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まつやま中学生海外派遣 レポート
~姉妹・友好都市訪問&異文化体験~
ドイツ班は 7 月 21 日から 31 日までの 11 日間、フライブルクとオーストリアのイ
ンスブルックなどを訪問しました。
フライブルクではドイツサッカー1部リーグの「SC フライブルク」のスタジアム
見学やエコ・ステーションでの環境学習などを行い、インスブルックでは旧市街で英
語研修、農家体験などを行いました。
第29回
派遣事業概要
GERMANY
ドイツ班
( 財 ) 松 山 国 際 交 流 協 会 で は、 毎 年 夏 休 み 中 に
「まつやま中学生海外派遣」を実施しています。
この派遣は、松山市の姉妹・友好都市での交流
や体験学習、ホームステイなど、文化や言葉の違う
人達との交流を通して、いろいろな価値観があるこ
とを学び、広い視野を持って物事を見ることができ
る国際性豊かな人材の育成を目的としています。
今 年 度 か ら は 新 た な 試 み と し て、 昨 年 度 に
*
「 中 学 生 チ ャ レ ン ジ プ ロ ジ ェ ク ト 」 へ 登 録 し、
一年を通じて国際交流活動に参加した中学生を
46
対象に派遣生の募集を行いました。その中から選
考された 名が、三日間の事前研修の後、アメリ
カ、ドイツ、韓国へ そ れ ぞ れ 派 遣 さ れ ま し た 。
7月21日(木)
7月24日(日)
7月26日(火)
7月29日(金)
7月31日(日)
8月 2 日(火)~7日(日)
8月 5 日(金)
8月 中 旬
8月20日(土)
この派遣を通して学んだこと、心に残ったこと
7月10日(日)
などをレポートにま と め ま し た 。
6月26日(日)
派遣説明会
事前研修会①
事前研修会②
結団式・壮行会
事前研修会③
ドイツ班出発
韓国班出発
アメリカ班出発
韓国班帰国
ドイツ班帰国
平澤市中学生受入(韓国班)
アメリカ班帰国
事後研修
報告会
*
「 中 学 生 チ ャ レ ン ジ プ ロ ジ ェ ク ト 」の 詳 細 は
6月19日(日)
8ページをご覧くだ さ い 。
*派遣事業全体スケジュール*
( 財 ) 松山国際交流協会
まつやま国際交流センター 発行
2011 年 10 月
アメリカ班
USA
アメリカ班は 7 月 26 日から 8 月 5 日の 11
日間、サクラメント・サンフランシスコを訪問。
サクラメントでは年に一度開催されるカリフォル
ニア・ステート・フェアを体験。また、サンフラ
ンシスコでは農業体験や環境保護ボランティアも
行いました。
韓国班受入
JAPAN
8 月 2 日から 7 日まで、今度は平澤からの中学生
が松山にやって来ました。韓国班のメンバーはそれぞ
れ、派遣時に交流したパートナーを受け入れました。
日本の文化体験や中島での海洋・自然体験など、松山
での交流を楽しみました。
1
韓 国 班
KOREA
韓国班は 7 月 24 日から 29 日まで平澤を訪
問し、
「韓中日青少年国際交流キャンプ」に参加。
中国・寧波(ニンボー)や秋田県の子どもたち
とともに伝統民俗遊びやタイルペイントなどの
文化体験、料理作りなどを行いました。
もう一つの家族
遠藤
里奈
頭、ヤギを2頭、犬を3匹、
料理を作るのがとても上手な方です。私たちのホー
ムステイ中たくさんの料理を作ってくれました。特
に好きな料理は、
「リンゴとチーズがのったサラダ」
と「インドカレー」です。ナンにカレーをつけて食
アメリカでの思い出
り、ショッピングに行ったり… Rhee
さん
は、
Family
明るく、いつも私たちを気遣ってくれました。
私が、この研修で楽しみにしていたホームステイ
は、最高で、とても充実し、一生の思い出です
した。そういう事が嬉しかったので、心の広い人間
れました。パブロも分からない英語を教えてくれま
ドバイスをもらいながら進めるゲームは楽しかった
宅後は、グレンさんとボードゲームをしました。ア
別れる時は、悲しかったですが自分の精一杯の感
です。
二つ目は、何もかもがでっかいことです。アメリ
になりたいと思います。
カの面積やビルもそうですが、ジュースには驚きま
とコミュニケーションをとれるように、様々なこと
穂高
また、他の様々な研修も楽しくて、すべて自分の
した。マックでジュースのSサイズを注文すると日
に挑戦しました。私のように中学生でこのような貴
木谷村
プラスになり大きな経験となりました。このような
本のLサイズくらいの大きさのものが出てきまし
重な体験ができた人は少ないと思います。この経験
松山市立内宮中学校
今、僕はホームステイ先のお父さんのラミレスに
すばらしい機会を与えてくださった、海外派遣でお
た。それと、ステートフェアの昼食でジュースLを
特に心に残っていることは、バッシュを買いたい
アメリカから帰って次の日から部活動の四国大
ごく気に入った。
軽くて履き心地もよく、足にも合ったので、僕はす
新しく生まれた大切な家族
と答えた。ロザリオファミリーの他に、大学生のパ
初めての海外。アメリカの国・人・食べ物・建物・
今回の派遣を支えてくださった全ての方々に感謝し
をこれからの人生に役立てていきたいです。そして、
ンシスコという都市を訪れました。その二つの都市
僕は、今回の海外派遣でサクラメントとサンフラ
中川
僕は、アメリカでの生活を経験して、一回りも二回
での思い出について紹介したいと思います。まずサ
松山市立拓南中学校
アメリカでの思い出
ます。
その時は、お腹をこわしそうでした。アメリカの人
三つ目は、学ぶことが多い事です。日本からアメ
リカに行くことでお互いの国の良い所、悪い所がよ
く分かった気がします。アメリカの良い所はユニー
クでちょっとやそっとでは気にしない所、笑いが絶
えなくて、みんなが元気な所です。悪い所は、
大ざっ
ぱすぎる所、交通整備の悪い所です。少しアメリカ
りも心が成長したように思います。この海外派遣で、
クラメントです。僕のサクラメントでの一番の思い
の感覚に近づいた気がします。
一番 好 きな国がアメリカになり ました。ほんの一部
出は、やっぱりホームステイです。ホストファミリー
の 方 と 過 ご し た 3 日 間 は と て も 貴 重 な も の で し た。
しか知りませんが、アメリカが好きです。特に人柄
ホームステイ中は、いろいろな所へ連れていっても
と町並み、文化が好きです。この事を踏まえて、日
雄登
は体も、声も大きくて圧倒されっぱなしでした。
今回の海外派遣では、英語でできるだけ多くの人
選んでもらったバスケットシューズを履き、部活動
世話になった方々に感謝します。また、この経験を
注文すると1リットル以上のものが出てきました。
謝の気持ちを伝えました。
攻略方やヒントなどを教えてくれてとてもおもしろ
に励んでいる。そのバッシュを見るたびに、ロザリ
人生の財産として、これからの生活に生かしていき
べました。
さんは、ボードゲームの達人です。
Glen
などのボードゲームの
BATTLESHIP
かったです。2日目、近所の公園へ散歩に行きまし
オファミリーと過ごしたあの楽しかった3日間を思
たいです。
や
Checkers
た。お 昼 か ら
い出す。
「チョコチップクッキー」を作りました。出来上がっ
会、また全国大会と続き、忙しい夏ですが、おそら
れました。お別
くれたことだ。5件目にして、お父さんが「 This is
」と言い、このバッシュを僕に手渡してくれた。
good!
れをするのはと
ても悲しかった
楽しい3日間で
ブロの友人3人も一緒に行った。高得点をねらうの
催し物の規模など、その大きさに驚き、 日間とい
花奈実
した。これから
ではなく、どれだけ面白い投げ方をするかで競い合っ
田中
さん
Carson
う日程の全てが刺激的でした。
済美平成中等教育学校
も
た。僕も負けじと後ろを向き、股の間からボールを
それから、その日の夕食後には、お母さんが「 Let's
」 と 言って き た。 僕 は 迷 わ ず「 OK!
」
go to bowling!
と手紙を交換し
私 は、「 ホ ー ム ス テ イ 」 が 楽 し み で し た。
「プー
頃の私生活や学校生活
らいました。ボウリング、プール、ショッピングセ
ル が あ る か ら 水 着 を 持 っ て き て。
」「 BBQ
(バーベ
す。将来は海外派遣で
に生かしていきたいで
ンターなどに行きました。しかし、一番印象に残っ
キューパーティー)を計画中。」と、テレビで見る
学んだことを生かせる
工場に行ったことです。ジェリービーンズは食べた
ているのは
アメリカ感いっぱいのホームステイ先の事前情報が
仕 事 に つ き た い で す。
ことがなかったのですが、食べてみるとおいしかっ
次にサンフランシスコです。サンフランシスコで
というジェーリービーンズの
JellyBelly
お父さんとロシア人の
せてくれた父さん、母
こんな貴重な体験をさ
あ っ た か ら で す。 韓 国 系 ア メ リ カ 人 の Yul
(ユル)
(ジョーン)お母さん
Joan
が受け入れて下さいました。そして、毎日、孫で4
も連れていってもらったり、家族全員で夕食のピザ
にロザリオファミリー
には感謝の気持ちで
歳になる双子の兄妹が遊びに来てくれました。プー
自分が知っている単
いっぱいだ。
たです。この写真もその工場で撮ったものです。
を作ったことも忘れられない思い出になった。本当
その他に、カヌーやカーショー(車のショー)に
転がしてストライクを取った。すごく楽しかった。
す!
小山
さ ん、 国 際 交 流 セ ン
協力してくれた皆さん
ターの皆さん、先生方、
ルは広くて、 BBQ
は子供たち家族が集まってくれ、
心からの温かいもてなしをして頂きました。お皿洗
語とジェスチャーでコ
いを手伝ったり、近くの大きなスーパーで買い物し
たり、アメリカの日常をワクワク・ドキドキしなが
感じることができまし
ことの大切さを肌で
レンさんに言われたときは、私の家では信じられな
した。庭によく鹿やタヌキがやってくるんだよとグ
1 で 勝 ち、
と思います。
野田
I can do it』!
