発達障害児の教育実践における カリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの可能性と課題 今 中 博 章* Curriculum-Based Dynamic Assessment in Classrooms for Children with Developmental Disabilities Hirofumi IMANAKA Ⅰ.はじめに 能力検査がしばしば活用される。知能・認知能 力検査には、集団式のものもあるが、ここで活 発達障害のある生徒は個々の独自性が強いの 用されるものは個別式である。発達臨床で用い で、教師には一人一人の生徒を理解したうえで、 られることが多いものとして、田中ビネー知能 あるいは理解しながら、授業や指導を展開して 検査法等のビネー式知能検査法、 WISC-Ⅲ 知 いくことが求められる。このような生徒理解に 能検査法、および K-ABC 心理・教育アセスメ 関連した教師の活動は発達臨床ではアセスメン ントバッテリーがあげられる。 トと呼ばれる。 アセスメントは、様々な方法を用いて多面的 これらの検査が、発達障害のある生徒のアセ スメントや指導において有効であるという報告 に情報を収集し、総合的に評価(査定)を行う が多数ある(例えば、前川・石隈・藤田・松原, ことである。すなわち、測定と評価の過程を含 1995)。しかし、その一方で、これらの検査を んだ全体的・包括的な用語といえる(長崎・古 実施しようとした際に、生徒にとって内容的に 澤・藤田,2002)。アセスメントの方法には、 難しすぎたり言葉の問題や理解力の問題のため 行動観察、面接、検査などがある。検査につい に課題要求が十分には伝わらず、実施が妥当で て細かく見ると、発達検査、性格・人格に関す ないと思われたり、あるいは実施できないこと る検査、言語検査、行動・社会性に関する検査、 がある。アセスメントの方法は検査法だけでは 知覚検査、知能・認知能力検査などがある。 ないので、検査法に固執することなくその他の 発達障害のある生徒は認知面に何らかの困難 方法を駆使してアセスメントが行われるべきで をもつため、アセスメントにおいて知能・認知 あるが、果たして検査法はそれらの生徒理解に * Hirofumi IMANAKA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology) 53 東京成徳大学研究紀要 第 13 号(2006) おいて必要ないのであろうか。 知能検査の誕生は、1905年にパリの教育局の Vygotsky(1934)は、先の批判に続いて次 のように述べている。 依頼を受けて心理学者のビネー(Binet, A.)と 「自分の果樹園の状態を明らかにしようと思 小児科医のシモン(Simon, T.)が、知的発達 う園丁が、成熟した、実を結んでいるりんごの に遅れのある子どもを判別するために考案した 木だけでそれを評価しようと考えるのは間違っ ことに遡るとされる。当時は、物理学のロジッ ているのと同じように、心理学者も、発達状態 クのもとに人間の能力を科学的に測定しようと を評価するときには、成熟した機能だけでなく、 する動きがあったため、知能検査の誕生もその 成熟しつつある機能を、現下の水準だけでなく、 影響を強く受けた。非日常的なある種の実験場 発達の最近接領域を考慮しなければならない。 面における子どもの独力による課題遂行をもと (邦訳 p.298) 」 に能力を測定する流れが生まれた。この影響は 「発達の最近接領域」( zone of proximal 100年経った現在でも根強く変わらない。検査 development :以下 ZPD )とは何か。茂呂 において子どもが独力で課題を遂行することは、 暗黙の了解となっている。 これに対して Vygotsky(1934)は、次のよ うに批判した。少し長くなるが引用する。 「教授−学習の問題に関する心理学研究は、 これまでふつう子どもの知的発達の水準に限ら (1996)は次のように説明している。Vygotsky は、子どもの能力を2つの水準に分ける。1つ は子どもが一人でできる水準である。もう1つ は子どもが大人や同輩の助けによってできる水 準である。この2つの水準の差分が発達の最近 接領域である。 れてきた。