[実践報告]状況認識力を磨くプラクティス④ RRSによって変わる安全文化と 気づきのトレーニングによる 状況認識力の向上 藤谷 茂樹 * RRS(rapid response system):院内心停止になる前 に早期介入することで、予後を改善するシステム 東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長 聖マリアンナ医科大学・臨床教授 POINT の異常や何らかの懸念で起動されるシステムであ る。 The Joint Commission(JC)が、米国の医療機関に RRS を設置することを義務づけており、今後わが国 でも同様な動きが生じることが予想される。 ●米国では JC により、RRS を院内に設置すること が義務づけられており、日本でも同様な動きとな ることが予想される。 ●RRS を成功させるための 4 つのコンポーネントと して、 ①気づき、 ② RRT/MET、 ③データ収集・フィー ドバック、④管理部門からのサポートがある。 ●状況認識力を磨くためには、座学では限界があり、 1. RRS とは RRS というシステムは大きく、看護師やコメディ カルを中心とした RRT(rapid response team) 、重 症 患 者 管 理 に 慣 れ て い る 医 師 を 中 心 と し た MET (medical emergency team)の 2 つのチームからな シミュレーショントレーニングを組み入れると有 る。 効的に教育ができる。 各施設、規模やマンパワーによりチーム形態が異 ●効率的なフィードバックを行ううえでデータ収集 は必須であり、現在 RRS オンラインレジストリ を医療安全全国共同行動の行動目標 6 のコアメン バーで作成している。 なるが、RRS を成功させるためには、①気づき、② RRT もしくは MET、③データ収集・フィードバック、 ④管理部門からのサポート、の 4 つのコンポーネント が重要な鍵となる(表 1) 。 2. 気づきの重要性 コードブルーは、広く日本の医療施設に普及して 今回の特集のキーワード「状況認識力」と関連して、 きた。しかし、院内心停止による生存退院率は、18 ~ 22%と依然として低値である 1, 2)。RRS (rapid response system)は、院内心停止になる前に早期に患 者の異変に気づき、心停止になる前に介入することで、 予後を改善するシステムである。米国では 2005 年に 10 万人の命を救うキャンペーンが開催され、その翌 年には 500 万人の命を救うキャンペーンが全米で展 開されている。 わが国でも 2008 年 5 月より「医療安全全国共同行 動;いのちをまもるパートナーズ」の行動目標 6 「急変 表1 RRSを成功させるための 4 つのコンポーネント 1. 気づき:患者のバイタルサイン等の異常に気づく。 主に看護師が主役 2. RRT もしくは MET:急変に対応できるチームであり、 事前にトレーニングが必要 3. データ収集・フィードバック:医療安全対策室での データの取りまとめとフィードバック 4. 管理部門からのサポート:病院全体としてデータや 採算面からのサポート 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 41 状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル ●RRS は、院内心停止になる前に、バイタルサイン いる。現在では、米国の医療機能評価機構に相当する 特集 時の迅速対応」3)として RRS 普及の対策が進められて ここでは「気づき」について焦点を当てて解説する。 重篤な有害事象や院内の予期せぬ死亡は突然発生 するのではなく、66 ~ 95%の症例では心停止の 6 ~ 8 時間前に急変の前兆(呼吸、循環、意識の異常・悪 化の SOS サイン)が認められている 4)。この事実から、 藤谷 茂樹(ふじたに・しげき) 東京ベイ・浦安市川医療センター・セン ター長/聖マリアンナ医科大学・臨床教 授 1990 年に自治医科大学を卒業し、現在 は、東京ベイ・浦安市川医療センター・ 入院患者の「呼吸」 「循環」 「意識」の変化を見逃すと、 セ ン タ ー 長 と し て、Joint Commission 数時間後には心停止に陥る場合が多いということ、早 組んでいる。 International を目指して医療安全に取り 期の急変対応により、予期せぬ死亡を未然に防ぐこと は可能であるということが、容易に想像できる。 以上から多くの施設では、バイタルサインの異常が 特集 状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル RRS の起動基準になっている。表 2 にピッツバーグ大 療医学会(SCCM:Society of Critical Care Medi- 学の起動基準をもとに改変した基準を示す。 cine)の教育プログラムから始まったもので、現在世 起動基準は小児を除き、院内で統一すべきである。 界中で開催されている。