第2章最近の計測分析技術(河合)改訂 (pdf file 906 kB)

2.最近の計測・分析技術
2.1 はじめに
紀元前 4 世紀に書かれたプラトンの「テアイテトス(Theaetetus)」には,紀元前 5 世紀
のプロタゴラスの言葉として「人間は万物の尺度(メジャー)である」という言葉が記録さ
れている.1) メジャーという英単語は日本語にもなっており洋裁の巻尺をさすことが多い.
プロタゴラスが意味したのは,あるいはプラトンが伝承したのは,哲学的な深い意味を込
めていたと考えられるが,今日われわれの測定対象は万物に及び,「人間とは万物を測定す
る存在である」と解釈することもできる.測定あるいは計測科学は英語ではmetrology(メ
トララジー)と呼ばれ,科学の一分野であるとともに,科学全体の基礎となる分野である.
メトララジーの「メトル」はギリシャ語のメトロン(metron,測定) を語源とし,メート
ル法のメートルも同じ語源である.
2.2 長さ
計測と単位とは切っても切れない関係にあり,およそ何かを測定するということは,何
かを単位としてその何倍かを調べることである.単位がどうでも良い場合には,arbitrary
units(任意単位)としてグラフの
縦軸を表す.ここで unit では
なく units(複数形)であること
に注意.
1789 年のフランス革命では,
アンシャンレジーム(旧体制)の
解体と国家の統一とが重要な
目的であった.それまで使わ
れていたありとあらゆる計測
単位もその革命の対象となり,
メートル法が制定された.フ
ランスでは長さの単位は村ご
とに異なっており,メートル
の制定までは何千という単位
が用いられていた.
フランス革命の最中,デラ
ンブルとメシャンという 2 人
の天文学者がダンケルクとバ
ルセロナの間の測量を行い,
地球の大きさを測定した.
図2−1参照.
ダンケルクとバルセロナは
パリを通る同じ経線上にある.
デランブルは北上し,メシャ
ンは南下した.2002 年に出
図2−1
デランブルとメシャンが測量した
ダンケルク−パリ−バルセロナ.文献 2 による.
37
版されたケン・アルダーの本 2)によると,メシャンの測量記録は綴じたノートではなくば
らばらの紙片に記載され,鉛筆書きで数字が不鮮明であったそうである.どこかで記録が
不正確となり北極から赤道までの子午線の長さは,今日の距離では 10002290mであって
正確に一千万メートルではなくなった.本来は 10002290mの1千万分の1が 1mと定義さ
れるべきであった.大学の実験では頁を振った表紙の厚い実験ノートを使うように教育さ
れるがこれは大変重要なことである.測量後,メシャンはこの誤りにひそかに気づいてお
り発狂寸前であったといわれている.メシャンの誤りによる現在の 1 メートルはフランス
革命が意図した本当の 1 メートルに比べて約 0.2mm短い.測量は三角法を用いて行われた.
教会の塔のような目立つ目印 2 つの間の距離を測定してそれを基準線として決めると,3
番目の目印の角度を測定して 1 辺を共有する 3 角形で平面を埋めて行く.しかし地球は丸
いので,平面三角法は使えない.フランス革命のさなかにプロシアのスパイと間違われる
など大変な困難の中で,球面三角法を用い,大気の屈折による角度のゆがみまでも補正し
ながら測量を行った.が,隠された誤りによって現在の 1 メートルは 0.2mm短くなった.
計測における過誤には人的なものが大きな要因を占めることを認識することも大切である.
1960 年には86Krの橙色のスペクトル線の真空中の波長の 1650763.73 倍を 1mと定義し
たが,クリプトン・ランプは実際に使用してみるとあまり正確ではないことがわかり,1983
年には光が真空中で 299792458 分の 1 秒に進む距離と定義されることになった.3 )この
定義にあるような短い時間に光が進む距離を実際に測定するのではなく,実際には光の干
渉を用いて長さの比較を行う.基準となる長さは,ヘリウム・ネオン・レーザー光を用い
るが,レーザーだけでは不十分で,狭い吸収線をもつヨウ素に吸収させて波長を精密に制
御した装置を用いる.4 )
フランス革命では,時間も 60 進法ではなく 10 進法を採用したが,現在まで生き残った
単位は長さのメートルと重さのキログラムだけである.