松山市立東中学校
智幹
中で発揮できたらいい
経験を、今後の生活の
今回のアメリカでの
た。
とてもいい試合でし
ンツが8
た。試合は、ジャイア
魅了されてしまいまし
リーガー達のプレーに
ダイアモンドバックスでした。メジャー
の一番の思い出は、メジャーリーグ観戦です。ジャ
ミュニケーションを
ことが多かった。僕は、
ら体験することができました。
有沙
イアンツ
図ったが、伝わらない
もっと英語を話せるよ
アメリカでの体験
愛媛大学教育学部附属中学校 中尾
私にとってアメリカで過ごした一日一日が驚きの
連続でした。そして、すべての事に感動した日々で
中でも、特に心に残っていることはホームステイ
した。
キと不安でいっぱいでしたが、いざとなればそれがワ
です。私は、英語があまり得意ではないのでドキド
初日は、家の庭と猫三匹の紹介をしていただきま
です。
い事をあまり言葉に出来なかったけど、将来、英語
『
本当にありがとう。
サンフランシスコに着いてまず私が感じたこと
私はアメリカで、たくさんの一生の宝物を与えら
私は期待で胸を弾ませていました。
に行きました。アメリカのジェットコースターに乗っ
うになって、再びアメ
に飾ってくれました。私の大切な新しい家族ができ
でうれしかったです。残った「そうめんつゆ」は棚
おいしいね。」と、みんなが笑顔で言ってくれたの
家 族 み ん な に 食 べ て も ら い ま し た。
「簡単に作れて
私は、短時間で簡単にできる「五色そうめん」を、
れました。それを大きく3つに分けて、紹介したい
すてきな出会い
た喜びでいっぱいです。
派遣事業に参加させて頂き、ホームステイなどの
遣された仲間を通し
愛媛大学教育学部附属中学校 竹本
長かったようであっという間だった 日間。この
て、
「協力し合う」「助
国際交流や、一緒に派
日間は、私にとってかけがえのない日々でした。
け合う」
「理解し合う」
海帆
リカの地を踏みたい。
て「アメリカ人の心臓ってどうなっているのだろう?」
き、帰国した次の日に手紙を送りました。これから
ホストマザーのかずよさんにはとてもよくして頂
た友達や、ホストファミリーとの出会い…。特に、
1つ目は、『出会い』です。一緒にアメリカへ行っ
と思います。
だ、だまって乗っているだけでした。
「 DISCOVERY
」は遊園地だけではなく、動 物のショー
KINGDOM
の
Shouka
ショーです。 Shouka
はシャチです。シャチを私は初
2つ目は、『夢』です。私はアメリカに行くまで
も交流していきたいなと思います。
飛行機に乗ったこともなく、東京やアメリカは別世
めて見たので、感激しすぎてテンションが大変なこと
ころに座ったので、 ・3回くらい塩水をあびて、帰
になりました。ショーを見たときに塩水がかかると
界の感覚でした。でも、実際行ってみるとすごく身
研修の中で一番心に残っているのは、ホームステイ
でどんな事でも伝えられるようになって、もう一度、
近なイメージになりました。今回は、自分の伝えた
る時はすごく寒かった
です(笑)
。
ホストファミリーの
方々には本 当にお世話
そこでは、野生の七面鳥や鹿などを見ました。午後
二日目は、
午前中に近所の国立公園へ行きました。
いなと思いました。
繋げていきます。本当
からは娘さんであるマリさんのお宅へ行き、ピーチ
し、これからの生活に
た。 こ の 経 験 を 生 か
アメリカへ行きたいです。
妻。奥さんとは英語での会話で、私はいつもハチャ
にありがとうございま
3つ目は、『感謝の心』です。アメリカという違
にな り、感 謝 をしてい
う環境で生活する中で、私は家族や親友の大切さを
メチャな英語だったと思います。(もっと、英語を
さん夫
Rhee
といって も 過 言では あ
改 め て 感 じ ま し た。
僕は今回の派遣でたくさんの経験ができました。
り ません。この海 外 派
その中で一番印象的だったのは、やはりホームス
の時や、ホームス
WELCOME PARTY
パイとクッキーを一緒に作りました。私は桃の皮を
テイです。
気持ちでいっぱいになりました。
ることをすべては理解できなかったけれど、嬉しい
テイの初日は、まだまだ緊張して自分から話しかけ
それから、アイス
三日目は、
クロッカーアート美術館へ行きました。
格別でした。
むく係だったのですが、自分たちで作ったお菓子は
した。
ありがとうアメリカ
勉強してくるんだったと少し後悔…。)しかし、話
MATSUYAMA
小学校や、ビッグスーパーに連れて行ってもらいま
ホームステイ1日目は、近所にある
られたことに、心か
を 食 べ に「 ウ ェ
が優しく声をかけてくれました。話してい
Lindsey
ザービー」という
る こ と が で き ま せ ん で し た。 そ ん な 時、 一 番 上 の
僕はアメリカに行って感じた事が三つあります。
様々な年代・国の作品が展示してあり、とてもおも
一つ目は、アメリカに住んでいる人は優しいとい
し ろ か っ た で す。
本 と の 違 い に 驚 き、
うことです。派遣生である僕達に、とにかく気を配っ
辻岡
大はしゃぎしまし
2日目は、みんなで Bowling
や Shopping
をして、
夕方からは
のバスケットボールチームの仲
Lindsey
をしました。その頃にはず
Party
松山市立内宮中学校
た。とにかく種類や
てくれます。分からない事があっても親切に教えて
れた缶詰を見て、日
量の多さにはビック
くれて、安心して過ごす事が出来ました。中でも一
家族も一緒に集まっ
2日目は、娘さん
ました。「 Sorry
」と謝るとマルコスが「 Sorry?
」と
に電話をかけた時、時差もあって夜遅くまでかかり
番優しかったのは、ホストファミリーです。僕が家
お店に行きまし
リ仰天!
品棚にぎっしり積ま
した。スーパーは、本当に大きくて、店内の高い商
生の宝物は、とても
行って与えられた一
私がアメリカに
ら感謝します。
験をする機会を与え
が通じたときはものすごくうれしかったです。
遣は一生の宝物です。こ
の経 験を将来に生かせ
るようにがんばります。
優里
一生の宝物「ホームステイ」
小倉
1日では語れないく
らい大きなもので
す。これからは、こ
れら一生の宝物と共
に、いろんなことに
挑戦していきたいで
す。
聞 き 返 し て か ら「 Don't worry
」と笑顔で言ってく
て、 BBQ
を し た り、
家のプールで泳いだ
イスは、まるで山
た。このお店のア
片言ながらも会話できるようになりました。
いぶんと打ち解けて、ジェスチャーを交えながら、
間たちとプールで
べないうちに満腹
興奮しました。
れました。アメリカらしいカラフルな工場にとても
3日目は、 Jelly Belly Factory
へ連れていってく
になりました。帰
いたので半分も食
のように盛られて
▲ウェザービーのアイス
松山市立久谷中学校
私 が 一 番 楽 し か っ た の は、 や は り「 ホ ー ム ス テ
イ」です。ホームステイで3日間お世話になったの
は Mr. Glen Carson
と Ms. Yuko Carson
です。
さんの家には、3匹の猫がいました。私は
Carson
猫が苦手だったのですが人になついていたので、好
きになりました。 Yuko
さんは絵 をかく 芸術 家でも
幸一郎
中学2年生の夏、こ
で初めて出会った
Welcome Party
クワクと楽しみに変わっていたような気がします。
11
もやっていました。私が一番感激したのは
と思いました。私は怖すぎて悲鳴も上げられずにた
!!
んなに素晴らしい経
ま す。 も う一つの 家 族
11
地 で す。
「 DISCOVERY KINGDOM
」 とい う 遊 園 地
は、「寒い 」ということです。でもそれと同時に、
賛美
していきたいで
て、末永く交流
けれど、本当に
く人生で一番充実した夏だと思います。
僕のために、お父さんがスポーツ店を 件も回って
一生の宝物
に 行 き ま し た。 4 日 目 の 朝、 Glen
さ ん が 送って く
日目には、美術館と、お勧めのビッグアイスを食べ
たパイは、みんなで映画を見ながら食べました。3
さんの 娘、マリ さんのお う ち
Carson
へ行ってお 菓 子 作 り をし ました。
「 ピーチパイ 」 と
!!
もう一つ楽しかったことがあります。それは、遊園
松山市立城西中学校
5
をあげました。私は動物が好きなので、幸せでした。
猫を4匹飼っていました。農業体験は馬とヤギに餌
です。その家では馬を
私がホームステイで一番楽しかったのは、農業体験
行ってくれました。
グモールや遊園地などいろいろなところに連れて
は本当に仲良くさせていただきました。ショッピン
と涙があふれてきました。ホストファミリーの方と
ホストファミリーの方々とお別れの時、私は自然
松山市立桑原中学校
サクラメント市の市旗
あり、たくさんの猫の絵を描いています。また、お
▲お世話になったRheeさん夫妻
2
−
▲ 持 参し た 浴 衣 を 着 てGLENさん と
YUKOさんと一緒に写真をとりました。
▲アメリカの海
VS
15
11
アメリカ 班
2
楽しい時間はあっという間に過ぎ、別れの時がき
てしまいました。何もできなかった僕に、優しくし
に 感 謝 し つ つ、 ま た い つ
Maseba Family
か再会できることを願い、そして日本に帰ってから
てくれた
★大切な経験★
いるのは、ホームステイです。私が一緒に過ごした
私が、今回のアメリカへの派遣で一番心に残って
萌
次に思い出深い出来事は、メジャーリーグ観戦です。
ホストファミリーはみんなとても優しくて、温かく
平松
ジャイアンツとダイヤモンドバックスの試合を
私を迎えてくれました。今回のホームステイは私の
済美平成中等教育学校
写 真 に 納 め よ う と、 マ ウ ン ド の 近 く に い っ た と こ
もメールで交流を続けることを約束しました。
ろ、偶然にもファールボールが飛んできました。手
中で大切な経験になったと思います。
ショッピングへ出かけたり、プールへ行ったりし
を伸ばしたものの取ることができませんでした。す
ると隣にいた人が「この子にあげなよ」と、アピー
テイです。ホストファミリーの方は、ユーモアあふ
丁寧に発音してくれて、聞き取れて質問に答えられ
います。ろくに言葉が通じない私に、一単語一単語
た。「 ア メ リ カ に 行 っ
私はこの海外派遣でたくさんのことを学びまし
この写真はその時に撮ったものです。
別れました。最後は涙が出そうになったりしました。
た。別れるときは、みんなとハグして写真を撮って
場所に行くまでの道のりがとても短く感じられまし
そして一番の思い出は最後の別れの朝です。集合
た。
中はたくさんのイベントを用意してくれていまし
たときは、一緒に喜んでくれました!ホームステイ
れる陽気な人達ばかりで、あっという間に 日間が
過ぎてしまいました。子供 人、大人 人を呼んで
のホームパーティーは圧巻でした!
楽しい事ばかりだったアメリカ派遣。僕にとって
の一生の宝物になりました。
アメリカ派遣体験記
圭太
て語学力以外のことを
山口
身に付ける」という目
済美平成中等教育学校
着いた瞬間、全てが違うと体が感じ取った。アメ
標を私は持っていまし
ました。私たちが訪れたショッピングモールはとて
リカに行くまでは、「日本とは言語や食文化が違う
た。目標は達成できた
ル し て く れ、 ボ ー ル を ゲ ッ ト す る こ と が で き ま し
だけだ。」と決めつけていた。出発の前夜もそんな
と感じています。この
も大きく、その大きさに驚きました。買い物を英語
他 に も、 美 味 し い ハ ン バ ー ガ ー 屋 さ ん に 連 れ て
軽い気持ちでいたから、ぐっすり眠ってしまってい
活動をこれからの自分
でするのも良い経験になったと思います。
言うと、ハイタッチを
行ってくれたり、アメリカのスイーツを食べさせて
た。着いてまず思ったのは「匂い」が違うというこ
た。僕はとてもうれし
してくれました。近く
とだった。その国の匂いは、そこの食文化や生活様
にちゃんと活かしてい
くれたりしました。また、そのホストファミリーの
式、街の作りなどからできたものだと思う。つまり、
きたいです。
家では、特別な日にチョコレートケーキを食べるそ
日本とは何もかもが違っていたということである。
にいた人もハイタッチ
て、大きなチョコレートケーキを用意してくれてい
正直焦った。アメリカについたらもっとわくわくす
をしてくれました。気
最高に嬉しかったで
ました。その言葉を聞いた時、私はとても嬉しくて
持 ち が 伝 わ っ た 瞬 間、
す。また、アメリカ人
大きな文化の違いに戸惑った。ホームステイの家で
部屋の中に土足で入ることをはじめ、最初はその
まさっていた。
ませんでした。一緒に生活する中で私は、日本で英
は、最初靴を脱いで笑われてしまった。しかし慣れ
一番大きな違いは、人間であった。この旅で一番
由の国」と呼ばれる理由がわかった気がした。
てみると、とても快適なものだった。なんだか「自
語を話すのとは全く違う、と感じました。発音がネ
ようになりたい!”と
らすらと英語を話せる
“もっと英語力を上げたい!”そして、“現地でもす
今回、このホストファミリーと過ごしたことで、
イティブなせいか、聞き取りにくかったです。
私のホストファミリーは、日本語がほとんど話せ
ると思っていたのに、その時、自分の中では不安が
の
耶帆
さに感動し
friendly
延川
ました。
日間の宝物
済美平成中等教育学校
時間のフライトは楽しみにしていた分、長く感
松山市立道後中学校
芳野
陽香
とうとう、アメリカにやってきました。サンフラ
ンシスコは、思っていた以上の寒さでびっくりしま
思うようになりまし
しかし、自分が意識して使っていたのではない。現
したが、今日からアメリカ派遣のスタートです。
じられました。空港を出て乾燥した冷たい空気を感
た。将来、アメリカを
地の人に馴染もうと、真似をしていたら自然とそう
ウェルカムパーティの時は、ホストファミリーの人
。これ
excuse me
じた瞬間、サンフランシスコに来たという実感が湧
もう一度訪れて、その
なったのだ。本当にいい人ばかりだった。人とすれ
は、用事があって帰ってしまい、あまり話すことが
回は使ったと思う。
多く使った言葉は、 thank you
と
きました。何もかもが新鮮で、窓の外を見ているだ
時には完璧な英語を話
違 え ば 必 ず 笑 顔 で 挨 拶 し て く れ た り、 日 本 人 で す
にもかかわらずホッカイロが欲しくなるほど寒かっ
まずサンフランシスコに到着して驚いたのは、夏
ステイです。
できませんでした。でも、
「金曜日に迎えに行く」と
あ ち ゃ ん 達 が 迎 え に 来 て く れ て、 家 に 向 か い ま し
の 人家族です。
Alison
歳の
部屋もある大きな家でびっくりしまし
た。家は、
、 歳の
Justin
私は、あまり英語を話すことが得意ではないので、
日間大丈夫かな?と不安でしたが、みんな、ゆっ
ンがとれました。
くり分かりやすく話してくれて、コミュニケーショ
楽しかった 日間は、あっという間に過ぎてしま
まおとしで遊んだり、とても盛り上がりました。
に日本語を教えたり、お土産で持って行った、だる
連れて行ってもらいました。また、 Justin
と
ホ ス ト フ ァ ミ リ ー に は、 シ ョ ッ ピ ン グ、 Jelly
・
・ Factory
や、いとこの家でのパーティなどに
Belly
Alison
当にありがとう
山本
外国と日本の違い
松山市立拓南中学校
いました。お別れの時は、みんなで何回もハグをし
もっと英語を話せるよ
私はこの研修を通して、
多くのことを学びました。
メリカ流の応援をして
に僕も一緒になってア
援が辺り一帯に響きわたりました。気が付くと自然
になってしまうのではないか、とホームステイ前日
単語や英文も相手に通じているかもわからない状況
ムステイです。言葉も通じず、自分の発音している
初めての海外で一番楽しかったことはやはりホー
回のアメリカ派遣を通
とスムーズに会話が出来るレベルになりたいと、今
ファミリーとは、たくさん会話が出来たけど、もっ
て、別れを惜しみました。
うになって、またここ
いました。とても楽し
初めて会ったとき、アリスンちゃんがいきなり抱
きついてきたことが印象的で、まだはっきり覚えて
ました。
す。ありがとうござい
らったことに感謝しま
派遣に参加させても
かったです。アメリカ
経験でき、本当に楽し
出来ない事をたくさん
また、日本では体験が
し て 強 く 思 い ま し た。
を訪れたいです。この
まで思っていました。でも、実際会ってみると言葉
などは必要無いということがわかりました。
かったです。
サクラメントは暑い
マザーのシェリルさんと9歳のアリスンちゃんとお
のときはおばあちゃんとホスト
Welcome party
うなジットリとした湿
兄ちゃんで
町でしたが、日本のよ
気がなかったので過ご
た。
歳のジャスティン君が来てくれまし
し易かったです。サク
さ せ て く れ た Mattie
、
、ホストファ
Andrew
ミリー、そして両親や
思 い ま す。 私 を 成 長
の財産になっていくと
経験はこれから先、私
ての海外でした。
私はこの松山中学生海外派遣研修が生まれて初め
和奏
ございました!