だが、子どもの発達状態をこの水準 この概念を教育的な評価に拡張したものがあ だけで決定するのは不十分である。この水準は る。それが、ダイナミック・アセスメント(以 ふつうどのようにして決定されているか? こ 下 DA とする)である。国内ではあまり知ら の決定の手段とされるものは、子どもが自主的 れていない感があるが、海外では近年関心が向 に解いた問題である。これによって、子どもが けられている。本稿では、DA を概観したうえ 今日できること、知っていることが分かる。な で、発達障害児の教育実践におけるカリキュラ ぜなら、そこでは子どもにより自主的に解かれ ム依拠DAの可能性と課題を論じる。 た問題だけが考慮されているからである。明ら かに、この方法によるとき、われわれは、今日 子どもにすでに成熟しているものだけを明らか にすることができる。われわれは、子どもの現 Ⅱ.ダイナミック・アセスメント 1.ダイナミック・アセスメントとは 下の発達水準だけを決定する。だが、発達状態 DA は ZPD の概念を教育的な評価に拡張し というものは、その成熟した部分だけで決定さ たものである。子どもが独力で遂行できる水準 れるものでは決してない。 (邦訳 p.297-298) 」 よりも少し高い水準の課題を提示する。教師は このような Vygotsky による批判は、私たち 評価者であると同時に、子どもが課題に成功す にビネー検査、WISC-Ⅲ 、K-ABC などの伝統 るための手助けをする介入者でもある。DA で 的な検査が、子どもが現在何ができるか、何を は、子どもが新しい原理を学習し、適用できる 知っているかということを評価する静的なもの ようになるまでに必要な支援の程度が、注意深 であることに気づかせてくれる。 く定められ、測定される。必要とされた支援の 54 発達障害児の教育実践におけるカリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの可能性と課題 程度は、静的な検査よりも、子どもが当該の領 て得られた結果のみで解釈を行うことには問題 域でどのように学習していけるかの指標となる があるというものである。2つ目は、動機づけ 。 (Gipps, 1994) 要因、パーソナリティ要因、社会的要因への配 DA には、後で述べるようにいくつかのタイ 慮が伝統的な検査には欠如しているというもの プがあるが、それらには共通する特徴がある である。3つ目は、伝統的な標準化された心理 。それは、①事前テスト−介入− ( Lidz, 1991) 測定検査では、実際の介入や指導にとって有益 事後テストの形式をとること、②子どもの変容 可能性とメタ認知的過程に焦点を当てること、 で適切な情報が不十分であるというものである。 肯定的な動機は、子どもの学習をアセスメン ③検査者が記録者であると同時に積極的な介入 トしたいならば、学習の要素をアセスメントに 者であることの3点である。これらの特徴を有 含めるべきであり、そうすることによってアセ するアセスメント技法の総称がダイナミック・ スメントの性質と評価基準との親和性が高まり、 アセスメント(DA)である。 そして妥当性が高まるというものである DA は名称のとおりダイナミック(動的)な 。言い換えると、ある子どもの学 ( Lidz, 2003) 側面にその特徴がある。Lidz(1991)は、なぜ 習を手助けする最良の方法は子どもが最も応答 軼 dynamic 軻というのかという理由について、 的になる教授方略を探索することであるという DA では①検査者は積極的に学習を促し、子ど 仮 定 に 基 づ く 動 機 で あ る ( Missiuna and もの積極的な参加を生じさせるように努めるた Samuels, 1989)。 め、②結果よりもむしろ過程に焦点を当てるた め、③学習者の変容可能性についての情報や変 3.ダイナミック・アセスメントのいくつか 容を最も引き起こすのはどのような方法である のモデル のかという情報が生み出されるためと述べてい DA は、先に述べたような特徴を有するアセ る。また Haywood and Tzuriel(2002)は、次 スメント技法の総称であり、多様な方法やアプ のように述べている。軼dynamic軻という用語 。主 ローチが存在する( Lidz and Elliott, 2000) は変化を意味する。