診療科シリーズ 救命救急センター(2.2M)

■ 救命救急センター S taf f M e s s ag e
東京医科大学病院診療科シリーズ
E m e r g e n c y
contents
a n d
C r i t i c a l
C a r e
C e n t e r
・教授紹介 ・診療科紹介 ・看護師の紹介 ・東京 DMAT ・スタッフメッセージ
ほっと! Line ■ 診療科シリーズ 救命救急センター 2011 年 10 月発行 発行/東京医科大学病院 救命救急センター 〒 160-0023 東京都新宿区西新宿 6-7-1 編集・制作/ビー・ビー・ビー株式会社
救命救急センター
私たちは昼夜、救命医療に力をあわせて
取り組んでいます。
都内でも搬送件数が多いことで知られる当センターでは、医療にかける熱意とスキル、そして個性を
もった医師たちが根拠に基づいた最新の医療で昼夜を問わず重症患者さんの診療にあたっています。
若さも失われ、体力だけで勝負の日々です。時間を見つけて
昼寝するようにしています。
●三島 史朗(みしま しろう)准教授、博士(医学)
けがや病気の種類、症状、重症度がさまざまな患者さんを診
察するのは、地図のない道をバイクで走るような緊張感と充
実感、そして患者さんを救えた時は大きな達成感があります。
●金子 直之(かねこ なおゆき)准教授、博士
(医学)
現在育児中ですが、周囲の人たちの協力を得て、なんとか仕
事を継続させていただいています。女性の細やかさを診療に
活かして、患者さんやご家族がホッとするような関わりを心
がけています。
(かわい ともこ)
人はいつ病気やけがをするかわかりません。倒れている人を
見かけたら、たとえ街中であっても医師として迅速に救命処
置を行い、ベストな医療へつなげることを目指しています。
病院助教
●鈴木 彰二(すずき しょうじ)助教
「患者さんやご家族の立場に立った医療」を心掛け、ジェネ
ラリストとして多くの命を救えるよう精進しています。そし
て「その人を診る」ことのできる 医師を目指しています。
患者さんの救命のために必死で慌ただしい時だからこそ、落
ち着き、ゆっくりと患者さんやご家族と話をするように心が
けています。
●上野 雅仁(うえの まさひと)助教
●佐藤 綾乃(さとう あやの)後期臨床研修医
ここではスタッフ全員が<何がなんでも!!>と思ってできる
限りのことを行っています。その甲斐あって救命できたとき
に、この世界に飛び込んで良かったと感じます。
みんな真剣に熱く救急医療に向かい合っています。私たち若
手医師は先輩医師に叱られることも多いのですが、そこから
多くを学び、充実した密度の濃い時間を過ごしています。
●石井 友理(いしい ゆり)後期臨床研修医
●須崎 萌(すざき もえ)後期臨床研修医
救急搬送患者さんやご家族は、突然のことに動揺していらっ
しゃいます。私はメンタルケアを心がけながら、わかりやす
2011年8月に救命看護師長に就任しました。患者さんやそ
のご家族の立場に立ったケアができる看護師の育成を自身の
く、詳しく説明することを心がけています。
ミッションとして、社会貢献をしていきたいと思います。
●河井 知子
●山岸 朋子(やまぎし ともこ)後期臨床研修医
●渡邊 淑子(わたなべ よしこ)救命看護師長
患者さんの意識の有無に関係なく、私たちは看護の基本とし
て必ず患者さんに挨拶と言葉かけをしています。また、その
姿を通じて新人スタッフにも多くを学んでもらっています。
なんでも相談し合えるチームワークをフルに発揮して、わず
かな変化も見逃さずに一瞬の看護に全力投球し、患者さんに
プラスαのケアを提供することを心がけています。
●笹川 陽子(ささがわ ようこ)救命看護師4年目(病棟)
意識がなかったり、ケガや処置の影響から苦痛や不安を言葉