感謝したい。本
れた全ての人に
機会を与えてく
た。これを期に
そして、とうとう楽しみにしていた金曜日。おば
の濃いビーフジャッキーなど、アメリカの食べ物は、
た事です。最初に行ったピア は海が見えるきれい
自分も国際人に
言われて、早く金曜日になってほしいと思いました。
日本から見るとびっくりするものも多かったけれど、
な場所で、たくさんの店が並んでいました。そこで
た。さすが、アメリカ!と思いました。ファミリー
らしい体験だっ
今 と なって は す べて 私 の 大 好 き な ものの一つで す。
食べたクラムチャウダーとシーフードスパゲティー
なりたいと感じ
様々な文化の違いに驚いたこの旅は、本当に素晴
ホームステイは英語での会話で、自分の思っているこ
はクリーミーでとてもおいしかったです。あと、メ
は、 お ば あ ち ゃ ん、 お 父 さ ん、 お 母 さ ん、
温かく迎えてくれた
快和
とが伝わるかどうか不安でした。けれどホストファ
ジャーリーグ観戦も最高でした。日本よりも応援が
た。このような
ホストファミリーに感
謝したいです。
薬師寺
アメリカ派遣の思い出
松山市立東中学校
僕は、今回のアメリカ派遣で沢山の思い出ができ
ミリーが熱心に私の話を聴いてくれたおかげで、私
にぎやかで、応援している側のチームの選手が打つ
ました。
日間の中で特に心に残っていることは、ホーム
けで楽しかったです。
せるようになっていた
か?と話しかけてくれる人までいた。
人の 大 家 族
で、とてもにぎやかでした。 Mattie
という女の子と
という男の子もいて、いろいろなことをして
Andrew
とは歳も近かったので話も
Mattie
合い、仲 良くなりました。ショッピングやプールも
遊びました。特に
て い ま す。 私 の ホ ス ト ファ ミ リ ー は
ホームステイはこの研修のなかでも特に心に残っ
いです。
にも驚いた。おそらく一日で
最高の思い出!アメリカ
幸せな気持ちでした。
うなのですが、その日は” It is a special day.
”と言っ
く「 Thank You!
」 と
3
ラメントでの思い出
は、もちろんホームス
ア
メリカ班
TEACHERS
松山市立北中学校
白潟
康隆
」の
Thank you
素晴らしさ
引 率の 先 生 方
「
団長
校長
日から 日間の活動を行った。
まつやま中学生海外派遣「アメリカ班」は7
月
アメリカという国は、土地は広大、体格も大
しかし、私が今回の研修で最も印象に残って
リーグの試合は、その迫力に圧倒されました。
間 とい う 短いホームステ イでは あ り ま し た が、
いることは、生徒たちの変 貌です。たった三日
わりました。ホームステイの前は、困ったこと
その前と後とでは、生徒たちの様子は大きく変
があったときには、私たち引率の教師等に助け
後では、レストランで何か困ったことが起こった
を求めていた生徒が、ホームステイを経験した
自分で解決しようとしていました。自分の未熟
ときにも、自分で積極的に現地の人に話し掛け、
な英語でも、相手に分かってもらえたという経
小さな事はあまり気にしない。全てがおおらか
な影 響を与 えることは、間違いありません。私
感じられたことは、生徒たちの今後の人生に大き
十四、
十五歳という年齢で、外国を自分の肌で
験が、自分に自信をもたせたのだと思います。
という感じであった。しかし、街や店内で人の
は、この研修に参加した生徒たちが、この貴重な
きく、
食べ物も大きい。人種も様々、
服装も様々、
前を横切るときは「 sorry
」
。 そ して 道 を 譲 ら れ
長してくれることを願わずにはいられません。
「 thank you
」
。これがどこに行っても自然に出て
中川 美保
年生の夏、
サンフランシスコでホームステイをした後に抱
「英語の先生になりたい」中学生
松山市立道後中学校 教諭
経験を生かし、今後国際的に活躍する大人に成
性に「 please
」
。行く階の番号を押してあげると
海外派遣を終えて
たら「 Thank you
」
。エレベータに乗るときに女
くるアメリカ人の細やかさ、相手を思いやる心
や礼儀、気持ちの優しさに驚いた。また、それ
に加え、松山サクラメント姉妹都市協会の人た
ちの気配りやボランティア精神の深さには本当
に感謝している。生徒たちは、ホームステイで
いた夢です。まさか、夢を叶えてもう一度アメ
さらに人の心に触れ、その心遣いや言葉、活動
今回の海外派遣を通じて、生徒たちは、積極
の一つ一つに感謝の気持ちをもったものと思う。
番印象に残ったことは、アメ
リカへ行けるなんて思ってもいませんでした。
さんの人とコミュニケーションを取っているこ
リカで暮らす人たちは普段の生活の中で、たく
今回の研修で
的に行動することの大切さや、時間・マナーを
をもって感じ取ったと思う。そして、それらを
とです。例えば、スーパーマーケットのレジで
守ること、自分の持ち物を管理すること等を身
これからの生活にも生かしていくことができる
に会話が生まれ、そこから人々がつながってい
ずねられ、会話をしました。日常生活の至る所
精 算 を す る 時 に、 必 ず“ How are you?
”とた
了できたことに対し、今回の海外派遣に関わっ
また、アメリカに出ると日本の良さも実感で
るように感じました。
きました。 Welcome Party
でホストファミリー
の 人が浴衣を着ていた姿を見た時、日本には
古くから伝わるものがたくさんあることを再発
見しました。きっとホストファミリーの人たち
にとっても、生徒との体験を通して文化の違い
英司
を感じたのではと思います。アメリカの良さを
河原
私は今回の研修で、二十数年ぶりにアメリカ
感じるだけでなく、日本のことももっと知って
教諭
な雰囲気、様々な人種・民族が共存する社会な
日間の中で、ホストファミリーと別れる時
いきたいと感じました。
できなかったことを経験させていただきました。
ンティア活動、大リーグ観戦など、今まで経験
になった方々、現地でお世話していただいた協
で、深く印象に残りました。出発前からお世話
の一人一人の表情は昔の自分を見ているよう
ありがとうございました。
そ、私たちは素晴らしい思い出ができました。
会やホストファミリーの方々があったからこ
特に、臨場感のあるスタジアムでプレーする大
そんな中、アメリカの農場体験、海岸でのボラ
ど、全てが以前と変わらないように感じました。
の土地を踏みました。広大な土地、人々の自由
松山市立椿中学校
次世代を担う国際人へ
ていただいた全ての方々に深く感謝したい。
今回の派遣が無事故で大きな成果を挙げて終
と確信している。
1
!!
12
楽しかったけれど、地元の人たちが行くようなヨー
グルのショップや公園に行けたことが嬉しかったで
す。ヨーグルソフトはとてもおいしくて、食べるのが
遅い私でもすぐに食べることができました。朝食に
出てきたワッフルには、イチゴや生クリームがたっぷ
りのっていて最初は驚いたけれど、これもおいしくて
も頑張ってジェスチャーや簡単な言葉を使って伝 え
と観客が総立ちになり、「ワァァーーー」という声
おかわりしてしまいました。他にも天ぷら寿司や味
うなことがいくつもありました。すべてが宝物です。
ることができました。ホームステイでしか学べないよ
5
1
11
3
11
20
先生方に感謝します。
3
12
26
20
50
▲サンフランシスコを一望できる丘の
頂上にて。
7
2
▲ Welcome Partyでいただいたケーキ。
いつもよりおいしく感じたのは、ホス
トファミリーや協会の方々のお心遣い
があったからだと思います。
9
10
3
39
11
11
9
響賀
最高のホームステ イ が 終 わ っ て
朝日
年の生涯の中で、初めて体験したわくわ
松山市立桑原中学校
私が、
くドキドキ・ドイツでのホームステイ。
かわいい女の子でした。ホストファミリーの家に向
パートナーは“ヨハンナ”といって、とても笑顔が
しくてとても親切だったので、不安が少し和らいだ
れど不安でした。けれどドイツに着いて、みんな優
ホストファミリーの方々も、皆優しい人ばかりでし
サも、
私の下手な英語をがまん強く聞いてくれたし、
遣されて、日本語が使えないという環境に置かれて
物に行ったり、とても仲良くなれました。これは派
あいさつです。これはドイツ班を代表してのスピー
語だけでなく独語も頑張って勉強し、再び素晴らし
けど、正しい英文じゃなくてもいいんです。単語だ
チだったのでとても緊張したし、きちんと私の英語
い国「ドイツ」「オーストリア」
に行きたいと思います。
けとか、身ぶりとか、絵でもちゃんと相手は分かっ
が伝わるか不安でした。終わってみるとちゃんと伝
そして様々な派遣中のプログラムを通して友達も
と思えることは、以前の自分と比べるとすごいこと
い時間を過ごすことができたし、
今「また会いたい!」
の出会いがありました。国は違っても、とても楽し
作ったり、フライブルクの学校に行ったり、たくさん
増えました。アルプスでの農家訪問で一緒にジャムを
」と笑顔で
今回の海外派遣
り成長できたと思
で、 わ た し は一回
学んだことをこれ
います。派 遣 中に
動に生かせるよう
からの国際交流活
篠﨑
恵
に頑張りたいです。
ダンケシェーン!
