学習スタイルの異なる大学生の学習の特徴

学習スタイルの異なる大学生の学習の特徴
橋 本 健 広
要旨 本稿は、経済学部に所属する 1 年次、2 年次の学生 14 名を対象に、英
語科目授業に C.I.T.E. 学習スタイルアンケートを用いた学習ストラテジーの
教育を行い、学生の英語学習に活かした事例を紹介し考察を加える研究ノー
トである。特に経済学部の学生によくみられる、授業内外で常に同じ仲間同
士で行動する結束力の強い「仲間」タイプと一人で勉強することを好む「一
人学習」タイプを本稿では規定した。仲間タイプ、一人学習タイプの双方が
数多くの学習ストラテジーを使用し学習活動に役立てていた。仲間タイプの
結束力を活かし、かつ一人学習タイプの学生に一人での学習機会を与えるよ
うな授業運営が望ましいと思われる。
キーワード 学習ストラテジー C.I.T.E. 学習スタイルアンケート
はじめに
教師の経験上、学生の間には、グループごと、クラスごと、学部ごと、
大学ごとの気質の違いといったようなものが存在するようにみられる。こ
の気質の違いといったものが確かにあるとするなら、それを授業に活かす
ことができるかもしれない。
本稿は、経済学部に所属する 1 年次、2 年次の学生 14 名を対象に、英
語科目授業に C.I.T.E. 学習スタイルアンケート(C.I.T.E. Learning Strategy
Inventory)を用いた学習ストラテジーの教育を行い、学生の英語学習に活
かした事例を紹介し考察を加える研究ノートである。
本稿では、特に経済学部の学生によくみられる、授業内外で常に同じ仲
間同士で行動する結束力の強い「仲間」タイプと、授業外では友達と行動
を共にするが学習に関しては一人で行うことを好む「一人学習」タイプを
規定し、両者の学習ストラテジーに焦点を当てて特徴を出し、授業運営に
活かす考察を行う。
─ 135 ─
Ⅰ . 方法
C.I.T.E. 学習スタイルアンケートは 1976 年にバビル、バーディン、オル
ブライト、ランドルらによって開発された学生の学習ストラテジーを測定
するアンケートリストである。学習ストラテジーを、視覚、聴覚、身体運
動の感覚と言語と数字に対する処理能力を組み合わせた情報収集の学習能
力(聴覚型の言語スタイル、視覚型の言語スタイル、聴覚型の数字スタイ
ル、視覚型の数字スタイル、聴覚と視覚と身体運動の組み合わせスタイ
ル)、グループ活動を好むか個人での活動を好むかの作業の性質に関わる
社会性(個人型の社会性、グループ型の社会性)
、口頭表現を好むか文書
表現を好むかという表現の性質(口頭表現スタイル、文書表現スタイル)
に関する 9 つの学習スタイルに分類して測定し、各学習スタイルが強く現
れるかどうかを数値化して「よく使う」
「少し使う」「あまり使わない」の
レベル別に判定している(各学習ストラテジー項目は 40 点満点。34-40 点
が「よく使う」、20-32 点が「少し使う」
、10-18 点が「あまり使わない」)。
開発された年代からかなりの年月が経過しているが、現在でも通用する部
分があるため、小中学校や成人教育の現場で使用されることがある。本稿
では 2003 年に発行された『ウエストバージニア成人基礎教育:指導の手
引き』に掲載されたバビルらの作成したアンケートを日本語に訳して使用
した。
本稿のアンケートは、2010 年 10 月関東圏の大学で経済学部の学生が受
講する英語の授業内で行われた。対象者は 1 年次、2 年次の学生 14 名で
ある。このうち YU を除く 2 年次の学生 8 名が学内外で行動をともにし常
に一緒にいる仲間タイプである。また OK、KA は他人と共同で学習する
より一人で学習することを好む一人学習タイプであった。仲間タイプの学
生はどちらかといえば学習に対する意欲が低く授業中私語が多くなる傾向
にあり、一人学習タイプの学生は学習に対する意欲が強いがグループ活動
に消極的な傾向にあった。学生は倫理に同意した後、C.I.T.E. 学習スタイ
ルアンケートのアンケートに回答し、各自学習ストラテジー項目を点数化
して、パソコン上でグラフに表して各々の学習ストラテジーの傾向を確認
した。また教師はコメントを加えて、今後どのような学習を行うのがよい
か学生それぞれに示唆した。
─ 136 ─
表 1 C.I.T.E. 学習スタイルアンケートの結果と到達度テスト正答数
グループ型の社会性
口頭表現スタイル
文書表現スタイル
40
28
32
36
20
36
36
22
20
24
32
30
30
28
4
0
34
32
22
36
40
30
28
32
24
34
24
36
30
32
5
0
40
32
22
36
32
28
38
28
22
26
26
24
26
26
3
0
16
28
26
24
36
32
38
26
24
24
26
28
24
30
2
1
28
5
3
28
2
0
28
1
0
32
5
0
34
4
0
30
1
1
22
5
0
22
0
0
24
1
1
26
2
0
28
0
0
34
5
1
28
0
0
26
1
0
2 0 到達度テスト正答数
個人型の社会性
16
22
22
22
20
24
28
20
22
22
24
36
26
22
1
1
問中)
聴覚と視覚と身体運動の
組み合わせ型スタイル
16
24
22
28
26
14
30
22
18
24
24
14
24
24
0
4
(
聴覚型の数字スタイル
40
34
38
34