フランスはメートル原器の複製品を英国と米国に送った.米国標準局は 1 ヤードを
0.91440183 メートルと正式に決め,英国も 0.9143992 メートルと決めた.本来同じ長さ
であった英国ヤードと米国ヤードは,メートル原器を基準にすることによって約 1.8μm
の差が生じることになり,メートルが長さの尺度の通貨になった.現代社会では,化学分
析法のようなもっと複雑な操作においてもある国で標準法を作ることができるということ
が意味するのは,その国の科学技術力が高いことを示している.標準法を作った国が世界
の主導権を握る.
レーザー光は可視光の領域の長さを決定するには適しているが,物質を研究する場合に
は原子間距離を正確に測定する必要がある.原子間距離の測定にはX線回折法を用いる.
結晶面間隔dと回折角度θとの間に,X線が回折して全反射されるときには,2d sinθ= nλ
の関係が成立するからである.ここでnは正の整数,λはX線の波長である.X線回折法は
X線の波長と結晶の格子定数とを干渉によって比較する方法である.X線の波長がメートル
に対して正しく校正されていなければ結晶の格子定数を求めることはできない.X線の波
長はメートルの基準との比較が容易ではなく,近似的な値を用いているため,Åに星印を
付けて,Å*とあらわし,厳密な校正をしていない場合が多い.X線構造解析に用いる数表
はÅ*であらわされていることが多いので注意する.Å*やXu(X線単位)という独特の単位
を用いる.1kXuは銅のKα線の波長で 1.0020797Å,モリブデンKα線の波長では
1.0021013ÅとなってX線の波長に依存して変化する.5 ) 1Å*=1.0000167(9)Åである.こ
38
こで(9)は最後の 7 が 7±9 であることを意味している.このような精密な校正によっては
じめて結晶構造に関する測定が可能となる.可視光とX線の波長とを干渉法によって校正
し た の は 米 国 NIST(National Institute of Standard and Technology) の デ ラ ッ ト
(Deslattes)博士で,氏は惜しくも最近亡くなったがその死亡記事(obituary)がワシントン
ポスト紙に「測定を研究した」として掲載された(図2−2).
結晶の格子定数の精密な測定は,アボ
ガドロ数,すなわち 1 モルの原子(分子)
数の決定にも重要である.
単位は人工的な法律のようなもので,
SI 単位系が現在では標準とされている
が,その単位系は便利さという理由以外
には 1m の長さには必然的な理由はない.
古典電子半径などの原理的な長さを物理
の基本定数を用いて定義することも可能
であるが,一通りではない.
重さと質量というそれまで同じと思わ
れていた概念が,実は異なる物理量であ
るという本質的な発見がなされると,重
要な進歩がある.重さは力である.これ
以外にも,熱とエネルギーの同一性や,
質量とエネルギーの等価性など,違うと
思われていた物理量が同じとわかった場
合にも,人類の知識は大きく進歩してき
た.
物理量に関する自然認識は,実際に測
図2−2 ワシントンポストに掲載された
定装置を製作して正確な測定をしようと
デラット氏の死亡記事(2001 年 6 月 9 日)
する行為から生まれてきたものである.
たとえば,光の干渉によって,地球の公転方向とそれに垂直な方向に進む光の速さの差を
検出しようとしたマイケルソンの精密な実験から,アインシュタインの相対性理論が生ま
れた.マイケルソンの干渉計は精密な長さの測定に使われている.
2.3 温度
温度には現在さまざまな尺度が用いられている.たとえば日本では気温は℃で表され,
米国に出張すると °F になって,テレビの天気予報を見ても暑いのか寒いのかわからなく
なる.科学技術論文では,K が用いられる.K は絶対温度で英国の物理学者ケルビンの頭
文字をとっている.水の三重点(氷と水と水蒸気が共存する状態)の絶対温度を 273.16K と
定義している.水の三重点は 0.01℃に相当しているので,摂氏から絶対温度への変換には
注意が必要である.よくある誤りは,850℃というように有効数字 2 桁程度で温度を測定
しておいて,273.15 を足して高精度の実験を報告する論文である.権威ある書物でも K=℃
+273.16 となっていたり,K=℃+273.15 となっていたりするので注意が必要である.も
ちろん後者が正しい.
39
大変面白い歴史が温度目盛の決定に関して隠されている.デンマークの首都コペンハー
ゲンの天文学者レーマー(Rømer,1644−1710)は,木星の月が木星の影(食)になる時間間
隔が規則的に変動することと,地球と木星との距離とから、光速が有限であることを発見
したことで有名である.彼はコペンハーゲン市長,警視総監,枢密顧問などの要職に就く
など多才な人であった.レーマーは五十代中ごろにワインをガラス管に入れた温度計を発
明した.彼は人間の体温と当時到達できる最も低い温度(食塩と水と氷をある比で混合した
もの)と水の沸点,凝固点の 4 つを温度の基準とし,天文学者らしく 60 進法でその温度を
分割した.
