MT 法で水質の腐食性が判別できる!

腐食センターニュース
No. 038
MT 法特集号
2006 年 6 月 1 日
MT 法で水質の腐食性が判別できる!
(1)はじめに
MT法とはマハラノビス(Dr.Maharanobis:インドの統計学者、故人)のMと、この方法の考案者である
田口玄一博士(品質工学の提唱者、ベル研究所・規格協会・青山学院大学等を歴任)のTから名づけられた
多変量解析の一つの手法である。
設備における水質の差は、異なる地域では言うまでも無いが、同じ水道水を水源としている一つの建物に
おける各設備用途によっても生じ、結果として腐食に差を生じる。建築設備に使用される配管材料等は汎用
材料なので、腐食の原因を環境すなわち水質に求めざるを得ない。従来水質と腐食に関係する指標は、鋼に
対するランゲリア指数(飽和指数)、銅のⅡ型孔食に対するマトソン比等がよく知られている。
MT法は
1.腐食の発生しない水質の数多くのデータから、その腐食しない水質の特徴を、n個の各水質項目の軸
からなるn次元空間(水質項目がn個の場合)において存在領域(基準空間と呼ぶ)を限定する。
2.腐食するかどうかの判定をした
い水質と、この領域の中心からの距離
(マハラノビスの距離)を計算し、そ
の距離が大きければ基準空間に属さ
ない水質として、「腐食する可能性の
有る水質」と判定する。
3.実際には測定した水質項目全部
を使用するより、数少ない水質項目で
判別精度を上げられれば経済的なの
で、計算に使用する水質項目の最も良
い組み合わせを探索する。(この組み
合わせを選ぶときに、田口氏が考案し
図1.MT法を水質の腐食性判定に用いる場合の基本的考え方
たSN比を用いるのでMT法と呼ば
れる。
)
(2)MT法の手順
MTの手順を概略説明する。
①先ず基準空間を計算する。
具体的には複数の要因(pH、塩化物イ
オン等)がセットになった正常集団のサ
ンプルデータからマハラノビス距離を
算出するためのマトリックス(表には出
てこない)を算出する。(この時正常集
団の各サンプルの基準空間原点からの
マハラノビス距離が算出される。
)
図2
-1-
基準空間とサンプルのマハラノビス距離の概念
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②判定したいサンプルデータ集団の各サンプルの基準空間原点からのマハラノビス距離を算出する。
③判定したいサンプルデータ集団が異常集団(例えば腐食が発生した水質)であることが判っている場合
は、基準空間との分離性を検討する。
図3
基準空間データ(非孔食
地区)と判定サンプル(孔食地
区)のヒストグラム(自分で作
成する)
基準空間との分離性がどの程度が適当かは、診断の目的・態度によって異なる。即ち正常なサンプルを
異常と判断した場合の損害が大きいか、異常なサンプルを正常と判断した場合が大きいのかにより決めら
れる。
④異常集団のサンプルデータ k 個が、基準空間とよく分離出来ない場合SN比を特性値にして直交表によ
る実験を行い因子(要因)の選択を行う。
望大特性のSN比を用いる場合、直交表の各実験Noにおいて、k 個のサンプルデータに対してマハラノビス
距離 D2 を求め、その逆数和の平均の対数を求め-10 を乗じる。
望大特性のSN比=-10log1/k{Σ1/D2}
直交表に定められた実験条件で必要な実験数のSN比が求められたら、割り付けた要因の使用、不使用
の効果を算出する。MTS法のソフトではこれがグラフに表される。
図4
各要因を使用した
場合(左)と使用しない
場合(右)のSN比を比
較したグラフ
各要因に対して、その要因を使用した場合としなかった場合のSN比が示される。望大特性のSN比の
場合で、第一水準(左側)に使用するを割り当てた場合、左上がりの要因は使用するとSN比が大きくな
るので重要な因子である。その他の因子の扱いは固有技術とケースバイケースで考えて良い。残す因子が
決まったら、再び基準空間の計算に戻る。これを繰り返し適切な項目選択を行う。
(中島博志/鹿島建設㈱)
-2-
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MT 法の計算手順
MT(マハラノビス-田口)法は、判別分析の一種であるが、マハラノビスの汎距離という指標を用いることに特
徴がある。その手法を簡単に説明する。
通常、腐食問題におけるパラメータとしては、pH や電導度、イオン濃度などの数値化された環境因子の場
合が多い。その際、pH では 7 を中心して通常1から 12 程度の値をとるのに対して、電導度は単位によるが、
淡水環境では数百μS/cm 程度になる。それぞれのパラメータが仮に腐食速度にどの程度寄与しているかを
判定するには、パラメータ間の尺度を合わせる必要がある。そのために、規準化という処理を行う。これは、パ
ラメータを X j,i とし、平均値を X j , σ j (j=1,,,m)とすると,規準化した変数 x j ,i は,
x j ,i = ( X
j ,i
− X j ) /σ
・・・
