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e-NEXI
2010 年 6 月号
➠特集
「システム輸出」に活かしたいロジスティクスの知恵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
東京海洋大学 理事・副学長 苦瀬博仁
パプアニューギニアにおける LNG 事業への取り組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
新日本石油開発株式会社事業2部 副部長 山岸保雄
FCPA は「対岸の火事」ではない(全 2 回)
第1回:FCPA は日本企業のリスクとなるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所 弁護士 黒澤幸恵
∼NEXI 発 連載シリーズ 第 5 回∼「欧州の信頼は回復するか」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
独立行政法人日本貿易保険審査部次長(兼)カントリーリスクグループ長 小泉哲哉
➠カントリーレビュー
ウクライナ:高まる IMF 融資再開への期待と今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
➠NEXI ニュース
第 17 回日韓バイ協議の開催について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
発行元
発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI)
総務部広報・海外グループ
e-NEXI (2010 年 6 月号)
「システム輸出」に活かしたいロジスティクスの知恵
東京海洋大学
理事・副学長 苦瀬博仁(くせ・ひろひと)
1.はじめに
「旧日本軍の戦略思想には、情報と兵站(著者注、へいたん:ロジスティクス)の重要性が、信じられな
いほど稀薄だった」「情報参謀とか兵站参謀は、『そこにいればいい』といった程度の認識のされ方だっ
た」。これは、半藤一利と江坂彰の対談による「日本人は、なぜ同じ失敗を繰り返すのか−撤退戦の研
究−」という本の一節である。「日本は、スペシャリストという存在を認めず、スペシャリストとすべき参謀を
ゼネラリストへの階段とした」「優秀な人間はゼネラリストになり、ゼネラリストになれない人間がスペシャリ
ストになるという『とんでもない錯覚』をしてしまった」とも指摘している。
海外に出かけて「こんなに輸送費がかかるのに、人件費の安さだけで工場を建ててしまったらしい」などと
いう話を現地の日本企業の方から聞くたびに、経営判断に際してのロジスティクスに対する認識の低さと、
これを補おうとする現場の努力の間にあるギャップが気になってしまう。
天然資源に恵まれていない我が国は、高い生産技術により生み出される製品の貿易取引を続けてい
かなければならない。このためには、単なる効率的な輸送や保管だけでなく、そして品質や輸送などの管
理技術を超えて、「最適な調達・生産・流通・販売を実現するロジスティクスの総合的なシステム」が求め
られている。たとえば、プラントや移動体通信システムの建設と運用、コンビニや通販ネットワーク、宅配便
や鉄道貨物輸送ネットワークなどである。これこそが、近年注目されている「システム輸出」である。
そこで本稿では、ロジスティクスの視点から「システム輸出」について考えてみることにする。
2.江戸期の廻船航路開発に学ぶ「システム開発」の知恵
ロジスティクス(兵站)は、もともと「武器弾薬や糧食衣料を、過不足なく調達して滞りなく前線に届ける
こと」であり、戦略や戦術とともに三大軍事用語とされている。だからこそ、戦国の世を勝ち抜いた江戸時
代の武将たちがロジスティクスに疎かったはずはない。
江戸幕府の命によって、河村瑞賢が東廻り廻船航路(寛文 11 年 1671 年)と西廻り廻船航路(寛文
12 年 1672 年)を開発した。廻船航路開発というと、単に航路という交通路の整備と思いがちである。しか
し実態は航路整備だけでなく、商品管理や物流管理システムなどの整備と、これらに必要な施設や技術
や制度の整備でもあった。すなわち、米蔵設置による数量管理や荷傷み防止のための品質管理、優先
航行による輸送管理や過積載防止や水先案内による安全管理などのシステムを導入した。施設につい
ては、単に海上輸送路だけではなく、寄港地の港湾や倉庫を整備した。技術では、熟練船員を雇用し、
灯明台(灯台)の設置による安全航行技術を確保した。さらに制度では、海難防止のための入港税免除
や、海難遭遇時の補償対策も取り入れた。(表1)
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表1 江戸期の廻船航路開発の内容
① 廻船航路開発におけるロジスティクス・システムの整備
1) 商品管理(在庫管理・貨物管理)
数量管理 :米蔵設置による物資の安定供給と盗難防止
品質管理 :積み替え数削減と在庫管理による荷傷みの減少
2) 物流管理(作業管理・輸送管理)
優先航行 :幕府の船舶の優先航行と優先荷役
船番所設置:難破船への救援、危険な過積載の監視
嚮導船配置:不慣れな航路での水先案内船による安全航行の確保
② 廻船航路開発における3つのインフラ整備
1) 施設インフラ
航路開発 :潮流や波浪を考慮した安全な航路の開発
寄港地整備:寄港地の港湾整備や、物資保管用の蔵の整備
廻船
:商船の雇いあげによる船舶供給と初期投資削減
2) 技術インフラ
船員雇用 :船員の徴発を廃止し、技術の高い熟練水夫を雇用
灯明台設置:灯明台(灯台)設置で、危険を回避する航行管理技術
3) 制度インフラ
入港税免除:寄港を無税にし、悪天候時の避難と安全航行の確保
事故の補償:海難遭遇時の物資の精算方法の確立
(出典:筆者作成)
3.ロジスティクスの総合システム・個別システム・インフラ
ロジスティクスの目的は、顧客のニーズにあわせて、原材料の仕入れから仕掛品や完成品の効率的な
流れを、計画・実施・管理することである。このとき、必要な商品や物資を、適切な時間に・場所に・価格
で、要求された品質と量(Right Time, Place, Price, Quality and Quantity)を供給しようとする。これを
実現するロジスティクスの機能には、輸送、保管、流通加工(商品の検品や詰め合わせなど)、包装、荷
役、情報機能がある。
ロジスティクスには、階層別に「個別システム」がある。たとえば輸送時には、①道路で走行するトラック
があり(輸送管理システム)、②そこに貨物が積まれ(貨物管理システム)、③さらに商取引に結びついて