現在ポーランドのグダニスク市にあたる場所で生まれたファーレンハイト(Fahrenheit,
1686−1736)は,オランダで自然哲学を学び 22 歳で科学機器商としてレーマーの温度計を
扱い始めた.レーマーは最低の温度として塩化アンモニウムを添加した食塩氷水の温度を
0 度にするなど温度目盛の改定に余念がなかった.ファーレンハイトは,レーマーがある
ときに作った目盛りの温度計を輸入して改良し売り始めた.レーマーではなくファーレン
ハイトの名前の方が現在米国で使われている温度単位として残った.食塩水の共晶点(食塩
水を凍らせると,氷の中に食塩が白く現れる温度,−21.3℃)に近い−18℃が 0°Fで体温
の 38℃が 100°Fとなっている.正確には(°F) =1.8×(℃)+32 で換算する.空気の熱膨
張による温度計はガリレオの「空気サーモスコープ」にさかのぼることができる.レオナ
ルド・ダ・ヴィンチの手記には「空気はじぶんを暖める熱に近づけば近づくほど希薄にな
る」という記述もある. 6 )
液体の熱膨張に等間隔の目盛りをつけて温度を測定するのは意外に不正確であり,水銀
温度計やアルコール温度計を用いた熱力学測定には注意が必要である.
セルシウス目盛りにも面白い歴史がある。フランス人学者レオミュール(Réaumur,1683
−1757)は水の凝固点を 0°R,沸点を 80°R と定義した.この°R は現在では,°F の絶
対温度目盛のランキン(スコットランドの流体力学者)にも使われているので注意が必要で
ある.ランキン=°F+460.ウプサラ大学のセルシウス(1701−1744)は 1742 年に水の沸
点を 0°,凝固点を 100°とする目盛りを作った(図2−3).1743 年にはフランスのクリ
スチン(Christin)が水の凝固点を 0°,沸点を 100°とする温度目盛を作った.1750 年に
セルシウスの急逝後,後継者となったストレーマー(Strömer)が逆目盛り,つまり現在の摂
氏目盛りと同じ目盛りを発表し,スウェーデンではエクストレームまたはエクストレー
ム・ストレーマーの温度計と呼ばれるようになった.エクストレーム(Ekström)は科学機
器製作者の名前である.スウェーデンの有名な化学者ベルツェリウス(Berzelius,1779−
1848) が書いたドイツ語の本 Lehrbuch der Chemie(1803 年から 1848 年の間に 4 度改定
された)の中で,「セルシウスが水の凝固点を 0°,沸点を 100°とした」と記述したこと
により,℃はセルシウスの発明になってしまった.もともと℃はセンチグレード
(centigrade)つまり 100 度の意味であってセルシウスの意味ではなかったが,1948 年にな
って℃をセルシウスと呼ぶことが正式に決まった.摂氏とはセルシウスを漢字書きで摂爾
修斯、華氏はファーレンハイトを華倫海と書くことに由来している.
現在では温度の計測には熱電対が用いられることが多い.2 種の異なる金属を接触させ
て温度差をつけると起電力を生ずる.(図2−4).
これは金属中の電子の動きやすさが金属によっても温度によっても異なることに由来して
40
いる.ゼーベック効果と呼ば
れる.
熱電対では図2−4の温度
差T1−T2に比例した起電力V
を生じる.異種の金属として
はクロメル・アルメル(K型)
や白金・ロジウム(R型、S型)
などが使われる.温度範囲と
感度と精度とが異なるので適
するものを選択する.
例えば K 型は 0℃から
1370℃を 0.7℃の精度で測定
できる.S 型は 0℃から
1750℃を 0.1℃の精度で測定
できるが感度は K 型に比べ
て悪く,1℃当たり 0.01mV
で K 型の 1℃当たり 0.04mV
の 1/4 の感度である.熱電対
は温度のような物理量を電圧
という電気信号へと変換する
センサーであり,現代のメカ
トロニクスや自動制御装置は
このような物理量から電気信
号へ変換する各種のセンサー
によって支えられている.
太い熱電対は温度の急な変
化に対する応答が遅い.細い
ものは機械的に弱いし電気抵
抗が大きい場合には電流を流
さないように計測しないと内
部抵抗によって電圧が下がる.
