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座談会

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第22回全国研究大会
座 談 会
小林 仁・多田羅 迪夫・西原 稔
座
談
会
02
2 0 0 6 年 3 月 2 9 日( 水 ) 1 4 : 4 0 〜 1 6 : 0 0
保谷こもれびホール・メインホール
座談会に先立ち、歌曲「詩人の恋」Op.48
の演奏が多田羅迪夫(Br)、小林仁(Pf)両先
生により行われ、その素晴らしいシューマンの歌曲の世界に魅了された興奮が覚めやらぬ
なか、この座談会が開催されました。
小林:多田羅さん、大変すばらしい演奏あ
ピアノ曲を集中的に書きました。それから、
りがとうございました。西原さんの朝の講
クララと結婚する前後、その時から急に歌
座も私はうかがっておりまして、学者と演
曲を書くようになりますが、それなりの必
奏家は違った見方をするものだということ
然性があるんでしょうか?
で、改めていろいろと感じ、また、いい勉
西原:1839年の結婚を巡る裁判のあたりか
強にもなりました。これからは座談会とい
ら心の中に大きな変化が生まれ、1840年に
うことで特に決まった形式はございません
なると、何か、歌曲が泉のように湧き出し
ので、約一時間ばかり、シューマンの音楽
て湧き出してしょうがない、心の中の仕組
についてお伺いしていきたいと思います。
みが変わったようになりますね。
多田羅:いわゆる「歌の年」と呼ばれる年
シューマンの歌曲
になって、急に、その泉のように湧き出し
小林:シューマンは、創作のごく初期の頃
てくる楽想を歌曲に書いていったという時
は、歌曲というものにある種の、自由な音
代。この時シューマンが、特に興味を持っ
楽のファンタジーが歌詩により制約をうけ
た詩人がハイネで、今日演奏した「詩人の
るというような違和感を持っていたようで
恋」も「リーダークライス(op.24)」もハ
〈特集〉第22回全国研究大会
イネの詩によって作られています。ですか
ですから、特に第二節、第三節と長い歌詞
ら、この時期、クララとの恋愛がちょうど
が続いた場合に、その抑揚が必ずしも一致
いい状態になり始めたとき、彼の精神状態
しないケースがあるわけですね。これは、
も歌を書きたいという、そういった強烈に
いわゆる有節 歌曲の形式に多いわけです。
内在するエネルギーを歌曲に向けた気がし
シューマンは通作歌曲にしてるので、その
ます。
言葉との抑揚がまさにピッタリとはまって
西原:ただ、1830年代でもシューマンは声
いると思いますね。
というものには非常に関心がありましたよ
小林:つまり、通俗的に言えば、一番、二
ね。「フモレスケ」の中に内なる声が出て
番、三番とあって、同じメロディーなんで
きてみたり、声楽ではないですが、人間の
すけれども、全く同じことをやっているわ
声、魂の声というものはずっと続いていま
けではなくて、ある部分、ちょっとリズム
した。ただそれが、歌曲には結びついてい
が変わっているとか、音程が変わっている
なかったという感じがするんですけれど
とかほんのちょっとした違いがある。で、
ね。
これは詩の持っているそのイントネーショ
小林:音には実際に出ないけれども心の中
ンから来るものですね。
で歌っている、楽譜に書かれていないけれ
多田羅:そうですね。ハイネの詩は特に情
ども心で聴く人だけが聴こえる声ですね。
熱っていうものを強く感じさせる詩人だと
シューマンは若い頃は歌曲を少ししか書か
思うのです。おそらく、そのことに、シュ
なかったけれど、その内的な声というもの
ーマンも心が動かされて、歌曲を書きたい
には、やはり始めからこだわりがあったん
っていう気持ちになった理由ではないかと
でしょうか?
思うのです。
西原:そんな感じがします。午前の部でお
西原:多田羅さん、先程の演奏を拝聴して
話ししましたが、17〜18才のときの作品に
思ったのですが、言葉のイメージとそれか
「11の歌曲」というのがあるんですが、そ
ら作品のイメージと演奏の表現というのが
れが彼のピアノ創作の原点だと思います。
シューマンの場合はかなり独特で、シュー
小林:多田羅さん、これは演奏家の立場と
マンの作品では、シューマンワールドの中
して、このハイネの詩ですね、これとこの
に入っていかないと、ちょっと、解釈できな
メロディーとの関連性。ドイツ語の歌曲は、
いような部分を感じますが、いかがですか。
概して、言葉のイントネーション、リズム
多田羅:おっしゃる通りですね。シューマ
とそのメロディーが非常によく一致してい
ンがこの詩をどう解釈したかが、音を通し
る。中でもシューマンはドイツ語のあの、
て、つまり、楽譜を通して演奏家に伝えて
ゆうせつ
つうさく
よくよう
抑揚、イントネーションと非常によく一致
いるわけですね。他の作曲家の場合には
しているという気がするんですが?
