あじさい - 富田薬品

あ じ さ い Vol. 6,No3 .1997
Nov.1997 Vol.6 No.6
☆特集
『薬剤の母乳中への移行性−1』
最近、可能な限り長く母乳補育を続けようとする努力がなされています。母乳補育を長期間続
けることには、1)母乳の栄養面での利点、2)母児の接触による精神心理的な利点、3)アレ
ルギー反応の予防、4)将来、母体の乳癌発生の予防等といった大きなメリットがあります。し
かし、母親が何らかの疾患を持ち、薬物を服用しながら授乳を行わなければならない場合があり、
服用している薬物が乳児にどんな影響を及ぼすかということが問題になってきます。大部分の薬
物は母乳中に移行しますが、その乳汁中濃度は内服した量の1%を越えることはないといわれてい
ます。しかし、乳児は1日500∼700mlもの母乳を飲み、又乳児の肝臓における解毒機構、腎臓に
おける排泄機構も成人ほど十分ではなく、薬物の蓄積性、感受性に注意しなければいけません。
「この薬は授乳中でも服用してもいいですか」と聞かれたときに、「授乳は避けてください」と
いう返答ではなく、できるだけ授乳できような薬の選択あるいは、服薬指導をしていただきたい
と思い今回のあじさいで、データベースを作成しました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
◎乳腺の構造
1)
乳房には形態学的にみると汗腺に類似して
いる特殊な乳腺が発達しており、乳腺は脂肪
組織と結合組織の間にある15∼20個の乳腺葉
からできています。(図1)乳腺葉からは各
1本の乳管がでており、乳首の前で拡張し乳
管洞を形成し、さらに乳頭に開口しています。
乳腺腺細胞は基底膜で内包され、泌乳細胞が
一層に並んで腺腔を形成しています。基底膜
をバスケット状に包む筋上皮細胞層があり、
さらに血管が網状に覆っています。(図2)
◎母乳の分泌機序
2)
母乳は血液から作られていますが、血液が
濾過されて出てくるわけではありません。
乳汁の分泌には、部分分泌と離出分泌とい
う二つの分泌があります。
- 8 -
あ じ さ い Vol .6 ,No 3. 1997
1)部分分泌(merocrine) :泌乳細胞から、
泌乳細胞の表面で分泌小胞の限界膜が細
胞膜と癒合することにより内容の顆粒が
腺腔へ分泌する分泌
2)離出分泌(apocrine):細胞先端部から
脂肪球などが腺腔内に突出し、その部分
がくびれるように分泌される分泌(図
3)
◎乳腺とホルモン
は多くの場合に投与された薬の全用量の1%以
1)3)
乳腺の発達はホルモンによって調節されて
いますが、妊娠すると初期には卵巣から卵胞
ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン
(プロゲステロン)が分泌され、中期には胎
盤から多量のエストロゲンとプロゲステロン
が分泌され、それぞれ乳腺の腺管、腺葉の発
育を促進します。その他胎盤性ラクトゲン、
成長ホルモン、副腎皮質ホルモンなども関与
して乳腺は発育します。胎盤由来のエストロ
ゲンは下垂体前葉に対してプロラクチン分泌
を刺激します。しかし、妊娠中には多量のエ
ストロゲンやプロゲステロンが乳腺に対する
プロラクチンの作用を抑制しているため、乳
汁分泌は抑制されています。分娩前にすでに
乳腺にいくらかの乳汁の貯留はありますが、
通常多量の乳汁の分泌は分娩後に起こります。
出産後、胎盤が娩出されると胎盤性ホルモン
の抑制がなくなり、プロラクチン作用が発現
し、乳房が緊張し、乳汁分泌が開始されます。
新生児が乳頭を強く吸引すると、乳頭の知覚
受容体からオキシトシンが遊離します。プロ
ラクチンは乳腺の分泌活動を刺激し、維持す
るのに対し、オキシトシンは筋上皮細胞を収
縮することによって乳汁を射出させます。こ
のプロラクチンの上昇の程度で乳汁の分泌の
良否が決まるといわれています。射乳により
乳管内の乳汁が除かれ、乳腺内圧が低下する
と再び乳汁を分泌することができます。乳房
への血液は授乳中増加し、母乳の残留が多い
と血流が妨げられ母乳分泌が減少します。
◎母体血液から乳児血液への
薬の移行−バリア
4)
母体血液から胎児血液への薬の移行過程に
は、胎盤のバリアが一つ存在します。母乳か
らの移行過程には、乳腺の泌乳細胞と乳児の
胃腸の粘膜細胞の二つバリアがあります。
(図4)乳腺のバリアは高く、母乳への移行
- 9 -
下です。それだけ胎児に比べると、乳児への
薬の移行は少ないようです。又、乳児への母