DA の目的は思考のプロセ 要なものとしていくつかのモデルをあげること スをアセスメントすることである。その思考の 。 ができる( Lidz, 2003 ; Berk and Winsler, 1995) プロセス自体絶えず変化していく。従って、 以下に4つのモデルを取り上げる。どのモデル 軼measurement軻ではなく軼assessment軻を用 も事前テスト−介入−事後テストの形式をとる。 いる。 事前テスト、事後テストで、4つのうち3つの モデル(後述の盧∼蘯)は伝統的な知能検査か 2.ダイナミック・アセスメントの開発動機 DAの開発動機には、否定的なものと肯定的 。 なものがある( Lidz, 2003) 否定的な動機は伝統的な検査への不満である。 ら取り出した課題を、残りの1つのモデル(後 述の盻)は学級のカリキュラムから抽出した課 題を実施する。子どもがうまくできなかった場 合には、介入で検査者が教示を与えるが、それ Tzuriel and Haywood(1992)は、伝統的な検 らはモデルによって異なる。以下に4つのモデ 査への不満として次の3点をあげている。1つ ルについて順に述べる。 目は、マイノリティーの子どもや障害のある子 盧 Budoff の標準化された手続き( Budoff, どもにとっては偏向があるため、それらによっ 1987) 55 東京成徳大学研究紀要 第 13 号(2006) スクリプト(想定されたやりとりが記述され 構成要素に配慮しながら、子どもが新たな状況 た台本)が事前に作成されており、それに基づ に一般化できる原理や方略を強調した手がかり いて検査者は、どのように子どもに介入するか を直感的に与える。 事前に決められている。スクリプトは、複雑な 盻 Lidz のカリキュラム依拠ダイナミック・ 課題をより簡単な要素に分解することで、子ど アセスメント( Lidz, 2003) もが複雑な課題を分析するのを助けることに焦 Lidz は、他の DA のアプローチは、アセス 点が当てられている。 メントと実際に行われている授業や指導との結 盪 Campione と Brown の段階化されたプロ びつきが不十分であると考え、カリキュラム依 ンプト( Campione, Brown, Ferrara, and 拠 DA を考案した。このアプローチの介入は Bryant, 1984 ; Ferrara, Brown and Campione, Feuerstein のものと同様にスクリプト化されて 1986) おらず、個々の子どもの学習スタイルやニーズ 与える情報が段々はっきりしてくるように配 に応じようとするとともに「媒介された学習経 列された一連のプロンプト(次のステップの反 験」の構成要素に配慮して行われる。また、あ 応を促すきっかけ)で教えるように手続きが事 らゆる年齢に対応できるとされる。この Lidz 前に決められている。もしも子どもが単独で問 のアプローチは、現在あるアプローチのうち、 題を解けなかった場合には、検査者がプロンプ 発達障害児の教育実践においてもっとも有効で トを段階的に提示する。 あるものと思われる。次にその詳細を述べる。 蘯 Feuerstein の 臨 床 的 な ア プ ロ ー チ ( Feuerstein, Rand, and Hoffman, 1979 ; Feuerstein, Rand, Hoffman, and Miller, 1980) Feuerstein は文化的、知的に不利におかれた Ⅲ.カリキュラム依拠ダイナミック・アセ スメント 子どもの変容可能性を調べるために Learning 図1にカリキュラム依拠 DA の実施の流れ Potential Assessment Device( LPAD )を開発 を示す。まず子どもの示すつまづきや問題に基 した。もともと8∼10歳そしてそれ以上の年齢 づいて検査者は子どもの教育プログラムやカリ の子どもに適用されていたが、後に5∼8歳に キュラムから関連する内容と課題を選択する。 拡張された。介入手続きは、スクリプト化され それがうまくいかない場合は、スクリーニング ておらず、学習スタイルやニーズの個人差に応 や包括的なアセスメントの一部分として行われ じようとするので、上の2つに比べるとかなり ている発達依拠あるいはカリキュラム依拠の手 融通のきくものである。