Artemis Young Parent Program(若年層の母親を支援する団体が主催

Artemis Young Parent Program
(若年層の母親を支援する団体が主催する保育園)
レポート:大阪府立大学
地域保健学域
中谷 奈津子
★人生の自立に向けた具体的な支援
学校に通っている、あるいは従来の学
校制度では就学を継続することが困難で
あった若い女性に必要な資源が不足して
いるという考えから、Aetemis Place
Society は 1971 年に設立されました。
その時協会は、今よりも小さい規模の私
的な設定で、女性の教育や社会的ニーズ
を満たすための代替プログラム the
Girl’s Alternative Program (GAP)を設
立。1989 年には学校に通う母親の乳幼
児のためのデイケアが同じ敷地内に設立
されました。
若い母親への支援といっても、
「カッ
プル(夫婦)での子育て」ではなく、シ
ングルペアレントへの支援であることが
特徴です。
ホールに入るとたくさんの手書きのポ
スターが貼られており、GAP の活動意
義や人々の思いがいっぱい詰まっている
ように感じました。廊下の掲示板には、
これまでこの施設を利用してきた子ども
と若い母親の写真が貼られ、その年その
年の親子の軌跡や充実した活動の横顔を
感じることができました。
★多様な提供プログラム
この協会では学業支援やライフスキル
の向上のプログラム、メンタリング、カ
ウンセリング、妊娠・子育てへのサポー
ト、保育などを提供しています。私たち
が訪問する前には、若い母親を対象にし
-1-
た応急処置の講習がなされていたという
ことでした。110 番のかけ方、のどを詰
まらせた時の対処方法、救急車が来るま
でにどうしたらよいかなど、日本の応急
措置の講習とほぼ同じような内容です。
学習室の開設、調理室でのクッキングプ
ログラムもありました。特に、クッキン
グではファーストフードの流れを見直
し、栄養バランスのとれた伝統的な料理
の良さを伝えていくことが目的とされて
いました。離乳食の作り方を教えるプロ
グラムもあるそうです。
★日常生活の中で社会スキルを
こうした 10 代の母親たちだけを対象
向上させる
とすることの意味についても話していた
部屋の入口ドアには、「ゴシップはや
だきました。多くの 20、30 代の母親た
めましょう」という標語が貼ってありま
ちに囲まれて、少数の 10 代の母親が講
した。若い女性が集まる時、時には世間
習を受けるとき、彼女たちの内面には緊
話から噂話へ、それがネガティブな方向
張感が高まり、ゆったりとした気持ちで
へ発展することもあります。この施設で
講習を受けることができないといいま
「コミュニティ」をつくろうと企図して
す。結局のところ、10 代の母親たちはそ
いても、ゴシップが妨げになることも多
うした機会に参加することをためらうよ
くあるそうです。そのようなことを防ぐ
うになり、教育の機会を失うことになっ
ためにも日々の啓発は大事なようです。
たり、せっかく参加したとしても緊張感
また、この施設には、カウンセラー、
が高いままでは自分の身につきにくく、
教師、ソーシャルワーカー、デイケアの
習熟度が低いままであったりすることも
保育士が配置されており、必要に応じて
考えられます。教育を受ける権利、生活
医者や精神科医も手配するといいます。
スキルを身につけていく必要性が、社会
それぞれのスタッフが日常の業務や関係
全体の共通認識として根付いており、そ
性の中で、集団生活を切り抜ける方策を
れが遂行されるように社会がサポートし
示していくことも求められていました。
ていく仕組みがあるように思いました。
スタッフ自身がうまく他人と生活できる
ようなモデルを示すこと、利用者には、
カウンセリングなどを通して人との関係
の切り抜け方を伝えていくことも行って
いるそうです。
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★乳幼児のデイケア
多くのカナダの保育施設は、スナック
やランチを家庭から持参する形をとって
いましたが、ここのデイケアは、子ども
と保育者の割合が3:1(他は4:1)
であることから、ランチやスナックをこ
ちらで用意するということでした。私た
ちの訪問も、焼き立てのおいしいスコー
ンでもてなしてくださいました。保育時
間は 8:30~3:30、スタッフの勤務は
4:00 までです。
★施設利用の条件
入所については、予防接種が終わるま
利用の条件は、子どもが 3 歳になるま
での数か月は自宅で養育することを推奨
で、あるいは自分が高校を卒業するま
しているそうですが、現実は新生児から
で。最高 5 年間利用することができま
入所することもあるようです。政府の援
す。その後のサポートとして、大学進学
助を得ているため無料で利用することが
のデイケアを探す手伝いをすることもあ
できます。ここでのサービスは周知され
るとか。この施設を利用することによっ
ており、誰でも情報にアプローチするこ
て、家族の中ではじめて高校卒業の資格
とができ、本人からはもちろん、学校の
を取った人もいました。
先生、ソーシャルワーカー、病院スタッ
現在、この施設は 24 名の母親を受け
フなどからも問い合わせがあるようで
入れています(最大 24 名まで利用可
す。
能)。例年キャンセル待ちのことが多い
保育室内は基本的に日本の乳児室と同
ようですが、この施設以外にも、若年の
じような印象です。ただ、キッチン、食
母親を支援する方法も紹介されていまし
事スペース、お昼寝ルームなども設けら
た。例えばホームステイの形をとって子
れており、より家庭的な雰囲気であると
育てする、スタッフが常駐する 1 棟のア
いう感じもしました。お昼寝ルームには