乳からの薬物移行は、授乳を中止することで
避けることもできます。
◎母乳中への薬物経路
2)
母親が薬物を摂取すると、消化管から吸収
され血液中に入り、乳汁へと運ばれまするが、
この際2つの経路で母乳中に移行します。
(図5)
1)細胞間隙を経由する経路
Aの場合:毛細血管から細胞間隙を通り
直性母乳中へ移行する経路
2)分泌細胞を経由する経路
Bの場合:脂肪滴に入って移行する経路
Cの場合:乳蛋白と一緒に移行する経路
基本的には拡散によって移行するので、血
液と母乳の間で行き来することもあると考え
られます
①脂溶性薬剤
非イオン型:受動拡散
イオン型:能動輸送、促進輸送(carrier
meiated transport)
②水溶性薬剤
分子量小:膜中細孔を拡散又は能動輸送
分子量大:上皮細胞間隙又はpinocytosis*
*pinocytosis:細胞吸水[作用](細胞が周囲の液を吸入して
その原形質の一部とする現象)
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◎薬物移行に関連する物理化
学的因子
1)イオン化5)
薬物の生体脂質膜の通過に関しては、その
イオン化の程度と膜を隔てて存在する血漿と
母乳のpHが重要な因子となります。
生体膜は基本的には非イオン型の薬物のみ
を通過させ、そのため平衡状態においては生
体膜の両側における非イオン型薬物濃度は等
しくなります。
2)pHおよびpKa* 6)
母乳は母親の血漿よりpHがわずかに低く、
7.0(6.3∼7.3)と弱酸性です。臨床に用いら
れる薬物の多くは弱酸または弱塩基に属して
おり、弱酸の場合(低いpKa)は血漿中
(pH7.4:弱アルカリ)で大部分がイオン化さ
れ、通常脂溶性ではないことと相まって母乳
中へは移行し難いといわれています。一方、
弱塩基の場合(高いpKa)はその逆で、血漿中
でイオン化され難く、また脂溶性であること
が多く容易に母乳中へ移行します。
例)弱塩基性薬物:
3)脂溶性5)
生体膜の主要成分は脂質であり、水溶性の
ものより脂溶性のほうが通過しやすく、脂溶
性の高い薬物は母乳の脂肪中へより多量に取
り込まれ、その移行速度も速いです。
非イオン型薬物は、脂溶性であれば容易に
脂質に富む細胞膜を通過して母乳の脂肪中に
溶け込みます。
例)脂溶性が低い薬剤:
5)
尿素(非イオン型)、カプトプリル等
脂溶性が高い薬剤:
バルビツール酸類、サリチル酸類(弱酸性)
4)分子量5)
分子量が200以下の水溶性薬物は膜中の細孔
を通り容易に母乳中に移行しますが、高分子
化合物は移行が制限されます。臨床的に用い
られる多くの薬物は分子量が250∼500の間に
あり、母乳移行に関してはそのイオン化およ
び脂溶性の程度が重要となります。
例)分子量200以下の水溶性薬物:
1)
アルコール、モルヒネ、バルビツール酸類等
高分子化合物:
7)
ヘパリン、インスリン、ワーファリン等
リンコマイシン、エリスロマイシン、アルカロイド、
抗ヒスタイン薬、イソニアジド、アンフェタミン、
クロロキン、イミプラミン、オピスタン、
7)
テオフィリン等
弱酸性薬物:
有機酸、クマリン、フェノバルビタール、
サリチル酸、フェニルブタゾン、ペニシリン類、
7)
ストレプトマイシン、サルファ剤、利尿剤等
8)
*pKa
5)蛋白結合率 5)
血漿中の蛋白と結合していない遊離型の薬
物のみ母乳中へ移行します。血漿蛋白質(主
にアルブミン)に結合した薬物は細胞膜を通
過することができないため血漿蛋白との結合
率の高い薬物は移行性が低くなります。
例)蛋白結合率が高い薬剤:
:酸HAの解離はHA⇔H++A−と示され
+
ジアゼパム、ジ
−
解離定数 Ka=[H ][A ]
蛋白結合率が低い薬剤:
[HA]
従って
クマロール、イブプロフェン等
リチウム、イソニアジド、アルコール
−
pKa=−logKa=pH-log[A ]
[HA]
となる。
−
表1
[A ]=[HA]のとき、pKa=pHとなる。すなわち、pKa値は下図の
様にこの酸の半分が解離したときに示すpHである。
- 10 -
乳汁中へ移行しやすい条件
1)イオン化
非イオン型
2)pH、pKa
3)脂溶性
4)分子量
5)蛋白結合率
弱塩基性薬物
脂溶性薬物
分子量200以下の薬物
遊離型の薬物
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◎M/P比
一口メモ
1)7)
8)
M/P比とは、母乳中への薬物濃度(M)と血