いる(電子データ交換システム)。また工場や店舗などでは、①施設内で作業がおこなわれ(作業管理シ
ステム)、②これにより在庫管理が可能となり(在庫管理システム)、③さらに受発注とも結びついている
(受発注システム)。これらの個別システムが連携することで、コンビニ、通販ネットワーク、宅配便、鉄道
貨物輸送ネットワークなどの「総合システム」が成立する。(図1)
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ロジスティクスの
総合システム
ロジスティクスの
個別システム
江戸期:廻船航路開発など
現代 :コンビニ、通販ネットワーク、
宅配便、鉄道貨物輸送システムなど
③受発注システム
③電子データ交換
②在庫管理システム
②貨物管理システム
①作業管理システム
①輸送管理システム
施設 (鉄道・道路・港湾、交通規制・管理)
ロジスティクスの
インフラ
技術 (人材、管理、情報、資源)
制度 (法制度、リスク)
図1 ロジスティクスの3つのシステム
(出典:筆者作成)
そしてロジスティクスを円滑に運用していくためには、道路やターミナルなどの「施設」、貨物管理の人材
や情報ネットワークなどの「技術」、規制や通関に代表される「制度」が必要である。ロジスティクスをサッカ
ーにたとえるならば、「総合システムがチーム」で、ロジスティクスの「個別システムがプレイヤー」で、「施設・
技術・制度がグラウンド」である。グラウンドというインフラが良いほど素晴らしいプレーが生まれるように、ロ
ジスティクス・システムも「施設・技術・制度」の3つのインフラに大きく影響される。
4.「システム輸出」で考えておきたいロジスティクスの3つのインフラ
(1)施設インフラ
3要素のうちの第1の施設インフラには、ハードとソフトがある。ハードな施設は、リンク(交通路:道路、
航路など)、モード(交通機関:貨物自動車、船舶など)、ノード(交通結節点:工場、倉庫、港湾など)な
どの建設物である。ソフトとは施設を効率的に利用するための規制誘導対策であり、交通規制や土地
利用規制がある。
もちろん港や道路が整っていたとしても、需要がなければ貨物や商品が集まるわけではない。しかし需
要が生じたときに施設が未整備であれば、運びたくても運べない。この意味で、施設は重要である。(表
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表2 ロジスティクスを支える3つのインフラ
① 施設インフラ
ハード:道路、鉄道、港湾、貨物ターミナルなどの利用可能性
ソフト:渋滞対策・交通規制、土地利用の規制など
② 技術インフラ
人材 :(公共)行政・手続き遂行、不正防止・公平性、法令遵守など
(民間)品質管理技術、改善意識、機密保持など
管理 :輸送管理・貨物管理技術の普及の程度、
パレット・コンテナの使用実態、冷蔵・冷凍技術など
情報 :情報通信機器、伝票ラベルの統一、管理データの収集管理、
データ標準化・規格化・共有化、コード共通化、情報利用のルールなど
資源 :電力、電話、上下水・工業用水などの利用可能性
③ 制度インフラ
法制度:規制と許可の基準、通関・検査・検疫システム、
金融税制、世界標準との調整、公平性の担保、市場論理との調整など
リスク:損害補償システム、契約不履行、紛争・事故、生活保全など
(出典:筆者作成)
(2)技術インフラ
第2の技術インフラには、人材・管理・情報・資源の4つがある。
人材とは、公共部門では、手続き遂行能力、不正防止・公平性、法令遵守などである。また民間部
門では、技術力、勤労意欲、改善意識、機密保持などである。これらは、教育水準、国民性、言語・
宗教・民族に大きく影響され、国ごとに異なることが多い。
管理とは、受発注・生産・在庫・作業管理技術、輸送管理・貨物管理技術の普及の程度、パレット
やコンテナの使用実態、冷蔵・冷凍技術などである。日本国内での高度な管理技術が、直ちに輸出入
相手国に適用できるとは限らないから、その国の実情を正確に把握しておくべきであり、ときには技術の移
転や教育も必要となる。
情報とは、ハードとしての情報通信施設や機器と、ソフトとして伝票ラベルの統一、管理データの収集
分析、データ標準化・規格化・共有化、コード共通化、情報利用のルールなどがある。在庫削減や輸送
効率化だけでなく、作業指示や荷役効率化も含め、さまざまな場面でスムーズな情報伝達が必要であ
る。
資源は、電力、電話、上下水・工業用水などである。停電がしばしば起きたり、十分な上水が供給で
きなければ、想定していた操業率や生産性も確保できないし、輸送もままならない。
(3)制度インフラ
第3の制度インフラには、規制と許可、通関・検査・検疫、金融税制などの法制度と、損害補償シス
テムや契約不履行などのリスクがある。
ロジスティクスの競争が同じ土俵の共通したルールのもとで行われるのであれば、それほど不公平という
ことにもならないし、競争の仕方にも迷いは少ない。しかし同一法制度のもとでも、ハンディキャップが付け
られていたり、急に運用方法が変更されることもある。
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また、紛争、為替変動・契約不履行、犯罪・事故、紛争、生活保全などのリスクは、ロジスティクスに
おいても重要な問題である。いくらコストが安くともリスクが大きければ、ロジスティクスにかかる費用も大きく
ならざるを得ない。
5.「システム輸出」に活かすロジスティクスの知恵
我が国が貿易立国として高度経済成長を遂げてきた陰には、律儀で繊細な感性による職人気質の伝
統と、高いサービスレベルを維持する文化があった。この伝統と文化が、きめ細かい高度な生産技術を生
みだし、輸送管理システムや在庫管理システムなどのロジスティクス技術とあいまって、製品輸出を可能と
してきた。
これからの我が国の貿易構造は、「製品輸出」から進化して「システム輸出」や「パッケージ輸出」へと発
展していくことだろう。たとえば、工場やプラントの建設と品質・在庫管理システムや、トラックによる路線便
輸送と輸送管理システムなどの「個別システムの組み合わせ」から、コンビニ、通販ネットワーク、宅配便、
鉄道貨物輸送ネットワークのような「調達・生産・流通・販売をつなぐロジスティクスの総合システム」への
進化である。
このとき、ロジスティクスを支える3つインフラ(施設・技術・制度)を考慮しつつ、システム全体を俯瞰して
おきたい。この3つのインフラの重要性は、廻船航路開発という名のシステム開発を成功に導いた江戸期
の先人たちが、教えてくれていることでもある。
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パプアニューギニアにおけるLNG事業への取り組み