j
(1)
で表される。この x j ,i は、j 個のパラメータに関して、まったく等価に寄与を与える。
ここで、2 種類のパラメータ、X1 と X2 の 2 次元の確率密度分布を図 1 に示す。X1 と X2 の間に相関関係があ
る場合には図に示すように、X1 と X2 の分布に偏りが生じ、 X 1 と X 2 を中心として楕円状に分布する。このとき
の楕円上の位置を同じマハラノビス距離を持つ分布と定義する。すなわち、マハラノビスの距離の2乗( D2)
は、
D2
=
( x12
+
x 22
− 2 Rx1 x 2 ) (1 − R 2 )
・・・
(2)
で表される。これを一般化し、個々の変数の相関係数行列を R とすると、
1 m m
∑∑ xi ,k ⋅ xi ,h ⋅ Rk−,1h
m k =1 h =1
(i=1・・・n)
・・・
で表される。
ここで求めたマハラノビスの距離は、同じ性質を持つ
グループからの『ずれ』を表す指標となっている。すなわ
(3)
X2 →
Di2 =
ち、腐食問題については、腐食しないグループからの
『外れ方』の指標であり、この値が大きいということは、腐
また、MT 法では、マハラノビスの距離を求めるために
用いる変数を SN 比という指標で個々の変数の寄与の
σ2
る』と判断することができる。
σ2
食しないグループとは異なった性質を持つ=『腐食す
度合を計算し、変数を削減する方法も用意されている。
(山本正弘 /(独)日本原子力研究開発機構)
σ1
σ1
X1
X1 →
図 1. 相関関係がある 2 次元確率密度分布
-3-
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ステンレス鋼管腐食への適用 1)
給湯設備に使用するステンレス鋼管において、水質条件によっては孔食や隙間腐食等の局部腐
食が発生し、水漏れ事故に至ることが知られている。水の腐食性を評価する方法として、(社)日
本冷凍空調工業会(以下、JRA)設定の水質基準、水の腐食性を定量的に表すランゲリア指数やリ
ズナー指数等の腐食性指数が提案されているが、腐食事例と対応しない場合があり、腐食に関わ
る種々の水質項目を総合的に考慮した腐食性指数は提案されていない。そこで腐食に関係する水
質項目間の相関を考慮した1つの指標(マハラノビスの距離)によって水の腐食性を診断する新
しい方法としてマハラノビス・タグチ法(以下、MT 法)に着目した。
MT 法による水の腐食性診断のイメージを図1
に示す。腐食事例の無い水(以下、正常水)のデー 基準空間:正常水のデータ群
距離が大きい
タ群からなる基準空間の重心からのマハラノビス
の距離は、腐食事例のあった水(以下、腐食水)で
大きい。判別に有効な水質項目(pH、導電率、塩化
物イオン等)の選定は、正常水サンプルと腐食水サ
距離が小さい
ンプルにおいてマハラノビスの距離の差が大きくな
図1
MT法による水質診断のイメージ図
るように行う。
給湯用ステンレス鋼管の腐食が発生していない(5 年
○:腐食事例の無い水(正常水)
以上)24 個の水(正常水)及び腐食が発生した(5 年未満)
●:腐食事例のあった水(腐食水)
13 個の水(腐食水)について、pH、導電率、塩化物イオン、硫酸イオン、酸消費量、全硬度、遊
離炭酸の 7 つの水質項目データを用いてマハラノビスの距離を算出し、
水の腐食性診断を行った。
表1に JRA 水質基準及び腐食性指数と比較し、
マハラノビスの距離を用いた水質診断結果を示す。
マハラノビスの距離を用いた水質診断では 33 個の水が腐食発生有無と合致した。一方、JRA 水質
ガイドラインでは 23 個の水、ランゲリア指数(LSI)では 10 個の水、リズナー指数(RI)では 13 個
の水、ラーソン比(LR)では 13 個の水、(社)ステンレス協会設定の水質指針では 35 個の水が腐食
発生有無と合致した。いずれの腐食評価法でもすべての水質に対して腐食事例と対応がつかなか
ったが、その中でもマハラノビスの距離を用いた水質判別法とステンレス協会水質指針が腐食発
生有無と良く合致した。さらにマハラノビスの距離を用いた水質診断法は銅管腐食に対しても腐
食事例有無と良く合致しており 2)、MT 法は水の腐食性を診断するのに有効な評価法であることが
分かった。
表1
マハラノビスの距離
基準空間≦4.296
(沖縄⑤)
JRA水質基準
温水系補給水の
水質基準
水の腐食性評価結果
ランゲリア指数
リズナー指数
LSI ≦ 0 で
腐食性
RI≦7で
腐食性
ラーソン比
0.5 ≦LRで
腐食性
ステンレス協会水質指針
酸消費量(pH4.8)≦75mg/L、
Cl-≦30mg/L
正常水
(24個)
24
10
1
1
3
23
腐食水
(13個)
9
13
9
12
10
12
33
23
10
13
13
35
合計
参考文献
(注)表内の数字:各水質診断において腐食事例有無と合致した水の数
1)H.Kawarai , S.Miki, and K.Miya,147th Symposium,p.24,JSCE(2004).