松山市立桑原中学校
今回の海外派遣では、ドイツの人たちの心の温か
フライブルクのホームステイ先では、キアラとい
さを身をもって感じることができました。
たいです。最初は「話が合うかな・・・・」と、と
ていて身長も大きくて、
歳だけどもう大人の人み
歳の子が私のホストシスターでした。歳も離れ
私の一生の宝物
う
で す。 最 後 に、
ても心配でした。
でもキアラは、英語が下手な私にもわかるように
とてもゆっくり 話してくれたり、
「 You like it?
」と
カウフボイレンという町の、テンツェルフェストと
れて 行って く れ た り し ま し た。お 祭 り というのは、
いう、民族衣装でパレードを行う祭りでした。日本
いろいろ聞いてくれたり、休みの日にはお祭りに連
第二の家族、ブ
団 の 仲 間・ 両
リンクマン家の
に来たんだな」と特に実感しました。私が楽しそう
では絶対に見られない壮大なお祭りで、
「ヨーロッパ
まずはホームステイです。周りに日本人がいない
し た。ド イツの
てしま うほどで
でも 思わず 言っ
た。日本人相 手
ン」を言いまし
「 ダ ン ケ シェー
え切れないほど
て、 何 度 も 数
ドイツに 行っ
ン!」と何度も言って、笑ってお別れしました。
ラの家にいたかったけれど、最後は「ダンケシェー
れの日はすぐ来てしまいました。もう少し長くキア
今思えばホームステイ生活もあっという間で、別
になっている映画なんて、そんなに見ませんよね。
~と思いました。日本人は、英語の吹き替えや字幕
英語のビデオでも、ドイツ人は普通に見れるんだな
に、英語の字幕のビデオを持ってきてくれました。
家では一緒にビデオを見たりしました。私のため
にお祭りを見ていると、キアラも喜んでくれました。
みなさんに心か
菜奈子
Danke!!
ら 感 謝 し ま す。
親・そして私の
先 生 方・ 派 遣
お世話になった
この海外派遣で
間 の 思 い 出 は、
と心は通じ合うんだと改めて感じました。この十日
このホームステイで、文化や言語は違うけれど、心
言ってくれたので、寂しさもやわらぎました。私は
キムが、「次は、私が日本に行くから
そしてお別れの日、お別れするのは寂しかったけど
と書いてあるクマのストラッ
Germany
♥
私は、ホームステイで2つのお宅にお世話になり
次に、インスブルック市の観光局の方への英語の
し か し 私 が 一 番 不 安 だ っ た の は、 何 と い っ て も
てくれます。そうやって、お互いに分かりあう為に
こそ、挑戦できたことだと思います。
ホームステイです。ホストファミリーを待っている
努 力 す る こ と が、 国 と 国 の 壁 を な く す 第 一 歩 な ん
た。言葉がお互いに通じなくて困ったこともあった
時は、メールを交換したけれど顔も知らないし、英
気がしました。
語もあまり話せないのにどうしたら良いかと考えて
聞かれたので、びっくりしました。さすがに日本語
と答えました。ヨハンナは日本語に興味があるよう
で返事をしてもわからないだろうと思い「 I'm fine.
」
で、ホームステイ中にいろんな日本語を教えてあげ
わっていたようでほっとしたのを覚えています。
かう時に、ヨハンナに日本語で「元気ですか?」と
一 家、
Harms
今回は、本当に貴重な体験をさせていただきまし
た。 関 わ っ て く だ さ っ た 方、 そ し て
ありがとうございました。
異国の地の十日間
じゃないかなと私は思いました。
だけど、すごく明るく私を迎えてくれてすごくう
れしかったです。でも心配していた言葉の壁があり、
松山東雲中学校
思い出の十日間
茉梨花
いました。
まだ不安は無くなってはいませんでした。しかし、
久保
ま し た。 ま た、 私 も ド イ ツ 語 を 教 え て も ら い ま し
た後、ヨハンナの友達と私の友達、6人で買い物に
私が持っていっていた折り紙をホストシスターのヘ
た。2日目は、みんなが集まってバーベキューをし
行きました。3日目は、ホストファミリーと一日自
レナと一緒にしたら、とても喜んでくれて仲良くな
伊野木 佑斗
由に過ごす日でした。ヨハンナと、マミーと、ヨハ
る事が出来ました。その時、言葉は仲良くなる事に
愛光中学校
私は今回の約 日間の海外派遣を通じて数多のこ
本の方と一緒に“黒い森”に行きました。たくさん
ンナの友達と近くに住んでいるようこさんという日
くなれてとても良
さんは、とても明るく優しい人達で、私のために日
ました。まず最初にお世話になったのは、
ニクラス・
挑戦の連続
古賀
ので自分の意思は全てジェスチャーや英語で伝えな
えることの大切さをよく学べたと思います。
私はこの海外派遣で初めて海外に行きました。伝
済美平成中等教育学校
かったです。
です。そして一緒に過ごした派遣生とも、更に仲良
た。中でも一番心に残ったのはホームステイです。
ドイツで過ごした十日間はあっという間でした
ホ ー ム ス テ イ 初 日、 パ ー ト ナ ー の 家 へ 向 か う 車 中
ホストファミリーとサヨナラをする時、ヘレナと
ただきます」や「ありがとう」などの言葉を教えて
ど日本の生活と同じだったり違ったりした所があり
がらも頑張って箸を使っていて、とても盛りあがり
ヘッツァー君のお宅です。彼の家に泊まったのは1
で見に行きました。人がとても多く賑やかで大変盛
が、私に多くの素晴らしい思い出を残してくれまし
絶景で、一度聞いた事はあったけれど実際に見てみ
休日には、黒い森につれて行ってもらいました。
関係しないのだと思える様になりました。
るとすごい迫力でした。ボートにヘレナ達と乗り、
す。お別れの日の朝、マミーが手作りのカップケー
歩いたので、とても疲れたけどとても楽しかったで
とを学んだ。そして、異国の地にて日本との差異を
強く感じた。
一つは、ドイツの国民の主な移動方法は自転車であ
トファミリーと過ごした日々は一生の思い出となり
キを持たせてくれました。とてもいい家族で、ホス
で、初めて英語で会話をしました。大変緊張しまし
るということだ。ベンツ、 BMW
とドイツ製の高級車
民の約半数は車を所有していないというから驚きだ。
が思い浮かぶ中、環境に配慮してなのかドイツの国
たが、時間が経つにつれて緊張もほぐれ、打ち解け
ハ グ を し て 別 れ ま し た。 た く さ ん の 方 が 私 達 を 見
あげました。休日にはショッピングに行き、おすす
送ってくれて、お別れは悲しかったけどうれしかっ
本語の単語帳を買ってくれたり、「 Danke
」や「 Guten
」などの言葉を教えてくれたりし、
私も「い
Morgen
ることができました。また、ブリンクマン家のみな
多くの景色を見る事が出来てうれしかったです。こ
佳奈枝
なりました。
の日はいつもよりたくさんの思い出が作れた一日と
奥野
たです。また、これからもメールなどで交流を続け
めのおみやげを教えてもらったり、買ってくれたり
て行きたいと思います。
ホームステイなどの素晴らしい機会を与えて頂き
ついにフライブルク到着!ホームステイが始まり
愛媛県立松山西中等教育学校
大好き♡フライブルク
ました。
環境といえばドイツの市街地を歩いていると、一
見中世の街並みを残した普通の街に見えるが、注意
深く見回すと多くのソーラーパネルが設置されてい
ることに気付く。このような国民の意識の高さもド
イツがエコ先進国と呼ばれる所以であろう。
二つ目に、ドイツでの生活において強く感じたこ
とは日曜日の存在である。ドイツでは法律によって
原則日曜日の店の営業は禁止とされている。これは、
ます。とても楽しみにしていた私ですが、やはり少
日間の中で、唯一の心配ごとだった
しました。その中でもパートナーのキムが買ってく
家族と共に家でゆっくり過ごすことを目的として定
この最高の
れ た、
のが、見知らぬ外国人との「コミュニケーション」。
からの生活
本当に感謝しています。ドイツで学んだ事を、これ
私のフライブルク
ました。週末はホストファミリーとその友達の家族
ライブルク、オーストリアのインスブルックの3都
ました。最初のとても不安だった気持ちが、最後は
泊だけでしたが、色々な所を案内してくれたり、彼
り上がっていました。一生の思い出となり、ホスト
ファミリーにはとても感謝しています。
I
し不安になってきました。そんな中、パートナーと
められていて、ホストファミリーと家族の一員同様
の初対面です。名前はアレクサンドラといって年は
に、一日のんびりと会話しながら、日本とは異なる
プが一番のお気に入りです。また、夜には日本とド
ま ず、 フ ラ イ ブ ル ク に 着 い て ホ ス ト フ ァ ミ リ ー
イ ツ の 雑 誌 を 見 比 べ た り、 キ ム の パ ソ コ ン を 使 っ
と の 初 め て の 対 面。 私 は、 と て も 緊 張 し て し ま い
に活かして
て、アイドルや女優をそれぞれ紹介しあいました。
一つ上です。ホストファミリーはとても明るく親切
行きたいと
時間の流れを感じ、日本にはない「日曜日」を感じ
思います。
も「オゥ!」とか「イェイ!」などオーバーリアクショ
で、私はせっかくのいい機会を無駄にしないために
ホストファミリーと別れの日、
「まるで家族の一員の
ように玄関で靴を脱いだ事(靴をはいて生活すると
ン&ハイテンションで頑張りました(笑)。ホーム
思ってました)、毎晩シャワーを浴びた事、(シャワー
ように~」と言ったことを「家族の一員であるあなた
た。 そ の一言 で 人
は朝浴びるものだと思っていました。) でも、私以
ステイは私の想像とは違っていました。日本と同じ
しひしと感じた。
た事、週末はみんな起きるのが遅かった事、などな
ご飯の時に
外の人は毎日はシャワーを浴びていなかった事、朝
な機会を与えて下
と一緒に折り紙をしたり、ドイツのゲームをしたり、
市に行ってきました。私が今回の派遣を通じて学ん
由季乃
にお礼申し上げた
公園に行って自然に触れたりしました。さらにみん
だ一番の事、それは、言葉が通じなくてもちゃんと
金井
いと思います。本
なと仲良くなれたので良かったです。最終日にはみ
「分かりあえる」という事です。
松山市立桑原中学校
当にありがとうご
んなに「ひやむぎ」をごちそうしました。ホストファ
嘘のように無くなり、本当にかけがえのない時間を
のお姉さんが働いているパン屋に行ったりと、とて
私たちドイツ班は、ドイツのアウグスブルクとフ
ざいました。
ミリーはお箸にも初挑戦です!みんな麺を落としな
を見ないで、音楽を聴きながら食べ
TV
さった関係者各位
最後にこのよう
の心の温かさをひ
は~」と訂正されたとき、
思わず涙がこぼれそうになっ
ることができた。
「 Guten Tag
」と言おうとしたのに、
「 Hello!
」「 Nice
」と言ってファミリーと握手をしまし
to meet you
た。
「5日間よろしく」という意味の独語もマス
タ ー し て い た は ず な の に せ っ か く の 練 習 が 水 の 泡、
さて、ホストファミリーは、パパ・ママ・ネレ・ヨナ・
ちょっぴり情けなかったです。
歳
で、私と同世代。一番小さいハンナはまだ1歳。片
ハンナの5人家族で皆とっても仲良し。ネレは
言のドイツ語がとてもかわいく思え、癒されました。
ネレは、何と2歳の頃から日本の文化に興味を持ち
始め、日本語を習っていたため、日本語で「きょう
かチャン」と呼んでくれたこともあり、すぐに緊張
もほぐれ、その気遣いがとても嬉しかったです。
家 族 み ん な が そ れ ぞ れ 優 し く 接 し て く れ た の で、
松山での暮らしや日本の事について話すうち、次第
に私はホストファミリーに馴染んできました。
ホームステイ中、特に印象に残っているのが、
「フ
ライブルク市郊外の古城」と「音楽祭」。古城は眺
過ごすことができました。こんな私をあたたかく迎
も楽しかったです。次にお世話になったのは、
メリッ
』
えてくれたホストファミリー、その友達の家族、そ
サ・トゥミナーロちゃんのお宅です。フライブルク
『出会えて、良かった
体験は一生の宝
して添乗員さん、関係者の方々に感謝です。今回の
めが素晴らしく、日本とはまた違った雰囲気・気持
日間の海外派遣は、あっという間にすぎてしま
の街で、彼女と一緒
ち良さです。音楽祭は、ヨナが合唱で歌うというの
いました。一日一日がとても充実し、貴重な時間と
に買い物したり、大
会えない悲しさが入り混じったさよならでした。
來亜
あっという間に別れの日が訪れました。
「次はネレ
物です。そして
聖堂の前で開かれる
今井
が松山に来てね!」と私が言うと、ネレは「もちろ
なりました。その中でも一番の思い出はホームステ
これからの活動
市場を見たりしまし
松山市立城西中学校
んよ!」と答えてくれ、再会できる嬉しさと、暫く
イです。ホストファミリーとの集合場所に着いたと
にも生かしてい
た。日曜日には、彼
ドイツ最高!