新日本石油開発株式会社 事業2部
副部長 山岸保雄(やまぎし・やすお)
1. 『PNG LNGプロジェクト』
(最終投資決定記念式典の様子。ソマレ首相(右から3番目)と参加企業代表。左端が筆者。写真提
供:新日本石油開発株式会社)
2009年12月8日、パプアニューギニア(PNG)の首都ポートモレスビーにある国会議事堂内の講堂
にマイケル・ソマレ首相閣下以下多数の政府関係者が勢ぞろいし、当社が参画する『PNG LNGプロジ
ェクト』の「最終投資決定」(プロジェクト事業化の正式決定)を祝うセレモニーが行われました。
本プロジェクトは、パプアニューギニアにおける初めての液化天然ガス(Liquefied Natural Gas: LNG)プ
ロジェクトであり、陸上のガス田および油田から生産される天然ガス(随伴ガスを含む)を、全長約750キ
ロメートル(陸上300km+海上450km)のパイプラインで首都ポートモレスビー近郊まで輸送し、LNG
プラントで液化して商業化することを計画しています。今後、約4年間の建設期間を経て、2014年にL
NGの生産販売を開始、プロジェクト全体の生産数量は年間660万トンを予定しています。なお、生産
量の半分にあたる330万トン/年は日本の買主(東京電力、大阪ガス)に長期契約に基づき供給され
ることが決まっています。
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(PNG LNGプロジェクト模式図。提供:PNG LNGプロジェクト)
本プロジェクトの所要資金は、約150億ドルであり、PNGにとり史上最大のプロジェクトです。同国経
済への波及効果も非常に大きく、国内総生産は現在の2倍以上の180億キナ(約6,300億円)となり、
輸出収入は現在の約3倍に増加すると予想されています。また、本プロジェクトによる新規雇用も、これか
ら生産開始までの建設段階では12,000人から15,000人と予想されており、そのうち約30%がPN
Gの人達となる予定です。生産開始後も約1,250人の運転・保守要員が必要であり、この大部分は
現地の人達を予定しています。プロジェクトでは、そのための訓練施設も建設することになっています。
当社のプロジェクト権益比率は4.7%であり、オペレーターのエクソンモービル始め、オイルサーチ、サント
ス、PNG政府系企業が参加しています。
当社のPNGでの石油ガス開発事業は、1990年に同国内に石油ガス鉱区を保有する米国企業を
買収したときに遡ります。PNGは、石油ガスの生産国としてはあまり知られていませんが、古くから石油ガ
ス資源の存在は知られていました。その鉱区の大部分が、陸上でしかも開発の難しい急峻な山岳地帯
にあり、また埋蔵量もそれほど大きくなかったため、メジャーと呼ばれる巨大国際石油資本の進出もそれほ
ど活発ではありませんでした。
当社としては原油を狙ってのPNG進出であり、PNG初の原油の生産・輸出はほどなく1992年に始
まり、現在も生産を続けています。当時から原油随伴ガスを含む天然ガス資源も存在することは分かって
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おり、それをどう事業化するかが長年の課題でした。1990年代半ばから、PNGの天然ガスを海底パイプ
ライン経由でオーストラリア東海岸に供給するというプロジェクトが検討されてきましたが、最終的には経済
性の問題から断念し、代わって急速に浮上したのが天然ガスを液化して輸出するLNGプロジェクトです。
(クツブ油田中央処理施設。写真提供:オイルサーチ社)
(ゴベ油田ガス処理施設。写真提供:オイルサーチ社)
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(サウスイースト・モランの油井掘削現場。写真提供:オイルサーチ社)
(モロ飛行場。奥に見えるのはクツブ湖。写真提供:オイルサーチ社)
(サウスイースト・マナンダ油田の生産開始を祝う地元住民と関係者。写真提供:オイルサーチ社)
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(サウスイースト・マナンダ油田の生産開始を祝う地元住民と関係者。写真提供:オイルサーチ社)
2. パプアニューギニア
(地図提供:太平洋諸島センター)
赤道の南、オーストラリアの北東に巨大なニューギニア島とその周辺に1,000を超える島々があります。
このニューギニア島の東半分が最後の秘境といわれるパプアニューギニアであり、西半分はインドネシアで
す。
大小700もの島々からなるPNGは、総面積46.2k㎡で日本の約1.25倍、人口は約650万人
で、パプア人やニューギニア人、高地族を中心に700を超えると言われる多くの部族で構成されています。
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言語の数も非常に多く、部族の数とほぼ同じ700もの異なった言語が話されているといわれています。公
用語は英語で、他に共通語としてピジン英語とモツ語(部族言語のひとつ)が話されています。
国名の「パプアニューギニア」は、1526年に上陸したポルトガル人が「パプア」と名付け、その後に上陸
したスペイン人が「ニュー・ギニア」と名付けたことに始まるといわれています。パプアは、マレー語で「縮れ毛」
を意味し、ニュー・ギニアは、アフリカの「ギニア」に似ているからと伝えられています。
首都はポートモレスビーで、ニューギニア島の東に突き出た半島の南にあり、人口約30万人の都市で
す。また、日本人によく知られているラバウルは、ニューギニア島の東に位置するニューブリテン島の北端に
あります。
PNGは、ドイツ、イギリス、オーストラリアによる統治を経て、ソマレ初代首相のもと1975年に独立を
果たしました。ソマレ政権が5年ほど続いた後は、小党が乱立して連立政権が続いています。2007年に
総選挙が行われ、与党の国民同盟党が再び勝利し、ソマレ党首が首相に再任され、新政権を発足さ
せました。独立時の首相であるソマレ氏は「建国の父」と呼ばれ、今回で 5 度目の首相就任となります。
独立後35年を経た現在、PNGは旧宗主国であり、最大の援助国・貿易相手国であるオーストラリア
との対等な関係促進、国境を接しているインドネシアとの友好関係の維持、近隣諸国との連携強化等
を引き続き外交の機軸としつつ、アジア太平洋地域の一員として、日本をはじめとするアジア諸国との関
係強化、同地域内での多国間外交にも力を入れています。
また、南太平洋地域の大国として、太平洋諸島フォーラム(PIF)において強い発言力を有し、地域の
リーダーとして独自の外交を展開しています。