30
26
38
32
36
28
20
34
28
28
7
0
あまり使わない
聴覚型の言語スタイル
40
34
28
38
40
30
38
28
32
38
26
38
32
36
8
0
よく使う
視覚型の数字スタイル
学年
2
2
2
2
2
2
2
2
2
1
1
1
1
1
視覚型の言語スタイル
学生
AK
IC
MA
MI
NA
OR
US
YA
YU
KA
IN
OK
SA
YO
よく使う
あまり使わない
30
15
16
13
13
16
13
11
13
19
27
17
29
10
21
Ⅱ . 結果と考察
表 1 は学習ストラテジーの結果およびその後実施した授業の到達度テス
トの結果である。
学習スタイルアンケートリストの分類通り、仲間タイプはグループ型の
社会性が強く一人学習タイプは個人型の社会性が強い傾向にある。また視
覚型の学習スタイルは概して点数が高く聴覚型の学習スタイルは概して点
数が低い。顕著なのが、仲間タイプの学生も一人学習タイプの学生もどち
らも「よく使う」に該当する学習スタイルの数が多いことである。仲間タ
イプのうち、NA、MI、AK、US が 4 つ以上の「よく使う」学習スタイル
─ 137 ─
を有している。また一人学習タイプのうち OK は 5 つの学習スタイルを有
している。これは、仲間タイプは普段から常に行動を共にする仲間と何ら
かの形で授業や学習方法についての話をするため、自然と各学習スタイル
を認識し身につける機会が多くなるためと考えられる。特に、認知、メタ
認知、社会的ストラテジーといった様々な学習ストラテジーに目を向けて
学習内容に関する知識の欠乏を補おうとしていると考えられる。仲間タイ
プの学生は私語が多く授業に興味がないようにみえる場面が多々あるが、
実際には相対的に学習の機会が多いといえる。また一人学習タイプは学習
に対する意欲があり多くの時間一人で学習することから、学習に取り組む
時間が長い。そして学習方法をあれこれ自分で考えながら学習するため数
多くの学習スタイルを身につけると考えられる。一人学習タイプの学生は
到達度テストの結果が優れている。なお仲間タイプには個人型の社会性と
グループ型の社会性両方の社会性が強く成績もよい学生 MI、AK がいる
ことも重要である。この二人がグループの学習に関する推進力となって他
の学生にスキャフォールディングし、グループ全体の学習に寄与している
可能性がある。スキャフォールディングとは、グループ内のよくできる学
生 が 他 の 生 徒 を 支 援 す る 対 話 的 学 習 の こ と で あ る (Mitchell & Myles,
2004)。使用する学習ストラテジーの数の多さは必ずしも学習効果に反映
されるわけではないが、グループによる学習効果を高める可能性があるこ
とは留意すべきである。
授業運営においては、授業に対する興味がそれて私語に夢中になりがち
な仲間タイプの学生については、グループの結束力を活かし学習自体に対
する価値を高めるよう教師が上手に促し、グループ学習を利用した学習を
行わせるとよいと思われる。例えば、学習の度合いをグラフ化してクラス
全体に表示して競争させたり、教室内を走ってクイズに答える速さを競う
等、遊びの要素をメインにして副次的に学習を盛り込む等である。点数制
のゲームで、一人で答えると点数は低いが、別の人が付け加えていくと
ボーナス点が加算されるといった、人数を必要とする形式の活動も考えら
れる。重要なのは、学習活動でグループ分けを行う場合、結束力の強い仲
間タイプのメンバー同士でグループを組ませること、そして学習が顕在化
するのであれしないのであれ、その学習活動にグループでの興味を抱かせ
て取り組ませることである。教師はグループの「流れ」をよくみて、
「流
れ」を利用して学習に向かわせる必要がある。
─ 138 ─
一人学習タイプの学生は、概して学習意欲が高く、教師の介在をまたず
に一人で学習を進めることのできる学生である。一人学習タイプの学生に
対しては、学習活動を行うことで、自分の価値を高めていくことが目に見
えてわかるような学習を行わせるとよいと考えられる。例えば、覚えた単
語の量や読んだ文の文字数が表示されるようにしたり、学習レベルを規定
して、レベルの数を増やし、現在自分がどの到達段階にあるか一目で分か
るようにするなどの工夫である。重要な点は、一人で学習できる時間を確
保し、かつ教師が介在しすぎないよう注意しつつも学生の学習をモニタリ
ングし、学生が学習につまずいた時など必要な時に学生の学習に指導を加
えることであろう。自分の能力を超えた学習活動に出会って学習をやめて
しまうことのないよう、能力内の学習活動を与えることも大切である。
表 2 は学習ストラテジー間の数値の相関係数である。特に注目すべき点
は、「よく使う」と「視覚型の言語スタイル」
、そして「あまり使わない」
と「聴覚型の言語スタイル」の相関値が高い点である。目を使用して学習
する機会が多いのは自然なことと思われるが、それと対照的に耳を使った
学習スタイルが確立していない。聴覚を使用した情報収集の能力開発や、
聴覚を学習に取り入れる何らかの工夫が必要かもしれない。例えば、ディ
クトグロスと呼ばれる、主要な単語だけを聞き取り元の文を再構成するア
クティビティを聴覚の能力を高めるために行い講義の聞き取りに活かした
表 2 学習ストラテジー間の数値の相関係数(N=14)
視覚型の言語スタイル
視覚型の数字スタイル
聴覚型の言語スタイル
聴覚型の数字スタイル