漿中の薬物濃度(P)の比で、母乳中への薬
物移行の指標として用いられます。
Henderson-Hasselbachの式より、理論的に
表すと
酸性薬物の場合
M/P=1+10(pHm-pKa)/1+10(pHb-pKa)
塩基性薬物の場合
M/P=1+10(pKa-pHm)/1+10(pKb-pKa)
pHb:血漿のpH
pKm:母乳のpH
すなわち、母乳と血漿のpHおよびpKaが分かれ
ば、M/P比を計算することができます。
弱酸性薬物ではM/P≦1、弱塩基性薬物M/P≧
1になり、弱塩基性薬物のほうが母乳中に移行
しやすいことになります。
M/P比は薬物の蛋白結合率、脂溶性、母親へ
の投与間隔などにより影響を受けるので実験
値と理論値とでは多少異なります。
従って、理論値はあくまでも目安であって、
母乳中の薬物量の推測に用いるには慎重な判
断を必要とします。
*グレイ症候群
:クロラムフェニコールの過剰量、肝のグ
ルクロニール転移系の未熟および糸球体および尿細管機能低
下の結果として遊離型および抱合型のクロラムフェニコール
の血中濃度の上昇が起こり毒性は代謝物によるよりは遊離型
のものによると説明された。
症状は吸啜拒否、呼吸窮迫、腹部膨満および緑色下痢便で
発症後24時間以内に重篤となる。治療を続ければ12時間以内
にぐったりして、灰白色となり、低体温に至って死亡する。
本症は生後1週間以内の未熟児および成熟児の双方ときわめて
少数のより大きい乳児に起こるが最高月齢25ヶ月である。
3)蛋白結合率
乳児の血漿中アルブミン濃度は少なく、か
つアルブミンと薬物との結合能力が低下して
いるため、蛋白結合能も一般に低下していま
す。特に新生児期に蛋白結合力の強い薬物を
投与すると血清アルブミンからビリルビンが
遊離され、血液脳関門を通過し、核黄疸が発
生してしまうことがあります。
例)ビリルビンとアルブミンの結合に影響す
る薬剤:
サリチレート、フロセミド、ベンゾジアゼピン、
7)
フェニルブタゾン、クロラムフェニコール等
◎乳児側の因子
1)9)
1)吸収
新生児期の消化管からの吸収は不安定です。
成人の胃酸濃度pH1.4∼2.0に対し、新生児期
の未熟児でpH4.7、満期時はpH2.3∼2.7で、胃
での滞留時間は新生児期には成熟度や在胎週
数によるが成人より長いです。
2)代謝
新生児は代謝に関与する多くの酵素が、欠
損しているか活性が低いので、薬物に対し
て感受性が高くなります。
例)酵素欠損:glucose-6-phosphate dehydrogenase
(G-6-PD)欠損症→サルファ剤、フェニルブタゾン、
4)排泄
新生児における腎糸球体および尿細管機能
は十分に発達していないため、薬物の蓄積も
問題となります。糸球体濾過率(イヌリンク
リアランス)は早期新生時期では成人のおよ
そ1/3∼1/4ですが、3ヶ月内に急速に増加し、
12∼18ヶ月で成人のレベルに近づきます。腎
血漿流量も濾過率と平行して増加します。尿
細管機能は糸球体機能よりやや遅れて発達し
ます。尿細管分泌をみると、新生児では成人
の1/5ですが、それでも6ヶ月内には急速に発
達し、12∼18ヶ月には成人レベルに近づきま
す。
例)半減期が成人に比べ長い薬剤(表2)
キニジン、フェナセチン、アミノピリン、
クロラムフェニコール、プロベネシド投与により溶血
1)
性貧血を起こす。
酵素活性低下:
グルクロン酸抱合能→クロラムフェニコールの投与に
1)
よりグレイ症候群*を起こす危険性がある。
5)その他
また、乳児では酵素系が未熟であったり、
薬物受容体の数や親和性が異なっていたり、
中枢神経系が未熟だったり、血液脳関門のよ
うな膜の透過性が増加するなどによって、大
きな子供や成人と異なった反応を示すことが
あります。
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あ じ さ い Vol. 6,No3 .1997
表2
薬剤の半減期の成人と新生児の比較4)10)
薬
解熱鎮痛薬
アセトアミノフェン
アミノピリン
フェニルブタゾン
インドメタシン
メペリジン
麻酔薬
プピバカイン
メピバカイン
抗てんかん薬
フェニトイン
未熟児
成熟児
カルバマゼピン
フェノバルビタール
血漿半減期(時間)
新生児
成人
2.2∼5.0(3.5) 1.6∼2.8(2.2)
30∼40
2∼4
21∼34
12∼30
(7.5∼51)
2∼11(6)
22
3∼4
延長(時間)
1.5∼2
11
1∼1.5
4
5∼6
25
8.7
1.3
3.2
19