PNGは豊富な天然資源(天然ガス、原油、金、銅、ニッケル、コバルト、木材、水産物など)に恵まれ、
輸出所得の70%を鉱物資源の輸出が占めています。2003年以降は金、原油、銅などの鉱物資源、
コーヒーやココアなどの農水産物の好調な輸出、国際商品価格の高騰、順調な気候条件、安定化した
政権、財政金融政策の引き締め、貿易政策の改善により経済はプラス成長を続けており、今後も暫くこ
の傾向が続くものと見られています。最近は観光資源の開発に力を入れており、輸送や旅行者用諸施
設などのインフラ整備への投資が活発化しています。
現在でも約85%の国民は自給自足の農業および漁業に依存しており、都市部の貨幣経済と村落
部の自給自足経済が混在する二重構造となっており、PNGは最貧国の一つに留まっています。現在の
人口は約650万人ですが、その失業率は地域により4%∼80%にもなり、特に都市部での高失業率
は社会問題化しています。
同国は、基本的な不安定要因として、予測できない天候の変化、原油、農産品などの国際商品価
格の不安定さを抱え、また、地理的条件による莫大なコストを要するインフラ整備、極端に低い人口密
度、加えて、複雑な土地所有制度、深刻な治安問題、遅々として進まない人材開発、年3%以上の
人口増加率などは、さらに開発の阻害要因となっています。
2007年の総選挙で再選されたソマレ新政権としては、今後も公共部門の改革を始めとする各種政
策の着実な実施により、海外投資家の信頼を醸成し経済の安定と成長を図らなければならないという難
しい政策運営を迫られています。
このような環境下、同国のPNG LNGプロジェクトへの期待は非常に大きく、ここまでPNG政府の強
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力な支援を得ています。今般建設段階への移行にあたり、参加企業の 1 社として、身の引き締まるような
思いです。
NEXIには、PNG LNGプロジェクトの立ち上げにあたって、過去最大規模となる総額9.5億ドルの
資源エネルギー総合保険を引受いただきました。今後も日本企業の海外資源投資、および産油・産ガ
ス国との関係強化のために、一層のご支援を期待しています。
3. 新日本石油開発のLNG事業への取り組み∼JX日鉱日石開発へ
当社は、新日本石油グループの石油ガス開発部門として40年以上にわたる歴史を有しており、現在、
ベトナム、マレーシア、英国北海等、12カ国において石油ガス開発事業を展開(うち9カ国で生産)して
います。さらに、新日本石油と新日鉱ホールディングスの統合により本年7月に発足するJX日鉱日石開
発(株)としては、世界15カ国に事業活動拠点(うち12カ国に生産拠点)を持つことになります。
LNG事業については、マレーシアLNGティガ・プロジェクト(2003年生産開始、680万トン/年)およ
びインドネシア・タングLNGプロジェクト(2009年生産開始、760万トン・年)に参画しており、PNG L
NGプロジェクトは、当社にとって第3のLNGプロジェクトとなります。
LNG事業は、発見から商業化まで時間がかかる、莫大な開発資金が必要である等チャレンジの多い
案件ですが、一度立ち上がれば、長期にわたる安定的な生産量・収益を期待できますので、当社として
は今後も、既存LNGプロジェクトの拡張も含め、積極的に取り組んでいきたいと考えています。
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FCPA は「対岸の火事」ではない(全2回)
第1回:FCPA は日本企業のリスクとなるのか
オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所
弁護士 黒澤幸恵 (くろさわ・ゆきえ)
WEB サイト http://www.ommtokyo.jp/
1 FCPA は「対岸の火事」ではない
FCPA(Foreign Corrupt Practices Act(海外腐敗行為防止法))は、外国公務員に対する贈賄行為
を規制する米国の法律である。しかしながら、FCPA はもはや「対岸の火事」ではない。
2008 年 12 月には、日本人に対し、FCPA 違反を含む罪で 2 年の拘禁刑及び罰金 8 万ドルが科され
ているほか、最近も「米司法省から調査 ナイジェリア LNG 贈賄疑惑で」 (2010 年 5 月 18 日日本経済
新聞) 、「贈賄疑惑で米当局調査」 (同月 21 日日経産業新聞) という報道があったばかりである。米国
司法省(「DOJ」)の発表によると、同事件は、ナイジェリアの LNG プラント案件のために 1991 年に組成され
た 4 社からなるジョイントベンチャー(「JV」)に関するもので、JV 組成会社の1つである Kellogg Brown &
Root LLC 社(「KBR」)が、他社と共謀の上、2004 年までの間に、ナイジェリア公務員に対する贈賄資金と
して、ジブラルタル籍のコンサルティング会社(実際はイギリスのコンサルタント)に 1.3 億ドル以上を、日本の
コンサルタント会社に 5000 万ドル以上を支払ったとされている。この件に関し、KBR は 4 億 200 万ドルの
罰金を科されている上、その親会社である KBR Inc.と元親会社である Halliburton Company も 1 億
7700 万ドルの違法収益の没収に合意している。今回の報道は、この JV を組成していた日本企業に対し
ても米当局の調査が及んでいることを伝えたものである。日本企業は関係ない、とのん気に構えていられ
る時代は終わってしまったのである。
本稿では、なぜ FCPA が日本企業のリスクとなるのか、という点を見た後、FCPA が何を禁止しているの
か、その概要について見てみることとする。
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2 FCPA は「火事」なのか
何より、その天文学的な額の罰金・制裁金は企業にとって大きなリスクである(図表 1)。FCPA 史上最
高額の罰金・制裁金等が科された Siemens については、欧州当局との合意内容もあわせるとその罰
金・制裁金等の額は 1500 億円を超える。
しかも、増えているのは罰金・制裁金だけではない。摘発件数もここ数年で激増している(図表 2)。
さらに強調したいのは、個人に対する適用件数が増えているという点である。DOJ 担当者は、抑止効
果を得ようとするならば、刑務所に送り込むしかない、それが適切である限り、起訴しなければならない、と