☆
Danke schön
女と彼女の弟、お母
張感がわきませ
☆
ければなりません。私は最初、全然伝えられず、た
んでした。けれ
さんと一緒にボウリ
な所に連れて行ってくれて、交流していく内にだん
ど、みんなのホ
だん「私は何がしたいのか」ということを伝えられ
だ黙っているだけでした。でもパートナーのレベッ
黒い森はすごく寒
るようになりました。それからは、ホームステイを
カが一生懸命話しかけてくれたり、お母さんが色々
かったけど、そこの
達の誕生日パーティーに行ったり、街に二人で買い
湖はとても美しかっ
ン グ を し た 後、
「黒
響子
ニクラスもメリッ
思いっきり楽しむことができました。レベッカの友
い森」に行きました。
が次々と迎えに
小椋
楽しかったホームステイ
松山市立南第二中学校
最初、私はドイツへ行く事が楽しみではあったけ
たです。
ストファミリー
来 た 時、 緊 張
してお腹が痛く
な っ た こ と は、
今ではいい思い
出 で す。 私 の
▲アルプスの農家体験の時にとった写真。
交流した地元の同年代の子達と。
10
きたいです!
!!
18
11
き、 誰 も い な
日本に帰って
か ら も、 フ ァ ミ
リーやネレとはイ
ンターネット・E
メールで連絡を取
ネレとはなんと日
り 合 っ て い ま す。
本 語 で・・・。 今
度はネレを日本
に招待し、松山の
街を案内したいで
す。また、私も英
▲ファミリーとの楽しい一日
11
18
フライブルク市の市章
15
!!
14
かったので、緊
▲ホストファミリーとの交流
▲ブリンクマン家のみなさんと★
▲ヘレナと一緒に街角で
ドイツ班
4
け自分の街が好きで、誇りを持っているか知り、感
たです。
置いてあり、とても優しく私を迎えてくれて嬉しかっ
コースターに乗ったりして、他のドイツの方ともしゃ
達と一緒に滝を見に行ったり、とても長いローラー
参加することはできませんでしたが、ヤナの妹と一
べることができました。4日目は、都合上、授業に
動しました。
2日目と3日目はアニケとの自由行動で、この自
緒にゲームをして遊んだりして、家族とも仲良くな
うで体験したこと、学んだことをしっかり伝えてい
由行動のときにたくさんコミュニケーションをとる
れて楽しかったです。5日目は、
フライブルクのエコ・
きたい。
環境問題への取り組みは、やはり日本より優れて
チャンスだと思い、不安はありましたが積極的に英
ステーションに行き、ドイツがどのようなエコをし
と格好いいお祖父さん、そして初日しか会えなかっ
いると思いました。太陽光発電が普及しており、た
語で話しかけました。事前に準備していたアニケへ
たが、僕を安心させようと話しかけてくれたお父さ
くさんの家の屋根にソーラーパネルがついていま
の質問や自己紹介、家族についての紹介、日本につ
私もドイツ人やオーストリア人と交流して、少しは素
す。また、高速道路のそばや山の上には何台も風車
人は、思ったことは率直に話すし、表情も豊かです。
。 Simon
と は 特 に 仲 よ く な り、 将 来 の 夢
Max
があり、再生可能エネルギーを多く利用しているこ
んの
実優
直に話せるようになりました。海外派遣を経験して、
貴重な経験
得本
などを語り合った。言葉の壁は結構分厚かったが、
愛媛県立松山西中等教育学校
りました。
ているのかを見ることができ、とてもいい経験にな
この時、改めて自分から積極的に話すことの大切さ
いてなど、色々教えてあげると、アニケは驚きなが
ホームステイ先では、はじめとても緊張していま
らたくさん質問をしてくれて、盛り上がりました。
本当に良かったなと思います。今でも派遣中のことを
特に 最 終 日の夜、 Simon
、お 母 さん、お 祖 父さん
と日本料理店へ行った時には、自分の親戚を訪ねて
いるように思え、来年もまた会いに来れるだろうと
私にとって初めての海外。見るものすべてが新鮮で、
松山に帰ってきた今でも、その光景がよみがえってき
は、まず、コミュ
派遣で学んだ事
僕がこの海外
くれたおかげで、とても安心することができました。
かしホストファミリーの皆さんが笑顔で私を迎えて
す。私は対面する時、とても緊張していました。し
私が一番心に残っていることは、ホームステイで
り組みなど、本当にたくさんのことを学びました。
今回の派遣事業を通して、文化や環境問題への取
くれたことは、大きな思い出となりました。
良くなれました。また、フランスまで連れて行って
れたり、親切に教えてくれたりしたので、とても仲
の風景は見事でした。5日間のホームステイはあっ
花がたくさん飾られていて、美しい緑豊かなドイツ
の出来ないキリスト教のミサにも参加しました。
する
ファミリーとの待ち合わせの場所に行くまでの車
やはりフライブルクでのホームステイです。ホスト
研修を通して感じたこと
ニケーションは
また、私は初め自分の言いたいことがうまく伝えら
派遣事業に関わってくださった方々に感謝し、これ
という間で、お別れの時、とても悲しかったです。
感 じ た。 実 際、 翌 日 別 れ る 際 に は、
「 See you next
」と言っ
summer
を実感しました。
語学だけではな
れなかったり、話していることがよく分からなかっ
からに生かしていきたいです。
したが、ホストファミリーが積極的に話しかけてく
いという事、「以
たりして落ち込んでいました。でも、交流していく
ます。
心伝心」を期待
うちに、本当のコミュニケーションは気持ちの通じ
しみにしていたプログラムがホームステイです。パ
私が、今回の派遣で最も不安で、同時にすごく楽
の海外派遣での
の貴重な
なりました。こ
を持てるように
分とは違う考え
げ、今までの自
自身の視野を広
とができました。日本との違いを知ることで、自分
してみることにより、日本の文化の良さに気づくこ
この海外派遣を通して、異国の文化を実際に体験
はありませんでしたが、みんな優しくて、一回では
んとお兄さんは仕事や学校の都合であまり会う機会
けられず、ホームステイ初日は、反省とこれからの
たいことを英語にうまくなおせなくて、全然話しか
も何か話さないといけないなと思いながらも、言い
不安なんて比べものになりませんでした。車の中で
孤独や不安と比べれば、みんなで一緒にいたときの
ミリーの車に乗って家まで行く間や、その日の夜の
張してきたー」
と言い合っていましたが、ホストファ
内、みんな不安な気持ちがどんどん増してきて、
「緊
この海外派遣で最も私の心に残っていることは、
お互いに伝えあうことができました。お別れは本当
経 験 を 生 か し、
なかなか聞き取れない私のために、何回もゆっくり
く さんの人へ
はないことにも気 付かされました。これからは、た
そして、私達は自分の力だけで生活しているので
家族同伴で来たのに、彼は一人で迎えに来てくれま
ストファミリーとの対面では、他のパートナーは皆、
出発前から自分の英語力を思い知らされました。ホ
まみ
の感謝の気持
した。今思えばとても優しい行動だったのですが、
中村
ち を 忘れ ず に
その時の私には余裕が無かったのと、彼があまりに
松山市立旭中学校
~パートナー「パスカル」との出会い~
に悲しかったけれど、ホストファミリーの人達とす
スカルは出発前に、いちはやくメールを送ってくれ、
将来は国際的に
繰り返してくれました。特にパートナーのポリーナ
生活していき
も年上に見えたのとで、感激するどころか反対に怯
うに、今後も
も活かせるよ
経験を少しで
また、この
した。心配していた、他の派遣生と会えない日々も、
本物の笑顔に変わり、自分は本当に幸せだと思いま
土産を渡すときには引きつっていた笑顔も、自然と
緊張していたからかなと思います。でも、日本のお
聞かれ、つい『少し心配です』と答えてしまったのも、
んでしまいました。『あなたは今幸せですか?』と
宮に入ったことと、アウグスブルクの黄金ホールに
一番私の心に残ったことは、インスブルックの王
~心に残る海外派遣~
国際交流活動
パスカルとシュヴァルツヴァルトに行ったり、家族
智
に積極的に参
入ったことです。
私がホームステイしたお家は四人家族で、お父さ
辞書を交えながら話す、私のめちゃめちゃな英語を
(十三歳)とお母さんは一緒に過ごした時間が長く、
理解してくれて、私にも分かる簡単な英語で、根気
強く話してくれたことに対する感謝は、言葉に出来
ないほどです。また、神経衰弱のようなゲームをし
ながら、
ドイツ語を教えてくれたハンナとアンナ(二
人ともポリーナの友達)、学校訪問したときに「コ
ンニチハ」と笑顔で話しかけて温かく迎えてくれた
王宮では、貴族らがどのような生活をして、その
うことは分かりました。しかし、自分がもっと英語
伝えようとすればコミュニケーションがとれるとい
☆オーストリア・ドイツの見学
Danke schön!!
