ガウディが残した「神の家」

ガウディが残した「神の家」
広島工業大学
環境デザイン学科
c112025 木村直幸
1, はじめに
ガウディの大作、サグラダ・ファミリアを「神の家」という観点から 3 つのテーマに
そって考えてみたい。それによってこの特異な作品に対する関心を深めてみたい。3 つ
のテーマとは、1,この作品が遺作と呼ばれた理由について、2,この作品の成り立ち、3,
作品に求められている価値観である。
2. 遺作と呼ばれる理由
「神の家」
この作品は、カタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完成作品であり、着工は
1882 年の 3 月 19 日でビリャールの後を引き継いだのがアントニ・ガウディとされてい
る。以降ガウディは一から設計を練り直し、設計・建築に取り組んだ。ガウディは 1926
年に亡くなるまでに、この作品をはじめ、カサ・ビセンス、グエル館、マリョルカ大聖
堂、そして亡くなる前最後の作品礼拝堂など数多くの代表作品を造り上げてきた。
その中で、この作品が遺作として今もなお建て続けられているのは、サグラダ・ファ
ミリアが神の家であるからである。この作品の施主が神とされ、“建築は施主を理解し
たうえで、施主を超えた物でなければならないと述べている。ガウディにとって神とい
う存在はとても大きなもので、なぜなら、ガウディの家族が次々と亡くなっていく際に、
ガウディは「死」について考えるようになり、「死」を与えるのは「神」でないかと考
え、「神」への憎しみを抱いたからだ。
しかし、考えていた「死」の答えは、逆に「生命」を探ることにより得られるのでは
ないかという考えに変わっていった。そしてガウディは、神を頭から否定することはな
くなり、後にカトリック信者になり、ガウディにとって「神」という存在が大きいもの
になった。そしてその「神の家」としての作品がサグラダ・ファミリアであるというこ
とは、この先施主が「神」以上の建築はないからである。なので、サグラダ・ファミリ
ア「神の家」がガウディの遺作とされ、今もなお建設されている。
3. 「神の家」の成り立ち
次にガウディがサグラダ・ファミリアの成り立ちについてだが、ガウディにとっては
まだ若きころ、サグラダ・ファミリア聖堂の二代目建築家の要望は願ってもないポスト
であった。ガウディの残した言葉として「大聖堂の建設以上に、建築家が望みうる仕事
が他にあろうか」と述べ、この作品に対する思いは強かったのではないかと考える。そ
して資金不足にみまわれた際には、建設量を減らして耐えしのぐしかなく、寄付金は集
まりまることはなかった。
しかしガウディは当時協会から報酬を受け取っておらず、他の仕事を断ってサグラ
ダ・ファミリアに専念した。このガウディの不退転の覚悟が多くの市民の心を動かし、
募金活動では巨額献金で「降誕のファサード」を可能にした。サグラダ・ファミリア聖
堂の建設が遅々として進まなかった主たる原因は、この慢性的な資金不足にあった。し
かしガウディは、予算に応じて設計を変更することはしなかった。なぜならこの作品は、
ガウディにとって「神の家」だからだ。ガウディ自身は神の住む場所を予算の都合など
に左右させてはならないと考えていた。この妥協なき姿勢が、サグラダ・ファミリア聖
堂の大きさ、装飾、線密さを生み、膨大な建設期間につながったと考える。
ガウディは元々建築を「総合芸術」と考え、絵画、彫刻だけでなく、音楽もサグラダ・
ファミリア聖堂には大切な建築要素のひとつで聖堂の 8 本の鐘塔すべてに鐘を設置し、
楽器のような大聖堂を目指していたが、その計画はいまだ実現されていない。また、自
然を再現して生きているような空間、理想のバランスを求めて建築を自然化することを
目指した。それは建物全体を「自然そのもの」と化し、ガウディ自身は“自然物の構造
はバランスで成り立っている。だから人間が学ぶべき造形がすべて自然の中にあるのだ”
と述べ、このような信条を持って、サグラダ・ファミリアには自然そのものを取り込ん
だ。
4. 「神の家」完成に求められている価値観
最後に、サグラダ・ファミリアの完成に求められている価値観についてだが、ガウデ
ィは不慮の事故で亡くなり、その時点でサグラダ・ファミリアのディティールは残して
いない。現在サグラダ・ファミリアは誕生のファサ-ドが完成し、その反対側の受難の
ファサードが完成に近づいている。このままの調子で工事が進んでいけば、後 50 年程
で完成されるといわれている。完成させるにあたりサグラダ・ファミリアのディティー
ルがない中でガウディの理想とするサグラダ・ファミリアの完成を望めない今、ガウデ
ィの遺産の価値を損なわないようにすることも必要であると考える。
5. アントニオ・ガウディが残したもの
この 3 つの観点から、ガウディがサグラダ・ファミリアに遺作として残したかったも
のは、「神の家」としてふさわしい壮大なスケールの聖堂を建てシンボルにすることで
あると考える。しかしその一方で、このようなスケール感を生み出しているのは、いく
ら資金不足に陥っても、建設期間が延び完成が程遠くなったとしても予算に応じて設計
を変更することなく自身の生存している間での完成を見据えてなかったからであろう。
それはすなわち自分のための建築ではなく、共同創作によって完成のためのバトンを委
ねたと言える。
*参考文献
・鳥居徳敏「入門 ガウディのすごい建築」 洋泉社 2014 年