往々にして演奏家がその作業をやらなけれ
多田羅:そうですね。結局古典派の作品は
ばならないというケースがあると思うので
まずメロディーが優先して、歌詞は無理や
すが、シューマンの場合は必ず和声的に、
り付けられたところがどうしてもあるわけ
ある言葉に対して意味づけがなされている
03
ので、シューマンが作曲したその通りを、
セスというのが、アンサンブルをしていく
我々の感じるままに音にすれば、音色も自
なかで、自然に行われてくるんではないか
然に決定されてくるのではないかという気
という気がします。
がします。
西原:そうすると、小林さん、ピアノの独
奏曲を弾かれる場合にその歌曲の伴奏やら
歌曲のピアノ伴奏
れてからの経験は、やはり、いろいろある
小林:どうでしょう。歌い手として伴奏の
わけなんでしょうか?
ピアニストにここのところはこんな風な音
小林:歌曲の伴奏をすることはこんなに勉
を出して欲しいっていうイメージが当然あ
強になることはない。歌詞の抑揚、その意
ると思うんですが、例えば歌う方もやはり
味合い、それから強調したい言葉ですね。
ピアノの音によって微妙に発声の仕方が違
それが見えるようになってくる。歌詞の意
ってくるんでしょうか?
味が見えないと当然のことながら伴奏も出
多田羅:そうですね。実際上我々は5つ位
来ません。ピアノのソロをやる時はメロデ
の音色しか使い分けることしか具体的には
ィーと伴奏は同時にやるわけですから、そ
できないんですね。
の意味がわかっていないと、やはり、弾け
ない。いや、弾けないことはないですが、
人にある印象を与える演奏にはならないと
いうことですね。
西原:例えば、「ダヴィッド同盟円舞曲集」
とか「フモレスケ」とかの作品、あれはほ
とんど歌曲ですよね。言葉がついてないけ
ども無言歌みたいな感じがします。いかが
なもんでしょう。
小林:ピアノでしか表現できない世界とピ
多田羅先生
04
はんちゅう
アノという範疇 からはみ出て、人間の声、
つまり、うれしい気持ち、悲しい気持ち、
他の楽器の音、詩、あるいは文学といった
怒っている気持ち、要するに喜怒哀楽とい
ほとんど音にならないような部分までこう
われる5つの感情にほぼあるわけで、その
広げて考えることと、この二つが必要では
バリエーションも含めれば、24色以上の色
ないでしょうか。
合いというのが当然あるわけです。が、そ
西原:演奏家の立場からは力強い f 、重い
の喜怒哀楽という言葉で表せられるような
f 、軽い p とかいろいろあると思うのです
基本的な感情に則ってその言葉がどういっ
が、ピアノで演奏された場合どんな感じな
た感情を内在しているかを読みとり、その
んでしょうか?
音色で基本的には歌わなくてはならない。
小林:ピアニストはここにあるこの楽器で
それで、その音色と一緒に演奏して下さる
演奏しなければならない。ですから、限ら
ピアノの方とある意味で同調していくプロ
れた、その中でどうやってその音を作って
〈特集〉第22回全国研究大会
いくかということですね。歌曲の場合はや
いにありまして、オペラの場合はダイナミ
はり、歌い手の声の質、それから想い入れ
ックレンジっていうのは mp から ff という
の箇所というものを最初のリハーサルで把
風にだいたい私は規定できるんではないか
握するようにします。で、二回目にはなる
と思います。で、歌曲ではピアノ一台です
べく、縦の線は一回だけやれば合うんです
から、音がない場合もたくさんありますし、
けど、問題はその先で、なるべく歌い手の
ダイナミックレンジがオペラに比べたら、
声と等質な音(出るわけないんですけれ
もっと広く設定できるんではないかと思い
ど)、もちろん声量、それからキャラクタ
ます。つまり、mp から以下での p 、pp と
ー、そういったことによって、そのピアノ
いう音量の表現が歌曲の場合に要求されて
の音の出し方は自分一人でソロをやる場合
いるように思います。言葉が悪いですけど、
とは全く違います。
オペラの場合は歌いとばしてしまっても
西原:先程の演奏で、歌詞の内容に応じて、
sempre f というか、いつも大きい音でダー
音の強さとか、テンポとか、間のとり方と
っと歌っても、それはそれで成立してしま
か、いろいろと、使い分けされていました
うところがあるような気がします。
が、それは、ピアノ曲においても同じよう
西原:そのあたり、ピアノはどうですか?