で表現できない患者さんに対し、その気持ちを体温や脈拍、
血圧、表情などから読み取り、より良い看護を目指します。
●長野 志保里(ながの しおり)救命看護師3年目(病棟)
●米倉 克彦(よねくら かつひこ)救命看護師4年目(ER)
救命と同時に、向かい合っている患者さんの人生も考えられ
る看護師になりたいと願っています。そのため、救急医療の
ほか将来は緩和ケアなども勉強したいと思っています。
●江藤 弥栄子(えとう やえこ)救命看護師1年目(病棟)
教授 患者さんの容態に合わせて目まぐるしく変わる治療方針に応
じて、迅速に薬の種類や分量を医師に提案し、誤った投与が
発生しないよう細心の注意を払って薬剤管理をしています。
●山田 眞由美(やまだ まゆみ)臨床工学技士
●藤瀬 遥(ふじせ よう)薬剤師
11OC0341
太田 祥一
生命維持に大きく影響する医療機器を事前準備から使用時の
点検までを徹底して行っています。『縁の下の力持ち』とし
て医療スタッフをしっかりサポートしています。
[診療科シリーズ]救命救急センター
08
救命救急センター
太田 祥一
教授
都 市 型 救 命 救 急 医 療 の 拠 点 と し て、 東 京 消 防 庁 や 地 域 医 療 機 関
と 連 携 を 図 り な が ら、 重 症 患 者 さ ん の 治 療 に 全 力 で 対 応 す る と
と も に、 多 数 の 高 層 ビ ル 街 を 抱 え る 地 域 特 性 を 踏 ま え、 大 都 市
﹁交通戦争﹂ が叫ばれた昭和
年 代。 頭 や お 腹 な ど さ ま ざ
急 医 療 の 考 え 方 が ク ロ ー ズ ア ッ プ さ れ る よ う に な っ た の は、
災害への対応についてもさまざまな取組みを行っています。
救
ま え な が ら、 人 材 育 成 や 環 境 整 備 な ど を 含 め、 次 世 代 の あ る べ
こ と も 必 要 だ と 考 え て い ま す。 こ の よ う な さ ま ざ ま な 課 題 を 踏
まり消防や警察と同じように社会の仕組みとして構築していく
目 指 し ま す 。 一 方 で 救 急 医 療 に 関 わ る 人 々 の 立 場 を 守 る こ と 、つ
既 に﹁ 社 会 の イ ン フ ラ ﹂ と し て 必 要 不 可 欠 な 存 在 で あ る 救 命
救 急 で す が、 そ れ を さ ら に 進 化 さ せ て 救 命 率 の さ ら な る 向 上 を
を よ り 多 く 持 て る 仕 組 み づ く り を 考 え て い ま す。
い き た い。 そ の た め に、 若 い 医 師 た ち が 救 命 救 急 に 携 わ る 機 会
た ち で す。 そ う し た ス ピ リ ッ ツ を 持 っ た 人 た ち を 数 多 く 育 て て
現 在、﹁ 命 の 最 前 線 ﹂ や ﹁ 最 後 の 砦 ﹂ と 表 現 さ れ る 救 命 救 急。
その現場を支えているのは救急に熱い情熱を抱く若いスタッフ
し た。
必要であるという社会のニーズから日本の救命救急は誕生しま
分 化 し た 従 来 の 診 療 科 で は 対 応 で き ず、 全 身 を 診 ら れ る 医 師 が
ま な 箇 所 を 同 時 に 損 傷 し た 交 通 事 故 の 外 傷 患 者 に 対 し て、 専 門
40
救命救急医療に大きく貢献
け入れる三次救
最重症症例を受
﹁最 後 の 砦 ﹂ で あ る
の救命救急セン
京医科大学病院
急医療により構
三次救急医療機関
救急医療に該当
ターはこの三次
新宿に位置するという都市
の 役 割 で す。
三 次 救 急 医 療 機 関 と し て、
重 症 な 外 傷 や 疾 病、 中 毒 や