2)H.Kawarai and S.Miki,Proc.48th Jpn Conf.Materials and Environments,p.355(2001).
(瓦井
-4-
久勝/三菱電機)
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腐食性判定精度向上へのアプローチと「MT法」の適用性
交互作用項目を用いるとなぜ判定精度が上がるのか
筆者らはこれまでに,ステンレス鋼 1)および炭素鋼 2)に対する淡水の腐食性判定にMT法を適用し,
その有効性を評価するとともに,判定精度を向上させるための一手法として,交互作用項目の導入を
提案し,その有効性を示してきた。交互作用項目とは,MT法による一般的な腐食性判定が水質分析
項目値,温度,流速等を判定項目として用いるのに対し,ある2つの項目の乗算値を判定項目のひと
つ(交互作用項目)として用いるというものである。
多くの腐食現象において,ある腐食影響因子が他の因子と相互に作用を及ぼし合うことは経験
的によく知られている。交互作用項目の導入は,このような相互作用の影響をMT法の腐食性判
定で考慮することを目的として提案した。
なお,腐食への影響という観点では,「相互作用」という用語が一般的であるとの指摘を多く
受けたが,MT法と非常に関連の深い(提案者が同一である)実験計画法では「交互作用」とい
う用語を用いていることから,
「交互作用項目」という名称を採用した。
また,腐食加速因子αと抑制因子βの相互作用を考慮するには,乗算形α×βではなく,除算形α
/βを考慮する方が適切ではないかとの指摘も多い。これまでの評価において乗算形が有効であった
理由は,MT法で用いるマハラノビス距離(以下,MD)が「基準サンプル群の項目値(例えば,腐
食性のない淡水サンプル群の分析項目値)が正規分布に従う」ということを大前提としており,かつ,
乗算形を用いることで,基準サンプルが正規分布に近づいたためであると考えられる。したがって,
腐食メカニズム等の考察に基づき,基準サンプルの分布がより正規分布に近づくような関数形を特定
できれば,更なる判定精度向上が期待できる。
腐食問題に対するSN比による項目選択の有効性は?
MT法の特徴のひとつに,
「SN比と呼ばれるパラメータに着目し,判定に有効な項目を選択するこ
とが可能である」という点が挙げられる。SN比には,大別して「静特性のSN比」と「動特性のS
N比」の2種類がある。静特性は「腐食性あり or なし」といった白黒判定に,動特性は腐食性の強さ
をMDの大小に基づいて定量評価する場合に用いられる。
興味深いことに,近年,MT法の提案者である田口らは,
「動特性のSN比を用いていない評価はM
T法とは呼べない」といった立場をとり,手法そのものの名称を別に定義したり,自らが代表を務め
るオーケン社のMT法解析ソフトから静特性のSN比を用いる機能を削除したりと,
「邪道」と呼ぶに
相応しい扱いをしているように感じられる。
一方,著者らの限られた数の評価から得た,暫定的な結論は下記の通りである。
(1) 白黒判定に近いステンレス鋼に対する淡水の腐食性評価においては,静特性のSN比に基づく
評価を行うことで,60~80 点の解を簡便に得ることができる。
(2) 白黒の境界が不明確になりがちな炭素鋼に対する腐食性判定においては,動特性のSN比に基
づく評価を実施しても,適切なパラメータ選定結果は得られなかった。
ただし,特に上記(2)については,著者らの評価が定量データとして「平均腐食速度」を採用したこと
の妥当性等について未だ議論の余地があり,現状で断定するには至らない。
(1)で指摘した「得られる解が70点程度のものである」ことについては,しばしば「MT法は厳密
性,定量性を欠く」との批判の根拠になっている。しかしながら,おおよその解が「非常に簡便に得
られる」ことの価値にも着目すべきであり,それが有効か否かは,評価者の抱える問題の特性やニー
ズに大きく依存すると考えざるを得ない。
-5-
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腐食メカニズムの解明・考察に資するほどの精度の高い評価を求める場合には,著者らの実施した
総当り評価 2)のような,別の手法の適用を検討するべきである。
MT法はどのような問題に対して有効なのか?