なことでしょうか?
小林:ある程度経験をつんできますと、ス
小林:全く同じだろうと思います。ただ歌
テージで弾きながら、ああこの位で弾いて
曲の場合は、現実に歌詞があるので、その
いればこの位で多分こう聴こえているとい
歌詞を見ればシューマンが表現しようとし
うのが、実感としてつかめてくる。
ていることは非常に分りやすいわけです
ね。ハイネの詩はいろいろな意味があって、
書かれた詩の意味をただ表面的に理解して
いるだけでは多分だめではないかという気
がするんですが。分りやすいために落とし
穴があるのではないかという不安を常に私
は持っているんです。
多田羅:ある意味で皮肉っぽいその色合い
に彩られたメルヘン調の話。しかし、その
裏にはとても冷たい、悲しい感情が流れて
小林先生
いるのではないかとか、そういうようなと
つかみやすいのは、ピアノのフタを全部開
らえ方をする必要がありますよね。ハイネ
けた状態です。全部フタを閉めてしまった
の詩は少しひねってあるってところがあり
り、半開にしてしまうと音が弾き手の方に
ますね。
来ない。それで、音が出ていないのではと
思って、ピアニストががんばり過ぎてしま
歌曲とオペラの相違
う傾向があるんですね。だから、全部開け
多田羅:歌曲はオペラと違ったところが大
ると楽器が自然に鳴るので、非常にバラン
05
スがとりやすいということはあります。も
ベートーヴェンのピアノ曲との相違
ちろん、それにはうんと pp が可能となる
西原:小林さん、同じピアノ曲でもベート
技術が前提になるわけです。
ーヴェンとシューマンのピアノ曲とはやは
西原:先程、多田羅さんが、オペラの場合
り違うものですか?
は ff でワーっと歌ってしまえばなんとかな
小林:楽譜だけ見ても何もわからないと多
ってしまうとおっしゃいましたが、ピアノ
分思うんです。そういう場合、何がわかる
ではいかがですか?
かっていうと、例えば、シューマンは4曲、
小林:そういう意味ではリートの方がやは
ベートーヴェンは9つのシンフォニーを作
り大変でしょうね。私はこの「詩人の恋」を
りましたね。それぞれの総譜の書き方を見
別の声楽家とやったことがあって、一番最
ていると、全く違う書き方をしている。つ
初に、うんと pp で弾き始めましたら、「そ
まり、ベートーヴェンはどちらかというと、
んな弱い音で弾かないでくれ。歌い出しが
管楽器と弦楽器群とをはっきりと分けてい
もうこれ以上弱くできないんだ」というん
る。音色のその対比を非常に強調したシン
ですね。ピアニストはその下限がほとんど
フォニー、つまり、楽器の書き方、ところ
無限に近いっていうのがある。だけど、声
が、シューマンはほぼ同じ音で、つまり、
が響くということを前提に考えるならば、
ヴァイオリンもフルートもオーボエも大体
ある程度以下に落とせないわけですよね。
同じところで全部演奏している。その楽器
だから、全体として pp と書いてあっても
の差による音の表現の違いというものはあ
歌のメロディーのパート、演奏する右手の
まり好まないように見えますね。
5とか4の指とかは、私は意識的に mf 位
西原:例えばですね、シューマンにヴァイ
で実は弾いている。これはおそらくピアニ
オリンソナタとか、コンチェルトとかがあ
ストが全く意識しないでそうやっているだ
りますが、おっしゃったように、オーケス
ろうと思います。で、それ以外の伴奏部分
トラと一緒になるものですから上手く弾か
そうさい
を ppp 位にすれば相殺して p 位の感じにな
ないとソロの部分が隠れてしまったりす
ると。
る。それが絶妙な表現となるのはなかなか
西原:なるほど、そうなんですか。
難しいだろうなと思います。
小林:ピアノは一人でやる時は、例えば、
小林:よく言われることですけれど、シュ
シューマンの音作りの場合は特に私は、意
ーマンはオーケストレーションが下手だ
識して上のメロディーは出しすぎないよう
と。だから、その4つのシンフォニー、ど
に、つまり、耳を澄まして聴く人にはこの
うもどれも鳴らない。ピアノコンチェルト
メロディーが聴こえる、響きがいっぱいあ
もどうもあんまり良く鳴らない。指揮者が
る中で、本当に心をとぎ澄まして聴こうと
嫌がるんですね。しかし、シューマンは実
思う人だけに聴こえる、シューマンのピア
際、オーケストラの指揮者として、ステー
ノの音の作り方はその辺の面白さにあるの
ジに何度も立っている人ですから、オーケ
ではないでしょうか。
ストラの何たるかを知らないで書いている
はずは絶対ないと思うんですね。
06
〈特集〉第22回全国研究大会
西原:シューマンは交響曲をもう10代の時
