骨格系に伝わり、行動します。
感覚は手足、眼、耳などの感覚器から脊
髄・脳幹を通り視床経由、一次感覚野・
感覚連合野に伝わります。知覚された事
象は頭頂側頭連合野で認知され、そこに
記憶されます。行動結果の良非は学習さ
れ、次の行動に反映されます。
感覚に対応するのが行動です。
図 2-2:精神と身体の対応
図 2-1:脳のピラミッドモデルから見て、脳の内部世界の「自己意識」
「意志」を除けばコンピューターでかなり人間の脳
はシミュレートすることができます。
以前は困難だった「学習」するコンピューターもできるようになってきました。
しかし、自分自身、すなわち「自己意識」や「意志」をコンピューターに持たせることは現在でも困難です。
ただ、それ以外の部分はコンピューターや制御系に置き換えて考えることも可能になってきました。
脳は「あいまいさ」を持って、複雑系を構成しています。複雑系とは「系」そのものに「ある機能」があり、
それは「系」を分割すると失われてしまうものです。
生物の「命」のようなものです。切り刻んで分割しては「命」は失われてしまいます。
脳は「複雑系」で「あいまいさ」を持っています。
それゆえに「心」が発生します。感覚、認知、言語、思考、決定、計画、行動と脳のどの部分に機能があるか
「機能局在」を調べ、かなり判ってきました。
この「要素還元論」で、考えて、むずかしいのは「複雑系」ゆえに発生している「心」の部分です。
1
「心」の部分になる、感情、自己意識、意志、の部分はコンピューターで作るのが非常に難しいのです。
前頭葉の「意」の世界が営まれる場所を前頭前連合野、
頭頂葉の「知」と側頭葉の「記憶・判断」の世界をまとめ
て、頭頂側頭連合野としています。
伊藤正男氏は、前頭前連合野を「司令部」
頭頂側頭連合野を「内部世界」と位置付けています。
思考とはこの「司令部」が「内部世界」に働きかけること
です。
「思考」とは「連合野機能」のうち、司令部と内部世界の
間で内部ループのみを形成しているのを言います。
思考
決定
記憶
認知
計画
外界から切り離された、脳の内部世界はバーチャル・リアルティー
の世界です。外界からの信号がなくても脳内で完結する
思索の世界です。思考した結果は記憶されます。
「思考」し、「決定」をして「計画」し、行動に移します。
行動が外部世界です。
場合によっては「思考」し、計画を中止(抑止)します。
「思考」し、計画された「行動計画」は運動(周囲)連合
野に送られ、行動します。
行動を「視覚」
「聴覚」
「触覚」など感覚でフィードバックループを
作り、調整します。
行動結果の情報を感覚で集め「認知」します。その情報を
「記憶」し、
「思考」に使います。
上のループを使い、行動計画は必要により、修
正されます。
感覚
行動
図 2-3 脳の外部ループと内部ループ
(1) 司令部はどこにあるか?行
決定・抑止
動の起点はどこにあるか?
思考・判断
前頭前連合野のいろいろな領域はそれぞれ異
思考
なった仕事をしているようです。
そのうちの一か所だけ、全部の仕事に共通し
て関与しているところがあります。
記憶
行動
司令部
ブロードマンの脳地図の 46 野です。ここが司令部
意志・意識
のようです。
ここは考えをまとめ、仕事をあれこれ切り替
えるときに働きます。意志の働きです。
学習
知覚
行動の順序を決めているのもこの意志です。
出力
意識して行動をする場合は意志が働いていま
筋肉・骨格系
す。意志が行動の推進をしています。
行動結果
この司令部(意識)は五感よりなる感覚(知
覚)で情報を集めます。
この情報は、知覚情報として記憶されます。
知覚情報は別の記憶とてらしあわせて、思
考・判断されます。これが思考結果として、
図 2-4 意志・意識と行動の関係
決定し出力されます。
この思考結果を意志として、行動に移します。
情報を集め、別の記憶にてらし合わせて判断する、という行為に 0.5 秒が必要です。
2
判断をして、意志として行動を起こす場合も、行動の準備(計画)に 0.5 秒が必要です。
小脳が制御している部分を大脳の司令部は意識として認識していません。
このため、動作は小脳の制御速度でコントロールされています。反射や複合運動などです。