かつてある学生が卒論実験
中 に ,「 先 生 , ま だ 温 度 は
300℃にもなっていないのに
電気炉が真っ赤になって熔け
図2−3 セルシウスの温度計
(一番高い温度が0度、低くなるに従い
出しました」といって私のそ
大きな数字になるように目盛ってある)
ばにいた助手に電話して来た.
−ウプサラ大学博物館絵葉書より
助手の先生は電話でなにやら
金属 A
41
T1
T2
金属 B
V
図2−4
金属 B
熱電対による温度測定の原理
指図しているのでこれは一大事と別の階にあった彼の実験室に飛んで行ってみると大変な
ことになっていた.レンガのような絶縁体は 600℃以下では赤外線(色は見えない)を放射
しているのでレンガそのものの色に見えるが,600℃を超えると赤色に輝きだす.もっと
温度が高くなると次第に白っぽく輝く.物体の温度に応じた分布の電磁波を放射する.こ
の波長−強度曲線は実験的に得られた後,プランクが試行錯誤の末に定式化した.このよ
うな電磁波の放射は黒体放射といわれる.最大強度の波長は温度に反比例する.これをウ
イーンの変移則と呼ぶ.したがって高温で輝く物体の温度はその色から推定することが可
能である.電気炉の外側が赤くなっているということは内部はその数倍の温度になってい
るということである.赤く輝いているにもかかわらず温度計が 300℃を指し示した原因は,
クロメル・アルメル用で目盛ってある電圧計に白金・ロジウムをつないでいたからである.
1℃当たりの電圧が 4 倍違うので,300℃ということは 1200℃だったことになる.室温(20℃
くらい)を基準にしているので凡そ摂氏で表した温度で 4 倍の差が生じたわけである.その
学生も助手も私とは直接の関係はなかったが,その助手を大いに怒たことはいうまでもな
い.全部電話で実験を指示しており,一度も実験室へは入ったことがないということであ
った.今でいうインターネット計測のはしりである.
熱電対の参照温度は,サーミスターを組み込んで室温の変化を校正し,氷水の準備をし
なくても正確に測定できる装置もある.
よく知られているように,遠方の恒星や太陽の温度もその波長分布から推定可能である.
簡単な放射温度計は,電球のフィラメントと高温で輝く,例えば火炎の色を比較して同じ
色に輝くときの電球にかける電圧値を読み取る.あらかじめ温度と電圧値の関係を求めて
おけば,輝く物体の温度が推定できる.スペクトル分布を分光器で測定すれば,より精密
な温度の計測が可能である.
近年,超伝導状態に電流を流しておき,温度が上昇すると電気抵抗が生じることを利用
した熱量の測定法が実用化された.このような高感度のカロリメータ(熱量計)を用いると,
熱量を測定している場所に飛び込んできた X 線光子一個一個のエネルギーに応じた温度上
昇を測定できる.敏感なカロリメータで測定できる X 線のエネルギーの精度は,1keV の
エネルギーの X 線に対して±数 eV の精度で計測可能である.
2.4 圧力
またあるとき,別の助手が,「この学科には 6×107Paで 150℃のオートクレーブ(加圧釜)
はないですか?」と聞いてきたので,
教授:「6×107Paって何atm?」と聞きかえすと,
助手:「atm は SI 単位ではないですが,Pa は SI 単位ですから SI 単位を使うべきです.」
教授:
「(℃は SI 単位じゃないんだけれどと思いながら)そうは言っても大気圧(1 atm)の何
42
倍かがわからないと,どの程度危険な実験かわからないじゃないですか?とにかく
atm を使うのがいやなら大気圧の何倍か教えてください.
」
助手:「えーっと,ちょっと待ってください.換算してきますから.」
教授:
「えっ? 大体でいいんですよ! 大気圧の何十倍か何百倍か,または何分の1かがわ
かればいいんだけれど.
」
助手:「よくわからないので換算してきます.」
10 分ほどして、
助手:「600 気圧です.」
計測では実感がやはり重要である.桁数の多い値や「×107」というような抽象的な大き
な数値を扱う場合には注意が必要である.常に人間の五感と対比させながら計測すること
は重要である.力の単位もnewton (N)が使われるが,やはりkg重という重さの単位に頭の
中で換算して実感する必要がある.例えば,空気が 1atm(≒105 Pa=105 N/m2)で入った容
器と 0.1atm(≒104 Pa=104 N/m2)で入った容器を薄い高分子の膜で隔てると,1m2当たり
10Nの力(≒1kgの重りを持ち上げる時の力)が働くので破れる.10−5Paと 10−7Paの超高真
空の容器を高分子膜でつないだら(図2−5)破れるだろうか?