たくさんの人たちと交流して、私が思ったことは、
ポリーナのクラスメートの子たち、
ホストファミリーと過ごした5日間は、会う前は
生活がどのように変わっていったのか、ということ
ん 学 び ま し た。
なことをたくさ
子ども達がいることもわかり、すごいなーとおもい
そのパーティーの裏で、いろいろな仕事をしていた
ティーの様子を思い出させる空間でした。そして、
と い う ふ ん い き を た だ よ わ せ て い て、 当 時 の パ ー
これからは今まで以上に英語を頑張らないといけな
感し、改めて英語の大切さを感じました。そして、
取れないということから、自分の英語の未熟さを痛
を英語に出来ない、相手の言うことをなかなか聞き
とを話せただろうと思います。自分の言いたいこと
を話せたら、出会った人たちともっとたくさんのこ
ホームステイを通して、たとえ上手に話せなくても
『5日間も』でしたが、過ぎてみると『たった5日間』
がよく分かりました。そして、一人一人の性格など
『 も っ と 英 語 を 上 手 く な り た い 』 と い う こ と で す。
になっていまし
を建物を通じて感じることができました。
次に海外旅行に
黄金ホールでは、
天井の絵がとても「ヨーロッパ」
行くことがある
ました。
なくても、大切
としても、また
☆フライブルクでのホームステイ
私は、ヤナ・クールさんという 歳の女の子の家
も勉強して、もう
は、是非ドイツ語
ストリアを訪れた
一度ドイツ・オー
にホームステイを
になったときに
いなと思いました。英語をある程度しゃべれるよう
第二の家族がい
るドイツがいい
です。
1日目は、とて
しました。
のような機会を与
最後に、私にこ
えてくださった全
いなと思います。
かったけど、2日
ての人に感謝しま
も緊張してあまり
目に家族と一緒に
す。そして、共に
話す事が出来な
丘を登り、フライ
海外での十一日間
喜帆
ブルクの景色を見
庭瀬
自分自身の考え方や行動に変化が現れた 日間の
て、いろいろな会
は復元されたそ
の上に「 Yokoso konbanwa kiho
」と書いてある紙が
私のパートナー、 歳のアニケの家に着くとベッド
日目は、ヤナの友
白かったです。3
話ができとても面
な、ありがとう☆
の派遣生のみん
を過ごした十七人
並みを取り戻そ
うです。どれだ
松山市立三津浜中学校
うという、市民
海外派遣、一番心に残っていることは、一番楽しみ
の素晴らしい街
の強い思いに
ホームステイ
た。言葉が通じ
畠山
加していきた
と山小屋に行ったりと、
とても楽しく過ごしました。
松山市立旭中学校
いです。
派遣で学んだこと
不安でいっぱいでした。
ごした日々はとても貴重なもので、一生の宝物にな
とても親切な人だということがよく分かりました。
活躍できる人に
たいです。
日間
りました。
ただ、相手の堪能な英語についていくのが大変で、
なりたいです。
たくさんの木々に囲まれ、建物の窓には鉢植えの
湖 へ 行 き、 日 本 で は あ ま り 経 験 す る こ と
Titi
してはいけない
合いだということがわかり、自分の気持ちを伝えら
また、ホストファミリーと教会や、黒い森に位置
という事、そし
れるようになりました。一緒にジャムを作ったり、
何じゃかんじゃ言っているうちに、警察のウジャウ
真由
て、何事も努力
ドイツの古くからの遊びを教えってもらったりして
ジャいる空港を出て、現地で初めての夕食。予想通
原田
なしでは成し遂
いくうちに、自然と仲良くなることができ、とても
らっしゃらないと
愛媛県立松山西中等教育学校
げられないとい
嬉しかったです。また、自分の国や生活のことを、
~さすらいの髙内~、 ドイツ
大嗣
僕は、ドイツ語で
り味が濃い!食べられないことはないけれど、やっ
しちがった心持ちだった。なぜなら、待ちに待った
初めてのホームステイ
う事だ。
てしまった。
とに驚きました。自ら率先して政策に取り組んでい
楽しい四日間が過ごせたと思う。
。
」僕は、ヘタな英語であ
・・・
。ドイ
・・・
髙内
初めての海外。 時間という長い長いフライトを
愛媛県立松山西中等教育学校
るのが素晴らしいと思います。
思い出すと、ドイツ、オーストリアに住みたいな、と
和也
思うほどです。いつかまたキアラ達にもう一度会いに
下岡
another sky
行きたいです。
僕の
愛媛大学教育学部附属中学校
長かった一学期が終わり、休むひまもなく出発の
日をむかえた、今回の派遣。
まず、ドイツの空港に着いて、ドイツの人たちの背
の高さに目を丸くした。たった5人の男子派遣生の
個分ぐらいち
中で、上から数えたら3番、下から数えても3番と
いう僕と、ドイツの青年とは頭1~
がっていた(笑)
。
なんやかんやでドイツでの1日目が過ぎ、2日目、
バスで揺られること約2時間、だが僕にはその2時
間がとてつもなく長く感じられた。緊張で胸の鼓動
がどんどん速 く なり、張 り 裂 けそ うになり ながら、
から5日間を共にするパートナーと出会った。それ
やっとフライブルクについた。そこで初めて、これ
かっこよすぎる
・・・
と同 時にまわりの景 色がかすんで見 えた。
「背が高
い
。いろいろと
・・・
いさつすると、そのまま、パートナーの家へと向かっ
た。この一日は長かった
時ぐらいまで空が明るく、それまでずっとバ
スケやサッカーをしていた。
ツは
やっと空が暗くなって、ごはんを食べて寝るのか
終えて、やっとたどり着いたミュンヘン。飛行機か
。 そ う だ と 良 か っ た。 だ が パ ー
・・・
なと思っていた
ら降りてふと思ったこと、「日本人がいない」。当た
。「 み ん な で か い 」。 と に か く み ん な 身
・・・・・・
ト ナ ー は 近 所 の 友 達 を 呼 ん で、 パ ー テ ィ ー を 開 い
一つ
り前のことながら少し不自然に感じた。そしてもう
くれてよかった
しゃべられても訳
ぱり
長が高いうえに、がたいも良い人がたくさんいた。
がわからず、とま
一日、また一日とすぎ、アウグスブルクの見学を終
。あの方がい
・・・
どってしまうとこ
えてまた移動。しかし、今度の移動は今までとは少
いろいろあった
ホームステイが始まろうとしていたからだ。フライ
( 汗 ) と い っ た と こ ろ だ っ た。 そ し て
・・・・・・
ろだった。
が、長いので割愛
ンは様々なことを紹介してくれたのだが、1日目は
ドイツに対する僕の今までのイメージは、中世の
ブルクに着くとレオンが笑顔で迎えてくれた。レオ
緊張して、うなずいただけだった。ホームステイ2
街並みが残る美しい街で、環境問題への取り組みが
。
・・・
最後にまた会う
日目、3日目はレオンの祖父、母と共にボーデン湖
盛んというものでした。しかし、一言で簡単に言え
辰方
ことを約束し、僕
という湖へ行った。これもでかい。そこでアイスを
豊田
のホームステ イ は
食べたり、展望台に登ったり、レストランで食事し
松山市立中島中学校
11
にしていたホームステイです。
分たちの手で昔
す。しかし、自
になったそうで
八割が焼け野原
爆撃で、街の約
ク市は数十分の
たものだそうです。第二次世界大戦時、フライブル
僕が本物だと思っていた町並みは、実は復元され
るものではないということを感じました。
見学。その後市街を見学、ホットドックの購入体験。
4日目もすぐに
終 わ り、 5 日
目、6日目とす
ぎ、ついに別れ
の日。レオンに
別れを告げ、握
手して、バスに
。
・・・・・・
▲スタジアムの屋上から!
4日目、この日は学校見学でゲーテギムナジウムを
たり。でも楽しい時間はつかのま、すぐに夜が来て
終わった。
Family
▲ Leonのおじいちゃんの家で
▲アニケの家で
15
よって、町並み
▲パートナーのパスカルと
▲ホストファミリーと、日本料理店にて。
た。あのパーティーの場に本当にパートナーがいて
もう一つの
髙須賀 啓孝
日。アウグスブルク市内を見学した後、バ
松山市立小野中学校
7月
スでホストファミリーの待つフライブルクヘ。フラ
イブルクに近づくにつれ、我が心臓がうなりを上げ
る。緊張で気分も悪くなる。一体僕はどうなってし
乗った
まだいろいろと
話したいことが
あ っ た。 で も、
この思い出は一
生ものだ。向こ
11
まうんだ!
ぼくのホームステイはそこから始まった。バスが
止まり、フライブルクに足を踏み入れると、不安が
少しだけ和らいだ。大丈夫だ、何とかなる。
、 優 し い お 母 さん
Simon
5
▲ホームステイの3 日目に私のパートナー
と、その友達とその友達の妹とで、大きな
滝へ行きました。
in
1.5
その後四日間、
僕はホストファミリーと過ごした。
ホストブラザーで同い年の
15
12
10
22
ド
イツ班
TEACHERS
引 率の 先 生 方
校長
露口
松山市立椿中学校
海外派遣を振り返って
団長
「なでしこ世界一!」
謙
サ ッ カ ー 女 子 ワ ー ル ド カ ッ プ ド イ ツ 大 会 で、
優勝候補のドイツやアメリカを破っての快挙
に、日本国内は大いに沸いた。ドイツへ出発す
るわずか三日前の出来事であった。
まだ、その余韻の残るドイツの地で、私たち
は、ホストファミリーの皆さんやフライブルク
市の方々から温かいもてなしを受けた。市庁舎
での表敬訪問では、東日本大地震に対するドイ
ツからの支援に、心よりお礼を申し上げた。話
題で大きく盛り上がったのは、もちろん、サッ
カー女子W杯のことであった。歴史、文化、生
活 の 違 い や 言 葉 の 壁 に よ り、 や や と ま ど い が
あったものの、姉妹都市フライブルク市との交
次の訪問地オーストリアのインスブルックで
流・親善は意義深いものとなった。
は、農家の青少年たちとの交流、町中での英会
話実践、歴史のある街並の見学など、雄大な自
然の中で充実した研修を積むことができた。
この十一日間
で、派遣生十八
名は、ずいぶん
成長したように
思う。自分の目
で見、直接肌で
感じたことは
いただく。
ご報告とさせて
礼 を 申 し 上 げ、
様に、心からお
なった全ての皆
事業でお世話に
最後に、この
てほしい。
立つ人」になっ
人のために役に
し、「 世 の た め
らの人生に生か
な経験をこれか
ある。その貴重
となったはずで
「一生の宝物」
人と人の繋がり
松山市立雄新中学校 教諭 鳥山 寿美
遠いドイツに向けての海外派遣ということ
で、期待よりも大きな不安を抱えての出発でし
今の日本に足りないもの、日本が残さなければ
ならない大切なものを生徒も再認識できたので
はないかと感じています。ホームステイ先の家
族とガイドさん、チロルの農家の人たち、イン
スブルックでのガイドさんとの別れに三度涙す
る自分に酔いながら、今回の派遣で得たことを、
経験していない生徒にも一人でも多く伝えてい
きたいと計画中です。大きな国際的視野で物事
を捉える事、自分の可能性にかけてどんどん新
しいことにチャレンジしてほしいです。今回の
派遣では 人全員がすべての研修をこなして元
気に帰って来ることができ、本当によかったと
思います。それぞ
れが、これからの
学校生活や自分の
生き方を考える大
きな経験になった
はずです。最後に、
お世話になったす
べての人に感謝を
申し上げます。あ
りがとうございま
した。
教諭
木原
理絵
目指せ「国際人」!