子どもは知覚したことから、すぐ行動に移します。この図 2-4 のサイクルを通りません。
図 2-3 の「内部世界」の部分に視床下部と辺縁系の「動機づけ」を代わりに置くことができます。
意志、意識の代わりに視床下部と辺縁系の「動機づけ」を置きます。
視床下部と辺縁系の「動機づけ」が行動の起因、推進力になります。
この場合、思考、決定の過程をバイパスします。図 2-3 の司令部と内部世界のループを通りません。
従って、子どものほうが速い動作が出来きます。
もうひとつ、子どもの行動の起因を成しているものに、大人の役割があります。
両親や教師、周囲の人の、勧めや励まし、そして強制です。
思考や意志の元となる、記憶、知識を積み上げるのに、大人の強制も必要になります。
大人でも無意識の動作をする時はこのループを通りません。(無意識ですから当然です)
思考、決定の過程を通りませんから、速い動作が出来ます。
この場合も、視床下部と辺縁系の「動機づけ」が推進の元になります。
この視床下部と辺縁系の「動機づけ」は潜在的な「意志」と、考えることもできます。
大人でもコマーシャルや他人の勧めなど、思考、判断をバイパスして、行動することがよくあります。
この場合は視床下部と辺縁系の「動機づけ」が推進の元になります。
この無意識の動作については、2.5 項を見てください。
3
2.1 意志
「意志」(Will)とはやや高度な認識で、広辞苑では「理性による思慮の選択を決心して実行する能力」とされ、
知識・感情と対立するものとされます。
積極的には「やる気」
「意欲」
「創造」
、抑制的には「我慢」「忍耐」
「抑制」などです。
根気というのはこれらの意志力の耐久力、持続性です。
前頭前連合野の、意志をつかさどる、この領域が壊れると意志薄弱、意欲喪失の状態になります。
この領域の近くに、期待、計画、想像、推理など意志の働きに関係の深い精神機能が営まれています。
2.2
意識
(1)意識とは
「意識」とは広辞苑では「認識し、思考する心の働き」
「感覚的知覚に対して、純粋に内面的な精神活動」
「今、していることが自分でわかっている状態」
「我々の知識・感情・意志のあらゆる働きを含み、それらの根底にあるもの」とされています。
時実利彦氏は「意識」の定義はできないが、意識を喪失したなど、共通の体験を通じて、お互いが持っている
「共通体験の意識」を「意識」とすると言っています。
共通の体験で一番はっきりしているのは、目覚めている状態と眠っている状態です。
目覚めている状態でも、ぼんやりしている時と集中している時ではレベルが違います。
この意識のレベルをコントロールしているのが脳幹にある、網様体賦活(活性)系です。
この網様体の働きが活発かどうかで意識のレベルが変化するのです。
(1)一番、活動が鈍い状態が眠っている状態です。
(2)つぎに目覚めて、ぼんやりした状態、
(3)その次が目覚めて、集中している状態です。
この網様体の活性レベルを決定しているものは「感覚信号」です。
感覚信号で、一番多いのが筋肉内にある筋紡錘からの信号です。
この感覚信号は感覚現象を起こさないで、大脳皮質を活性化する作用を持っています。
眠りに入る時は周りを暗くし、静かにします。
感覚信号を少なくして、網様体の活性レベルを低下させるのです。
逆に、集中して、勉強などをするときは、筋肉を動作させたり(立ったり、歩いたり、ガムを噛む/筋紡錘か
らの信号が増える)
、音楽をかけながら、勉強したほうが大脳皮質を活性化できるのです。
目覚めて、ぼんやりした状態は、
「気づき」と定義できます。
すなわち、
「見えている/目に入っている」「聞こえている」「呼吸をしている」といった状態です。
英語でいえば(awareness/覚醒感覚)です。
「無意識に」なにかするといった状態もこの「気づき」です。
呼吸は「意識的」にも「無意識」にもできます。ここの「意識的」する状態が(3)項の意識です。
見ることも「意識的」にも「無意識的」にもできます。
聞くことも「意識的」にも「無意識的」にもできます。
目覚めて、集中している状態を、池谷裕二氏は「意識」と定義しています。
その「意識」とは「注意」をしてなにかをするという行為です。
「意識的」にするということです。