Feuerstein は子どもの 続きのなかから項目を選択することを Lidz 変容可能性を最大限に引き出し、かつメタ認知 (2003)は推奨している。いずれにしても選択 の発達を促す検査者と子どもの最適な相互作用 する課題は、その子どもがまだ十分には習熟し を「媒介された学習経験( mediated learning ていない水準でなければならない。さもなけれ experience )」( Fuerstein et al., 1979 ; ば、事前テスト後の流れが不要になりDA とは Feuerstein, Rand, and Rynders, 1988 ; Lidz, ならない。また、教育プログラムやカリキュラ 1991)として概念化し、その構成要素をあげて ムから内容を選択した場合であるが、カリキュ いる。このモデルでは、検査者は、単に課題特 ラム依拠のテストがカリキュラムのなかで予定 定的な手がかりを与えるのではなく、これらの されていなければ、事前テストと事後テストを 56 発達障害児の教育実践におけるカリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの可能性と課題 作成して用意する必要がある。 カリキュラム課題を選択したら、次はその課 題が要求する情報処理について分析を行う。 ( Lidz, 2003)である。資料1の「この課題で 予め必要な知識等」「この課題の情報処理過程 分析」が情報処理過程分析と関連する。 Lidz (2003)は情報処理過程分析( process この分析に続いて事前テスト、事後テストが analysis )と呼んでいる。この分析のガイドと 作成される(資料1下)。また事前テスト、事 して、Lidz(1991)は「注意」「知覚」「記憶」 後テストにおいて対象生徒が経験する困難さを 「知識ベース」「概念的処理」「メタ認知」の6 領域について3∼8項目を示している。次ペー 整理する目的で情報処理過程の観点からチェッ クリストが作成されることもある。 ジの資料1は読み聞かせの後にその内容を報告 事前テスト、事後テストの作成の次は介入の するという課題をカリキュラム課題とした例 計画である。介入では、生徒と検査者との相互 作用のなかで ZPD が引き出されるように最適 カリキュラム な「媒介された学習経験」を生み出すことが目 課題の選択 指される。実践的および文献的な分析から導か れた「媒介された学習経験」の構成要素、すな わち「媒介された学習経験」を豊かにするとさ 情報処理過程 れる検査者の介入の要素に配慮して介入が行わ 分析の実施 れる。その構成要素は、生徒と検査者との動的 な相互作用に関連するものであり、基本的には カリキュラム課題の事前テストと事後テスト の作成と情報処理過程分析の結果 事前に計画することは難しいが、 「意図性」 「意 味づけ」 「橋渡し」 「課題の調整」の4つの構成 要素については事前に計画する必要がある ( Lidz, 2003)。その他の「情緒的な巻き込み」 「媒介された学習経験」の枠組みを加味した 介入と最適な指導実践の計画 「時を得た反応」 「心理的分化」 「賞賛・励まし」 は自動的に生じ、「変化の媒介」「共有の媒介」 「関心の共有」 「チャレンジ」は相互作用がもと もと持っているものとして検査者が介入中に示 事前テストの実施 (または事前テストとして観察データ使用) すであろうと Lidz (2003)は仮定している。 ここでは「意図性」「意味づけ」「橋渡し」「課 題の調整」の4つの構成要素について選択され 介入の実行(生徒の反応で必要とされること に合わせて行う) た課題に照らして介入の計画が立てられる。 この後、事前テストの実施、介入の実行、事 後テストと続く。介入の実行では、介入に対す る生徒の反応が合わせて評価される。そのため 事後テストの実施 のものとして例えば「媒介反応尺度」( Lidz, 2003)がある。また検査者側の介入の評価が合 図1 カリキュラム依拠ダイナミック・アセス メントの流れ(Lidz, 2003) わせて行われる。