提案者である田口らが主張する方向性とは全く相反するものの,MT法は腐食性がある場合と無い
場合が明確に分離される「白黒問題」に対してこそ有効な手法であると考えられる。その理由は下記
の通りである。
上述のように,MDはその算出に用いる基準サンプル群のN個の項目値がそれぞれ正規分布に従う
ことを前提としている。これは,基準サンプル群がN次元空間中でひと塊となって分布しており,塊
の中心から離れた境界付近には,サンプルがまばらにしか存在しないことを前提としている,とも言
い換えられる。
一方,MT法を単なる白黒判定ではなく,異常度合い(腐食性の強さ)の定量評価にまで応用しよ
うとする場合には,基準サンプル群の中心(平均)とは特性の異なるサンプルほど,MDも腐食速度
も連続的に増大するという立場を取ることになる。このとき,基準サンプル群の境界付近においても,
腐食速度は連続的に増加していくことになるため,工学的判断として,ある基準値以下であれば腐食
なし,基準値以上では腐食ありとして評価を行うことになる。しかしながら,この場合の基準サンプ
ル群は,その特性から考えて「腐食有無の境界付近に位置するサンプルがまばらになる(発生頻度が
低い)」とは考えにくく,「基準サンプル群が正規分布に従う」というMDの前提とそもそも矛盾する
ことになる。
MT法考案者である田口ら自身が動特性のSN比に基づく異常度合いの定量評価を王道と位
置づけている以上,その可能性を否定するものではないが,適切な評価を実現するには,基準サ
ンプルの抽出や項目設定等に特段の工夫が不可欠になると考えられる。
まとめ
MT法には大きく分けてふたつの特徴がある。
(1) 異常値の判定に際し,正常サンプル群からのMDの大小のみに着目する
(MDの提案者であるマハラノビスは,正常および異常サンプル群の両方から未知サンプルま
でのMDをそれぞれ算出し,MDが小さい方の群に属すると判定した。
)
(2) SN比に基づき,正常・異常判定に有効な項目を選択することができる。
腐食問題への適用に際し,(1)の考え方については有効であり,交互作用項目の関数形等の検討により
更なる判定精度向上の可能性もあるが,(2)の適用性は十分ではない。ただし,SN比を使用しない以
上,品質工学会等では「MT法」との名称を使用することは適切でないとされる。
1) 熊谷,梅村:材料と環境, Vol.53, No.12, p.560 (2004).
2) 熊谷,梅村,額賀:材料と環境,Vol.55, No.5, p.193 (2006).