後述するような仮想計測機器を用いると,コンピュータの画面上という仮想空間ですべ
ての計測を行っているかのような錯覚を起こす.常に物理量を体感したらどう感じるかを
感じながら計測することは重要である.想像力の問題といってしまえば簡単であるが.
10−7 Pa
10−5 Pa
だ場合
1気圧は約 101300Pa に当たるので,天気予報で出てくる台風の気圧は,100 に当たる
ヘクトをつけて 1013 ヘクトパスカルと呼んでいる.気圧は水銀柱の高さで計ってきた.
溶接ベローズでできた中空缶の伸び縮みによって大気圧前後の気圧を測定する.1atm は
水銀の重さで 760mm 分に相当するので,760mmHg を 1 Torr と表す.人名に由来する単
位を英語で書いて表すときには,全部小文字で表す約束である.1 coulomb は正しいが,
1 Coulombは誤りである.ただし 1 cは間違いで 1 Cが正しい.torrはトリチェリの略であ
り,慣例として大文字のTorrと書くことが多い.10-6Paは超高真空に入る.このような真
43
空の圧力は気体を電離しイオン電流を測定することによって測定する.電離真空計と呼ば
れる.ロータリーポンプで引く程度の真空は,抵抗線に電流を流して空気による放熱の度
合いから測定する(ピラニ真空計).測定する気体の種類によって,すなわち希ガスか 2 原
子分子か 3 原子分子かによっても比熱が違うので,見掛けの真空度が異なることに注意す
る必要がある.U字管マノメータ,熱電対真空計など真空側の計測に関しても,用途に応
じてさまざまな真空計が用いられている.
2.5 質量
質量は kg で測定するが,重さに換算して,すなわち重力の大きさに換算して測定する
場合が多い.重さは重力加速度が異なれば違うが,質量は無重力状態でも消滅しない.し
たがって,肉屋の秤は重力加速度に応じて校正しておく必要がある.
原子の大きさになると単一原子の質量との比較によって測定することが可能となる.す
なわち,磁場や電場の中を帯電したイオンを走らせ,軌道が直線からどの程度それるかに
よって測定する.質量が大きいほど軌道は曲がりにくい.イオンが同じ距離をどのくらい
時間をかけて飛行するかによっても質量を測定することができる.重いイオンは同じ距離
を飛ぶのに,軽いイオンよりもより長い時間かかる.TOF(time of flight)質量分析計と呼
ぶ.1例を図2−6に示す.7 ) ダイオキシンの分析も質量分析計によって行われる.8)
アボガドロ数がわかれば原子や分子の質量を kg で表すことも可能であるが,原子量を単
位として表しておいても全く不自由は感じない.
2.6 応力
ケルビン卿は 1856 年に銅線の抵抗が曲げ
によって変化する現象を発見した.この現象
は抵抗線ひずみゲージとして応力測定に使わ
れている(図2−7).ロッシェル塩やチタン
酸バリウム,PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)な
どの圧電結晶は,ゆがみにより結晶中の正電
荷と負電荷の重心がずれ,高電圧を発生する。
この現象を利用してひずみを電圧によって検
出することも可能である.マイクロフォンに
も圧電現象を利用するものがある.圧電素子
には,逆に,電圧をかけることによって微小
な運動を作り出す働きもある.変位を測定す
る場合には光学的な干渉やレーザー光の反射
を利用することもできる.X 線回折は原子間
距離を測定するので,ひずみによって原子間
距離が変化すると,回折線の線幅のシフトや
図2−6 携帯型質量分析計
(文献 7)による)
形状の変化となって検出できる.これを X 線応力測定という.
44
図2−7 ひずみゲージの例
(OMEGA社のホームページ http://www.omega.com/ より)
図2−8 オシロスコープ
((株)ケンウッド ティー・エム・アイのホームページ
http://www.keisoku-gb.com/kigyou/kenwood/cs5400.htm から)
図2−10の仮想オシロスコープと比較してほしい.
2.7 時間
時間の長さの測定には,さまざまな方法が用いられている.計測には欠かせないオシロ
スコープ(図2−8)は,電圧の上昇が始まるとそれを目印にしてその後の電圧の変化を縦
軸に,時間を横軸にディスプレイ上に表示する.繰り返し同じ現象が生じる場合には, デ
ィスプレイ上に波形が定常的に表示される.また波形をデジタル化して記録することも可
能である.1 つの電圧の山がどのくらいの時間継続するかを読み取ることができる.