そのためのものとして例えば 「媒介された学習経験評定尺度」( Lidz, 1991, 57 東京成徳大学研究紀要 第 13 号(2006) 資料1 カリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの計画例( Lidz, 2003) 選択した課題:読み聞かせの後にその内容を報告するという課題 子どもの目標 ・話の構成要素の80%を正しく言う ・話の通り正しい順序で構成要素を言う ・冒頭、中盤、結末に分けて話を伝える ・視覚的なサポートなしで話を口頭で述べる この課題で予め必要な知識等 ・話で用いられる語彙 ・話に含まれる統語と語義への馴染み ・物語るという実際的な効果や価値の理解 ・話に含まれるほとんどの指示対象への馴染み ・正常な聴覚機能および視覚機能(これらの機能に障害のある場合は、子どもに合うように修 正できる。例 聴覚障害の場合はサイン言語、視覚障害の場合は三次元の玩具) この課題の情報処理過程分析 注意 話の長さは聴衆である子どもたちにとって適切である。話の長さにかかわらず、注意を 維持できるかどうかは子どもによって様々である。読み聞かせの間、注意を焦点化してかつ 注意を持続することがこの課題と関連する。 知覚 話に含まれる言葉や挿絵から意味を引き出すことがこの課題と関連する。 記憶 聴覚的および視覚的に知覚された要素を先行経験の長期記憶とマッチングさせたり知覚 された要素を作動記憶に呼び起こしたりして、話の構成要素やそれらの順序を短期記憶や作 動記憶に把持することがこの課題と関連する。 概念的処理 話の論理的な流れを理解すること、冒頭、中盤、結末という概念を理解すること、 因果的や推論的な関係づけを行うことがこの課題と関連する。 メタ認知 注意や情動的な反応を調整すること、自己の理解をモニターすること、明確にした り拡張したりするための質問をすること、質問に対する答えで「わかりません」と言えるこ とがこの課題に関連する。 事前テストと事後テストの作成 これからあなたに本を読んであげます。おうちで誰か読んでくれることがありますか? こ の話は海岸に出かけるある子どもの話です。海岸を知っていますか? 海岸に行ったことがあ りますか? さて注意して聞いてください。私の話が終わったら、私にその話を聞かせて欲し いと思います。では始めます。(この後、表情たっぷりにゆっくり本を読む)全部終わりまし た。私に話を聞かせてください。思い出したことを話してください。(話を一語一語記録する。 励ましを与えるが、必要とされるような特別な手がかりは与えない) 58 発達障害児の教育実践におけるカリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの可能性と課題 2003)がある。 生徒への関与の仕方、生徒に与えられた課題、 生徒・教師・課題の間の相互作用も含まれるこ Ⅳ.発達障害児の教育実践におけるカリキ ュラム依拠ダイナミック・アセスメント の可能性と課題 1.ダイナミック・アセスメントは何をとら えているのか 上では DA について手続きを中心に述べた。 ここでは DA の本質について考えてみよう。 とになる。それに伴いアセスメントと指導の一 体化の問題が改善される。カリキュラム依拠 DA ならばさらに教育実践とアセスメントが一 体化し、アセスメント自体が教育実践の一部と いう位置づけになる。 2)活動の全体性を考慮したアセスメント 野嶋(2002)は、教育測定が実践的であるた めには、テストを志向するのではなく、活動の 伝統的な検査がとらえているものは対象児に 全体性を考慮し計測を志向すべきであると指摘 属する個人的な特性や能力であると一般には考 している。カリキュラム依拠ダイナミック・ア えられており、個体能力主義(石黒, 1998)が セスメントはその指摘に応えることのできる具 前提にあることを指摘できる。一方DAがとら 体的な技法と言えよう。 えているものはそれとは根本的に異なる。伝統 3)伝統的な検査が適用困難であった生徒への 的な検査とは対照的に DA では検査者が積極 ダイナミック・アセスメントの適用 的に対象児に関与する。時として検査者の関与 伝統的な標準化検査を発達障害のある生徒に を通じて、対象児との共同行為が組織され、対 実施しようとした際に、生徒にとって内容的に 象児の側で単独では遂行不可能であった、ある 難しすぎたり言葉の問題や理解力の問題で課題 行為が可能になっていく、という場面も当然考 要求が十分には伝わらず、その実施が妥当でな えられる(竹内, 2002) 。