聴覚と視覚と身体運動の組み合わせ型スタイル
個人型の社会性
グループ型の社会性
口頭表現スタイル
文書表現スタイル
到達度テスト正答数
**
*
. 相関係数は 1% 水準で有意(両側)。
. 相関係数は 5% 水準で有意(両側)。
─ 139 ─
よく使う
.838 **
.560 *
.072
.185
.377
.569 *
.677 **
.114
.400
.155
あまり使わない
.285
.407
-.712 **
-.190
.407
.106
.314
-.518
.115
.098
り、音声を含む映像を授業にできるかぎり取り入れる等の工夫である。
また「よく使う」と「個人型の社会性」
「グループ型の社会性」の相関
値が高い点は、さきの仲間タイプや一人学習タイプがたくさんの学習スト
ラテジーを駆使しているという分析を裏付けている。このような学生は、
自己の学習活動に関するメタ認知の度合いが強く、学習活動に関する成熟
度が高いと見なしてよいのかもしれない。
おわりに
仲間タイプ、一人学習タイプの双方が数多くの学習ストラテジーを使用
し学習活動に役立てていた。仲間タイプの結束力を活かし、かつ一人学習
タイプの学生に一人での学習機会を与えるような授業運営が望ましいと思
われる。グループ分けの際、仲間タイプのメンバーを引き離さず同じグ
ループに入れ、グループとして上手に学習に導いてグループの流れに乗る
ことが教師にとって大切だと思われる。また一人学習タイプの学生に対し
ては、教師はコミュニカティブな言語教育で言われる教師の役割、すなわ
ち学生の学習意欲を保つよう支援するファシリテイターに徹し(Brown,
2001; Richards & Rodgers, 2001)
、学生が学習につまずいた時などに必要な
指導を学生の学習に加えるといった授業運営が必要であろう。学習効果は
一人学習タイプの学生に高いと考えられるが、仲間タイプの学生の間でも
グループの特性を活かせれば学習効果を高める可能性がある。
仲間を作って集団で行動しやすい学生と一人で学習を続けようとする学
生を本稿では経済学部の特徴としたが、経済学部に限らずどのような学部
にも程度の差はあれみられる学生の学習スタイルと考えられる。また、本
稿ではバビル、バーディン、オルブライト、ランドルら(1976)の作成し
たアンケートを使用したが、ガードナーの分類による知能のタイプも学校
教育で必要とされる論理・言語能力以外の能力を学生が有している可能性
を教師に気づかせてくれる点で有益と思われる(ガードナー,2003)
。学
習スタイルの検査およびフィードバックは、学生に各自の学習スタイルを
気づかせまたメタ認知の能力を発達させることに効果がある。学習スタイ
ルに対する意識を高め自分に合った学習スタイルを見つけることは総じて
学習一般に対する動機づけと効果を高めることと思われる。教育の現場で
は、学生それぞれの学習ストラテジーの特徴を活かすことができるような
授業運営が望まれるだろう。
─ 140 ─
参考文献
Babich, A. M., Burdine, P., Albright, L. and Randol, P. (1976). C. I. T. E. learning styles
instrument. Wichita, KS: Murdoch Teachers Center.
Brown, H. D. (2001). Teaching by principles: An interactive approach to language pedagogy. Second Edition. NY: Addison Wesley Longman.
Flowerdew, J and Miller, L. (2005). Second language listening: Theory and Practice.
NY: Cambridge University Press.
Laskey, M. L. and Gibson, P. W. (1997). College study strategies: Thinking and learning. Boston: Allyn and Bacon.
Mitchell, R. and Myles F. (2004). Socio-cultural perspectives on second language learning. Second language learning theories. London: Arnold.
Richards, J. C. and Rodgers, T. S. (2001). Approaches and methods in language teaching. Second Edition. Cambridge, England: Cambridge University Press.
West Virginia Adult Basic Education. (2003). West Virginia adult basic education instructor handbook, section 3. Retrieved from http://www.wvabe.org/cite/cite.pdf.
ガードナー,H.(2003).『多元的知能の世界』黒川晴夫訳 . 大阪 : 日本文教出版 .
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