この「意識」の定義は「行動の表現を選択できること」と「短期記憶」をあわせ持つことをいいます。
すなわち「文字を読む」
「読まない」という行為を選択できること。
読むことは「読むものを選択」
「読んだものを記憶」しています。
聴くということも「聴くものを選択」
「聴いたものを記憶」しています。
4
見るものを選択することは「意志」の力によります。
「見るものを選択する」と周囲の風景はぼやけてきます。
「見るもの」に神経を集中すると、それ以外の不要な感覚信号(例えば周囲の雑音)は大脳皮質に到着する前に
感覚神経の中継場所でブロックされ、大脳皮質に到達しなくなります。
注意を集中すると「選択した、見るもの」の情報が増加するのではなく、周囲の風景に対する情報が少なくな
るのです。
「注意を集中する」という意志の指令が大脳皮質から網様体に送りこまれます。
網様体を介して感覚神経の中継場所のシナプスに働きかけて、選択した以外の感覚信号を減少させます。
これは視覚、聴覚、痛覚、臭覚、味覚などすべての感覚についていえます。
「注意を集中する」のに網様体は大きな役割をしています。
ところが網様体の完成は遅く、思春期かその後になります。
そのため思春期前の子供は、注意力が長く続きません。
時実利彦氏は意識の定義はできないと言っていますが、私独自の定義とレベル付けに挑戦してみます。
レベル 1:
(目覚め)睡眠状態と対比される覚醒状態(ただ眼が覚めているだけで何も考えていない状態)
レベル 2:
(気づき)外界で何が起こっているかは知覚している状態、アウェアネス(awareness)
人間では古脳による認識(周囲を見ているが意識は何者にもとらわれていない状態)
動物では猫や犬が単に歩きまわっている状態、情動で動いている状態
レベル 3:
(自意識)自分が何をしているかを知っている状態。
見る物に注意を向け、何を見ているかを自覚して状態、でかつ
「その行動している自分」を「見ている自分」がいる状態。意志で動いている状態
レベル 4:
(無心)猫が獲物に飛びかからんとしている状態、人間では行動に注意は集中しているが何をし
ているかは無意識の状態、無我夢中で行動している状態、「潜在的な意識」と考えることもできます。
小脳の内部モデルⅡ型でプレーができている時の大脳側の意識状態、いわゆるゾーンに入った状態、
ゾーン(Zone);集中力が極限まで高められた時、周囲の景色や音が意識から消える状態。スポーツの一流選手は世界レベルの試合でゾーンの世界に
入ると言われている。
我々の意識の水準は意志の力、または精神状態、によってもコントロールされます。
眠らないと頑張れば、ある程度は「眠け」を抑えることができます。
試験の前、遠足の前の晩、眠れなくなるのはこのためです。
これも大脳皮質から網様体への働きかけによっています。
意識はレベル 1(目覚め)から
レベル 2(気づき)へ、遷移します。
レベル 1 (目覚め)
大人の場合は(気づき)から、
レベル 3(自意識)に遷移します。
子どもと動物の場合はレベル 4
レベル 2 (気づき)
(無心)に遷移します。
子ども
おとなの場合、レベル 4 の(無心)に
大人
動物
移るには訓練を必要とします。
訓練方法については後ほど記述しま
す。
レベル 3 (自意識)
レベル 4 (無心)
図 2.2-1 意識の遷移
また、全身から脳に伝えられる情報は 1 秒間に数百万ビットもあります。しかし、レベル 3 の「意識」にのぼる
情報はわずか 40 ビットにすぎません。わずか 0.001%しか意識にはのぼりません。
このことからも人間の無意識の行動の重要性がわかると思います。
そして人間が、この感覚をレベル 3 の意識として認識するのに 0・5 秒という時間がかかります。
5
2.3 思考と判断(決定)
思考とは、意識や意志、記憶の作用と区別して、概念にまとめたり、判断したり、推理をする作用をいいます。
考えること、そして判断することは、設定した問題の解決、目標の実現のため、過去の経験や現在の知識
「記憶」を総合して、新しい心の内容にまとめあげていく、精神活動です。
思いをめぐらし(連想、想像、推理)
、考え(思考、工夫)、そして決断(判断)するということです。
この考えるという行動の源泉となっているのは前頭前連合野と頭頂側頭連合野です。