パートに 8 家庭が入所して地域生活へ移
乳児用のベッドやお布団が敷かれ、昼寝
行していく支援をする(日本の母子生活
の時は、保育者は同室しないそうです。
支援施設に類似していると感じました)
SIDS を危惧する日本の状況とは全く異
など。それらの支援については、リーフ
なるものでした。
レットが館内に置かれており情報へのア
クセスもできるようになっていました。
-3-
にアルバムづくりの取り組みがなされて
いました。入所から現在に至るまでの子
どもと親のアルバムをスタッフがつくる
ということ。ただ、他の保育施設とは若
干アルバムの意味合いが異なるように感
じました。
10 代で母親になる、それもシングルマ
ザーで子どもを育てるという決心をする
とき、どうしようもない不安な気持ちに
押しつぶされそうになるのではないかと
思います。その潰れそうな気持ちに寄り
添って、一緒に考え、見守り、時には必
要な社会資源につなげ、社会的な人付き
合いの方法も伝授し、子どものケアにつ
いての相談にも乗ってくれ、自分の学業
を応援してくれる、それが GAP の取り
組みだと思うのです。もしかしたら人生
最悪の危機でもあった 10 代での子ども
の誕生・子育てを支え、自分の生きる道
をともに探し、傍で寄り添い、自分がき
ちんと生きていけるように、この危機を
切り抜けていけるように支えてくれた、
そんな時期だと思うのです。
ここを利用していた子どもが 20 歳に
なって、卒園時のアルバムをもって訪ね
てきてくれたというエピソードを聞きま
した。私は何だか胸がいっぱいになっ
て、一緒に泣いてしまいそうになりまし
た。人生最大の危機が、人の支えによっ
ては人生最高のプレゼントにもなるとい
うことを教えてくれたような気がしまし
★思い出のアルバム
た。
カナダで訪問した保育施設のいくつか
では、卒園時に成長のアルバムを渡せる
ように、写真を整理しているところもみ
られました。こちらのデイケアでも同様
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★広い園庭!風とウッドデッキ!
★Artemis Young Parent Program 視察
日本ではとても贅沢な子ども専用の園
庭と、天気の良い日におやつを食べたら
の感想
気持ちよさそうなウッドデッキ。子ども
日本では、子どもを産んで育てるもの
たちはただただ走り回って、5 月の風を
は、すべてにおいて「一人前」で「自
感じていました。最初は、私たち見学者
立」していることが前提のように感じま
の様子をちらちらと横目で見ながら、で
す。そうでないときは「自己責任」で、
も次第に、にっこり笑いながら。やがて
どうにかしなければなりません。「一人
園庭の真ん中に建てられた庵の陰から、
前」として「自立」できていること。実
私たちを誘うようにこっちを見て走り出
はとても難しい問題だと思います。
します。私が追いかけると嬉しそうに少
カナダではどうしてこのような制度が
しスピードを上げて、庵へと戻っていき
出来上がったのですか、と問いかけた
ました。今度は手すりから顔を出し、他
ら、スタッフの方にちょっと怪訝な表情
の見学者を眺めます。
「おーい!!バイ
をされたことが印象に残ります。困った
バーイ」(多分、そう言っている)と興
人に対して、課題を解決できるように援
味津々!という感じです。
助していくことは当然のこと、というよ
築山には背の低い草が茂っていまし
うな答えが返ってきました。今度は私の
た。草のじゅうたんに寝そべって気持ち
方が怪訝な顔をして、だからそうなるに
よさそう。私も一緒に寝そべってみまし
はどんなプロセスがあったのか…と考え
た。草がちょっとひんやりしていて、だ
込んでしまいました。カナダの「教育を
けど表面は温かくて、お布団に入ったみ
受ける権利を保障する」という社会全体
たいです。子どもたちと顔を見合わせて
の覚悟を感じました。
にっこりしました。
日本ではまだまだ「高校を辞めるか、
出産をあきらめるか」の究極の選択とな
ると思います。「子どもをつくらなけれ
ばいいじゃないか」という主張もあるか
もしれません。でも、自分の中に宿った
-5-
命をなかったこととして簡単に抹消でき
る女性は、そうそういないと思います
(ちなみにカナダはキリスト教が多く、
そもそも堕胎には否定的でした)
。
日本で高校をあきらめた女性のその先
の未来を考えます。日本では、子どもを
持つ女性の就労自体が厳しいのではない
でしょうか。スキルのない、学歴のな
い、(もしかすると家族の支援もない)
子持ち女性が、今ここから学歴を身につ
け、スキルを身につけ、子どもを育てて
いくにはどうしたらいいのでしょう。
また子どもにとって、こうした施設の
意味を考えました。
「あなたが生まれた
から、私はこれができなかったのよ」。
そういうメッセージを受け取った子ども
は幸せな子どもでしょうか。
「あなたの
せいで、私の人生が大きく制限された」
というメッセージは、子どもの存在を否
定するものだと思います。むしろ、母親
自身が困難に直面しても、それを支えて
くれる人たちと出会えたことを実感して
いくこと、子どもの命を歓迎してくれる
人々と生活を共にしていくことの方が、
子どもの成長にはプラスに働くと思いま
す。「私の命(存在)が、母親に、周囲
の人たちに、社会に歓迎されている」こ
とを子ども自身が実感していくことが大
事なのだと思います。
Artemis Young Parent Program を利
用する子どもたちの表情が、とてもかわ
いらしかったです。にこにこと笑い、走
り回る子どもたちに、このプログラムの
本質的な意味がみてとれると思いまし
た。
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