(熊谷克彦/東京電力株式会社技術開発研究所)
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MT法による炭素鋼の淡水腐食感受性評価
淡水中における炭素鋼の腐食性は、溶存する多種のイオンが相互に複雑に影響を及ぼし合う。
そのため、腐食性を評価する指標として、特定の溶存成分に着目した従来の指標(ランゲリア指
数、リズナー指数、ラーソン比)では、必ずしも充分な腐食性判定結果を与えない。MT法は、
各種イオンの影響を複合的に評価することが可能であり、この手法により炭素鋼の淡水腐食感受
性を正確に評価出来る可能性が示されつつある。
熊谷らは、国内外各地で採取された飲料水用の40種類の自然水中で炭素鋼の回転腐食試験を
実施し、自然水による腐食形態は以下の 5 種類に大別されることを示した1)。
(a) 腐食なし:全く腐食しない。(b) 孔食:孔食のみが発生する。
(c) 全面腐食:表面に生じた不均一腐食がやがて全面腐食へ移行する。
(d) 孔食 in 全面腐食:不均一腐食や全面腐食の腐食面に孔食が共存する。
(e) 不均一腐食の変形:多数の微小な孔食や小さな不均一腐食が部分的もしくは全面に発生する。
これらの水の中で腐食なし(a)の自然水で基準空間を作り、腐食性を示す自然水(b~d)が判定で
きるか検討した。自然水の分析項目としては、次の8項目を使用した。電気伝導率(Cnd)、pH、酸
消費量(M-alk)、全硬度(TotH)、Ca 硬度(CaH)、塩化物イオン濃度(Cl-)、硫酸イオン濃度(SO42-)、
イオン状シリカ(Si)。
まず水質の単独分析項目による判定を行なった。8 種の水質パラメータの中から選択項目を増
やし基準空間をつくると、選択項目の増大にしたがって、誤判定数は減少する。しかし、8種類
の全項目を使用しても、単独項目のみを使用する MT 法では、腐食性のある水(孔食のみを生じる
サンプル)を完全に分類することは出来なかった。
ところで、淡水による腐食挙動は、水質成分が相互に影響を及ぼしており、判定の精度を向上
させるためには水質項目間の交互作用を考慮する必要がある。図1は、単独項目とともに 2 種類
の水質パラメータの乗算値を新たな判定項目(交互作用項目)として用い、MT 法を適用した結果の
1例である。白は基準水サンプル群として使用した「腐食性なし(a)」の水、黒は「不均一・全
面腐食性(c~d)」を示す水、斜線は「孔食のみ(b)」を有する水である。ここで用いた判定項目
は図中の表に○印のついた項目である。ここで、表の対角成分は,当該行の水質パラメータ単独
項目を示し、非対角成分は、行パラメータと列パラメータの交互作用項目を示す。この結果によ
ると、腐食性のある水は、すべてが基準空間範囲以外に分布し、腐食性有り無しの判断が精度良
く可能(誤判定数が 0)となる。その他の組み合わせについても検討を行なっているが、誤判定
数 0 となる組み合わせは、多くの場合、SO42-単独ではなく、酸消費量との交互作用項目[SO42-×酸
消費量]が高い頻度で選択されている。炭素鋼の淡水腐食においては、一般に SO42-は腐食加速因
子であり、酸消費量は腐食抑制因子として作用すると考えられることから、これらの交互作用が
腐食判定に重要は意味を持つことを示している。また、孔食のみを生じる水質を含め、腐食性を
示す水を正しく判別する際、[SO42-×酸消費量]の交互作用項目とともに、SO42-と他の項目との交
互作用項目、電気伝導率と他の項目と交互作用項目、Si に関連する項目の交互作用項目の考慮が
有効でありことが分った。これらのことから、SO42-、電気伝導率、Si が炭素鋼の淡水中における
孔食挙動に大きな影響を及ぼしていることが示唆された。
以上の結果から、炭素鋼の腐食感受性評価に MT 法が有効であることが分った。判定の精度を
高めるためには水質項目間の交互作用を考慮する必要がある。また、MT法は腐食性を支配する
因子を明確にするためにも有効である。
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1)熊谷克彦、梅村文夫、額賀孝訓:材料と環境, 55, 193(2006)
2006 年 6 月 1 日
(梅村文夫/東京電力株式会社技術開発研究所)
10.0
7.0
Cnd
○
Cnd
pH
M-alk
TotH
CaH
ClSO42Si
6.0
5.0
4.0
3.0
pH M-alk TotH CaH
-
○
○
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
Cl-
-
-
-
-
-
SO42-
-
○
○
-
-
-
Si
-
-
○
-
-
-
○
-
Non-corrosive
Mahalanobis Distance
8.0
Corrosive
:Non-corrosive
:Corrosive (Pitting)
:Corrosive (Another types)
9.0
2.0
0.0
No.30
No.33
No.25
No.16
No.18
No.32
No.8
No.14
No.3
No.22
No.23
No.21
No.15
No.40
No.9
No.2
No.29
No.24
No.27
No.31
No.19
No.5
No.4
No.35
No.37
No.26
No.28
No.38
No.17
No.13
No.12
No.39
No.6
No.34
No.10
No.1
No.11
No.7
No.36
No.20
1.0
図1.