10−16秒程度の短い現象は,量子力学的な現象や時間分解分光分析などの目的で計測の必
要性が生じる.量子力学的な現象は統計的なばらつきをもつ.例えば原子の高いエネルギ
ーの励起状態の寿命の長さ(⊿t)を測定する場合には,その励起状態から基底状態へ遷移す
る時のエネルギーEが一意的に決まらず,長く測定すると各イベントごとにエネルギーが
45
ばらつく(E±⊿E).このエネルギーのばらつきと励起状態の寿命との間にハイゼンベルグ
の不確定性原理が成立することがわかっている場合には,h/2π=⊿t・⊿Eという関係から
寿命⊿tを測定する.この関係が成立するか否かを判断するのは直感的には難しい.理論的
に立証した上でこの関係を用いる必要がある.
2.8 流体
パイプを流れる流体の流量は,大量の流体の場合には,超音波のドップラー効果を用い
て測定できる.パイプに斜めに超音波を通して,受信される超音波の周波数と発信される
超音波の周波数のずれを測定すればよい.最近では図2−9に示すようなミクロ集積化学
チップ
9)
の 中 を 流 れ る 流 体 を 操 作 す る . μ -TAS(Micro Total Analysis System) ,
Lab-on-Chip Chemistry,Integrated Chemical Systemなどと呼ばれる化学分析システム
を使って反応・分離・検出を行うことができるようになった.レーザー光を集光して光が
熱的な過程を通じて音響に変化する効果(光音響効果)を用いて,流体の動きや化学成分を
分析することができる.
図2−9 ミクロ集積化学チップ
(金 幸夫,分析システムのミクロ集積化,第 15 回湘南ハイテクセミナー
−研究開発と分析技術−2002 年 1 月 9・10 日テキスト
9 )
より)
2.9 デジタル化
現代のさまざまな計測技術は,物理量をセンサープローブのさまざまな物性を利用して
電気信号に変換し計測する.その電気信号が電流の場合には抵抗を通すことによって電流
電圧変換を行う.化学物質の濃度も電気化学的な反応によって電気信号に変換する.
電気抵抗Rは,V=IRというオームの法則が示すように,電流を電圧に変換する働きがあ
る.センサーから電圧信号が出てくる場合には,できるだけ電流を流さずに電圧を取り出
す.こうすることで内部抵抗による電圧降下を防いでできるだけ正確な値を読み取るが,
ノイズには弱くなる.そこで演算増幅器を用いて,電圧の変化は同じでもより大きな電流
を流すようにインピーダンスの変換を行う.大きな電流を流す電気信号は周囲の電気雑音
に影響されにくくなるからである.この電圧をこんどは周波数へと変換する.10Vの電圧
46
を 1000Hzに変換できれば,1Hz当たり 10mVの精度になる.このような周波数信号につ
いて 1 秒当たり何個のパルスがくるかという計測を行えばデジタル信号として取り扱うこ
とが可能となる.また周波数に変換するのと同等であるが,直接 2 進数に変換することも
可能である.このような変換機をA/Dコンバータ(アナログ/デジタル変換器)と呼ぶ.10 ビ
ットは 210であるから 1024 であり,10Vを 10 ビットのA/Dコンバータで変換すると
1 ビット当たり約 10mV になる.すなわち,
0
V→0000000000,
10mV→0000000001,
20mV→0000000010,
...
というように 2 進数へと変換される.電圧の精度とデジタル変換のビット数が合っていな
いときには最適の測定ができない.
センサー自体の電圧の精度が 100mV /10V のときに 16
ビットのデジタル変換をしても無駄な計算に時間を使うことになる.逆の場合には桁落ち
する.電気信号をデジタル化して,計測制御プログラムに取り込む方法として,仮想計測
装置が提案されている.
図2−10 ウインドウズ・コンピュータ画面上の仮想的なオシロスコープ
(National Instruments 社 LabVIEW 4 デモ CDによる)
仮想計測装置には,たとえばナショナル・インスツルメンツ社の LabVIEW(図2−10)
やヒューレット・パッカード社の HPVEE などがある.LabVIEW や HPVEE ではこのよ
うな計測プログラムを,制御プログラムとあわせて図2−11のようなブロックダイアグ
ラム式のプログラム言語で記述することができる.
47
計測信号をいったんデジタル化できれば,このようなプログラムでは信号を加工し,そ
の信号に応じた判断を行い,濃度が高すぎれば希釈するなどの制御を自動で行わせること
ができる.オンライン自動計測装置を実験室で開発するのに向いている.