松山市立城西中学校
ちょうど 年前の夏、今回の派遣生と同じく
言葉では言い表せないほどの満足感に包まれて
いた 歳の私は、地元の中学生海外派遣団の一
員としてオーストラリアに行き、ホームステイ
をした。そのホストファミリーとは、 年間途
絶えることなく連絡を取り合い、何度も会いに
行っては滞在し、すっかり第2の家族になって
いる。そのホストファーザーが初めて会ったと
きから私に言い続けている言葉がある。「国際
人になりなさい」
この研修中、現地の人たちの話の中にも何回
か出てきた「国際人」という言葉。派遣生たち
はどのように受け止めただろうか。ヨーロッパの
街を歩いて壮大な歴史を感じ、ホームステイを
通して文化の違いを痛感した派遣生だからこそ
できることは何だろうか。
日本を一歩外に出ると、
日本の良さや問題点を再認識できるとよく言わ
れる。日本にいると当たり前すぎて見逃してし
ま う ことに も 多 く 気 付いた研 修 だったと思 う。
その小さな発見を大切にしてもらいたい。そし
て何より、出会ったホストファミリーや友達と絶
えず関係を築いていってほしいと願 う。場 所は
人が、こ
世 界 で あ れ 日 本 で あ れ、
今回の派遣生
れから松山市の誇る「国
際人」に成長してくれる
ことを期待している。
最後に、この研修で出
会ったすべての方々、支
派遣
みんな、
丹生谷 楓帆
☆
FRIENDS
松山市立久谷中学校
私にとって、今回の派遣は最高の思い出になりま
最 初に、韓 国の中・高 校 生、中 国の 高 校 生、
秋田県の高校生と出会ったとき、みんな年上だから、
した
緊張して何も話す事ができませんでした。一番に声
をかけてくれたのが、韓国の高校生でした。だんだ
験はとても充実したものになりました!その中でも
んみんなとの会話もできてきました。そこからの体
私の一番の思い出は、
料理作りとローリングペーパー
の作成です。私は韓国の餃子をつくりました。私が
何をするのか困っていた時も、友達が助けてくれま
した。しかし、その時の言葉は韓国語・・・。でも、
私 が 一 番 心 に 残 っ て い る の は、 ビ ョ ン ヒ の 家 で
です。もちろん、ジュヒョンとのメールでの交流は
来年は、ドイツ班の派遣生として、参加してみたい
磨き、チャレンジプロジェクトにも積極的に参加し、
した。単語を並べただけの英語だったが、言葉の壁
ばかりだった。パートナーとの会話は全て英語で話
だ。韓国の人は、とても親切だし、心の広い人たち
韓国で一番心に残ったのは、やはりホームステイ
きました。
ホームステイをした事です。実際に韓国の家庭に入
「OK!」と言ってくれました。とっても短い間だっ
然と自分から頼みに行っていました。相手も笑顔で
で頼みに行かないといけません。しかし、私は、自
僕も英語で上手く会話ができるようになっていまし
てくれたので、松山での受け入れの時には、自然と
ら英語を習っているらしく、派遣の時からリードし
配していましたが、韓国の子供は小学一年生の時か
大切な思い出です。英語で会話できるだろうかと心
派遣で私は日
今 回、 こ の
配でした。しかし、楽しみにしていたホームステイ
め、上手くコミュニケーションをとれるかどうか心
日本に一番近い韓国ですが、文化や言葉も違うた
でのウォータスライダー、花火、温泉、日本食バイ
松山市立道後中学校
三好
鎮平
の方もやさしく接してくださり、トイレの使い方な
ど、日本と違うところは分かるまで何度も説明して
「言葉や習慣が違っても、みんな地球人でやさし
くれた。
い人ばかり」というのが、今回の研修の結論だ。人
によっては外国の人に対して偏見を持ったりするけ
ど、実はみんな「地球人」でやさしい人ばかりなの
これからも、できる
だということをもっとみんなに伝えたいと思った。
は、バスで平澤へ移動。
日 松山空港から仁川空港に着いた私たち
日 朝食を済ませた私たちは平澤市青少年セ
だけ国際交流をして
いきたいし、将来そ
んな仕事ができれば
いいなと思ってい
る。そのためには英
語をもっと頑張ろう
一生忘れられない
と思った。
夏休みになりまし
た。今回、韓国に派
遣していただき、本
当にありがとうござ
いました。
派遣で一番楽しみにしていたホームステイの日が
健太
来た。しかし、これで一回仲間と別れ、全てを一人
吉田
ウという名で私より1つ年上の平澤中学
でしなければならなくなり、不安でいっぱいになっ
松山市立道後中学校
ホームステイ
ンターへ。平澤のパートナーと合流・交流
そしてこの日から2日間のホームステイ
校の3年生。平澤の中学生は自分から進
た。そして迎えに来てくれたパートナーのお母さん
となった。私のパートナーは、イ・スン
んで荷物を運ぶ。彼の家は 階のセキュ
覚えている。センターに集合した私たち
数まで全てにおいて僕は負けていた。自分から会話
え、あとは英語でと覚悟していたが、発音から単語
いが僕の前に立ちはだかった。基本的な韓国語は覚
車に乗ると、大きな言葉の壁と英語のレベルの違
との対面でも、簡単なあいさつしかできなかった。
リテイで守られたアパートだ。夕飯に辛
い物は出なかった。
はムボンサンへ。陶磁器の絵付けが終わ
することもできず、相手から話しかけてくれるのを
日 この日の雨がどれだけ強かったか今でも
ると地域踏査だったが、猛烈な雨のため
かけてくれてうれしかったが、その分、意味を知ら
と、お父さんと妹が迎えてくれた。いろいろと話し
待つことしかできなかった。パートナーの家につく
少々変更があった。
夕飯は辛ラーメンと、
日 ホームステイを終え、全ての荷物を持ち
ない単語の出る回数も多くなった。それに中学1年
サンチュだった。
センターに集合。 韓国料理を作って食
言っても通じず、覚えたての韓国語で言ってみると
僕は韓国に行ったら買いたい本があった。英語で
生の妹にも英語で負けていたのでショックだった。
べ、寄せ書きを作り、お別れ会の後、夕
飯を食べ、宿所へ移動。
通じて、ちゃんと本も買えたときはうれしかった。
日 今日も雨が・・と思ったら、
「ロッテワー
ル ド に 屋 内 も あ る。」 と の こ と。 屋 内 だ
八木 駿
とのことだが、もちろん全然覚えていないから、今
た。父が言うには、生まれてすぐアメリカに行った
たい。
活かしていき
本の生活にも
んだことを日
に感謝し、学
さんと先生方
ンターのみな
た国際交流セ
えてくださっ
を学んだ。支
流する大切さ
ず積極的に交
と失敗を恐れ
言する大切さ
僕はこの派遣で悔しい思いもしたが、自分から発
けでも一日中遊ぶことができた。
日 空港で軽く食事を済ませた私たちは、仁
川空港から松山空港へ飛び立った。
こうして、私たちは無事、ニッポンに帰
ることができた。
松山市立道後中学校
僕たちみんな地球人
7月
は楽に乗り越えることができた。ホストファミリー
続けたいと思います。
た の に、
「み
た。彼の部屋で見せてもらった英語の教科書は、レ
本では学べな
受け入れでは、ショッピング、松山城散策、プール
のことを学ぶ
キングをして、楽しく過ごすことができました。
とても感謝して
て い た だ い て、
重な体験をさせ
このような貴
ができました。
交流を図ること
コムズでは、たこ焼き、手巻き寿司を一緒に作り、
ことができて
良かったで
す
咲貴
います。海外派
ていただいた皆
回が本当に初めての海外体験だ。韓国に行く前から
日、僕は初めて外国の空港に降り
さん、ありがと
研修を積み重ね、ようやくたどり着いた空港は何も
月
うございまし
かもきれいに見えた。
平成 年
た。これからは
遣業務に関わっ
平澤市主催2011
韓中日青少年国際交流キャンプ
り、日本と大きく違うと思った点は、子供の勉強量
です。私のホームステイ先には高校生の男の子がい
ましたが、あまり会えませんでした。その理由は、
塾で忙しく、家にいる時間が少ないからでした。夕
飯を食べて塾へ行き、夜遅く帰宅するので、次の朝
に少し会えるほどで、驚きました。
私は、韓国に行く前、韓国の人のイメージとして、
欧米の人のように物事をはっきりと言うのだろうと
思っていましたが、実際は違いました。遠慮したり、
人に気を使ったり、思っている事をあまりはっきり
と言わないなど、とても日本人に似ているように感
じました。
韓国は日本からとても近いのに、私は韓国につい
きたいです。
会いに韓国に行
つかビョンヒに
した。また、い
い経験になりま
ので、とても良
ることができた
いて少し発見す
点や違う点につ
問で、似ている
てほとんど知らないことばかりでしたが、今回の訪
よきパートナー
僕にとって何もかも初めての経験で、期待と不安
和志
の時私は、言葉が通じなくても言葉以外の表現で通
で一杯でしたが、今回の活動は、楽しい事ばかりで
藤本
じるんだな、
と改めて感じることができました。ロー
した。ソン・ジュヒョンというパートナーに出会い、
松山市立椿中学校
リ ン グ ペ ー パ ー は、一 人 一 枚 の 紙 に み ん な か ら の
彼と過ごした 週間は、一生忘れることのできない
ジェスチャーで私は理解することができました。そ
メッセージを書いてもらうというものでした。自分
んな友達」と
ベルが高く、日本とは英語に対する取り組みが全く
い、たくさん
違うことに驚きました。
言える存在に
た。
なっていまし
I love Korea
平谷
2日目の民俗遊び交流では、遊び方が全く分かり
ナーの名前は「ビョンヒ」という女の子。
実していてあっという間に過ぎました。私のパート
7月 日からの約1週間の韓国訪問は、とても充
松山市立余土中学校
♡
えてくださったすべての
方々に感謝申し上げま
す。またどこかで再会で
きることを心から楽し
みにしています。 Vielen
14
もっと語学力を
7
平澤市のマーク
ませんでしたが、ビョンヒが英語で丁寧に説明して
24
25
26
27
2
18
10
韓 国 班
くれました。それから、とても仲良くなることがで
24
た。歴史や文化を学ぶ場、ホームステイ、多く
日間でした。今の時代ですから風
の体験活動、英語研修と充実した、そしてあっ
という間の
簡単に見ることができます。しかし、実際に目
で見て、耳で聞き、多くの人と触れ 合う中で、
Dank!
▲松山城散策
!!
28
29
23
パートナーと
▲韓国で料理
14
!!
24
10
18
▲市役所表敬訪問時の全体写真
景や建造物の映像は、インターネットなどでも
11
6
受入
安倍
志奈
人の仲間と共に韓国へ行き、色々な体験を
松山市立鴨川中学校
WE ARE STAR!
私は
韓 国 班 は 派 遣 と 受 入 の 両 方 の プ ロ グ ラ ム が あ り、
して無事日本に帰って来る事が出来ました。
パートナーと共に成長する事が出来たのではないか
と思います。
久しぶりに松山でパートナーと再会し、会えた喜
びとまた別れなくてはならないという不安が入り混
次に流しそうめんをしました。ミンジさんはそう
めんを知らなかったので、“うどんのすごく細くなっ
たもの”と説明しました。韓国には、そうめんの文
化が無いのだなぁと思いました。流しそうめんをす
楽しかったホームステイ
桜
残っているのは、一緒に花火を見たことです。韓国
には花火がないため、パートナーの子も喜んでくれ
たので本当に良かったです。松山城から松山の景色
をみんなで見たことも、忘れられない思い出です。
松山での日々もあっという間に別れの日を迎え、ア
寂しい気持ちになりました。日本語が得意なパート
直野
韓国でのホームステイ体験を終え、松山に帰って
ナーのお陰で、私はコミュニケーションに困りませ
松山市立南中学校
から4日後、その日はやってきました。パートナー
る時には、食べるチームと、
(そうめんを)流すチー
ムに分かれてやりました。麺をかたまりで流してし
のチェウンが、松山でのホームステイにやってきた
カセヨ~という言葉を空港で交わし、
まったり、水もこぼれたりして、意外と難しい作業
ンニョンヒ
でしたが、楽しかったし、美味しかったです。
ことなく、協調して仲良く過ごすことでした。時々、
今回私が心がけたことは、自分のことを主張する
んでした。
私の家族も合流し、挨拶を済ませると早速、大街道
久しぶりに再会した私たちはすぐにうちとけて、
のです。
最終日、空港に向かう途中、ミンジさんに、“松
山での楽しかったことは何?”と聞いたら、“中島
での海水浴と、ホームステイでの流しそうめん”と
気持ちがうまく伝わらず、もどかしい気持ちにもな
なかったので、英語でやり取りをしながらコミュニ
ションをとれるようにしたいです。今回の派遣で、
語 で も 英 語 で も 多 く の 人 と、 も っ と コ ミ ュ ニ ケ ー
これを機会に自分の気持ちを素直に表現して、日本
りましたが、伝わったときはとても嬉しかったです。
ケーションを図っていましたが、「お化け屋敷」の
私は言葉の壁を越えて、どの国の人とでも友達にな
私は韓国語、チェウンは日本語があまり得意では
の「お化け屋敷」に向かいました。
んがそう言っ
あまりの恐ろしさに、二人とも言葉を忘れて大泣き
でもミンジさ
言ってくれました。この5日間あっという間でした。
体験、中島等色々なプログラムを行いました。その中
てくれて、と
でした。
じる中、浴衣の着付け体験やボウリング、料理作り
でも私が 番心に残っているのはホームステイです。
ても嬉しかっ
私が平澤でパートナーの家にホームステイさせて
頂いた時、あまり韓国の生活や文化に触れることが
出来なかったので、パートナーには沢山日本の文化
を伝えようと頑張りました。コミュニケーションが
上手く取れず、言葉も通じない中、何とか頑張って
コミュニケーションを図り花火大会や盆踊り、松山
城等、韓国にはない日本独特の文化などを体験させ
てあげる事が出来ました。
パートナーはとても明るく、少し怖がりだけど何
にでも興味を持っていて、日本のことを本当に理解
しようと一生懸命頑張っていました。
離れる時、パー