知力ということもできます。
仕事とか行動に思考と判断を結びつけるのには、次の原則があります。
(1) 現状把握(状況判断)情報を集め、現状がいかなる状態か、考えます。
(2) その状態からいかなる手段をとったら解決にいたるか、複数の手段を考えます。
(3) 複数の手段からどの手段が一番適切かを考え、選択し、決断します。
けして受け止めた情報に対して、反射的に反応することではありません。
ただ、長年の経験と学習によって、上記の(1)(2)(3)を瞬時に判断して、実行に移れる人は存在します。
考える能力を養うのに上記の(1)(2)(3)の順序を頭に入れ、文章化をするという訓練が大いに役立つと思います。
思考の流れは次のようになります。
コンピューターのプログラムに相当するのが「手順記憶」です。
演算(思考)の順序と方法が記憶されています。
これをもとに前頭前連合野が演算(思考)の手順を
作ります。頭頂側頭連合野に貯蔵された記憶が「データ
読込み記憶」です。
前頭前連合野が、さまざまの記憶を取り込み、
思考します。その結果が「思考処理記憶」として頭頂
側頭連合野に記憶されます。
大人の場合、思考・行動の推進をしているのは「意志」
になります。
大脳新皮質の思考はコンピューターと対比できるように論理
的な思考になります。
前頭前連合野
意志
(命令)
(司令部)
思考
(思考)
頭頂側頭連合野
データ読込み記憶
手順
記憶
思考処理記憶
記憶(心的モデル)
図 2.3-1 思考の流れ
子どもは、辺縁系が思考および行動の動機づけ(推進)を行います。
意志の場合は根気といわれるような継続性があります。
辺縁系の動機づけには継続性がありません。従って、子どもは根気が続かず、移り気です。
小脳は大脳の代替モデルを作り、無意識の思考をする時に働きます。
図 1.4-7 に示したように、繰り返し思考を続けていると、大脳の「心的モデル」が小脳にコピーされます。
この「小脳モデル」が形成されると前頭前連合野の「司令部」は「小脳モデル」を用いて思考をするようになりま
す。
考えた結果を気にせずに自動的に思考が進みます。随意運動で述べる内部モデルⅠに相当する思考です。
繰り返し考えた結果が小脳に記憶されているので、その記憶は間違いないものとして取り扱われます。
一番良い例は九九です。ニニンガシ、ニサンガロクと間違いない計算結果として小脳から出力されます。
内部モデルⅡに相当する思考は無意識の思考です。考えずに、思考結果が出てきます。
ひらめきとか直観と呼ばれるものです。知的直感です。小脳の思考は非論理的、直観的になります。
顕在性の大脳の思考に対して、小脳の考えは「潜在性の思考」ということが出来ます。
6
2.4 記憶と学習
私達が自分自身を認識できるのは記憶があるからです。
記憶はどこに記憶されるか、一般には側頭連合野に記憶されるといわれているが定かではありません。
記憶の種類によって記憶される場所が異なり、記憶は断片的に脳のいたるところに格納され、
それを前頭前連合野がつなぎ合わせていると考えられています。
記憶を呼び覚ますのに大脳辺縁系にある、海馬が大きな役目をしているのは確かなようです。
記憶を呼び起こしたり、結合したり、格納するのには、その時々の気分、環境が大きく影響します。
このことは生得的(本能)行動にも記憶が影響を及ぼすことを示しています。
(1) 記憶の分類
記憶は「短期記憶」と「長期記憶」に分けられます。
「短期記憶」は「作業記憶」とも呼ばれ、数分から数時間、
「長期記憶」は1日以上続く記憶を言います。
意識して何か行動する場合、例えば、話をする場合はこの短期記憶が働きます。
記憶は図 2.4-1 に示すように、手順記憶(技の記憶)とデータ記憶に大別されます。
一般に陳述的記憶と言われている記憶をここでは「データ記憶」と言い換えます。経験記憶を思考処理記憶、意味記憶をデータ読込み記憶と言い換
えます。頭の中で処理したか未処理かで区分しました。脳とコンピューターを対応させるためです。
自転車の乗り方などを憶えている記憶は、一般には「手順記憶」と言わずに「手続き記憶」と言われています。
「手続き」という言葉は役所での免許申請の手続きなどを連想します。「行動・手順」を連想しにくい言葉です。