熱傷の患者さんを受け入れ
ー で は、 最 新 設 備 ・ 医 療 技
も積極的に取組む当センタ
規模災害への医療支援︶に
さ ん を 扱 う 二 次 救 急 医 療、 そ
ないものの入院が必要な患者
す る 一 次 救 急 医 療、 重 症 で は
市民生活を支える救急シス
テ ム は、 休 日 夜 間 診 療 に 対 応
し て、 大 け が や 疾 病、 中 毒 な
おける医療の ﹁最後の砦﹂ と
道 府 県 が 定 め る 地 域 区 分︶ に
︵病床の整備を図るために都
ある新宿を中心とした医療圏
し、 最 も 都 会 に
術 の 充 実、 そ し て、 若 手 の
し て、 け が や 病 気 な ど の う ち
質的には二の次と思われがち
一 般 に、 救 命 救 急 は 一 刻 を
争 う た め、 処 置 は 早 い も の の
る シ ス テ ム を 整 え て い ま す。
症患者さんすべてに対応でき
どによるショック状態の最重
人 材 育 成 を 通 じ て、 地 域 の
る と 同 時 に、 D M A T︵ 大
織田 順 センター長 准教授
成 さ れ ま す。 東
し て い ま す。
織田順 センター長 准教授
型救命救急センターとして
当センターに求められて
い る の は、 巨 大 都 市 の 中 心・
き 救 命 救 急 ・ 災 害 医 療 の 姿 を 追 求 し、 そ の 実 現 に 向 け て 今 後 も
最新の医療設備、最善のスタッフ、
そして、
高い志で救命救急に取組む
太田 祥一 教授 1988年東京医科大学卒業。同年東京医科大学救命救急部入局。現在、東京医科大学救急医学講座教授。日本救急医学会(指導医)、日本集中治療医学会(専門
員を研修生として
毎 年 受 け 入 れ、 救
命救急教育を行っ
て い ま す。 三 次 救
急医療の推進にあ
た っ て は、 救 命 士
に加え地域医療機
関との連携も重要
で す。 救 命 救 急 セ
良 い 地 域 連 携 を 図 っ て い ま す。
い う 関 係 を 築 く こ と で、 よ り
た 場 合 は、 必 ず 受 け 入 れ る と
同病院で緊急の患者が発生し
︵ 後 療 法 ︶ を お 願 い す る 一 方、
中規模病院にその後のケア
態が落ち着いた段階で地域の
い る た め、 重 症 患 者 さ ん の 状
ンターの病床は数が限られて
医)、日本内科学会(専門医)、日本外傷学会(専門医)、日本蘇生学会(指導医)、日本プライマリ・ケア連合学会(認定医)。
さ ら に、 よ り 効 率 的 で 洗 練
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[診療科シリーズ]救命救急センター
03 [診療科シリーズ]救命救急センター
で す。 し か し、 実 際 に は 早 く、
確 実 に、 そ し て 安 全 を 念 頭 に
置 き な が ら、 そ の た め に は ど
う す れ ば よ い か を 考 え、 常 に
最 悪 の ケ ー ス を 想 定 し、 安 全
を確保して次に進むという考
え方をスタッフ全員に徹底し
て い ま す。
ま た、 さ ら な る 質 の ア ッ プ
を 図 る た め、 東 京 消 防 庁 の 職
1993年大阪大学医学部卒業。
同年大阪大学医学部附属病院
特殊救急部入局。1999年大阪
大学医学部大学院博士課程修
了。2007年東京医科大学救急
医 学 講 座 入 局。 現 在、 救 命 救
急 セ ン タ ー 長。 日 本 救 急 医 学
会(指導医・専門医)、日本熱
傷学会(専門医)。
努 力 し て ま い り ま す。
大けがや、肺炎・感染症・中毒など、緊急の最重症患者さんすべての治療に対応する。