2.5∼3
(75)
21
8∼28
82∼199
−
11∼29
21∼36
24∼140
3
−
−
1.5∼2
薬
血漿半減期(時間)
新生児
成人
その他
アモバルビタール
17∼60
12∼27
カフェイン
40∼231(100)
(6)
テオフィリン
14∼57(30)
(6)
トルブタミド
10∼40(30) 4.4∼9(7)
クロラムフェニコール
14∼24
2.5
サリチル酸塩
4.5∼11.5
2.7
ゲンタマイシン
未熟児
5
2∼3
成熟児
3
−
ジゴキシン
未熟児
90
31∼40
成熟児
52
−
延長(時間)
2
17
5
4
5∼9
1.3∼4.5
−
−
2.5∼1.3
1.3
()内は平均
◎母乳中へ移行する薬剤
薬剤の母乳への移行性に関しては、添付文
書情報では(表3)のように12通りの表現方
法があり、しかも「○○することが望まし
い」、「○○をさけること」、「慎重に投与
すること」等のようにかなり曖昧な表現であ
ること、又多くの文献が出されていますが評
価も様々で一概に投与の可否について判断し
難いため、今までの報告例でどういう症状が
起こっているか、又動物実験や臨床試験での
薬剤移行性のデータ、その他の文献情報を横
並びでみれるよう今回のあじさいでは薬剤の
母乳への移行性データベースを作成しました。
表3 使用上の注意の表示記号11)
データベースの内容として、母乳への移行
性の情報がある薬品名、投与経路、M/P比、添
付文書情報による評価、AAP(米国小児科学会
評価)による評価、その他文献情報による評
価を記載しております。添付文書情報による
評価については、「妊娠・授乳婦への薬物投
与時の注意第3版」(以後「授乳注意」と表
記)より抜粋しています。
授乳注意の分類方法は(表3)を参照して
下さい。
今回のあじさいでは、中枢性神経系作用薬、
末梢性神経系作用薬を掲載しています。
添付文書における記載(表現例)
絶対に投与しないこと。
投与しない。投与しないこと。投与を避けること。
使用しないこと。使用を避けること。
投与しないことが望ましい。投与を避けることが望ましい。
使用しないことが望ましい。使用を避けることが望ましい。
授乳を避けること。授乳を避けさせること。
授乳を中止させること。
授乳を避けることが望ましい。
授乳を避けさせることが望ましい。
授乳を中止させることが望ましい。
治療上の有用性が危険性を上まわると判断される場合にのみ投与す
ること。
診断上の有益性が被曝による不利益を上まわると判断される場合に
だけ投与する。
検査の有益性が危険性を上まわると判断される場合にだけ投与する。
慎重に投与すること。慎重に投与する必要がある。
慎重に使用すること。
大量投与を避けること。
長期・頻回の使用を避けること。
大量または長期間投与しないこと。
大量または長期の使用を避けること。
長期にわたる広範囲の使用を避けること。
大量または長期にわたる広範囲の使用を避けること。
大量または広範囲にわたる長期間の投与を避けること。
長期連用を避けること。長期の使用を避けること。
- 12 -
略称
絶対禁
投与禁
記号
AA
A
投与禁希望
B
授乳禁
C
授乳禁希望
D
有益性投与
E
慎重投与
F
大量禁
長期・頻回禁
大量・長期禁
G
H
I
大量・長期広範囲禁
K
長期禁
L
あ じ さ い Vol .6 ,No 3. 1997
♪♪♪♪♪ まとめ ♪♪♪♪♪
1.催眠鎮静剤
バルビタール酸類は、弱酸性化合物ですが
脂溶性が高いため母乳中へ移行しやすい薬剤
です。 大量投与で乳児が睡眠状態になった
例があります。又、大量1回投与の方が少量
多回投与よりも乳児に影響を及ぼしやすいと
思われます。
ベンゾジアゼピン系化合物は、体内でグル
クロン酸抱合を受けて排泄されますが、新生
児は特にグルクロン酸抱合能が低いため蓄積
しやすいので注意する必要があります。母乳
を飲んだ乳児が昏睡状態になったり、体重減
少等を起こした例があります。
又、蛋白結合率が高いためビリルビンとア
ルブミンの結合に影響を与え、高ビリルビン
血症や黄疸を起こす可能性があります。
ブロム剤ではうとうと状態、傾眠状態が見
られています。
作用があるため授乳婦への投与は禁忌となっ
ています。又、AAPにおいても禁忌薬剤となっ
ています。
2.抗てんかん剤
抗てんかん剤は乳汁へかなりよく移行しま
すが、薬剤により程度が異なります。母体の
抗てんかん薬の濃度が治療域を越えている場
合影響がでやすく、抗てんかん薬の中でも、
プリミドン、エトスクシミドが血清から母乳