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いう発言をしており、実際にも、2007 年には 15 人、2008 年には 26 人、2009 年には 20 人が FCPA 違
反で起訴されている。
3 なぜ FCPA は「対岸」にとどまっていないのか
FCPA の適用対象は、米国企業だけではない。図表 1 にあるとおり、外国企業も厳しく摘発されてい
る。
では、FCPA が日本の会社、個人に直接適用される可能性があるのはどのような場合であろうか。大き
く以下の二通りに整理できる。
① 米国で上場するなどして証券を発行し、米国証券取引所法上の登録義務や開示義務を負う者
(“Issuer”)やその役員、従業員、エージェント、株主である場合
② 米国内で禁止行為を一部でも行なった場合やその役員、従業員、エージェント、株主である場合
この点に関し、よくある誤解は以下の 2 つである。
(1) Issuer =「上場会社」ではない
FCPA における Issuer の定義は、米国で上場している者、とはなっていない。米国証券取引
所法における登録義務や開示義務を負う者、である。この登録義務や開示義務は、どのような
証券を発行しているのか、どのような届出をしているのか、どのような株主構成なのか等様々な
事情に応じて複雑に規定されている。上場していないから、というだけで安心せず、米国証券取
引所法実務に精通した弁護士のアドバイスを求める必要がある。ノルウェーに本社を置く Statoil
ASA は、ADR(米国預託証券)を通じてニューヨーク証券取引所に上場していたとして、FCPA
の適用が認められている。
Issuer でさえあれば、外国企業であっても FCPA の適用対象となることはもちろん、会計処理
条項が適用されるという点で、会社が直面するリスクはさらに大きくなる。この点については、会計
処理条項とは何かという点とともに次頁で説明する。
(2) 米国に足を踏み入れなければ安心、ではない
Issuer に該当しない日本企業であっても、米国には一切行っていません、というだけでは安心で
きない。たとえ物理的に米国にいなかったとしても、賄賂の送金が米国の銀行を通じて行われた
場合は FCPA 違反の実行行為が米国で行われたといえるし、さらに進んで、米国内の郵便、電
話、インターネット等 (mails or wires) を使用して禁止行為を行ったといえさえすれば、FCPA は
適用可能と考えられるようになってきている。また、共謀が認められ、その共謀に基づく行為として
米国内での行為が認定された場合も FCPA の適用可能性がある。台湾国内での贈賄につき
FCPA 違反に問われた Syncor Taiwan, Inc. (台湾欣科公司) という台湾企業は、贈賄資金の
記載がある予算を米国の親会社に送付したとの事実が指摘されている。これまでは、米国企業
や Issuer の外国子会社/関連会社に対する摘発にあたってこのような解釈が見られたのみであ
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るが、米国当局による外国企業の積極的な摘発状況に鑑みると、よりアグレッシブな解釈・適
用が懸念されるところである。ナイジェリア LNG に関する KBR 社の件では、「アムステルダムの銀
行口座から『ニューヨークの Correspondent Bank (いわゆるコルレスバンク)を経由して』、スイスと
モナコの銀行口座に送金された」との事実が指摘されている。KBR 社は米国会社であり、どこで
行為をしたとしても FCPA の適用対象となるにもかかわらず、わざわざこの点に言及したことからす
ると、いわゆるコルレスバンクを経由したに過ぎない場合であっても、米国内で行為をしたという要
件を満たすという DOJ の見解を暗に示しているようにも思われる。これが米国当局の見解だとす
れば、諸外国間でドル建て送金をした場合にはほとんど「米国内での行為」が認められるというこ
とになってしまう。
我が社は米国とは無関係です、という主張が米国当局に通用するか否かは、想像以上に複
雑な判断なのである。
4 FCPA は何を禁止しているのか
(1) FCPA の基本構造―贈賄禁止条項と会計処理条項
FCPA は、大きく分けて ①贈賄禁止条項と ②会計処理条項 の 2 つの部分からできている。
FCPA は外国公務員に対する贈賄行為を禁止する法律であるが、贈賄行為の禁止そのものに
加え、Issuer に対して、適切な会計処理と内部会計統制システムの設置・維持を求める会計
処理条項も存在する。
会計処理条項は、不適切な会計処理を行ったという事実が構成要件なため、 “corruptly”
つまり当該外国公務員にその地位を濫用させようとの不正な意図をもって、いつ、どこで、どのよ
うに賄賂を渡した、という事実を立証しなければならない贈賄禁止条項違反よりも立件が容易
な場合がある。さらに、会計処理条項では、その国籍を問わず子会社及び関連会社の行為に
ついてもその親会社の責任を追及できる。それゆえ、贈賄禁止条項違反の立件が難しいと思わ
れる、外国子会社による、外国における不正の支払いで、米国内での行為も米国の通信シス
テムの利用も Issuer である親会社のエージェントとして行為したというような事情も認められない
場合であっても、会計処理条項を使えば、外国子会社が不正な会計処理をしたという事実に
基づいて FCPA 違反を追及される可能性がある。
会社が直面するリスクがさらに大きくなるという理由はここにある。Issuer に該当する可能性のあ
る会社はこの点を肝に銘じておく必要があるであろう。
(2) FCPA の執行者―「米国当局」とは
FCPA 違反事件を取り扱うのは、DOJ と呼ばれる米国司法省と SEC と呼ばれる米国証券取
引委員会の 2 つの組織である。この 2 つの組織は、事案に応じてどこかの時点で事件をバトンタ
ッチするという関係にあるものではなく、協力しつつも、それぞれが独立して事件を取り扱う。刑事
訴追を行うのは DOJ,民事制裁を課すのは SEC である。
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伝統的には、DOJ が贈賄禁止条項違反を、SEC が会計処理条項違反を取り扱うことが多か
ったが、最近ではその傾向はほとんど見られない。DOJ 及び SEC の両方から、贈賄禁止条項違
反若しくは会計処理条項違反 (又はその両方) で摘発されることが多くなってきている。
(3) 贈賄禁止条項の構成要件
贈賄禁止条項の構成要件の核心は、外国の公務員に賄賂をあげてはいけません、ということ
につきる。以下では、個々の要件について解説する代わりに、誤解されがちな幾つかの点につい
て注意喚起しておくこととする。
・この人も公務員?