社会の変化に応じて
進化する救命救急へ
織田 順 センター長
准教授
教 授
紹 介
救命救急センター
診療科
紹 介
された治療や理想的なチーム
医 療 の あ り 方 を 探 る た め、 産
業技術総合研究所と共同で最
新のステレオカメラを使った
救命救急の動作研究を他に先
駆 け て 行 う な ど、 緊 急 重 症 の
患者さんを一人でも多く助け
るという私たちの使命を果た
す た め、 さ ま ざ ま な 取 組 み を
行 っ て い ま す。
大学病院の特長を
治療に最大限活用
ま た、 E Rの 間 近 に 最 新 鋭 の
変 わ る な か、 医 局 長 の 立 場 で
ま す。 患 者 さ ん の 容 体 も 日 々
は何千錠も飲まなければなら
る 私 た ち の 仕 事 で す。
が、 救 命 救 急 セ ン タ ー に お け
をつなぐ最善の治療を行うの
う 際 に は、 メ ン タ ル 面 に も で
そ こ で、 患 者 さ ん の 処 置 を 行
センターの大きな特長のひ
能 ︶ の 高 さ も、 当 救 命 救 急
さらにチームワークの良さ
と 各 メ ン バ ー の ス キ ル︵ 技
果的・効率的に動かす取組み
を 続 け て い ま す。
ま た、 救 命 救 急 に は あ ら ゆ
救急の現場でそのスキルを発
揮 し て い ま す。
自傷が大半の薬物中毒に
体と心の治療で対応
鈴木 智哉 助教
薬 物 中 毒 の 治 療 と い う と、
薬物の誤飲をイメージしがち
めいろいろな分野におけるス
と い う 考 え か ら、 外 科 を は じ
る分野のスキルが必要である
疾患にともなう睡眠薬による
者 さ ん の 8割 以 上 は、 精 神 的
に救急搬送される薬物中毒患
か で す。 当 救 命 救 急 セ ン タ ー
で す が、 そ の 割 合 は ご く わ ず
キ ル を 積 極 的 に 習 得 し、 そ れ
そうした急性薬物中毒の件
数 は 1 日 1 件 程 度。 し か し、
現 在、 当 救 命 救 急 セ ン タ ー に
はさまざまな分野のエキス
そうした救命救急の現場で
外 傷 の 治 療 に あ た る 際、 常 に
で き る と い う 強 み が あ り ま す。
の不測の事態にもすぐに対応
な 症 状 や 合 併 症、 感 染 症 な ど
で す。 そ れ に よ り、 さ ま ざ ま
ンスよく揃っているという点
野に精通したスタッフがバラ
科といったそれぞれの専門分
療、 内 視 鏡、 外 傷、 外 科、 内
タ ー の 特 長 は、 熱 傷、 集 中 治
そうした経験を踏まえたう
えで感じる当救命救急セン
携 わ っ て い ま す。
活 か し な が ら、 外 傷 の 治 療 に
そこで養われた勘を判断力に
わ っ て き た 私 自 身 の 経 験 や、
病院勤務で日常的に外傷に関
が 必 要 と い わ れ ま す。 そ こ で
アメリカでの5年間にわたる
れている薬を致死量分飲むに
置 を 行 い ま す。 実 は、 市 販 さ
に、 薬 の 作 用 を 体 外 へ 出 す 処
で、 意 識 が あ り ま せ ん。 最 初
運 ば れ て 来 た 時 点 で、 患 者
さんのほとんどはこん睡状態
を 占 め る こ と に な り ま す。
る と、 そ の う ち の 約 5 分 の 1
15 0 0人 で あ る こ と を 考 え
る重症患者さんが年間約
に な り、 当 セ ン タ ー で 処 置 す
年間にすれば300人以上
循 環、 Dデ ィ ス フ ァ
神経学的所見︶ に則して
治 療 を 行 い ま す。
ス
ンクション オブ シーエヌエ
ション
呼 吸 状 態、 C サ ー キ ュ レ ー