への移行が高くなっています。又、フェニト
イン単独あるいはフェノバルビタールとフェ
ニトイン併用においてメトヘモグロビン血症、
プリミドン、抱水クロラールで傾眠傾向が哺
乳児で報告されています。フェノバルビター
ルとプリミドン、ジアザパム、クロナゼパム
においては乳児に鎮静効果を示す可能性があ
るので注意する必要があります。
AAPによれば抗てんかん剤は基本的には授乳
中も継続服用してよい薬剤に含まれています。
6.抗うつ剤
ブチロフェノン系薬剤では医薬品添付文書で
授乳をしないように注意しています。三環系
抗うつ薬のクロミプラミンではかなりの移行
が見られています。躁病治療薬である炭酸リ
チウムを投与している時は授乳を中止させな
ければいけません。
3.解熱鎮痛消炎剤
解熱鎮痛消炎剤のほとんどは授乳中の投与
に関する安全性が確立していません。例えば、
アスピリンでは代謝性アシドーシス、スルピ
リンでチアノーゼ、無呼吸、インドメタシン
では痙攣、メチアジン酸では発疹などが報告
されています。
長期にわたって使用するときは、蓄積しや
すいものを避けるべきです。
4.抗パーキンソン剤
ブロモクリプチンは、乳汁分泌を抑制する
5.抗精神病薬
精神神経疾患は慢性の病気が多いため、薬
物での治療が長期間にわたります。そのため、
出産後乳児に授乳する際は十分な注意が必要
です。
フェノチアジン系薬剤のクロルプロマジン
は乳汁分泌を促進し、乳児に傾眠が現れた例
があるので、乳児が鎮静状態となるかどうか
を観察する必要があります。AAPは授乳中の薬
物の使用を可としています。ペルフェナジン
もかなりの量が母乳中に移行するので注意し
なければいけません。
ハロペリドールは母乳中に移行しますが、
AAPでは、授乳中の薬物の使用を可としていま
す。
7.総合感冒剤
総合感冒剤は、母乳中に移行するため総合
感冒剤服用中の授乳婦は長期連用を避ける必
要があります。
8.筋弛緩剤
筋弛緩剤の授乳中の婦人に対する安全性は
確立していませんが、ダントロレンナトリウ
ムはかなり高い確率で母乳中に移行している
ので、服薬中授乳は避けた方がよい薬剤です。
9.自律神経系用剤
ネオスチグミン、エドロホニウムは生理的
pHでイオン化するため母乳へはほとんど移行
しないと思われます。しかし、他の第四級ア
ンモニウム塩であるピリドスチグミンは母乳
中に移行するので、有害作用は認められてい
ませんが注意する必要があります。
ベタネコールでは、授乳児に腹痛と下痢が
認められたと報告されています。
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あ じ さ い Vol. 6,No3 .1997
10.鎮痙剤
抗コリン薬は母乳の分泌を抑制するという
説と、影響しないという説があります。アト
ロピンは乳児には感受性が大きいといわれて
いるので、作用が顕著に現れるおそれがある
ので注意する必要があります。
11.眼科用剤
<参考文献>
1)薬剤の母乳への移行第3版:南山堂,19
97
2)佐藤.母乳の分泌と薬剤、アルコールの
移行;日本医事新報3479:12.129,1990
3)豊口ら.乳腺のしくみと薬物の排泄機構
;薬局39:12.19,1988
4)桝沼.薬物の,母親から乳児への移行;周
産期医学25:2.155,1995
5)西口ら.服薬と母乳;周産期医学19:4.4
79,1989
6)井村.薬物の母乳中への移行;小児内科
25:1.52,1993
7)吉岡.母親の服用薬と母乳;小児内科19
:12.109,1987
8)医学大辞典第17版:南山堂,1994
9)豊口ら.妊娠・授乳婦への医薬品情報提
供②授乳婦に対して;JJSHP30:7,8.31,1994
10)望月ら.嗜好品と母乳;周産期医学19
:4.487,1989
11)妊婦・授乳婦への薬物投与時の注意改
訂3版:医薬ジャーナル社,1996
12)諏訪ら.Oxaprozinの体内動態(第4
報)14C-Oxaprozinのラットにおける胎盤通過、
乳汁移行性および反復投与時の体内動態;応
用薬理27:1.157,1984
13)野津ら.3H標識8-Methoxypsoralenの吸
収、分布および排泄;応用薬理18:3.489,197
9
14)諏訪ら.TE-031の体内動態(第5報)
ラットにおける14C-TE-031の胎盤通過性、乳
汁中移行および反復投与時の体内動態;CHEM
OTHERAPY投稿中
15)野津ら.2'-Carboxymethoxy-4,4'-bis