「外国公務員」とは、いわゆるお役人ばかりではない。国営企業の役員・従業員も含まれる
し、国立大学の先生や国立・公営病院の医者も「外国公務員」に含まれる。Syncor Taiwan,
Inc. (台湾欣科公司) は、台湾の国営病院の医師に対する贈賄につき FCPA 違反に問われ
ている。
・実際に支払っていなければセーフ?
賄賂の支払いを OK しただけで、実際には賄賂は支払われなかった場合でも、立派な
FCPA 違反である。もちろん、役人が贈賄者に有利な取り計らいをしなかったとしても FCPA
違反であることには変わりない。化学大手の Monsanto 社は、コンサルティング会社がインドネ
シアの役人に 5 万ドル支払うのを承認したという事実で FCPA 違反を問われている。
・小額であれば大丈夫?
賄賂の最低額は定められていない。Dow Chemical 社 の事案では、賄賂の総額こそ 20 万
ドルを超えたものの、1 回分の賄賂の多くは 100 ドル未満だった。
・現金は渡していませんが?
当然ながら賄賂は現金である必要はなく、旅行、接待、寄付その他の便宜供与等、受け
取る側にとって価値のあるものであれば形態の如何を問わない。Lucent Technologies 社の
事案では、取引先である中国国営企業の従業員を招待した工場見学ツアーが問題となった
が、旅程のほとんどはディズニーランドやユニバーサルスタジオといった米国各都市の名所めぐり
にあてられており、その内実は観光旅行であったとして賄賂と認定されている。
・会社から支払っていなければ大丈夫?
自社従業員が直接外国公務員に現金を渡した、といったような事例は最近さすがに耳にし
ない。しかしながら、コンサルタント会社や弁護士事務所等に対し、贈賄資金となることを知り
つつコンサルタント料や弁護士報酬を支払えば、それも FCPA 違反である。ナイジェリア LNG
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に関する KBR 社の事案でも、ポルトガル領マデイラに特別目的会社(Special Purpose
Company: SPC)を作り、その SPC にコンサルティング会社との契約をさせた上で、アムステルダ
ムにある当該 SPC の銀行口座から、日本のコンサルティング会社の日本の銀行口座に贈賄
資金を送金したとされている。資金をどんなに迂回させても、FCPA 違反を回避する手段には
ならないのである。
・公務員に対して支払っていなければ大丈夫?
外国公務員の懐に、直接資金が入らないように迂回させる仕組みを作ろうと腐心しても無
駄である。結果的に贈賄禁止条項ではなく会計処理条項が適用された例ではあるが、製薬
企業の Schering-Plough 社の場合、ポーランドの古城を保護する基金への寄付が、外国公
務員への賄賂と認定された。基金の創立者がポーランド政府の厚生保健関連部署の幹部
だったのである。
・アファーマティブ・ディフェンスとは?
贈賄禁止条項では、Corrupt Intent 、外国公務員に対して何らかの利益を供与すること
によって、当該公務員にその地位を濫用させようという意図を有していることが要求されている。
これを受けて、そのような不正の意図がない場合の典型例と考えられる(i)商品等のプロモーシ
ョン、または(ii)契約の履行内容に直接関連する費用の支出については、アファーマティブ・ディ
フェンス、FCPA の適用を免れる事情として規定されている。したがって、訴追された側が、当
該支出はこのいずれかに該当する適切かつ正当な支出(reasonable and bona fide
expenditure)であると立証できれば、FCPA 違反としては処罰されない。
しかしながら、これも非常に狭き門であり、うかつにこれに頼ることはできない。
(i) プロモーション費用
すぐに考えつく例として、取引先である国営企業の役員や従業員を工場の視察に招待
するような場合が挙げられる。しかし、視察旅行と称して公務員を接待することは許され
ない。
この点、DOJ は、外国公務員を視察旅行に招待する場合であっても FCPA 違反とはな
らないと判断したケースを公表している。これによると、①対応する政府機関とのビジネス
がないこと、②視察旅行に参加する外国公務員の選定について会社に決定権限がない
こと、③参加した外国公務員は決定権限をもっていないこと、④支払いは、会社から交
通機関等に直接なされ、外国公務員に対する払い戻しはレシート添付の少額経費につ
いてのみとすること、⑤配偶者や家族は視察旅行に同行させないこと、⑥全体の費用が
適当な額におさまっていること、等々がポイントとなっている。
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(ii) 契約履行に関する費用
これは、たとえば、ある契約に、「年に一度国の監査を受けなければならず、かつその監
査にかかる費用は会社負担」と規定されていた場合に、監査のために会社にやってくる外
国公務員の旅費や宿泊費等を会社が負担することは許されるか、といった場面で問題と
なる。
この場合も、契約の履行に「直接」関連するものでなければならないし、それが契約上
要求されかつ必要な範囲にとどまっていなければならない。たとえば、中国国営企業の役
員・従業員が参加する視察旅行の旅費等を負担したとして、FCPA 違反に問われた
Lucent Technologies 社(「LT 社」)の場合、中国国営企業との間の契約には、旅費とト
レーニング費用については LT 社が負担する旨が規定されていた。しかしながら、LT 社の
支出は、観光旅行がその主眼であった上、金額も契約上要求されているものとは桁違い
の 1000 万ドルに及ぶものであったため、契約の履行に関する適切かつ正当な費用である
とのアファーマティブ・ディフェンスは認められていない。契約に書いてさえあれば大丈夫とは
いえないのである。
・「賄賂」の例外もあるの?