気 道 確 保、 B ブ リ ー ジ ン グ
に A B C D︵ A エ ア ウ ェ イ
救急に運ばれてきた外傷の
患 者 さ ん に 対 し て は、 基 本 的
奥村 恵子 助教
ご家族にも配慮
患者さんの治療を第一に、
パ ー ト が 集 ま っ て お り、 救 命
自 殺 未 遂 で す。
2001年東京医科大学卒業。同
年東京医科大学救急医学講座入
局。2002年済生会神奈川県病
院 外 科、2006 年 米 国 ニ ュ ー
ジャージー州立医科歯科大学留
学、2008年八王子消化器病院
外科。2010年東京医科大学救
急医学講座助教。現在、医局長。
日本救急医学会(専門医)
、日
本外科学会(専門医)。
を 実 践 す る 努 力 を 続 け る な か、
河井 健太郎 助教
外 傷 の 治 療 は、 特 に 判 断 力
奥村恵子 助教
河井 健 太 郎 助 教
とつです。
C Tが 完 備 し て い る な ど、 こ
メンバー各自のスキルのレベ
E Rで は 手 術 が で き る ほ か、
血管造影検査やレントゲン検
玄 関 を 入 り、 右 側 に あ る 2
つの扉を抜けるとそこがER
うした当大学病院ならではの
ル を 常 に 把 握 し、 メ ン バ ー に
当大学病院に来る救急車は
1 日 平 均 4、5 台、 年 間 の べ
︵ 救 命 救 急 室 ︶ で す。 搬 送 さ
特 長 は、 私 た ち が 救 急 の 重 傷
は 何 を ど こ ま で 任 せ る か、 自
チームのメンバーは固定で
は な く、 毎 日 そ の つ ど 変 わ り
れる患者さんはほとんどが一
疾病患者さんを迅速に処置す
分自身はどこまで関わるべき
査 な ど も そ の 場 で 行 え ま す。
刻 を 争 う 状 態。 そ う し た 患 者
る 際、 大 き な 効 力 を 発 揮 し て
か、 そ う し た 点 を 常 に 判 断 し
約 15 0 0台 に も 及 び ま す。
さんの命を救うにはどうした
い ま す。
ず、 途 中 で 苦 し く な っ て 吐 い
きるだけ配慮するよう心がけ
な が ら、 チ ー ム 全 体 を 最 も 効
ら よ い か、 限 ら れ た 時 間 と 情
て し ま う た め、 現 在 で は 薬 物
て い ま す。
ド を 持 て る よ う に、 精 神 科 の
2004年東邦大学医学部卒業。
同年東京医科大学病院初期研
修を経て、2006年東京医科大
学救急医学講座入局。2007年
静岡医療センター外科。2009
年東京医科大学救急医学講座
助教。現在、救命救急センター
外来医長。
報 の な か で そ れ を 見 極 め、 命
中毒で死亡するケースはほと
通 常、 処 置 を 終 え た 患 者 さ
ん は、 1週 間 以 内 に 退 院 で き
専門医を通じて勉強会を開い
ん ど あ り ま せ ん。
ま す。 そ う し た な か で 私 た ち
た り、 処 置 段 階 で 患 者 さ ん の
ま た、 そ う し た 心 の ケ ア に
関する知識のバックグラウン
が心がけなければならないの
精 神 面 を 診 て も ら う な ど、 精
ら 薬 物 中 毒 に 取 組 ん で い ま す。
神科と密接な連携をとりなが
は、 患 者 さ ん の 心 の ケ ア で す。
薬 物 中 毒 の 場 合、 そ の ほ と
んどが発作的に行ってしまう
鈴木 智哉 助教
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自 傷 行 為 で あ り、 基 礎 疾 患 を
有 し て い る 方 が 多 い た め で す。
鈴木智哉 助教
河井健太郎 助教(左から2番目)
とをご家族とご相談する機会