-(3-methyl-2-butenyloxy)-chalcine(SU-88)
のラットにおける吸収、分布および排泄;応
用薬理18:5.815,1979
16)江角ら.3H-Lipo PGE1の吸収、分布、
代謝および排泄;基礎と臨床20:9.161,1986
17)野津ら.Hydrocortisone 17-butyrate
21-propionate の生体内動態(第1報);薬
理と治療9:8.37,1981
18)諏訪ら.Midodrineの体内動態;基礎と
臨床20:17.319,1986
19)清水ら.母乳のリチウム濃度に関する
二、三の知見;精神神経学雑誌83:7.399,198
1
20)市田ら.Alminoprofen(EB-382)のイヌ
におけるPharmacokineticsとヤギでの乳汁移
行;薬理と治療14:5.125,1986
21)平山ら.Thymoxamine Hydrochloride
(M-101)の吸収、分布、代謝および排泄
22)大岩ら.Oxitropium Bromide(Ba 253
Br)の生体内動態(第2報);薬理と治療16:
12.39,1988
23)宇田ら.Propiverine hydrochloride
の体内動態(第4報)ラットにおける胎盤通
過性および乳汁移行性4:5.69,1989
24)松沢ら.ラットにおける(±)-2meth
oxyethyl-3-phenyl-2(E)-propenyl1,4-dihyd
ro-2,6-dimethyl-4-(3-nitrophenyl)-3,5-py
ridinedicarboxylate(FRC-8653)の胎児およ
び乳汁移行性投稿中
25)CG-120の生体内動態;基礎と臨床20:1
0.268,1986
26)後藤.ヒト母乳中への薬物の移行;医
学のあゆみ115:4.169,1980
27)青河ら.Amoxycilinにかんする研究;
CHEMOTHERAPY21:8.1780,1973
28)古谷ら.Amoxycilinの産婦人科領域に
おける臨床応用;CHEMOTHERAPY21:8.1752,19
73
29)高瀬ら.産婦人科領域におけるAminob
enzyl Penicillinの基礎的、臨床的検討;CH
EMOTHERAPY15:6.671,1967
30)斉藤.周産期における化学療法に関す
る研究;THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOT
ICS .299,1972
31)松田ら.Ticarcilinにかんする基礎的
・臨床的研究;CHEMOTHERAPY25:9.2924,1977
32)張ら.産婦人科領域におけるticarcil
linの基礎的・臨床的研究;CHEMOTHERAPY25:
9.2911,1977
33)江角ら.Isosorbide 5-Mononitrateの
ラットにおける体内動態(第2報)14C-Isos
orbide 5-Mononitrate反復投与実験、胎仔お
よび乳汁移行性;応用薬理35:1.71,1988
34)松沢ら.Clenbuterolの生殖試験(第4
報)ラットの周産期及び授乳期投与試験15:4.
- 14 -
あ じ さ い Vol .6 ,No 3. 1997
597,1984
35)山本ら.1α,24(R)-(OH)2D3(TV-02)の
生体内動態に関する研究(第4報):雌性ラ
ットに皮下投与したときの血中動態、胎仔移
行性および乳汁移行性;薬物動態5:1.53,199
0
36)久保ら.Ambroxol(NA872)の生体内動態
(第2報)ラットにおける体内分布及び蓄積
性に関する検討;IYAKUHIN KENKYU12:1.237,
1981
37)Zur FRage des Usbertrittes eines n
euen Laxativums in die Muttermilch;Med.
Mschr.26,534,1972
38)大沼ら.Na-picosulfate(DA-1773)の生
体内移行に関する研究
39)大沼ら.活性型ビタミンD3の生体内だ
黄体(Ⅲ)1α-Hydroxyvitamin D3の胎盤通過と
乳汁移行;応用薬理15:3.459,1978
40)前田ら.バルプロ酸の乳汁中濃度の測
定;九州薬学会会報:40.27,1986
41)桜井ら.Acebutololの生体内動態;IY
AKUHIN KENKYU9.1,1978
42)細野ら.イブプロフェン座剤(UP-Sup.