よって、ここでは「手続き記憶」は「手順記憶」と表記します。
コンピューターのメモリは制御プログラムとデータの格納とに、2 分割し
て使われます。データは単純に読み込んだデータと演算処理さ
れたデータに2分されます。
手順記憶
データ記憶
思考処理
記憶も、体内にある運動プログラム(手順記憶)とデータの格納
記憶
(データ記憶)とに 2 分割されます。
データ記憶も見たもの、聴いたものをそのまま記憶(読込記
憶)するものと思考処理(思考処理記憶)された記憶に2分さ
れます。
手順記憶とは、自転車の乗り方など、体で覚えこみ、その
やり方を意識しないで思い出すことが出来る記憶です。
技能習得に関わる手順記憶は脳の発達初期から、終生、
続く記憶機能です。
意識しないで思い出すことが出来る記憶ですので、
図 2.4-1 記憶の種類
潜在記憶とも言います。
コンピューターのメモリでいえば、制御プログラム(ソフトウェア)に相当します。
血圧や呼吸の制御、反射や複合運動、生得的行動の制御を行います。
これらのプログラムは手順記憶ですが、小脳の記憶です。
環境に適応するように小脳の「手順記憶」が修正されます。これは適応制御です。
データ読込
記憶
小脳には「手順記憶」と「データ読込記憶」だけがあります。
「思考処理記憶」はなく、
「手順記憶」が修正されることで残ります。
小脳はすべて、行動に関連付けて記憶します。
自転車に乗る行動として憶えます。九九は「ニニンガシ」のように言葉のつながり(口の行動)として憶えます。
コンピューターのワード、エクセルなどの汎用プログラム(ソフト)に相当するモデルが大脳や小脳に作られます。
これが「内部モデル」です。これは「手順記憶」と「データ記憶」の複合です。
人はワード、エクセルなどのプログラム(ソフト)を使って、絵や文章を作ります。
作った文書はパソコンのメモリに保存します。データの保存です。
7
大脳新皮質には「手順記憶」
「データ読込記憶」
「思考処理記憶」の3つがあります。
大脳のデータ記憶は意識して、思いだせる記憶ですので、顕在記憶とも言います。
幼児はりんご、みかん、自動車と見たものと名前を記憶していきます。
本を読んで憶えたものも「データ読込記憶」です。丸暗記も「データ読込記憶」です。
前頭前連合野の司令部は「心的モデル」を使い、思考します。
思考結果を保存します。思考して作られた、記憶は「思考処理記憶」になります。
論理的、類推的に考えた、
(間に思考・判断が入る)順序のあるストーリーの記憶は思考処理記憶に分類されます。
「思考処理記憶」のほうが「データ読込記憶」より思い出しやすくなっています。
データ読込記憶から思考処理記憶を簡単に作るのは他人に説明することです。
他人に説明するためには論理的、類推的に頭の中で再構築する必要があるため、データ読込記憶が思考処理記憶
に変換されます。
いいくに(1192)つくる鎌倉幕府など、語呂合わせも「データ読込記憶」から「思考処理記憶」に変換する学習方
法です。
またデータ記憶は言語的記憶と非言語的記憶に分けられます。
味覚の記憶、絵画の記憶、映像の記憶、景色の記憶などが非言語的記憶です。
ビデオに記録した映像は非言語的なデータ読込記憶に相当します。
今見た景色は非言語的なデータ読込記憶です。
そのビデオを編集して、順序を入れ替えたり、説明をつけたりしたのが、非言語的な思考処理記憶に相当しま
す。去年、旅行に行った時、見た景色を思い出すのは非言語的な思考処理記憶になります。
(2) 記憶能力の変遷
子供から大人になる過程で最初に発達し始めるのが「手順記憶」の能力です。
血圧の制御、呼吸の制御などの記憶は生まれた時から持っています。遺伝子に組み込まれています。
眼の反射制御などは生まれてすぐに出来てきます。
次は「歩く」などの複合動作の制御です。
歩くことは、遺伝子に組み込まれていますが、見て、練習するという訓練が必要です。
「言語」も遺伝子に組み込まれていますが、
「話す」という訓練が必要です。
幼児が言葉を発するようになるのは、言語モデルが脳内に作られるからです。
人はこの言語モデルを生涯にわたって、成長させ続けます。
次に発達し始めるのが「データ読込記憶」の能力です。