トナーは私に手紙をくれました。
「私の大切な友達
行って、また
全員で韓国に
今度は家族
きしていました。
ウンは大喜びで、私もなんだかいつもよりもうきう
人で浴衣に着替え、下駄を履いて出かけました。チェ
夕方には、町内の「盆踊り」に参加するため、二
のはずなのに、まるで何年も松山に住んでいるかの
そこで驚いたことは、彼女には初めての「異国」
是非ミンジさ
んに会いたい
です。
ように、自然体でヨーヨー釣りや盆踊りを楽しんで
いることでした。
そして、楽しい時間は「あっ」という間に過ぎ去
り、またいつか再会することを誓い、涙のお別れを
森
義晴
国を越えて文化を通じ、
友達の和を深めよう
松山市立余土中学校
今回、派遣に参加できたことは、ぼくにとって人
生の大きな経験のひとつになりました。
松山での受け入れでは、パートナーをはじめ 人
に、これからも国際交流を続けたいと思います。こ
を理解できる事が良くわかりました。この経験を基
実際に体験することによって、お互いの文化や風習
今回のホームステイでは、言葉は通じなくても、
色、日本の城のつくりに触れてもらえて嬉しかった
く よ う に 思 え ま し た。 抹 茶 の 苦 さ、 日 本 の 琴 の 音
し、遠くて近い国だった韓国と日本が近くなってい
そして歴史を残す松山城、日本の最古の温泉を紹介
着物の着付け、茶道、日本文化の琴を奏でること、
のメンバーと日本文化に触れることができました。
のような貴重な体験をさせていただき、ありがとう
しました。
平澤でのキャンプでたくさんの方と交流し、パー
We love松山☆
れる事を実感しました。
たです。
We love平澤☆
トナーと私の間にも「絆」が生まれました。そして
です。
かった分、とてもとても辛かったです。
韓
国班
TEACHERS
引 率の 先 生 方
すばらしき仲間、
松山市立拓南中学校
韓中日青少年との出会い
団長
安廣
急 医 療には見 直 すべきことが あると考 え ま す。
すぐに点滴治療と、そのスピードに、日本の救
その上に驚いたのは、今回の国際交流事業を企
時までつきっきりだったこ
画、運営するボランティア大学 生スタッフの一
とです。付き添ってくれた学生に帰って休んで
人が、病院に夜の
ら。
」と言って帰りませんでした。ボランティア
ほしいと言うと、彼は、
「これは私の義務ですか
とは 点 滴の間、2 時 間 近 く 話 がで き ま し たが、
の大学生の発する言葉に本当に驚きました。彼
こんな優秀な学生を育てている教育や儒学の教
栗林
私たち韓国班は五泊六日という短い期間では
頑 張 ら ね ば。
えに韓国のすごさを感じました。日本ももっと
校長
ありましたが、内容の充実した、貴重な体験学
そう感じずに
はいられませ
今回、この
んでした。
経験をさせて
ような貴重な
とに対し、関
い た だい た こ
感 謝 し ま す。
係者の皆様に
ダ。
カムサハムニ
昭則
イカ割り、海水浴などの体験をしました。パートナー
夏井
はうにを割って食べると、「土の味がする」と苦手
教諭
私が受け入れで一番心に残っていることは、ホーム
なようでした。綺麗な自然の中で過ごせたことは本
松山市立北中学校
派遣事業(韓国班)を終えて
まつやま中学生海外
習を行うことができました。平澤市青少年文化
センターには韓国、中国、日本(松山市・秋田
県)から八十五名の中高校生が一堂に集い、韓
中日青少年国際交流キャンプと題して、様々な
文化活動、協同活動が実施されました。九班に
編成された各チームには韓国語、中国語、日本
語、英語が飛び交い、韓国伝統の遊びや料理づ
くり、舞鳳山修練院での協同活動(セラミック
タイルでペインティング)に挑戦しました。松
山からの派遣生十二名は、最初は各国の高校生
に圧倒されていましたが、徐々にその雰囲気に
慣れ、のびのびと活動することができました。
日程の最終の活動、「送別の時間」には、私た
ち松山からの派遣生、
引率者全員が舞台に立ち、
『 U & I 』 を 日 本 語 と 韓 国 語 で 合 唱 し、 温 か い
声援をいただき感激しました。私はこの青少年
国際交流キャンプに参加して、主催した平澤市
青少年文化センターの関係者、活動を支えた多
数の韓国の大学生スタッフの並々ならぬお力に
あらためて敬意を表したいと思います。また、
松山・平澤中学生相互交流事業を実施していた
ています。将
でパンを買いにいったことです。韓国の方は、あま
ステイの朝、パートナーの「ジンリュル」と自転 車
田房 友菜
私はこの派遣と受入を通して、パートナーとの間
ございました。
来、 パ ー ト
当に思い出の一ページになりました。
るものでした。特に中心となる大学生スタッフ
名ほどの大学生ボランティアの手によ
韓中日
青少年国際交流CAMP」
した。」
とうございま
す。「 あ り が
感謝いたしま
た全ての方に
話して下さっ
に関してお世
の 方 々、 派 遣
最後に、校長先生をはじめ松山国際交流協会
人間に成長して欲しいと思いました。
のような、細かな気配りができ、行動力のある
徒たちにも、ぜひ将来はお世話になった大学生
過ごせたと思います。今回の事業に参加した生
の高校生たちとも交流ができ、有意義な時間が
市 の
) 生 徒 だ け で な く 中 国( 寧 波 市 ) や 秋 田 県
を楽しむことができたと思います。韓国 平
(澤
「2011
方々に支えられながら、生徒たちはのびのびと
ナーの姿を通して、文化を守っていく大変さと心い
習 し て い ま す。 夜 遅 く な っ て も 練 習 を す る パ ー ト
パートナーは、韓国の国楽、ピリを毎日 時間練
よかった」と感動してくれました。
大 き く 美 し い 橋 を 渡 り な が ら、
「これだけでもきて
らせました。日本の近代工業の先端技術で造られた
ルへ行き、その後、車を今治のしまなみ海道まで走
どが、
さです。韓国での6日間の計画、進行のほとん
ティア大学生の計画性・行動力・指導力の優秀
せ て い た だ い て 感 じ た こ と は、 韓 国 の ボ ラ ン
今回の韓国(平澤市)海外派遣事業に参加さ
ナーと会うと
り自転車に乗らないそうです。だから、ジンリュル
次の日、母が迎えに来た時にパートナーが、日本
は様々な局面にも落ち着いて対応し、自ら考え
だいた松山国際交流協会の皆様に深く感謝いた
きは、お互い
も初めのうちは、
ふらふらしていてたいへんでしたが、
語で自分の名前を言い、挨拶をしているのをみて、
中島には 名全員で、一泊二日滞在しました。ス
の文化や考え
なれてくると、とても上手でした。そして、パン屋
て行動できる素晴らしい人たちでした。そんな
します。ありがとうございました。
方を尊重しあ
ぼくもいつか韓国語で挨拶ができるといいなぁと思
檜垣 佑奈
いました。パートナーと100円均一の店、エミフ
松山市立南中学校
スの友達に会ってお話をして、楽しく過ごせました。
韓国の女の子たちは、あまり海の深いところに行か
次に楽しかったことは、中島に宿泊したことです。
ように頑張
ず、砂浜で楽しそうに遊んでいました。この時、私は、
韓国の男の子たちと話したり、遊んだりしていまし
り た い で す。
『WE ARE
た。とても楽しかったです。夕方から寝るまで、韓
て、私は韓国の歌やダンスを教えてもらい、一緒に
国の女子がいろいろな歌を熱唱していました。そし
STAR!』
みんなでホームパ ー テ ィ ー
初めての海外、
そして韓国の教育力
ちと城山に行ったり、パートナーと過ごした日々は
きを学ばせて頂きました。父と将棋をしたり、弟た
松山での受け入れで一番私の心に残っているの
歌っていましたが、韓国の子の盛り上がりは、びっ
くりするほどすごかったです。その中でも、ジンリュ
哲男
本当に楽しいひと時でした。家族の前でピリを披露
あり、何もかも初めてのことばかりでさらに緊
井上
は、みんなで中島に行ったことです。この日は、と
してくれ、皆で感動しました。パートナーは、日本
初の海外ということで、私自身、緊張の連続
てくれました。海
張に拍車がかかりました。その中で、私にとっ
教諭
ルは特に盛り上がっていました。歌を歌って盛り上
ても天気が良く、思う存分海水浴を楽しむことが出
語で「ぼくのことを忘れないで心に刻んでおいてく
外に行くことを通
ての一番大きな事件?について報告します。
℃の熱を出
した生徒を病院へ搬送ということになりました。
韓国滞在4日目の夜8時前に、
いろんなことを学
時間診療の病院があり、そこ
病 院 到 着 からわず か8分 後には診 察が始 まり、
病院制度はありますが、全く違います。そして、
ですぐに対応してもらえました。日本にも救急
分のところに、
これは大変と思いきや、宿舎から車でわずか
いました。
ありがとうござ
す。
んでいきたいで
あり、これからも
じて沢山の発見が
松山市立勝山中学校
がるのは、私たちと似ていると思いました。
来ました。韓国の人たちは普通、海水浴には行かな
でした。また、他校の生徒の引率ということも
あづさ
私はこのような体験をして、韓国と日本は似てい
だ さ い。」 と い っ
岡
私の韓国への派遣が決まった時、卓球部のみんな
いそうですが、楽
たです。ホームス
格別に美味しかっ
食 べ た ス イ カ は、
ました。みんなで
とても盛り上がり
示 を 出 し て い て、
んな大きい声で指
スイカ割りは、み
す。海水浴の後の
私も嬉しかったで
るけど、ちがいもあることが分かりました。これか
人になりたいです!
はとても喜んでくれました。そして“松山で受け入
日のホームステイ
し ん で い た の で、
日、
ら、語学を勉強し、韓国のことをもっと知り、国際
月
れがある”と話したら、
“私たちも交流したい。”と
言ってくれたので、
で、私は卓球部のみんなも誘ってホームパーティー
最初は卓球部のみんなから、私のパートナーのミ
をしました。
ンジさんに英語で挨拶をしました。片言の英語で上
手くは出来ませんでしたが、ミンジさんは解ってく
んをしました。まずはお好み焼きを作りました。み
ホームパーティーでは、お好み焼きと流しそうめ
れました。
11
への行き帰り、町探検をしました。途中、私のクラ
時より「絆」が深まりました。
松山市立鴨川中学校
にとても強い絆を築く事が出来ました。韓国と日本
受け入れでは、パートナーや、周りの友達と派遣の
辛かったです。今まで別れが辛いと思ったことがな
は今でも様々な問題がありますが、お互いを理解し
へ」で始まる手紙をもらったとたん、今まで我慢し
12
い、未来の相
ようと頑張っ
12
てきた悲しさが一気に溢れ出し、別れる事がとても
▲流しそうめんを楽しんでいる様子
互交流の中
みんな友達
▲花火
テイの中で印象に
5
松山市立道後中学校
2
心となれる
▲日本にて太鼓の連打
7
んなで焼いたり、
ひっくり返したり、
とても楽しかっ
39
6
たし、美味しかったです。
7
24
8
30
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1
中学生チャレンジプロジェクト
アメリカ、ドイツ、韓国の姉妹・友好都市に派遣生として行きたくなった皆さんは
→中学生チャレンジプロジェクトに登録をしよう !!
?
中学生チャレンジプロジェクト とは
プロジェクトに参加できるのは
・松山市内の中学校に通う、1 年生、2 年生
・広く世界の国々について興味があり、地域での国際交流活動に参加する意欲のある人
プロジェクトの流れ
一年目
参 加 登 録
◦ チャレンジプロジェ
ク ト・ パ ス ポ ー ト の
交 付 を 受 け、 メ ー ル
で参加登録
◦「チャレンジプロジェ
クトお知らせメール」
で 対 象 と な る イ ベン
トのお知らせを受信
国際交流活動に参加
◦ 参加した活動に応じ
てポイントを取得
◦ 応募に必要なポイン
トをためると…
二年目
海外派遣への応募
面接審査
事前研修
海外派遣
国際交流活動に参加
★ ポイント対象となる国際交流活動例 ★
地球人まつり
国際交流サロン
世界各国のブースで文化や料理
などを体験できるお祭り
市民と外国籍市民とが楽しみ
ながら交流できるイベント
このほか
「のぞいてみよう!
国際協力の世界」
国際協力や多文化共生につ
いて学べるイベント
まつやま中学生海外派遣報告会
My Matsuyama Family
ぶどう収穫・交流イベント
姉妹都市フライブルクから贈られ
たぶどうの収穫を外国籍市民と一
緒に体験、楽しく交流します
その年の派遣生による報告会
松山在住の留学生のためのホームビジット&交流プログラム
ホームステイプログラム
ホストファミリーとして、外国人を自宅に受け入れます
中学生チャレンジプロジェクトへ登録をしたい、
詳しく知りたいという方は、まつやま国際交流センターまで
etc…
まつやま国際交流センターでは、他にも…
☆ ボランティアのための語学講座(英語、韓国語、中国語)の受講生
☆ 外国人オタスケマン(困っている外国籍の人をお助けするボランティア)
問い
合わせ
まつやま国際交流センター(MIC)
などを募集
しています !!
また、国際交流情報が 満載のMICメール
ニュースを週に1回配信しています。
配信希望の方は [email protected]
までメールを送ってください。
松山市三番町 6 丁目 4-20 コムズ 1 F
TEL: 089−943−2025 FAX: 089−931−2041 E-mail : [email protected]
URL: http://www.dokidoki.ne.jp/home 1 /informic/MIC/MICtop.html
携帯 URL: http://www.dokidoki.ne.jp/home 1 /informic/MIC/mobile/top.html
〒790-0003
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