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MT法による炭素鋼の腐食性判定結果
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No. 038
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2006 年 6 月 1 日
銅管腐食への適用(1)
大
阪
兵
庫
①
富
和 山
歌
山
①
東
京
①
香
和 川
歌
山
②
京
都
埼
玉
①
兵
庫
②
愛
知
埼
玉
②
静
岡
三
重
石
川
①
福
岡
石
川
②
熊
本
山
口
群
馬
東
京
③
東
京
②
マハラノビスの距離
(1)淡水の腐食性評価 1)
空調用銅管の孔食について、MT 法適用による淡水の腐食性評価の有効性を調べるとともに、孔
食に関係する水質項目間の相関を考慮した 1 つの指標であるマハラノビスの距離と孔食による貫
通までの期間との相関、及び腐食発生
1000
有、無が未知の淡水について腐食性を
正常水
評価した。解析は冷温水中において銅
腐食水
100
診断水
管に孔食が発生していない(設置後 7
年以上経過)10 個のサンプル水(正常
10
水)及び孔食が発生した 11 個のサンプ
ル水(腐食水)、水質評価項目として pH、
1
導電率、塩化物イオン、硫酸イオン、
酸消費量(pH4.8)、全硬度、シリカの 7
0.1
項目を用いた。
サンプル水
その結果、[1]正常水と腐食水でマハ
図1 マハラノビスの距離による水質
ラノビスの距離が異なっており、正常水と
腐食水を判別できる(図1),[2]マハラノビスの距離と孔食による貫通までの期間の間に良い相
関は無かった(水質の腐食性の度合いが銅管孔食の発生・進行速度に依存しないものと推定),[3]
腐食発生有無が未知の淡水(東京③)はマハラノビスの距離による評価及び定電流(1μA/cm2)印加
試験結果から腐食性を有する,ことが分かった。
(2)銅管腐食に対する水質の影響 2)
淡水の中でも地下水において孔食が発生しやすいことが経験的に知られているが、上水と比較
して地下水で銅管が腐食しやすい原因については遊離炭酸以外の水質項目でほとんど論じられ
ていない。そこで、MT 法を用いて上水と地下水の水質判別を行って判別に有効な水質影響因子を
調べるとともに、上水と地下水で生成した銅管の表面皮膜を比較し、銅管の腐食(孔食)に対する
水質の影響について考察した。
解析には上水 15 個(正常水と定義)及び地下水 5 個(腐食水と定義)、
水質評価項目として pH、導電率、塩化物イオン、硫酸イオン、酸消費量(pH4.8)、全硬度、シリ
カの 7 項目を用いた。
解析の結果、[1]塩化物イオンを除く 6 つの水質項目が上水と地下水を判別するのに有効な水
質項目である,[2]上水(兵庫①)浸漬で生成した銅管表面皮膜は Cu の酸化物であるのに対して、
地下水(埼玉)浸漬で生成した銅管表面皮膜は Cu の酸化物の他に珪酸塩や炭酸塩も混在している,
ことが分かった。従って、地下水は銅管腐食に対して多くの水質要因が関与し、その結果として
地下水(埼玉)で生成した銅管の表面皮膜は Cu の酸化物の他に、珪酸塩や炭酸塩を含んだ不均質
な膜となり、銅管に孔食が発生しやすい原因になっているものと推定された。
参考文献
1)H.Kawarai and
2006,p.215(2006).
2)H.Kawarai and
2006,p.219(2006).