この能力を使い、子どもは知識をどんどん吸収していきます。コンピューターで言えば、ソフトウェアを読み込ませている
状態です。ソフトウェアが入っていないコンピューターはガラクタも同然、何の役にも立ちません。
人間も同様です。小学生の高学年までは「データ読込記憶」の能力が発達しています。
小学校で九九や漢字を覚えるのはデータ読込記憶の能力が最大限に発揮できる時期を狙っているのです。
成長するほど九九の暗記は困難になります。
最も遅れて発達するのが「思考処理記憶」の能力です。ソフトウェアや使用するデータが入力されてから働き始めます。
幼児のときの出来事を覚えていないのは「思考処理記憶」の能力が未発達のためです。
論理的に物事を考えるといっても「知識」がなければ、論理は構成できません。
丸暗記のデータ読込記憶の能力が発達している小学生時代に十分な知識を獲得しておくことは重要なことです。
中学生になる頃には「思考処理記憶」の能力が完成し、論理的、類推的に憶える、「思考処理記憶」の能力が
優勢になってきます。
4 歳ぐらいになると、
「自分自身」という「心的モデル」が脳内に作られます。
自分と他人の区別がつけられるようになります。
8
この「心的モデル」は「手順記憶」と「データ記憶」で出来ています。
自転車に乗る、サッカーをする、野球をする、将棋をするなど様々な「心的モデル」が脳内に作られます。
国語の学習では本を読み、字を書き、かつ話すという「国語のモデル」を作り、増強していきます。
このように「心的モデル」のもとになる「記憶」は生涯、鍛え、増強させる必要があります。
年をとると記憶力が衰えてきます。新たしい記憶から忘れてきます。
思考処理記憶(経験記憶)
、データ読み込み記憶の順で衰えてきます。
「置忘れ」などがひどくなります。さらに、ひどくなると朝、食事をした記憶さえ、忘れてきます。
さらに症状が進んで、古い記憶まで失われると自分の子供、兄弟など家族まで判別できなくなります。
「手順記憶」は根強く残って、服の着方、歩き方などの記憶はなかなか失われません。
そして最後まで残るのが、血圧や呼吸の制御、反射や複合運動、生得的行動の制御です。
不随意運動の制御機能だけ残ったのが植物状態です。
心臓など臓器だけ生きていて、脳が完全に死んだのが脳死です。
このように考えると「学習する年齢に適した得意な記憶方法」があることがわかります。
小学生の時は「論理的な思考」よりも「丸暗記」が適しています。
中学生、高校生になったら「論理」や「理屈」の「思考処理記憶」で覚えるようにします。
「論理」や「理屈」を覚えると思い出しやすく、かつ応用が利くようになります。
(3) 小脳の記憶と大脳(新皮質)の記憶の違い
小脳は“並列型”
、
“分布型”の情報処理を行ないます。血圧の制御、眼球の制御など並列に制御します。
小脳は動作パターンで記憶し、大脳新皮質は個別動作で記憶します。
小脳は「自転車に乗る」という動作で記憶します。
自転車に乗るという、プレーモデル(プログラム)を持ったマイクロコンピューターが小脳に出来るのです。
キックをするという全身動作で記憶します。
キックをするという、プレーモデル(プログラム)を持ったマイクロコンピューターが小脳に出来るのです。
大脳新皮質はキック動作でも足をあげ、手でバランスを取ってという風に逐次的、個別動作で記憶します。
大脳は数台の大型コンピューターであり、小脳はマイクロコンピューター群です。
小脳にはパソコン並みのマイクロコンピューターが数万個もあります。
こう考えれば小脳の動作スピードが速いのが理解できます。
また小脳に神経細胞が多く存在することも説明ができます。
大脳の記憶は RAM(随時書き込み/読み出しメモリ)のようなものです。大脳の記憶は興奮(結合)です。
小脳の記憶は ROM(読み出し専用メモリ)のようなものです。小脳の記憶は抑制(遮断)です。
結合の方が遮断より失われやすいのが普通です。小脳の記憶のほうが残りやすいのです。
大脳新皮質が失われても、即、死にはつながりません。
(犬に対して大脳新皮質を除去した実験をした人がいますが、数日の間は生きていました)
最上位の判断や指令は大脳新皮質が出し、細部の運動動作は小脳が行ないます。
サッカーではグランドの状態や相手チームの情報、現在の自分たちのコンディションなどは変化しやすいので大脳新皮質で考