本物のオシロスコープに GP-IB のコネクタがあればデジタル化した信号を LabVIEW
のプログラムに取り込んで図2−10のような仮想的なオシロスコープをコンピュータ
上で表示し,コンピュータの画面のつまみや切り替えスイッチをマウスを使って切り替え
ることができる.パルス信号を何十メートルも離れた計測器に同軸ケーブルで引っ張って
くる場合には,計測器の入り口に「ターミネーター」と呼ばれる抵抗器をつけておく必要
があった.ターミネーターがない場合には信号が計測器で跳ね返って正しい電圧値を記録
できないからである.仮想計測装置を使えば,インターネットなどを通じて信号を遠隔地
へ伝えることができるので,東京の電子顕微鏡をニューヨークから操作することも可能に
なる.
2.10 環境の測定と分析
近年,環境問題の深刻化に伴い,地球環境から焼却炉までさまざまな環境計測が必要と
なってきた.環境計測の問題点は,過酷な条件,サンプリングの難しさ,試料の不均一性,
低濃度,妨害物質が多い,試料組成が工業製品のように一定でない,など多くの問題点を
挙げることができる.環境の測定と分析は地球規模で行う必要がある一方で,測定対象は
ミクロあるいは分子のレベルであるという点が本質的な難しさの原因である.「環境はど
こまで,どうしたらはかれるの?」,「はかって発見,地球は今?」,「はかって発見,地域
は今?」,「環境をはかる,その未来は?」というわかりやすい読み物が最近出版された.10)
人工衛星を利用したリモートセンシングやレーザーライダー(Lidar:Light detection and
rangingの略)(図2−12、13
11)
)も使われている.しかしながら現在使われている環境
計測・環境分析法は不十分であり,新しい方法の開発が望まれている.
レーザー
検出器
図2−12
レーザーライダーの原理
48
図2−13
レーザーライダーによる工場の計測(
11) 12)
による)
2.11 フーリエ変換法
電磁波を試料に照射しその共鳴周波数を求める.固有の共鳴周波数があることにより原
子や分子を決定したり,その共鳴ピークの強さから濃度を知ることができるのが一般の分
光分析法である.
図2−14に示すように,錘にさまざまな周波数の正弦波を加えると,系の固有振動数
にあった周波数のときに,振幅が大きくなるので,この系を特徴付けることができる.赤
外線から X 線までさまざまな波長の電磁波を未知試料に照射しその吸収・散乱を測定する
図2−14 ばねに付けた錘の強制振動、共鳴減衰振動
ことは,正弦波によって試料中の何らかの振動子を強制振動させることに相当する.正弦
波を加える代わりに δ 関数を加えたときの解をグリーン関数と呼ぶが,ちょうど金づちで
錘を瞬間的にたたくのに似ている.δ関数とそのフーリエ変換を図示すると図2−15の
ようになる.
δ 関数はフーリエ変換すると全周波数を均一に含む関数である.
49
t
図2−15
ω
δ 関数の概念とそのフーリエ変換
1 .0
f(t)
0 .5
0 .0
-0 .5
-1 .0
0
20
40
60
t
図2−16 系にδ関数を加えた後の減衰振動の様子
図2−15の左のようなδ関数を系に加えてその後の応答を調べると,図2−16のよ
うに指数関数的に減衰する振動になる.図2−16をフーリエ変換すると,図2−17に
示すようなローレンツ関数となる.
図2−16
系にδ関数を加えた後の減衰振動の様子
図2−17 減衰振動のフーリエ変換
50
角度 (度)
0.0
0.1
0.0
0.1
周波数 (Hz)
0.2
0.3
0.4
0.5
0.3
0.4
0.5
0
0.015
振幅
0.010
0.005
0.000
0.2
周波数 (Hz)
系に δ 関数を与えてその応答 G を測定すると言うことは,全周波数を均一に含む正弦波
の合成(七色を含む全色の光の和が白色光になるように,全周波数を含む δ 関数を光にたと
えれば白色である.絵の具は全色を混ぜると黒になる)を一瞬にして系に与え,その系がそ
の全周波数の中から自分に都合のよい成分だけを抽出させることだということができる.