つまり検査者の関与に いと思われたり、あるいは実施できないことが より対象児のもつ可能性が立ち現れたとみなす ある。 ことができよう。一人でできることは、他の人 Tzuriel and Haywood(1992)は、伝統的な と協同してできることに関係づけられるときに 標準化された心理測定検査は障害のある子ども さらにその意味がわかるとも言える(茂呂, にとっては偏向があるため、得られた結果のみ 1996)。竹内(2002)は、DA により、対象児 で解釈を行うことには問題があると指摘してい が存在する対人・対物関係のシステムにおいて る。 もつ潜在的な特性、すなわち「どうあるか」で 適用の妥当性の問題には次のようなことも含 はなくて「どうありうるか」をとらえることが まれるであろう。検査場面は特殊な非日常的状 できることを指摘している。 況と言えるが、検査者はその特殊性を被検児で ある子どもが当然理解しているものだという前 2.カリキュラム依拠ダイナミック・アセス メントの可能性 提で、検査を実施したり結果を解釈したりする。 しかし、必ずしも子どもはそのようには理解し 1)アセスメントと指導の一体化の問題の改善 ていない。Siegal(1991)は、伝統的な検査と 上述のように「どうありうるか」ということ 同様の標準的手続きで行われるピアジェの保存 がアセスメントの焦点となるならば、もはやア 課題において、幼児が状況の特殊性を理解せず、 セスメントの対象は生徒だけではなく、教師の 教示を日常的な会話活動と見なした場合は、誤 59 東京成徳大学研究紀要 第 13 号(2006) 答する可能性があることを指摘した。保存課題 との関連で注目したいのが、図中の領域2と領 では、数量が同じである一対の事物の異同が問 域3の複合領域、つまり領域 C と領域 D で われ、事物の変形が何度か行われ、その度に ある。領域 C は、教授方法と、生徒について 「同じ」と答えることが正答とされるわけだが、 の知識の複合領域である。これは、様々な特性 正誤のフィードバックなしに、一方的に同じ質 やニーズをもつ生徒を教えたり、動機づけたり 問が繰り返されると、幼児は別の答え、すなわ する方法について理解しているかどうかである。 ち「違う」を要求されていると解釈する可能性 適性処遇交互作用はこれに該当する。領域 D があるという。このことは、幼児だけでなく、 は、教材内容、教授方法、生徒についての3つ 発達障害のある子どもにおいても十分あり得る の知識の複合領域である。これは、教材内容と ことである。 の関連の範囲で生徒のつまずきをどのように改 以上のような伝統的な検査の限界を DA は 善すればよいのかという教授方法に関する理解 補うことができる。特に Feuerstein と Lidz の を含む。DA がとらえようとしているのは、ど アプローチは、対象児に合わせた柔軟な個別化 のような教授の下なら、その生徒はどのような が可能であり、伝統的な検査の適用が困難な生 ことができそうなのかといった学習可能性であ 徒において有効であろう。 り、これは領域2と領域3の複合領域に他なら 4)カリキュラム依拠ダイナミック・アセスメ ない。そして、領域 D はカリキュラム依拠 ントは教師が必要とする情報を提供するか DA そのものと言える。吉崎(1997)は、授業 発達障害のある生徒の教育実践に際して教師 において特に必要とされる知識は、一般的な教 が必要とする情報は何であろうか。 授方法や生徒についての知識というよりも、む 中野(2005)は、発達障害児の適切な教育プ しろ教材内容とのかかわりの中で生じる特殊的 ログラムを設計するためには、LD や ADHD (具体的)な教授方法や生徒についての知識で や高機能自閉症の診断分類を際限なく議論する あり、これらの複合知識は、授業実践の経験を のではなくて、①生徒はいま何を知っている 通して獲得される「実践的知識」にほかならな か?②生徒はいま何ができるか?③生徒はいま いと指摘している。 どんな考え方をするか?④生徒はまだよくでき ない課題に対してどんなアプローチをするか? ⑤これらの問いに対する答えを、カリキュラム 依拠アセスメントによって得られるデータを踏 まえて明らかにしていく必要があると指摘して 1.教材内容に ついての知識 2.