えます。
判断が定まったら、新皮質の情報をできるだけ遮断して、小脳の指示で行動したほうが意識を伴わないので、
素早く、正確なプレーができるようになります。
(小脳の動作スピードは 1 動作 0.04 秒)
小脳の記憶はパソコンの ROM(読み出し専用メモリ)のようなもので、1 度記憶すると忘れません。
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自転車に乗れるようになった人は 10 年ぐらい乗らなくても、乗ろうとすれば、すぐ乗れます。
脳幹や小脳は命の根幹にかかわった制御をしているわけですから、制御ソフトが失われたら、命を失います。
忘れないようなソフトになっているのは理にかなっています。
(4) 子どもの学習は体得、大人の学習は習得
学習とは、環境との相互関係からおこる行動の永続的な変化のことです。
行動を操る神経系の可塑性、すなわち、記憶の仕組みによって行われます。
時実利彦氏は「心と脳のしくみ」のなかで学習を「体得」と「習得」に分けて説明しています。
体得とは感覚器から送り出される信号が直接に「古い皮質」に叩き込まれて、そこに深く刻み込まれるものを
いいます。
ここで「古い皮質」を「小脳」と読みかえれば、体得とは小脳に直接、記憶させることです。
「体得」は「古い皮質/小脳」に直接、刻み込まれるのでその印象はずっと強いものになります。
小脳に「運動モデル」
「思考モデル」を作ることに相当します。
習得とは一度「新しい皮質」を通ってから「古い皮質」に送り込まれるもの、つまり「新しい皮質」で知識が
作られ、それが「古い皮質」に送り込まれるものであって、体得に比べると刻み込まれ方が間接的です。
大人は動作を分析して、大脳に記憶し、訓練を重ねて小脳に記憶を移行させます。これは「習得」です。
岡田武史監督は“コンセプトは同じことを繰り返し言い続けなければならない”と言っています。
大脳に記憶されたコンセプトがやがて、小脳に移行した「習得」という状態になります。
子供は見たことそのまま、真似て憶えます。サッカーのフェイントを子供は見たまま、真似して憶えます。
見たこと、聴いたことを直接、小脳に記憶していきます。いわゆる「体得」です。
こどもは良非を判断して行動するのではないのです。両親のすること、考えることを真似ていきます。
両親の行動の良非が大切になってきます。
母親が父親を尊敬していないと、男の子は目標とすべき父親がいなくなり、心の成長が阻害されやすくなりま
す。この逆も言えると思います。
小脳は「意識」できないので、記憶は見たこと、聴いたことをそのまま「手順記憶」として記憶していきます。
潜在記憶になります。
猿は見たことをそのまま真似します。いわゆる「猿真似」です。
お うむ
鳥にはほとんど大脳がありませんが、聞いたことを小脳に記憶し、そのまま鳴き真似する「九官鳥」や「鸚鵡」
がいます。
人間の子どもも、動物と同じ原理で見たこと、聴いたことをそのまま、小脳に「記憶」していきます。
運動の手順記憶は小脳に記憶されます。子どものように直接、小脳に記憶されれば良いのですが、
大人のように、一度、大脳新皮質に記憶し、それを小脳に移し替える場合は問題があります。
大脳は筋肉内の筋紡錘、いわゆる筋肉センサーの出力を認識できません。
微妙な筋肉制御の手順記憶が大脳には作れません。
大脳から小脳に移し替える時、小脳は筋紡錘の制御を再学習する必要があります。
サッカーの技術は子どもの時に身につけないと本物にならないといわれるゆえんです。
以上は行動を獲得する学習でしたが、行動を棄却する学習もあります。
意味がなくなった刺激には反応しなくなります。いわゆる「慣れ」ということです。
全く、意味のわからない授業を毎日、聴かされていると、その刺激(授業)に反応しなくなります。
考えなくなります。当然、授業の教えに基づく行動も行えるようにはなりません。
このことは授業の内容が理解できない以上の大きなマイナスの要因を含んでいます。
積極的に考える、行動することに相反する(考えない、行動しない)子どもを育てることになります。
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子どもには「自然習得」の力があります。しかし自然習得はその技能を習得したいと欲するから習得できるの