電子は原子核にとらえられており,原子核と電子はクーロン力といういわばバネで結ば
れている。δ 関数の衝撃を与えると,原子核を原点にして左右に振動を始める.しかし電
子が動くと電場が変化し,それによって磁場も変化するので,これが繰り返されて電磁波
が発生し,電子の単振動のエネルギーを奪って行く.これは摩擦のある面の上でバネにつ
けた錘を引っ張って放したときと同じである.あるいは粘性の高い油の中でバネにつけた
錘を振動させるのとも同じと考える事ができる.電子はエネルギーを真空へ放出しながら
エネルギーを失い,次第に動きが鈍くなり最後には静止する.電子は真空中で振動運動す
るとき,真空を粘っこく感じている.この時放出される電磁波の振動数は,電子と原子核
との束縛力,すなわち,ばね定数に依存する.
cos ω0tにexp(−γt)を掛けた関数(図2−16)をフーリエ変換するとω0を中心に±γ/2
だけ広がった関数
ω0
(ω − ω 0 ) 2 +
γ2
4
が得られ,これをローレンツ関数という.ω=ω0±
γ
2
のとき,共鳴の強度は最大値の半分に
なるので,γのことを共鳴の半値幅(Full Width at Half Maximum, FWHM)という.また
Q=
ω0
をQ値と呼び,共鳴の鋭さを表す.Qの大きいラジオの同調回路は隣接した周波数
γ
の信号の妨害を受けにくい.図2−17の角度は位相である.共鳴周波数の前後で位相が
逆転する.バネにつけた錘を共鳴周波数よりわずかに低い振動数で駆動すると,錘の振動
51
の方が駆動振動より先に進む.一方,わずかに高い周波数で駆動すると,錘の振動の方が
少し遅れる.位相のとり方は,進みと遅れに関しては任意性があるが,共鳴周波数のとこ
ろで,位相が逆転することは確かである.したがって角度は図2−17のようにプロット
する場合と位相を逆転させてプロットする場合とがあるがどちらも同じである.振動をe−
iωtで表すか,eiωtで表すかということに対応している.この位相が遅れたり進んだりして逆
転する現象は,分子が光を吸収し再放出する場合に,入射光に対して分子内の電気振動が
遅れたり進んだりする現象と考えることができる.共鳴周波数の前後で偏光面の回転方向
が逆転する現象と考えることができる.
2.12 おわりに
本章では,通常の化学分析とは異なる計測工学的な測定方法について述べた.計測工学
的な種々の測定方法は,さまざまな工夫がなされ,多くの方法が提案されている.光学的・
電気的・磁気的な方法,超音波・レーザー・電磁波・赤外線・X線・ガンマ線を用いる方
法,電気化学的な方法,クロマトグラフによる分離を組み合わせた方法,原子・分子・化
学種・固体構造の解析法,濃度の測定,表面の分析,マッピング・イメージング方法,迅
速で感度が悪い方法や,時間はかかるが感度の良い方法など,最新の分析技術は計測技術
と区別できなくなってきたということができる. 13
)
参考文献:
1) A. Klein: The Science of Measurement, A Histrical Survey, Dover, New York
(1988) p.23.
2) Alder: The Measure of All Things, The Seven Year Odyssey and Hidden Error
That Transformed the World, The Free Press, New York (2002).
3) 国立天文台 編:理科年表 平成 15 年,第 76 冊,丸善 (2002) p.350.
4) 計量研究所 編:超精密計測がひらく世界,講談社ブルーバックス (1998).
5) 日本分析化学会 編:分析化学便覧,改定五版,丸善 (2001) p. 735.
6) 杉浦明平 訳:レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(下),岩波文庫 (1958) p. 80.
7) J. A. Syage, K. Hanold, M. Hanning-Lee, Syagen Technology, Inc, 1411
Warner Ave., Tustin, CA 92780, A High Performance, Field-Portable, Ion
Trap, Time-Of-Flight Mass Spectrometer,
http://pittcon.omnibooksonline.com/2000/pdffiles/papers/454.pdf
8) 河合潤,樋上照男 編:はかってなんぼ,丸善 (2000).
9) 金幸夫:分析システムのミクロ集積化,第 15 回湘南ハイテクセミナー−研究開発
と分析技術−,2002 年 1 月 9・10 日テキスト(神奈川大学総合理学研究所,日本
分析化学会関東支部).
10) 日本分析化学会近畿支部 編:はかってなんぼ環境編,丸善 (2002).
11) S. Svanberg: Atomic and Molecular Spectroscopy, 2nd Ed., Springer-Verlag,
Berlin, Heidelberg (1992) 第 10 章.
12) K. Fredriksson, I. Lindgren, S. Svanberg, G. Weibull: Measurements of the
emission from industrial smoke stacks using laser radar techniques,
Göteborg Institute of Physics Reports GIPR-121 (CTH, Göteborg, 1976).
13) 合志陽一 編:化学計測学,昭晃堂 (1997).
52