200)の研究;基礎と臨床16:7.135,1982
43)深作ら.Dexamethasone Valerate(DV17)の生体内動態(第2報)ラットにおける経
皮、皮下投与時の分布について;IYAKUHIN K
ENKYU13:5.1028,1982
44)川口ら.制癌剤Tgafur-Uracil(1:4)配
合剤(UFT)の生体内動態(第2報)ラットにお
ける14C、3H標識UFTの体内分布および排泄;
応用薬理21:3.389,1981
45)桜井ら.7-Chloro-1-cyclopropylmeth
yl-1,3-dihydro-5-(2-fluorophenyl)2-H--1,
4-benzodiazepin-2-one(KB-509)の生体内動態
(第1報);IYAKUHIN KENKYU13:1.291,1982
46)佐藤ら.てんかん治療における妊娠と
授乳の問題について;神経内科治療1:2.299,
1984
47)酒井ら.The Biological Fate of 1(2-Ethoxyethyl)2-(4-methyl-1-homopiperaz
inyl)benzimidazole difumarate (KB-2413)Ⅲ
Transer to Fetus and Milk in Rats;薬物動
態2:2.59,1987
48)藤井ら.マレイン酸メチルエルゴメト
リンの母乳中移行;発達薬理誌6:1.28,1993
49)JPDI
50)アセトアミノフェン;USPDIp3
51)東ら.Iopamidaolのラット胎仔および
乳仔への移行;日獨医報29:2.484,1984
52)インタビューフォーム
53)鷲尾ら.Tergurideの体内動態(第1
報)ラットにおける吸収・分布および排泄;
薬物動態8:5.455,1993
54)桜井ら.Acebutololの生体内動態;IY
AKUHIN KENKYU9:1.123,1978
55)木下ら.rh-EPOの体内動態(3)ラッ
トにおける125I-rh-EPOの胎仔および乳汁中移
行;臨床医薬6:2.591,1990
56)日野原ら.Disodium4-chloro-2,2-imi
nodibenzoate(Lobenzarit disodium,CCA)の
体内動態(第1報)ラットにおける14C-CCAの
吸収、分布、排泄および乳汁中移行;応用薬
理26:5.687,1983
57)廣瀬ら.産婦人科感染症に対するCefp
iromeの基礎的、臨床的検討;CHEMOTHERAPY3
9:S-1.474,1991
58)日野原ら.N-(2-Hydoxyethyl)nicotin
amide nitrate(SG-75)の生体内動態(第1
報)ラットにおける14C-SG-75の吸収、分布、
排泄、胎仔移行および乳汁中移行;応用薬理
23:1.153,1982
59)P.M.Loughnan.Digoxin excretion in
human beast milk;The Jounal of PEDIATR
ICS92:6.1019,1978
60)VIVIAN CHANら.TRANSFER OF DIGOXIN
ACROSS THE PLACENTA AND INTO BREAST MIL
K;British Journal of Obsterrics and Gyn
aecology85:8.605,1978
61)水野.最近のサルファ剤療法;産科と
婦人科39:3.16,1964
62)高瀬ら.産婦人科領域におけるCefota
ximeの基礎的臨床的検討;CHEMOTHERAPY28:S
-1.848,1980
63)Risto.DIAZEPAM AND BREAST-FEEDING
;THE LANCET1:762.1235,1972
64)平山ら.14C-RU44570の体内動態:ラッ
トにおける胎盤通過性、乳汁移行性、吸収部
位および反復投与試験並びにラット、イヌに
おける代謝;薬物動態9:6.762,1994
65)今村ら.抗甲状腺剤の血中および乳汁
中測定;ホルモンと臨床35:増刊号.277,1987
66)森本ら.Disopyramide phosphate(DI
P-P)の体内動態(第Ⅱ報)ラットにおける静
脈内投与後の血中濃度、全身オートラジオグ
ラフィー及び乳汁移行;医薬品研究12:2.95,
1981
67)山田ら.HSR-803の体内動態(第2報)
- 15 -
あ じ さ い Vol. 6,No3 .1997
:ラットにおける反復投与試験および胎仔、
乳汁移行性;薬物動態9:3.327,1994
68)高原ら.3-(Di-2-thienylmethylene)5-methyl-trans-quinolizidinium bromide(H
SR-902)の生体内動態(第2報);応用薬理
23:5.795,1982
69)天木ら.14C-Ketoprofenの経口投与後
あるいは直腸内投与後の乳汁移行;キッセイ
薬品社内資料
70)大0槻ら.Dexamethasone Valerate