S.Miki,
Proceedings
of
JSCE
Materials
and
Environments
S.Miki,
Proceedings
of
JSCE
Materials
and
Environments
(瓦井
久勝/三菱電機)
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腐食センターニュース
No. 038
MT 法特集号
2006 年 6 月 1 日
銅管腐食への適用(2)
1.はじめに
銅管の腐食,特にここでは淡水環境下での孔食の問題にMT法を適用した例を紹介する 1)。銅
管孔食は,Ⅰ型,Ⅱ型,マウンドレス型と分類されているが,本報ではマウンドレス型孔食に着
目した。先ず人工淡水を用いたビーカー試験を行い,マウンドレス型孔食の再現を試みた。次に
試験に用いた人工淡水の水質が日本の水道水のそれと比べて異質なものであるかをMT法によ
り調べた。
2.試験内容
表1 人工淡水の成分
試験水として,表1に示すような人工淡水
SiO2 SO42pH
EC
HCO3- Ca2+
ClNa+
(ppm) (ppm) (ppm) (ppm) (ppm) (ppm)
(mS/m)
を用いた。淡水に必ず含まれると考えられる
RW01
31
42
8
11
38
14
6.71 18.54
RW02
33
8
8
21
17
6
6.97
7.35
シリカ,硫酸イオン,塩化物イオン,重炭酸
SW01
40
50
10
10
21
10.5
6.92 18.42
SW02
0
50
10
10
21
10.5
6.93 17.81
イオンを濃度パラメーターとし,SW01~
SW03
40
0
10
10
0
10.5
7.16
5.59
SW04
40
50
0
10
21
4
6.78 14.34
SW12 の 12 種類の人工淡水を用意した。
SW05
40
50
10
0
21
6.5
5.8 16.59
SW06
40
50
10
10
0
34
6.82 18.17
RW01,RW02 は実際の水道水,BLANK は
SW07
40
50
0
0
21
0
5.74 12.99
SW08
40
50
0
0
0
24
5.78 13.91
イオン交換水である。これらの試験水中に半
SW09
40
0
10
0
0
6.5
5.62
3.86
SW10
40
0
0
10
0
4
6.75
1.76
割した銅管を1年間浸漬し,孔食発生状況を
SW11
40
0
0
0
0
0
5.73
0.16
SW12
100
50
10
10
21
10.5
6.8 17.74
BLANK
0
0
0
0
0
0
5.76
0.16
調べた。
3.試験結果
表1に示す人工淡水のうち,マウンドレス
型孔食が再現されたものは SW01,
SW01
SW06
SW06 であった。これらの孔食の一例
を図1に示す。人工淡水下でもマウン
ドレス型孔食が再現出来ることが分か
った。このことからマウンドレス型孔
食は,銅管表面上の残留カーボン等の
材料因子,水温や流速などの使用状況
に依存せず,純粋に水質因子だけで決
図1 人工淡水下で発生したマウンドレス型孔食
定されることが分かる。
4.MT法による水質評価
試験結果よりマウンドレス型孔食発生には,水質のみが関与することが分かった。MT 法で重
要になるのが,(1)計測項目の選択,(2)単位空間(基準空間)の定義であるが,今回は人工淡水を
用いたため,水質のみを計測項目として選べば良いことになる。具体的には,シリカ,硫酸イオ
ン,塩化物イオン,重炭酸イオンの4水質項目を計測項目とした。単位空間として必要なデータ
は本来,「銅管孔食が発生しない水質データ」であるが,孔食が発生しない水の水質データを多
数収集するのが困難であるため,今回は日本の水道水 186 サンプルを単位空間として選んだ 2)。
通常,MT法は次のステップで解析を行う。
(1)計測項目を設定する
(2)正常と考えられるデータを収集し,単位空間を定義する
(3)未知状態のデータを収集し,マハラノビスの距離(MD)を求める
(4)正常状態と異常状態の識別力を SN 比によって計測する
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No. 038
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2006 年 6 月 1 日
(5)異常と正常の識別力があると判断されれば,計測コストを考慮するため識別力を考慮し,計
測項目を減らす
今回の解析では,上記(4),(5)のステップに当たる「SN 比による項目選択」を行っていない。タ
グチメソッドの真髄は,上記ステップの(4),(5)にあるので,(4),(5)をスキップした今回の解析
は MT 法とは呼び難く,単に「マハラノビスの距離を用いた判別分析」と呼んだ方が正しいもの
と思われる。
日本の水道水と今回用いた試験水の MD のヒストグラムを図2に示す。日本の水道水の MD は
その全てが 4 未満となった。一方,今回用いた試験水の MD は 0.69~14.02 の範囲で分布した。
仮に MD が 4 以上を腐食する水と定義すると,RW01,SW01,SW02,SW04~08,SW09,SW12
が腐食する水に当たる。マウンドレス型孔食が発生した人工淡水(SW01,SW06)の MD は 6.14