FCCS コースは、 「患者の重 その理由として、医療従事者は配属の変更が多く、ま 症化をいち早く認知して評価し、集中治療専門医に引 た、病棟には複数科が混在していることがあり、統一 き継ぐ」までの教育コースで、非集中治療医のみでな されていないと混乱を生じるからである。 く看護師やコメディカルスタッフ(PT、CE など)ま バイタルサインの異常は客観的な指標となるが、患 で幅広く対象としている。 者と比較的多くの時間を費やしている看護師の「勘」 Version 5 で は、 新 た に「Recognition and As- は鋭いものがあり、この「勘」は看護師の状況認識力 sessment」という項目がスキルステーションに新た の 1 つの武器になるといえるだろう。実際に主観的指 に追加され、例えば、 「意識障害患者でどのような異 標(何らかの懸念)で起動された事例が全体の 29%に 常なバイタルサインが隠れているか」を、高次機能シ のぼり、そのうち 51%で、生命に直結する ABCD の ミュレータを使用して指導することになっている。意 異常に関連していたという報告もある 。 識 レ ベ ル の 低 下 症 例 で は、GCS(Glasgow Come 5) Scale) ・瞳孔サイズ・対光反射、経皮低血圧動脈酸 3. FCCS コース 素飽和度、誤嚥による下肺野のラ音、皮膚所見などを 米国集中治療学会が開発した FCCS (fundamental クグラウンドを説明する。 critical care support)コースは、1994 年米国集中治 さらに、蘇生の A(エアウェイ)、B(呼吸)、C(循環) 、 観察させる。そして最後に、この患者のさらなるバッ D (中枢神経異常) 、E(環境、衣服脱衣)の項目につい て、「見て、聴いて、感じて」、いろいろなバイタルサ インの異常を自分で探してもらい、その異常な所見で 表 2 RRS 起動基準(聖マリアンナ医科大学) 項目 内容 指標 コード どのような病態が説明できるかというトレーニングを 行っている。 全般事項 患者に関する何らかの懸念 Ga このスキルステーションは医師のみならず、看護師 呼吸器系 新たな自発呼吸回 数の変化 8 回 / 分以下 または 28 回 / 分以上 Ra やコメディカルスタッフにも非常に好評である。 新たな酸素飽和度 の低下 SpO2 90%未満 Rb 4. シミュレーショントレーニング 90mmHg 未満 Ca 40 拍 / 分以下 または 130 拍 / 分以上 Cb 循環器系 新たな収縮期血圧 の変化 新たな心拍数の 変化 「気づき」の主役である看護師やコメディカルスタッ い。これは、看護師やコメディカルスタッフでは、勤 新たな尿量の低下 50mL/4時間以下 Ua 神経系 新たな意識レベルの変化 Na 医療安全全国共同行動・行動目標 6 による 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 務病棟の移動や、外部からの新入職者が多いことが理 由である。 尿路系 42 フのトレーニングは、定期的に開催しなければならな コンセプトを理解してもらうために、各フロアで人 数を限定して、シミュレーショントレーニングを行っ ている。座学では、 「起動基準により RRS をコール する」ということは理解できたとしても、実際にどの ようなタイミングで RRS にかかわりをもてばよいか、 この内容についても、実際にシミュレーショント 具体的な内容がなかなか理解してもらえないのが実状 レーニングを行うことが必要である。 である。 6. データ収集に関して 5. The first 5 minutes 医療安全に対して素晴らしい活動をした証として、 The first 5 minutes ( 表 3)とは、 「MET/RRT が現 院内には積極的にアピールすることを勧める。具体的 場に到着する前にすべき最初の 5 分間」という意味 なクリニカル・インディケーターがなければ、病院全 のプロトコルである。患者の異常な状況を把握して、 体としてどこに重点的にサポートを行うべきかが判断 RRS を起動してから実際にチームが到着するまでの 5 できない。 分間に行われるべきことが、簡潔に示されている。こ そこで、医療安全全国共同行動の行動目標 6 のコア れも、覚えやすいように ABCDE という頭文字で表記 メンバーで、オンラインレジストリの作成(図 1)を されている。 行っており、今後、国内の多くの施設に参加してもら 特集 表 3 The first 5 minutes の例 気道 気道確保 アシスタンスへの連絡 病棟スタッフへの連絡、ナースコール Activate code team コードチームの要請 1・2 階:PHS112、小児:115、3 階以上:119、ICU・HCU・手術室・ カテ室:117、コードブルー:111 Annunciate 情報 危機または心停止(脈なし)か 成人または小児か(14 歳未満、体重 40kg 未満) 場所:○○病棟の○号室 Acquire data カルテ 患者のコードサマリーの確認 Attend patient ベッドサイドにとどまる。 RRS チームが到着するまで患者に付き添う。 Access ライン 必要ならば静脈ラインの準備 Assist 患者介助 チームリーダーの指示に従い、チームを手伝う。 