です。幼児は両親を見て、歩きたいと欲するから、歩く努力をします。話したいと欲するから言語を習得しま
す。子どもには、少し努力をすれば、達成できるような目標を与え続ける必要があります。
2.5 感情( 情動と情操)とは
感情は情動と情操に分けられます。しかし「情動」と「情操」をひとくくりにして「感情」と表現するように
分離されるものではなく、複雑に絡み合っています。
視床下部に起因する情動は、本能的なものと言えます。
情操の心とは喜び、悲しみ、ねたみ、うらみ、嫉妬、恥などをいい、前頭前連合野の働きにより生じます。
前頭前連合野の働き始めていない赤ん坊には快、不快、怒り、恐れなどの情動の心はあるが、情操の心は見ら
れません。
情動は新皮質に起因する情操に影響を与え、その逆も起こります。
視床下部や大脳辺縁系(扁桃体)は生まれた時からほぼ完成しています。
したがって、赤ん坊にも情動の心があり、怒り(かんしゃく)を起こします。
子供の頃から、感情をコントロールするように、自制心を躾ける訓練が必要です。
感情をコントロールする新皮質の脳細胞を常に刺激して、活性化しやすくしておくのです。
脳内の感情コントロールセンターの成長には“臨界期”があります。十分な愛情と「抑制」の躾が幼児期に受けられない
と感情のコントロールが出来なくなります。感情に関する脳の部分に偏った成長が見られるそうです。
「子供は成長途上のある期間に感情面で刺激を受けないと、その後感情を表すことが出来なくなる」「あの子達(1980 年代のルーマニアの施設の子)は
機会を逃してしまった、その証拠が脳に現れている」ハリー・チュガニー
私達は本能の要求により、たくましく生きていこうとしています。
この本能の要求を起こしているところが視床下部と大脳辺縁系です。ここで起こる感情が情動の心です。
視床下部はドーパミンという脳内物質をだして「快」を出し、大脳辺縁系はその行為が生存の目的にかなってい
るかどうかを判断(目的性)しています。
空腹時においしいものを食べれば、ドーパミンが出て、欲求を満足し快感を得ます。
異性を得ればやはり満足して、快感をえます。喜びの心も起こります。
友達を得て「遊び」が出来ればやはり快感をえます。
さみしいのも、恐れも情動の心です。不快の感じがこうじて、恐れから怒りの心に変わるのです。
私達、人間もこの本能による欲求を十二分にかなえることがその生きる道に違いないのです。
情動の心は瞬間的で、ドライですが、情操の心は持続的で、ウェットです。
情操より情動のほうが、反応が早く起こります。よく経験する、瞬間的に“かっとなる”怒りは情動の心なの
です。視床下部を通る、反時計回りの心です。あとから時計回りの、新皮質の抑制の心で反省をするのです。
動物にも情動の心は(怒り、恐れ)はありますが、情操の心はありません。従って同種の動物が殺しあうこと
はありません。人間は情動(怒り)から情操(憎しみ)に変わるため、殺し合いにまで発展することがあるの
です。
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子どもの行動の起因は情動
子どもや動物はこの「情動」の心に動かされて、
「行動」をしています。
意識して行動する大人の行動は「意志」により、推進されています。
しかし、大人の「無意識」の行動は「情動」の心に動かされています。
歌を歌うのも、おしゃべりをするのも、遊ぶのも、この「情動」が起因となって行われ、快感があるから継続
しているのです。
サッカーなど運動をすると気持ちが良くなるのは、運動の結果、快、報酬系の元となる「ドーパミン」が生成される
からです。遊びと同じです。遊びとは基本的に「快」を得るための行動だと思います。
一般の人のサッカーは、基本的には「遊び」でよいと思います。
お酒を飲んでもドーパミンが脳内にできるので、気持ちが良くなります。
さらにお酒は「大脳新皮質」を旧皮質より先に麻痺させ、新皮質の抑制の働きを弱めます。
どうも、人間は動物の状態に戻ると快感を得るようです。
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