であり MD≧4 なので,腐食性判別は一応のところ成功している。ただし,MD が 14.02 と最も
大きい SW12 では腐食は発生しておらず,緑白色の厚いスケールが生成しているのみであった。
このように,
「MD が大,イコール腐食する水」と考えるのは早計であり,あくまでも MD が大
きい水は,単位空間に選んだ水とは異なるということしか判別出来ないことに注意が必要である。
9.5~
9~9.5
8.5~9
8~8.5
7.5~8
7~7.5
6.5~7
6~6.5
5.5~6
5~5.5
4.5~5
4~4.5
3.5~4
3~3.5
2.5~3
2~2.5
1.5~2
1~1.5
0.5~1
0~0.5
出現頻度
5.まとめ
人工淡水
70
日本の水道水(186サンプル)
60
を用いて銅
今回の試験水(15サンプル)
50
管のマウン
40
30
ドレス型孔
20
食を再現す
10
0
ることに成
功した。この
MD
ことから,マ
ウンドレス
図2 日本の水道水と今回用いた試験水のマハラノビスの距離のヒストグラム
型孔食を発
生させる要
因は純粋に水質のみであることが分かった。MT法により,マウンドレス型孔食が発生する水質
は,日本の水道水とは異なることが示唆された。
参考文献
1) 境昌宏,世利修美:第 52 回材料と環境討論会講演集,p.457(2005)
2) (社)日本水道協会監修:水道水質データベース(http://www.jwwa.or.jp/mizu)
(境昌宏/室蘭工業大学)
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No. 038
MT 法特集号
2006 年 6 月 1 日
各水質項目に対する統計値の任意設定による基準空間のカスタマイズ化
MT 法を用いた淡水の腐食診断は,多変量解析法検討会において議論が行われ,ステンレス鋼,
銅および炭素鋼などへの適用が目指されている.これまでの適用では,腐食に対する水質の判定
を MT 法により行える可能性があることを十分に示しているが,結果に含まれる誤判定も多く,
その実用化には更なる高精度化が望まれる.従来の MT 法では実際のサンプリングによりデータ
を収集して基準空間の作成を行っているため,次の問題点が含まれる.
(1)収集したデータは地域により偏りがあると考えられるため,データ数が多いほど良い基準空
間が作成されるとは限らない.
(2)重炭酸イオンなど腐食を抑制する要因は,基準空間に適した値の範囲を限定できない.すな
わち開いた基準空間になってしまい,標準偏差の意味を持たなくなってしまう.(3)基準空間を
作成する際は,データ 1 つ 1 つを問題としているわけではない.実際に使用しているのは,基準
空間データにおける各項目の平均値,標準偏差および相関係数のみである.
従って,これらの統計値を任意に設定することで,各腐食条件に適した基準空間を個別に設定
することができる.i 番目の判別データのマハラノビス距離 Di2 は式(1)で表される.
2
Di =
1 k k
∑ ∑ apqXpXq
k p=1q=1
(1)
ここで k は水質項目数,apq は基準空間における相関係数の逆行列成分(p 行 q 列),X は正規化し
た後の水質成分を表す.また,正規化は式(2)を用いて行う.
X ij =
x ij − yj
σj
(2)
x ijは成分 j(j=1,2,…,k)の水質因子,yjは基準空間における成分 j の平均値,σ は基準空間にお
ける成分 j の標準偏差を示す.式(1)および(2)より,判別データの Di2 に影響を及ぼすのは,基
準空間データの平均値,標準偏差 σ および相関係数の逆行列成分 apq の 3 項目であることがわか
る.平均値を変化させることは,基準空間の中心を移動させることを意味する.標準偏差を変化
させることは,基準空間の大きさを変化させることに対応する.また,相関係数は基準空間の傾
きを意味する.これらの値を任意に変化させることによって,最適な基準空間を作成することが
できる.市販のソフトウェアを用い 40 サンプル中の誤判定が 6 件となる炭素鋼腐食データ群に
対し,板垣ら 1)は上記の概念を用い誤判定を 3 件まで低減できることを報告している.さらに,
本法では腐食技術者の経験と腐食メカニズムの解析から理論的に基準空間を作製することがで
き,収集データの欠乏した腐食系にも対応できる.
1)板垣昌幸,髙宮枝里,渡辺邦洋,額賀孝訓,梅村文夫:材料と環境(2006 年 7 月掲載予定)
(板垣昌幸/東京理科大学理工学部)
目次
No. 038
―MT法特集号―
2006年6月1日
MT法で水質の腐食性が判別できる!
1 発行者: (社)腐食防食協会
MT法の計算手順
3
ステンレス鋼管腐食への適用
4 〒113-0033 東京都文京区本郷1-33-3
腐食性判定精度向上へのアプローチと「MT法」の適用性
5
MT法による炭素鋼の淡水腐食感受性評価
7 電話: 03-3815-1302
銅管腐食への適用(1)
9 Fax: 03-3815-1303
腐食センタ-
(東京プロダクツビル2F)
10 email: [email protected]
銅管腐食への適用(2)
URL:http://www.corrosion-center.jp/
各水質項目に対する統計値の任意設定による基準空間の
12
カスタマイズ化
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