FCPA には「賄賂」とならない支払いも規定されている。郵便配達といった公共サービスの提
供やビザ等政府関係書類の交付等、裁量の余地のない、機械的に行われる公務に関する
支払いは、業務の円滑化のための潤滑油、Facilitating (“Grease”) Payment であるとして賄
賂の例外とされているのである。
しかしながら、この例外は極めて狭く解される傾向にあり、これに依拠することは危険すぎる。
現場の判断に任せるようなことは厳禁である。
以上のとおり、シンプルな構成要件であるはずの贈賄禁止条項にも、さまざまな落とし穴がある。
昨今の摘発増加とともに、構成要件については広く、そしてアファーマティブ・ディフェンスと例外に
ついては極めて狭く解釈する傾向が一段と顕著になってきており、さらに注意が必要である。
来月号の後編では、カザフスタンでの贈賄に関する実例をもとに、現地公務員より賄
賂を要求されたという事情は贈賄禁止条項違反に対するディフェンスとなりうるのか?
SEC への協力はどのような結果を導いたのか?といった点について解説します。
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プロフィール
黒澤 幸恵 (Yukie Kurosawa)
オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所東京事務所のカウンセル。
国際カルテル等独占禁止法違反案件、FCPA などのホワイトカラー・クライム、国内外の企業間紛争処
理等を専門としています。
FCPA をテーマとした多数のセミナーに講師として参加しております。著作に「来襲!FCPA」(ビジネス法
務、2009 年 3 月∼10 月連載)などがあります。
難民認定申請及び関連訴訟等、公益的活動にも力を入れております。
2001 年 10 月に司法修習修了後、刑事裁判官を経て、2006 年に弁護士登録。2004 年から 2005 年
までデューク大学ロースクール客員教員を務めました。
著作
来襲!FCPA(共著、ビジネス法務、2009 年 3 月∼10 月)
拓銀最高裁判決をふまえた「経営判断の原則」適用のための行動指針
(共著、ビジネス法務、2008 年 8 月)
海外腐敗行為防止法(FCPA)のリスクと対策(経理情報、2008 年 7 月)
米国における訴訟能力と責任能力(判例タイムズ、2006 年 4 月)
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∼NEXI 発 連載シリーズ 第 5 回∼
欧州の信頼は回復するか
独立行政法人日本貿易保険
審査部次長(兼)カントリーリスクグループ長 小泉哲哉(こいずみ・てつや)
ユーロ防衛の為に EU は前例のない支援策を打ち出したが、各国政権の足元は大丈夫か。 7,500 億ユ
ーロのセーフティーネットは用意されたが、問題の根本解決には各国の債務削減が不可欠だ。 リーマン
ショック後に金融機関を支えた各国政府は、既存の債務に加えて更に債務を急拡大させたが、ギリシア
危機を通じて支援国にはそれが更に上積みされる。 このような厳しい状況にあっても、各国が強い決意
をもって債務削減を進めることこそ、中長期的に危機再燃を防ぐ為には必要だ。
しかし、債務削減に不可欠な増税や社会保障カットといった国民に不人気な政策を、各国は長期に亘
ってやり通すことができるのか。 欧州で IMF 支援を受けている諸国は、既に政権の交代や動揺にさらされ
ている。 アイスランドでは危機後政権が交代して中道左派連立が成立した。 再建は進むが、預金者
保護を肩代わりした英国・オランダ政府への返済問題の火種が残る。 ラトビアも危機後成立した連立
政権が IMF の下で財政支出の大幅カット等の政策を進めるが、最大政党は今年10月の選挙をにらん
で財政支出再拡大を唱え連立を離脱した。 またギリシアでも、緊縮財政政策に反対して数度の大規
模デモが行われ、死者まで出ている。 この様に、急速な財政再建に取り組んでいる国においては、政府
が国民の不満を抑えきれていないのが実情だ。
一方、支援する側の国民にも不満が累積している。フランスでは3月の地方選挙でサルコジ大統領の与
党国民運動連合(UMP)が大敗を喫し、12 年の大統領選へ向けた影響が取りざたされている。 英国で
は労働党が破れて戦後初の連立内閣が成立した。ドイツではメルケル首相のキリスト教民主同盟が州
議会選挙で敗れ、連邦参議院で現連立与党が過半数を割る。 オランダ、ベルギーでも連立政権が崩
壊し、総選挙が 6 月に実施される。
経済が金融危機から脱していない中で、債務削減に向けて舵を切る欧州諸国。
その結果、経済は更に収縮する懸念があるが、それでも国民の痛みを伴う政策も遂行する必要がある中、
支援する側、される側とも国民の不満が顕在化し、政府の足元がおぼつかない。このような状況で債務
削減が進むのか懸念されるところではあるが、信頼回復に向けた各国の取り組みで世界経済が早期に
安定に向かうよう期待したい。
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ギリシア―ドイツ国債利回りスプレッド推移(2 年物 Index)
11/30
12/31
1/29
2/26
3/31
4/30
5/14
(出典:Bloomberg)
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《カントリーレビュー》 ウクライナ:高まる IMF 融資再開への期待と今後の課題
<Point of view>
大統領選挙後、政権内のコンセンサス形成や外交関係の改善により、経済の回復が期待されるが、
IMF の支援下でコモディティ価格等、対外環境の変化に翻弄されない抜本的な改革が必要である。
●はじめに
元来、近隣諸国との関係や世界経済の変化に対して脆弱性を抱えていたウクライナは、大統領と
首相の権力抗争により、一貫した経済運営が阻害され、金融危機後に受けた IMF 支援も、度々延
期されてきた。
2010 年 1 月の大統領選挙において、親露派のヤヌコビッチ大統領が誕生し、新首相も、同大統領
の側近のアザロフ元財務大臣が就任したことで、政策の一貫性やロシアとの関係改善、延いては経済
の回復が大いに期待されるところである。
ここでは、今一度、ウクライナが苦境に陥った背景を概観し、大統領選挙後の状況、そして今後の
課題について見ていく。