葉でも意味が全く違ってきますね。ですか
から取り組んでいました。シューマンのス
ら、ドイツ人の考えるブルックナーのシン
ケッチや資料を見ますと、ベートーヴェン
フォニーのロマンティッシュという言葉が
の交響曲全曲を非常に詳細に分析している
ありますが、それは薄暗い森、あるいは、
ことが分かりました。つまり、彼はオーケ
中世的な、そういう意味合いを持っている
ストラの書き方を良く知っているんです
かと思うんですが。つまり、我々が何気な
よ。知っていて自分の音色を作っていこう
く使っているロマン派とかロマンティック
とした。だから、そういう意味では、決し
という様な言葉をもう少し意識的に使わな
て彼は管弦楽曲の素人ではないと思います
いととんでもない問題になるのではないか
ね。
という気がするんですがいかがですか。
小林:それは室内楽曲を見ても非常に良く
西原:実は、シューマンがデビューした時
わかることで、例えば、ピアノと弦楽器群
に彼は何て呼ばれたのかというと、新ロマ
が全く同じことをやっているってことはし
ン主義者と呼ばれたんですね。
ょっちゅう書いているわけですよね。それ
から私が一番面白いと思うのは、シューマ
ンのピアノクインテットの最終楽章の二重
フーガの書き方。ある部分はある一つの楽
器だけで、ある部分はいくつかの楽器をダ
ブらせて、その声部の出方ですよね。なん
でそうなっているんだろうか。つまりピア
ノの音色を強調したくなかった。その為に
そこにその音域に合わせた楽器をダブらせ
てちょうど中間の音域をねらっている。こ
西原先生
れは、他の作曲家はあまりやらないことな
何で「新」かというと、元のロマン主義は
んです。
18世紀の末頃に文学運動として起こったも
のだったからです。その思潮は簡単に言い
ロマンティッシュという言葉
ますと、超現実の世界、つまり、現実の否
小林:森とホルンとそれからロマン派とい
定ということを骨子にしていました。そし
う話が出てきたんですけども、ここで皆さ
て現実を超えた絶対的なものとして、森、
ん方に考えていただきたいなと思うのは、
それから夢、音楽、狂気、夜が注目されま
日本人がロマンティックと漠然と思い描い
した。夜になると見えない世界が見えてき
ている、例えば、小田急のロマンスカーと
て、森の中は夢と死の世界です。ロマン主
か、王妃と誰とやらのロマンスとかですね、
義者は現実を超えた世界にイマジネーショ
そのロマンスとドイツ語でいうロマンティ
ンを廻らしていくんですけれども、それは
ッシュという意味とは、全くイメージが違
決して健康な世界じゃないですよね。です
う。言葉っていうのは国が変わると同じ言
から、ロマン主義は本来、決して甘ったる
07
い世界ではないんです。シューマンの創作
なお、殆ど演奏されないシューマンの後期
では現実からの隔離、あるいは飛躍があっ
の声楽作品について、多田羅先生より座談
て、彼の音楽を理解するには現実を飛び越
会の中で以下のご案内がありましたのでご
えなきゃいけない。飛び越えることが出来
興味のある方は是非お出かけください。
た人だけが、彼のいう「かすかな音」に耳
○11月17日(金)18:30開演
にそばだてることができる。こういうこと
オーケストラ定期演奏会
に共感できないとシューマンも新ロマン主
ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」
義の音楽も何をやっているかさっぱりわか
より《ミニヨンのためのレクイエム
らないことになってしまいます。
Op.98b》、合唱バラード《小姓と王子様
小林:おっしゃるとおり、シューマンの音
の話Op.140》、ソロ・合唱・オーケスト
楽を甘い風にとらえることは間違い。つま
ラの為のバラード《歌人の呪いOp.139》
り、ロマンティックって我々が考える言葉
これらの作品は滅多に演奏されないシュ
は今、お話がたくさん出ているようなイメ
ーマンのオーケストラ付き声楽作品で
ージ、そういえば、彼はやっぱり半分その
す。
世界の人ですよね。(笑)。
お話は尽きませんけれども、そろそろ時間
ですよとのメモが出ました。お二方の先生
芸大合唱・
(今年の開催で、場所は東京芸大の奏楽
堂となります)
(記録・構成
広報部
山本
緑)
方いろいろといいお話を伺いありがとうご
ざいました。
*座談会はシューマン後期の歌曲、その性格と作品、楽器の進歩と調性など多方面にわた
りましたが紙面の都合上割愛させて頂きましたのでご了承ください。
08
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