には多くのチューブ類が装着
命と関わり合う機会が多い
という理由から救急の世界に
で大きく貢献しているといえ
心 が け て い る こ と は、 患 者 さ
も 増 加 し て い る こ と か ら、 ご
集中治療の際に心がけてい
る の は、 患 者 さ ん の 現 在 の 状
さ れ て い る た め、 体 を 動 か す
入 っ て 2年 、 こ れ か ら も そ の
療以上に徹底した配慮が求め
んのご家族へのていねいな対
家族とのコミュニケーション
態 を 見 極 め る と 同 時 に、 い ま
ときにチューブが動いたり抜
集 中 治 療 室 に 入 り ま す。
応 で す。 患 者 さ ん が 運 ば れ て
をさらに重視していきたいと
の状態がどのような方向に進
ま す。
最 初 の 1、2 時 間 は 緊 急 の 治
考 え て い ま す。
ら れ ま す。 例 え ば、 患 者 さ ん
療 に 追 わ れ ま す が、 ひ と 段 落
説 明 す る よ う に し て い ま す。
をできるだけわかりやすくご
お 会 い し て、 患 者 さ ん の 状 態
つ い た 時 点 で、 必 ず ご 家 族 に
による集中治療を実現
的確な判断と徹底管理
なってからその先の処置を考
時 点 で 既 に 重 症 な た め、 悪 く
救命救急センターに到着した
と い う こ と で す。 患 者 さ ん は
んでいきそうかを常に考える
た点にも徹底した配慮が必
が 起 き や す い た め、 そ う し
さ ら に、 集 中 治 療 で は 合 併 症
意 を 払 わ な け れ ば な り ま せ ん。
け た り し な い よ う、 細 心 の 注
で す。
志を胸に頑張っていくつもり
滝澤 桂 看護師
か で、 患 者 さ ん の 情 報 を い か
合 が 多 く、 そ う い う 状 態 の な
救命救急センターに搬送さ
れる患者さんは意識がない場
ま た 集 中 治 療 に お い て は、
管理の問題に関して一般の治
か ら で す。
服部 和裕 助教
実 際、 そ れ だ け で 安 心 す る と
症状や入院適用がある場合は
救命救急センター
に す ば や く 自 分 で 分 析 し、処
のご家族と接する期間が短い
患者さんに対して多くのス
ま た、 救 命 救 急 の 現 場 で は
チ ー ム ワ ー ク が 特 に 大 切 で す。
高 め る 意 味 も あ り、 指 導 係 の
す。 そ こ で、 現 場 の や る 気 を
の患者さんの対応に追われま
た め、 感 謝 さ れ る 間 も な く 次
タ ッ フ が 連 携 し、 同 時 進 行 で
立 場 か ら 常 に 心 が け て い ま す。
い ま す。
療の質的なレベルを上げる点
の 勤 務 に 臨 め る 点 も、 集 中 治
リフレッシュした状態で現場
こ と が で き、 常 に 心 身 と も に
い る た め、 十 分 に 休 み を 取 る
は時間の管理がしっかりして
救命救急センターの勤務体制
い る と 思 わ れ が ち で す が、 当
フの犠牲のうえに成り立って
のすごくハードで現場スタッ
さ ら に、 救 命 救 急 の 仕 事 は も
治 療 の 実 現 に は 欠 か せ ま せ ん。
看護師の体制がより良い集中
る な ど、 質 量 と も に 充 実 し た
度の高いスタッフが揃ってい
の 看 護 師 は 人 数 も 多 く、 信 頼
を 図 っ て い ま す。 当 大 学 病 院
そ の た め、 救 命 救 急 セ ン
ターでは看護師と綿密な連携
要です。
か、 心 が 落 ち 着 い た と お っ
しゃるご家族の方々も多くい