BREATHING 呼吸 酸素投与、もしくは BVM による補助呼吸 Bed ベッド ベッドを壁から離し、頭部の柵を外す。 Backboard バックボード 脈拍がなければ背中にバックボードを敷く。 Blood glucose 血糖 意識障害の場合は血糖測定の準備 CIRCULATION 循環 脈拍、血圧の確認 CPR 心肺蘇生 脈が触れない場合、直ちに心肺蘇生 30:2 で開始 Crash cart カートを運ぶ。 救急カートの搬送 Connect 輸液 静脈ラインの準備、必要な薬剤の準備 Clear the room 部屋の整理 障害物の除去、人員の整理、同室患者の移動 Communicate 報告 コードチームに状況や背景を報告 DEFIBRILLATE 除細動 除細動パッド装着、Vf・脈なし VT なら除細動の準備 Document 記録 RRS を要請したときのバイタルサイン・経過を所定の用紙に記録 EXPLAIN(S-BAR) SBAR RRS チームリーダーに簡潔に報告 S:Situation S:患者の状況 報告者はどこの誰か? B:Background B:患者の臨床評価 患者はどのような状況か? A:Assessment, Action A:状況評価の結論 報告者のアセスメントは? R:Recommend, Report R:提言・要望・要請 勧めること、してほしいこと ピッツバーグ大学メディカルセンター The First 5 Minutes コース改定 東京ベイ・浦安市川医療センター IPSG 医療安全委員会 Ver.2 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 43 状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル AIRWAY Assistance コードブルー 特集 状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル 図1 RRSオンラインレジストリの記録用紙 えるよう活動をしている。このデータをもとに、気づ ニング、MET/RRT のトレーニング、データ収集が きの主役である看護師やコメディカルにフィードバッ 積極的に行われるようになるとともに、管理部門から クできることを望んでいる。 のサポートも受けられるようになる。 なお、RRS オンラインレジストリや CPA オンライ これにより、病院内の医療安全に対する意識は明ら ンレジストリ(予定)のアクセスは、http://rrsweb. かに高くなり、医療安全に対する新たな院内文化が醸 jp/(図 2)から施設申し込みができるようになってい 成されるようになる。 る 。 6) * RRS を導入することで、気づき(状況認識)のトレー 44 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 文献 1) Girotra S, Nallamothu BK, Spertus JA, Li Y, Krumholz HM, Chan PS, et al: Trends in survival after in-hospital cardiac arrest. N Engl J Med. 2012; 367: 19121920. 2) Ehlenbach WJ, Barnato AE, Curtis JR, Kreuter W, Koepsell TD, Deyo RA, et al.: Epidemiologic study of in-hospital cardiopulmonary resuscitation in the elderly. N Engl J Med. 2009; 361: 22-31. 3) 医療安全全国共同行動. http://kyodokodo.jp/doc/6_slide_shiryou080521.pdf. (2013 年 11 月 22 日閲覧) 4) Van Voorhis KT, Willis TS: Implementing a pediatric rapid response system to improve quality and patient safety. Pediatr Clin North Am. 2009; 56: 919-933. 5) Santiano N, Young L, Hillman K, Parr M, Jayasinghe S, Baramy LS, et al: Analysis of medical emergency 図 2 現在開発中のRRS ホームページ team calls comparing subjective to“objective”call 特集 criteria. Resuscitation. 2009; 80: 44-49. 6) RRS 院内急変への対応. http://rrsweb.jp/(2013 年 11 月 22 日閲覧) 状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 45
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