(DV-17)の生体内動態(第2報);医薬品研
究13:5.1028,1982
71)上坂ら.o-Chloro-α-(tert-butylami
nomethyl)benzylalcoholhydrochloride(C-7
8)の生体内運命(第4報);医薬品研究:7.5
48,1976
72)永田ら.NY-198の体内動態Ⅳ;CHEMOT
HERAPY36:S-2.151,1988
73)桶谷ら.Butyl-2-[[3-(trifluorometh
yl)phenyl]amino]benzoate(HF-264)の代謝に
関する研究(第2報);応用薬理19:3.395,1
980
74)バ0.イエル.Acarboseの生体内動態
Ⅱ.ラットおよびイヌに[14C]acarboseを単回
もしくは反復投与した際の組織おおび臓器へ
の分布ならびに消失
75)バイエル.ニソルジピンの薬理動態学
76)バイエル.授乳中の婦人における乳汁
および血漿中Praziquantelの定量
77)Riley,A.J.et al.:The Clinical Use
of Ranitidine,Medicine Publishing Founda
tion;78,1982
78)江角ら.CS-807のラットにおける体内
動態蓄積性、胎盤通過性および乳汁移行につ
いて;CHEMOTHERAPY36:S-1.241,1988
79)高瀬ら.産婦人科領域におけるCefuro
xineの基礎的および臨床的検討;CHEMOTHERA
PY27:S-6.600,1979
80)江角ら.Ondansetron Hydrochlorideの
生体内運命の研究(第2報);基礎と臨床26
:4.121,1992
81)中村ら.Chemotherapy36:S-9.710,198
8
82)市原ら.薬理と治療14:S-5.853,1986
83)高瀬ら.Chemotherapy28:S-6.825,198
0
84)高瀬ら.Chemotherapy30:S-3.904,198
2
85)張ら.Chemotherapy30:S-3.869,1982
86)伊藤ら.Chemotherapy34:S-2.882,198
6
87)Ostensen M.J.Clin.Pharmacol:25.82
9,1983
88)松田ら.Chemotherapy25:5.1429,1977
89)モンサント資料
90)西山ら.Benafibrateのラット及びイヌ
における生体内運命;医薬品研究19:5.788,1
988
91)中沢ら.N-(3'4'-dimethoxycinnamoy
l)anthranilic acid(N-5')の代謝研究;基礎
と臨床13:1.25,1979
92)西山ら.(E)-3-[p-(1H-imidazol-1-yl
methyl)phenyl]-2-propenoic Acid Hydrochl
oride Monohydrate(OKY-046・HCl)の生体内運
命;基礎と臨床24:8.7,1990
93)春木ら.CN-100,(±)-2-(10,11-dihyd
ro-10-oxodibenzo[b,f]thiepin-2-yl)propio
nic acidのラットにおける吸収、分布、代謝
および排泄;薬理と治療18:10.95,1990
94)平山ら.Thymoxamine Hydrochloride
(M-101)の吸収、分布、代謝および排泄;基
礎と臨床16:2.145,1982
95)市川ら.(±)-1-[(3,4-Dimethoxyphen
ethyl)Amino]-3-(m-Tolyloxy)-2-Propanol H
ydrochloride(Bevantolol Hydrochloride)の
体内動態(第2報)薬理と治療20:5.229,199
2
- 16 -
あ じ さ い Vol .6 ,No 3. 1997
<編集後記>
殆どの薬剤が母乳中に移行しますが、それ
らの薬剤でも実際は乳児に影響を与えない
薬剤、授乳を中止しなくてもすむ薬剤があ
り、授乳することのメリットを考慮すると
服薬中の母親にもできるだけ授乳させてあ
げたいと強く感じました。
そのためにも、母乳中へ移行しやすい薬剤
の条件や、母乳中へ移行した時にどういっ
た影響を乳児に与えるのかを知っておくこ
とは大切だと思います。
薬効が同じでも、乳汁中への移行は薬剤そ
れぞれであり、乳汁中へ移行しにくい薬
剤、蓄積性の少ない薬剤への変更や、薬を
服用する前に授乳させる等の工夫をするこ
とでも乳児への薬剤の移行を避けれること
はできます。
先生方の服薬指導や、薬剤選択の参考資料
として使って頂けたら幸いです。
発行者:富田薬品(株)
営業学術
池川登紀子
力富 明子
イラスト
金子裕里子
問い合わせに関しては当社の社員又は、下記
までご連絡下さい。
TEL
(096)373-1137
FAX
(096)373-1132
担当
池川
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