ら っ し ゃ い ま す。
ま た、 高 齢 者 の 救 急 患 者 さ
ん が 増 え る な か、 特 に イ ン
フォームドコンセントの問題
と 関 連 し て、 意 識 が な い ま ま
に人工呼吸器を装着し続ける
か な ど、 医 学 的 判 断 以 外 の こ
看護師の紹介
救命救急センターに搬送さ
れ た 患 者 さ ん の う ち、 重 篤 な
えていたのでは間に合わない
取組んでいきたいと考えています。
それぞれの役割を果たしてい
く た め、 そ の つ ど 自 分 が 行 っ
1993年東京医科大学看護専門
学 校 卒 業 後、 東 京 医 科 大 学 病
院 入 職。 以 後、 救 命 救 急 セ ン
タ ー に お い て 勤 務 し な が ら、
認定看護師として後輩の指導
にも積極的に従事。
置介助につなげていくかと
2008年東京医科大学卒業。同
年東京医科大学病院初期研修
を経て、2010年東京医科大学
救急医学講座入局。2011年東
京医科大学救急医学講座助教。
滝澤 桂 看護師
2002年東京医科大学卒業。同
年東京医科大学救急医学講座入
局。2008年東京医科大学大学
院博士課程修了。2008年東京
医科大学救急医学講座助教。現
在、救命救急センター病棟医長。
東京DMAT隊員として災害医
療支援にも従事。日本救急医学
会(専門医)。
い う こ と が、 救 命 救 急 に 携
を活かしながら、今後も災害医療支援に
服部和裕 助教
として、これまで都内の災害現場をはじ
服部 和裕 助教
内田 康太郎 助教
た処置内容を声かけで伝えま
余地がたくさんあります。そうした経験
わる私たち看護師の大きな
す。 こ う し て コ ミ ュ ニ ケ ー
経験です。DMATの活動はまだ改善の
チームワークとコミュニケーションに
気を配った 処 置 看 護 を
東京消防庁の指揮下、
災害現場の医療活動を展開
06
[診療科シリーズ]救命救急センター
03 [診療科シリーズ]救命救急センター
07
ションを積極的に取り合うこ
うした際にモノをいうのが、過去の現場
仕事です。
は東京都が組織する東京DMATの一員
と に よ り、 チ ー ム ワ ー ク に よ
つど自分自身の判断が求められます。そ
そ の た め、 常 に 患 者 さ ん か
ら 目 を 離 さ ず に、 体 か ら 発 す
東京医科大学病院の救命救急センター
る迅速な治療を行うことがで
連絡手段がないという場合もあり、その
る 情 報、 例 え ば、 バ イ タ ル
援チームのことです。
き ま す。
なります。ときには通信網が遮断され、
︵ 体 温 ・ 脈 拍 ・ 血 圧 な ど、 生
や看護師等で編成される災害医療派遣支
さ ら に、 ス タ ッ フ を で き る
だけ褒めてあげることも大切
DMATの現場はそのたびに状況が異
き て い る 状 態 を 示 す 指 標︶ や
ぐに現場へ急行し医療活動を行う、医師
で す。 救 命 救 急 の 看 護 師 は、
援活動を行ってきました。
呼 吸 の 様 子、 顔 色 な ど、 ど ん
事故等多数の傷病者が発生したとき、す
一般病棟と違い患者さんやそ
め、先の東日本大震災においても医療支
な状態の変化も見逃さないと
Team) とは、大災害や自然災害、交通
2003年金沢大学医学部卒業。
同年在日米海軍横須賀病院イン
ターン、2004年米国ミシガン
州セントジョセフ・マーシー病
院一般外科レジデント、2009
年イリノイ州ラッシュ病院心臓
胸部外科フェロー。2010年東
京医科大学救急医学講座入局。
2011年東京医科大学救急医学
講座助教。
指定病院
東京
いう心構えで仕事に取組んで
DMAT (Disaster Medical Assistance
奥村 恵子 助教