●脆弱な経済構造と IMF 支援
2000 年以降、平均 7%を超える高成長を遂げてきたウクライナ経済であったが、2008 年 9 月のリーマ
ンショック後、コモディティ価格の変動に影響される経済構造が露呈された。
ロシアから輸入する天然ガス価格が年々引き上げられる中、財輸出の約 4 割を占める鉄鋼関連材
の価格が世界同時不況を受けて、急落し(最大で 70%安)、2008 年の経常赤字は、対前年比 45%
増の 130 億㌦に拡大した。
2007 年まで経常赤字を補填してきた資本収支は、2008 年の第 4 四半期以降、世界的信用収縮
に加えて、脆弱な金融システム、そして結束力を欠いた経済危機対策により、逆流し(主に短期借入
や証券投資)、通貨フリヴニャが大きく売られる事態となった。2008 年 11 月に IMF-SBA(Stand-by
Arrangement)に漕ぎ着けるものの、2010 年 1 月の大統領選挙を前に、ユーシチェンコ大統領(当時)
とティモシェンコ首相(当時)の間で政策的コンセンサスが形成されず、2 度に渡り SBA が頓挫した
(2009 年 2 月と 11 月)。
●大統領選挙後の状況
2010 年 1 月から 2 月にかけて行われた大統領選挙では、露寄りのヤヌコビッチ地域党党首が、決選
投票の結果、大統領に選出され、側近のアザロフ元財務大臣が首相に任命された。
大統領就任後、まず、着手したのは、近年、上昇の一途を辿ってきたガス輸入価格の引き下げ交
渉である。交渉の末、2019 年まで 2009 年の合意価格から 30%減での輸入価格を勝ち取り、2010 年
のガス輸入負担額が 24 億∼30 億ドル軽減されるとの試算もある。更に、ガス輸入価格の引き下げは
ガス事業を担っている国営ガス公社ナフトガス向け補助金の削減に繋がり、財政にとって負担減とな
る。
アザロフ内閣は、ロシアとのガス価格交渉と平行して、遅れていた 2010 年財政予算の作成を早急に
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進めており、ガス輸入価格合意後の 4 月末に国会で可決された。ガス輸入価格の引き下げを前提とし
た財政赤字[対 GDP 比:▲5.3%]は、IMF が求める「▲6%以内」に収まっており、2009 年 11 月より延期
されている IMF-SBA 再開にとって、好材料と言える。
上記の、政権内のコンセンサス形成、ロシアとの関係改善、IMF-SBA 再開への期待と共に、鉄鋼需
要への回復等、対外部門が持ち直していることから、2010 年 3 月以降、外貨準備高は増加基調にあ
る。大手格付機関の S&P 社も、ここ数ヶ月の間に、「CCC+」→「B-」→「B」と、段階的に同国の格付
けを引き上げている。
●今後の課題
早急に財政予算を可決したことで、5 月下旬にも始まる IMF との協議に向け態勢を整えることができ
たが、他方、抜本的な改革を先送りにしたとの見方がある。ナフトガスにおいては、ロシアからのガス輸入
価格を引き下げることで、IMF が求める、個人・法人向けガス料金の引き上げを回避した。
ロシアとの関係でも、ガス輸入価格削減の見返りに、クリミア半島での露黒海艦隊の駐留継続を認
めたことで、西欧寄りの西側と露寄りの東/南側の地域間対立構造が深まる可能性を孕んでいる。
新大統領の誕生を機に、IMF 支援下での経済再生への期待が高まるが、外的変化に翻弄されな
い本格的な改革には、更なる時間を要すると思われる。
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第 17 回日韓バイ協議の開催について
独立行政法人 日本貿易保険
韓国輸出保険公社(KEIC)と日本貿易保険(NEXI)との間で、年に1回開催している日韓バイラテラル
協議が、5 月 18 日、19 日の両日、韓国のテジョン(Daejeon 大田)で開催されました。この日韓バイ協議
は、EID/MITI の時代の 1994 年(6 月)にソウルでの第 1 回会合が開始されて以来、今年で 17 回を数
える歴史ある会合です。
KEIC は、韓国政府の貿易強化方針の下、本年 7 月に「韓国輸出保険公社」から「韓国貿易保険公
社(KTIC)」に名称変更するとともに、新たに前払輸入保険や輸入者への銀行の貸付に対する保証など
を開始する予定。今回は、KEIC として最後の日韓バイ協議であり、また、鈴木理事長が参加する最初
の日韓バイ協議であることから、ある意味、一つの節目ともいえる会合となり、KEIC 側の周到な準備も相
俟って、いつも以上の中身の濃い議論が行われました。
KEIC 側は、Chang Moo Ryu 社長をヘッドに理事、国際関係、営業、投資・ファイナンス等の関係部署の
部・課長クラス、大田支社長、事務局を合わせて総勢 12 人が参加。NEXI からは、鈴木理事長、大林
理事、金子シンガポール事務所長の他、総務、営業第一部、審査部の関係者を含めて7名が参加しま
した。
具体的な議題としては、ビジネストレンド、中小企業支援、輸出振興支援、OECD 関係、バーゼルⅡ
提案関連、顧客満足度改善関連、海外現地法人取引に関する保険付保関連、カントリー関係など
幅広い実務的なテーマが取り上げられました。KEIC は、韓国の輸出が前年比 13.9%減という状況の中、
2009 年の引受実績は前年比 27.1%増の 165 兆ウォン(約 13.8 兆円)と大幅に拡大させており、NEXI
の引受実績(8.5 兆円:暫定値)を上回っています。金融危機の影響で ECA の役割が一層重視される
中、上記のような様々な分野で、多くの点で類似の立場を持つ両機関が、活発な意見交換を通して切
磋琢磨するとともに、今後とも、一層協力を進展させていくこととなりました。
テジョン郊外には、百済の遺跡が数多く残されたところが多く、古代より深いつながりを持った両国の歴
史、文化に直接触れるなど、会議の場以外でも、個人的な交流を深めることができました。担当者レベ
ルでも気軽に連絡をとりあえるような、緊密なコミュニケーションの構築にも大いに役立ったバイ協議でし
た。
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協議風景(KEIC 側代表団)
百済文化の史跡を訪ねる
笑顔の集合写真
(写真提供:NEXI)
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