教授方法に ついての知識 D いる。 吉崎(1997)は、教師の教授知識(授業につ A C B いての知識)を分類するための枠組みについて は様々な考えがあるとしたうえで、図2のよう な7つの領域を提案している。領域3の生徒に 3.生徒に ついての知識 ついての知識には、発達障害児の教育実践にお いて重要となる、個々の生徒の知的能力(学力、 知能) 、学習タイプ、性格などが含まれる。DA 60 図2 授業についての教師の知識領域 (吉崎,1997) 発達障害児の教育実践におけるカリキュラム依拠ダイナミック・アセスメントの可能性と課題 教師が検査者であるとするならば、カリキュ 2)「媒介された学習経験」等の哲学性がいか ラム依拠 DA において、独力ではまだできな に教師に理解されるか い実際のカリキュラムに関連した課題に対して カリキュラム依拠 DA の介入の核になるの 生徒はどのようにアプローチするのか、そして が、「媒介された学習経験」であり、学習者は どのような教授や援助が与えられるとアプロー 本来能動的な存在であると同時に、環境の要請 チが改善するのかということを、メタ認知を含 や文脈に応じて行動を変えうるという学習者観 む生徒の情報処理過程に焦点を当てて教師は具 であり、子どもを受身的な学習者にしてはいけ 体的なものとして把握することになる。また同 ない、能動的な学習者にしなければならないと 時にどのような教授や援助をどのようにその生 いった理念である。これらは哲学的であり何ら 徒に与えればよいのかを情報処理過程や「媒介 かの形で検査者となる教師に理解されていない された学習経験」の構成要素の観点から具体的 と手続きはよく理解されてアセスメントが進め なものとして把握することになる。カリキュラ られたとしても、それ自体が誤って進められた ム依拠 DA は発達障害児の教育実践において り得られた情報が有効に機能しない可能性があ 教師が必要とする情報をもたらすものとして期 る。「媒介された学習経験」の構成要素は、こ 待される。 れまでの発達研究や教育および臨床実践から有 効であると考えられる、教師が子どもにかかわ 2.発達障害児の教育実践におけるカリキュ るコミュニケーション要素を体系化したもので ラム依拠ダイナミック・アセスメントの課 ある。哲学性を含めこれらの要素は何らかの形 題 で体系的に現職教師や教員志望の学生に理解さ 1)教師のアセスメント実施に対するサポート カリキュラム依拠 DA は、教師に有効な情 れる必要がある。 3)実証的な実践研究の必要性 報をもたらしてくれる可能性をもつが、実際に DA は現時点では国内の発達障害児の教育現 有効な情報がもたらされるかどうかは教師にか 場ではほとんど知られていない。実践もほとん かるところが大きい。伝統的な検査は、手続き どみられない。今後教育実践における有効性の が標準化され、マニュアル化されているので、 検証も含めて実証的な実践研究が待たれるとこ 実施者は実施方法を理解し、ある程度習熟すれ ろである。 ば、一端の検査者となる。カリキュラム依拠 DA の場合はそうはいかない。教師が検査者と なるならば、教師はアセスメント実施に関連し ていくつもの判断や意志決定を迫られることに Ⅴ.おわりに DA は伝統的な検査を否定するものではなく なる。特に情報処理課程分析と介入については、 補完的な関係にある。新しいものというと関心 教師をサポートするようなツールの開発が必要 がもたれ、あわてて導入しようとする動きが起 であろう。Lidz(2003)は教師の情報処理課程 こりやすいが、それは賢明ではない。伝統的な 分析や「媒介された学習経験」を意図した介入 ものに新しいものを加えて全体を再構成するこ をサポートするツールを開発している。これら とが求められよう。新しいことを始めるためだ の有効性を確認しながら改良していくことも今 けに軼plan-do-see軻するのではなく、現在行っ 後必要であろう。 ていることをもとに軼do-see-plan軻することが 61 東京成徳大学研究紀要 第 13 号(2006) 重要である。すでに軼do軻の渦中にあるという 教師の認識がアセスメント再考には不可欠であ る。 〈文献〉 Berk, L. 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